JP2016016033A5 - - Google Patents

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耐熱性芽胞菌の殺菌又は不活化処理方法
本発明は、減圧処理後(静水圧変動後)の経過時間を利用した耐熱性芽胞菌の殺菌又は不活化処理方法に関するものである。
自然界に生息する耐熱性微生物は収穫後の農水産物やこれを原料として加工された加工食品に混入して生息し、長期の保存に弊害を齎している。
この耐熱性微生物の多くは、薬剤、電子線、放射線、圧力殺菌、加熱殺菌、等での殺菌が難しく、現状では121℃以上の加圧加熱殺菌(以下、レトルト殺菌と記載)を施して殺菌している。
このレトルト殺菌は、缶詰やパウチ入り食品で実施されているが、食品本来の味や香り、栄養素の破壊などが生じ、殺菌する前の食感が失われてしまうことが多い。
また一方、現在まで、圧力を利用した耐熱性菌の殺菌は、
(1)400MPa以上の高い圧力を加える方法
(2)加熱処理の効果を利用して加圧する方法(加圧と加熱を同時に行う方法)
(3)加圧処理の直後に加熱する方法
(4)添加物を加えてpH(水素イオン濃度)を調整して加圧し殺菌効率を高める方法
などが提案されてきた。
しかし(1)は耐熱性菌が殺菌できないために長期の保存が困難であり、(2)と(3)は圧力の効果ではなく熱の効果で殺菌を行なうこととなり、最終的にはレトルト殺菌(加圧加熱殺菌)と同様に食品の質が犠牲になっていたこと、(4)は添加物によって味が犠牲になり、殺菌処理によって本来求める食品の味が得られなかったこと、などの課題があり、結果として圧力を利用して耐熱性菌を殺菌し、長期保存を可能にする無菌化食品の製造は不可能であった。
図1に、園池耕一郎氏が発表した過去100年間に亘る、耐熱性芽胞菌に高圧処理を施した場合の殺菌効果に関する論文の一部を紹介した(園池耕一郎著「生物工学会誌第91巻第2号(50〜72,2013年)」)。即ち、従来考えられてきた圧力処理単独での殺菌効果は小さく、特に耐熱性芽胞菌については1200MPaの高圧によっても殺菌は不可能であるとの結果が示されている。
即ち、前述のように、高圧処理単独では耐熱性芽胞の殺菌は難しく、また加熱処理と圧力処理との併用効果によっても、(殺菌に有効な組み合わせは、)加熱処理単独で有効な温度(圧力の効果に頼らなくても殺菌できる温度)が必要となり、圧力装置のコストも考慮すると、比較的生産設備が安価である121℃以下、200MPa以下での殺菌条件は見出されていなかった。
例えば、高圧処理の直後に、加熱処理を行って殺菌する手法などが種々特許出願されてきたが、いずれも設備が高価であった。即ち、安価な装置で、運転コストも低廉な200MPa以下では十分な殺菌効果は得られておらず、まだまだ実用化は困難とされ、更なる研究とその成果が切望されていた(特開2004−81036号)。
特開2004−81036号公報
園池耕一郎著「生物工学会誌第91巻第2号(50〜72,2013年)」
出願人は、このような現状の中で更に研究を進め、耐熱性芽胞菌の耐熱性のメカニズムの研究・考察と、耐熱性と減圧処理後の時間経過の関係を芽胞懸濁液の濁度との相関関係からこれを測定することで知得し、比較的低圧な200MPa以下の減圧処理と、121℃以下の加熱殺菌処理との独立した効果によって、簡易な手法で効率良く、耐熱性芽胞菌を殺菌又は不活化することができる条件を見い出し本発明を完成したものである。
即ち、本発明は、対象物に静水圧変動を与え、この変動、具体的には高圧処理における減圧処理の効果によって耐熱性芽胞菌の耐熱性を低下させ、その減圧後所定の放置時間を経過した後(10分以上経過させ且つ18時間以上経過する前に、例えば減圧処理後の耐熱性の指標となる芽胞懸濁液の濁度が前記減圧直後の値の60%以下となる時間が経過した後に)加熱殺菌処理を行うことで、耐熱性の低下した耐熱性菌を殺菌並びに不活化させる方法を提供することを目的としている。
言い換えると、本発明は、減圧処理と加熱殺菌処理との各々独立した効果によって、従来殺菌できるとされてきた高い圧力や高い温度に依存することなく、圧力も温度も利用し易い範囲とし、そして殺菌効果を高めるために、高圧処理後の減圧処理の効果に着目し、この減圧処理による静水圧変動を重視し、その後時間とともに耐熱性芽胞菌の耐熱性が前記圧力程度でも十分に低下すること、並びに所定時間までは耐熱性が低いままで加熱殺菌が前述のような温度程度(昇温程度)でも十分に効果が得られることなどを見い出し、前記問題を解決したもので、簡易な設備で実現可能で確実にして十分な殺菌効果を発揮する画期的な耐熱性芽胞菌の殺菌又は不活化処理方法を提供することを目的としている。
添付図面を参照して本発明の要旨を説明する。
加熱殺菌処理の前処理として、50℃以下の温度条件下で50MPa以上200MPa以下の静水圧を対象物に加える高圧処理を施し、次いで、この高圧状態から減圧する減圧処理を施し、次いで、この減圧処理による静水圧変動が生じた後10分以上で且つ予め測定により知得した耐熱性の指標となる芽胞懸濁液の前記減圧処理直後の濁度の値の60%以下の値となる時間が経過するまで前記対象物を放置する放置処理を施し、次いで、前記静水圧変動が生じた後18時間以上経過する前に、前記放置処理を施した対象物に、前記高圧処理時の温度より50℃〜80℃温度上昇させた121℃以下の温度を10分以上維持する前記加熱殺菌処理を施すことを特徴とする耐熱性芽胞菌の殺菌又は不活化処理方法に係るものである。
また、前記対象物は、収穫した農産物,水産物若しくはこれらを加工した加工食品又は動物臓器,血液,動物細胞組織,植物細胞組織若しくは種子としたことを特徴とする請求項1記載の耐熱性芽胞菌の殺菌又は不活化処理方法に係るものである。
本発明は上述のように構成したから、比較的低圧な200MPa以下の減圧処理と、121℃以下の加熱殺菌処理との各々独立した効果によって、簡易な手法で効率良く、耐熱性芽胞菌を殺菌又は不活化できる耐熱性芽胞菌の殺菌又は不活化処理方法となる。
即ち、本発明は、対象物に静水圧変動を与え、この変動によって、具体的には高圧処理における減圧処理の効果によって耐熱性芽胞菌の耐熱性を低下させ、その減圧後所定の放置時間を経過した後(10分以上経過させ且つ18時間以上経過する前に、例えば減圧処理後の耐熱性の指標となる芽胞懸濁液の濁度が前記減圧直後の値の60%以下となる時間が経過した後に)加熱殺菌処理を行うことで、耐熱性の低下した耐熱性菌を殺菌並びに不活化させることができ、簡易な設備で実現可能で確実にして十分な殺菌効果を発揮する画期的な耐熱性芽胞菌の殺菌又は不活化処理方法となる。
従って、本発明によれば、
(1)必要とする減圧圧力が50MPa以上200MPa以下と低いために、圧力装置が低価格であり、設備コストが低く、低収益の食品加工への適用が可能となる。
(2)減圧処理後に加熱殺菌処理を施すまでの時間が、10分以上18時間以内程度であるため、殺菌まで時間的な余裕があり、短時間で次工程に導く制約が少なく実用上有利である。
(3)耐熱性芽胞菌の耐熱性の低下は、物理的要因である減圧とその後の経過時間によって誘引されているために、そのまま放置しても生物的な発芽に進行する恐れがなく、対象物の微生物的汚染が生じない。
(4)減圧処理の圧力が静水圧で50MPa以上であり、加圧基準ではなく(最大圧力ではなく)、工程中に比較的少ない圧力変動を前記減圧に利用すれば良く、残圧を残して次の加工工程に進むことができる。
(5)加熱処理に必要な温度が従来のレトルト殺菌(加圧加熱殺菌)の温度より低いため、実用化が容易である。低温―低圧のために一般市販の高圧パイプが利用できることから、流体として扱える食品などは、パイプラインで本発明の各処理を連続して行うことが可能となり製造設備とランニングコストが安価である。
(6)食品に含まれる酵素は、長期間の保存で食品の変質を引き起こすことが多く、このため、微生物が存在しない場合でも冷蔵で保存する必要が生じ、酵素の失活が課題となっていた。本発明の方法では酵素の「失活工程」を兼ねることができるために、その後に冷蔵で保存する設備が不要となり、扱い易い製品が製造できる。
(7)バッチ式の圧力処理を行なう場合には、圧力装置を2ラインとして交互運転を行えば、連続処理を維持しながら圧力回収を行い、圧力エネルギーの約1/2が回収できるため、省エネルギーが実現される。更に減圧時を基準とすることで、減圧の瞬間を捉えることが容易となり、繰り返しのサイクル時間が決定し易く、時間的に作業工程の回数管理が有利となる。
「高圧殺菌技術−その実用化における課題」の中で、耐熱性芽胞菌に高圧処理を施した場合の微生物の生残菌数について報告された論文を纏めたグラフである。 芽胞の構造を示す説明図である。 生物工学会誌第91巻第2号(50−72,2013年)に掲載された濁度の変化と芽胞の顕微鏡写真の関係を示すもので、濁度の変化と発芽の関係を示すグラフなどである。 本実施例のB.cereus芽胞の減圧処理後の濁度変化を示すグラフである。 本実施例の減圧処理によって低下したB.cereus芽胞の耐熱性が回復するまでの時間を示すグラフである。 本実施例の0.067Mリン酸緩衝液に懸濁したB.cereus芽胞の減圧処理(200MPa,25℃,10分)後の濁度変化を示すグラフである。 本実施例の0.067Mリン酸緩衝液に懸濁したBacillus subtilis(NBRC3134)芽胞の減圧処理とその後の加熱処理(90℃)での生残菌数の変化を示すグラフである。 本実施例の0.067Mリン酸緩衝液に懸濁したBacillus subtilis(NBRC3134)芽胞の減圧処理とその後の加熱処理(100℃)での生残菌数の変化を示すグラフである。 本実施例の0.067Mリン酸緩衝液に懸濁したBacillus subtilis(NBRC3134)芽胞の減圧処理とその後の加熱処理(110℃)での生残菌数の変化を示すグラフである。 本実施例の0.067Mリン酸緩衝液に懸濁したBacillus cereus(NBRC13494)芽胞の減圧処理とその後の加熱処理(90℃)での生残菌数の変化を示すグラフである。 本実施例の0.067Mリン酸緩衝液に懸濁したBacillus cereus(NBRC13494)芽胞の減圧処理とその後の加熱処理(100℃)での生残菌数の変化を示すグラフである。 本実施例の0.067Mリン酸緩衝液に懸濁したBacillus cereus(NBRC13494)芽胞の減圧処理とその後の加熱処理(110℃)での生残菌数の変化を示すグラフである。 本実施例のB.cereus芽胞の減圧処理(200MPa,25℃,1分)後の濁度、並びに減圧処理後の加熱殺菌(100℃,30分)での生残率を示す表である。 本実施例のB.cereus芽胞の減圧処理(200MPa,25℃,1分)後の濁度、並びに減圧処理後の加熱殺菌(100℃,30分)での生残率との関係を示すグラフである。 本実施例のBacillus cereus(NBRC13494)芽胞菌液の減圧処理後の濁度変化を示すグラフである。 本実施例の鹿児島県産甘藷(紅あずま,皮付き輪切り)について、減圧処理(200MPa,50℃,5分)の10分後に加熱殺菌(100℃)を施した生残菌数の変化を示すグラフである。 本実施例の熊本県産甘藷(紅はるか,輪切り)について、減圧処理(200MPa,50℃,5分)の10分後に加熱殺菌(100℃30分)を施した生残菌数の変化を示すグラフである。 本実施例の鹿児島県産馬鈴薯(輪切り)について、減圧処理(200MPa,25℃,2分)の10分後に加熱殺菌(100℃15分,105℃15分)を施した生残菌数の変化を示すグラフである。 本実施例の冷凍たこやきの減圧処理(200MPa,25℃,2分)とその10分後に加熱殺菌(105℃30分)、及び冷蔵保存後の生残菌数の変化を示すグラフである。 本実施例のハンバーグの減圧処理(200MPa,25℃,2分)とその10分後に加熱殺菌(100℃15分、105℃15分)、及び冷蔵保存後の生残菌数の変化を示すグラフである。 本実施例の焼売の減圧処理(200MPa,25℃,2分)とその10分後に加熱殺菌(100℃15分、105℃15分)、及び冷蔵保存後の生残菌数の変化を示すグラフである。 本実施例のパイナップルの減圧処理(200MPa,25℃,2分)とその10分後に加熱殺菌(100℃15分、105℃15分)、及び冷蔵保存後の生残菌数の変化を示すグラフである。
好適と考える本発明の実施形態を、図面に基づいて本発明の作用を示して簡単に説明する。
芽胞が耐熱性を維持する機構(メカニズム)は近年まで知られていなかったが、大きく二つの機構によって保たれていることが分かってきた。第一は、芽胞細胞の表面である芽胞殻(Spore coat)が疎水性を維持しているために、水との接触角が小さく、接触面積が小さいために、伝熱によって内部に熱が伝わり難く、皮層(Cortex)を通して、芯部(Core)に熱が伝わることを阻止していること。
第二は、この芽胞殻(Spore coat)が疎水性を維持していることによって外部からの水の浸入が阻止され、芯部(Core)への水とこれに伴う熱の侵入が阻止されているために、コルテックスに含まれている生命維持に必要な酵素、たんぱく質、金属イオン等の濃度が浸透圧によって許容範囲に保たれていること、等である。
本発明は、前記二つの機構に共通する部分、即ち「芽胞殻が疎水性を維持している」ことについて、静水圧変動を与えることで芽胞殻(Spore coat)の境界面の疎水性を低下させ、水濡れ性を上昇させ、芽胞内部へ水と熱の侵入を容易にすることで、殺菌並びに不活化を実現する方法である。図2に芽胞の構造を示した。
即ち、加圧処理単独での効果ではなく、減圧処理の効果によって生ずる微生物の耐熱性が低下する現象を利用して、耐熱性芽胞菌の耐熱性を低下させた後に、食品の質を損わない範囲の低い温度で殺菌することで、確実にして十分な殺菌効果が発揮される減菌方法を発明したものである。
言い換えると、耐熱性菌の芽胞がもっている二つの防御機構に共通する部分、即ち「芽胞殻が疎水性を維持している」ことについて、静水圧変動を与えることで芽胞殻(Spore coat)の境界面の疎水性を低下させ、水濡れ性を上昇させ、芽胞内部へ水と熱の侵入を容易にすることが、芽胞の殺菌並びに不活化を実現する重要なポイントであることを見い出し、これを研究・実験・測定してこれを達する条件を見い出し本発明を完成したものである。
また、本発明を完成させたもう一つのポイントは、芽胞懸濁液の濁度(OD)の測定によって耐熱性の変化を知得したことである。即ち、実用化の高い比較的低い高圧処理で且つ比較的低い温度での加熱殺菌処理の中で減圧処理後の放置時間の重要性を認識し、具体的にその時間を見い出すことができたことで、実用化が容易で十分な殺菌効果を発揮する画期的な耐熱性芽胞菌の殺菌又は不活化処理方法を発明したものである。
更に説明すると、芽胞溶液(芽胞懸濁液)の濁度の低下は、耐熱性の低下を示す指標として知られており、発芽工程の判断基準ともなっている。即ち、発芽が生じない場合でも高圧・減圧処理で殺菌可能な状況を外部から知ることのできる重要な観察方法の一つが濁度の低下である。このように芽胞の耐熱性を判断することは、加熱殺菌処理後に微生物が低菌化されたか否かを知得するために、時間と手間のかかる培養作業を省くことができるので重要である。本発明においては、高圧処理による減圧処理によって芽胞溶液の濁度が低下し、これが耐熱性の指標となることを利用して、可能な限り低い温度、さらに低い圧力で確実にして十分な殺菌効果を発揮できる範囲を見い出したのである。
更に言えば、前述したとおり、耐熱性菌の芽胞がもっている二つの防御機構に共通する部分、即ち「芽胞殻が疎水性を維持している」ことについて、減圧による静水圧変動を与えることで芽胞殻(Spore coat)の境界面の疎水性を低下させ、水濡れ性を上昇させ、芽胞内部へ水と熱の侵入を容易にすることによって、芽胞の殺菌並びに不活化を実現したのである。
現在まで高圧処理後の時間の経過で変化する濁度を報告した例はなく、高圧処理による減圧処理の後に、時間の経過と共に耐熱性が変化している状況を把握する課題も解決したもので、本発明は、高圧処理における減圧処理後に圧力容器内で生ずる芽胞溶液の変化を詳細に観察し、時間の経過に対応して濁度が低下する現象を確認したものである。
後述する図4に示したように、濁度は減圧後に急激に低下する。減圧処理直後に一定の経過時間(放置時間)を置いて耐熱性芽胞の耐熱性を十分に低下させ、その後に加熱殺菌を施すことで、耐熱性芽胞菌を十分に殺菌又は不活化する本発明を発明した。
即ち、本発明は、減圧処理と加熱殺菌処理との各々独立した効果によって、従来殺菌できるとされてきた高い圧力や高い温度に依存することなく、圧力も温度も利用し易い範囲とし、そして殺菌効果を高めるために、高圧処理後の減圧処理の効果に着目し、この減圧処理による静水圧変動を重視し、その後時間とともに耐熱性芽胞菌の耐熱性が前記圧力程度でも十分に低下すること、並びに所定時間までは耐熱性が低いままで加熱殺菌が前述のような温度程度(昇温程度)でも十分に効果が得られることなどを見い出しこれまでの問題を解決し、簡易な設備で実現可能で確実にして十分な殺菌効果を発揮する画期的な耐熱性芽胞菌の殺菌又は不活化処理方法を実現したものである。
本発明の具体的な実施例について図面に基づいて説明する。
図1には、前述したとおり、園池耕一郎氏が発表した過去100年間に亘る、耐熱性芽胞菌に高圧処理を施した場合の殺菌効果に関する論文の一部を示しており、耐熱性芽胞菌については1200MPaの高圧によっても殺菌できない結果が示されている。
高圧処理による微生物の殺菌については、非耐熱性菌と耐熱性菌とでその効果は大きく異なる。
即ち、非耐熱性菌に対して高圧処理の効果は顕著であり、加圧時に加温すると更に効果的であることも確認されている。
従って、例えばほとんどの栄養細胞,グラム陰性菌,カビ・酵母では、死滅する菌種も多く見られる。
しかし、前述のように耐熱性の芽胞菌については、400MPa以上の圧力でも殺菌は困難であることが示されており、更にその後の研究で高圧処理だけの殺菌ではたとえ同時あるいは直後に加熱しても加熱温度が高くなければ十分な殺菌効果が発揮されないことが分かってきた。
そこで本発明は、前述のように、耐熱性芽胞菌の耐熱性のメカニズムの研究・考察し、耐熱性について、減圧処理後の時間経過と芽胞懸濁液の濁度を測定することで、加熱殺菌処理が殺菌に及ぼす効果を事前に知得し、比較的低圧な200MPa以下の減圧処理と、121℃以下の加熱殺菌処理との独立した効果によって、簡易な手法で効率良く、耐熱性芽胞菌を殺菌又は不活化することができる条件を見い出し本発明を完成したものである。
即ち、加熱殺菌処理の前処理として、50℃以下の温度条件下で50MPa以上200MPa以下の静水圧を対象物に加える高圧処理を施し減圧する減圧処理を施した後、即ち、減圧直後、言い換えればこの減圧による静水圧変動が生じた直後から、10分以上経過した後で且つ18時間以上経過する前に、前記減圧処理を施した対象物に、初期温度より50℃〜80℃温度上昇させた温度で(少なくとも121℃以下の温度を)10分以上維持する前記加熱殺菌処理を施す。
即ち、加熱殺菌処理の前処理として、50℃以下の温度条件下で50MPa以上200MPa以下の静水圧を対象物に加える高圧処理を施し減圧する減圧処理を施した後、この減圧による静水圧変動が生じた後所定の放置時間が経過した後に、前記減圧処理を施した対象物に、前記加熱殺菌処理を施すが、前記所定の放置時間は、前記減圧処理後の耐熱性の指標となる芽胞懸濁液の濁度が前記減圧直後の値の60%以下となる時間を予め測定により知得し、この知得した時間を前記所定の放置時間とし、前記減圧直後から前記所定の放置時間(10分程度以上)が経過するのを待って、前記加熱殺菌処理を施す。
従って、本発明は、前述したように、減圧処理と加熱殺菌処理との各々独立した効果によって、従来殺菌できるとされてきた高い圧力や高い温度に依存することなく、圧力も温度も利用し易い範囲とし、そして殺菌効果を高めるために、高圧処理後の減圧処理の効果に着目し、この減圧処理による静水圧変動を重視し、その後時間とともに耐熱性芽胞菌の耐熱性が前記圧力程度でも十分に低下すること、並びに所定時間までは耐熱性が低いままで加熱殺菌が前述のような温度程度でも十分に効果が得られることなどを見い出し、前記問題を解決したもので、簡易な設備で実現可能で確実にして十分な殺菌効果を発揮する画期的な耐熱性芽胞菌の殺菌又は不活化処理方法となるものである。
図3に、生物工学会誌第91巻第2号(50−72,2013年)に掲載された濁度の変化と発芽の関係を示すグラフと、濁度(OD)の変化と芽胞の顕微鏡写真の関係を掲載した。
また一方、図4にB.cereus芽胞の減圧処理後の濁度変化の実験結果を示す。
即ち、この図4は、高圧処理工程で100MPaに昇圧(昇圧時間1分)し、1分間保持し、0.1MPaに減圧(減圧時間1分)した場合の各工程、即ち高圧処理(昇圧,昇圧保持)・減圧処理(減圧)・減圧後の濁度(OD:Optical Densityの略)の変化を示したものである。
先ず、前記図3を参照すれば、枯草菌のスポアの濁度の変化からも明らかなように、発芽前の暗色化(darkening)写真2・3のスポアでは濁度が0.3前後でありこの芽胞は耐熱性を保持していない。これは一般に発芽する前に濁度が低下し、耐熱性が低下することを示すものであるが、高圧処理によっても減圧後に図5に示すように濁度は急激に低下し、耐熱性が低下することを見い出した。
以上のように、耐熱性の指標としてODを測定することは重要であるが、現在まで、高圧下または減圧開始から、実時間の経過によるODの変化は測定されていなかった。本発明では、耐熱性の低下を確認する手段として高圧処理後の減圧処理を施した後でのODの変化を時間経過と共に測定し、これによって耐熱性の低下を確認することができた。
この図4のグラフを工程別に観察すると、ODの変化は、100MPa、1分の昇圧時や保圧の時よりも、減圧してから急激に減少していることが確認できる。即ち、芽胞の耐熱性の低下は、加圧時よりも減圧直後からの時間の経過によって遥かに大きく減少することを見い出した。
この図4に示すODのグラフは、ODの変化量ではなく、OD650(波長が650ナノメートルでの光学密度)の計測値を縦軸として示した。
初菌数を約10の8乗に調整していて、この時に0.9〜1.0になるようにして実験したものである。
菌液の濃度を下げれば濁度も落ちるが、昇圧・保圧・減圧・減圧後の各過程でどの程度の減少が起きるかを計測したいと考えて、通常は0.6程度に調整をするが、あえて少し高くなるように調整して実験した。
図3に示した資料(生物工学会誌第91巻第2号50−72,2013年)では0.6がPhase-gray,Phase-darkで0.3程度になり半減している。
図4に示す減圧後における濁度の変化を測定したデータでも初期値を0.9とすると、減圧後の終点ではこの半分の0.4程度となっている。
本実施例では、減圧処理後(減圧した直後)の濁度の値の60%程度となる10分を必要放置時間とし、この10分以上経過した後に加熱殺菌することにより低温殺菌でも十分な殺菌効果が発揮されることを確認した。
更に説明すれば、前述のように芽胞溶液の濁度の低下は、耐熱性の低下を示す指標として知られており、発芽工程の判断基準ともなっている。即ち、発芽が生じない場合でも高圧、又は減圧処理で殺菌可能な状況を外部から知ることのできる重要な観察方法の一つが濁度の低下である。このように芽胞の耐熱性を判断することは、加熱殺菌処理後に微生物的に低菌化されるか否かを事前に知得するために、時間と手間のかかる培養作業を省くことができるので重要である。本発明においては、高圧処理による減圧処理によって芽胞溶液の濁度が低下し、これが耐熱性の指標となることを利用して、可能な限り低い温度、さらに低い圧力で確実にして十分な殺菌効果を発揮できる範囲を見い出したのである。
即ち、図4の実験結果に示すように、減圧処理後10分以上時間経過させることで、(減圧による静水圧変動を与え所定の放置時間を経過させることで)芽胞殻(Spore coat)の境界面の疎水性を低下させ、水濡れ性を上昇させ、芽胞内部へ水と熱の侵入を容易にすることによって、芽胞の殺菌並びに不活化を実現したのである。
繰り返しになるが、図4に示したように、濁度は減圧後に急激に低下する。減圧後に一定の経過時間(放置時間)を置いて耐熱性芽胞の耐熱性を十分に低下させ、その後に加熱殺菌を施すことで、十分に殺菌又は不活化できる、即ち、本発明は、減圧処理と加熱殺菌処理との各々独立した効果によって、従来殺菌できるとされてきた高い圧力や高い温度に依存することなく、圧力も温度も利用し易い範囲とし、そして殺菌効果を高めるために、高圧処理後の減圧処理の効果と、この減圧処理による静水圧変動に着目し、その後時間とともに耐熱性芽胞菌の耐熱性が前記圧力程度でも十分に低下すること、並びに所定時間までは耐熱性が低いままで加熱殺菌が前述のような温度程度でも十分に効果が取得できること、などを見い出しこれまでの問題を解決し、簡易な設備で実現可能で確実にして十分な殺菌効果を発揮する画期的な耐熱性芽胞菌の殺菌又は不活化処理方法となるものである。
また、図5は、減圧処理によって低下したB.cereus芽胞の耐熱性が回復するまでの時間を示すグラフである。
この図5に示す実験は、供試菌株:Bacillus cereus NBRC13494(精製芽胞)とし、1/15molリン酸緩衝液(pH7.0)に芽胞を懸濁し、初発菌数3.6×10cfu/mlとした。200MPa・25℃・10分間の減圧処理を施した後、25℃で0,6,12,18,24,48時間静置した後に90℃、5分間の加熱殺菌処理を行い、芽胞の生残菌数を計測することで、耐熱性を評価した。
この実験は(25℃静置後の加熱処理は)、25℃で各時間静置した後に、90℃、5分の加熱殺菌処理をした際の生残芽胞菌数を表す。緩衝液中で48時間まで静置しても耐熱性に大きな変化は見られないが、減圧処理後、18時間までの静置では初発菌数に比べて約3.5オーダーの減少が見られ、更に18時間以降になると約2オーダーの生残芽胞数が増加しており、耐熱性の回復が認められた。
従って、減圧処理後、濁度が減圧直後の60%以下となる10分程度以上待って加熱殺菌処理するが、少なくとも18時間以内にはこの加熱殺菌処理を行うことで確実にして十分な殺菌効果が発揮されることとなる。
また、更に図6は、0.067Mリン酸緩衝液に懸濁したB.cereus芽胞の減圧処理(200MPa,25℃,10分)後の濁度変化を示すグラフで、この実験からも確実に殺菌効果を果たすことが確認できた。
また、図7に0.067Mリン酸緩衝液に懸濁したBacillus subtilis(NBRC3134)芽胞の減圧処理とその後の加熱処理(90℃)での生残菌数の変化を示すグラフを、図8に0.067Mリン酸緩衝液に懸濁したBacillus subtilis(NBRC3134)芽胞の減圧処理とその後の加熱処理(100℃)での生残菌数の変化を示すグラフを、図9に0.067Mリン酸緩衝液に懸濁したBacillus subtilis(NBRC3134)芽胞の減圧処理とその後の加熱処理(110℃)での生残菌数の変化を示すグラフを、図10に0.067Mリン酸緩衝液に懸濁したBacillus cereus(NBRC13494)芽胞の減圧処理とその後の加熱処理(90℃)での生残菌数の変化を示すグラフを、図11に0.067Mリン酸緩衝液に懸濁したBacillus cereus(NBRC13494)芽胞の減圧処理とその後の加熱処理(100℃)での生残菌数の変化を示すグラフを、図12に0.067Mリン酸緩衝液に懸濁したBacillus cereus(NBRC13494)芽胞の減圧処理とその後の加熱処理(110℃)での生残菌数の変化を示すグラフを示す。
この実験からも確実に殺菌効果を果たすことが確認できた。
また、図13にB.cereus芽胞の減圧処理(200MPa,25℃,1分)後の濁度、並びに減圧処理後の加熱殺菌(100℃,30分)での生残率を示す表を、図14にB.cereus芽胞の減圧処理(200MPa,25℃,1分)後の濁度、並びに減圧処理後の加熱殺菌(100℃,30分)での生残率との関係を示すグラフを示す。
この実験結果から、前述のとおり減圧処理後の濁度の低下が減圧処理後の加熱殺菌処理の菌の生存率と相関することが確認できた。
尚、図15にBacillus cereus(NBRC13494)芽胞菌液の減圧処理後の濁度変化を示すグラフを示す。
この実験結果から、減圧処理直後から濁度が低下し、その後室温で48時間放置しても、濁度が回復することはなかった。別の実験で18時間後から耐熱性の回復が認められるが、表面の水濡れ性は回復しないことなどもわかった。
また、更に対象物を農産物並びに加工食品とし、減圧処理後の放置時間を10分間とした実施例、即ち、10分経過後(10分間待って)加熱殺菌処理した実施例として、図16に鹿児島県産甘藷(紅あずま,皮付き輪切り)について、減圧処理(200MPa,50℃,5分)の10分後に加熱殺菌(100℃)を施した生残菌数の変化を示すグラフを、図17に熊本県産甘藷(紅はるか,輪切り)について、減圧処理(200MPa,50℃,5分)の10分後に加熱殺菌(100℃30分)を施した生残菌数の変化を示すグラフを、図18に鹿児島県産馬鈴薯(輪切り)について、減圧処理(200MPa,25℃,2分)の10分後に加熱殺菌(100℃15分,105℃15分)を施した生残菌数の変化を、図19に冷凍たこやきの減圧処理(200MPa,25℃,2分)とその10分後に加熱殺菌(105℃30分)、及び冷蔵保存後の生残菌数の変化を示すグラフを、図20にハンバーグの減圧処理(200MPa,25℃,2分)とその10分後に加熱殺菌(100℃15分、105℃15分)、及び冷蔵保存後の生残菌数の変化を示すグラフを、図21に焼売の減圧処理(200MPa,25℃,2分)とその10分後に加熱殺菌(100℃15分、105℃15分)、及び冷蔵保存後の生残菌数の変化を示すグラフを、図22にパイナップルの減圧処理(200MPa,25℃,2分)とその10分後に加熱殺菌(100℃15分、105℃15分)、及び冷蔵保存後の生残菌数の変化を示すグラフを示す。
この実験結果からも十分な殺菌効果が発揮されることが確認できた。
尚、本発明は、本実施例に限られるものではなく、各構成要件の具体的構成は適宜設計し得るものである。

Claims (2)

  1. 加熱殺菌処理の前処理として、50℃以下の温度条件下で50MPa以上200MPa以下の静水圧を対象物に加える高圧処理を施し、次いで、この高圧状態から減圧する減圧処理を施し、次いで、この減圧処理による静水圧変動が生じた後10分以上で且つ予め測定により知得した耐熱性の指標となる芽胞懸濁液の前記減圧処理直後の濁度の値の60%以下の値となる時間が経過するまで前記対象物を放置する放置処理を施し、次いで、前記静水圧変動が生じた後18時間以上経過する前に、前記放置処理を施した対象物に、前記高圧処理時の温度より50℃〜80℃温度上昇させた121℃以下の温度を10分以上維持する前記加熱殺菌処理を施すことを特徴とする耐熱性芽胞菌の殺菌又は不活化処理方法。
  2. 前記対象物は、収穫した農産物,水産物若しくはこれらを加工した加工食品又は動物臓器,血液,動物細胞組織,植物細胞組織若しくは種子としたことを特徴とする請求項1記載の耐熱性芽胞菌の殺菌又は不活化処理方法。
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