以下、本発明の歯科用インプラントおよび歯科用インプラントの製造方法について、添付図面に示す好適実施形態に基づいて詳細に説明する。
[歯科用インプラント]
まず、本発明の歯科用インプラントの実施形態について説明する。
図1は、本発明の歯科用インプラントの実施形態とそれに装着される歯冠修復物とを示す正面図であり、(1a)は、フィクスチャーとアバットメントとが一体になった1ピースタイプの正面図、(1b)は、フィクスチャーとアバットメントとが別の部材になっている2ピースタイプの分解正面図、(1c)は、アバットメントがさらに2つの部材に分かれている3ピースタイプの分解正面図、(1d)は、2ピースタイプに加え、フィクスチャーとアバットメントとを固定するためのアバットメントスクリューをさらに備えるタイプの分解正面図、(1e)は、2ピースタイプであるものの、アバットメントが斜めに傾いているタイプの分解正面図である。また、図2は、図1の(1b)に示す2ピースタイプの歯科用インプラントの縦断面図であって、フィクスチャーとアバットメントとが分離している状態を示す図である。また、図3は、図2に示す歯科用インプラントを用いた手術方法(術式)を説明するための図である。なお、本明細書で参照する図面は、構成の一部を誇張して図示している部分があり、これらの部分では実際の寸法等が正確に反映されていない場合がある。また、以下の説明では、説明の便宜上、各図の上方を「上」といい、下方を「下」という。
(形状)
図1の(1a)に示す歯科用インプラントシステム10は、長尺の円柱状をなしており、顎骨等に固定されるフィクスチャー1とアバットメント2とが一体化されてなる部材である。
また、図1の(1b)に示す歯科用インプラントシステム10は、長尺の有底筒状をなしており、顎骨等に固定されるフィクスチャー1と、フィクスチャー1に螺設されるアバットメント2と、を備えている。
また、図1の(1c)に示す歯科用インプラントシステム10は、フィクスチャー1と、フィクスチャー1に螺設される下部アバットメント2Aと、下部アバットメント2Aに螺設される上部アバットメント2Bと、を備えている。
また、図1の(1d)に示す歯科用インプラントシステム10は、フィクスチャー1と、フィクスチャー1に螺設されるアバットメント2と、フィクスチャー1とアバットメント2とを固定するアバットメントスクリュー4と、を備えている。
また、図1の(1e)に示す歯科用インプラントシステム10は、フィクスチャー1と、フィクスチャー1に螺設されるアングルアバットメント2Cと、を備えている。なお、アングルアバットメント2Cは、略円柱状をなしているものの、上部と下部とで軸線の向きが異なっている。すなわち、上部の軸線は、下部の軸線に対して傾いており、その傾斜角は例えば1°以上30°以下程度とされる。
このように、歯科用インプラントシステム10には、フィクスチャー1とアバットメント2の形態に応じて様々なタイプがあるが、以下の説明では、図1の(1b)に示す2ピースタイプの歯科用インプラントシステムを代表に説明する。なお、以下の記載内容は、他のタイプの歯科用インプラントシステムにも適用可能である。
また、上述した歯科用インプラントシステム10を構成する部材、例えば、フィクスチャー1、アバットメント2、下部アバットメント2A、上部アバットメント2B、アングルアバットメント2C、アバットメントスクリュー4等が、それぞれ「本発明に係る歯科用インプラント」に相当するものとする。なお、(1a)に示す、フィクスチャー1とアバットメント2とが一体化してなる部材も「本発明に係る歯科用インプラント」に相当するものとする。
[1]フィクスチャー
フィクスチャー1は、歯科用インプラントシステム10を用いた術式において、顎骨等に埋入され、固定される部材である。
フィクスチャー1は、前述したように有底筒状をなしており、フィクスチャー1の外周面には、雄ねじ部11が設けられている。これにより、フィクスチャー1を、切削等によりねじ切りされたり、穿孔された顎骨に対して、螺合により固定することができる。雄ねじ部11の形状は、特に限定されないが、例えば、ねじ山が単純な螺旋構造を描くような一条ねじや二条ねじ等の形状(スクリュー形状)とされる。
また、雄ねじ部11の一部には、例えばフィクスチャー1の軸方向に沿って、ねじ山が設けられていない所定長さの切り欠き部が設けられていてもよい。このような切り欠き部を設けることにより、この部位で骨芽細胞による骨形成を進行させることができるので、フィクスチャー1の緩み等を効果的に抑止することができる。
フィクスチャー1の長さ(フィクスチャー1の軸線に沿った長さ)は、特に限定されないが、例えば5mm以上20mm以下程度とされる。また、フィクスチャー1の直径(最も大きい外径)も、特に限定されないが、例えば3mm以上6mm以下程度とされる。
また、雄ねじ部11は、埋入時の先端側に向かうにつれてその直径が徐々に小さくなるように構成されていてもよい。
なお、フィクスチャー1の表面には、必要に応じて、粗面化処理、エッチング処理等の各種表面処理が施されていてもよい。かかる表面処理を施すことにより、フィクスチャー1を顎骨等に埋入したとき、骨芽細胞の親和性が高くなり、骨との癒着を促進させることができる。
フィクスチャー1の筒状部12(有底筒の内側)には、後述するアバットメント2が挿入される。筒状部12の内周面には、アバットメント2の雄ねじ部21と螺合可能な雌ねじ部13が設けられている。
[2]アバットメント
アバットメント2は、歯科用インプラントシステム10を用いた術式において、フィクスチャー1に固定される部材である。また、審美的外観の向上や優れた噛み合わせを得る目的で用いられる歯冠修復物3により被覆される部材でもある。
アバットメント2は、略円柱状をなしており、一端側に設けられ、前述したフィクスチャー1の雌ねじ部13に螺合する雄ねじ部21と、他端側に設けられ、縦断面形状が略台形状をなしている歯冠固定部22と、雄ねじ部21と歯冠固定部22との間に位置する中間部23と、を備えている。
また、図2に示す歯科用インプラントシステム10は、アバットメント2の雄ねじ部21とフィクスチャー1の雌ねじ部13とを螺合させたとき、フィクスチャー1の筒状部12内に、アバットメント2の雄ねじ部21と中間部23とが挿入されるように構成されている。
なお、歯冠固定部22の形状は、図示のものに限定されず、例えば円錐状、角錐状、ドーム状等であってもよい。
アバットメント2の長さ(アバットメント2の軸線に沿った長さ)は、特に限定されないが、例えば3mm以上15mm以下程度とされる。また、アバットメント2の直径(最も大きい外径)も、特に限定されないが、例えば3mm以上6mm以下程度とされる。
以上説明したような歯科用インプラントの形状は、本発明の一実施形態の形状に過ぎず、図示したものに限定されるものではない。
(使用態様)
次に、図2に示す歯科用インプラントシステム10を用いた手術(術式)の一例について、図3を参照しつつ説明する。
[フィクスチャー埋設処理]
患者に麻酔処理を施した後、ねじ切りされた顎骨50に、フィクスチャー1を螺合させる(2a)。
その後、必要に応じて、フィクスチャー1を歯肉(歯ぐき)60で覆う。
[アバットメント螺合処理]
フィクスチャー埋設処理から、所定期間(通常、3〜6ヶ月程度)経過し、骨芽細胞による骨形成が十分に進行し、フィクスチャー1と顎骨50との結合(オッセオインテグレーション)が十分に進行した後に、アバットメント2を、顎骨50に固定されたフィクスチャー1に螺合させる(2b)。
なお、フィクスチャー1が歯肉60で覆われている場合等には、アバットメント2の螺合に先立ち、必要に応じて、歯肉60の切開を行い、フィクスチャー1を露出させる。
[歯冠修復物被覆処理]
次に、型取りにより成形された歯冠修復物3を、アバットメント2に固定する(2c)。具体的には、歯冠修復物3に穴(図1に示すアバットメント挿入部30)を設けておき、この穴にアバットメント2の歯冠固定部22を挿入することにより固定する。
歯冠修復物3は、本手術を行った後に外観上視認されるため、外観審美性等を考慮して例えばセラミックス材料等で構成される。アバットメント2と歯冠修復物3との接着には、例えば歯科用セメント等が用いられる。
なお、アバットメント螺合処理の際に、歯肉60の切開を行った場合には、通常、アバットメント螺合処理の後、1〜6週間程度の期間をおき、歯肉60の腫れが治まったのを確認してから本処理を行う。
(構成材料)
次に、本発明に係る歯科用インプラントの構成材料について説明する。
このような歯科用インプラントは、Co−Cr−Mo−Si系の合金で構成されている。
具体的には、歯科用インプラントを構成する合金は、Coが主成分であり、Crを26質量%以上35質量%以下の割合で含み、Moを5質量%以上12質量%以下の割合で含み、Siを0.3質量%以上2.0質量%以下の割合で含むものである。
このような合金で構成された歯科用インプラントは、高い耐力を有する。このため、咀嚼や歯ぎしり等により、長期にわたって繰り返し歯科用インプラントに力が加わったりした場合でも、破折し難い歯科用インプラントが得られる。このような歯科用インプラントを用いることにより、喪失した歯を修復する治療が中断したり再治療に至ったりするのを防ぐことができ、患者の負担を軽減することができる。
また、上記のような合金で構成された歯科用インプラントは、耐食性に優れたものとなる。このため、歯科用インプラントは、例えば口腔内で体液と接触した状態で使用された場合であっても、金属イオンを溶出させ難いものとなる。また、ニッケルのような金属アレルギーの原因となる元素もほとんど含まれない。このため、歯科用インプラントは、例えば金属アレルギー等を発生させ難く、生体適合性の高いものとなる。そして、このような歯科用インプラントは、変質、劣化し難いものとなる。
さらに、上記のような合金で構成された歯科用インプラントは、硬度およびヤング率が高いものとなる。このため、歯科用インプラントは、顎骨50に埋入される際、変形し難いものとなる。したがって、埋入ドライバー等を用いて治療を行う処置者(歯科医師等)の処置効率を高められる。また、長期にわたって咀嚼や歯ぎしり等に伴う荷重が加わっても、歯冠修復物3を顎骨50に対して固定するという機能を維持することができる。
また、このような歯科用インプラントは、金属粉末の焼結体で構成されたもの、すなわち粉末冶金法で製造されたものである。粉末冶金法によれば、歯科用インプラントの形状を目的とする形状に近づけ易いため、寸法精度の高い歯科用インプラントが得られる。このため、例えばフィクスチャー1の雌ねじ部13のねじ山やアバットメント2の雄ねじ部21のねじ山が設計通りの形状になり、螺合性が向上する。その結果、フィクスチャー1とアバットメント2との螺合作業の効率をより高めることができる。
さらに、このような歯科用インプラントは、金属組織の結晶粒径が小さく、かつ等方性の高いものとなる。このため、耐力の異方性が小さくなり、全方向からの力に対して変形し難い歯科用インプラントが得られる。
ここで、この合金を構成する元素のうち、Co(コバルト)は、歯科用インプラントを構成する合金の主成分であり、歯科用インプラントの基本的な特性に大きな影響を及ぼす。
Coの含有率は、この合金を構成する元素の中で最も高くなるよう設定され、具体的には50質量%以上67.5質量%以下であるのが好ましく、55質量%以上67質量%以下であるのがより好ましい。
Cr(クロム)は、主に歯科用インプラントの耐食性を向上させるよう作用する。これは、Crの添加によって合金に不働態被膜(Cr2O3等)が形成され易くなり、化学的安定性が向上するためと考えられる。耐食性の向上によって、例えば体液と接触した場合でも金属イオンが溶出し難くなる、変質や劣化し難くなる、といった効果が期待される。したがって、Crを含む合金で構成された歯科用インプラントは、より生体への適合性に優れたものになる。また、CrがCoやMo、Siとともに用いられることで、歯科用インプラントの機械的特性をより高めることができる。
歯科用インプラントを構成する合金におけるCrの含有率は、26質量%以上35質量%以下とされる。Crの含有率が前記下限値を下回ると、歯科用インプラントの耐食性が低下する。このため、歯科用インプラントが長期にわたって体液と接触した場合には、金属イオンの溶出が生じるおそれがある。一方、Crの含有率が前記上限値を上回ると、MoやSiに対するCrの量が相対的に多くなり過ぎて脆性が高くなるおそれがある。また、CoやMo、Siとのバランスが崩れて耐力等の機械的特性が低下するおそれがある。
なお、Crの含有率は、好ましくは27質量%以上34質量%以下とされ、より好ましくは28質量%以上33質量%以下とされる。
Mo(モリブデン)は、主に歯科用インプラントの耐食性をより高めるよう作用する。すなわち、Moの添加によってCrの添加による耐食性をより強化することができる。これは、Moを添加することにより、Crの酸化物を主材料とする不働態被膜がより緻密化されるためであると考えられる。したがって、Moが添加された合金は、さらに金属イオンが溶出し難くなり、生体への適合性が特に高い歯科用インプラントの実現に寄与する。
歯科用インプラントを構成する合金におけるMoの含有率は、5質量%以上12質量%以下とされる。Moの含有率が前記下限値を下回ると、歯科用インプラントの耐食性が不十分になるおそれがある。一方、Moの含有率が前記上限値を上回ると、CrやSiに対するMoの量が相対的に多くなり過ぎて脆性が高くなるおそれがある。また、CoやCr、Siとのバランスが崩れて耐力等の機械的特性が低下するおそれがある。
なお、Moの含有率は、好ましくは5.5質量%以上11質量%以下とされ、より好ましくは6質量%以上9質量%以下とされる。
Si(ケイ素)は、歯科用インプラントの表面の滑り性を高めるよう作用する。Siの添加によって歯科用インプラント中には、Siの一部が酸化した酸化ケイ素が生成される。酸化ケイ素としては、SiO、SiO2等が挙げられる。このような酸化ケイ素が歯科用インプラント中に生じると、顎骨50との摩擦抵抗が減少し、埋入作業がより容易になる。
その一方、Siは、歯科用インプラントの耐力等の機械的特性を高めるようにも作用する。上述した酸化ケイ素は、歯科用インプラントの製造時において金属結晶が成長する際に、金属結晶が著しく肥大化するのを抑制する。このため、Siが添加された合金では、金属結晶の粒径が小さく抑えられることとなり、歯科用インプラントの耐力等の機械的特性をより高めることができる。また、Si原子が置換型元素としてCo原子を置換することにより、結晶構造がやや歪み、ヤング率が高くなる。したがって、Siを添加することにより、歯科用インプラントの優れた滑り性と、優れた機械的特性、特に優れた耐力およびヤング率とを両立することができる。その結果、より高い耐破折性を有する歯科用インプラントが得られる。
また、上述したような効果が得られるためには、Siの含有率を0.3質量%以上2.0質量%以下に設定する必要がある。Siの含有率が前記下限値を下回ると、酸化ケイ素の量も少なくなるため、顎骨50との摩擦抵抗が増加し、滑り性が低下するとともに、歯科用インプラントの製造時において金属結晶が肥大し易くなるため、歯科用インプラントの機械的特性も低下する可能性が高くなる。一方、Siの含有率が前記上限値を上回ると、歯科用インプラント中に存在する酸化ケイ素の量が多くなり過ぎて、酸化ケイ素が空間的に連続して分布する領域が生じ易くなる。この領域では、一定の大きさで歯科用インプラントの構造が不連続になり易くなるため、歯科用インプラントに外力が加わったときこの領域が破壊の起点となり易い。このため、歯科用インプラントの機械的特性が低下するおそれがある。また、空間的に連続して分布する酸化ケイ素によって、滑り性が低下し易くなる。
なお、Siの含有率は、好ましくは0.5質量%以上1.0質量%以下とされ、より好ましくは0.6質量%以上0.9質量%以下とされる。
また、Siのうちの一部は、前述したように酸化ケイ素の状態で存在していることが好ましいが、その存在量は、Siの全量に対して酸化ケイ素として含まれるSiの比率が20質量%以上80質量%以下であるのが好ましく、30質量%以上70質量%以下であるのがより好ましく、35質量%以上65質量%以下であるのがさらに好ましい。全Siのうちの酸化ケイ素として含まれるSiの比率を前記範囲内に設定することで、歯科用インプラントには、上述したような機械的特性の向上といった効果がもたらされる一方、酸化ケイ素が一定量存在していることにより、この歯科用インプラントに含まれるCo、Cr、Moといった遷移金属元素の酸化物量を十分に抑えることができる。これらはすなわち、Siが、Co、CrおよびMoよりも酸化し易く、これらの遷移金属元素に結合している酸素をSiが奪うことによって還元反応を生じさせることから、Siの全量が酸化ケイ素でないということは、遷移金属元素に対して十分な還元反応を生じさせたことに等しいと考えられるからである。したがって、Siのうちの酸化ケイ素として含まれるSiの比率が前記範囲内であることにより、歯科用インプラントでは、上述したような高い機械的特性や高い滑り性といった効果が、Co、CrまたはMoの各酸化物によって阻害されることが抑制される。その結果、より信頼性の高い歯科用インプラントの実現が図られる。
また、Siのうちの酸化ケイ素として含まれるSiの比率を前記範囲内に設定することで、歯科用インプラントに対して適度な硬度と滑り性が与えられることとなる。すなわち、酸化ケイ素でないSiが一定量存在することにより、Co、CrおよびMoのうちの少なくとも1種とSiとが硬質の金属間化合物を生成し、これが歯科用インプラントの硬度と滑り性とを高めると考えられる。歯科用インプラントの硬度が高くなることで、例えば埋入ドライバー等を用いて歯科用インプラントを顎骨50に埋入する際、歯科用インプラントの変形等が抑えられることによって効率よく埋入することができる。加えて、滑り性が良くなるので、埋入作業の効率をより高めることができる。
なお、Siを添加することにより、金属結晶の著しい成長は阻害されるので、その観点から言えば歯科用インプラントの硬度は低下する傾向にあるものの、一部のSiが金属間化合物を生成することにより、この硬度が著しく低下することが抑えられ、歯科用インプラントの変形を抑えられる程度の硬度と靭性とが得られると考えられる。
この金属間化合物としては、特に限定されないが、一例を挙げると、CoSi2、Cr3Si、MoSi2、Mo5Si3等が挙げられる。
なお、金属間化合物の析出量を考慮すると、Moの含有率に対するSiの含有率の割合(Si/Mo)は、質量比で0.05以上0.2以下であるのが好ましく、0.08以上0.15以下であるのがより好ましい。これにより、歯科用インプラントの高い滑り性と高い機械的特性とを両立させることができる。
また、酸化ケイ素は、いかなる位置に分布していてもよいが、粒界(金属結晶同士の界面)に偏析するように分布しているのが好ましい。酸化ケイ素がこのような位置に偏析していることで、金属結晶の肥大化がより確実に抑制されることとなり、耐力等の機械的特性により優れた歯科用インプラントが得られる。また、粒界に偏析した酸化ケイ素の析出物同士は、自ずと適度な距離を保つことになるため、歯科用インプラント中において酸化ケイ素の析出物をより均一に分散させることができる。その結果、歯科用インプラントの滑り性をより高めることができる。
さらに、酸化ケイ素は、歯科用インプラントの表面に成膜されるコーティングの密着性を高めることに寄与する。歯科用インプラントの表面には、必要に応じて、酸化アルミニウム、酸化ジルコニウム、酸化ケイ素、酸化カルシウム、酸化マグネシウム、酸化チタン、リン酸カルシウム等の各種酸化物系セラミックスを含むコーティングが成膜される。酸化ケイ素として含まれるSiの比率を前記範囲内に設定することで、歯科用インプラントの機械的特性や滑り性の低下を抑えつつ、歯科用インプラントとコーティングとの密着性を高めることができる。この密着性は、歯科用インプラント側の酸化ケイ素とコーティング側の酸化物との間で、いわゆる酸化物結合が生成されることに由来するものと考えられる。
なお、酸化ケイ素として含まれるSiの比率が前記下限値を下回ると、酸化ケイ素の量が少なくなるため、滑り性が低下するとともに、歯科用インプラントの形状によっては、機械的特性が低下し易くなるおそれがある。そして、酸化ケイ素を介した歯科用インプラントとコーティングとの密着性向上の効果が薄れてしまうおそれがある。一方、酸化ケイ素として含まれるSiの比率が前記上限値を上回ると、前述したように、酸化ケイ素が空間的に連続して分布し易くなるため、歯科用インプラントの形状によっては、機械的特性が低下するおそれがある。
また、偏析した酸化ケイ素の析出物については、定性分析の面分析により、その大きさや分布等を特定することができる。具体的には、電子線マイクロアナライザー(EPMA)によるSiの組成像において、Siが偏析している領域の平均径は0.1μm以上10μm以下であるのが好ましく、0.3μm以上8μm以下であるのがより好ましい。Siが偏析している領域の平均径が前記範囲内であれば、酸化ケイ素の析出物の大きさが前述したような各効果を奏するにあたって最適なものとなる。すなわち、Siが偏析している領域の平均径が前記下限値を下回ると、Siの含有率によっては、酸化ケイ素の析出物が十分な大きさに偏析しておらず、前記各効果が十分に得られないおそれがあり、一方、Siが偏析している領域の平均径が前記上限値を上回ると、Siの含有率によっては、歯科用インプラントの機械的特性が低下するおそれがある。
なお、Siが偏析している領域の平均径は、Siの組成像において、Siが偏析している領域の面積と同じ面積を持つ円の直径(投影面積円相当径)の平均値として求めることができる。
また、歯科用インプラントは、主にCoで構成された第1相と、主にCo3Moで構成された第2相と、を含んでいる。このうち、第2相が含まれていることにより、前述したSiを含む金属間化合物と同様、歯科用インプラントに高い硬度および高い滑り性が付与されるため、信頼性向上の観点から有用な歯科用インプラントが得られる。一方、第2相が過剰に含まれている場合、それが著しく偏析し易くなり、機械的特性の低下を招くおそれがある。
したがって、第1相と第2相は、上記の観点から適度な比率で含まれていることが好ましい。具体的には、歯科用インプラントについて、CuKα線を用いたX線回折法による結晶構造解析を行い、Coに起因するピークのうち最も高いピークの高さを1としたとき、Co3Moに起因するピークのうち最も高いピークの高さは0.01以上0.5以下であるのが好ましく、0.02以上0.4以下であるのがより好ましい。
また、Coの前記ピークの高さを1としたときのCo3Moの前記ピークの高さの比率が前記下限値を下回ると、歯科用インプラント中においてCoに対するCo3Moの比率が低下するので、硬度および滑り性が低下するおそれがある。一方、Co3Moの前記ピークの高さの比率が前記上限値を上回ると、Co3Moの存在量が過剰になり、Co3Moが著しく偏析し易くなって、歯科用インプラントの耐力等の機械的特性が低下するとともに、滑り性も低下するおそれがある。
なお、CuKα線は、通常、エネルギーが8.048keVの特性X線である。
また、Coに起因するピークを同定するにあたっては、ICDD(The International Centre for Diffraction Data)カードのCoのデータベースに基づいて同定される。同様に、Co3Moに起因するピークを同定するにあたっては、ICDDカードのCo3Moのデータベースに基づいて同定される。
また、歯科用インプラントにおいてCo3Moの存在比率が0.01質量%以上10質量%以下であるのが好ましく、0.05質量%以上5質量%以下であるのがより好ましい。これにより、より高い硬度とより高い滑り性とを有する歯科用インプラントが得られる。
なお、これらの存在比率は、結晶構造解析の結果からCo3Moの存在比率を定量化することにより求められる。
また、歯科用インプラントを構成する合金は、上述したような各元素以外に、N(窒素)を含んでいてもよい。Nは、主に歯科用インプラントの機械的特性を高めるよう作用する。Nはオーステナイト化元素であるので、歯科用インプラントの結晶構造のオーステナイト化を促進し、靭性を高めるように作用する。
また、Nを含むことにより、金属粉末の焼結体で構成された歯科用インプラントは、デンドライト相の生成が抑えられ、デンドライト相の含有率が非常に小さいものとなる。このような観点からも、靭性を高めることができる。
そして、Nを含む歯科用インプラントは、適度な硬度を有するとともに、靭性が高く、かつ、デンドライト相の含有率が小さいものとなる。また、かかる歯科用インプラントは、滑り性が高いものとなる。
ここで、デンドライト相は、樹枝状に成長した結晶組織のことであるが、このようなデンドライト相が多量に含まれると歯科用インプラントの機械的特性および滑り性が低下する。したがって、デンドライト相の含有率を小さくすることは、歯科用インプラントの機械的特性および滑り性を高めるにあたって有効である。具体的には、歯科用インプラントを走査型電子顕微鏡で観察し、得られた観察像においてデンドライト相が占める面積率が20%以下であるのが好ましく、10%以下であるのがより好ましい。このような条件を満足する歯科用インプラントは、機械的特性や滑り性において特に優れたものとなる。
また、歯科用インプラントは、前述したように金属粉末の焼結体で構成されている。金属粉末は、各粒子の体積が非常に小さいため、冷却速度が高く、冷却の均一性も高い。このため、このような金属粉末の焼結体で構成された歯科用インプラントでは、デンドライト相の生成が抑えられている。一方、鋳造や鍛造、圧延等の従来法では、溶融金属を冷却する際、冷却すべき体積が粉末よりも大きくなるため、冷却速度が小さくなり、冷却の均一性も低くなる。その結果、このような方法で製造された歯科用インプラントには、比較的多くのデンドライト相が生成すると考えられる。
なお、上述した面積率は、観察像の面積に対するデンドライト相が占める面積の割合として算出され、観察像の一辺は50μm以上1000μm以下程度に設定される。
上述したような効果が得られるためには、Nの含有率を好ましくは0.09質量%以上0.5質量%以下に設定する必要がある。Nの含有率が前記下限値を下回ると、歯科用インプラントの結晶構造のオーステナイト化が不十分になり、このため、歯科用インプラントの硬度が過度に高くなり、靭性も低下し易くなるおそれがある。これは、歯科用インプラント中にオーステナイト相(γ相)の他に、hcp構造(ε相)が多く析出するためであると考えられる。その結果、歯科用インプラントの機械的特性および滑り性が低下するおそれがある。一方、Nの含有率が前記上限値を上回ると、各種の窒化物が多量に生成されるとともに、焼結し難い組成になるおそれがある。このため、歯科用インプラントの焼結密度が低下し、機械的特性が低下するおそれがある。生成される窒化物としては、例えばCr2N等が挙げられる。このような窒化物が析出すると、硬度も高くなるため、やはり靭性が低下することとなる。
なお、Nの含有率は、好ましくは0.12質量%以上0.4質量%以下とされ、より好ましくは0.14質量%以上0.25質量%以下とされ、さらに好ましくは0.15質量%以上0.22質量%以下とされる。
とりわけ0.15質量%以上0.22質量%の範囲内では、オーステナイト相が特に支配的となり、硬度の著しい低下、靭性の顕著な向上が認められる。このときの歯科用インプラントをCrKα線を用いたX線回折法による結晶構造解析に供すると、オーステナイト相に起因する主ピークが非常に強く認められる一方、hcp構造に起因するピークおよびその他のピークは、いずれも主ピークの高さの5%以下になっている。このことからオーステナイト相が支配的であることが分かる。
一方、Siの含有率に対するNの含有率の割合(N/Si)は、質量比で0.1以上0.8以下であるのが好ましく、0.2以上0.6以下であるのがより好ましい。これにより、高い機械的特性と高い滑り性とを両立させることができる。すなわち、Siが一定量添加されることにより、前述したように滑り性が高くなる一方、Siの添加量が多過ぎると、歯科用インプラントの機械的特性が低下するおそれがある。そこで、前記範囲内の割合でNが添加されると、Siを添加したことによる高い滑り性と、Nを添加したことによる上述した効果を、それぞれ互いに相殺することなく発揮させることができるので、滑り性の相乗的な向上を図ることができる。これは、SiとCo等の金属元素とが置換型固溶体を生成するのに対し、NとCo等の金属元素とは侵入型固溶体を生成するため、互いに共存し得るからであると考えられる。しかも、Siが固溶したことによる結晶構造の歪みが、Nが固溶することによって抑えられると考えられる。このため、機械的特性の低下が防止されると考えられる。
また、Siが添加されると、上述したように結晶構造に歪みが生じるが、この状態では熱膨張および熱収縮の挙動にヒステリシスが生じ易くなる。熱膨張および熱収縮の挙動に大きなヒステリシスがあると、経時的に歯科用インプラントの熱的特性が変化してしまうおそれがある。
これに対し、前述した割合でNが添加されていることにより、Nが結晶構造中に侵入して固溶するため、結晶構造の歪みが抑制される。その結果、熱膨張および熱収縮の挙動におけるヒステリシスが抑えられ、歯科用インプラントの熱的特性の安定化を図ることができる。
以上のことから、SiとNとが適度に添加されることによって、歯科用インプラントの滑り性を高めるとともに、機械的特性の安定化および熱的特性の安定化をそれぞれ図ることができる。
なお、Siの含有率に対するNの含有率の割合が前記下限値を下回ると、結晶構造の歪みを十分に抑制することができず、靭性等が低下するおそれがある。一方、前記上限値を上回ると、焼結し難い組成になり、歯科用インプラントの焼結密度が低下し、機械的特性も低下するおそれがある。
また、歯科用インプラントを構成する合金は、上述したような各元素以外に、C(炭素)を含んでいてもよい。Cの添加によって歯科用インプラントの硬度や引張強さがより高められるとともに、滑り性もより高められる。滑り性がより高くなる詳細な理由は明らかではないが、炭化物の生成によって摩擦抵抗の減少が図られることが理由の1つとして考えられる。
歯科用インプラントを構成する合金におけるCの含有率は、特に限定されないが、1.5質量%以下であるのが好ましく、0.7質量%以下であるのがより好ましい。Cの含有率が前記上限値を上回ると、歯科用インプラントの脆性が大きくなり、機械的特性が低下するおそれがある。
また、添加量の下限値は特に設定されないが、上述した効果が十分に発揮されるためには、下限値が0.05質量%程度に設定されるのが好ましい。
また、Cの含有率はSiの含有率の0.02倍以上0.5倍以下程度であるのが好ましく、0.05倍以上0.3倍以下程度であるのがより好ましい。Siに対するCの比率を前記範囲内に設定することにより、酸化ケイ素や炭化物が歯科用インプラントの機械的特性に及ぼす悪影響を最小限に抑えつつ、滑り性の向上において相乗的に作用すると考えられる。このため、とりわけ滑り性に優れた歯科用インプラントを得ることができる。
さらに、Nの含有率はCの含有率の0.3倍以上10倍以下程度であるのが好ましく、2倍以上8倍以下程度であるのがより好ましい。Cに対するNの比率を前記範囲内に設定することにより、Cの添加による歯科用インプラントの滑り性の向上と、Nの添加による歯科用インプラントの機械的特性の向上とを、特に両立させることができる。
この他、歯科用インプラントを構成する合金には、上述したような各元素以外に、製造時において不可避的に生じる不純物の混入も許容される。その場合、不純物の合計の含有率は好ましくは1質量%以下とされ、より好ましくは0.5質量%以下とされ、さらに好ましくは0.2質量%以下とされる。このような不純物元素としては、例えば、B、O、Na、Mg、Al、P、S、Mn等が挙げられる。
一方、歯科用インプラントを構成する合金は、実質的にNi(ニッケル)を含んでいないのが好ましい。Niは、従来の生体用Co−Cr系合金においては、塑性加工性を確保するために一定量含まれていることが多かったが、金属アレルギーの原因物質として扱われていることもあり、生体への影響が懸念されている元素でもある。歯科用インプラントを構成する合金には、製造時に不可避的に混入してしまうNiを除いて、構成元素としてのNiが添加されていない。このため、本発明に係る歯科用インプラントは、金属アレルギーを発生させ難く、生体への適合性が特に高いものとなる。なお、不可避的に混入する場合も考慮すると、Niの含有率は0.05質量%以下であるのが好ましく、0.03質量%以下であるのがより好ましい。
そして、歯科用インプラントを構成する合金のうち、上述したような各元素の残部がCoである。前述したように、Coの含有率は、歯科用インプラントを構成する合金に含まれる元素の中で最も高くなるよう設定される。
なお、歯科用インプラントを構成する合金の各構成元素および組成比は、例えば、JIS G 1257に規定された原子吸光法、JIS G 1258に規定されたICP発光分析法、JIS G 1253に規定されたスパーク発光分析法、JIS G 1256に規定された蛍光X線分析法、JIS G 1211〜G 1237に規定された重量・滴定・吸光光度法等により特定することができる。具体的には、SPECTRO社製固体発光分光分析装置(スパーク発光分析装置)、モデル:SPECTROLAB、タイプ:LAVMB08Aが挙げられる。
また、C(炭素)およびS(硫黄)の特定に際しては、特に、JIS G 1211に規定された酸素気流燃焼(高周波誘導加熱炉燃焼)−赤外線吸収法も用いられる。具体的には、LECO社製炭素・硫黄分析装置、CS−200が挙げられる。
さらに、N(窒素)およびO(酸素)の特定に際しては、特に、JIS G 1228に規定された鉄および鋼の窒素定量方法、JIS Z 2613に規定された金属材料の酸素定量方法も用いられる。具体的には、LECO社製酸素・窒素分析装置、TC−300/EF−300が挙げられる。
また、図1に示す歯科用インプラントは、前述したように、金属粉末の焼結体で構成されたもの、すなわち粉末冶金法で製造されたものである。このような歯科用インプラントは、例えば鋳造法、鍛造法、圧延法等で製造されたものに比べて、機械的特性に優れたものとなる。これは、粉末冶金法で製造された歯科用インプラントは、急冷して得られた金属粉末を用いて製造されたものである(体積が小さいため、急冷され易い)ため、鋳造法等に比べて金属結晶の著しい粒成長が生じ難く、そのため、肥大化した金属結晶が生成され難いからであると考えられる。また、粉末冶金法によれば、組成が均質になり易いため、Siや酸化ケイ素の分布も均一になり易い。したがって、均一な滑り性を有する(滑り性の個体差が小さい)歯科用インプラントが得られる。
なお、歯科用インプラントがNを含んでいる場合には、金属粉末製造時から材料中にNを固溶させ、その粉末を用いて得られた焼結体で構成されているのが好ましい。このようにして製造された歯科用インプラントには、ほぼ一様にNが分布しており、物性についてもほぼ一様にすることができる。したがって、かかる歯科用インプラントは、均質性が高くなるとともに、個体差が少ないものとなる。
このような歯科用インプラントの均質性は、前述したように、粉末製造時から金属材料中にNを固溶させ、その粉末を用いて粉末冶金法により製造された焼結体で構成されていることに由来していると考えられる。粉末製造時に金属材料中にNを固溶させるには、例えば、原料に含まれるCo、Cr、MoおよびSiのうちの少なくとも1種をあらかじめ窒化させておく方法、原料を溶融する際または溶融した後に溶融金属(溶湯)を窒素ガス雰囲気中に保持する方法、溶融金属中に窒素ガスを注入する(バブリングさせる)方法等が用いられる。
また、金属粉末を成形してなる成形体や、それを焼結してなる焼結体を、窒素ガス雰囲気中で加熱する、あるいは、窒素ガス雰囲気中でHIP処理を施すことにより、Nを合金中に含浸させる方法もある(窒化処理)。しかしながら、この方法では、成形体や焼結体の表層部から内層部まで均等に窒化することは難しく、仮にできたとしても窒化速度を抑えながら極めて長い時間をかけて行う必要があるため、歯科用インプラントの製造効率の観点でやや問題がある。
なお、粉末中にNを固溶させて得られた成形体を脱脂、焼成する場合には、窒素ガスやアルゴンガス等の不活性ガス中で脱脂、焼成することにより、固溶させたNの濃度の変動を抑えることができる。
歯科用インプラントの製造に用いられる金属粉末としては、前述したような合金で構成された粉末が用いられる。その平均粒径は、3μm以上100μm以下であるのが好ましく、4μm以上80μm以下であるのがより好ましく、5μm以上60μm以下であるのがさらに好ましい。このような粒径の金属粉末を用いることにより、高密度で耐力等の機械的特性が高く、かつ滑り性に優れた歯科用インプラントを製造することができる。
なお、平均粒径は、レーザー回折法により得られた粒度分布において、質量基準で小径側からの累積量が50%になるときの粒径として求められる。
また、金属粉末の平均粒径が前記下限値を下回った場合、金属粉末のかさ密度が低下して粉末冶金における成形性が低下するため、歯科用インプラントの密度が低下し、機械的特性が低下するおそれがある。一方、金属粉末の平均粒径が前記上限値を上回った場合、粉末冶金において金属粉末の充填性が低下するため、やはり歯科用インプラントの密度が低下し、機械的特性が低下するおそれがある。また、組成の均一性が損なわれるおそれがある。
また、金属粉末の粒度分布は、できるだけ狭いのが好ましい。具体的には、金属粉末の平均粒径が前記範囲内であれば、最大粒径が200μm以下であるのが好ましく、150μm以下であるのがより好ましい。金属粉末の最大粒径を前記範囲内に制御することにより、金属粉末の粒度分布をより狭くすることができ、歯科用インプラントの機械的特性および滑り性のさらなる向上を図ることができる。
なお、上記の最大粒径とは、レーザー回折法により得られた粒度分布において、質量基準で小径側からの累積量が99.9%となるときの粒径のことをいう。
また、金属粉末の粒子の短径をPS[μm]とし、長径をPL[μm]としたとき、PS/PLで定義されるアスペクト比の平均値は、0.4以上1以下程度であるのが好ましく、0.7以上1以下程度であるのがより好ましい。このようなアスペクト比の金属粉末は、その形状が比較的球形に近くなるので、圧粉成形された際の充填率が高められる。その結果、機械的特性や滑り性の高い歯科用インプラントを得ることができる。
なお、前記長径とは、粒子の投影像においてとりうる最大長さであり、前記短径とは、その最大長さに直交する方向の最大長さである。また、アスペクト比の平均値は、金属粉末の粒子100個以上についての測定値の平均値として求められる。
一方、歯科用インプラントの断面において、結晶組織の長径をCLとし、短径をCSとしたとき、CS/CLで定義されるアスペクト比の平均値は、0.4以上1以下程度であるのが好ましく、0.5以上1以下程度であるのがより好ましい。このようなアスペクト比の結晶組織は、異方性の小さいものとなるので、加わる力の方向によらず優れた耐力等の機械的特性を示す歯科用インプラントの実現に寄与する。すなわち、このような歯科用インプラントは、どのような姿勢で使用されても、優れた耐破折性を有するものとなるので、口腔内における使用箇所が限定されることもなく、有用である。
なお、前記長径とは、歯科用インプラントの断面の観察像において1つの結晶組織がとりうる最大長さであり、前記短径とは、その最大長さに直交する方向の最大長さである。また、アスペクト比の平均値は、結晶組織100個以上についての測定値の平均値として求められる。
また、歯科用インプラントは、その内部に微小な空孔を有しているのが好ましい。このような空孔を有していることにより、歯科用インプラントでは、空孔内に骨芽細胞が侵入し易くなるため、歯科用インプラントが骨と癒着するまでの期間を短縮することができる。また、骨に対する固定力も高くなり、咀嚼や歯ぎしり等によって脱落し難いものとなる。
空孔の平均径は、0.1μm以上10μm以下であるのが好ましく、0.3μm以上8μm以下であるのがより好ましい。空孔の平均径が前記範囲内であれば、骨芽細胞の侵入性を高めつつ、空孔に起因した機械的特性の低下を最小限に抑えることができる。すなわち、空孔の平均径が前記下限値を下回ると、空孔内に骨芽細胞が十分に侵入することができなくなるおそれがあり、一方、空孔の平均径が前記上限値を上回ると、歯科用インプラントの機械的特性が低下するおそれがある。
なお、空孔の平均径は、走査型電子顕微鏡像において、空孔の面積と同じ面積を持つ円の直径(投影面積円相当径)の平均値として求めることができる。
また、歯科用インプラントの観察像において、空孔が占める面積率は、0.001%以上1%以下であるのが好ましく、0.005%以上0.5%以下であるのがより好ましい。空孔が占める面積率が前記範囲内であれば、歯科用インプラントの機械的特性と被削性とをより高度に両立することができる。
なお、この面積率は、観察像の面積に対する空孔が占める面積の割合として算出され、観察像の一辺は50μm以上1000μm以下程度に設定される。
また、歯科用インプラントは、そのビッカース硬度が200以上480以下であるのが好ましく、240以上380以下であるのがより好ましい。このような硬度の歯科用インプラントは、例えば工具等を用いて歯科用インプラントを顎骨50に埋入する際、歯科用インプラントの変形等が抑えられることによって効率よく埋入することができる。なお、ビッカース硬度が前記下限値を下回ると、工具等で歯科用インプラントを埋入する際、歯科用インプラントが変形してしまうおそれがある。一方、ビッカース硬度が前記上限値を上回ると、歯科用インプラントを構成する合金の組成によっては、靭性が低下し、耐衝撃性が低下するおそれがある。
なお、歯科用インプラントのビッカース硬度は、JIS Z 2244に規定された試験方法に準拠して測定される。
また、歯科用インプラントの引張強さは、520MPa以上であるのが好ましく、600MPa以上1500MPa以下であるのがより好ましい。このような引張強さの歯科用インプラントは、やはり長期にわたる耐変形性に優れたものとなる。
同様に、歯科用インプラントの0.2%耐力は、450MPa以上であるのが好ましく、500MPa以上1200MPa以下であるのがより好ましい。このような0.2%耐力の歯科用インプラントは、咀嚼や歯ぎしり等による荷重が歯科用インプラントに対して長期にわたり加えられた場合でも、耐破折性を十分に確保することができる。このため、歯冠修復物3を長期にわたって保持することができる。
これらの引張強さおよび0.2%耐力は、JIS Z 2241に規定された試験方法に準拠して測定される。
さらに、歯科用インプラントの伸びは、2%以上50%以下であるのが好ましく、10%以上45%以下であるのがより好ましい。このような伸びを有する歯科用インプラントは、欠損や割れ等が生じ難いことから、信頼性の高いものとなる。
歯科用インプラントの伸び(破断伸び)は、JIS Z 2241に規定された試験方法に準拠して測定される。
また、歯科用インプラントのヤング率は、150GPa以上であるのが好ましく、170GPa以上300GPa以下であるのがより好ましい。このようなヤング率を有する歯科用インプラントは、とりわけ変形し難いものとなるため、例えば埋入作業において歯科用インプラントが変形したり、咀嚼や歯ぎしり等により歯科用インプラントが変形したりし難くなる。したがって、より信頼性の高い歯科用インプラントが得られる。
さらに、歯科用インプラントの疲労強度は、250MPa以上であるのが好ましく、350MPa以上であるのがより好ましく、500MPa以上1000MPa以下であるのがさらに好ましい。このような疲労強度を有する歯科用インプラントは、口腔内において体液に触れた状態で、繰り返し荷重が作用する環境下で使用されたとしても、疲労クラック等の発生が抑制され、長期にわたって歯冠修復物3を保持し得るものとなる。
なお、歯科用インプラントの疲労強度は、JIS T 0309に規定された試験方法に準拠して測定される。なお、繰り返し応力に相当する荷重の印加波形は正弦波とし、応力比(最小応力/最大応力)は0.1とする。また、繰り返し周波数は30Hzとし、繰り返し数を1×107回とする。
また、歯科用インプラントの表面の算術平均粗さRaは、0.05μm以上2μm以下であるのが好ましく、0.1μm以上1μm以下であるのがより好ましい。歯科用インプラントの表面粗さを前記範囲内に設定することで、歯科用インプラントを顎骨50に埋入する際、埋入作業を効率よく行うことができるとともに、埋入後の歯科用インプラントが意図せずに抜けてしまうのを防止することができる。すなわち、歯科用インプラントの表面粗さが前記下限値を下回ると、歯科用インプラントの滑り性が大きくなり過ぎて、抜け易くなるおそれがある。また、歯科用インプラントと骨との親和性が低下し、骨との癒着に長い期間を要するおそれがある。一方、歯科用インプラントの表面粗さが前記上限値を上回ると、歯科用インプラントの滑り性が小さくなり過ぎて、埋入作業の効率が低くなるとともに、抜くときの作業効率も低下するおそれがある。
なお、フィクスチャー1の雄ねじ部11とアバットメント2の歯冠固定部22との間で、表面の算術平均粗さRaを互いに異ならせるようにしてもよい。具体的には、雄ねじ部11の算術平均粗さRaが歯冠固定部22の算術平均粗さRaよりも小さくなるように、互いの表面状態を異ならせるようにしてもよい。これにより、歯科用インプラント(フィクスチャー1)の埋入作業の効率を高めつつ、歯科用インプラント(アバットメント2)と歯冠修復物3との密着性を高めることができる。その結果、より信頼性の高い人工歯を提供することができる。
この場合、雄ねじ部11の算術平均粗さRaは、歯冠固定部22の算術平均粗さRaの0.3倍以上0.9倍以下程度であるのが好ましい。また、歯冠固定部22の算術平均粗さRaは、成形型の表面状態に応じて変わるものの、例えば、0.5μm以上20μm以下程度であるのが好ましく、1μm以上10μm以下程度であるのがより好ましい。
また、歯科用インプラントの製造に用いられる金属粉末としては、例えば、アトマイズ法(例えば、水アトマイズ法、ガスアトマイズ法、高速回転水流アトマイズ法等)、還元法、カルボニル法、粉砕法等の各種粉末化法により製造されたものが挙げられる。
このうち、アトマイズ法により製造されたものが好ましく用いられ、水アトマイズ法または高速回転水流アトマイズ法により製造されたものであるのがより好ましく用いられる。アトマイズ法は、溶融金属(溶湯)を、高速で噴射された流体(液体または気体)に衝突させることにより、溶湯を微粉化するとともに冷却して、金属粉末を製造する方法である。金属粉末をこのようなアトマイズ法によって製造することにより、極めて微小な粉末を効率よく製造することができる。また、得られる粉末の粒子形状が表面張力の作用により球形状に近くなる。このため、粉末冶金法において金属粉末を成形したとき充填率の高い成形体が得られる。その結果、機械的特性に優れた歯科用インプラントが得られる。
[歯科用インプラントの製造方法]
次に、本発明の歯科用インプラントの製造方法の実施形態について説明する。
本実施形態に係る歯科用インプラントの製造方法は、前述した粉末冶金用金属粉末(本発明の粉末冶金用金属粉末)を成形し、成形体を得る工程と、この成形体を焼成し、焼結体を得る工程と、を有する。以下、各工程について順次詳述する。
[1]
[1−1]混練工程
まず、粉末冶金用金属粉末を有機バインダーとともに混練し、混練物を得る。
混練物中の有機バインダーの含有率は、成形条件や成形する形状等に応じて適宜設定されるが、混練物全体の2質量%以上20質量%以下程度であるのが好ましく、5質量%以上10質量%以下程度であるのがより好ましい。有機バインダーの含有率を前記範囲内に設定することにより、混練物は良好な流動性を有するものとなる。これにより、成形の際の混練物の充填性が向上し、最終的に目的とする形状により近い形状(ニアネットシェイプ)の歯科用インプラントが得られる。
有機バインダーとしては、例えば、ポリエチレン、ポリプロピレン、エチレン−酢酸ビニル共重合体等のポリオレフィン、ポリメチルメタクリレート、ポリブチルメタクリレート等のアクリル系樹脂、ポリスチレン等のスチレン系樹脂、ポリ塩化ビニル、ポリ塩化ビニリデン、ポリアミド、ポリエチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート等のポリエステル、ポリエーテル、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドンまたはこれらの共重合体等の各種樹脂や、各種ワックス、パラフィン、高級脂肪酸(例:ステアリン酸)、高級アルコール、高級脂肪酸エステル、高級脂肪酸アミド等の各種有機バインダーが挙げられ、これらのうち1種または2種以上を混合して用いることができる。
また、混練物中には、必要に応じて、可塑剤が添加されていてもよい。この可塑剤としては、例えば、フタル酸エステル(例:DOP、DEP、DBP)、アジピン酸エステル、トリメリット酸エステル、セバシン酸エステル等が挙げられ、これらのうちの1種または2種以上を混合して用いることができる。
さらに、混練物中には、粉末冶金用金属粉末、有機バインダー、可塑剤の他に、例えば、滑剤、酸化防止剤、脱脂促進剤、界面活性剤等の各種添加物を必要に応じて添加することができる。
なお、混練条件は、用いる粉末冶金用金属粉末の金属組成や粒径、有機バインダーの組成、およびこれらの配合量等の諸条件により異なるが、その一例を挙げれば、混練温度50℃以上200℃以下程度、混練時間15分以上210分以下程度とすることができる。
また、混練物は、必要に応じ、ペレット(小塊)化される。ペレットの粒径は、例えば、1mm以上15mm以下程度とされる。
なお、混練物に代えて、造粒粉末を製造するようにしてもよい。
[1−2]成形工程
次に、混練物を成形して、歯科用インプラントと同形状の成形体を製造する。
成形方法としては、特に限定されず、例えば、圧粉成形(圧縮成形)法、金属粉末射出成形(MIM:Metal Injection Molding)法、押出成形法等の各種成形法を用いることができる。このうち、ニアネットシェイプの歯科用インプラントを製造し得るという観点から、金属粉末射出成形法が好ましく用いられる。
また、圧粉成形法の場合の成形条件は、用いる粉末冶金用金属粉末の組成や粒径、有機バインダーの組成、およびこれらの配合量等の諸条件によって異なるが、成形圧力が200MPa以上1000MPa以下(2t/cm2以上10t/cm2以下)程度であるのが好ましい。
また、金属粉末射出成形法の場合の成形条件は、やはり諸条件によって異なるものの、材料温度が80℃以上210℃以下程度、射出圧力が50MPa以上500MPa以下(0.5t/cm2以上5t/cm2以下)程度であるのが好ましい。
また、押出成形法の場合の成形条件は、やはり諸条件によって異なるものの、材料温度が80℃以上210℃以下程度、押出圧力が50MPa以上500MPa以下(0.5t/cm2以上5t/cm2以下)程度であるのが好ましい。
このようにして得られた成形体は、金属粉末の粒子同士の間隙に、有機バインダーが一様に分布した状態となる。
なお、作製される成形体の形状寸法は、以降の脱脂工程および焼成工程における成形体の収縮分を見込んで決定される。
また、必要に応じて、成形体に対して切削、研磨、切断等の機械加工を施すようにしてもよい。成形体は、硬度が比較的低く、かつ比較的可塑性に富んでいるため、成形体の形状が崩れるのを防止しつつ、容易に機械加工を施すことができる。このような機械加工によれば、最終的に寸法精度の高い歯科用インプラントをより容易に得ることができる。
[2]
[2−1]脱脂工程
次に、得られた成形体に脱脂処理(脱バインダー処理)を施し、脱脂体を得る。
具体的には、成形体を加熱して、有機バインダーを分解することにより、成形体中から有機バインダーの少なくとも一部を除去して、脱脂処理がなされる。
この脱脂処理は、例えば、成形体を加熱する方法、バインダーを分解するガスに成形体を曝す方法等が挙げられる。
成形体を加熱する方法を用いる場合、成形体の加熱条件は、有機バインダーの組成や配合量によって若干異なるものの、温度100℃以上750℃以下×0.1時間以上20時間以下程度であるのが好ましく、150℃以上600℃以下×0.5時間以上15時間以下程度であるのがより好ましい。これにより、成形体を焼結させることなく、成形体の脱脂を必要かつ十分に行うことができる。その結果、脱脂体の内部に有機バインダー成分が多量に残留してしまうのを確実に防止することができる。
また、成形体を加熱する際の雰囲気は、特に限定されず、水素のような還元性ガス雰囲気、窒素、アルゴンのような不活性ガス雰囲気、大気のような酸化性ガス雰囲気、またはこれらの雰囲気を減圧した減圧雰囲気等が挙げられる。
一方、バインダーを分解するガスとしては、例えば、オゾンガス等が挙げられる。
なお、このような脱脂工程は、脱脂条件の異なる複数の過程(ステップ)に分けて行うことにより、成形体中の有機バインダーをより速やかに、そして、成形体に残存させないように分解・除去することができる。
また、必要に応じて、脱脂体に対して切削、研磨、切断等の機械加工を施すようにしてもよい。脱脂体は、硬度が比較的低く、かつ比較的可塑性に富んでいるため、脱脂体の形状が崩れるのを防止しつつ、容易に機械加工を施すことができる。このような機械加工によれば、最終的に寸法精度の高い歯科用インプラントをより容易に得ることができる。
[2−2]焼成工程
前記工程で得られた脱脂体を、焼成炉で焼成して焼結体を得る。すなわち、粉末冶金用金属粉末の粒子同士の界面で拡散が生じ、焼結に至る。その結果、焼結体が得られる。
焼成温度は、粉末冶金用金属粉末の組成や粒径等によって異なるが、一例として900℃以上1400℃以下程度とされる。また、好ましくは1050℃以上1300℃以下程度とされる。
また、焼成時間は、0.2時間以上7時間以下とされるが、好ましくは1時間以上6時間以下程度とされる。
なお、焼成工程においては、途中で焼結温度や後述する焼成雰囲気を変化させるようにしてもよい。
また、焼成の際の雰囲気は、特に限定されないが、金属粉末の著しい酸化を防止することを考慮した場合、水素のような還元性ガス雰囲気、アルゴンのような不活性ガス雰囲気、またはこれらの雰囲気を減圧した減圧雰囲気等が好ましく用いられる。
また、このようにして得られた焼結体に対し、さらにHIP処理(熱間等方加圧処理)等を施すようにしてもよい。これにより、焼結体のさらなる高密度化を図り、より機械的特性に優れた歯科用インプラントを得ることができる。
HIP処理の条件としては、例えば、温度が850℃以上1200℃以下、時間が1時間以上10時間以下程度とされる。
また、加圧力は、50MPa以上であるのが好ましく、100MPa以上であるのがより好ましい。
このようにして歯科用インプラントが得られる。
なお、必要に応じて、得られた歯科用インプラントに研磨処理を施すようにしてもよい。研磨処理としては、例えば、バレル研磨、サンドブラスト等が挙げられる。
一方、このようにして得られた焼結体は、歯科用インプラントを含む各種の歯科用部品を構成する歯科用合金材料として有用である。したがって、得られた焼結体に対し、例えば切削、研削のような機械加工、レーザー加工、電子線加工、ウォータージェット加工、放電加工、プレス加工、押出加工、圧延加工、鍛造加工、曲げ加工、絞り加工、引き抜き加工、転造加工、せん断加工等の加工を施すことにより、目的とする形状に成形され、各種の歯科用部品を製造することができる。かかる歯科用部品としては、例えば、歯科用アンカー、歯列矯正用ブラケット、歯列矯正用バッカルチューブ、歯列矯正用アーチワイヤー、結紮線、パワーチェーン、インレー、クラウン、ブリッジ、クラスプ、義歯床、陶材焼付用メタルフレーム等が挙げられる。
上記焼結体を用いて製造されたこのような歯科用部品は、耐力等の機械的特性に優れたものとなるため、例えば噛む力等に対して変形し難い補綴物や、歯列矯正治療において長期わたり歯に力を加え続けられる部品等を実現し得るものとなる。また、これらの歯科用部品は、耐食性に優れたものとなるため、口腔内に留置されたり、骨等に埋入されたりした場合でも、金属アレルギー等を発生させ難く、生体適合性の高いものとなる。
以上、本発明の歯科用インプラントおよび歯科用インプラントの製造方法について、好適な実施形態に基づいて説明したが、本発明はこれに限定されるものではない。
例えば、本発明の歯科用インプラントの実施形態は、前述した実施形態に対し、任意の構造物が付加されている形態であってもよい。
次に、本発明の具体的実施例について説明する。
1.テストピースの製造
(サンプルNo.1)
[1]まず、表1に示す合金組成の原材料を高周波誘導炉で溶融するとともに、水アトマイズ法により粉末化して金属粉末を得た。次いで、目開き150μmの標準ふるいを用いて分級した。なお、合金組成の特定には、SPECTRO社製固体発光分光分析装置(スパーク発光分析装置)、モデル:SPECTROLAB、タイプ:LAVMB08Aを用いた。また、C(炭素)の定量分析には、LECO社製炭素・硫黄分析装置、CS−200を用いた。
[2]次に、金属粉末と、ポリプロピレンおよびワックスの混合物(有機バインダー)とを、質量比で9:1となるように秤量して混合し、混合原料を得た。
[3]次に、この混合原料を混練機で混練し、混練物を得た。
[4]次に、この混練物を、以下に示す成形条件で、射出成形機で成形し、成形体を作製した。
<成形条件>
・材料温度:150℃
・射出圧力:11MPa(110kgf/cm2)
[5]次に、この成形体を以下の脱脂条件で脱脂し、脱脂体を得た。
<脱脂条件>
・加熱温度 :470℃
・加熱時間 :1時間
・加熱雰囲気:窒素雰囲気
[6]次に、得られた脱脂体を、以下の焼成条件で焼成し、焼結体を得た。
<焼成条件>
・加熱温度 :1300℃
・加熱時間 :3時間
・加熱雰囲気:アルゴン雰囲気
[7]次に、得られた焼結体に対し、バレル研磨処理を施した。これにより、テストピースを得た。
(サンプルNo.2〜13)
製造条件を表1に示す条件に変更した以外は、それぞれサンプルNo.1と同様にしてテストピースを得た。
(サンプルNo.14、15)
表1に示す合金組成の原材料を高周波誘導炉で溶融した後、鋳型に溶融金属を流し込み、それぞれ鋳造体を得た。次いで、得られた鋳造体に対し、バレル研磨処理を施した。これにより、テストピースを得た。
(サンプルNo.16〜18)
製造条件を表1に示す条件に変更した以外は、それぞれサンプルNo.1と同様にしてテストピースを得た。
(サンプルNo.19〜21)
表1に示す合金組成の原材料を高周波誘導炉で溶融した後、鋳型に溶融金属を流し込み、それぞれ鋳造体を得た。次いで、得られた鋳造体に対し、バレル研磨処理を施した。これにより、テストピースを得た。
(サンプルNo.22)
[1]まず、表2に示す合金組成の原材料を高周波誘導炉で溶融するとともに、水アトマイズ法により粉末化して金属粉末を得た。次いで、目開き150μmの標準ふるいを用いて分級した。なお、Nは、Crに結合させた状態(窒化クロムの状態)で原材料に含ませた。また、合金組成の特定には、SPECTRO社製固体発光分光分析装置(スパーク発光分析装置)、モデル:SPECTROLAB、タイプ:LAVMB08Aを用いた。また、C(炭素)の定量分析には、LECO社製炭素・硫黄分析装置、CS−200を用いた。さらに、N(窒素)の定量分析には、LECO社製酸素・窒素分析装置、TC−300/EF−300を用いた。
[2]次に、金属粉末と、ポリプロピレンおよびワックスの混合物(有機バインダー)とを、質量比で9:1となるように秤量して混合し、混合原料を得た。
[3]次に、この混合原料を混練機で混練し、混練物を得た。
[4]次に、この混練物を、以下に示す成形条件で、射出成形機で成形し、成形体を作製した。
<成形条件>
・材料温度:150℃
・射出圧力:11MPa(110kgf/cm2)
[5]次に、得られた成形体に対して、以下に示す脱脂条件で熱処理(脱脂処理)を施し、脱脂体を得た。
<脱脂条件>
・脱脂温度 :470℃
・脱脂時間 :1時間
・脱脂雰囲気:窒素雰囲気
[6]次に、得られた脱脂体を、以下に示す焼成条件で焼成した。これにより、焼結体を得た。
<焼成条件>
・焼成温度 :1300℃
・焼成時間 :3時間
・焼成雰囲気:アルゴン雰囲気
[7]次に、得られた焼結体に対し、バレル研磨処理を施した。これにより、テストピースを得た。
(サンプルNo.23〜35)
製造条件を表2に示す条件にした以外は、それぞれサンプルNo.22と同様にしてテストピースを得た。
(サンプルNo.36〜39)
原材料を高周波誘導炉で溶融する際、溶融金属中に窒素ガスを注入した。この際、注入時間を適宜変更することにより、Nの含有率を変えるようにした。
そして、それ以外の製造条件を表2に示すようにした以外は、それぞれサンプルNo.1と同様にしてテストピースを得た。
(サンプルNo.40〜43)
まず、Nを含まない原材料を用いて、それぞれサンプルNo.1と同様にして金属粉末を得た。
次に、この金属粉末を用いるとともに、焼成条件の加熱雰囲気をアルゴン50体積%と窒素50体積%の混合ガス雰囲気に替えるようにした以外は、それぞれサンプルNo.1と同様に焼結体を得た。この際、窒素ガスの分圧を適宜変更することにより、金属粉末中に含まれるNの含有率を変えるようにした。
そして、それ以外の製造条件を表1に示すようにした以外は、それぞれサンプルNo.1と同様にしてテストピースを得た。
(サンプルNo.44〜46)
表2に示す合金組成の原材料を高周波誘導炉で溶融した後、鋳型に溶融金属を流し込み、それぞれ鋳造体を得た。次いで、得られた鋳造体に対し、バレル研磨処理を施した。これにより、テストピースを得た。
また、各表においては、各サンプルNo.のうち、本発明に相当するものについては「実施例」、本発明に相当しないものについては「比較例」と示した。
2.テストピースの評価
2.1 全Si量および酸化ケイ素として含まれるSiの含有率の測定
各サンプルNo.のテストピースについて、重量法およびICP発光分光法により、全Si量および酸化ケイ素として含まれるSiの含有率を測定した。測定結果を表3、4に示す。
2.2 X線回折法による結晶構造の評価
各サンプルNo.のテストピースについて、X線回折法による結晶構造解析に供した。そして、得られたX線回折パターンに含まれていた各ピークの高さや位置を、ICDDカードに掲載されたデータベースと照合することにより、歯科用インプラントに含まれる結晶構造の同定を行った。その上で、Coに起因するピークのうち最も高いピークの高さを1としたときの、Co3Moに起因するピークのうち最も高いピークの高さの比率を算出した。算出結果を表3、4に示す。
2.3 空孔、デンドライト相および結晶組織のアスペクト比の評価
各サンプルNo.のテストピースを切断し、その切断面を研磨した。次いで、得られた研磨面を走査型電子顕微鏡で観察し、観察像上において空孔が占める領域を特定した。そして、空孔が占める領域の平均径(これを空孔の平均径とみなす)を計測するとともに、観察像の全面積に対する空孔が占める領域の面積の割合(面積率)を算出した。
また、得られた研磨面を走査型電子顕微鏡で観察し、観察像上において樹枝状組織がどの程度存在しているかどうかを確認することにより、デンドライト相の存在の程度を以下の評価基準にしたがって評価した。
<デンドライト相の評価基準>
◎:デンドライト相がほとんど存在しない
○:デンドライト相がわずかに存在する(面積率10%以下)
△:デンドライト相がやや多く存在する(面積率10%超20%以下)
×:デンドライト相が非常に多く存在する(面積率20%超)
また、得られた研磨面を走査型電子顕微鏡で観察し、観察像上において結晶組織のアスペクト比の平均値を算出した。
以上の評価結果を表3、4に示す。
2.4 ビッカース硬度の測定
各サンプルNo.のテストピースの表面について、ビッカース硬度を測定した。測定した結果を表3、4に示す。
2.5 耐食性の評価
各サンプルNo.のテストピースについて、JIS T 6118に規定された歯科メタルセラミック修復用貴金属材料の耐食性の試験方法に準拠して溶出金属イオン量を測定した。
そして、測定した結果を、以下の評価基準に基づいて評価した。
<耐食性の評価基準>
◎:耐食性が非常に大きい(溶出金属イオン量が非常に少ない)
○:耐食性が大きい(溶出金属イオン量が少ない)
△:耐食性が小さい(溶出金属イオン量が多い)
×:耐食性が非常に小さい(溶出金属イオン量が非常に多い)
以上の評価結果を表3、4に示す。
2.6 0.2%耐力、伸びおよびヤング率の測定
各サンプルNo.のテストピースについて、JIS T 6118に規定された歯科メタルセラミック修復用貴金属材料の機械的性質の試験方法に準拠して0.2%耐力および伸びを測定した。
また、JIS T 6004に規定された歯科用金属材料の試験方法に準拠してヤング率を求めた。
測定した結果を表3、4に示す。
2.7 疲労強度の測定
各サンプルNo.のテストピースについて、JIS T 0309に規定された試験方法に準拠した疲労強度を測定した。
測定した結果を表3、4に示す。
2.8 表面粗さの測定
各サンプルNo.のテストピースについて、触針式の表面粗さ計により表面の算術平均粗さRaを測定した。
測定した結果を表3、4に示す。
2.9 滑り性の評価
各サンプルNo.のテストピースについて、JIS K 7218に規定された滑り摩耗試験方法のB法(ピン・オン・ディスク法)に準じて、表面の摩耗係数を測定した。そして、以下の評価基準にしたがって滑り摩擦を評価した。なお、滑り摩耗試験における相手材料には、骨に見立てたハイドロキシアパタイトのテストピースを用いた。
<滑り摩擦の評価基準>
◎:滑り摩擦が極めて良好である
○:滑り摩擦が良好である
△:滑り摩擦がやや良好である
×:滑り摩擦が不良である
以上の評価結果を表3、4に示す。
表3、4から明らかなように、各実施例に相当するテストピースは、0.2%耐力が高くかつ耐食性に優れていることが認められた。また、疲労強度やヤング率等も、比較的大きいことが認められた。したがって、各実施例に相当する歯科用合金材料により製造された歯科用インプラントは、耐力等の機械的特性および耐食性が高いため、例えば口腔内に留置され、かつ長期にわたって力がかかり続ける環境下で用いられたとしても、破折し難いものであることが認められた。
また、各実施例に相当するテストピースは、一定量の酸化ケイ素を含むとともに、デンドライト相はほとんど含まないことが認められた。
一方、各比較例に相当するテストピースは、耐食性および機械的特性が低いことが認められた。
3.N濃度と硬度との関係の評価
まず、表5に示す合金組成を有する各サンプルNo.47〜53のテストピースを製造した。
次いで、前述した「2.4 ビッカース硬度の測定」の要領で、各サンプルNo.47〜53のテストピースのビッカース硬度を測定した。測定結果を表5および図4に示す。
表5および図4から明らかなように、テストピース中のN濃度とビッカース硬度との間には、特定のN濃度で硬度が極小となる関係性が認められた。硬度が適度に小さくなるとき、テストピースの靭性が高くなり、引張強さや耐力等の向上が見られる。硬度が極小値近傍では、硬度と耐力とのバランスが良好であり、歯科用インプラントとして有用な歯科用合金材料となる。