以下、例示的な実施形態を図面に基づいて詳細に説明する。
図1は、直噴ガソリンエンジン1(以下、単にエンジン1という)を概略的に示す。エンジン1は、エンジン本体に付随する様々なアクチュエータ、様々なセンサ、及び、該センサからの信号に基づきアクチュエータを制御するエンジン制御器100を含む。
エンジン1は、自動車等の車両に搭載され、その出力軸は、図示しないが、変速機を介して駆動輪に連結されている。エンジン1の出力が駆動輪に伝達されることによって、車両が推進する。エンジン1のエンジン本体は、シリンダブロック12と、その上に載置されるシリンダヘッド13とを備えており、シリンダブロック12の内部に複数のシリンダ(気筒)11が形成されている(図1では、シリンダ11を1つのみ示す)。シリンダブロック12及びシリンダヘッド13の内部には、図示は省略するが冷却水が流れるウォータージャケットが形成されている。
ここで、エンジン1の燃料は、本実施形態ではガソリンであるが、バイオエタノール等を含むガソリンであってもよく、少なくともガソリンを含む液体燃料であれば、どのような燃料であってもよい。
各シリンダ11内には、ピストン15が摺動自在にそれぞれ嵌挿されている。ピストン15は、シリンダ11及びシリンダヘッド13と共に燃焼室17を区画している。図例では、燃焼室17は所謂ペントルーフ型であり、その天井面(つまり、シリンダヘッド13の下面)は吸気側及び排気側の2つの傾斜面からなる三角屋根状をなしている。ピストン15の冠面は、上記天井面に対応した凸形状をなしていて、冠面の中心部には、凹状のキャビティ(凹部)15aが形成されている。尚、上記天井面及びピストン15の冠面の形状は、後述の、高い幾何学的圧縮比が実現するのであれば、どのような形状であってもよい。例えば、天井面及びピストン15の冠面(つまり、キャビティ15aを除く部分)の両方が、シリンダ11の中心軸に対して垂直な面で構成されていてもよく、天井面が上記のように三角屋根状をなす一方、ピストン15の冠面(つまり、キャビティ15aを除く部分)がシリンダ11の中心軸に対して垂直な面で構成されていてもよい。
図1には1つのみ示すが、シリンダ11毎に2つの吸気ポート18がシリンダヘッド13に形成され、それぞれがシリンダヘッド13の下面(つまり、燃焼室17の天井面における吸気側の傾斜面)に開口することで燃焼室17に連通している。同様に、シリンダ11毎に2つの排気ポート19がシリンダヘッド13に形成され、それぞれがシリンダヘッド13の下面(つまり、燃焼室17の天井面の排気側の傾斜面)に開口することで燃焼室17に連通している。吸気ポート18は、シリンダ11内に導入される新気が流れる吸気通路(図示省略)に接続されている。吸気通路には、吸気流量を調整するスロットル弁20が介設しており、エンジン制御器100からの制御信号を受けて、スロットル弁20の開度が調整される。一方、排気ポート19は、各シリンダ11からの既燃ガス(つまり、排気ガス)が流れる排気通路(図示省略)に接続されている。排気通路には、図示は省略するが、1つ以上の触媒コンバータを有する排気ガス浄化システムが配置される。触媒コンバータは、三元触媒を含む。
シリンダヘッド13には、吸気弁21及び排気弁22が、それぞれ吸気ポート18及び排気ポート19を燃焼室17から遮断(閉)することができるように配設されている。吸気弁21は吸気弁駆動機構により、排気弁22は排気弁駆動機構により、それぞれ駆動される。吸気弁21及び排気弁22は所定のタイミングで往復動して、それぞれ吸気ポート18及び排気ポート19を開閉し、シリンダ11内のガス交換を行う。吸気弁駆動機構及び排気弁駆動機構は、図示は省略するが、それぞれ、クランクシャフトに駆動連結された吸気カムシャフト及び排気カムシャフトを有し、これらのカムシャフトはクランクシャフトの回転と同期して回転する。また、少なくとも吸気弁駆動機構は、吸気カムシャフトの位相を所定の角度範囲内で連続的に変更可能な、液圧式、電動式又は機械式の位相可変機構(Variable Valve Timing:VVT)23を含んで構成されている。尚、VVT23と共に、弁リフト量を連続的に変更可能なリフト可変機構(CVVL(Continuous Variable Valve Lift))を備えるようにしてもよい。
また、シリンダヘッド13には、点火プラグ31が配設されている。この点火プラグ31は、例えば、ねじ等の周知の構造によって、シリンダヘッド13に取付固定されている。点火プラグ31は、図例では、シリンダ11の中心軸に対し、排気側に傾斜した状態で取付固定されており、その先端部は燃焼室17の天井部に臨んでいる。この点火プラグ31の先端部は、後述のインジェクタ33のノズル口41の近傍に位置する。尚、点火プラグ31の配置はこれに限定されるものではない。本実施形態では、点火プラグ31は、プラズマ点火式のプラグであり、点火システム32はプラズマ発生回路を備える。そして、点火プラグ31は、点火システム32によって放電でプラズマを発生させ、そのプラズマを点火プラグ31の先端から気筒内にジェット状に噴射させて、燃料の点火を行う。点火システム32は、エンジン制御器100からの制御信号を受けて、点火プラグ31が所望の点火タイミングでプラズマを発生するよう、それに通電する。尚、点火プラグ31は、プラズマ点火式のプラグに限らず、一般によく使用されている火花点火式のプラグであってもよい。
シリンダヘッド13におけるシリンダ11の中心軸上には、気筒内(つまり、燃焼室17内)に燃料を直接噴射するインジェクタ33が配設されている。このインジェクタ33は、例えばブラケットを使用する等の周知の構造でシリンダヘッド13に取付固定されている。インジェクタ33の先端は、燃焼室17の天井部の中心に臨んでいる。
図2に示すように、インジェクタ33は、シリンダ11内に燃料を噴射するノズル口41が形成されたノズル本体40と、ノズル口41を開閉する外開弁42とを有する、外開弁式のインジェクタである。インジェクタ33は、所定の中心軸Sに対して傾斜する方向であって該中心軸Sを中心とする径方向外側へ広がる方向へ燃料を噴射すると共に、ノズル口41の有効断面積を調整可能に構成されている。ノズル口41は、噴口の一例であり、外開弁42は、弁体の一例である。
ノズル本体40は、中心軸Sに沿って延びる管状の部材であって、その内部を燃料が流通する。ノズル口41の開口縁は、ノズル本体40の先端部において、先端側ほど径が大きくなるテーパ状に形成されている。ノズル本体40の基端側の端部は、内部にピエゾ素子44が配設されたケース45に接続されている。外開弁42は、弁本体42aと、弁本体42aからノズル本体40内を通ってピエゾ素子44に接続された連結部42bとを有している。弁本体42aは、ノズル本体40の先端においてノズル本体40から外側に露出している。弁本体42aの連結部42b側の部分が、ノズル口41の開口縁と略同じ形状を有しており、該部分がノズル口41の開口縁に当接(つまり、着座)しているときには、ノズル口41が閉状態となる。
インジェクタ33は、中心軸Sがシリンダ11の中心軸Xと一致し、ノズル口41が燃焼室17の天井部に臨む状態で配置されている。
ピエゾ素子44は、電圧の印加による変形により、外開弁42を中心軸方向に押圧してノズル本体40のノズル口41の開口縁からリフトさせることによって、ノズル口41を開放する。このとき、燃料がノズル口41から中心軸Sに対して傾斜した方向であって中心軸Sを中心とする半径方向へ広がる方向へ噴射される。具体的には、燃料は、中心軸Sを中心とするコーン状(詳しくはホローコーン状)に噴射される。そのコーンのテーパ角は、本実施形態では、90°〜100°である(ホローコーンにおける内側の中空部のテーパ角は70°程度である)。そして、ピエゾ素子44への電圧の印加が停止すると、ピエゾ素子44が元の状態に復帰することで、外開弁42がノズル口41を再び閉状態とする。このとき、ケース45内における連結部42bの周囲に配設された圧縮コイルバネ46がピエゾ素子44の復帰を助長する。
ピエゾ素子44に印加する電圧が大きいほど、外開弁42の、ノズル口41を閉じた状態からのリフト量(以下、単にリフト量という)が大きくなる(図7も参照)。このリフト量が大きいほど、ノズル口41の開度(つまり、有効断面積)が大きくなってノズル口41から気筒内に噴射される燃料噴霧の粒径が大きくなる。逆に、リフト量が小さいほど、ノズル口41の開度が小さくなってノズル口41から気筒内に噴射される燃料噴霧の粒径が小さくなる。ピエゾ素子44の応答は速く、例えば1サイクル中に20回程度の多段噴射が可能である。但し、外開弁42を駆動する手段としては、ピエゾ素子44には限られない。
燃料供給システム34は、外開弁42(ピエゾ素子44)を駆動するための電気回路と、インジェクタ33に燃料を供給する燃料供給系とを備えている。エンジン制御器100は、所定のタイミングで、リフト量に応じた電圧を有する噴射信号を上記電気回路に出力することで、該電気回路を介してピエゾ素子44及び外開弁42を作動させて、所望量の燃料を、気筒内に噴射させる。上記噴射信号の非出力時(つまり、噴射信号の電圧が0であるとき)には、外開弁42によりノズル口41が閉じられた状態となる。このようにピエゾ素子44は、エンジン制御器100からの噴射信号によって、その作動が制御される。こうしてエンジン制御器100は、ピエゾ素子44の作動を制御して、インジェクタ33のノズル口41からの燃料噴射及び該燃料噴射時におけるリフト量を制御する。
上記燃料供給系には、図示省略の高圧燃料ポンプやコモンレールが設けられており、その高圧燃料ポンプは、低圧燃料ポンプを介して燃料タンクより供給されてきた燃料をコモンレールに圧送し、コモンレールは、その圧送された燃料を、所定の燃料圧力で蓄える。そして、インジェクタ33が作動する(つまり、外開弁42がリフトされる)ことによって、上記コモンレールに蓄えられている燃料がノズル口41から噴射される。
エンジン制御器100は、周知のマイクロコンピュータをベースとするコントローラであって、プログラムを実行する中央演算処理装置(CPU)と、例えばRAMやROMにより構成されてプログラム及びデータを格納するメモリと、電気信号の入出力をする入出力(I/O)バスと、を備えている。エンジン制御器100は、制御部の一例である。
エンジン制御器100は、少なくとも、エアフローセンサ71からの吸気流量に関する信号、クランク角センサ72からのクランク角パルス信号、アクセル・ペダルの踏み込み量を検出するアクセル開度センサ73からのアクセル開度信号、及び、車速センサ74からの車速信号をそれぞれ受ける。エンジン制御器100は、これらの入力信号に基づいて、例えば、所望のスロットル開度信号、燃料噴射パルス、点火信号、バルブ位相角信号等といった、エンジン1の制御パラメータを計算する。そして、エンジン制御器100は、それらの信号を、スロットル弁20(正確には、スロットル弁20を動かすスロットルアクチュエータ)、燃料供給システム34(正確には、上記電気回路)、点火システム32、及び、VVT23等に出力する。
このエンジン1の幾何学的圧縮比εは、15以上40以下とされている。本実施形態では、エンジン1は圧縮比=膨張比となる構成から、高圧縮比と同時に、比較的高い膨張比を有するエンジン1でもある。幾何学的圧縮比を高くすることによって、熱効率の向上を図る。
燃焼室17は、図1に示すように、シリンダ11の壁面と、ピストン15の冠面と、シリンダヘッド13の下面(つまり、天井面)と、吸気弁21及び排気弁22それぞれのバルブヘッドの面と、によって区画形成されている。そして、このエンジン1では、冷却損失を低減するべく、これらの各面に、断熱層61,62,63,64,65を設けることによって、燃焼室17を断熱化している。尚、以下において、これらの断熱層61〜65を総称する場合は、断熱層に符号「6」を付す場合がある。断熱層6は、これらの区画面の全てに設けてもよいし、これらの区画面の一部に設けてもよい。また、図例では、シリンダ壁面の断熱層61は、ピストン15が上死点に位置した状態で、そのピストンリング14よりも上側の位置に設けられており、これにより断熱層61上をピストンリング14が摺動しない構成としている。但し、シリンダ壁面の断熱層61はこの構成に限らず、断熱層61を下向きに延長することによって、ピストン15のストロークの全域、又は、その一部に断熱層61を設けてもよい。また、燃焼室17を直接区画する壁面ではないが、吸気ポート18や排気ポート19における、燃焼室17の天井面側の開口近傍のポート壁面に断熱層を設けてもよい。尚、図1に図示する各断熱層61〜65の厚みは実際の厚みを示すものではなく単なる例示であると共に、各面における断熱層の厚みの大小関係を示すものでもない。
燃焼室17の断熱構造について、さらに詳細に説明する。燃焼室17の断熱構造は、上述の如く、燃焼室17を区画する各区画面に設けた断熱層61〜65によって構成されるが、これらの断熱層61〜65は、燃焼室17内の燃焼ガスの熱が、区画面を通じて放出されることを抑制するため、燃焼室17を構成する金属製の母材よりも熱伝導率が低く設定される。ここで、シリンダ11の壁面に設けた断熱層61については、シリンダブロック12が母材であり、ピストン15の冠面に設けた断熱層62についてはピストン15が母材であり、シリンダヘッド13の天井面に設けた断熱層63については、シリンダヘッド13が母材であり、吸気弁21及び排気弁22それぞれのバルブヘッド面に設けた断熱層64,65については、吸気弁21及び排気弁22がそれぞれ母材である。したがって、母材の材質は、シリンダブロック12、シリンダヘッド13及びピストン15については、アルミニウム合金や鋳鉄となり、吸気弁21及び排気弁22については、耐熱鋼や鋳鉄等となる。
また、断熱層6は、冷却損失を低減する上で、母材よりも容積比熱が小さいことが好ましい。つまり、燃焼室17内のガス温度は燃焼サイクルの進行によって変動するが、燃焼室17の断熱構造を有しない従来のエンジンは、シリンダヘッドやシリンダブロック内に形成したウォータージャケット内を冷却水が流れることにより、燃焼室17を区画する面の温度は、燃焼サイクルの進行にかかわらず、概略一定に維持される。
一方で、冷却損失は、冷却損失=熱伝達率×伝熱面積×(ガス温度−区画面の温度)によって決定されることから、ガス温度と壁面の温度との差温が大きくなればなるほど冷却損失は大きくなってしまう。冷却損失を抑制するためには、ガス温度と区画面の温度との差温は小さくすることが望ましいが、冷却水によって燃焼室17の区画面の温度を概略一定に維持した場合、ガス温度の変動に伴い差温が大きくなることは避けられない。そこで、断熱層6の熱容量を小さくして、燃焼室17の区画面の温度が、燃焼室17内のガス温度の変動に追従して変化するようにすることが好ましい。
上記断熱層6は、例えば、母材上にZrO2等のセラミック材料をプラズマ溶射によってコーティングして形成すればよい。このセラミック材料の中には、多数の気孔を含んでいてもよい。このようにすれば、断熱層6の熱伝導率及び容積比熱をより低くすることができる。
また、本実施形態では、図1に示すように、熱伝導率が非常に低くて断熱性に優れかつ耐熱性にも優れたチタン酸アルミニウム製のポートライナ181を、シリンダヘッド13に一体的に鋳ぐるむことによって、吸気ポート18に断熱層を設けている。この構成は、新気が吸気ポート18を通過するときに、シリンダヘッド13から受熱して温度が上がることを抑制乃至回避し得る。これによってシリンダ11内に導入する新気の温度(初期のガス温度)が低くなるため、燃焼時のガス温度が低下し、ガス温度と燃焼室17の区画面との差温を小さくする上で有利になる。燃焼時のガス温度を低下させることは熱伝達率を低くし得るから、そのことによる冷却損失の低減にも有利になる。尚、吸気ポート18に設ける断熱層の構成は、ポートライナ181の鋳ぐるみに限定されない。
このエンジン1では、上述の通り幾何学的圧縮比εを15≦ε≦40に設定している。理論サイクルであるオットーサイクルにおける理論熱効率ηthは、ηth=1−1/(εκ−1)であり、圧縮比εを高くすればするほど、理論熱効率ηthは高くなる。しかしながら、エンジン(正確には、燃焼室の断熱構造を有しないエンジン)の図示熱効率は、所定の幾何学的圧縮比ε(例えば15程度)でピークになり、幾何学的圧縮比εをそれ以上に高めても図示熱効率は高くならず、逆に、図示熱効率は低下することになる。これは、燃料量及び吸気量を一定のままで幾何学的圧縮比を高くした場合、圧縮比が高くなればなるほど、燃焼圧力及び燃焼温度が高くなることに起因している。上述したように、燃焼圧力及び燃焼温度が高くなることは、冷却損失を増大させることになるためである。
これに対し、このエンジン1では、高い幾何学的圧縮比εにおいて図示熱効率が高まるように、上述の通り、燃焼室17の断熱構造を組み合わせている。つまり、燃焼室17の断熱化により冷却損失を低減させ、それによって図示熱効率を高める。
一方で、燃焼室17を断熱化して冷却損失を低減させるだけでは、その冷却損失の低減分が排気損失に転換されて図示熱効率の向上にはあまり寄与しないところ、このエンジン1では、上述したように、高圧縮比化に伴う高膨張比化によって、冷却損失の低減分に相当する燃焼ガスのエネルギを、機械仕事に効率よく変換している。すなわち、このエンジン1は、冷却損失及び排気損失を共に低減させる構成を採用することによって、図示熱効率を大幅に向上させているということができる。
このエンジン1では、上記の燃焼室17及び吸気ポート18の断熱構造に加えて、気筒内(燃焼室17内)においてガス層による断熱層を形成することで、冷却損失をさらに低減するようにしている。以下、このことについて詳細に説明する。
図3は、エンジン1の温間時の運転マップを例示している。このエンジン1は、基本的には、運転領域の全域において、燃焼室17内の混合気を圧縮自己着火によって燃焼させるように構成されている。図3に示す運転マップにおいて、所定負荷よりも低い低負荷領域、及び、低負荷領域よりも負荷の高い中負荷領域において、燃焼室17内にガス層による断熱層を形成する。つまり、エンジン負荷が比較的低くかつ、それによって燃料噴射量が比較的少ない運転状態においては、燃焼室17内にガス層による断熱層を形成することによって、冷却損失を低減し、熱効率の向上を図る。ここで、低負荷領域及び中負荷領域はそれぞれ、エンジンの負荷領域を低、中、及び高の3つの領域に区分(例えば、三等分)したときの、低領域及び中領域に相当する、と定義してもよい。また、特に中負荷領域は、例えば全開負荷に対する所定負荷以下(例えば70%負荷以下)の領域としてもよい。
図4は、低負荷及び中負荷領域において、燃焼室17内に形成する混合気層の形状を概念的に示している。燃焼室17内にガス層による断熱層を形成するとは、同図に示すように、燃焼室17内の中央部に混合気層を形成すると共に、その周囲に新気を含むガス層を形成することである。このガス層は、新気のみであってもよく、新気に加えて、既燃ガス(つまり、EGRガス)を含んでいてもよい。尚、後述の通り、ガス層が断熱層の役割を果たす限度において、ガス層に少量の燃料が混じることは許容される。
混合気層の表面積(S)と体積(V)との比(S/V比)を小さくすることによって、燃焼時に周囲のガス層との伝熱面積が小さくなると共に、混合気層とシリンダ11の壁面との間のガス層により、混合気層の火炎がシリンダ11の壁面に接触することがなく、また、ガス層自体が断熱層となって、シリンダ11の壁面からの熱の放出を抑えることができるようになる。この結果、冷却損失を大幅に低減することができる。
エンジン制御器100は、燃焼室17内の中央部に混合気層が形成されかつ、その周囲にガス層が形成されるように、圧縮行程後半から膨張行程初期の期間にインジェクタ33のノズル口41からシリンダ11内に燃料を噴射させるべく、燃料供給システム34の電気回路に噴射信号を出力する。
低負荷領域においては、燃料噴射量が相対的に少ないことから、シリンダ11の中心軸X上に配設されたインジェクタ33から、圧縮行程後半から膨張行程初期の期間に、シリンダ11内に燃料を噴射することによって燃料噴霧の広がりを抑制して、燃焼室17内の中央部の混合気層と、その周囲のガス層とを形成することが比較的、容易に実現する。しかしながら、燃焼噴射量が増えるに従い、燃料噴射期間が長くなることから、燃料噴霧は特にシリンダ11の中心軸Xの方向に広がるようになり、その結果、混合気層は、例えばピストン15の冠面に触れるようになる。つまり、混合気層の周囲のガス層が確実に形成されなくなる。上述の通り、このエンジン1は、幾何学的圧縮比が高く、それに伴い燃焼室(つまり、ピストンが圧縮上死点に位置したときのシリンダ内空間)の容積が小さい。そのため、このエンジン1は、燃料噴霧がシリンダ11の中心軸Xの方向に広がったときに、混合気層はピストン15の冠面に触れやすい。
そこで、このエンジン1は、燃料噴射量が増える中負荷領域においても燃焼室17内の中心部の混合気層とその周囲のガス層とを確実に形成するために、燃焼室17内に形成する混合気層の形状をコントロールする。具体的には、図4に白抜きの矢印で示すように、燃料噴射量が増えたときには、燃料噴霧を、シリンダ11の中心軸Xに交差する径方向の外側に広がるようにする。そのことによって、混合気層の中心軸Xの方向の長さが長くなることを抑制して混合気層がピストン15の冠面に触れることを回避しつつ、中心軸Xの方向よりも空間的な余裕のある径方向の外側に混合気層を広げることによって、混合気層がシリンダ11の内壁に触れることも回避する。燃焼室17内に形成する混合気層の形状をコントロールすることは、燃焼室17内に形成される混合気層の中心軸方向の長さをL、径方向の幅をWとしたときに、長さLと幅Wとの比(L/W)を調整することであり、上述のS/V比を小さくする上で、L/W比を所定以上にしつつも、燃料噴射量が増えたときには、L/W比を小さくすることになる。
このような混合気層の形状のコントロールを実現するために、エンジン1では、インジェクタ33による燃料噴射の間隔(図6参照)とリフト量(図7参照)とがそれぞれ調整される。これにより、図5に示すように、燃料噴霧の進行方向への広がりと燃料噴霧の中心軸Sを中心とする径方向への広がりとが独立して制御される。燃料噴射の間隔は、図6に概念的に示すように、燃料噴射の終了から、次の燃料噴射の開始までの間隔と定義される。上述の通り、このインジェクタ33は高応答であり、1〜2msecの間に、20回程度の多段噴射が可能である。また、インジェクタ33のリフト量は、図7に概念的に示すように、燃料の噴射開口面積に比例し、上述の通り、リフト量が大きいほど、噴射開口面積(即ち、ノズル口41の有効断面積)は大きくなり、リフト量が小さいほど、噴射開口面積は小さくなる。
図8は、インジェクタ33のリフト量を一定にした上で、燃料の噴射間隔を長くしたとき(同図(A))と、噴射間隔を短くしたとき(同図(B))との燃料噴霧の広がりの違いを、概念的に示している。インジェクタ33からホローコーン状に噴射された燃料噴霧は、燃焼室17内を高速で流れる。そのため、コアンダ効果により、ホローコーンの内側においてインジェクタ33の中心軸Sに沿うように、負圧領域が発生する。燃料噴射間隔が長いときには、燃料噴射から次の燃料噴射までの間に、負圧領域の圧力が回復するようになるため、負圧領域は小さくなる。これに対し、燃料噴射間隔が短いときには、間を空けずに燃料噴射が繰り返されるため、負圧領域の圧力が回復することが抑制される。その結果、負圧領域は、図8(B)に示すように、大きくなる。
燃料噴霧は、この負圧に引き寄せされるようになる。負圧領域は中心軸Sを中心とする径方向の中央側に形成されるため、負圧領域が相対的に大きいときには、図8(B)に示すように、燃料噴霧の径方向への広がり、即ち、中心軸Sに対する燃料噴霧の進行方向の傾斜角が抑制される。これに対し、負圧領域が相対的に小さいときには、図8(A)に示すように、燃料噴霧は、あまり引き寄せられないため、径方向へ広がりやすく、燃料噴霧の中心軸Sに対する燃料噴霧の進行方向の傾斜角が大きくなる。つまり、インジェクタ33の燃料の噴射間隔を短くすれば、燃料噴霧の径方向の広がりを抑制することが可能になる一方、その噴射間隔を長くすれば、燃料噴霧の径方向の広がりを促進することが可能になる。
図9は、燃料の噴射間隔を一定にした上で、インジェクタ33のリフト量を小さくしたとき(同図(A))と、リフト量を大きくしたとき(同図(B))との燃料噴霧の広がりの違いを概念的に示している。この場合、噴射間隔が同じであるため、燃焼室17内の負圧領域は同じになるものの、リフト量が相違することによって、燃料噴霧の粒径が異なる。つまり、インジェクタ33のリフト量を小さくしたときには、燃料噴霧の粒径も小さくなるため、燃料噴霧の運動量が小さくなる。このため、燃料噴霧は、負圧によって径方向の中央側に引き寄せられやすくなり、図9(A)に示すように、径方向の外側への広がりが抑制される。これに対し、インジェクタ33のリフト量を大きくしたときには、燃料噴霧の粒径が大きくなるため、燃料噴霧の運動量が大きくなる。このため、燃料噴霧は、負圧に引き寄せられにくくなり、図9(B)に示すように、径方向の外側に広がり易くなる。つまり、インジェクタ33のリフト量を大きくすれば、燃料噴霧の径方向の広がりを促進することが可能になる一方、そのリフト量を小さくすれば、燃料噴霧の径方向の広がりを抑制することが可能になる。
また、粒径が大きい燃料噴霧は、運動量が大きいので、進行方向への飛散距離も長くなる。さらに、粒径が大きい燃料噴霧は、負圧領域の影響を受けて減速しにくく、このことによっても飛散距離が長くなる。それに対し、粒径が小さい燃料噴霧は、運動量が小さいので、進行方向への飛散距離が短くなる。さらに、粒径が小さい燃料噴霧は、負圧領域の影響を受けて減速しやすく、このことによっても飛散距離が短くなる。
このように、インジェクタ33の噴射間隔及びリフト量を変更することによって、燃料噴霧の広がりを、径方向と進行方向との2方向について独立して制御することが可能になる。そこで、このエンジン1では、リフト量が相対的に大きく且つ噴射間隔が相対的に大きい複数回の燃料噴射を含む第1噴射群と、リフト量が相対的に小さく且つ噴射間隔が相対的に小さい複数回の燃料噴射を含む第2噴射群とを組み合わせて、混合気層の形状を制御している。何れの噴射群においても、複数回の燃料噴射を行う多段噴射が実行される。ここで、多段噴射とは、燃料の噴射間隔(燃料噴射の終了から次の燃料噴射の開始までの間隔)が0.5ms以下の連続的な燃料噴射を意味する。
詳しくは、第1噴射群は、インジェクタ33のリフト量を第2噴射群よりも大きくし且つ、燃料の噴射間隔を第2噴射群よりも大きくした、所定回数の燃料噴射を含む。噴射間隔を広くすることによって負圧領域が小さくなる。それに加えて、リフト量を大きくして燃料噴霧の粒径を大きくすることによって、燃料噴霧の運動量が大きくなる。その結果、進行方向への飛散距離が相対的に長く且つ径方向へ広がった燃料噴霧が形成される。
第2噴射群は、インジェクタ33のリフト量を第1噴射群よりも小さくし且つ、燃料の噴射間隔を第1噴射群よりも小さくした、所定回数の燃料噴射を含む。噴射間隔を狭くすることによって負圧領域が拡大される。それに加えて、リフト量を小さくして燃料噴霧の粒径を小さくすることによって、燃料噴霧の運動量が小さくなる。その結果、進行方向への飛散距離が相対的に短く且つ径方向への広がりが抑制された燃料噴霧が形成される。
エンジン制御器100は、エンジン1の運転状態に応じて第1噴射群と第2噴射群との割合を変更することによって、混合気層をエンジン1の運転状態に応じた形状に制御している。基本的な原理としては、第1噴射群の割合を多くすることによって、径方向外側へ広がった混合気層が形成される一方、第2噴射群の割合を多くすることによって、径方向外側への広がりが抑制された混合気層が形成される。
尚、エンジン1の運転状態によっては、第1噴射群が省略され、第2噴射群だけが実行される場合や、第1噴射群に含まれる燃料噴射が1回だけで、あとは第2噴射群となる場合や、第2噴射群が省略され、第1噴射群だけが実行される場合や、第2噴射群に含まれる燃料噴射が1回だけで、あとは第1噴射群となる場合もある。また、第1噴射群の後に第2噴射群を実行してもよいし、第2噴射群のあとに第1噴射群を実行してもよい。
エンジン制御器100は、上述の多段噴射を前提として、エンジン1の運転状態に応じて第1噴射群8及び第2噴射群9の噴射態様をさらに細かく制御している。図10は、中負荷且つ低回転領域における噴射態様を示す図である。図11は、中負荷且つ低回転領域における燃焼室の燃料濃度分布を示す図である。図12は、中負荷且つ高回転領域における噴射態様を示す図である。図13は、中負荷且つ高回転領域における燃焼室の燃料濃度分布を示す図である。
具体的には、エンジン制御器100は、中負荷領域において、第1噴射群8の燃料噴射の噴射間隔が徐々に長くなると共にリフト量が徐々に小さくなるようにインジェクタ33を制御している。このとき、第2噴射群9に含まれる燃料噴射のリフト量は一定である。また、第2噴射群9は、圧縮上死点前に完了している。
詳しくは、中負荷の低回転側の領域では、図10に示すように、第1噴射群8には、4回の燃料噴射が含まれる。1回目の燃料噴射81のリフト量は、最も大きくなっている。2回目の燃料噴射82は、1回目の燃料噴射81から比較的小さい第1間隔a1を空けて行われる。2回目の燃料噴射82のリフト量は、1回目の燃料噴射81よりも小さい。3回目の燃料噴射83は、2回目の燃料噴射82から第1間隔a1よりも大きい第2間隔a2を空けて行われる。3回目の燃料噴射83のリフト量は、2回目の燃料噴射82よりも小さい。4回目の燃料噴射84は、3回目の燃料噴射83から第2間隔a2よりも大きい第3間隔a3を空けて行われる。4回目の燃料噴射84のリフト量は、3回目の燃料噴射83よりも小さい。2回目の燃料噴射82が第1噴射の一例であり、3回目の燃料噴射83又は4回目の燃料噴射84が第2噴射の一例である。また、3回目の燃料噴射83も第1噴射の一例となり得る。その場合には、4回目の燃料噴射84が第2噴射の一例となる。
このように、第1噴射群8では、噴射タイミングが後になるほど、噴射間隔が長くなり、負圧領域の大きさが小さくなる。そのため、第1噴射群8の始めの方の燃料噴射による燃料噴霧は、負圧領域が比較的大きいので、中心軸Sを中心とする径方向外側、即ち、燃焼室17の径方向外側への広がりが抑制される。一方、第1噴射群8の終わりの方の燃料噴射による燃料噴霧は、負圧領域が比較的小さいので、燃焼室17の径方向外側へ広がっていく(即ち、中心軸Sに対する燃料噴霧の進行方向の傾斜角が大きくなる)。
ここで、燃料噴霧の径方向外側への広がりが大きいほど、中心軸方向への飛散距離は短くなる。つまり、第1噴射群8の始めの方の燃料噴射による燃料噴霧は、径方向への広がりが小さいので、中心軸方向への飛散距離が長くなる。一方、第1噴射群8の終わりの方の燃料噴射による燃料噴霧は、径方向への広がりが大きいので、中心軸方向への飛散距離が短くなる。つまり、中心軸方向において、各燃料噴霧の到達位置を互いに異ならせることができる。その結果、燃料を中心軸方向に分散して噴射することができ、燃料噴霧を中心軸方向に分散させることができる。
それに加えて、第1噴射群8では、噴射間隔が長くなるほど、リフト量が小さくなっている。リフト量が小さいと、燃料噴霧の粒径が小さく、運動量が小さくなるので、燃料噴霧の進行方向への飛散距離が短くなる。つまり、噴射間隔が長い、即ち、径方向への広がりが大きい燃料噴霧ほど、進行方向への飛散距離が短くなっている。例えば、第1噴射群8の各燃料噴霧の進行方向への飛散距離が一定であるとすると、燃料噴霧の径方向への広がりを調整することによって燃料噴霧を中心軸方向に分散させることができるとしても、燃料噴霧の径方向への飛散距離は中心軸方向で不均一となる。すなわち、燃料噴霧の径方向への広がりが大きいほど、燃料噴霧の径方向への飛散距離は長くなる。それに対し、径方向への広がりが大きい燃料噴霧の進行方向への飛散距離を短くすることによって、各燃料噴霧の径方向への飛散距離の差を小さくすることができる。つまり、混合気層全体としての径方向の広がりを中心軸方向においてできる限り均等にすることができる。
さらに、燃料噴霧の進行方向への飛散距離が短くなると、燃料噴霧の中心軸方向への飛散距離も短くなる。径方向への広がりが大きい燃料噴霧は、中心軸方向への飛散距離を抑制することによりノズル口41の近傍に配置したい燃料噴霧である。そのため、径方向への広がりが大きい燃料噴霧の粒径を小さくして、進行方向への飛散距離を短くすることは、燃料噴霧の径方向への飛散距離を均等にできるだけでなく、燃料噴霧を噴口の近傍に配置する観点からも有効である。つまり、燃料噴霧の粒径を調整することによって、燃料噴霧を中心軸方向における所望の位置により配置させやすくなる。
一方、第2噴射群9の燃料噴射90,90,…は、噴射間隔が相対的に短く、負圧領域が大きい。また、第2噴射群9の燃料噴射90,90,…は、リフト量が相対的に小さく、燃料噴霧の粒径が小さいので、運動量が小さい。そのため、第2噴射群9による燃料噴霧は、飛散距離が比較的短く、また、負圧の影響を受けて径方向中央に集まりやすい。より詳しくは、燃料噴射90,90,…の噴射間隔は、第1噴射群8の1回目の燃料噴射81と2回目の燃料噴射82との間の第1間隔a1よりも短い。そのため、第2噴射群9による燃料噴霧は、第1噴射群8による燃料噴霧よりも径方向内側へ飛散していく。
また、第1噴射群8による全噴射量と、第2噴射群9による全噴射量とは、略同じ量になっている。
このような第1噴射群8及び第2噴射群9による燃料噴射の結果、着火時(圧縮上死点後の所定のタイミング)には、燃料噴霧は、中心軸方向に分散して配置され、燃料濃度分布は中心軸方向において概ね均等となる。尚、燃料の着火は、例えば、燃料の燃焼質量割合が1%以上となることをもって判定することができる。
具体的には、1回目の燃料噴射81による燃料噴霧(以下、「1回目の燃料噴霧」という)は、比較的自由に飛散していくが、2回目の燃料噴射82による燃料噴霧(以下、「2回目の燃料噴霧」という)は、大きな負圧領域に引き寄せられ、径方向への広がりが抑制される。そのため、該燃料噴霧は、概ね中心軸Sに沿ってピストン15の近傍まで飛散する。
3回目の燃料噴射83のときには、2回目の燃料噴射82のときと比べて負圧領域が小さくなっている。そのため、3回目の燃料噴射83による燃料噴霧(以下、「3回目の燃料噴霧」という)は、負圧領域に引き寄せられるものの、2回目の燃料噴霧に比べて中心軸Sに対する傾斜角が大きな方向に飛散し、径方向への広がりが大きくなる。また、3回目の燃料噴霧は、2回目の燃料噴霧に比べて粒径が小さいので、その進行方向への飛散距離が短くなっている。径方向への広がりが大きいことと進行方向への飛散距離が短いことが相俟って、3回目の燃料噴霧の中心軸方向への飛散距離は、2回目の燃料噴霧に比べて短くなる。つまり、3回目の燃料噴霧は、中心軸方向において2回目の燃料噴霧よりもノズル口41に近い位置までしか飛散しない。また、3回目の燃料噴霧は、進行方向への飛散距離が短いので、径方向への飛散距離も短くなっている。そのため、3回目の燃料噴霧は、2回目の燃料噴霧よりも径方向への広がりが大きいものの、径方向への飛散距離は、2回目の燃料噴霧と略同じになっている。
4回目の燃料噴射84のときには、3回目の燃料噴射83のときと比べて負圧領域が小さくなっている。そのため、4回目の燃料噴射84による燃料噴霧(以下、「4回目の燃料噴霧」という)は、負圧領域に引き寄せられるものの、3回目の燃料噴霧に比べて中心軸Sに対する傾斜角が大きな方向に飛散し、径方向への広がりが大きくなる。また、4回目の燃料噴霧は、3回目の燃料噴霧に比べて粒径が小さいので、その進行方向への飛散距離が短くなっている。径方向への広がりが大きいことと進行方向への飛散距離が短いことが相俟って、4回目の燃料噴霧の中心軸方向への飛散距離は、3回目の燃料噴霧に比べて短くなる。つまり、4回目の燃料噴霧は、中心軸方向において3回目の燃料噴霧よりもノズル口41に近い位置までしか飛散しない。また、4回目の燃料噴霧は、進行方向への飛散距離が短いので、径方向への飛散距離も短くなっている。そのため、4回目の燃料噴霧は、3回目の燃料噴霧よりも径方向への広がりが大きいものの、径方向への飛散距離は、3回目の燃料噴霧と略同じになっている。
このような第1噴射群8による燃料噴射が行われた結果、例えば着火時には、中心軸方向において2回目の燃料噴霧がピストン15の近傍に位置し、3回目の燃料噴霧がピストン15とノズル口41との中間部分に位置し、4回目の燃料噴霧がノズル口41の近傍に位置するようになる。こうして、第1噴射群8による燃料噴霧は、中心軸方向に分散される。また、2回目〜4回目の何れの燃料噴霧の径方向への飛散距離も、同じくらいとなっている。
その後、第1噴射群8による燃料噴霧よりも径方向中央側に、第2噴射群9による燃料噴霧が噴射される。
その結果、着火時には、燃料噴霧は、中心軸方向において概ね均等に分散した状態となる。つまり、図11に示すように、中心軸方向の燃料濃度分布が概ね均等となる。
この状態で燃料が燃焼すると、ピストン15近傍における燃料の集中が解消されているので、ピストン15近傍において局所的に大きな熱量が発生することが防止される。その結果、ピストン15を介した放熱が抑制され、冷却損失が低減される。
尚、ピストン15近傍の燃料濃度を低減するために、ピストン15近傍以外の部分、例えば、燃焼室17の中央の燃料濃度を局所的に高めることも考えられる。しかしながら、この方法では、中負荷領域のように燃料量が多いときには、燃料濃度が局所的に濃くなりすぎて、CO排出量が増大してしまう。それに対し、上述のように燃料の濃度分布を均質化させる場合には、CO排出量を抑制しつつ、冷却損失を低減することができる。
尚、第1噴射群8による全噴射量と、第2噴射群9による全噴射量とが略同じ量になっているので、燃焼室17の径方向中央に分布する第2噴射群9による燃料噴霧と、該第2噴射群9による燃料噴霧の回りに分布する第1噴射群8による燃料噴霧との割合が同程度となり、燃焼室17の径方向への燃料濃度分布も、図11に示すように、概ね均等になっている。
一方、エンジン制御器100は、中負荷領域の高回転側の領域においては、図12に示すように、1回のサイクルにおける燃料の全噴射量に対する第2噴射群9の割合を、低回転側の領域に比べて増加させている。図12の例では、図10の例に比べて、第1噴射群8に含まれる燃料噴射の回数が1回減少し、第2噴射群9に含まれる燃料噴射の回数が2回増加している。具体的には、第1噴射群8においては、4回目の燃料噴射84が削除され、1回目〜3回目の燃料噴射81〜83だけになっている。
また、多段噴射の噴射時期が、低回転領域に比べて進角している。所定のクランク角で燃料を着火させることを想定した場合、エンジン回転数が高くなるほど、燃料の噴射を開始してから該所定のクランク角までの時間が短くなるためである。つまり、燃料噴射を開始してから該所定のクランク角までの間に着火遅れに対応する十分な時間を確保するためである。
しかしながら、燃焼室17内に燃料が噴射されると燃焼室17内の比熱比が低くなるので、燃料噴射時期を進角させるほど、圧縮端温度の温度が上がりにくくなり、着火しにくくなる。それに対し、全噴射量に対する第2噴射群9の割合を低回転側の領域に比べて高くすることによって、燃料濃度が局所的に高い部分を形成し、着火性を向上させている。第2噴射群9は、燃料噴霧の粒径が小さく且つ負圧領域が大きいので、燃料噴霧が燃焼室17の径方向中央付近に集まりやすくなっている。つまり、第2噴射群9の割合を高めることによって、図13に示すように、燃焼室17の径方向中央に燃料濃度が局所的に高い部分を形成することができる。その結果、回転数が高い場合であっても所望のクランク角で燃料を着火させることが可能となる。
尚、高回転領域であっても、第1噴射群8においては、燃料噴射の噴射間隔が徐々に長くなると共にリフト量が徐々に小さくなっている。これにより、中心軸方向の燃料濃度分布は、概ね均等となっている。そのため、高回転領域においても、ピストン15近傍において燃焼により発生する熱量を低減し、冷却損失を低減することができる。
尚、エンジン1の負荷が大きくなると、負荷が小さい場合と比べて、燃料量が多くなるが、このとき、エンジン制御器100は、燃料の全噴射量に対する第1噴射群8の割合を高くする。例えば、第1噴射群8に含まれる燃料噴射の回数が増える。第1噴射群8による燃料噴霧は、第2噴射群9に比べて、燃焼室17の径方向に広がりやすい。着火時における燃焼室17は、径方向に広がった扁平な形状をしているので、負荷が増加して燃料量が増えた場合には、燃焼室17の径方向のスペースを有効に利用しつつ、燃焼室17の燃料濃度分布を中心軸方向において概ね均等にすることができる。
このように、エンジン1は、シリンダ11内に設けられたピストン15を有するエンジン本体と、少なくともガソリンを含む燃料を上記シリンダ11内にノズル口41を介して噴射するインジェクタ33と、上記インジェクタ33の噴射態様を制御するエンジン制御器100とを備え、上記エンジン制御器100は、上記エンジン1のエンジン負荷が所定負荷以上の運転領域において、圧縮行程後半から膨張行程初期の期間内に上記インジェクタ33に多段噴射を行わせ、上記多段噴射には、1回目の燃料噴射81から所定の第1間隔a1を空けて燃料を噴射する2回目の燃料噴射82と、2回目の燃料噴射82から該第1間隔a1よりも長い第2間隔a2を空けて燃料を噴射する3回目の燃料噴射83とが含まれる。
上記の構成によれば、多段噴射における噴射間隔を調整することによって、燃料噴射の中心軸を中心とする径方向への燃料噴霧の広がりを抑制することができる。そして、多段噴射内で、燃料噴霧の径方向への広がりを燃料噴射ごとに調整することによって、燃料噴霧を中心軸方向に分散させることができる。
具体的には、2回目の燃料噴射82は、1回目の燃料噴射81からの噴射間隔が相対的に短いので、大きな負圧領域が形成されており、2回目の燃料噴霧は、負圧領域に引き寄せられて、径方向への広がりが抑制される。そのため、2回目の燃料噴霧の中心軸方向への飛散距離は、相対的に長くなる。一方、3回目の燃料噴射83は、2回目の燃料噴射82からの噴射間隔が相対的に長いので、負圧領域が小さくなっており、3回目の燃料噴霧は、負圧領域にあまり引き寄せられず、径方向への広がりが大きくなる。そのため、3回目の燃料噴霧の中心軸方向への飛散距離は、相対的に短くなる。その結果、2回目の燃料噴霧と3回目の燃料噴霧とは、中心軸方向に分散されることになる。
こうして、燃料噴霧を中心軸方向に分散させることによって、ピストン15近傍での燃料の集中を解消することができる。それにより、燃焼時にピストン15近傍において発生する熱量を減少させることができ、ピストン15からの放熱量を低減することができる。その結果、冷却損失を低減することができる。
また、上記インジェクタ33は、上記ノズル口41の有効断面積を調整可能に構成されており、上記エンジン制御器100は、直前の燃料噴射からの間隔が長くなるほど上記ノズル口41の有効断面積が小さくなるように上記インジェクタ33を調整している。
この構成によれば、径方向への広がりが大きい燃料噴霧ほど、粒径が小さくなり、運動量が小さくなっている。つまり、燃料噴霧の進行方向への飛散距離が短くなっている。燃料噴霧の進行方向への飛散距離が短くなると、当然ながら、径方向への飛散距離も短くなる。つまり、径方向への広がりが大きい燃料噴霧は、径方向への広がりが小さい燃料噴霧に比べて、中心軸方向への飛散距離が短くなる一方で、径方向への飛散距離は長くなる。しかし、径方向への広がりが大きい燃料噴霧の進行方向への飛散距離自体を短くすることによって、該燃料噴霧の径方向への飛散距離を短くすることができる。よって、径方向への広がりが大きい燃料噴霧の径方向への飛散距離を、径方向への広がりが小さい燃料噴霧に近づけることができる。
さらに、噴射間隔が相対的に長く且つノズル口41の有効断面積が相対的に小さい3回目の燃料噴射83は、噴射間隔が相対的に短く且つノズル口41の有効断面積が相対的に大きい2回目の燃料噴射82よりも後に行われる。
この構成によれば、3回目の燃料噴霧は、径方向への広がりが相対的に小さく且つ進行方向への飛散距離が相対的に短い。つまり、3回目の燃料噴霧は、ノズル口41の近傍に滞留しやすい。そのため、3回目の燃料噴射83の後に、飛散距離がより長い燃料噴射が行われると、ノズル口41の近傍に滞留している燃料噴霧が後からの燃料噴霧に引き連れられて、遠くへ飛散していく可能性がある。その結果、3回目の燃料噴霧を所望の位置に留まらせることが困難となる。それに対し、遠くまで飛散する2回目の燃料噴霧を先に噴射し、その後に、飛散距離の短い3回目の燃料噴霧を噴射することによって、それぞれの燃料噴霧を所望の位置に配置しやすくなる。
さらに、上記多段噴射には、上記第1噴射及び上記第2噴射を含む少なくとも3回以上の燃料噴射が含まれており、上記多段噴射の噴射間隔は、しだいに大きくなっている。
この構成によれば、中心軸方向への飛散距離が長い燃料噴霧ほど先に噴射される。燃料噴射のタイミング後になるほど着火までの時間が短くなるので、中心軸方向への飛散距離が長い燃料噴霧を先に噴射することによって、該燃料噴霧を所望の位置まで確実に到達させることができる。
また、上記多段噴射は、第1噴射群8と、該第1噴射群8と比べて上記ノズル口41の有効断面積が相対的に小さく及び噴射間隔が相対的に小さい第2噴射群9とを含み、上記エンジン制御器100は、少なくとも上記第1噴射群8が上記2回目の燃料噴射82及び3回目の燃料噴射83を含むように上記インジェクタ33を調整する。
第1噴射群8は、第2噴射群9に比べて、燃料粒径が大きく且つ負圧領域が小さいので、第1噴射群8による燃料噴霧は、拡散しやすく且つ遠くまで飛散しやすい。すなわち、第1噴射群8による燃料噴霧は、ピストン15に到達しやすい。そこで、少なくとも第1噴射群8に上記2回目の燃料噴射82及び3回目の燃料噴射83が含まれるようにすることによって、多段噴射全体として、ピストン15近傍まで飛散する燃料噴霧を効果的に低減することができる。
《その他の実施形態》
以上のように、本出願において開示する技術の例示として、上記実施形態を説明した。しかしながら、本開示における技術は、これに限定されず、適宜、変更、置き換え、付加、省略などを行った実施の形態にも適用可能である。また、上記実施形態で説明した各構成要素を組み合わせて、新たな実施の形態とすることも可能である。また、添付図面および詳細な説明に記載された構成要素の中には、課題解決のために必須な構成要素だけでなく、上記技術を例示するために、課題解決のためには必須でない構成要素も含まれ得る。そのため、それらの必須ではない構成要素が添付図面や詳細な説明に記載されていることをもって、直ちに、それらの必須ではない構成要素が必須であるとの認定をするべきではない。
上記実施形態について、以下のような構成としてもよい。
例えば、第1噴射群8において、噴射タイミングが後になるほど、噴射間隔が長くなり、且つ、リフト量が小さくなっているが、これに限られるものではない。第2噴射群9において、噴射タイミングが後になるほど、噴射間隔が長くなり、且つ、リフト量が小さくなっていてもよい。その場合、第1噴射群8は、噴射間隔及びリフト量が一定となっていてもよい。つまり、第1噴射群8及び第2噴射群9のいずれにおいて、噴射タイミングが後になるほど、噴射間隔が長くなり、且つ、リフト量が小さくなっていてもよい。
第1噴射群8は、図10,12に示す噴射態様に限られるものではない。第1噴射群8における燃料噴射の回数は、4回又は3回に限られるものではない。4回以上であってもよい。
第1噴射群8は、直前の燃料噴射からの噴射間隔が長くなるほど、リフト量が小さくなっているが、これに限られなない。例えば、リフト量は一定であってもよい。
第1噴射群8は、噴射タイミングが後になるにしたがって噴射間隔が大きくなっているが、これに限られるものではない。例えば、第1噴射群8は、噴射タイミングが後になるにしたがって噴射間隔が小さくなってもよい。また、噴射間隔は、単調に増加又は減少する必要はなく、多段噴射中において噴射間隔が長くなったり、短くなったりしてもよい。
第1噴射群8は、第2噴射群9に比べて、リフト量が大きく且つ噴射間隔が大きいが、リフト量及び燃料間隔の何れか一方だけが大きい構成であってもよい。
上記多段噴射では、第1噴射群8の後に第2噴射群9が実行されるが、これを逆にして、第2噴射群9の後に第1噴射群8が実行されてもよい。
また、第2噴射群9は、図10,12に示す噴射態様に限られるものではない。例えば、第2噴射群9の燃料噴射は、等間隔でなくてもよく、リフト量が一定でなくてもよい。
さらに、上記実施形態では、中負荷領域における多段噴射には、第1噴射群8と第2噴射群9とが含まれているが、何れか一方だけであってもよい。例えば、多段噴射は、第2噴射群9だけで構成されていてもよい。その場合、第2噴射群9に直前の燃料噴射から所定の第1間隔を空けて燃料を噴射する第1噴射と、直前の燃料噴射から該第1間隔よりも長い第2間隔を空けて燃料を噴射する第2噴射とが含まれる。
つまり、少なくとも中負荷領域おいて、多段噴射が行われ、その多段噴射中に直前の燃料噴射から所定の第1間隔を空けて燃料を噴射する第1噴射と、直前の燃料噴射から該第1間隔よりも長い第2間隔を空けて燃料を噴射する第2噴射とが含まれる限りは、任意の噴射形態を採用することができる。
また、そのような第1噴射及び第2噴射を含む多段噴射が行われるのは中負荷領域に限られない。低負荷領域及び高負荷領域においても同様の制御を行ってもよい。
また、インジェクタの構成は、上記実施形態に限られるものではない。噴口の有効断面積を変更できる限り、任意のインジェクタを採用することができる。例えば、図14に示すような、VCO(Valve Covered Orifice)ノズルタイプのインジェクタ233であってもよい。図14は、インジェクタ233の内部構成を示す断面図である。
詳しくは、インジェクタ233は、シリンダ11内に燃料を噴射するノズル口241が形成されたノズル本体240と、ノズル口241を開閉するニードル弁242とを有する。ノズル本体240は、所定の噴射軸Sに沿って延びる管状の部材であって、その内部を燃料が流通する。ノズル本体240の先端部は、円錐状に形成されている。ノズル本体240の先端部の内周面には、すり鉢状のシート部243が形成されている。ノズル本体240の先端部に、複数のノズル口241が貫通形成されている。ノズル口241の一端は、シート部243に開口している。ノズル口241は、噴射軸S回りに等間隔で複数配置されている。ニードル弁242の先端部は、円錐状に形成され、ノズル本体240のシート部243に着座するようになっている。ノズル口241は、ニードル弁242がシート部243に着座することによって閉鎖されるようになっている。ノズル口241は、噴口の一例であり、ニードル弁242は、弁体の一例である。
ニードル弁242は、インジェクタ33と同様にピエゾ素子により駆動される。ニードル弁242が駆動され、シート部243からリフトされると、シート部243とニードル弁242との間に燃料が流通可能な隙間が形成され、この隙間を流通する燃料がノズル口241を介してノズル本体240の外部に噴射される。
このとき、ノズル口241の内周面には、燃料が流通する際にキャビテーションが発生する。このキャビテーションの度合い(例えば、キャビテーションが発生する領域の大きさ)は、ニードル弁242とシート部243との隙間、即ち、ニードル弁242のリフト量に応じて変化する。具体的には、ニードル弁242のリフト量が小さく、ニードル弁242とシート部243との隙間が小さいときには、キャビテーションが発生する領域も大きくなる。一方、ニードル弁242のリフト量が大きく、ニードル弁242とシート部243との隙間が大きいときには、キャビテーションが発生する領域も小さくなる。キャビテーションが発生する領域が大きいと、ノズル口241の有効断面積は小さくなる。キャビテーションが発生する領域が小さいと、ノズル口241の有効断面積は大きくなる。つまり、ニードル弁242のリフト量が小さいほど、ノズル口241の有効断面積は小さくなり、ニードル弁242のリフト量が大きいほど、ノズル口241の有効断面積は大きくなる。
さらに、上記実施形態では、インジェクタ33のリフト量と燃料噴射間隔とを変更することによって、燃焼室17内の混合気層の形状を変更することが可能であるが、これに加えて、燃料圧力を高くすることは、インジェクタ33のリフト量と燃料噴射間隔との変更に伴う、混合気層の形状の変更幅を、さらに拡大する。つまり、燃料圧力を高くすることによって、インジェクタ33のリフト量を大きくしたときには、燃料噴霧の運動エネルギがより大きくなり、燃料噴射間隔を狭くしたときには、負圧の程度が高くなって負圧領域がより拡大する。その結果、混合気層の形状の変更幅が、さらに拡大する。
尚、上記の例では、燃焼室17及び吸気ポート18の断熱構造を採用するとともに、気筒内(燃焼室17内)にガス層による断熱層を形成するようにしたが、ここに開示する技術は、燃焼室17及び吸気ポート18の断熱構造を採用しないエンジンにも適用することができる。
また、ここに開示する燃料噴射技術は、燃焼室17内に混合気層とその周囲のガス層とを形成しているが、これに限られるものではない。ガス層が存在せず、混合気層が燃焼室17の壁面と接触する場合でも、上記燃料噴射技術を採用することができる。例えば、燃焼室17の容積に対して燃料噴射量が多くなると、混合気層が燃焼室17の壁面と接触する場合もある。そのような場合であっても、燃焼室17の中央近傍での熱量の発生を増加させ、壁面近傍での熱量の発生を抑制することによって、燃焼室17の壁面からの放熱を抑制し、冷却損失を低減することができる。