超音波を用いて皮質骨の測定を行う場合、当該皮質骨表面の粗さや、皮質骨中の空孔の存在などによって、皮質骨からの反射波が乱れる場合がある。特許文献1及び2の構成の場合、皮質骨からの反射波が乱れると、表面のエコー又は裏面のエコーのピークを検出することが難しくなる。この結果、表面のエコーと裏面のエコーの時間差を正確に検出できなくなり、皮質骨の厚みの測定精度が低下する。
非特許文献1から3のように超音波エコーのスペクトルを求める場合、理想的な条件(表面と裏面が平行であること、表面がスムーズであること、骨中が均質であることなど)が必要なため、実際の皮質骨(空孔などが存在し、形状も複雑)の厚みを測定することは難しい。例えば、ケプストラム処理を用いた方法では、皮質骨表面と空孔の間の距離が、誤って皮質骨厚みとして算出される可能性がある。
また、従来では、皮質骨からの良好な反射波を得るために、図15(a)に示すような音響レンズ101付きのシングルセンサを用いて超音波信号の送受信を行う場合があった。しかし、このような音響レンズを利用した場合、焦点の位置に送信波が集中するため、当該焦点の位置における皮質骨形状の影響を受け易くなる。特に高齢者の場合、皮質骨10の裏面15の形状が粗く、また皮質骨10中に空孔が多く存在する。例えば図15(b)のように裏面15が粗い場合、裏面15に焦点を合わせたときに反射波が散乱し、裏面15からの反射波を受信しにくくなる。
このように、従来の技術では、皮質骨の表面の粗さや空孔の影響を受け易いため、当該皮質骨の厚みを精度良く安定して測定することが難しかった。
また、図15のように音響レンズ101を用いたシングルセンサの場合、焦点までの距離が固定であるためスタンドオフ102を使う必要があり(例えば非特許文献1及び2)、測定が不便である。また、軟組織と皮質骨表面が平行でない場合は、皮質骨表面に対して垂直になるようにセンサの向きを調整する必要があり、この点でも測定が不便である。
本発明は以上の事情に鑑みてされたものであり、その目的は、被測定体の厚みを簡単かつロバストに測定できる技術を提供することにある。
課題を解決するための手段及び効果
本発明の解決しようとする課題は以上の如くであり、次にこの課題を解決するための手段とその効果を説明する。
本発明の観点によれば、被測定体の厚みを、媒質を介して測定するための厚み測定方法が以下のとおり提供される。即ち、この厚み測定方法は、送信工程と、受信工程と、遅延時間設定工程と、ビーム形成工程と、厚み検出工程と、を含む。前記送信工程では、信号の送受信が可能な素子を複数有する素子アレイから、前記媒質を介して前記被測定体に向けて送信波を送信する。前記受信工程では、前記被測定体からの反射波を前記素子アレイで受信する。前記遅延時間設定工程では、各素子の遅延時間を設定する。前記ビーム形成工程では、前記反射波を受信した素子が出力した受信信号を、当該素子に設定された前記遅延時間ずつ遅延させて合成することにより受信ビーム信号を形成する。前記厚み検出工程では、前記受信ビーム信号の強度に基づいて前記被測定体の厚みを検出する。
このように、各素子に適切な遅延時間を設定することにより、各素子が出力した受信信号の位相を揃えることができる。位相を揃えた複数の受信信号を合成することによりS/N比を向上させることができるので、被測定体からの反射波のピークをロバストに検出できる。従って、上記の構成により、被測定体の厚みをロバストに検出することが可能になる。
上記の厚み測定方法は、スキャン工程を含むことが好ましい。このスキャン工程では、前記遅延時間設定工程において設定する前記遅延時間を変化させて前記ビーム形成工程を繰り返すことにより、複数の受信ビーム信号を形成する。前記厚み検出工程では、前記複数の受信ビーム信号の強度に基づいて前記被測定体の厚みを検出する。
このように、遅延時間を変化させながらビーム形成工程を繰り返すことにより、反射波の位相を揃えて受信ビーム信号を形成できる。
上記の厚み測定方法において、前記遅延時間設定工程では、特定の中心素子に対して最大の遅延時間が設定され、前記中心素子から離れた素子ほど小さい遅延時間が設定されることが好ましい。
即ち、被測定体からの反射波は、当該被測定体に最も近い位置にある素子(中心素子)に対して最も早く到来し、当該中心素子から離れた素子ほど、前記反射波が到来するまでに時間がかかる。そこで上記のように遅延時間を設定することで、各受信信号に含まれる反射波の波形の位相を揃えることができる。
上記の厚み測定方法においては、前記遅延時間設定工程において各素子に設定される前記遅延時間と、当該素子から前記中心素子までの距離と、のあいだに双曲線の関係があることが好ましい。
被測定体の断面輪廓形状を円弧形とみなした場合、上記の関係が成り立つ。これにより、各素子の遅延時間を適切に設定できる。
上記の厚み測定方法は、以下のように行うことが好ましい。即ち、前記被測定体は、第1面を有する。この厚み測定方法は、前記素子アレイから送信波を送信する送信角度を異ならせて複数回の送受信を行うことで前記第1面の傾斜角度を検出する傾斜角度検出工程を含む。前記送信工程では、前記傾斜角度検出工程で検出された前記傾斜角度に基づいて送信角度が調整された前記送信波を送信する。
この傾斜角度検出工程により、被測定体の第1面がどの方向にあるかを検知できる。送信工程において、第1面の傾斜角度を考慮して送信波を送信することで、当該送信波を第1面に対して確実に当てることができる。
上記の厚み測定方法は、以下のように行うことが好ましい。即ち、前記被測定体は、第1面及び第2面を有する。この厚み測定方法は、前記スキャン工程で生成した前記複数の受信ビーム信号を合成して合成ビーム信号を形成する合成処理工程を含む。そして、前記厚み検出工程では、前記合成ビーム信号に含まれる前記第1面からの反射波のピークと、第2面からの反射波のピークと、の時間差に基づいて、前記被測定体の厚みを算出する。
複数の受信ビーム信号を合成することにより、第1面からの反射波のピークと、第2面からの反射波のピークと、を含む合成ビーム信号を得ることができる。第1面と第2面のピークの時間差に基づいて、被測定体の厚みを精度良く測定できる。
上記の厚み測定方法において、前記合成処理工程では、前記複数の受信ビーム信号を積算することにより前記合成ビーム信号を形成することができる。
このように、各受信ビーム信号を積算することにより、第1面からの反射波のピークと、第2面からの反射波のピークとを、1つの合成ビーム信号に合成することができる。
上記の厚み測定方法において、前記合成処理工程では、時間ごとに、前記複数の受信ビーム信号の中で強度の最大値を求め、各最大値を時間軸方向で並べることにより前記合成ビーム信号を形成することもできる。
これにより、各受信ビーム信号に含まれている強いピークを残した合成ビーム信号を得ることができる。
上記の厚み測定方法においては、前記第1面からの反射波と、前記第2面からの反射波が同じ方向から返ってきている場合に、前記被測定体の最小厚みを測定できていると判定する最小厚み判定工程を含むことが好ましい。
即ち、最小厚みは、第1面と第2面が平行になった場所に存在するので、表面反射波と裏面反射波が同じ方向から返ってきている場合に最小厚みを測定できていると判断できる。
上記の厚み測定方法においては、前記媒質は軟組織であり、前記被測定体は皮質骨であり、前記送信波は超音波信号とすることができる。
このように、超音波信号の送受信によって、軟組織中の皮質骨の厚みを測定できる。
上記の厚み測定方法において、前記送信波は平面波であることが好ましい。
このように、送信波を平面波とすることにより、当該送信波が被測定体の特定部分に集中することがないので、当該被測定体からの反射波を安定して得られる。これにより、ロバストな測定が可能になる。
本発明の別の観点によれば、被測定体の厚みを、媒質を介して測定するための厚み測定装置が提供される。即ち、この厚み測定装置は、素子アレイと、遅延時間設定部と、ビーム形成部と、厚み検出部と、を備える。前記素子アレイは、信号の送受信が可能な素子を複数有し、前記媒質を介して前記被測定体に向けて送信波を送信するとともに、前記被測定体からの反射波を受信する。前記遅延時間設定部は、各素子の遅延時間を設定する。前記ビーム形成部は、前記反射波を受信した素子が出力した受信信号を、当該素子に設定された前記遅延時間ずつ遅延させて合成することにより受信ビーム信号を形成する。前記厚み検出部は、前記受信ビーム信号の強度に基づいて前記被測定体の厚みを検出する。
上記の厚み測定装置は、以下のように構成されることが好ましい。即ち、この厚み測定装置は、前記遅延時間設定部が設定する前記遅延時間を変化させて、前記ビーム形成部による前記受信ビーム信号の形成を繰り返すことにより、複数の受信ビーム信号を形成するスキャン処理部を備える。前記厚み検出部は、前記複数の受信ビーム信号の強度に基づいて前記被測定体の厚みを検出する。
上記の厚み測定装置において、前記遅延時間設定部は、特定の中心素子に対して最大の遅延時間を設定し、前記中心素子から離れた素子ほど小さい遅延時間を設定することが好ましい。
上記の厚み測定装置は、以下のように構成されることが好ましい。即ち、前記被測定体は第1面を有する。この厚み測定装置は、前記素子アレイから送信波を送信する送信角度を異ならせて複数回の送受信を行うことで前記第1面の傾斜角度を検出する傾斜角度検出部を備える。前記傾斜角度検出部が検出した前記傾斜角度に基づいて送信角度を調整して前記送信波を前記被測定体に送信し、このとき得られた反射波に基づいて、前記ビーム形成部が前記受信ビーム信号を形成する。
上記の厚み測定装置は、以下のように構成されることが好ましい。即ち、前記被測定体は第1面と第2面を有する。この厚み測定装置は、前記スキャン処理部で形成した前記複数の受信ビーム信号を合成して合成ビーム信号を形成する合成処理部を備える。前記厚み検出部では、前記合成ビーム信号に含まれる前記第1面からの反射波のピークと、前記第2面からの反射波のピークと、の時間差に基づいて、前記被測定体の厚みを算出する。
上記の厚み測定装置は、以下のように構成されることが好ましい。即ち、前記被測定体は第1面と第2面を有する。この厚み測定装置は、前記第1面からの反射波と、前記第2面からの反射波が同じ方向から返ってきている場合に、前記被測定体の最小厚みを測定できていると判定する最小厚み判定部を備える。
上記の厚み測定装置においては、前記媒質は軟組織であり、前記被測定体は皮質骨であり、前記送信波は超音波信号とすることができる。
上記の厚み測定装置において、前記送信波は平面波であることが好ましい。
次に、本発明の実施の形態を、図面を参照して説明する。図1は、本発明の一実施形態に係る厚み測定装置としての超音波診断装置1のブロック図である。
本実施形態の超音波診断装置1は、人体の皮質骨10を診断対象(被測定体)としている。図1に示すように、皮質骨10は、脂肪や筋肉などの軟組織(媒質)11に覆われている。また、皮質骨10の内部には海綿骨13が存在している。皮質骨10は、軟組織11に接する表面(第1面)14と、海綿骨13に接する裏面(第2面)15と、を有している。
本実施形態の超音波診断装置1は、軟組織11を介して皮質骨10の厚みを測定するように構成されている。なお、皮質骨10の厚みとは、表面14と裏面15の間の距離をいう。測定した厚みは、骨強度の計測指標として利用できる。
図1に示すように、超音波診断装置1は、超音波送受波器2と、装置本体3とから構成されている。
超音波送受波器2は、超音波の送波及び受波を行うものである。この超音波送受波器2は、測定部位の軟組織11の表面(皮膚)に当接する当接面2aと、素子アレイ22を備えている。素子アレイ22は、当接面2aに沿って、等間隔で1列に並んで配列された複数の素子24からなっている。
本実施形態の素子24は超音波振動子であり、電気信号を与えられるとその表面が振動して超音波を発生させる。また、素子24は、その表面に超音波を受波すると、電気信号(受信信号)を生成して出力するように構成されている。即ち、各素子24は、超音波の送波と受波を行うことが可能である。
装置本体3は、ケーブルによって超音波送受波器2と接続されており、当該超音波送受波器2との間で信号の送受信ができるように構成されている。この装置本体3は、送信回路31と、複数の受信回路33と、送受信分離部34と、演算部35と、表示部32と、を備えている。
送信回路31は、電気パルス信号を生成するとともに、この電気パルス信号を各素子24に印加できるように構成されている。電気パルス信号の中心周波数は、例えば1〜10MHz程度である。送信回路31は、素子アレイ22の複数の素子24それぞれに対して任意のタイミングの電気パルス信号を印加できるように構成されている。これにより、複数の素子24から、一斉に、あるいは個別のタイミングで送信波を送信できる。
素子アレイ22は、皮質骨10に向けて、軟組織11を介して超音波信号(送信波)を送信する(図2(a))。送信波は、軟組織11中を伝播して皮質骨10の表面14で反射し、表面反射波を発生させる(図2(b))。また、送信波の一部は、皮質骨10の内部に入射し、当該皮質骨10中を伝播した後に裏面15で反射し、裏面反射波を発生させる(図2(c))。裏面反射波は、再び軟組織11中に放射される。表面反射波及び裏面反射波は、複数の素子24のうち、少なくとも一部の素子24に受信される。
複数の受信回路33は、素子アレイ22を構成する複数の素子24にそれぞれ接続されている。各受信回路33は、素子24が超音波を受信することにより出力した電気信号を受信し、当該電気信号に対して、増幅処理や、フィルタ処理、デジタル変換処理などを施したデジタルの受信信号を生成して演算部35に送信するように構成されている。
送受信分離部34は、素子アレイ22と、前記送信回路31及び前記受信回路33と、の間に接続されている。この送受信分離部34は、送信回路31から素子アレイ22に送られる電気信号(電気パルス信号)が受信回路33に直接流れるのを防止するとともに、素子アレイ22から受信回路33に送られる電気信号(受信信号)が送信回路31側に流れるのを防止するためのものである。
演算部35は、CPU、RAM、ROMなどのハードウェアを備えたコンピュータとして構成されており、各素子24が出力した受信信号に対して各種の演算処理を実行できる。演算部35は、厚み測定部50と、受信角度補正部57と、としての機能を有している。
厚み測定部50は、前記受信信号に基づいて、皮質骨10の厚みを測定する。厚み測定部50によって測定された皮質骨10の厚みは、表示部32に適宜表示される。以上のように構成された超音波診断装置1により、皮質骨10の厚みを測定できる。なお、厚み測定部50の詳細な構成については後述する。
受信角度補正部57は、反射波の到来角度に由来する受信タイミングのズレを補正するように構成されている。例えば、素子アレイ22に直交する方向から反射波が到来した場合(素子アレイ22に平行な波面を有する反射波が到来した場合)、各素子24には同じタイミングで反射波を受信する。しかし、例えば図2(b)のように素子アレイ22に対して斜め方向から反射波が到来した場合、各素子24に反射波が受信されるタイミングにズレが生じる。そこで受信角度補正部57は、素子アレイ22に直交する方向から反射波が到来した場合を基準として、斜め方向から反射波が到来したことによる受信タイミングのズレを補正するように構成されている。具体的には、受信角度補正部57は、各素子24が出力した受信信号それぞれを、反射波が到来した角度に応じた遅延時間ずつ遅延させることにより、前記タイミングのズレを補正する。
なお、実際に反射波がどの方向から到来したかは不明であるから、受信角度補正部57は、素子アレイ22が送信波を送信した方向(図2(a)に示す送信角度θの方向)から反射波が返ってきたと仮定して、上記受信タイミングの補正を行う。特に断わらない限り、以下の説明では、受信角度補正部57による処理についての説明は省略し、各素子24が出力した受信信号は受信角度補正部57によって受信タイミングが補正されているものとする。
続いて、本実施形態の特徴的な点について詳しく説明する。
図15に示した従来のセンサでは、音響レンズ101によって送信波を焦点に集中させていたので、焦点の位置で裏面15が荒れていたり、空孔等が存在したりした場合には、反射波が乱れ、皮質骨10の厚みを安定して測定できないという問題がある。
そこで本実施形態の超音波診断装置1では、皮質骨10の特定の点に送信波を集中させないように構成されている。
即ち、本実施形態の超音波診断装置1では、図2(a)に示すように、ある程度の幅を有する平面波を、素子アレイ22の複数の素子24から皮質骨10に向けて送信する(送信工程)。当該平面波は、皮質骨10の表面14のある程度の幅を有する領域に当たって、表面反射波を発生させる(図2(b))。また、前記平面波は、皮質骨10の裏面15のある程度の幅を有する領域に当たって、裏面反射波を発生させる(図2(c))。上記の表面反射波と裏面反射波は、それぞれ複数の素子24に受信される(受信工程)。
このように、素子アレイ22からの送信波を平面波としているので、表面14や裏面15の一点に送信波が集中することがない。これにより、表面14や裏面15の粗さ、皮質骨10中の空孔の存在などの影響を受けにくくなり、表面反射波及び裏面反射波を安定して素子アレイ22で受信できる。また、特定の点(焦点)に送信波を集中させる必要がないので、固定焦点の音響レンズを用いた場合に必要だったスタンドオフが不要になり、測定が簡単になる。
そして、本実施形態の超音波診断装置1の厚み測定部50は、皮質骨10からの反射波のピークを安定して検出するために、ビーム形成部42を備えている。
ビーム形成部42は、反射波を受信した複数の素子24が出力した受信信号Sを積算して合成することにより、受信ビーム信号Saccを形成するように構成されている。なお、受信ビーム信号Saccが形成される様子を、図3に模式的に示す。複数の受信信号Sを積算することにより、当該受信信号Sに含まれている反射波の波形が強めあってS/N比が向上するので、当該反射波のピークを検出し易くなる。
だたし、S/N比向上の効果が得られるのは、積算される複数の受信信号Sに含まれる反射波の波形の位相が揃っている場合に限られる。そこでビーム形成部42は、図3に示すように、遅延時間設定部43と、遅延処理部48を備えている。
遅延時間設定部43は、各素子24の遅延時間を設定するように構成されている。遅延処理部48は、各素子24が出力した受信信号Sを、遅延時間設定部43が設定した遅延時間ずつ遅延させるように構成されている。従って、各素子24の遅延時間が適切に設定されていれば、遅延処理部48が各受信信号Sを遅延させることにより、各受信信号Sに含まれる反射波の波形の位相が揃う。
ビーム形成部42は、積算処理部44を備えている。積算処理部44は、遅延処理部48が遅延させた受信信号Sを積算して、前記受信ビーム信号Saccを形成するように構成されている。
例えば、遅延処理部48が遅延させた各受信信号Sにおいて表面反射波の波形の位相が揃っていれば、これらを積算することで表面反射波の波形が強め合うので、受信ビーム信号Saccに含まれる表面反射波のピークの強度が大きくなる(図3に示した状態)。つまり、表面反射波のS/N比が向上するので、当該表面反射波のピークを検知し易くなる。なお、受信ビーム信号Saccの包絡線(図3に点線で示す)の振幅のことを、単に信号の「強度」という場合がある。
また例えば、表面反射波のときとは別の遅延時間を各素子24に設定することにより、裏面反射波の波形の位相を揃えて、当該裏面反射波のS/N比を向上させることも可能である(図示は省略)。これにより、裏面反射波のピークを検知し易くなる。
このように、本実施形態の超音波診断装置1の構成によれば、表面反射波と裏面反射波のピークを安定して検出できるので、皮質骨10の厚みをロバストに求めることができる。
ところで、皮質骨10からの反射波(表面反射波又は裏面反射波)の波形の位相を揃えるためには、各素子24の遅延時間を適切に設定する必要がある。そこで次に、遅延時間設定部43において、各素子24の遅延時間を設定する手法について説明する。
まず、反射波の伝播経路の簡単なモデルとして、図4(a)に示すモデルを検討する。この図4(a)のモデルは、単一の反射点53から放射された反射波が、素子アレイ22の各素子24に受信された場合をモデル化したものである。
図4(a)のモデルにおいて、反射波が最も早く到来する素子24を、素子アレイ22の中心素子24cとする。中心素子24cから反射点53までの距離をZ、当該反射点53からの反射波が各素子24に到来するまでの伝播時間をT、当該素子24から中心素子24cまでの距離をΔX、超音波が伝播する媒質の音速をSOSとすれば、以下の関係が成り立つ。なお、SOSとしては、軟組織中の音速の経験値を用いることができる。
なお、反射点53から中心素子24cまでの反射波の伝播時間Tcは、上記数式1にΔX=0を代入して以下の式で求めることができる。
中心素子24cへの反射波の伝播時間Tcと、他の素子24への反射波の伝播時間Tと、の差を、各素子24までの反射波の遅れ時間ΔTとする。各素子24までの反射波の遅れ時間ΔTは、以下の数式3で求めることができる。
上記数式3を変形すれば、以下の式を得る。
上記数式4は、双曲線の式と同じ形をしている。なお、周知のように、双曲線の式は以下の数式5で表すことができる。従って、各素子24の位置ΔXと、当該素子24までの反射波の遅れ時間ΔTとの関係は、双曲線であると言える。従って、各素子24の位置ΔXに対して遅れ時間ΔTをプロットすれば、図4(b)のような双曲線グラフを得る。
各素子24が出力した受信信号Sに含まれる反射波の位相を揃えるためには、前記遅れ時間ΔTを相殺するように各素子24の遅延時間を設定すれば良い。従って、遅延時間設定部43が各素子24に設定すべき遅延時間は、図4(b)のグラフを上下反転した双曲線グラフ(図5)によって表すことができる。従って、各素子24に設定される遅延時間と、各素子24の位置ΔX(中心素子24cからの距離)の間には、双曲線の関係があるといえる。図5のグラフに示すように、中心素子24cに対して設定する遅延時間が最も大きく、当該中心素子24cから遠い素子24ほど、遅延時間は小さくなる。
即ち、図4(a)のモデルにおいては、中心素子24cに近い素子24ほど、反射点53からの反射波が早く到来し、中心素子24cから遠い素子24ほど、反射波が到来するまでの時間がかかる。そこで、中心素子24cに近い素子24ほど、大きな遅延時間を設定するのである。上記のように各素子24の遅延時間を設定すれば、図4の反射点53から反射波が放射されたときに、各素子24が出力する受信信号Sに含まれる反射波の波形の位相を揃えることができる。
以上、反射波の伝播経路の簡単なモデルとして、図4(a)のモデルを参照し、遅延時間設定部43が設定する遅延時間について説明した。しかし前述のように、本実施形態の超音波診断装置1では、皮質骨10の特定の点に送信波を集中させない構成としているので、特定の反射点53から反射波(表面反射波又は裏面反射波)が放射されるとは考えられない。従って、図4(a)のモデルは、本実施形態における表面反射波及び裏面反射波の伝播経路のモデルとしては適当ではない。
そこで本願発明者らは、図6(a)に示すモデルを検討した。このモデルは、皮質骨10の表面14の断面形状を半径R1の円弧、裏面15の断面形状を半径R2の円弧として、皮質骨10の形状をモデル化したものである。素子アレイ22の中心素子24cから表面14までの距離はZ1、裏面15までの距離はZ2としている。
実際の皮質骨10は全体的に複雑な曲面形状をしているが、皮質骨10の一部の領域(局所部位)に限定すれば、当該皮質骨10の形状を上記のモデルで十分に近似できる。本実施形態の超音波診断装置1は、図2(a)に示すように、素子アレイ22の一部の素子24から、皮質骨10の一部の領域(局所部位12)に向けて平面波を送信するように構成されている。このように、本実施形態では、超音波を当てる領域を皮質骨10の一部の領域に限定しているので、図6(a)のモデルによる近似が成立すると考えて良い。なお、このように素子アレイ22の一部から送信波を送信する場合、当該一部をサブアレイ25と称する。
続いて、図6(a)のモデルにおける裏面反射波の各素子24への遅れ時間ΔTについて考察する。
図6(a)のモデルにおいて、半径R1,R2、距離Z1,Z2、及び皮質骨10と軟組織11の音速をそれぞれ設定すれば、素子アレイ22から平面波を送信した場合に発生する裏面反射波の各素子24への伝播経路を、スネルの法則を用いたシミュレーションにより求めることができる。なお、このようにシミュレーションで求めた伝播経路の例を、図6(a)に示している。当該シミュレーションで求めた裏面反射波の伝播経路に基づいて、当該裏面反射波の各素子24への遅れ時間ΔTを算出できる。当該シミュレーションに基づいて求めた遅れ時間ΔTの例を、図6(b)のグラフに示す。
本願発明者らは、鋭意研究を重ねたところ、図6(b)の遅れ時間ΔTのグラフが、図4(b)の遅れ時間ΔTのグラフに良く似ていることに気付いた。
そこで本願発明者らが詳しく検討したところ、図6(a)のモデルにおける6つのパラメータの組み合わせを異ならせた場合であっても、当該モデルに基づくシミュレーションによって求めた裏面反射波の遅れ時間ΔTが、前述の数式3で算出した遅れ時間ΔTによく一致することを突き止めた。なお、本願発明者らが検討した範囲では、図6(a)のモデルによるシミュレーションで求めた裏面反射波の遅れ時間ΔTのグラフ(図6(b))を、数式3で求めた遅れ時間ΔTのグラフ(図4(b))によって99%程度の類似度で近似できた。
次に、図6(a)のモデルにおける表面反射波の各素子24までの遅れ時間ΔTについて考察する。
図6(a)のモデルの場合、表面14の断面形状を円弧状としているので、当該表面14を円形鏡とみなすことができる。周知のように、円形鏡において、開口面積が十分に小さければ、図7のように、焦点51を想定できる。この皮質骨10(円形鏡)に向けて平面波を送信すれば、当該平面波が表面14(円形鏡)で反射して発生した表面反射波は、あたかも焦点51から放射されたような伝播経路で各素子24に受信される(図7)。
従って、図6(a)のモデルにおける表面反射波の各素子24への遅れ時間ΔTは、当該表面反射波が単一の焦点51から放射されているものとして計算できる。より具体的には、中心素子24cから焦点51までの距離を焦点距離Zfとすれば、既に説明した数式3の距離Zに焦点距離Zfを代入することにより、各素子24への表面反射波の遅れ時間ΔTを算出できる。このように、表面反射波の各素子24への遅れ時間ΔTを、数式3を利用して計算できる。
以上のように、本願発明者らの研究により、素子アレイ22から平面波を送信した場合に発生する表面反射波及び裏面反射波の遅れ時間ΔTを、それぞれ数式3によって近似的に計算できることが明らかになった。
即ち、図6(a)のモデルを用いたシミュレーションにより反射波(表面反射波又は裏面反射波)の遅れ時間ΔTを求めるためには、6つのパラメータ(半径R1,R2、距離Z1,Z2、及び皮質骨10と軟組織11の音速)を設定する必要がある。軟組織11の音速は経験値を用いることができるが、他の5つのパラメータは未知である。そこで、未知の5つのパラメータを試行錯誤等によって探すことが考えられるが、5つの独立したパラメータを試行錯誤により探すことになるため、演算負荷が膨大になり現実的ではない。
この点、数式3の未知のパラメータは1つ(距離Z)のみであるから、未知のパラメータが5つも存在する図6(a)のモデルよりも簡単である。従って、反射波(表面反射波又は裏面反射波)の遅れ時間ΔTを計算する際に数式3を利用すれば、図6(a)のモデルを用いたシミュレーションにより遅れ時間ΔTを算出する場合に比べて、演算負荷を大幅に低減できる。
以上を踏まえ、本実施形態の厚み測定方法について、図8のフローチャートを参照しながら具体的に説明する。
この厚み測定方法では、まず、皮質骨10の表面14の傾斜角度θsurfを検出する(ステップS101、傾斜角度検出工程)。なお、傾斜角度θsurfとは、皮質骨10の表面14の接線と、素子アレイ22において素子24が並ぶ方向と、がなす角度をいう(図2(a)参照)。
厚み測定部50は、傾斜角度検出部45を備えている。傾斜角度検出部45は、素子アレイ22の一部(サブアレイ25)から、皮質骨10の一部(局所部位12)に向けて、ある送信角度θで平面波を送信するように構成されている。なお、送信角度θとは、サブアレイ25の素子24が並ぶ方向に直交する方向と、平面波の進行方向と、がなす角度をいう(図2(a)参照)。
サブアレイ25から送信された平面波は、皮質骨10の表面14で反射して表面反射波を発生させる(図2(b)参照)。この表面反射波は、素子アレイ22の各素子24に受信される。傾斜角度検出部45は、各素子が出力した受信信号Sを積算して、受信ビーム信号Saccを形成する。
例えば図2(a)のように、送信角度θと傾斜角度θsurfが一致している場合、平面波を送信した方向(送信角度θの方向)から表面反射波が返ってくる(例えば図2(b)に示す)。この場合、当該表面反射波が各素子24に受信されたタイミングのズレが受信角度補正部57によって適切に補正されるので、受信ビーム信号Saccにおいて表面反射波のピークの強度が大きくなる。一方、送信角度θと傾斜角度θsurfが一致していない場合(図示は省略)、平面波を送信した方向(送信角度θの方向)とは違う方向から表面反射波が返ってくる(又は全く返ってこない)。この場合、当該表面反射波が各素子24に受信されたタイミングのズレは受信角度補正部57によって適切に補正できないので、受信ビーム信号Saccにおいて表面反射波のピークの強度が小さくなる。
このように、送信角度θが異なれば、受信ビーム信号Saccに含まれる表面反射波のピークの強度も異なる。傾斜角度検出部45は、送信角度θを異ならせて、上記の平面波の送受信を複数回行うように構成されている。これにより、送信角度θを互いに異ならせた複数の受信ビーム信号Saccを得る。
送信角度θに対して各受信ビーム信号Saccの強度をプロットすれば、図9のようなθ−tグラフを得る。なお、図9において、ドット模様の密度が濃い部分ほど、受信ビーム信号Saccの強度が大きいことを示している。θ−tグラフにおいて、強度が強い部分(ドット模様の密度が濃い部分)を、「エコー像」と呼ぶ。
傾斜角度検出部45は、前記θ−tグラフ上で、表面反射波のエコー像の強度が最大になる点の座標(θmax,tmax)を求めるように構成されている(図9)。このときの送信角度(送信角度θmax)が、局所部位12の表面14の傾斜角度θsurfに一致していると判断できる。即ち、局所部位12の表面14の傾斜角度θsurf=θmaxである。以上のようにして、傾斜角度検出部45は、局所部位12の表面14の傾斜角度θsurfを検出できる。
次に、厚み測定部50は、サブアレイ25から局所部位12に向けて平面波を送信する(ステップS102、送信工程)。この送信工程において、厚み測定部50は、前記送信波の送信角度θを、傾斜角度検出部45が検出した傾斜角度θsurfに一致させるように調整して、当該送信波を送信する。これにより、局所部位12の表面14に対して平面波が垂直に当たるので、当該表面14に対して平面波を確実に当てることができる。
前記平面波は、皮質骨10の表面14で表面反射波を発生させる。また、前記平面波は、皮質骨10に入射し、裏面15で裏面反射波を発生させる。表面反射波と裏面反射波は、それぞれ素子アレイ22の複数の素子24で受信される(ステップS103、受信工程)。
本実施形態の厚み測定部50は、スキャン処理部49を備えている。スキャン処理部49は、遅延時間設定工程(ステップS104)と受信ビーム形成工程(ステップS105)を繰り返し行うように構成されている(ステップS104〜S105のループ、スキャン工程)。
遅延時間設定工程(ステップS104)では、遅延時間設定部43が、数式3に基づいて、各素子24への反射波の遅れ時間ΔTを求める。なお、遅れ時間ΔTを計算するためには、数式3のパラメータである距離Zの値が必要である。ところが、当該距離Zに設定すべき適切な値は未知である。そこで遅延時間設定部43は、ステップS104において、数式3の距離Zに適当な値を代入して、各素子24についての遅れ時間ΔTを算出するように構成されている。
そして遅延時間設定部43は、求めた遅れ時間ΔTを相殺するように、各素子24の遅延時間を設定する。既に説明したように、数式3に基づいて設定される各素子24の遅延時間と、各素子24の位置ΔXとのあいだには、図5のような双曲線の関係がある。
ビーム形成工程(ステップS105)では、遅延処理部48が、各素子24が出力した受信信号Sを、当該素子24に設定された前記遅延時間ずつ遅延させる。積算処理部44は、遅延処理部48が遅延させた受信信号Sを積算して、受信ビーム信号Saccを形成する(ステップS105、ビーム形成工程)。
そして、スキャン処理部49は、上記の遅延時間設定工程と受信ビーム形成工程を繰り返し行う(ステップS104〜S105のループ、スキャン工程)。
なお、遅延時間設定部43は、スキャン工程における前記繰り返しごとに、数式3の距離Zに代入する値を異ならせるように構成されている。従って、上記スキャン工程においては、距離Zの値を変化させながら、遅延時間設定工程及びビーム形成工程を繰り返し実行することになる。このように、距離Zの値を変化させながら処理を繰り返すことを、単に「距離Zをスキャンする」と表現する場合がある。
以上のスキャン工程により、互いに距離Zの値を異ならせた複数の受信ビーム信号Saccが得られる(図10)。
前述のように、表面反射波の各素子24への遅れ時間ΔTは、数式3で近似的に計算できる。表面反射波の遅れ時間ΔTを計算するために必要な距離Zの値は不明であるが、上記のスキャン処理工程では、数式3の唯一の未知のパラメータである距離Zをスキャンしているので、表面反射波の遅れ時間ΔTを適切に算出できるときがある。このとき、ビーム形成工程において、各受信信号Sに含まれる表面反射波の波形の位相を揃えることができるので、このとき生成された受信ビーム信号Saccでは、表面反射波のS/N比が向上しているはずである。
また前述のように、裏面反射波の各素子24への遅れ時間ΔTも、数式3で近似的に計算できる。裏面反射波の遅れ時間ΔTを計算するために必要な距離Zの値は不明であるが、上記のスキャン処理工程では、数式3の唯一の未知のパラメータである距離Zをスキャンしているので、裏面反射波の遅れ時間ΔTを適切に算出できるときがある。このとき、ビーム形成工程において、各受信信号Sに含まれる裏面反射波の波形の位相を揃えることができるので、このとき生成された受信ビーム信号Saccでは、裏面反射波のS/N比が向上しているはずである。
従って、スキャン工程で得た複数の受信ビーム信号Saccの中には、表面反射波のS/N比が向上した受信ビーム信号Saccと、裏面反射波のS/N比が向上した受信ビーム信号Saccが、それぞれ含まれていると考えられる(図10)。
本実施形態の厚み測定部50は、スキャン処理部49が形成した複数の受信ビーム信号Saccを合成して合成ビーム信号Scombを形成する合成処理部52を備えている。
合成処理部52は、まず、スキャン処理部49が得た複数の受信ビーム信号Saccそれぞれの強度(波形の包絡線の振幅)を検出する。続いて、合成処理部52は、各受信ビーム信号Saccの強度を、所定時間ごとにサンプリングすることにより、前記所定時間ごとの各受信ビーム信号Saccの強度を示すサンプルを取得する。次に、合成処理部52は、前記所定時間ごとに、各受信ビーム信号Saccについて取得したサンプルの中で最大値を示すサンプルを求める。そして、合成処理部52は、所定時間ごとの最大値を示すサンプルを、時間軸に沿って並べて連結することにより、合成ビーム信号Scombを生成する(ステップS106、合成処理工程)。
前述のように、複数の受信ビーム信号Saccの中には、裏面反射波のS/N比が向上した(裏面反射波のピークが大きくなった)受信ビーム信号と、表面反射波のS/N比が向上した(表面反射波のピークが大きくなった)受信ビーム信号と、が含まれている。この複数の受信ビーム信号Saccを合成処理部52によって合成することにより、表面反射波の大きなピークと、裏面反射波の大きなピークと、を有する合成ビーム信号Scombを得ることができる(図10)。
厚み測定部50は、合成ビーム信号Scombに基づいて皮質骨10の厚み(表面14と裏面15の距離)を算出する厚み検出部54を備えている。まず、厚み検出部54は、合成ビーム信号Scombに含まれている表面反射波のピークが出現する時間t1と、裏面反射波のピークが出現する時間t2と、をそれぞれ検出する。前述のように、合成ビーム信号Scombにおいては、裏面反射波及び表面反射波のS/N比が向上しているので、時間t1、t2をロバストに検出できる。
そして、厚み検出部54は、時間t1と時間t2の差Δt(図10参照)に基づいて、皮質骨10の厚み(表面14と裏面15の距離)を算出する(ステップS107、厚み検出工程)。例えば、皮質骨10中の音速をSOSとすれば、皮質骨10の厚みをSOS×Δtにより求めることができる。
厚み測定部50は、上記のようにして求めた皮質骨10の厚みを表示部32に適宜表示して、フローを終了する。
以上で説明したように、本実施形態の超音波診断装置1による厚み測定方法によれば、皮質骨10の厚みを、軟組織11を介して測定できる。本実施形態の厚み測定方法は、送信工程と、受信工程と、遅延時間設定工程と、ビーム形成工程と、厚み検出工程と、を含んでいる。送信工程では、信号の送受信が可能な素子24を複数有する素子アレイ22から、軟組織11を介して皮質骨10に向けて送信波を送信する。受信工程では、皮質骨10からの反射波を素子アレイ22で受信する。遅延時間設定工程では、各素子24に対して遅延時間を設定する。ビーム形成工程では、前記反射波を受信した素子24が出力した受信信号Sを、当該素子24に設定された前記遅延時間ずつ遅延させて合成することにより受信ビーム信号Saccを形成する。厚み検出工程では、前記受信ビーム信号の強度に基づいて前記被測定体の厚みを検出する。
このように、各素子に適切な遅延時間を設定することにより、各素子が出力した受信信号の位相を揃えることができる。位相を揃えた複数の受信信号を合成することによりS/N比を向上させることができるので、被測定体からの反射波のピークをロバストに検出できる。従って、上記の構成により、被測定体の厚みをロバストに検出することが可能になる。
次に、本願発明の別の実施形態について、図11のフローチャートを参照して説明する。なお、以下の説明において、上記実施形態と同一又は類似する構成については、要素名に同一の符号を付して説明を省略する。
上記の実施形態では、サブアレイ25から送信した平面波が表面14と裏面15の両方に適切に当たることを前提としている。しかし、皮質骨10の表面14と裏面15は、サブアレイ25から見て必ずしも同じ方向に存在するとは限らない。そこで、以下で説明する実施形態の厚み測定方法では、サブアレイ25からの平面波の送信角度θを異ならせて複数回の送受信を行う。これにより、表面14及び裏面15に対して確実に平面波を当てることができる。
この厚み測定方法においても、まず皮質骨10の表面14の傾斜角度θsurfを検出する(ステップS201、傾斜角度検出工程)。
次に、厚み測定部50は、ステップS201で検出した傾斜角度θsurfを中心とした所定の範囲内で送信角度θを変化(ステップS204)させながら、当該送信角度θで平面波を送信し(ステップS202、送信工程)、皮質骨10からの反射波を受信する(ステップS203、受信工程)という処理を繰り返し行う。
このように、送信角度θを変化させながら平面波の送受信を繰り返すので、表面14及び裏面15に対して確実に平面波を当てることができる。
なお、皮質骨10からの反射波は複数の素子24で受信されるので、ステップS203では複数の受信信号Sを得ることができる。上記の処理では、送信角度θを変化させながらステップS203を繰り返すので、送信角度θごとに、それぞれ複数の受信信号Sを得ることができる。
続いて、遅延時間設定部43は、数式3の距離Zに適当な値を設定し、各素子24への反射波の遅れ時間ΔTを求める。そして遅延時間設定部43は、求めた遅れ時間ΔTを相殺するように、各素子24に遅延時間を設定する(ステップS205、遅延時間設定工程)。
遅延処理部48は、各素子24が出力した受信信号Sを、当該素子24に設定された前記遅延時間ずつ遅延させる。積算処理部44は、遅延処理部48が遅延させた受信信号Sを積算して、受信ビーム信号Saccを形成する(ステップS206、ビーム形成工程)。
前述のように、本実施形態においては、ステップS202からS204の処理により、複数の受信信号Sを送信角度θごとに得ている。そこで、ステップS206のビーム形成工程においては、送信角度θごとに、受信ビーム信号Saccを形成する。
本実施形態の厚み測定部50は、画像生成部を備えている。画像生成部は、ステップS206で形成された送信角度θごとの受信ビーム信号Saccの強度を、それぞれ所定時間tごとにサンプリングし、時間ごとの各受信ビーム信号Saccの強度を示すサンプルを取得する。ここで、各サンプルを1つの画素と考える。各画素(サンプル)は、所定時間tごとに、かつ送信角度θごとに得られるので、t−θ座標で表わされる2次元の画像データ(θ−tグラフ)が得られたことになる(ステップS207)。このようにして得られた画像データを、エコー画像Eとする。
本実施形態のスキャン処理部49は、上記S205〜S207の処理を繰り返すように構成されている(スキャン工程)。なお、本実施形態においても、遅延時間設定部43は、スキャン工程における前記繰り返しごとに、数式3の距離Zに代入する値を異ならせるように構成されている。これにより、距離Zの値を互いに異ならせた複数のエコー画像Eが得られる(図12)。
本実施形態の合成処理部52は、スキャン処理部49が生成した複数のエコー画像Eを合成して、合成エコー画像Ecombを生成する(ステップS208、合成処理工程)。具体的には、合成処理部52は、エコー画像の各座標(θ,t)ごとに、前記複数のエコー画像Eの中で画素の値の最大値を求める。そして、合成処理部52は、各座標(θ,t)ごとに求めた最大値の画素を、当該座標(θ,t)にプロットしていくことで、合成エコー画像Ecombを生成する。
当該複数のエコー画像Eの中には、図12に示すように、表面反射波のS/N比が向上したエコー画像と、裏面反射波のS/N比が向上したエコー画像が含まれている。図12に示すように、表面反射波のS/N比が向上したエコー画像では、表面反射波のエコー像が明瞭に(大きな強度で)現れる。同様に、裏面反射波のS/N比が向上したエコー画像では、裏面反射波のエコー像が明瞭に(大きな強度で)現れる。
従って、上記複数のエコー画像Eを合成処理部52によって合成することにより、表面反射波の明瞭なエコー像と、裏面反射波の明瞭なエコー像と、を有する合成エコー画像Ecombを得ることができる(図12)。
本実施形態の厚み検出部54は、合成エコー画像Ecombに含まれている表面反射波のエコー像と、裏面反射波のエコー像と、をそれぞれ検出する。厚み検出部54は、合成エコー画像Ecombにおいて表面反射波のエコー像が検出された時間t1と、裏面反射波のエコー像が検出された時間t2と、の時間差Δt(図12参照)に基づいて、皮質骨10の厚み(表面14と裏面15の距離)を算出する(ステップS209、厚み検出工程)。
ところで、皮質骨10の厚みは測定部位によって異なるので、信頼性の高い測定結果を得るために、表面14と裏面15が最も接近している部位における厚み(最小厚み)を測定する必要がある。そこで本実施形態の厚み測定部50は、最小厚みを検出できているか否かを判断する最小厚み判定部を備えている。
皮質骨10の最小厚みhminは、図13(a)に示すように、表面14の接線(傾斜角度θsurf)と裏面15の接線(傾斜角度θback)が平行となっている部位に存在している。表面14と裏面15が平行であれば、表面反射波と裏面反射波は同じ方向からサブアレイ25に返ってくるので、表面反射波のエコー像と裏面反射波のエコー像は、合成エコー画像Ecombの同じ方向θに出現する(図13(b))。
一方、例えば図14(a)ように、表面14の接線と裏面15の接線が平行でない部位の厚みhは、皮質骨10の最小厚みではない。このように表面14と裏面15が平行でない場合、表面反射波と裏面反射波は異なる方向からサブアレイ25に返ってくるので、表面反射波のエコー像と裏面反射波のエコー像は、合成エコー画像Ecombで異なる方向θに出現する(図14(b))。
そこで最小厚み判定部は、表面反射波のエコー像と、裏面反射波のエコー像とが、合成エコー画像Ecombにおいて同じ方向θに出現しているか否かを判定するように構成されている(ステップS210、最小厚み判定工程)。
最小厚み判定部は、表面反射波のエコー像と、裏面反射波のエコー像が、合成エコー画像Ecombにおいて異なる方向θに出現している場合(図14(b)のような場合)、ステップS209で求めた皮質骨10の厚みは最小厚みではないと判断する。この場合、厚み測定部50は、最小厚みを測定できる位置にサブアレイ25を移動させ(ステップS211)、ステップS201からステップS210の処理をやり直すように構成されている。なお、本実施形態の超音波診断装置1の場合は、サブアレイ25を物理的に移動させるのではなく、平面波の送信を行う素子24を切り換えることにより、サブアレイ25の移動を電子的に実現できる。
一方、最小厚み判定部は、表面反射波のエコー像と、裏面反射波のエコー像が、合成エコー画像Ecombにおいて同じ方向θに出現している場合(図13(b)のような場合)、ステップS209で求めた皮質骨10の厚みは最小厚みであると判断する。この場合、超音波診断装置1は、ステップS209で求めた皮質骨10の厚みを、最終的な測定結果として表示部32に表示させて、フローを終了する。
以上の方法によれば、皮質骨10の最小厚みを、精度良く安定して測定できる。
以上に本発明の好適な実施の形態を説明したが、上記の構成は例えば以下のように変更することができる。
上記の傾斜角度検出工程では、表面14の傾斜角度を検出するために、送信角度θを変化させながら複数回の送受信を行う必要がある。また、図11のフローチャートで説明した実施形態では、エコー画像(θ−tグラフ)を形成するために、送信角度θを変化させながら複数回の送受信を行っている。また、最小厚みを測定できなかった場合には、サブアレイ25を移動させて送受信を繰り返さなければならない。このように、素子アレイ22からの送受信を実際に何度も繰り返す場合は、測定に時間がかかるという問題がある。
そこで、超音波探傷装置の分野で公知の開口合成法を応用して、サブアレイ25での信号の送信及び受信を演算によって行っても良い。この開口合成について簡単に説明すると以下のとおりである。
まず、ある1つの素子24から超音波信号を送信し、皮質骨10からの反射波を素子アレイ22の各素子24で受信し、各素子24が出力した受信信号をそれぞれデータ(受信信号データ)として記憶する。これを、信号を送信する素子24を切り替えながら繰り返し行って、受信信号データを収集する。
収集した受信信号データのうち、サブアレイ25を構成する複数の素子24が送信した信号に基づく各素子24の受信信号データを、素子24ごとに合成することにより、当該サブアレイ25から送信波を送信したときに各素子24が出力する受信信号Sを演算により求めることができる。
このように、受信信号データの収集を予め行っておくことにより、サブアレイ25による信号の送受信を全て演算によって行うことができる。これにより、サブアレイ25で信号の送受信を繰り返す必要がないので、測定に要する時間を短縮できる。
従って、本願発明において「送信」「受信」という場合には、サブアレイ25で実際に信号を送受信する場合に加えて、予め収集しておいた受信信号データを合成することによりサブアレイ25の各素子24が出力する受信信号Sを演算で求める処理(開口合成)も含む。
上記実施形態において、合成処理部52は、複数の受信ビーム信号の最大値を並べることにより、合成ビーム信号を形成している。これに限らず、合成処理部52は、例えば、複数の受信ビーム信号の強度を時間ごとに積算することにより、合成ビーム信号を形成しても良い。要は、表面反射波のピークと、裏面反射波のピークと、を適切に合成して1つの合成ビーム信号を生成できれば良い。
上記実施形態では、超音波診断装置1が皮質骨10の厚みを算出する構成としたが、必ずしもこれに限定されない。例えば、超音波診断装置1は、皮質骨の厚みの値を具体的に算出せずに、図10の合成ビーム信号Scomb又は図12の合成エコー画像Ecombを表示部32に表示するだけでも良い。超音波診断装置1のオペレータは、表示された合成ビーム信号Scomb又は合成エコー画像Ecombを見ることで、表面反射波と裏面反射波の時間差Δtに基づいて皮質骨10の厚みを求めることができる。
上記実施形態では、素子アレイ22から皮質骨10に向けて平面波を送信する構成としているが、これに限定するものではない。皮質骨10の特定の点に送信波が集中しなければ良いので、例えば皮質骨10の外側に焦点を有する球面波を送信するように構成してもよい。
上記実施形態では、距離Zの値を変化させながら、ビーム形成工程を繰り返し行っている(スキャン工程)。これは、距離Zの値が不明であるために、1回のビーム形成工程では反射波(表面反射波又は裏面反射波)の位相を揃えられないためである。とはいえ、可能性としては、1回目のビーム形成工程で、表面反射波及び裏面反射波の位相が揃う場合も有り得る。この場合、ビーム形成工程をわざわざ繰り返し行う必要はないので、当該ビーム形成工程は1回のみでも良い。
本願発明の厚み測定方法は、皮質骨の厚み測定に限らず、その他の被測定体の厚み測定に広く応用できる。例えば、本願発明の厚み測定方法によって、血管の厚みを測定することができる。動脈の厚みを測定することにより、血管の内面に沈殿した不要成分の厚みを検出できるので、動脈硬化の診断などに利用できる。
また、本願発明の厚み測定方法は、人体を診断対象とした利用に限定されない。例えば、内部に流体が流れているパイプにおいて、流体のpH、温度、流れ方などによって内壁面の腐食の進行具合が異なるため、当該パイプの劣化の程度を判断することが難しい。そこで本実施形態の厚み測定方法によってパイプの厚みを測定することにより、当該パイプの腐食具合をモニタリングできる。