以下、本発明の実施形態について説明する。なお、本発明において「遺伝子」という用語は、全て「核酸」あるいは「DNA」という用語に置き換えることができる。
本発明に係る組換え細胞は、本来「メチルテトラヒドロ葉酸、一酸化炭素、及びCoAからアセチルCoAを合成する機能」を有している宿主細胞に、アセチルCoAからクロトニルCoAに至る生合成経路で作用する酵素群の少なくとも1つをコードする遺伝子が導入されたものである。
メチルテトラヒドロ葉酸([CH3]−THF)、一酸化炭素(CO)、及びCoAからアセチルCoAを合成する経路は、例えば、図2に示すアセチルCoA経路(Wood-Ljungdahl pathway)とメタノール経路(Methanol pathway)に含まれている。
図2に示すように、アセチルCoA経路では、二酸化炭素(CO2)が2つの経路で別々に、一酸化炭素とメチルカチオン源に還元される。そして、これら2つの炭素源を基質としてCoA(図2ではHSCoAと表記)のチオール基がアセチル化され、1分子のアセチルCoAが合成される。アセチルCoA経路では、アセチルCoAシンターゼ(Acetyl−CoA synthase、ACS)、メチルトランスフェラーゼ(Methyltransferase)、一酸化炭素脱水素酵素、ギ酸デヒドロゲナーゼ(Formate dehydrogenase、FDH)、等の酵素が作用している。なお、ホルミルテトラヒドロ葉酸([CHO]−THF)からメチルテトラヒドロ葉酸に至る経路は、メチルブランチ(Methyl branch)と呼ばれる。
一方、メタノール経路は、メタノールをホルムアルデヒド(HCHO)、さらにギ酸(HCOOH)に変換する経路と、メタノールからメチルテトラヒドロ葉酸を誘導する経路を含んでいる。
すなわち、メチルテトラヒドロ葉酸、一酸化炭素、及びCoAからアセチルCoAを合成する経路は、アセチルCoA経路とメタノール経路とで共通している。
一酸化炭素脱水素酵素(例えば、EC.1.2.99.2/EC.1.2.7.4)(一酸化炭素デヒドロゲナーゼ、CO dehydrogenase、CODH)は、一酸化炭素と水から二酸化炭素とプロトンを生成させる反応の触媒作用、及びその逆反応である、二酸化炭素とプロトンから一酸化炭素と水を生成させる反応の触媒作用、を有する。一酸化炭素脱水素酵素は、アセチルCoA経路(図2)で作用する酵素の1つである。
本発明に係る組換え細胞を製造するために用いられる宿主細胞としては、アセチルCoA経路を保有し、かつ一酸化炭素耐性並びに合成ガス資化性を保有する微生物が好ましい。当該微生物としては、具体的には、図2に示すアセチルCoA経路及びメタノール経路を有する微生物が挙げられる。本発明に係る組換え細胞としては、一酸化炭素脱水素酵素を有する細胞を宿主細胞として製造されたものがより好ましい。詳細には、主に一酸化炭素代謝、すなわち一酸化炭素脱水素酵素の働きにより、一酸化炭素と水から二酸化炭素とプロトンを発生する機能によって生育する細胞が好ましい。
アセチルCoA経路とメタノール経路を有する嫌気性微生物は、一酸化炭素脱水素酵素を有している。そこで、本発明に係る組換え細胞の宿主細胞としては、嫌気性微生物が好ましく、偏性嫌気性微生物がより好ましい。
CODHを有する嫌気性微生物として、Clostridium ljungdahlii、Clostridium autoethanogenumn、Clostridium carboxidivorans、Clostridium ragsdalei(Kopke M. et al.,Appl. Environ. Microbiol.,2011,vol.77(15),p.5467−5475)、Moorella thermoacetica(Clostridium thermoaceticumと同じ)(Pierce EG. Et al.,Environ. Microbiol.,2008,vol.10,p.2550−2573)、Acetobacterium woodii(Dilling S. et al.,Appl. Environ. Microbiol.,2007,vol.73(11),p.3630−3636)等のクロストリジウム(Clostridium)属細菌、モレラ(Moorella)属細菌、又はアセトバクテリウム(Acetobacterium)属細菌が代表例として挙げられる。これらの5種の嫌気性微生物は、合成ガス資化性微生物の代表例として知られている。特に、クロストリジウム属細菌は、宿主−ベクター系や培養方法が確立しており、本発明に係る組換え細胞の宿主細胞(宿主微生物)として好適である。
クロストリジウム属細菌、モレラ属細菌、及びアセトバクテリウム属細菌以外では、Carboxydocella sporoducens sp. Nov.(Slepova TV. et al.,Inter. J. Sys. Evol. Microbiol.,2006,vol.56,p.797−800)、Rhodopseudomonas gelatinosa(Uffen RL, J. Bacteriol.,1983,vol.155(3),p.956−965)、Eubacterium limosum(Roh H. et al.,J. Bacteriol.,2011,vol.193(1),p.307−308)、Butyribacterium methylotrophicum(Lynd, LH. Et al.,J. Bacteriol.,1983,vol.153(3),p.1415−1423)等の細菌を宿主微生物として用いることができる。
なお、上記で具体的に列挙した細菌の増殖及びCODH活性は全て酸素感受性であるが、酸素非感受性のCODHも知られている。例えば、Oligotropha carboxidovorans(Schubel, U. et al.,J. Bacteriol.,1995,p.2197−2203)、Bradyrhizobium japonicum(Lorite MJ. Et al.,Appl. Environ. Microbiol.,2000,vol.66(5),p.1871−1876)を始めその他のバクテリア種には、酸素非感受性のCODHが存在する(King GM et al.,Appl. Environ. Microbiol.,2003,vol.69(12),p.7257−7265)。好気性水素酸化細菌であるラルソトニア(Ralsotonia)属菌にも、酸素非感受性のCODHが存在する(NCBI Gene ID:4249199,8019399)。
このように、CODHを有する細菌は広く存在しており、その中から本発明に係る組換え細胞のための宿主微生物を適宜選択することができる。例えば、CO、CO/H2(COとH2を主成分とするガス)、若しくはCO/CO2/H2(COとCO2とH2を主成分とするガス)を唯一の炭素源かつエネルギー源とした選択培地を用い、嫌気、微好気、若しくは好気的条件で、宿主細胞として利用できるCODHを有する細菌を分離することができる。
一方、いくつかのクロストリジウム属細菌では、ブチリルCoA脱水素酵素(Butyryl−CoA dehydrogenase)の作用により、クロトニルCoAをブチリルCoAに変換し、次いでアルデヒド/アルコール脱水素酵素(aldehyde/alcohol dehydrogenase)の作用によって1−ブタノールを生成させる経路を保有する(Atsumi S. et al.,Metabolic Engineering,2008,vol.10,p.305−311)。これらのクロストリジウム属細菌のブチリルCoA脱水素酵素の活性を欠損又は抑制させた細胞を宿主細胞として用いることによって、クロトニルCoAからブタジエン等の1−ブタノール以外の目的物質をより多量に生成し得る組換え細胞を育種することが可能となる。
ブチリルCoA脱水素酵素は、短鎖アシルCoA脱水素酵素(Short−chain specific acyl−CoA dehydrogenase;EC.1.3.8.1)の一種であり、具体的には、P52042(Clostridium acetobutylicum-bcd CA);F0K422(Clostridium acetobutylicum−bcd CEA);C9XNE9(Clostridium difficile−bcd2);Q9KDT1(Bacillus halodurans−BH1130);Q07417(Mus musculus−Acads)等が挙げられる。なお、これらの番号は、UniProt KB/Swiss Protのデータベースの登録番号である。
宿主細胞における上記酵素の活性を欠損又は抑制させる遺伝子改変の手法としては、特に限定されるものではなく、例えば、発現する酵素の分子数を減少させる手法と、発現する酵素自体の活性を減少させる手法の2つが大きく挙げられる。前者の例としては、標的酵素遺伝子の発現量を転写レベル又は翻訳レベルで減少させる手法が挙げられる。具体的には、プロモーター配列やシャインダルガルノ(SD)配列等の発現調節配列を改変することが挙げられる。後者の例としては、ゲノム上の標的酵素遺伝子に変異を導入することが挙げられる。
酵素活性を欠損又は抑制する方法としては、宿主微生物が本来有している酵素遺伝子を、別の遺伝子に置換する態様が好ましく採用される。例えば、ゲノム上にある既存の酵素遺伝子を、当該酵素遺伝子にフレームシフトを生じさせた配列、当該酵素遺伝子に点変異を生じさせた配列、当該酵素遺伝子の部分断片遺伝子等に置換することにより、酵素活性の欠損や抑制を実現することができる。
遺伝子の置換は、例えば相同組換えにより行うことができる。相同組換えに求められる塩基配列の相同性(配列同一性)は、好ましくは70%以上、より好ましくは80%以上、さらに好ましくは90%以上、特に好ましくは95%以上である。なお、相同組換え法による遺伝子操作法は既に多くの細菌等で確立されており、直鎖状DNAを用いる方法や、プラスミドを用いる方法等がある(米国特許第6303383号明細書、特開平05−007491号公報等参照)。クロストリジウム属菌におけるプラスミドによる相同組換えの手法は、例えば「Heap JT et al.,J. Microbiol. Methods,2007,vol.70(3),p.452−64」に記載されている。なお、クロストリジウム属菌への遺伝子導入では、導入遺伝子が制限酵素Cac824I等による分解を受けやすく極めて不安定である。そこで、導入遺伝子を一旦、大腸菌(例えば、ER2275株)内において複製することによってメチル化する方法(Mermelstein LD et al., Apply. Environ. Microbiol., 1993, vol.59(4),p.1077−1081)や、Cac824I遺伝子を欠損させたクロストリジウム属菌欠損株を用いる方法(Dong H. et al., PLoS ONE, 2010, vol.5(2),p.e9038)等を用いることにより、効率よく遺伝子導入及び相同組換えを行うことができる。
宿主微生物に変異誘発剤等による変異処理を行うことによっても、目的の遺伝子改変を行うことができる。例えば、放射線照射や、N−メチル−N’−ニトロ−N−ニトロソグアニジン(NTG)や亜硝酸等の変異剤によって宿主微生物を処理し、標的酵素(ブチリルCoA脱水素酵素)の活性が欠損、若しくは抑制された変異微生物を選抜することができる。
本発明に係る組換え細胞においては、アセチルCoAからクロトニルCoAに至る生合成経路で作用する酵素群(以下、まとめて「クロトニルCoA生合成関連酵素(群)」と呼ぶことがある。)が発現している。図1の(a)〜(c)で示される酵素が、クロトニルCoA生合成関連酵素に相当する。本発明に係る組換え細胞において発現しているクロトニルCoA生合成関連酵素としては、組換え細胞内でその酵素活性を発揮できるものであれば特に限定されるものではなく、例えば特許文献2に開示されたものの中から適宜選択することができる。例えば、以下の酵素が挙げられる。
酵素(a):アセトアセチルCoA チオラーゼ(アセチルCoAアシルトランスフェラーゼ(Acetyl-CoA acyltransferase)とも呼ばれる。)(例えば、EC.2.3.1.9等)。具体的には、P76461(E.coli−atoB);P45359(Clostridium acetobutylicum−thlA);P45855(Bacillus subtilis−mmgA); Q18AR0 (Clostridium difficile−thlA);Q9I2A8(Pseudomonas aeruginosa−atoB)等(いずれもUniProtKB/Swiss−Prot No.で表示。)が挙げられる。
酵素(b)3−ヒドロキシブチリルCoA脱水素酵素(例えば、EC.1.1.1.157、EC.1.1.1.35等)。具体的には、P52041(Clostridium acetobutylicum−hbd);P45364(Clostridium difficile−hbd);P77339(Escherichia coli−fadJ);O53753(Mycobacterium tuberculosis−fadB2)等(いずれもUniProtKB/Swiss−Prot No.で表示。)が挙げられる。
酵素(c):3−ヒドロキシ酪酸CoAデハイドラターゼ(クロトナーゼ(Crotonase)とも呼ばれる。)(例えば、EC.4.2.1.55等)。具体的には、P52046(Clostridium acetobutylicum−crt);P45361(Clostridium difficile−crt);B9J125(Bacillus cereus−crt)等(いずれもUniProtKB/Swiss−Prot No.で表示。)が挙げられる。
本発明に係る組換え細胞においては、(a)アセトアセチルCoA チオラーゼ、(b)3−ヒドロキシブチリルCoA脱水素酵素及び(c)3−ヒドロキシ酪酸CoAデハイドラターゼのうち少なくとも1種の酵素をコードする構造遺伝子が、人為的に導入されている。宿主細胞に導入される構造遺伝子の数は、得られた組換え細胞が、一酸化炭素、二酸化炭素、ギ酸、及びメタノールからなる群より選ばれた少なくとも1つのC1化合物からクロチルアルコールを生産可能である限り、1種類のみであってもよい。例えば、宿主細胞が元々前記3種の酵素のうちの2種類を備えている場合には、欠損している残る1種類の酵素をコードする遺伝子のみを導入することによって、本発明に係る組換え細胞を製造することができる。一方で、人為的に導入される構造遺伝子は、2種類以上であってもよく、(a)アセトアセチルCoA チオラーゼをコードする構造遺伝子、(b)3−ヒドロキシブチリルCoA脱水素酵素をコードする構造遺伝子、及び(c)3−ヒドロキシ酪酸CoAデハイドラターゼをコードする構造遺伝子の全てを宿主細胞に導入してもよい。また、同種の酵素活性を有する酵素の構造遺伝子を2種以上導入してもよい。同種又は異種の酵素を2種類以上導入することにより、各酵素の活性が増強される場合には、クロトニルCoA、及びその代謝産物(例えば、クロチルアルコール等)の生産性が高まることが期待される。
本発明に係る組換え細胞の製造のために宿主細胞に人為的に導入される構造遺伝子は、宿主細胞が元々有していない酵素をコードする遺伝子のみならず、宿主細胞が元々有している酵素をコードする遺伝子であってもよい。外部から遺伝子を導入させた酵素は一般的に発現効率が高いため、内在性の酵素のみの場合よりもクロトニルCoAの産生効率が高められるためである。また、宿主細胞が保有しているが分子活性が低い場合には、より分子活性の高い酵素(例えば、変異を加えた酵素や、他の生物種由来の酵素)をコードする遺伝子を導入することが好ましい。
本発明に係る組換え細胞としては、宿主細胞が元々保有しているか否かにかかわらず、(a)アセトアセチルCoA チオラーゼ、(b)3−ヒドロキシブチリルCoA脱水素酵素、及び(c)3−ヒドロキシ酪酸CoAデハイドラターゼからなる群より選ばれた少なくとも2つの酵素をコードする構造遺伝子が導入されているものが好ましく、(a)アセトアセチルCoA チオラーゼをコードする構造遺伝子、(b)3−ヒドロキシブチリルCoA脱水素酵素をコードする構造遺伝子、及び(c)3−ヒドロキシ酪酸CoAデハイドラターゼをコードする構造遺伝子の全てが導入されているものがより好ましい。このような組換え細胞は、3種全てのクロトニルCoA生合成関連酵素が人為的に発現していることにより、クロトニルCoAの合成効率が非常に高い結果、クロトニルCoAを起点として合成される様々な化合物をも高生産し得るため、非常に有用である。
図1に示すように、クロトニルCoAからクロチルアルコールが合成され得る。図1の酵素(d)〜(h)で示される、クロトニルCoAからクロチルアルコールに至る生合成経路で作用する酵素(群)を、以下、まとめて「クロチルアルコール生合成関連酵素(群)」と呼ぶことがある。例えば、宿主細胞が元々、図1の酵素(d)と酵素(e)を保有している場合、酵素(g)と酵素(h)と酵素(e)を保有している場合、又は酵素(f)を保有している場合には、本発明に係る組換え細胞においては、合成されたクロトニルCoAからクロチルアルコールが合成される。また、宿主細胞がこれらのクロチルアルコール生合成関連酵素を保有していない場合には、必要な酵素をコードする構造遺伝子を人為的に導入することにより、アセチルCoAからクロトニルCoAを介してクロチルアルコールを合成する組換え細胞を得ることができる。クロチルアルコール生合成関連酵素をコードする構造遺伝子は、クロトニルCoA生合成関連酵素をコードする構造遺伝子と共に宿主細胞に導入されてもよく、クロトニルCoA生合成関連酵素をコードする構造遺伝子が導入される前の宿主細胞に導入されてもよく、クロトニルCoA生合成関連酵素をコードする構造遺伝子が導入されて得られた組換え細胞に導入されてもよい。
本発明に係る組換え細胞において発現しているクロチルアルコール生合成関連酵素としては、組換え細胞内でその酵素活性を発揮できるものであれば特に限定されるものではなく、例えば特許文献2に開示されたものの中から適宜選択することができる。例えば、以下の酵素が挙げられる。
酵素(d):クロトニルCoA還元酵素(アルデヒド生成型)。本酵素は、アシルCoA還元酵素に属する酵素であり、クロトニルCoA還元活性を示すものは、酵素分類では、例えばEC.1.2.1.50、EC.1.2.1.n2、EC.1.2.1.76等に該当する。具体的には、P94129(Acinetobacter baylyi-acr1);P23113(Photorhabdus luminescens−luxC);P08639(Vibrio harveyi−luxC);Q97GS8(Clostridium acetobutylicum−luxC);P38947(Clostridium kluyveri−sucD)等(いずれもUniProtKB/Swiss−Prot No.で表示。)が挙げられる。
酵素(e):クロトンアルデヒド還元酵素(アルコール生成型)。本酵素は、C2−C14(炭素数が2〜14)程度のアルコールに作用するアルコール脱水素酵素(例えば、EC.1.1.1.2、EC.1.1.1.−等)である。具体的には、Q9F1R1 (Acinetobacter sp.−Alr−A);Q46856(Escherichia coli−yqhD);Q04944(Clostridium acetobutylicum−bdhA);Q04945(Clostridium acetobutylicum−bdhB)等(いずれもUniProtKB/Swiss−Prot No.で表示。)が挙げられる。
酵素(f):クロトニルCoA還元酵素 (アルコール生成型)。本酵素は、クロトニルCoAから直接クロチルアルコールを生成することが可能であり、アシルCoAから相当するアルコールへ変換する酵素群(例えば、EC.1.1.1.1、EC.1.2.1.10等)に属する。具体的には、Q9ANR5(Clostridium acetobutylicum−adhE2);D8GU53(Clostridium ljungdahlii−adhE2);P0A9Q7(Escherichia coli−adhE)等(いずれもUniProtKB/Swiss−Prot No.で表示。)が挙げられる。
酵素(g):クロトニルCoAハイドロラーゼ。本酵素は、アシルCoAを相当するカルボン酸に変換する酵素群(例えば、EC.3.1.2.4、EC.3.1.2.1等)に属する。具体的には、Q5XIE6(Rattus norvegicus−hibch);Q6NVY1(Homo sapiens−hibch);A2VDC2(Xenopus laevis−hibch);P32316(Saccharomyces cerevisiae−ACH1)等(いずれもUniProtKB/Swiss−Prot No.で表示。)が挙げられる。
酵素(h):クロトン酸還元酵素。本酵素は、アルデヒド脱水酵素の一種の活性、すなわちクロトンアルデヒド脱水素酵素の逆反応によって、クロトン酸からクロトンアルデヒドを生成するものである。本活性は、酵素分類上、例えばEC.1.2.1.22、EC.1.2.1.3等に属する。具体的には、Q58806(Methanococcus jannaschii−LDH);P25553(Escherichia coli−aldA);P12693(Pseudomonas oleovorans−alkH);Q6RKB1(Nocardia iowensis−car)等(いずれもUniProtKB/Swiss−Prot No.で表示。)が挙げられる。
本発明に係る組換え細胞としては、例えば、宿主細胞が元々保有しているか否かにかかわらず、(a)アセトアセチルCoA チオラーゼ、(b)3−ヒドロキシブチリルCoA脱水素酵素、及び(c)3−ヒドロキシ酪酸CoAデハイドラターゼからなる群より選ばれた少なくとも1つの酵素をコードする構造遺伝子と、(d)クロトニルCoA還元酵素(アルデヒド生成型)及び(e)クロトンアルデヒド還元酵素(アルコール生成型)からなる群より選ばれた少なくとも1つの酵素をコードする構造遺伝子とが宿主細胞に導入された組換え細胞;(a)アセトアセチルCoA チオラーゼ、(b)3−ヒドロキシブチリルCoA脱水素酵素、及び(c)3−ヒドロキシ酪酸CoAデハイドラターゼからなる群より選ばれた少なくとも1つの酵素をコードする構造遺伝子と、(f)クロトニルCoA還元酵素 (アルコール生成型)をコードする構造遺伝子とが宿主細胞に導入された組換え細胞;(a)アセトアセチルCoA チオラーゼ、(b)3−ヒドロキシブチリルCoA脱水素酵素、及び(c)3−ヒドロキシ酪酸CoAデハイドラターゼからなる群より選ばれた少なくとも1つの酵素をコードする構造遺伝子と、(g)クロトニルCoAハイドロラーゼ、(h)クロトン酸還元酵素、及び(e)クロトンアルデヒド還元酵素(アルコール生成型)からなる群より選ばれた少なくとも1つの酵素をコードする構造遺伝子とが宿主細胞に導入された組換え細胞が好ましい。クロトニルCoA生合成関連酵素のうちの少なくとも1種をコードする構造遺伝子と、クロチルアルコール生合成関連酵素のうちの少なくとも1種をコードする構造遺伝子との両方が導入されていることにより、アセチルCoAからクロトニルCoAを介してクロチルアルコールを合成する生合成経路が亢進され、クロチルアルコール又はその代謝産物を高生産し得るためである。
なお、本発明に係る組換え細胞において、クロチルアルコールを高生産させて細胞内に蓄積又は細胞外へ分泌させることを目的とする場合には、宿主細胞としてクロチルアルコールに対する耐性の高い微生物を用いることが好ましい。中でも、少なくとも400mMのクロチルアルコールに対する耐性を有する宿主細胞や、少なくとも1%(w/v)濃度のクロチルアルコールに対する耐性を有する宿主細胞を用いることが好ましい。このようなクロチルアルコール耐性を有する宿主細胞は、例えば、適宜の変異処理を宿主細胞に施して目的の特性を有する宿主細胞を選抜することにより得ることができる。
本発明に係る組換え細胞において導入されるこれらの酵素をコードする遺伝子としては、組換え細胞内で正常に転写・翻訳され、発現された酵母が当該組換え細胞内でその酵素活性を発揮できるものであれば特に限定されない。例えば、本発明に係る組換え細胞内で発現させるクロトニルCoA生合成関連酵素やクロチルアルコール生合成関連酵素は、宿主細胞やその他の生物の細胞内において天然に存在する酵素であってもよく、各酵素の改変体であってもよい。当該改変体としては、例えば、各酵素のアミノ酸置換変異体や、各酵素の部分断片であって同様の酵素活性を有するポリペプチド等が挙げられる。
宿主細胞が元々保有しているクロトニルCoA生合成関連酵素又はクロチルアルコール生合成関連酵素を導入する場合には、元々保有していた酵素よりもより基質特異性、分子活性又は安定性が優れた、すなわちKcat/Km値等がより高い酵素遺伝子を導入することが好ましい。このような酵素遺伝子は、宿主細胞が元々保有する酵素の改変体をコードする遺伝子であってもよく、宿主細胞とは異なる生物種由来の同種の酵素をコードする遺伝子であってもよい。
本発明に係る組換え細胞において導入されるクロトニルCoA生合成関連酵素又はクロチルアルコール生合成関連酵素の酵素遺伝子としては、細菌由来のものが好ましく、宿主細胞と同種の生物種由来のものがより好ましい。宿主細胞が細菌である場合において、使用されるコドンの構成が宿主細胞のそれに近いため、導入された酵素遺伝子が宿主細胞内で効率よく転写・翻訳され得る。
本発明の組換え細胞においては、クロトニルCoA生合成関連酵素をコードする遺伝子やクロチルアルコール生合成関連酵素をコードする遺伝子に加えて、他の遺伝子がさらに導入されていてもよい。導入する他の遺伝子としては、例えば、アセチルCoA経路やメタノール経路で作用する酵素、例えば、アセチルCoAシンターゼ、メチルトランスフェラーゼ、一酸化炭素脱水素酵素、ギ酸デヒドロゲナーゼ等をコードする遺伝子が挙げられる。これらの遺伝子を導入することにより、組換え細胞内におけるアセチルCoA合成の増強が期待でき、ひいてはクロトニルCoA合成の増強が期待できる。
宿主細胞に遺伝子を導入する方法としては特に限定はなく、宿主細胞の種類等によって適宜選択すればよい。例えば、宿主細胞に導入可能であり、かつ組み込まれた遺伝子を発現可能なベクターを用いることができる。
例えば、宿主細胞が細菌等の原核生物の場合には、当該ベクターとして、宿主細胞において自立複製が可能又は染色体(ゲノム)中への組み込みが可能であり、かつ挿入された上記遺伝子を転写できる位置にプロモーターを含有しているものを用いることができる。例えば、当該ベクターを用いて、プロモーター、リボソーム結合配列、上記遺伝子、及び転写終結配列からなる一連の構成(発現カセット)を宿主細胞内で構築することが好ましい。導入した構造遺伝子が安定的に組換え細胞内で保持されるため、本発明に係る組換え細胞においては、クロトニルCoA生合成関連酵素をコードする遺伝子等が、ゲノムに組み込まれるように人為的に導入されたものであることが好ましい。
宿主細胞がクロストリジウム属細菌(モレラ属細菌のような近縁種を含む。)の場合には、例えば、クロストリジウム属細菌と大腸菌とのシャトルベクターpIMP1(Mermelstein LD et al.,Biotechnology,1992,vol.10,p.190−195)を用いることができる。当該シャトルベクターは、pUC9(ATCC番号:37252)とBacillus subtilisから分離されたpIM13(Projan SJ et al.,J. Bacteriol.,1987,vol.169(11),p.5131−5139)との融合ベクターであり、クロストリジウム属細菌内でも安定的に保持される。
クロストリジウム属細菌への遺伝子導入には、通常、エレクトロポレーション法が使用されるが、遺伝子導入直後の導入された外来プラスミドは制限酵素Cac824I等による分解を受けやすく極めて不安定である。そのため、Bacillus subtilis ファージΦ3T1由来メチルトランスフェラーゼ遺伝子が保持されたpAN1(Mermelstein LD et al.,Apply. Environ. Microbiol.,1993,vol.59(4),p.1077−1081)を保有する大腸菌、例えばER2275株等でpIMP1に由来するベクターを一旦増幅し、メチル化処理を行ってから、これを大腸菌から回収しエレクトロポレーションによる形質転換に使用することが好ましい。なお、最近では、Cac824I遺伝子が欠損したClostridium acetobuthylicumが開発されており、このようなCac824I遺伝子が欠損したクロストリジウム属細菌を宿主細胞とすることにより、メチル化処理されていないベクターも安定的に使用可能である(Dong H. et al.,PLoS ONE,2010,vol.5(2),p.e9038)。
クロストリジウム属細菌における異種遺伝子発現のプロモーターとしては、例えばthl(thiolase)プロモーター(Perret S et al.,J. Bacteriol.,2004,vol.186(1),p.253−257)、Dha(glycerol dehydratase)プロモーター(Raynaud C. et al.,PNAS,2003,vol.100(9),p.5010−5015)、ptb(phosphotransbutyrylase)プロモーター(Desai RP et al.,Appl. Environ. Microbiol.,1999,vol.65(3),p.936−945)、adc(acetoacetate decarboxylase)プロモーター(Lee J et al.,Appl. Environ. Microbiol.,2012,vol.78(5),p.1416−1423)等が挙げられる。ただし、本発明に係る組換え細胞の製造においては、これらに限定されることなく、宿主細胞等に見出される様々な代謝系のオペロンに使用されているプロモーター領域の配列が使用可能である。
また、ベクターを用いて複数種の遺伝子を宿主細胞に導入する場合、各遺伝子を1つのベクターに組み込んでもよく、別々のベクターに組み込んでもよい。さらに1つのベクターに複数の遺伝子を組み込む場合には、各遺伝子を共通のプロモーターの下で発現させてもよく、別々のプロモーターの下で発現させてもよい。複数種の遺伝子を導入する例としては、クロトニルCoA生合成関連酵素をコードする遺伝子やクロチルアルコール生合成関連酵素をコードする遺伝子と共に、アセチルCoA経路やメタノール経路で作用する酵素をコードする遺伝子を導入してもよい。
本発明に係る組換え細胞の製造においては、使用できる既知のベクターをそのまま用いてもよく、プロモーター、ターミネーター等の転写制御、複製領域等に関わる領域を、目的に応じて改変したものを用いてもよい。改変方法としては、プロモーター等の領域を、各宿主細胞又はその近縁種が保有する天然の他の遺伝子配列に変更してもよく、人工の遺伝子配列に変更してもよい。
以上の遺伝子導入による改変に加え、突然変異、ゲノムシャッフリング等の変異手法をも組み合わせることにより、宿主細胞における導入遺伝子の発現効率、クロトニルCoAやその代謝産物(例えば、クロチルアルコール等)に対する耐性等を向上させることにより、クロトニルCoA又はその代謝産物の生産性をさらに向上させることが可能となる。
なお、クロチルアルコールは、ブタジエン合成の起点となり得る。そこで、本発明に係る組換え細胞の製造に、クロチルアルコールからブタジエンを生合成するために必要な酵素を保有している微生物を宿主細胞として用いることにより、一酸化炭素、二酸化炭素、ギ酸、及びメタノールからなる群より選ばれた少なくとも1つのC1化合物から、クロトニルCoA及びクロチルアルコールを経由してブタジエンを生産し得る組換え細胞が得られる。また、本発明に係る組換え細胞に、さらに、クロチルアルコールからブタジエンを生合成するために必要な酵素をコードする構造遺伝子を導入することによっても、ブタジエンを生産し得る組換え細胞が得られる。
本発明に係る組換え細胞について、クロトニルCoA等の生産を目的とせず、専ら細胞を増やす目的で培養する場合には、一酸化炭素や二酸化炭素を炭素源として用いる必要はない。例えば糖類やグリセリンといった他の炭素源を用いて、組換え細胞を培養すればよい。
本発明に係る組換え細胞を培養する方法としては、特に限定されるものではなく、宿主細胞の種類等に応じて適宜行うことができる。組換え細胞がクロストリジウム属細菌(偏性嫌気性)の場合には、例えば、生育に必要な無機塩類、及び合成ガスからなる栄養条件で培養する。好ましくは0.2〜0.3Mpa(絶対圧)程度の加圧状態で培養する。また、組換え細胞が好気性や通性嫌気性の場合には、例えば、液体培地を用いた通気・撹拌培養を行うことができる。また、偏性嫌気性細菌、好気性細菌、通性嫌気性細菌のいずれであっても、初期増殖及び到達細胞密度を良好にするために、ビタミン、酵母エキス、コーンスティープリカー、バクトトリプトン等の蛋白質加水分解物等の有機物を少量加えてもよい。
本発明に係る組換え細胞は、少なくともアセチルCoAからクロトニルCoAを合成する生合成経路を保有し、かつ一酸化炭素耐性並びに合成ガス資化性を保有する細胞である。このため、本発明に係る組換え細胞は、一酸化炭素、二酸化炭素、ギ酸、及びメタノールからなる群より選ばれた少なくとも1つのC1化合物からクロトニルCoAを合成することが可能である。また、クロトニルCoAは反応活性が高いため、当該組換え細胞内で合成されたクロトニルCoAは代謝されてクロチルアルコール等に変換される。つまり、本発明に係る組換え細胞は、一酸化炭素、二酸化炭素、ギ酸、及びメタノールからなる群より選ばれた少なくとも1つのC1化合物から、クロチルアルコール等のクロトニルCoAの代謝産物を合成することも可能である。
すなわち、本発明に係る組換え細胞を、一酸化炭素、二酸化炭素、ギ酸、及びメタノールからなる群より選ばれた少なくとも1つのC1化合物を炭素源として用いて培養することにより、クロトニルCoAやその代謝産物(クロチルアルコール等)を製造することができる。
炭素原として用いるこれらのC1化合物については、1種のみを用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。また、これらのC1化合物は、主たる炭素原として用いることが好ましく、唯一の炭素原であることがより好ましい。また、エネルギー源として水素(H2)を同時に提供することが好ましい。
本発明に係る組換え細胞にクロトニルCoA等を生産させる場合に炭素源として用いられるC1化合物としては、一酸化炭素や二酸化炭素を含む合成ガスが好ましく、一酸化炭素と水素とを主成分とするガス、又は二酸化炭素と水素とを主成分とするガスがより好ましい。この場合、ガスに含まれている水素はエネルギー源として使用される。
C1化合物がガスである場合、本発明に係る組換え細胞にC1化合物を提供することにより、当該C1化合物からクロトニルCoA等を生産させることができる。なお、「組換え細胞にガスを提供する」とは、炭素源等としてガスを組換え細胞に与える、あるいは、組換え細胞にガスを接触させる、という意味である。
本発明に係る組換え細胞は、ギ酸及び/又はメタノールからもクロチルアルコールを生産することもできる。すなわち、本発明に係る組換え細胞を、炭素源としてギ酸やメタノールを単独で又は一酸化炭素や二酸化炭素と共に用いて培養したり、ギ酸やメタノールを組換え細胞に接触させることにより、ギ酸やメタノールからもクロチルアルコールを生産することができる。
また、二酸化炭素に代えて、重炭酸塩を用いてもよい。クロストリジウム属細菌及びその近縁種は、炭酸脱水素酵素(Carbonic anhydrase, CA)(EC.4.2.1.1:H2O+CO2 ⇔ HCO3 −+H+)を有することが知られており(Braus-Stromeyer SA et al.,J. Bacteriol.,1997,vol.179(22),p.7197−7200)、CO2源として、HCO3 −源となるNaHCO3等の重炭酸塩を用いることができる。
ここで、宿主細胞がアセチルCoA経路とメタノール経路(図2)を有している場合において、組換え細胞に提供され得る一酸化炭素、二酸化炭素、ギ酸、及びメタノールの組み合わせについて説明する。
アセチルCoA経路によるアセチルCoA合成では、メチルトランスフェラーゼ、コリノイド鉄−硫黄タンパク質(Corrinoid iron−sulfur protein、CoFeS−P)、アセチルCoAシンターゼ、及びCODHの作用による、CoA、メチルテトラヒドロ葉酸及びCOからのアセチルCoAの合成過程が必須である(Ragsdale SW et al.,B.B.R.C.,2008,vol.1784(12),p.1873−1898)。
一方、Butyribacterium methylotrophicumの培養において、炭素源としてCOやCO2以外にギ酸やメタノールを添加することは、CO代謝すなわち、アセチルCoA経路のメチルブランチにおけるテトラヒドロ葉酸(tetrahydrofolate、THF)含量、及び、CO代謝で必要とされるCODH、ギ酸デヒドロゲナーゼ及びヒドロゲナーゼ(hydrogenase)の活性を増大させることが知られている(Kerby R. et al.,J. Bacteriol.,1987,vol.169(12),p.5605−5609)。Eubacterium limosum等においても、嫌気条件下で二酸化炭素及びメタノールを炭素源とした場合でも、高い増殖を得ることが示されている(Genthner BRS. et al.,Appl. Environ. Microbiol.,1987,vol.53(3),p.471−476)。
これらのメタノールの合成ガス資化性微生物へ影響、及びMoorella thermoacetica(Clostridium thermoaceticum)及びClostridium ljungdahlii等のゲノム解析(Pierce E. et al.,Environ. Microbiol.,2008,vol.10(10),p.2550−2573;Durre P. et al., PNAS 2010,vol.107(29),p.13087−13092)の結果から、これらの微生物種では、図2に示されるようなメタノール経路がアセチルCoA経路にメチル基のドナーとして関与することが説明できる。
また実際に、いくつかのクロストリジウム属菌ではギ酸デヒドロゲナーゼ(FDH)(EC.1.2.1.2/EC.1.2.1.43:Formate+NAD(P)+ ⇔ CO2+NAD(P)H)の正方向の活性(FormateからのCO2形成)が確認されている(Liu CL et al.,J. Bacteriol.,1984,vol.159(1),p.375−380;Keamy JJ et al.,J. Bacteriol.,1972,vol.109(1),p.152−161)。このことから、これらの株ではCO2やCOが欠乏状態にある場合、部分的にメタノール(CH3OH)やギ酸(HCOOH)からCO2の生成方向の反応が働くことができる(図2)。このことは、前述したCH3OHを加えることによる、ギ酸ヒドロゲナーゼ(formatede hydrogenase)活性、及びCODHの活性増大の現象 (Kerby R et al.,J. Bateriol.,1987,vol.169(12),p.5605−5609)からも説明できる。すなわち、ギ酸(HCOOH)又はメタノール(CH3OH)を唯一の炭素源としても増殖可能である。
宿主細胞が、元々、ギ酸デヒドロゲナーゼの正方向の活性を有しない株であっても、変異導入、外来遺伝子導入、若しくはゲノムシャッフリングのような遺伝子改変によって、正方向の活性を付与させればよい。
以上のことから、宿主細胞がアセチルCoA経路とメタノール経路を有している場合には、以下のガスや液体を用いて、クロトニルCoA及びその代謝産物(例えば、クロチルアルコール)を生産することができる。
・CO
・CO2
・CO/H2
・CO2/H2
・CO/CO2/H2
・CO/HCOOH
・CO2/HCOOH
・CO/CH3OH
・CO2/CH3OH
・CO/H2/HCOOH
・CO2/H2/HCOOH
・CO/H2/CH3OH
・CO2/H2/CH3OH
・CO/CO2/H2/HCOOH
・CO/CO2/H2/CH3OH
・CH3OH/H2
・HCOOH/H2
・CH3OH
・HCOOH
本発明に係る組換え細胞は、細胞分裂(細胞増殖)を伴うか否かにかかわらず、前記のC1化合物を炭素源として、クロトニルCoA、又はその代謝産物たるクロチルアルコールを生産することができる。例えば、固定化した組換え細胞に前記したC1化合物を連続的に供給し、クロトニルCoA、若しくはクロチルアルコールを連続的に生産させることができる。
生産されたクロトニルCoA等は、細胞内に蓄積されるか、細胞外に放出される。例えば、上述したクロストリジウム属細菌又はモレラ属細菌を宿主細胞とした組換え細胞を用い、細胞外に放出されたクロトニルCoA又はクロチルアルコールを回収し、単離精製することにより、純化されたクロトニルCoA又はクロチルアルコールを取得することができる。
以下、実施例をもって本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例のみに限定されるものではない。
[実施例1]クロトニルCoA合成酵素遺伝子のクローニングと発現ベクターの構築。
(Clostridium acetobutylicum由来アセトアセチルCoAチオラーゼ遺伝子のクローニング)
C.acetobutylicum ATCC824株のゲノムを鋳型とし、配列番号1及び2で表される塩基配列からなるプライマーを用いたPCRによって、配列番号3で表される塩基配列からなるアセトアセチルCoAチオラーゼ(thlA)遺伝子を増幅し、得られた増幅DNA断片をpT7−Blue Tベクター(タカラバイオ社)へクローニングし、pT7−thlAを構築した。
(Clostridium acetobutylicum ATCC824株由来3−ヒドロキシブチリルCoA脱水素酵素遺伝子のクローニング)
C.acetobutylicum ATCC824株のゲノムを鋳型とし、配列番号4及び5で表される塩基配列からなるプライマーを用いたPCRによって、配列番号6で表される塩基配列からなる3−ヒドロキシブチリルCoA脱水素酵素(hsd)遺伝子を増幅し、得られた増幅DNA断片をpT7−Blue Tベクターへクローニングし、pT7−hsdを構築した。
(Clostridium acetobutylicum由来3−ヒドロキシブチリルCoAデハイドラターゼ遺伝子のクローニング)
C.acetobutylicum ATCC824株のゲノムを鋳型とし、配列番号7及び8で表される塩基配列からなるプライマーを用いたPCRによって、配列番号9で表される塩基配列からなる3−ヒドロキシブチリルCoAデハイドラターゼ(crt)遺伝子を増幅し、得られた増幅DNA断片をpT7−Blue Tベクターへクローニングし、pT7−crtを構築した。
(Crotonyl−CoA生成遺伝子の発現ベクターの構築)
Clostridium/E.coliシャトルベクターpIMP1(Mermelstein LD et al.,Biotechnology,1992,vol.10,p.190−195)のBamHI/EcoRI部位に、配列番号10及び配列番号11で表される塩基配列からなる合成DNAを導入し、クローニングサイトを改良し、pIM1Aを構築した。さらにpIM1AのPstI/BamHI部位に、配列番号12及び配列番号13で表される塩基配列からなる合成DNAを導入し、pIM1Bを構築した。実施例1で作製したpT7−thlAをBamHIで切断することにより、thlA遺伝子を回収し、これをpIM1BのBamHI部位へ導入することで、pIMB−tを構築した。さらに、実施例1で作製したpT7−hsdをBamHIで切断することにより、hsd遺伝子を回収し、これをpIMB−tのBamHI部位へ導入することで、pIMB−thを構築した。最後に、実施例1で作製したpT7−crtをBamHIで切断することにより、crt遺伝子を回収し、これをpIMB−thのBamHI部位へ導入することで、pIMB−thcを構築した。本発現ベクターは、pSOS95(Mingardon F et al.,Appl. Environ. Microbiol.,2005,vol.71(3),p.1215−1222)由来のプロモーター及びターミネーター領域をthlA、hsd、及びcrt遺伝子クラスターの前後に有する。
[実施例2]合成ガス資化性菌へのクロトニルCoA生合成遺伝子の導入。
実施例1で作製したpIMB−thcで、Bacillus subtilisファージφ3TI由来メチルトランスフェラーゼ遺伝子をコードするpAN1(Mermelstein LD et al.,Appl. Environ. Microbiol.,1993,vol.59(4),p.1077−1081)が導入されたE.coli ER2275(NEB社)を形質転換することで、in vivoメチル化を行った。形質転換されたE.coli ER2275からメチル化されたpIMB−thcを回収した。「BIOTECHNOLOGY,1992,vol.10,p.190−195」に記載の方法に従い、エレクトロポレーションによって、メチル化されたpIMB−thcでClostridium ljungdahlii(ATCC番号:55383)を形質転換し、組換え体CL−pMthcを取得した。上記と同様の操作をpIMP1でClostridium ljungdahlii(ATCC番号:55383)を形質転換し、コントロール組換え体CL−pMを取得した。
[実施例3]組換え合成ガス資化性菌におけるクロトニルCoAの過剰生成。
実施例2で取得したClostridium ljungdahliiの組換え体CL−pMthc及びCL−pMを、37℃、嫌気条件下で培養した。培地として、150μg/mLエリスロマイシンを含有するATCC medium 1754 PETC培地(ただし、フルクトース及び酵母エキスを非含有)を用いた。100mL容の密閉可能なガラス容器に10mLの培地を仕込み、酸素非含有ガスを2.5気圧(絶対圧)のガス圧で充填し、アルミキャップで密封した後、OD600が0.6に達するまで振とう培養した。酸素非含有ガスとして、(a)CO/H2=50/50%、(b)CO/CO2/H2=33/33/34%、(c)CO2/H2=50/50%(いずれも体積比)の3種の混合ガスを用いた。
培養終了後の、菌体内のクロトニルCoAの濃度を「Boynton Z.L. et al.,Appl. Environ. Microbiol.,1994,vol.60(1),p.39−44」に記載の方法に従って測定した。すなわち、組換え体CL−pMthc及びCL−pMの細胞抽出液から過塩素酸処理で蛋白除去を行い中和した後、遠心分離によって上清を回収した。上清をフィルター処理した後、その一部を逆相カラムを用いるHPLCに供し、クロトニルCoAを検出した。その結果、組換え体CL−pMでは、いずれの混合ガスを用いた場合でも、クロトニルCoAは検出されなかったが、組換え体CL−pMthcでは、いずれの混合ガスを用いた場合でも有意のクロトニルCoAが検出された。
以上より、クロトニルCoA合成酵素遺伝子が導入されたClostridium ljungdahliiの組換え体を培養することで、合成ガスからクロトニルCoAを過剰生成できることが示された。