JP2014070037A - アルツハイマー病の診断薬および診断方法 - Google Patents

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Abstract

【課題】本発明の課題は、アルツハイマー病診断薬およびそれを用いたアルツハイマー病の診断方法を提供することにある。
【解決手段】下記の特徴を有する抗体またはその抗原結合性フラグメント:
(1)配列番号3で表されるアミノ酸配列からなるアミロイドβ前駆体タンパク質の部分ペプチドに結合する。
(2)哺乳動物の血小板に存在するアミロイドβ前駆体タンパク質の糖鎖非修飾の形態からなる115kDaアイソフォーム(APP115kDa)を特異的に認識する。
【選択図】図12

Description

本発明は、アルツハイマー病の診断薬およびそれを用いたアルツハイマー病の診断方法に関する。
アルツハイマー病は、短期記憶力の低下、軽度学習障害より始まり、高次脳機能障害とりわけ視空間失認、観念失行、構成失行等を伴い、最終的に運動障害やいわゆる人格的破壊に至る進行性の認知症であり、現在その根治的治療法は見出されていない。また、その進行は、日本でしばしば認められる血管障害性認知症とは異なり、数年から十年以上にわたると考えられている。2040年にはアルツハイマー病患者は世界で240万人になるとも予測されており、その根治的治療法または早期診断の重要性が高まっている。
アルツハイマー病は、アミロイドβ前駆体タンパク質 (APP)、プレセニリン1 (PS1)、プレセニリン2 (PS2)等の遺伝子の変異に起因する家族性アルツハイマー病と、発症機序が不明の弧発性アルツハイマー病に大別されるが、患者の大部分(95%以上)は弧発性アルツハイマー病である。
アルツハイマー病の確定的な診断は、アルツハイマー病に特徴的な病理変化、即ち、脳におけるリン酸化タウ蛋白により構成される神経原線維変化(NFT)の広範囲な出現とアミロイドβの沈着による老人斑の病理像を生検または剖検で確認することにより行うことができる(非特許文献1)。しかし、臨床の現場においては、存命中に上記方法を用いた確定的な診断を行うことは困難であり、アルツハイマー病の診断は、臨床症状、病歴、検査結果、画像診断所見等に基づいて行われている。
しかしながら、脳内アミロイドβの蓄積や神経変性等のアルツハイマー病の病態生理学的なプロセスは、認知症と診断される何年も前から始まっていると考えられており、アルツハイマー病の罹患の早期診断による予防または治療は、できるだけ早く開始されることが望まれている。従って、病態の初期段階を正確に検出可能な、または予防または治療効果を評価可能なバイオマーカーの開発の必要性が高まってきている。
現在、アルツハイマー病の病態を反映するサロゲートバイオマーカーとして、脳脊髄液(CSF)中のアミロイドβ42(Aβ42)、総タウ蛋白およびリン酸化タウ蛋白の量を測定する方法が知られている(非特許文献2および3)。
しかしながら、脳脊髄液を用いる方法は、侵襲的であるため、患者のスクリーニングまたは同一患者の複数年にわたる追跡調査に使用することは困難である。
また、Aβ42は、血漿でも検出されるが、脳脊髄液の結果とは異なり、記憶・認知機能障害などの臨床症状よりも年齢により強く相関しているため(非特許文献4)、アルツハイマー病と健常人コントロールを信頼性をもって識別することは困難である。
一方、複数の研究において、末梢組織におけるアミロイドβ前駆体タンパク質(APP)の代謝が、弧発性アルツハイマー病の患者の血小板で特異的に変化していることが見出されてきた(非特許文献5〜10)。
例えば、血小板に存在する主なAPP代謝物として、APP分子のN末端領域(ヒトAPP770の第66番目〜第81番目のアミノ酸配列)を抗原とするモノクローナル抗体(22c11)により認識される分子量120〜130kDa(以下、APP130kDaと表す)と分子量106〜110kDa(以下、APP110kDaと表す)の異なる2種類のアイソフォームが同定されている(非特許文献5〜10)。即ち、Di Luca等は、130kDaおよび106〜110kDaのAPPアイソフォームを(非特許文献5)、Rosenberg等は120〜130kDaおよび110kDaのAPPアイソフォームを(非特許文献6)それぞれ同定している。そして、これらAPP130kDaと APP110kDaの存在比 (APP130/110kDa比) は、年齢をマッチさせた健常人のコントロールと比較してアルツハイマー病患者で有意に減少しており(非特許文献5〜7)、その減少の程度はアルツハイマー病の重篤度(CDRスコア)や認知機能(MMSEスコア)の低下と高い相関が認められること(非特許文献5および7)、年齢をマッチさせた健常人のコントロールと比較して重篤度が非常に軽度な初期段階のアルツハイマー病においてもすでに有意に減少していること(非特許文献8)等が報告されている。
しかしながら、APP130kDaおよびAPP110kDaは、非特許文献5と非特許文献6とで、検出されているAPPアイソフォームの相対量が大きく異なっており、血液の採取方法の違いが測定値に影響を与えると考えられている(非特許文献9)。また、これら2種のタンパク質を検出するための、電気泳動、膜へのタンパク質の転写、ウエスタンブロッティングおよびシグナルデータの収集を含むアッセイプロトコール自身が、日常的な臨床使用においては煩雑すぎる。さらに、前記モノクローナル抗体22c11はアミロイドβ前駆体様タンパク質(APLP1およびAPLP2)に対しても交差反応性を有するため、APP130kDaとAPP110kDaを検出する際に、血小板に存在するAPLP2も同時に検出されている可能性がある(非特許文献10)。以上のことから、APP130kDaおよびAPP110kDaを用いた診断方法は臨床現場で実用化に至っていない。
以上のごとく、血液等の末梢体液中で検出可能な、アルツハイマー病の病態の初期段階を簡便かつ正確に検出、あるいは予防または治療効果を評価可能な、バイオマーカーは未だ見出されていない。
McKhann G等, Neurology (1984) 34:939-944 Humpel C. Trends Biotechnol. (2011) 1:26-32 Blennow K等, Nat Rev Neurol. (2010) 6:131-144 Fukumoto H等, Arch Neurol. (2003) 60:958-964 Di Luca M等, Arch Neurol. (1998) 55:1195-1200 Rosenberg RN等, Arch Neurol. (1997) 54:139-144 Zainaghi IA等, Psychopharmacology (Berl).(2007) 192:547-553 Borroni B等, Neurol Sci. (2002) 5:207-210 Bush AI等, Arch Neurol. (1998) 55:1179-1180 Zainaghi IA等, J Neural Transm. (2012) 119: 815-819
本発明の課題は、アルツハイマー病の早期診断に有用な、簡便なアルツハイマー病の診断薬および診断方法を提供することにある。
本発明者らは、血小板に含まれるアミロイドβ前駆体タンパク質(APP)断片(以下、APPアイソフォームという場合がある)を用いた診断法を開発すべく、ヒトのAPPのN末端領域の特定のペプチドに対するマウスモノクローナル抗体を作成し、ヒト血小板APPアイソフォームを認識する能力を評価した。
その結果、認知機能が正常なコントロール対照者(健常人)に比べてアルツハイマー病患者および軽度認知障害患者の血小板において増加している、115kDaの新規な血小板APPアイソフォーム(APP115kDa)を見出した。
更に、本発明者は、血小板中のAPP115kDaの存在量が、アルツハイマー病および軽度認知障害における重篤度(認知機能障害の進行度)と正の相関を示すことを見出した。
本発明者らは、これらの知見に基づいて、APP115kDaが認知機能障害の進行度を示すアルツハイマー病の診断マーカー(バイオマーカー)であると結論するに至った。そして、抗APP115kDa抗体はアルツハイマー病の診断薬として有用であり、APP115kDaを測定することによってアルツハイマー病を簡便に診断できることを見出し、本発明を完成させた。
即ち、本発明は以下に関する:
[1]下記の特徴を有する抗体またはその抗原結合性フラグメント:
(1)配列番号3で表されるアミノ酸配列からなるアミロイドβ前駆体タンパク質の部分ペプチドに結合する、および
(2)哺乳動物の血小板に存在するアミロイドβ前駆体タンパク質の糖鎖非修飾の形態からなる115kDaアイソフォーム(APP115kDa)を特異的に認識する、
[2]さらに、下記(3)の特徴を有する前記[1]に記載の抗体またはその抗原結合性フラグメント:
(3)アミロイドβ前駆体タンパク質のN末端領域(第66番目〜第81番目のアミノ酸配列)を抗原とするモノクローナル抗体:22c11により認識されるアミロイドβ前駆体タンパク質の約130kDaのアイソフォーム(APP130 kDa)および前記アミロイドβ前駆体タンパク質の約110kDaのアイソフォーム(APP110kDa)を認識しない、
[3]さらに下記(4)の特徴を有する前記[1]または[2]に記載の抗体またはその抗原結合性フラグメント:
(4)APLP2を認識しない、
[4]抗体がモノクローナル抗体である、前記[1]〜[3]のいずれか1項に記載の抗体またはその抗原結合性フラグメント、
[5]配列番号3で表されるアミノ酸配列からなるペプチドで免疫された抗体産生細胞とミエローマ細胞とを融合させることにより得られるハイブリドーマから産生され得る、前記[4]に記載の抗体またはその抗原結合性フラグメント、
[6]受託番号:NITE P-1368として独立行政法人製品評価技術基盤機構特許微生物寄託センターに寄託されたハイブリドーマから産生されるモノクローナル抗体と同じAPP115kDaのエピトープと反応する、前記[4]に記載の抗体またはその抗原結合性フラグメント、
[7]受託番号:NITE P-1368として独立行政法人製品評価技術基盤機構特許微生物寄託センターに寄託されたハイブリドーマから産生され得るモノクローナル抗体またはその抗原結合性フラグメント、
[8]被験動物より採取した試料中のAPP115kDaを検出またはその存在量を測定し、APP115kDaが基準値以上存在するか否かを指標として、アルツハイマー病への罹患またはアルツハイマー病の進行度を判定することを含む、アルツハイマー病の診断方法、
[9]以下の工程を含む、前記[8]に記載の方法:
(1)被験動物より採取した試料中のAPP115kDaの存在量を決定する工程、
(2)(1)において得られるAPP115kDaの存在量をコントロール試料中の該存在量と比較する工程、および
(3)(2)におけるAPP115kDaの存在量がコントロール試料中の該存在量よりも多い場合にアルツハイマー病に罹患している、またはアルツハイマー病の進行度がコントロールの進行度よりも高いと判定する工程、
[10]以下の工程を含む、アルツハイマー病の予防または治療のための処置を受けている被験動物における予防または治療効果の評価方法:
(1)被験動物より採取した試料中のAPP115kDaの存在量を決定する工程、
(2)(1)において得られるAPP115kDaの存在量をコントロール試料中の該存在量と比較する工程、および
(3)(2)におけるAPP115kDaの存在量が処置前に該被験動物より採取したコントロール試料中の該存在量よりも少ない場合に、前記処置が有効であると判定する工程、
[11]APP115kDaの存在量が、標準タンパク質の存在量との比で表される、前記[8]〜[10]のいずれかに記載の方法、
[12]標準タンパク質がβアクチンである、前記[11]に記載の方法、
[13]APP115kDaの存在量を決定する工程が、被験動物より採取した試料またはその一部と、前記[1]〜[7]のいずれか1項に記載の抗体またはその抗原結合性フラグメントとを接触させる工程を含む、前記[8]〜[12]のいずれか1項に記載の方法、
[14]被験動物がヒトである、前記[8]〜[13]のいずれか1項に記載の方法、
[15]試料が血漿、脳脊髄液または尿である、前記[8]〜[14]のいずれか1項に記載の方法、
[16]試料が血漿である、前記[15]に記載の方法、
[17]試料が血小板である、前記[8]〜[14]に記載の方法、
[18]APP115kDaが、前記[1]〜[7]のいずれか1項に記載の抗体またはその抗原結合性フラグメントにより認識されるタンパク質である、前記[8]〜[17]のいずれか1項に記載の方法、
[19]APP115kDaが、受託番号:NITE P-1368として独立行政法人製品評価技術基盤機構特許微生物寄託センターに寄託されたハイブリドーマから産生されるモノクローナル抗体により認識されるタンパク質である、前記[8]〜[17]のいずれか1項に記載の方法、
[20]他の1以上のアルツハイマー病の罹患または進行度に応じて検出され得る物質を検出することを更に含む前記[8]〜[19]のいずれか1項に記載の方法、
[21]前記[1]〜[7]のいずれか1項に記載の抗体、またはその抗原結合性フラグメントを含む、アルツハイマー病の診断薬、
[22]前記[1]〜[7]のいずれか1項に記載の抗体、またはその抗原結合性フラグメントを含む、アルツハイマー病の罹患の有無または進行度の診断、および/またはアルツハイマー病予防または治療のための処置の有効性を評価するためのキット、
[23]受託番号:NITE P-1368として独立行政法人製品評価技術基盤機構特許微生物寄託センターに寄託されたハイブリドーマ、
[24]以下の特徴を有する、115kDaのポリペプチド:
(1)アミロイドβ前駆体タンパク質のアイソフォームである、
(2)糖鎖非修飾の形態である、
(3)受託番号:NITE P-1368として独立行政法人製品評価技術基盤機構特許微生物寄託センターに寄託されたハイブリドーマから産生されるモノクローナル抗体により認識される、および
(4)アルツハイマー病の哺乳動物の血小板に存在する、
[25]哺乳動物がヒトである、前記[24]に記載のポリペプチド、および
[26]前記[24]または[25]に記載のポリペプチドからなるアルツハイマー病の診断マーカー。
本発明の診断薬およびそれを用いた方法により、アルツハイマー病および軽度認知障害における重篤度(認知機能障害の進行度等)を診断することが可能であり、アルツハイマー病を発症しているか否かだけでなく、未だアルツハイマー病を発症していると診断され得ないが、脳組織でのAβの蓄積が始まっており近い将来アルツハイマー病を発症する可能性が高いか否かを診断することができる。
市販の抗APP抗体を用いて、健常人コントロール群および軽度認知障害またはアルツハイマー病患者群の血小板中のAPPアイソフォームをウエスタンブロッティング法で解析した結果を示す図である。 市販の抗APP抗体を用いて、健常人コントロール群および軽度認知障害またはアルツハイマー病患者群の血小板中のAPP130kDaとAPP105kDaの量比(APP130/105kDa比)を解析した結果を示す図である。 本発明の抗体作製に使用した抗原ペプチドと公知の抗体のエピトープのヒトAPPにおける部位および配列を示す概略図である。 取得した抗APP抗体(4B4G6および2G8E9)、並びに市販の抗APP抗体を用いて、軽度認知障害またはアルツハイマー病患者の血小板中のAPPアイソフォームをウエスタンブロッティング法で解析した結果を示す図である。 取得した抗APP抗体(4B4G6および2G8E9)を用いて、軽度認知障害またはアルツハイマー病患者の血小板中のAPPアイソフォームまたは精製された可溶性α-APPアイソフォームをウエスタンブロッティング法で解析した結果を示す図である。 本発明の抗APP抗体(4B4G6)のAPLP2に対する免疫反応性をウエスタンブロッティング法により解析した結果を示す図である。 取得した抗APP抗体(2G8E9)を用いて、健常人コントロール群および軽度認知障害またはアルツハイマー病患者群の血小板中のAPPアイソフォームをウエスタンブロッティング法で解析した2つのデータセットの結果を示す図である。 本発明の抗APP抗体(4B4G6)を用いて、健常人コントロール群および軽度認知障害またはアルツハイマー病患者群の血小板中のAPPアイソフォームをウエスタンブロッティング法で解析した2つのデータセットの結果を示す図である。 本発明の抗APP抗体(4B4G6)を用いて、健常人コントロール群および軽度認知障害またはアルツハイマー病患者群の血小板中のAPP115kDaと内部標準として用いたβアクチンの量比(APP115kDa/β-アクチン比)を解析した結果を示す図である。 健常人コントロール群および軽度認知障害またはアルツハイマー病患者群の血小板中のAPP115kDa/βアクチン比とAPP130/105kDa比との相関を解析した結果を示す図である。 健常人コントロール群および軽度認知障害またはアルツハイマー病患者群の血小板中のAPP115kDa/βアクチン比と認知機能検査(MMSE)スコアとの相関を解析した結果を示す図である。 軽度認知障害またはアルツハイマー病患者の血小板中のAPPアイソフォームの糖鎖修飾を脱グリコシル化アッセイにより解析した結果を示す図である。 部分精製した血小板のAPPを、取得した抗APP抗体(2G8E9)で検出した結果を示す図である。 部分精製した血小板のAPPを、本発明の抗APP抗体(4B4G6)で検出した結果を示す図である。
以下、本発明を詳細に説明する。
本明細書において「アルツハイマー病」には、前記の「家族性アルツハイマー病」と「孤発性アルツハイマー病」のいずれもが含まれる。
本発明において、「アルツハイマー病に罹患している」とは、記憶や認知機能の障害に基づく臨床診断または脳の萎縮などに基づく画像診断によってアルツハイマー病を発症していると診断され得る状態のみならず、そのような診断によってはアルツハイマー病を発症していると確認され得ないが、脳組織でのAβの蓄積が始まっており近い将来アルツハイマー病を発症する可能性が高いアルツハイマー病発症前段階の状態、即ち、アルツハイマー病予備軍の状態を含む。ここで、脳組織でのAβの蓄積は、アミロイドPETや脳髄液中のAβ等をバイオマーカーとして確認することができる。
「アルツハイマー病を発症している」とは、アルツハイマー病の臨床診断基準、例えば、米国立神経疾患・脳卒中研究所とアルツハイマー病・関連障害協会(NINCDS-ADRDA)の診断基準、または、米国立老化研究所とアルツハイマー病協会(NIA-AA)によるアルツハイマー病改訂診断基準(以下、アルツハイマー病改訂診断基準(2011) と表す。)等に基づきアルツハイマー病と診断された状態を示す。
いずれの診断基準も、記憶障害を中心とする認知機能障害の存在、緩徐な発症と進行性の経過、認知機能の障害に伴う社会生活や日常生活動作の障害、非AD型認知症の鑑別・除外、等が、診断の指標となっている。
また、アルツハイマー病は、その症状の重篤度に応じて3段階(軽度、中等度(または中度)、高度(または重度)、または、第一期(または健忘期)、第二期(または混乱期)、第三期(または臥床期))に大別されるが、「アルツハイマー病を発症している」状態であれば、いずれの症状または病期に該当するものであってもよく、特に限定はされない。重篤度の評価は、認知機能障害の程度を測定するミニメンタルステイト検査(MMSE)、日常生活動作を主体に重症度を判定する認知症機能評価別病期分類(FAST)、臨床的に重症度を判定する臨床認知症尺度(CDR)等の他、臨床試験で用いられるアルツハイマー病認知機能評価尺度(ADAS-cog)や高度認知機能障害検査(SIB)等を用いて行うことができる。
アルツハイマー病における認知機能の障害の程度を評価する方法としては、例えば、ミニメンタルステイト検査(MMSE)のスコアを判断基準の一つとして使用することができ、0〜30点のスケールのうち、目安として、9点以下は高度アルツハイマー病、10〜19点が中等度アルツハイマー病、20〜23点が軽度アルツハイマー病、24点以上は軽度認知障害ないし正常と判定されている。
本明細書において「アルツハイマー病予備軍」(Pre-Alzheimer’s disease)とは、まだアルツハイマー病を発症していると診断され得ないが、脳組織でのAβの蓄積が始まっており近い将来アルツハイマー病を発症する可能性が高い状態のことであり、発症前または早期段階のアルツハイマー病に相当する。具体的には、軽度認知障害と診断される状態、または発症前段階のアルツハイマー病(preclinical AD)の状態等が包含される。
本明細書において「軽度認知障害(または軽度認知機能障害)」(MCI)とは、正常と認知症の中間の状態で、認知機能が正常域を越えて悪いが、日常生活は保たれており、認知症とは診断されない状態、即ち認知症の前駆状態を示す。軽度認知障害は、アルツハイマー病を発症する割合が高く、軽度認知障害と診断される状態は、アルツハイマー病ハイリスク群と位置付けることができる。
軽度認知障害の診断は、例えば、2003年のMCI Key Symposiumで提唱された診断基準(Winblad B等、(2004) J. Intern. Med. 256: 240-246)、または前記のNIA-AAによるアルツハイマー病改訂診断基準(2011)に記載された軽度認知障害の診断基準等に基づき行うことができる。
認知症の重症度の評価尺度を指標とした場合、目安として、CDR(Clinical Dementia Rating)スコアが0.5(認知症の疑い)、または、FAST(Functinal Assessment Staging)ステージが3(認知症の疑い)の状態が、軽度認知障害に相当する。また、前述のMMSEスコアを指標とした場合は、目安として、スコアが24以上でありアルツハイマー病と診断されない状態が軽度認知障害に相当し、同スコアが24〜28であれば、軽度認知障害である可能性が高いと言える。
本明細書において「発症前段階のアルツハイマー病(Preclinical AD)」とは、前記のアルツハイマー病改訂診断基準(2011)におけるPreclinical ADの研究基準で定義されているとおり、アルツハイマー病の病態を示唆するバイオマーカー陽性であるが、認知機能は正常またはMCIの診断基準を満たさないごく軽微な認知機能障害のみを認める状態である。
アミロイドβ前駆体タンパク質(APP)は、1回膜貫通型の膜タンパク質であり、ヒトにおいては第21番染色体の長腕に位置する1つの遺伝子(NCBI Gene ID番号:351)によりコードされている。多様な選択的スプライシングの結果として、複数のスプライシングバリアントが存在するが、主要なスプライシングバリアントはAPP770、APP751および APP695の3つである。これらのアミノ酸配列としては、例えば、APP770 (NCBI Reference Sequence番号:NP_000475(配列番号2)、UniProtKB/Swiss-Prot番号:P05067-1)、APP751 (NCBI Reference Sequence番号:NP_958816、UniProtKB/Swiss-Prot番号:P05067-8)、APP695 (NCBI Reference Sequence番号:NP_958817、UniProtKB/Swiss-Prot番号:P05067-4)が知られている。APP695は、APP770(配列番号2)の289番目のアミノ酸がGluからValに置換されており、290-364番目のアミノ酸配列を欠失している。ヒトAPP751は、APP770の345番目のアミノ酸がMetからIleに置換されており、346-364番目のアミノ酸配列を欠失している。
また、これらをコードする核酸の配列についても、例えば、APP770 (NCBI Reference Sequence番号:NM_000484(配列番号1))、APP751 (NCBI Reference Sequence番号:NM_201413)、APP695 (NCBI Reference Sequence番号:NM_201414)が知られている。
本明細書における「アミロイドβ前駆体タンパク質(APP)」には、上記配列番号2で表されるAPP770だけでなく、そのアイソフォーム、成熟体、および同族体(ホモログ)等が包含される。
ここでホモログとしては、ヒトのタンパク質に対応するマウスやラット等の他の生物種のタンパク質が例示でき、これらはHomoloGene(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/HomoloGene/)により同定された遺伝子の塩基配列から演繹的に同定することができる。
成熟体とは、翻訳後修飾、例えば、シグナルペプチドの除去、アミノ酸修飾等を受けたタンパク質または(ポリ)ペプチドの形態を意味する。
アミノ酸修飾としては、例えば、糖鎖修飾、硫酸化、リン酸化等が挙げられる。糖鎖修飾としては、アスパラギン結合型糖鎖(N-結合型糖鎖、N型糖鎖)および/またはセリン・スレオニン結合型糖鎖(O-結合型糖鎖、O型糖鎖)の付加が挙げられる。
なお、これらの翻訳後修飾の形態および修飾の程度は、発現する細胞や組織、およびこれらが置かれている環境により異なり得る。
本明細書におけるアミロイドβ前駆体タンパク質のアイソフォーム(APPアイソフォーム)とは、上記配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるアミロイドβ前駆体タンパク質(APP770)およびそのスプライシングバリアント(例えば、上記APP751およびAPP695等)、それらの変異体、ならびに、それらの代謝体(断片)を包括的に表す。
前記変異体としては、天然に存在するアレル変異体もしくは多型、例えば、スウェーデン変異(Lys670Asn、Met671Leu:以下、変異アミノ酸の位置は、APP770(配列番号2)に対応する位置で表わす。)、オランダ型変異(Glu693Gln)、ロンドン変異(Val717Ile)およびオーストラリア変異(Leu723Pro)等が挙げられる。
前記代謝体は、配列番号2で代表されるアミノ酸配列からなるアミロイドβ前駆体タンパク質、そのスプライシングバリアントまたはそれらの変異体が生体内で酵素により分解されて生成する断片であれば特に限定は無く、具体的には、配列番号2で表されるアミノ酸配列の部分配列を有する代謝体(断片)が挙げられる。
例えば、血小板で検出されるAPPアイソフォームとして、前記非特許文献5〜10で報告されているAPP110kDa(分子量約106〜110kDa)およびAPP130kDa(分子量約120〜130kDa)が知られている。これらはいずれもAPPのC末端部分が欠損した形態であることが報告されている(非特許文献6)が、正確な構造は不明である。
また、APPがαセクレターゼにより切断された結果生成される可溶性APPα(sAPPα)、βセクレターゼ(BACE1)により切断を受けた結果生成される可溶性APPβ(sAPPβ)等もまた、APPアイソフォームの一種として挙げられる。
本明細書において「アミロイドβ前駆体様タンパク質」とは、APPと同じAPPファミリーに属するアミロイドβ前駆体様タンパク質(APLP)であり、例えば、ヒトでは2種のAPLP、即ちAPLP1(NP_001019978.1)とAPLP2(NP_001633.1)が挙げられる。また、これらをコードする核酸の配列についても、APLP1(NCBI Reference Sequence番号:NM_001024807.1)とAPLP2(NCBI Reference Sequence番号:NM_001642.2)が知られている。
1.本発明の抗体
(1)抗体
本発明は、配列番号3で表されるアミノ酸配列からなるアミロイドβ前駆体タンパク質の部分ペプチドに結合することを特徴とする、哺乳動物の血小板に存在するアミロイドβ前駆体タンパク質の糖鎖非修飾の形態からなる115kDaアイソフォーム(APP115kDa)を特異的に認識する抗体またはその抗原結合性フラグメントを包含する。
ここで、本発明の抗体は、例えば、ヒトAPP770(配列番号2)のN末端から47-60番目のアミノ酸配列(配列番号3)、Val-Gln-Asn−Gly-Lys-Trp-Asp-Ser-Asp-Pro-Ser-Gly-Thr-Lysからなるペプチドを抗原として免疫された哺乳動物において産生され得る抗体であり、ヒト血小板に存在するAPP115kDaを認識する抗体であれば特に限定は無い。本発明の抗体のエピトープは、配列番号3で表されるペプチドのアミノ酸配列の一部を含むが、連続したアミノ酸配列であっても、立体構造のなかでそれぞれが近接している不連続な配列であってもよい。また、エピトープを構成するアミノ酸の数は、特に限定はされないが、一般的には、抗原となるペプチドまたはタンパク質を構成するアミノ酸配列の内、4以上、具体的には、4〜10個程度である。従って、本発明において、上記「部分ペプチド」としては、例えば、配列番号3で表されるアミノ酸配列の内、4以上のアミノ酸、具体的には、配列番号3に含まれる4〜10個のアミノ酸からなる、連続または不連続な配列が挙げられる。
また、本発明の抗体は、APP115kDaを特異的に認識し、好ましくは、モノクローナル抗体(22c11)により認識されるアミロイドβ前駆体タンパク質の分子量約120〜130kDaのアイソフォーム(APP130kDa)およびアミロイドβ前駆体タンパク質の分子量約106〜110kDaのアイソフォーム(APP110kDa)を認識しない。本発明の抗体は、より好ましくは、APLP2を認識しない抗体である。即ち、APP115kDaを特異的に認識し、APP130kDa、APP110kDaおよびAPLP2を認識しない抗体は、より正確にAPP115kDaの検出および/またはその存在量の測定を行うために有用である。
本発明において、抗体が、ある特定の抗原(免疫原)に対し「特異的に認識する」とは、他の抗原に全く反応しない場合だけでなく、他の抗原にも反応するが該特定抗原に対する反応性と他の抗原に対する反応性が明確に異なる場合も包含する。例えば、APP115kDaに対する反応性と他の抗原に対する反応性が明確に、具体的には、2倍、好ましくは5倍、より好ましくは10倍、さらに好ましくは100倍異なっていればよい。
ここで、抗体が抗原に反応するとは、抗体が抗原と結合することを意味し、抗原に対する反応性とは、抗体が抗原と結合する際の結合の強さを意味する。
抗体の抗原に対する反応性の確認は、公知の免疫学的方法、例えば、ウエスタンブロッティング法、ELISA法(Enzyme-Linked Immuno Sorbent Assay)、放射免疫測定法(Radioimmunoassay;RIA)、酵素免疫測定法(Enzyme ImmunoAssay;EIA)、蛍光免疫検定法(Fluorescence Immuno Assay;FIA)、蛍光免疫測定法(Florescence-Linked Immuno Sorbant Assay; FLISA)、細胞免疫染色法、組織免疫染色法、フローサイトメトリー法、蛍光標示式細胞分取法(Fluorescence activated cell sorting;FACS)、ELISPOT法(Enzyme-Linked Immuno-Spot)、免疫沈降法等によって行うことができる。その他、分光法、フロンタルアフィニティークロマトグラフィー法(Frontal Affinity Chromatography; FAC)、平行透析法、蛍光消光法、原子間力顕微鏡(Atomic Force Microscope; AFM)、水晶振動子法(Quartz Crystal Microbalance : QCM)、表面プラズモン共鳴法(Surface plasmon resonance : SPR)等によっても前記反応性を確認することができる。
操作の簡便性および測定精度の観点から、ELISA法、QCM法およびSPR法等が好ましく用いられるが、抗原と抗体の反応性の特異性を確認する方法としては、具体的には本願実施例1に記載されたウエスタンブロッティング法を挙げることができる。例えば、APPを認識する抗体を用いたウエスタンブロッティングにおいて、血小板中に存在するAPP130kDaおよびAPP110kDaに相当するバンドは検出されず、115kDaのサイズのバンドのみが単一バンドとして検出された場合は、当該抗体はAPP115kDaを特異的に認識する抗体であると判断できる。または、同じ希釈倍率で反応させた場合に、精製されたAPP115kDaは検出されるが、精製された他のタンパク質、例えばAPLP2は検出されない場合、当該抗体はAPP115kDaを特異的に認識する抗体であると判断できる。試験の際に、1レーンあたりに添加するタンパク質の量を様々に振って、どの程度のタンパク質量から各々の抗原タンパク質が検出されるかを調べることにより、APP115kDaに対する反応性と他の抗原タンパク質に対する反応性が何倍程度異なるかを調べることができる。
APP115kDaの精製標品は、後述の「5.アミロイドβ前駆体タンパク質の新規アイソフォーム(APP115kDa)」に記載の方法により調製されるAPP115kDa精製標品を用いることができる。
本発明の抗体として、配列番号3で表されるアミノ酸配列からなるペプチドで免疫された抗体産生細胞とミエローマ細胞とを融合させることにより得られるハイブリドーマから産生され得る抗体が挙げられる。具体的には、受託番号:NITE P-1368として独立行政法人製品評価技術基盤機構特許微生物寄託センター(〒292-0818 千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8)に平成24年5月31日付で寄託されたハイブリドーマから産生され得るモノクローナル抗体、および前記ハイブリドーマから産生されるモノクローナル抗体と同じAPP115kDaのエピトープと反応する抗体または、その抗原結合性フラグメントを挙げることができる。
(2)モノクローナル抗体の作製
本発明のモノクローナル抗体は当業者に公知の方法(ハイブリドーマ法、ファージディスプレイ法等)によって作製することができる。
具体的には、APP115kDaに対するモノクローナル抗体は、APPの部分配列である配列番号3で表されるアミノ酸配列からなる、化学的に合成されたペプチド(抗原ペプチド)を、哺乳動物に対して投与することにより、即ち、抗体産生が可能な部位にそれ自体または担体、希釈剤とともに投与することによって製造することができる。担体としては、抗原性刺激のあるキャリアタンパク質、例えば、キーホール・リンペット・ヘモシアニン(KLH)、ウシ血清アルブミン(BSA)、ウシサイログロブリン、オボアルブミン(OVA)等を使用することができる。担体と抗原ペプチドとの混合比は、担体に架橋させて免疫した抗原ペプチドに対して抗体が効率良くできれば、どの様なものをどの様な比率で架橋させてもよいが、例えば、担体を重量比で抗原ペプチド1に対し、約0.1〜20、好ましくは約1〜5の割合で結合させる方法が用いられる。抗原ペプチドと担体の結合には種々の縮合剤を用いることができるが、グルタルアルデヒドやカルボジイミド、マレイミド活性エステル、チオール基、ジチオビリジル基を含有する活性エステル試薬等を用いることができる。
投与に際して抗体産生能を高めるため、完全フロイントアジュバントや不完全フロイントアジュバントを投与してもよい。投与は通常2〜6週毎に1回ずつ、計2〜10回程度行なわれる。用いられる哺乳動物としては、例えば、サル、ウサギ、イヌ、モルモット、マウス、ラット、ヒツジ、ヤギが挙げられるが、細胞融合に使用するミエローマ細胞との適合性等を考慮して選択するのが好ましく、一般的には、マウス、ラット、ハムスター等が好ましく用いられる。
モノクローナル抗体産生細胞の作製に際しては、抗原を免疫された哺乳動物、例えば、マウスから抗体価の認められた個体を選択し最終免疫の2〜5日後に脾臓またはリンパ節を採取し、それらに含まれる抗体産生細胞を骨髄腫細胞(ミエローマ細胞)と融合させることにより、モノクローナル抗体産生ハイブリドーマを調製することができる。抗血清中の抗体価の測定は、ELISA法等の当業者に周知の方法に従って行うことができる。例えば、免疫原として用いた抗原ペプチドを直接または担体とともに吸着させた固相(例、マイクロプレート)に抗血清を添加し、次に放射性物質や酵素等で標識した抗免疫グロブリン抗体(細胞融合に用いられる細胞がマウスの場合、抗マウス免疫グロブリン抗体が用いられる)またはプロテインAを加え、固相に結合したモノクローナル抗体を検出する方法が挙げられる。融合操作は既知の方法、例えば、ケーラーとミルスタインの方法[Nature, 256, 495 (1975年)]に従い実施することができる。融合促進剤としては、例えば、ポリエチレングリコール(PEG)やセンダイウィルス等が挙げられるが、好ましくはPEGが用いられる。
骨髄腫細胞としては、例えば、NS-1、P3U1、SP2/0等が挙げられるが、SP2/0が好ましく用いられる。用いられる抗体産生細胞(脾臓細胞)数と骨髄腫細胞数との好ましい比率は1:1〜20:1程度であり、PEG(好ましくは、PEG1000〜PEG6000)が10〜80%程度の濃度で添加され、約20〜40℃、好ましくは約30〜37℃で約1〜10分間インキュベートすることにより効率よく細胞融合を実施できる。
モノクローナル抗体産生ハイブリドーマのスクリーニングには種々の方法が使用できるが、例えば、免疫原として用いた抗原ペプチドを直接または担体とともに吸着させた固相(例、マイクロプレート)にハイブリドーマ培養上清を添加し、次に放射性物質や酵素等で標識した抗免疫グロブリン抗体(細胞融合に用いられる細胞がマウスの場合、抗マウス免疫グロブリン抗体が用いられる)またはプロテインAを加え、固相に結合したモノクローナル抗体を検出する方法、抗免疫グロブリン抗体またはプロテインAを吸着させた固相にハイブリドーマ培養上清を添加し、放射性物質や酵素等で標識した抗原ペプチドを加え、固相に結合したモノクローナル抗体を検出する方法等が挙げられる。
モノクローナル抗体の選別は、自体公知またはそれに準じる方法に従って行なうことができるが、通常はHAT(ヒポキサンチン、アミノプテリン、チミジン)を添加した動物細胞用培地等で行なうことができる。選別および育種用培地としては、ハイブリドーマが生育できるものならばどのような培地を用いても良い。例えば、1〜20%、好ましくは10〜20%のウシ胎児血清を含むRPMI 1640培地、1〜10%のウシ胎児血清を含むGIT培地(和光純薬工業(株))またはハイブリドーマ培養用無血清培地(SFM-101、日水製薬(株))、10〜20%のウシ胎児血清を含むハイブリドーマ培養用無血清培地(Hybridoma-SFM、インビトロジェン)等を用いることができる。培養温度は、通常20〜40℃、好ましくは約37℃である。培養時間は、通常5日〜3週間、好ましくは1週間〜2週間である。培養は、通常5%炭酸ガス下で行なうことができる。ハイブリドーマ培養上清の抗体価は、上記の抗血清中の抗体価の測定と同様にして測定できる。
さらに、抗原ペプチドに対するELISAで陽性のハイブリドーマクローンについて、2次培養を行った後、個々のクローンの培養上清を用いて血小板のAPPを認識する抗体を産生する能力を、血小板抽出物に対するウエスタンブロッティング法で評価し、APP115kDaが検出されるか否かを調べることにより、APP115kDaを特異的に認識するモノクローナル抗体を産生するハイブリドーマを選別することができる。
具体的には、APP115kDaを特異的に認識するモノクローナル抗体を産生する好適なハイブリドーマとして、受託番号:NITE P-1368として独立行政法人製品評価技術基盤機構特許微生物寄託センターに寄託されたハイブリドーマ、4B4G6が挙げられる。
モノクローナル抗体の分離精製は、通常のポリクローナル抗体の分離精製と同様に免疫グロブリンの分離精製法、例えば、塩析法、アルコール沈殿法、等電点沈殿法、電気泳動法、イオン交換体(例、DEAE)による吸脱着法、超遠心法、ゲルろ過法、抗原結合固相またはプロテインAもしくはプロテインG等の活性吸着剤により抗体のみを採取し、結合を解離させて抗体を得る特異的精製法等に従って行なうことができる。
(3)ポリクローナル抗体の作製
APP115kDaに対するポリクローナル抗体は、それ自体公知またはそれに準じる方法にしたがって製造することができる。具体的には、上記の「(2)モノクローナル抗体の作製」に詳述の方法と同様に、APPの部分配列である配列番号3で表されるアミノ酸配列からなる、化学的に合成されたペプチド(抗原ペプチド)を、哺乳動物またはニワトリに対して、抗体産生が可能な部位にそれ自体または担体、希釈剤とともに投与することによって製造することができる。投与に際して抗体産生能を高めるため、完全フロイントアジュバントや不完全フロイントアジュバントを投与してもよい。投与は、通常約2〜6週毎に1回ずつ、計約3〜10回程度行なうことができる。
ポリクローナル抗体は、上記の方法で免疫された哺乳動物の血液、腹水、母乳等、好ましくは血液から採取することができ、ニワトリの場合は血液および卵黄から採取できる。
抗血清中のポリクローナル抗体価の測定、APP115kDaに対する反応性の評価、ポリクローナル抗体の分離精製等は、上記の「(2)モノクローナル抗体の作製」に記載の方法に従って行なうことができる。
(4)抗原結合性フラグメントの作製
本発明の抗体の「抗原結合性フラグメント」は、本発明のモノクローナル抗体の部分、好ましくはその抗原結合領域または可変領域を含み、APP115kDaへの結合性を有している。該フラグメントの具体例としては、例えば、Fab、F(ab')2、ScFv(一本鎖Fv)、minibody等が挙げられる。
これらのフラグメントは、当業者に周知の方法を用いて得ることができ、具体的には、抗体を酵素、例えば、パパイン、ペプシンなどで処理し抗体断片を生成させるか、または、これら抗体断片をコードする遺伝子を構築し、これを発現ベクターに導入した後、適当な宿主細胞で発現させればよい。得られたフラグメントは、本発明の抗体と同様にして抗原との反応性、特異性等を評価することができる。
2.本発明のアルツハイマー病の診断方法
本発明者は、(1)軽度認知障害およびアルツハイマー病患者の血小板では、健常人に比べてAPP115kDaの存在量が増加する、(2)血小板中のAPP115kDaの存在量は、アルツハイマー病および軽度認知障害における重篤度(認知機能障害の進行度)と正の相関を示す、ことを見出した。
即ち、本発明は被験動物より採取した試料中のAPP115kDaを検出またはその存在量を測定することによりアルツハイマー病を診断する方法を提供するものである。本発明の診断方法は、被験動物より非侵襲的に採取が可能な、血小板等の体液由来試料を用いるため、簡便にアルツハイマー病の診断を行うことができる。
また、血小板中のAPP115kDaの存在量は、アルツハイマー病および軽度認知障害において増加しており、しかも、これらの疾患の重篤度(認知機能障害の進行度)と正の相関を示すため、本発明の診断方法を用いることにより、アルツハイマー病を発症しているか否かの診断だけでなく、アルツハイマー病予備軍の診断、即ち、まだ当該疾患を発症していないが、近い将来アルツハイマー病を発症する可能性が高いか否かの診断をすることができる。
従って、本発明において「アルツハイマー病の診断」とは、アルツハイマー病を発症しているか否かの診断だけでなく、アルツハイマー病予備軍であるか否かを診断することを含む。「アルツハイマー予備軍であるか否かを診断する」とは、症状としては、未だ当該疾患を発症していると診断され得ないが、脳組織でのAβの蓄積が始まっており近い将来アルツハイマー病を発症する可能性が高いか否かを診断することを意味する。
即ち、本発明の診断方法は、被験動物より採取した血小板中のAPP115kDaの存在量とアルツハイマー病および軽度認知障害における認知機能障害の進行度との間の正の相関を見出したことに基づくものであり、試料中、好ましくは血漿中、更に好ましくは血小板中でAPP115kDaが基準値以上存在することを指標として、アルツハイマー病への罹患またはアルツハイマー病の進行度を判定することを含む。
本発明の診断方法の被験対象となり得る動物は、APP115kDaを生成するものであれば特に制限はなく、例えば、哺乳動物(例:ヒト、サル、ウシ、ブタ、ウマ、イヌ、ネコ、ヒツジ、ヤギ、ウサギ、ハムスター、モルモット、マウス、ラット等)、鳥類(例:ニワトリ等)等が挙げられる。好ましくは、哺乳動物、より好ましくはヒトである。
試料となる被験動物由来の生体試料は特に限定されないが、例えば、血漿、脳脊髄液、尿、唾液等の体液由来試料が挙げられる。好ましくは血漿、脳脊髄液または尿、より好ましくは血漿、さらに好ましくは血小板である。
血漿は、常法に従って被験動物から採血し、液性成分を分離することにより調製することができる。血小板は、血液凝固防止剤の存在下で、血液または血漿から、遠心分離やCD41やCD42等の血小板表面マーカーに対する抗体を結合したビーズまたはFACS等を用いた公知の手段により血小板が濃縮された血漿(多血小板血漿:platelet-rich plasma、「PRP」という場合もある。)として調製することができる。また、多血小板血漿からさらに遠心分離やCD41やCD42等の血小板表面マーカーに対する抗体を結合したビーズまたはFACS等を用いることにより、血小板をさらに濃縮・精製することも可能である。脳脊髄液は、脊椎穿刺等の公知の手段により採取することができる。
試料中のAPP115kDaの検出は、公知の方法により実施することができる。例えば、イムノブロッティング(ウエスタンブロッティング)、ゲル電気泳動(例:SDS-PAGE、二次元ゲル電気泳動等)や、各種の分離精製法(例:イオン交換クロマトグラフィー、疎水性クロマトグラフィー、ゲル濾過クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー、逆相クロマトグラフィー、等電点クロマトグラフィー、キャピラリー電気泳動等)、イオン化法(例:電子衝撃イオン化法、フィールドディソープション法、二次イオン化法、高速原子衝突法、マトリックス支援レーザー脱離イオン化(MALDI)法、エレクトロスプレーイオン化法等)、質量分析計(例:二重収束質量分析計、四重極型分析計、飛行時間型質量分析計、フーリエ変換質量分析計、イオンサイクロトロン質量分析計等)等に供することにより行うことができる。
また、APP115 kDaの検出は、公知の免疫化学的方法(ネフロメトリー、免疫沈降法、競合法、イムノメトリック法およびサンドイッチ法等)で実施することもできる。感度、特異性の点で、例えば、後述するサンドイッチ法を用いるのが好ましい。
免疫化学的方法における抗原抗体反応の検出においては、APP115kDaを特異的に認識する抗体またはその抗原結合性フラグメントを標識することにより該反応を直接検出してもよいし、または標識二次抗体もしくはビオチン−アビジン複合体等を用いることにより間接的に検出してもよい。抗体の標識方法としては、酵素標識(例:ペルオキシダーゼ、アルカリフォスファターゼ、β−ガラクトシダーゼ、β−グルコシダーゼ、リンゴ酸脱水素酵素等)、蛍光標識(例:フルオレスカミン、フルオレセインイソチオシアネート(FITC)、オレゴングリーン、カルボキシフルオレセイン、カルボキシフルオレセインジアセテート(carboxy fluorescein diacetate; CFDA)、Alexa(Molecular Probes)や DyLight(ピアス社)等)、放射性標識(例:トリチウム、ヨウ素125およびヨウ素131、炭素14等)、発光標識(例:ルミノール、ルミノール誘導体、ルシフェリン、ルシゲニン等)等を用いることができる。
抗原または抗体の不溶化にあたっては、物理吸着を用いてもよく、また通常タンパク質または酵素等を不溶化・固定化するのに用いられる化学結合を用いてもよい。担体としては、アガロース、デキストラン、セルロースなどの不溶性多糖類、ポリスチレン、ポリアクリルアミド、シリコン等の合成樹脂、またはガラス等があげられる。
サンドイッチ法においては不溶化した本発明の検出用抗体に試料液を反応させ(1次反応)、さらに標識化した別の本発明の検出用抗体を反応させた(2次反応)後、不溶化担体上の標識剤の量もしくは活性を測定することにより、試料液中のAPP115kDaを定量することができる。1次反応と2次反応は逆の順序で行っても、また、同時に行ってもよいし、時間をずらして行ってもよい。標識化剤および不溶化の方法は前記のそれらに準じることができる。また、サンドイッチ法による免疫測定法において、固相化抗体または標識化抗体に用いられる抗体は必ずしも1種類である必要はなく、測定感度を向上させる等の目的で2種類以上の抗体の混合物を用いてもよい。
本発明の検出用抗体は、サンドイッチ法以外の測定システム、例えば、競合法、イムノメトリック法またはネフロメトリーなどにも用いることができる。
競合法では、試料液中のAPP115kDaと標識したAPP115kDaとを抗体に対して競合的に反応させた後、未反応の標識抗原(F)と、抗体と結合した標識抗原(B)とを分離し(B/F分離)、B,Fいずれかの標識量を測定することにより、試料液中のAPP115kDaを定量する。本反応法には、抗体として可溶性抗体を用い、ポリエチレングリコールや前記抗体(1次抗体)に対する2次抗体などを用いてB/F分離を行う液相法、および、1次抗体として固相化抗体を用いるか(直接法)、または1次抗体は可溶性のものを用い、2次抗体として固相化抗体を用いる(間接法)固相化法が用いられる。
イムノメトリック法では、試料液中のAPP115kDaと固相化したAPP115kDaとを一定量の標識化抗体に対して競合反応させた後、固相と液相を分離するか、または試料液中のAPP115kDaと過剰量の標識化抗体とを反応させ、次に固相化したAPP115kDaを加えて未反応の標識化抗体を固相に結合させた後、固相と液相を分離する。次に、いずれかの相の標識量を測定し試料液中の抗原量を定量する。
また、ネフロメトリーでは、ゲル内または溶液中で抗原抗体反応の結果生じた不溶性の沈降物の量を測定する。試料液中のAPP115kDaの量がわずかであり、少量の沈降物しか得られない場合にもレーザーの散乱を利用するレーザーネフロメトリーなどが好適に用いられる。
これら個々の免疫学的測定法を本発明の診断方法に適用するにあたっては、特別の条件、操作等の設定は必要とされない。それぞれの方法における通常の条件、操作法に当業者の通常の技術的配慮を加えてAPP115kDaの測定系を構築すればよい。これらの一般的な技術手段の詳細については、総説、成書などを参照することができる。
例えば、入江 寛編「ラジオイムノアッセイ」(講談社、昭和49年発行)、入江 寛編「続ラジオイムノアッセイ」(講談社、昭和54年発行)、石川栄治ら編「酵素免疫測定法」(医学書院、昭和53年発行)、石川栄治ら編「酵素免疫測定法」(第2版)(医学書院、昭和57年発行)、石川栄治ら編「酵素免疫測定法」(第3版)(医学書院、昭和62年発行)、「Methods in ENZYMOLOGY」 Vol. 70 (Immunochemical Techniques (Part A))、同書 Vol. 73 (Immunochemical Techniques (Part B))、同書 Vol. 74 (Immunochemical Techniques (Part C))、同書 Vol. 84 (Immunochemical Techniques (Part D: Selected Immunoassays))、同書 Vol. 92 (Immunochemical Techniques (Part E: Monoclonal Antibodies and General Immunoassay Methods))、同書 Vol. 121 (Immunochemical Techniques (Part I: Hybridoma Technology and Monoclonal Antibodies))(以上、アカデミックプレス社発行)などを参照することができる。
以上のようにして、本発明の抗体を用いることによって、試料中のAPP115kDaの量を感度よく定量することができる。
本発明の診断方法に用いられる抗体は、APP115kDaを特異的に認識する抗体であれば、当業者に周知の手法を用いて製造されるポリクローナルまたはモノクローナル抗体、またはその抗原結合性フラグメント(例えば、Fab、F(ab')2、ScFv、minibody等)であってもよい。当該抗体については、前記「1.本発明の抗体」に詳述されているモノクローナル抗体もしくはポリクローナル抗体、またはその抗原結合性フラグメントを用いることができる。
次に、検出されたAPP115kDaの存在量に基づいて、アルツハイマー病を診断することができる。後述の実施例2に示すように、アルツハイマー病および軽度認知障害の患者の血小板ではAPP115kDaの存在量が健常人よりも有意に多く、かつこれらの疾患の重篤度(認知機能障害の進行度)に応じてAPP115kDaの存在量が増大することから、試料中のAPP115kDaの存在量が基準値より大きいか否かを指標として、アルツハイマー病への罹患またはアルツハイマー病の進行度を判定することができる。
ここで基準値としては、コントロール試料中の該存在量、または予めコントロール等について測定されたAPP115kDaの存在量を表す。ここで基準値を設定するために、複数個体をコントロール群として、複数個体の測定値の平均値を基準値として用いることもできる。すなわち、基準値として、既に取得されたコントロール群(健常動物、特定の進行度にあるアルツハイマー病に罹患した動物等)由来のコントロール試料中のAPP115kDaの存在量の数値を使用して、上記判定を行うことも、本願の診断方法の範疇に包含される。
例えば、健常動物由来の試料をコントロール試料として用いる場合には、被験試料中のAPP115kDaの存在量が、コントロール試料中の該存在量よりも多い場合には、アルツハイマー病に罹患していると判定することができる。また、特定の進行度にあるアルツハイマー病に罹患した動物由来の試料をコントロール試料として用いることにより、被験試料中のAPP115kDaの存在量が、コントロール試料中の該存在量よりも多い場合には、アルツハイマー病の進行度がコントロールとした当該疾患に罹患した動物の進行度よりも高いと判定することができる。
更に、アルツハイマー病を発症している動物由来のコントロール試料および健常動物由来のコントロール試料等の複数のコントロール試料を用いることにより、被験試料におけるAPP115kDaの存在量が健常動物由来のコントロール試料よりも大きく且つアルツハイマー病を発症している動物由来のコントロール試料よりも小さいことを指標として、アルツハイマー病予備軍、即ち、まだ当該疾患を発症していると診断され得ないが、Aβの蓄積が始まっており近い将来アルツハイマー病を発症する可能性が高いと判定することもできる。
また、APP115kDaの定量的解析は、試料中のAPP115kDaの存在量を標準タンパク質(内部標準タンパク質)の存在量で標準化することにより実施することができる。即ち、上記の方法を用いて、試料中のAPP115kDaの存在量と標準タンパク質の存在量を定量した後、両者のシグナルの比(APP115kDa/標準タンパク質)を算出し、試料中のAPP115kDaの存在量を、標準タンパク質の存在量との比で表せばよい。
標準タンパク質は、恒常的に一定量発現しているタンパク質であればよく、多くの組織や細胞中に共通して発現しているタンパク質が好ましい。例えば、細胞の生存に必須のタンパク質、例えば、RNA合成酵素、エネルギー生成系酵素、リボソームのタンパク質、細胞骨格タンパク質等の遺伝子(ハウスキーピング遺伝子)によりコードされるタンパク質が挙げられる。具体的には、特に限定されないが、例えば、βアクチン、グリセルアルデヒド-3-リン酸デヒドロゲナーゼ(GAPDH)、βチューブリン等のタンパク質が挙げられる。特に好ましくは、βアクチンが挙げられる。
本発明の診断方法は、被験動物より非侵襲的に採取することができる血小板等の試料を用いて診断を行うことができるため、脳脊髄液の採取を必要とするAβ42、リン酸化タウ蛋白等の公知のマーカーを用いた診断方法に比べ、簡便にアルツハイマー病の診断を行うことができる。従って、本発明の診断方法は、該被験動物が脳脊髄液の採取を必要とするAβ42やリン酸化タウ蛋白等を用いた診断や、PET によるアミロイドイメージング(アミロイドPET)などの診断が必要か否かを判定するための一次スクリーングとして使用することができる。
また、APP115 kDaに加えて、他のアルツハイマー病診断マーカーの変動を調べることにより、より高精度にアルツハイマー病を診断することができる。他のアルツハイマー病診断マーカーとしては、例えば、血漿バイオマーカーとしての可能性が研究されているAβ、ホモシステイン、種々の炎症関連タンパク質(C反応性蛋白、IL-1β、TNF、IL-6およびTGFβ)、コレステロール等の公知のマーカーが挙げられ、これらは周知慣用の検出法に従って検出することができる。
血小板中のAPP115kDaの存在量は、アルツハイマー病および軽度認知障害の重篤度(認知機能障害の進行度)と正の相関を示す。従って、本発明の診断方法は、アルツハイマー病の予防または治療のための処置を受けている被験者あるいはアルツハイマー病モデル動物における該処置のアルツハイマー病の予防または治療効果の早期判定にも用いることができる。
本明細書において、「予防」とは、疾患の発症を防止または遅延することを意味し、「治療」とは、疾患の症状を改善することのほか、病状もしくは症状の進行(悪化)を遅延または防止することを意味する。
上記予防または治療のための処置としては、特に限定は無いが、薬物投与による予防または治療の他、定期的な運動、食事因子、余暇活動、社会的参加、活発な精神活動、認知訓練、適度な飲酒等が挙げられる。
即ち、本発明は、アルツハイマー病の予防または治療のための薬物投与等の処置を受けている被験動物より採取した試料中のAPP115kDaを検出またはその存在量を測定することを特徴とする、該動物における予防または治療効果の評価方法を提供する。
本発明の評価方法を用い、判定対象の被験動物より採取した試料中のAPP115kDaの存在量を測定することにより、試料中のAPP115kDaの存在量が処置前に該被験動物より採取したコントロール試料中の該存在量よりも少ない場合に、前記処置が有効であると判断することができる。
3.本発明のアルツハイマー病の診断薬
本発明は、上記の診断方法に使用される、抗APP115kDa抗体を含有するアルツハイマー病診断薬を提供するものである。
本発明の診断薬は、アルツハイマー病を発症しているか否かの診断だけでなく、アルツハイマー病予備軍の診断、即ち、まだ当該疾患を発症していると診断され得ないが脳組織でのAβの蓄積が始まっており近い将来アルツハイマー病を発症する可能性が高いか否かの診断をするために有用である。
当該診断薬に用いられる抗APP115kDa抗体は、APP115kDaを特異的に認識する抗体であれば特に限定されず、当業者に周知の手法を用いて製造されるポリクローナルまたはモノクローナル抗体、またはその抗原結合性フラグメント(例えば、Fab、F(ab')2、ScFv、minibody等)であってもよい。当該抗体については、前記「1.本発明の抗体」に詳述されているモノクローナル抗体もしくはポリクローナル抗体、またはその抗原結合性フラグメントを用いることができる。
4.アルツハイマー病を診断するためのキット
本発明は、アルツハイマー病を診断、および/またはアルツハイマー病予防または治療のための薬物投与等の処置のアルツハイマー病の予防または治療効果を評価するためのキットを提供する。
本発明のキットを用いてアルツハイマー病の罹患を検査しようとする被験動物またはアルツハイマー病またはアルツハイマー病予備軍の被験動物から採取した試料中に含まれるAPP115kDaの存在量を測定することにより、該被験動物がアルツハイマー病を発症しているか否かの判定だけでなく、アルツハイマー病予備軍の診断、即ち、まだ当該疾患を発症していると診断され得ないが、脳組織中でのAβの蓄積が始まっており近い将来アルツハイマー病を発症する可能性が高いか否かを判定することができる。
また、本発明のキットを用いて、アルツハイマー病の予防または治療のための薬物投与等の処置を受けている被験動物あるいはアルツハイマー病モデル動物における該処置のアルツハイマー病の予防または治療効果の早期判定にも用いることができる。
本発明のキットには、APP115kDaを検出またはAPP115kDaの存在量を測定するためのAPP115kDaを特異的に認識する抗体、またはその抗原結合性フラグメント等が含まれる。当該抗体については、前記「1.本発明の抗体」に詳述されているモノクローナル抗体もしくはポリクローナル抗体、またはその抗原結合性フラグメントを用いることができる。
診断キットに含まれるAPP115kDaを特異的に認識する抗体またはその抗原結合性フラグメントは、前記のとおり、液相中に含まれていても固相に固定されていてもよいが、検出の容易性の点で、固相に固定されていることが好ましい。例えば、APP115kDaを特異的に認識する抗体またはその抗原結合性フラグメントのいずれか1つが固相に固定されていてもよいし、複数種のAPP115kDaを特異的に認識する抗体またはその抗原結合性フラグメントが同じ固相または異なる固相に固定されていてもよい。
本発明の診断キットは、適宜キャリアを含有していてもよく、APP115kDaを特異的に認識する抗体またはその抗原結合性フラグメントは、例えば、水もしくは適当な緩衝液(例:TEバッファー、PBS等)中に適当な濃度となるように溶解された水溶液の態様、またはそれらの凍結乾燥品の態様で、本発明のキットに含まれ得る。
本発明のキットは、APP115kDaの存在の検出方法もしくはAPP115kDaの存在量の測定方法に応じて、当該方法の実施に必要な他の成分を構成成分としてさらに含んでいてもよい。前記検出方法または測定方法としては、前述の「2.本発明のアルツハイマー病の診断方法」に詳述した方法が挙げられる。例えば、ウエスタンブロッティング法で測定する場合には、本発明のキットは、ブロッティング緩衝液、標識化試薬、ブロッティング膜等、検出試薬、標準液 等をさらに含むことができる。ここで「標準液」としては、上記APP115kDaの精製標品を水もしくは適当な緩衝液(例:TEバッファー、PBS等)中に特定の濃度となるように溶解した水溶液が挙げられる。
APP115kDaの精製標品は、後述の「5.アミロイドβ前駆体タンパク質の新規アイソフォーム(APP115kDa)」に記載の方法により調製されるAPP115kDa精製標品を用いることができる。
また、サンドイッチELISAで測定する場合には、本発明のキットは、上記に加え固層化抗体測定プレート、洗浄液等をさらに含むことができる。ラテックス凝集法を含む凝集法で測定する場合には、抗体コーティングしたラテックス、ゼラチン等を含むことができる。化学蛍光法、化学蛍光電子法で測定する場合には、抗体結合磁性粒子、適当な緩衝液を含むことができる。LC/MS、LC-MS/MSまたはイムノクロマトグラフィー法を用いたAPP115kDaの検出には、抗体コーティングしたカラムまたはマイクロカラム、マクロチップを検出機器の一部として、含むことができる。さらに時間分解蛍光測定法またはそれに類似した蛍光測定法であれば、複数のラベル化した抗APP115kDa抗体と必要な他の成分を構成として含んでいてもよい。
また本発明の診断キットは、アルツハイマー病の診断に用いられている他の診断マーカーを検出するための成分を含んでもよい。そのような成分としては、例えば、Aβ、種々の炎症関連タンパク質(C反応性蛋白、IL-1β、TNF、IL-6およびTGFβ)等の公知のマーカーを検出するための抗体等の試薬が挙げられる。このような試薬は市販品、例えば株式会社医学生物学研究所(MBL)製のものを用いてもよいし、または文献に記載の試薬を用いてもよい。
診断キットにおいて、上記のアルツハイマー病の診断のための他の成分は、固相に固定されていてもよい。その場合、他の成分は別個に固定されていてもよいし、または本発明のAPP115kDaを特異的に認識する抗体またはその抗原結合性フラグメントと一緒に固相に固定されていてもよい。例えば、全ての成分が同一固相上に固定され、1回の反応操作によって試料中の種々のアルツハイマー病診断マーカーの存在を検出できることが好ましい。
本発明の診断キットの形態は、特に限定はされないが、1つの好ましい形態は、例えば、感度、特異性の点で優れている、サンドイッチELISAである。その他、当業者に周知のEnzyme Immuno Assay(EIA)、TIA(タービトメトリック イムノ アッセイ)、タービトメトリック法(ビーズ凝集法)等を適宜用いることができる。
5.アミロイドβ前駆体タンパク質の新規アイソフォーム(APP115kDa)
本発明は、アミロイドβ前駆体タンパク質の糖鎖非修飾の115 kDaアイソフォーム(APP115kDa)である、115kDaのポリペプチドを包含する。即ち、以下の特徴:
(1)アミロイドβ前駆体タンパク質のアイソフォームである、
(2)糖鎖非修飾の形態である、
(3)受託番号:NITE P-1368として独立行政法人製品評価技術基盤機構特許微生物寄託センターに寄託されたハイブリドーマから産生されるモノクローナル抗体により認識される、および
(4)アルツハイマー病の哺乳動物の血小板に存在する。
を有するアミロイドβ前駆体タンパク質の新規なアイソフォームを提供するものである。
ここで、「115kDaのポリペプチド」とは、SDS-PAGEによるみかけの分子量が105〜130kDa、好ましくは110〜125kDa、より好ましくは115kDaのポリペプチドを意味する。
「SDS-PAGEによるみかけの分子量」とは、ウェスタンブロッティングを行った場合に検出されるバンドの、分子量が既知のタンパク質(分子量マーカー)の移動度から算出される、分子量を意味する。通常、このみかけの分子量は、サンプルの処理条件、ウェスタンブロッティングの条件、使用する分子量マーカー等により若干の誤差を生じ得る。例えば、非特許文献5〜7で報告されている公知の2つのAPPアイソフォーム:APP110kDaおよびAPP130kDaのみかけの分子量は、本明細書参考例1においては、それぞれ約105kDaおよび約130kDaと計測された。
従って、本明細書において、「SDS-PAGEによるみかけの分子量が105〜130kDaである」とは、ウェスタンブロッティングにより検出されるバンドのサイズが、公知の2つの血小板において検出されるAPPアイソフォーム:APP110kDaおよびAPP130kDa(非特許文献5〜10)の間にある、即ち、APP115kDaの分子量は、APP110kDaよりも大きく、APP130kDaよりも小さいことを意味する。
「糖鎖非修飾の形態」とは、N-結合型糖鎖および/またはO-結合型糖鎖が付加されていないタンパク質の形態を意味している。タンパク質に糖鎖が付加されているか否かの確認は、糖鎖を分解する種々のグリコシダーゼもしくは糖鎖の末端に結合したシアル酸を分解するノイラミニダーゼ(シアリダーゼ)等の酵素により、これらの酵素が触媒活性を発揮し得る条件で、当該タンパク質を処理し、分子量が減少するか否かを確認すればよい。当該タンパク質の分子量が酵素処理前後で変化しない場合に、当該タンパク質は糖鎖が付加されていない「糖鎖非修飾の形態」であると判定することができる。使用する酵素としては、例えば、N-結合型糖鎖を加水分解するN-グリコシダーゼF(PNGaseF)、O-結合型糖鎖を加水分解するO-グリコシダーゼ、シアル酸を加水分解するノイラミニダーゼ、ガラクトース同士もしくはガラクトースと他の糖とのβ-1,4ガラクトシド結合を加水分解するβ-1’,4’ガラクトシダーゼ、N-結合型糖鎖中に存在するジアセチルキトビオース部分(GlcNAc-GlcNAc)を加水分解するβ-N-アセチルグルコサミニダーゼ、等が挙げられる。また、分子量の確認は、SDS−PAGEにより可能であるが、この方法に限定されず、各種クロマトグラフィーや質量分析等、分子量を測定できる方法であればよい。
また、本発明のAPP115kDaは、ヘパリン非結合性であることを特徴とする。ヘパリン結合性の確認は、実施例3に記載の方法で行うことができる。
前記「アルツハイマー病の哺乳動物」とは、アルツハイマー病を発症している動物だけでなく、未だアルツハイマー病を発症していると診断され得ないが、脳組織でのAβの蓄積が始まっており近い将来アルツハイマー病を発症する可能性が高い、発症前または早期段階のアルツハイマー病に相当する状態、具体的には、軽度認知障害と診断される状態または発症前段階のアルツハイマー病(preclinical AD)の状態等の動物も包含される。また、当該哺乳動物は、好ましくはヒトである。
本発明の「APP115kDa」は、APP115kDaを含有する動物由来血小板から、タンパク質化学において通常使用される精製方法、例えば、塩析法、ゲルろ過(分子ふるい)、限外濾過法、等電点沈殿法、電気泳動法、イオン交換クロマトグラフィー法、ゲル濾過クロマトグラフィー法、アフィニティークロマトグラフィー法等を適宜組み合わせることにより単離・精製することができる。イオン交換クロマトグラフィー法に用いる樹脂としては、例えば、DEAEセファロース(陰イオン交換樹脂)カラムを用いることができる。また、アフィニティークロマトグラフィー法に用いる抗体としては、APP115kDaを特異的に認識する抗体であれば特に限定はされないが、例えば、前記の「1.本発明の抗体」に詳述されているモノクローナル抗体、好ましくは、受託番号:NITE P-1368として独立行政法人製品評価技術基盤機構特許微生物寄託センターに寄託されたハイブリドーマにより産生され得るモノクローナル抗体を用いることができる。
6.アルツハイマー病の診断マーカー
本発明の「アミロイドβ前駆体タンパク質の糖鎖非修飾の115kDaアイソフォーム(APP115kDa)」は、アルツハイマー病の診断マーカー、または、アルツハイマー病予防または治療のための薬物投与等の処置のアルツハイマー病の予防または治療効果判定用マーカーとして有用である。
本発明の診断マーカーは、アルツハイマー病を発症しているか否かの診断だけでなく、アルツハイマー病予備軍の診断、即ち、まだ当該疾患を発症していると診断され得ないが、脳組織でのAβの蓄積が始まっており近い将来アルツハイマー病を発症する可能性が高いか否かの診断に利用することができる。
また、前記判定用マーカーを用いて、アルツハイマー病の予防または治療のための薬物投与等の処置を受けている被験者あるいはアルツハイマー病モデル動物における該処置のアルツハイマー病の効果を早期判定することができる。
以下に本発明の実施例を説明するが、本発明は、これらの実施例になんら限定されるものではない。
参考例1 血小板におけるAPP130/105kDa比
ストックホルムの地域の倫理委員会による認可(N: 2008/1539-31/3)の下に同意した、30人の軽度認知障害または軽度〜中等度のアルツハイマー病患者(以下、軽度認知障害またはアルツハイマー病群)および23人の認知機能が正常な、年齢を合わせたコントロール対照者(以下、コントロール群)を、スウェーデンのフッディンゲ大学病院のもの忘れ外来から募集した。診断には米国立神経疾患・脳卒中研究所とアルツハイマー病・関連障害協会(National Institute of Neurologic,Communicative Disorders and Stroke AD and Related Disorders Association;NINCDS-ADRDA)のクライテリアを用いた。本試験では、他の神経疾患、脳血管障害および外因性脳障害を除外クライテリアとした。認知症の重篤度は、全血を採取した日にミニメンタルステイト検査(Mini-Mental State Examination;MMSE)で測定された。軽度認知障害またはアルツハイマー病群とコントロール群の統計および認知機能データは表1にまとめた。
Figure 2014070037

2つの群間で、統計学的に有意な社会人工学的および遺伝学的な違いは認められなかった(表1)。コントロール群における平均の認知機能検査(MMSE)スコアは28.65、標準偏差(SD)は1.37であり、軽度認知障害またはアルツハイマー病群では25.4、SDは2.77であり、両群のスコアの間には統計的に有意な差が認められた。
抗APPモノクローナル抗体22c11(MAB348; Millipore, Temecula, CA, USA)を用い、血小板のAPPアイソフォームを指標とした既報(非特許文献5、6等)のデータの検証を行った。また、すべての化合物は、特記しない限り、Sigma, St Louis, MO, USAより購入した。
各患者から止血帯を用いて10mlの肘前窩静脈より血液サンプルを、EDTAカリウム塩(K2EDTA)を抗凝血剤として含むバキュテーナーチューブ(K2EDTA coated Vacutainer(登録商標)tubes、Becton Dickinson AB, Stockholm, Sweden)に採取した。血液サンプルはスイング型ローターを用い4℃において 200 x g で 15 分間遠心分離した。血小板を含む血漿画分は、新しい15 mlのチューブに注意深く移され、4℃において800 x gで10分間遠心分離した。血小板を含む沈殿物は0.5 ml の バッファー(10 mMヘペス-水酸化カリウム, pH 7.2, 0.23 Mマンニトール, 70 mMスクロース, 0.5 mM EDTA含有プロテアーゼ阻害剤カクテル(EDTA supplemented with Complete protease inhibitor cocktail、Roche Applied Science, Indianapolis, In. USA)で再懸濁した。懸濁液を50μLずつに分注し、使用まで-80℃で保存した。タンパク濃度は、ウエスタンブロッティングの前に、Lowry 法 (Bio-Rad DC Protein Assay)で決定した。
25 μgのタンパク質および分子量マーカー(Amersham、Full-Range Rainbow Molecular Weight Markers RPN800E)を、2倍濃度のSDSサンプル緩衝液と混ぜ5分間沸騰させた後、4-20 % or 7.5 % Tris-HCl Criterion(登録商標)プレキャストゲル(Bio-Rad, Hercules CA, USA)で電気泳動した後、ニトロセルロース膜(Whatman Ltd, Maidstone, UK)に転写し、抗体反応のステップに進んだ。抗体によりAPPアイソフォームを検出する前に、ニトロセルロース膜を脱脂乳でブロッキングした後、2000倍希釈した1次抗体(22c11 (MAB348、Millipore, Temecula, CA, USA))とインキュベーションした後、洗浄し、次いで2000倍希釈したHRP標識二次抗体(ヤギ抗マウスIgG抗体、GE Healthcare, Uppsala, Sweden)とインキュベーションし、十分な洗浄操作を経て、SuperSignal(登録商標)West Pico enhanced化学発光システム(ThermoScientific, Rockford Il, USA)を用いて検出した。ウエスタンブロッティングのシグナルは、デジタルイメージングカメラ(Bio-Rad, Hercules CA, USA)で取得しQuantityOneソフトウェアで解析、定量化した。
APPアイソフォーム比(APPr)は、検出された105kDaのバンドに対する130kDaのバンドの強度で計算した。すべての試験は3回繰り返して実施した。
結果を図1に示す。コントロール群および軽度認知障害またはアルツハイマー病群の血小板において、既に報告されている2つのAPPアイソフォームが22c11抗体により検出された。本参考例における測定では、これら2つのサイズは、それぞれ130kDaおよび105kDaであった(図1)が、105kDaのバンドおよび130kDaのバンドはそれぞれ、非特許文献5〜10に報告されている公知のアイソフォーム:APP110kDaおよびAPP130kDaに相当する。本明細書参考例および実施例の本文、表1、図2または図10等ではこれらの比を実測値に応じてAPP130/APP105kDaと表記している。
また、これら2つのAPPアイソフォームの比(表1におけるAPP130/105kDa)は、コントロール群(23例)では、平均値10.3で、軽度認知障害またはアルツハイマー病群(30例)では平均値5.9であり、コントロール群と比較して軽度認知障害またはアルツハイマー病群では有意に低かった (図2)。これらの結果は、アルツハイマー病患者においてAPP130kDaとAPP110kDaのAPPアイソフォーム比が減少しているとの非特許文献5〜7の報告と一致している。
実施例1 新規APP抗体の作成および血小板APP115kDaタンパク質の検出
モノクローナル抗体はProMab Biotechnologies Inc. Richmond, CA, USAで作製された。ヒトAPPのN末端から47-60番目のアミノ酸配列(配列番号3)のN末端にCys残基を導入した、化学的に合成されたペプチド(NH2-CVQNGKWDSDPSGTK-COOH:配列番号4) を、m-マレイミド- ベンゾイル-n- ハイドロキシサクチル(MBS)を架橋剤としてキーホール・リンペット・ヘモシアニン(KLH)とコンジュゲートし、これをマウスの免疫に用いた(図3)。このペプチド配列は、APP配列上で22c11抗体のエピトープ部位(ヒトAPPのN末端から66-81番目のアミノ酸配列)と距離が近いことから、得られる抗体は、22c11抗体が認識するAPPアイソフォームと類似した血小板APP アイソフォームを認識すると予想された。
Balb/cマウスへの免疫後、脾臓細胞を骨髄腫細胞SP2/0と融合し、モノクローナル抗体産生ハイブリドーマを調製した。ハイブリドーマ培養上清を用い、前記抗原ペプチドを認識するハイブリドーマクローンをELISAで選択し、2次培養を行った。10種のクローンについて、その培養上清を用い、血小板のAPPアイソフォームを認識する抗体を産生する能力を、血小板抽出物に対するウエスタンブロッティング法で評価した。その結果、100-150kDaの分子量の幅で、軽度認知障害またはアルツハイマー病患者由来の血小板のタンパク質に免疫反応性がある2つのタイプの抗体を産生するクローン(2G8E9 および4B4G6)が得られた(図4)。これら2種のクローンを増幅し、安定培養系を確立した。さらに、ハイブリドーマをマウスの腹腔内に接種し、腹水を採取した。プロテインGにより精製されたクローン 2G8E9と4B4G6により産生される抗体(以下それぞれ2G8E9抗体、4B4G6抗体と表す)を以降の実験に用いた。ウエスタンブロッティングに使用する際は、いずれの抗体も2000倍希釈で使用した。
ハイブリドーマクローン2G8E9により産生される抗体の血小板のAPPの認識パターンは、主に130kDaと105kDaの2種を認識し、クローン22c11抗体のパターンと非常に類似していた。これに対し、ハイブリドーマクローン4B4G6により産生される抗体は、115kDaのサイズの単一バンドを認識した(図4)。なお、検討した10クローンの内、4B4G6と同様の認識パターンを示す抗体を産生するハイブリドーマクローンは、4B4G6を含めて計4クローン取得され、2G8E9と同様の認識パターンを示す抗体を産生するクローンは、2G8E9を含めて計6クローン取得された。
この免疫反応性がAPPアイソフォームを認識する特性によるものか否かを確認するために、精製された可溶性α-APPアイソフォーム (S9564、Sigma, St Louis, MO, USA.)の免疫染色を実施した。その結果、2G8E9および4B4G6の両クローンとも、可溶性α-APP アイソフォーム認識した(図5)。この結果は、4B4G6抗体がヒトの血小板のAPPを認識すること示している。
4B4G6抗体の抗原特異性についてさらに検討した。哺乳動物においてAPPと類似性を有する2つのAPP様タンパク質(APLP1およびAPLP2)が存在するが、特に、APLP2は本発明のモノクローナル抗体を作成する際に使用した抗原ペプチド配列(配列番号3)と高い類似性を有する部分配列を有しており、APPに対するモノクローナル抗体である22c11はAPLP1とAPLP2の両方に交差反応性を示すことが報告されている。
そこで、APLP2を一過性に過剰発現したヒト胎児腎293T細胞株の細胞溶解液(H00000334-T01、Anova)を用い、4B4G6抗体のAPLP2に対する免疫反応性をウエスタンブロッティング法により検討した。一次抗体の反応は、本発明の4B4G6抗体は2000倍または1000倍希釈で、また、陽性コントロールとして用いたウサギ 抗APLP2抗体(Abnova;H00000334-D01P)は1000倍希釈で、対照コントロールとして用いた22c11抗体(Abnova;MAB348)は2000倍希釈で行った。
結果を図6に示す。レーン1は、1000倍希釈したウサギ抗APLP2抗体、レーン2は2000倍希釈した本発明の4B4G6抗体、レーン3は1000倍希釈した本発明の4B4G6抗体、レーン4は2000倍希釈した22c11抗体を用いた場合の結果を示す。図6に示すとおり、抗APLP2抗体および22c11抗体はAPLP2を認識したが、4B4G6抗体は、22c11抗体とは異なり、APLP2を認識しなかった。
この結果は、4B4G6抗体がヒトの血小板のAPP115kDaを特異的に認識する抗体であること示している。
実施例2 血小板中のAPP115 kDa量とアルツハイマー病の重篤度との相関
クローン4B4G6由来の抗体がコントロール群と軽度認知障害またはアルツハイマー病群の間のシグナルで測定可能な変化を検出するかどうかを調べた。
コントロール群と軽度認知障害またはアルツハイマー病群のサンプルの代表的なデータセットを図7および図8に示す。サンプルが等量にゲルにロードされたことは、クーマシー染色ばかりでなくβアクチンに対する抗体を用いたウエスタンブロッティング法により確かめられた。β-アクチンに対する抗体(A2066)はSigma, St Louis, MO, USAより購入し、ウエスタンブロッティングに使用する際は1000倍希釈して使用した。
クローン2G8E9抗体により検出されるAPP130/105kDa比はコントロール群と比較して軽度認知障害またはアルツハイマー病群で減少していた(図7)が、4B4G6抗体で認識されるAPPの115kDaアイソフォームのシグナルはコントロール群と比較して軽度認知障害またはアルツハイマー病群で増加していた(図8)。
そこで、コントロール群と軽度認知障害またはアルツハイマー病群の間の変動の程度を推定するため、参考例1に記載の30人の軽度認知障害または軽度〜中等度のアルツハイマー病患者および23人の認知機能が正常な、年齢を合わせたコントロール対照者について、APP115kDaの定量的解析を行った。定量的解析は、4B4G6抗体により認識される115kDaのバンドのシグナル強度を内部標準として用いたβ-アクチンのシグナルで標準化することにより実施した。
その結果、APP115kDa/βアクチン比がコントロール群(平均値:0.56)と比較して軽度認知障害またはアルツハイマー病群(平均値:1.09)で有意に増加していることを見出した(表1および図9)。
さらに、APP115kDa/βアクチン比とAPP130/105kDa比との間での相関解析を実施した。グループ間の被験者層と臨床パラメータの相関はスチューデントのt検定で検定した。コントロール群と軽度認知障害またはアルツハイマー病群におけるAPP130/105kDa比の値とAPP115kDa/β-アクチン比の値の相関を表す図の作成は、GraphPad Prism 4 programを用いて行った。個々のグループのピアソンの相関係数は、Statistica 9 softwareを用いて取得した。
その結果、2つのスコアの間で有意な相関が認められることを見出した(図10)。このデータは、いずれの変数も、アルツハイマー病の病理によって影響を受けている血小板における一般的なAPP代謝を反映していることを示している。
さらに、APP115kDa/βアクチン比と認知機能障害の程度を測定するミニメンタルステイト検査(MMSE)スコアの間での相関解析も実施した。その結果、APP115kDa/βアクチン比は、認知機能検査(MMSE)スコアの低下、即ち、アルツハイマー病の病態の重篤度(認知機能障害の進行度)と有意な正の相関を示した(図11)。
このことは、APP115kDaの増加の程度は病態の悪化(進行)に伴って増加することを示しており、APP115kDaは、アルツハイマー病を発症しているか否かの判定だけでなく、アルツハイマー病予備軍、即ち、まだ当該疾患を発症していると診断され得ないが、脳組織でのAβの蓄積が始まっており近い将来アルツハイマー病を発症する可能性が高いか否かをも判定することができる診断マーカーとなり得る。
実施例3 血小板APP115kDaの分子特性
2G8E9抗体および4B4G6抗体が交差反応性を示さずヒトの血小板の異なるAPPアイソフォームを認識するという興味深い観察結果が得られたため、当該血小板APPアイソフォームの分子特性をさらに詳しく検討した。
APPはその成熟過程で糖鎖修飾を受けることが知られており、22c11抗体で検出される血小板の130kDaのAPPアイソフォームは糖鎖が付加された成熟型のAPPアイソフォームであることが報告されている。そこで、血小板抽出物をノイラミニダーゼとN型およびO型糖鎖を切断するグリコシダーゼで処理することにより、血小板で検出されたAPPアイソフォームの糖鎖付加状態を調べた。タンパク質の脱グリコシル化は、EDEGLY(登録商標)enzymatic deglycosylation kit (Sigma)を用い、製造業者のプロトコールに従って実施した。
その結果、血小板抽出物をノイラミニダーゼとN型およびO型糖鎖を切断するグリコシダーゼで処理することにより、130kDaのAPPアイソフォームのゲルにおける移動度は予想通り増加した。これに対し、115kDaのアイソフォームの移動度は変化しなかった(図12)。この結果は、4B4G6抗体が認識するヒトの血小板で検出される115kDaのAPPアイソフォームは、糖鎖非修飾型であることを示している。
さらに、Potempska A等, J Biol Chem. (1991) 266:8464-8469に記載される方法に準じて、陰イオン交換クロマトグラフィーおよびヘパリンセファロースアフィニティカラム精製を用いることにより血小板のAPPの部分的精製を行った。
その結果、クローン2G8E9抗体により検出される130kDaと105kDaの血小板のAPPは、DEAEセファロース(陰イオン交換樹脂)カラムおよびヘパリンセファロースカラムの両方に結合した(図13)。これに対し、4B4G6抗体で認識される115kDaのAPPアイソフォームは、DEAEセファロース(陰イオン交換樹脂)カラムには結合したが、ヘパリンセファロースには結合しなかった(図14)。
この結果は、ヒトの血小板で検出される115kDaのAPPアイソフォームは、ヘパリン非結合型であることを示している。
また、ヒト血小板に存在するAPPアイソフォームとして115kDa近辺のものは報告されておらず、本願発明の115kDaのAPPアイソフォームはヒト血小板APPアイソフォームとしては新規である。
本発明の哺乳動物の血小板に存在するアミロイドβ前駆体タンパク質の糖鎖非修飾の形態からなる115kDaアイソフォーム(APP115kDa)を特異的に認識する抗体およびこれを用いる診断方法は、発症前段階を含むアルツハイマー病への罹患を診断することのできるアルツハイマー病診断薬および診断方法として有用である。
配列番号3:APPの部分配列
配列番号4:合成ペプチド

Claims (26)

  1. 下記の特徴を有する抗体またはその抗原結合性フラグメント:
    (1)配列番号3で表されるアミノ酸配列からなるアミロイドβ前駆体タンパク質の部分ペプチドに結合する、および
    (2)哺乳動物の血小板に存在するアミロイドβ前駆体タンパク質の糖鎖非修飾の形態からなる115kDaアイソフォーム(APP115kDa)を特異的に認識する。
  2. さらに、下記(3)の特徴を有する請求項1に記載の抗体またはその抗原結合性フラグメント:
    (3)アミロイドβ前駆体タンパク質のN末端領域(第66番目〜第81番目のアミノ酸配列)を抗原とするモノクローナル抗体:22c11により認識されるアミロイドβ前駆体タンパク質の約130kDaのアイソフォーム(APP130 kDa)および前記アミロイドβ前駆体タンパク質の約110kDaのアイソフォーム(APP110kDa)を認識しない。
  3. さらに下記(4)の特徴を有する請求項1または2に記載の抗体またはその抗原結合性フラグメント:
    (4)APLP2を認識しない。
  4. 抗体がモノクローナル抗体である、請求項1〜3のいずれか1項に記載の抗体またはその抗原結合性フラグメント。
  5. 配列番号3で表されるアミノ酸配列からなるペプチドで免疫された抗体産生細胞とミエローマ細胞とを融合させることにより得られるハイブリドーマから産生され得る、請求項4に記載の抗体またはその抗原結合性フラグメント。
  6. 受託番号:NITE P-1368として独立行政法人製品評価技術基盤機構特許微生物寄託センターに寄託されたハイブリドーマから産生されるモノクローナル抗体と同じAPP115kDaのエピトープと反応する、請求項4に記載の抗体またはその抗原結合性フラグメント。
  7. 受託番号:NITE P-1368として独立行政法人製品評価技術基盤機構特許微生物寄託センターに寄託されたハイブリドーマから産生され得るモノクローナル抗体またはその抗原結合性フラグメント。
  8. 被験動物より採取した試料中のAPP115kDaを検出またはその存在量を測定し、APP115kDaが基準値以上存在するか否かを指標として、アルツハイマー病への罹患またはアルツハイマー病の進行度を判定することを含む、アルツハイマー病の診断方法。
  9. 以下の工程を含む、請求項8に記載の方法:
    (1)被験動物より採取した試料中のAPP115kDaの存在量を決定する工程、
    (2)(1)において得られるAPP115kDaの存在量をコントロール試料中の該存在量と比較する工程、および
    (3)(2)におけるAPP115kDaの存在量がコントロール試料中の該存在量よりも多い場合にアルツハイマー病に罹患している、またはアルツハイマー病の進行度がコントロールの進行度よりも高いと判定する工程。
  10. 以下の工程を含む、アルツハイマー病の予防または治療のための処置を受けている被験動物における予防または治療効果の評価方法:
    (1)被験動物より採取した試料中のAPP115kDaの存在量を決定する工程、
    (2)(1)において得られるAPP115kDaの存在量をコントロール試料中の該存在量と比較する工程、および
    (3)(2)におけるAPP115kDaの存在量が処置前に該被験動物より採取したコントロール試料中の該存在量よりも少ない場合に、前記処置が有効であると判定する工程。
  11. APP115kDaの存在量が、標準タンパク質の存在量との比で表される、請求項8〜10のいずれかに記載の方法。
  12. 標準タンパク質がβアクチンである、請求項11に記載の方法。
  13. APP115kDaの存在量を決定する工程が、被験動物より採取した試料またはその一部と、請求項1〜7のいずれか1項に記載の抗体またはその抗原結合性フラグメントとを接触させる工程を含む、請求項8〜12のいずれか1項に記載の方法。
  14. 被験動物がヒトである、請求項8〜13のいずれか1項に記載の方法。
  15. 試料が血漿、脳脊髄液または尿である、請求項8〜14のいずれか1項に記載の方法。
  16. 試料が血漿である、請求項15に記載の方法。
  17. 試料が血小板である、請求項8〜14に記載の方法。
  18. APP115kDaが、請求項1〜7のいずれか1項に記載の抗体またはその抗原結合性フラグメントにより認識されるタンパク質である、請求項8〜17のいずれか1項に記載の方法。
  19. APP115kDaが、受託番号:NITE P-1368として独立行政法人製品評価技術基盤機構特許微生物寄託センターに寄託されたハイブリドーマから産生されるモノクローナル抗体により認識されるタンパク質である、請求項8〜17のいずれか1項に記載の方法。
  20. 他の1以上のアルツハイマー病の罹患または進行度に応じて検出され得る物質を検出することを更に含む請求項8〜19のいずれか1項に記載の方法。
  21. 請求項1〜7のいずれか1項に記載の抗体、またはその抗原結合性フラグメントを含む、アルツハイマー病の診断薬。
  22. 請求項1〜7のいずれか1項に記載の抗体、またはその抗原結合性フラグメントを含む、アルツハイマー病の罹患の有無または進行度の診断、および/またはアルツハイマー病予防または治療のための処置の有効性を評価するためのキット。
  23. 受託番号:NITE P-1368として独立行政法人製品評価技術基盤機構特許微生物寄託センターに寄託されたハイブリドーマ。
  24. 以下の特徴を有する、115kDaのポリペプチド:
    (1)アミロイドβ前駆体タンパク質のアイソフォームである、
    (2)糖鎖非修飾の形態である、
    (3)受託番号:NITE P-1368として独立行政法人製品評価技術基盤機構特許微生物寄託センターに寄託されたハイブリドーマから産生されるモノクローナル抗体により認識される、および
    (4)アルツハイマー病の哺乳動物の血小板に存在する。
  25. 哺乳動物がヒトである、請求項24に記載のポリペプチド。
  26. 請求項24または25に記載のポリペプチドからなるアルツハイマー病の診断マーカー。
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* Cited by examiner, † Cited by third party
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CN114966048A (zh) * 2022-05-12 2022-08-30 东南大学 血小板AβPP比值在阿尔茨海默病筛查中的应用

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