以下に、添付図面を参照して、本発明にかかるアーク溶接制御装置およびアーク溶接制御方法の好適な実施の形態について詳細に説明する。なお、本実施の形態により、本発明が限定されるものではない。
(実施の形態)
図1は、本発明の実施の形態にかかるアーク溶接制御装置の一構成例を示すブロック図である。なお、図1には、本実施の形態にかかるアーク溶接制御装置11が適用されるアーク溶接装置100の概略構成も図示されている。以下では、図1を参照しつつ、まず、アーク溶接装置100の概略構成を説明し、つぎに、アーク溶接制御装置11の構成を説明する。
アーク溶接装置100は、サブマージアーク溶接、被覆アーク溶接または炭酸ガスアーク溶接等のアーク溶接を行う装置であり、図1に示すように、溶接ワイヤ101と、送給ローラ102と、モータ103と、溶接電源104と、電極105とを備える。
溶接ワイヤ101は、溶接対象の母材110に対するアーク溶接に用いる金属ワイヤである。送給ローラ102は、母材110の被溶接部分に向けて溶接ワイヤ101を送給するためのものであり、モータ103の作用によって動作する。モータ103は、アーク溶接制御装置11の制御に基づき駆動して、母材110へ溶接ワイヤ101を送給するように送給ローラ102を回転駆動させる。
溶接電源104は、母材110のアーク溶接に必要な電力を出力する電源であり、垂下特性、定電流特性、または、これに近似する出力特性を有する。溶接電源104は、溶接ワイヤ101側の電極105および母材110と電気的に接続され、電極105を介して溶接ワイヤ101に溶接電流を流す。これによって、溶接電源104は、電極105と母材110との間にアークを発生させ、このアークの熱によって溶接ワイヤ101を溶融する。この結果、母材110がアーク溶接される。なお、母材110は、鋼板または鋼管(UOE鋼管、スパイラル鋼管等)等の鉄鋼材である。
アーク溶接制御装置11は、図1に示すように、アーク溶接条件等の情報を入力する入力部1と、ワイヤ溶融速度等のアーク溶接に関する情報を算出する溶接演算部2と、アーク溶接装置100に対するワイヤ送給制御を行うワイヤ送給制御部3とを備える。また、アーク溶接制御装置11は、アーク溶接における溶接電圧を検出する電圧検出部4と、ワイヤ送給制御に用いるフィードバック係数を算出するフィードバック係数算出部5とを備える。さらに、アーク溶接制御装置11は、溶接電圧の変動量の評価関数を算出する評価関数演算部6と、摂動信号を発振する発振器7と、フィードバック係数の基準値を算出する基準値算出部8と、フィードバック係数の補正値を算出する補正演算部9と、フィードバック係数の補正処理を制御する補正制御部10とを備える。
入力部1は、アーク溶接の電力調整盤または入力デバイス等を用いて実現される。入力部1は、操作者の入力操作に対応して、溶接演算部2、フィードバック係数算出部5、および基準値算出部8にアーク溶接条件等の情報を入力する。例えば、入力部1は、溶接演算部2および基準値算出部8に対し、アーク溶接における溶接電流の設定値(以下、溶接電流設定値Irという)と溶接電圧の設定値(以下、溶接電圧設定値Vrという)とを入力する。また、入力部1は、フィードバック係数算出部5に対し、溶接電圧設定値Vrを入力する。
溶接演算部2は、PLC(Programmable Logic Controller)等を用いて実現され、アーク溶接に関する情報を算出する。具体的には、溶接演算部2は、入力部1によって入力された溶接電流設定値Ir、溶接電圧設定値Vr、および溶接ワイヤ101に関する条件(ワイヤ径、ワイヤ密度等)を用いて、溶接ワイヤ101の設定溶融速度(以下、ワイヤ溶融速度vmという)を算出する。ついで、溶接演算部2は、このワイヤ溶融速度vmに対応する溶接ワイヤ101の設定送給速度(以下、ワイヤ送給速度vwという)とアーク溶接の溶接電圧との相関を算出する。ここで、ワイヤ溶融速度vmは、溶接電圧の増減に伴って変化する傾斜特性(例えば比例特性)を有する。溶接演算部2は、溶接電圧の変化に対するワイヤ溶融速度vmの変化の勾配を算出する。また、溶接演算部2は、アーク溶接の溶接電圧が溶接電圧設定値Vrに等しい場合においてワイヤ溶融速度vmとワイヤ送給速度vwとが均衡するように、この傾斜特性の切片を算出する。溶接演算部2は、このように算出した勾配および切片を用い、アーク溶接のワイヤ送給速度vwと溶接電圧との傾斜特性を示す関数(以下、傾斜特性関数という)を導出する。その後、溶接演算部2は、得られた傾斜特性関数の情報をワイヤ送給制御部3に送信する。
ワイヤ送給制御部3は、アーク溶接装置100が母材110をアーク溶接する際の溶接ワイヤ101の送給動作を制御する。具体的には、ワイヤ送給制御部3は、溶接演算部2からワイヤ送給速度vwと溶接電圧との傾斜特性関数を取得し、この傾斜特性関数をもとに、ワイヤ送給速度vwと溶接電圧との相関を初期設定する。また、ワイヤ送給制御部3は、電圧検出部4から取得した溶接電圧の検出値とフィードバック係数算出部5から取得したフィードバック係数とを用いて、ワイヤ溶融速度vmとワイヤ送給速度vwとを均衡させるフィードバック制御を行う。このフィードバック制御において、ワイヤ送給制御部3は、設定した傾斜特性関数に対し、電圧検出部4からフィードバックされた溶接電圧と、フィードバック係数算出部5からのフィードバック係数とを導入する。これによって、ワイヤ送給制御部3は、アーク溶接装置100に指示すべきワイヤ送給速度vwを算出する。ワイヤ送給制御部3は、このように算出したワイヤ送給速度vwに基づいてモータ103を駆動制御し、このモータ103の駆動制御を通して、ワイヤ送給速度vwに従った溶接ワイヤ101の送給を行うように送給ローラ102を制御する。この結果、ワイヤ送給制御部3は、母材110に対するアーク溶接のアーク長Laを定常状態に収束させる。
電圧検出部4は、アーク溶接において母材110と溶接ワイヤ101との間に印加される溶接電圧を検出する。具体的には、電圧検出部4は、絶縁アンプ等を用いて実現され、アーク溶接装置100の電極105と溶接対象の母材110とに対して電気的に接続される。電圧検出部4は、この母材110に対するアーク溶接の溶接電圧として、電極105と母材110との間の電圧を所定の時間毎に順次検出する。電圧検出部4は、このように検出した溶接電圧(以下、溶接電圧検出値Vaという)の情報を時系列順に順次、ワイヤ送給制御部3とフィードバック係数算出部5と評価関数演算部6とに送信する。なお、電圧検出部4は、アーク溶接装置100の溶接電源104が交流電源である場合、整流回路を備える。
フィードバック係数算出部5は、上述したワイヤ送給制御部3によるフィードバック制御に用いるフィードバック係数を導出する。具体的には、フィードバック係数算出部5は、電圧検出部4から溶接電圧検出値Vaを取得し、取得した溶接電圧検出値Vaをもとに、上述したワイヤ送給制御部3によるフィードバック制御のフィードバック係数K[mpm/V]を算出する。このフィードバック係数Kは、溶接電圧検出値Vaと溶接電圧設定値Vrとの偏差量の一単位(例えば1[V])当たりに変化するワイヤ送給速度vw[mpm]の変化量である。なお、溶接電圧設定値Vrの情報は、上述したように、入力部1によってフィードバック係数算出部5に入力される。一方、フィードバック係数算出部5は、補正演算部9から補正値を取得し、この取得した補正値をもとに、上述したフィードバック係数Kの算出値と基準値(後述する係数基準値Ks)との誤差を補正する演算処理を行う。これによって、フィードバック係数算出部5は、誤差補正済みのフィードバック係数Kc[mpm/V]を算出する。その都度、フィードバック係数算出部5は、補正後のフィードバック係数Kcの情報をワイヤ送給制御部3へ送信して、ワイヤ送給制御部3によるフィードバック制御にフィードバック係数Kcを供する。
評価関数演算部6は、アーク溶接装置100における溶接電圧の変動量の評価関数を算出する。具体的には、評価関数演算部6は、FFT(Fast Fourier Transform)回路および積分回路等を用いて実現される。評価関数演算部6は、電圧検出部4による溶接電圧検出値Vaをもとに各種演算処理を行って、アーク溶接装置100の溶接電圧の変動量を評価する評価関数を算出する。すなわち、評価関数演算部6は、溶接電圧検出値Vaの時系列データを電圧検出部4から取得し、この時系列データに対して高速フーリエ変換処理を行う。これによって、評価関数演算部6は、溶接電圧検出値Vaの周波数特性を得る。なお、溶接電圧検出値Vaの周波数特性は、例えば、電圧検出部4によって検出された溶接電圧検出値Vaを示す溶接電圧信号の各周波数成分の振幅(例えば電圧変動振幅)等である。評価関数演算部6は、上述した溶接電圧検出値Vaの周波数特性をもとに積分処理等の演算処理を行って、溶接電圧の変動に基づく総変動エネルギー値E[Vrms2]を算出する。ここで、総変動エネルギー値Eは、母材110に対するアーク溶接時における溶接電圧の変動の大きさを示す物理量であり、上述したように溶接電圧検出値Vaをもとに算出されるフィードバック係数Kに対して所定の相関関係を有する。評価関数演算部6は、このような総変動エネルギー値Eとフィードバック係数Kとの相関を示す評価関数E(K)を、アーク溶接装置100の溶接電圧の変動量を評価する関数として算出する。評価関数演算部6は、算出した評価関数E(K)の情報を補正演算部9に送信する。
発振器7は、所定の振幅および周期を有する微小な摂動信号Asinωtを発振する。発振器7は、基準値算出部8および補正演算部9に対し、発振した摂動信号Asinωtを送信する。この場合、発振器7は、基準値算出部8および補正演算部9の各演算処理の必要に応じて摂動信号Asinωtを送信してもよいし、演算処理のタイミングに関わらず常時、摂動信号Asinωtを送信してもよい。
基準値算出部8は、上述したワイヤ溶融速度vmとワイヤ送給速度vwとを均衡させるフィードバック制御のフィードバック係数Kの基準値(以下、係数基準値Ksという)を算出する。具体的には、基準値算出部8は、FFT回路および加算回路等を用いて実現される。基準値算出部8は、入力部1によって入力された溶接電圧設定値Vrの周波数特性をもとに積分処理等を行って、総変動エネルギー値Eの基準値(以下、エネルギー基準値Esという)を算出する。ここで、エネルギー基準値Es[Vrms2]は、評価関数演算部6による評価関数E(K)の極小値であって係数基準値Ksに対応する。基準値算出部8は、このように評価関数E(K)においてエネルギー基準値Esと相関する係数基準値Ksの候補値に対し、発振器7から取得した摂動信号Asinωtを付与して、エネルギー基準値Esの変動量を算出する。基準値算出部8は、算出した変動量が最小となる候補値を係数基準値Ksとして算出する。基準値算出部8は、算出した係数基準値Ksの情報を補正演算部9に送信する。
補正演算部9は、上述したフィードバック係数Kの誤差を補正するための補正値を算出する。具体的には、補正演算部9は、掛算回路、平均回路および積分回路等の各種演算回路を用いて実現される。補正演算部9は、溶接電圧の変動量を評価する評価関数E(K)を評価関数演算部6から取得し、所定の摂動信号Asinωtを発振器7から取得する。補正演算部9は、評価関数E(K)に摂動信号Asinωtを与えて、溶接電圧の変動量に応じたフィードバック係数Kの値(以下、係数値Kfという)を算出する。詳細には、補正演算部9は、評価関数E(K)において総変動エネルギー値Eに相関するフィードバック係数Kの相関値での評価関数E(K)の勾配を算出し、得られた勾配を積分して係数値Kfを得る。なお、この係数値Kfは、上述したフィードバック係数算出部5による補正前のフィードバック係数Kの算出値に相当する。一方、補正演算部9は、上述したように評価関数E(K)の極小値に対応する係数基準値Ksを基準値算出部8から取得する。補正演算部9は、この係数基準値Ksから係数値Kfを減算して、係数基準値Ksと係数値Kfとの誤差を補正するための補正値△Kを算出する。
補正制御部10は、時系列順に沿って各種電気信号を入出力するようにフィードバック係数算出部5を制御するとともに、補正演算部9によって算出された補正値△Kを用いてフィードバック係数Kの算出値を補正するようにフィードバック係数算出部5を制御する。また、補正制御部10は、フィードバック係数算出部5によるフィードバック係数Kの補正演算処理の速度を制御する。具体的には、補正制御部10は、上述した係数値Kfに対応する評価関数E(K)の勾配を補正演算部9から取得し、この取得した勾配をもとに、係数値Kfの変化速度を設定する。補正制御部10は、設定した変化速度に従ってフィードバック係数Kの算出値が係数基準値Ksへ変化するように、フィードバック係数算出部5を制御する。
つぎに、本発明の実施の形態にかかるアーク溶接制御方法について説明する。図2は、本発明の実施の形態にかかるアーク溶接制御方法の一例を示すフローチャートである。本実施の形態にかかるアーク溶接制御方法では、図1に示したアーク溶接制御装置11により、溶接電圧変動を加味してアーク溶接装置100のワイヤ送給速度vwがフィードバック制御され、これによって、アーク溶接装置100のアーク長Laが定常状態に収束するように制御される。
具体的には、ワイヤ送給速度vwのフィードバック制御において、アーク溶接制御装置11は、図2に示すように、まず、アーク溶接装置100の溶接電圧を検出する(ステップS101)。ステップS101において、電圧検出部4は、溶接対象の母材110と溶接ワイヤ101との間に印加される溶接電圧を検出する。この場合、電圧検出部4は、所定の時間毎に溶接電圧を順次検出し、これによって、溶接電圧検出値Vaの時系列データを得る。得られた溶接電圧検出値Vaの時系列データは、ワイヤ送給制御部3、フィードバック係数算出部5、および評価関数演算部6に対して時系列順に順次送信される。
つぎに、アーク溶接制御装置11は、アーク溶接装置100に指示するワイヤ送給速度vwのフィードバック制御のフィードバック係数Kを算出する(ステップS102)。ステップS102において、フィードバック係数算出部5は、ステップS101によって検出された溶接電圧検出値Vaと、入力部1によって入力された溶接電圧設定値Vrとの偏差量を算出する。ついで、フィードバック係数算出部5は、算出した溶接電圧偏差量の一単位当たりのワイヤ送給速度vw[mpm]の変化量を、ワイヤ送給制御部3によるフィードバック制御のフィードバック係数K[mpm/V]として算出する。なお、ステップS102におけるフィードバック係数Kは、補正前の値であり、ワイヤ送給速度vwのフィードバック制御に供されずに、フィードバック係数算出部5に保存される。
続いて、アーク溶接制御装置11は、上述した溶接電圧検出値Vaをもとに、アーク溶接装置100における溶接電圧の変動量を評価する評価関数E(K)を算出する(ステップS103)。ステップS103において、評価関数演算部6は、電圧検出部4から取得した溶接電圧検出値Vaの時系列データに対して高速フーリエ変換処理を行い、これによって、溶接電圧検出値Vaの周波数特性を得る。ついで、評価関数演算部6は、得られた溶接電圧検出値Vaの周波数特性をもとに、溶接電圧の変動に基づく総変動エネルギー値E[Vrms2]を算出する。詳細には、評価関数演算部6は、溶接電圧検出値Vaの周波数特性の2乗値を全周波数帯域に亘って積分し、この積分算出値を総変動エネルギー値Eとして得る。その後、評価関数演算部6は、アーク溶接装置100の溶接電圧の変動量を評価する関数として、この総変動エネルギー値Eとフィードバック係数Kとの相関を示す評価関数E(K)を算出する。このようにして算出された評価関数E(K)は、補正演算部9へ送信される。
つぎに、アーク溶接制御装置11は、ステップS103において算出した溶接電圧変動の評価関数E(K)の基準値を算出する(ステップS104)。ステップS104において、基準値算出部8は、評価関数E(K)の基準値として、ワイヤ溶融速度vmとワイヤ送給速度vwとを均衡させるフィードバック制御の係数基準値Ksを算出する。
詳細には、まず、基準値算出部8は、入力部1によって入力された時間領域の溶接電圧設定値Vrに対して高速フーリエ変換処理を行い、これによって、溶接電圧設定値Vrの周波数特性(例えば電圧変動振幅等)を得る。ついで、基準値算出部8は、この溶接電圧設定値Vrの周波数特性の2乗値を全周波数帯域に亘って積分し、この積分算出値を、溶接電圧変動のエネルギー基準値Esとして得る。続いて、基準値算出部8は、評価関数E(K)においてエネルギー基準値Esと相関する係数基準値Ksの候補値を複数設定し、これらの各候補値に対し、発振器7から取得した摂動信号Asinωtを付与して、エネルギー基準値Esの変動信号Sを算出する。なお、この変動信号Sは、エネルギー基準値Esの変動の大きさを振幅の大きさによって示す。その後、基準値算出部8は、係数基準値Ksの候補値毎に変動信号Sの振幅を算出し、これら複数の候補値の中から、変動信号Sの振幅が最小となる候補値を係数基準値Ksとして得る。このように算出された係数基準値Ksは、評価関数E(K)の極小値に対応しており、補正演算部9に送信される。
ついで、アーク溶接制御装置11は、溶接電圧変動を加味したフィードバック係数Kの補正値△Kを算出する(ステップS105)。ステップS105において、補正演算部9は、ステップS103によって算出された評価関数E(K)に、発振器7から取得した摂動信号Asinωtを与えて、溶接電圧の変動量に応じた係数値Kfを算出する。ついで、補正演算部9は、ステップS104によって算出された係数基準値Ksから係数値Kfを減算し、これによって、係数基準値Ksと係数値Kfとの誤差を補正するための補正値△Kを算出する。
詳細には、まず、補正演算部9は、評価関数E(K)において溶接電圧検出値Vaに対応する係数値Kf(未知数)に摂動信号Asinωtを重畳して、評価関数E(K)に摂動信号Asinωtを与える。これによって、補正演算部9は、次式(1)に示すように、評価関数E(K)を一次近似式に変換する。
ここで、式(1)の一次近似式の右辺は、係数値Kfにおける評価関数E(K)の変動信号Sを表す。すなわち、補正演算部9は、上述したように評価関数E(K)に摂動信号Asinωtを与えることによって、総変動エネルギー値Eの変動信号Sを算出する。なお、この変動信号Sは、総変動エネルギー値Eの変動の大きさを振幅の大きさによって示す。
続いて、補正演算部9は、式(1)に示される評価関数E(K)の一次近似式と摂動信号Asinωtとの積を算出し、次式(2)に示すように、この算出した積をその1周期または周期の整数倍にわたって平均する。これによって、補正演算部9は、係数値Kfにおける評価関数E(K)の勾配(∂E/∂K)Kfの定数倍(例えば整数倍)を算出する。なお、この勾配(∂E/∂K)Kfは、溶接電圧検出値Vaをもとに算出された総変動エネルギー値E(算出値)に相関するフィードバック係数Kの相関値における評価関数E(K)の勾配である。補正演算部9は、このように算出した勾配(∂E/∂K)Kfを積分し、これによって、係数値Kfを算出する。
その後、補正演算部9は、評価関数E(K)の極小値に対応する係数基準値Ksから、上述したように算出した係数値Kfを減算する。これによって、補正演算部9は、係数基準値Ksと係数値Kfとの誤差を補正可能な補正値△Kを算出する。なお、補正演算部9は、この係数基準値Ksを基準値算出部8から取得する。このように算出された補正値△Kは、フィードバック係数算出部5へ送信される。
上述したステップS105を実行後、アーク溶接制御装置11は、ステップS105において算出した補正値△Kを用いてフィードバック係数Kの補正処理を行う(ステップS106)。ステップS106において、補正制御部10は、上述した式(2)に基づき算出された勾配(∂E/∂K)Kfを補正演算部9から取得する。ついで、補正制御部10は、次式(3)に示すように、この取得した勾配(∂E/∂K)Kfに定数Bを乗じ、これによって、係数値Kfの変化速度(∂Kf/∂t)を算出する。
なお、変化速度(∂Kf/∂t)は、式(3)に示すように、勾配(∂E/∂K)Kfに対して反比例の関係にある。また、定数Bは、この変化速度(∂Kf/∂t)と勾配(∂E/∂K)Kfとの反比例関係における反比例係数である。
補正制御部10は、フィードバック係数算出部5によるフィードバック係数Kの補正演算処理の速度として、式(3)に基づく変化速度(∂Kf/∂t)を設定する。補正制御部10は、上述したように勾配(∂E/∂K)Kfをもとに設定した変化速度(∂Kf/∂t)に従ってフィードバック係数Kの算出値が係数基準値Ksへ変化するように、フィードバック係数算出部5を制御する。
一方、同じステップS106において、フィードバック係数算出部5は、ステップS105によって算出された補正値△Kを補正演算部9から取得する。ついで、フィードバック係数算出部5は、ステップS102において溶接電圧検出値Vaをもとに算出したフィードバック係数Kの算出値と係数基準値Ksとの誤差を、この補正値△Kをもとに補正する。この場合、フィードバック係数算出部5は、補正制御部10による制御に基づいて、この誤差を補正する演算処理を行う。
すなわち、フィードバック係数算出部5は、式(3)に示したように勾配(∂E/∂K)Kfに相関する変化速度(∂Kf/∂t)に従って、フィードバック係数Kの算出値を補正値△K分、係数基準値Ksへ近づける。具体的には、勾配(∂E/∂K)Kfが負である場合、フィードバック係数算出部5は、フィードバック係数Kの算出値を補正値△K分、正の方向に変化(増加)させる。勾配(∂E/∂K)Kfが正である場合、フィードバック係数算出部5は、フィードバック係数Kの算出値を補正値△K分、負の方向に変化(減少)させる。また、フィードバック係数算出部5は、勾配(∂E/∂K)Kfの絶対値の増大に伴い、フィードバック係数Kの算出値を係数基準値Ksへ速く変化させ、勾配(∂E/∂K)Kfの絶対値の減少に伴い、フィードバック係数Kの算出値を係数基準値Ksへ遅く変化させる。勾配(∂E/∂K)Kfが零である場合、フィードバック係数算出部5は、フィードバック係数Kの算出値の変化を止める。このような算出値の変化の結果、フィードバック係数算出部5は、誤差補正済みのフィードバック係数Kc[mpm/V]を算出する。なお、フィードバック係数Kcは、係数基準値Ksに近似または一致している。
上述したステップS106を実行後、アーク溶接制御装置11は、補正後のフィードバック係数Kcを用いてワイヤ送給速度vwをフィードバック制御する(ステップS107)。ステップS107において、フィードバック係数算出部5は、ワイヤ溶融速度vmとワイヤ送給速度vwとを均衡させるフィードバック制御に、補正後のフィードバック係数Kcを供する。すなわち、フィードバック係数算出部5は、ステップS106において算出した誤差補正済みのフィードバック係数Kcの情報をワイヤ送給制御部3へ送信する。ワイヤ送給制御部3は、電圧検出部4から取得した溶接電圧検出値Vaとフィードバック係数算出部5から取得したフィードバック係数Kcとを用いて、ワイヤ送給速度vwのフィードバック制御を行う。
その後、アーク溶接制御装置11は、上述したステップS101に戻り、このステップS101以降の処理手順を繰り返す。アーク溶接制御装置11は、このようにステップS101〜S107を適宜繰り返すことによって、溶接電圧検出値Vaに基づくフィードバック係数Kを、溶接電圧の変動を加味したフィードバック係数Kcに自動補正する。アーク溶接制御装置11は、常にフィードバック係数Kcを用いてワイヤ送給速度vwをフィードバック制御し、これによって、ワイヤ溶融速度vmとワイヤ送給速度vwとの均衡をとる。この結果、溶接ワイヤ101の直径、密度、材質、溶接電流および溶接電圧等の溶接条件の変化やアーク溶接装置100の設備的変動によらず常に、アーク長La(図1参照)が定常状態に収束することから、溶接電圧の変動が容易に抑制される。
つぎに、本実施の形態にかかるアーク溶接制御方法におけるフィードバック係数Kの補正処理を具体的に説明する。図3は、本実施の形態における溶接電圧変動の評価関数の一例を示す図である。なお、図3には、この評価関数E(K)における総変動エネルギー値Eとフィードバック係数Kとの相関関係と、評価関数E(K)に摂動信号Asinωtを与えて得られる変動信号Sの具体例とが図示されている。
評価関数E(K)は、図3に示すような総変動エネルギー値Eとフィードバック係数Kとの相関を示す。具体的には、評価関数E(K)において、総変動エネルギー値Eは、フィードバック係数Kが係数基準値Ksである場合に極小値、すなわち、エネルギー基準値Esになるように、フィードバック係数Kの増減変化に伴って増加または減少する。また、任意のフィードバック係数Kにおける評価関数E(K)の勾配(∂E/∂K)の絶対値は、フィードバック係数Kが係数基準値Ksから離間する方向に変化するに伴って増加し、フィードバック係数Kが係数基準値Ksに近づく方向に変化するに伴って減少する。なお、係数基準値Ksにおける評価関数E(K)の勾配(∂E/∂K)Ksの絶対値は、零である。
このような評価関数E(K)に摂動信号Asinωtを与えることによって、変動信号Sが算出される。変動信号Sは、評価関数E(K)の変動を示す信号である。また、変動信号Sの振幅は、勾配(∂E/∂K)の大きさを示す。具体的には図3に示すように、変動信号Sの振幅は、係数基準値Ksにおける評価関数E(K)の勾配(∂E/∂K)Ksに対応して最小となり、勾配(∂E/∂K)の絶対値の増加に伴って増加する。例えば、係数基準値Ksから離間したフィードバック係数K2における評価関数E(K)の勾配(∂E/∂K)K2に対応して、変動信号Sの振幅は、勾配(∂E/∂K)Ksの場合よりも大きくなる。さらに係数基準値Ksから離間したフィードバック係数K1における評価関数E(K)の勾配(∂E/∂K)K1に対応して、変動信号Sの振幅は、勾配(∂E/∂K)K2の場合よりも大きくなる。一方、勾配(∂E/∂K)の符号(正または負)は、変動信号Sと摂動信号Asinωtとの位相関係によって示される。すなわち、図3に示すように、勾配(∂E/∂K)が負の勾配(例えば勾配(∂E/∂K)K1)である場合、変動信号Sは、摂動信号Asinωtと逆位相である。勾配(∂E/∂K)が正の勾配(例えば勾配(∂E/∂K)K2)である場合、変動信号Sは、摂動信号Asinωtと同位相である。
ここで、変動信号Sは、図3に示すように、フィードバック係数K1に重畳した摂動信号Asinωtと逆位相の関係にあり、フィードバック係数K2に重畳した摂動信号Asinωtと同位相の関係にある。このようなフィードバック係数K1,K2間の値のうち、変動信号Sの振幅を最小にする値が係数基準値Ksとして算出される。
また、フィードバック係数K1が溶接電圧検出値Va(図1参照)に対応する場合、図2に示したステップS105によって、フィードバック係数K1が係数値Kfとして算出される。この場合、補正値△Kは、係数基準値Ksからフィードバック係数K1を減算することによって算出される。
溶接電圧検出値Vaに基づくフィードバック係数Kの算出値は、上述したように算出された補正値△Kをもとに補正される。具体的には、図3の太線矢印に示されるように、係数基準値Ksとフィードバック係数K1(=Kf)との誤差分、フィードバック係数K1を正の方向に変化させる。この場合、勾配(∂E/∂K)K1に相関する変化速度(∂K1/∂t)に従って、フィードバック係数K1を係数基準値Ksへ近づける。この結果、勾配(∂E/∂K)K1の大きさに応じて速く、フィードバック係数K1をフィードバック係数Kcに補正する。このようにして得られたフィードバック係数Kcは、係数基準値Ksとフィードバック係数K1との誤差が解消された値であり、係数基準値Ksに近似または一致する。このような誤差補正済みのフィードバック係数Kcをワイヤ溶融速度vmのフィードバック制御に供することによって、図3に示すように、溶接電圧の総変動エネルギー値E2をエネルギー基準値Esまで低減する。すなわち、図1に示したアーク溶接装置100における溶接電圧の変動を最小限に抑制する。
一方、フィードバック係数K2が溶接電圧検出値Vaに対応する場合、ステップS105によって、フィードバック係数K2が係数値Kfとして算出される。この場合、補正値△Kは、係数基準値Ksからフィードバック係数K2を減算することによって算出される。溶接電圧検出値Vaに基づくフィードバック係数Kの算出値は、このように算出された補正値△Kをもとに補正される。
具体的には、図3の太線矢印に示されるように、係数基準値Ksとフィードバック係数K2(=Kf)との誤差分、フィードバック係数K2を負の方向に変化させる。この場合、勾配(∂E/∂K)K2に相関する変化速度(∂K2/∂t)に従って、フィードバック係数K2を係数基準値Ksへ近づける。この結果、勾配(∂E/∂K)K2の大きさに応じて速く、フィードバック係数K2をフィードバック係数Kcに補正する。このようにして得られたフィードバック係数Kcは、係数基準値Ksとフィードバック係数K2との誤差が解消された値であり、係数基準値Ksに近似または一致する。
このような誤差補正済みのフィードバック係数Kcをワイヤ溶融速度vmのフィードバック制御に供することによって、図3に示すように、溶接電圧の総変動エネルギー値E1をエネルギー基準値Esまで低減する。すなわち、図1に示したアーク溶接装置100における溶接電圧の変動を最小限に抑制する。
つぎに、本発明による溶接電圧の変動抑制効果を具体的に説明する。図4は、本発明にかかるアーク溶接制御をアーク溶接装置に適用した場合の溶接電圧の経時変化を例示する図である。図5は、従来のアーク溶接制御をアーク溶接装置に適用した場合の溶接電圧の経時変化を例示する図である。図6は、本発明にかかるアーク溶接制御をアーク溶接装置に適用した場合の溶接電圧の周波数特性を例示する図である。図7は、従来のアーク溶接制御をアーク溶接装置に適用した場合の溶接電圧の周波数特性を例示する図である。
本発明にかかるアーク溶接制御装置11によってワイヤ送給速度vwが適正にフィードバック制御されたアーク溶接装置100(図1参照)では、図4に示すように、溶接電圧の変動が常時、アーク溶接において許容される変動範囲内に抑制されている。一方、従来のアーク溶接制御をアーク溶接装置100に適用した場合、図5に示すように、溶接電圧の過大ピークがランダムな時間に発生していることが分かる。すなわち、従来のアーク溶接制御では、アーク溶接装置100における溶接電圧の変動をアーク溶接の許容範囲内に抑えることが困難である。図4,5を比較して分かるように、本発明にかかるアーク溶接制御をアーク溶接装置100に適用することによって、経時的な溶接電圧の変動量△V1[V]が従来のアーク溶接制御の場合に比して低減されている。
また、本発明にかかるアーク溶接制御を適用したアーク溶接装置100では、アーク長Laが確実に定常状態に収束するため、図6に示すように、全周波数領域について溶接電圧の振幅が安定している。一方、従来のアーク溶接制御を適用したアーク溶接装置100では、図7に示すように、高周波領域において溶接電圧の振幅が過度に増幅され、これによって、低周波数領域と高周波数領域との間における溶接電圧の振幅の差が激しい。すなわち、溶接電圧の変動振幅が安定していない。これは、ワイヤ送給速度vwの過大によるハンチングが発生したためである。すなわち、従来のアーク溶接制御では、アーク溶接装置100のワイヤ送給速度vwを適正に制御することが困難であり、このため、溶接電圧の変動振幅をアーク溶接の許容範囲内に抑えることが困難である。図6,7を比較して分かるように、本発明にかかるアーク溶接制御をアーク溶接装置100に適用することによって、溶接電圧の振幅の変動量△V2[V]が従来のアーク溶接制御の場合に比して低減されている。
図4〜7を比較参照した結果、本発明にかかるアーク溶接制御を適用したアーク溶接装置100は、従来に比して十分に安定した溶接電圧によって母材110をアーク溶接できることが分かる。このようなアーク溶接装置100は、溶着量不足および介在物(フラックスの塊、気泡等)等の溶接欠陥がなく良好な状態に、母材110をアーク溶接することができる。
以上、説明したように、本発明の実施の形態では、溶接対象の母材と溶接ワイヤとの間の溶接電圧検出値をもとに、溶接電圧の変動量の評価関数を算出し、この評価関数に摂動信号を与えて、溶接電圧の変動量に応じた係数値を算出し、この評価関数の極小値に対応する基準値から上述した係数値を減算して補正値を算出し、この補正値をもとに、溶接電圧検出値に基づくフィードバック係数の算出値と上述した基準値との誤差を補正し、この補正後のフィードバック係数を、ワイヤ溶融速度とワイヤ送給速度とを均衡させるフィードバック制御に供している。
このため、溶接ワイヤの直径、密度、材質、溶接電流および溶接電圧等の溶接条件の変化やアーク溶接装置の設備的変動に起因する溶接電圧の変動のエネルギーが最小になるように、ワイヤ送給速度のフィードバック制御のフィードバック係数を補正できる。このようなフィードバック係数を、ワイヤ溶融速度とワイヤ送給速度とを均衡させるフィードバック制御に供することによって、溶接条件の変化や設備的変動等の溶接電圧変動の要因によらず常に、アーク長を定常状態に収束させることができる。これによって、たとえ溶接変動要因が発生した場合であっても、容易に、アーク溶接時の溶接電圧の変動を最小限に抑制できる。この結果、アーク溶接に要する費用を低減しつつ、アーク溶接起因の溶接欠陥を抑制できるとともに、母材の良好なアーク溶接状態を安定して得ることができる。
本発明にかかるアーク溶接制御をアーク溶接装置に適用することによって、溶接欠陥による母材およびエネルギーの損失を低減でき、この結果、アーク溶接の歩留まりおよび能率を向上できるとともに、需要者の要望に合った良質なアーク溶接製品を製造できる。
また、本発明の実施の形態では、フィードバック係数の算出値と係数基準値との誤差の増加に伴って、係数基準値へ近づく方向のフィードバック係数の変化速度を増大させている。このため、フィードバック係数誤差の大きさに応じて高速に、フィードバック係数の算出値を適正値に補正できる。これによって、短時間に効率よくフィードバック係数を補正することができ、この結果、上述したフィードバック制御の効率を向上できるとともに、アーク溶接時の溶接電圧の変動を効率よく抑制できる。
なお、上述した実施の形態では、溶接電圧変動の評価関数E(K)を算出した後にフィードバック係数Kの係数基準値Ksを算出していたが、これに限らず、係数基準値Ksは、図2に示したステップS105の処理、すなわち、フィードバック係数Kの補正値△Kの算出処理までに算出すればよい。例えば、ステップS101またはステップS102の後に係数基準値Ksを算出してもよいし、ステップS101の前に係数基準値Ksを算出してもよい。
また、上述した実施の形態では、フィードバック係数算出部5によるフィードバック係数Kの補正タイミングを補正制御部10によって制御していたが、これに限らず、補正演算部9によって補正値△Kがフィードバック係数算出部5に入力されたことをトリガーとして、フィードバック係数Kを自動補正してもよい。この場合、補正制御部10を設けなくてもよい。
さらに、上述した実施の形態では、溶接電圧検出値Vaを取得したことをトリガーとして、フィードバック係数算出部5がフィードバック係数Kを算出していたが、これに限らず、フィードバック係数算出部5によるフィードバック係数Kの算出タイミングは、溶接電圧を検出後からフィードバック係数の補正処理までの期間内であればよい。例えば、図2に示したステップS103の後、ステップS104の後、またはステップS105の後の何れのタイミングにフィードバック係数Kを算出してもよい。また、溶接電圧検出値Vaおよび補正値△Kをもとに、誤差補正後のフィードバック係数Kcを一度に算出してもよい。
また、上述した実施の形態により本発明が限定されるものではなく、上述した各構成要素を適宜組み合わせて構成したものも本発明に含まれる。例えば、母材110は、鉄鋼材であってもよいし、銅またはアルミニウム等の鉄鋼材以外の金属材であってもよい。その他、上述した実施の形態に基づいて当業者等によりなされる他の実施の形態、実施例および運用技術等は全て本発明に含まれる。