図1は本発明による可変圧縮比機構を備える内燃機関の側面断面図を示す。図1を参照すると、1はクランクケース、2はシリンダブロック、3はシリンダヘッド、4はピストン、5は燃焼室、6は燃焼室5の頂面中央部に配置された点火栓、7は吸気弁、8は吸気ポート、9は排気弁、10は排気ポートを夫々示す。吸気ポート8は吸気枝管11を介してサージタンク12に連結され、各吸気枝管11には夫々対応する吸気ポート8内に向けて燃料を噴射するための燃料噴射弁13が配置される。なお、燃料噴射弁13は各吸気枝管11に取付ける代りに各燃焼室5内に配置してもよい。
サージタンク12は吸気ダクト14を介してエアクリーナ15に連結され、吸気ダクト14内にはアクチュエータ16によって駆動されるスロットル弁17と例えば熱線を用いた吸入空気量検出器18とが配置される。一方、排気ポート10は排気マニホルド19を介して例えば三元触媒を内蔵した触媒装置20に連結され、排気マニホルド19内には空燃比センサ21が配置される。
一方、図1に示される実施例ではクランクケース1とシリンダブロック2との連結部にクランクケース1とシリンダブロック2のシリンダ軸線方向の相対位置を変化させることによりピストン4が圧縮上死点に位置するときの燃焼室5の容積を変更可能な可変圧縮比機構Aが設けられており、更に実際の圧縮作用の開始時期を変更可能な実圧縮作用開始時期変更機構Bが設けられている。なお、図1に示される実施例ではこの実圧縮作用開始時期変更機構Bは吸気弁7の閉弁時期を制御可能な可変バルブタイミング機構からなる。
図1に示されるようにクランクケース1とシリンダブロック2にはクランクケース1とシリンダブロック2間の相対位置関係を検出するための相対位置センサ22が取付けられており、この相対位置センサ22からはクランクケース1とシリンダブロック2との間隔の変化を示す出力信号が出力される。また、可変バルブタイミング機構Bには吸気弁7の閉弁時期を示す出力信号を発生するバルブタイミングセンサ23が取付けられており、スロットル弁駆動用のアクチュエータ16にはスロットル弁開度を示す出力信号を発生するスロットル開度センサ24が取付けられている。
電子制御ユニット30はデジタルコンピュータからなり、双方向性バス31によって互いに接続されたROM(リードオンリメモリ)32、RAM(ランダムアクセスメモリ)33、CPU(マイクロプロセッサ)34、入力ポート35および出力ポート36を具備する。吸入空気量検出器18、空燃比センサ21、相対位置センサ22、バルブタイミングセンサ23およびスロットル開度センサ24の出力信号は夫々対応するAD変換器37を介して入力ポート35に入力される。また、アクセルペダル40にはアクセルペダル40の踏込み量Lに比例した出力電圧を発生する負荷センサ41が接続され、負荷センサ41の出力電圧は対応するAD変換器37を介して入力ポート35に入力される。更に入力ポート35にはクランクシャフトが例えば30°回転する毎に出力パルスを発生するクランク角センサ42が接続される。一方、出力ポート36は対応する駆動回路38を介して点火栓6、燃料噴射弁13、スロットル弁駆動用アクチュエータ16、可変圧縮比機構Aおよび可変バルブタイミング機構Bに接続される。
図2は図1に示す可変圧縮比機構Aの分解斜視図を示しており、図3は図解的に表した内燃機関の側面断面図を示している。図2を参照すると、シリンダブロック2の両側壁の下方には互いに間隔を隔てた複数個の突出部50が形成されており、各突出部50内には夫々断面円形のカム挿入孔51が形成されている。一方、クランクケース1の上壁面上には互いに間隔を隔てて夫々対応する突出部50の間に嵌合せしめられる複数個の突出部52が形成されており、これらの各突出部52内にも夫々断面円形のカム挿入孔53が形成されている。
図2に示されるように一対のカムシャフト54,55が設けられており、各カムシャフト54,55上には一つおきに各カム挿入孔53内に回転可能に挿入される円形カム58が固定されている。これらの円形カム58は各カムシャフト54,55の回転軸線と共軸をなす。一方、各円形カム58の両側には図3に示すように各カムシャフト54,55の回転軸線に対して偏心配置された偏心軸57が延びており、この偏心軸57上に別の円形カム56が偏心して回転可能に取付けられている。図2に示されるようにこれら円形カム56は各円形カム58の両側に配置されており、これら円形カム56は対応する各カム挿入孔51内に回転可能に挿入されている。また、図2に示されるようにカムシャフト55にはカムシャフト55の回転角度を表す出力信号を発生するカム回転角度センサ25が取付けられている。
図3(A)に示すような状態から各カムシャフト54,55上に固定された円形カム58を図3(A)において矢印で示される如く互いに反対方向に回転させると偏心軸57が互いに離れる方向に移動するために円形カム56がカム挿入孔51内において円形カム58とは反対方向に回転し、図3(B)に示されるように偏心軸57の位置が高い位置から中間高さ位置となる。次いで更に円形カム58を矢印で示される方向に回転させると図3(C)に示されるように偏心軸57は最も低い位置となる。
なお、図3(A)、図3(B)、図3(C)には夫々の状態における円形カム58の中心aと偏心軸57の中心bと円形カム56の中心cとの位置関係が示されている。
図3(A)から図3(C)とを比較するとわかるようにクランクケース1とシリンダブロック2の相対位置は円形カム58の中心aと円形カム56の中心cとの距離によって定まり、円形カム58の中心aと円形カム56の中心cとの距離が大きくなるほどシリンダブロック2はクランクケース1から離間側に移動する。即ち、可変圧縮比機構Aは回転するカムを用いたクランク機構によりクランクケース1とシリンダブロック2間の相対位置を変化させていることになる。シリンダブロック2がクランクケース1から離れるとピストン4が圧縮上死点に位置するときの燃焼室5の容積は増大し、従って各カムシャフト54,55を回転させることによってピストン4が圧縮上死点に位置するときの燃焼室5の容積を変更することができる。
図2に示されるように各カムシャフト54,55を夫々反対方向に回転させるために駆動モータ59の回転軸には夫々螺旋方向が逆向きの一対のウォーム61,62が取付けられており、これらウォーム61,62と噛合するウォームホイール63,64が夫々各カムシャフト54,55の端部に固定されている。この実施例では駆動モータ59を駆動することによってピストン4が圧縮上死点に位置するときの燃焼室5の容積を広い範囲に亘って変更することができる。
一方、図4は図1において吸気弁7を駆動するためのカムシャフト70の端部に取付けられた可変バルブタイミング機構Bを示している。図4を参照すると、この可変バルブタイミング機構Bは機関のクランク軸によりタイミングベルトを介して矢印方向に回転せしめられるタイミングプーリ71と、タイミングプーリ71と一緒に回転する円筒状ハウジング72と、吸気弁駆動用カムシャフト70と一緒に回転しかつ円筒状ハウジング72に対して相対回転可能な回転軸73と、円筒状ハウジング72の内周面から回転軸73の外周面まで延びる複数個の仕切壁74と、各仕切壁74の間で回転軸73の外周面から円筒状ハウジング72の内周面まで延びるベーン75とを具備しており、各ベーン75の両側には夫々進角用油圧室76と遅角用油圧室77とが形成されている。
各油圧室76,77への作動油の供給制御は作動油供給制御弁78によって行われる。この作動油供給制御弁78は各油圧室76,77に夫々連結された油圧ポート79,80と、油圧ポンプ81から吐出された作動油の供給ポート82と、一対のドレインポート83,84と、各ポート79,80,82,83,84間の連通遮断制御を行うスプール弁85とを具備している。
吸気弁駆動用カムシャフト70のカムの位相を進角すべきときは図4においてスプール弁85が右方に移動せしめられ、供給ポート82から供給された作動油が油圧ポート79を介して進角用油圧室76に供給されると共に遅角用油圧室77内の作動油がドレインポート84から排出される。このとき回転軸73は円筒状ハウジング72に対して矢印方向に相対回転せしめられる。
これに対し、吸気弁駆動用カムシャフト70のカムの位相を遅角すべきときは図4においてスプール弁85が左方に移動せしめられ、供給ポート82から供給された作動油が油圧ポート80を介して遅角用油圧室77に供給されると共に進角用油圧室76内の作動油がドレインポート83から排出される。このとき回転軸73は円筒状ハウジング72に対して矢印と反対方向に相対回転せしめられる。
回転軸73が円筒状ハウジング72に対して相対回転せしめられているときにスプール弁85が図4に示される中立位置に戻されると回転軸73の相対回転動作は停止せしめられ、回転軸73はそのときの相対回転位置に保持される。従って可変バルブタイミング機構Bによって吸気弁駆動用カムシャフト70のカムの位相を所望の量だけ進角させることができ、遅角させることができることになる。
図5において実線は可変バルブタイミング機構Bによって吸気弁駆動用カムシャフト70のカムの位相が最も進角されているときを示しており、破線は吸気弁駆動用カムシャフト70のカムの位相が最も遅角されているときを示している。従って吸気弁7の開弁期間は図5において実線で示す範囲と破線で示す範囲との間で任意に設定することができ、従って吸気弁7の閉弁時期も図5において矢印Cで示す範囲内の任意のクランク角に設定することができる。
図1および図4に示される可変バルブタイミング機構Bは一例を示すものであって、例えば吸気弁の開弁時期を一定に維持したまま吸気弁の閉弁時期のみを変えることのできる可変バルブタイミング機構等、種々の形式の可変バルブタイミング機構を用いることができる。
次に図6を参照しつつ本願において使用されている用語の意味について説明する。なお、図6の(A),(B),(C)には説明のために燃焼室容積が50mlでピストンの行程容積が500mlであるエンジンが示されており、これら図6の(A),(B),(C)において燃焼室容積とはピストンが圧縮上死点に位置するときの燃焼室の容積を表している。
図6(A)は機械圧縮比について説明している。機械圧縮比は圧縮行程時のピストンの行程容積と燃焼室容積のみから機械的に定まる値であってこの機械圧縮比は(燃焼室容積+行程容積)/燃焼室容積で表される。図6(A)に示される例ではこの機械圧縮比は(50ml+500ml)/50ml=11となる。
図6(B)は実圧縮比について説明している。この実圧縮比は実際に圧縮作用が開始されたときからピストンが上死点に達するまでの実際のピストン行程容積と燃焼室容積から定まる値であってこの実圧縮比は(燃焼室容積+実際の行程容積)/燃焼室容積で表される。即ち、図6(B)に示されるように圧縮行程においてピストンが上昇を開始しても吸気弁が開弁している間は圧縮作用は行われず、吸気弁が閉弁したときから実際の圧縮作用が開始される。従って実圧縮比は実際の行程容積を用いて上記の如く表される。図6(B)に示される例では実圧縮比は(50ml+450ml)/50ml=10となる。
図6(C)は膨張比について説明している。膨張比は膨張行程時のピストンの行程容積と燃焼室容積から定まる値であってこの膨張比は(燃焼室容積+行程容積)/燃焼室容積で表される。図6(C)に示される例ではこの膨張比は(50ml+500ml)/50ml=11となる。
次に図7および図8を参照しつつ本発明において用いられている超膨張比サイクルについて説明する。なお、図7は理論熱効率と膨張比との関係を示しており、図8は本発明において負荷に応じ使い分けられている通常のサイクルと超高膨張比サイクルとの比較を示している。
図8(A)は吸気弁が下死点近傍で閉弁し、ほぼ吸気下死点付近からピストンによる圧縮作用が開始される場合の通常のサイクルを示している。この図8(A)に示す例でも図6の(A),(B),(C)に示す例と同様に燃焼室容積が50mlとされ、ピストンの行程容積が500mlとされている。図8(A)からわかるように通常のサイクルでは機械圧縮比は(50ml+500ml)/50ml=11であり、実圧縮比もほぼ11であり、膨張比も(50ml+500ml)/50ml=11となる。即ち、通常の内燃機関では機械圧縮比と実圧縮比と膨張比とがほぼ等しくなる。
図7における実線は実圧縮比と膨張比とがほぼ等しい場合の、即ち通常のサイクルにおける理論熱効率の変化を示している。この場合には膨張比が大きくなるほど、即ち実圧縮比が高くなるほど理論熱効率が高くなることがわかる。従って通常のサイクルにおいて理論熱効率を高めるには実圧縮比を高くすればよいことになる。しかしながら機関高負荷運転時におけるノッキングの発生の制約により実圧縮比は最大でも12程度までしか高くすることができず、斯くして通常のサイクルにおいては理論熱効率を十分に高くすることはできない。
一方、このような状況下で機械圧縮比と実圧縮比とを厳密に区分しつつ理論熱効率を高めることが検討され、その結果理論熱効率は膨張比が支配し、理論熱効率に対して実圧縮比はほとんど影響を与えないことが見い出されたのである。即ち、実圧縮比を高くすると爆発力は高まるが圧縮するために大きなエネルギーが必要となり、斯くして実圧縮比を高めても理論熱効率はほとんど高くならない。
これに対し、膨張比を大きくすると膨張行程時にピストンに対し押下げ力が作用する期間が長くなり、斯くしてピストンがクランクシャフトに回転力を与えている期間が長くなる。従って膨張比は大きくすれば大きくするほど理論熱効率が高くなる。図7の破線ε=10は実圧縮比を10に固定した状態で膨張比を高くしていった場合の理論熱効率を示している。このように実圧縮比εを低い値に維持した状態で膨張比を高くしたときの理論熱効率の上昇量と、図7の実線で示す如く実圧縮比も膨張比と共に増大せしめられる場合の理論熱効率の上昇量とは大きな差がないことがわかる。
このように実圧縮比が低い値に維持されているとノッキングが発生することがなく、従って実圧縮比を低い値に維持した状態で膨張比を高くするとノッキングの発生を阻止しつつ理論熱効率を大巾に高めることができる。図8(B)は可変圧縮比機構Aおよび可変バルブタイミング機構Bを用いて、実圧縮比を低い値に維持しつつ膨張比を高めるようにした場合の一例を示している。
図8(B)を参照すると、この例では可変圧縮比機構Aにより燃焼室容積が50mlから20mlまで減少せしめられる。一方、可変バルブタイミング機構Bによって実際のピストン行程容積が500mlから200mlになるまで吸気弁の閉弁時期が遅らされる。その結果、この例では実圧縮比は(20ml+200ml)/20ml=11となり、膨張比は(20ml+500ml)/20ml=26となる。図8(A)に示される通常のサイクルでは前述したように実圧縮比がほぼ11で膨張比が11であり、この場合に比べると図8(B)に示される場合には膨張比のみが26まで高められていることがわかる。これが超高膨張比サイクルと称される所以である。
一般的に言って内燃機関では機関負荷が低いほど熱効率が悪くなり、従って機関運転時における熱効率を向上させるためには、即ち燃費を向上させるには機関負荷が低いときの熱効率を向上させることが必要となる。一方、図8(B)に示される超高膨張比サイクルでは圧縮行程時の実際のピストン行程容積が小さくされるために燃焼室5内に吸入しうる吸入空気量は少なくなり、従ってこの超高膨張比サイクルは機関負荷が比較的低いときにしか採用できないことになる。従って本発明では機関負荷が比較的低いときには図8(B)に示す超高膨張比サイクルとし、機関高負荷運転時には図8(A)に示す通常のサイクルとするようにしている。
次に図9を参照しつつ運転制御全般について概略的に説明する。図9には或る機関回転数における機関負荷に応じた吸入空気量、吸気弁閉弁時期、機械圧縮比、膨張比、実圧縮比およびスロットル弁17の開度の各変化が示されている。なお、図9は、触媒装置20内の三元触媒によって排気ガス中の未燃HC,COおよびNOXを同時に低減しうるように燃焼室5内における平均空燃比が空燃比センサ21の出力信号に基づいて理論空燃比にフィードバック制御されている場合を示している。
さて、前述したように機関高負荷運転時には図8(A)に示される通常のサイクルが実行される。従って図9に示されるようにこのときには機械圧縮比は低くされるために膨張比は低く、図9において実線で示されるように吸気弁7の閉弁時期は図5において実線で示される如く早められている。また、このときには吸入空気量は多く、このときスロットル弁17の開度は全開に保持されているのでポンピング損失は零となっている。
一方、図9において実線で示されるように機関負荷が低くなるとそれに伴って吸入空気量を減少すべく吸気弁7の閉弁時期が遅くされる。またこのときには実圧縮比がほぼ一定に保持されるように図9に示される如く機関負荷が低くなるにつれて機械圧縮比が増大され、従って機関負荷が低くなるにつれて膨張比も増大される。なお、このときにもスロットル弁17は全開状態に保持されており、従って燃焼室5内に供給される吸入空気量はスロットル弁17によらずに吸気弁7の閉弁時期を変えることによって制御されている。
このように機関高負荷運転状態から機関負荷が低くなるときには実圧縮比がほぼ一定のもとで吸入空気量が減少するにつれて機械圧縮比が増大せしめられる。即ち、吸入空気量の減少に比例してピストン4が圧縮上死点に達したときの燃焼室5の容積が減少せしめられる。従ってピストン4が圧縮上死点に達したときの燃焼室5の容積は吸入空気量に比例して変化していることになる。なお、このとき図9に示される例では燃焼室5内の空燃比は理論空燃比となっているのでピストン4が圧縮上死点に達したときの燃焼室5の容積は燃料量に比例して変化していることになる。
機関負荷が更に低くなると機械圧縮比は更に増大せしめられ、機関負荷がやや低負荷寄りの中負荷L1まで低下すると機械圧縮比は燃焼室5の構造上限界となる限界機械圧縮比(上限機械圧縮比)に達する。機械圧縮比が限界機械圧縮比に達すると、機械圧縮比が限界機械圧縮比に達したときの機関負荷L1よりも負荷の低い領域では機械圧縮比が限界機械圧縮比に保持される。従って低負荷側の機関中負荷運転時および機関低負荷運転時には即ち、機関低負荷運転側では機械圧縮比は最大となり、膨張比も最大となる。別の言い方をすると機関低負荷運転側では最大の膨張比が得られるように機械圧縮比が最大にされる。
一方、図9に示される実施例では機関負荷がL1まで低下すると吸気弁7の閉弁時期が燃焼室5内に供給される吸入空気量を制御しうる限界閉弁時期となる。吸気弁7の閉弁時期が限界閉弁時期に達すると吸気弁7の閉弁時期が限界閉弁時期に達したときの機関負荷L1よりも負荷の低い領域では吸気弁7の閉弁時期が限界閉弁時期に保持される。
吸気弁7の閉弁時期が限界閉弁時期に保持されるともはや吸気弁7の閉弁時期の変化によっては吸入空気量を制御することができない。図9に示される実施例ではこのとき、即ち吸気弁7の閉弁時期が限界閉弁時期に達したときの機関負荷L1よりも負荷の低い領域ではスロットル弁17によって燃焼室5内に供給される吸入空気量が制御され、機関負荷が低くなるほどスロットル弁17の開度は小さくされる。
一方、図9において破線で示すように機関負荷が低くなるにつれて吸気弁7の閉弁時期を早めることによってもスロットル弁17によらずに吸入空気量を制御することができる。従って、図9において実線で示される場合と破線で示される場合とをいずれも包含しうるように表現すると、本発明による実施例では吸気弁7の閉弁時期は、機関負荷が低くなるにつれて、燃焼室内に供給される吸入空気量を制御しうる限界閉弁時期L1まで吸気下死点BDCから離れる方向に移動せしめられることになる。このように吸入空気量は吸気弁7の閉弁時期を図9において実線で示すように変化させても制御することができるし、破線に示すように変化させても制御することができる。
前述したように図8(B)に示す超高膨張比サイクルでは膨張比が26とされる。この膨張比は高いほど好ましいが図7からわかるように実用上使用可能な下限実圧縮比ε=5に対しても20以上であればかなり高い理論熱効率を得ることができる。従って本実施例では膨張比が20以上となるように可変圧縮比機構Aが形成されている。
図9を使用して説明したように、機関負荷が低くなるほど、可変圧縮比機構Aにより膨張比を高めるために機械圧縮比は高くされるが、実圧縮比が高くなり過ぎてノッキングやプレイグニッションを発生させないために、実圧縮比を一定とするように、可変バルブタイミング機構Bにより吸気弁の閉弁時期は遅角されるようになっている。
ところで、車両には固有振動数があり、機関回転数が車両の固有振動数近傍となれば、車両の共振が発生する。特に、車両の停止中のアイドル運転時、又は、非常に低速のクリープ走行中のアイドル運転時において、運転者又は同乗者は、不快な車両の共振振動に気付き易い。それにより、アイドル回転数が車両の固有振動数近傍の共振回転数範囲内とならないようにすることが望まれる。
本実施例では、図10に示すフローチャートに従ってアイドル回転数が制御され、アイドル運転時の車両の共振が回避されるようにしている。本フローチャートは、機関始動と同時に電子制御ユニット30により実施される。
先ず、ステップ101において、車両加速中であるか否かが判断される。この判断には、車両速度センサを使用したり、又は、変速器がドライブレンジであるときに負荷センサ41によりアクセルペダル40が踏み込まれていること等を利用したりすることができる。ステップ101の判断が否定されるときにはそのまま終了する。
一方、ステップ101の判断が肯定されるときには車両加速中であり、詳しくは以下に説明するが、ステップ102において、運動方程式を利用して現在の車両全体重量Mを算出する。車両全体重量Mは、車両自身の重量に運転者及び同乗者の合計体重及び荷物の重量等が加わったものである。それにより、車両の運転毎に変化する可能性がある。ステップ102において現在の車両全体重量Mが算出されれば、ステップ103において負荷センサ41により車両加速が終了してアクセルペダル40が開放されたか否かが判断される。この判断は肯定されるまで繰り返される。ステップ103の判断が肯定されると、アイドル運転となる可能性があり、ステップ104において、今回のアイドル運転時の目標機械圧縮比Etを推定する。アイドル運転は低負荷運転であり、一般的には、図9に示すように、目標機械圧縮比Etは上限機械圧縮比とされる。しかしながら、機関温度が低いアイドル運転は、実圧縮比を一定としても機械圧縮比を高めて膨張比を高くすると、燃焼が不安定となり易くなるために、機関温度が低いほど、目標機械圧縮比Etを低くするようになっている。
次いで、ステップ105において、図11に示すように、予め設定されたマップを使用して、目標機械圧縮比Etに対する車両のバネ定数Kを推定する。シリンダブロック2をクランクケース1に対して相対移動させて機械圧縮比を可変とする可変圧縮比機構Aを備える内燃機関を搭載する車両において、各機械圧縮比に対してシリンダブロック位置が変化し、内燃機関の重心位置が変化する。この重心位置の変化に対して、車両のバネ定数Kも変化し、具体的には、機械圧縮比を低くするためにシリンダブロック2の位置が高くなるほど、車両のバネ定数Kは小さくなる。
こうして、車両全体重量Mとアイドル運転時の車両のバネ定数Kとが得られれば、ステップ106において次式(1)を使用して、アイドル運転時の車両の固有振動数fが算出される。
f=(1/2π)・(K/M)1/2・・・(1)
次いで、ステップ107において、車両の固有振動数fを中心としたアイドル運転時の共振回転数範囲RN(60・f+−a)(rpm)を設定する。次いで、ステップ108において、車両停止又はクリープ走行を検出する等して、アイドル運転を実施するか否かが判断される。ステップ103において、アクセルペダル40の開放が検出されても、単なる減速であって、再びアクセルペダル40が踏み込まれる等して、アイドル運転とならないこともあり、このときには、再びステップ101からの処理が実施される。長期走行による燃料の多量の消費等によって車両全体重量Mが変化することもあり、ステップ102において新たに車両全体重量Mを算出することが好ましいが、車両全体重量Mは殆ど変化しないとして車両全体重量Mの算出を省略しても良い。
一方、アイドル運転が実施されるときには、ステップ108の判断が肯定され、ステップ109において、アイドル回転数がステップ107において設定された共振回転数範囲RN内とならないように制御される。例えば、図12に示すように、機関温度TW(又は冷却水温)が低いほど、目標アイドル回転数Ntは高くなるように設定されている。また、エアコン等の補機が作動しているときには目標アイドル回転数を高くする。こうして設定された現在の目標アイドル回転数Ntが共振回転数範囲RN内となるならば、今回の目標アイドル回転数Ntを実現することなく、共振回転数範囲RNより僅かに高い回転数にアイドル回転数を制御する。それにより、アイドル運転時において車両の共振が発生することはない。
アイドル運転が実施されれば、アイドル運転中に同乗者の乗り降りの可能性があるために、ステップ102において、次のアイドル運転に備えて、新たな車両全体重量Mの算出が必要となる。こうして、アイドル運転が終了する毎に、新たな車両全体重量Mを算出して、新たな車両の固有振動数fを算出し、アイドル運転時の新たな共振回転数範囲RNを設定することとなる。
図11の機械圧縮比Eと車両のバネ定数Kとの関係を示すマップは、適合試験により設定することできる。例えば、内燃機関の可変圧縮比機構Aにおいて各機械圧縮比を実現するそれぞれのシリンダブロック位置としたときの対象車両に対して、振動周波数を変化させる加振試験を実施して車両を共振させることにより各機械圧縮比に対する車両の共振周波数を測定し、共振周波数と、試験時の車両重量とから式(1)を使用して、各機械圧縮比に対するバネ定数Kを逆算すれば良い。
また、前述のステップ102において、車両全体重量Mは、車両の加速中において以下のように算出される。先ずは、クランク角センサの信号に基づき、現在のクランク角度θと現在のクランク角速度θ’を算出し、ドライブシャフト角センサの信号に基づき、現在のドライブシャフト角度θtと現在のドライブシャフト角速度θt’とを算出し、これらに基づき次式(2)を使用して現在のエンジン負荷トルクTlを算出する。
Tl=c(θ’−r・θt’)+k(θ−r・θt)・・・(2)
ここで、rは変速器の現在のギア比(1:r)であり、c及びkはクランクシャフトのダンパ定数及びバネ定数であり、これらの定数は実際の車両を使用して適合試験により定めることができる。
次いで、算出された現在のエンジン負荷トルクTlに基づき次式(3)を使用して現在のドライブシャフトトルクTdを算出する。
Td=r・Tl・・・(3)
次いで、算出されたドライブシャフトトルクTdと、ドライブシャフト角センサの信号に基づき算出された現在のドライブシャフト角加速度θt”とに基づき次式(4)を使用して駆動トルクTrを算出する。
Tr=Td−Jt・θt”・・・(4)
ここで、Jtはクランクシャフトからタイヤまでの慣性モーメントであり、設計値である。
一方、ドライブシャフト角センサの信号に基づき算出された現在のドライブシャフト角速度θt’に基づき次式(5)を使用して車両速度vを算出する。
v=R・θt’・・・(5)
ここで、Rはタイヤ半径であり、設計値である。車両速度vは車両速度センサにより検出しても良い。
次いで、算出された車両速度vと係数Caとに基づき次式(6)を使用して空気抵抗Raを算出する。
Ra=Ca・v2・・・(6)
ここで、係数Caは実際の車両を使用して適合試験により定めることができる。
次いで、車両速度vの時間変化により車両加速度v’を算出し(車両速度センサの信号に基づき車両加速度を算出しても良い)、算出された車両加速度v’と、式(4)により算出された駆動トルクTrと、式(6)により算出された空気抵抗Raとに基づき、次式(7)により車両全体重量Mを算出することができる。
M=((Tr/R)−Ra)/v’・・・(7)
また、車両全体重量Mは、設計値の車両重量に、運転者及び同乗者の合計人数をセンサにより検出して推定される合計体重を加算することにより算出することも可能である。
ところで、前述のアイドル回転数制御において、図13のタイムチャートに示すように、共振回転数範囲RNに対して、アイドル回転数がN1に制御され、車両の共振が回避されているときに、例えば、時刻t1においてエアコン等のスイッチがオフされ、又は、機関温度が高まって、燃料消費の抑制のためにアイドル回転数を共振回転数範囲RNより低いN2にすることが要求された場合に、単にアイドル回転数だけを低くすると、時刻t4から時刻t7の間(TL)においてアイドル回転数は共振回転数範囲RN内となり、車両の共振が発生してしまう。
この場合において、例えば時刻t2から可変圧縮比機構Aにより機械圧縮比Eを高くして車両のバネ定数Kを大きくすることにより(図11参照)、点線で示す共振回転数範囲RNを高くすることが好ましい。それにより、アイドル回転数が共振回転数範囲RN内となるのは、時刻t3から時刻t5の間(TL’)となり、車両が共振する時間を短くすることができる。時刻t5より後の時刻t6となれば、可変圧縮比機構Aにより機械圧縮比Eを所望の値に戻すようになっている。それにより、共振回転数範囲RNも元に戻される。
また、逆に、エアコン等のスイッチがオンされてアイドル回転数を共振回転数範囲RNより高くすることが要求された場合には、可変圧縮比機構Aにより機械圧縮比Eを低くして車両のバネ定数Kを小さくすることにより(図11参照)、共振回転数範囲RNを低くすれば良い。それにより、アイドル回転数が共振回転数範囲RN内となる時間を短くすることができる。