JP2012041617A - 鉄系溶射皮膜用溶射ワイヤ - Google Patents

鉄系溶射皮膜用溶射ワイヤ Download PDF

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潔 東山
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明郎 上仲
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Abstract

【課題】耐食性,耐摩耗性,耐焼付き性に優れた溶射皮膜を形成することのできる鉄系溶射皮膜用溶射ワイヤを提供する。
【解決手段】溶射ワイヤを、質量%でC:0.01〜0.20%,Si:0.20〜1.85%,Mn:1.80〜2.70%,Cr: 7.5〜11.5%,残部Fe及び不可避的成分の組成を有するものとする。
【選択図】 なし

Description

この発明は自動車エンジンのシリンダボア内面への溶射用等に用いて好適な溶射皮膜用の溶射ワイヤ、特に鉄系の溶射ワイヤに関する。
従来、アルミニウム合金(以下アルミ合金とする)製の自動車エンジンのシリンダブロックにおけるシリンダボア内面に対して強度,耐摩耗性,摺動性等の機能を付与する手段として、シリンダボア内面に鋳鉄ライナを装着することが行われている。
しかしながら鋳鉄製ライナの場合、その肉厚が厚いためにライナ自体、ひいてはシリンダブロックの重量が重くなってしまう。
そこでエンジン部品の軽量化,性能向上の観点から鋳鉄製ライナをシリンダボアに装着するのに代えて、シリンダボア内面に鉄系の溶射ワイヤを用いて溶射皮膜を形成することが行われている。
ところで硫黄の含有量の多い低品位の燃料では溶射皮膜が腐食され易く、その対策として溶射ワイヤに耐食性元素のCrを添加することが行われるが、この場合、溶射皮膜の耐食性,耐摩耗性が良好となるものの、一方で溶射皮膜における溶射粒子同士の結合力が低くなり、溶射皮膜の耐剥離性が不十分となってしまう。
溶射ワイヤを用いた溶射の方法として、図4の模式図に示すようなアーク溶射、詳しくは直流電圧を印加した状態で2本の溶射ワイヤ2,2を送給してそれらの先端部で接触させ(短絡させ)、そこでアークを発生させてワイヤ先端部を溶融し、そしてその溶融した材料(溶滴)に対してノズル4から圧縮空気を噴射することで、溶滴を細かい粒子(溶射粒子)として飛翔させ、そして飛翔した粒子を基材8表面に堆積させて溶射皮膜10を形成する方法を好適に用い得るが、Crを多量に含む溶射ワイヤを用いた溶射皮膜では、粒子同士の結合力が弱く、溶射皮膜の耐剥離性が不十分となってしまう。
その結果ピストン摺動に伴ってエロージョン量が多くなり、またスカッフや焼付きが生じ易くなる。
このスカッフ,焼付きの現象は、溶射皮膜の耐剥離性が不十分であることによって皮膜の一部が剥れ、そして剥れた一部の皮膜が摺動するピストンとシリンダボア内面の溶射皮膜との間に噛み込まれることによって生ずる現象である。
溶射皮膜の一部が剥れピストンとの間に噛み込まれると、潤滑不良や過負荷、オーバーヒート等によってシリンダ壁の油膜が切れ、局部的な溶着(局部的な焼付き)及びこれに起因したスカッフ(シリンダボア内面の溶射皮膜に引掻き傷を生ぜしめる現象)を生じ、更には広い面積に亘る溶着へと進んで最終的に摺動停止(本来の焼付き)に到ってしまう。
尚本発明に対する先行技術として、下記特許文献1には「溶射被膜とその形成方法、溶射材料線材及びシリンダブロック」についての発明が示され、請求項4に「主成分であるFeと、0.01〜0.2重量%のCと、0.25〜1.7重量%のSiと、少なくとも11重量%のCrと、を含有するアーク溶射用線材」が開示されている。
この特許文献1に開示のものは、溶射材料としてCrを含有した溶射ワイヤを用いるものであるが、Mnを含有させる点については特別に言及されていない。
尤も表3に、ワイヤ組成の1成分としてMnをCrとともに含有した点が含有量の数値とともに示されているが、そこには本発明の成分範囲を満たすものは開示されてはいない。
また下記特許文献2には「鉄系溶射被膜、その形成方法及び摺動部材」についての発明が示され、そこにおいて「アルミ合金製母材の表面を被覆する鉄系溶射被膜において、上記鉄系溶射被膜の主原料である線材又は粉末が鉄を主成分とし、上記線材又は粉末に含まれる炭素量(C)が0.12≦C(質量%)の範囲にあることを特徴とする鉄系溶射被膜」が開示されている。
但しこの特許文献2に開示のものはMnの含有量が本発明に比べて低く、本発明と別異のものである。
特開2008−240029号公報 特開2009−155720号公報
本発明は以上のような事情を背景とし、耐食性,耐摩耗性,耐焼付き性に優れた溶射皮膜を形成することのできる鉄系溶射皮膜用溶射ワイヤを提供することを目的としてなされたものである。
而して請求項1のものは、質量%でC:0.01〜0.20%,Si:0.20〜1.85%,Mn:1.80〜2.70%,Cr: 7.5〜11.5%,残部Fe及び不可避的成分の組成を有することを特徴とする。
発明の作用・効果
本発明はCr添加による優れた耐食性,耐摩耗性を確保しつつ、Crの多量添加により生ずるエロージョン量の増大,スカッフや焼付きの現象をMnの添加及び添加量の適正化によって解決し得た点を特徴としたものである。
溶射ワイヤに多量のCrを添加することによってエロージョン量の増大,スカッフや焼付きが生じ易くなるのは次の理由による。
Crを多量に含んだ溶射ワイヤの場合、図1(ロ)の模式図に示しているように、溶滴が噴射ガスにより微細な粒子(溶射粒子)6となって飛翔し基材8に付着堆積する際、粒子6表面のCrが酸化されて表面にCr酸化物を生成する。このCr酸化物は融点が高く早期に固化して粒子6表面に硬い膜(酸化膜)を形成する。
そのため微細な粒子6は、図1(ロ)に示すように比較的球形に近い形を保持した状態で基材8表面に付着堆積する。
この場合、Cr酸化物の硬い膜が粒子6と粒子6との融合を阻害するのに加えて、粒子6が球形に近い形となることによって粒子6間に多くの空隙(気孔)を生ぜしめる。
その結果、粒子6と粒子6との接触面積(結合面積)は小さくなって、粒子6同士の結合力が弱いものとなる。
これにより溶射皮膜は剥離し易いものとなり、このことが上記のエロージョンの増大とスカッフ,焼付きを引き起す原因となる。
これに対してMnを1.80%以上多く含有させた本発明の溶射ワイヤにあっては、Crよりも酸化し易いMnが粒子6表面で優先的に酸化膜(図1(イ)のMn酸化膜12)を生成し、Cr酸化膜の生成がその分抑制されて粒子6表面におけるMn酸化膜12の比率が高くなる。
このMn酸化膜12はCr酸化膜に比べて融点が低く、Cr酸化膜に比べて固化し難い。
そのため粒子6は、図1(イ)の模式図に示しているように全体的に軟らかい状態を保ったまま基材8上に付着堆積し、その際に扁平な形で基材8表面に付着堆積して溶射皮膜を形成する。
上記のMn酸化膜12は融点が低いために、粒子6同士で互いに融合し易く、また基材8への付着堆積状態で扁平な形となるために粒子6間に生ずる空隙は少なく、粒子6同士の接触(結合)面積は大となって、粒子6同士が強い結合力で結合して緻密な溶射皮膜を形成する。
その結果として溶射皮膜は剥離強度の強いものとなる。即ち耐剥離性の高いものとなる。
これによりピストン摺動時に溶射皮膜の剥離が原因でエロージョン量が多くなったり、また剥離した皮膜の一部がピストンと溶射皮膜との間に噛み込まれることによって生ずる上記のスカッフ,焼付きの現象が良好に抑制される。
従って本発明の溶射ワイヤを用いることによって、基材表面に耐食性,耐摩耗性及び耐剥離性に優れた溶射皮膜を形成することが可能となる。
次に本発明における各化学成分の添加理由及び限定理由を以下に詳述する。
C:0.01〜0.20%
C含有量が0.01%未満であると、溶射に際して溶射ワイヤを送給するときに溶射ワイヤが座屈してしまい、溶射の作業性を著しく低下させてしまう。
一方0.20%よりも過剰であると溶射ワイヤが硬くなり過ぎてワイヤ加工性が低下し、また溶射皮膜を仕上加工する際の被削性が劣化してしまう。
Si:0.20〜1.85%
Siは基材表面に対する溶射皮膜の密着強度を高める働きがあり、Si含有量が0.20%未満であると密着強度が低下してしまう。
一方1.85%を超えて過剰になると、Siの含有に基づいて、溶射の際に粒子中に空気中の窒素を取り込んで溶射皮膜の耐摩耗性を向上させる効果が急激に低下し、必要な耐摩耗性が得られなくなる。
Mn:1.80〜2.70%
Mnは溶射皮膜の耐剥離性を高め、エロージョン量を少なくし、また耐スカッフ性,耐焼付き性を高める上で重要な働きを有する。
但し1.80%未満であると十分な効果が得られず、一方2.70%を超えて過剰になると耐焼付き性は飽和する一方で、Cと同様にワイヤの加工性を低下せしめる。
従って本発明ではMnの含有量を1.80〜2.70%の範囲内とする。
Cr:7.5〜11.5%
Crは溶射皮膜に対して優れた耐食性と耐摩耗性を与える上で重要な成分である。
但し7.5%未満であるとその効果を十分に得ることができず、また一方11.5%を超えて過剰に添加しても耐食性,耐摩耗性の向上効果は飽和する。
従って本発明ではCr含有量を7.5〜11.5%の範囲内とする。
本発明の溶射ワイヤを用いた場合に溶射皮膜の耐剥離性が高くなる理由を模式的に表した説明図である。 溶射ワイヤのMn量と耐スカッフ時間との関係を表した図である。 実施例の溶射ワイヤを用いて形成した溶射皮膜の断面の光学顕微鏡写真を、比較例の溶射ワイヤを用いて形成した溶射皮膜の断面の顕微鏡写真と比較して示した図である。 溶射ワイヤを用いてアーク溶射を行う方法を模式的に示した図である。
次に本発明の実施形態を以下に説明する。
表1に示す化学組成の溶射ワイヤを製造し、溶射試験を行って以下の条件で表1に示す腐食減量,摩耗深さ,エロージョン量,耐スカッフ性等の特性を測定し評価を行った。
I.溶射条件
表1に示す各種組成の溶射ワイヤを用い、図4に模式図で示した方法でシリンダボア内面(III.の摩耗深さ測定ではブロック試料)にアーク溶射を行った。
溶射条件は以下とした。
溶射方法:アーク溶射(2線式)
溶射電圧:28V
ワイヤ径:φ1.6mm
II.腐食減量(硫酸浸漬試験)
腐食減量は以下のようにして測定した。
溶射したボアより切出した試料を洗浄、乾燥後に重量測定し、これを60℃の硫酸(0.02N)中へ60分浸漬させた。試験終了後、再度洗浄、乾燥し重量測定してその差を腐食減量とした。
III.摩耗深さ
摩耗深さは次のようにして測定を行った。
ブロック・オン・リング摩耗試験機(LFW)を用いて試験を行った。
詳しくは、ブロック試料に溶射を行い、相手材としてピストンリング材(CrNリング)を用いて、リング材上部に接してブロック試料を固定し、ブロック材上部より負荷を与えてリング材を回転させた。このとき負荷を180kgfまで160rpmで徐々に上げていき、30分間試験を実施した。この時リング材の下半分は常温油浴の中にある。
IV.エロージョン量
エロージョン量については以下の方法にて測定を行った。
溶射したボアより切出した試料を洗浄、乾燥後に重量測定し、これを噴射圧力30000psi、回転数650rpmでウォータージェット処理し、乾燥後再度重量測定してその差をエロージョンの特性値とした。
V.耐スカッフ時間
耐スカッフ性については以下のような方法で測定を行った。
溶射したボアより切出した試料の摺動面にピストンリング(CrNリング)を330MPaの圧力で押付け、摺動面にノズルからオイル(5W30ベースオイル)を滴下しながら、ピストンリングを500サイクル/分で摺動させる条件で測定を行った。
これらの結果が表1に示してある。
尚、腐食減量については鋳鉄ライナを基準とし、目標値を15(mg/cm)以下とした。
また摩耗深さは同じく鋳鉄ライナを基準とし、目標値を12μm以下とした。
更にエロージョン量については目標値を20(mg/cm)以下とし、また耐スカッフ時間については10分以上を目標値とした。
表1の結果において、比較例1ではSi含有量が1.87%で、本発明の上限値である1.85%よりも過剰であり、摩耗深さが目標値を超えて大きい。
比較例2ではMn量が1.74%で、本発明の下限値である1.80%よりも低く、Mn量の不足によってエロージョン量が目標値よりも大で、耐スカッフ時間も目標値以下である。
比較例3ではCr量が7.3%で、本発明の下限値である7.5%よりも低く、腐食減量の値が目標値よりも多い。
比較例4ではSi量が1.90%で、本発明の上限値の1.85%よりも多く、またMn量が1.52%で本発明の下限値の1.80%よりも少なく、摩耗深さが目標値よりも大で、エロージョン量も同じく目標値よりも大、尚且つ耐スカッフ時間も目標値に達していない。
比較例5ではSi量が1.91%で本発明の上限値よりも高く、更にCr量が本発明の下限値よりも低く、腐食減量及び摩耗深さが目標値を超えて大である。
比較例6ではMn量が1.31%で本発明の下限値よりも低く、またCr量が7.0%で同じく本発明の下限値よりも低い。結果として腐食減量が目標値を超えて大であり、更にエロージョン量が目標値を大きく上回っており、一方耐スカッフ時間は目標値に達していない。
これに対して本発明の実施例1〜10は腐食減量,摩耗深さ,エロージョン量,耐スカッフ時間の何れも目標値を満たしている。
尚表1の総合判定では、全ての特性が目標値を満たしている場合に○とし、何れか1つの特性が目標値を満たしていない場合には×とした。
図2は実施例1〜実施例10,比較例1〜比較例6のそれぞれについて横軸にMn量を、縦軸に耐スカッフ時間を取って、それらの関係を表したものである。
図2から明らかなように、Mn量の増大につれて耐スカッフ時間は長くなっており、そしてMn量を1.80%以上とすることで耐スカッフ時間を目標値以上とすることができる。
Mn量が1.80%を超えた領域においてもMn量の増大とともに耐スカッフ時間は延びているが、Mn量が2.7%を超えて過剰になると、耐スカッフ性の特性は満たすものの、溶射ワイヤが硬くなり過ぎてワイヤの加工性が低下してしまう。
従ってMnの添加量は2.70%以下とする必要がある。
次に、図3は表1の実施例3と比較例6の溶射ワイヤを用いてシリンダボア内面に溶射を行ったときの断面の光学顕微鏡写真を示したもので、同図中(イ)が実施例3の溶射ワイヤを用いた場合の断面写真を、また(ロ)が比較例6の溶射ワイヤを用いた場合の断面写真をそれぞれ示している。
これらの図から明らかなように、比較例6の溶射ワイヤを用いたものでは空隙Kが多く発生しているのに対し、実施例3の溶射ワイヤを用いたものでは空隙Kが僅かであり、溶射皮膜が緻密であることがこの図から見て取れる。
以上本発明の実施形態を詳述したがこれはあくまで一例示であり、本発明はその趣旨を逸脱しない範囲において種々変更を加えた態様で実施可能である。

Claims (1)

  1. 質量%で
    C:0.01〜0.20%
    Si:0.20〜1.85%
    Mn:1.80〜2.70%
    Cr: 7.5〜11.5%
    残部Fe及び不可避的成分の組成を有することを特徴とする鉄系溶射皮膜用溶射ワイヤ。
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