JP2011147387A - 物質分布制御方法、デバイス、細胞培養方法、細胞分化制御方法 - Google Patents
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Abstract
【解決手段】液体で満たされたマイクロ空間内の物質分布を制御する方法であって、組成が異なるn種(nは2以上の整数)の液体をそれぞれ層流として合流させて幅方向にn個の層流が隣接する多層流を形成し、該多層流を、前記マイクロ空間下に孔径1μm以上の多孔膜を介して配置されたマイクロ流路に流通させることを特徴とする物質分布制御方法。
【選択図】なし
Description
最近の研究によって、細胞をとりまく微小環境(たとえば分化に影響する物質(例:分化制御因子等の液性因子)の濃度、細胞間相互作用、細胞外マトリックスとの間の相互作用、細胞への物理的刺激など)が細胞の分化の方向性に影響を与えることがわかってきている。そのため、分化効率の向上には、細胞をとりまく微小環境を精密に設計・制御することが重要と考えられる。
他の細胞培養法として、培養容器内に、栄養成分や酸素を含んだ培養液を灌流させて培養する灌流培養法がある。灌流培養では、培養液の組成を調整することにより、培養容器内の物質分布の経時的制御が可能である。しかし、灌流下で培養を行うと、せん断応力による悪影響がある。たとえば流れによって生じるせん断応力が、細胞容器に付着している細胞を剥離させ、細胞が失われることがある。
このような問題に対し、内部にコンパートメントを備えた細胞培養チャンバーにおいて、コンパートメント内部を半透膜で上層と下層に区画し、下層に培養液を流通させつつ上層で細胞を培養する方法が提案されている(特許文献1、非特許文献1)。
しかし、上記の方法では、培養環境内に物質濃度勾配を形成するなど、物質分布を空間的に制御することはできない。
最近、このマイクロ空間特有の現象を利用して物質濃度勾配を形成し、細胞培養に応用した研究が行われるようになっている。たとえば非特許文献2〜7では、層流を利用して、マイクロ空間内に物質濃度勾配を形成している。また、非特許文献8〜9では、物質の拡散を利用して、マイクロ空間内に物質濃度勾配を形成している。
しかし、層流場で培養を行うと、上記灌流培養と同様、せん断応力による悪影響がある。特に、層流を利用して物質濃度勾配を形成する方法では、濃度勾配を維持するにはある程度流速を速くする必要があるため、せん断応力の影響が大きい。また、多能性幹細胞の場合、該せん断応力により細胞が変質したり、分化の方向性が変わってしまうとの報告もある(たとえば非特許文献10)。
また、培養細胞が三次元構造体(たとえば胚様体や受精卵)を形成する場合には、該三次元構造体によって層流が乱れてしまうため、マイクロ空間における物質分布の精密な制御が困難となる。
また、物質の拡散を利用する方法では、拡散により物質分布(濃度)が経時的に一様となるため、マイクロ空間内に所定の物質分布を長期に渡って維持することはできない。そのため細胞の分化を精密に制御することもできない。
本発明は以下の態様を有する。
[1]液体で満たされたマイクロ空間内の物質分布を制御する方法であって、
組成が異なるn種(nは2以上の整数)の液体をそれぞれ層流として合流させて幅方向にn個の層流が隣接する多層流を形成し、
該多層流を、前記マイクロ空間下に孔径1μm以上の多孔膜を介して配置されたマイクロ流路に流通させることを特徴とする物質分布制御方法。
[2]前記マイクロ流路内においてレイノルズ数が2000未満となるように前記多層流を流通させる、[1]に記載の物質分布制御方法。
[3][1]または[2]に記載の物質分布制御方法に用いられるデバイスであって、
表面にそれぞれマイクロ流路構造が設けられた第一の基板および第二の基板を備え、
前記第一の基板表面のマイクロ流路構造は、多層流が流通する多層流流通部と、該多層流流通部の上流側に配置された多層流形成部と、該多層流流通部の下流側に配置された多層流排出部とを有し、
前記第二の基板表面のマイクロ流路構造は、前記多層流流通部と略同一パターンのマイクロ空間部と、該マイクロ空間部への液体の導入または導出のための導出入路部とを有し、
前記第一の基板と第二の基板とが、前記マイクロ流路構造が設けられた面を内側にして、前記多層流流通部および前記マイクロ空間部の位置が一致するように積層され、
前記多層流流通部と前記マイクロ空間部との間に孔径1μm以上の多孔膜が挟持されているデバイス。
[4]液体で満たされたマイクロ空間内にて細胞を培養する方法であって、
組成が異なるn種(nは2以上の整数)の培養液をそれぞれ層流として合流させて幅方向にn個の層流が隣接する多層流を形成し、
該多層流を、前記マイクロ空間下に孔径1μm以上の多孔膜を介して配置されたマイクロ流路に流通させることを特徴とする細胞培養方法。
[5]予備培養を行って前記多孔膜の前記マイクロ空間側に前記細胞を付着させた後、前記多層流の流通を開始する、[4]に記載の細胞培養方法。
[6]前記細胞が前記多孔膜に付着していない状態で前記多層流の流通を行う、[4]に記載の細胞培養方法。
[7]前記細胞が多能性幹細胞である、[4]〜[6]のいずれか一項に記載の細胞培養方法。
[8]前記細胞が三次元構造体を形成している、[6]に記載の細胞培養方法。
[9]液体で満たされたマイクロ空間内にて細胞の分化を制御する方法であって、
前記細胞の分化を制御する物質の種類または濃度が異なるn種(nは2以上の整数)の培養液をそれぞれ層流として合流させて幅方向にn個の層流が隣接する多層流を形成し、
該多層流を、前記マイクロ空間下に孔径1μm以上の多孔膜を介して配置されたマイクロ流路に流通させることを特徴とする細胞分化制御方法。
[10]予備培養を行って前記多孔膜の前記マイクロ空間側に前記細胞を付着させた後、前記多層流の流通を開始する、[9]に記載の細胞分化制御方法。
[11]前記細胞が前記多孔膜に付着していない状態で前記多層流の流通を行う、[9]に記載の細胞分化制御方法。
[12]前記細胞が多能性幹細胞である、[9]〜[11]のいずれか一項に記載の細胞分化制御方法。
[13]前記細胞が三次元構造体を形成している、[11]に記載の細胞分化制御方法。
上記多層流は、それぞれ組成(物質濃度)が異なるn種の層流がマイクロ流路の幅方向に順次積層したものであり、マイクロ流路の幅方向において物質濃度が変化している。このような物質分布を有する多層流をマイクロ流路に流通させると、n種の層流にそれぞれ含まれる物質が拡散により多孔膜を通過して上層のマイクロ空間内に移動する。その結果、各層流の上方のマイクロ空間内に、各層流と同じ物質濃度の領域が、各層流と略同じ幅で形成される。このようにして、上層のマイクロ空間内に多層流と同様の物質分布が形成される。
従来、流体中から膜を透過して流れのない液体中に移行した物質の濃度分布は、拡散により経時的に一様になるものと考えられていた。しかし本発明者らの知見によれば、孔径1μm以上の多孔膜を用いることで、意外にも、上層のマイクロ空間内に、下層のマイクロ流路を流通する多層流と同様の物質分布が形成されるとともに、該多層流を流通させている間は該物質分布が維持される。
そのため、本発明においては、n種の液体の組成や流量を調整するだけで、マイクロ空間内の物質分布を時間的にも空間的にも精密に(マイクロスケールレベルで)制御でき、また、24時間以上にわたるような長期的な制御も可能である。このことは、比較的時間を必要とする細胞の培養や分化の制御を行う上で有用である。たとえばマイクロ空間内で多能性細胞等の細胞を培養するとともに、該マイクロ空間内にて、培養細胞の分化を制御する物質の種類(分化誘導因子、分化抑制因子等)または濃度の分布を空間的および/または時間的に制御することにより、該細胞の分化を精密に制御することが可能である。
また、多層流の流通時、その流れによって生じるせん断応力は多孔膜によって軽減される。たとえばマイクロ空間を、該マイクロ空間内に存在する微粒子のブラウン運動を観察可能な高レベルの静的環境とすることも可能である。そのため、該マイクロ空間内では、接着力の弱い細胞であっても培養することが可能である。また、該せん断応力によって生じる、培養細胞の活性や分化への影響も抑制できる。
さらに、マイクロ空間にて培養する細胞が三次元構造体を形成する場合であっても、下層のマイクロ流路内の流れが乱れることはないので、マイクロ空間内における物質分布制御の精密性が維持される。
nは、2以上の整数であればよく、上限は特に限定されない。好ましくは、多層流を構成する各層流の幅が10μmより小さくならない範囲で設定する。各層流の幅は、10〜1000μmが好ましく、50〜500μmがより好ましい。
表面にそれぞれマイクロ流路構造が設けられた第一の基板および第二の基板を備え、
前記第一の基板表面のマイクロ流路構造(以下、下層流路ということがある。)は、多層流が流通する多層流流通部と、該多層流流通部の上流側に配置された多層流形成部と、該多層流流通部の下流側に配置された多層流排出部とを有し、
前記第二の基板表面のマイクロ流路構造(以下、上層流路ということがある。)は、前記多層流流通部と略同一パターンのマイクロ空間部と、該マイクロ空間部への液体の導入または導出のための導出入路部とを有し、
前記第一の基板と第二の基板とが、前記マイクロ流路構造が設けられた面を内側にして、前記多層流流通部および前記マイクロ空間部の位置が一致するように積層され、
前記多層流流通部と前記マイクロ空間部との間に孔径1μm以上の多孔膜が挟持されているデバイス。
該デバイスにおいては、下層流路の多層流形成部にn種の液体をそれぞれ導入することで多層流が形成され、該多層流は、多層流流通部を通過し、多層流排出部からデバイス外部に排出されるようになっている。
該デバイス内には、上層流路のマイクロ空間部と多孔膜とによりマイクロ空間が形成されており、該マイクロ空間の下に、多孔膜を介して多層流流通部が配置されている。マイクロ空間部と多層流流通部とは、略同一のパターンで形成されている。
そのため、前記マイクロ空間に液体を満たした状態で、下層流路の多層流形成部にn種の液体を導入すると多層流が形成され、該多層流がマイクロ空間下の多層流流通部を流通することとなる。多層流流通部とマイクロ空間との界面には所定の孔径の多孔膜が配置されているため、該多孔膜を介して、多層流を構成するn種の層流中の物質がそれぞれ上方に移動し、結果、マイクロ空間内に、その下を流れる多層流と同様の物質分布が形成される。
該デバイスにおいては、多層流流通部、マイクロ空間部が、それぞれ、本発明の物質分布制御方法におけるマイクロ流路、マイクロ空間に相当する。
図1〜3に本実施形態のデバイス1を示す。図1はデバイス1の斜視図であり、図2はデバイス1の分解斜視図であり、図3はデバイス1の上面図である。
デバイス1は、表面に下層流路21が形成された第一の基板2と、表面に上層流路31が形成された第二の基板3とが、下層流路21および上層流路31が形成された面を内側にして積層された積層体を備え、第一の基板2と第二の基板3との間の所定の位置に、孔径1μm以上の多孔膜4が挟持されている。
該積層体において、下層流路21上の、上層流路31と重複部分はすべて多孔膜4で被覆されている。これにより、下層流路21を流通する液体が、上層流路31に直接流入しないようになっている。
多層流形成部は、分岐流路部212a〜212cと、分岐流路部212a〜212cの合流点と多層流流通部211の上流側末端とを連絡する連絡流路部212dとから構成される。多層流形成部においては、分岐流路部212a〜212cのうち、2つまたは3つの上流側末端にそれぞれ組成の異なる液体を導入すると、各液体が層流を形成し、合流して2層または3層の多層流が形成されるようになっている。
多層流流通部211と、分岐流路部212bと、連絡流路部212dと、多層流排出部213とは、略同一直線上に配置されている。
導出入路部312,313は、それぞれ、マイクロ空間部311の長手方向の両端(多層流流通部211における多層流の流通方向の上流側末端および下流側末端)から、マイクロ空間部311の長手方向に対して一定の角度で屈曲させて形成されている。
マイクロ空間部311は、多層流流通部211と略同一パターンに形成されている。すなわち、多層流流通部211の長さ(多層流の流通方向の長さ)および幅と略同一の長さおよび幅で形成されている。
貫通孔36,37はそれぞれ導出入路部312,313の末端に対応する位置に設けられている。これにより、貫通孔36,37を介して、マイクロ空間部311への液体の導入または排出を行うことができるようになっている。マイクロ空間部311にて細胞の培養または分化の制御を行う場合、該貫通孔36,37は、マイクロ空間部311への細胞の導入、または細胞の取出しにも利用できる。
多層流流通部211は、好ましくは、多層流流通部211内を流通する液体(多層流)のレイノルズ数が2000未満となるように、液体の物性(密度および粘性率)や流速を考慮しての幅および高さが設定される。該レイノルズ数が2000未満であれば、多層流の層流状態が安定で、隣接する層流間での物質移動がほとんど生じない状態でマイクロ流路を流通する。該レイノルズ数は、2000以下が好ましく、100以下がより好ましく、1以下がさらに好ましい。該レイノルズ数の下限は特に限定されない。
レイノルズ数は、従来、流体の挙動を説明する上で重要な指標の一つとして知られており、下記式により定義される。
Re=ρ×r×l/μ
[式中、Reはレイノルズ数であり、ρは液体の密度であり、rは流速であり、lは代表長さであり、μは液体の粘性率である。]
多層流流通部211を流通する液体のレイノルズ数については以下の手順で求められる。まず、各層流を構成するn種の液体の密度をそれぞれρ1、ρ2…ρn、粘性率をそれぞれρ1、ρ2…ρn,μ1,μ2,…μnとし、各液体の密度および粘性率と、多層流流通部211における各液体の流量比から、多層流を構成する全液体の混合液の密度ρ’および粘性率μ’をそれぞれ算出する。該密度ρ’および粘性率μ’と、多層流流通部211における多層流の流速および代表長さから、多層流流通部211を流通する液体のレイノルズ数が求められる。
流速r(単位:μm/min)は、平均的な流速は平均的な流速=流量/流路の断面積により求められる。
代表長さlは、その長さを変えたときに流れが最も影響を受けやすい場所の断面積および周囲長さにより決定される。たとえばマイクロ流路の断面形状が高さh1と幅(深さ)wの矩形である場合、その代表長さlは下記式により求められる。
l=4×h1×w/2(h1+w)
そのため、多層流流通部211の幅および高さは、流通させる液体の物性や流速によっても異なり、特に限定されないが、幅広い範囲の密度または粘性率の液体に適用できることから、幅1〜100000μmの範囲内、高さ1〜10000μmの範囲内で設定することが好ましい。多層流流通部211の幅は、1〜1000μmがより好ましく、20〜1000μmがさらに好ましい。また、高さは、1〜1000μmがより好ましく、1〜500μmがさらに好ましい。幅および高さが上記範囲の上限値以下であるとレイノルズ数が小さく、層流の安定性が良好となる。下限値以上であると、当該流路構造を形成しやすい、細胞実験等への応用に適している、せん断応力を軽減できる等の利点がある。
分岐流路部212a〜212cの幅および高さは、幅広い範囲の密度または粘性率の液体に適用できることから、幅0.1〜100000μmの範囲内、高さ0.1〜1000μmの範囲内で設定することが好ましい。流路212a〜212cの幅は、1〜1000μmがより好ましく、20〜1000μmがさらに好ましい。また、流路212a〜212cの高さは、1〜1000μmがより好ましく、1〜100μmがさらに好ましい。幅および高さが上記範囲の上限値以下であるとレイノルズ数が小さくなり、層流が形成されやすい。下限値以上であると、当該流路構造を形成しやすい、少量の流量で層流が形成可能である、使用する試薬などの使用量が減少する等の利点がある。
また、分岐流路部212a〜212cがそれぞれ隣接する流路との間でなす角度(流路212aと流路212bとがなす角度と、流路212aと流路212bとがなす角度)は、同等であることが好ましい。
また、多層流排出部213は、幅方向の断面形状が多層流流通部211と同じに形成されている。これにより、多層流流通部211内を流通する多層流がスムーズに排出されるようになっている。
たとえばマイクロ空間内の観察を行う場合、可視光を透過する透明材料が好ましい。透明材料として、たとえばポリジメチルシロキサン(以下、PDMSという)等のシリコーンゴム、アクリル樹脂、ガラス、ゲル等が挙げられる。また、透明材料以外では金属、Si等が挙げられる。
また、マイクロ空間内にて細胞の培養または分化制御を行う場合は、培養細胞に対して適合性を有する材料を用いることが好ましい。該材料としては、特に、デバイス外の大気中の酸素をマイクロ空間内に供給できる点から、酸素透過性を有する材料が好ましい。該材料としては、既知の任意の酸素透過性材料が使用可能であり、たとえば、酸素透過性コンタクトレンズなどに用いられている生体適合性の酸素透過性材料などを挙げることができる。特に、デバイス外部からマイクロ空間の培養細胞を観察できることから、酸素透過性を有する材料が、透明材料であることが好ましい。
生体適合性の酸素透過性材料として具体的には、シリコーンゴムが挙げられる。特に、生体適合性を有するとともに、透明性および酸素透過性を有し、さらに安価な材料であることから、PDMSが好ましい。
マイクロ空間部311の高さ(多孔膜4表面に対して垂直方向における幅)は、マイクロ空間部311および多孔膜4により形成されるマイクロ空間内に物質分布が良好に形成できる点から、10000μm以下が好ましく、1000μm以下がより好ましい。
該高さの下限は、物質分布の制御の観点からは特に限定されず、目的に応じて適宜設定できる。たとえばマイクロ空間内にて細胞の培養または分化制御を行う場合には、培養細胞のサイズよりも高く設定する。
細胞のサイズは種類や接着状態によって異なる。たとえば哺乳動物の胚性幹細胞の大きさは、通常、接着時においては長径で約10〜20μm、短径で約5〜10μmであり、トリプシン等により剥離して浮遊させた状態では約5〜10μmの球体である。受精卵の大きさは、通常、ヒトは約130μm、マウスは約80μm、ウシやブタは約120〜130μmである。胚様体は、人工的に作る細胞塊であり、そのサイズは様々な手法によって変えられるものであり、特に限定されないが、通常、50μm〜1mm程度である。
導出入路部312,313は、それぞれ、マイクロ空間部311の長手方向の両端(多層流流通部211における多層流の流通方向の上流側末端および下流側末端)から、マイクロ空間部311の長手方向に対して一定の角度で屈曲させて形成されている。
導出入路部312がマイクロ空間部311の長手方向となす角度(図3中のθ3)、導出入路部313がマイクロ空間部311の長手方向となす角度(図3中のθ4)は、それぞれ、0〜179度が好ましく、0〜90度がより好ましい。これらの角度が上記範囲内であると、マイクロ空間部311にて細胞の培養や分化の制御を行う場合に、該マイクロ空間部311に細胞を一様に播種しやすい。
多孔膜4の孔径は、1μm以上が好ましく、5μm以上がより好ましく、10μm以上がさらに好ましい。孔径が大きいほど、マイクロ空間に、マイクロ流路を流通する多層流の物質分布が反映されやすく、コントラストの明確な物質分布が形成されやすい。孔径の上限は、多層流により生じるせん断応力によるマイクロ空間への負荷を低減する観点から、50μm以下が好ましく、20μm以下がより好ましい。
マイクロ空間内にて細胞の培養または分化制御を行う場合は、さらに、培養細胞のサイズを考慮することが好ましい。すなわち、多孔膜4が有する細孔が大きすぎると、培養細胞がマイクロ流路に浸潤、流出するおそれがある。そのため、この場合は、多孔膜4として、培養細胞のサイズよりも孔径が小さいものを用いることが好ましい。該多孔膜4の孔径は、培養細胞のサイズの100%以下が好ましく、50%以下がより好ましい。ここで、培養細胞のサイズは単一細胞の直径を意味し、顕微鏡観察により測定できる。
たとえば胚性幹細胞(以下、ES細胞という。)、人工多能性幹細胞(以下、iPS細胞という。)等の多能性幹細胞のサイズは、一般的に、10〜20μm程度である。そのため、培養細胞が胚性幹細胞である場 合、多孔膜4の孔径は、15μm以下が好ましく、10μm以下がより好ましい。
また、胚様体、受精卵等の三次元構造体のサイズは、一般的に、50μm〜1mm程度である。そのため、培養細胞が三次元構造体を形成する場合、多孔膜4の孔径は、50μm以下が好ましく、10μm以下がより好ましい。
多孔膜4の材質としては特に限定されず、従来、多孔膜の材料として用いられているものと同様であってよい。具体的には、ポリスチレン、ポリカーボネート、ポリエステル、ポリエチレン、ポリテトラフルオロエチレン(以下、PTFEという)等が挙げられる。
また、多孔膜4の表面に、細胞接着性を高める等の目的で、表面処理が施されていても良い。
多孔膜4の厚さは、物質の透過性の観点から、100μm以下が好ましく、20μm以下がより好ましい。
多孔膜4は、Whatman社等から販売されている市販品を利用できる。
第一の基板2、第二の基板3は、それぞれ、従来、マイクロリアクター等の流路構造を有するマイクロデバイスの製造に用いられている方法など、公知の微細加工法を利用して製造できる。該微細加工法としては、たとえばリソグラフィー法、エッチング法、切削、射出成型等が挙げられる。
リソグラフィー法を用いた製造方法の一例を挙げると、以下の工程(1)〜(5)を行うことにより第一の基板2を作製できる。
(1)まず、基板上に、スピンコーティングによりフォトレジストを塗布してフォトレジスト層を形成する。
(2)フォトレジスト層に対し、下層流路21に対応したパターンのマスクを介して露光し、現像することにより、フォトレジスト層をパターニングする。
(3)パターニングされたフォトレジスト層(鋳型)上に、UV硬化型または熱硬化型ポリマーのプレポリマーを塗布してプレポリマー層を形成する。
(4)プレポリマー層にUVを照射または加熱して硬化させてポリマー層とする。
(5)ポリマー層を剥離する。
このようにして得られるポリマー層の表面には、フォトレジスト層のパターンが反転したパターン(たとえばフォトレジスト層のパターンがラインパターンの場合はスペースパターン)で、フォトレジスト層の厚さと同じ高さ(深さ)の下層流路21が形成されている。このポリマー層を第一の基板2として使用できる。
第二の基板3は、マスクとして上層流路31に対応したパターンのマスクを用いる以外は上記(1)〜(5)と同様にしてポリマー層を得た後、さらに、該ポリマー層に貫通孔32〜37を開けることにより作製できる。
本実施形態では、分岐流路部212bを封鎖した状態で、分岐流路部212a、212cにそれぞれ液体L1、L2を導入することにより2層流を形成し、多層流流通部211に流通させている。すなわち、液体L1、L2をそれぞれ貫通孔32、34から分岐流路部212a、212cに導入すると、分岐流路部212a、212cにて各液体の層流が形成され、流路212a、212cの下流側末端で合流し、2個の層流が幅方向に並んだ多層流(2層流)が形成される。該2層流は、連絡流路部212dを通って多層流流通部211に供給され、多層流流通部211を流通し、多層流排出部213の下流側末端から貫通孔35を介してデバイス1外に排出される。
上記のようにして2層流を多層流流通部211に流通させると、多層流流通部211の上層のマイクロ空間部311内に、該2層流と同様の物質分布が形成される。
該液体L1、L2の組成や流量を調整するだけで、マイクロ空間部311内の物質分布を時間的にも空間的にも精密に制御できる。たとえば、液体L1として物質Aを濃度a1で含有する液体、液体L2として物質Aを濃度a2(a1<a2)で含有する液体を用いると、マイクロ空間部311内に、物質Aの濃度勾配が生じる。つまり、液体L1の層流の上方の部分は物質Aを比較的低濃度に含有する領域(低濃度領域)となり、液体L2の層流の上方の部分は物質Aを比較的高濃度に含有する領域(高濃度領域)となり、マイクロ空間部311内の幅方向に、物質Aの濃度勾配が生じる。
濃度a1、a2のいずれか一方または両方を変化させると、該濃度勾配を変化させることができる。
また、層流L1、L2それぞれの幅w1、w2を変化させると、マイクロ空間部311内における高濃度領域の幅と低濃度領域の幅も変化する。
層流L1、L2それぞれの幅w1、w2は、液体L1、L2の流量の比率を調節することで調節できる。たとえば液体L1の流量の比率を高めると、層流L1の幅w1が広くなる。各液体の流量の制御は、シリンジポンプ、電気浸透流ポンプ、その他機械的動作によるポンプ等の公知の液体供給装置を用いて実施できる。
また、液体L1、L2にそれぞれ配合する物質の種類を変更する、複数種の物質を組み合わせる、該複数種の物質の比率を変更する等により、マイクロ空間部311内に複雑な物質分布を形成できる。
また、液体L1、L2の組成を経時的に変化させることで、マイクロ空間部311内における物質分布を経時的に変化させることができる。一方、液体L1、L2の組成を変更しない場合は、当初の物質分布をそのまま維持できる。
レイノルズ数は、上述したように、多層流流通部211のサイズ(幅および高さ)のほか、液体の物性(密度ρ、粘性率μ)や流速rによっても調節できる。特に流速rは、分岐流路部212a、212cにそれぞれ導入する液体L1、L2の流量を変更する簡便な方法で調節でき、好ましい。
たとえば上記実施形態では、デバイス1の第一の基板2に、連絡流路部212dに合流する分岐流路部(多層流を形成する各層流を形成するための流路)を3つ設けた例を示したが、分岐流路部の数は2であってもよく、4以上であってもよい。分岐流路部の数の上限は特に限定されず、使用する液体の数(n)に応じて適宜設定すればよい。デバイスの操作性を考慮すると5以下が好ましい。
また、連絡流路部212d、多層流流通部211および多層流排出部213が同一直線上に形成されている例を示したが本発明はこれに限定されない。たとえば。連絡流路部212d、多層流流通部211、多層流排出部213のうち、少なくとも1つが曲線状に形成されていてもよい。
また、連絡流路部212dと多層流流通部211と多層流排出部213との幅方向の断面形状が同一である例を示したが本発明はこれに限定されず、各流路の断面形状が異なっていてもよい。ただし層流の安定性の観点からは、同一であることが好ましい。
また、第二の基板3において、マイクロ空間部311の長手方向の両端にそれぞれ導出入路部312,313を設けているが、導出入路部312,313のいずれか一方のみであってもよい。
また、図4においては2層流を形成して物質濃度分布を制御する例を示したが本発明はこれに限定されない。たとえば分岐流路部212a〜212c全てに液体を導入すると、3層流を形成できる。この場合、2層流の場合よりも複雑な物質分布制御が可能である。たとえば多層流流通部211内に、高濃度領域−低濃度領域−高濃度領域の濃度勾配の物質分布、低濃度領域−高濃度領域−低濃度領域の濃度勾配の物質分布、物質A含有領域−物質B含有領域−物質C含有領域といった物質分布を形成できる。
たとえば前記液体として培養液を用いることにより、本発明の物質分布制御方法を、細胞の培養に利用することができる。
すなわち、マイクロ空間内に培養しようとする細胞(以下、培養細胞という。)を導入し、マイクロ流路に複数の培養液からなる層流から構成される多層流を流通させると、各層流を構成する培養液に含まれる栄養成分や酸素が多孔膜を介して上層のマイクロ空間内の培養細胞に供給される。また、マイクロ空間内にて培養細胞から排出された老廃物は、多孔膜を介して多層流内に拡散し、排出される。
このとき、多層流を構成する複数の培養液の組成(栄養成分の種類や濃度、酸素濃度等)を調整することにより、マイクロ空間内の物質分布を、実際の生体内にて培養細胞を取り巻く環境における物質分布と類似したものとすることができる。そのため、本発明によれば、従来に比べて、より生体内に近い環境で細胞を培養することができる。たとえば生体内においては複数の細胞がそれぞれ、隣接しつつも異なる環境下に存在している(たとえば肝臓細胞と膵臓細胞)が、本発明によれば、マイクロ空間内にこれに類似した環境を形成できる。
また、上述したように、多層流により生じるせん断応力のマイクロ空間への影響は多孔膜によって軽減されるため、該マイクロ空間内では、接着力の弱い細胞であっても培養することができる。また、培養細胞の活性等に対するせん断応力による影響も生じない。
さらに、該マイクロ空間にて培養する細胞が三次元構造体を形成する場合であっても、下層のマイクロ流路内の流れが乱れることはないので、マイクロ空間内における物質分布制御の精密性が維持される。
特に、生命科学、再生医療、細胞・組織工学、発生工学など様々な分野において有用であるため、ES細胞、iPS細胞等の胚性幹細胞が好ましい。また、胚様体、受精卵等の三次元構造体を形成している細胞も好ましい。
本発明は、これら未分化の細胞だけでなく、肝細胞、小腸細胞等の各種臓器細胞、植物細胞、大腸菌、酵母等の培養にも利用できる。
培養細胞のマイクロ空間への導入は、たとえば前記デバイスを用いる場合は、マイクロ空間部への液体の導入または導出のための導出入路部を使用することにより実施できる。
特に、培養液として、細胞の分化を制御する物質(以下、分化制御因子という。)の種類または濃度が異なる培養液を用いると、培養細胞の分化の制御を行うことができる。たとえば、マイクロ空間内で多能性細胞等の細胞を培養するとともに、該マイクロ空間内にて培養する細胞の分化制御因子の種類(たとえば分化誘導因子または分化抑制因子)や濃度を変えることにより、該マイクロ空間内の細胞の分化の程度を局所的に変えることができる。また、このとき、上述したように、多層流により生じるせん断応力のマイクロ空間への影響は多孔膜によって軽減されるため、細胞の分化に対するせん断応力による影響も生じない。
分化制御因子は、培養細胞の種類に応じて公知の分化制御因子のなかから適宜選択すればよい。
特に、多孔膜に培養細胞を付着させた状態にて細胞の培養または分化の制御を行う場合は、予備培養を行って前記多孔膜の前記マイクロ空間側に前記細胞を付着させた後、前記多層流の流通を開始することが好ましい。
このとき、培養細胞が多孔膜に対して接着性を有さないものである場合は、予備培養を行う前に、細胞が接着する足場となるマトリックスの溶液をマイクロ空間内に導入し、該マトリックスを多孔膜表面に付着させておくことが好ましい。該マトリックスとしては、たとえばゼラチン、フィブロネクチン、コラーゲン,ゲル等が挙げられる。
培養細胞が多孔膜に対して接着性を有するものである場合は、培養細胞をそのまま培養液とともにマイクロ空間内に導入して予備培養を行えばよい。
胚様体、受精卵等の三次元構造を形成している細胞の場合は、通常、多孔膜に付着していない状態で培養または分化の制御が行われる。このように、培養細胞が多孔膜に付着していない状態で培養または分化の制御を行う場合は、予備培養を行ってもよく、行わなくてもよい。
なお、後述する試験例において、蛍光観察および蛍光強度の測定は、位相差顕微鏡、微分干渉顕微鏡、共焦点顕微鏡を用いて行った。
図1〜3に示す構成のデバイスを以下の手順で製造した。
まず、シリコン基板を用意し、該基板上に、スピンコーティングによりフォトレジスト(商品名「SU−8 2100」;マイクロケム社製)を塗布し、ベークしてフォトレジスト層を形成した。次いで、下層流路21のパターンのマスクを介して露光、現像を行い、フォトレジスト層にマスクのパターンを転写した。該フォトレジスト層(鋳型)上に、未硬化のPDMSを塗布してポリマー層を形成し、UV照射により硬化させた。硬化後、ポリマー層を剥離して第一の基板2(外径:長径50mm×短径20mm×厚さ5000μm、多層流流通部211:幅1mm×高さ200μm×長さ10000μm、分岐流路部212a〜212c:幅500μm×高さ200μm、分岐流路部212aの合流角度θ1:135度、分岐流路部212cの合流角度θ2:135度)を得た。
マスクを上層流路31のパターンのものに変更した以外は同じ操作を行い、剥離したポリマー層に貫通孔32〜37を開けて第二の基板3(外径:長径50mm×短径50mm×厚さ5000μm、マイクロ空間部311:幅1mm×高さ200μm×長さ15000μm、導出入路部312,313:幅1mm×高さ200μm、導出入路部312とマイクロ空間部311との角度θ3:60度、導出入路部313とマイクロ空間部311との角度θ4:60度)を得た。
多孔膜A:孔径0.4μmの多孔膜。
多孔膜B:孔径1μmの多孔膜。
多孔膜C:孔径3μmの多孔膜。
多孔膜D:孔径5μmの多孔膜。
多孔膜E:孔径10μmの多孔膜。
第一の基板2、第二の基板3および多孔膜をO2プラズマ処理した後、第一の基板2と第二の基板3とを、下層流路21、31が形成された面を内側にして、多層流流通部211およびマイクロ空間部311の位置が一致するように配置し、多孔膜4を挟んで接着することによりデバイスを得た。
下層流路21のパターンのうち、多層流流通部211を幅150μm×高さ150μm×長さ10000μm、分岐流路部212a〜212cを幅150μm×高さ150μmに変更した以外は製造例1と同様の手順で第一の基板2を得た。
また、上層流路31のパターンのうち、マイクロ空間部311を幅150μm×高さ150μm×長さ15000μm、導出入路部312,313を幅150μm×高さ150μmに変更した以外は製造例1と同様の手順で第二の基板3を得た。
得られた第一の基板および第二の基板、ならびに多孔膜Eを用いた以外は製造例1と同様にしてデバイスを得た。
(1)
製造例1で製造した、多孔膜4の孔径がそれぞれ異なる5種のデバイスを用いて、以下の手順で、多孔膜4の孔径がマイクロ空間部311内の物質分布の形成に与える影響を評価した。
シリンジポンプを用いて、水および蛍光物質であるフルオレセインイソチオシアネート(FITC)の25μM水溶液をそれぞれ貫通孔32、34から流量2μL/minにて送液した。このとき、分岐流路部212a、分岐流路部212c、多層流流通部211内における液体の流速はそれぞれ 約20000μm/min、約20000μm/min、約20000μm/minであり、レイノルズ数はそれぞれ約0.095、約0.095、約0.11であった。
水およびFITCの25μM水溶液の送液を開始した時点から180s後に、上層流路31(マイクロ空間部311)内の蛍光観察と蛍光強度の測定を行い、各流路内のFITC分布を確認した。
多孔膜4として前記多孔膜B(孔径1μm)、多孔膜C(孔径3μm)、多孔膜D(孔径5μm)、多孔膜E(孔径10μm)をそれぞれ用いた場合の180s経過時点の上層流路31内の蛍光像をそれぞれ図5に示す。
これらの結果に示すとおり、多孔膜B〜Eを用いた例では、上層流路31のマイクロ空間部311にFITC分布が形成された。一方、孔径0.4μmの多孔膜Aを用いた例では、FITCはマイクロ空間部311内に拡散しなかった。
製造例1で製造したデバイスのうち、多孔膜Eを用いたデバイスを用いて以下の評価を行った。
まず、FITCの25μM水溶液を貫通孔34から導入し、デバイス内(上層流路31および下層流路21内)を満たした。
次に、シリンジポンプを用いて、水およびFITCの25μM水溶液をそれぞれ貫通孔32、34から流量2μL/minにて送液した。
水およびFITCの25μM水溶液の送液を開始した時点から一定時間毎(0s、30s、60s、90s、120s、150s、180sおよび30min経過時点)に、下層流路21(多層流流通部211)内および上層流路31(マイクロ空間部311)内の蛍光観察と蛍光強度の測定を行い、各流路内のFITC分布を確認した。
0s、30s、60s、90s、120s、150sおよび180s経過時点の上層流路31内の蛍光像をそれぞれ図6に示す。
また、下層流路21内、上層流路31内それぞれの蛍光強度の測定結果から、縦軸に30min経過時点の蛍光強度、横軸に流路の幅方向の位置をとったグラフを作成した。該グラフをそれぞれ蛍光像とともに図7、8に示す。図7が下層流路21内の蛍光像およびグラフであり、図8が上層流路31内の蛍光像およびグラフである。
なお、「流路の幅方向の位置」は、流路の縦断面を下流側から見て、該流路の左端の位置を0とした場合の幅方向の距離(μm)を示す。
これらの結果に示すとおり、上層流路31をFITC水溶液で満たした後に、下層流路21に水とFITC水溶液との2層流を流通させると、上層流路31のマイクロ空間部311内のFITC分布は、一様な状態から、下層流路21内のFITC分布に対応したものに変化した。また、該FITC分布はそのまま維持されていた。
製造例1で製造したデバイスのうち、多孔膜Eを用いたデバイスを用い、水を貫通孔33から流量2μL/minにて送液し、FITCの25μM水溶液を貫通孔32、34からそれぞれ流量2μL/minにて送液した以外は、試験例1の(2)と同様の操作を行った。結果を図9に示す。図9(a)が多層流流通部211内の蛍光像およびグラフであり、図9(b)がマイクロ空間部311内の蛍光像およびグラフである。
該結果に示すとおり、下層流路21の多層流流通部211内には3層の多層流が形成され、その上層のマイクロ空間部311内には、多層流流通部211内のFITC分布に対応したFITC分布が形成された。
製造例1で製造したデバイスのうち、多孔膜Eを用いたデバイスを用いて、以下の手順で、下層流路21(多層流流通部211)を流通する流れが上層流路31(マイクロ空間部311)に与える影響を評価した。
該デバイスの上層流路31内に、蛍光ビーズ(Polysciences, Inc製「Fluoresbrite Carboxylate YG microspheres」)を配合した水を満たした。
次に、シリンジポンプを用いて、蛍光ビーズ(Polysciences, Inc製「Fluoresbrite Carboxylate YG microspheres」)を配合した水を、貫通孔33から流量を変えて(0.2、0.4、1.0、2.0または4.0μL/min)にて送液し、下層流路21を流通させた。
送液を開始した時点から一定時間毎に、下層流路21の多層流流通部211内および上層流路31のマイクロ空間部311内の蛍光ビーズの画像をカメラ付き位相差顕微鏡により撮影し、その画像から、下層流路21内および上層流路31内の蛍光ビーズ(以下、まとめて流路内ビーズという。)の平均流速(μm/min)を求めた。その結果を図10のグラフに示す。該グラフの横軸は、下層流路21に送液した流量(μL/min)であり、縦軸は流路内ビーズの平均流速(μm/min)である。
該結果に示すとおり、上層流路31の流路内ビーズの平均流速は、下層流路21の流路内ビーズの平均流速に比べて大幅に小さく、特に下層流路21の流速が0.5μL/min以下の場合は0であった。該結果から、上層流路31においては、多孔膜により、下層流路21の流れの影響が大幅に軽減されることが確認できた。
製造例2で製造したデバイスのうち、多孔膜Eを用いたデバイスを用いて、以下の手順でHepG2細胞(ヒト肝ガン由来細胞株;独立行政法人理化学研究所 cell bankより入手。)の培養を行った。
試験例4で用いたのと同じデバイスにUVを30分間照射して滅菌した後、上層流路31にフィブロネクチン溶液(25μg/mL)を満たし、1時間静置した。
次に、デバイス内をPBSおよび培養液で洗浄した。培養液としてはFBS含有Knock outDMEMを用いた。
次に、細胞を接着させるために、上層流路31内を細胞懸濁液(1.0×107cell/mL)で満たし、一晩インキュベーター内(温度:37℃)で静置した。
次に、前記培養液に蛍光物質であるSYBR Green(タカラバイオ社製)を添加してSYBR Green(+)培養液を調製した。該SYBR Green(+)培養液を貫通孔34から、SYBR Greenを添加していない培養液(SYBR Green(−)培養液)を貫通孔32から、シリンジポンプを用い、流量2μL/minでの送液(灌流)を開始し、培養(培養温度:37℃)を行った。
該結果に示すとおり、下層の多層流流通部211内において、SYBR Green(+)培養液の層流が流通した部分に対応する領域の細胞は、灌流前に比べて蛍光強度が増大していた。該結果から、該領域の細胞は、SYBR Greenに曝露され、SYBR Greenを取り込んだことが確認できた。一方、SYBR Green(−)培養液の層流が流通した部分に対応する領域の細胞は、蛍光強度がほとんど変化しておらず、ほとんどSYBR Greenに曝露されなかったことが確認できた。
このように、本発明によれば、マイクロ空間内の物質分布を空間的に制御し、同じマイクロ空間内に存在する細胞に対し、局所的な物質曝露を行うことができる。
製造例1で製造したデバイスのうち、多孔膜Eを用いたデバイスを用いて、以下の手順でマウスiPS細胞(iPS−MEF−Ng−20D−17細胞株;国立大学法人京都大学より入手。)の培養を行った。iPS−MEF−Ng−20D−17細胞株は、未分化マーカーであるNanog遺伝子のレポーター遺伝子として緑色蛍光たんぱく質(GFP)が発現しており、蛍光発色している細胞は未分化状態であると判断できる。
試験例4と同様にしてデバイスを滅菌した後、上層流路31にフィブロネクチン溶液(濃度25μg/mL)を満たし、1時間インキュベーター内(温度:37℃)で静置した。
次に、デバイス内を培養液で満たした。培養液としてはFBS含有Knock outDMEMを用いた。
次に、細胞を接着させるために、上層流路31内に細胞懸濁液(1.0×106cell/mL)を導入し、一晩インキュベーター内(温度:37℃)で静置した。
次に、前記培養液に、マウスiPS細胞の未分化維持因子である白血病抑制因子(LIF)を配合したLIF含有培養液(未分化維持培養液)と、前記培養液に、マウスiPS細胞の分化誘導因子であるレチノイン酸(RA)を配合したRA含有培養液(分化誘導培養液)とを調製した。該LIF含有培養液を貫通孔34から、RA含有培養液を貫通孔32から、シリンジポンプを用い、流量2μL/minでの送液(灌流)を開始し、培養(培養温度:37℃)を行った。
また、培養5日後、上層流路31のマイクロ空間部311内の細胞に対して4’,6−ジアミジノ−2−フェニルインドール二塩酸塩(DAPI)染色を行い、蛍光の観察および蛍光強度の測定を行い、縦軸にDAPIの蛍光強度、横軸に流路の幅方向の位置をとったグラフを作成した。該蛍光像およびグラフを図13に示す。このDAPI染色では生存している細胞の核が染色されるため、DAPIの蛍光を測定することにより、上層流路31内の生細胞を確認できる。該結果から、培養5日後、上層流路31内の生細胞密度はほぼ一定であることが確認できた。
これらの結果から、RA含有培養液の層流が流通した部分に対応する領域の細胞は分化が誘導され、一方、LIF含有培養液の層流が流通した部分に対応する領域の細胞は未分化の状態が維持されていることが確認できた。
このように、本発明によれば、マイクロ空間内の物質分布を空間的に制御し、同じマイクロ空間内に存在する多能性幹細胞に対して局所的な未分化維持および分化誘導を行うことが可能である。
なお、下層流路21内に細胞懸濁液(1.0×106cell/mL)を導入した以外は上記と同様の操作を行ったところ、培養5日後、下層流路21内の細胞の大半が死滅していた(ヨウ化プロピジウム(PI)染色(死細胞染色)により確認)。これは、流れのせん断応力の影響によるものと考えられる。
LIF含有培養液を貫通孔33から流量2μL/minにて送液し、RA含有培養液を貫通孔32、34からそれぞれ流量2μL/minにて送液した以外は、試験例5と同様の操作を行った。
結果を図14〜15に示す。図14は、培養5日後の上層流路31(マイクロ空間部311)内のGFP蛍光観察結果を示す蛍光像およびグラフ((a)蛍光像、(b)グラフ)であり、図15は、培養5日後の上層流路31(マイクロ空間部311)内のDAPI蛍光観察結果を示す蛍光像およびグラフ((a)蛍光像、(b)グラフ)である。
これらの結果から、RA含有培養液の層流(3層のうち両端の層流)が流通した部分に対応する領域の細胞は分化が誘導され、一方、LIF含有培養液の層流(3層のうち中央の層流)が流通した部分に対応する領域の細胞は未分化の状態が維持されていることが確認できた。
Claims (13)
- 液体で満たされたマイクロ空間内の物質分布を制御する方法であって、
組成が異なるn種(nは2以上の整数)の液体をそれぞれ層流として合流させて幅方向にn個の層流が隣接する多層流を形成し、
該多層流を、前記マイクロ空間下に孔径1μm以上の多孔膜を介して配置されたマイクロ流路に流通させることを特徴とする物質分布制御方法。 - 前記マイクロ流路内においてレイノルズ数が2000未満となるように前記多層流を流通させる、請求項1に記載の物質分布制御方法。
- 請求項1または2に記載の物質分布制御方法に用いられるデバイスであって、
表面にそれぞれマイクロ流路構造が設けられた第一の基板および第二の基板を備え、
前記第一の基板表面のマイクロ流路構造は、多層流が流通する多層流流通部と、該多層流流通部の上流側に配置された多層流形成部と、該多層流流通部の下流側に配置された多層流排出部とを有し、
前記第二の基板表面のマイクロ流路構造は、前記多層流流通部と略同一パターンのマイクロ空間部と、該マイクロ空間部への液体の導入または導出のための導出入路部とを有し、
前記第一の基板と第二の基板とが、前記マイクロ流路構造が設けられた面を内側にして、前記多層流流通部および前記マイクロ空間部の位置が一致するように積層され、
前記多層流流通部と前記マイクロ空間部との間に孔径1μm以上の多孔膜が挟持されているデバイス。 - 液体で満たされたマイクロ空間内にて細胞を培養する方法であって、
組成が異なるn種(nは2以上の整数)の培養液をそれぞれ層流として合流させて幅方向にn個の層流が隣接する多層流を形成し、
該多層流を、前記マイクロ空間下に孔径1μm以上の多孔膜を介して配置されたマイクロ流路に流通させることを特徴とする細胞培養方法。 - 予備培養を行って前記多孔膜の前記マイクロ空間側に前記細胞を付着させた後、前記多層流の流通を開始する、請求項4に記載の細胞培養方法。
- 前記細胞が前記多孔膜に付着していない状態で前記多層流の流通を行う、請求項4に記載の細胞培養方法。
- 前記細胞が多能性幹細胞である、請求項4〜6のいずれか一項に記載の細胞培養方法。
- 前記細胞が三次元構造体を形成している、請求項6に記載の細胞培養方法。
- 液体で満たされたマイクロ空間内にて細胞の分化を制御する方法であって、
前記細胞の分化を制御する物質の種類または濃度が異なるn種(nは2以上の整数)の培養液をそれぞれ層流として合流させて幅方向にn個の層流が隣接する多層流を形成し、
該多層流を、前記マイクロ空間下に孔径1μm以上の多孔膜を介して配置されたマイクロ流路に流通させることを特徴とする細胞分化制御方法。 - 予備培養を行って前記多孔膜の前記マイクロ空間側に前記細胞を付着させた後、前記多層流の流通を開始する、請求項9に記載の細胞分化制御方法。
- 前記細胞が前記多孔膜に付着していない状態で前記多層流の流通を行う、請求項9に記載の細胞分化制御方法。
- 前記細胞が多能性幹細胞である、請求項9〜11のいずれか一項に記載の細胞分化制御方法。
- 前記細胞が三次元構造体を形成している、請求項11に記載の細胞分化制御方法。
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