JP2009268407A - キャンディダ・ボイディニによる高効率乳酸製造法 - Google Patents

キャンディダ・ボイディニによる高効率乳酸製造法 Download PDF

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嶋 茂 仁 生
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田 武 央 西
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西 徹 大
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Abstract

【課題】乳酸を高い効率で製造する酵母菌株の提供。
【解決手段】乳酸脱水素酵素の活性を有するポリペプチドをコードしている遺伝子の発現を可能にするプロモーター配列が機能的に結合した該遺伝子の少なくとも1コピーにより形質転換されてなる、キャンディダ・ボイディニの酵母菌株。
【選択図】なし

Description

発明の背景
技術分野
本発明は、クラブトゥリー陰性酵母であるキャンディダ・ボイディニ(Candida boidinii)を宿主とした乳酸の製造方法に関する。
背景技術
近年、環境問題への取り組みから、生分解性プラスチックへの関心が高まっている。生分解性プラスチックは資源を自然循環でき、自然に分解していく点から環境に対する負荷が少ない。代表的な生分解性プラスチックの原料であるポリ乳酸はL-乳酸を重合して製造するが、乳酸の光学純度が高いほど安定したポリ乳酸ができる。通常、乳酸はグルコース等の糖質を基質とした微生物の代謝産物として得られる。特に乳酸菌と呼ばれる一群の細菌類は乳酸を特異的に製造することが古くから知られており、ヨーグルト等の製造に関わっている。しかし、乳酸菌は発酵過程においてL−乳酸の他にD−乳酸も数%副生するので、生成した乳酸の光学純度が低下してしまう。
そこで、乳酸製造能を持たない酵母に、外来の乳酸脱水素酵素(LDH)の活性を有するポリペプチドをコードする遺伝子を導入し乳酸を製造する技術が開発されている。このような遺伝子操作がなされた酵母は、グルコースからピルビン酸を経て、乳酸を製造することができる。酵母の中でも最も研究が進んでいるサッカロマイセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)は、ピルビン酸からアセトアルデヒドを経てエタノールを生成するアルコール発酵を行う能力が旺盛であるため、基質となるグルコースからの乳酸製造効率が低下してしまう。そこでアルコール発酵を抑制するために、サッカロマイセス・セレビシエの染色体中のピルビン酸脱炭酸酵素(PDC)の活性を有するポリペプチドをコードする遺伝子を破壊することによって、その発現を抑制する試みがなされてきた(特許文献1:特表2001−516584号公報;特許文献2:特表2003−500062号公報)。しかしながら、サッカロマイセス・セレビシエは高グルコース下でエタノール発酵依存的生育を行う性質(クラブトゥリー陽性効果)を持つため、PDC遺伝子の破壊は乳酸製造に貢献したが、細胞増殖の抑制を同時に引き起こすという負の効果ももたらした。
一方、クラブトゥリー陰性酵母を用いた例としては、少なくともPDC遺伝子を破壊したクルイベロマイセス属酵母菌株を用いて乳酸を製造する試みがなされているが(特許文献1:特表2001−516584号公報;特許文献3:特表2005−528106号公報)、例えば攪拌タンク発酵槽での発酵時間が長く、pH制御の期間を設ける必要がある等の欠点があった。
また、キャンディダ属の組換え酵母を宿主とした乳酸の製造例として、ソノレンシス種を用いた報告例があるが(特許文献4:特開2007−111054号公報;特許文献5:特表2005−518197号公報)、乳酸製造効率は低率であるか、乳酸製造に長時間を要する。
特表2001−516584号公報 特表2003−500062号公報 特表2005−528106号公報 特開2007−111054号公報 特表2005−518197号公報
発明の概要
本発明者らは、乳酸脱水素酵素活性を有するポリペプチドをコードする遺伝子を発現可能に備えるキャンディダ・ボイディニ(Candida boidinii)の酵母菌株を形質転換により作出し、それを培養することで、より効率的に乳酸を製造しうることを見出した。本発明はこの知見に基づくものである。
従って、本発明は、クラブトゥリー陰性酵母のうち、キャンディダ・ボイディニ(Candida boidinii)を用いて作出した、乳酸を高い効率で製造する酵母菌株、ならびに低コストで高収率な乳酸の製造方法を提供することを目的とする。
そして、本発明による酵母菌株は、乳酸脱水素酵素の活性を有するポリペプチドをコードしている遺伝子の発現を可能にするプロモーター配列が機能的に結合した該遺伝子の少なくとも1コピーにより形質転換されてなる、キャンディダ・ボイディニの酵母菌株である。
さらに、本発明による乳酸製造法は、本発明による酵母菌株を培養することを含んでなる。
本発明によれば、乳酸製造能を備えた新規キャンディダ・ボイディニ株が提供され、この酵母菌株を適切な条件で発酵に用いることにより、L-乳酸を短時間で効率的に製造することが可能となる。本発明によれば、クラブトゥリー陰性酵母であるキャンディダ・ボイディニを用いた乳酸製造法において、エタノールや各種有機酸といった副産物の生成を抑えつつ、乳酸製造の効率を大幅に向上させることができる。
発明の具体的説明
本発明において使用される酵母、キャンディダ・ボイディニは、1倍体で遺伝子操作を行い易く、メタノール資化が可能である等の有益な特徴を有している。本発明による酵母菌株は、このキャンディダ・ボイディニの菌株を、乳酸脱水素酵素の活性を有するポリペプチドをコードしている遺伝子の発現を可能にするプロモーター配列が機能的に結合した該遺伝子の少なくとも1コピーにより形質転換して得られたものである。
さらに、キャンディダ・ボイディニは、サザンハイブリダイゼーション法を用いた解析により、ピルビン酸脱炭酸酵素の活性を有するポリペプチドをコードする遺伝子を少なくとも2種類有していることが示唆された(PDC1遺伝子およびPDC2遺伝子)。PDC1遺伝子を破壊すると、ピルビン酸がアセトアルデヒドに変換される反応が進まなくなるため、その後の代謝経路であるアルコール発酵は行われず、エタノールをほとんど製造しない。本発明において、乳酸製造酵母の宿主としてピルビン酸脱炭酸酵素の活性を有するポリペプチドをコードする遺伝子を破壊した酵母を用いれば、エタノールという乳酸製造にとっての余剰物質が生成せず、高効率で乳酸を製造することが可能となる。
従って、本発明の好ましい実施態様によれば、ピルビン酸脱炭酸酵素の活性がないか、あるいは低下し、かつ乳酸脱水素酵素活性を有するポリペプチドをコードする遺伝子を発現可能に備える酵母菌株が提供される。この酵母菌株においては、ピルビン酸脱炭酸酵素の活性を有するポリペプチドをコードする内因性遺伝子が破壊されていることが好ましい。
さらに、前記乳酸脱水素酵素活性を有するポリペプチドをコードする遺伝子は、ピルビン酸脱炭酸酵素の活性を有するポリペプチドをコードする遺伝子のプロモーターの制御下で発現可能に備えられていることが好ましく、より好ましくは、酵母染色体上におけるピルビン酸脱炭酸酵素の活性を有するポリペプチドをコードする遺伝子のプロモーターの制御下で発現可能に備えられている。
本発明の特に好ましい実施態様によれば、乳酸生産酵母であって、染色体上のピルビン酸脱炭酸酵素の活性を有するポリペプチドをコードする遺伝子が破壊されると共に、破壊された該遺伝子のプロモーターの制御下で乳酸脱水素酵素の活性を有するポリペプチドをコードする遺伝子を発現可能に備える酵母菌株が提供される。
これらのいずれかの実施態様の酵母菌株において、前記ピルビン酸脱炭酸酵素の活性を有するポリペプチドをコードする遺伝子はピルビン酸脱炭酸酵素遺伝子1(PDC1遺伝子)であることが好ましく、前記乳酸脱水素酵素の活性を有するポリペプチドはウシ由来であることが好ましい。
また、本発明による酵母菌株によって製造される乳酸は、L-乳酸、D-乳酸、およびDL-乳酸のいずれであってもよいが、好ましくはL-乳酸とされる。
以下、本発明による酵母菌株について説明すると共に、この酵母を用いた乳酸製造方法について説明する。
形質転換に用いる酵母
本発明による酵母菌株は、外来の乳酸脱水素酵素の活性を有するポリペプチドをコードする遺伝子を有する形質転換酵母である。形質転換に用いる酵母は、クラブトゥリー陰性酵母であるキャンディダ・ボイディニである。キャンディダ・ボイディニの菌株は当技術分野において公知の様々な株、例えば、No.2201(ATCC48180)株、SAM1958(FERM BP−3766)株、IP−2(FERM BP−5077)株等であってよいが、好ましくはNo.2201(ATCC48180)株とされる。
ピルビン酸脱炭酸酵素
本発明による酵母菌株においては、ピルビン酸脱炭酸酵素(PDC)活性がないか、または低下している。この酵素は、アルコール発酵経路においてピルビン酸をアセトアルデヒドに変換する酵素であり、アルコール発酵を行う酵母はピルビン酸脱炭酸酵素の活性を有するポリペプチドをコードする遺伝子を染色体上に本来的に有している。サッカロマイセス・セレビシエにはピルビン酸脱炭酸酵素の活性を有するポリペプチドをコードする遺伝子が3種類(PDC1、PDC5およびPDC6)存在し、これらはいわゆるオートレギュレーション機構により機能している。一方、キャンディダ・ボイディニにはピルビン酸脱炭酸酵素の活性を有するポリペプチドをコードする遺伝子が2種類(PDC1およびPDC2)以上存在すると推定されるが、少なくともPDC1遺伝子を破壊することによりアルコール発酵を殆ど行わなくなる。
ここで「PDC活性がないか、または低下している」とは、PDC活性が全くないか、または野生型よりも低い活性の該酵素が生産されているか、あるいは該酵素の生産量が野生型よりも少ないことを意味する。PDC活性がないか、または低下している酵母菌株は、人工的な操作により得られたものであっても、あるいはスクリーニングによって見出されたものであってもよい。このような酵素活性の消滅または低下のための人工的操作は、RNAiを利用する方法、選択マーカーの全部または一部の配列などの他の遺伝子と入れ替える方法、無意味な配列を遺伝子内部に挿入する方法など、当技術分野において周知の方法で行うことができる。この中でも、当該酵素の活性を有するポリペプチドをコードする遺伝子を破壊(ノックアウト)することが好ましく、このような方法として、上記の各手法のうち、選択マーカーの全部または一部の配列などの他の遺伝子とPDC遺伝子とを入れ替える方法が挙げられる。
破壊対象のピルビン酸脱炭酸酵素の活性を有するポリペプチドをコードする遺伝子は、元々キャンディダ・ボイディニに存在するが、うち、本発明の実施例で記載されているのはNo.2201(ATCC48180)株に存在するPDC1遺伝子であり、そのヌクレオチド配列は配列番号23で表され、コードされるアミノ酸配列は配列番号24で表される。キャンディダ・ボイディニの他の株、例えばSAM1958(FERM BP−3766)株、IP−2(FERM BP−5077)株等を用いる場合には、仮に当該配列と相違していても、同等の機能、すなわち活性を有するものが存在していればそれを破壊対象とすることができる。
本発明の好ましい実施態様によれば、破壊対象となるピルビン酸脱炭酸酵素の活性を有するポリペプチドをコードする内因性遺伝子は、配列番号24で表されるアミノ酸配列を含むポリペプチドをコードする遺伝子、より好ましくは配列番号23で表されるヌクレオチド配列を含む遺伝子とされる。
乳酸脱水素酵素
本発明による酵母菌株は、乳酸脱水素酵素の活性を有するポリペプチドをコードする遺伝子(LDH遺伝子)を保持している。酵母は元来乳酸製造能を持たないので、本発明による酵母菌株が有する乳酸脱水素酵素の活性を有するポリペプチドをコードする遺伝子(LDH)は外来性である。LDHには、生物の種類に応じて、あるいは生体内においても各種同属体が存在し、本発明に使用するのはL-LDHであってもD-LDHであってもよいが、好ましくはL-LDHである。また、本発明において使用する乳酸脱水素酵素の活性を有するポリペプチドをコードする遺伝子としては、天然由来のLDHの他、化学合成的或いは遺伝子工学的な手法により人工合成されたLDHも包含している。LDHをもつ生物としては、乳酸菌等の原核生物、カビ等の真核生物、植物や動物並びに昆虫等の高等真核生物などが挙げられる。本発明において使用するLDHとして好ましいのは高等真核生物由来であり、特にウシ由来のものが適している。ウシ由来の乳酸脱水素酵素(L−LDH)の活性を有するポリペプチドをコードする遺伝子のヌクレオチド配列は配列番号25で表されるものであり、これによりコードされるアミノ酸配列は配列番号26で表される。
本発明の好ましい実施態様によれば、乳酸脱水素酵素の活性を有するポリペプチドは、配列番号26で表されるアミノ酸配列を含むポリペプチドとされる。また、乳酸脱水素酵素の活性を有するポリペプチドは、配列番号26で表されるアミノ酸配列において、1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換、付加もしくは挿入されたアミノ酸配列を含み、かつ乳酸脱水素酵素の活性を有するポリペプチドであってもよい。
ここで、アミノ酸の欠失、置換、付加、又は挿入は、上記ポリペプチドをコードする遺伝子を、当技術分野で公知の手法によって改変することによって行うことができる。遺伝子に変異を導入するには、Kunkel法又は Gapped duplex法等の公知手法又はこれに準ずる方法により行うことができ、例えば部位特異的突然変異誘発法を利用した変異導入用キット(例えばMutant-K(タカラバイオ社)やMutant-G(タカラバイオ社)などを用いて、あるいは、タカラバイオ社のLA PCR in vitro Mutagenesis シリーズキットを用いて変異を導入することができる。乳酸脱水素酵素の活性は、当技術分野において公知の手法により確認することができる。
さらに、宿主に導入する乳酸脱水素酵素の活性を有するポリペプチドをコードする遺伝子は、配列番号26に記載したウシ由来の酵素のアミノ酸配列(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/viewer.fcgi?db=nuccore&id=148878491)に対応するヌクレオチド配列をキャンディダ・ボイディニのコドン使用頻度を考慮して人工的に合成したものが好ましい。キャンディダ・ボイディニはサッカロマイセス・セレビシエに比べてヌクレオチド配列のAとTがリッチであり、コドン使用頻度が偏っているなどの特徴がある。このような人工的な合成は当業者であれば適切に行うことができるが、特に好ましいヌクレオチド配列は、配列番号10のうち、15番目のaから1010番目のcまでのヌクレオチド配列である。なお、その前後の配列は、制限酵素認識部位である、それぞれKpn I認識部位(配列番号10のヌクレオチド配列において1番目のgから6番目のcまでの配列)、Not I認識部位(配列番号10のヌクレオチド配列において7番目のgから14番目のcまでの配列)、Bgl II認識部位(配列番号10のヌクレオチド配列において1017番目のaから1022番目のtまでの配列)、およびSac I認識部位(配列番号10のヌクレオチド配列において1023番目のgから1028番目のcまでの配列)である。この配列番号10のうち、15番目のaから1013番目のa(2つの翻訳終了コドンのうち、上流域のtaa)までのヌクレオチド配列(コドン最適化配列)と配列番号25で表される配列(ウシ由来の野生型配列)のアライメントを図1に示す。図1において、上側の配列が、配列番号10のうち、15番目のaから1013番目のa(2つの翻訳終了コドンのうち、上流域のtaa)までのヌクレオチド配列であり、下側の配列が配列番号25で表される配列である。このように人工的に合成された当該乳酸脱水素酵素の活性を有するポリペプチドをコードする遺伝子は、キャンディダ・ボイディニにおける発現が最適化されているため、酵母に形質転換されると特にL-乳酸を高効率で製造することができる。
本発明の好ましい実施態様によれば、乳酸脱水素酵素の活性を有するポリペプチドをコードしている遺伝子は、配列番号10のうち、15番目のaから1010番目のcまでのヌクレオチド配列を含む遺伝子、またはその同等物とされる。この同等物は、配列番号10のうち、15番目のaから1010番目のcまでのヌクレオチド配列を含む遺伝子と同等の機能を有することを条件に、一部のヌクレオチド残基が異なる遺伝子を意味する。このような同等物としては、配列番号10のうち、15番目のaから1010番目のcまでのヌクレオチド配列と70%以上、好ましくは80%以上、より好ましくは85%以上、さらに好ましくは90%以上、最も好ましくは95%以上の相同性があり、かつ乳酸脱水素酵素の活性を有するポリペプチドをコードするヌクレオチド配列を含む遺伝子が挙げられる。前記同等物としてはさらに、配列番号10のうち、15番目のaから1010番目のcまでのヌクレオチド配列もしくはその相補配列とストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ乳酸脱水素酵素の活性を有するポリペプチドをコードするヌクレオチド配列を含む遺伝子が挙げられる。前記同等物としてはさらに、配列番号10のうち、15番目のaから1010番目のcまでのヌクレオチド配列において1もしくは数個のヌクレオチド残基が欠失、置換、付加、または挿入された配列を含み、かつ乳酸脱水素酵素の活性を有するポリペプチドをコードするヌクレオチド配列を含む遺伝子が挙げられる。本発明の特に好ましい実施態様によれば、乳酸脱水素酵素の活性を有するポリペプチドをコードしている遺伝子は、配列番号10のうち、15番目のaから1010番目のcまでのヌクレオチド配列を含む遺伝子とされる。
ここで、ヌクレオチド残基の欠失、置換、付加、又は挿入は、上記配列を含む遺伝子を、当技術分野で公知の手法によって改変することによって行うことができる。遺伝子に変異を導入するには、Kunkel法又は Gapped duplex法等の公知手法又はこれに準ずる方法により行うことができ、例えば部位特異的突然変異誘発法を利用した変異導入用キット(例えばMutant-K(タカラバイオ社)やMutant-G(タカラバイオ社)などを用いて、あるいは、タカラバイオ社のLA PCR in vitro Mutagenesis シリーズキットを用いて変異を導入することができる。乳酸脱水素酵素の活性は、当技術分野において公知の手法により確認することができる。
相同性を示す数値(%)は、塩基配列比較用プログラム:例えばGENETYX−WIN7.0.0を用いて、デフォルト(初期設定)のパラメーターにより算出されるものである。すなわち、酵母染色体上の各遺伝子が、同一ではないが同等の機能、すなわち各活性を有するポリペプチドをコードする遺伝子によって相同組換え等を介して置換されていてもよい。乳酸脱水素酵素の活性は、当技術分野において公知の手法により確認することができる。
ストリンジェントな条件とは、例えば、Rapid−Hyb Buffer(GEヘルスケアバイオサイエンス社製)を用い、温度条件を好ましくは40〜70℃、より好ましくは60℃として、その他は添付のプロトコールに従って行うハイブリダイゼーション条件である。その後、例えば当業者の一般的な方法を用い、2×SSCと0.1%(w/v)SDSから成り立つ溶液での5分間の洗浄、続いて1×SSCと0.1%(w/v)SDSから成り立つ溶液での10分間の洗浄、さらに0.1×SSCと0.1%(w/v)SDSから成り立つ溶液での10分間の洗浄を行うことを指す。ただしハイブリダイゼーション時の温度条件や、その後のメンブレンの洗浄に用いる溶液の塩濃度等の条件を適宜設定することにより、ある一定(70%、80%、85%、90%、95%のいずれか)以上の相同性を有する塩基配列を含むDNAをクローニングできる。そのようにして得られる遺伝子が、配列上は同一ではないが同等の機能、すなわち各活性を有するポリペプチドをコードする遺伝子によって相同組換え等を介して置換されていてもよい。乳酸脱水素酵素の活性は、当技術分野において公知の手法により確認することができる。
プロモーター
乳酸脱水素酵素の活性を有するポリペプチドをコードする遺伝子は、強力なプロモーター活性を有するプロモーターの制御下で発現可能に備えられていることが好ましい。例えば、キャンディダ・ボイディニでは、キャンディダ・ボイディニのアクチン遺伝子(ACT1)のプロモーター(特開平9-135694号公報)、グリセロアルデヒド−3−リン酸脱水素酵素の活性を有するポリペプチドをコードする遺伝子(GAP)のプロモーター(特開平10-271995号公報)、ギ酸脱水素酵素の活性を有するポリペプチドをコードする遺伝子のプロモーター(国際公開第WO 97/10345号公報)等が例示されるが、さらに好ましくはピルビン酸脱炭酸酵素の活性を有するポリペプチドをコードする遺伝子1(PDC1遺伝子)のプロモーターである。うち、本発明の実施例で記載されているのはキャンディダ・ボイディニNo.2201(ATCC48180)株に存在するもの(配列番号1)である。キャンディダ・ボイディニの他の株、例えばSAM1958(FERM BP−3766)株、IP−2(FERM BP−5077)株等を用いる場合には、仮に当該配列と相違していても同等の機能、すなわち活性を有するもの(他株配列)が存在していればそのまま使用することができる。当該他株配列は、当業者であれば公知の方法により確認することができる。
乳酸脱水素酵素の活性を有するポリペプチドをコードする遺伝子は、酵母染色体上のPDCプロモーターの制御下で発現可能に備えられていることが好ましい。本発明による酵母菌株の宿主として用いるキャンディダ・ボイディニは少なくとも2種類のPDC遺伝子を有していると推定されるが、プロモーターとしてより好ましいのはピルビン酸脱炭酸酵素として主に機能しているPDC1遺伝子のプロモーターである。最も強力なPDC1プロモーターによって制御されるPDC1遺伝子が破壊されて乳酸脱水素酵素の活性を有するポリペプチドをコードする遺伝子が代わりに発現されることで、効果的にピルビン酸脱炭酸酵素活性の低下と乳酸脱水素酵素活性の発現とを同時に実現できる。
本発明の好ましい実施態様によれば、前記プロモーター配列は、ピルビン酸脱炭酸酵素をコードする内因性遺伝子のプロモーター部分とされ、より好ましくは配列番号1で表されるヌクレオチド配列を含むものとされる。あるいは、このプロモーター配列は、配列番号1で表されるヌクレオチド配列を含むものと同等の機能を有することを条件に、一部のヌクレオチド残基が異なる同等物であってもよい。このような同等物としては、配列番号1で表されるヌクレオチド配列と70%以上、好ましくは80%以上、より好ましくは85%以上、さらに好ましくは90%以上、最も好ましくは95%以上の相同性があり、かつプロモーター活性を有するDNAが挙げられる。前記同等物としてはさらに、配列番号1で表されるヌクレオチド配列もしくはその相補配列とストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつプロモーター活性を有するDNAが挙げられる。前記同等物としてはさらに、配列番号1で表されるヌクレオチド配列において1もしくは数個のヌクレオチド残基が欠失、置換、付加、または挿入された配列を含み、かつプロモーター活性を有するDNAが挙げられる。
ここで、ヌクレオチド残基の欠失、置換、付加、又は挿入は、上記配列を、当技術分野で公知の手法によって改変することによって行うことができる。遺伝子に変異を導入するには、Kunkel法又は Gapped duplex法等の公知手法又はこれに準ずる方法により行うことができ、例えば部位特異的突然変異誘発法を利用した変異導入用キット(例えばMutant-K(タカラバイオ社)やMutant-G(タカラバイオ社)などを用いて、あるいは、タカラバイオ社のLA PCR in vitro Mutagenesis シリーズキットを用いて変異を導入することができる。プロモーター活性、すなわち転写活性は、当技術分野において公知の手法により確認することができる。
相同性を示す数値(%)は、塩基配列比較用プログラム:例えばGENETYX−WIN7.0.0を用いて、デフォルト(初期設定)のパラメーターにより算出されるものである。すなわち、酵母染色体上の各遺伝子が、同一ではないが同等の機能、すなわち各活性を有する遺伝子によって相同組換え等を介して置換されていてもよい。プロモーター活性、すなわち転写活性は、当技術分野において公知の手法により確認することができる。
ストリンジェントな条件とは、例えば、Rapid−Hyb Buffer(GEヘルスケアバイオサイエンス社製)を用い、温度条件を好ましくは40〜70℃、より好ましくは60℃として、その他は添付のプロトコールに従って行うハイブリダイゼーション条件である。その後、例えば当業者の一般的な方法を用い、2×SSCと0.1%(w/v)SDSから成り立つ溶液での5分間の洗浄、続いて1×SSCと0.1%(w/v)SDSから成り立つ溶液での10分間の洗浄、さらに0.1×SSCと0.1%(w/v)SDSから成り立つ溶液での10分間の洗浄を行うことを指す。ただしハイブリダイゼーション時の温度条件や、その後のメンブレンの洗浄に用いる溶液の塩濃度等の条件を適宜設定することにより、ある一定(70%、80%、85%、90%、95%のいずれか)以上の相同性を有する塩基配列を含むDNAをクローニングできる。そのようにして得られる遺伝子が、配列上は同一ではないが同等の機能、すなわち各活性を有する遺伝子によって相同組換え等を介して置換されていてもよい。プロモーター活性、すなわち転写活性は、当技術分野において公知の手法により確認することができる。
本発明による酵母菌株の分子育種
本発明による酵母菌株の分子育種は、宿主酵母に対して乳酸脱水素酵素の活性を有するポリペプチドをコードする遺伝子を発現可能な状態で導入することによって行うことができる。その際に、宿主酵母に対してPDC遺伝子の破壊を伴っていることが好ましい。PDC破壊のためのDNA構築物(プラスミド)は、特定の遺伝子部位に導入して遺伝子を破壊するための相同組換え用遺伝子配列を備えている。ここでいう相同組換え用遺伝子配列とは、破壊しようとするPDC遺伝子であるターゲット部位、或いはその近傍の遺伝子と相同な遺伝子配列である。例えば、2種類の相同組換え用遺伝子配列を、染色体上のターゲット遺伝子の上流側と下流側の遺伝子とのそれぞれに相同な遺伝子配列とし、これらの相同組換え用遺伝子配列の間に遺伝子を破壊するための遺伝子を備えるプラスミドを酵母染色体に相同組換えにより導入することでターゲット部位の遺伝子を破壊することができる。このような染色体上への組み込みを実現するための相同組換え用遺伝子配列の選択は、当業者において周知であり、当業者であれば必要に応じて適切な相同組換え用遺伝子配列を選択して相同組換え用プラスミドを構成することができる。
本発明の好ましい実施態様によれば、ピルビン酸脱炭酸酵素の活性を有するポリペプチドをコードしている内因性遺伝子は、選択マーカー配列の挿入による該遺伝子の欠失によって破壊される。例えば、上記の相同組換えにおいてPDC遺伝子の代わりに挿入されるヌクレオチド配列中に選択マーカー配列を組込んでおくことにより、PDC遺伝子を破壊することができる。選択マーカーは、形質転換された菌体を選択する上で有用である。選択マーカー配列の挿入は、その配列全体を導入することだけでなく、一部の配列を導入することにより、この部分配列と酵母菌に元々存在する配列とを組み合わせて選択マーカー配列を完成させることをも含む。例えば、元々存在する選択マーカー配列の一部が欠落する酵母菌株を形質転換の宿主とする場合には、その欠落した一部の配列を選択マーカー配列として導入することによって、相同組換えを伴う任意の遺伝子破壊を実施することができる。よって、本発明の一つの実施態様によれば、前記の元々存在する選択マーカーが脱落または不活化されている菌株を宿主として、当該菌株のPDC遺伝子を破壊するものとする。選択マーカーの具体例としては、URA3遺伝子、好ましくはキャンディダ・ボイディニに由来するURA3遺伝子が挙げられる。
乳酸脱水素酵素の活性を有するポリペプチドをコードしている遺伝子が酵母ゲノムに組み込まれる染色体上の位置は特に制限されるものではないが、破壊しようとするピルビン酸脱炭酸酵素の活性を有するポリペプチドをコードする遺伝子座とすることが有利である。これにより、乳酸脱水素酵素の活性を有するポリペプチドをコードしている遺伝子を、PDC遺伝子の全長プロモーターの制御下におくことができ、よって、高い発現効率を得ることができる。あるいは、前記遺伝子の組込みの位置を、選択マーカーURA3をコードする遺伝子座とすることも有利である。これにより、前記の元々存在する選択マーカー配列であるURA3遺伝子が脱落または不活化されている株を宿主とする場合、相同組換えにより元々存在する選択マーカー配列であるURA3遺伝子の少なくとも一部が破壊されるため、相同組換えにより導入されているヌクレオチド配列中のURA3遺伝子の全部または一部が良好に挿入されない限り、その酵母菌株がURA3活性を示すことはない。よって、URA3活性を指標として、相同組換えが良好に行われた酵母菌株のみを特異的に選択することが可能となる。
本発明の一つの実施態様によれば、本発明による酵母菌株は、プロモーター配列および該プロモーター配列の制御下にある乳酸脱水素酵素の活性を有するポリペプチドをコードしているDNA配列を含有する発現ベクターによって形質転換されたものとされる。また、このような発現ベクターは、本発明の一つの態様をなす。
乳酸の製造方法
本発明による酵母菌株を適当な炭素源の存在下で培養することにより、培養物中に乳酸脱水素酵素の発酵産物である乳酸を製造することができる。本発明による乳酸製造法によれば、培養系から乳酸を分離する工程を実施することにより、乳酸を得ることが出来る。なお、本発明において培養物とは、培養上清の他、培養細胞あるいは菌体、細胞もしくは菌体の破砕物を包含している。
本発明による酵母菌株の培養にあたっては、酵母の種類に応じて培養方法や培養条件を選択することができる。例えば、フラスコやジャーファーメンターを用いた液体培養法を挙げることができ、回分培養、半回分培養などの培養形式を採用できる。
本発明による乳酸製造法において、培地の組成は、酵母が生育し、且つ乳酸を製造できる各種栄養素を含む組成であれば特に限定されない。培地に含まれる資化炭素源としては、例えば、グルコースのほかにもキシロースでも資化できれば用いることができる。
また、培地に含まれる栄養源としては、例えば、酵母エキス、ペプトン、ホエーなどが用いられるが、既に調製され市販されているYPD等の培地に上記の資化炭素源を加え、適宜pH調整されたものが便利である。
なお、安価で精製工程に負担がかからない培地にするには、硫酸アンモニウム等のアンモニウム塩などの無機態窒素や尿素の方が好ましい。また、無機物栄養源としては、例えば、リン酸カリウム、硫酸マグネシウムやFe(鉄)、Mn(マンガン)化合物なども使用される。さらには、培地には、pH調整剤が含まれていてもよい。
発酵温度は、用いる乳酸製造酵母の生育可能な範囲で選択することができる。例えば、約15℃〜36℃とすることができ、好ましくは28〜34℃、より好ましくは30〜32℃、最も好ましくは32℃とする。また、発酵過程における培地のpHは3.0〜8.0に保持することが好ましく、より好ましくはpH5.0〜7.5、最も好ましくはpH7.0であり、必要に応じて発酵産物である乳酸等の中和を行うことができる。用いる中和剤は炭酸カルシウム、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム等が挙げられるが、より好ましくは炭酸カルシウムである。
乳酸製造に要する反応時間に関しても特に限定されず、本発明の効果が認められる限り任意の反応時間で実施される。これらの条件の最適化は当業者においては容易に定めることのできるものとする。
乳酸製造にあたり、まず酵母を増殖させる場合には、前々培養、前培養を行い、その後に発酵培養による乳酸製造を行うことが好ましい。
前々培養での条件としては、初期の菌体をOD660が0.1以下になるよう調整したうえで培地としてYPD2培地(2%グルコースを含む)あるいはYPD5培地(5%グルコースを含む)を用い、30℃、坂口フラスコに加えられた50〜100mLの液量、120〜150rpmの条件下で培養することが好ましい。通常、OD660が18〜36を示す定常期まで培養する。
前培養での条件としては、培地として2リットルのYPD2培地(2%グルコースを含む)を用い、前々培養の菌体を(当該培地を含むジャーファーメンターに)20〜50mL接種し、即ち初期の菌体をOD660が0.1以下になるよう調整したうえで400rpm、30℃、1.25vvmにて通常16〜32時間培養し、OD660が18〜36を示す定常期まで培養することが好ましい。
発酵培養での条件としては、培地としてグルコースを10%の濃度で含み且つ中和剤として炭酸カルシウム培地を3〜5%含むYPD10培地(10%グルコースを含む)を用い、200rpm、32℃、1vvmの通気条件下で培養することが好ましい。特にこの段階では、初期の菌体を通常よりも多目に、即ちOD660を15〜30に調整することが、より短時間で効率良く乳酸を製造できる点で好ましく、より好ましくはOD660が20〜25である。
ここでいう発酵時の通気条件とは好気条件、特に微好気の条件が好ましく、例えば上記の通り200rpmで1vvmの通気がよい。このときのKLaとして、好ましくは0.005〜0.013、より好ましくは0.007〜0.009と設定する。通常48〜96時間培養することで目的とする乳酸が高効率で製造される。
ジャーファンメンターは、例えば市販の卓上型培養装置Bioneer−C 5L(S)(丸菱バイオエンジ社製)を用いることが好ましい。
本発明による乳酸製造法においては、このようにして製造した乳酸成分を培地から分離・回収するが、乳酸成分の分離・回収方法には特に限定されない。本発明による乳酸製造法では、例えば、乳酸成分の分離濃縮手段として従来の乳酸発酵による製造プロセスで用いられる公知の方法を用いることができる。そのような公知の方法としては、例えば、1)石灰乳を加えて中和することからなる乳酸カルシウム再結晶法、2)エーテルなどの溶媒を用いる有機溶媒抽出法、3)精製乳酸をアルコールでエステル化するエステル化分離法、4)イオン交換樹脂を用いるクロマトグラフィ分離法、5)イオン交換膜を用いる電気透析法などが挙げられる。従って、本発明に係る乳酸の製造方法により得られる乳酸成分は、遊離型の乳酸のみならず、ナトリウム、カリウムなどの塩や、メチルエステル、エチルエステルなどのエステルの形態であってもよい。
本発明による乳酸製造法によれば、乳酸製造能を有する酵母キャンディダ・ボイディニにおける乳酸製造能を向上させることができ、その結果、短時間に高収率で乳酸を製造することができる。本発明による乳酸製造法は、使用する培地の組成に拘わらず、乳酸製造能を有する酵母における乳酸製造能を向上させることができる。従って、本発明による乳酸製造法によれば、比較的安価な合成培地等の貧栄養な培地であっても乳酸製造能の向上を達成することができ、乳酸製造のコストを低減することができる。
特に、本発明による乳酸製造法によれば、乳酸脱水素酵素の活性を有するポリペプチドをコードする遺伝子を導入した酵母等に代表されるエタノール生産能を併せ持つ微生物を用いた場合、エタノール生産を抑止し、且つ高収率で乳酸を製造することができる。また、エタノール以外の副産物である酢酸、クエン酸、リンゴ酸、コハク酸等の各種有機酸の生成も抑えることによって、培地に含まれる乳酸をより簡易に回収することができる。言い換えれば、乳酸の回収及び精製に要する工程を簡略化することができ、乳酸製造に要するコストを抑制することができる。このような副産物は公知の手法に従い分析し評価することができる。例えば、エタノールはガスクロマトグラフィー(GC)により、各種有機酸は液体クロマトグラフィー(HPLC)により、それぞれ分析し評価することができる。
以下に本発明の具体例を記載するが、これにより本発明の技術的範囲につき何等制約を受けるものではない。
PCRによる遺伝子増幅には、特に述べない限りTaKaRa社製Ex Taqを使用し、方法は添付のプロトコールに従った。PCR増幅反応は94℃で1分間の熱処理を行った後、変性工程:94℃で30秒、アニーリング工程:X℃で30秒(ただし、X℃はプライマーのTm値)、伸長工程:72℃でY秒(ただし、Y秒は予想される増幅産物の大きさから1kbpにつき60秒として計算)の3工程を30サイクル繰り返し、最後に4℃とした。PCR増幅装置はGeneAmp PCR System 9700 (PE Applied Biosystems社)を使用した。酵母からゲノムDNAの抽出には、TaKaRa社製Genとるくん、もしくは酢酸カリウム法(Methods Enzymol., 65, 404 (1980))を用いた。DNAの脱リン酸化反応にはTaKaRa社製Alkaline Phosphatase (E. coli C75)及びロシュ・ダイアグノスティックス社製Alkaline Phosphatase, shrimpを使用し、方法は添付のプロトコールに従った。DNA断片末端の平滑化にはTOYOBO社製Blunting highを使用し、方法は添付のプロトコールに従った。ライゲーション反応にはTaKaRa社製Ligation Kit ver.2を使用し、方法は添付のプロトコールに従った。大腸菌の形質転換にはTOP10 (Invitrogen社)及びDH5α(TOYOBO社)のコンピテントセルを使用し、方法は添付のプロトコールに従った。大腸菌の形質転換体の選抜にはアンピシリン100μg/mLを含むLBプレート(LB+ampプレート)を用い、必要に応じて20μg/mL X-gal及び0.1 mM IPTGによるブルーホワイトセレクションを行った。大腸菌からプラスミドDNAの回収にはアマシャム社製Frexi Prepを使用し、方法は添付のプロトコールに従った。酵母の形質転換はリチウム法(Ito, H. et al., J. Bacteriol., 153, 163 (1983))により行った。塩基配列の決定は、以下の方法で行った。アプライドバイオシステムズ社製BigDye Terminator v3.1を用いてPCRを行い、方法は添付のプロトコールに従った。未反応BigDye Terminatorの
除去にはCENTRI-SEP COLUMNS(PRINCETON SEPARATIONS, INC)を用い、方法は添付のプロトコールに従った。塩基配列の決定には、アプライドバイオシステムズ社製3100 Genetic Analyzerを使用し、方法は添付のプロトコールに従った。なお、配列表に記載されている縮重プライマーの表記については、「W」が「A(アデニン)」と「T(チミン)」から、「R」は「A(アデニン)」と「G(グアニン)」からの混合物より、それぞれ成り立つことを示す。
実施例1:pdc1遺伝子破壊株の作製
1-1 PDC1遺伝子のクローニング
サザンハイブリダイゼーションによりキャンディダ・ボイディニにおけるPDC遺伝子の数を確認する目的で、サッカロマイセス・セレビシエ PDC1遺伝子約1kbpのC末端部分についてプローブを作製した。以下詳細を示す。サッカロマイセス・セレビシエ S288c(ATCC 26108)株から酢酸カリウム法により取得したゲノムDNAを鋳型として、配列番号2および3のプライマーを用いて、PCRによりPDC1遺伝子の一部を増幅させた(アニーリング温度: 55.5℃、伸長時間:1分)。PCR産物をキアゲン社製MinElute PCR Purification Kitにより添付のプロトコールに従って精製し、得られたDNA断片25ngをプローブとした。
酢酸カリウム法により抽出したキャンディダ・ボイディニ No.2201(ATCC48180)株のゲノムDNA10μgを制限酵素Hind III及びXba Iで消化し、0.8%アガロースゲル電気泳動を行った。分離したゲノムDNAを、定法に従ってアマシャム・バイオサイエンス社製Hybond N+ナイロンメンブレンにトランスファーした。プローブの放射性標識にはTaKaRa社製Random Primer DNA Labelling Kit Ver.2を用い、方法は添付のプロトコールに従った。標識dCTPにはアマシャム・バイオサイエンス社製〔α-32P〕dCTPを1.85MBq用いた。ハイブリダイゼーションはRapid−Hyb bufferを用い、添付のプロトコールに従って行った。ただしハイブリダイゼーションの温度は50℃とした。
サザンハイブリダイゼーションの結果より、Hind III消化で約6kbpの1本のバンドと10kbpを超える大きさの1本のバンドの計2本のバンドが、Xba I消化では約4kbpと約3kbpの2本のバンドが検出された。このことから、キャンディダ・ボイディニにおいて少なくとも2種類のPDC遺伝子が存在することが示唆された。
サザンハイブリダゼーションにより得られたバンドに目的とするPDC遺伝子が存在すると考え、このDNA断片のクローニングをコロニーハイブリダイゼーションにより行った。以下詳細を示す。酢酸カリウム法によりキャンディダ・ボイディニ No.2201(ATCC48180)株から抽出したゲノムDNAを制限酵素Hind IIIにより37℃で一晩消化した。エタノール沈殿によりDNAを濃縮した後、0.8%アガロースゲルで電気泳動を行った。約6kbpの部分を切り取り、キアゲン社製QIAEX II Gel Extraction Kitを用い、添付のプロトコールに従ってアガロースゲルからDNA断片の回収を行った。制限酵素Hind IIIにより37℃で一晩消化したpBluescript II SK(+) (TOYOBO社)をTaKaRa社製Alkaline Phosphatase (E. coli C75)を用いて脱リン酸化処理し、ゲルから回収したDNA断片とLigation反応を行った後、大腸菌コンピテントセルTOP10を形質転換し、ライブラリーを作製した。
前述のサザンハイブリダイゼーションではサッカロマイセス・セレビシエのPDC1遺伝子配列の一部をプローブとして使用したが、コロニーハイブリダイゼーションではキャンディダ・ボイディニのPDC遺伝子の配列の方が適していると考えられた。そこで、以下のようにキャンディダ・ボイディニ由来のプローブを作製しなおした。
サッカロマイセス・セレビシエおよびクルイベロマイセス・ラクティスのPdc1タンパク質で保存されているアミノ酸配列(NTGSFSY及びQVLWGSI)に対応する塩基配列のプライマー(配列番号4および5に、それぞれ記載)を、キャンディダ・ボイディニのコドン使用頻度を考慮して合成した。キャンディダ・ボイディニ No.2201(ATCC48180)株から酢酸カリウム法により抽出したゲノムDNAを鋳型として、配列番号4および5のプライマーを用いてPCRによりPDC遺伝子の一部を増幅させた(アニーリング温度:50℃、伸長時間:1分)。得られたPCR産物を、Invitrogen社製TOPO TA Cloning Kitsを用いてTAクローニングを行った。TAクローニングにより得られたプラスミドの挿入DNA断片の塩基配列を決定した。このDNA断片をNCBI(National Center for Biotechnology Information)のBLASTで相同性検索したところ、種々の酵母のピルビン酸脱炭酸酵素の活性を有するポリペプチドをコードする遺伝子と高い相同性が認められたので、このDNA断片をPDC遺伝子の一部と断定し、このDNA断片を含むプラスミドをpFO8とした。
pFO8を鋳型として、配列番号4および5のプライマーを用いてPCR(アニーリング温度:50℃、伸長時間:1分)を行い、得られたPCR産物をキアゲン社製MinElute PCR Purification Kitにより添付のプロトコールに従って精製し、得られたDNA断片25ngをプローブとした。このプローブを用いて、常法に従って(Molecular cloning 2nd edn., eds. Sambrook, J., et al., Cold Spring Harbor Laboratory U.S.A.,1989)、コロニーハイブリダイゼーションによるライブラリーのスクリーニングを実施した。得られた陽性クローンからプラスミドDNAの回収を行った。
得られたプラスミドDNAの挿入断片の塩基配列決定を、以下の方法によって行った。プラスミドDNAを鋳型として、添付のプロトコールに従って、アプライドバイオシステムズ社製BigDye Terminator v3.1を用いてPCRを行った。未反応BigDye Terminatorの除去にはCENTRI-SEP COLUMNS(PRINCETON SEPARATIONS, INC)を用い、方法は添付のプロトコールに従った。塩基配列の決定には、アプライドバイオシステムズ社製3100 Genetic Analyzerを使用し、方法は添付のプロトコールに従った。決定したDNA塩基配列からオープンリーディングフレーム領域を推定した。次に本領域の推定翻訳産物はサッカロマイセス・セレビシエのPDC1遺伝子産物とアミノ酸レベルで60%の相同性を示したことから、取得した遺伝子は、ピルビン酸脱炭酸酵素の活性を有するポリペプチドをコードしているものと考えられた(配列番号23)。この塩基で表される配列番号23と対応するアミノ酸配列を配列番号24に記載した。そこで取得した遺伝子をPDC1と命名し、PDC1遺伝子の全長を含むプラスミドをpFO15とした。
1-2 pdc1遺伝子破壊用プラスミドの作製
pdc1遺伝子破壊用プラスミドpFO24を、以下に示した方法で作製した。概略を図2に示す。pBluescript II SK(+) (TOYOBO社)を制限酵素Xho IとSal Iで消化し、Self Ligationを行い、得られたプラスミドをpFO17とした。一方、pFO15より、PDC1遺伝子のN末領域をBamH I-EcoT22 I断片として切り出し、pFO17のBamH I-Pst I部位に挿入し、得られたプラスミドをpFO18とした。またpFO15を鋳型として、配列番号6および7のプライマーを用いてPCRを行い、PDC1遺伝子のC末領域をHindIII断片として増幅した。得られたPCR産物を制限酵素Hind IIIで消化し、pFO18のHind III部位に挿入することによってプラスミドpFO19を得た。pFO19のEcoR V部位にXho I Linkerを挿入したプラスミドをpFO20とした。キャンディダ・ボイディニ URA3マーカーの配列を含むプラスミド(参考文献 Biosci. Biotechnol. Biochem., 2002 Mar;66(3):628-31 Komeda T, Sakai Y, Kato N, Kondo K.)から制限酵素Sal IによりURA3遺伝子を含む断片を切り出し、pFO20のXho Iに挿入し、得られたプラスミドをpFO24とした。
1-3 pdc1遺伝子破壊株の作製
pdc1遺伝子破壊株を、以下に示す方法で作製した。概略を図3に示す。pFO24を制限酵素BamH Iで消化し、エタノール沈殿により濃縮した。このDNA断片によりNo.2201株を親株としたURA3変異株(参考文献 Biosci Biotechnol Biochem. 2002 Mar;66(3):628-31 Komeda T, Sakai Y, Kato N, Kondo K.)を形質転換し、SD-ura培地に塗沫し30℃で3日間培養した。生育してきた形質転換体をTaKaRa社製Genとるくんを用いてゲノム抽出し、ゲノム上のDNA配列である配列番号8および9のプライマーを用いてPCRを行ったところ、3 kbpのバンドが増えた。このことから、ゲノム上のPDC1遺伝子がURA3マーカーに置き換わり、PDC1遺伝子が破壊されていることが確認された。pFO24のURA3マーカー部分は、URA3コード領域の上流及び下流に同一の配列を持つように設計されているため、これら二つの同一配列間のURA3マーカーの脱落が起こることが期待される。このようにURA3マーカーの脱落が起こった株は、5’-フルオロオロチン酸(5’-FOA)に耐性の表現型を示すようになるので、選択が可能である。これによって、URA3マーカーの再利用が可能である(参考文献 Biosci. Biotechnol. Biochem., 2002 Mar;66(3):628-31 Komeda T, Sakai Y, Kato N, Kondo K.)。そこで、0.08%の5’-FOAを含むYPD2(2%グルコース)培地にPDC1破壊株を塗沫し、30℃にて1日間培養した。得られたコロニーからゲノム抽出を行い、配列番号8および9のプライマーを用いてPCRを行ったところ、URA3マーカー2.6kbp分だけバンドが減少していたため、PDC1遺伝子の破壊時に選択マーカー配列として導入したURA3をコードする配列を除去できていることが確認できた。
1-4 pdc1破壊株の特性
PDC1遺伝子はピルビン酸脱炭酸酵素の活性を有するポリペプチドをコードしており、この酵素はピルビン酸からアセトアルデヒドへの変換を触媒する。アセトアルデヒドは、アルコール脱水素酵素によりさらにエタノールへと代謝される。すなわち、PDC1遺伝子を破壊することにより、エタノールへの代謝経路がシャットダウンされ、エタノール生成能が低下することが期待される。そこで、pdc1破壊株におけるエタノール生成能及び有機酸分析を行った。
pdc1破壊株のエタノール生成能を調べる目的で、野生株及びpdc1破壊株(任意の5株:pdc1Δ-4株、pdc1Δ-22株、pdc1Δ-24株、pdc1Δ-27株、pdc1Δ-29株、)を、100mL三角フラスコでYPD10(10%グルコース)培地60mLに初期OD600=0.6になるようにそれぞれ植菌し、30℃で7日間静置培養した。培養液を0.2μmのフィルターで濾過し、ガスクロマトグラフィー(島津製作所社製)により培地中のエタノール濃度を測定した。その結果、野生株では7日目で2.4%のエタノールを生成していたが、pdc1破壊株では0.2%以下のエタノール生成しか見られなかった(5株の平均)。このことから、今回破壊したPDC1遺伝子が、ピルビン酸からアセトアルデヒドへ変換に大きく関与していることが示唆された。サッカロマイセス・セレビシエはPDC遺伝子を3種類持っており(PDC1、PDC5、PDC6)、これら3種の遺伝子はそれぞれ相補的に機能しており、単独破壊株ではエタノール生成能が欠損するということはないことが知られる。キャンディダ・ボイディニにおいては、先にサザン解析で示したとおり、少なくとも2種類のPDC遺伝子が存在すると推測されるが、PDC1遺伝子の破壊でエタノール生成能が大きく低下したことから、この遺伝子がメインに機能しているピルビン酸脱炭酸酵素の活性を有するポリペプチドをコードしていると考えられた。
pdc1破壊株の有機酸生成能を調べる目的で、野生株及びpdc1破壊株を100mL三角フラスコでYPD10(10%グルコース)培地60mLに初期OD600=0.2になるように植菌し、30℃で4日間静置培養した。培養液を0.2μmのフィルターで濾過し、HPLCによる有機酸分析(電気伝導度による検出)により培養液中の各種有機酸濃度を測定した。その結果、2日目における野生株のピルビン酸濃度は検出限界以下であったのに対し、pdc1破壊株では0.12g/L存在していることが観察された(5株の平均)。また、4日目では0.33g/L存在していた(5株の平均)。このことから、ピルビン酸からアセトアルデヒドへの変換に関与するPDC遺伝子の破壊によって、ピルビン酸の蓄積が誘導されたものと考えられた。また、アセトアルデヒドは酢酸へも代謝されるが、2日目と4日目には野生株に対してpdc1破壊株の酢酸濃度は、それぞれ2/3以下と1/3以下、クエン酸濃度は1/2以下と1/2以下、リンゴ酸濃度は1/2以下と1/3以下、コハク酸濃度は1/2以下と1/4以下に減少していた(5株の平均)。また、pdc1破壊株では、それぞれ野生株の2.5倍以上と2倍以上の乳酸を製造していた(5株の平均)。
目的産物であるL−乳酸を精製する工程において、培養上清に炭酸カルシウムを加え、L−乳酸カルシウム塩として回収する手法が広く用いられている。エタノールやTCA回路の各種有機酸濃度が野生株に比べて大きく減少していることは、この工程でL−乳酸塩以外の副産物の産生を低減化できる可能性を示していることから、乳酸製造能を評価するうえで有用な指標となる形質であると考えられる。
実施例2:乳酸高生産酵母の分子育種
2-1 L-乳酸脱水素酵素の活性を有するポリペプチドをコードする遺伝子(L-LDH遺伝子)のDNA配列の設計
高等真核生物であるウシ由来L-乳酸脱水素酵素の活性を有するポリペプチドを酵母キャンディダ・ボイディニで効率よく発現させるために、特開2003-259878号公報に記載された乳酸脱水素酵素の活性を有するポリペプチドをコードする遺伝子に対して以下の項目を設計指針として、タカラバイオ社に天然に存在しない新規な遺伝子配列の設計及び合成を依頼した。
(i) キャンディダ・ボイディニにおいて多用されているコドンを用いた。
(ii) mRNAの不安定配列や繰り返し配列を出来る限り排除した。
(iii) 全領域にわたってGC含量の偏りに差がでないようにした。
(iv) 設計した配列中に遺伝子クローニングに不適当な制限酵素部位ができないようにした。
(v) L-LDH遺伝子発現用ベクターに組込むための両末端に有用な制限酵素部位を付加した(LDH上流:Kpn I、Not I、LDH下流:Bgl II、Sac I)。ここで、Kpn I認識部位は、配列番号10のヌクレオチド配列において1番目のgから6番目のcまでの配列ggtaccを示し、Not I認識部位は、配列番号10のヌクレオチド配列において7番目のgから14番目のcまでの配列gcggccgcを示し、Bgl II認識部位は、配列番号10のヌクレオチド配列において1017番目のaから1022番目のtまでの配列agatctを示し、Sac I認識部位は、配列番号10のヌクレオチド配列において1023番目のgから1028番目のcまでの配列gagctcを示す。
合成されたDNA配列を配列番号10に示す。また、このうち上記のL−乳酸脱水素酵素の活性を有するポリペプチドをコードする5番目のaから1010番目のcまでのヌクレオチド配列に対応するアミノ酸配列はウシ由来そのものであるが、http://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/viewer.fcgi?db=nuccore&id=148878491(Accession No.BC146210)に記載されており、配列番号26として記載した。なお、1011から1013番目のtaaとそれに引き続く1014から1016番目のtagは共に翻訳の終了コドンである。
2-2 L-LDH遺伝子発現用プラスミドの作製
L-LDH遺伝子発現用プラスミドの構築を、以下に示す通りに実施した。PDC1プロモーター領域の塩基配列決定及び単離を行うために、pFO15を鋳型として配列番号11および12の配列をプライマーとして用いてPCRを行い(アニーリング温度:55℃、伸長時間:1分)、pCR2.1(Invitrogen社)へクローニングしシークエンスの確認を行った。
特開平11-75843号公報に記載されているプラスミドpMFPH4を鋳型として、また配列番号13および14のプライマーを用いて、PCRを行った(アニーリング温度:55℃、伸長時間:1分)。これによって、上流にNot I及びBgl IIの制限酵素サイトが導入されたFDH1ターミネーターを得たことを、pCR2.1(Invitrogen社)へのクローニングおよびシークエンシングによって確認した。このプラスミドからNot I-EcoT22 I断片を切り出し、pMFPH4のNot I-EcoT22 I間に導入した。このプラスミドのXhoI-NotI間に、上記のPDC1プロモーターを含むプラスミドより得たXhoI-NotI断片を導入した。
タカラバイオ社により全合成されたLDHを含むプラスミドpFO26から制限酵素NotI-BglII消化によりLDH遺伝子を切り出した。この断片を、上記のPDC1プロモーター/FDH1ターミネーターを含む発現プラスミドのNot I-Bgl II間に挿入し、PDC1プロモーター誘導LDH発現用プラスミドpFO27を完成した。簡単なマップを図4に示す。
2-2 pdc1破壊株へのL-LDH遺伝子の導入
PDC1プロモーター誘導LDH発現用プラスミドpFO27を、URA3マーカー内の制限酵素BamH Iにより37℃で一晩消化して直線状化し、エタノール沈殿により回収した。このDNA断片により、pdc1破壊株を形質転換し、SD-uraプレートに塗布し30℃で3日間培養し、得られたコロニーを形質転換体とした。
2-3 L-LDH遺伝子導入部位の解析
得られた形質転換体におけるL-LDH遺伝子導入を確認する目的で、LDH導入株及びpdc1破壊株からGenとるくんを用いてゲノム抽出を行い、配列番号15及び16のプライマーを用いてPCRを行った。その結果、形質転換体ではL-LDH遺伝子長の1kbpのバンドが見受けられたが、pdc1破壊株では全くバンドが見られなかった。このことから、得られた形質転換体にはL-LDH遺伝子が存在することが明らかになった。次に、形質転換体14株のうち任意に選択した2株(Cb14株およびCb3株)に関して、L-LDH遺伝子が挿入された部位および状態を把握する目的で、PCRを行った。プライマーとしては、配列番号17および16、配列番号18および19、配列番号20および18、配列番号16および21、配列番号22及び18の5つの組み合わせで実施した。アニーリング温度は全て52℃とした。それぞれの組み合せで増幅することが予想されるDNA断片の大きさは順に約3.8kbp、約2.5kbp、約6kbp、約2kbp、約2kbpであり、PCRにおける伸長反応工程は1kbpにつき60秒を要するとして算出した時間を設定した。PCRによる断片増幅の有無の結果を下表に示す。
Figure 2009268407
この結果から、図5に示すように、Cb14株ではpFO27のPDC1プロモーターからL-LDH遺伝子、FDH1ターミネーターを経由して、URA3遺伝子にいたるまでの断片が、2回の相同組換えによってpdc1破壊株の染色体上の破壊されているPDC1遺伝子座に挿入されており、またCb3株ではpFO27の全体がURA3遺伝子座に組込まれていることが示唆された。
実施例3:発酵試験
以下に示すとおり、得られた形質転換体の乳酸製造能の評価を実施した。グルコース消費量およびL-乳酸製造量はYBI社製バイオケミストリーアナライザーを用いて測定した。光学異性体の判別には、J.K.インターナショナル社製F-キット D-乳酸/L-乳酸を用い、方法は添付のプロトコールに従った。
3-1 L-LDH遺伝子の導入部位による乳酸製造量の違い
株による乳酸製造量の差を見るために、以下の条件で発酵試験を行った。前培養としてYPD2培地(2%グルコース)20mLが入った100mL容量の三角フラスコに培養プレートから白金耳で1回かきとったペレット状の菌株を接種し、30℃で2日間振盪培養後、遠心分離によって菌体を回収した。これを初期OD660が15となるようにYPD10(10%グルコース)+5%炭酸カルシウム20mL/ 100mL三角フラスコに接種し、100rpm、振幅35mm、30℃でTAITEC社製卓上培養装置により46時間発酵を行なった後、F-kitにより発酵液の乳酸製造量を定量した。14株の形質転換体のうち、任意に選択した2株について(株名:Cb3株、Cb14株)につき、その結果を下表に示す。
Figure 2009268407
以上の結果から、染色体上の完全な長さのPDC1プロモーターに連結されたL-LDH遺伝子を持つCb14株の方が、約1.2kbpの長さのPDC1プロモーター(配列番号1)に連結されたL-LDH遺伝子を持つCb3株よりも、高い乳酸製造能を持つことが示された。このことから、L-LDH遺伝子をキャンディダ・ボイディニで十分に発現させるためには、約1.2kbpの長さのPDC1プロモーターでは不十分で、さらに長い領域のPDC1プロモーターが必要であることが判明した。
3-2 発酵における最適温度の検討
キャンディダ・ボイディニは発酵する際に同時に増殖も行う増殖連動型発酵を行う。そのため、増殖と発酵のバランスのよい温度検討を行う必要がある。そこで、最適温度の詳細な検討を行った。前々培養として、坂口フラスコにてYPD5培地(5%グルコース) 100mLに培養プレートから白金耳で1回かきとったペレット状の菌株を接種し、60時間振盪培養し定常期の菌体を得た。前培養として5L容量のジャーファーメンター(卓上型培養装置 Bioneer−C 5L(S)、丸菱バイオエンジ社製)にてYPD培地2Lに前々培養の菌体を全量接種し、400rpm、30℃、1.25vvmにて1日間培養した。このジャーファーメンターにグルコース250g/500mL(最終グルコース濃度10% /2.5L)及び125g炭酸カルシウム(最終濃度5%)を添加し、200rpm、通気量1vvmで48時間発酵させた。温度検討のため、28℃、30℃、32℃、34℃と温度を振った。結果を下表に示す。
Figure 2009268407
消費糖換算率(D)とは生成したL−乳酸製造量(C)を消費したグルコース消費量(B)で除し、さらに100を乗じた値である。全糖換算率(E)とは生成したL−乳酸製造量(C)を培地中初期グルコース量(A)で除し、さらに100を乗じた値である。以上の結果より、キャンディダ・ボイディニにおいて、消費糖換算率(D)では30〜34℃で90%を超え効率よく乳酸を製造しているが、L-乳酸製造量を比較すると32℃での発酵が最も多い。32℃発酵させた際の培地中のグルコース残存量及びL-乳酸製造量の変化を図6に示す。また、32℃での再試験の結果も他の温度よりも高い効率であった。このことから、キャンディダ・ボイディニにおける発酵最適温度は32℃であることが明らかになった。なお、上記の追試の乳酸製造量の結果については、F−kitによりL体とD体を定量した。L−乳酸製造量は94.4g/L、D−乳酸製造量は0.2g/Lであった。L−乳酸製造量からD−乳酸製造量を減じた値を、L−乳酸製造量にD−乳酸製造量を加えた値で除し、さらに100を乗じて算出される光学純度(%)は、99.6%であった。
配列番号10のうち、15番目のaから1013番目のa(2つの翻訳終了コドンのうち、上流域のtaa)までのヌクレオチド配列(コドン最適化配列)と配列番号25で表される配列(ウシ由来の野生型配列)のアライメントを示す図である。 PDC1遺伝子破壊用ブラスミドの構築手順を示す図である。 PDC1遺伝子の破壊、ならびにこれに選択マーカーとして利用したURA3遺伝子の除去の手順を示す図である。 キャンディダ・ボイディニにウシ由来LDH発現カセットを導入するためのプラスミドの構造を示す図である。 PDC1破壊URA3除去株の染色体へのpFO27の組込み様式を示す図である。 32℃での発酵における培地中グルコース残存量と乳酸製造量の経時変化を示すグラフである。

Claims (10)

  1. 乳酸脱水素酵素の活性を有するポリペプチドをコードしている遺伝子の発現を可能にするプロモーター配列が機能的に結合した該遺伝子の少なくとも1コピーにより形質転換されてなる、キャンディダ・ボイディニの酵母菌株。
  2. ピルビン酸脱炭酸酵素の活性を有するポリペプチドをコードしている内因性遺伝子が破壊されている、請求項1に記載の酵母菌株。
  3. ピルビン酸脱炭酸酵素の活性を有するポリペプチドをコードしている内因性遺伝子が、選択マーカー配列の挿入による該遺伝子の欠失によって破壊されている、請求項1に記載の酵母菌株。
  4. プロモーター配列および該プロモーター配列の制御下にある乳酸脱水素酵素の活性を有するポリペプチドをコードしているDNA配列を含有する発現ベクターによって形質転換されてなる、請求項1〜3のいずれか一項に記載の酵母菌株。
  5. 乳酸脱水素酵素の活性を有するポリペプチドが、
    (a)配列番号26で表されるアミノ酸配列を含むポリペプチド、または
    (b)配列番号26で表されるアミノ酸配列において、1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換、付加もしくは挿入されたアミノ酸配列を含み、かつ乳酸脱水素酵素の活性を有するポリペプチド
    である、請求項1〜4のいずれか一項に記載の酵母菌株。
  6. 乳酸脱水素酵素の活性を有するポリペプチドをコードしている遺伝子が、
    (a)配列番号10のうち、15番目のaから1010番目のcまでのヌクレオチド配列、または
    (b)配列番号10のうち、15番目のaから1010番目のcまでのヌクレオチド配列と85%以上の相同性があり、かつ乳酸脱水素酵素の活性を有するポリペプチドをコードするヌクレオチド配列、または
    (c)配列番号10のうち、15番目のaから1010番目のcまでのヌクレオチド配列もしくはその相補配列とストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ乳酸脱水素酵素の活性を有するポリペプチドをコードするヌクレオチド配列
    を含むものである、請求項1〜4のいずれか一項に記載の酵母菌株。
  7. ピルビン酸脱炭酸酵素の活性を有するポリペプチドをコードしている内因性遺伝子が、配列番号24で表されるアミノ酸配列をコードするヌクレオチド配列、または配列番号23で表されるヌクレオチド配列を含むものである、請求項2〜4のいずれか一項に記載の酵母菌株。
  8. プロモーター配列が、ピルビン酸脱炭酸酵素をコードする内因性遺伝子のプロモーター部分であるか、または配列番号1で表されるヌクレオチド配列を含むものである、請求項1〜4のいずれか一項に記載の酵母菌株。
  9. 請求項1〜8のいずれか一項に記載の酵母菌株を培養することを含んでなる、乳酸を製造する方法。
  10. 酵母菌株の培養において、発酵培養初期の菌体のOD660が15〜30である、請求項9に記載の方法。
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* Cited by examiner, † Cited by third party
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WO2010095751A1 (ja) * 2009-02-23 2010-08-26 キリンホールディングス株式会社 キャンディダ・ユティリスによる高効率乳酸製造法
JP2014150747A (ja) * 2013-02-06 2014-08-25 Sekisui Chem Co Ltd 変異微生物、並びに、コハク酸の生産方法

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