特定の検知対象ガスと選択的に反応して可視領域で変色(発色あるいは退色)する色素を、可視光に対して透明な多孔体に担持させてガス検知素子とした超小型の蓄積型センサが開発されている(例えば、特許文献1,2参照)。この蓄積型ガスセンサは、色素を担持する母材(以後、担体と称す)となる多孔体と、この細孔内に担持される色素との2つの要素より構成されている。
蓄積型ガスセンサを構成する第1の要素である多孔体には、可視領域で透過率を測定可能とするために、まず、第1条件として、可視光に対して透明であることが要求される。透明であるためには、多孔体の細孔平均孔径が20nm未満が条件となる。また、第2条件として、検知対象ガスを吸着するための数百(m2/g)程度の比表面積(1g当たりの物質の総表面積)を有することが要求される。これらの条件を満足する多孔体が、担体として利用可能となる。
また、特許文献1,2には明記されていないが、検知剤が極性を持つ溶液の場合、担体としての多孔体における第3条件として、表面ならびに細孔表面が親水性であること(以降、表面親水性と称する)が、暗黙裏に前提とされている。この条件は、検知剤を細孔中に浸透(滲入)させ、細孔内に色素(検知剤)を担持させるために必要となる。
一般に、物質には表面が存在し、表面にある原子には、内部の原子とは異なり、酸化された上で水素終端するなどにより安定化する傾向がある。これは、表面にヒドロキシル基(水酸基:−OH)が存在している状態である。ヒドロキシル基は、極性(電気双極子モーメント)を持ち、水のような有極性分子(電気双極子モーメントを持つ分子)と強く相互作用(水素結合)をするので親水基と呼ばれる。ヒドロキシル基で覆われた物質の表面は、親水性となり水によく濡れる。
以上のことに対し、電気双極子モーメントがないか極めて小さい無極性で、水分子と水素結合しにくい疎水基であるメチル基(CH3−)およびエチル基(C2H5−)などの炭化水素基(CmHn−)で覆われた物質の表面は、疎水性で撥水する性質がある。
次に、蓄積型ガスセンサを構成する第2の要素である色素には、第4条件として、特定のガス状の大気汚染物質と選択的に反応して可視領域の吸収が変化することが要求される。また、第5条件として、検知剤が水溶液など極性の溶液(湿度保持剤としてのグリセリンなどの多価アルコール添加、およびエタノールなどの電気双極子モーメントを有するアルキルアルコール類をも含む)の検知剤となることが要求される。加えて、第6条件として、多孔体の細孔内に担持可能な分子サイズであることが要求される。これら要求特性を満たす色素として、特許文献1,2では、有機系色素が選択されている。これは、次に示すことを根拠としているものと考えられる。
一般に、光を照射された分子は、照射された光のエネルギーを選択的に吸収し、基底状態E0から励起状態E1に遷移する。これらのエネルギー差ΔEは、それぞれの分子に固有の値を持つが、分子中に動きやすいπ電子(原子同士が結合される方向に対して垂直な軌道面を持つπ軌道の電子)があると、ΔEは小さくなる傾向がある。特に、人が目視で色として感じる可視光領域(波長380〜750nm)に吸収領域をもつためには、色素として用いる分子の中にπ結合をもつ二重結合と単結合とを交互に含んだ「共役二重結合」が長く伸びている必要がある。
この結合構造の場合、π電子の移動(非局在化)によって、励起状態のエネルギー準位E1が下がり、ΔEは小さくなる。つまり、色素分子中に、長い共役二重結合を多く含むほど、選択吸収する光が長波長側にシフトして色調が深色に変化する。このような発色団(分子中で発色のもととなる部分)としては、主に、以下の化学式(1),(2),(3),(4),および(5)で示されるものがある。
ガス検知素子において、色素は多孔体の細孔内に担持されるので、色素の分子サイズには制約があり、細孔内に収容できないような、あまり長い共役二重結合をもった分子は採用することができない。ナノメートルオーダの孔径の細孔内に入ることができ、かつ発色団を含んだ反応試薬としては、例えば、インジゴ色素があり、これは、大気中のオゾンと反応して分子骨格に含まれる炭素の二重結合が破壊されて脱色する(特許文献1参照)。また、大気汚染物質としての二酸化窒素とスルファニルアミド(SFA)が反応してできる化合物は、ジメチルナフチルアミン(DMNA)とジアゾ結合反応し、窒素の二重結合を含む部分(−N=N−)を持つ発色団を生成する。この発色団は、ピンク色を呈し、二酸化窒素センサとして利用可能となる(特許文献2参照)。いずれにおいても、可視領域に吸収領域を持つ有機系色素が用いられている。
ところが、上述したような有機系の原子団は、無極性であり、このままでは水に溶解しにくい。このため、色素分子中にスルホン基(−SO3H)やカルボキシル基(−COOH)などの酸性の官能基を持たせ、ナトリウム塩とすることで、酸性の色素として酸性の溶液中にスルホン基やカルボキシル基の部分が水和して溶解するようにしている。あるいは、分子内に炭化水素基とヒドロキシル基との両方を有するアルキルアルコールを添加し、疎水基側を有機系色素に向けて溶解するようにしている。アルキルアルコールも電気双極子モーメントを有する分子であるので極性を有する溶液である。これらのようにして作製した検知剤溶液を、以降では、水溶液系検知剤と呼ぶ。
例えば、特許文献1に記載の蓄積型オゾンセンサでは、インジゴカルミン2ナトリウム塩を検知色素として用いているが、この色素は、ベンゼン環を2つ持ち、直線上の平面構造をした大きな分子(分子量466.36)であり、このままでは水に不溶であり、スルホン酸ナトリウムの構造にすることで、水溶性にしている。
ここで、上述した第3条件と第5条件において、多孔体中の細孔表面と、検知剤(色素)の溶媒である水との間の相互作用、すなわち、表面にある電気双極子と水分子との間の水素結合に起因する毛細管力(=表面張力γ)を浸透の原動力とし、水溶液系検知剤が細孔内へ入り込み、細孔中に有機系色素が担持されるようになる。
半径rのシリンダ状の細孔を仮定すると、細孔壁と検知剤溶液の水との境界面の接触角がθcのとき、接触線の長さが2πrで、単位長さ当たりの毛細管力はγcosθcであるから、細孔内への水の浸透を駆動する毛細管力Fは、数式「F=2πrγcosθc・・・(1)」で与えられる。なお、数式(1)中、γ(N/m)は、水の表面張力(=単位長さあたりの毛細管力)を表し、式の右辺が正の値で吸引となり、式の右辺が負の値で撥水の方向に作用する。
担体となる多孔体に関する上述した第1〜第3条件および色素に関する第4〜第6条件を満足させることにより、大気中の微量ガスを高感度かつ選択的(定性的)に検知する蓄積型センサが構成されるようになる。
ところで、表面親水性の多孔体は、大気中の検知対象である特定ガスを吸着すると同時に、大気中に多く存在している水蒸気も吸着する。この水蒸気の吸着は物理吸着であり、細孔内の水蒸気圧と大気中の水蒸気圧との吸着平衡によって細孔内の水分量が決定される。しかし、梅雨時期などの高湿度状態の大気中に、多孔体を長時間暴露しておくと、表面親水性の多孔体は水蒸気を多量に吸着し、細孔内でよく知られた毛細管凝縮を起こし、細孔内が液体(水)で充填されるようになる。
周辺環境の湿度変化が微小である限り、多孔体の細孔内に毛細管凝縮した水分は、多孔体の可視光に対する光学的な透過率特性に影響しない。しかし、観測事実として、毛細管凝縮が発生した多孔体は、湿度が急激に減少する際には白濁して透明でなくなる現象が起こる。例えば、暑く蒸した熱帯夜の間、高温多湿状態に曝された多孔体は、夜が明けて太陽光に曝されて急激な乾燥が起こると、細孔内の凝縮水が蒸発し、結果として、透明な多孔体が白く濁る。これは、担体に要求される透明性に関する第1条件が満たされない状態である。
毛細管凝縮などにより湿潤した透明多孔体が乾燥過程において白濁する現象は、「多孔体への入射波長λに対する散乱光の強度は1/λ4」の依存性を備えている。この白濁化現象は、起因となる光散乱の仕組みについて不明な点が多いが、毛細管凝縮の状態からの急激な乾燥によって起こることについては、疑問の余地がない。
細孔内へ拡散してきた極性のある気体分子は、親水性細孔壁に吸着凝縮して薄い膜(液膜)を形成する。ここで、吸着凝縮する気体分子の量が多くなると液化が発生し、細孔の中が液体で充填された状態となる。この状態が毛細管凝縮と呼ばれているが、これは、細孔(毛細管)中の液面(メニスカス)上の飽和水蒸気圧が、平坦な液面上の飽和水蒸気圧より小さいために上記液化が起こる結果発生する現象とされている。
ケルビン(Kelvin)によれば、毛細管などの狭い細孔内の液体のメニスカス上の蒸気圧は、同温度の平坦な液面上の蒸気圧より低く、細孔内の液体が示す飽和蒸気圧pと平面液体が示す飽和蒸気圧p0との関係は、「loge(p/p0)=−(2γVm)/(ρRT)」で表すことができるとしている。なお、Vmは液体のmol体積(molar volume)、γは液体の表面張力(surface tension)、Rは気体定数、Tは絶対温度である。また、ρは、メニスカスの曲率半径であり、細孔を半径rのシリンダ状の毛細管と仮定し、この中にある液体の管壁との接触角をθcとすると、「ρ=r/cosθc」となる。従って、細孔内の液体と平面液体が示す飽和水蒸気圧は、数式「loge(p/p0)=−(2γVmcosθc)/(rRT)・・・(2)」で表されることになる。
ここで、吸着凝縮して液化する極性気体分子として水蒸気分子を想定すると、表面親水性の多孔体では、細孔壁の水に対する濡れ性が非常によいので、接触角θcはほぼ0となり、cosθc=1で、数式(2)における右辺「−(2γV)/(ρRT)=−(2γVmcosθc)/(rRT)」は、負の値となる。従って、細孔内での飽和水蒸気圧pは、平面での飽和水蒸気圧p0より低くなり、細孔内で液化する。このように、毛細管凝縮と、多孔体内の細孔表面の水に対する濡れ性との間には、深い関係がある。
毛細管凝縮による多孔体の透明性の消失に関連し、公知の実験事実によると、ゾル−ゲル法で製造したシリカ系多孔質ガラスでは、製造した後に、水酸基を炭化水素基によって置換する疎水化処理をしておかないと、吸湿によって加水分解が起こり、この後に乾燥状態に曝されると、未反応部が重合反応「≡Si−OH+HO−Si≡ → ≡Si−O−Si≡+H2O↑」を起こし、作製した多孔質ガラスの白濁化ならびにシリカ骨格の収縮を起こし、収縮に起因するガラス全体の歪みが発生し、ついには割れを生じる。この吸湿による加水分解や脱水に伴う重合を回避するために、ゾル−ゲル法で多孔質ガラスを製造した後には、表面への疎水化処理が広く行われている。
上述した疎水化処理としては、ゾル−ゲル法で形成したシリカ中に多数存在する水酸基を、メチル基などの炭化水素基を含んだトリメチルシリル基(−Si(CH3)3)によって置換する処理である。この疎水化処理により、ゾル−ゲル法で製造した多孔質ガラスも、吸湿をしなくなり、上述した白濁化を含む様々な問題が解消されるようになる。
従って、疎水化処理をしたゾル−ゲル製シリカ系多孔質ガラスをガス検知素子の担体として用いれば、上述した白濁化が抑制可能となる。しかしながら、疎水化処理したゾル−ゲル製シリカ系多孔質ガラスでは、表層部には色素を含む水溶液系検知剤が浸透するが、細孔内の深部にまでは水溶液系検知剤が浸透しないという問題がある。これは、表面を疎水性としているために撥水性を呈し、水溶液と細孔壁との間の接触角θcが90°より大きくなって表面が濡れず、毛細管力を与える数式(1)の右辺が負の値となり、水溶液系検知剤が細孔内に浸透して行かないためと考えられる。また、多孔質ポリイミドなどの樹脂製の多孔体においても、これらの表面が疎水性のため、上述同様に、水溶液系検知剤が細孔内に浸透しない。
これに対し、水溶液系検知剤を浸透させるために、多孔体の細孔径を大きくすると、今度は、孔径が可視光の波長と同程度となり、可視光に対して不透明化し、前述した担体としての第1条件を満足しなくなる。
また、可視光に対して透明な状態を維持する細孔径の状態で、加圧により水溶液系検知剤を細孔内に浸透させることも考えられる。しかしながら、樹脂製多孔体の場合には、細孔内水分の欠乏に起因し、親水性表面を持つガラス多孔体を担体とした場合に比較して、検出対象のガスの検知濃度が1/10程度に低下するという別の問題が生じる。
ここで、可視光に対して透明な多孔体で、吸湿あるいは脱湿により構造的な歪みを生じない物質としては、コーニング社により開発されたバイコール(Vycor:登録商標)による多孔質ガラスがある。この多孔質ガラスの作製について簡単に説明すると、まず、Na2O−B2O3−SiO2系の硼珪酸系ガラスを作製し、これを所定の形状に成形した後に数百℃で熱処理をすることで、ガラス内部で、SiO2リッチ相とNa2O−B2O3リッチ相とに、数nmスケールでスピノーダル分解による分相を起こさせる。このようにして分相させたガラス(分相ガラス)を酸溶液中に浸漬し、Na2O−B2O3リッチ相を酸により溶出させる。これらのことにより、SiO2による骨格を持つ多孔質ガラスが得られる。
上述したように作製される多孔質ガラスの細孔は、表面から内部にまで連結した貫通細孔であり、細孔径およびこの分布が、製造中の熱処理条件により制御できることがよく知られている。なお、上述した多孔質ガラスにおいても、酸により溶出させるという製造方法より、細孔壁面を含む表面が極性を持つ水酸基で終端されていて親水性となっている。このため、前述したように、高湿度状態に曝されると毛細管凝縮が起こり、この後、急激な湿度低下が起こると、白濁化して透明度が低下する。
特許第3943008号公報
特許第3700877号公報
特許第3639123号公報
以下、本発明の実施の形態について図を参照して説明する。図1は、本発明の実施の形態におけるガス検知素子100の一部構成を模式的に示す概略的な断面図である。ガス検知素子100は、複数の細孔101を備える透明な多孔質ガラス(多孔体)102と、細孔101内に担持(配置)されて検知対象のガスと反応して可視領域の吸収が変化する色素103と、多孔質ガラス102の外側表面および外側表面に開口している細孔101aの表面(壁面)に形成された疎水性を有する疎水層(疎水領域)106とを備えるようにしたものである。細孔101(細孔101a)は、多孔質ガラス102の表面から内部にまで連結した貫通細孔となっている。
また、本実施の形態におけるガス検知素子100は、細孔101内に、色素103とともに酸性緩衝剤としての酢酸(酸性物質)104が担持されている。酢酸の代わりにクエン酸を用いてもよい。ガス検知素子100は、細孔101内に色素103を含む検知成分(検知剤)が配置(担持)されていればよく、本実施の形態では、検知成分が、色素103および酢酸104を含んでいる場合を示している。なお、本発明は、多孔体として多孔質ガラスに限らず、透明なプラスチックから構成された多孔体を用いるようにしてもよい。本発明の趣旨は、透明な多孔体の細孔内に配置され、検知対象のガスと反応して可視領域の吸収が変化する検知成分と、多孔体の外側表面および外側表面に開口している細孔の表面に形成された疎水性を有する疎水領域とを備えるところにある。
多孔質ガラス102は、例えばコーニング社製のバイコール7930である。バイコール7930は、平均細孔径4.2nmであり、比表面積が約200(m2/g)である。また、多孔質ガラス102は、例えば、8(mm)×8(mm)で厚さ1(mm)のチップサイズである。色素103としては、例えば、検知対象のオゾンガスと反応して可視領域の吸収が変化するインジゴカルミンおよびインジゴなどのインジゴ環を備えたものが適用可能である。この色素の場合は、酢酸などの酸性物質により酸性状態として用いる。
インジゴ環を有する色素は、オゾンと反応することで、この分子骨格に含まれるC=C結合が分解され、色素分子の構造と電子状態が変化することなどにより、可視領域の光吸収が変化して色(色相)が変化(退色)する。従って、細孔101内にオゾンガスが浸透し、例えば、細孔101の壁面に形成されている検知成分が溶解した水溶液膜105に溶解して色素103と反応して上記変化が発生すれば、これが、ガス検知素子100の透過光の変化として検出されるようになり、この場合、ガス検知素子100は、オゾン検知素子として用いることができる。
ところで、多孔質ガラス102の細孔101内には、後述するように、色素103および酢酸104などを溶解した検知成分溶液(検知溶液)を浸透させることで、色素103および酢酸104を担持させるようにしている。従って、実際には、浸透させた溶液の水分が細孔101内(壁面)に吸着して残留し、細孔101の壁面には薄い水溶液膜105が形成されている。結果として、ガス検知素子100の細孔101の内壁には、色素103や酢酸104などが溶解している水溶液膜105が形成され、これらが細孔101内に担持された状態となっている。なお、担持とは、色素,酸性物質などの物質が、化学的,物理的,または電気的に担体(基材)と結合している状態を示し、例えば、多孔体の孔内に色素が浸透(滲入)し、細孔内の壁面に色素が被覆しおよび/または、被着したような状態を示す。
上述したように構成された本実施の形態におけるガス検知素子100によれば、多孔質ガラス102の外側表面および外側表面に開口している細孔101aの表面に、疎水性を有する疎水層(疎水領域)106が形成されているようにしたので、この領域に対する水蒸気の吸着が抑制されるようになる。従って、測定環境が、例えば、湿度80%に達する多湿の状態となっても、多孔質ガラス102の表面および細孔101aにおける水蒸気の吸着が抑制されるようになり、多孔質ガラス102のより深層部の細孔101内への水分の浸透が抑制されるようになるので、よく知られた毛細管凝縮が発生しにくい状態となる。このように、本実施の形態におけるガス検知素子100によれば、測定環境の湿度による問題が解消されるようになる。
次に、本実施の形態におけるガス検知素子100の製造方法について説明する。まず、コーニング社製の多孔質ガラス(バイコール7930)102を用意する。8mm×8mm×1mmに成形してあるものを用いる。次に、用意した多孔質ガラス102に対してアセトンを用いた超音波洗浄を10分間行い、表面および細孔内に付着している有機物を溶出させる。この超音波洗浄は、洗浄液となるアセトンを入れ替えて3回行う。次に、この洗浄を行った多孔質ガラス102に対し、エタノールを用いた超音波洗浄を10分間行い、表面および細孔内に付着している水溶性の不純物を溶出させる。この超音波洗浄は、洗浄液となるエタノールを入れ替えて3回行う。これらの後、多孔質ガラス102に対して純水を用いた超音波洗浄を10分間行い、表面および細孔内を水洗する。この超音波洗浄は、純水を入れ替えて3回行う。なお、これらの3段階の洗浄をした後においても、多孔質ガラス102の表面および細孔101の壁面は、親水性を保持している。
なお、上述した洗浄の時間については、次に示す点の考察に基づいて設定する。一般に、多孔体の細孔内に液体が浸透するためには、細孔壁面の表面エネルギー(=表面張力γ)が液体で濡れることで低下することが条件となる。換言すると、細孔壁と液体との接触角θcが0〜90°の範囲のとき、細孔壁は、液体に濡れるようになる。この状態のとき、液体自身の表面張力によって、細孔内への引き込みが起こる。
前述した数式(1)と同様に、半径rのシリンダ状細孔中に液体を引き込む毛細管力Fは、接触線の長さが2πrで、単位長さ当たりの毛細管力がγcosθcであるので、F=2πrγcosθcで与えられる。ただし、静的接触角θcは、実際の動的な接触角とは、一般には異なる。
他方、半径rのシリンダ状細孔内の粘性摩擦力は、ポワズイユ(Poiseuille)の法則で与えられる。すなわち、細孔を浸透している距離がxであり、細孔内を平均速度vで浸透し、液体の粘性係数をηとすれば、粘性摩擦力はFη=8πηvxで与えられる。ここで、F=Fηとおいて「V=dx/dt」を用いると、この解は、「[x(t)]2=rtγcosθc/(2η)・・・(3)」となる。
この結果によれば、液体は、初期段階では速く浸透するが、やがて浸透速度は遅くなる(x〜√t)。
細孔半径r=2.1nm、水の表面張力γ=7.28×10-2(Nm-1)、接触角θc=0、粘性係数η=1.0×10-3(Pa・s)、および、細孔長さxを多孔質ガラス102の厚さ(=1mm)と仮定し、浸透時間tを求めると、約13.1秒となる。これは、細孔の形状がシリンダ状毛細管であると仮定して求めた浸透時間であり、実際の多孔質ガラスではより複雑であり、上記時間の10倍としても2分、さらにこの5倍を見込んで10分間であれば、各洗浄液が多孔質ガラス102の内部全域にまで浸透するものとした。
上述したことにより多孔質ガラス102を洗浄した後、乾燥窒素ガスが充填された雰囲気に約6時間放置し、多孔質ガラス102の表層部の水分を除去乾燥させる。
次に、図2(a)に示すように、インジゴカルミン2ナトリウム塩0.3%、酢酸1Nの水溶液からなる検知溶液201を容器202に用意する。インジゴカルミン2ナトリウム塩は色素である。この色素が溶解している検知溶液201は、深緑青色を呈している。
次に、図2(b)に示すように、前述したように洗浄および乾燥した多孔質ガラス102を、検知溶液201に浸漬し、検知溶液201を多孔質ガラス102の複数の細孔101に浸透させる。このとき、容器202を超音波発生装置を備えた水槽(図示せず)中に配置させ、超音波を印加させる。この浸漬処理は、2時間行えばよい。
次に、上述したことにより検知成分が浸透した多孔質ガラス102を検知溶液201より引き上げて風乾する。ある程度に風乾された後、多孔質ガラス102を、乾燥窒素中で乾燥させることで多孔質ガラス102に含浸されている水分などの溶媒(媒質)を蒸発させて乾燥させる。例えば、図2(c)に示すように、循環する窒素ガスが充填された所定の容器203の内部の窒素ガス気流中に上記の多孔質ガラス102を配置し、この状態を24時間程度保持して乾燥することで、本実施の形態におけるガス検知素子100が形成された状態とする。このように形成されたガス検知素子100の複数の細孔101には、色素などを含む検知成分が担持された状態となる。なお、この段階では、ガス検知素子100の外側表面および外側表面に開口している細孔101aの表面には、疎水層106は形成されていない。
次に、図2(d)に示すように、密閉された容器204の中に、ガス検知素子100とともに、疎水化処理剤原液205を収容した容器206を配置し、所定時間、疎水化処理剤の飽和蒸気にガス検知素子100が暴露された状態とする。疎水化のための疎水化処理剤としては、化学式[(CH3)3Si]2NHで示されるヘキサメチルジシラザン(Hexamethyldisilazane,HMDS)を用いる。疎水化処理剤を所定時間曝すことで、この疎水化処理剤の蒸気に曝される多孔質ガラス102の表面は、シラノール基(Si−OH)の水素がトリメチルシリル基((CH3)3Si−)により置換されてトリメチルシロキシ基(−OSi(CH3)3)とされ、疎水性に改変(改質)される。
この処理を所定時間行うことで、多孔質ガラス102の外側表面および外側表面に開口している細孔101aの表面の、シラノール基(Si−OH)の水素をトリメチルシリル基((CH3)3Si−)に置換すれば、多孔質ガラス102の外側表面および外側表面に開口している細孔101aの表面に、疎水層106を形成することができる。また、この場合、疎水化処理を行う前の段階で、多孔質ガラス102の外側表面や、外側表面に開口している細孔101aなど表面近傍の細孔の表面(壁面)は、乾燥により水分が除去され、水溶液膜105が無く、これらより深層部の細孔101の表面には、水溶液膜105が形成されている状態と考えられる。このような状態では、水溶液膜105が形成されている領域の細孔101の壁面は、水溶液膜105に覆われているために、水溶性を持たない疎水化処理剤が作用することがない。従って、乾燥により水溶液膜105が形成されていない多孔質ガラス102の外側表面や、外側表面に開口している細孔101aなど表面近傍の細孔の表面(壁面)のみに、上述した疎水化処理で疎水層106を形成することができるものと考えられる。
次に、疎水化処理剤の蒸気に所定時間曝したガス検知素子100を、図2(e)に示すように、循環する窒素ガスが充填された容器203の内部の窒素ガス気流中に配置する。上述した疎水化の処理においては、ガラス表面の水素が置換されるときに、置換された水素原子とHMDSの第2アミノ基(>N−H)とが反応してアンモニアが生成される。従って、疎水層106の形成とともにアンモニアガスが発生する。このようにして発生したアンモニアガスは、いずれ、複数の細孔101に配置されている水溶液膜105に溶解してアンモニア水を生じることになる。従って、上述したように、疎水化処理剤の蒸気に所定時間曝したガス検知素子を窒素ガス気流中に配置することで、残留したアンモニアガスを除去する。また、この窒素ガス期中への配置により、残留している未反応のHMDSも除去し、必要としないシリル化反応を停止させる。
次に、上述したことにより作製した本実施の形態におけるガス検知素子100の、よく知られた吸光光度計により測定した吸収スペクトルについて、図3に示す。図3において、点線は、オゾンに曝す前の状態を示し、実線は、オゾン濃度5ppmの空気に10分間曝した状態を示す。まず、波長1700nmの近傍に、表面疎水化処理をしたことによる特徴的ないくつかの吸収ピークが観察される。
また、波長600nmに、色素103に特徴的な吸収ピークが観察され、このピークが、オゾン暴露後に低下していることが観察される。オゾン暴露により、波長600nmの吸収ピークは、約0.7にまで減少しており、初期吸光度からの相対変化値は、24.8%にまで達している。この結果より、ガス検知素子100が、透過型の比色測定によるオゾン検知素子として用いることが可能であることがわかる。
次に、上述したことにより作製したガス検知素子100の、湿度に対する変化について説明する。まず、参照の試料として、疎水化処理をしていない参照ガス検知素子を作製する。参照ガス検知素子は、疎水化処理以外は、ガス検知素子100と同様に作製する。
また、湿度に対する変化を観察するために、ガス検知素子100および参照ガス検知素子を、波長600nmの光源と受光素子とから構成された透過率測定装置に透過率測定可能に固定した状態とし、これらを恒温恒湿度槽内に配置し、温度25℃に保った状態で、相対湿度を20〜90%RHの範囲で往復変化させる加湿・除湿試験を行う。この試験においては、透過率測定装置の光学系の直近に温度センサおよび湿度センサを配置させ、また、一定時間毎に、湿度をモニタリングしながら波長600nmにおける各素子の透過率を測定する。また、この試験を、ガス検知素子100においては、オゾン暴露前とオゾン暴露後とに行う。オゾン暴露の条件は、オゾン濃度5ppmの空気に10分間曝すものとする。
上記試験の結果を図4に示す、図4において、黒三角が参照ガス検知素子の湿度変化に対する吸光度変化を示し、黒丸がガス検知素子100のオゾン暴露前の湿度変化に対する吸光度変化を示し、黒四角がガス検知素子100のオゾン暴露後の湿度変化に対する吸光度変化を示す。黒三角に示すように、参照ガス検知素子においては、湿度の変化により吸光度が変化していることがわかる。
例えば、加湿過程において、相対湿度が20〜57%RH程度の範囲で吸光度が低下し、相対湿度が50%RHを越えると、吸光度が上昇し、相対湿度80%RHでは、吸光度が1.2にまで達する。また、除湿過程においては、相対湿度が80〜57%RHの範囲では、吸光度が1.2の状態が維持され、相対湿度が50%RHを低下すると、吸光度も低下し、また、相対湿度が40%RHを低下すると、吸光度が徐々に上昇する。このように、参照ガス検知素子においては、湿度変化に対して透過率が複雑なヒステリシス特性を示し、透過型の比色測定には著しい精度劣化をもたらすことがわかる。
上述した参照ガス検知素子に対し、ガス検知素子100は、オゾン暴露前およびオゾン暴露後のいずれにおいても、相対湿度の変化に対して吸光度がほとんど変化しておらず、本実施の形態におけるガス検知素子100によれば、測定環境の湿度による毛細管凝縮などを原因とする問題が解消されていることがわかる。
ところで、上述では、検知成分に含まれる色素としてインジゴカルミンおよびインジゴなどのインジゴ環を備えるものについて説明したが、これに限るのもではない。例えば、カルコン(HOC10H6N:NC10H5(OH)SO3Na),アシッドアリザリンバイオレットN(別名アシッドクロームバイオレットK:C16H11N2NaO5S),オレンジI(C16H11N2NaO4S),およびメチルオレンジ(C14H14N3NaO3S)などのアゾ色素が適用可能である。アゾ色素は、オゾンと反応することで、この分子骨格に含まれるアゾ基(N=Nの二重結合)が分解(酸化)され、色素分子の構造と電子状態が変化することなどにより、可視領域の光吸収が変化して色が変化する。
また、アリザリン(C14H10O2(OH)2)およびアリザリンレッドS(9,10-Dihydro-3,4-dihydroxy-9,10-dioxo-2-anthracenesulfonic acid, sodium salt:C14H10O2(OH)2SO3Na)などのヒドロキシ基を備えるアントラキノン系の色素も適用可能である。この色素の場合は、水酸化ナトリウムなどのアルカリ性物質によるアルカリ性として用いる。従って、色素としてアリザリンなどを用いる場合、色素とアルカリ性物質とで検知成分が構成されることになる。ヒドロキシ基(−OH)を備えるアントラキノン系の色素は、オゾンと反応することで、この分子骨格に含まれるC=Oの二重結合が分解され、色素分子の構造と電子状態が変化して可視領域の光吸収が変化して色が変化するものと考えられる。これら色素の場合、担体がプラスチックなどの耐アルカリ性を備えたものであれば用いることができる。
また、アナトー色素などのビキシンおよびノルビキシンなどのポリエン構造を備える色素も適用可能である。ポリエン構造を備える色素は、オゾンと反応することで、この分子骨格に含まれるC=C結合が分解され、色素分子の構造と電子状態が変化することなどにより、可視領域の光吸収が変化して色が変化する。
また、亜硝酸イオンと反応してジアゾ化合物を生成するジアゾ化試薬およびジアゾ化合物とカップリングしてアゾ色素を生成するカップリング試薬および酸との混合物から検知成分が構成されていてもよい。この検知成分によれば、二酸化窒素が存在すると、これが検知溶液(細孔の壁面に形成されている検知成分が溶解した水溶液の膜)に溶解することで亜硝酸イオンが生成され、生成された亜硝酸イオンとジアゾ化試薬としての例えばスルファニル酸とが反応(ジアゾ化)し、ジアゾ化合物を生成する。
このようにして生成されたジアゾ化合物は、カップリング試薬である例えばN,N−ジメチルナフチルアミンとカップリングし、アゾ化合物(カップリング化合物)を生成する。このようにして生成されるアゾ化合物(アゾ色素)は、一般に200〜2000nmの中のいずれかの波長域に光吸収を持っている。従って、亜硝酸イオンと反応してジアゾ化合物を生成するジアゾ化試薬およびジアゾ化合物とカップリングしてアゾ色素を生成するカップリング試薬および酸との混合物は、検知対象のガス(二酸化窒素)と反応して可視領域の吸収が変化する検知成分として用いることができる。このような検知成分を用いた本実施の形態におけるガス検知素子は、二酸化窒素検知素子として用いることができる。
ところで、透明なプラスチックから構成された多孔体の場合、細孔の側壁は疎水性である場合が多い。このような場合、細孔の側壁に親水性処理を施した後、検知成分が溶解した水溶液を浸透させるようにし、この後、表面および表面近傍の細孔内部の親水性処理部分を除去し、この領域が疎水性となるようにすればよい。
次に、疎水化処理について、より詳細に説明する。以下では、いわゆる分相ガラスを酸処理して得られた多孔質ガラスに対して表面シリル化による疎水化処理を行い、この疎水化処理による光学的な変化について説明する。
始めに試料の作成について説明する。試料としては、コーニング社製のバイコール7930を用いる。平均細孔径4.2nmであり、比表面積が約200(m2/g)である。また、試料の寸法は、8mm×8mmで厚さ1mmとする。次に、この多孔質ガラスに対し、前述同様に、アセトンを用いた超音波洗浄、エタノールを用いた超音波洗浄、および純水を用いた超音波洗浄を行う。また、これら洗浄工程の後、循環する窒素ガスが充填された容器内部の窒素ガス気流中に、洗浄した多孔質ガラスを配置し、この状態を約6時間保持して乾燥する。
次に、上述したように洗浄および乾燥をした多孔質ガラスに対し、疎水化処理を施す。疎水化処理としては、まず、密閉された容器の中に、多孔質ガラスとともに、HMDSからなる疎水化処理剤(原液)を収容した容器を配置し、24時間、疎水化処理剤の飽和蒸気に多孔質ガラスが暴露された状態とする。次に、シリル化剤の蒸気に24時間曝した多孔質ガラスを、循環する窒素ガスが充填された容器の内部の窒素ガス気流中に、24時間配置する。これにより、疎水化により生成して残留する反応生成ガスを除去し、また、残留している未反応の疎水化処理剤も除去し、必要としないシリル化反応を停止させる。
次に、上述したように疎水化処理をした多孔質ガラス(疎水化多孔質ガラス)の疎水化の状態について調査した結果を示す。比較のために、疎水化をしていない多孔質ガラスを参照多孔質ガラスとして用いる。この調査では、疎水化多孔質ガラスおよび参照多孔質ガラスを、純水中に浸漬した後でそれぞれ吸光度を測定する。この測定の結果を図5に示す。図5において、点線は参照多孔質ガラスの吸光度測定の結果を示し、実線は疎水化多孔質ガラスの吸光度測定結果を示している。
図5の点線に示すように、参照多孔質ガラスの吸光度測定結果には、波長1400nmおよび波長1900nmに、吸着水に起因するピークが観察される。これらのピークは、吸着水を原因とする水酸基(−OH)によるものであることが同定されている。これに対し、実線に示すように、疎水化多孔質ガラスの吸光度測定結果には、吸着水に起因するピークは、あまり出ていない。実線においては、吸着水に起因するピークは、点線に比較して3分の1程度である。また、図3に示した吸光度測定結果と同様に、実線には、波長1700nmの近傍に、表面疎水化処理をしたことによる特徴的ないくつかの吸収ピークが観察される。このことは、前述した表面疎水化処理により、多孔質ガラスに対する水分吸着量を約3分の1に低減させることができることを示している。
なお、上述では、疎水化処理剤として、HMDSを用いるようにしたが、これに限るものではない。多孔質ガラスの表面にあるシラノール基を構成しているOH基に作用し、これをトリメチルシロキシ基に置換させるための疎水化処理剤としては、化学式(CH3)2SiCl2で示されるジメチルジクロロシラン(Dimethyldichlorosilane,DMCS)、化学式(CH3)3SiClで示されるトリメチルクロロシラン(Trimethylchlorosilane,TMCS),化学式CH3CONHSi(CH3)3で示されるN−トリメチルシリルアセトアミド(N−Trimethylsilylacetamide)、化学式(CH3)3Si−Si(CH3)3で示されるヘキサメチルジシラン(Hexamethyldisilane)、および化学式(CH3)3SiOSi(CH3)3で示されるヘキサメチルジシロキサン(Hexamethyldisiloxane)などのトリメチルシリル系のものが適用可能である。また、化学式(C2H5)3SiClで示されるトリエチルクロロシラン(Triethylchlorosilane,TECS)などのトリエチルシリル系も、疎水化処理剤として適用可能である。
一般に、シリカ系ガラスの表面は、化学的結合エネルギーが1eV以上ある高エネルギー表面であり、表面(界面)張力が高く(150mN/n程度)、液体が塗れやすい。また、水も、水素結合によって表面張力は72mN/mと高い。このため、シリカ系ガラスの表面に水が接触すると、互いの表面張力を低減させるために、変形可能な(流動性のある)液体の水はガラス表面に均一に広がる。このように、表面に接触した水が広がりやすい親水性であるのは、ガラスの表面にシラノール基(Si−OH)が多数存在し、水と同様に強い極性を持つためである。
このような高エネルギーの表面に、(CH3)−あるいは(CF3)−のような類型の非極性の疎水性分子が存在する状態にできれば、エネルギーの低い表面とすることができ、この状態は、テフロン(登録商標)などのフッ素樹脂に匹敵することが知られている。例えば、いわゆるフッ素化した表面は、界面張力が10mN/m程度であり、このような表面には事実上どの様な液体も完全には広がらない。
ところで、多孔質ガラスを30%のフッ化アンモニウム溶液に浸漬した後、700℃に加熱することで、多孔質ガラスの表面にシラノール基の水酸基(−OH)を、フッ素(F)により完全置換できる反応が知られている。しかし、このような表面疎水化方法は、色素を含む検知成分を導入した多孔質ガラスからなるガス検知素子に対しては適用できない。これは、700℃もの高温の処理は、検知成分の構成成分を変質させてしまうからである。
従って、ガス検知素子の担体を構成している多孔質ガラスの表面の高エネルギーなシラノール基の層に対し、低エネルギー物質の層を付着させることで、界面張力を低下させる表面疎水化手法を用いる。この手法として、シリル化と呼ばれる反応を用いる。シリル化により得られるメチル基の密な層では、界面張力が22mN/mであり、完全フッ素化したシラノール基の界面張力6mN/mに比較してやや高いもの、疎水性の表面であるといえる。
例えば、シリル化の反応として、トリメチルシリル化剤を用いた、トリメチルシリル基とシラノールとの反応がある。トリメチルシリル基と多孔質ガラス表面のシラノールとが反応し、非極性(疎水性)の鎖を反応した表面に形成し、疎水性の高い表面層(疎水層)を形成する。
また、より高い疎水性を得るために、化学式が−Si(CH3)2C(CH3)3で示されるtert−ブチルジメチルシリル基(−t−BuMe2Si:TBDMSまたはTBS)や、トリイソプロピルシリル基(−i−Pr3Si:TIPS)や、tert−ブチルジフェニルシリル基(−t−BuPh2Si:TBDPS)など、立体障害の高い構造のものも利用できる。ただし、表面疎水化のための基を形成する多孔質ガラス側の細孔の半径との兼ね合いもあり、分子の大きさには考慮が必要である。例えば、あまり大きな分子で疎水化処理をすると、検知成分の色素との細孔内での空間共有なども問題が生じる場合もある。理論的には、より長い直鎖の基も利用可能であるが、実用的には、トリメチル系のシリル化剤が、疎水化処理剤として好適である。
具体的には、ヘキサメチルジシラザン(1,1,1,3,3,3−ヘキサメチルジシラザン;CAS-No.999-97-3)を用いると、図6に示すように、トリメチルシリル基がシラノール基の(−OH)の活性水素と反応し、アンモニアが発生する。アンモニアは気体として蒸発し、一方、シリカガラス(多孔質ガラス)表面の−OHの活性水素は、トリメチルシリル基に置換される。
塩素を含むシリル化剤を用いる場合には、例えば、トリメチルクロロシラン(CAS-No.75-77-4)をシリカガラスのシラノール基と反応させると、塩化水素(HCl)が発生する。塩化水素が発生すると、多孔質ガラスの内部に含まれる水分に溶解して塩酸を生じることになるが、検知成分に含まれる色素が酸性染料の場合はあまり問題とならない。例えば、インジゴカルミン2ナトリウムでは、2つあるベンゼン環についているスルホン基にナトリウムが結合して塩となっており、酸性で水溶する酸性色素(染料)である。従って、この場合、シリル化剤による疎水化処理で塩化水素が発生しても、色素に影響することがない。また、トリメチルクロロシランは、ヘキサメチルジシラザンに比較してより小さな分子であり、HMDS処理では未結合に残留してしまうシラノール基であっても、より効果的にシリル化して疎水性を高めることができる。
次に、疎水性の表面となっている透明多孔体を担体とした場合の、ガス検知素子への適用を検討する。以下では、上述した疎水化処理剤で、多孔質ガラスの表面および細孔の表面(細孔壁)に、疎水性を有する疎水領域が形成された状態とした後、この疎水化多孔質ガラスに検知成分を導入することについて検討する。
始めに試料の作成について説明する。試料としては、コーニング社製のバイコール7930を用いる。平均細孔径4.2nmであり、比表面積が約200(m2/g)である。また、試料の寸法は、8mm×8mmで厚さ1mmとする。次に、この多孔質ガラスに対し、前述同様に、アセトンを用いた超音波洗浄、エタノールを用いた超音波洗浄、および純水を用いた超音波洗浄を行う。また、これら洗浄工程の後、循環する窒素ガスが充填された容器内部の窒素ガス気流中に、洗浄した多孔質ガラスを配置し、この状態を6時間程度保持して乾燥する(洗浄乾燥処理)。
次に、上述したように洗浄および乾燥をした多孔質ガラスに対し、前述同様の疎水化処理を施す。疎水化処理としては、まず、密閉された容器の中に、多孔質ガラスとともに、HMDSからなる疎水化処理剤(原液)を収容した容器を配置し、24時間、疎水化処理剤の飽和蒸気に多孔質ガラスが暴露された状態とする(疎水化処理)。次に、シリル化剤の蒸気に所定時間曝した多孔質ガラスを、循環する窒素ガスが充填された容器の内部の窒素ガス気流中に配置(24時間)する(疎水化停止処理)。これにより、疎水化により生成して残留する反応生成ガスを除去し、また、残留している未反応の疎水化処理剤も除去し、必要としないシリル化反応を停止させる。
ところで、上述したように多孔質ガラスの表面を細孔壁まで含めて全て疎水化すると、水のような極性分子は細孔壁(細孔表面)で撥水され、細孔内に凝縮吸着されなくなる。このため、液体としての水は細孔内に浸透しなくなる。従って、水に溶けている色素も細孔内に浸透させることができなくなる。
多孔質ガラスの細孔は、2〜50nmの範囲のメソ孔であり、特にバイコール7930は、細孔径が4.2nmであり、このようなメソ孔に対しては、よく知られたケルビンの式(数式(2))が成立する。例えば、温度25℃では、T=298.15K,細孔半径r=2.1nm,水のモル体積Vm=1.805×10-5m3/mol,水の表面張力γ=7.28×10-2Nm-1,気体定数R=8.314JK-1mol-1として、数式(2)に基づいて細孔内の蒸気圧を計算すると、平面上の水面からの飽和蒸気圧がp0=23.8mmHgのとき、細孔内での蒸気圧pは、親水性表面では接触角θc=0となり、p=0.78p0となって平面の場合より低くなる。このため、細孔内では、水蒸気は凝縮して液体の水として存在する。
しかし、細孔表面が疎水化されると、接触角θcが90°より大きくなって濡れない状態となる。簡単のためにθc=πとすると、p=1.29p0となり、細孔内の蒸気圧は平面の場合より高くなり、細孔内では、水は液体に凝縮した状態では存在しない。
さらに、接触角θcが90°より大きいと、数式(1)の右辺が負の値となり、毛細管力Fが、細孔内への水の浸透を駆動できないことも導かれる。
上述したような状態の細孔内に水などの液体を浸透させるためには、外部から力を加えて押し込む必要がある。例えば、細孔を半径rのシリンダ形状であるとし、液体の表面張力をγとして、液体と細孔壁との接触角をθcとしたとき、長さdまで液体を押し込むために必要な仕事Wは、「W=F・d=2πrdγcosθc」となる。
また、ΔVの体積の液体を外圧Pで細孔内に押し込む仕事は、「W=−PΔV=−Pπr2d」で与えられ、上記式と等値とすることで、加える圧力は、「P=−2γcosθc/r[Pa]・・・(4)」で与えられる。
具体的に、疎水性にしたために水と細孔壁との接触角が140°になったとして直径4.2nmの全ての細孔内に水を押し込む場合、水の表面張力はγ=7.28×10-2Nm-1であるから、加えるべき圧力は5.31×107Paとなり、大気圧の約520倍の圧力が必要になることがわかる。
以上の考察に基づき、疎水化処理をしてある多孔質ガラスに色素を含む検知成分を浸透させるために、まず、図7に示す超音波を用いる方法を検討する。これは、図7に示すように、例えばインジゴカルミン2ナトリウム塩を色素として含む検知溶液701を収容した容器702を用意し、検知溶液701に前述した疎水化処理および疎水化停止処理をしてある疎水化多孔質ガラス700を浸漬する。この容器702を、容器712に収容している振動を媒介するための水711に入れる。容器712には、水711とともに超音波発生装置713が収容されている。これらの状態で、超音波発生装置713より2時間にわたって所定の周波数の超音波を発生させて印加する。
上述した浸透のための超音波印加の後、循環する窒素ガスが充填された所定の容器の内部の窒素ガス気流中に上記の疎水化多孔質ガラスを配置し、この状態を24時間以上保持して乾燥させる。以上の工程により、超音波印加による超音波印加試料(ガス検知素子)が作製される。
次に、図8に示す圧入について説明する。これは、図8に示すように、外筒802およびプランジャー811から構成された加圧注入装置を用いる。外筒802は、口径12mmである。まず、外筒802に収容されている上記同様の検知溶液801に、疎水化多孔質ガラス800を浸漬する。この状態で、プランジャー811を図中の矢印の方向に移動させ、外筒802に収容されている検知溶液801に圧力を加える。
例えば、外筒802をプランジャー811が上方となるように直立させ、プランジャー811の上部に2kgのおもりを置く。2kgのおもりによる圧力は、プランジャー811(外筒802)の断面積S≒1.131×10-4m2より、約1.745×105Paとなる。なお、この加圧に大気圧1.013×105Paが加わったとしても、この加圧注入における印加圧力は、高々2.758×105Paに過ぎない。この後、循環する窒素ガスが充填された所定の容器の内部の窒素ガス気流中に上記の疎水化多孔質ガラスを配置し、この状態を24時間以上保持して乾燥させる。以上の工程により、圧入による圧入試料(ガス検知素子)が作製される。
次に、図9に示す真空吸引法について説明する。これは、図9に示すように、真空容器901とこれに排気装置904および検知溶液を収容した検知溶液容器905を接続した装置を用いる。排気装置904は、例えば、ロータリーポンプと分子ターボポンプとを切り替え可能に備え、真空バルブ903aを介して真空容器901に接続している。検知溶液容器905は、真空バルブ903bを介して真空容器901に接続している。
まず、真空容器901の中に疎水化多孔質ガラス900を収容し、この状態で、真空バルブ903aを開放し、排気装置904のロータリーポンプによる排気で真空容器901内をある程度減圧する。次いで、排気装置904の分子ターボポンプを動作させて真空容器901内を10-5Pa程度にまで減圧する。この状態で、図示しない加熱機構により真空容器901(疎水化多孔質ガラス900)を450℃程度に加熱し、いわゆる脱ガスを行う。この脱ガスにより、真空容器901内の圧力は、10-2Pa程度にまで上昇するが、引き続いて排気装置904の分子ターボポンプを動作させ、真空容器901内を10-5Pa程度にまで減圧する。8mm×8mm×1mmに成形してある疎水化多孔質ガラス900の場合、上記の脱ガスおよび減圧に約10時間要する。
上記脱ガスの後、真空バルブ903aを閉じ、真空容器901の温度を室温(23℃程度)にまで低下さる。次に、真空バルブ903bを開放し、真空容器901の内部に検知溶液容器905に収容されている検知溶液を導入し、真空容器901内で導入された検知溶液に多孔質ガラス900が浸漬した状態とする。この後、循環する窒素ガスが充填された所定の容器の内部の窒素ガス気流中に上記の疎水化多孔質ガラスを配置し、この状態を24時間以上保持して乾燥させる。以上の工程により、真空吸引法による真空吸引試料(ガス検知素子)が作製される。
以上のようにして作製した超音波印加試料,圧入試料,および真空吸引試料について、それぞれ、紫外〜可視のスペクトルを測定する。上述した方法により疎水化処理した多孔質ガラスの内部にまで検知溶液が浸透すれば、インジゴ系色素に特有な波長600nm付近にピークを持つ吸収が観測されることになる。
上記測定の結果を図10に示す。図10において、(a)は、超音波印加試料の紫外〜可視のスペクトル測定結果、(b)は、圧入試料の紫外〜可視のスペクトル測定結果、(c)は、真空吸引試料の紫外〜可視のスペクトル測定結果を示している。また、(d)は、圧入試料と真空吸引試料に対し、表面に純水を付着させた後これを綿棒により拭き取った後の紫外〜可視のスペクトル測定結果である。
第1に、いずれの試料においても、波長600nmにおける吸光度は0.1を越えることはなく、多孔質ガラス(細孔)に浸透した検知成分は、ごく少量であることがわかる。
第2に、圧入試料と真空吸引試料とについては、ほぼ同様の結果となっている。いずれにおいても、検知成分を注入しようとする(浸透させようとする)工程は1回のみであり、これに起因して波長600nmにおける吸光度が0.06程度にとどまったものと考えられる。ここで、圧入試料においては、印加圧力は2.758×105Paである。数式(4)により圧力値を既知として半径rを未知数として逆にとくと、上記圧力における水で充填された細孔の半径は、r=404nmとなる。このことより、疎水化された多孔質ガラスの表層部から深部に向かって4.2nmにまで先細って行くテーパー状の細孔の裾の部分に、検知成分が担持されたものと推定できる。
また、超音波印加試料においては、図10(a)に示すように、波長600nmにおける吸光度0.08と、他の試料に比較して若干多めである。これは浸漬する時間が長いことに起因するものと考えられる。しかしながら、吸光度の値は、0.08と大きなものではなく、やはり、検知成分の浸透は、他の試料と同様に、表層部近傍にとどまっているものと考えられる。なお、超音波による導入方法では、浸漬する時間を長くすると、部分的に吸光度の増加が見られ、検知成分の浸透にムラが発生していることが確認されている。
以上の結果は、シリル化剤により既に表面が疎水化されている多孔質ガラスには、水溶液(検知溶液)が深部の細孔にまで浸透せず、いずれの手法においても、検知溶液が多孔質ガラスの極表面部の細孔に浸透していること示しているものと考えられる。これを確認するために、圧入試料と真空吸引試料に対し、表面に純水を付着させた後これを綿棒により拭き取った後の紫外〜可視のスペクトル測定すると、図10(d)に示すように、波長600nmにおける吸光度の値がさらに減少する(0.05)ことが確認される。疎水化処理をした多孔質ガラスにおいては、導入(浸透)されてるほとんどの検知成分は表面近傍に存在しているために、拭き取りによりこれらが除去されて上述した結果になるものと考えられる。ただし、波長600nmにおける吸光度が0にはならないため、拭き取りによっても、僅かではあるが、検知成分が細孔内に担持された部分が残っていることがわかる。
次に、上述したように作製した各試料について、オゾンに暴露させた場合の吸光度の変化について説明する。まず、超音波印加試料について、オゾンガス濃度が15ppmの空気中に5分間暴露した場合の、暴露前後の吸光度を測定する。図11に示すように、点線で示す暴露前の波長600nmにおける吸光度(0.144)に対し、実線で示す暴露後の波長600nmにおける吸光度(0.128)は低下している。この変化量は、約0.016であり、初期吸光度に対する変化率は、11.1%である。
次に、圧入試料と真空吸引試料に対し、上述した拭き取りを行った後、オゾンガス濃度が15ppmの空気中に5分間暴露した場合の、暴露前後の吸光度を測定する。図12に示すように、点線で示す暴露前の波長600nmにおける吸光度(0.055)に対し、実線で示す暴露後の波長600nmにおける吸光度(0.045)は低下している。この変化量は、約0.010であり、初期吸光度に対する変化率は、18.2%である。
これらの結果により、疎水化処理がされている状態が、検知成分(色素)とオゾンとの反応を阻害していないことがわかる。従って、本実施の形態におけるガス検知素子は、より多くの試料を用いた比較および対照実験を行い、これらの結果を統計処理することにより、定量性や再現性について高い精度を得ることができるものといえる。
次に、上述した超音波印加試料および拭き取りした試料(圧入試料および真空吸引試料)の、湿度に対する変化について説明する。湿度に対する変化を観察するために、各試料を、波長600nmの光源と受光素子とから構成された透過率測定装置に透過率測定可能に固定した状態とし、これらを恒温恒湿度槽内に配置し、温度25℃に保った状態で、相対湿度を20〜90%RHの範囲で往復変化させる加湿・除湿試験を行う。この試験においては、透過率測定装置の光学系の直近に温度センサおよび湿度センサを配置させ、また、一定時間毎に、湿度をモニタリングしながら波長600nmにおける各素子の透過率を測定する。
測定の結果を、図13に示す。図13において、(a)は、超音波印加試料のオゾン暴露前、(b)は、超音波印加試料のオゾン暴露後、(c)は、拭き取り試料のオゾン暴露前、(d)は拭き取り試料のオゾン暴露後である。オゾン暴露の条件は、オゾン濃度5ppmの空気に10分間曝すものとする。図13において、横軸の湿度は、上記湿度センサの指示値である。また、図13において、縦軸は、透過率測定装置において、参照光強度Iinと、試料を透過した光強度Ioutから、α=log10(Iin/Iout)より求めた吸光度である。
図13に示すように、いずれの試料においても、オゾン暴露前およびオゾン暴露後のいずれにおいても、相対湿度の変化に対して吸光度がほとんど変化していない。これらのことからも、疎水化処理がされている状態と検知成分が担持されている状態とが共存していても、測定環境中の水分が多孔質ガラスの細孔内に吸着凝縮することが抑制されることがわかる。また、ごく少量ではあるが担持されている色素の湿度による溶媒和効果(吸着水分量の増減による水素イオン濃度の変化により色素のモル吸光度係数が変化する効果)に起因する吸光度変化に関しても、非常に弱くしか観測されていない。
100…ガス検知素子、101…細孔、101a…細孔、102…多孔質ガラス(多孔体)、103…色素、104…酢酸(酸性物質)、105…水溶液膜、106…疎水層(疎水領域)。