JP2007174954A - 神経幹細胞の製造方法 - Google Patents

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Abstract

【課題】神経幹細胞製造方法、およびニューロンの新生方法、また、該神経幹細胞または該ニューロンを使用し、神経幹細胞の出現誘導作用および神経幹細胞の分化促進作用、ニューロンの新生促進作用およびニューロンの分化促進作用を有する物質のスクリーニング方法の提供。
【解決手段】末梢神経に神経引き抜き損傷を加えることを特徴とする神経幹細胞の製造方法、およびニューロンの新生方法。また、該神経幹細胞または該ニューロンを使用し、神経幹細胞の出現誘導作用および神経幹細胞の分化促進作用、ニューロンの新生促進作用およびニューロンの分化促進作用を有する物質のスクリーニング方法。
【選択図】なし

Description

本発明は、末梢神経に神経引き抜き損傷を加えることを特徴とする、神経幹細胞の製造方法およびニューロンの新生方法に関する。また、本発明は、末梢神経に神経引き抜き損傷を加えることにより得られた神経幹細胞またはニューロンに被験物質を接触させることを特徴とする、神経幹細胞の出現誘導作用、神経幹細胞の増殖促進作用、神経幹細胞の分化促進作用、ニューロンの新生促進作用およびニューロンの分化促進作用から選択される少なくとも一つの作用を有する物質をスクリーニングする方法にも関する。また、本発明は、末梢神経に神経引き抜き損傷を加えることにより得られる神経幹細胞またはニューロンに関する。
従来、中枢神経系の再生は起こらないと考えられてきた。しかし、近年の成体脳における内在性神経幹細胞の発見によって、成熟した脳でも神経再生が起こる可能性が指摘されている。
例えば、これまでに、成体ラット脳の脳室周囲・嗅神経系および海馬の歯状回において、神経幹細胞による恒常的なニューロン新生が示されている。
また、脳病変に伴って、それ以外の部位、例えば大脳新皮質や線条体に神経幹細胞が出現増殖することが知られており、この出現増殖した神経幹細胞の脳脊髄損傷、神経変性疾患への治療応用が大いに期待されている(非特許文献1,2)。
しかし、神経幹細胞から特定のニューロン、グリアへの分化は、脳の各部位に特異的な、いわゆる微小環境に制御されている。例えば神経幹細胞の海馬ニューロンへの分化は本来の海馬でしか起こらないといわれている。すなわち、脳の各部位を特異的に侵す神経変性疾患における神経幹細胞の挙動を解析するためには、その部位特異性を十分考慮した実験モデルを用いることが重要である。
これまでに、損傷脊髄内において、ニューロン、オリゴデンドロサイトまたはアストロサイトを誘導することが可能な中枢神経系前駆細胞が知られている(特許文献1)。しかし、運動神経については、損傷後の神経幹細胞増殖、分化に関する報告はなく、運動神経損傷モデルの培養下における神経幹細胞の増殖、分化を示した研究も見当たらない。
ヒト運動神経損傷や筋萎縮性側索硬化症(ALS)に代表される運動ニューロン疾患は、極めて治療困難な病態である。現在までに真に有効な治療法はなく、新たな治療法の開発が強く望まれている。
また、近年、ES細胞や胎児由来の神経幹細胞を神経病変部位に移植する研究が盛んに行われている。一方、内在性の神経幹細胞を増殖、分化させることで神経変性疾患等の治療に結びつけようとする試みは、今後検討すべき重要な研究テーマの一つである。
Ming G, Song H. Adult neurogenesis in the mammalian central nervous system. Ann Rev Neurosci 2005;28:223-250. Emsley JG, Mitchell BD, Kempermann G, Macklis JD. Adult neurogenesis and repair of the adult CNS with neural progenitors, precursors, and stem cells. Prog Neurobiol 2005;75:321-341. 特開2002-281962号明細書
本発明は、このような状況に鑑みてなされたものであり、その解決しようとする課題は、神経幹細胞の製造方法およびニューロンの新生方法、並びに当該方法により生じる神経幹細胞およびニューロンを提供することにある。また、本発明の解決しようとする課題は、神経幹細胞の出現誘導作用、神経幹細胞の増殖促進作用、神経幹細胞の分化促進作用、ニューロンの新生促進作用およびニューロンの分化促進作用から選択される少なくとも1つの作用を有する物質をスクリーニングする方法を提供することにある。
本発明者は、これまでに、運動ニューロン病変の病態解明と治療法開発をめざして、成体ラット顔面神経または脊髄神経根の引き抜き損傷による、顔面神経核または脊髄前角運動ニューロン損傷のメカニズムとその治療について検討を重ねてきた(文献3〜12)。そして、上記課題を解決するため、鋭意検討を重ねた結果、ラット顔面神経または脊髄神経根引き抜き損傷後に、内在性神経幹細胞の増殖とニューロン新生が起こることを見出した。そして、この末梢神経引き抜き損傷モデルは、脳における内在性神経幹細胞の出現、増殖と運動ニューロンへの分化の解析に極めて有用であることを見出した。さらに、当該モデルは、in vitroおよび in vivo両面での内在性神経幹細胞の出現を誘導する物質、内在性神経幹細胞の増殖、分化を促進する物質およびニューロンの新生、分化を促進する物質のスクリーニングに応用することができることを見出した。
すなわち、本発明は以下に関する。
(1)末梢神経に神経引き抜き損傷を加えることを特徴とする神経幹細胞の製造方法。
(2)末梢神経が運動神経である、(1)に記載の方法。
(3)末梢神経が顔面神経または脊髄神経根である、(1)に記載の方法。
(4)末梢神経に神経引き抜き損傷を加えることを特徴とするニューロンの新生方法。
(5)末梢神経が運動神経である、(4)に記載の方法。
(6)末梢神経が顔面神経または脊髄神経根である、(4)に記載の方法。
(7)末梢神経に神経引き抜き損傷を加えることにより得られた神経幹細胞に被験物質を接触させることを特徴とする、神経幹細胞の出現誘導作用、神経幹細胞の増殖促進作用、神経幹細胞の分化促進作用およびニューロンの新生促進作用からなる群から選択される少なくとも一つの作用を有する物質をスクリーニングする方法。
(8)末梢神経が運動神経である、(7)に記載の方法。
(9)末梢神経が顔面神経または脊髄神経根である、(7)に記載の方法。
(10)被験物質を接触させる細胞が、培養されたものである、(7)に記載の方法。
(11)末梢神経に神経引き抜き損傷を加えることにより得られたニューロンに被験物質を接触させることを特徴とする、ニューロンの分化促進作用を有する物質をスクリーニングする方法。
(12)末梢神経が運動神経である、(11)に記載の方法。
(13)末梢神経が顔面神経または脊髄神経根である、(11)に記載の方法。
(14)被験物質を接触させるニューロンが、培養されたものである、(11)に記載の方法。
(15)ニューロンが運動ニューロンに分化する、(11)に記載の方法。
(16)末梢神経に神経引き抜き損傷を加えることにより生じる神経幹細胞。
(17)末梢神経が運動神経である、(16)に記載の細胞。
(18)末梢神経が顔面神経または脊髄神経根である、(16)に記載の細胞。
(19)末梢神経に神経引き抜き損傷を加えることにより生じるニューロン。
(20)末梢神経が運動神経である、(19)に記載のニューロン。
(21)末梢神経が顔面神経または脊髄神経根である、(19)に記載のニューロン。
本発明により、神経幹細胞の製造方法およびニューロンの新生方法、並びに当該方法により生じる神経幹細胞およびニューロンが提供される。また、神経幹細胞の出現誘導作用、神経幹細胞の増殖促進作用、神経幹細胞の分化促進作用、ニューロンの新生促進作用およびニューロンの分化促進作用から選択される少なくとも1つの作用を有する物質をスクリーニングする方法が提供される。
また、本発明の方法は、内在性神経幹細胞の出現、増殖と運動ニューロンへの分化の解析にも有用である。
本発明のスクリーニング方法により、ヒト運動神経損傷、ALSといった神経損傷疾患に対する再生医療の開発に利用することが可能となった。
以下に本発明の実施の形態について説明する。以下の実施の形態は、本発明を説明するための例示であり、本発明をこの実施の形態にのみ限定する趣旨ではない。本発明は、さまざまな形態で実施をすることができる。
なお、本明細書において引用した文献、および公開公報、特許公報その他の特許文献は、参照として全体を本明細書に組み込むものとする。
本発明は、末梢神経に神経引き抜き損傷を加えることを特徴とする、多分化能を有する神経幹細胞の出現増殖方法、およびニューロンの新生方法、並びにこれらの方法により生じる神経幹細胞およびニューロンに関する。また、本発明は、末梢神経引き抜き損傷モデルを用いた、神経幹細胞の出現を誘導する物質、神経幹細胞の増殖を促進する物質、分化を促進する物質、ニューロンの新生を促進する物質、ニューロン、好ましくは運動ニューロンへの分化を促進する物質などのスクリーニング方法に関する。
これまでに、成体脳の嗅脳または海馬における神経幹細胞の増殖分化はよく知られているが、運動神経損傷後の神経幹細胞増殖分化に関する報告はなく、また運動神経損傷モデル由来の細胞培養下における神経幹細胞の増殖分化を示した研究は見当たらない。
また、近年、ES細胞や胎児由来の神経幹細胞を神経病変部位に移植する研究が盛んに行われている。一方、本発明の目的の一つは、内在性の神経幹細胞(当該神経組織中にすでに存在する神経幹細胞あるいは神経幹細胞になりうる細胞)を出現、増殖、分化させることで、治療に結びつけようとする点にあり、本発明の末梢神経引き抜き損傷モデルは、運動ニューロン新生を促進する物質の新しい探索実験系として唯一のものといえる。
1.末梢神経引き抜き損傷モデル
齧歯類において、新生仔期に顔面神経、舌下神経、坐骨神経などの末梢神経を切断する(axotomy)と、軸索傷害をうけた運動ニューロンが変性脱落することが知られている。この運動ニューロン死は、グリア細胞株由来神経栄養因子(GDNF)、脳由来神経栄養因子(BDNF)などの神経栄養因子の局所投与により顕著に抑制される。
ところが、生後1週間を境に、運動ニューロンは神経切断による傷害に抵抗性を示すようになり、成体動物では程度に差はあるものの、運動ニューロン死は目立たなくなる。これは成熟にともなって運動ニューロンの神経栄養因子要求性が低下するためと思われるが、そのメカニズムの詳細はわかっていない。
一方、新生仔はもとより成体でも、末梢神経の引き抜き損傷(avulsion)により当該運動ニューロンが著明に変性脱落する。神経切断と異なり、引き抜き損傷では末梢神経部分は中枢側から完全に除去され、より近位での軸索傷害とともに、シュワン細胞が失われたことによる神経保護因子供給の枯渇が重要な鍵を握っていると思われる(文献11)。
したがって、この末梢神経引き抜き損傷モデルは、運動ニューロン死のメカニズムの解明とともに、病変運動ニューロンを保護する薬剤や因子の解析においても非常に有用である(文献3〜12)。
本明細書において、「本発明の末梢神経引き抜き損傷モデル」は、末梢神経に神経引き抜き損傷を加えることで作製される動物モデルを意味する。
本発明において、「末梢神経」は、例えば運動神経である。運動神経を含む神経は、例えば、顔面神経、第5〜7頚髄神経根、腰髄神経根などの脊髄神経根、舌下神経、迷走神経、坐骨神経などを挙げることができる。本発明において、末梢神経は好ましくは顔面神経または脊髄神経根である。
本発明の末梢神経引き抜き損傷モデルは、神経引き抜き損傷を加えることのできる末梢神経を有する脊椎動物に対して作製することができる。本明細書において、脊椎動物は、特に限定されないが、例えば、鳥類、両生類、は虫類、魚類、哺乳動物などが含まれる。本明細書において、哺乳動物は、特に限定されないが、好ましくはマウス、ハムスター、ラット、モルモット、ウサギ、ネコ、イヌ、ウシ、ウマ、ブタ、サル、ヒト等であり、より好ましくはラットである。
本発明において、脊椎動物は、新生仔から成体まで特に限定されないが、好ましくは成体である。
例えば、末梢神経引き抜き損傷モデルの作製には、生後11-14週のFischer 344雄ラットを用いることができるが、他のラット、動物種でも同様に実施することができる。
本発明において、公知の技術に従って、末梢神経の引き抜き損傷を末梢神経に加えることができる。例えば、麻酔下の動物の末梢神経を露出し、遠位部を切断後、マイクロ止血鉗子などで末梢神経近位部を把持してゆっくり引き抜くことにより、末梢神経を除去することができるが、これに限定されるわけではない。
例えば、顔面神経引き抜き損傷モデルは、ネンブタール麻酔下の動物において、顔面神経を茎乳突孔の出口まで露出し、遠位部を切断後、マイクロ止血鉗子で顔面神経近位部を把持しゆっくり引き抜くことにより顔面神経の末梢部分を完全に除去することで作製することができる。(文献4)(図1A)。
また、例えば、脊髄神経根の引き抜き損傷モデルは、頚髄神経根または坐骨神経を椎間孔付近まで露出し、遠位部を切断後、同様にマイクロ止血鉗子でゆっくり引き抜き、頚髄の前後根および神経節を完全に除去することで作製することができる(文献3)(図1B)。
末梢神経引き抜き損傷モデルの作製の成否は、運動ニューロンの減少によって確認することができる。
本発明者は、これまでに、末梢神経引き抜き損傷により、運動ニューロンが減少することを明らかにしている。
例えば、顔面神経引き抜き損傷モデルの場合は顔面神経核において、あるいは、脊髄神経根損傷モデルの場合は脊髄前角において、引き抜き損傷後2〜8週間で運動ニューロンが約70〜20%にまで減少する。特に顔面神経引き抜き損傷の場合は、引き抜き損傷後4週間で、運動ニューロンは約30%にまで減少し、反応性のグリオーシスを伴う(図1C)。
運動ニューロンの減少は、当業者であれば、定法に従って測定することができる。例えば、末梢神経引き抜き除去1〜8週間後に脳組織を灌流固定し、実体顕微鏡下で手術側の顔面神経または脊髄神経根が完全に除去されていることを確認する。次に、脳幹部または脊髄の連続切片を作製し、5枚毎の切片計25枚のニッスル染色標本について、顔面神経核または脊髄前角において明瞭な核小体とニッスル物質を有する運動ニューロンの数を算定することができる(文献3,4)。
本発明者は、本発明の末梢神経引き抜き損傷モデルにおいて、傷害側の神経核または傷害側の脊髄(頚髄)前角において、損傷1、2週間後から神経幹細胞の出現がみられ、かつ増大し、損傷4〜8週間後に一部ニューロンに分化し、新生ニューロンが出現することを見出した。
例えば、末梢神経が顔面神経の場合は、神経幹細胞は損傷側の顔面神経核において出現がみられ、かつ増大し、末梢神経が脊髄神経根の場合は、神経幹細胞は損傷側の脊髄前角において出現し、かつ増大する。ニューロンも神経幹細胞と同様の場所で新生が認められる。
したがって、本発明には、本発明の末梢神経引き抜き損傷モデルにおける神経幹細胞の製造方法およびニューロンの新生方法も含まれる。
また、当該方法によって得られる神経幹細胞およびニューロンも本発明に含まれる。
ここで、神経幹細胞は、分化能を有する神経幹細胞であればよく、分化の程度には限定されない。ニューロンは、幼若ニューロンまたは成熟ニューロンを問わない。また、成熟ニューロンの具体例としては、運動ニューロンが挙げられる。
神経幹細胞の存在は、神経幹細胞のマーカーであるnestinに対するモノクロナル抗体を用いた免疫組織化学的手法により確認することができる。例えば、上記で作製した連続切片について、nestinに対するモノクロナル抗体(Rat401)(Chemicon)を用いた免疫組織化学を施行し、引き抜き損傷後の顔面神経核または脊髄前角における神経幹細胞の出現を検出することができる。免疫組織化学は、当業者であれば定法にしたがって実施することができる。
また、分裂増殖細胞を上記切片上で確認するために、例えば、proliferating cell nuclear antigen(PCNA)(Santa Cruz)、 Ki67(Novocastra)に対する抗体を用いた免疫組織化学を施行することもできる。
さらに、分裂増殖細胞の存在を確認するために、bromodeoxyuridine(BrdU)によるラベリングを実施することもできる。例えば、本発明の末梢神経引き抜き損傷ラットに対して施す場合は、引き抜き損傷後の顔面神経核を含む脳幹部および脊髄神経根における分裂増殖細胞の検出のために、引き抜き損傷後1〜3週にBrdUを1mg/ml含有する蒸留水を連日自由経口飲水投与、または20-60 mg/kg含有する生理食塩水を連日腹腔内投与する。モデル動物を経時的に灌流固定し、連続切片を作製し、抗BrdU抗体(Chemicon)を用いた免疫染色を施行することができる。また、BrdUと表1の細胞マーカーに対する抗体を組み合わせた2重、3重免疫染色を施行し、新生ニューロンを含む増殖細胞種を同定することもできる。幼弱ニューロンから分化した成熟運動ニューロンを、運動ニューロンのマーカーを用いて検出することもできる。
ここで、細胞種とその細胞マーカー、細胞マーカーに対する抗体の入手先を表1にまとめた。
Figure 2007174954
運動ニューロンは、脊髄損傷、運動神経損傷、筋萎縮性側索硬化症に関するニューロンである。したがって、本発明の神経幹細胞の製造方法またはニューロンの新生方法は、これらの損傷または疾患の治療方法の開発または治療剤の開発に有用である。また、本発明の神経幹細胞およびニューロンも、当該開発に有用である。
2.末梢神経引き抜き損傷後の顔面神経核、脊髄前角の組織培養
本発明において、本発明の末梢神経引き抜き損傷モデルで得られる神経幹細胞またはニューロンは、培養することができる。培養により、神経幹細胞およびニューロンを増殖・分化させることができる。
損傷側の神経核または脊髄前角からの組織の採取方法および採取した組織からの初代培養方法は、当業者であれば公知の方法を使用することができる。
末梢神経が、顔面神経または脊髄神経根である場合の組織培養の一例を以下に示すが、これに限定されるわけではない。
引き抜き損傷側の顔面神経核または脊髄前角を含む組織片を実体顕微鏡下で切り出し、トリプシン、DNase処理の後、培地中に細胞を分散し、20 ng/ml塩基性線維芽細胞増殖因子(FGF2)、20 ng/ml上皮細胞増殖因子(EGF)(Sigma)を含む無血清培地Neurobasal/B27(Invitrogen)で初代培養を開始する。
培養開始2週間後に、形成されてきた神経幹細胞の凝集塊であるニューロスフィアをピペッティングにより再び分散し、同培地にて培養を継続し、新たなニューロスフィアを形成させて培養を維持する。
ニューロンは、これらの培養物の一部を細胞分化因子の存在下で培養し、分化させることで新生することができる。
細胞分化因子は、例えば、上記の培養物の一部を細胞分化因子であるsonic hedgehog (Shh)(R&D)、レチノイン酸(all trans retinoic acid; ATRA)(Sigma)、noggin、bone morphogenic protein(BMP)、脳由来神経栄養因子(BDNF)、ニューロトロフィン-3 (NT3)、グリア細胞株由来神経栄養因子(GDNF)、インスリン様増殖因子1(IGF1)(Peprotech)などを挙げることができる。
上記の培養物の一部を上記細胞分化因子の存在下で維持し、細胞分化を促すことができる。これら培養系を経時的に固定し、表1の細胞マーカーに対する抗体を用いて免疫染色し、神経幹細胞の分化の程度、分化細胞種またはニューロンの新生の程度を解析することができる。
また、各培養系よりタンパク質を抽出し、ウエスタンブロットによりこれらマーカーの発現を解析することができる。さらに各培養系からTRIzol Reagent(Invitrogen)にてRNAを抽出し、上記マーカー遺伝子の発現をRT-PCR法により解析してもよい。これらの方法によって、神経幹細胞の分化の程度、分化細胞種、またはニューロンの新生の程度を解析することができる。上記の方法は、定法に従って行うことができる。
また、本発明者は、傷害を与えていない動物の顔面神経核を培養すると、神経幹細胞の凝集塊であるニューロスフィアを形成し、グリアやニューロンに分化誘導し得ることを見出した。したがって、本発明は、動物の顔面神経核を培養することを特徴とする、ニューロスフィアの製造方法、およびグリアまたはニューロンへの分化誘導方法を提供する。
さらに、以上述べたように、末梢神経に神経引き抜き損傷を与えると、健常側に比べて傷害側神経核から数倍多くのニューロスフィアを形成させることができ、神経幹細胞の増幅培養が可能となることを見出した。
これまで成熟脳では、脳室周囲、海馬の歯状回、あるいは脊髄中心管から培養神経幹細胞が分離されている(文献1、2)。しかしながら、本発明によって得られた神経幹細胞はこれまでのいずれの部位とも異なる脳実質から分離されたものであるため、顔面神経核に特異的な神経幹細胞である可能性があり、神経幹細胞の由来・性質が、これまでに得られた培養神経幹細胞とは異なる可能性がある。すなわち、これまで見つけられている脳室周囲など以外に、脳実質にも未分化な細胞が潜んでいる可能性や、本発明によって得られる神経幹細胞が、既存のグリア細胞、特にアストロサイトが脱分化または幼弱化した結果、神経幹細胞となった可能性が考えられる。
最近、ラット7日齢のラット小脳から、従来知られているものとは異なる白質由来の新しい神経幹細胞が見つかったことが報告された(文献13)。すなわち、神経幹細胞は決して1種類ではなく、実際にはその存在部位あるいは年齢によりheterogeneityがあり、その分化段階や方向性が規定されている(committed)と考えられている。
この点においても、正常および傷害を与えた神経核から得られる培養神経幹細胞およびニューロンは、新規の細胞およびニューロンであると言える。そして、この培養神経幹細胞および当該細胞から分化したニューロンを用いることによって、まったく新しい神経幹細胞の研究発展が期待できる。
3.スクリーニング方法
本発明により、末梢神経に神経引き抜き損傷を加えることにより得られた神経幹細胞に、被験物質を接触させることを特徴とする、神経幹細胞の出現誘導作用、神経幹細胞の増殖促進作用、神経幹細胞の分化促進作用、およびニューロンの新生促進作用から選択される少なくとも一つの作用を有する物質をスクリーニングする方法が提供される。
また、本発明により、末梢神経に神経引き抜き損傷を加えることにより得られたニューロンに、被験物質を接触させることを特徴とする、ニューロンの分化促進作用を有する物質をスクリーニングする方法が提供される。
本発明のスクリーニング方法は、in vivoおよびin vitroで実施することができる。
本発明のスクリーニング方法をin vivoで実施する場合、被験物質に接触させる神経幹細胞またはニューロンは、例えば、損傷側の神経核または脊髄前角において発現または発生している細胞またはニューロンを使用することができる。それらの存在確認は前述の方法で行うことができる。
また、本発明のスクリーニング方法をin vitroで実施する場合、被験物質に接触させる神経幹細胞またはニューロンは、例えば、末梢神経引き抜き損傷を加えた傷害組織由来の培養神経幹細胞または培養神経幹細胞から分化したニューロンを使用することができる。より詳しくは、損傷側の神経核または脊髄前角から採取し、培養した神経幹細胞または培養神経幹細胞から分化したニューロンである。
神経幹細胞の採取方法、培養方法は前述の通りである。また、培養神経幹細胞の分化の方法またはニューロンの新生方法も前述の方法で行うことができる。
本発明のスクリーニング方法において、被験物質は、特に限定されないが、例えば、核酸、ペプチド、タンパク質、低分子化合物、高分子化合物またはそれらの組み合わせ等を挙げることができる。被験物質は、ライブラリーの形態で使用することもできる。
被験物質である核酸、またはペプチドもしくはタンパク質をコードする核酸は、公知の遺伝子組み換え方法によって、上記ベクターに組み込むことができる。したがって、被験物質が、核酸、ペプチド、タンパク質などである場合は、ベクターに包含された形態で使用することができる。
ベクターは、特に限定されないが、例えば、プラスミド、コスミド、ファージミド、ウイルスなどを使用することができる。当業者であれば、これらのベクターは市販されているものを使用することもできるし、市販されているものを適宜改変したベクターを使用することもできる。
本発明のスクリーニング方法をin vivoで実施する場合、被験物質は、末梢神経引き抜き損傷を加えた動物に投与することで、神経幹細胞またはニューロンに接触させることができる。投与方法は、特に限定されないが、例えば、経口投与、皮下注射、皮内注射、筋肉内注射、静脈注射、腹腔内注射、脳室内投与、髄腔内投与などが挙げられる。または損傷局所に注入投与してもよい。また、食餌、飲水に混入して投与することもできる。
本発明のスクリーニング方法をin vitroで実施する場合、被験物質は、適当な溶液に溶解し、培地に添加することで、末梢神経引き抜き損傷を加えた動物由来の培養神経幹細胞またはニューロンに接触させることができる。
スクリーニングに使用される被験物質の量は、被験物質の種類、被験物質の有する作用の強さ、用いる神経幹細胞またはニューロンの状態、被験物質を作用させる経路、作用時間などにより異なるが、当業者であればこれらを考慮して適宜設定することができる。
以下に、被験物質として神経幹細胞増殖分化因子遺伝子を組み換えたウイルス・ベクター接種による、神経幹細胞の増殖、分化の促進作用ついて記載する。
本発明者は、これまでに、顔面神経引き抜き損傷部位または第7頚髄根などの脊髄神経引き抜き損傷部位に、組換えアデノウイルスを局所接種することにより、傷害運動ニューロン特異的に逆行性にウイルスを感染させ、組み換えタンパク質を大量に発現させる方法を開発し報告している(文献3-9)。そして、同様な局所接種による投与方法は、アデノウイルス・ベクターだけでなく、他の組換えウイルス、すなわち、ヘルペスウイルス・ベクター、アデノ随伴ウイルス(AAV)・ベクターなどによっても実施することができる。
前述の細胞分化因子群(例えば、FGF2、EGF、Shh、noggin、BMP4、BDNF、GDNF、IGF1など)の遺伝子組換えアデノウイルス・ベクターを既報(文献3-9)に準じて作製する。続いて、精製ウイルスを引き抜き損傷局所に注入接種または脳室内投与する。そして、経時的に灌流固定し、連続切片を作製し、ニッスル染色標本について運動ニューロンの数を算定することができる。
また、神経幹細胞、ニューロン、アストロサイト、オリゴデンドロサイトなどの細胞マーカーに対する抗体(表1)を用いて免疫染色し、神経幹細胞の増殖分化度(増殖速度、分化率など)を解析してもよい。
さらに、並行して、当該組織よりRNAを抽出し、細胞マーカー(表1)遺伝子の発現をRT-PCR法により解析してもよい。
また、前記したBrdUによるラベリングを併せて行い、増殖細胞がどの細胞種に分化したかを解析することもできる。
これらの解析により、被験物質が、神経幹細胞の増殖促進作用または分化促進作用を有する物質であるかを判断することができる。
さらに、本発明のスクリーニング方法において、ここに記した組換えアデノウイルス・ベクター以外に、上記因子群組換えヘルペスウイルス、AAV・ベクターを順次作製し、引き抜き損傷後に出現する神経幹細胞の増殖、分化を効率よく促すウイルス・ベクター系を確立し、使用することもできる。
また、以下に、神経幹細胞増殖分化の候補因子である低分子化合物による神経幹細胞の増殖、分化促進作用ついて記載する。
神経幹細胞の増殖分化を促進する低分子薬剤をスクリーニングする目的で、引き抜き損傷後に当該化合物の飲水投与、腹腔内投与、または髄腔内投与を施行することができる。一例として、レチノイン酸腹腔内投与により、神経幹細胞の増殖と運動ニューロンへの分化の程度について検討することができる。また、fenretinideのようなレチノイン酸誘導体の細胞分化促進効果についても検討することができる。
当該効果の程度は、一定期間投与後に、上述のように組織学的解析を行うことで明らかにすることができる。
本発明のスクリーニング方法において、被験物質の存在下においてコントロールに比べて神経幹細胞の増殖が促進された場合は、当該被験物質は、神経幹細胞の増殖促進作用を有する物質として選択される。また、同様に、被験物質は、神経幹細胞の分化が促進された場合は神経幹細胞の分化促進作用を有する物質として、神経幹細胞からのニューロンの新生が促進された場合はニューロンの新生促進作用を有する物質として、またはニューロンの分化が促進された場合はニューロンの分化促進作用を有する物質として、それぞれ選択される。
ここで、「コントロール」は、被験物質を投与しない動物において出現する神経幹細胞、グリア細胞またはニューロンをさす。当該動物は、末梢神経引き抜き損傷を与えられた動物であることが好ましい。
本明細書において、「神経幹細胞の出現誘導作用」は、nestin等の神経幹細胞のマーカーを持つ細胞の出現を誘導し得る作用をいう。
本明細書において、「神経幹細胞の増殖促進作用」は、神経幹細胞の増殖速度をコントロールよりも大きくする作用、増殖される神経幹細胞の量をコントロールよりも多くする作用を意味する。
本明細書において、「神経幹細胞の分化促進作用」は、分化した神経幹細胞の割合をコントロールよりも大きくする作用、神経幹細胞の分化のステップをコントロールよりも進める作用を意味する。
また、本明細書において、「神経幹細胞の分化」は、神経幹細胞の分化、分化した神経細胞からのニューロンの新生および幼若ニューロンからニューロンへの分化または成熟を含む。本発明において分化または成熟したニューロンは、好ましくは運動ニューロンである。また、「神経幹細胞の分化」は、神経幹細胞のグリア細胞への分化、すなわちアストロサイト、オリゴデンドロサイトへの分化または成熟を含む。
本明細書において、「ニューロンの新生促進作用」は、神経幹細胞からニューロンが新生する割合をコントロールよりも大きくする作用、神経幹細胞からニューロンが新生する速度をコントロールよりも大きくする作用を意味する。
本明細書において、「ニューロンの分化促進作用」は、分化または成熟したニューロンの割合をコントロールよりも大きくする作用、ニューロンの分化または成熟のステップをコントロールよりも進める作用を意味する。
脊髄運動ニューロンを侵す類似の病態として、脊髄損傷(脊損)モデルがすでに広く用いる。このモデルは、脊髄の一部または全体を傷害するモデルであり、運動ニューロン特異的ではない。一方、本発明の末梢神経引き抜き損傷モデルは、脳幹、脊髄を含む中枢神経系には直接外傷を与えずに当該運動ニューロンの近位軸索のみに傷害を与えるものであり、組織病理学的にALSのような運動ニューロン疾患と非常に類似性が高いといえる。実際、ヒトの末梢神経引き抜き損傷は、脊髄外科、整形外科で日常遭遇する頻度の高い外傷疾患であり、本発明のモデルはヒトの病態を忠実に再現した実験モデルと考えられる。
一方、ALSの動物モデルとして広く用いられているヒト変異Cu/Zn superoxide dismutase 1(SOD1)トランスジェニック・マウス、ラットにおいて、ごく最近、発症後期の脊髄前角で神経幹細胞の増殖を認める報告がなされている(文献14)。しかし、当該マウス、ラットは、詳細な解析を待たずして死に至り、神経幹細胞の挙動を長期にわたり解析することが困難であった。本発明の末梢神経引き抜き損傷による運動ニューロン傷害モデルは、簡便で再現性が極めて高く、対側を常に正常コントロールとして解析をすすめることができる点で非常に有効である。さらに、損傷を加えられた動物の寿命に変化はないため、その生涯にわたり持続的な観察が可能である。
すなわち、本発明の末梢神経引き抜き損傷モデルを用いることにより、内在性神経幹細胞の増殖、分化、ニューロンの新生、分化を促進する物質のスクリーニングが初めて本格的に可能となり、ヒト脊髄損傷、ヒト運動神経損傷やALSに対する再生医療の開発に大きく貢献し得ると考えられる。
以下に実施例により本発明をより具体的に説明するが、以下の実施例は本発明の実施の態様を例示するものであり、限定する目的で例示するものではない。
末梢神経引き抜き損傷
成体ラット末梢神経引き抜き損傷の作製には、生後11-14週のFischer 344雄ラットを用いた。
顔面神経引き抜き損傷の場合、ネンブタール麻酔下にて右顔面神経を茎乳突孔の出口まで露出し、遠位部を切断後、マイクロ止血鉗子で顔面神経近位部を把持しゆっくり引き抜くことにより顔面神経の末梢部分を完全に除去した(文献4)(図1Aa〜e)。
一方、第7頚髄神経根の引き抜き損傷では、右第7頚髄神経根を椎間孔付近まで露出し、遠位部を切断後、同様にマイクロ止血鉗子でゆっくり引き抜き第7頚髄の前後根および神経節を完全に除去した(文献3)(図1Ba〜f)。
1〜8週間後、ラットを灌流固定し、実体顕微鏡下で手術側の顔面神経または第7頚髄神経根が完全に除去されていることを確認した後、脳幹部または第7頚髄の連続切片を作製した。5枚毎の切片計25枚のニッスル染色標本について、顔面神経核または第7頚髄前角において明瞭な核小体とニッスル物質を有する運動ニューロンの数を算定した。また、病変に伴って出現するアストロサイト(反応性グリオーシス)をGFAP免疫染色で検討した。引き抜き損傷後4~6週間で、運動ニューロンは約30%にまで減少し、反応性のグリオーシスを伴った(文献3、4)(図1A f〜I、図1B g,h、図1C)。
内在性神経幹細胞の検出
実施例1で作製した連続切片(生後12-13週のFischer 344雄ラット由来のもの)について、神経幹細胞のマーカーであるnestinに対するモノクロナル抗体(Rat401)(Chemicon)を用いた免疫組織化学を施行した。すなわち、引き抜き損傷後の顔面神経核または第7頚髄前角における神経幹細胞の出現を検出した。
また、分裂増殖細胞を切片上で確認するために、proliferating cell nuclear antigen (PCNA)(Santa Cruz)、Ki67(Novocastra)に対する抗体を用いた免疫組織化学を施行した。
2週間後から運動ニューロン死が明らかとなったが(実施例1)、2週間後からnestin陽性の神経幹細胞が、傷害顔面神経核および第7頚髄前角に出現し、増殖することが認められた(図2)。そして、損傷4〜8週後には、nestin陽性で、かつ、大きな核と豊かな細胞体を有するニューロンと思われる細胞が少数出現した(図3)。
また、PCNA免疫染色により、傷害部の増殖細胞は受傷後2〜3週をピークに認められた(図4)。一方、病変部にはGFAP陽性アストロサイトのほか、Iba1陽性ミクログリア、NG2陽性細胞も多数出現した(図4)。
したがって、顔面神経または第7頚髄神経根引き抜き損傷により、傷害顔面神経核または第7頚髄前角において、nestin陽性神経幹細胞が増殖し、ニューロン様細胞に分化することが示された。このことは、本発明の末梢神経引き抜き損傷モデルにより、神経幹細胞が産生され、神経幹細胞がニューロン様細胞に分化することを示している。
また、病変部に出現するGFAP陽性アストロサイトまたはNG2陽性細胞が神経幹細胞から分化している可能性もある。
分裂増殖細胞のbromodeoxyuridine(BrdU)によるラベリング
引き抜き損傷後の顔面神経核を含む脳幹部および第7頚髄における分裂増殖細胞の検出のために、引き抜き損傷後1〜3週に、ラットにBrdUを1mg/ml蒸留水連日自由経口飲水投与、または10 mg/kg連日腹腔内投与した。ラットを経時的に灌流固定し、連続切片を作製し、抗BrdU抗体(Chemicon)を用いた免疫染色を施行した。
また、BrdUと細胞マーカーに対する抗体(表1)を組み合わせた、2重、3重免疫染色を施行し、増殖細胞種を同定した。
引き抜き損傷2〜3週にBrdUを連日経口投与した群では、傷害側にBrdU陽性細胞が少数であるが確認された。一方、運動ニューロン死の目立たない顔面神経または右第7頚髄神経根の切断(axotomy)では、nestin陽性細胞の出現、増殖をまったく認めなかった。
以上の実施例によって、成体ラット末梢神経引き抜き損傷後の傷害側顔面神経核または脊髄前角において、特異的に神経幹細胞が増殖し、一部ニューロンに分化することが示された。これまでに成体脳の嗅脳や海馬における神経幹細胞の増殖分化はよく知られているが、運動神経損傷後の神経幹細胞の出現、増殖、分化に関する報告はなかった。以上の実施例によって、末梢神経、例えば運動神経の損傷モデルにおいて、神経幹細胞の出現、増殖、分化が可能であることを初めて明らかにした。
また、本発明の末梢神経引き抜き損傷モデルは、神経幹細胞による病変の修復再生を研究する上でまったく新しい動物実験系であり、当該研究上極めて有用であるといえる。
引き抜き損傷後の顔面神経核、脊髄前角の組織培養
引き抜き損傷側および対側の顔面神経核または脊髄前角を含む組織片を実体顕微鏡下で切り出した。得られた組織片をトリプシンおよびDNase処理した後に分散し、20 ng/ml塩基性線維芽細胞増殖因子(FGF2)、20 ng/ml上皮細胞増殖因子(EGF)(Sigma)を含む無血清培地Neurobasal/B27(Invitrogen)で初代培養を開始した。
具体的には、引き抜き損傷2週後に傷害側および健常側の顔面神経核を切り出し、かみそりの刃で組織片を細かく刻み、0.25%トリプシンおよび20μg/ml DNaseを含有するHBSS-CMF 1ml中で1時間37℃でインキュベートした。その後、100μlのFBSを添加し、100μmメッシュを通過させ、1x103 rpmで5分間遠心し、上清を除いた。ペレットをペニシリンおよびストレプトマイシンを含有したNeurobasal/B27(以下、Neurobasal/B27/PenStr)中で懸濁し、遠心により2回洗浄した。続いて、ペレットを、20 ng/mlのFGF2および20 ng/mlのEGF(Sigma)を含む無血清培地Neurobasal/B27/PenStr中で懸濁し、非コートディッシュまたはラミニン/ポリ−L−リジンコートACLARラウンドカバースリップ上に播種して、初代培養を開始した。
培養開始2週間後、形成されてきた神経幹細胞の凝集塊であるニューロスフィアをピペッティングにより再び分散し、同培地にて培養を継続し、新たなニューロスフィアを形成させ培養を維持した。
これら培養細胞の一部を細胞分化因子であるsonic hedgehog(Shh)(R&D)、 レチノイン酸(all trans retinoic acid; ATRA)(Sigma)、noggin、bone morphogenic protein(BMP)、脳由来神経栄養因子(BDNF)、グリア細胞株由来神経栄養因子(GDNF)(Peprotech)、インスリン様増殖因子1(IGF1)の存在下で維持し、細胞分化を促した。そして、これらの培養系を経時的に固定し、表1の細胞マーカーに対する抗体を用いて免疫染色し、神経幹細胞の分化度を解析した。
並行して、各培養系より蛋白を抽出しウエスタンブロットによりこれらマーカーの発現を解析した。さらに各培養系からTRIzol Reagent(Invitrogen)にてRNAを抽出し、上記マーカー遺伝子の発現をRT-PCR法により解析した。
健常側からの培養系では、ごく少数の細胞が生着し、培養5日後より少数のnestin陽性細胞が出現、2週間後には明瞭なニューロスフィアを形成した。
一方、引き抜き損傷側からの培養では生着細胞が健常側に比べて5〜8倍多く、培養当初よりnestin陽性細胞が認められ、2週間後に形成されるニューロスフィアの数も健常側に比して3〜4倍多かった(図5左上、右上パネル、図6)。この培養系は大部分nestin陽性の神経幹細胞からなり、ごく少数のGFAP陽性アストロサイトを含んでいた(図6)。
このニューロスフィアを再分散し、ShhとATRAの存在下で1週間培養すると、神経幹細胞は増殖を停止し、TuJ1陽性の幼若ニューロンおよびGFAP陽性アストロサイトに分化した。さらに、Shh、ATRA、GDNF、BDNF、IGF1の存在下で培養を継続するとMAP2、 neurofilament陽性のより成熟したニューロンに分化することがわかった(図7、8)。図7にShh、ATRA存在下でのnestin陽性神経幹細胞からGFAP陽性アストロサイトへの増殖分化を示す。また、図8にShh、ATRA、GDNF、BDNF、IGF1存在下でのTuJ1、MAP2、neurofilament 200K陽性ニューロンへの分化を示す。
したがって、顔面神経核の組織培養から得られる神経幹細胞は増殖し、Shh、ATRA、GDNF、BDNF、IGF1の存在下において、成熟したニューロンに分化することが示された。このことは、本発明の引き抜き損傷モデルの顔面神経核、脊髄前角を組織培養することによって、神経幹細胞が増殖し、そして、ニューロンに分化し得ることを示している。
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顔面神経引き抜き損傷(A)、および第7頚髄神経根引き抜き損傷(B)の手術および組織像を示す図である。(C)グラフは顔面神経または第7頚髄神経根引き抜き損傷後の、顔面神経核または第7頚髄前角の残存運動ニューロン数(%)を示す。(A)顔面神経引き抜き損傷では、右顔面神経 (VII)を茎乳突孔の出口まで露出し (a)、遠位部を切断後 (b)、マイクロ止血鉗子で顔面神経近位部を把持しゆっくり引き抜くことにより顔面神経の末梢部分を完全に除去する (c,d)。a-dのバーは1mm。(d)の矢印は茎乳突孔を示す。引き抜き損傷後、顔面神経は完全に除去される(e矢印)。eのバーは2mm。f-iは顔面神経引き抜き損傷4週後の顔面神経核のNissl染色(f,g)、GFAP免疫染色像(h,i)。反対側(f,h)に比べて引き抜き損傷側では運動ニューロンは約30%にまで減少し(g)、反応性のグリオーシスを伴う(i)。f-i のバーは100μm。(B)第7頚髄神経根引き抜き損傷では、腹側板(vent.pl.)に覆われている右第6,7頚髄神経根(C6,C7)を同定(a)、C7遠位部を切断して横隔神経(ph.n.)の上にリフトアップし(b)、椎間孔付近まで露出、マイクロ止血鉗子でゆっくり引き抜き(c)、第7頚髄の前後根および神経節(DRG)を完全に除去する。dの矢印は引き抜き損傷後の椎間孔を示す。a-dのバーは1mm。引き抜き損傷後、C7の前後根および神経節は完全に除去される(e,f矢印)。e,fのバーは2mm。g,hはC7神経根引き抜き損傷6週後の頚髄のKB (Kluver-Barrera)染色(g)、GFAP免疫染色像(h)。反対側(左側)に比べて引き抜き損傷側(右側)では運動ニューロンは約30%にまで減少し(g, 右側)、反応性のグリオーシスを伴う(h, 右側)。g,h のバーは100μm。 顔面神経引き抜き損傷1、2、3、4週後の傷害顔面神経核におけるnestin陽性神経幹細胞を示す図である。 顔面神経引き抜き損傷4、6、8週後の傷害顔面神経核におけるnestin陽性ニューロン様細胞を示す図である。 顔面神経引き抜き損傷2週後の傷害顔面神経核におけるPCNA陽性細胞、および4週後のGFAP陽性アストロサイト、Iba1陽性ミクログリア、NG2陽性グリアを示す図である。 成体ラット顔面神経核培養系の位相差顕微鏡像を示す図である。FGF2、EGF存在下7日後の神経幹細胞(左上)、FGF2、EGF存在下17日後のニューロスフィア(右上)、ニューロスフィアを再分散し、Shh、ATRA存在下で培養を開始した細胞(左下)、10日後の神経突起伸長像(右下)をそれぞれ示す。 成体ラット由来の顔面神経核培養系、FGF2、EGF存在下14日後のnestin、 GFAP蛍光二重免疫染色像を示す図である。 成体ラット顔面神経核培養系において、Shh、ATRA存在下6週後のnestin、 GFAPの蛍光二重免疫染色像を示す図である。GFAP陽性アストロサイトへの分化を示す。 成体ラット顔面神経核培養系において、Shh、ATRA、GDNF、BDNF、IGF1存在下6週後のTuJ1、MAP2、neurofilamentの蛍光免疫染色像を示す図である。TuJ1、 MAP2、neurofilament陽性ニューロンへの分化を示す。

Claims (21)

  1. 末梢神経に神経引き抜き損傷を加えることを特徴とする神経幹細胞の製造方法。
  2. 末梢神経が運動神経である、請求項1に記載の方法。
  3. 末梢神経が顔面神経または脊髄神経根である、請求項1に記載の方法。
  4. 末梢神経に神経引き抜き損傷を加えることを特徴とするニューロンの新生方法。
  5. 末梢神経が運動神経である、請求項4に記載の方法。
  6. 末梢神経が顔面神経または脊髄神経根である、請求項4に記載の方法。
  7. 末梢神経に神経引き抜き損傷を加えることにより得られた神経幹細胞に被験物質を接触させることを特徴とする、神経幹細胞の出現誘導作用、神経幹細胞の増殖促進作用、神経幹細胞の分化促進作用およびニューロンの新生促進作用からなる群から選択される少なくとも一つの作用を有する物質をスクリーニングする方法。
  8. 末梢神経が運動神経である、請求項7に記載の方法。
  9. 末梢神経が顔面神経または脊髄神経根である、請求項7に記載の方法。
  10. 被験物質を接触させる細胞が、培養されたものである、請求項7に記載の方法。
  11. 末梢神経に神経引き抜き損傷を加えることにより得られたニューロンに被験物質を接触させることを特徴とする、ニューロンの分化促進作用を有する物質をスクリーニングする方法。
  12. 末梢神経が運動神経である、請求項11に記載の方法。
  13. 末梢神経が顔面神経または脊髄神経根である、請求項11に記載の方法。
  14. 被験物質を接触させるニューロンが、培養されたものである、請求項11に記載の方法。
  15. ニューロンが運動ニューロンに分化する、請求項11に記載の方法。
  16. 末梢神経に神経引き抜き損傷を加えることにより生じる神経幹細胞。
  17. 末梢神経が運動神経である、請求項16に記載の細胞。
  18. 末梢神経が顔面神経または脊髄神経根である、請求項16に記載の細胞。
  19. 末梢神経に神経引き抜き損傷を加えることにより生じるニューロン。
  20. 末梢神経が運動神経である、請求項19に記載のニューロン。
  21. 末梢神経が顔面神経または脊髄神経根である、請求項19に記載のニューロン。

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