手根管症候群(CTS)は手の手根の領域を手根骨と屈筋支帯として知られる靱帯との間を通って伸びる正中神経の圧迫により生じる状態である。この圧迫により、手の痛み、しびれ、刺痛や握力の低下が生じる。CTSはしばしば腕肩及び首の痛みや感覚異常にも関連する。
CTSの原因については多くの説がある。ある人たちは、繰り返し運動から生じる手根管の膨張を引き起こす嚢、腱鞘及び神経の炎症によってCTSが生じると考えている。また他の人たちは、CTSの原因は手根骨の骨折または関節炎による関節変化にあるとしている。更に別の学派はCTSの原因は全身疾患、機械的応力、または外傷性脱臼にあるとしている。広く受け入れられている圧迫説は、手根管内のこれら事象によって生じた炎症組織が屈筋支帯と手根骨によって形成される狭い空間内の正中神経を圧迫すると考えている。後の議論では、別の見方よりも事象の発生順序について言及する。膨大な数のCTSの症例が繰り返し運動によるものと一般に考えられている。
伝統的に、CTSの治療に対するアプローチは保存的なものと外科的なものに分類することができる。CTSの外科的治療には、屈筋支帯の開切、関節鏡検査や他の侵襲性の処置がある。特に労働者補償のケースにおいて外科手術はしばしば第一線の治療として用いられるが、この治療は永久的であり、最終的に効果的でないこともしばしばである。米国労働統計局によると、外科手術は症例の57%において5年内に「何らかの症状の再発」が見られ、患者は傷跡の痛み及び弱化のため生涯に渡る機能不全を被る可能性がある。
CTS及びそれに関連する障害は、生産性の低下、労働者補償、及び、CTSの診断及び治療の伝統的なパラダイムではしばしば慢性化する症状の治療のために生じる関連する医療費用に関連して、非常に大きな企業負担の要因となる。
保存的治療には、安静にすること;ステロイド注射;熱、超音波またはフォノフォレシス(phonophoresis)の手根領域への適用;パテまたはテニスボールを握り締めることによる手の運動;或いは静的または動的手段により手根領域を副子固定すること(splinting)が含まれる。ステロイド注射はしばしば好適な薬物療法であるが、この治療法は適用可能回数が限られており、深刻な合併症を引き起こすことがあり、長期的な症状の解消結果は好ましくない。静的な手首用副子による手首の固定では、1または複数の運動面内の運動が禁止される。Darcyに付与された米国特許第6106492号は、中手骨に圧力を加えつつ手首を固定する堅い外殻を有する手根管用副子を開示している。このような固定を用いる手首装具や副子は、繰り返し運動、或いは、ことによるとどのような運動も正中神経への圧迫即ちCTSの症状を悪化させる、という従来の考えに対処するものである。静的な手首用副子は、手首、手、及び/または腕に一定の圧力を加えるものである。Drayに付与された米国特許第5921949号には、手根管の各側を押圧し、各側を前方中央へ回転させるまたはひねるようにし、静圧を用いて結果を得る装置が開示されている。
手根関節を静的に副子固定することには多くの欠点がある。第1に、そのような副子は不快であり、副子を装着する際の患者の適応性を低下させる。第2に、患者の手の運動範囲を制限することで、静的副子は患者が行うことのできる仕事の種類を制限し、日常生活における通常の活動の邪魔となる。第3に、静的副子は限られた期間しかCTS症状を緩和しないことが示されており、長期に渡る固定から合併症が広く見られることが文献記載されている。
CTS治療のための別のアプローチは、副子ではなく太いワイヤ(heavy wire)によって回内及び/または回外を静的に抑止することである。Michniewiczに付与された米国特許第5868692号には、ユーザの回内及び回外を10°に制限し、それによって過度なひねりを防止する装置が開示されている。この発明者は、過度なひねりにより、腕及び手首の傷害を既に有する患者の症状が更に悪化すると考えている。Michniewiczは他のいくつかの静的副子よりも快適でより拘束の緩い装置を提案しているが、尚、CTSの根底にある原因に対処していない。
従来における動的副子固定は、これまで、手首を通常の運動平面を通るように向けるとともに、いくつかの運動平面内の動きを減らして正中神経への炎症を軽減することを目指していた。いくつかの装置がこのような動的副子固定を例示している。Cruzに付与された米国特許第5653680号には、運動の実効的範囲を効果的に制限すると思われる調節可能な制動ばねによって、尺側及び橈側偏位、手首の屈曲及び伸展を動的に制御する装置が開示されている。この装置は手首関節に回転力を加えつつ、第2及び第3中手骨へと押圧し、この押圧により遠位手根列の掌側または背側への移動(transrelocation)を促進する。遠位手根列に集中することで、Cruzは手根骨複合体から離れた領域を個別に押圧することに重点を置いている。Cruzは更にその発明の制動特性に傾注しているが、これはCTSの状態を防止したり矯正したりすることよりも、主として衝撃による傷害から関節を守ることを目的としている。Downesに付与された米国特許第5413553号には、手根管ミットと呼ばれる別の装置が開示されている。このものは第1乃至第5中手骨−指節骨領域に対する機械的抵抗に傾注している。この手根管ミットは減圧のために手根管を深くするよう構成されており、橈側手根及び手根中央領域に発生する実際の屈伸機構の遠位にある。
理解されるように、CTSの症状及び根本的な原因により正確に対処する装具が必要とされている。更に、安価で素人でも装着及び使用が簡単なそのような装具が必要とされている。この装具は協調動的(co-dynamic)なものとすべきである。即ち、CTSの状態を矯正するという治療効果を達成するべく手及び手根と協働的に作動するべきである。この装具は日常生活の通常の活動に支障を来すことがないように、手及び手首が全ての運動平面内で機能的に動くことを許容し、それにより、手根管の圧縮を悪化させる炎症状態となるものの根底にある原因を正す働きをする。
以下の詳細な説明に、本発明を実施する上で現在考えられている最良の形態を示す。この説明は限定的に理解されるべきではなく、本発明の一般的な原理及び本発明を実施する上での最良の形態を例示する目的でなされるものであり、本発明の範囲は請求の範囲によって最も良く規定される。
本明細書を通して、「手掌側(volar)」という用語は「手のひらの向き」として解釈され、「背側(dorsal)」という用語は「手掌側」の反対、即ち、手のひらから離れる向き、または、手の背から外に向いた向きとして解釈されるべきである。運動学(kinematics)は、機能している関節の柔組織と力学の相互作用の科学である。一貫性を保ち説明を容易にするため、特に断らない限り、説明及び所見は全て個人の右手及び腕の視点からなされる。以下の議論はどちらの手または前腕にも同じようによく成り立つ。
本発明について説明するには、まず本発明の動作の基礎となる環境変形理論(Theory of Environmental Deformity:TED)について理解することが必要である。従来の静的副子固定は、これまで手根及び手の機構に適切に対処していなかった。従来の動的副子固定は、屈曲、伸展、橈側偏位及び尺側偏位の公知の運動、即ち、増加、減少または圧縮のための運動に対処するものである。しかしながら、TEDに組み込まれているアプローチでは、関節運動学(「関節の運動学」)及び神経筋変化の両方を考慮して、CTSがどのように生じるか説明するとともにその状態の治療方法を提言する。TEDは、手首の屈筋滑車(flexor pulley)に対する外来筋腱群の作用により生じる手根関節運動学における複数の変化を同定する。
図1及び図2を参照されたい。手根管は、いくつかの腱44と正中神経40が通過する固定された空洞である。それは前部では屈筋支帯46によって画定され、後部では2セットの手根骨によって定められている。近位の骨のセットは、内側から横へ見たとき、豆状骨23、三角骨24、月状骨25及び舟状骨26である。この骨のセットは近位手根列36と呼ばれている。遠位の骨のセットは、内側から横へ見たとき、有鉤骨31、有頭骨32、小多角骨33及び大多角骨24であり、このセットは遠位手根列35と呼ばれる。豆状骨23には十字形の外来及び内在手根構造が9方向に均一に取着しているが、これらの構造には以下のものが含まれる:豆鉤靭帯、豆中手靭帯、屈筋支帯46の近位帯、三角繊維軟骨複合体、尺側手根屈筋、内側側副靱帯の前方部、伸筋支帯、小指外転筋、及び豆状三角軟骨。
屈筋支帯46は手根にその開放端部の各側において取着しており、外来の手の筋肉が肘周りの筋起始と指、親指及び手首の付着点との間を連絡する上で、手根管42の滑車として機能する。正中神経40は屈筋支帯46と屈筋腱44の束の間に位置している。機能的には、屈筋支帯46は手根に強度を加え、その滑車作用を通じて、手の筋腱力を効率化する。
手首、指及び親指に作用する前腕掌側の屈筋腱群は、通常、協調活動において手首及び手の同じ部分を背側に安定化するべく作用する前腕背側の伸筋腱群の4倍の滑車力(pulley force)を集合的に発揮する。屈筋腱群と伸筋腱群の相互作用により、手根靱帯の結合性と相俟って、活動のあいだ関節は安定位置に保持される(図3)。この相互作用は「共縮(co-contraction)」と呼ばれる。共縮は手及び指の機能及び指と親指の調和した運動において、伸展または屈曲する指の抵抗が作用するまで維持され、そのため、抵抗方向の収縮と呼ばれる。通常の人の前腕における屈筋力の伸筋力に対する比は約4:1であり(力結合比(force couple))、これは通常の労働活動では生涯を通じて比較的一定である。
しかしながら、ある種の労働活動は一方の筋腱群に対し拮抗する筋腱群よりも好適に影響し、図4に示すような状態を生じる。指、親指及び手首の機能を必要とする作業の強度及び持続時間が屈筋に対し好適に働く場合、屈筋腱群の肥大により力結合比が増加する。この肥大は、尺骨・橈骨面に対する手根骨・中手骨複合体の面の掌側手根変位(volar carpal translation:VCT)を引き起こす。この動きを「掌側へのすべり(volar glide)」と呼ぶこともある。この変位はいずれかの手根列の軸を中心とした回転ではなく、2つの面が概ね平行に保たれるずれ運動(shear movement)であることに注意されたい。このことは図4において、手根骨・中手骨面の中心線50が尺骨・橈骨面の中心線55から掌側方向に(矢印60にて図示)ずれていることにより示されている。
ある期間作用している間に屈筋群の肥大は手首及び手の生体力学を変化させ、共縮によって徐々に手根掌側の滑車力が増加し、機構変化及び神経筋の無症状の病理から伸筋腱群の能力及び機能が低下する。これは自己受容機能不全(proprioceptive dysfunction)と呼ばれる。その結果は例えば5:1といった大きな力結合比として現れるが、これは屈筋のより強力な過制御(over-control)に通じる。屈筋がより強くなり過剰に効率的になると、「相互抑制(reciprocal inhibition)」と呼ばれるよく知られた神経筋プロセスのため外来伸筋が適切に機能しなくなる。このプロセスはリハビリテーション科学においてはシェリントンの法則(Sherington's Law)とも言われている。屈筋の過制御は、収縮または共縮を伴う手の機能で生じるが、屈筋滑車(即ち、屈筋支帯46)にかかる力を増加させ、矢印60によって示される方向にVCTを発生させる。その結果、尺側手根伸筋、短橈側手根伸筋及び長橈側手根伸筋の長いモーメントアーム、及び総伸筋(extensor communis)の寄与は、全て最終的に機械的及び神経筋生理学的に非効率になる。この非効率さは、靱帯長さの不一致(disparity)と相俟って、不安定化及び矢印60によって示される不随意のVCTを招く結果となる。
治療のため関連する医師から送られた26のケースを用いてテストを行った。各患者を、筋電計の結果に基づき、軽度、中程度または重度のCTSを有するものとして分類した。VCT及びVCTを生じさせる力(即ち、掌側手根変位力(volar carpal translation force:VCTF))を各ケースについて測定した。無症状の個人からなる対照群のVCT及びVCTFも測定した。テストの結果は平均化し、図10、11及び12のグラフに示すようにグラフ化した。グラフ300は、26人の個々人に対しkg/cmの単位で測定したVCTFの生の数値を示しており、これらの値はCTSの程度を示す3つの分類の各々の中で順序付けられている。グラフ310は26ケースの各々についてセンチメートルの単位で測定されたVCTの生の数値を示している。ここでもまた、これらの値はCTSの程度を示す3つの分類の各々の中で順序付けられている。これらのグラフ300、310はCTS症状の程度の増加と、これらの個人に対し測定したVCT及びVCTFの増加との間に顕著な正の相関があることを示している。グラフ320は、これらのグループの各々の平均をまとめて示すとともに、それらを対照群の平均VCTFと比較している。CTSの各ケースにおいて、VCTFは無症状の人のVCTFより高かった。興味深いことに、無症状の人でもある程度のVCTを示しており、VCTは症状のある人では平均で0.1インチ増加している。しかしながら、無症状の人と症状のある人のVCTFの差は約2〜7ポンドから10乃至50ポンドの範囲に渡る手根変位力へと増加する。このことは、手根内のずれ(VCT)の小さな変化に対し発生する力(VCTF)における劇的なレバレッジ効果を示唆している。
屈筋支帯46は手根管に渡る手根靱帯であり、手の収縮及び共縮動作に対する主滑車である。この靱帯はCTSの痛み及び知覚異常を取り除くため侵襲性の外科的関与では切断される。その位置と性質により、屈筋支帯46は手の全ての外来性運動(extrinsic motor activities)の滑車として働く。従って、力結合比の変化による滑車力の増加は屈筋支帯46に集中し、前方変位及び手根の付着物(attachments)に分散する力を促進し、手根体にかかる前方中央応力(anterior medial stress)を強める。
滑車としての屈筋支帯46に作用する、掌側変位を起こす屈筋力により、屈筋支帯46は細くなり、残留力分散によって力が前方及び中央に伝達される。これによって、手根の靱帯端部に引っ張り力が加わる。筋肉が安静状態にある夜の間、掌側手根間靱帯部はそれらの通常位置を概ね回復し(しかし、いくらかの小さな前方中央の変形は残る)、屈筋支帯46の弛みがこの靱帯または他の靱帯の収縮力により協働的に取り除かれる。このような力の作用とその後の安静とが何度も繰り返されると、手根間のU字形端部(horseshoe ends)が狭まるという変形が生じる。U字形端部は臨床的に認識される、肥厚した屈筋支帯46及び他の掌側手根靱帯によって所定位置に保持され、これは横方向の変形につながる。同時に、滑車として働く屈筋支帯46は指及び親指機能によって生成される荷重を受け、それによりVCTが増加する。VCTFはVCT及び遠位橈側及び尺側に発する背側手根靱帯の弛緩を促進する。掌側手根靱帯(屈筋支帯46を含む)は断続的にまとまって応力を受けて収縮し(短くなり)、それによって長手方向の変形(またはVCT)と同時に手根間空間の前方中央のつぶれ(手根体積の縮小)が助長される。
手根筋腱群の長いモーメントアームは、筋緊張が通常の範囲内にある、即ち、屈筋力の伸筋力に対する比が約4:1のとき手根を安定化することができるのみである。屈曲において手根に働くこれらの力は筋起始に向かって収斂し、拮抗筋、滑車及び関節整合の相互作用によって制御される。1またはそれ以上の変動によりこの始点への直結ラインに向かう収斂が単純化され、それらの間の距離が短くなる。この結果生じる力によって生体力学的な利点が減ずるが、それはずれ運動における近位手根列36の軸の掌側へのシフトに現れる。このことは、CTSの患者は力をこめて握るときに最大限の力を発揮するため手首を屈曲させるなどの奇妙な補償行動をとる傾向があることを説明し、またおそらく、より掌側に移動した屈筋支帯の位置変化を説明する。手根管42の体積は更に減少し、他の異常傾向によってこの状態の開始が早められる。従って、手根を中立位置に戻すとき、即ち、背側へのすべり(dorsal glide)において屈筋支帯46及び関連する掌側靱帯が遭遇する抵抗は、CTSの状態の程度または正常な手首にそのような状態が生じる被験者の傾向を示唆する。
手根の安定化(stabilization)はCTS患者に正常な手根及び手の機能を回復させるために重要である。安定化は、他の保存的なCTS管理法にはなかった概念である神経筋的及び自己受容的制御(neuromuscular and proprioceptive control)に大きく依存すると考えられる。安定化は正常な靱帯長さ及び完全性(integrity)の回復と、正常な力結合比の回復からなる。CTS症状の緩和のため静的な副子固定が用いられてきているが、その症状緩和は一時的なものに過ぎない。静的副子固定では屈筋と伸筋がそれらの力を適切に手根領域に施し得るように手根を位置させるが、力の基本的な不均衡は残ったままであり、筋肉は萎縮し、運動範囲は限られており、静的副子が除去されたとき持続する臨床的利点について文献に記録がない。屈筋の過制御は単に症状の発生につながる元々の状態を再現するのみである。このように、静的副子固定は自己受容制御及び正常な関節運動学的状態を恒久的に回復させることはなく、一時的に症状を緩和するのみである。従って、CTSの静的な管理は自己受容制御の障害となり、異常な力結合比によって機能不全を生じる関節運動学的状態が更に維持される結果となる。
手根の安定化に対処する上で、TEDは近位手根列36内で重要な役割を果たす骨、即ち、豆状骨23を特定する。上述したように、豆状骨23は9方向の支持構造のための取着点として機能する。これらの構造には特に、豆鉤靭帯、豆中手靭帯、屈筋支帯の近位帯、三角繊維軟骨複合体、尺側手根屈筋、内側側副靱帯の前方部、伸筋支帯、小指外転筋、及び豆状三角軟骨が含まれる。屈筋支帯46及び掌側手根間靱帯がCTSに関連して変化すると、VCTが増加し、豆状骨23は変化したその関節周囲の付着物(attachments)により変形を受けやすくなる。CTSが重度である場合、豆状骨23はしばしば変形性関節症になり、動かなくなる。豆状骨23が動かないと、豆状・三角関節48(近位手根列36内の豆状骨23と三角骨24の間の関節)は共縮における近位可動域(proximal excursion)及び抵抗下の複屈曲(composite flexion)における遠位可動域(distal excursion)を生成することができない。
TEDは、豆状骨23のモーメントアームに影響するVCTに起因する少なくとも3つの機能不全のタイプを特定する。これらのタイプは、豆状骨23の9つの付着物が遠位豆状骨付着物または近位豆状骨付着物のいずれであるかという分類に基づく。それらは、「“Pisiform Arthrokinematics and Carpal Tunnel syndrome” G.R. Williams、p.645 Vol. 18, No. 7, Oct. 2002, Journal of Reconstructive Microsurgery」として、American Society for Peripheral Nerveへの要約論文プレゼンテーションに記載されている(この文献はここで引証したことでその全体が本願に含まれる)。要約すると、タイプ1の豆状骨の振る舞いは遠位豆状骨付着物の収縮を生成する手の過剰な把握によって生じる。タイプ2の豆状骨の振る舞いは、近位豆状骨付着物の収縮(短縮)を生じる手の指の伸展における過剰な共縮によって引き起こされる。タイプ3の豆状骨の振る舞いは、豆状骨の複数平面での固定を生じる過剰な収縮及び共縮動作の組み合わせによって引き起こされる。タイプ1またはタイプ2のずれ、または、タイプ3の固定による豆状骨の可動性の欠損は、手首に過剰な掌側へのすべりを生じさせる手根骨間滑車力に本質的に関連している。
TEDは一般に掌側へのすべりに注目し、特に、CTSの主要な症状が関節運動学的に変化するときの豆状・三角関節48の制限された可動域に注目する。TEDは手根の再整合(realignment)、豆状骨の可動化、及び手根関節の可動化と安定化を動的に促進する治療を提案する。そのため、TEDは背側へのすべり(dorsal glide)と呼ばれるCTSの治療に重要な運動面を特定する。背側へのすべりは掌側へのすべりの逆であり、手根骨・中手骨複合体の面の背側へのずれによる移動であって、手根骨・中手骨複合体の面は前腕、橈骨及び尺骨によって形成される面と平行に保たれる。このような移動は近位及び遠位手根列36で起こる。TEDによると、背側へのすべりを連続的に促進することで正常な手根高さを回復しつつ、日常生活の標準的な活動に含まれる他の全ての運動面内の通常の運動範囲を維持・促進することができる。背側へのすべりを促進する力を印加する好適な場所は、近位手根列36にレバレッジ作用する概ね豆状骨23の領域である。豆状骨23及び豆状骨領域への相互的で動的な抵抗方向(resistance-oriented)の背側すべり力の印加を通じて、TEDはCTS治療における運動(運動学)と制御(神経筋)の両面に対処する。従前の治療法は屈曲/伸展、尺側/橈側偏位、及び回外/回内の運動範囲(即ち回転)に集中していたが、手根及び手の機能の正常な関節運動に関与し重要な役割を果たす背側及び掌側へのすべり(即ち、並進移動)の貴重な貢献を無視していた。
従って、この理論に基づいて、人の手の背側へのすべりを促進するべく豆状骨領域に直接動的な力を相互作用的に加える発明が提供される。本発明を具現する相互作用的且つ直接的な装具が開示されるが、この装具は、近位及び遠位手根列36の掌側へのすべり(CTSの患者では過剰である)に対し動的に抵抗を加えるとともに、日常生活の通常活動における人の手の通常の動作範囲を通じて背側へのすべりを促進する。この装具は、手根骨・中手骨複合体を背側にずれ移動させるべく、てこの力点(point of leverage)に対し背側方向の力を伝達する付勢手段を用いることができる。TEDにより同定される好適なてこの力点は豆状骨23の領域、即ち、豆状骨23の直上または手掌尺側に沿って豆状骨のやや遠位に位置する手のおおよその領域である。目標は、通常の手及び手首の動作に対する干渉を最小化または除去しつつ、手の豆状骨領域にVCTに対する対抗力を必要に応じて自己開始的に加え、前腕に対する手根の背側再整合を達成すること、即ち、背側へのすべりを促進し、この整合状態をより弱い伸筋腱群の非正常入力(eccentric input)により維持することである。手を複数面の制限されない使用に用いる一方で豆状骨領域に2ポンド程度の小さな背側方向力を加えることで、(強調すべきことに)手及び腕を日常生活の自由で活発な通常の活動に用いながら通常24時間以内に症状が解消されることが示された。
従来技術は手首の屈曲及び伸展に抵抗を加えることに注力していたが、VCTに対処することはしていない。CTSの患者が指を伸ばす(“指伸展”)または握り拳を作る(“指屈曲”)とき、手首の明らかな屈曲または伸展なしに掌側へのすべりが発生するのを容易に見ることができる。本発明はどちらの場合にも掌側へのすべりに対する直接的な抵抗を与えるが、これは従来技術の動的副子固定と異なっている。
本発明は豆状骨領域に背側方向の力を与える特有の付勢手段を提供する。この付勢手段は、ひねった“U”字形を有する弾性ワイヤからなる弾性ばねの形態を有する。この弾性ばねは前腕の尺側に沿って安定化され、日常生活の通常活動に干渉しないように手の尺側周りに巻き付けてもよい。この弾性ばねは、グローブまたは柔軟なシェルのような、弾性ばねを挿入配置することが可能なベース手段によって手の輪郭に適合するよう保持することができる。弾性ばね及びベース手段は長期使用可能なように容易に洗浄可能な材料からなるとよい。
図5及び図6に示す本発明の第1実施例100では、近位手根列36を背側方向に付勢するため付勢手段が設けられている。この付勢手段、即ち、弾性ばねは、長寸のひねった“U”字形としてなる、ループ111、第1端部112及び第2端部113を有する弾性ワイヤ110からなるものとすることができる。弾性ワイヤ110は手首動作の弧(arc)を通して1乃至8ポンドの抗力を供給するとともに、手根の概ね中立位置において指及び親指の共縮動作の間約2乃至3.5ポンドの背側方向力を供給するよう構成することができる。またこの弾性ワイヤ110は手根及び手の0°(屈曲なし)から90°(極端な屈曲)の間、8ポンドの抵抗力(背側へのすべりにレバレッジ効果を与える)を供給してもよい。弾性ワイヤ110のループ111は概ね豆状骨領域27に配置するとよく、弾性ワイヤ110の2つの端部112、113は手及び手根に適合的に巻かれて、最終的に前腕の背部120上にて概ね対角位置に位置している。端部112、113に近接した弾性ワイヤ110の部分114、115は尺骨茎状突起(ulnar styloid)21の各側に位置するものとすることができる。2つの端部112、113の各々を円形または渦巻き状に曲げて、弾性ワイヤ110の鋭い先端がワイヤ110を囲うベース手段にひっかからず、ベース手段の覆い内で自由にスライド可能とすることができる。端部112、113を挿入するポケット116、117を設けることでこれら端部を整合して適所に保持するとともに、ポケット116、117がそれぞれの端部112、113の長手方向の動きをガイドするようにすることができる。更に、弾性ワイヤ10をその長さに沿ってベース手段内で容易にスライド可能なように耐腐食材料から形成することができる。限定するものではないが、そのような材料の一つとして例えばステンレススチールワイヤがある。
第1端部112及び第2端部113は前腕の背部120に沿って概ね長手方向に自由に移動可能とすることも、或いは、背部120に対し動きを制約するようにすることもできる。そのような制約は、端部をベース手段に縫いつけるといった直感的な手段で実現することができる。第1端部112、第2端部113または両端部112、113の動きを許容すること、または、両端部112、113を制約することにより、付勢手段の荷重制御の程度を様々に変えることができる。また、端部112、113の動きを可能とすることで、屈曲時に観察される手首の伸び及び伸展時の手首の縮みを許容し、付勢手段がより密接に手及び手首の動きに追従することが可能となる。両端部112、113が適所に固定された第1の構成は、従来の静的副子固定によって提供される制御と相関している。第1端部112と第2端部113の両方がそれぞれ第1ポケット116及び第2ポケット117内で動くことが可能な第2の構成は、端部112、113のどちらかまたは両方に、研究の目的で、センサ、制御モータユニット、または他の移動や位置及び抵抗測定のための手段を取り付け可能とすることができる。
弾性ワイヤ110は、ゴム、スパンデックス、ネオプレン、ライクラ(デラウェア州、ウィルミントンのE.I. du Pont de Nemours and Companyの登録商標)のような弾性材料または同様の伸縮性及び/または柔軟性を有する他の類似の材料または布からなるグローブ130のようなベース手段によって、手、手首及び前腕に対し適合した関係に保持されるものとすることができる。弾性ワイヤ110はグローブ130が手、手首及び前腕に対し適合関係を維持可能なようにグローブ130のライニングに縫いつけることができる。弾性ワイヤ110が手、手首または前腕の皮膚に対しそれらの通常の動作範囲内で確実に近接して維持されるようにするため弾性ワイヤ110に沿ったいくつかの点において布補強材(図示せず)を付加してもよい。
本発明の第2実施例200が図7、8及び9に示され、端部112、113を前腕及び手首に沿って配置するとともに、それらを前腕及び手首に対し固定することが可能な別の様々な態様を示している。前腕及び手首との整合を容易にするためベース手段の布にプレート220を取着することができる。このプレートは当業者には公知の極軟アルミ(dead soft aluminum)のような任意の適切な硬い材料からなるものとすることができる。プレート220は尺骨茎状突起21を受容可能な窪みを有していてもよい。第1端部112は前腕の背部120に沿ってプレート220により任意の位置に配置可能であり、その後動かないように標準的なフック・アンド・ループ構造からなるパッチ230により所定位置に固定保持することができる。弾性ワイヤ110の第2端部113は前腕の尺骨22に沿って整合され、管210内にゆるく収容することができる。管210は任意の適切な硬い材料からなるものとすることができ、端部113が障害なく長手方向に移動するのを可能とする。好適にはテフロン(登録商標)からなるものとすることができる。“テフロン”という用語はデラウェア州、ウィルミントンのE.I. du Pont de Nemours and Companyの登録商標である。管210は、縫いつけ、または、図示されているようにリベット250によってプレート220に取着された金属ストラップ240を用いて尺骨22と整合して固定することができる。リベットが図示されているが、当業者に公知の任意の標準的な結合手段、例えば、ねじ、リベット、溶接、ろう付け、接着剤などを用いてもよい。
本発明の第3実施例が図13、14、15及び16に示されている。これらの図に示されているように、また、本発明の他の実施例と同様に、付勢手段は長寸の“U”字状に形成され、第1端部112が前腕尺側の背部に沿って配置され、第2端部113が前腕尺側の掌側縁部に沿って配置されるようにして前腕の尺側に整合配置された弾性ワイヤ110によって提供することができる。この実施例300では、第2端部113は手が前腕に対して上向きまたは下向きに動いたときベース手段の境界内に形成された縫合通路(stitched channel)410内で長手方向に移動可能となっている。弾性ワイヤ110のループ111は、他の実施例と同様に、概ね豆状骨領域(図示せず)に位置させることができる。2つの端部112、113の各々を円形または渦巻き状に曲げて、弾性ワイヤ110の鋭い先端がワイヤ110を囲うベース手段にひっかからず、ベース手段の覆い内で自由にスライド可能とすることができる。
第1端部112は固定位置に保持することができ、第2端部113は前腕の尺側に沿って概ね長手方向に自由に移動可能とすることができる。弾性ワイヤ110はベース手段によって手、手首及び前腕と適合関係に保持可能であり、実施例300では、ベース手段は手掌ストラップ440と前腕ストラップ450によって所定位置に保持された柔軟なシェル430として示されている。手掌ストラップ440は手の周り及び親指と人差し指の間に伸びて、フック・アンド・ループ構造のような本分野では広くみられる手段によって柔軟シェル430の表面に取着されている。前腕ストラップ450を固定するため第1Dリング452と第2Dリング454が設けられている。前腕ストラップ450は前腕の尺側から前腕掌側を回って第2Dリング454を通り、前腕掌側の下へ戻って、最後に第1Dリング452を通過する。前腕ストラップ450の端部はフック・アンド・ループ構造のような本分野では広くみられる手段によって固定することができる。
実施例300は、人が自分の手首及び前腕に補助なしで装具を装着できるように構成することができる。手掌ストラップは抵抗手段442を有してもよく、手掌ストラップ440の端部441を抵抗手段442に通して引っ張って手掌ストラップ440を手掌に固定するとき、抵抗手段442が手掌ストラップ440を所定位置に保持し、引っ張り力がなくなったときそれが前の位置に戻らないようにすることができる。図16に示すように、抵抗手段442は柔軟シェル430に縫いつけられた布からなるループとして示されており、このループは手掌ストラップ440の幅より若干狭い開口を有し、手掌ストラップ440の引っ張りまたは解放に対し抵抗を加えるようになっている。本分野で公知の他の抵抗手段442を本発明の範囲を逸脱することなく使用することもできる。例えば、歯付き可動クロスピースを有するバックル(図示せず)を用いることもでき、その場合、可動クロスピースは引っ張り方向に移動し、手掌ストラップが緩められたとき、歯がそれと係合するように配置される。人が手掌ストラップ440を装着するのを補助するため、広く用いられている他の抵抗手段442を用いてもよい。
前腕ストラップ450も同様に、人が補助無しで自分で装具を前腕に装着できるように構成されている。Dリング452、454は前腕ストラップ450の幅より若干狭い寸法となっており、前腕ストラップ450がDリング452、454を通して引っ張られるとき、前腕ストラップの挿入及び解放に対し緩やかに抵抗するようになっている。前腕ストラップ450の挿入及び解放に対する更なる抵抗を、前腕ストラップ450が前腕に対して締められるとき人の前腕と柔軟シェル430の両方に対し働く前腕ストラップ450の弾性力による摩擦として提供することもできる。
図13、14及び15には、手首が約30°の伸展(図13)から約40°の屈曲(図15)へと動くときの弾性ワイヤ110の第2端部113の動きが図示されている。図示されているように、両端部112、113の間の距離は伸展時に一番大きく、屈曲時に最小となる。第1端部112は動作の間固定位置に保持されている。
柔軟シェル430が様々なサイズの前腕に装着可能なように、2つの端部112、113の間の前腕の尺側に沿って一連の拡張穴460を設けてもよい。
上記したように、本発明は人の手根関節内の手根管症候群の防止及び矯正のための有益な装具及び技法を提供する。本発明の好適実施例について説明してきたが、本発明の基本概念が理解されれば、当業者であればそれらの実施例の更なる変形・変更を思いつくであろう。従って、添付の請求の範囲は、好適実施例とその変形・変更の両方を、本発明の範囲及び思想に入るべきものとして含むものと考えられるべきである。