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Description
本発明は、磁性ランダムアクセスメモリ(以下MRAMと言う)セルに関するものである。
形状磁気異方性を記憶セルの情報安定性に用いる従来のMRAMの場合、セル幅が0.2 μm以下になると、不揮発メモリ応用として必要な熱安定性の確保、および実用的な電流強度でのスイッチングの両者を満足するセル設計が困難になる(非特許文献4及び5参照)。またスイッチング磁界を発生させる導体線の表面を高透磁率材料で被覆することにより磁界発生効率を上げる手法(ヨーク型導体線,Abstract of ICM2003,5T-pm-06)でも、セル幅が0.1 μm以下のGbit-MRAMには対応できない。また、記憶磁性層として人工フェリ磁性体を用いることによる記憶セルの低スイッチング磁界化も提案されている(特開2002-280642,特開2001-156358、非特許文献1乃至3)。
特開2002-280642公報
特開2001-156358公報
[MRAMセルの低保磁力化を目的とする人工フェリ磁性体の研究] N. Tezuka et al.,"Switching field behavior in antiparallely coupled sub-micrometer scale magnetic elements",J. Magn. Magn. Matter. 240 (2002) 294.
[MRAMセルの低保磁力化を目的とする人工フェリ磁性体の研究] K. Inomata et al.,"Magnetic switching field and giant magnetoresistance effect of multilayers with synthetic antifferomagnet free layers",Appl. Phys. Lett. 81 (2002) 310.
[MRAMセルの低保磁力化を目的とする人工フェリ磁性体の研究] N. Tezuka et al.,"Single domain observation for synthetic antiferromagnetically coupled bits with low aspect ratios",Appl. Phys. Lett. 82 (2003) 604.
[計算機シミュレーションによるMRAMセルの動作スケーリングに関する研究] Y. Nozaki et al.,"Size dependence of switching current and energy barrier in the magnetization reversal of rectangular MRAM cell",J. Appl. Phys. 93 (2003) 7295.
[計算機シミュレーションによるMRAMセルの動作スケーリングに関する研究] 能崎幸雄 et al.,"Gbit級MRAM機能動作の計算機シミュレーション",電子情報通信学会技術研究報告 102 (2003) 35.
しかしながら従来提案されている技術では、記憶セルの熱安定性の確保が非常に難しく、上記問題の根本的な解決に至っていない。そのため従来技術では次世代の超高密度不揮発メモリにおいて必須の要件であるセルサイズ0.1μm以下の領域では実用上充分な記録情報の安定性と低消費電力性能を具備した記憶セルの実現が不可能である。
本発明の目的は、実用上充分な記録情報の安定性と低消費電力性能を具備した磁性ランダムアクセスメモリセルを提供することにある。
本発明の他の目的は、セルサイズが0.1μm以下でも記録情報の安定性と低消費電力性能を具備した磁性ランダムアクセスメモリセルを提供することにある。
本発明の他の目的は、実用上充分な記録情報の安定性と低消費電力性能を具備した磁性ランダムアクセスメモリセルを備えた磁気メモリ装置を提供することにある。
本発明は、ピン層と主非磁性層とフリー層とが積層された構造を有する磁性ランダムアクセスメモリセルを発明の対象とする。本発明においては、フリー層を、一軸磁気異方性Kuの大きさが異なる二つの強磁性層とこれを分離する非磁性層とから構成する。そして二つの強磁性層を非磁性層を介して静磁気結合する。なおフリー層を構成する各層はそれぞれ導電性を有する。
なおピン層を、一軸磁気異方性Kuの大きさが異なる別の二つの強磁性層とこれを分離する別の非磁性層とから構成し、別の二つの強磁性層を別の非磁性層を介して、静磁気結合してもよい。またピン層を主非磁性層と接する更に別の強磁性層と反強磁性層とから構成してもよい。
なお強磁性薄膜固有の結晶学的な一軸磁気異方性により磁化の双方向安定性を実現し、これにより磁性ランダムアクセスメモリセルを等方的な形状とするのが好ましい。
なおフリー層を構成する二つの強磁性層のうち外側に位置するソフト磁性層の飽和磁化M1及び層厚t1と二つの強磁性層のうち内側に位置するハード磁性層の飽和磁化M2及び層厚t2が、M1t1>M2t2の条件を充たし、かつソフト磁性層の一軸磁気異方性エネルギーKu1とソフト磁性層の一軸磁気異方性エネルギーKu2が、Ku1<104 erg/cm3,104 erg/cm3<Ku2<107 erg/cm3であるようにするのが好ましい。
また磁性ランダムアクセスメモリセルとトランジスタまたはダイオードを含む機能要素をアレイ状に配置して磁気メモリ装置を構成してもよい。
一軸磁気異方性Ku、飽和磁化Ms、体積Vの単磁区磁性体の場合、その磁化反転磁界Hswtは2Ku/Mとなり、磁化方位の熱安定性の指標となるエネルギー障壁ΔEはKuVで与えられる。本発明で用いるフリー層は、より具体的には、「磁気異方性が小さく(Ku1<104 erg/cm3) 飽和磁化の大きな(M1>1.7 T)ソフト磁性層(膜厚t1)」即ち一方の強磁性層と「一軸磁気異方性が強く(104 erg/cm3<Ku2<107 erg/cm3)、高い熱安定性を示すハード磁性層(膜厚t1,飽和磁化M2)」即ち他方の強磁性層とを、非磁性層(膜厚tN)で分離した構造を有する。なお、ソフト磁性層とハード磁性層の磁化容易軸Ku1,Ku2の方向は一致しているものとする。ここで、非磁性層の膜厚tNは2 nm<tN<500 nmを満たし、非磁性金属層を介したソフト磁性層-ハード磁性層間の交換結合力はA<10-3 erg/cm2 (A: 交換スティフネス定数)とする。また、M1t1>M2t2を満たすようにソフト磁性層およびハード磁性層の飽和磁化、膜厚を設定することが動作電力低減の観点から望ましい。
詳細な数値解析結果からは、理想的な動作特性を実現し得る層構成の一例として、M1 = 2.2×104 Gauss,M2 = 0.9×104 Gauss,Ku1=103 erg/cm3,Ku2=2×105 erg/cm3,t1 = 15 nm,t2 = 1.5 nm,tn = 10 nmがあげられる。
このような3層構造のフリー層を等方的なセル形状(正方形セル、円形セル)に加工する。このとき、パターン端部の磁極表出に起因する静磁気相互作用により、ソフト磁性層とハード磁性層(二つの強磁性層)の磁化M1とM2は、反並行配置(θ2=θ1+π)が残留磁化状態(零磁界状態)で安定となる。なお両磁性層の静磁結合エネルギーは、Δθ=θ1−θ2=πで最小、Δθ=0で最大となる。ここで、ソフト磁性層の磁化M1と逆向きの外部磁界Hexを印加すると、ソフト磁性層の磁化反転に伴いΔθがπから減少し、静磁結合エネルギーが増大する。さらにΔθ<π/2(ソフト磁性層の磁化反転)となると、ハード磁性層にはM2とは逆向きの(ソフト磁性層による)浮遊磁界が加わることにより、ハード磁性層の磁化がKu2L2t2のエネルギー障壁を越えて反転する。その結果、ソフト磁性層とハード磁性層の磁化が反並行配置を保持したまま、各々の磁化が連動して反転する。この反転過程では、ソフト磁性層の磁化M1は外部磁界により、ハード磁性層の磁化M2はソフト磁性層の磁化反転に伴う浮遊磁界極性の変化により反転する。このため、系の反転磁界強度は、ソフト磁性層の低保磁力特性を反映したものとなる。また、磁化反転時のエネルギー障壁ΔEは、ハード磁性層の一軸磁気異方性エネルギーKu2L2t2と、Δθの減少に伴う静磁気結合エネルギーの増加分を合計したものになる。後者の静磁気結合エネルギーは、ソフト磁性層の磁化反転時にΔθがπより減少することにより増大する項であり、これが本発明セルのΔEの増加、すなわち熱安定性増大効果を生み出す。
簡単に整理すると、本発明のセルでは、非磁性層を介した二つの強磁性層の静磁気結合により、Kuの異なる強磁性層(薄膜パターン)の磁化は零磁界状態で反平行となる。また、外部磁界によりKuの小さなソフト磁性層が反転する際、それに同期してKuの大きなハード磁性層が反転する。この際、ソフト磁性層とハード磁性層の静磁気結合力を適当な大きさに調節することにより、磁化反転時のエネルギー障壁を高め、これを記憶セルの熱安定性向上に用いる。またソフト磁性層の浮遊磁界強度をハード磁性層のそれに比べて十分大きくすることにより、セルの磁化反転磁界の低減を図ることができる。
またピン層も、一軸磁気異方性Kuの大きさが異なる別の二つの強磁性層とこれを分離する別の非磁性層とから構成し、別の二つの強磁性層を別の非磁性層を介して、静磁気結合してもよい。このようにするとピン層の抵抗値を主非磁性層と接する更に別の強磁性層と反強磁性層とから構成する場合に比べて、抵抗値の大きな反強磁性層を使う必要がないため、抵抗値を小さくすることができて、読み出しエネルギーを小さくすることが可能になる。
本発明によれば、実用上充分な記録情報の安定性と低消費電力性能を具備した磁性ランダムアクセスメモリセル及びこのセルを用いた磁気メモリ装置を得ることができる。特に、本発明によれば、セルサイズが0.1μm以下になった場合でも、記録情報の安定性と低消費電力性能を実現できる。
図1は、本発明の磁性ランダムアクセスメモリセルの実施の形態(左側の図)と従来の磁性ランダムアクセスメモリセル1(右側の図)の層構造を対比した関係で示す図である。本発明の実施の形態の磁性ランダムアクセスメモリセル1も従来と同様に、フリー層2と、セルにおける非磁性層(主非磁性層)3とピン層4とが積層された構造を有している。本発明のセル1では、フリー層2を、一軸磁気異方性Kuの大きさが異なる二つの強磁性層即ちソフト磁性層5及びハード磁性層7とこれを分離する非磁性層6とから構成している。そして二つの強磁性層即ちソフト磁性層5及びハード磁性層7を非磁性層6を介して静磁気結合する。なおフリー層2を構成する各層5乃至7はそれぞれ導電性を有している。またこの実施の形態では、ピン層4を、一軸磁気異方性Kuの大きさが異なる別の二つの強磁性層8及び10とこれを分離する別の非磁性層9とから構成する。ピン層4においても、二つの強磁性層8及び10は、非磁性層9を介して静磁気結合している。
図2及び図3を用いて、詳しく説明する。一軸磁気異方性Ku、飽和磁化Ms、体積Vの単磁区磁性体の場合には、その磁化反転磁界Hswtは2Ku/Msとなり、磁化方位の熱安定性の指標となるエネルギー障壁ΔEはKuVで与えられる。これに対して図2に示すように、本発明で用いるフリー層2は、磁気異方性が小さく(Ku1<104 erg/cm3) 飽和磁化の大きな(M1>1.7 T)ソフト磁性層5(膜厚t1)即ち一方の強磁性層と一軸磁気異方性が強く(104 erg/cm3<Ku2<107 erg/cm3)、高い熱安定性を示すハード磁性層(膜厚t1,飽和磁化M2)即ち他方の強磁性層とを、非磁性層(膜厚tN)で分離した構造を有する。ソフト磁性層5を構成する強磁性層は、飽和磁化が大きく、結晶学的な磁気異方性の小さなソフト磁性体(NiFe,FeCoなど)により形成されている。このソフト磁性層5は、ハード磁性層7よりも大きな浮遊磁界を形成する。またハード磁性層7は、1.0 t程度の比較的小さな飽和磁化を有し、結晶学的な一軸磁気異方性が強い磁性体(CoPt,FePtなど)により形成されている。ハード磁性層7は、ソフト磁性層5よりも小さな浮遊磁界を形成する。非磁性金属層からなる非磁性層6は、膜厚tNが2 nm<tN<500 nmを満たしている。この非磁性層6を介したソフト磁性層5とハード磁性層7との間の交換結合力はA<10-3 erg/cm2 (A: 交換スティフネス定数)である。なお、ソフト磁性層5とハード磁性層7の磁化容易軸Ku1,Ku2の方向は一致しているものとする。また、M1t1>M2t2を満たすようにソフト磁性層5およびハード磁性層7の飽和磁化及び膜厚は定められている。
またセル1の非磁性層(主非磁性層)3は、TMRの場合にはAl2O3、GMRの場合にはCuから形成されている。更に、セル1のピン層4の強磁性層8及び10は、結晶学的な一軸磁気異方性の強いハード磁性材料(CoPt,FePtなど)で形成されている。非磁性層9の膜厚tNは2 nm<tN<500 nmを満たし、非磁性層9を介した二つの強磁性層8及び10間の交換結合力はA<10-3 erg/cm2 (A: 交換スティフネス定数)である。なお二つの強磁性層8及び10の一軸磁気異方性Kuは共に大きく、実質の飽和磁化Msは0になっている。強磁性層8及び10には、同じ膜厚の同種材料を選択しており、非磁性金属層としての非磁性層9を介して両者は静磁気結合しており、ピン層4の浮遊磁界は零にしてある。このようにすると、静磁気結合によるハード磁性化を実現することができるため、従来の構造のように、反強磁性体によるピン止めを用いた素子(セル)に比べて、より高温での動作が可能になる。
詳細な数値解析結果からは、理想的な動作特性を実現し得る層構成の一例として、M1 = 2.2×104 Gauss,M2 = 0.9×104 Gauss,Ku1=103 erg/cm3,Ku2=2×105 erg/cm3,t1 = 15 nm,t2 = 1.5 nm,tn = 10 nmがあげられる。
本実施の形態では、3層構造のフリー層2を等方的なセル形状(図2に示すような正方形セル)に加工してある。図2及び図3に示すように、パターン端部の磁極表出に起因する静磁気相互作用により、ソフト磁性層5とハード磁性層7の磁化M1とM2は、反並行配置(θ2=θ1+π)が残留磁化状態(零磁界状態)で安定となる。なお両磁性層5及び7の静磁結合エネルギーは、Δθ=θ1−θ2=πで最小、Δθ=0で最大となる。ここで、ソフト磁性層の磁化M1と逆向きの外部磁界Hexを印加すると、ソフト磁性層5の磁化反転に伴いΔθがπから減少し、静磁結合エネルギーが増大する。さらにΔθ<π/2(ソフト磁性層5の磁化反転)となると、ハード磁性層7にはその磁化M2とは逆向きの(ソフト磁性層5による)浮遊磁界が加わることにより、ハード磁性層7の磁化M 2 がKu2L2t2のエネルギー障壁を越えて反転する。その結果、ソフト磁性層5とハード磁性層7の磁化M 1 及びM 2 が反並行配置を保持したまま、各々の磁化が連動して反転する。この反転過程では、ソフト磁性層5の磁化M1は外部磁界により、ハード磁性層7の磁化M2はソフト磁性層5の磁化反転に伴う浮遊磁界極性の変化により反転する。このため、系の反転磁界強度は、ソフト磁性層5の低保磁力特性を反映したものとなる。また、磁化反転時のエネルギー障壁ΔEは、ハード磁性層7の一軸磁気異方性エネルギーKu2L2t2と、Δθの減少に伴う静磁気結合エネルギーの増加分を合計したものになる。後者の静磁気結合エネルギーは、ソフト磁性層7の磁化反転時にΔθがπより減少することにより増大する項であり、これが本発明のセルのエネルギー障壁ΔEの増加、すなわち熱安定性増大効果を生み出している。
図4は、本発明の他の実施の形態の磁性ランダムアクセスメモリ(MRAM)セル1の層構造を示す図である。この実施の形態では、ピン層4として図1の従来の構造と同様に強磁性層8と反強磁性層11とからなる構成を採用している。ここで反強磁性層11はFeMn,IrMn等により形成されている。
磁性ランダムアクセスメモリ(MRAM)の記憶セルとして用いられるスピンバルブ素子および磁気抵抗素子の磁気フリー層を本発明で用いる静磁結合膜セル1で置換すれば、従来の単一磁性層を磁気フリー層に用いた記憶セルに対して同等の熱安定性を確保しながら、磁化反転磁界を50%以上低減させることができる。具体的な静磁気結合膜セルの計算機による動作シミュレーション結果を以下に説明する。
MRAMの高記録密度化において解決すべき重要な問題点は、セル微細化に伴うスイッチング磁界の増大と熱安定性の劣化(双安定状態間のエネルギー障壁の低下)である。体積V、飽和磁化Ms、一軸磁気異方性Kuを有する単磁区粒子の場合、スイッチング磁界はHswt=2Ku/Ms,エネルギー障壁はΔE=KuVで与えられる。したがって、MRAMセルの微細化(体積の減少)にしたがって一軸磁気異方性Kuを大きくしなければならないが、これは磁化反転磁界Hswtの増大を引き起こす。セルサイズが0.1μm程度に近づくにつれて、これらの相反要求を満たすことが可能なセル形状および材料の最適解を見つけることが不可能になりつつある。
そこで本発明では、飽和磁化Msが大きく一軸磁気異方性Kuが小さなソフト磁性層5(小さな磁界でスイッチング可能)と、一軸磁気異方性Kuが大きく熱安定性の大きなハード磁性層7を静磁気結合させた「機能分担型フリー層」を提案する。「ソフト磁性層5の低スイッチング磁界特性」と「ハード磁性層7の高い熱安定性」の両者の長所を併せ持つ新しい機能性材料が、両磁性層間の静磁気結合力を最適化することにより実現可能かどうかを以下にシミュレーションした。
計算モデルは図2に示すとおりである。飽和磁化M1、膜厚t1のソフト磁性層5と飽和磁化M2,膜厚t2のハード磁性層7を膜厚tNの非磁性層6で分離した構造を有する。セル形状は0.1μm角の正方パターンとする。各磁性層5及び7は単磁区とし、磁化M 1 及びM 2 は膜面内(x−y面内)のみで回転する。ソフト磁性層5およびハード磁性層7は、y軸を容易軸とし、大きさがそれぞれKu1およびKu2の一軸磁気異方性を有する。磁化M1およびM2と+y軸とのなす角をそれぞれθ1およびθ2とし、(θ1=0,θ2=π)を初期状態とする(静磁気結合により反並行配置が安定化)。このような系に対し、ソフト磁性層5の磁化M 2 とは逆向き、すなわち−y方向に外部磁界Hexを印加した際、系全体でのエネルギー(ゼーマンエネルギーEz、磁気異方性エネルギーEk、隣接磁性層の浮遊磁界による静磁エネルギーEdの和)が極小となるようにθ1およびθ2を求め、静磁結合膜パターンの磁化反転特性を調べた。
図5に記載した材料定数を仮定して計算したソフト磁性層5およびハード磁性層7それぞれの磁化曲線を示す。ただし、M1t1>M2t2を満たすよう、すなわちソフト磁性層5の浮遊磁界強度がハード磁性層7よりも大きくなるように設定している。これを見ると、ソフト磁性層磁化の回転に同期してハード磁性層磁化が逆向きに回転し、約−14 Oeでソフト磁性層5の磁化反転と同時にハード磁性層7も逆向きに反転している様子がわかる。その結果、ソフト磁性層5とハード磁性層7の磁化は、外部磁界により反平行状態を保持しつつ、その向きだけが反転する。静磁結合膜パターンをフリー層2とするMRAMでは、この2種類の反平行結合状態をデジタル情報に対応させる。
図6は、上からソフト磁性層5、ハード磁性層7、および系全体のエネルギーが磁化反転時にどのように変化するかを示したものである。まず、ソフト磁性層5において磁化反転時に増加するエネルギー項を見ると、ハード磁性層7のフリンジ磁界による静磁エネルギーの増加が、エネルギー障壁ΔEの大半を占めている。これに対し、ハード磁性層7の場合には、ソフト磁性層5のフリンジ磁界による静磁エネルギーの増加分に一軸磁気異方性エネルギーの寄与を加えたものになる。その結果、系全体ではハード磁性層7の磁化容易軸Ku2に起因する一軸磁気異方性エネルギーだけではなく、フリンジ磁界による静磁エネルギーの変化分もエネルギー障壁の形成に寄与しており、熱安定性の向上が期待される。特に後者の寄与は、磁化反転時にΔθ=θ1−θ2がπよりも小さくなることによって発生することから、ソフト磁性層5とハード磁性層7の静磁気結合力の大きさに大きく依存する。結合力が大きすぎると、Δθ=πを保ったまま反転するため、静磁気結合によるエネルギー障壁の増大効果が消滅する。したがって、2つの磁性層5及び7をRuなどの非常に薄い金属膜で分離した人工フェリ磁性体などの場合、両磁性層5及び7の結合力が非常に強いため、静磁結合によるエネルギー障壁ΔEの増大効果は見込めない。
図7は、ハード磁性層磁化M2の異なる系について計算したHcとエネルギー障壁ΔEの関係を示したものである。MRAM応用では、Hcは20 Oe程度、ΔE/kBtは80以上が要求される。したがって、グラフの傾きが小さいほどスイッチング磁界が小さく、熱安定性が高い材料であることを示している。図中破線で示した単層膜の結果に比べて、静磁結合膜パターンの結果はすべてグラフの傾きが小さくなっている。したがって、同程度の熱安定性を確保した場合、より小さな磁界での磁化反転が可能であることを示している。また、ハード磁性層磁化M2の減少に伴い傾きが徐々に減少を示すが、M2=0.36×104 Gaussにまで小さくするとΔEの増大(Ku2の増大)に従って急激なHcの増大が見られる。これは、M2の減少に伴うハード磁性層7の高保磁力化が顕在化したためである。したがって、ハード磁性層7の飽和磁化には適正強度が存在する(:以下にM2=0.9×104 Gauss固定)。
図8は、図7でもっとも良好な結果が得られたハード磁性層磁化M2=0.9×104 Gaussの場合について、ハード磁性層7の厚さt2を1.5 nm〜6 nmの範囲で変化させながら同様な計算を行ったものである。これを見ると、計算した膜厚範囲ではハード磁性層膜厚をできるだけ薄くしたほうが良好な反転特性を示すことがわかる(以下にt2=1.5 nm固定)。
図9は、ソフト磁性層5の飽和磁化の異なる静磁結合膜パターンについて計算した磁化反転特性である。これを見ると、ソフト磁性層5にはできるだけ飽和磁化の大きなものを用いたほうがよいことがわかる。これは、静磁結合膜パターンにおいてソフト磁性層5が磁化反転のトリガー的な役割を担っており、飽和磁化の増大に伴うソフト磁性層5の低保磁力化が反映されたものと考えられる(以下にM1=2.2×104 Gauss固定)。
図10は、非磁性層3の厚さtNの異なる静磁結合膜パターンについて計算した結果である。これを見ると、1 nm〜30 nmの範囲ではほとんど磁化反転特性が非磁性層厚に依存しないことがわかる。
最後に、図11乃至図13に示すように、ソフト磁性層5とハード磁性層7の間に反平行結合を促す交換結合Aが存在する場合について同様な計算を行った。その結果、図11に示すように、交換結合の強度が10-3 erg/cm以上になるとHcが急激に増大することがわかった。反平行結合を促す層間交換結合が強い場合(人工フェリ磁性体がこれに相当)、ソフト磁性層5およびハード磁性層7が同時に反転(Δθ=θ1−θ2=πを保持したまま反転)しようとするため、ハード磁性層7の反転特性が系全体の磁化反転機構に反映される。これに対し、層間結合力が弱い(10-3 erg/cm以下)場合には、ソフト磁性層5がハード磁性層7よりも先に反転することにより、ソフト磁性層5のフリンジ磁界がハード磁性層7の反転を促進、その結果反転磁界が低減される。
以上の結果、ソフト磁性層5とハード磁性層7の反平行結合があまり強すぎると、エネルギー障壁ΔEが低くなるばかりでなく、Hcが増大してしまう。したがって、ソフト磁性層5がハード磁性層7に先行して反転を開始できる程度に層間結合力を調節することが重要となることが分かる。
次世代不揮発メモリデバイスとして、ナノ秒程度の高速動作が可能なMRAM(Magnetic RAM)の研究が盛んに行われている。MRAMセルの材料および形状は、磁化反転磁界Hswtの低減と熱情乱に対する情報安定性(ポテンシャル障壁ΔE)の確保という相反要求を満足するように設計されなければならない。セルの双方向安定性を形状磁気異方性により実現する場合、ΔEはセル膜厚tの2乗に、Hswtは1/tにそれぞれ比例する。このため、70nm以下のMRAMセルでは、上記の相反要求を満足するセル設計が非常に困難になると考えられている。そこで次に、低磁界で反転可能なソフト磁性層5とΔEの大きなハード磁性層7を静磁気的に結合したナノ構造強磁性体多層膜パターンに対し、膜面垂直電流路(CPP)に対する磁気抵抗特性を詳しく調べた結果を説明する。
金属多層膜で構成されるCPP−GMR素子は、素子抵抗が著しく小さい。したがって、精確な磁気抵抗特性を調べるためには、電極抵抗をできるだけ低減しなければならない。そこで2段階イオンミリングにより図14に示すような細線クロスコンタクト構造CPP−GMR素子を作製し、電極の微細化を実現した。この方法では、上下電極細線の交差部に自己整合的にCPP pillarが形成されるため、高度な位置合わせ技術を用いずにsub−μm2スケールの多層膜パターンのMR特性が測定できる。なお図14に示すような直流四端子法により素子の磁気抵抗測定を行った。
図15および図16にパタンサイズS=0.4×0.4μm2および0.4×2.0μm2、層構成[Co(10nm)/Cu(4nm)/Co(2nm)/Cu(10nm)]3のMR曲線を示す。図15に示した素子抵抗の大きさは、各層のバルク抵抗および界面抵抗から計算した多層膜の抵抗とほぼ一致しており、電極抵抗の影響なく測定できていると考えられる。このとき、25.7%と比較的大きなMR変化率が得られた。また、図中矢印で示す箇所でMR曲線が不連続に変化している様子がわかる。これは、各磁性層の磁化反転にともない他の磁性層が受けるフリンジ磁界が変化し、各層の見かけ上の磁化反転磁界が変化したことに起因すると考えられる。図16では、MR下降部において6段階の不連続変化が見られる。マイクロマグネティックスシミュレーションとの比較の結果、これはt=10nmのCo層の反転過程において、層間の静磁的結合を反映した準安定状態が形成されたためと考えられる。次にCoに比べ保磁力が低いNiFeを磁性層として用いた試料のMR曲線を図17に示す。磁化反転磁界Hswtは1桁程度低減された一方、素子抵抗の増加を反映してMR変化率は小さくなった。
日本の基幹産業の一つである半導体デバイス産業は、その主力製品であるDRAMがすでに性能限界に達しようとしており、付加価値を有する新たな機能デバイスを模索している。低スイッチング・高情報安定性を有する機能分担型強磁性複合膜をMRAMの記憶セル材料に用いることにより、Gbit/cm2級の超高記憶密度が実現可能となる。これにより、広大な市場規模を有する半導体メモリ(DRAM:揮発メモリ)を磁性ランダムアクセスメモリ(MRAM:不揮発メモリ)で置き換えることが可能となる。特に、不揮発メモリの記憶密度向上にはセルサイズの縮小が不可欠であるが、この観点からも極微記憶セルにおいて、記録情報の安定性と動作消費電力の低減を達成しうる本発明の産業上の利用可能性は高い。
1 セル
2 フリー層
3 非磁性層
4 ピン層
5 ソフト磁性層
6 非磁性層
7 ハード非磁性層
8 強磁性層
9 非磁性層
10 強磁性層
11 反強磁性層
2 フリー層
3 非磁性層
4 ピン層
5 ソフト磁性層
6 非磁性層
7 ハード非磁性層
8 強磁性層
9 非磁性層
10 強磁性層
11 反強磁性層
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