JP2005102623A - 統合失調症関連タンパク質及びそれをコードする遺伝子 - Google Patents
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Abstract
【課題】 統合失調症関連タンパク質及び該タンパク質をコードする遺伝子、統合失調症関連タンパク質をコードする遺伝子の脳内発現レベルを指標とした、統合失調症又は統合失調症様異常の診断方法及び診断用キット、統合失調症関連タンパク質をコードする遺伝子の発現レベル低減効果を指標とした、統合失調症又は統合失調症様異常の予防・治療物質のスクリーニング方法及びスクリーニング用キットを提供する。
【解決手段】 統合失調症関連タンパク質として、複数のアミノ酸配列からなるタンパク質、あるいは、複数のアミノ酸配列において1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列からなり、かつ基礎的な脳内発現レベルが発達依存的に減少するタンパク質を提供する。
【選択図】 なし
【解決手段】 統合失調症関連タンパク質として、複数のアミノ酸配列からなるタンパク質、あるいは、複数のアミノ酸配列において1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列からなり、かつ基礎的な脳内発現レベルが発達依存的に減少するタンパク質を提供する。
【選択図】 なし
Description
本発明は、統合失調症関連タンパク質、該タンパク質をコードする遺伝子、該遺伝子を含む組換えベクター、該組換えベクターを含む形質転換体、上記タンパク質に対する抗体又はその断片、上記遺伝子の脳内発現レベルを指標とした統合失調症又は統合失調症様異常の診断方法及び診断用キット、並びに上記遺伝子の脳内発現レベル低減効果を指標とした統合失調症又は統合失調症様異常の予防・治療物質のスクリーニング方法及びスクリーニング用キットに関する。
ヒトを含む哺乳動物の脳は極めて多岐にわたる高次機能を発揮し、各機能は特有の発達・成熟と加齢変化を遂げる。したがって、種々の脳機能は、それぞれに特異的で独自の発達パターンを有する神経回路網(神経情報処理システム)によって支えられていると推測される。統合失調症(精神分裂病)、気分障害、不安障害等の精神疾患では、特定の神経情報処理システムに異常が生じ、その生理機能に対応した独特な精神症状が出現すると考えられる。各システムは複雑な分子カスケードから構成されると考えられるので、現時点では一つのカテゴリーに分類されている精神疾患も、原因の異なる極めて多くの疾患から成り立っている可能性が高い。実際、筋ジストロフィー症では分子レベルの解明が進むにしたがって、たとえ臨床所見や病理所見が酷似していても、原因となる分子異常が複数種類存在する実例が見つかっている。
統合失調症が思春期以降に発症する現象は、神経情報処理システムの発達から見ると、次のような仮説による説明が可能である(非特許文献1)。統合失調症で異常を示す情報処理システムは、正常な状態では、生後発達を続け思春期頃に成熟した後機能し始める。発達の過程では生理的機能をほとんど持たないか、個体の精神活動に大きく影響するような機能は発揮していない。発達過程や機能の開始及び維持に関与する分子に異常が生じると、この情報処理システムは誤作動を起こして統合失調症症状が出現する。ただし、発達過程が異常な場合でも機能開始が思春期頃なので、それまで臨床的な問題は生じず、そのシステムの機能が必須となる思春期以降に精神症状として顕在化する。
統合失調症様症状を引き起こす薬物(統合失調症様症状発現薬)としては、アンフェタミン、メタンフェタミン等の覚せい剤;コカイン等のドーパミン作動薬;フェンサイクリジン、ケタミン等のNMDA型グルタミン酸受容体遮断薬が知られている(非特許文献2)。これらの薬物が統合失調症と酷似した症状を引き起こすのは、直接的又は間接的に、統合失調症で障害される情報処理システムに異常を引き起こすことによる可能性が高い。また、実験動物に統合失調症様症状発現薬を投与すると、ヒトで見られる精神症状と同様の薬理学的反応をもつ異常行動が認められる(非特許文献2)。この事実は、実験動物の脳にも、ある種の統合失調症で異常を呈する情報処理システムと基本的な部分では類似したシステムが存在し、動物を使って研究する意義があることを示唆している(非特許文献2)。
これまでに十分な臨床データが蓄積されたとはいえないが、小児期までは統合失調症様症状発現薬が統合失調症と類似した症状を発現させ難い。このことは、小児期には、薬物によって異常が生じると統合失調症と類似した症状に結びつくような情報処理システムが存在しないことを意味しており、統合失調症症状に関係する情報処理システムが思春期頃まで機能的に成熟していないという仮説に一致している(非特許文献1)。この仮説に従えば、統合失調症症状の原因となる異常をもつ情報処理システムを構成している分子は、統合失調症様症状発現薬に対して、思春期以降に特異的応答を示すようになる可能性がある(非特許文献1)。
実験動物においても、統合失調症モデルとみなされる覚せい剤誘発性の行動異常は、一定の発達時期以降に出現する。したがって、統合失調症様症状発現薬によって生じる脳内の情報処理異常は発達に伴って変化し、一定の発達時期から成熟したパターンを示すはずである。この時期は、動物の思春期と一致しなくとも、ヒトにおける統合失調症の発症時期と同様の意義をもつと考えられる(非特許文献1)。
したがって、統合失調症様症状発現薬に対し発達依存的に応答を獲得する遺伝子を探索することにより、統合失調症関連遺伝子を同定することができると考えられる(非特許文献3)。
西川 徹等, 「精神科治療学」, 1997年, 第12巻, p.617-623 西川 徹,精神医学レビュー 別巻「21世紀に向けて精神分裂病を考える」(融 道男・大森 健一 編), 1994年, p.26-37 西川 徹, 「精神神経学雑誌」, 2002年, 第104巻, 第6号, p.487-492
西川 徹等, 「精神科治療学」, 1997年, 第12巻, p.617-623 西川 徹,精神医学レビュー 別巻「21世紀に向けて精神分裂病を考える」(融 道男・大森 健一 編), 1994年, p.26-37 西川 徹, 「精神神経学雑誌」, 2002年, 第104巻, 第6号, p.487-492
本発明は、第一に、統合失調症関連タンパク質、該タンパク質をコードする遺伝子、該遺伝子を含む組換えベクター、該組換えベクターを含む形質転換体、及び上記タンパク質に対する抗体又はその断片を提供することを目的とする。
また、本発明は、第二に、統合失調症関連タンパク質をコードする遺伝子の脳内発現レベルを指標とした、統合失調症又は統合失調症様異常の診断方法及び診断用キットを提供することを目的とする。
さらに、本発明は、第三に、統合失調症関連タンパク質をコードする遺伝子の発現レベル低減効果を指標とした、統合失調症又は統合失調症様異常の予防・治療物質のスクリーニング方法及びスクリーニング用キットを提供することを目的とする。
また、本発明は、第二に、統合失調症関連タンパク質をコードする遺伝子の脳内発現レベルを指標とした、統合失調症又は統合失調症様異常の診断方法及び診断用キットを提供することを目的とする。
さらに、本発明は、第三に、統合失調症関連タンパク質をコードする遺伝子の発現レベル低減効果を指標とした、統合失調症又は統合失調症様異常の予防・治療物質のスクリーニング方法及びスクリーニング用キットを提供することを目的とする。
上記目的を達成するために、本発明は、以下のタンパク質、遺伝子、組換えベクター、形質転換体、抗体又はその断片、診断方法及び診断用キット、並びにスクリーニング方法及びスクリーニング用キットを提供する。
(1)下記(a)、(b)、(c)又は(d)に示すタンパク質。
(a)配列番号2又は6記載のアミノ酸配列からなるタンパク質
(b)配列番号2又は6記載のアミノ酸配列において1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列からなり、かつ基礎的な脳内発現レベルが発達依存的に減少するタンパク質
(c)配列番号4又は8記載のアミノ酸配列からなるタンパク質
(d)配列番号4又は8記載のアミノ酸配列において1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列からなり、かつ基礎的な脳内発現レベルが発達依存的に減少するタンパク質
(2)前記(b)又は(d)に示すタンパク質が、N末端側から順にPDZドメイン及びPXドメインを有するタンパク質である前記(1)記載のタンパク質。
(3)前記(d)に示すタンパク質が、統合失調症様異常を引き起こす薬物の投与により脳内発現レベルが発達依存的に亢進するタンパク質である前記(1)記載のタンパク質。
(4)前記(1)〜(3)のいずれかに記載のタンパク質をコードする遺伝子。
(5)下記(e)又は(f)に示すDNAを含む前記(4)記載の遺伝子。
(e)配列番号1、3、5又は7記載の塩基配列のうち、それぞれ225〜1847番目、225〜1808番目、121〜1737番目又は121〜1698番目の塩基配列からなるDNA
(f)前記(e)に示すDNAと相補的なDNAにストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNA
(6)前記(4)又は(5)記載の遺伝子を含む組換えベクター。
(7)前記(6)記載の組換えベクターを含む形質転換体。
(8)前記(1)〜(3)のいずれかに記載のタンパク質に反応し得る抗体又はその断片。
(9)被験動物から採取した脳検体における前記(c)又は(d)に示すタンパク質をコードする遺伝子の発現レベルを指標として、前記被験動物が統合失調症に罹患しているか又は統合失調症モデルとしての異常を呈しているかを診断する工程を含む、統合失調症又は統合失調症様異常の診断方法。
(10)前記脳検体における前記(c)又は(d)に示すタンパク質をコードするmRNAの存在量に基づいて前記発現レベルを測定する工程を含む、前記(9)記載の診断方法。
(11)前記脳検体における前記(c)又は(d)に示すタンパク質の存在量に基づいて前記発現レベルを測定する工程を含む、前記(9)記載の診断方法。
(12)前記(c)又は(d)に示すタンパク質をコードする核酸にハイブリダイズし得るオリゴヌクレオチド又はポリヌクレオチドを含む、統合失調症又は統合失調症様異常の診断用キット。
(13)前記(c)又は(d)に示すタンパク質に反応し得る抗体又はその断片を含む、統合失調症又は統合失調症様異常の診断用キット。
(14)前記(c)又は(d)に示すタンパク質をコードする遺伝子の発現レベルが亢進している細胞又は組織に対する前記遺伝子の発現レベル低減効果を指標として、統合失調症又は統合失調症様異常に対する候補物質の予防・治療効果を判定する工程を含む、統合失調症又は統合失調症様異常の予防・治療物質のスクリーニング方法。
(15)前記(c)又は(d)に示すタンパク質をコードする核酸にハイブリダイズし得るオリゴヌクレオチド又はポリヌクレオチドを含む、統合失調症又は統合失調症様異常の予防・治療物質のスクリーニング用キット。
(16)前記(c)又は(d)に示すタンパク質に反応し得る抗体又はその断片を含む、統合失調症又は統合失調症様異常の予防・治療物質のスクリーニング用キット。
(1)下記(a)、(b)、(c)又は(d)に示すタンパク質。
(a)配列番号2又は6記載のアミノ酸配列からなるタンパク質
(b)配列番号2又は6記載のアミノ酸配列において1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列からなり、かつ基礎的な脳内発現レベルが発達依存的に減少するタンパク質
(c)配列番号4又は8記載のアミノ酸配列からなるタンパク質
(d)配列番号4又は8記載のアミノ酸配列において1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列からなり、かつ基礎的な脳内発現レベルが発達依存的に減少するタンパク質
(2)前記(b)又は(d)に示すタンパク質が、N末端側から順にPDZドメイン及びPXドメインを有するタンパク質である前記(1)記載のタンパク質。
(3)前記(d)に示すタンパク質が、統合失調症様異常を引き起こす薬物の投与により脳内発現レベルが発達依存的に亢進するタンパク質である前記(1)記載のタンパク質。
(4)前記(1)〜(3)のいずれかに記載のタンパク質をコードする遺伝子。
(5)下記(e)又は(f)に示すDNAを含む前記(4)記載の遺伝子。
(e)配列番号1、3、5又は7記載の塩基配列のうち、それぞれ225〜1847番目、225〜1808番目、121〜1737番目又は121〜1698番目の塩基配列からなるDNA
(f)前記(e)に示すDNAと相補的なDNAにストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNA
(6)前記(4)又は(5)記載の遺伝子を含む組換えベクター。
(7)前記(6)記載の組換えベクターを含む形質転換体。
(8)前記(1)〜(3)のいずれかに記載のタンパク質に反応し得る抗体又はその断片。
(9)被験動物から採取した脳検体における前記(c)又は(d)に示すタンパク質をコードする遺伝子の発現レベルを指標として、前記被験動物が統合失調症に罹患しているか又は統合失調症モデルとしての異常を呈しているかを診断する工程を含む、統合失調症又は統合失調症様異常の診断方法。
(10)前記脳検体における前記(c)又は(d)に示すタンパク質をコードするmRNAの存在量に基づいて前記発現レベルを測定する工程を含む、前記(9)記載の診断方法。
(11)前記脳検体における前記(c)又は(d)に示すタンパク質の存在量に基づいて前記発現レベルを測定する工程を含む、前記(9)記載の診断方法。
(12)前記(c)又は(d)に示すタンパク質をコードする核酸にハイブリダイズし得るオリゴヌクレオチド又はポリヌクレオチドを含む、統合失調症又は統合失調症様異常の診断用キット。
(13)前記(c)又は(d)に示すタンパク質に反応し得る抗体又はその断片を含む、統合失調症又は統合失調症様異常の診断用キット。
(14)前記(c)又は(d)に示すタンパク質をコードする遺伝子の発現レベルが亢進している細胞又は組織に対する前記遺伝子の発現レベル低減効果を指標として、統合失調症又は統合失調症様異常に対する候補物質の予防・治療効果を判定する工程を含む、統合失調症又は統合失調症様異常の予防・治療物質のスクリーニング方法。
(15)前記(c)又は(d)に示すタンパク質をコードする核酸にハイブリダイズし得るオリゴヌクレオチド又はポリヌクレオチドを含む、統合失調症又は統合失調症様異常の予防・治療物質のスクリーニング用キット。
(16)前記(c)又は(d)に示すタンパク質に反応し得る抗体又はその断片を含む、統合失調症又は統合失調症様異常の予防・治療物質のスクリーニング用キット。
本発明によれば、統合失調症関連タンパク質、該タンパク質をコードする遺伝子、該遺伝子を含む組換えベクター、該組換えベクターを含む形質転換体、及び上記タンパク質に対する抗体又はその断片が提供される。また、統合失調症関連タンパク質をコードする遺伝子の脳内発現レベルを指標とした、統合失調症又は統合失調症様異常の診断方法及び診断用キットが提供される。さらに、統合失調症関連タンパク質をコードする遺伝子の発現レベル低減効果を指標とした、統合失調症又は統合失調症様異常の予防・治療物質のスクリーニング方法及びスクリーニング用キットが提供される。
以下、本発明について詳細に説明する。
本発明のタンパク質は、下記(a)、(b)、(c)又は(d)に示すタンパク質である。
(a)配列番号2又は6記載のアミノ酸配列からなるタンパク質(以下「タンパク質(a)」という場合がある。)
(b)配列番号2又は6記載のアミノ酸配列において1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列からなり、かつ基礎的な脳内発現レベルが発達依存的に減少するタンパク質(以下「タンパク質(b)」という場合がある。)
(c)配列番号4又は8記載のアミノ酸配列からなるタンパク質(以下「タンパク質(c)」という場合がある。)
(d)配列番号4又は8記載のアミノ酸配列において1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列からなり、かつ基礎的な脳内発現レベルが発達依存的に減少するタンパク質(以下「タンパク質(d)」という場合がある。)
本発明のタンパク質は、下記(a)、(b)、(c)又は(d)に示すタンパク質である。
(a)配列番号2又は6記載のアミノ酸配列からなるタンパク質(以下「タンパク質(a)」という場合がある。)
(b)配列番号2又は6記載のアミノ酸配列において1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列からなり、かつ基礎的な脳内発現レベルが発達依存的に減少するタンパク質(以下「タンパク質(b)」という場合がある。)
(c)配列番号4又は8記載のアミノ酸配列からなるタンパク質(以下「タンパク質(c)」という場合がある。)
(d)配列番号4又は8記載のアミノ酸配列において1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列からなり、かつ基礎的な脳内発現レベルが発達依存的に減少するタンパク質(以下「タンパク質(d)」という場合がある。)
配列番号2又は4記載のアミノ酸配列からなるタンパク質は、ヒト由来のタンパク質であり、配列番号6又は8記載のアミノ酸配列からなるタンパク質は、マウス由来のタンパク質である。
タンパク質(a)に含まれる配列番号2又は6記載のアミノ酸配列からなるタンパク質は同一種類のタンパク質であり(後述する実施例では「Mrt1a」又は「Mrt1aタンパク質」という。)、タンパク質(c)に含まれる配列番号4又は8記載のアミノ酸配列からなるタンパク質はタンパク質(a)とは異なる種類のタンパク質であり(後述する実施例では「Mrt1b」又は「Mrt1bタンパク質」という。)、タンパク質(a)及び(c)はスプライシング変異体の関係にある。
タンパク質(a)に含まれる配列番号2又は6記載のアミノ酸配列からなるタンパク質は同一種類のタンパク質であり(後述する実施例では「Mrt1a」又は「Mrt1aタンパク質」という。)、タンパク質(c)に含まれる配列番号4又は8記載のアミノ酸配列からなるタンパク質はタンパク質(a)とは異なる種類のタンパク質であり(後述する実施例では「Mrt1b」又は「Mrt1bタンパク質」という。)、タンパク質(a)及び(c)はスプライシング変異体の関係にある。
タンパク質(a)及び(c)はともに、基礎的な脳内発現レベルが発達依存的に減少する。ここで、「基礎的な脳内発現レベル」とは、薬物等で処理しない状態(自然状態)における脳内発現レベルを意味し、「脳内発現レベル」には、大脳新皮質、大脳旧皮質、線条体、海馬、小脳、辺縁系前脳部、視床、視床下部、中脳、脳幹等の脳の様々な部位又は部分における発現レベルが含まれる。「発達依存的に減少する」とは、幼若期から成熟期への発達に伴い基礎的な脳内発現レベルが減少することを意味する。なお、幼若期から成熟期への移行期に達した後の基礎的な脳内発現レベルはほぼ一定である。幼若期、移行期及び成熟期は、動物の種類に応じて異なるが、ラットの幼若期は、通常、生後0〜約21日であり、ラットの成熟期は、通常、生後約35〜約42日以降であり、ヒトの幼若期は、通常、生後0〜約6年であり、ヒトの成熟期は、通常、生後約18〜約20年以降であり、ヒトの移行期には思春期が含まれ、思春期は、通常、生後約10〜約18年である。
タンパク質(a)及び(c)はともに、N末端側から順にPDZドメイン及びPXドメインを有する。ここで、PDZドメイン及びPXドメインはともにタンパク質−タンパク質相互作用を媒介する役割を果たす機能ドメインであり、配列番号2、4、6又は8記載のアミノ酸配列のうち、それぞれ45〜136番目、45〜136番目、43〜134番目又は43〜134番目のアミノ酸配列がPDZドメインに相当し、それぞれ156〜265番目、156〜265番目、154〜263番目又は154〜263番目のアミノ酸配列がPXドメインに相当する。
PDZドメインは6個のβシート及び2個のαヘリックスからなり、標的分子の短いC末端配列を認識するものが多く、クラスI結合モチーフと呼ばれ、Ser/Thr-X-Val/Leu/Ileがコンセンサス配列とされている(Songyang, Z.等, Science, 275:73-76, 1997)。また、PDZドメインは、p55の標的分子である赤血球膜タンパク質グライコフォリンC等に見られるクラスII結合モチーフ(Phe/Tyr-X-Phe/Val/Ala/Ile)にも結合する(Songyang, Z.等, Science, 275:73-76, 1997)。さらに、PDZドメインが他の分子のPDZドメインと結合する例や、同一分子内の他の機能ドメイン(例えば、グアニル酸キナーゼドメイン等)と結合する例が知られている。PDZドメインの機能としては、例えば、膜タンパク質のクラスター化、分子集積作用、膜タンパク質の輸送・エンドサイトーシスへの関与、シグナル伝達の統合・クロストーク・増幅・抑制等が挙げられる。
PXドメインはNADPHオキシダーゼのサブユニットであるp47hox及びp40phoxに保存された約140アミノ酸からなるドメインとして見出され、現在まで真核生物の170あまりのタンパク質(例えば、ホスホリパーゼD、小胞輸送を調節するNexin、細胞生存シグナルに関わるCISK、Saccharomyces cerevesiaeの膜輸送に関わるBps5、Vps17、Vam7及びMvp1、酵母の出芽を調節するBem1等)に存在することが確認されている。p47hoxのPXドメインは、3個のβシート及び4個のαヘリックスからなる。PXドメインは、イノシトールリン脂質を介する情報伝達系とSH3の関与するシグナル伝達系を結ぶ機能を有すると考えられる。
タンパク質(c)は、統合失調症様異常を引き起こす薬物の投与により脳内発現レベルが発達依存的に亢進する一方、タンパク質(a)は、統合失調症様異常を引き起こす薬物を投与しても脳内発現レベルは発達依存的に亢進しない。ここで、「統合失調症様異常」とは、統合失調症患者(ヒト)が呈する異常と類似する異常(統合失調症モデルとしての異常)を意味し、統合失調症患者(ヒト)が呈する異常としては、例えば、幻覚、妄想、精神運動興奮等が挙げられ、ヒト以外の統合失調症モデル動物が呈する異常としては、例えば、自発運動の亢進、常同運動等の行動異常が挙げられる。「統合失調症様異常を引き起こす薬物」としては、例えば、アンフェタミン、メタンフェタミン等の覚せい剤又はこれらの誘導体;コカイン、メチルフェニデイト又はこれらの誘導体等の中枢刺激薬等のドーパミン作動薬;L-DOPA、ブロモクリプチン、アポモルヒネ等が挙げられる。「投与」には、皮下投与、腹腔内投与、経口投与、皮内投与、脳室内投与等が含まれる。「発達依存的に亢進する」とは、幼若期においては当該薬物を投与しても脳内発現レベルは亢進しないが、成熟期においては当該薬物を投与すると脳内発現レベルが亢進することを意味する。
タンパク質(b)において、配列番号2又は6記載のアミノ酸配列に対して欠失、置換又は付加されるアミノ酸の個数及び位置は、基礎的な脳内発現レベルが発達依存的に減少する限り特に限定されるものではなく、その個数は1又は複数個、好ましくは1又は数個であり、その具体的な範囲は通常1〜5個、好ましくは1〜3個、さらに好ましくは1〜2個である。このとき、タンパク質(b)のアミノ酸配列は、タンパク質(a)のアミノ酸配列と通常99%以上、好ましくは99.3%以上、さらに好ましくは99.5%以上の相同性を有する。
タンパク質(b)は、タンパク質(a)と同様に、N末端側から順にPDZドメイン及びPXドメインを有することが好ましい。すなわち、配列番号2又は6記載のアミノ酸配列に対して欠失、置換又は付加されるアミノ酸の個数及び位置は、タンパク質(a)の有するPDZドメイン及びPXドメインが保持される範囲であることが好ましい。
タンパク質(d)において、配列番号4又は8記載のアミノ酸配列に対して欠失、置換又は付加されるアミノ酸の個数及び位置は、脳内発現レベルが発達依存的に減少する限り特に限定されるものではなく、その個数は1又は複数個、好ましくは1又は数個であり、その具体的な範囲は通常1〜5個、好ましくは1〜3個、さらに好ましくは1〜2個である。このとき、タンパク質(d)のアミノ酸配列は、タンパク質(c)のアミノ酸配列と通常99%以上、好ましくは99.3%以上、さらに好ましくは99.5%以上の相同性を有する。
タンパク質(d)は、タンパク質(c)と同様に、N末端側から順にPDZドメイン及びPXドメインを有することが好ましい。すなわち、配列番号4又は8記載のアミノ酸配列に対して欠失、置換又は付加されるアミノ酸の個数及び位置は、タンパク質(c)の有するPDZドメイン及びPXドメインが保持される範囲であることが好ましい。
また、タンパク質(d)は、タンパク質(c)と同様に、統合失調症様異常を引き起こす薬物の投与により脳内発現レベルが発達依存的に亢進する特性を有することが好ましい。すなわち、配列番号4又は8記載のアミノ酸配列に対して欠失、置換又は付加されるアミノ酸の個数及び位置は、統合失調症様異常を引き起こす薬物の投与により脳内発現レベルが発達依存的に亢進する特性が保持される範囲であることが好ましい。
また、タンパク質(d)は、タンパク質(c)と同様に、統合失調症様異常を引き起こす薬物の投与により脳内発現レベルが発達依存的に亢進する特性を有することが好ましい。すなわち、配列番号4又は8記載のアミノ酸配列に対して欠失、置換又は付加されるアミノ酸の個数及び位置は、統合失調症様異常を引き起こす薬物の投与により脳内発現レベルが発達依存的に亢進する特性が保持される範囲であることが好ましい。
タンパク質(b)又は(d)には、それぞれタンパク質(a)又は(c)に対して人為的に欠失、置換、付加等の変異を導入したタンパク質の他、欠失、置換、付加等の変異が導入された状態で天然に存在するタンパク質や、それに対して人為的に欠失、置換、付加等の変異を導入したタンパク質も含まれる。欠失、置換、付加等の変異が導入された状態で天然に存在するタンパク質としては、例えば、ヒトを含む哺乳動物(例えば、ヒト、サル、ウシ、ヒツジ、ヤギ、ウマ、ブタ、ウサギ、イヌ、ネコ、マウス、ラット等)由来のタンパク質(これらの哺乳動物において多型によって生じ得るタンパク質を含む。)が挙げられる。
タンパク質(a)、(b)、(c)又は(d)には、糖鎖が付加されたタンパク質及び糖鎖が付加されていないタンパク質のいずれもが含まれる。タンパク質に付加される糖鎖の種類、位置等は、タンパク質の製造の際に使用される宿主細胞の種類によって異なるが、糖鎖が付加されたタンパク質には、いずれの宿主細胞を用いて得られるタンパク質も含まれる。また、タンパク質(a)、(b)、(c)又は(d)には、その医薬的に許容される塩も含まれる。
タンパク質(a)、(b)、(c)又は(d)をコードする遺伝子は、例えば、哺乳動物の脳、心臓、肺、脾臓、肝臓、小腸、精巣、腎臓等の組織から抽出したmRNAを用いてcDNAライブラリーを作製し、配列番号1、3、5又は7記載の塩基配列に基づいて合成したプローブを用いて、cDNAライブラリーから目的のDNAを含むクローンをスクリーニングすることにより得られる。以下、cDNAライブラリーの作製、及び目的のDNAを含むクローンのスクリーニングの各工程について説明する。
〔cDNAライブラリーの作製〕
cDNAライブラリーを作製する際には、例えば、哺乳動物の脳、心臓、肺、脾臓、肝臓、小腸、精巣、腎臓等の組織から全RNAを得た後、オリゴdT−セルロースやポリU−セファロース等を用いたアフィニティーカラム法、バッチ法等によりポリ(A+)RNA(mRNA)を得る。この際、ショ糖密度勾配遠心法等によりポリ(A+)RNA(mRNA)を分画してもよい。次いで、得られたmRNAを鋳型として、オリゴdTプライマー及び逆転写酵素を用いて一本鎖cDNAを合成した後、該一本鎖cDNAから二本鎖cDNAを合成する。このようにして得られた二本鎖cDNAを適当なクローニングベクターに組み込んで組換えベクターを作製し、該組換えベクターを用いて大腸菌等の宿主細胞を形質転換し、テトラサイクリン耐性、アンピシリン耐性を指標として形質転換体を選択することにより、cDNAのライブラリーが得られる。cDNAライブラリーを作製するためのクローニングベクターは、宿主細胞中で自立複製できるものであればよく、例えば、ファージベクター、プラスミドベクター等を使用できる。宿主細胞としては、例えば、大腸菌(Escherichia coli)等を使用できる。
cDNAライブラリーを作製する際には、例えば、哺乳動物の脳、心臓、肺、脾臓、肝臓、小腸、精巣、腎臓等の組織から全RNAを得た後、オリゴdT−セルロースやポリU−セファロース等を用いたアフィニティーカラム法、バッチ法等によりポリ(A+)RNA(mRNA)を得る。この際、ショ糖密度勾配遠心法等によりポリ(A+)RNA(mRNA)を分画してもよい。次いで、得られたmRNAを鋳型として、オリゴdTプライマー及び逆転写酵素を用いて一本鎖cDNAを合成した後、該一本鎖cDNAから二本鎖cDNAを合成する。このようにして得られた二本鎖cDNAを適当なクローニングベクターに組み込んで組換えベクターを作製し、該組換えベクターを用いて大腸菌等の宿主細胞を形質転換し、テトラサイクリン耐性、アンピシリン耐性を指標として形質転換体を選択することにより、cDNAのライブラリーが得られる。cDNAライブラリーを作製するためのクローニングベクターは、宿主細胞中で自立複製できるものであればよく、例えば、ファージベクター、プラスミドベクター等を使用できる。宿主細胞としては、例えば、大腸菌(Escherichia coli)等を使用できる。
大腸菌等の宿主細胞の形質転換は、塩化カルシウム、塩化マグネシウム又は塩化ルビジウムを共存させて調製したコンピテント細胞に、組換えベクターを加える方法等により行うことができる。ベクターとしてプラスミドを用いる場合は、テトラサイクリン、アンピシリン等の薬剤耐性遺伝子を含有させておくことが好ましい。
cDNAライブラリーの作製にあたっては、市販のキット、例えば、SuperScript Plasmid System for cDNA Synthesis and Plasmid Cloning(Gibco BRL社製)、ZAP-cDNA Synthesis Kit(ストラタジーン社製)等を使用できる。
〔目的のDNAを含むクローンのスクリーニング〕
cDNAライブラリーから目的のDNAを含むクローンをスクリーニングする際には、配列番号1、3、5又は7記載の塩基配列に基づいてプライマーを合成し、これを用いてポリメラーゼ連鎖反応(PCR)を行い、PCR増幅断片を得る。PCR増幅断片は、適当なプラスミドベクターを用いてサブクローニングしてもよい。PCRに使用するプライマーセットは特に限定されるものではなく、配列番号1、3、5又は7記載の塩基配列に基づいて設計できる。
cDNAライブラリーから目的のDNAを含むクローンをスクリーニングする際には、配列番号1、3、5又は7記載の塩基配列に基づいてプライマーを合成し、これを用いてポリメラーゼ連鎖反応(PCR)を行い、PCR増幅断片を得る。PCR増幅断片は、適当なプラスミドベクターを用いてサブクローニングしてもよい。PCRに使用するプライマーセットは特に限定されるものではなく、配列番号1、3、5又は7記載の塩基配列に基づいて設計できる。
cDNAライブラリーに対して、PCR増幅断片をプローブとしてコロニーハイブリダイゼーション又はプラークハイブリダイゼーションを行うことにより、目的のDNAが得られる。プローブとしては、PCR増幅断片をアイソトープ(例えば、32P、35S)、ビオチン、ジゴキシゲニン、アルカリホスファターゼ等で標識したものを使用できる。目的のDNAを含むクローンは、抗体を用いたイムノスクリーニング等の発現スクリーニングによっても得ることができる。
取得されたDNAの塩基配列は、該DNA断片をそのまま、又は適当な制限酵素等で切断した後、常法によりベクターに組み込み、通常用いられる塩基配列解析方法、例えば、マキサム−ギルバートの化学修飾法、ジデオキシヌクレオチド鎖終結法を用いて決定できる。塩基配列解析の際には、通常、373A DNAシークエンサー(Perkin Elmer社製)等の塩基配列分析装置が用いられる。
タンパク質(a)、(b)、(c)又は(d)をコードする遺伝子は、オープンリーディングフレームとその3'末端に位置する終止コドンとを含む。また、タンパク質(a)、(b)、(c)又は(d)をコードする遺伝子は、オープンリーディングフレームの5'末端及び/又は3'末端に非翻訳領域(UTR)を含むことができる。
配列番号2記載のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子としては、例えば、配列番号1記載の塩基配列のうち225〜1847番目の塩基配列からなるDNAを含む遺伝子が挙げられる。ここで、配列番号1記載の塩基配列のうち、オープンリーディングフレームは225〜1847番目の塩基配列に位置し、翻訳開始コドンは225〜227番目の塩基配列に位置し、終止コドンは1848〜1850番目の塩基配列に位置する。配列番号2記載のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子の塩基配列は、当該タンパク質をコードする限り特に限定されるものではなく、オープンリーディングフレームの塩基配列は、配列番号1記載の塩基配列のうち225〜1847番目の塩基配列に限定されるものではない。
配列番号4記載のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子としては、例えば、配列番号3記載の塩基配列のうち225〜1808番目の塩基配列からなるDNAを含む遺伝子が挙げられる。ここで、配列番号3記載の塩基配列のうち、オープンリーディングフレームは225〜1808番目の塩基配列に位置し、翻訳開始コドンは225〜227番目の塩基配列に位置し、終止コドンは1809〜1811番目の塩基配列に位置する。配列番号4記載のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子の塩基配列は、当該タンパク質をコードする限り特に限定されるものではなく、オープンリーディングフレームの塩基配列は、配列番号3記載の塩基配列のうち225〜1808番目の塩基配列に限定されるものではない。
配列番号6記載のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子としては、例えば、配列番号5記載の塩基配列のうち121〜1737番目の塩基配列からなるDNAを含む遺伝子が挙げられる。ここで、配列番号5記載の塩基配列のうち、オープンリーディングフレームは121〜1737番目の塩基配列に位置し、翻訳開始コドンは121〜123番目の塩基配列に位置し、終止コドンは1738〜1740番目の塩基配列に位置する。配列番号6記載のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子の塩基配列は、当該タンパク質をコードする限り特に限定されるものではなく、オープンリーディングフレームの塩基配列は、配列番号5記載の塩基配列のうち121〜1737番目の塩基配列に限定されるものではない。
配列番号8記載のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子としては、例えば、配列番号7記載の塩基配列のうち121〜1698番目の塩基配列からなるDNAを含む遺伝子が挙げられる。ここで、配列番号7記載の塩基配列のうち、オープンリーディングフレームは121〜1698番目の塩基配列に位置し、翻訳開始コドンは121〜123番目の塩基配列に位置し、終止コドンは1699〜1701番目の塩基配列に位置する。配列番号8記載のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子の塩基配列は、当該タンパク質をコードする限り特に限定されるものではなく、オープンリーディングフレームの塩基配列は、配列番号7記載の塩基配列のうち121〜1698番目の塩基配列に限定されるものではない。
タンパク質(a)、(b)、(c)又は(d)をコードする遺伝子は、その塩基配列に従って化学合成により得ることもできる。DNAの化学合成は、市販のDNA合成機、例えば、チオホスファイト法を利用したDNA合成機(島津製作所社製)、フォスフォアミダイト法を利用したDNA合成機(パーキン・エルマー社製)を用いて行うことができる。
タンパク質(b)又は(d)をコードする遺伝子としては、例えば、配列番号1、3、5又は7記載の塩基配列のうち、それぞれ225〜1847番目、225〜1808番目、121〜1737番目又は121〜1698番目の塩基配列からなるDNAと相補的なDNAにストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAを含む遺伝子が挙げられる。
「ストリンジェントな条件」としては、例えば、42℃、2×SSC及び0.1%SDSの条件、好ましくは65℃、0.1×SSC及び0.1%SDSの条件が挙げられる。
配列番号1、3、5又は7記載の塩基配列のうち、それぞれ225〜1847番目、225〜1808番目、121〜1737番目又は121〜1698番目の塩基配列からなるDNAと相補的なDNAにストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAとしては、配列番号1、3、5又は7記載の塩基配列のうち、それぞれ225〜1847番目、225〜1808番目、121〜1737番目又は121〜1698番目の塩基配列からなるDNAと少なくとも95%以上、好ましくは97%以上、さらに好ましくは98%以上の相同性を有するDNAが挙げられる。
タンパク質(b)又は(d)をコードする遺伝子は、それぞれタンパク質(a)又は(c)をコードする遺伝子に、部位特異的変異誘発法等の公知の方法を用いて人為的に変異を導入することにより得ることもできる。変異の導入は、例えば、変異導入用キット、例えば、Mutant-K(TAKARA社製)、Mutant-G(TAKARA社製)、TAKARA社のLA PCR in vitro Mutagenesis シリーズキットを用いて行うことができる。また、塩基配列が既に決定されている遺伝子については、その塩基配列に従って化学合成することにより得ることができる。
タンパク質(a)、(b)、(c)又は(d)は、例えば、以下の工程に従って、それぞれのタンパク質をコードする遺伝子を宿主細胞中で発現させることにより製造できる。
〔組換えベクター及び形質転換体の作製〕
組換えベクターを作製する際には、目的とするタンパク質のコード領域を含む適当な長さのDNA断片を調製する。また、目的とするタンパク質のコード領域の塩基配列を、宿主細胞における発現に最適なコドンとなるように、塩基を置換したDNAを調製する。
〔組換えベクター及び形質転換体の作製〕
組換えベクターを作製する際には、目的とするタンパク質のコード領域を含む適当な長さのDNA断片を調製する。また、目的とするタンパク質のコード領域の塩基配列を、宿主細胞における発現に最適なコドンとなるように、塩基を置換したDNAを調製する。
このDNA断片を適当な発現ベクターのプロモーターの下流に挿入することにより組換えベクターを作製し、該組換えベクターを適当な宿主細胞に導入することにより、目的とするタンパク質を生産し得る形質転換体が得られる。上記DNA断片は、その機能が発揮されるようにベクターに組み込まれることが必要であり、ベクターは、プロモーターの他、エンハンサー等のシスエレメント、スプライシングシグナル、ポリA付加シグナル、選択マーカー(例えば、ジヒドロ葉酸還元酵素遺伝子、アンピシリン耐性遺伝子、ネオマイシン耐性遺伝子)、リボソーム結合配列(SD配列)等を含有できる。
発現ベクターとしては、宿主細胞において自立複製が可能なものであれば特に限定されず、例えば、プラスミドベクター、ファージベクター、ウイルスベクター等を使用できる。プラスミドベクターとしては、例えば、大腸菌由来のプラスミド(例えば、pRSET、pBR322、pBR325、pUC118、pUC119、pUC18、pUC19)、枯草菌由来のプラスミド(例えば、pUB110、pTP5)、酵母由来のプラスミド(例えば、YEp13、YEp24、YCp50)が挙げられ、ファージベクターとしては、例えば、λファージ(例えば、Charon4A、Charon21A、EMBL3、EMBL4、λgt10、λgt11、λZAP)が挙げられ、ウイルスベクターとしては、例えば、レトロウイルス、ワクシニアウイルス等の動物ウイルス、バキュロウイルス等の昆虫ウイルスが挙げられる。
宿主細胞としては、目的とする遺伝子を発現し得る限り、原核細胞、酵母、動物細胞、昆虫細胞、植物細胞等のいずれを使用してもよい。また、動物個体、植物個体、カイコ虫体等を使用してもよい。
細菌を宿主細胞とする場合、例えば、エッシェリヒア・コリ(Escherichia coli)等のエシェリヒア属、バチルス・ズブチリス(Bacillus subtilis)等のバチルス属、シュードモナス・プチダ(Pseudomonas putida)等のシュードモナス属、リゾビウム・メリロティ(Rhizobium meliloti)等のリゾビウム属に属する細菌を宿主細胞として使用できる。具体的には、Escherichia coli BL21、Escherichia coli XL1-Blue、Escherichia coli XL2-Blue、Escherichia coli DH1、Escherichia coli K12、Escherichia coli JM109、Escherichia coli HB101等の大腸菌や、Bacillus subtilis MI 114、Bacillus subtilis 207-21等の枯草菌を宿主細胞として使用できる。この場合のプロモーターは、大腸菌等の細菌中で発現できるものであれば特に限定されず、例えば、trpプロモーター、lacプロモーター、PLプロモーター、PRプロモーター等の大腸菌やファージ等に由来するプロモーターを使用できる。また、tacプロモーター、lacT7プロモーター、let Iプロモーターのように人為的に設計改変されたプロモーターも使用できる。
細菌への組換えベクターの導入方法としては、細菌にDNAを導入し得る方法であれば特に限定されず、例えば、カルシウムイオンを用いる方法、エレクトロポレーション法等を使用できる。
酵母を宿主細胞とする場合、サッカロミセス・セレビシエ(Saccharomycescerevisiae)、シゾサッカロミセス・ポンベ(Schizosaccharomyces pombe)、ピヒア・パストリス(Pichia pastoris)等を宿主細胞として使用できる。この場合のプロモーターは、酵母中で発現できるものであれば特に限定されず、例えば、gal1プロモーター、gal10プロモーター、ヒートショックタンパク質プロモーター、MFα1プロモーター、PHO5プロモーター、PGKプロモーター、GAPプロモーター、ADHプロモーター、AOX1プロモーター等を使用できる。
酵母への組換えベクターの導入方法は、酵母にDNAを導入し得る方法であれば特に限定されず、例えば、エレクトロポレーション法、スフェロプラスト法、酢酸リチウム法等を使用できる。
動物細胞を宿主細胞とする場合、サル細胞COS-7、Vero、チャイニーズハムスター卵巣細胞(CHO細胞)、マウスL細胞、ラットGH3、ヒトFL細胞等を宿主細胞として使用できる。この場合のプロモーターは、動物細胞中で発現できるものであれば特に限定されず、例えば、SRαプロモーター、SV40プロモーター、LTR(Long Terminal Repeat)プロモーター、CMVプロモーター、ヒトサイトメガロウイルスの初期遺伝子プロモーター等を使用できる。
動物細胞への組換えベクターの導入方法は、動物細胞にDNAを導入し得る方法であれば特に限定されず、例えば、エレクトロポレーション法、リン酸カルシウム法、リポフェクション法等を使用できる。
昆虫細胞を宿主とする場合には、Spodoptera frugiperdaの卵巣細胞、Trichoplusia niの卵巣細胞、カイコ卵巣由来の培養細胞等を宿主細胞として使用できる。Spodoptera frugiperdaの卵巣細胞としてはSf9、Sf21等、Trichoplusia niの卵巣細胞としてはHigh 5、BTI-TN-5B1-4(インビトロジェン社製)等、カイコ卵巣由来の培養細胞としてはBombyx mori N4等が挙げられる。
昆虫細胞への組換えベクターの導入方法は、昆虫細胞にDNAを導入し得る限り特に限定されず、例えば、リン酸カルシウム法、リポフェクション法、エレクトロポレーション法等を使用できる。
〔形質転換体の培養〕
目的とするタンパク質をコードするDNAを組み込んだ組換えベクターを導入した形質転換体を通常の培養方法に従って培養する。形質転換体の培養は、宿主細胞の培養に用いられる通常の方法に従って行うことができる。
目的とするタンパク質をコードするDNAを組み込んだ組換えベクターを導入した形質転換体を通常の培養方法に従って培養する。形質転換体の培養は、宿主細胞の培養に用いられる通常の方法に従って行うことができる。
大腸菌や酵母等の微生物を宿主細胞として得られた形質転換体を培養する培地としては、該微生物が資化し得る炭素源、窒素源、無機塩類等を含有し、形質転換体の培養を効率的に行える培地であれば天然培地、合成培地のいずれを使用してもよい。
炭素源としては、グルコース、フラクトース、スクロース、デンプン等の炭水化物、酢酸、プロピオン酸等の有機酸、エタノール、プロパノール等のアルコール類を使用できる。窒素源としては、アンモニア、塩化アンモニウム、硫酸アンモニウム、酢酸アンモニウム、リン酸アンモニウム等の無機酸又は有機酸のアンモニウム塩、ペプトン、肉エキス、酵母エキス、コーンスチープリカー、カゼイン加水分解物等を使用できる。無機塩としては、リン酸第一カリウム、リン酸第二カリウム、リン酸マグネシウム、硫酸マグネシウム、塩化ナトリウム、硫酸第一鉄、硫酸マンガン、硫酸銅、炭酸カルシウム等を使用できる。
大腸菌や酵母等の微生物を宿主細胞として得られた形質転換体の培養は、振盪培養又は通気攪拌培養等の好気的条件下で行う。培養温度は通常25〜37℃、培養時間は通常12〜48時間であり、培養期間中はpHを6〜8に保持する。pHの調整は、無機酸、有機酸、アルカリ溶液、尿素、炭酸カルシウム、アンモニア等を用いて行うことができる。また、培養の際、必要に応じてアンピシリン、テトラサイクリン等の抗生物質を培地に添加してもよい。
プロモーターとして誘導性のプロモーターを用いた発現ベクターで形質転換した微生物を培養するときには、必要に応じてインデューサーを培地に添加してもよい。例えば、lacプロモーターを用いた発現ベクターで形質転換した微生物を培養するときにはイソプロピル−β−D−チオガラクトピラノシド等を、trpプロモーターを用いた発現ベクターで形質転換した微生物を培養するときにはインドールアクリル酸等を培地に添加してもよい。
動物細胞を宿主細胞として得られた形質転換体を培養する培地としては、一般に使用されているRPMI1640培地、EagleのMEM培地、DMEM培地、Ham F12培地、Ham F12K培地又はこれら培地に牛胎児血清等を添加した培地等を使用できる。形質転換体の培養は、通常5%CO2存在下、37℃で3〜10日間行う。また、培養の際、必要に応じてカナマイシン、ペニシリン、ストレプトマイシン等の抗生物質を培地に添加してもよい。
昆虫細胞を宿主細胞として得られた形質転換体を培養する培地としては、一般に使用されているTNM-FH培地(ファーミンジェン社製)、Sf-900 II SFM培地(Gibco BRL社製)、ExCell400、ExCell405(JRHバイオサイエンシーズ社製)等を使用できる形質転換体の培養は、通常27℃で3〜10日間行う。また、培養の際、必要に応じてゲンタマイシン等の抗生物質を培地に添加してもよい。
目的とするタンパク質は、分泌タンパク質又は融合タンパク質として発現させることもできる。融合させるタンパク質としては、例えば、β−ガラクトシダーゼ、プロテインA、プロテインAのIgG結合領域、クロラムフェニコール・アセチルトランスフェラーゼ、ポリ(Arg)、ポリ(Glu)、プロテインG、マルトース結合タンパク質、グルタチオンS-トランスフェラーゼ、ポリヒスチジン鎖(His-tag)、Sペプチド、DNA結合タンパク質ドメイン、Tac抗原、チオレドキシン、グリーン・フルオレッセント・プロテイン等が挙げられる。
〔タンパク質の単離・精製〕
形質転換体の培養物より目的とするタンパク質を採取することにより、目的とするタンパク質が得られる。ここで、「培養物」には、培養上清、培養細胞、培養菌体、細胞又は菌体の破砕物のいずれもが含まれる。
目的とするタンパク質が形質転換体の細胞内に蓄積される場合には、培養物を遠心分離することにより、培養物中の細胞を集め、該細胞を洗浄した後に細胞を破砕して、目的とするタンパク質を抽出する。目的とするタンパク質が形質転換体の細胞外に分泌される場合には、培養上清をそのまま使用するか、遠心分離等により培養上清から細胞又は菌体を除去する。
形質転換体の培養物より目的とするタンパク質を採取することにより、目的とするタンパク質が得られる。ここで、「培養物」には、培養上清、培養細胞、培養菌体、細胞又は菌体の破砕物のいずれもが含まれる。
目的とするタンパク質が形質転換体の細胞内に蓄積される場合には、培養物を遠心分離することにより、培養物中の細胞を集め、該細胞を洗浄した後に細胞を破砕して、目的とするタンパク質を抽出する。目的とするタンパク質が形質転換体の細胞外に分泌される場合には、培養上清をそのまま使用するか、遠心分離等により培養上清から細胞又は菌体を除去する。
こうして得られるタンパク質(a)、(b)、(c)又は(d)は、溶媒抽出法、硫安等による塩析法脱塩法、有機溶媒による沈殿法、ジエチルアミノエチル(DEAE)−セファロース、イオン交換クロマトグラフィー法、疎水性クロマトグラフィー法、ゲルろ過法、アフィニティークロマトグラフィー法等により精製できる。
タンパク質(a)、(b)、(c)又は(d)は、そのアミノ酸配列に基づいて、Fmoc法(フルオレニルメチルオキシカルボニル法)、tBoc法(t−ブチルオキシカルボニル法)等の化学合成法によっても製造できる。この際、市販のペプチド合成機を使用できる。
本発明の抗体又はその断片は、タンパク質(a)、(b)、(c)又は(d)に反応し得る抗体又はその断片である。ここで、「抗体」には、モノクローナル抗体及びポリクローナル抗体のいずれもが含まれ、「モノクローナル抗体及びポリクローナル抗体」には全てのクラスのモノクローナル抗体及びポリクローナル抗体が含まれる。また、「抗体」には、ウサギ、マウス等の免疫動物にタンパク質(a)、(b)、(c)又は(d)を免疫して得られる抗血清、ヒト抗体、遺伝子組換えによって得られるヒト型化抗体も含まれる。また、「抗体の断片」には、Fab断片、F(ab)'2断片、単鎖抗体(scFv)等が含まれる。
本発明の抗体又はその断片は、タンパク質(a)、(b)、(c)又は(d)を免疫用抗原として利用することより作製できる。免疫用抗原としては、例えば、(i) タンパク質(a)、(b)、(c)又は(d)を発現している細胞又は組織の破砕物又はその精製物、(ii) 遺伝子組換え技術を用いて、タンパク質(a)、(b)、(c)又は(d)をコードする遺伝子を大腸菌、昆虫細胞又は動物細胞等の宿主に導入して発現させた組換えタンパク質、(iii) 化学合成したペプチド等を使用できる。
ポリクローナル抗体の作製にあたっては、免疫用抗原を用いて、ラット、マウス、モルモット、ウサギ、ヒツジ、ウマ、ウシ等の哺乳動物を免疫する。免疫動物は、抗体を容易に作製できることからウサギを利用することが好ましい。免疫の際には、抗体産生誘導する為に、フロイント完全アジュバント等の免疫助剤を用いてエマルジョン化した後、複数回の免疫することが好ましい。免疫助剤としては、フロイント完全アジュバント(FCA)の他、フロイント不完全アジュバント(FIA)、水酸化アルミニウムゲル等を利用できる。哺乳動物1匹当たりの抗原の投与量は、哺乳動物の種類に応じて適宜設定できるが、ウサギの場合には通常200〜2000μgである。投与部位は、例えば、静脈内、皮内、皮下、腹腔内等である。免疫の間隔は、通常、数日から数週間間隔、好ましくは5日〜3週間間隔で、合計3〜10回、好ましくは5〜7回免疫を行う。そして、最終免疫日から5〜20日後に、タンパク質(a)、(b)、(c)又は(d)に対する抗体力価を測定し、抗体力価が上昇した後に採血し、抗血清を得る。抗体力価の測定は、酵素免疫測定法(ELISA)、放射性免疫測定法(RIA)等により行うことができる。
抗血清から抗体の精製が必要とされる場合は、硫酸アンモニウムによる塩析、ゲルクロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー等の公知の方法を適宜選択して又はこれらを組み合わせて利用できる。
モノクローナル抗体の作製にあたっては、ポリクローナル抗体の場合と同様に免疫用抗原を用いて哺乳動物を免疫し、最終免疫日から5〜20日後に抗体産生細胞を採取する。抗体産生細胞としては、例えば、脾臓細胞、リンパ節細胞、胸腺細胞、末梢血細胞等が挙げられるが、脾臓細胞が一般的に利用される。
次いで、ハイブリドーマを得るために、抗体産生細胞とミエローマ細胞との細胞融合を行う。抗体産生細胞と融合させるミエローマ細胞としては、ヒト、マウス等の哺乳動物由来の細胞であって一般に入手可能な株化細胞を利用できる。利用する細胞株としては、薬剤選択性を有し、未融合の状態では選択培地(例えばHAT培地)で生存できず、抗体産生細胞と融合した状態でのみ生存できる性質を有するものが好ましい。ミエローマ細胞の具体例としては、P3X63-Ag.8.U1(P3U1)、P3/NSI/1-Ag4-1、Sp2/0-Ag14等のマウスミエローマ細胞株が挙げられる。
細胞融合は、血清を含まないDMEM、RPMI-1640培地等の動物細胞培養用培地中に、抗体産生細胞とミエローマ細胞とを所定の割合(例えば5:1〜20:1)で混合し、ポリエチレングリコール等の細胞融合促進剤の存在下で、又は電気パルス処理(例えばエレクトロポレーション)により融合反応を行う。
細胞融合処理後、選択培地を用いて培養し、目的とするハイブリドーマを選別する。次いで、増殖したハイブリドーマの培養上清中に、目的とする抗体が存在するか否かをスクリーニングする。ハイブリドーマのスクリーニングは、通常の方法に従えばよく、特に限定されるものではない。例えば、ハイブリドーマとして生育したウエルに含まれる培養上清の一部を採集し、酵素免疫測定法 (ELISA)、放射性免疫測定法(RIA)等によってスクリーニングできる。
ハイブリドーマのクローニングは、例えば、限界希釈法、軟寒天法、フィブリンゲル法、蛍光励起セルソーター法等により行うことができ、最終的にモノクローナル抗体を産生するハイブリドーマを取得する。
取得したハイブリドーマからモノクローナル抗体を採取する方法としては、通常の細胞培養法等を利用することができる。細胞培養法においては、例えばハイブリドーマを10〜20%牛胎児血清含有RPMI-1640培地、MEM培地等の動物細胞培養培地中、通常の培養条件(例えば37℃,5%CO2濃度)で3〜10日間培養することにより、その培養上清からモノクローナル抗体を取得することができる。また、ハイブリドーマをマウス等の腹腔内に移植し、5〜20日後に腹水を採取し、当該腹水からモノクローナル抗体を取得することもできる。
モノクローナル抗体の精製が必要とされる場合は、硫酸アンモニウムによる塩析、ゲルクロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー等の公知の方法を適宜選択して又はこれらを組み合わせて利用できる。
モノクローナル抗体をヒトに投与する目的(抗体治療)で使用する場合には、免疫原性を低下させるため、ヒト抗体又はヒト型化抗体を使用することが好ましい。ヒト抗体又はヒト型化抗体は、例えば、免疫動物としてヒト抗体遺伝子を導入したマウス等を用いてハイブリドーマを作製することにより、また、ファージ上に抗体を提示したライブラリーを用いることにより取得できる。具体的には、ヒト抗体遺伝子のレパートリーを有するトランスジェニック動物に、抗原となるタンパク質、タンパク質発現細胞又はその溶解物を免疫して抗体産生細胞を取得し、これをミエローマ細胞と融合させたハイブリドーマを用いて目的のタンパク質に対するヒト抗体を取得できる(国際公開番号WO92-03918、WO93-2227、WO94-02602、WO96-33735及びWO96-34096参照)。また、複数の異なるヒトscFvをファージ上に提示させた抗体ライブラリーから、抗原となるタンパク質、タンパク質発現細胞又はその溶解物に結合する抗体を提示しているファージを選り分けることで、目的のタンパク質に結合するscFvを選択できる(Griffiths.等, EMBO J. 12, 725-734, 1993)。
本発明の診断方法は、被験動物から採取した脳検体におけるタンパク質(c)又は(d)をコードする遺伝子の発現レベルを指標して、被験動物が統合失調症に罹患しているか又は統合失調症モデルとしての異常を呈しているかを診断する工程を含む。タンパク質(c)又は(d)をコードする遺伝子は、幼若期から成熟期への移行期又は成熟期に達した健常動物の脳では発現亢進していないが、統合失調症に罹患しているヒトの脳又は統合失調症モデルとしての異常を呈しているヒト及びヒト以外の動物の脳では発現亢進しているので、当該遺伝子の発現レベルを統合失調症又は統合失調症様異常の診断の指標とすることができる。
被験動物は特に限定されるものではなく、例えば、ヒト、サル、ウシ、ヒツジ、ヤギ、ウマ、ブタ、ウサギ、イヌ、ネコ、ラット、マウス等の哺乳動物が挙げられる。統合失調症又は統合失調症モデルとしての異常は、幼若期から成熟期への移行期又は成熟期に達した後に呈されるので、被験動物としては、幼若期から成熟期への移行期又は成熟期に達した動物が使用される。被験動物から採取する脳検体としては、大脳新皮質、大脳旧皮質、線条体、海馬、小脳、辺縁系前脳部、視床、視床下部、中脳、脳幹等の脳の様々な部位又は部分あるいはこれらの混合物を使用できる。
「タンパク質(c)又は(d)をコードする遺伝子の発現レベル」には、タンパク質(c)又は(d)をコードする遺伝子のmRNAへの転写レベル及びタンパク質(c)又は(d)への翻訳レベルが含まれる。したがって、脳検体におけるタンパク質(c)又は(d)をコードする遺伝子の発現レベルは、脳検体におけるタンパク質(c)又は(d)をコードするmRNAの存在量、あるいは、脳検体におけるタンパク質(c)又は(d)の存在量に基づいて測定できる。
脳検体におけるタンパク質(c)又は(d)をコードするmRNAの存在量の測定にあたっては、公知の遺伝子解析技術、例えば、ハイブリダイゼーション技術(例えば、ノーザンハイブリダイゼーション法、ドットブロット法、DNAマイクロアレイ法等)、遺伝子増幅技術(例えば、RT−PCR等)等を利用できる。
ハイブリダイゼーション技術を利用する際には、タンパク質(c)又は(d)をコードする核酸にハイブリダイズし得るオリゴヌクレオチド又はポリヌクレオチドをプローブとして利用でき、遺伝子増幅技術を利用する際には、当該オリゴヌクレオチド又はポリヌクレオチドをプライマーとして利用できる。
「タンパク質(c)又は(d)をコードする核酸」にはDNA及びRNAの両者が含まれ、例えば、mRNA、cDNA、cRNA等が含まれる。オリゴヌクレオチド又はポリヌクレオチドを構成するヌクレオチドは、デオキシリボヌクレオチド及びリボヌクレオチドのいずれであってもよい。オリゴヌクレオチドの塩基長は特に限定されないが、通常20〜100塩基、好ましくは20〜40塩基である。また、ポリヌクレオチドの塩基長は特に限定されないが、通常300〜2000塩基、好ましくは700〜1000塩基である。
タンパク質(c)又は(d)をコードする核酸にハイブリダイズし得るオリゴヌクレオチド又はポリヌクレオチドは、タンパク質(c)又は(d)をコードする核酸に特異的にハイブリダイズし得ることが好ましい。「特異的にハイブリダイズし得る」とは、ストリンジェントな条件下でハイブリダイズし得ることを意味し、「ストリンジェントな条件」としては、例えば、42℃、2×SSC及び0.1%SDSの条件、好ましくは65℃、0.1×SSC及び0.1%SDSの条件が挙げられる。
タンパク質(c)又は(d)をコードする核酸にハイブリダイズし得るオリゴヌクレオチド又はポリヌクレオチドの塩基配列は、タンパク質(c)又は(d)をコードする核酸の塩基配列に基づいて設計できる。オリゴヌクレオチド又はポリヌクレオチドは、例えば、タンパク質(c)又は(d)をコードする核酸のCDS領域にハイブリダイズし得るように、CDS領域の5'末端側又は3'末端側の領域にハイブリダイズし得るように、あるいは、CDS領域からその5'末端側又は3'末端側の領域にわたる領域にハイブリダイズし得るように設計される。プライマーの5'末端側には制限酵素認識配列、タグ等を付加でき、プライマー及びプローブには、蛍光色素、ラジオアイソトープ等の標識を付加できる。
脳検体におけるタンパク質(c)又は(d)をコードするmRNAの存在量の具体的測定方法について、RT−PCRを利用する場合を例にして説明する。被験動物から採取した検体から全RNAを抽出し、抽出した全RNAからcDNAを合成した後、合成したcDNAを鋳型とし、タンパク質(c)又は(d)をコードするcDNAにハイブリダイズし得るプライマーを用いてPCRを行い、PCR増幅断片を定量することによって、タンパク質(c)又は(d)をコードするmRNAの存在量を測定できる。この際、PCRは、PCR増幅断片生成量が初期鋳型cDNA量を反映するような条件(例えば、PCR増幅断片が指数関数的に増加するPCRサイクル数)で行う。
PCR増幅断片の定量方法は特に限定されるものではなく、PCR増幅断片の定量には、例えば、ラジオアイソトープ(RI)を用いた定量方法、蛍光色素を用いた定量方法等を利用できる。
RIを用いた定量方法としては、例えば、(i) 反応液にRI標識したヌクレオチド(例えば32P標識されたdCTP等)を基質として加えておき、PCR増幅断片に取り込ませてPCR増幅断片をRI標識し、PCR増幅断片を電気泳動等で分離した後、放射活性を測定してPCR増幅断片を定量する方法、(ii) RI標識したプライマーを用いることによりPCR増幅断片をRI標識し、PCR増幅断片を電気泳動等で分離した後、放射活性を測定してPCR増幅断片を定量する方法、(iii) PCR増幅断片を電気泳動した後、メンブランにブロッティングし、RI標識したプローブをハイブリダイズさせ、放射活性を測定してPCR増幅断片を定量する方法等が挙げられる。放射活性は、例えば、液体シンチレーションカウンター、X線フィルム、イメージングプレート等を用いて測定できる。
蛍光色素を用いた定量方法としては、(i) 二本鎖DNAにインターカレートする蛍光色素(例えば、エチジウムブロマイド(EtBr)、SYBR GreenI、PicoGreen等)を用いてPCR増幅断片を染色し、励起光の照射によって発せられる蛍光強度を測定してPCR増幅断片を定量する方法、(ii) 蛍光色素で標識したプライマーを用いることによりPCR増幅断片を蛍光色素で標識し、PCR増幅断片を電気泳動等で分離した後、蛍光強度を測定してPCR増幅断片を定量する方法等が挙げられる。蛍光強度は、例えば、CCDカメラ、蛍光スキャナー、分光蛍光光度計等を用いて測定できる。
脳検体におけるタンパク質(c)又は(d)の存在量の測定にあたっては、公知のタンパク質解析技術、例えば、タンパク質(c)又は(d)に反応し得る抗体又はその断片を利用したウェスタンブロッティング法、免疫沈降法、ELISA、組織免疫染色法等を利用できる。
タンパク質(c)又は(d)に反応し得る抗体又はその断片を用いて、検体におけるタンパク質(c)又は(d)の存在量を測定する際には、例えば、放射能免疫測定法(RIA)、酵素免疫測定法(EIA)、化学発光測定法(CLIA)、蛍光免疫測定法(FIA)、組織免疫染色法等を利用できる。具体的には、物理吸着や化学結合等により抗体を結合させた固相担体(例えば、イムノプレート、ラテックス粒子等)を用いて、検体中のタンパク質(c)又は(d)を捕捉した後、捕捉されたタンパク質(c)又は(d)を、固相担体に固定化した抗体とはタンパク質(c)又は(d)に対する抗原認識部位が異なる標識化抗体(例えば、ペルオキシダーゼ、アルカリホスファターゼ等の酵素、フロレッセンス、ウンベリフェロン等の蛍光物質等で標識した抗体)を用いて定量できる。
また、脳検体におけるタンパク質(c)又は(d)の存在量の測定は、脳検体におけるタンパク質(c)又は(d)の活性を測定することによって行うこともできる。タンパク質(c)又は(d)の活性は、例えば、タンパク質(c)又は(d)に反応し得る抗体又はその断片を利用したウェスタンブロッティング法、ELISA法等の公知の方法によって測定できる。
タンパク質(c)又は(d)の発現レベルの測定値は、発現レベルが大きく変動しないタンパク質(例えば、β−アクチン、GAPDH)の発現レベルの測定値に基づいて補正することが好ましい。
本発明の診断方法においては、被験動物から採取した脳検体におけるタンパク質(c)又は(d)をコードする遺伝子の発現レベルが、健常動物から採取した脳検体におけるタンパク質(c)又は(d)をコードする遺伝子の発現レベルよりも亢進しているときに、被験動物が統合失調症に罹患している又は統合失調症モデルとしての異常を呈していると診断できる。
被験動物と健常動物との間で、タンパク質(c)又は(d)をコードする遺伝子の発現レベルを比較する際には、検体として脳の同一部位又は部分を使用することが好ましい。また、被験動物と健常動物との間で、タンパク質(c)又は(d)をコードする遺伝子の発現レベルを比較する際には、複数の健常動物(健常動物群)における発現レベルを定量し、その値の分布から正常範囲を設定して、被験動物における発現レベルが正常範囲以上になるか正常範囲以下になるかを判別することが好ましい。このとき、被験動物の脳検体における遺伝子の発現レベルが正常範囲以上であるときに、被験動物が統合失調症に罹患している又は統合失調症モデルとしての異常を呈していると診断できる。
本発明の診断用キットは、タンパク質(c)又は(d)をコードする核酸にハイブリダイズし得るオリゴヌクレオチド又はポリヌクレオチド、あるいは、タンパク質(c)又は(d)に反応し得る抗体又はその断片を含む。これらのオリゴヌクレオチド又はポリヌクレオチドあるいは抗体又はその断片は、被験動物から採取した脳検体におけるタンパク質(c)又は(d)をコードする遺伝子の発現レベルを測定するための試薬として本発明の診断用キットに含まれ、本発明の診断用キットを利用すれば、被験動物が統合失調症に罹患しているか又は統合失調症モデルとしての異常を呈しているかを診断できる。
本発明の診断用キットは、上記オリゴヌクレオチド又はポリヌクレオチドあるいは上記抗体又はその断片を含む限り、いかなる形態であってもよく、任意の試薬、器具等を含むことができる。
本発明の診断用キットが、上記オリゴヌクレオチド又はポリヌクレオチドを含む場合には、PCRに必要な試薬(例えばH2O、バッファー、MgCl2、dNTPミックス、Taqポリメラーゼ等)、PCR増幅断片の定量に必要な試薬(例えばRI、蛍光色素等)、DNAマイクロアレイ、DNAチップ等の1種類又は2種類以上を含むことができる。
また、本発明の診断用キットが、上記抗体又はその断片を含む場合には、上記抗体又はその断片を固定化するための固相担体(例えば、イムノプレート、ラテックス粒子等)、抗γ−グログリン抗体(二次抗体)、抗体(二次抗体を含む)又はその断片の標識(例えば、酵素、蛍光物質等)、各種試薬(例えば、酵素基質、緩衝液、希釈液等)等の1種類又は2種類以上を含むことができる。
本発明のスクリーニング方法は、タンパク質(c)又は(d)をコードする遺伝子の発現レベルが亢進している細胞又は組織(器官を含む)に対する当該遺伝子の発現レベル低減効果を指標として、統合失調症又は統合失調症様異常に対する候補物質の予防・治療効果を判定する工程を含む。統合失調症又は統合失調症様異常にはタンパク質(c)又は(d)をコードする遺伝子の発現亢進が関係しているので、タンパク質(c)又は(d)をコードする遺伝子の発現レベル低減効果を有する物質を選択することにより、統合失調症又は統合失調症様異常の予防・治療物質をスクリーニングできる。
「タンパク質(c)又は(d)をコードする遺伝子の発現レベルの亢進」には、当該遺伝子が外来遺伝子として導入されて強制発現している状態、宿主が固有に有する当該遺伝子の発現レベルが亢進している状態、タンパク質(c)又は(d)の分解が抑制された状態のいずれもが含まれる。また、「タンパク質(c)又は(d)をコードする遺伝子の発現レベル低減効果」には、タンパク質(c)又は(d)をコードする遺伝子の転写・翻訳、タンパク質(c)又は(d)の活性発現等のいずれのステップに対する効果も含まれる。
本発明のスクリーニング方法は、in vivo及びin vitroのいずれにおいても行うことができる。
in vivoにおいては、例えば、タンパク質(c)又は(d)をコードする遺伝子の発現レベルが亢進しているモデル動物に候補物質を投与した後、モデル動物から検体(候補物質の投与前に、当該遺伝子の発現レベルが亢進していた細胞又は組織(例えば、脳))を採取し、当該検体において当該遺伝子の発現レベルが低減したか否かを指標として、統合失調症又は統合失調症様異常に対する候補物質の予防・治療効果を判定し、この結果に基づいて統合失調症又は統合失調症様異常の予防・治療物質をスクリーニングできる。
in vivoにおいては、例えば、タンパク質(c)又は(d)をコードする遺伝子の発現レベルが亢進しているモデル動物に候補物質を投与した後、モデル動物から検体(候補物質の投与前に、当該遺伝子の発現レベルが亢進していた細胞又は組織(例えば、脳))を採取し、当該検体において当該遺伝子の発現レベルが低減したか否かを指標として、統合失調症又は統合失調症様異常に対する候補物質の予防・治療効果を判定し、この結果に基づいて統合失調症又は統合失調症様異常の予防・治療物質をスクリーニングできる。
本発明のスクリーニング方法において利用されるモデル動物としては、例えば、ウシ、ヒツジ、ヤギ、ウマ、ブタ、ウサギ、イヌ、ネコ、ラット、マウス等の哺乳動物が挙げられる。また、タンパク質(c)又は(d)をコードする遺伝子の発現レベルが亢進しているモデル動物としては、統合失調症様異常を示すモデル動物を利用することができる。統合失調症様異常を示すモデル動物は、統合失調症様異常を引き起こす薬物、例えば、アンフェタミン、メタンフェタミン等の覚せい剤又はこれらの誘導体;コカイン、メチルフェニデイト又はこれらの誘導体等の中枢刺激薬等のドーパミン作動薬;L-DOPA、ブロモクリプチン、アポモルヒネ等を投与することにより作製することができる。また、タンパク質(c)又は(d)をコードする遺伝子の発現レベルを人為的に亢進させたトランスジェニック動物を利用することもできる。このようなトランスジェニック動物は、例えば、(i) タンパク質(c)又は(d)をコードする遺伝子と卵とを混合してリン酸カルシウムで処理する方法、(ii) 位相差顕微鏡下で前核期卵の核にタンパク質(c)又は(d)をコードする遺伝子を直接導入する方法(マイクロインジェクション法)、(iii) 胚性幹細胞(ES細胞)を用いる方法等の公知の方法によって得ることができる。
in vitroにおいては、例えば、タンパク質(c)又は(d)をコードする遺伝子の発現レベルが亢進している細胞又は組織(器官を含む)に候補物質を接触させた後、当該細胞又は組織において当該遺伝子の発現レベルが低減したか否かを指標として、統合失調症又は統合失調症様異常に対する候補物質の予防・治療効果を判定し、この結果に基づいて統合失調症又は統合失調症様異常の予防・治療物質をスクリーニングできる。
in vitroのスクリーニング方法において利用される細胞としては、例えば、ヒト、サル、マウス、ラット等由来の細胞株(例えば、PC12、NB9、NB69、C-1300、COS-7、CHO、GH3、FL、L)を利用できる。また、in vitroのスクリーニング方法においては、タンパク質(c)又は(d)をコードする遺伝子の発現レベルを人為的に亢進させた細胞を利用することもできる。このような細胞は、タンパク質(c)又は(d)をコードする遺伝子を適当な発現ベクターに挿入し、当該ベクターを適当な宿主細胞に導入することにより得ることができる。
本発明のスクリーニング用キットは、タンパク質(c)又は(d)をコードする核酸にハイブリダイズし得るオリゴヌクレオチド又はポリヌクレオチド、あるいは、タンパク質(c)又は(d)に反応し得る抗体又はその断片を含む。これらのオリゴヌクレオチド又はポリヌクレオチドあるいは抗体又はその断片は、被験動物から採取した検体におけるタンパク質(c)又は(d)をコードする遺伝子の発現レベルを測定するための試薬として本発明のスクリーニング用キットに含まれ、本発明のスクリーニング用キットを利用すれば、統合失調症又は統合失調症様異常の予防・治療物質をスクリーニングできる。
本発明のスクリーニング用キットは、上記オリゴヌクレオチド又はポリヌクレオチドあるいは上記抗体又はその断片を含む限り、いかなる形態であってもよく、上記診断用キットにおいて例示した各種試薬、器具等の他、候補物質、候補物質合成キット、モデル動物の飼育キット等を含むことができる。
以下の実施例において、「mrt1」、「mrt1a」又は「mrt1b」は遺伝子を表し、「Mrt1」、「Mrt1a」又は「Mrt1b」はタンパク質を表す。
〔実施例1〕ラットmrt1遺伝子の単離及び同定
1.材料及方法
(1)動物
本動物実験及びヒトサンプルを用いた研究は、国立精神・神経センター神経研究所(National Institute of Neuroscience, National Center of Neurology and Psychiatry)及び東京医科歯科大学(Tokyo Medical and Dental University)のガイドライン(ヘルシンキ宣言、米国NIH(Natinla Institute of Health)のガイドライン等に準拠している)に厳密に従って行われ、また双方の施設の倫理委員会及び動物実験委員会(Animal Investigation Committee(神経研究所)又はAnimal Care Committee(東京医科歯科大学))の承認を受けた。
生後8日、15日、23日及び50日の雄Wistarラット(ST系統,Clea Japan,東京,日本)を使用した。メタンフェタミン(MAP)塩酸塩、コカイン塩酸塩及びSCH23390塩酸塩は、生理食塩水に溶解し、皮下(s.c.)又は腹腔内(i.p.)投与に使用した。ペントバルビタールのアンプル溶液は、生理食塩水で希釈して、i.p.投与に使用した。コントロール動物には溶媒のみを投与した。投与量は、常に遊離型主成分を指す。
1.材料及方法
(1)動物
本動物実験及びヒトサンプルを用いた研究は、国立精神・神経センター神経研究所(National Institute of Neuroscience, National Center of Neurology and Psychiatry)及び東京医科歯科大学(Tokyo Medical and Dental University)のガイドライン(ヘルシンキ宣言、米国NIH(Natinla Institute of Health)のガイドライン等に準拠している)に厳密に従って行われ、また双方の施設の倫理委員会及び動物実験委員会(Animal Investigation Committee(神経研究所)又はAnimal Care Committee(東京医科歯科大学))の承認を受けた。
生後8日、15日、23日及び50日の雄Wistarラット(ST系統,Clea Japan,東京,日本)を使用した。メタンフェタミン(MAP)塩酸塩、コカイン塩酸塩及びSCH23390塩酸塩は、生理食塩水に溶解し、皮下(s.c.)又は腹腔内(i.p.)投与に使用した。ペントバルビタールのアンプル溶液は、生理食塩水で希釈して、i.p.投与に使用した。コントロール動物には溶媒のみを投与した。投与量は、常に遊離型主成分を指す。
(2)RNAフィンガープリンティング
発達依存的に制御される新皮質のMAP応答性転写物を単離するために、12merの任意のプライマーを使用してRNAフィンガープリンティング(RNA arbitrarily primed PCR(RAP-PCR))(Welsh J等, Nucleic Acids Res, 1992, 20, 4965-4970)を行った。生後8又は50日のラットに、4.8kg/kgのMAP又は生理食塩水をs.c.投与し、1時間後に頸部脱臼により殺した。(1) 本研究の目的は行動感作(逆耐性)(behavioral sensitization)の推定分子カスケードの初期又は早期段階に関する考察を得ることにあること、(2) 4.8mg/kgのMAPで単回又は繰り返し処理すると、成熟初期ラットでは増感現象が観察されるが、幼若ラットでは観察されないことから、投与量及びMAPの投与時期を選択した。
発達依存的に制御される新皮質のMAP応答性転写物を単離するために、12merの任意のプライマーを使用してRNAフィンガープリンティング(RNA arbitrarily primed PCR(RAP-PCR))(Welsh J等, Nucleic Acids Res, 1992, 20, 4965-4970)を行った。生後8又は50日のラットに、4.8kg/kgのMAP又は生理食塩水をs.c.投与し、1時間後に頸部脱臼により殺した。(1) 本研究の目的は行動感作(逆耐性)(behavioral sensitization)の推定分子カスケードの初期又は早期段階に関する考察を得ることにあること、(2) 4.8mg/kgのMAPで単回又は繰り返し処理すると、成熟初期ラットでは増感現象が観察されるが、幼若ラットでは観察されないことから、投与量及びMAPの投与時期を選択した。
実験グループごとに、ラット個体の新皮質(嗅脳裂(rhinal fissure)沿って分割した大脳皮質の背側部)から調製した総RNAを等量プールした。RNA Preamplification Kit(Life Technologies)を用いて、プールした各サンプル0.2μgから、一本鎖cDNAを調製した。得られたcDNAを10容量のTE緩衝液(pH8.0)に懸濁し、10、5又は2.5μgの懸濁液をPCRの鋳型として使用した。PCRは12merの任意のプライマー(5'-caggtgggacca-3')を使用して行った。PCR産物を、50% 尿素を含有する4% 変性ポリアクリルアミドゲルで分離した。ゲルをSYBR Green I(Molecular Probes)で染色し、cDNAバンドを可視化し、FluorImager SI fluorescent image analyzer(Molecular Dynamics)によって解析した。
(3)定量的RT-PCR
各サンプルのRNAレベルの定量的測定は、特定の標的配列を内部標準である他の内因性配列又は競合配列とともに共増幅するRT-PCRによって行った(Foley KP等, Trends Genet, 1993, 9, 380-385)。逆転写は、各ラットの新皮質から得られた総RNA 0.2μgを使用して行った。得られたcDNAを10容量のTE緩衝液(pH8.0)に懸濁し、cDNA懸濁液の1μLアリコートをPCRの鋳型として使用した。(1) 脳の28S rRNAレベルは、カンナビノイド等の薬物によって影響を受けないと報告されていること(Zhuang S-H等, Mol Brain Res, 1998, 62, 141-149)、(2) 類似のMAP誘導発現変化が本定量法及び競合PCRによって得られること(データは示さない)から、ほとんどの実験において、28S rRNAを、特定転写物の相対発現レベルの変化を解析するための内部標準として使用し、目的の標的転写物とともに共増幅した。標的アンプリコン及びコントロールアンプリコンが類似の増幅速度を有し、それらの指数増幅段階が重複するように、28S rRNA配列に特異的なプライマーの添加量のうち、適当な量(70-90%)について、その3'末端をリン酸化した。mrt1b増幅の場合、28S rRNAに対するプライマーの73%について、その3'末端をリン酸化し、PCR増幅を27サイクル(94℃で45秒、60℃で45秒、72℃で45秒を1サイクルとする)行った(図3c参照)。競合PCR(Foley KP等, Trends Genet, 1993, 9, 380-385)の場合、cDNAの同一アリコートを、制限酵素部位を生じるポイントミューテイション以外は標的配列と同一である競合配列の希釈系とともに使用し、競合配列を標的配列と同一のPCRプライマーを使用して増幅した。標的配列及び変異配列のPCR産物を制限解析により同定した。標的配列の量は、競合アンプリコンに対する標的アンプリコンの比が1:1となる総RNA 1μgあたりの競合配列のコピー数であると推定された。
各サンプルのRNAレベルの定量的測定は、特定の標的配列を内部標準である他の内因性配列又は競合配列とともに共増幅するRT-PCRによって行った(Foley KP等, Trends Genet, 1993, 9, 380-385)。逆転写は、各ラットの新皮質から得られた総RNA 0.2μgを使用して行った。得られたcDNAを10容量のTE緩衝液(pH8.0)に懸濁し、cDNA懸濁液の1μLアリコートをPCRの鋳型として使用した。(1) 脳の28S rRNAレベルは、カンナビノイド等の薬物によって影響を受けないと報告されていること(Zhuang S-H等, Mol Brain Res, 1998, 62, 141-149)、(2) 類似のMAP誘導発現変化が本定量法及び競合PCRによって得られること(データは示さない)から、ほとんどの実験において、28S rRNAを、特定転写物の相対発現レベルの変化を解析するための内部標準として使用し、目的の標的転写物とともに共増幅した。標的アンプリコン及びコントロールアンプリコンが類似の増幅速度を有し、それらの指数増幅段階が重複するように、28S rRNA配列に特異的なプライマーの添加量のうち、適当な量(70-90%)について、その3'末端をリン酸化した。mrt1b増幅の場合、28S rRNAに対するプライマーの73%について、その3'末端をリン酸化し、PCR増幅を27サイクル(94℃で45秒、60℃で45秒、72℃で45秒を1サイクルとする)行った(図3c参照)。競合PCR(Foley KP等, Trends Genet, 1993, 9, 380-385)の場合、cDNAの同一アリコートを、制限酵素部位を生じるポイントミューテイション以外は標的配列と同一である競合配列の希釈系とともに使用し、競合配列を標的配列と同一のPCRプライマーを使用して増幅した。標的配列及び変異配列のPCR産物を制限解析により同定した。標的配列の量は、競合アンプリコンに対する標的アンプリコンの比が1:1となる総RNA 1μgあたりの競合配列のコピー数であると推定された。
プライマー配列は以下の通りである。
A6021:5'-gtcgaagagagccgtacc-3'及び5'-aggaagatcctgccagagtg-3'
mrt1a:5'-gctcaagtggagaaaagac*a-3'及び5'- tgaaagatgaaaaggctaaga-3'
mrt1b:5'-gccctgcttctccccttgtgtag-3'及び5'-gcatgcctggctgaccctgact-3'
28S rRNA:5'-ctcgctggcccttgaaaatcc-3'及び5'-cccagcccttagagccaatcctta-3'
なお、「*」は、mrt1b配列の増幅を避けるためのミスマッチを表す。
A6021:5'-gtcgaagagagccgtacc-3'及び5'-aggaagatcctgccagagtg-3'
mrt1a:5'-gctcaagtggagaaaagac*a-3'及び5'- tgaaagatgaaaaggctaaga-3'
mrt1b:5'-gccctgcttctccccttgtgtag-3'及び5'-gcatgcctggctgaccctgact-3'
28S rRNA:5'-ctcgctggcccttgaaaatcc-3'及び5'-cccagcccttagagccaatcctta-3'
なお、「*」は、mrt1b配列の増幅を避けるためのミスマッチを表す。
(4)Mrt1抗体の作製
Mrt1に対する抗体を、ラットを用いて作製した。Mrt1タンパク質の5-19位に対応する15アミノ酸からなるペプチドM1-N15(DGEGIHPSTPHRNGG)、並びにそれぞれMrt1a特異的カルボキシ末端(530-539位)及びMrt1b特異的カルボキシ末端(517-526位)に対応する10アミノ酸からなるペプチドM1A-C10(ARSQQRDVAT)及びM1B-C10(CELKWRKEEY)を合成し(図2c参照)、キーホールリンペットヘモシアニン(keyhole limpet hemocyanin)に架橋し、ラットに注射して抗血清を作製した。得られた抗血清をペプチドアフィニティカラムで精製した。M1B-C10に対する抗血清の場合、Mrt1aの517-528位に対応するペプチドM1A-C12(CELKWRKENIFQ)を吸着カラムに使用した。
Mrt1に対する抗体を、ラットを用いて作製した。Mrt1タンパク質の5-19位に対応する15アミノ酸からなるペプチドM1-N15(DGEGIHPSTPHRNGG)、並びにそれぞれMrt1a特異的カルボキシ末端(530-539位)及びMrt1b特異的カルボキシ末端(517-526位)に対応する10アミノ酸からなるペプチドM1A-C10(ARSQQRDVAT)及びM1B-C10(CELKWRKEEY)を合成し(図2c参照)、キーホールリンペットヘモシアニン(keyhole limpet hemocyanin)に架橋し、ラットに注射して抗血清を作製した。得られた抗血清をペプチドアフィニティカラムで精製した。M1B-C10に対する抗血清の場合、Mrt1aの517-528位に対応するペプチドM1A-C12(CELKWRKENIFQ)を吸着カラムに使用した。
(5)免疫化学解析
ラット新皮質タンパク質を、0.125% SDS、0.625% デオキシコール酸ナトリウム、1.25% NP-40、50mM Tris-HCl(pH 8.0)、150mM NaCl、1mM EDTA及びComplete Mini(Roche)を含有する緩衝液を使用して抽出した。シナプトソーム及びシナプス後密度(PSD)フラクションを文献公知(Carlin RK等, J Cell Biol, 1980, 86, 831-843)の方法に従ってラット新皮質から調製した。タンパク質を、7.5%又は10% SDS-PAGEによって分離し、Immun-Blot polyvinylidine difluoride membranes(Bio-Rad)に転写した。SNAP-25(Transduction Laboratories)、PSD-95(Transduction Laboratories)、Kv1.4(Upstate Biotechnology)及びアクチン(Sigma)に対する抗体を説明書に従って使用した。イムノブロッティングは、LumiImager chemiluminescense detector(Roche)を使用して定量的に解析した。
ラット新皮質タンパク質を、0.125% SDS、0.625% デオキシコール酸ナトリウム、1.25% NP-40、50mM Tris-HCl(pH 8.0)、150mM NaCl、1mM EDTA及びComplete Mini(Roche)を含有する緩衝液を使用して抽出した。シナプトソーム及びシナプス後密度(PSD)フラクションを文献公知(Carlin RK等, J Cell Biol, 1980, 86, 831-843)の方法に従ってラット新皮質から調製した。タンパク質を、7.5%又は10% SDS-PAGEによって分離し、Immun-Blot polyvinylidine difluoride membranes(Bio-Rad)に転写した。SNAP-25(Transduction Laboratories)、PSD-95(Transduction Laboratories)、Kv1.4(Upstate Biotechnology)及びアクチン(Sigma)に対する抗体を説明書に従って使用した。イムノブロッティングは、LumiImager chemiluminescense detector(Roche)を使用して定量的に解析した。
(6)アンチセンスオリゴヌクレオチドの注入
ラットmrt1遺伝子の開始コドンを含む配列を標的とするアンチセンス配列(5'- cgtcctcgtccgccatcttg -3'、下線部は開始コドンに対応するヌクレオチドである)(以下「AS2」という。)、又は開始コドンの上流配列を標的とするアンチセンス配列(5'- ccccctacgcctccactcct -3')(以下「AS1」という。)を有するホスホロチオネート オリゴデオキシヌクレオチド(以下「S-ODN」という。)を用いて、脳Mrt1に翻訳されるmRNAの変化をin vivoで調べた。AS2に対応するスクランブル化ミスセンス配列(5'- cgcctgttgtcgtcactccc -3')(以下「Mis」という。)を有するS-ODN又は溶媒(リン酸緩衝化生理食塩水:PBS)をコントロールとして注入した。S-ODNはPBSに溶解し(2.5μg/μL)、浸透圧ミニポンプによって、7日間、1μL/時間の注入速度でラット右側脳室に注入した。そのときの脳室内に挿入した注入針の先端の位置(stereotaxic coordinates)は、定位脳手術装置(stereotaxy)を用い、ラット脳図譜(Atlas of Paxinos and Watson)に従って、AP, -0.8mm;V, +2.0;L, +1.5とした。
ラットmrt1遺伝子の開始コドンを含む配列を標的とするアンチセンス配列(5'- cgtcctcgtccgccatcttg -3'、下線部は開始コドンに対応するヌクレオチドである)(以下「AS2」という。)、又は開始コドンの上流配列を標的とするアンチセンス配列(5'- ccccctacgcctccactcct -3')(以下「AS1」という。)を有するホスホロチオネート オリゴデオキシヌクレオチド(以下「S-ODN」という。)を用いて、脳Mrt1に翻訳されるmRNAの変化をin vivoで調べた。AS2に対応するスクランブル化ミスセンス配列(5'- cgcctgttgtcgtcactccc -3')(以下「Mis」という。)を有するS-ODN又は溶媒(リン酸緩衝化生理食塩水:PBS)をコントロールとして注入した。S-ODNはPBSに溶解し(2.5μg/μL)、浸透圧ミニポンプによって、7日間、1μL/時間の注入速度でラット右側脳室に注入した。そのときの脳室内に挿入した注入針の先端の位置(stereotaxic coordinates)は、定位脳手術装置(stereotaxy)を用い、ラット脳図譜(Atlas of Paxinos and Watson)に従って、AP, -0.8mm;V, +2.0;L, +1.5とした。
(7)統計処理
2つのグループの比較について、データの統計的有意は、two-tailed Student's t-testを使用して評価した。3つ以上のグループの統計的差異は、遺伝子発現の定量的解析については、one-way analysis of variance(ANOVA)の後、Fisher PLSD又はScheffe post hoc testによって評価し、行動的評定(behavioral rating)については、Kruskal-Wllis testの後、Dunnet's multiple comparison testによって評価した。
2つのグループの比較について、データの統計的有意は、two-tailed Student's t-testを使用して評価した。3つ以上のグループの統計的差異は、遺伝子発現の定量的解析については、one-way analysis of variance(ANOVA)の後、Fisher PLSD又はScheffe post hoc testによって評価し、行動的評定(behavioral rating)については、Kruskal-Wllis testの後、Dunnet's multiple comparison testによって評価した。
2.結果
(1)PDZ-PXドメインを有するタンパク質をコードする新規ラット遺伝子mrt1のクローニング
一連のRNAフィンガープリンティングにより、0.6kbのPCR産物が検出された。このPCR産物は、MAP投与(4.8mg/kg)の1時間後、成熟ラットの新皮質では増加したが、幼若ラットの新皮質では変化しなかった(図1a参照)。
ここで、図1aは、arbitrarily primed PCRを使用したRNAフィンガープリンティングにより、生理食塩水又はMAPで処理した成熟ラット(生後50日)及び幼若ラット(生後8日)の新皮質からmrt1を検出した結果を示す図である。図1aに示すように、各グループにおいて、新皮質cDNA鋳型の量を増加させながら(2.5-10μl)増幅した。図1a中、黒の矢印は、MAP及び発達により異なる制御を受けるmrt1のA6021配列(図1b参照)を含むcDNAバンドを示す。
(1)PDZ-PXドメインを有するタンパク質をコードする新規ラット遺伝子mrt1のクローニング
一連のRNAフィンガープリンティングにより、0.6kbのPCR産物が検出された。このPCR産物は、MAP投与(4.8mg/kg)の1時間後、成熟ラットの新皮質では増加したが、幼若ラットの新皮質では変化しなかった(図1a参照)。
ここで、図1aは、arbitrarily primed PCRを使用したRNAフィンガープリンティングにより、生理食塩水又はMAPで処理した成熟ラット(生後50日)及び幼若ラット(生後8日)の新皮質からmrt1を検出した結果を示す図である。図1aに示すように、各グループにおいて、新皮質cDNA鋳型の量を増加させながら(2.5-10μl)増幅した。図1a中、黒の矢印は、MAP及び発達により異なる制御を受けるmrt1のA6021配列(図1b参照)を含むcDNAバンドを示す。
PCR産物に対応するcDNAのクローニング及び配列決定により、PDZ-ドメイン及びPX-ドメインを有するタンパク質をコードする新規ラット遺伝子mrt1(MAP-responsive transcript 1)が同定された(配列番号5及び7参照)。線虫 Caenorhabditis elegansのゲノムコスミドクローンF25H2(accession number=Z79754)は、ラットmrt1と相同性を有する遺伝子F25H2.2を含むが、遺伝子F25H2.2にコードされる推定タンパク質(Mrt1タンパク質との相同性は43%)は、Mrt1タンパク質のアミノ末端に見られるグリシンリッチモチーフを欠いている。
mrt1転写物には、異なるオープンリーディングフレームを有する2種類の主要なスプライシング変異体(スプライシング変異体I/IIと変異体III/IV)があり、それらはノーザンブロットにおいて2種類の異なるバンドとして検出された(図1b及びc参照)。ここで、図1bは、mrt1 cDNAの構造の模式図であり、図1b中、白の四角は、推定コーディング領域を示し、バーは、RAP-PCRクローンA6021に対応する配列及びハイブリダイゼーションプローブB41-3及びIVSによって認識される部位を示す。
また、図1cは、成熟ラット新皮質由来ポリ(A)+ RNA(2μg/レーン)のノーザンブロットの結果を示す図である。図1cに示すように、スプライシング変異体III及びIVと選択的プローブとのIVS配列に対するハイブリダイゼーション、又は4つのスプライシング変異体と共通プローブとのB41-3配列に対するハイブリダイゼーションによって、それぞれ1つのバンド(左レーン)又は2つの異なるバンド(右レーン)が確認された。下のバンド(白の矢印)で示される転写物はスプライシング変異体I及びIIに対応し、短い親水性カルボキシ末端を有するタンパク質(Mrt1タンパク質のαイソフォーム,Mrt1a)をコードすると推定され、上のバンド(黒の矢印)で示される転写物はスプライシング変異体III及びIVに対応し、この構造を欠くタンパク質(Mrt1のβイソフォーム,Mrt1b)をコードすると推定される。mrt1 cDNAの変異体Iの塩基配列を配列番号5に表し、mrt1 cDNAの変異体I及びIIにコードされるMrt1aの推定アミノ酸配列を配列番号6に表す。また、mrt1 cDNAの変異体IIIの塩基配列を配列番号7に表し、mrt1 cDNAの変異体III及びIVにコードされるMrt1bの推定アミノ酸配列を配列番号8に表す。
Mrt1b及びMrt1aをコードするmrt1 mRNAは、それぞれ脳の様々な部位及び睾丸において優勢的に発現していた(図1d参照)。ここで、図1dは、IVS、B41-3又はβ−アクチンに対するcDNAプローブを用いた、様々な脳の部位及び末梢器官由来ポリ(A)+ RNA(1μg/レーン)のノーザンブロットの結果を示す図である。
(2)Mrt1a及びMrt1bタンパク質の免疫学的解析
図2aに示すように、Mrt1a及びMrt1bに共通するMrt1のN末端(5-19位)アミノ酸残基(M1-N15,配列番号6及び8参照)、Mrt1a特異的C末端(530-539位)アミノ酸残基(M1A-C10,図2c参照)及びMrt1b特異的C末端(517-526位)アミノ酸残基(M1B-C10,図2c参照)に対する3種類のウサギポリクローナル抗体(それぞれ抗pan-Mrt1抗体,抗Mrt1a抗体,抗Mrt1b抗体)を作製した。ここで、図2aは、Mrt1a及びMrt1bの構造及び各抗体の認識部位を示す模式図であり、図2a中、α-pan-Mrt1は、Mrt1a及びMrt1bに共通するペプチドM1-N15に対して作製された抗Mrt1抗体を表し、α-Mrt1a及びα-Mrt1bは、それぞれ、Mrt1aに特異的なC末端ペプチドM1A-C10及びMrt1bに特異的なC末端ペプチドM1B-C10に対して作製されたイソフォーム特異的抗体を表す。また、G、PDZ及びPXは、それぞれ、Mrt1タンパク質において見られるグリシンリッチドメイン、PDZドメイン及びPXドメインを表す。また、図2cは、イソフォーム特異的な抗Mrt1抗体の作製に使用したペプチドに対応するMrt1a及びMrt1bのC末端のアミノ酸配列を表す図であり、下線部はMrt1a及びMrt1bに共通する配列を示す。
図2aに示すように、Mrt1a及びMrt1bに共通するMrt1のN末端(5-19位)アミノ酸残基(M1-N15,配列番号6及び8参照)、Mrt1a特異的C末端(530-539位)アミノ酸残基(M1A-C10,図2c参照)及びMrt1b特異的C末端(517-526位)アミノ酸残基(M1B-C10,図2c参照)に対する3種類のウサギポリクローナル抗体(それぞれ抗pan-Mrt1抗体,抗Mrt1a抗体,抗Mrt1b抗体)を作製した。ここで、図2aは、Mrt1a及びMrt1bの構造及び各抗体の認識部位を示す模式図であり、図2a中、α-pan-Mrt1は、Mrt1a及びMrt1bに共通するペプチドM1-N15に対して作製された抗Mrt1抗体を表し、α-Mrt1a及びα-Mrt1bは、それぞれ、Mrt1aに特異的なC末端ペプチドM1A-C10及びMrt1bに特異的なC末端ペプチドM1B-C10に対して作製されたイソフォーム特異的抗体を表す。また、G、PDZ及びPXは、それぞれ、Mrt1タンパク質において見られるグリシンリッチドメイン、PDZドメイン及びPXドメインを表す。また、図2cは、イソフォーム特異的な抗Mrt1抗体の作製に使用したペプチドに対応するMrt1a及びMrt1bのC末端のアミノ酸配列を表す図であり、下線部はMrt1a及びMrt1bに共通する配列を示す。
成熟ラット及び幼若ラットから得られた新皮質抽出物のウエスタンブロットにおいて、各抗体によりMrt1タンパク質は62kDaのバンドとして検出された(図2b)。ここで、図2bは、幼若ラット(生後8日)及び成熟ラット(生後50日)の新皮質から抽出した25μgのタンパク質サンプルのウエスタンブロットの結果を示す図である。矢印で示すように、これらのサンプルにおいて、抗pan-Mrt1抗体は62kDaタンパク質を認識した。
preimmune血清を使用した場合又は各抗原とそれに対応する抗体とを存在させた場合には、62kDaのサイズにおいて免疫反応性は検出されなかった(データは示さない)。Mrt1bのM1B-C10ペプチドは、Mrt1aのM1A-C12ペプチドにみられるアミノ酸配列を含むが、アフィニティー精製された抗Mrt1b抗体によって認識された62kDaのバンドは、M1B-C10抗原の存在下では消失したが、M1A-C12抗原の存在下では消失しなかった(図2d)。これらの結果は、抗Mrt1b抗体はMrt1bタンパク質を特異的に認識することを示す(図2d)。ここで、図2dは、Mrt1b特異的な抗体の特性決定の結果を示す図である。図2dに示すように、抗Mrt1b抗体による免疫認識は、Mrt1b特異的な抗原ペプチドM1B-C10を用いて予め吸着させると抑制されたが、Mrt1a特異的な抗原ペプチドM1A-C12を用いて予め吸着させても抑制されなかった。幼若ラットから得られた25μgの新皮質抽出物を含む各ブロットは、抗アクチン抗体によりリプローブする前に、抗Mrt1抗体と反応させた。抗Mrt1a抗体により認識された62kDaのタンパク質バンドは、M1A-C10ペプチドとプレインキュベーションすると消失したが、M1B-C10ペプチドとプレインキュベーションしても消失しなかった(データは示さない)。
これらの抗体を使用したsubcellular fractionation解析により、Mrt1b様免疫反応性は、シナプトソームフラクションでは高かったが、界面活性剤で処理した成熟ラット新皮質のシナプス後密度(PSD)では検出されなかった(図2e)。この分画パターンは、シナプス前マーカータンパク質SNAP-25(Walch-Solimena C等, J Cell Biol, 1995, 128, 637-645)、Kv1.4(Sheng M等, Neuron, 1992, 9, 271-284)の分画パターンと類似しているが、シナプス後マーカーPSD-95(Cho K-O等, Neuron, 1992, 9, 929-942)の分画パターンとは異なっていた。一方、シナプトソーム及びPSDにおいて実質的なMrt1a様免疫反応性は見られなかった。ここで、図2eは、新皮質組織におけるMrt1タンパク質の細胞内局在を示す図である。図2eに示すように、Mrt1b又はpan-Mrt1免疫反応性は、シナプトソームでは高かったが、シナプトソームを0.5% Triton X-100で一回処理することにより単離されたPSDでは検出されなかった。同様に、シナプス前マーカータンパク質SNAP-25及びKv1.4は、シナプトソームではそれらの抗体により認識されたが、PSDでは認識されなかった。対照的に、Mrt1a特異的免疫反応性は、シナプトソーム及びPSDフラクションで見られなかった。
(3)成熟ラット新皮質におけるmrt1a転写物及びmrt1b転写物の発現に対する急性MAP投与の効果
脳内mrt1発現に対する様々な薬物の効果を、変異体特異的及び定量的RT-PCRにより調べた。変異体特異的PCR増幅は、図3aに示すプライマーセットを使用して実施した。ここで、図3aは、mrt1変異体特異的プライマーの認識部位及び推定PCR産物の模式図である。mrt1a mRNAに対するプライマーセットの5'プライマー(白の矢印)は、スプライシングバウンダリー(splicing boundary)(*を有する白の矢印)を区別できるようにデザインされた。これにより、このプライマーセットは、905bpのmrt1b mRNAフラグメント(下のパネルの点線バー)を増幅することなく、126bpのmrt1a mRNA特異的フラグメント(上のパネルの直線バー)を増幅する。黒の矢印は、603bpのmrt1b mRNA特異的フラグメント(下のパネルの直線バー)を増幅するmrt1b特異的プライマーの認識部位を示す。
脳内mrt1発現に対する様々な薬物の効果を、変異体特異的及び定量的RT-PCRにより調べた。変異体特異的PCR増幅は、図3aに示すプライマーセットを使用して実施した。ここで、図3aは、mrt1変異体特異的プライマーの認識部位及び推定PCR産物の模式図である。mrt1a mRNAに対するプライマーセットの5'プライマー(白の矢印)は、スプライシングバウンダリー(splicing boundary)(*を有する白の矢印)を区別できるようにデザインされた。これにより、このプライマーセットは、905bpのmrt1b mRNAフラグメント(下のパネルの点線バー)を増幅することなく、126bpのmrt1a mRNA特異的フラグメント(上のパネルの直線バー)を増幅する。黒の矢印は、603bpのmrt1b mRNA特異的フラグメント(下のパネルの直線バー)を増幅するmrt1b特異的プライマーの認識部位を示す。
図3bに示すように、スプライシングバウンダリー(splicing boundary)を認識するmrt1aに対する上流プライマーの3'領域へ1個のミスマッチヌクレオチドを導入すると、非特異的な905bpのPCR産物を増幅することなく、mrt1aに特異的な126bpのPCR産物を選択的に増幅することができた。ここで、図3bは、様々なサンプルにおいて、mrt1a及びmrt1bに対する特異的プライマーセットにより増幅されたPCR産物を示す図である。mrt1aプラスミド(レーン1、4及び7)、mrt1bプラスミド(レーン2、5及び8)及びラット新皮質RNAから調製されたcDNA(レーン3、6及び9)は、mrt1aに特異的なプライマーセット(グループA又はA')又はmrt1bに特異的なプライマーセット(グループB)により増幅した。mrt1a変異体に対する5'プライマーの3'末端に隣接する1個の塩基に変異(gからC)を導入すると(グループA')、905bpの非特異的なアンプリコンが排除された(グループA参照)。
相対的な定量のために、内部コントロールとして28S リボソームRNA(rRNA)を使用した共増幅RT-PCR法を、その一部の3'末端がリン酸化された28S rRNA配列に対する特異的プライマーを使用して連続的に実施した(図3c参照)。いくつかの定量実験では、競合RT-PCR法によりmRNA発現レベルも測定した。
ここで、図3cは、ラットmrt1b特異的配列及び内部コントロールである28S リボソームRNA(rRNA)特異的配列の共増幅RT-PCRの結果を示す図である。図3cに示すように、標的配列(mrt1b)及びコントロール配列(28S rRNA)の増幅直線は、cDNA投入量0.2-5μLの範囲で平行であった。これらの結果は、mrt1b特異的アンプリコン及び28S rRNA特異的アンプリコンが類似の増幅速度を有し、指数増幅段階が重複していることを示すとともに、この共増幅RT-PCR条件がmrt1発現の定量解析に使用できることを示す。
ここで、図3cは、ラットmrt1b特異的配列及び内部コントロールである28S リボソームRNA(rRNA)特異的配列の共増幅RT-PCRの結果を示す図である。図3cに示すように、標的配列(mrt1b)及びコントロール配列(28S rRNA)の増幅直線は、cDNA投入量0.2-5μLの範囲で平行であった。これらの結果は、mrt1b特異的アンプリコン及び28S rRNA特異的アンプリコンが類似の増幅速度を有し、指数増幅段階が重複していることを示すとともに、この共増幅RT-PCR条件がmrt1発現の定量解析に使用できることを示す。
これらの条件下におけるmrt1 mRNAのPCR増幅により、脳で優勢的に発現されるスプライシング変異体Mrt1bのみが、成熟ラットの新皮質においてMAPに応答した(図3d)。ここで、図3dは、急性MAP投与(4.8mg/kg, s.c.)1時間後のmrt1a mRNA発現レベル及びmrt1b mRNA発現レベルを示す図であり、図3dに示すように、急性MAP投与1時間後、mrt1a mRNA発現レベルに影響を与えることなく、mrt1b mRNA発現レベルが選択的に増加した。図3d中、*はP<0.05(生理食塩水コントロールと比較)(n=6-8)を表す。
MAPの急性s.c.投与(4.8mg/kg)後、50日齢ラットの新皮質におけるmrt1b mRNA発現レベルは急速に増加し、1時間目にピークを迎え、投与24時間以内に生理食塩水処理コントロールレベルに戻った(図4a)。ここで、図4aは、単回MAP投与1時間、3時間、6時間及び24時間後のmrt1b mRNA発現レベルを示す図であり、データは競合RT-PCRにより得られ、コントロール値は8.0±1.3 amol/μgの総RNA(100%)である。図4a中、*はP<0.0001(生理食塩水処理コントロールと比較)、十字マークはP<0.0001(MAP投与24時間後と比較)、N.S.は有意差なし(n=6)を表す。
したがって、以降の実験では、MAPの急性投与1時間後のmrt1b mRNAレベルを測定することとした。
したがって、以降の実験では、MAPの急性投与1時間後のmrt1b mRNAレベルを測定することとした。
(4)発達段階にあるラットの新皮質におけるmrt1b転写物の発現に対する急性MAP投与の効果
発達段階にあるラットの新皮質組織において、急性MAP投与により、生後23日及び50日のmrt1a及びmrt1b mRNA発現レベルは増加したが、生後8日及び14日のmRNA発現レベルは増加しなかった(図4b)。これらの結果から、生後8日及び50日の間で、mrt1 mRNA発現レベルのMAPに対する応答が異なることが確認された。ここで、図4bは、生後8日から50日における総mrt1 mRNA発現レベルを示す図であり、図4b中、*はP<0.05(生理食塩水処理コントロールと比較)、十字マークはP<0.0001(生理食塩水投与8日齢動物と比較)(n=8)を表す。
mrt1b mRNAの特異的増幅も、薬物に対する転写物の応答の発達依存的変化を再現した(生後50日のコントロール動物の平均値に対する%:生後8日、生理食塩水150±12%、MAP 149±14%;生後50日、生理食塩水100±9%、MAP 169±19%*(*P<0.05、生後50日の生理食塩水処理コントロールと比較)。MAPに対する応答とは対照的に、Mrt1タンパク質(図2b)及びmrt1 mRNA(図4b)の基礎的発現レベルは、生後の発達段階において減少した。
発達段階にあるラットの新皮質組織において、急性MAP投与により、生後23日及び50日のmrt1a及びmrt1b mRNA発現レベルは増加したが、生後8日及び14日のmRNA発現レベルは増加しなかった(図4b)。これらの結果から、生後8日及び50日の間で、mrt1 mRNA発現レベルのMAPに対する応答が異なることが確認された。ここで、図4bは、生後8日から50日における総mrt1 mRNA発現レベルを示す図であり、図4b中、*はP<0.05(生理食塩水処理コントロールと比較)、十字マークはP<0.0001(生理食塩水投与8日齢動物と比較)(n=8)を表す。
mrt1b mRNAの特異的増幅も、薬物に対する転写物の応答の発達依存的変化を再現した(生後50日のコントロール動物の平均値に対する%:生後8日、生理食塩水150±12%、MAP 149±14%;生後50日、生理食塩水100±9%、MAP 169±19%*(*P<0.05、生後50日の生理食塩水処理コントロールと比較)。MAPに対する応答とは対照的に、Mrt1タンパク質(図2b)及びmrt1 mRNA(図4b)の基礎的発現レベルは、生後の発達段階において減少した。
発達依存的増加は、非選択的な現象であるとは考えられない。なぜなら、急性MAP投与後の前初期遺伝子c-fosの誘導が、生後の各段階を通して観察されたからである(生後50日のコントロール動物の平均値に対する%:生後8日、生理食塩水50±3%、MAP 73±5%*;生後50日、生理食塩水100±2%、MAP 306±11%***)(*P<0.05、***P<0.0001、生後50日の生理食塩水処理コントロールと比較)。脳内mrt1発現における個体間の相違は、MAPの薬力学的時間経過又は脳の一般的応答における個体間の相違に依存するとも考えられる。しかし、この可能性は、生後8日から50日の様々な脳の部位において、急性MAP投与により誘導されたc-fos遺伝子発現の増加が類似の時間経過を示したこと(データは示さない)に基づき排除されると考えられる。
(5)成熟ラットの新皮質におけるmrt1b転写物の発現に対する様々な薬物の急性投与の効果
成熟期(生後50日)においては、低投与量(1.6mg/kg:生理食塩水100±8%、MAP 154±7%*、n=6、*P<0.05、生理食塩水コントロールと比較)及び中投与量(4.8mg/kg:図2d及び3a参照)での急性MAP投与は、それぞれ異なる行動異常、自発運動の亢進(hyperlocomotion)及び常同運動(stereotypy)を引き起こすが、新皮質における同程度のmrt1b発現の増加を引き起こす。mRNA発現の増加は、タンパク質レベルの対応する変化に翻訳される。なぜなら、抗pan-Mrt1抗体を用いて検出された新皮質におけるMrt1の発現は、MAPの急性投与(1.6mg/kg、s.c.)3時間後に増加したからである(生理食塩水100±6%、MAP 141±16%*、n=6、*P<0.05、生理食塩水コントロールと比較)。
成熟期(生後50日)においては、低投与量(1.6mg/kg:生理食塩水100±8%、MAP 154±7%*、n=6、*P<0.05、生理食塩水コントロールと比較)及び中投与量(4.8mg/kg:図2d及び3a参照)での急性MAP投与は、それぞれ異なる行動異常、自発運動の亢進(hyperlocomotion)及び常同運動(stereotypy)を引き起こすが、新皮質における同程度のmrt1b発現の増加を引き起こす。mRNA発現の増加は、タンパク質レベルの対応する変化に翻訳される。なぜなら、抗pan-Mrt1抗体を用いて検出された新皮質におけるMrt1の発現は、MAPの急性投与(1.6mg/kg、s.c.)3時間後に増加したからである(生理食塩水100±6%、MAP 141±16%*、n=6、*P<0.05、生理食塩水コントロールと比較)。
新皮質におけるmrt1b mRNAレベルは、他の行動感作誘導性ドーパミンアゴニストであるコカイン(30mg/kg、s.c.)により増加したが(図4c参照)、依存形成作用のために乱用される可能性がある点ではコカインと似ているが行動感作を引き起こすことのない薬物ペントバルビタール(麻酔薬:40mg/kg、i.p.)及び選択的D1ドーパミン受容体アンタゴニストであるSCH23390(R(+)-7-クロロ-8-ヒドロキシ-3-メチル-1-フェニル-2, 3, 4, 5-テトラ-ヒドロ-1H-3−ベンズアゼピン、0.5mg/kg、s.c.)により増加しなかった(図4c参照)。MAP投与30分前にD1受容体アゴニスト(0.5mg/kg、i.p.)を投与すると、mrt1b mRNAレベルに対する急性MAP投与の増加効果が減少した(図4d参照)。ここで、図4c及び図4dは、mrt1b mRNA発現レベルに対する様々な薬物の急性投与の効果を示す図であり、図4c及び図4d中、Salは生理食塩水、Cocはコカイン、SCHはSCH23390、Penはペントバルビタールを表す。また、図4c中、**はP<0.01を表し(生理食塩水処理コントロールと比較、n=6)、図4d中、**はP<0.01(生理食塩水前処理−MAP投与(Sal-MAP)動物と生理食塩水前処理−生理食塩水投与(Sal-Sal)コントロールとを比較、n=6)を表し、十字マークはP<0.01(SCH前処理−MAP投与(SCH-MAP)動物とSal-MAP動物とを比較、n=6)を表す。
(6)成熟ラットの新皮質におけるmrt1 発現に対するMAP繰り返し投与の効果
成熟ラットにMAPを5日間繰り返し投与すると(4.0mg/kg、s.c.、1日1回)(ラットにおいて覚せい剤に対する行動感作を誘発すると報告されている(Nishikawa T等, Eur J Pharmacol, 1983, 88, 195-203))、投与中止14日目(図5参照)及び21日目(データは示さない)において、mrt1b mRNA基礎的発現レベルが持続的に増加した。このmrt1b mRNA基礎的発現レベルの持続的増加は、MAP及びSCH23390(0.5mg/kg、i.p.、MAP投与30分前)を共投与したラットでは観察されなかった(図5参照)。これらの結果は、mrt1b mRNAの持続的変化が、急性MAP投与後、D1により媒介される遺伝子発現の一過性増加に依存することを示す。ここで、図5は、繰り返しMAP投与により誘導される新皮質のmrt1b mRNA基礎的発現レベルの変化に対するD1アンタゴニストの効果を示す図であり、図5中、**はP<0.01、***はP<0.0001(Sal-MAP動物とSal-Salコントロールとを比較)を表し、十字マークはP<0.0001(SCH-MAP動物とSal-MAP動物とを比較)を表す(n=10)。
成熟ラットにMAPを5日間繰り返し投与すると(4.0mg/kg、s.c.、1日1回)(ラットにおいて覚せい剤に対する行動感作を誘発すると報告されている(Nishikawa T等, Eur J Pharmacol, 1983, 88, 195-203))、投与中止14日目(図5参照)及び21日目(データは示さない)において、mrt1b mRNA基礎的発現レベルが持続的に増加した。このmrt1b mRNA基礎的発現レベルの持続的増加は、MAP及びSCH23390(0.5mg/kg、i.p.、MAP投与30分前)を共投与したラットでは観察されなかった(図5参照)。これらの結果は、mrt1b mRNAの持続的変化が、急性MAP投与後、D1により媒介される遺伝子発現の一過性増加に依存することを示す。ここで、図5は、繰り返しMAP投与により誘導される新皮質のmrt1b mRNA基礎的発現レベルの変化に対するD1アンタゴニストの効果を示す図であり、図5中、**はP<0.01、***はP<0.0001(Sal-MAP動物とSal-Salコントロールとを比較)を表し、十字マークはP<0.0001(SCH-MAP動物とSal-MAP動物とを比較)を表す(n=10)。
(7)繰り返しMAP投与により発現する行動感作に対するアンチセンスオリゴヌクレオチドの抑制効果
ラットmrt1遺伝子に相補的なアンチセンスオリゴヌクレオチド(AS2、mrt1の推定翻訳開始点を含む)を7日間連続して側脳室内注入することにより、繰り返しMAP投与(4mg/kg、i.p.、オリゴヌクレオチド注入の3日目から7日目まで毎日)による行動感作の発現が抑制された。しかし、このアンチセンスオリゴヌクレオチドの注入は、MAP投与による常同症誘導効果には影響を与えなかった。
スクランブル化ミスセンス配列(Mis)、溶媒(PBS:リン酸緩衝生理食塩水)又は開始コドンの上流配列を標的とするアンチセンスオリゴヌクレオチド(AS1)は、MAP投与により誘導されるMrt1発現及び常同行動の亢進(behavioral augmentation)を抑制しなかったことから、AS2の抗mrt1効果は配列特異的であることが示される。さらに、Mrt1タンパク質とは異なり、抗mrt1効果を有するアンチセンスオリゴヌクレオチド(AS2)を注入しても、線条体におけるArcタンパク質の基礎的発現及びMAP誘導的発現は変化しなかったことから、抗mrt1効果を有するオリゴヌクレオチド(AS2)は、mrt1 mRNAの翻訳過程に対して選択的に作用し、arc mRNAの翻訳過程に対しては作用しないことが示された。
ラットmrt1遺伝子に相補的なアンチセンスオリゴヌクレオチド(AS2、mrt1の推定翻訳開始点を含む)を7日間連続して側脳室内注入することにより、繰り返しMAP投与(4mg/kg、i.p.、オリゴヌクレオチド注入の3日目から7日目まで毎日)による行動感作の発現が抑制された。しかし、このアンチセンスオリゴヌクレオチドの注入は、MAP投与による常同症誘導効果には影響を与えなかった。
スクランブル化ミスセンス配列(Mis)、溶媒(PBS:リン酸緩衝生理食塩水)又は開始コドンの上流配列を標的とするアンチセンスオリゴヌクレオチド(AS1)は、MAP投与により誘導されるMrt1発現及び常同行動の亢進(behavioral augmentation)を抑制しなかったことから、AS2の抗mrt1効果は配列特異的であることが示される。さらに、Mrt1タンパク質とは異なり、抗mrt1効果を有するアンチセンスオリゴヌクレオチド(AS2)を注入しても、線条体におけるArcタンパク質の基礎的発現及びMAP誘導的発現は変化しなかったことから、抗mrt1効果を有するオリゴヌクレオチド(AS2)は、mrt1 mRNAの翻訳過程に対して選択的に作用し、arc mRNAの翻訳過程に対しては作用しないことが示された。
〔実施例2〕ヒトmrt1遺伝子の単離及び同定
(1)cDNAクローニング
ラットmrt1a及びmrt1b(配列番号5及び7)の翻訳領域(1〜840、開始コドンのAを1とする)をプローブとして使用し、ストリンジェントな条件下で(50℃、0.1×SSC及び0.1% SDSの条件)、ヒト脳 λZAPII cDNAライブラリー(7×105ファージクローン)のスクリーニングを行うことにより、ラットmrt1a及びmrt1bの相同遺伝子と推定されるヒトmrt1a及びmrt1bを分離した。Hybond-N+フィルター(Amersham Pharmacia Biotech, Ltd.)に結合したファージとDIG標識DNAプローブとのハイブリダイゼーションは、説明書(Roche Diagnostics K.K.)に従って行った。陽性クローンからのcDNAの単離は、説明書(Stratagene)に従い、in vivo excision法を用いて行った。DNA配列決定は、ABI PRISM BigDyeTM terminator chemistry(Perkin-Elmer)を用いたジデオキシ法により行い、反応は、ABI377 automate sequencerを用いて解析した。
(1)cDNAクローニング
ラットmrt1a及びmrt1b(配列番号5及び7)の翻訳領域(1〜840、開始コドンのAを1とする)をプローブとして使用し、ストリンジェントな条件下で(50℃、0.1×SSC及び0.1% SDSの条件)、ヒト脳 λZAPII cDNAライブラリー(7×105ファージクローン)のスクリーニングを行うことにより、ラットmrt1a及びmrt1bの相同遺伝子と推定されるヒトmrt1a及びmrt1bを分離した。Hybond-N+フィルター(Amersham Pharmacia Biotech, Ltd.)に結合したファージとDIG標識DNAプローブとのハイブリダイゼーションは、説明書(Roche Diagnostics K.K.)に従って行った。陽性クローンからのcDNAの単離は、説明書(Stratagene)に従い、in vivo excision法を用いて行った。DNA配列決定は、ABI PRISM BigDyeTM terminator chemistry(Perkin-Elmer)を用いたジデオキシ法により行い、反応は、ABI377 automate sequencerを用いて解析した。
ヒトmrt1の選択的スプライスフォーム(ヒトmrt1b)の塩基配列を確認するために、human brain Marathon-readyTM cDNA (Clontech laboratories, Inc.)を鋳型として使用したRACE法(rapid amplification of cDNA ends)により、さらに5'領域及び3'領域の解析を行った。PCRは、開始コドンAUGに隣接する配列に対応する上流プライマー hMRT1cD:68-87(5'- acggctcgcctgctcgcaag -3')と、mrt1b特異的エクソン12A配列に対応する下流プライマー hMRT1G1/1202-1179(5'- cacaggccgttcaccatccagagg -3')を使用して行った。温度サイクルは、(1) 94℃で3分、(2) 60℃で2分、(3) 72℃で4分、(4) 94℃で45秒、(5) 60℃で45秒、(6) 72℃で1分、(7) (4)〜(5)を35サイクル、(8) 72℃で5分からなる。PCR産物をpGEM-T EasyTM Vector Systemを用いてクローン化し、得られた5クローンを、アガロースゲルを用いて解析し、塩基配列決定した。
(2)翻訳開始部位の決定
ヒト脳 cap site cDNA(NIPPON GENE)を使用したcap site hunting法により、ヒトmrt1の翻訳開始部位を決定した。すなわち、最初のラウンドのPCR増幅を、r-oligo(1RC plus, 5'- gcgttacaaggtacgccacagcgtatg -3')に相補的なセンスDNAプライマー及びヒトmrt1の最初のエクソンに対応するmrt1特異的アンチセンスプライマーを使用して行った。第二のnested PCR増幅を、r-oligo 特異的プライマー(2RC plus, 5'- gttacaaggtacgccacagcgtatgatgc -3')及びmrt1特異的nestedプライマーを使用して行った。PCR産物を、pGEM-T easy vector(Promega Japan K.K.)にクローン化し、得られた6クローンを配列決定した。転写開始部位を、r-oligo及びmrt1 mRNA配列間のバウンダリー配列を同定することにより決定した。
以上により配列決定されたヒトmrt1a cDNAの塩基配列を配列番号1に表し、それにコードされるヒトMrt1aの推定アミノ酸配列を配列番号2に表す。また、ヒトmrt1b cDNAの塩基配列を配列番号3に表し、それにコードされるヒトMrt1bの推定アミノ酸配列を配列番号4に示す。
ヒト脳 cap site cDNA(NIPPON GENE)を使用したcap site hunting法により、ヒトmrt1の翻訳開始部位を決定した。すなわち、最初のラウンドのPCR増幅を、r-oligo(1RC plus, 5'- gcgttacaaggtacgccacagcgtatg -3')に相補的なセンスDNAプライマー及びヒトmrt1の最初のエクソンに対応するmrt1特異的アンチセンスプライマーを使用して行った。第二のnested PCR増幅を、r-oligo 特異的プライマー(2RC plus, 5'- gttacaaggtacgccacagcgtatgatgc -3')及びmrt1特異的nestedプライマーを使用して行った。PCR産物を、pGEM-T easy vector(Promega Japan K.K.)にクローン化し、得られた6クローンを配列決定した。転写開始部位を、r-oligo及びmrt1 mRNA配列間のバウンダリー配列を同定することにより決定した。
以上により配列決定されたヒトmrt1a cDNAの塩基配列を配列番号1に表し、それにコードされるヒトMrt1aの推定アミノ酸配列を配列番号2に表す。また、ヒトmrt1b cDNAの塩基配列を配列番号3に表し、それにコードされるヒトMrt1bの推定アミノ酸配列を配列番号4に示す。
(3)ノーザンブロット
ヒトmrt1の配列のエクソン2とエクソン1及び3の一部とに対応する261bpの32P標識プローブを調製した。ノーザンブロットは、Human Brain Multiple Tissue Northern Blot II及びHuman Multiple Tissue Northern Blot(いずれもClontech Laboratories, Inc.)を用いて行い、各レーンには2μgのポリ(A)+RNAを含有させた。プローブへのハイブリダイゼーションは、説明書(Ambion Inc.)に従い、Ultrahyb ハイブリダイゼーション緩衝液を用いて行った。その結果、mrt1a、mrt1bに相当する約6.8kbと約7.6kbの二本のバンドが確認され、前頭葉、側頭葉、小脳、脊髄等を含む中枢神経部位で発現が確認された。また、末梢組織でも、肝臓、腎臓、心臓、膵臓等を含む広汎な部位で発現が確認された。
ヒトmrt1の配列のエクソン2とエクソン1及び3の一部とに対応する261bpの32P標識プローブを調製した。ノーザンブロットは、Human Brain Multiple Tissue Northern Blot II及びHuman Multiple Tissue Northern Blot(いずれもClontech Laboratories, Inc.)を用いて行い、各レーンには2μgのポリ(A)+RNAを含有させた。プローブへのハイブリダイゼーションは、説明書(Ambion Inc.)に従い、Ultrahyb ハイブリダイゼーション緩衝液を用いて行った。その結果、mrt1a、mrt1bに相当する約6.8kbと約7.6kbの二本のバンドが確認され、前頭葉、側頭葉、小脳、脊髄等を含む中枢神経部位で発現が確認された。また、末梢組織でも、肝臓、腎臓、心臓、膵臓等を含む広汎な部位で発現が確認された。
Claims (16)
- 下記(a)、(b)、(c)又は(d)に示すタンパク質。
(a)配列番号2又は6記載のアミノ酸配列からなるタンパク質
(b)配列番号2又は6記載のアミノ酸配列において1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列からなり、かつ基礎的な脳内発現レベルが発達依存的に減少するタンパク質
(c)配列番号4又は8記載のアミノ酸配列からなるタンパク質
(d)配列番号4又は8記載のアミノ酸配列において1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列からなり、かつ基礎的な脳内発現レベルが発達依存的に減少するタンパク質 - 前記(b)又は(d)に示すタンパク質が、N末端側から順にPDZドメイン及びPXドメインを有するタンパク質である請求項1記載のタンパク質。
- 前記(d)に示すタンパク質が、統合失調症様異常を引き起こす薬物の投与により脳内発現レベルが発達依存的に亢進するタンパク質である請求項1記載のタンパク質。
- 請求項1〜3のいずれかに記載のタンパク質をコードする遺伝子。
- 下記(e)又は(f)に示すDNAを含む請求項4記載の遺伝子。
(e)配列番号1、3、5又は7記載の塩基配列のうち、それぞれ225〜1847番目、225〜1808番目、121〜1737番目又は121〜1698番目の塩基配列からなるDNA
(f)前記(e)に示すDNAと相補的なDNAにストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNA - 請求項4又は5記載の遺伝子を含む組換えベクター。
- 請求項6記載の組換えベクターを含む形質転換体。
- 請求項1〜3のいずれかに記載のタンパク質に反応し得る抗体又はその断片。
- 被験動物から採取した脳検体における前記(c)又は(d)に示すタンパク質をコードする遺伝子の発現レベルを指標として、前記被験動物が統合失調症に罹患しているか又は統合失調症モデルとしての異常を呈しているかを診断する工程を含む、統合失調症又は統合失調症様異常の診断方法。
- 前記脳検体における前記(c)又は(d)に示すタンパク質をコードするmRNAの存在量に基づいて前記発現レベルを測定する工程を含む、請求項9記載の診断方法。
- 前記脳検体における前記(c)又は(d)に示すタンパク質の存在量に基づいて前記発現レベルを測定する工程を含む、請求項9記載の診断方法。
- 前記(c)又は(d)に示すタンパク質をコードする核酸にハイブリダイズし得るオリゴヌクレオチド又はポリヌクレオチドを含む、統合失調症又は統合失調症様異常の診断用キット。
- 前記(c)又は(d)に示すタンパク質に反応し得る抗体又はその断片を含む、統合失調症又は統合失調症様異常の診断用キット。
- 前記(c)又は(d)に示すタンパク質をコードする遺伝子の発現レベルが亢進している細胞又は組織に対する前記遺伝子の発現レベル低減効果を指標として、統合失調症又は統合失調症様異常に対する候補物質の予防・治療効果を判定する工程を含む、統合失調症又は統合失調症様異常の予防・治療物質のスクリーニング方法。
- 前記(c)又は(d)に示すタンパク質をコードする核酸にハイブリダイズし得るオリゴヌクレオチド又はポリヌクレオチドを含む、統合失調症又は統合失調症様異常の予防・治療物質のスクリーニング用キット。
- 前記(c)又は(d)に示すタンパク質に反応し得る抗体又はその断片を含む、統合失調症又は統合失調症様異常の予防・治療物質のスクリーニング用キット。
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