JP2004248594A - 細胞のs期集積作用解除物質のスクリーニング方法 - Google Patents
細胞のs期集積作用解除物質のスクリーニング方法 Download PDFInfo
- Publication number
- JP2004248594A JP2004248594A JP2003043174A JP2003043174A JP2004248594A JP 2004248594 A JP2004248594 A JP 2004248594A JP 2003043174 A JP2003043174 A JP 2003043174A JP 2003043174 A JP2003043174 A JP 2003043174A JP 2004248594 A JP2004248594 A JP 2004248594A
- Authority
- JP
- Japan
- Prior art keywords
- protein
- cells
- mcm4
- phosphorylation
- substance
- Prior art date
- Legal status (The legal status is an assumption and is not a legal conclusion. Google has not performed a legal analysis and makes no representation as to the accuracy of the status listed.)
- Pending
Links
Images
Landscapes
- Investigating Or Analysing Biological Materials (AREA)
- Measuring Or Testing Involving Enzymes Or Micro-Organisms (AREA)
- Medicines That Contain Protein Lipid Enzymes And Other Medicines (AREA)
Abstract
【目的】細胞のS期集積作用解除物質のスクリーニング方法、該スクリーニング方法により得られる細胞のS期集積作用解除物質、及びその利用方法等を提供する。
【解決手段】細胞周期がS期で停止している細胞を被検物質の存在下で培養し、該細胞においてMcm4蛋白質のリン酸化を抑制する能力を有する物質を選択することを特徴とする、細胞のS期集積作用解除物質のスクリーニング方法。
【選択図】 なし
【解決手段】細胞周期がS期で停止している細胞を被検物質の存在下で培養し、該細胞においてMcm4蛋白質のリン酸化を抑制する能力を有する物質を選択することを特徴とする、細胞のS期集積作用解除物質のスクリーニング方法。
【選択図】 なし
Description
【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、細胞のS期集積作用解除物質のスクリーニング方法、該スクリーニング方法により得られる細胞のS期集積作用解除物質、及びその利用方法等に関する。
【0002】
【従来の技術】
真核細胞の成長及び分裂は、G1期、S期、G2期、及びM期の4つの期から成る細胞周期に基づいており、この細胞周期は、すべての真核細胞種にわたって機能的に保存されている。G1期、S期、及びG2期は、細胞周期の間期と称される。第1のギャップ期であるG1期では、細胞の様々な生合成活性が急速に高まってS期に備える。DNA合成期であるS期は、DNA合成の開始とともに始まり、2組の同じゲノムが複製されて終了する。続くG2期は、有糸分裂の開始前までの第2のギャップ期である。次いで、有糸分裂が行われ、それに引き続いて直ちに細胞質分裂を生じるのがM期(有糸分裂期)である。
【0003】
このような細胞周期におけるゲノムに関連した「チェックポイント機構」とは、細胞の複製においてゲノムの完全性を維持するための様々な事象を意味し、その実体は検出されたDNA損傷や複製異常をDNA修復や細胞周期の進行の阻害に結びつける様々な細胞内シグナル伝達カスケードであって、DNA損傷チェックポイント機構とDNA複製チェックポイント機構に大別される。DNA損傷チェックポイント機構はG1期、S期、及びG2期に存在するが、主要なのはG1期に存在するチェックポイント機構である。これらのDNA損傷チェックポイント機構とは、DNAに生じた何らかの損傷を感知して、G1期で細胞周期を遅延もしくは停止させてS期への導入を阻止し、誤った遺伝情報を有するDNAの合成やゲノムの構造異常の発生を防ぐための、一連のシグナル伝達カスケードから成り立っている(以下、これを「DNA損傷チェックポイントカスケード」と称することがある)。
【0004】
一方、DNA複製チェックポイント機構はS期に存在し、複製フォークの進行の異常を感知してDNA複製の開始や進行を遅延もしくは停止し、細胞周期をS期で停止すること(以下、これを「細胞のS期集積作用」と称することがある)によって異常な複製によるゲノムの構造異常等を防ぐ一連のシグナル伝達カスケードから成り立っている(以下、これを「DNA複製チェックポイントカスケード」と称することがある)。正常な細胞では、これらのカスケードが必要に応じて機能し、DNAの損傷や複製異常が修復されるまで細胞周期を積極的に遅延もしくは停止して、誤った遺伝情報やゲノムに構造異常を有する細胞の発生を阻止している(例えば、非特許文献1参照)。
【0005】
これに対し、多くのヒト癌細胞ではG1期に存在するDNA損傷チェックポイント機構が損なわれており、損傷されたDNAが修復されることなく複製されることによってDNAの構造異常が生じ、最終的に異常な増殖能等を獲得した癌細胞が発生することが知られている(例えば、非特許文献2参照)。一方で、従来癌治療用薬剤として用いられているDNA複製阻害物質等のみでは癌細胞を完全に死滅させるのは困難であることが知られ、その原因の一つがDNA複製チェックポイント機構における種々のカスケードにあると考えられている。これらのことから、DNA複製チェックポイントカスケードを作用点とした副作用の小さい薬剤が開発されることが期待され、これらのカスケードに関与する分子の解析が多数行われつつある。
【0006】
DNA複製チェックポイントカスケードには、少なくとも3つのグループの分子が関与していると考えられている。第1のグループは、細胞周期におけるDNA複製異常等を認識するセンサーとして働く蛋白質のファミリーである。第2のグループは、第1のグループによって発せられたシグナルを増幅し、伝達する蛋白質のファミリーである。最後に、第3のグループは、実質的な細胞の応答、すなわち、DNA合成の停止、DNA複製の停止等に関与する蛋白質のファミリーである。これらの分子が連動して機能することにより、細胞周期がS期で遅延もしくは停止される。例えば、第1のグループに属する蛋白質の一つとして、ATM/ATR蛋白質(例えば、非特許文献3参照)を中心とした蛋白質複合体群が知られている。ATM/ATR蛋白質は、G1又はG2期においてDNA損傷の認識に関与することでも知れているが、S期においては主にATR蛋白質が複製異常の感知に関与すると考えられている。また、第2のグループに属する蛋白質の一つとして、Chk1/Chk2蛋白質(例えば、非特許文献4〜6参照)が知られ、主にS期で機能すると考えられているのはChk1蛋白質である。これらの蛋白質は、いずれも蛋白質キナーゼとして働くことが知られ、DNA複製チェックポイントカスケードを構成している。
【0007】
このような知見から、ATR蛋白質又はChk1蛋白質の阻害剤をDNA複製阻害物質と併用する癌治療用薬剤として使用する研究が行われている。これらの中には、Chk1蛋白質の阻害を主たる作用機序とし、すでに臨床開発が進められている化合物もある(UCN−01;例えば、非特許文献7参照)。しかし、これらの蛋白質はDNA複製チェックポイントカスケードの上流に位置して他にも多くの働きを有する蛋白質である。従って、該カスケードの下流で最終的にDNA複製に直接寄与する因子を阻害する方が、高い効果を得られ、かつ副作用を軽減することができると期待されていた。しかし、このカスケードの下流において最終的に実質的な細胞の応答を担う分子については未だ十分な解析がなされておらず、DNA複製機能因子となる蛋白質が不明であったこと等から、このような蛋白質の解析が強く望まれていた。
【0008】
一方、Mcm(Minichromosome maintenance)蛋白質は、Mcm2からMcm7までの6種類の蛋白質として存在し、そのすべてのメンバーがゲノムの複製に必須の役割を果たすことで知られる蛋白質群である。Mcm蛋白質は、複製の過程で二本鎖DNAを解離させるDNAヘリカーゼとして機能すると考えられており(例えば、非特許文献8参照)、本発明者らは、このMcm蛋白質が、Mcm4/6/7複合体を形成し、一本鎖DNA上を3’末端から5’末端方向へ移動することによりヘリカーゼ活性を示すこと(例えば、非特許文献9参照)等を報告している。このように、Mcm蛋白質は直接的に複製に関わる蛋白質であることから、癌化との関係や癌細胞における働きについて、さらに詳細な解析が望まれていた。
【0009】
【非特許文献1】
松影昭夫・正井久雄編、「ゲノムの複製と分配」、シュプリンガー・フェアラーク東京、186−193(2002)
【非特許文献2】
Alberts B. et al., ”Molecular Biology of the cell”, 4th Edition, Garland Science(2002)
【非特許文献3】
Keegan et al., Genes and Devel., 10, 2423−2437(1996)
【非特許文献4】
Walworth et al., Nature, 363, 368(1993)
【非特許文献5】
Khodairy et al., Mel.Biol.Cell., 5, 147−160(1994)
【非特許文献6】
Carr,A.M., Semin. Cell Biol., 6, 65, 72(1995)
【非特許文献7】
赤羽浩一、実験医学・増刊、Vol.21, No.2, 198−205(2003)
【非特許文献8】
Annu.Rev.Biochem., 68, 649(1999)
【非特許文献9】
J.Biol.Chem., 272, 24508(1997)
【0010】
【発明が解決しようとする課題】
本発明は、細胞のS期集積作用解除物質のスクリーニング方法、該スクリーニング方法により得られる細胞のS期集積作用解除物質、及びその利用方法等を提供するためになされたものである。
【0011】
【課題を解決するための手段】
本発明者らは、上記課題を達成するために鋭意検討を進めた結果、培養癌細胞にある種のDNA複製阻害物質を添加すると、DNA複製チェックポイント機構の働きによってMcm4蛋白質のリン酸化が高度に亢進することを見出した。本発明は、これらの知見に基づいて成し遂げられたものである。
【0012】
すなわち本発明によれば、
(1)細胞周期がS期で停止している細胞を被検物質の存在下で培養し、該細胞においてMcm4蛋白質のリン酸化を抑制する能力を有する物質を選択することを特徴とする、細胞のS期集積作用解除物質のスクリーニング方法、
(2)細胞が、DNA複製阻害物質によりMcm4蛋白質のリン酸化が亢進される培養癌細胞である上記(1)に記載の方法、
(3)細胞周期がS期で停止している細胞を被検物質の存在下で培養し、該細胞においてChk1蛋白質の機能を阻害せず、かつ、Mcm4蛋白質のリン酸化を抑制する能力を有する物質を選択することを特徴とする、細胞のS期集積作用解除物質のスクリーニング方法、
(4)Mcm4蛋白質のリン酸化が、最終的にCdk2蛋白質により行われることを特徴とする上記(3)に記載の方法、
が提供される。
【0013】
また、本発明の別の態様によれば、
(5)上記(3)又は(4)に記載の方法により得られる細胞のS期集積作用解除物質、
が提供される。
また、本発明のさらに別の態様によれば、
(6)上記(3)又は(4)に記載の方法により得られる細胞のS期集積作用解除物質とDNA複製阻害物質とが併用されることを特徴とする癌治療用薬剤、
(7)上記(3)又は(4)に記載の方法により得られる細胞のS期集積作用解除物質を有効成分とすることを特徴とする、DNA複製阻害物質による癌の治療効果の増強用薬剤、
(8)DNA複製阻害物質がDNA合成阻害物質である上記(6)又は(7)に記載の薬剤、
(9)Cdk2蛋白質の阻害物質を有効成分とすることを特徴とする、細胞のS期集積作用解除用薬剤、
(10)Cdk2蛋白質の阻害物質が、プルバラノールA又はロスコビチンである上記(9)に記載の薬剤、
が提供される。
【0014】
【発明の実施の形態】
以下、本発明を更に詳細に説明する。
1. DNA 複製チェックポイントカスケード
本発明の細胞のS期集積作用解除物質のスクリーニング方法、該スクリーニング方法により得られる細胞のS期集積作用解除物質、及びその利用方法は、細胞にDNA複製阻害物質を添加したときに、DNA複製チェックポイントカスケードの働きによりMcm4蛋白質がリン酸化されることに基づいている。以下、まず、DNA複製チェックポイントカスケードについて説明する。
【0015】
S期に存在し、異常な複製によるゲノムの構造異常等を防ぐ機能を有するDNA複製チェックポイント機構は、蛋白質リン酸化カスケードであるDNA複製チェックポイントカスケードより成り立っている。ATR蛋白質やChk1蛋白質は該カスケードの主要なメンバーであるが、これらの蛋白質が関与する該カスケードにより最終的にリン酸化されるDNA複製機能因子は長く不明のままであった。本発明者らは、該因子がMcm4蛋白質であること、Mcm4蛋白質を最終的にリン酸化する蛋白質の一つがCdk2であること等を解明し、本発明の細胞のS期集積作用解除物質のスクリーニング方法、該スクリーニング方法により得られる細胞のS期集積作用解除物質、及びその利用方法を提供するに至ったものである。
【0016】
ここで、本明細書においてMcm蛋白質とは、Mcm(Minichromosome maintenance)遺伝子によりコードされる蛋白質を意味する。Mcm蛋白質としては、Mcm2〜7までの6つの遺伝子によりコードされる6つの蛋白質があり、これらが共同してDNA複製時にDNAを解離させる働きを有するヘリカーゼとして機能している。Mcm蛋白質は、Mcm2〜7までの各メンバーを1分子ずつ含む不活性型複合体と、各2分子ずつのMcm4/6/7より成る活性型複合体とを形成することが知られている。不活性型複合体は主に細胞周期がG2、M、及びS期の核質において、複製が進行していない領域に存在するが、活性型複合体は特にS期にクロマチンの複製が進行している領域に結合して存在し、DNA複製に直接的に関与していると考えられている。これらの複合状態及びヘリカーゼ活性は、主にMcm4蛋白質におけるリン酸化反応により制御されており、Mcm4蛋白質がリン酸化を受けるとヘリカーゼ活性が抑制され、逆にリン酸化を受けないとヘリカーゼ活性が上昇する。Mcm遺伝子及びMcm蛋白質の詳細は、Annu.Rev.Biochem., 68, 649(1999)、J.Biol.Chem., 272, 24508(1997)、J.Biol.Chem., 37, 34428−34433(2001)等に開示されている。
【0017】
Mcm4蛋白質のリン酸化は、該蛋白質のアミノ酸配列(配列番号:1)におけるアミノ酸番号7のスレオニン、アミノ酸番号19のスレオニン、アミノ酸番号32のセリン、アミノ酸番号54のセリン、アミノ酸番号110のスレオニン等のリン酸化部位で起こることが知られているが、中でもアミノ酸番号32のセリン、アミノ酸番号54のセリン、アミノ酸番号110のスレオニンにおけるリン酸化は重要である。ここで、本明細書において単に「Mcm4蛋白質がリン酸化される」、「リン酸化が亢進する」等という場合には、これらのリン酸化部位のいずれか1箇所以上がリン酸化されていればよいが、「高度にリン酸化される」という場合には、これらのリン酸化部位の複数、好ましくは2箇所以上、特に好ましくは3箇所以上がリン酸化されることを意味する。
【0018】
まず、本発明者らは、培養癌細胞にDNA合成阻害物質であるヒドロキシウレアを添加すると、Chk1蛋白質及びMcm4蛋白質のリン酸化が顕著に亢進されることを確認した。また、Cdk2蛋白質のリン酸化も亢進していた。このようなChk1蛋白質及びMcm4蛋白質のリン酸化の亢進は、トポイソメラーゼ阻害物質であるカンプトテシンや、アルキル化物質であるメチルメタンサルフェートでも若干見られた。
【0019】
本発明者らは、さらに、ATR蛋白質の非特異的阻害剤として知られるカフェイン(Feijoo et al., J.Cell Biol.,154,5,913−923(2001))、及び、Chk1蛋白質の非特異的阻害剤として知られるGo6976(Kohn et al., Cancer Research, 63,31−35(2003))を用いて、これらによりATR蛋白質又はChk1蛋白質を阻害すると、ヒドロキシウレアによるMcm4蛋白質及びCdk2蛋白質のリン酸化が抑制されることを示した。すなわち、Mcm4蛋白質及びCdk2蛋白質が、ATR蛋白質及びChk1蛋白質をメンバーとするDNA複製チェックポイントカスケードの働きによりリン酸化されることを明らかにした。
【0020】
次に、in vitroの実験系を用いて、Cdk2/CyclinA複合体がMcm4蛋白質を直接的にリン酸化する活性を有するが、Chk1蛋白質には、Mcm4蛋白質を直接的にリン酸化する活性はないことを解明した。さらに、in vivoの実験系を用いて、癌細胞においてヒドロキシウレアを添加することにより亢進されるMcm4蛋白質のリン酸化が、少なくとも、配列表の配列番号:1に記載のMcm4蛋白質のアミノ酸配列におけるアミノ酸番号32のセリン、アミノ酸番号54のセリン、アミノ酸番号110のスレオニンにおいて起こっていることを確認した。
【0021】
これらの解析により確認されたDNA複製チェックポイントカスケードを図8に示す。細胞周期がS期にある細胞でDNA複製チェックポイントカスケードが作動した場合には、主に(1)複製フォークの安定化(複製フォーク進行の停止)、(2)他の複製開始点の停止(新たな複製開始の阻止)、(3)細胞周期の停止の3つの反応が起こると考えられている。細胞は、このような反応により細胞周期をS期で停止し(細胞のS期集積作用)、異常複製を回避する。Mcm4蛋白質はヘリカーゼ活性を有することから、これらのうちで(1)及び(2)に関与すると考えられる。
【0022】
以下に詳述する発明は、このようなDNA複製チェックポイントカスケードに基づいて完成されたものである。
2.細胞の S 期集積作用解除物質のスクリーニング方法
本発明の細胞のS期集積作用解除物質のスクリーニング方法は、細胞周期がS期で停止している細胞を被検物質の存在下で培養し、該細胞においてMcm4蛋白質のリン酸化を抑制する能力を有する物質を選択することを特徴とする方法である。
(1)細胞
本発明のスクリーニング方法には、DNA複製チェックポイントカスケードの働きによってMcm4蛋白質のリン酸化が亢進され、細胞周期がS期で停止している細胞が好ましく用いられる。具体的には、例えば、DNA複製阻害物質により細胞周期がS期で停止された細胞や、同調培養等の方法により細胞周期がS期に調整された細胞、何らかの異常等により細胞周期がS期で停止している細胞等が挙げられるが、中でも、DNA複製阻害物質により細胞周期がS期で停止された培養癌細胞が特に好ましく用いられる。
【0023】
ここで、癌細胞とは、無限増殖能を獲得した悪性の細胞を意味し、細胞の形態、配列、機能等が種々の点で発生母地のもとの細胞と異なり、無限増殖能に加えて浸潤性、生体内での転移性等を有する細胞である。本発明のスクリーニング方法において用いられる癌細胞としては、発癌の誘因や機構、癌の種類、組織型、細胞の種類、由来等いかなるものでも用い得るが、その中でも、ヒト癌組織由来の株化(ライン化)された培養癌細胞が好ましく用いられる。このような培養細胞としては、例えば、ヒト子宮頸癌由来の培養癌細胞(HeLa細胞:Cancer Res., 12, 264−265(1952))、ヒト皮膚癌由来の培養癌細胞(A431細胞:Giard DJ, et al., J. Natl. Cancer Inst., 51,1417−1423(1973))、ヒト繊維肉腫由来の培養癌細胞(HT1080細胞:Barber JR, et al.、米国特許公報5,591,624(1997))、ヒト白血病血液細胞由来の培養癌細胞(HL−60細胞:Gallagher R, et al., Blood, 54,713−733(1979))、ヒトバーキットリンパ腫由来の培養癌細胞(Raji細胞:J.Natl.Cancer Inst., 53, 347−360(1974))、大腸癌由来の培養癌細胞(HT29細胞:J.Natl.Cancer Inst., 55, 555−560(1975))、肺癌由来の培養癌細胞(A549細胞:Int.J.Cancer, 17, 62−70(1976))、等が挙げられ、これらの中でもヒト子宮頸癌由来の培養癌細胞(HeLa細胞)が特に好ましく用いられる。また、これらの他に、ウィルス等による形質転換により無限増殖能を獲得させた培養癌細胞等も用いることができ、例えば、SV40ウィルスにより形質転換された繊維芽細胞(VA−13細胞:Exp.Cell Res., 163, 309−316(1986))、SV40ウィルスにより形質転換された繊維芽細胞(GM00637細胞:J.Biol.Chem., 276, 36194−36199(2001)等:Coriell Institute for Medical Research製)等が挙げられる。このような培養癌細胞は、それ自体公知の通常用いられる方法で培養され、対数増殖期になったところで実験に供されることが好ましい。また、培養、被検物質の添加、Mcm4蛋白質の解析等が可能なものであれば、培養組織等も同様にして用いることができる。
【0024】
このような培養癌細胞の細胞周期をS期で停止させたものが、特に好ましくスクリーニングに用いられる。細胞周期をS期で停止させる方法としては、前述のとおり、例えば、DNA複製阻害物質による方法、同調培養による方法等が挙げられる。
本明細書において「DNA複製阻害物質」とは、DNA複製過程に関与する種々の因子を阻害する物質の総称である。このような物質は、様々な作用、機序によってDNA複製を停止して、DNA複製チェックポイント機構を作動させ、Mcm4蛋白質をリン酸化して細胞周期をS期で停止させる能力(細胞のS期集積作用)を有する。このような物質としては、例えば、DNA合成を阻害する物質(以下、これを「DNA合成阻害物質」と称することがある)、複製フォークの進行を阻害する物質(以下、これを「DNA複製フォーク進行阻害物質」と称することがある)等が挙げられる。本発明においては、DNA複製阻害物質であればいかなるものでも用い得るが、中でも、細胞のS期集積作用の強いDNA合成阻害物質が好ましく用いられる。
【0025】
DNA合成阻害物質とは、DNA複製の一過程であるDNA合成を阻害する能力を有する物質を意味する。すなわち、DNA合成阻害物質とは、DNA複製の過程において生じる多数の反応のうちDNA合成反応に関わる種々の蛋白質や基質等を阻害することによりDNA合成を阻止し、DNAが新しい二本鎖DNAを形成することを阻害して一本鎖DNAを蓄積させる能力を有する物質である。このような物質としては、例えば、DNA合成に必要な基質に拮抗して該基質のDNAポリメラーゼへの結合を阻害したり、もしくはこれらの合成を阻害して枯渇させる能力を有する物質(以下、これらを「代謝拮抗物質」と称することがある)、DNAポリメラーゼを直接的に阻害する物質(以下、これを「DNAポリメラーゼ阻害物質」と称することがある)等が挙げられる。
【0026】
DNA合成においては、塩基であるプリン(アデニン及びグアニン)、ピリミジン(シトシン及びチミン)が合成され、これらが五炭糖及びリン酸と結合してリボヌクレオチドが合成される。これがさらにリボヌクレオチド還元酵素により還元されてデオキシリボヌクレオチド(dATP、dGTP、dTTP、及びdCTP)が合成され、DNA合成の最終基質となる。本明細書において「DNA合成の基質」という場合には、最終基質のデオキシリボヌクレオチドだけでなく、プリン、ピリミジン、リボヌクレオチド等をすべて含む。
【0027】
代謝拮抗物質としては、例えば、上記したプリン、ピリミジン、リボヌクレオチド、デオキシリボヌクレオチド等に拮抗する物質又は合成阻害物質が挙げられる。また、これらの誘導体又はプロドラッグ等も同様に用いることができる。より具体的には、すでに繁用されている抗癌剤のうち代謝拮抗剤と呼ばれるもの等の中から選択して用いることができる。繁用されている代謝拮抗剤としては、例えば、ヒドロキシウレア(ヒドロキシカルバミド)、フルオロウラシル(5−FU)、テガフール、カルモフール、シタラビン(サイトシンアラビノシド)、ゲムシタビン、メトトレキサート、メルカプトプリン等が挙げられ、これらの中でも本発明においては、ヒドロキシウレア等が好ましく用いられる。ヒドロキシウレアは、リボヌクレオチドを還元するリボヌクレオチド還元酵素を阻害する作用を有する。
【0028】
本発明においては、上記のDNA合成阻害物質のうち、代謝拮抗物質が好ましく用いられる。また、代謝拮抗物質の中でも、ヒドロキシウレアのようにDNA複製の基質の合成を阻害する物質が特に好ましく用いられる。ヒドロキシウレアは、培養細胞に添加されることにより同調培養を行う作用をも有していることから特に好ましく用いられる。また、ヒトに投与する薬剤の有効成分としては用い得ないものであっても、実験的に培養癌細胞等に添加し、該細胞におけるMcm4蛋白質のリン酸化を亢進させる能力を有する物質であれば、用いることができる。このような物質としては、例えば、アフィディコリン等が挙げられる。アフィディコリンは代謝拮抗物質であり、デオキシリボヌクレオチドの一つであるdCTPの拮抗物質となる。
【0029】
真核生物のDNA複製に関わるDNAポリメラーゼには、α、β、γ、δ、及びε等のサブタイプがあり、本発明のDNAポリメラーゼ阻害物質としては該サブタイプのいずれか又は複数を阻害する物質であればよいが、DNAポリメラーゼαを阻害するものが好ましく用いられる。DNAポリメラーゼ阻害物質としては、公知の物質等を用いることができ、例えば、Evans blue (Eur.J.Biochem., 177,91−96(1988))、Suramin (Eur.J.Biochem., 172, 349−353(1988))、Aurintricarboxylic acid (Eur.J.Biochem., 177, 91−96(1988))、KN−208(Int.J.Cancer, 76, :512−518(1998))、Sphingosine (Biochemistry, 40, 11571−11557(2001))等が挙げられる。
【0030】
また、DNA複製フォーク進行阻害物質としては、例えば、DNAをアルキル化して架橋や変異を生じさせることによりDNA合成を阻害する物質(以下、これを「アルキル化物質」と称することがある)や、DNA複製の進行にともなって生じるDNAのスーパーコイルを解消するトポイソメラーゼの阻害物質(以下、これを「トポイソメラーゼ阻害物質」と称することがある)等が挙げられる。アルキル化物質は、その作用により二本鎖DNAの巻き戻しや一本鎖化の進行を早い段階で阻止することから、Mcm4蛋白質のリン酸化は亢進されるがやや低レベルである。また、トポイソメラーゼ阻害物質も、二本鎖DNAの巻き戻しが進行しないために一本鎖DNA部分が生成しないことから、Mcm4蛋白質のリン酸化は亢進されるがやや低レベルである。また、アルキル化物質と同様の作用を示す抗腫瘍金属製剤として、シスプラチン等も用いることができる。
【0031】
上記したようなDNA複製阻害物質による方法の他に、同調培養によってS期に細胞周期が調整された細胞を用いることもできる。同調培養とは、培養細胞を細胞周期の一定時期にそろえることにより個々の細胞で起きている現象を細胞集団全体の現象として反映させることのできる方法であって、例えば、周期がS期にある細胞集団を調製する方法としては、DNA合成の基質の合成を阻害する方法の他に、血清要求性の高い細胞の培養液から血清を除去し、一定時間後に血清を添加してDNA合成を同時に起こさせる方法等が挙げられる。また、公知の方法に従って細胞周期をS期痛いの期に調整した後、再び細胞周期を進行させてS期になったところで用いる方法も挙げられる。
【0032】
(2)被検物質
被検物質としては、例えば、ペプチド、タンパク、非ペプチド性化合物、合成化合物、発酵生産物、細胞抽出液、植物抽出液、動物組織抽出液などが挙げられ、これらの化合物は新規な化合物であってもよいし、公知の化合物であってもよい。これらの投与量、投与方法、処理時間等は、用いる癌細胞の種類に従って適宜選択すればよいが、例えば、前記培養癌細胞に添加する場合には、被検物質を適当な濃度の溶液等として調製し、該細胞の培養上清に直接添加する方法等が好ましく用いられる。
【0033】
(3)細胞の S 期集積作用解除物質のスクリーニング方法
上記被検物質を前記細胞周期がS期で停止している細胞に添加し、該細胞においてMcm4蛋白質のリン酸化を抑制する能力を有する物質を選択する。また、このとき、さらにChk1蛋白質の機能を阻害しない物質を選択することが好ましい。Chk1蛋白質は、上記1に詳述したDNA複製チェックポイントカスケード(図8)において、Mcm4蛋白質より上流に位置し、他に多くの機能を有することから、特異的にMcm4蛋白質を抑制する物質を得るためには、Chk1蛋白質の機能を阻害せず、かつ、Mcm4蛋白質のリン酸化を抑制する能力を有する物質を選択することが好ましい。
【0034】
以下、DNA複製阻害物質によりMcm4蛋白質のリン酸化が亢進される培養癌細胞を用いる場合を例に挙げて、より具体的に説明する。
まず、公知の方法に従って該培養癌細胞を培養し、好ましくは対数増殖期に調製する。これに、被検物質とDNA複製阻害物質とを添加する。このとき、これらの添加は同時でもよいし、順不同で時間をずらして添加してもよい。すなわち、DNA複製阻害物質を先に添加してMcm4蛋白質のリン酸化が亢進された細胞に被検物質を添加してもよいし、予め被検物質を添加しておき、一定時間後にDNA複製阻害物質を添加してもよい。Mcm4蛋白質のリン酸化抑制物質としては、後述するように種々の作用機序を有する物質が考えられることから、複数の添加方法を試みることも好ましい。
【0035】
一定時間処理した後、Mcm4蛋白質のリン酸化の程度を解析し、Mcm4蛋白質のリン酸化の程度が十分に低かった場合に、該被検物質はMcm4蛋白質のリン酸化を抑制する能力を有すると判定することができる。ここで、「Mcm4蛋白質のリン酸化の程度が十分に低い」とは、Mcm4蛋白質に存在する複数のリン酸化部位において、リン酸化されている箇所が十分に少ないこと、及び/又は、ある細胞集団等に含まれる多数のMcm4蛋白質について、リン酸化の程度が低いものが十分に多いことを意味する。結果の判定には、被検物質を添加していない培養癌細胞における該蛋白質のリン酸化の程度を解析し、これと比較して十分にリン酸化の程度が低いことを確認することが好ましい。
【0036】
Mcm4蛋白質のリン酸化の程度の解析は、一般的に蛋白質のリン酸化の程度の解析に用いられる方法の中から、適宜選択して行うことができる。解析は、例えば、必要に応じて培養液から細胞を回収して細胞抽出液を調製し、これについて行ってもよいが、クロマチン結合画分のみを分画して、この画分に含まれるMcm4蛋白質について行うことが好ましい。クロマチン結合画分の取得方法は、公知の細胞分画方法に準じて行うことができるが、例えば、後記実施例2に詳述する方法等が挙げられる。
【0037】
該画分に含まれるMcm4蛋白質のリン酸化の程度は、Mcm4蛋白質に対する抗体又はMcm4蛋白質のリン酸化部位に対する抗体等を用いて解析すればよい。これらの抗体を用いて解析を行う場合には、例えば、該抗体を用いるウエスタンブロット法等を行ってMcm4蛋白質を検出し、その結果を解析する。Mcm4蛋白質のバンドは、該蛋白質の分子量である100kD(ダルトン)付近に検出されるが、リン酸化の程度が高いとバンドが上部へシフトし、リン酸化の程度が低いと1本のバンドとして検出される。一般に、蛋白質がリン酸化されると、蛋白質の立体構造が変化したりリン酸基の分子量が増加するために上部へシフトすることが知られ、Mcm4蛋白質の場合、複数のリン酸化部位において高度にリン酸化されるほど上部へシフトする。
【0038】
また、さらに、Chk1蛋白質の機能を阻害しないことを確認して、該蛋白質の機能を阻害せず、かつ、Mcm4蛋白質のリン酸化を抑制する能力を有する物質を選択することが特に好ましい。用いた被検物質がChk1蛋白質の機能を阻害するか否かは、例えば、Mcm4蛋白質のリン酸化の程度を解析する場合と同様に、細胞抽出液又はクロマチン結合画分を調製し、該抽出液中に含まれるChk1蛋白質のリン酸化の程度を抗Chk1蛋白質抗体又はChk1蛋白質のリン酸化部位に対する抗体等を用いて解析すればよい。
【0039】
3.細胞の S 期集積作用解除物質
本発明の細胞のS期集積作用解除物質は、上記2に詳述した本発明のスクリーニング方法により選択される物質のうち、Chk1蛋白質の機能を阻害せず、かつ、Mcm4蛋白質のリン酸化を抑制する能力を有する物質である。該物質は、DNA合成において直接複製機能因子として機能するMcm4蛋白質のリン酸化を特異的に抑制する能力を有し、細胞のS期集積作用を解除する物質である。すなわち、細胞周期がS期で停止している細胞に投与することにより、細胞周期を再び進行させる能力を有する。該物質としては、Chk1蛋白質は阻害せず、Mcm4蛋白質のリン酸化を抑制する能力を有してさえいれば、いかなる作用機序によるものでもよい。
【0040】
このような物質としては、例えば、Mcm4蛋白質のリン酸化を阻害する物質(以下、これを単に「リン酸化阻害物質」と称することがある)、すでにリン酸化されているMcm4蛋白質のリン酸基を離脱させる脱リン酸化物質(以下、これを単に「脱リン酸化物質」と称することがある)等が挙げられる。さらに、前者のリン酸化阻害物質としては、例えば、Mcm4蛋白質をリン酸化するリン酸化酵素を阻害する物質(以下、これを単に「リン酸化酵素阻害物質」と称することがある)、Mcm4蛋白質のリン酸化部位におけるリン酸化反応を直接的に阻害する物質(以下、これを単に「リン酸化部位阻害物質」と称することがある)等が挙げられる。これらは、単独で用いてもよいし、複数組み合わせて用いてもよい。
【0041】
リン酸化酵素阻害物質としては、例えば、サイクリン依存性キナーゼの阻害物質等が挙げられる。これらの中でも、細胞周期のS期で活性の高いサイクリン依存性キナーゼの阻害物質が好ましく用いられ、特にCdk2蛋白質等のサイクリン依存性キナーゼの阻害物質が好ましく用いられる。Cdk2蛋白質の阻害物質としては、例えば、プルバラノールA(Purvalanol A)、ロスコビチン等が挙げられる。また、Cdk2蛋白質のようなサイクリン依存性キナーゼはCyclinA又はCyclinBと複合体を形成することにより活性を示すことから、形成された複合体を解離させる能力を有する物質も同様に用いることができる。特に、Cdk2/CyclinA複合体を解離させる能力を有する物質が好ましく用いられる。
【0042】
また、リン酸化酵素阻害物質としては、例えば、上記1に詳述したDNA複製チェックポイントカスケードにおいて、Chk1蛋白質よりも下流に存在する蛋白質の機能を阻害する物質も同様に用い得る。このような蛋白質としては、例えば、前記Cdk2蛋白質の他に、CAK蛋白質等が挙げられる。CAK蛋白質は、Cdk2蛋白質のアミノ酸配列における160番目のスレオニンをリン酸化し、該蛋白質を活性化することで知られるキナーゼである(Gu,Y., Rosenblatt,J. and Morgan,D.O., EMBO J.,11,3995−4005(1992))。
【0043】
リン酸化部位阻害物質としては、例えば、Mcm4蛋白質のリン酸化部位に結合する能力を有する抗体等が挙げられる。具体的には、例えば、Mcm4蛋白質のアミノ酸番号7のスレオニン、アミノ酸番号19のスレオニン、アミノ酸番号32のセリン、アミノ酸番号54のセリン、アミノ酸番号110のスレオニン等に対する抗体等が挙げられる。これらの中でも、アミノ酸番号32のセリン、アミノ酸番号54のセリン、アミノ酸番号110のスレオニン等に対する抗体等が好ましく用いられる。また、該リン酸化部位に直接何らかの変異や修飾等を生じさせることによりリン酸化酵素の結合を妨げる能力を有する物質も、同様に用いることができる。
脱リン酸化物質としては、例えば、蛋白質脱リン酸化酵素の活性化物質等が挙げられる。
【0044】
4.本発明の癌治療用薬剤又は DNA 複製阻害物質による癌の治療効果の増強用薬剤
(1)本発明の薬剤の作用機序
本発明の薬剤は、DNA複製阻害物質と上記3に詳述した細胞のS期集積作用の解除物質とが併用されることにより、DNA複製阻害物質による癌の治療効果が増強されることを特徴としている。
【0045】
真核生物のDNA複製の過程では、まず、二重らせんが巻き戻され、生じた一本鎖DNA部分にヘリカーゼが結合して、その上を移動しながらDNAの二本鎖をさらに解離させる。次いで、一本鎖になったDNAにプライマーゼ、DNAポリメラーゼ等の各種蛋白質が結合し、それぞれの一本鎖DNAに相補的なDNAが合成され、二本鎖DNAとなる。ここで、二本鎖DNAは生化学的にも生物学的にも安定であるが、一本鎖DNAは変異、切断、組換え等が生じやすく不安定であって、細胞障害や細胞死等の確率を上昇させる。従って、例えば、複製活性が高まり細胞増殖が盛んになっている癌細胞に抗癌剤としてDNA複製阻害物質を投与すると、何らかの機構により複製を停止させ、癌細胞の増殖を抑制することが期待される。より具体的には、例えば、DNA複製阻害物質の1種であるDNA合成阻害物質を投与すると、ヘリカーゼによりDNAが一本鎖化されてもDNA合成が行われず、一本鎖DNAが蓄積されて、最終的には癌細胞に細胞死を誘導することが期待される。
【0046】
しかし、S期のDNA複製チェックポイント機構が存在している細胞では、合成や複製フォークの進行等の複製の各過程に何らかの異常があると、DNA複製チェックポイントカスケードが機能して複製を停止し、細胞周期をS期で停止すること(細胞のS期集積作用)により細胞死を回避している。同様に、癌細胞においても、DNA複製チェックポイント機構が存在すると細胞周期が停止して細胞がS期に集積されるため、抗癌剤として投与されたDNA合成阻害物質の効果が半減されてしまう症例が少なくない。
【0047】
このような癌細胞におけるDNA複製阻害物質による細胞のS期集積作用は、ATR蛋白質、Chk1蛋白質等を介したDNA複製チェックポイントカスケード(図8)を経てMcm4蛋白質がリン酸化され、最終的にヘリカーゼとして機能するMcm蛋白質複合体の活性が阻害されることにより引き起こされる。上記3に詳述した本発明の細胞のS期集積作用解除物質は、このようにしてS期に集積された細胞に投与すると、Mcm4蛋白質のリン酸化を抑制し、再び細胞周期を進行させる能力を有する。従って、該物質をDNA複製阻害物質と併用することにより、ヘリカーゼ活性を維持させて癌細胞に効果的に細胞死を誘導することができ、抗癌剤として投与されるDNA複製阻害物質の効果を増強することができる。ATR蛋白質又はChk1蛋白質の阻害物質をDNA複製阻害物質と併用する方法も知られているが、これらの蛋白質は該カスケードにおいて上流に位置し、他にも多くの働きを持つ蛋白質であることから、該カスケードにおいてChk1蛋白質よりも下流の蛋白質の機能を阻害する方法、特に、最終的にDNA複製に直接寄与するDNA複製機能因子であるMcm4蛋白質を阻害する方法は非常に効果的であり、副作用も軽減することができる。
【0048】
(2)本発明の癌治療用薬剤
本発明の癌治療用薬剤は、上記3に詳述した本発明の細胞のS期集積作用解除物質とDNA複製阻害物質とが併用されることを特徴としている。該薬剤は、癌患者に投与され、各種の癌の治療に用いられる。
本明細書において癌とは、悪性腫瘍全般、あるいはそれによる疾病状態を意味するが、これらの中でも、いわゆる抗癌剤により治療が可能とされる癌が本発明の癌治療用薬剤の好ましい対象である。具体的には、例えば、白血病、悪性リンパ腫、多発性骨髄腫、形質細胞性腫瘍、精巣(睾丸)腫瘍、卵巣癌、絨毛性疾患、小細胞肺癌、小児急性リンパ性白血病、頭頸部癌、食道癌、非小細胞肺癌、乳癌、胃癌、大腸癌、膵癌、膀胱癌、子宮癌、外陰癌、膣癌、皮膚癌(悪性黒色腫)、軟部腫瘍等が挙げられる。
【0049】
本発明の薬剤において併用されるDNA複製阻害物質としては、上記2の(2)に詳述したものやこれらの誘導体又はプロドラッグ等のうち、ヒトに投与可能な物質が用いられる。また、DNA複製阻害物質の中でも、特にDNA合成阻害物質が好ましく用いられる。これらの物質の中から、患者の罹患している癌の種類、組織、進行状態、患者の年齢、性別等に鑑みて任意に選択して用いることができる。例えば、DNA合成阻害物質では、ヒドロキシウレアは慢性骨髄性白血病等に適応する薬剤として、フルオロウラシルは頭頸部癌、乳癌、胃癌、大腸癌等に適応する薬剤として、メトトレキセートは急性白血病や乳癌等に適応する薬剤として、さらにシタラビンは急性骨髄性白血病等に適応する薬剤として選択され得る。このような繁用されている薬剤は、それぞれ公知の適応症に応じ選択されればよい。DNA合成阻害物質以外のDNA複製阻害物質についても、同様に選択して用いることができ、例えば、シスプラチンは精巣腫瘍、膀胱癌、卵巣腫瘍等に適応する薬剤として選択され得る。また、これら薬剤の含有量等も、それぞれ選択された物質に応じて、患者の罹患している癌の種類、組織、進行状態、患者の年齢、性別等に鑑みて任意に決定することができる。
【0050】
また、細胞のS期集積作用解除物質としては、上記3において詳述したものの中から、DNA複製阻害物質との相互作用等を鑑みて適当なものを選択すればよい。これらの含有量等は、それぞれ選択された物質に応じて、患者の罹患している癌の種類、組織、進行状態、患者の年齢、性別等に鑑みて任意に決定することができる。
【0051】
ここで、本発明において「DNA複製阻害物質と細胞のS期集積作用解除物質を併用する」とは、例えば、合剤として両方を有効成分として含む薬剤を調製してこれを用いてもよいし、それぞれを有効成分として含む別の薬剤を調製してこれらを同時又は順不同で用いてもよく、いずれの形態のものも本発明の薬剤に含まれる。これらの薬剤の調製方法、投与方法等は、それ自体公知の通常用いられる方法に従って行うことができるが、例えば、注射剤として調製してこれを静脈内注射により投与する方法、錠剤又はカプセル剤等として調製してこれを経口投与する方法等が挙げられる。投与に際しては、血中濃度のモニタリング、副作用のモニタリング等が随時行われることが好ましい。さらに、治療に際しては、対象となる癌や患者に適した他の公知の薬剤や治療方法を併用することもできる。
【0052】
このような本発明の癌治療用薬剤を用いることにより、DNA複製阻害物質を単独で用いる場合に比較して、より効果的に癌の治療を行うことができる。癌患者にDNA複製阻害物質のみを投与した場合、癌患者の体内に存在する癌細胞でDNA複製チェックポイントカスケードが機能することによってMcm4蛋白質のリン酸化が亢進され、細胞周期がS期で停止することにより細胞死が回避されて、DNA複製阻害物質の有する癌細胞を死滅させたり増殖を抑制する効果が半減してしまう。しかし、これに細胞のS期集積作用解除物質を併用すれば、Mcm4蛋白質のリン酸化を抑制してヘリカーゼとして機能するMcm蛋白質複合体の活性を維持させ、細胞周期を進行させて癌細胞の細胞死を促し、増殖を抑制することができる。このことは、抗癌剤として投与されるDNA複製阻害物質の効果が増強されることを意味し、所望の効果を得るための投与量を減量したり、DNA複製阻害物質による副作用を最小限に抑えることができる。
【0053】
(3) DNA 複製阻害物質による癌の治療効果の増強用薬剤
上記(1)及び(2)において詳述したとおり、細胞のS期集積作用解除物質は、DNA複製阻害物質が投与される癌細胞においてMcm4蛋白質のリン酸化を抑制してヘリカーゼとして機能するMcm蛋白質複合体の活性を維持させ、細胞周期を進行させて癌細胞の細胞死を促し、癌細胞の増殖を抑制する効果を有する。従って、該物質を有効成分とする薬剤は、DNA複製阻害物質による癌の治療効果の増強用薬剤として用いることができる。
【0054】
該薬剤に有効成分として含まれる細胞のS期集積作用解除物質としては、上記3に挙げたもの等を用いることができ、これらの製剤化等についても、上記(2)に詳述した方法と同様に、対象とされる癌や患者等に鑑みてそれ自体公知の通常用いられる方法により行うことができる。
かくして調製される薬剤は、上記2の(3)に詳述したようなDNA複製阻害物質とともに癌に罹患している患者に投与され、該物質の効果を増強させる能力を有する。投与は、DNA複製阻害物質と同時でもよいし、順不同に時期をずらして行われてもよい。DNA複製阻害物質を投与した後にその治療効果を検討して、治療効果に比較して副作用が大きく該物質の投与量を増量できない場合や、DNA複製阻害物質の投与量を増量しても効果の増強が観察されない場合等には、本増強用薬剤の投与は特に有効である。
【0055】
【実施例】
以下、実施例により本発明を説明するが、本発明はこれらの実施例により何ら限定されるものではない。なお、下記実施例において、「PBS」とはPhosphate Buffered salineを、「DMSO」とはDimethyl sulfoxideを意味する。
実施例1.抗体の調製
(1)抗Mcm4抗体
Mcm4蛋白質のカルボキシ末端領域に対する抗体(以下、これを「抗Mcm4抗体」と称することがある)は、木村らによって作製されたものを分与された。該抗体に関する詳細は、Kimura et al., Genes Cells, 1, 977−993(1996)等に開示されている。
【0056】
(2)抗リン酸化抗体
ヒトMcm4蛋白質(配列番号:1)のアミノ酸番号32のセリンに対する抗リン酸化抗体(以下、これを「抗P−Ser32抗体」と称することがある)、アミノ酸番号54のセリンに対する抗リン酸化抗体(以下、これを「抗P−Ser54抗体」と称することがある)、及びアミノ酸番号110のスレオニンに対する抗リン酸化抗体(以下、これを「抗P−Thr110抗体」と称することがある)は、次のようにして作製した。
【0057】
まず、抗P−Ser32抗体作製用の抗原ポリペプチド(配列番号:2)、抗P−Ser54抗体作製用の抗原ポリペプチド(配列番号:3)、及び抗P−Thr110抗体作製用の抗原ポリペプチド(配列番号:4)を調製し、これらのアミノ末端に、それぞれkeyhole limpetを結合させて免疫原を調製した。また、これらの抗原ポリペプチドと同じ配列を有し、かつセリンもしくはスレオニンがリン酸化されていない非リン酸化ポリペプチドをそれぞれ調製した。次いで、前記免疫原をそれぞれウサギに免疫し、それ自体公知の通常用いられる方法により抗血清を得た後、該抗血清をそれぞれの抗原ポリペプチドを予め吸着させておいたカラムにより精製した。これをさらに、それぞれの抗原ポリペプチドに対応する前記非リン酸化ポリペプチドを予め吸着させておいたカラムに供して、非リン酸化ポリペプチドに結合しなかった画分を回収し、抗P−Ser32抗体、抗P−Ser54抗体、又は抗P−Thr110抗体とした。
【0058】
各ペプチドカラムは、前記ポリペプチドをCNBr活性化Sepharose(アマーシャム社製)に0.5〜1mg/mlの濃度で結合させて作製した。カラムからの抗体の溶出は、0.1M glycine(pH 2.5), 0.15M NaClの溶液で行い、溶出液にはすぐにTris−HCl(pH8)を最終濃度100mMとなるように加えて中和した。
【0059】
(3)抗Chk1抗体
抗Chk1抗体(ウサギ抗体)は、Santa Cruz Biotechnology Inc.社より購入した。
【0060】
(4)抗Cdk2リン酸化抗体
抗Cdk2リン酸化抗体としては、Cdk2蛋白質の主要なリン酸化部位である、該蛋白質のアミノ酸配列において160番目のスレオニンに対する抗リン酸化抗体(以下、これを「抗P−Cdk2抗体」と称することがある)を、Cell Signaling社製のものを購入して用いた。160番目のスレオニンは、該蛋白質のキナーゼとしての活性を発現させるリン酸化部位であることが知られている。
【0061】
実施例2.各種薬剤により誘導される Mcm4 蛋白質のリン酸化の解析
(1)培養細胞の調製
ヒト子宮頚部癌由来のHeLa細胞は、東北大学・榎本武美教授より供与された。HeLa細胞の培養は、10%ウシ血清を含むDMEM培地を用いて、30あるいは50mmのプレートで行った。ヒト正常繊維芽細胞のHUC−F細胞は、ヒトのへその緒由来の細胞であって、理研細胞バンクより購入した。HUC−F細胞の培養は、10%ウシ胎児血清を含むDMEM培地を用いて、30あるいは50mmのプレートで行った。いずれの細胞も、二酸化炭素7.5%を含む37℃の培養器中で1−2日間程度培養し、対数増殖期になったところで実験に用いた。
【0062】
各培養細胞の薬剤による処理は、下記のようにして行った。
DNA合成阻害物質であるヒドロキシウレア(HU)は、シグマ社から購入し、PBSに適当な濃度で溶解してストック溶液とした。これを、最終濃度2mMとなるようにHeLa細胞及びHUC−F細胞の培養上清に添加して処理した。処理時間は24時間とした。
【0063】
DNA合成阻害物質であるアフィディコリンは、和光純薬社から購入し、15mMになるようにDMSOに溶解してストック溶液とした。これを、最終濃度15μM又は30μMとなるようにHeLa細胞の培養上清に添加して処理した。処理時間は、24時間とした。
トポイソメラーゼ阻害物質であるカンプトテシン(CPT)は、Calbiochem Novabiochem Corporationから購入し、3mg/mlとなるようにDMSOに溶解してストック溶液とした。これを、最終濃度0、1、3、10、30μMとなるようにHeLa細胞の培養上清に添加して処理した。処理時間は24時間とした。(「0μM」とは、CPTを添加していない細胞を意味する。)
アルキル化物質であるメチルメタンサルフェート(MMS)は、Aldrich Chem.Co.社から購入し、20mg/mlとなるように水に溶解してストック溶液とした。これを、最終濃度100μg/mlとなるようにHeLa細胞の培養上清に添加して処理した。処理時間は、0、4、6、14時間とした。(「0時間」とは、MMSを添加していない細胞を意味する。)
【0064】
(2)細胞の分画
上記(1)で調製した各細胞を溶解し、分画を行った。
まず、トリプシン−EDTA溶液を用いてプレートからはがした細胞液に、培養液を加えて反応を停止した後、遠心分離(1000rpm、5分間)を行って細胞を集めた。集めた細胞をPBSで一回洗浄し、これに2×106cells/100μlの濃度になるように、0.1% TritonX−100、1mM ATP、蛋白質分解阻害剤(×50 Proteinase inhibitor cocktail:Pharmingen社製)とホスファターゼ阻害剤(β−glycerophosphate, Na−pyrophosphate, Na−orthovanadate, NaF)を含むCSK溶液(10mM Pipes(pH 6.8), 100mM NaCl, 1mM MgCl2, 1mM EGTA)を加え、氷上で15分間おいて溶解した。
【0065】
この溶液を遠心分離(5000rpm、5分間)した後、上清を分取し、この上清画分を「S1」とした。再び、上記CSK溶液で細胞を懸濁した後、再び同条件で遠心分離を行い、上清画分を回収して「S2」とした。沈殿として得られたクロマチン画分を、元の細胞数から4x106cells/100μlの濃度になるよう換算して上記CSK溶液に懸濁し、これを「P」とした。
【0066】
(3)ウエスタンブロット法による解析
上記(2)で調製したS1、S2、及びPの各画分に、SDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS−PAGE)用の試料用溶液(62.5mM Tris−HCl(pH6.8), 2% SDS, 10% Glycerol, 0.01% BPB の3倍濃縮溶液)を加えて、0.1%のSDSを含む10%アクリルアミドゲル電気泳動(200V、1時間)に供した。HU又はアフィディコリンを添加した細胞の場合は、S1及びP画分のみを用いた。泳動後、ゲル上の蛋白質をPVDF膜(Immobilon:MILLIPORE社製)上に転写した。転写は、転写用溶液(5.8g Tris−base, 2.9g glycine, 0.37g SDS and 200ml methanol in 1 liter)中で、15V、室温で1時間行った。転写後の膜は、1時間、室温でブロック溶液(Blockace:大日本製薬社製)に浸し、ブロッキングした。
【0067】
上記実施例1で調製した各抗体をブロック溶液に添加し、これに転写膜を37℃で1時間30分間浸して、抗原抗体反応を行った。抗Mcm4抗体は抗血清を4000倍希釈、抗Chk1抗体は最終濃度0.5μg/ml、抗P−Cdk2抗体は1000倍希釈となるように添加して反応させた。反応後の膜を、0.1% TritonX−100を含むTBS(50mM Tris−HCl(pH7.5), 0.15M NaCl)溶液を用いて5分間ずつ3回洗浄した後、これをペルオキシダーゼ結合型抗ウサギ抗体(Biorad社製)を含むブロック溶液中に浸し、37℃、1時間30分間保温してさらに反応させた。反応後の膜を、上記TBS溶液で再び洗浄した後、膜にペルオキシダーゼ反応試薬(SuperSignal West Femto Maximum Sensitivity Substrate:Pierse社製)を添加して反応させ、生じた化学発光をCool Saver AE−6935(Atto社製)を用いて検出した。
【0068】
(4)結果
得られた結果を図1〜4に示す。
結果より、HU又はアフィディコリンを添加したHeLa細胞において、Mcm4蛋白質の高度なリン酸化が見られることがわかった(図1及び図2)。これは、HU又はアフィディコリンを添加したHeLa細胞から調製したクロマチン画分(図1又は2において「Mcm4」と示された枠内の「P」で示されるレーンのうち、HU又はアフィディコリンが「+」となっているレーン)におけるMcm4蛋白質のバンドが、Mcm4蛋白質の本来のバンド位置(HU又はアフィディコリンが「−」となっているレーンに見られるバンドの位置)よりも上部にシフトし、縦に長くスメアなバンドを形成したことにより確認された。このようなバンドのシフトが、上清画分(図1又は2において「Mcm4」と示された枠内の「S」で示されるレーン)ではなくクロマチン画分において顕著に見られることも確認された。
【0069】
一方、CPT又はMMSを添加したHeLa細胞では、Mcm4蛋白質のリン酸化は若干観察された(図3又は図4)。すなわち、該細胞から調製したクロマチン画分(図3又は4において「Mcm4」と示された枠内の「P」で示されるレーン)において、HU又はアフィディコリンを添加した場合に比べれば低レベルではあるものの、同様のMcm4蛋白質のバンドのシフトが観察されたことにより確認された。
【0070】
これらの結果より、DNA合成阻害物質であるHU及びアフィディコリンを癌細胞に投与するとMcm4蛋白質のリン酸化が強く亢進されること、及び、トポイソメラーゼ阻害物質であるCPT及びアルキル化物質であるMMSでは若干Mcm4蛋白質のリン酸化が亢進されることが確認された。
一方、正常な繊維芽細胞であるHUC−F細胞では、HUを投与してもMcm4蛋白質のリン酸化の亢進はほとんど見られないことが確認された(図1の「HUC−F」で示される枠内の「P」で示されるレーン)。この結果は、正常細胞と癌細胞とではDNA合成阻害物質に対する反応が異なり、S期のDNA複製チェックポイント機構やその働きのレベル等に違いがあることを示している。このことから、例えば、癌の患者にDNA複製阻害物質とともにMcm4蛋白質のリン酸化抑制物質を投与した場合に、正常細胞への副作用が非常に小さいことが期待できる。
【0071】
また、Chk1蛋白質についても、HUやアフィディコリンの投与によりリン酸化が亢進され、活性化されることが示された(図1及び図2)。また、CPT及びMMSでも低レベルながら活性化が見られた(図3及び図4)。Chk1蛋白質は、DNA複製チェックポイントカスケードにおいて、DNAの損傷が検知されて発せられたシグナルを増幅し伝達する蛋白質のファミリーの一つとして知られていたものの、この蛋白質からのシグナルを最終的に受け取って稼働する蛋白質は解明されていなかった。しかし、上記の結果においてChk1蛋白質のリン酸化(活性化)とMcm4蛋白質のリン酸化には相関が見られ、これらのリン酸化が同一のカスケード中に存在することが示唆された。
【0072】
さらに、抗Mcm4抗体、抗Chk1抗体と同時に抗P−Cdk2抗体を用いた解析を、HUを投与した細胞からの抽出液について行った結果からは、Cdk2蛋白質の160番目のスレオニンにおけるリン酸化が亢進していることが示された。このリン酸化は、Mcm4蛋白質及びChk1蛋白質のリン酸化と相関していた。すなわち、これらの結果より、S期で特に活性化されることで知られるCdk2蛋白質のリン酸化が、Mcm4蛋白質やChk1蛋白質と同様にHU投与により亢進されることが確認された(図5)。
【0073】
実施例3. Mcm4 蛋白質のリン酸化カスケードの解析<1>
上記実施例2において、Mcm4蛋白質、Chk1蛋白質、及びCdk2蛋白質のリン酸化には相関性があり、DNA複製チェックポイント機構において、同じDNA複製チェックポイントカスケードに関与する可能性が示唆された。そこで、このリン酸化カスケードについてさらに解析を行った。解析対象は、DNA複製チェックポイントカスケードに関与し、Chk1蛋白質をリン酸化することで知られるATR蛋白質、Chk1蛋白質、及びCdk2蛋白質とした。
【0074】
(1)試薬
DNA合成阻害物質であるヒドロキシウレア(HU)は、上記実施例2と同じものを用いた。
ATR蛋白質の非特異的な阻害剤として知られるカフェインはシグマ社から購入し、PBSに溶解してこれをストック溶液とした。
Chk1蛋白質の非特異的な阻害剤として知られるGo6976は、Calbiochem社から購入し、300μg/mlで溶解してこれをストック溶液とした。
【0075】
(2)培養細胞の調製
HeLa細胞の培養は、上記実施例2の(1)と同様にして行った。
調製された細胞の培養上清に、最終濃度2mMとなるようにHUを添加し、これに、カフェイン又はGo6976を同時に加えた。カフェインは最終濃度5mMとなるように添加し、Go6976は最終濃度0.15、0.3、0.6、1μMとなるように添加した。処理時間はいずれも24時間とした。
【0076】
(3)細胞の分画及びウエスタンブロット法による解析
細胞の分画、及び、S及びP画分を用いたウエスタンブロット法による解析は、すべて上記実施例2と同様にして行った。ウエスタンブロット法における蛋白質の検出には、上記実施例1の(1)で作製した抗Mcm4抗体をブロック溶液に抗血清を4000倍希釈となるように加えて用いた。抗Chk1抗体は最終濃度0.5μg/ml、抗P−Cdk2抗体は1000倍希釈となるようにして用いた。なお、抗P−Cdk2抗体による解析はGo6976による処理を行った細胞についてのみ行った。
【0077】
(4)結果
結果を図1及び図6に示した。
解析の結果、ATR蛋白質の非特異的な阻害物質であるカフェイン、又はChk1蛋白質の非特異的な阻害物質であるGo6976を添加したHeLa細胞では、いずれにおいてもMcm4蛋白質のリン酸化が抑制されることがわかった。このことは、図1のHU及びCaffeineを添加した細胞(「HU」及び「Caffeine」がいずれも「+」と示されているレーン)において、Mcm4蛋白質のバンドの上部へのシフトが抑制され、HUが添加されていない細胞と同程度の大きさのバンドが検出されたことから確認された。図6においては、Go6976を添加することによりHUによるMcm4蛋白質のバンドの上部へのシフトが抑制されることが示された。
【0078】
また、Chk1蛋白質については、カフェインの投与によってリン酸化が抑制されるが(図1)、Go6976の投与ではリン酸化は抑制されないことがわかった(図6)。しかし、Go6976は、Chk1蛋白質のリン酸化は抑制しないが、その下流に存在すると考えられるCdk2蛋白質のリン酸化は抑制していた(図6)。すなわち、カフェインはChk1蛋白質をリン酸化する機能を有するATR蛋白質を阻害することによりChk1蛋白質のリン酸化を抑制すること、及び、Go6976がリン酸化抑制以外の機構によりChk1蛋白質の機能を阻害し、その下流にあるCdk2蛋白質のリン酸化(活性化)を抑制することが示された。
【0079】
これらの結果から、Mcm4蛋白質及びCdk2蛋白質は、DNA複製チェックポイントカスケードの上流において機能することがよく知られているATR蛋白質及びChk1蛋白質をメンバーとするリン酸化カスケードによりリン酸化されることが示された。
【0080】
実施例4. Mcm4 蛋白質のリン酸化カスケードの解析<2>
上記実施例3で、Mcm4蛋白質及びCdk2蛋白質がATR蛋白質及びChk1蛋白質をメンバーとするリン酸化カスケードによりリン酸化されることが示されたことから、このCdk2蛋白質及びChk1蛋白質が、Mcm4蛋白質を直接的にリン酸化する活性を有するか否かをin vitroで検討した。Cdk2蛋白質は、CyclinA蛋白質との複合体を形成し、細胞周期のS期において特に活性化されることで知られていることから、解析にはこの複合体を調製して用いた。
また、同時に、細胞(in vivo)でのHUによるMcm4蛋白質のリン酸化部位についても検討した。
【0081】
(1)ヒトCdk2/CyclinA複合体の調製
ヒトCdk2/CyclinA複合体は、Ishimi,Y. et al., J.Biol.Chem., 276, 34428(2001)に記載の方法に従って調製した。
【0082】
(2)ヒトChk1蛋白質の調製
ヒトChk1蛋白質は、次のようにして調製した。
まず、ヒトChk1遺伝子(Oncogene, 18, 3673−3681(1999))の組換えバキュロウィルスは、名古屋市大・中西真先生より供与された。これを昆虫細胞High5(インビトロジェン社製)に感染させ、ヒスチジンタグが付いた融合蛋白質(His−Chk1)としてChk1蛋白質を過剰発現させた。His−Chk1は、Ni−NTAカラムクロマトグラフィー(キアゲン社製)を用いて、キットに収載の説明書に記載の方法に従って精製した。
【0083】
(3)ヒトMcm4/6/7複合体の調製
Mcm4蛋白質は、細胞内でMcm4/6/7複合体を形成することによりヘリカーゼ活性を示すことが知られている。この活性型複合体は、バキュロウィルス発現系で産生した後、Ni−NTAカラムクロマトグラフィー及びグリセロール密度勾配遠心法により精製した。これらの方法の詳細は、J.Biol.Chem., 272, 24508(1997)、Mol.Cell Biol., 19, 8003−8015(1999)等に開示されている。
【0084】
(4)ヒトMcm4蛋白質のin vitroにおけるリン酸化
上記(3)で調製したMcm4/6/7複合体50ngを、それぞれ40、120、200ngのChk1蛋白質とともに反応溶液(50mM HEPES−NaOH(pH8.0), 10mM MgCl2, 2.5mM EGTA, 1mM Dithiothreitol, 100mM ATP)に添加し、37℃、1時間反応させた。また、同じくMcm4/6/7複合体50ngを、それぞれ20、60、200ngのCdk2/CyclinAとともに別の反応溶液(20mM Tris−HCl(pH7.5), 30mM NaCl, 10mM MgCl2, 0.01% TritonX−100, 100mM ATP)に添加し、37℃、1時間反応させた。
【0085】
(5)ヒトMcm4蛋白質のin vivoにおけるリン酸化
培養細胞の調製、ヒドロキシウレア(HU)の添加は、上記実施例2と同様にして行った。細胞の分画は、上記実施例2と同様にしてS2画分を得た後、沈殿を元の細胞に換算して4×106cells/100μlとなるようにCSK溶液で均一に溶解し、P画分としてから、これにさらにDNase I(宝酒造社製)を1.4units/μlを加えて30℃で20分間保温して反応させた。これを遠心分離して、その上清を「S4」とし、沈殿を再びCSK溶液で均一に溶解した画分を「P’」とした。
【0086】
(6)ウエスタンブロット法による解析
反応後の溶液をそれぞれ8μlずつ分取して、0.1%のSDSを含む10%ポリアクリルアミドゲル電気泳動に供し、ウエスタンブロット法による解析を行った。電気泳動、PVDF膜への転写、及び抗体による検出は、すべて上記実施例2の(3)と同様にして行った。抗体は、抗Mcm4抗体を抗血清が4000倍希釈となる濃度で、抗P−Ser32抗体、抗P−Ser54抗体、及び抗P−Thr110抗体は0.5μg/mlの濃度でブロック溶液に添加して、反応させた。
【0087】
(7)結果
結果を図7に示した。左図は、in vitroでCdk2/CyclinA複合体又はChk1蛋白質を加えた実験の結果を示し、右図は、HeLa細胞を用いたin vivoの実験の結果である。
左図より、Cdk2/CyclinA複合体を添加した場合には、すべての抗体によりリン酸化されたMcm4蛋白質のバンドが検出された。このことから、Cdk2/CyclinA複合体が、配列番号:1に示すMcm4蛋白質のアミノ酸配列の、アミノ酸番号32のセリン、アミノ酸番号54のセリン、及びアミノ酸番号110のスレオニンにおけるリン酸化を直接的に行う活性を有することが確認された。一方、Chk1蛋白質を添加した場合には、抗Mcm4抗体で検出されるバンドに上部へのシフトは見られず、また、各抗リン酸化抗体により検出されるバンドもほとんどなかったことから、Chk1蛋白質には直接的にMcm4蛋白質のアミノ酸番号32のセリン、アミノ酸番号54のセリン、及びアミノ酸番号110のスレオニンをリン酸化する活性は無いことがわかった。
【0088】
また、右図のHUの添加によりMcm4蛋白質のリン酸化が誘導された細胞を用いた実験の結果より、HUにより誘導されるMcm4蛋白質のリン酸化が、少なくともアミノ酸番号32のセリン、アミノ酸番号54のセリン、アミノ酸番号110のスレオニンにおいて強く見られることが示された。このことからも、DNA複製チェックポイントカスケードにおいて最終的にMcm4蛋白質をリン酸化する蛋白質が主にCdk2/CyclinA複合体であることが確認された。
【0089】
これらについて、さらにリン酸化の程度を解析するためにCool saver AE−6935(アトー社製)を用いてバンドのシグナル強度の定量を行った。抗Mcm4抗体により検出されたクロマチン画分中のMcm4蛋白質のバンド(「Mcm4」で示される枠内の図の「P」で示されるレーン)では、約100kDに検出されるMcm4蛋白質本来のバンドと、その上部に見られるリン酸化されたMcm4蛋白質によるスメアなバンドとを定量して比較した。その結果、HUを添加していない細胞とHUを添加した細胞とでは、リン酸化された蛋白質の量が約4倍に上昇していた。また、各抗リン酸化抗体により検出されたクロマチン画分中のMcm4蛋白質のバンドについては、検出されたバンド全体を定量してHU添加の有無による差を比較した。その結果、抗P−Thr110抗体ではHUの添加によりシグナルが約7倍に、抗P−Ser32抗体では約2.5倍に上昇していた。これらの結果より、DNA合成阻害物質であるHUの添加によりMcm4蛋白質のリン酸化が顕著に亢進されることが確認された。
【0090】
以上の解析により確認された、Mcm4蛋白質をリン酸化するDNA複製チェックポイントカスケードを、図8に示した。
【0091】
【発明の効果】
本発明のスクリーニング方法により、細胞のS期集積作用を引き起こすMcm4蛋白質のリン酸化の抑制に着目して、効果的な細胞のS期集積作用解除物質を取得することができる。該スクリーニング方法により得られる物質は、DNA複製阻害物質による癌の治療効果を増強する能力を有することから、DNA複製阻害物質を増量することなく高い治療効果を得ることができ、副作用を軽減することができると期待される。
【0092】
【配列表】
【図面の簡単な説明】
【図1】HeLa細胞又はHUC−F細胞にヒドロキシウレア及び/又はカフェインを添加して培養した後、該細胞の細胞抽出液から調製した各画分に含まれるMcm4蛋白質及びChk1蛋白質についてウエスタンブロット法により解析した結果を示す写真である。図中、「S、P、S1、S2」は細胞抽出液の各画分を示す。「Mcm4」は抗Mcm4抗体による検出の結果であり、「Chk1」は抗Chk1抗体による検出の結果を示す。
【図2】HeLa細胞にアフィディコリンを添加して培養した後、該細胞の細胞抽出液から調製した各画分に含まれるMcm4蛋白質及びChk1蛋白質についてウエスタンブロット法により解析した結果を示す写真である。図中、「+」はアフィディコリンを15μM添加した場合、「++」は30μM添加した場合を示す。
【図3】HeLa細胞にカンプトテシンを添加して培養した後、該細胞の細胞抽出液から調製した各画分に含まれるMcm4蛋白質及びChk1蛋白質についてウエスタンブロット法により解析した結果を示す写真である。図中の数字はカンプトテシンの添加濃度(単位・μM)を示す。
【図4】HeLa細胞にメチルメタンサルフェートを添加して培養した後、該細胞の細胞抽出液から調製した各画分に含まれるMcm4蛋白質及びChk1蛋白質についてウエスタンブロット法により解析した結果を示す写真である。図中の数字はメチルメタンサルフェートの処理時間(単位・時間)を示す。
【図5】ヒドロキシウレアによるHeLa細胞中のMcm4蛋白質、Chk1蛋白質、及びCdk2蛋白質のリン酸化について、ウエスタンブロット法により解析した結果を示す写真である。
【図6】ヒドロキシウレアによるHeLa細胞中のMcm4蛋白質、Chk1蛋白質、及びCdk2蛋白質のリン酸化について、Go6976の添加効果をウエスタンブロット法により解析した結果を示す写真である。
【図7】左図は、Cdk2とChk1蛋白質がMcm4蛋白質をリン酸化する作用を有するか否かを、ウエスタンブロット法により検出した結果を示す写真である。右図は、HeLa細胞にヒドロキシウレアを添加して培養した場合の、Mcm4蛋白質の各リン酸化部位におけるリン酸化の様子をウエスタンブロット法により解析した結果を示す写真である。図中、「Mcm4」は抗Mcm4抗体による検出の結果を示し、「P−Ser32」、「P−Ser54」、「P−Thr110」は各リン酸化抗体による検出の結果を示す。
【図8】Mcm4蛋白質をリン酸化するDNA複製チェックポイントカスケードについて示した図である。
【発明の属する技術分野】
本発明は、細胞のS期集積作用解除物質のスクリーニング方法、該スクリーニング方法により得られる細胞のS期集積作用解除物質、及びその利用方法等に関する。
【0002】
【従来の技術】
真核細胞の成長及び分裂は、G1期、S期、G2期、及びM期の4つの期から成る細胞周期に基づいており、この細胞周期は、すべての真核細胞種にわたって機能的に保存されている。G1期、S期、及びG2期は、細胞周期の間期と称される。第1のギャップ期であるG1期では、細胞の様々な生合成活性が急速に高まってS期に備える。DNA合成期であるS期は、DNA合成の開始とともに始まり、2組の同じゲノムが複製されて終了する。続くG2期は、有糸分裂の開始前までの第2のギャップ期である。次いで、有糸分裂が行われ、それに引き続いて直ちに細胞質分裂を生じるのがM期(有糸分裂期)である。
【0003】
このような細胞周期におけるゲノムに関連した「チェックポイント機構」とは、細胞の複製においてゲノムの完全性を維持するための様々な事象を意味し、その実体は検出されたDNA損傷や複製異常をDNA修復や細胞周期の進行の阻害に結びつける様々な細胞内シグナル伝達カスケードであって、DNA損傷チェックポイント機構とDNA複製チェックポイント機構に大別される。DNA損傷チェックポイント機構はG1期、S期、及びG2期に存在するが、主要なのはG1期に存在するチェックポイント機構である。これらのDNA損傷チェックポイント機構とは、DNAに生じた何らかの損傷を感知して、G1期で細胞周期を遅延もしくは停止させてS期への導入を阻止し、誤った遺伝情報を有するDNAの合成やゲノムの構造異常の発生を防ぐための、一連のシグナル伝達カスケードから成り立っている(以下、これを「DNA損傷チェックポイントカスケード」と称することがある)。
【0004】
一方、DNA複製チェックポイント機構はS期に存在し、複製フォークの進行の異常を感知してDNA複製の開始や進行を遅延もしくは停止し、細胞周期をS期で停止すること(以下、これを「細胞のS期集積作用」と称することがある)によって異常な複製によるゲノムの構造異常等を防ぐ一連のシグナル伝達カスケードから成り立っている(以下、これを「DNA複製チェックポイントカスケード」と称することがある)。正常な細胞では、これらのカスケードが必要に応じて機能し、DNAの損傷や複製異常が修復されるまで細胞周期を積極的に遅延もしくは停止して、誤った遺伝情報やゲノムに構造異常を有する細胞の発生を阻止している(例えば、非特許文献1参照)。
【0005】
これに対し、多くのヒト癌細胞ではG1期に存在するDNA損傷チェックポイント機構が損なわれており、損傷されたDNAが修復されることなく複製されることによってDNAの構造異常が生じ、最終的に異常な増殖能等を獲得した癌細胞が発生することが知られている(例えば、非特許文献2参照)。一方で、従来癌治療用薬剤として用いられているDNA複製阻害物質等のみでは癌細胞を完全に死滅させるのは困難であることが知られ、その原因の一つがDNA複製チェックポイント機構における種々のカスケードにあると考えられている。これらのことから、DNA複製チェックポイントカスケードを作用点とした副作用の小さい薬剤が開発されることが期待され、これらのカスケードに関与する分子の解析が多数行われつつある。
【0006】
DNA複製チェックポイントカスケードには、少なくとも3つのグループの分子が関与していると考えられている。第1のグループは、細胞周期におけるDNA複製異常等を認識するセンサーとして働く蛋白質のファミリーである。第2のグループは、第1のグループによって発せられたシグナルを増幅し、伝達する蛋白質のファミリーである。最後に、第3のグループは、実質的な細胞の応答、すなわち、DNA合成の停止、DNA複製の停止等に関与する蛋白質のファミリーである。これらの分子が連動して機能することにより、細胞周期がS期で遅延もしくは停止される。例えば、第1のグループに属する蛋白質の一つとして、ATM/ATR蛋白質(例えば、非特許文献3参照)を中心とした蛋白質複合体群が知られている。ATM/ATR蛋白質は、G1又はG2期においてDNA損傷の認識に関与することでも知れているが、S期においては主にATR蛋白質が複製異常の感知に関与すると考えられている。また、第2のグループに属する蛋白質の一つとして、Chk1/Chk2蛋白質(例えば、非特許文献4〜6参照)が知られ、主にS期で機能すると考えられているのはChk1蛋白質である。これらの蛋白質は、いずれも蛋白質キナーゼとして働くことが知られ、DNA複製チェックポイントカスケードを構成している。
【0007】
このような知見から、ATR蛋白質又はChk1蛋白質の阻害剤をDNA複製阻害物質と併用する癌治療用薬剤として使用する研究が行われている。これらの中には、Chk1蛋白質の阻害を主たる作用機序とし、すでに臨床開発が進められている化合物もある(UCN−01;例えば、非特許文献7参照)。しかし、これらの蛋白質はDNA複製チェックポイントカスケードの上流に位置して他にも多くの働きを有する蛋白質である。従って、該カスケードの下流で最終的にDNA複製に直接寄与する因子を阻害する方が、高い効果を得られ、かつ副作用を軽減することができると期待されていた。しかし、このカスケードの下流において最終的に実質的な細胞の応答を担う分子については未だ十分な解析がなされておらず、DNA複製機能因子となる蛋白質が不明であったこと等から、このような蛋白質の解析が強く望まれていた。
【0008】
一方、Mcm(Minichromosome maintenance)蛋白質は、Mcm2からMcm7までの6種類の蛋白質として存在し、そのすべてのメンバーがゲノムの複製に必須の役割を果たすことで知られる蛋白質群である。Mcm蛋白質は、複製の過程で二本鎖DNAを解離させるDNAヘリカーゼとして機能すると考えられており(例えば、非特許文献8参照)、本発明者らは、このMcm蛋白質が、Mcm4/6/7複合体を形成し、一本鎖DNA上を3’末端から5’末端方向へ移動することによりヘリカーゼ活性を示すこと(例えば、非特許文献9参照)等を報告している。このように、Mcm蛋白質は直接的に複製に関わる蛋白質であることから、癌化との関係や癌細胞における働きについて、さらに詳細な解析が望まれていた。
【0009】
【非特許文献1】
松影昭夫・正井久雄編、「ゲノムの複製と分配」、シュプリンガー・フェアラーク東京、186−193(2002)
【非特許文献2】
Alberts B. et al., ”Molecular Biology of the cell”, 4th Edition, Garland Science(2002)
【非特許文献3】
Keegan et al., Genes and Devel., 10, 2423−2437(1996)
【非特許文献4】
Walworth et al., Nature, 363, 368(1993)
【非特許文献5】
Khodairy et al., Mel.Biol.Cell., 5, 147−160(1994)
【非特許文献6】
Carr,A.M., Semin. Cell Biol., 6, 65, 72(1995)
【非特許文献7】
赤羽浩一、実験医学・増刊、Vol.21, No.2, 198−205(2003)
【非特許文献8】
Annu.Rev.Biochem., 68, 649(1999)
【非特許文献9】
J.Biol.Chem., 272, 24508(1997)
【0010】
【発明が解決しようとする課題】
本発明は、細胞のS期集積作用解除物質のスクリーニング方法、該スクリーニング方法により得られる細胞のS期集積作用解除物質、及びその利用方法等を提供するためになされたものである。
【0011】
【課題を解決するための手段】
本発明者らは、上記課題を達成するために鋭意検討を進めた結果、培養癌細胞にある種のDNA複製阻害物質を添加すると、DNA複製チェックポイント機構の働きによってMcm4蛋白質のリン酸化が高度に亢進することを見出した。本発明は、これらの知見に基づいて成し遂げられたものである。
【0012】
すなわち本発明によれば、
(1)細胞周期がS期で停止している細胞を被検物質の存在下で培養し、該細胞においてMcm4蛋白質のリン酸化を抑制する能力を有する物質を選択することを特徴とする、細胞のS期集積作用解除物質のスクリーニング方法、
(2)細胞が、DNA複製阻害物質によりMcm4蛋白質のリン酸化が亢進される培養癌細胞である上記(1)に記載の方法、
(3)細胞周期がS期で停止している細胞を被検物質の存在下で培養し、該細胞においてChk1蛋白質の機能を阻害せず、かつ、Mcm4蛋白質のリン酸化を抑制する能力を有する物質を選択することを特徴とする、細胞のS期集積作用解除物質のスクリーニング方法、
(4)Mcm4蛋白質のリン酸化が、最終的にCdk2蛋白質により行われることを特徴とする上記(3)に記載の方法、
が提供される。
【0013】
また、本発明の別の態様によれば、
(5)上記(3)又は(4)に記載の方法により得られる細胞のS期集積作用解除物質、
が提供される。
また、本発明のさらに別の態様によれば、
(6)上記(3)又は(4)に記載の方法により得られる細胞のS期集積作用解除物質とDNA複製阻害物質とが併用されることを特徴とする癌治療用薬剤、
(7)上記(3)又は(4)に記載の方法により得られる細胞のS期集積作用解除物質を有効成分とすることを特徴とする、DNA複製阻害物質による癌の治療効果の増強用薬剤、
(8)DNA複製阻害物質がDNA合成阻害物質である上記(6)又は(7)に記載の薬剤、
(9)Cdk2蛋白質の阻害物質を有効成分とすることを特徴とする、細胞のS期集積作用解除用薬剤、
(10)Cdk2蛋白質の阻害物質が、プルバラノールA又はロスコビチンである上記(9)に記載の薬剤、
が提供される。
【0014】
【発明の実施の形態】
以下、本発明を更に詳細に説明する。
1. DNA 複製チェックポイントカスケード
本発明の細胞のS期集積作用解除物質のスクリーニング方法、該スクリーニング方法により得られる細胞のS期集積作用解除物質、及びその利用方法は、細胞にDNA複製阻害物質を添加したときに、DNA複製チェックポイントカスケードの働きによりMcm4蛋白質がリン酸化されることに基づいている。以下、まず、DNA複製チェックポイントカスケードについて説明する。
【0015】
S期に存在し、異常な複製によるゲノムの構造異常等を防ぐ機能を有するDNA複製チェックポイント機構は、蛋白質リン酸化カスケードであるDNA複製チェックポイントカスケードより成り立っている。ATR蛋白質やChk1蛋白質は該カスケードの主要なメンバーであるが、これらの蛋白質が関与する該カスケードにより最終的にリン酸化されるDNA複製機能因子は長く不明のままであった。本発明者らは、該因子がMcm4蛋白質であること、Mcm4蛋白質を最終的にリン酸化する蛋白質の一つがCdk2であること等を解明し、本発明の細胞のS期集積作用解除物質のスクリーニング方法、該スクリーニング方法により得られる細胞のS期集積作用解除物質、及びその利用方法を提供するに至ったものである。
【0016】
ここで、本明細書においてMcm蛋白質とは、Mcm(Minichromosome maintenance)遺伝子によりコードされる蛋白質を意味する。Mcm蛋白質としては、Mcm2〜7までの6つの遺伝子によりコードされる6つの蛋白質があり、これらが共同してDNA複製時にDNAを解離させる働きを有するヘリカーゼとして機能している。Mcm蛋白質は、Mcm2〜7までの各メンバーを1分子ずつ含む不活性型複合体と、各2分子ずつのMcm4/6/7より成る活性型複合体とを形成することが知られている。不活性型複合体は主に細胞周期がG2、M、及びS期の核質において、複製が進行していない領域に存在するが、活性型複合体は特にS期にクロマチンの複製が進行している領域に結合して存在し、DNA複製に直接的に関与していると考えられている。これらの複合状態及びヘリカーゼ活性は、主にMcm4蛋白質におけるリン酸化反応により制御されており、Mcm4蛋白質がリン酸化を受けるとヘリカーゼ活性が抑制され、逆にリン酸化を受けないとヘリカーゼ活性が上昇する。Mcm遺伝子及びMcm蛋白質の詳細は、Annu.Rev.Biochem., 68, 649(1999)、J.Biol.Chem., 272, 24508(1997)、J.Biol.Chem., 37, 34428−34433(2001)等に開示されている。
【0017】
Mcm4蛋白質のリン酸化は、該蛋白質のアミノ酸配列(配列番号:1)におけるアミノ酸番号7のスレオニン、アミノ酸番号19のスレオニン、アミノ酸番号32のセリン、アミノ酸番号54のセリン、アミノ酸番号110のスレオニン等のリン酸化部位で起こることが知られているが、中でもアミノ酸番号32のセリン、アミノ酸番号54のセリン、アミノ酸番号110のスレオニンにおけるリン酸化は重要である。ここで、本明細書において単に「Mcm4蛋白質がリン酸化される」、「リン酸化が亢進する」等という場合には、これらのリン酸化部位のいずれか1箇所以上がリン酸化されていればよいが、「高度にリン酸化される」という場合には、これらのリン酸化部位の複数、好ましくは2箇所以上、特に好ましくは3箇所以上がリン酸化されることを意味する。
【0018】
まず、本発明者らは、培養癌細胞にDNA合成阻害物質であるヒドロキシウレアを添加すると、Chk1蛋白質及びMcm4蛋白質のリン酸化が顕著に亢進されることを確認した。また、Cdk2蛋白質のリン酸化も亢進していた。このようなChk1蛋白質及びMcm4蛋白質のリン酸化の亢進は、トポイソメラーゼ阻害物質であるカンプトテシンや、アルキル化物質であるメチルメタンサルフェートでも若干見られた。
【0019】
本発明者らは、さらに、ATR蛋白質の非特異的阻害剤として知られるカフェイン(Feijoo et al., J.Cell Biol.,154,5,913−923(2001))、及び、Chk1蛋白質の非特異的阻害剤として知られるGo6976(Kohn et al., Cancer Research, 63,31−35(2003))を用いて、これらによりATR蛋白質又はChk1蛋白質を阻害すると、ヒドロキシウレアによるMcm4蛋白質及びCdk2蛋白質のリン酸化が抑制されることを示した。すなわち、Mcm4蛋白質及びCdk2蛋白質が、ATR蛋白質及びChk1蛋白質をメンバーとするDNA複製チェックポイントカスケードの働きによりリン酸化されることを明らかにした。
【0020】
次に、in vitroの実験系を用いて、Cdk2/CyclinA複合体がMcm4蛋白質を直接的にリン酸化する活性を有するが、Chk1蛋白質には、Mcm4蛋白質を直接的にリン酸化する活性はないことを解明した。さらに、in vivoの実験系を用いて、癌細胞においてヒドロキシウレアを添加することにより亢進されるMcm4蛋白質のリン酸化が、少なくとも、配列表の配列番号:1に記載のMcm4蛋白質のアミノ酸配列におけるアミノ酸番号32のセリン、アミノ酸番号54のセリン、アミノ酸番号110のスレオニンにおいて起こっていることを確認した。
【0021】
これらの解析により確認されたDNA複製チェックポイントカスケードを図8に示す。細胞周期がS期にある細胞でDNA複製チェックポイントカスケードが作動した場合には、主に(1)複製フォークの安定化(複製フォーク進行の停止)、(2)他の複製開始点の停止(新たな複製開始の阻止)、(3)細胞周期の停止の3つの反応が起こると考えられている。細胞は、このような反応により細胞周期をS期で停止し(細胞のS期集積作用)、異常複製を回避する。Mcm4蛋白質はヘリカーゼ活性を有することから、これらのうちで(1)及び(2)に関与すると考えられる。
【0022】
以下に詳述する発明は、このようなDNA複製チェックポイントカスケードに基づいて完成されたものである。
2.細胞の S 期集積作用解除物質のスクリーニング方法
本発明の細胞のS期集積作用解除物質のスクリーニング方法は、細胞周期がS期で停止している細胞を被検物質の存在下で培養し、該細胞においてMcm4蛋白質のリン酸化を抑制する能力を有する物質を選択することを特徴とする方法である。
(1)細胞
本発明のスクリーニング方法には、DNA複製チェックポイントカスケードの働きによってMcm4蛋白質のリン酸化が亢進され、細胞周期がS期で停止している細胞が好ましく用いられる。具体的には、例えば、DNA複製阻害物質により細胞周期がS期で停止された細胞や、同調培養等の方法により細胞周期がS期に調整された細胞、何らかの異常等により細胞周期がS期で停止している細胞等が挙げられるが、中でも、DNA複製阻害物質により細胞周期がS期で停止された培養癌細胞が特に好ましく用いられる。
【0023】
ここで、癌細胞とは、無限増殖能を獲得した悪性の細胞を意味し、細胞の形態、配列、機能等が種々の点で発生母地のもとの細胞と異なり、無限増殖能に加えて浸潤性、生体内での転移性等を有する細胞である。本発明のスクリーニング方法において用いられる癌細胞としては、発癌の誘因や機構、癌の種類、組織型、細胞の種類、由来等いかなるものでも用い得るが、その中でも、ヒト癌組織由来の株化(ライン化)された培養癌細胞が好ましく用いられる。このような培養細胞としては、例えば、ヒト子宮頸癌由来の培養癌細胞(HeLa細胞:Cancer Res., 12, 264−265(1952))、ヒト皮膚癌由来の培養癌細胞(A431細胞:Giard DJ, et al., J. Natl. Cancer Inst., 51,1417−1423(1973))、ヒト繊維肉腫由来の培養癌細胞(HT1080細胞:Barber JR, et al.、米国特許公報5,591,624(1997))、ヒト白血病血液細胞由来の培養癌細胞(HL−60細胞:Gallagher R, et al., Blood, 54,713−733(1979))、ヒトバーキットリンパ腫由来の培養癌細胞(Raji細胞:J.Natl.Cancer Inst., 53, 347−360(1974))、大腸癌由来の培養癌細胞(HT29細胞:J.Natl.Cancer Inst., 55, 555−560(1975))、肺癌由来の培養癌細胞(A549細胞:Int.J.Cancer, 17, 62−70(1976))、等が挙げられ、これらの中でもヒト子宮頸癌由来の培養癌細胞(HeLa細胞)が特に好ましく用いられる。また、これらの他に、ウィルス等による形質転換により無限増殖能を獲得させた培養癌細胞等も用いることができ、例えば、SV40ウィルスにより形質転換された繊維芽細胞(VA−13細胞:Exp.Cell Res., 163, 309−316(1986))、SV40ウィルスにより形質転換された繊維芽細胞(GM00637細胞:J.Biol.Chem., 276, 36194−36199(2001)等:Coriell Institute for Medical Research製)等が挙げられる。このような培養癌細胞は、それ自体公知の通常用いられる方法で培養され、対数増殖期になったところで実験に供されることが好ましい。また、培養、被検物質の添加、Mcm4蛋白質の解析等が可能なものであれば、培養組織等も同様にして用いることができる。
【0024】
このような培養癌細胞の細胞周期をS期で停止させたものが、特に好ましくスクリーニングに用いられる。細胞周期をS期で停止させる方法としては、前述のとおり、例えば、DNA複製阻害物質による方法、同調培養による方法等が挙げられる。
本明細書において「DNA複製阻害物質」とは、DNA複製過程に関与する種々の因子を阻害する物質の総称である。このような物質は、様々な作用、機序によってDNA複製を停止して、DNA複製チェックポイント機構を作動させ、Mcm4蛋白質をリン酸化して細胞周期をS期で停止させる能力(細胞のS期集積作用)を有する。このような物質としては、例えば、DNA合成を阻害する物質(以下、これを「DNA合成阻害物質」と称することがある)、複製フォークの進行を阻害する物質(以下、これを「DNA複製フォーク進行阻害物質」と称することがある)等が挙げられる。本発明においては、DNA複製阻害物質であればいかなるものでも用い得るが、中でも、細胞のS期集積作用の強いDNA合成阻害物質が好ましく用いられる。
【0025】
DNA合成阻害物質とは、DNA複製の一過程であるDNA合成を阻害する能力を有する物質を意味する。すなわち、DNA合成阻害物質とは、DNA複製の過程において生じる多数の反応のうちDNA合成反応に関わる種々の蛋白質や基質等を阻害することによりDNA合成を阻止し、DNAが新しい二本鎖DNAを形成することを阻害して一本鎖DNAを蓄積させる能力を有する物質である。このような物質としては、例えば、DNA合成に必要な基質に拮抗して該基質のDNAポリメラーゼへの結合を阻害したり、もしくはこれらの合成を阻害して枯渇させる能力を有する物質(以下、これらを「代謝拮抗物質」と称することがある)、DNAポリメラーゼを直接的に阻害する物質(以下、これを「DNAポリメラーゼ阻害物質」と称することがある)等が挙げられる。
【0026】
DNA合成においては、塩基であるプリン(アデニン及びグアニン)、ピリミジン(シトシン及びチミン)が合成され、これらが五炭糖及びリン酸と結合してリボヌクレオチドが合成される。これがさらにリボヌクレオチド還元酵素により還元されてデオキシリボヌクレオチド(dATP、dGTP、dTTP、及びdCTP)が合成され、DNA合成の最終基質となる。本明細書において「DNA合成の基質」という場合には、最終基質のデオキシリボヌクレオチドだけでなく、プリン、ピリミジン、リボヌクレオチド等をすべて含む。
【0027】
代謝拮抗物質としては、例えば、上記したプリン、ピリミジン、リボヌクレオチド、デオキシリボヌクレオチド等に拮抗する物質又は合成阻害物質が挙げられる。また、これらの誘導体又はプロドラッグ等も同様に用いることができる。より具体的には、すでに繁用されている抗癌剤のうち代謝拮抗剤と呼ばれるもの等の中から選択して用いることができる。繁用されている代謝拮抗剤としては、例えば、ヒドロキシウレア(ヒドロキシカルバミド)、フルオロウラシル(5−FU)、テガフール、カルモフール、シタラビン(サイトシンアラビノシド)、ゲムシタビン、メトトレキサート、メルカプトプリン等が挙げられ、これらの中でも本発明においては、ヒドロキシウレア等が好ましく用いられる。ヒドロキシウレアは、リボヌクレオチドを還元するリボヌクレオチド還元酵素を阻害する作用を有する。
【0028】
本発明においては、上記のDNA合成阻害物質のうち、代謝拮抗物質が好ましく用いられる。また、代謝拮抗物質の中でも、ヒドロキシウレアのようにDNA複製の基質の合成を阻害する物質が特に好ましく用いられる。ヒドロキシウレアは、培養細胞に添加されることにより同調培養を行う作用をも有していることから特に好ましく用いられる。また、ヒトに投与する薬剤の有効成分としては用い得ないものであっても、実験的に培養癌細胞等に添加し、該細胞におけるMcm4蛋白質のリン酸化を亢進させる能力を有する物質であれば、用いることができる。このような物質としては、例えば、アフィディコリン等が挙げられる。アフィディコリンは代謝拮抗物質であり、デオキシリボヌクレオチドの一つであるdCTPの拮抗物質となる。
【0029】
真核生物のDNA複製に関わるDNAポリメラーゼには、α、β、γ、δ、及びε等のサブタイプがあり、本発明のDNAポリメラーゼ阻害物質としては該サブタイプのいずれか又は複数を阻害する物質であればよいが、DNAポリメラーゼαを阻害するものが好ましく用いられる。DNAポリメラーゼ阻害物質としては、公知の物質等を用いることができ、例えば、Evans blue (Eur.J.Biochem., 177,91−96(1988))、Suramin (Eur.J.Biochem., 172, 349−353(1988))、Aurintricarboxylic acid (Eur.J.Biochem., 177, 91−96(1988))、KN−208(Int.J.Cancer, 76, :512−518(1998))、Sphingosine (Biochemistry, 40, 11571−11557(2001))等が挙げられる。
【0030】
また、DNA複製フォーク進行阻害物質としては、例えば、DNAをアルキル化して架橋や変異を生じさせることによりDNA合成を阻害する物質(以下、これを「アルキル化物質」と称することがある)や、DNA複製の進行にともなって生じるDNAのスーパーコイルを解消するトポイソメラーゼの阻害物質(以下、これを「トポイソメラーゼ阻害物質」と称することがある)等が挙げられる。アルキル化物質は、その作用により二本鎖DNAの巻き戻しや一本鎖化の進行を早い段階で阻止することから、Mcm4蛋白質のリン酸化は亢進されるがやや低レベルである。また、トポイソメラーゼ阻害物質も、二本鎖DNAの巻き戻しが進行しないために一本鎖DNA部分が生成しないことから、Mcm4蛋白質のリン酸化は亢進されるがやや低レベルである。また、アルキル化物質と同様の作用を示す抗腫瘍金属製剤として、シスプラチン等も用いることができる。
【0031】
上記したようなDNA複製阻害物質による方法の他に、同調培養によってS期に細胞周期が調整された細胞を用いることもできる。同調培養とは、培養細胞を細胞周期の一定時期にそろえることにより個々の細胞で起きている現象を細胞集団全体の現象として反映させることのできる方法であって、例えば、周期がS期にある細胞集団を調製する方法としては、DNA合成の基質の合成を阻害する方法の他に、血清要求性の高い細胞の培養液から血清を除去し、一定時間後に血清を添加してDNA合成を同時に起こさせる方法等が挙げられる。また、公知の方法に従って細胞周期をS期痛いの期に調整した後、再び細胞周期を進行させてS期になったところで用いる方法も挙げられる。
【0032】
(2)被検物質
被検物質としては、例えば、ペプチド、タンパク、非ペプチド性化合物、合成化合物、発酵生産物、細胞抽出液、植物抽出液、動物組織抽出液などが挙げられ、これらの化合物は新規な化合物であってもよいし、公知の化合物であってもよい。これらの投与量、投与方法、処理時間等は、用いる癌細胞の種類に従って適宜選択すればよいが、例えば、前記培養癌細胞に添加する場合には、被検物質を適当な濃度の溶液等として調製し、該細胞の培養上清に直接添加する方法等が好ましく用いられる。
【0033】
(3)細胞の S 期集積作用解除物質のスクリーニング方法
上記被検物質を前記細胞周期がS期で停止している細胞に添加し、該細胞においてMcm4蛋白質のリン酸化を抑制する能力を有する物質を選択する。また、このとき、さらにChk1蛋白質の機能を阻害しない物質を選択することが好ましい。Chk1蛋白質は、上記1に詳述したDNA複製チェックポイントカスケード(図8)において、Mcm4蛋白質より上流に位置し、他に多くの機能を有することから、特異的にMcm4蛋白質を抑制する物質を得るためには、Chk1蛋白質の機能を阻害せず、かつ、Mcm4蛋白質のリン酸化を抑制する能力を有する物質を選択することが好ましい。
【0034】
以下、DNA複製阻害物質によりMcm4蛋白質のリン酸化が亢進される培養癌細胞を用いる場合を例に挙げて、より具体的に説明する。
まず、公知の方法に従って該培養癌細胞を培養し、好ましくは対数増殖期に調製する。これに、被検物質とDNA複製阻害物質とを添加する。このとき、これらの添加は同時でもよいし、順不同で時間をずらして添加してもよい。すなわち、DNA複製阻害物質を先に添加してMcm4蛋白質のリン酸化が亢進された細胞に被検物質を添加してもよいし、予め被検物質を添加しておき、一定時間後にDNA複製阻害物質を添加してもよい。Mcm4蛋白質のリン酸化抑制物質としては、後述するように種々の作用機序を有する物質が考えられることから、複数の添加方法を試みることも好ましい。
【0035】
一定時間処理した後、Mcm4蛋白質のリン酸化の程度を解析し、Mcm4蛋白質のリン酸化の程度が十分に低かった場合に、該被検物質はMcm4蛋白質のリン酸化を抑制する能力を有すると判定することができる。ここで、「Mcm4蛋白質のリン酸化の程度が十分に低い」とは、Mcm4蛋白質に存在する複数のリン酸化部位において、リン酸化されている箇所が十分に少ないこと、及び/又は、ある細胞集団等に含まれる多数のMcm4蛋白質について、リン酸化の程度が低いものが十分に多いことを意味する。結果の判定には、被検物質を添加していない培養癌細胞における該蛋白質のリン酸化の程度を解析し、これと比較して十分にリン酸化の程度が低いことを確認することが好ましい。
【0036】
Mcm4蛋白質のリン酸化の程度の解析は、一般的に蛋白質のリン酸化の程度の解析に用いられる方法の中から、適宜選択して行うことができる。解析は、例えば、必要に応じて培養液から細胞を回収して細胞抽出液を調製し、これについて行ってもよいが、クロマチン結合画分のみを分画して、この画分に含まれるMcm4蛋白質について行うことが好ましい。クロマチン結合画分の取得方法は、公知の細胞分画方法に準じて行うことができるが、例えば、後記実施例2に詳述する方法等が挙げられる。
【0037】
該画分に含まれるMcm4蛋白質のリン酸化の程度は、Mcm4蛋白質に対する抗体又はMcm4蛋白質のリン酸化部位に対する抗体等を用いて解析すればよい。これらの抗体を用いて解析を行う場合には、例えば、該抗体を用いるウエスタンブロット法等を行ってMcm4蛋白質を検出し、その結果を解析する。Mcm4蛋白質のバンドは、該蛋白質の分子量である100kD(ダルトン)付近に検出されるが、リン酸化の程度が高いとバンドが上部へシフトし、リン酸化の程度が低いと1本のバンドとして検出される。一般に、蛋白質がリン酸化されると、蛋白質の立体構造が変化したりリン酸基の分子量が増加するために上部へシフトすることが知られ、Mcm4蛋白質の場合、複数のリン酸化部位において高度にリン酸化されるほど上部へシフトする。
【0038】
また、さらに、Chk1蛋白質の機能を阻害しないことを確認して、該蛋白質の機能を阻害せず、かつ、Mcm4蛋白質のリン酸化を抑制する能力を有する物質を選択することが特に好ましい。用いた被検物質がChk1蛋白質の機能を阻害するか否かは、例えば、Mcm4蛋白質のリン酸化の程度を解析する場合と同様に、細胞抽出液又はクロマチン結合画分を調製し、該抽出液中に含まれるChk1蛋白質のリン酸化の程度を抗Chk1蛋白質抗体又はChk1蛋白質のリン酸化部位に対する抗体等を用いて解析すればよい。
【0039】
3.細胞の S 期集積作用解除物質
本発明の細胞のS期集積作用解除物質は、上記2に詳述した本発明のスクリーニング方法により選択される物質のうち、Chk1蛋白質の機能を阻害せず、かつ、Mcm4蛋白質のリン酸化を抑制する能力を有する物質である。該物質は、DNA合成において直接複製機能因子として機能するMcm4蛋白質のリン酸化を特異的に抑制する能力を有し、細胞のS期集積作用を解除する物質である。すなわち、細胞周期がS期で停止している細胞に投与することにより、細胞周期を再び進行させる能力を有する。該物質としては、Chk1蛋白質は阻害せず、Mcm4蛋白質のリン酸化を抑制する能力を有してさえいれば、いかなる作用機序によるものでもよい。
【0040】
このような物質としては、例えば、Mcm4蛋白質のリン酸化を阻害する物質(以下、これを単に「リン酸化阻害物質」と称することがある)、すでにリン酸化されているMcm4蛋白質のリン酸基を離脱させる脱リン酸化物質(以下、これを単に「脱リン酸化物質」と称することがある)等が挙げられる。さらに、前者のリン酸化阻害物質としては、例えば、Mcm4蛋白質をリン酸化するリン酸化酵素を阻害する物質(以下、これを単に「リン酸化酵素阻害物質」と称することがある)、Mcm4蛋白質のリン酸化部位におけるリン酸化反応を直接的に阻害する物質(以下、これを単に「リン酸化部位阻害物質」と称することがある)等が挙げられる。これらは、単独で用いてもよいし、複数組み合わせて用いてもよい。
【0041】
リン酸化酵素阻害物質としては、例えば、サイクリン依存性キナーゼの阻害物質等が挙げられる。これらの中でも、細胞周期のS期で活性の高いサイクリン依存性キナーゼの阻害物質が好ましく用いられ、特にCdk2蛋白質等のサイクリン依存性キナーゼの阻害物質が好ましく用いられる。Cdk2蛋白質の阻害物質としては、例えば、プルバラノールA(Purvalanol A)、ロスコビチン等が挙げられる。また、Cdk2蛋白質のようなサイクリン依存性キナーゼはCyclinA又はCyclinBと複合体を形成することにより活性を示すことから、形成された複合体を解離させる能力を有する物質も同様に用いることができる。特に、Cdk2/CyclinA複合体を解離させる能力を有する物質が好ましく用いられる。
【0042】
また、リン酸化酵素阻害物質としては、例えば、上記1に詳述したDNA複製チェックポイントカスケードにおいて、Chk1蛋白質よりも下流に存在する蛋白質の機能を阻害する物質も同様に用い得る。このような蛋白質としては、例えば、前記Cdk2蛋白質の他に、CAK蛋白質等が挙げられる。CAK蛋白質は、Cdk2蛋白質のアミノ酸配列における160番目のスレオニンをリン酸化し、該蛋白質を活性化することで知られるキナーゼである(Gu,Y., Rosenblatt,J. and Morgan,D.O., EMBO J.,11,3995−4005(1992))。
【0043】
リン酸化部位阻害物質としては、例えば、Mcm4蛋白質のリン酸化部位に結合する能力を有する抗体等が挙げられる。具体的には、例えば、Mcm4蛋白質のアミノ酸番号7のスレオニン、アミノ酸番号19のスレオニン、アミノ酸番号32のセリン、アミノ酸番号54のセリン、アミノ酸番号110のスレオニン等に対する抗体等が挙げられる。これらの中でも、アミノ酸番号32のセリン、アミノ酸番号54のセリン、アミノ酸番号110のスレオニン等に対する抗体等が好ましく用いられる。また、該リン酸化部位に直接何らかの変異や修飾等を生じさせることによりリン酸化酵素の結合を妨げる能力を有する物質も、同様に用いることができる。
脱リン酸化物質としては、例えば、蛋白質脱リン酸化酵素の活性化物質等が挙げられる。
【0044】
4.本発明の癌治療用薬剤又は DNA 複製阻害物質による癌の治療効果の増強用薬剤
(1)本発明の薬剤の作用機序
本発明の薬剤は、DNA複製阻害物質と上記3に詳述した細胞のS期集積作用の解除物質とが併用されることにより、DNA複製阻害物質による癌の治療効果が増強されることを特徴としている。
【0045】
真核生物のDNA複製の過程では、まず、二重らせんが巻き戻され、生じた一本鎖DNA部分にヘリカーゼが結合して、その上を移動しながらDNAの二本鎖をさらに解離させる。次いで、一本鎖になったDNAにプライマーゼ、DNAポリメラーゼ等の各種蛋白質が結合し、それぞれの一本鎖DNAに相補的なDNAが合成され、二本鎖DNAとなる。ここで、二本鎖DNAは生化学的にも生物学的にも安定であるが、一本鎖DNAは変異、切断、組換え等が生じやすく不安定であって、細胞障害や細胞死等の確率を上昇させる。従って、例えば、複製活性が高まり細胞増殖が盛んになっている癌細胞に抗癌剤としてDNA複製阻害物質を投与すると、何らかの機構により複製を停止させ、癌細胞の増殖を抑制することが期待される。より具体的には、例えば、DNA複製阻害物質の1種であるDNA合成阻害物質を投与すると、ヘリカーゼによりDNAが一本鎖化されてもDNA合成が行われず、一本鎖DNAが蓄積されて、最終的には癌細胞に細胞死を誘導することが期待される。
【0046】
しかし、S期のDNA複製チェックポイント機構が存在している細胞では、合成や複製フォークの進行等の複製の各過程に何らかの異常があると、DNA複製チェックポイントカスケードが機能して複製を停止し、細胞周期をS期で停止すること(細胞のS期集積作用)により細胞死を回避している。同様に、癌細胞においても、DNA複製チェックポイント機構が存在すると細胞周期が停止して細胞がS期に集積されるため、抗癌剤として投与されたDNA合成阻害物質の効果が半減されてしまう症例が少なくない。
【0047】
このような癌細胞におけるDNA複製阻害物質による細胞のS期集積作用は、ATR蛋白質、Chk1蛋白質等を介したDNA複製チェックポイントカスケード(図8)を経てMcm4蛋白質がリン酸化され、最終的にヘリカーゼとして機能するMcm蛋白質複合体の活性が阻害されることにより引き起こされる。上記3に詳述した本発明の細胞のS期集積作用解除物質は、このようにしてS期に集積された細胞に投与すると、Mcm4蛋白質のリン酸化を抑制し、再び細胞周期を進行させる能力を有する。従って、該物質をDNA複製阻害物質と併用することにより、ヘリカーゼ活性を維持させて癌細胞に効果的に細胞死を誘導することができ、抗癌剤として投与されるDNA複製阻害物質の効果を増強することができる。ATR蛋白質又はChk1蛋白質の阻害物質をDNA複製阻害物質と併用する方法も知られているが、これらの蛋白質は該カスケードにおいて上流に位置し、他にも多くの働きを持つ蛋白質であることから、該カスケードにおいてChk1蛋白質よりも下流の蛋白質の機能を阻害する方法、特に、最終的にDNA複製に直接寄与するDNA複製機能因子であるMcm4蛋白質を阻害する方法は非常に効果的であり、副作用も軽減することができる。
【0048】
(2)本発明の癌治療用薬剤
本発明の癌治療用薬剤は、上記3に詳述した本発明の細胞のS期集積作用解除物質とDNA複製阻害物質とが併用されることを特徴としている。該薬剤は、癌患者に投与され、各種の癌の治療に用いられる。
本明細書において癌とは、悪性腫瘍全般、あるいはそれによる疾病状態を意味するが、これらの中でも、いわゆる抗癌剤により治療が可能とされる癌が本発明の癌治療用薬剤の好ましい対象である。具体的には、例えば、白血病、悪性リンパ腫、多発性骨髄腫、形質細胞性腫瘍、精巣(睾丸)腫瘍、卵巣癌、絨毛性疾患、小細胞肺癌、小児急性リンパ性白血病、頭頸部癌、食道癌、非小細胞肺癌、乳癌、胃癌、大腸癌、膵癌、膀胱癌、子宮癌、外陰癌、膣癌、皮膚癌(悪性黒色腫)、軟部腫瘍等が挙げられる。
【0049】
本発明の薬剤において併用されるDNA複製阻害物質としては、上記2の(2)に詳述したものやこれらの誘導体又はプロドラッグ等のうち、ヒトに投与可能な物質が用いられる。また、DNA複製阻害物質の中でも、特にDNA合成阻害物質が好ましく用いられる。これらの物質の中から、患者の罹患している癌の種類、組織、進行状態、患者の年齢、性別等に鑑みて任意に選択して用いることができる。例えば、DNA合成阻害物質では、ヒドロキシウレアは慢性骨髄性白血病等に適応する薬剤として、フルオロウラシルは頭頸部癌、乳癌、胃癌、大腸癌等に適応する薬剤として、メトトレキセートは急性白血病や乳癌等に適応する薬剤として、さらにシタラビンは急性骨髄性白血病等に適応する薬剤として選択され得る。このような繁用されている薬剤は、それぞれ公知の適応症に応じ選択されればよい。DNA合成阻害物質以外のDNA複製阻害物質についても、同様に選択して用いることができ、例えば、シスプラチンは精巣腫瘍、膀胱癌、卵巣腫瘍等に適応する薬剤として選択され得る。また、これら薬剤の含有量等も、それぞれ選択された物質に応じて、患者の罹患している癌の種類、組織、進行状態、患者の年齢、性別等に鑑みて任意に決定することができる。
【0050】
また、細胞のS期集積作用解除物質としては、上記3において詳述したものの中から、DNA複製阻害物質との相互作用等を鑑みて適当なものを選択すればよい。これらの含有量等は、それぞれ選択された物質に応じて、患者の罹患している癌の種類、組織、進行状態、患者の年齢、性別等に鑑みて任意に決定することができる。
【0051】
ここで、本発明において「DNA複製阻害物質と細胞のS期集積作用解除物質を併用する」とは、例えば、合剤として両方を有効成分として含む薬剤を調製してこれを用いてもよいし、それぞれを有効成分として含む別の薬剤を調製してこれらを同時又は順不同で用いてもよく、いずれの形態のものも本発明の薬剤に含まれる。これらの薬剤の調製方法、投与方法等は、それ自体公知の通常用いられる方法に従って行うことができるが、例えば、注射剤として調製してこれを静脈内注射により投与する方法、錠剤又はカプセル剤等として調製してこれを経口投与する方法等が挙げられる。投与に際しては、血中濃度のモニタリング、副作用のモニタリング等が随時行われることが好ましい。さらに、治療に際しては、対象となる癌や患者に適した他の公知の薬剤や治療方法を併用することもできる。
【0052】
このような本発明の癌治療用薬剤を用いることにより、DNA複製阻害物質を単独で用いる場合に比較して、より効果的に癌の治療を行うことができる。癌患者にDNA複製阻害物質のみを投与した場合、癌患者の体内に存在する癌細胞でDNA複製チェックポイントカスケードが機能することによってMcm4蛋白質のリン酸化が亢進され、細胞周期がS期で停止することにより細胞死が回避されて、DNA複製阻害物質の有する癌細胞を死滅させたり増殖を抑制する効果が半減してしまう。しかし、これに細胞のS期集積作用解除物質を併用すれば、Mcm4蛋白質のリン酸化を抑制してヘリカーゼとして機能するMcm蛋白質複合体の活性を維持させ、細胞周期を進行させて癌細胞の細胞死を促し、増殖を抑制することができる。このことは、抗癌剤として投与されるDNA複製阻害物質の効果が増強されることを意味し、所望の効果を得るための投与量を減量したり、DNA複製阻害物質による副作用を最小限に抑えることができる。
【0053】
(3) DNA 複製阻害物質による癌の治療効果の増強用薬剤
上記(1)及び(2)において詳述したとおり、細胞のS期集積作用解除物質は、DNA複製阻害物質が投与される癌細胞においてMcm4蛋白質のリン酸化を抑制してヘリカーゼとして機能するMcm蛋白質複合体の活性を維持させ、細胞周期を進行させて癌細胞の細胞死を促し、癌細胞の増殖を抑制する効果を有する。従って、該物質を有効成分とする薬剤は、DNA複製阻害物質による癌の治療効果の増強用薬剤として用いることができる。
【0054】
該薬剤に有効成分として含まれる細胞のS期集積作用解除物質としては、上記3に挙げたもの等を用いることができ、これらの製剤化等についても、上記(2)に詳述した方法と同様に、対象とされる癌や患者等に鑑みてそれ自体公知の通常用いられる方法により行うことができる。
かくして調製される薬剤は、上記2の(3)に詳述したようなDNA複製阻害物質とともに癌に罹患している患者に投与され、該物質の効果を増強させる能力を有する。投与は、DNA複製阻害物質と同時でもよいし、順不同に時期をずらして行われてもよい。DNA複製阻害物質を投与した後にその治療効果を検討して、治療効果に比較して副作用が大きく該物質の投与量を増量できない場合や、DNA複製阻害物質の投与量を増量しても効果の増強が観察されない場合等には、本増強用薬剤の投与は特に有効である。
【0055】
【実施例】
以下、実施例により本発明を説明するが、本発明はこれらの実施例により何ら限定されるものではない。なお、下記実施例において、「PBS」とはPhosphate Buffered salineを、「DMSO」とはDimethyl sulfoxideを意味する。
実施例1.抗体の調製
(1)抗Mcm4抗体
Mcm4蛋白質のカルボキシ末端領域に対する抗体(以下、これを「抗Mcm4抗体」と称することがある)は、木村らによって作製されたものを分与された。該抗体に関する詳細は、Kimura et al., Genes Cells, 1, 977−993(1996)等に開示されている。
【0056】
(2)抗リン酸化抗体
ヒトMcm4蛋白質(配列番号:1)のアミノ酸番号32のセリンに対する抗リン酸化抗体(以下、これを「抗P−Ser32抗体」と称することがある)、アミノ酸番号54のセリンに対する抗リン酸化抗体(以下、これを「抗P−Ser54抗体」と称することがある)、及びアミノ酸番号110のスレオニンに対する抗リン酸化抗体(以下、これを「抗P−Thr110抗体」と称することがある)は、次のようにして作製した。
【0057】
まず、抗P−Ser32抗体作製用の抗原ポリペプチド(配列番号:2)、抗P−Ser54抗体作製用の抗原ポリペプチド(配列番号:3)、及び抗P−Thr110抗体作製用の抗原ポリペプチド(配列番号:4)を調製し、これらのアミノ末端に、それぞれkeyhole limpetを結合させて免疫原を調製した。また、これらの抗原ポリペプチドと同じ配列を有し、かつセリンもしくはスレオニンがリン酸化されていない非リン酸化ポリペプチドをそれぞれ調製した。次いで、前記免疫原をそれぞれウサギに免疫し、それ自体公知の通常用いられる方法により抗血清を得た後、該抗血清をそれぞれの抗原ポリペプチドを予め吸着させておいたカラムにより精製した。これをさらに、それぞれの抗原ポリペプチドに対応する前記非リン酸化ポリペプチドを予め吸着させておいたカラムに供して、非リン酸化ポリペプチドに結合しなかった画分を回収し、抗P−Ser32抗体、抗P−Ser54抗体、又は抗P−Thr110抗体とした。
【0058】
各ペプチドカラムは、前記ポリペプチドをCNBr活性化Sepharose(アマーシャム社製)に0.5〜1mg/mlの濃度で結合させて作製した。カラムからの抗体の溶出は、0.1M glycine(pH 2.5), 0.15M NaClの溶液で行い、溶出液にはすぐにTris−HCl(pH8)を最終濃度100mMとなるように加えて中和した。
【0059】
(3)抗Chk1抗体
抗Chk1抗体(ウサギ抗体)は、Santa Cruz Biotechnology Inc.社より購入した。
【0060】
(4)抗Cdk2リン酸化抗体
抗Cdk2リン酸化抗体としては、Cdk2蛋白質の主要なリン酸化部位である、該蛋白質のアミノ酸配列において160番目のスレオニンに対する抗リン酸化抗体(以下、これを「抗P−Cdk2抗体」と称することがある)を、Cell Signaling社製のものを購入して用いた。160番目のスレオニンは、該蛋白質のキナーゼとしての活性を発現させるリン酸化部位であることが知られている。
【0061】
実施例2.各種薬剤により誘導される Mcm4 蛋白質のリン酸化の解析
(1)培養細胞の調製
ヒト子宮頚部癌由来のHeLa細胞は、東北大学・榎本武美教授より供与された。HeLa細胞の培養は、10%ウシ血清を含むDMEM培地を用いて、30あるいは50mmのプレートで行った。ヒト正常繊維芽細胞のHUC−F細胞は、ヒトのへその緒由来の細胞であって、理研細胞バンクより購入した。HUC−F細胞の培養は、10%ウシ胎児血清を含むDMEM培地を用いて、30あるいは50mmのプレートで行った。いずれの細胞も、二酸化炭素7.5%を含む37℃の培養器中で1−2日間程度培養し、対数増殖期になったところで実験に用いた。
【0062】
各培養細胞の薬剤による処理は、下記のようにして行った。
DNA合成阻害物質であるヒドロキシウレア(HU)は、シグマ社から購入し、PBSに適当な濃度で溶解してストック溶液とした。これを、最終濃度2mMとなるようにHeLa細胞及びHUC−F細胞の培養上清に添加して処理した。処理時間は24時間とした。
【0063】
DNA合成阻害物質であるアフィディコリンは、和光純薬社から購入し、15mMになるようにDMSOに溶解してストック溶液とした。これを、最終濃度15μM又は30μMとなるようにHeLa細胞の培養上清に添加して処理した。処理時間は、24時間とした。
トポイソメラーゼ阻害物質であるカンプトテシン(CPT)は、Calbiochem Novabiochem Corporationから購入し、3mg/mlとなるようにDMSOに溶解してストック溶液とした。これを、最終濃度0、1、3、10、30μMとなるようにHeLa細胞の培養上清に添加して処理した。処理時間は24時間とした。(「0μM」とは、CPTを添加していない細胞を意味する。)
アルキル化物質であるメチルメタンサルフェート(MMS)は、Aldrich Chem.Co.社から購入し、20mg/mlとなるように水に溶解してストック溶液とした。これを、最終濃度100μg/mlとなるようにHeLa細胞の培養上清に添加して処理した。処理時間は、0、4、6、14時間とした。(「0時間」とは、MMSを添加していない細胞を意味する。)
【0064】
(2)細胞の分画
上記(1)で調製した各細胞を溶解し、分画を行った。
まず、トリプシン−EDTA溶液を用いてプレートからはがした細胞液に、培養液を加えて反応を停止した後、遠心分離(1000rpm、5分間)を行って細胞を集めた。集めた細胞をPBSで一回洗浄し、これに2×106cells/100μlの濃度になるように、0.1% TritonX−100、1mM ATP、蛋白質分解阻害剤(×50 Proteinase inhibitor cocktail:Pharmingen社製)とホスファターゼ阻害剤(β−glycerophosphate, Na−pyrophosphate, Na−orthovanadate, NaF)を含むCSK溶液(10mM Pipes(pH 6.8), 100mM NaCl, 1mM MgCl2, 1mM EGTA)を加え、氷上で15分間おいて溶解した。
【0065】
この溶液を遠心分離(5000rpm、5分間)した後、上清を分取し、この上清画分を「S1」とした。再び、上記CSK溶液で細胞を懸濁した後、再び同条件で遠心分離を行い、上清画分を回収して「S2」とした。沈殿として得られたクロマチン画分を、元の細胞数から4x106cells/100μlの濃度になるよう換算して上記CSK溶液に懸濁し、これを「P」とした。
【0066】
(3)ウエスタンブロット法による解析
上記(2)で調製したS1、S2、及びPの各画分に、SDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS−PAGE)用の試料用溶液(62.5mM Tris−HCl(pH6.8), 2% SDS, 10% Glycerol, 0.01% BPB の3倍濃縮溶液)を加えて、0.1%のSDSを含む10%アクリルアミドゲル電気泳動(200V、1時間)に供した。HU又はアフィディコリンを添加した細胞の場合は、S1及びP画分のみを用いた。泳動後、ゲル上の蛋白質をPVDF膜(Immobilon:MILLIPORE社製)上に転写した。転写は、転写用溶液(5.8g Tris−base, 2.9g glycine, 0.37g SDS and 200ml methanol in 1 liter)中で、15V、室温で1時間行った。転写後の膜は、1時間、室温でブロック溶液(Blockace:大日本製薬社製)に浸し、ブロッキングした。
【0067】
上記実施例1で調製した各抗体をブロック溶液に添加し、これに転写膜を37℃で1時間30分間浸して、抗原抗体反応を行った。抗Mcm4抗体は抗血清を4000倍希釈、抗Chk1抗体は最終濃度0.5μg/ml、抗P−Cdk2抗体は1000倍希釈となるように添加して反応させた。反応後の膜を、0.1% TritonX−100を含むTBS(50mM Tris−HCl(pH7.5), 0.15M NaCl)溶液を用いて5分間ずつ3回洗浄した後、これをペルオキシダーゼ結合型抗ウサギ抗体(Biorad社製)を含むブロック溶液中に浸し、37℃、1時間30分間保温してさらに反応させた。反応後の膜を、上記TBS溶液で再び洗浄した後、膜にペルオキシダーゼ反応試薬(SuperSignal West Femto Maximum Sensitivity Substrate:Pierse社製)を添加して反応させ、生じた化学発光をCool Saver AE−6935(Atto社製)を用いて検出した。
【0068】
(4)結果
得られた結果を図1〜4に示す。
結果より、HU又はアフィディコリンを添加したHeLa細胞において、Mcm4蛋白質の高度なリン酸化が見られることがわかった(図1及び図2)。これは、HU又はアフィディコリンを添加したHeLa細胞から調製したクロマチン画分(図1又は2において「Mcm4」と示された枠内の「P」で示されるレーンのうち、HU又はアフィディコリンが「+」となっているレーン)におけるMcm4蛋白質のバンドが、Mcm4蛋白質の本来のバンド位置(HU又はアフィディコリンが「−」となっているレーンに見られるバンドの位置)よりも上部にシフトし、縦に長くスメアなバンドを形成したことにより確認された。このようなバンドのシフトが、上清画分(図1又は2において「Mcm4」と示された枠内の「S」で示されるレーン)ではなくクロマチン画分において顕著に見られることも確認された。
【0069】
一方、CPT又はMMSを添加したHeLa細胞では、Mcm4蛋白質のリン酸化は若干観察された(図3又は図4)。すなわち、該細胞から調製したクロマチン画分(図3又は4において「Mcm4」と示された枠内の「P」で示されるレーン)において、HU又はアフィディコリンを添加した場合に比べれば低レベルではあるものの、同様のMcm4蛋白質のバンドのシフトが観察されたことにより確認された。
【0070】
これらの結果より、DNA合成阻害物質であるHU及びアフィディコリンを癌細胞に投与するとMcm4蛋白質のリン酸化が強く亢進されること、及び、トポイソメラーゼ阻害物質であるCPT及びアルキル化物質であるMMSでは若干Mcm4蛋白質のリン酸化が亢進されることが確認された。
一方、正常な繊維芽細胞であるHUC−F細胞では、HUを投与してもMcm4蛋白質のリン酸化の亢進はほとんど見られないことが確認された(図1の「HUC−F」で示される枠内の「P」で示されるレーン)。この結果は、正常細胞と癌細胞とではDNA合成阻害物質に対する反応が異なり、S期のDNA複製チェックポイント機構やその働きのレベル等に違いがあることを示している。このことから、例えば、癌の患者にDNA複製阻害物質とともにMcm4蛋白質のリン酸化抑制物質を投与した場合に、正常細胞への副作用が非常に小さいことが期待できる。
【0071】
また、Chk1蛋白質についても、HUやアフィディコリンの投与によりリン酸化が亢進され、活性化されることが示された(図1及び図2)。また、CPT及びMMSでも低レベルながら活性化が見られた(図3及び図4)。Chk1蛋白質は、DNA複製チェックポイントカスケードにおいて、DNAの損傷が検知されて発せられたシグナルを増幅し伝達する蛋白質のファミリーの一つとして知られていたものの、この蛋白質からのシグナルを最終的に受け取って稼働する蛋白質は解明されていなかった。しかし、上記の結果においてChk1蛋白質のリン酸化(活性化)とMcm4蛋白質のリン酸化には相関が見られ、これらのリン酸化が同一のカスケード中に存在することが示唆された。
【0072】
さらに、抗Mcm4抗体、抗Chk1抗体と同時に抗P−Cdk2抗体を用いた解析を、HUを投与した細胞からの抽出液について行った結果からは、Cdk2蛋白質の160番目のスレオニンにおけるリン酸化が亢進していることが示された。このリン酸化は、Mcm4蛋白質及びChk1蛋白質のリン酸化と相関していた。すなわち、これらの結果より、S期で特に活性化されることで知られるCdk2蛋白質のリン酸化が、Mcm4蛋白質やChk1蛋白質と同様にHU投与により亢進されることが確認された(図5)。
【0073】
実施例3. Mcm4 蛋白質のリン酸化カスケードの解析<1>
上記実施例2において、Mcm4蛋白質、Chk1蛋白質、及びCdk2蛋白質のリン酸化には相関性があり、DNA複製チェックポイント機構において、同じDNA複製チェックポイントカスケードに関与する可能性が示唆された。そこで、このリン酸化カスケードについてさらに解析を行った。解析対象は、DNA複製チェックポイントカスケードに関与し、Chk1蛋白質をリン酸化することで知られるATR蛋白質、Chk1蛋白質、及びCdk2蛋白質とした。
【0074】
(1)試薬
DNA合成阻害物質であるヒドロキシウレア(HU)は、上記実施例2と同じものを用いた。
ATR蛋白質の非特異的な阻害剤として知られるカフェインはシグマ社から購入し、PBSに溶解してこれをストック溶液とした。
Chk1蛋白質の非特異的な阻害剤として知られるGo6976は、Calbiochem社から購入し、300μg/mlで溶解してこれをストック溶液とした。
【0075】
(2)培養細胞の調製
HeLa細胞の培養は、上記実施例2の(1)と同様にして行った。
調製された細胞の培養上清に、最終濃度2mMとなるようにHUを添加し、これに、カフェイン又はGo6976を同時に加えた。カフェインは最終濃度5mMとなるように添加し、Go6976は最終濃度0.15、0.3、0.6、1μMとなるように添加した。処理時間はいずれも24時間とした。
【0076】
(3)細胞の分画及びウエスタンブロット法による解析
細胞の分画、及び、S及びP画分を用いたウエスタンブロット法による解析は、すべて上記実施例2と同様にして行った。ウエスタンブロット法における蛋白質の検出には、上記実施例1の(1)で作製した抗Mcm4抗体をブロック溶液に抗血清を4000倍希釈となるように加えて用いた。抗Chk1抗体は最終濃度0.5μg/ml、抗P−Cdk2抗体は1000倍希釈となるようにして用いた。なお、抗P−Cdk2抗体による解析はGo6976による処理を行った細胞についてのみ行った。
【0077】
(4)結果
結果を図1及び図6に示した。
解析の結果、ATR蛋白質の非特異的な阻害物質であるカフェイン、又はChk1蛋白質の非特異的な阻害物質であるGo6976を添加したHeLa細胞では、いずれにおいてもMcm4蛋白質のリン酸化が抑制されることがわかった。このことは、図1のHU及びCaffeineを添加した細胞(「HU」及び「Caffeine」がいずれも「+」と示されているレーン)において、Mcm4蛋白質のバンドの上部へのシフトが抑制され、HUが添加されていない細胞と同程度の大きさのバンドが検出されたことから確認された。図6においては、Go6976を添加することによりHUによるMcm4蛋白質のバンドの上部へのシフトが抑制されることが示された。
【0078】
また、Chk1蛋白質については、カフェインの投与によってリン酸化が抑制されるが(図1)、Go6976の投与ではリン酸化は抑制されないことがわかった(図6)。しかし、Go6976は、Chk1蛋白質のリン酸化は抑制しないが、その下流に存在すると考えられるCdk2蛋白質のリン酸化は抑制していた(図6)。すなわち、カフェインはChk1蛋白質をリン酸化する機能を有するATR蛋白質を阻害することによりChk1蛋白質のリン酸化を抑制すること、及び、Go6976がリン酸化抑制以外の機構によりChk1蛋白質の機能を阻害し、その下流にあるCdk2蛋白質のリン酸化(活性化)を抑制することが示された。
【0079】
これらの結果から、Mcm4蛋白質及びCdk2蛋白質は、DNA複製チェックポイントカスケードの上流において機能することがよく知られているATR蛋白質及びChk1蛋白質をメンバーとするリン酸化カスケードによりリン酸化されることが示された。
【0080】
実施例4. Mcm4 蛋白質のリン酸化カスケードの解析<2>
上記実施例3で、Mcm4蛋白質及びCdk2蛋白質がATR蛋白質及びChk1蛋白質をメンバーとするリン酸化カスケードによりリン酸化されることが示されたことから、このCdk2蛋白質及びChk1蛋白質が、Mcm4蛋白質を直接的にリン酸化する活性を有するか否かをin vitroで検討した。Cdk2蛋白質は、CyclinA蛋白質との複合体を形成し、細胞周期のS期において特に活性化されることで知られていることから、解析にはこの複合体を調製して用いた。
また、同時に、細胞(in vivo)でのHUによるMcm4蛋白質のリン酸化部位についても検討した。
【0081】
(1)ヒトCdk2/CyclinA複合体の調製
ヒトCdk2/CyclinA複合体は、Ishimi,Y. et al., J.Biol.Chem., 276, 34428(2001)に記載の方法に従って調製した。
【0082】
(2)ヒトChk1蛋白質の調製
ヒトChk1蛋白質は、次のようにして調製した。
まず、ヒトChk1遺伝子(Oncogene, 18, 3673−3681(1999))の組換えバキュロウィルスは、名古屋市大・中西真先生より供与された。これを昆虫細胞High5(インビトロジェン社製)に感染させ、ヒスチジンタグが付いた融合蛋白質(His−Chk1)としてChk1蛋白質を過剰発現させた。His−Chk1は、Ni−NTAカラムクロマトグラフィー(キアゲン社製)を用いて、キットに収載の説明書に記載の方法に従って精製した。
【0083】
(3)ヒトMcm4/6/7複合体の調製
Mcm4蛋白質は、細胞内でMcm4/6/7複合体を形成することによりヘリカーゼ活性を示すことが知られている。この活性型複合体は、バキュロウィルス発現系で産生した後、Ni−NTAカラムクロマトグラフィー及びグリセロール密度勾配遠心法により精製した。これらの方法の詳細は、J.Biol.Chem., 272, 24508(1997)、Mol.Cell Biol., 19, 8003−8015(1999)等に開示されている。
【0084】
(4)ヒトMcm4蛋白質のin vitroにおけるリン酸化
上記(3)で調製したMcm4/6/7複合体50ngを、それぞれ40、120、200ngのChk1蛋白質とともに反応溶液(50mM HEPES−NaOH(pH8.0), 10mM MgCl2, 2.5mM EGTA, 1mM Dithiothreitol, 100mM ATP)に添加し、37℃、1時間反応させた。また、同じくMcm4/6/7複合体50ngを、それぞれ20、60、200ngのCdk2/CyclinAとともに別の反応溶液(20mM Tris−HCl(pH7.5), 30mM NaCl, 10mM MgCl2, 0.01% TritonX−100, 100mM ATP)に添加し、37℃、1時間反応させた。
【0085】
(5)ヒトMcm4蛋白質のin vivoにおけるリン酸化
培養細胞の調製、ヒドロキシウレア(HU)の添加は、上記実施例2と同様にして行った。細胞の分画は、上記実施例2と同様にしてS2画分を得た後、沈殿を元の細胞に換算して4×106cells/100μlとなるようにCSK溶液で均一に溶解し、P画分としてから、これにさらにDNase I(宝酒造社製)を1.4units/μlを加えて30℃で20分間保温して反応させた。これを遠心分離して、その上清を「S4」とし、沈殿を再びCSK溶液で均一に溶解した画分を「P’」とした。
【0086】
(6)ウエスタンブロット法による解析
反応後の溶液をそれぞれ8μlずつ分取して、0.1%のSDSを含む10%ポリアクリルアミドゲル電気泳動に供し、ウエスタンブロット法による解析を行った。電気泳動、PVDF膜への転写、及び抗体による検出は、すべて上記実施例2の(3)と同様にして行った。抗体は、抗Mcm4抗体を抗血清が4000倍希釈となる濃度で、抗P−Ser32抗体、抗P−Ser54抗体、及び抗P−Thr110抗体は0.5μg/mlの濃度でブロック溶液に添加して、反応させた。
【0087】
(7)結果
結果を図7に示した。左図は、in vitroでCdk2/CyclinA複合体又はChk1蛋白質を加えた実験の結果を示し、右図は、HeLa細胞を用いたin vivoの実験の結果である。
左図より、Cdk2/CyclinA複合体を添加した場合には、すべての抗体によりリン酸化されたMcm4蛋白質のバンドが検出された。このことから、Cdk2/CyclinA複合体が、配列番号:1に示すMcm4蛋白質のアミノ酸配列の、アミノ酸番号32のセリン、アミノ酸番号54のセリン、及びアミノ酸番号110のスレオニンにおけるリン酸化を直接的に行う活性を有することが確認された。一方、Chk1蛋白質を添加した場合には、抗Mcm4抗体で検出されるバンドに上部へのシフトは見られず、また、各抗リン酸化抗体により検出されるバンドもほとんどなかったことから、Chk1蛋白質には直接的にMcm4蛋白質のアミノ酸番号32のセリン、アミノ酸番号54のセリン、及びアミノ酸番号110のスレオニンをリン酸化する活性は無いことがわかった。
【0088】
また、右図のHUの添加によりMcm4蛋白質のリン酸化が誘導された細胞を用いた実験の結果より、HUにより誘導されるMcm4蛋白質のリン酸化が、少なくともアミノ酸番号32のセリン、アミノ酸番号54のセリン、アミノ酸番号110のスレオニンにおいて強く見られることが示された。このことからも、DNA複製チェックポイントカスケードにおいて最終的にMcm4蛋白質をリン酸化する蛋白質が主にCdk2/CyclinA複合体であることが確認された。
【0089】
これらについて、さらにリン酸化の程度を解析するためにCool saver AE−6935(アトー社製)を用いてバンドのシグナル強度の定量を行った。抗Mcm4抗体により検出されたクロマチン画分中のMcm4蛋白質のバンド(「Mcm4」で示される枠内の図の「P」で示されるレーン)では、約100kDに検出されるMcm4蛋白質本来のバンドと、その上部に見られるリン酸化されたMcm4蛋白質によるスメアなバンドとを定量して比較した。その結果、HUを添加していない細胞とHUを添加した細胞とでは、リン酸化された蛋白質の量が約4倍に上昇していた。また、各抗リン酸化抗体により検出されたクロマチン画分中のMcm4蛋白質のバンドについては、検出されたバンド全体を定量してHU添加の有無による差を比較した。その結果、抗P−Thr110抗体ではHUの添加によりシグナルが約7倍に、抗P−Ser32抗体では約2.5倍に上昇していた。これらの結果より、DNA合成阻害物質であるHUの添加によりMcm4蛋白質のリン酸化が顕著に亢進されることが確認された。
【0090】
以上の解析により確認された、Mcm4蛋白質をリン酸化するDNA複製チェックポイントカスケードを、図8に示した。
【0091】
【発明の効果】
本発明のスクリーニング方法により、細胞のS期集積作用を引き起こすMcm4蛋白質のリン酸化の抑制に着目して、効果的な細胞のS期集積作用解除物質を取得することができる。該スクリーニング方法により得られる物質は、DNA複製阻害物質による癌の治療効果を増強する能力を有することから、DNA複製阻害物質を増量することなく高い治療効果を得ることができ、副作用を軽減することができると期待される。
【0092】
【配列表】
【図面の簡単な説明】
【図1】HeLa細胞又はHUC−F細胞にヒドロキシウレア及び/又はカフェインを添加して培養した後、該細胞の細胞抽出液から調製した各画分に含まれるMcm4蛋白質及びChk1蛋白質についてウエスタンブロット法により解析した結果を示す写真である。図中、「S、P、S1、S2」は細胞抽出液の各画分を示す。「Mcm4」は抗Mcm4抗体による検出の結果であり、「Chk1」は抗Chk1抗体による検出の結果を示す。
【図2】HeLa細胞にアフィディコリンを添加して培養した後、該細胞の細胞抽出液から調製した各画分に含まれるMcm4蛋白質及びChk1蛋白質についてウエスタンブロット法により解析した結果を示す写真である。図中、「+」はアフィディコリンを15μM添加した場合、「++」は30μM添加した場合を示す。
【図3】HeLa細胞にカンプトテシンを添加して培養した後、該細胞の細胞抽出液から調製した各画分に含まれるMcm4蛋白質及びChk1蛋白質についてウエスタンブロット法により解析した結果を示す写真である。図中の数字はカンプトテシンの添加濃度(単位・μM)を示す。
【図4】HeLa細胞にメチルメタンサルフェートを添加して培養した後、該細胞の細胞抽出液から調製した各画分に含まれるMcm4蛋白質及びChk1蛋白質についてウエスタンブロット法により解析した結果を示す写真である。図中の数字はメチルメタンサルフェートの処理時間(単位・時間)を示す。
【図5】ヒドロキシウレアによるHeLa細胞中のMcm4蛋白質、Chk1蛋白質、及びCdk2蛋白質のリン酸化について、ウエスタンブロット法により解析した結果を示す写真である。
【図6】ヒドロキシウレアによるHeLa細胞中のMcm4蛋白質、Chk1蛋白質、及びCdk2蛋白質のリン酸化について、Go6976の添加効果をウエスタンブロット法により解析した結果を示す写真である。
【図7】左図は、Cdk2とChk1蛋白質がMcm4蛋白質をリン酸化する作用を有するか否かを、ウエスタンブロット法により検出した結果を示す写真である。右図は、HeLa細胞にヒドロキシウレアを添加して培養した場合の、Mcm4蛋白質の各リン酸化部位におけるリン酸化の様子をウエスタンブロット法により解析した結果を示す写真である。図中、「Mcm4」は抗Mcm4抗体による検出の結果を示し、「P−Ser32」、「P−Ser54」、「P−Thr110」は各リン酸化抗体による検出の結果を示す。
【図8】Mcm4蛋白質をリン酸化するDNA複製チェックポイントカスケードについて示した図である。
Claims (10)
- 細胞周期がS期で停止している細胞を被検物質の存在下で培養し、該細胞においてMcm4蛋白質のリン酸化を抑制する能力を有する物質を選択することを特徴とする、細胞のS期集積作用解除物質のスクリーニング方法。
- 細胞が、DNA複製阻害物質によりMcm4蛋白質のリン酸化が亢進される培養癌細胞である請求項1に記載の方法。
- 細胞周期がS期で停止している細胞を被検物質の存在下で培養し、該細胞においてChk1蛋白質の機能を阻害せず、かつ、Mcm4蛋白質のリン酸化を抑制する能力を有する物質を選択することを特徴とする、細胞のS期集積作用解除物質のスクリーニング方法。
- Mcm4蛋白質のリン酸化が、最終的にCdk2蛋白質により行われることを特徴とする請求項3に記載の方法。
- 請求項3又は4に記載の方法により得られる細胞のS期集積作用解除物質。
- 請求項3又は4に記載の方法により得られる細胞のS期集積作用解除物質とDNA複製阻害物質とが併用されることを特徴とする癌治療用薬剤。
- 請求項3又は4に記載の方法により得られる細胞のS期集積作用解除物質を有効成分とすることを特徴とする、DNA複製阻害物質による癌の治療効果の増強用薬剤。
- DNA複製阻害物質がDNA合成阻害物質である請求項6又は7に記載の薬剤。
- Cdk2蛋白質の阻害物質を有効成分とすることを特徴とする、細胞のS期集積作用解除用薬剤。
- Cdk2蛋白質の阻害物質が、プルバラノールA又はロスコビチンである請求項9に記載の薬剤。
Priority Applications (1)
Application Number | Priority Date | Filing Date | Title |
---|---|---|---|
JP2003043174A JP2004248594A (ja) | 2003-02-20 | 2003-02-20 | 細胞のs期集積作用解除物質のスクリーニング方法 |
Applications Claiming Priority (1)
Application Number | Priority Date | Filing Date | Title |
---|---|---|---|
JP2003043174A JP2004248594A (ja) | 2003-02-20 | 2003-02-20 | 細胞のs期集積作用解除物質のスクリーニング方法 |
Publications (1)
Publication Number | Publication Date |
---|---|
JP2004248594A true JP2004248594A (ja) | 2004-09-09 |
Family
ID=33026250
Family Applications (1)
Application Number | Title | Priority Date | Filing Date |
---|---|---|---|
JP2003043174A Pending JP2004248594A (ja) | 2003-02-20 | 2003-02-20 | 細胞のs期集積作用解除物質のスクリーニング方法 |
Country Status (1)
Country | Link |
---|---|
JP (1) | JP2004248594A (ja) |
Cited By (2)
Publication number | Priority date | Publication date | Assignee | Title |
---|---|---|---|---|
WO2017221591A1 (ja) * | 2016-06-24 | 2017-12-28 | 学校法人 慶應義塾 | 細胞処理システム及び細胞供給方法 |
JP2019144097A (ja) * | 2018-02-20 | 2019-08-29 | 国立研究開発法人産業技術総合研究所 | クロマチンの異常凝縮の検出方法 |
-
2003
- 2003-02-20 JP JP2003043174A patent/JP2004248594A/ja active Pending
Cited By (3)
Publication number | Priority date | Publication date | Assignee | Title |
---|---|---|---|---|
WO2017221591A1 (ja) * | 2016-06-24 | 2017-12-28 | 学校法人 慶應義塾 | 細胞処理システム及び細胞供給方法 |
JP2019144097A (ja) * | 2018-02-20 | 2019-08-29 | 国立研究開発法人産業技術総合研究所 | クロマチンの異常凝縮の検出方法 |
JP7051087B2 (ja) | 2018-02-20 | 2022-04-11 | 国立研究開発法人産業技術総合研究所 | クロマチンの異常凝縮の検出方法 |
Similar Documents
Publication | Publication Date | Title |
---|---|---|
Seshacharyulu et al. | Biological determinants of radioresistance and their remediation in pancreatic cancer | |
Pawlik et al. | Role of cell cycle in mediating sensitivity to radiotherapy | |
Sedlacek | Mechanisms of action of flavopiridol | |
KR101403100B1 (ko) | 상승 효과가 있는 암 치료용 약제 조합물 | |
Mortlock et al. | Progress in the development of selective inhibitors of aurora kinases | |
Nakamura et al. | PKB/Akt mediates radiosensitization by the signaling inhibitor LY294002 in human malignant gliomas | |
Dasmahapatra et al. | In vitro combination treatment with perifosine and UCN-01 demonstrates synergism against prostate (PC-3) and lung (A549) epithelial adenocarcinoma cell lines | |
WO2016123054A2 (en) | Kinase drug combinations and methods of use thereof | |
JP6823587B2 (ja) | Mdm2阻害剤とbtk阻害剤との併用治療法 | |
Rosa et al. | Type 3 IP3 receptors: The chameleon in cancer | |
AU2018242612A1 (en) | Dose and regimen for an HDM2-p53 interaction inhibitor in hematological tumors | |
US20230125429A1 (en) | Triptonide or a composition comprising triptonide for use in treating disorders | |
WO2022062223A1 (zh) | 金诺芬在制备用于治疗去势抵抗性前列腺癌药物中的应用 | |
US20070238745A1 (en) | PI3K-Akt Pathway Inhibitors | |
Pandiella et al. | Antitumoral activity of the mithralog EC-8042 in triple negative breast cancer linked to cell cycle arrest in G2 | |
Hall et al. | A brief staurosporine treatment of mitotic cells triggers premature exit from mitosis and polyploid cell formation | |
Chen et al. | Therapeutic targeting RORγ with natural product N-hydroxyapiosporamide for small cell lung cancer by reprogramming neuroendocrine fate | |
WO2019043176A2 (en) | HISTONE-DEACETYLASE INHIBITOR IN COMBINATION WITH ANTIMETABOLITE AGENT FOR CANCER THERAPY | |
Zhelev et al. | From Roscovitine to CYC202 to Seliciclib–from bench to bedside: discovery and development | |
Tada et al. | The novel IκB kinase β inhibitor IMD-0560 prevents bone invasion by oral squamous cell carcinoma | |
Li et al. | Dual inhibition of Cdc7 and Cdk9 by PHA-767491 suppresses hepatocarcinoma synergistically with 5-fluorouracil | |
Laganà et al. | Asciminib as a third line option in chronic myeloid leukemia | |
Abegunde et al. | MST1 downregulates TAZ tumor suppressor protein in multiple myeloma and is a potential therapeutic target | |
KR20140144215A (ko) | 오로라 키나제 저해제를 사용하는 암 치료 방법 | |
JP2004248594A (ja) | 細胞のs期集積作用解除物質のスクリーニング方法 |