JPWO2016076435A6 - 誘導神経細胞を用いたスクリーニング方法 - Google Patents

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Abstract

タウによる神経変性の伝播を阻止し得るタウオパチー予防又は治療薬をス
クリーニングするための方法を提供することを目的とする。
下記工程(1)−(3)を含む、タウオパチーの予防又は治療薬をスクリ
ーニングする方法;
(1)変異型MAPT 遺伝子を有する神経細胞と被験物質を接触させる工程、
(2)前記神経細胞における、下記(a)−(e)からなる群より選択されるいず
れか一つの指標を測定する工程;
(a)培養上清中のタウオリゴマー量、
(b)細胞内のタウオリゴマー量、
(c)脱分極の頻度、
(d)細胞内カルシウムイオン濃度、及び
(e)生細胞数、
(3)工程(1)において被験物質と接触させた場合の工程(2)で測定し
た(a)、(b)、(c)、(d)又は(e)の値に基づき、当該被験物質を、タウオパ
チーの予防薬又は治療薬として選択する工程。

Description

関連出願
本出願は、2014年11月13日付け出願の日本国特許出願2014−230894号の優先権を主張しており、ここに折り込まれるものである。
本発明は、タウオパチーの予防又は治療薬をスクリーニングする方法に関し、さらに詳しくは、多能性幹細胞から作製した神経細胞を用いてタウオパチーの予防又は治療薬をスクリーニングする方法に関する。
タウ(microtubule-associated protein tau;MAPT)は、主に神経系で発現する微小管結合タンパク質で、チューブリンの重合促進と微小管の安定化を行い、神経軸索の構築と維持に寄与している。MAPT遺伝子にコードされ、選択的スプライシングによってヒト脳では6種類のアイソフォームが発現する。特に、エクソン10の選択的スプライシングは重要で、該エクソンがスプライシングされると微小管結合に関わる反復配列を3個有する3R型(3リピートタウ)を生じ、スプライシングされないと該配列を4個有する4R型(4リピートタウ)を生じる。いずれのアイソフォームも過剰にリン酸化されると微小管との結合能を失い、自己凝集することが知られている(非特許文献1、2)。
アルツハイマー型認知症(Alzheimer’s disease、以降ADと呼ぶ)や第17染色体遺伝子に連鎖しパーキンソニズムを伴う前頭側頭型認知症(Frontotemporal dementia with
Parkinsonism linked to chromosome 17、以降FTDP-17と呼ぶ)では、リン酸化タウからなる線維状構造体(paired helical filaments、以降PHFと呼ぶ)を主成分とする凝集体(神経原線維変化(neurofibrillary tangle、以降NFTと呼ぶ)が脳の神経細胞内に生じ、該NFT及びその形成過程が発症に深く関与すると考えられている(非特許文献1、2)。そして、当該NFTを有する神経細胞の分布は、病気の進行とともに脳内で拡散することが知られている。例えば、最初期のAD患者ではNTFを有する神経細胞は嗅内野で検出され、中期患者では側頭葉でも検出され、痴呆が進行した後期患者では大脳皮質連合野の全域で検出されるようになる。この現象は“タウ毒性の伝播”又は“タウによる神経変性の伝播”と呼ばれており、未知の媒体を通じてタウ毒性が神経細胞間を伝播するためと考えられている(非特許文献3)。
このように、タウの凝集化と細胞内蓄積を伴い、タウの凝集過程が発症に関わると考えられる神経変性疾患はタウオパチー(Tauopathy)と呼ばれており、日本だけでも200万人以上の患者を擁している。
FTDP-17はMAPT遺伝子座に連鎖した神経変性疾患で、当該家系より多数のMAPT遺伝子変異が同定されている。当該変異は、変異型タウタンパク質を生じる変異と、4リピートタウ/3リピートタウの発現比を上昇させる変異に分けることができる(非特許文献1)。これまで、前者の変異型MAPT遺伝子をマウスに導入することにより、変異型タウの過剰リン酸化・オリゴマー化・凝集化、神経機能障害(シナプス密度の減少、神経興奮性の低下、記憶障害等)、及び神経変性といったタウオパチー患者と同様の病的変化を呈するトランスジェニックマウスが多数得られている(非特許文献1、4、5)。そして、これらのタウオパチーモデルマウスを用いた解析結果から、PHFよりも低分子のタウ凝集体(すなわち、タウオリゴマー)が細胞内で発揮する毒性によって神経機能障害及び神経変性が引き起こされる、という仮説が支持されている(非特許文献1、2、4、5)。
一方、後者の変異はエクソン10のスプライシングを阻害する変異で、その多くはイントロン10内の変異である。ヒト成人脳では通常、4リピートタウの発現量は3リピートタウの発現量とほぼ同じだが、後者の変異を有するFTDP-17患者の脳では4リピートタウ/3リピートタウの発現比が上昇し、過剰にリン酸化された4リピートタウがNFTの主成分として蓄積することが報告されている(非特許文献6−8)。ところが、4リピートタウのcDNAをマウスに導入して過剰発現させてもNFT形成や神経変性は基本的に起こらないため、後者のMAPT遺伝子変異がタウオパチーを引き起こすメカニズムはほとんど不明であった。この問題に対し、最近、イントロン9と変異型イントロン10を有するタウcDNAが導入されたトランスジェニックマウスが作製され、該マウスでは、加齢に伴い4リピートタウ/3リピートタウの発現比が上昇すると、タウの過剰リン酸化、神経機能障害、NFT形成、及び神経細胞死が起こることが報告された(非特許文献9)。よって、当該MAPT遺伝子変異については、4リピートタウ/3リピートタウの発現比の上昇がタウの過剰リン酸化や凝集化を引き起こす機構は不明だが、以降は前者のMAPT遺伝子変異と同じ機構によって神経変性が引き起こされると考えられている。
これらの知見に基づいて、タウオパチーに係る創薬の分野では、タウのリン酸化や凝集化、又は凝集化タウによる細胞毒性を阻害し得る化合物の探索が、種々のin vitro及び/又は培養細胞ベースのスクリーニング系を用いて精力的に行われている。
そのうち、in vitroのスクリーニング系としては、固相に結合させたタウ又はタウ断片(凝集化に関わる部位を含むコアフラグメント)を被験物質と接触させて、タウ−タウ会合阻害を指標に候補化合物をスクリーニングする方法(特許文献1)、in vitroでヘパリン共存下でオリゴマー化させたタウを被験物質と接触させて、タウオリゴマーへの結合能と該オリゴマーの凝集阻害を指標にスクリーニングする方法(特許文献2)、特定のタウリン酸化酵素に対するリン酸化阻害活性を指標とする方法(例として、特許文献3)等が知られている。
しかしながら、このようなin vitroのスクリーニング系で得られた化合物には、細胞毒性や細胞膜透過性等の問題をクリアできない可能性(リスク)が付随する。そのため、それらの問題を合わせて評価することができる、培養細胞ベースのスクリーニング系が好まれる傾向にある。
培養細胞を用いたスクリーニング系としては、タウ又は前記コアフラグメントを過剰発現させた培養細胞の培地に被験物質を添加し、コアフラグメントへの結合能(特許文献4)、タウ凝集阻害や細胞変性/細胞死の阻害(特許文献1)、プロテアソーム機能低下の阻害(特許文献5)を指標に候補化合物をスクリーニングする方法が開発されている。また、タウとタウリン酸化酵素(Protein kinase X linked)を過剰発現させた細胞に被験物質を投与し、タウのリン酸化、タウの凝集化、細胞変性/細胞死に対する阻害作用を指標にスクリーニングする方法も報告されている(例として、特許文献6)。これらのスクリーニング方法では一般に細胞株又は細胞株から分化誘導した神経細胞が用いられるが、ラット脳由来初代神経細胞培養系を用いた方法も知られている(特許文献6)。
しかしながら、これらはいずれも、リン酸化タウや凝集化タウを強制的に過剰発現させた細胞の内部で生じる毒性(すなわち、タウの細胞内毒性)を軽減し得る化合物をスクリーニングするための方法である。
前述したように、AD患者における痴呆の進行度はタウ毒性の伝播レベルと相関しており、一般に痴呆が重症化するのは神経変性が大脳皮質連合野に到達した後である(非特許文献2)。よって、既に痴呆が顕在化した患者であっても、その後の神経変性の伝播を十分に阻止できれば重症化せずに済む可能性があり、神経変性の伝播を阻止又は遅延させることの臨床的意義は非常に大きいと認識されている。しかしながら、そのような効果を奏する薬物をスクリーニングする方法は報告されていない。当該伝播を担う実体が不明であるうえに、タウによる神経変性の伝播を再現した細胞培養系が存在しないからである。
このように、タウオパチー創薬の分野では、タウの細胞内毒性の阻止だけでなく、神経変性の細胞間伝播を阻止できる化合物をスクリーニングするための方法が切望されていた。
WO1996/030766 WO2013/051266 WO2007/088400 WO2002/059150 特開2007-209227 WO2009/101942 WO2014/148646
Lee V.M., et al, Annu. Rev. Neurosci., 24:1121-159, 2001 高島明彦、ヒューマンサイエンス、第24巻、第22-25頁、2013年 Clavaguera F., et al, Nat. Cell Biol., 11:909-13, 2009 Denk F., et al, Neurobiol. Aging, 30:1-13, 2009 Berger Z., et al, J. Neurosci., 27:3650-62, 2007 Zhou J., et al, BMC Neurosci., 9(Suppl.2):S10, 2008 Grover A., et al, J. Biol. Chem., 274:15134-43, 1999 Hutton M., et al, Nature, 393:702-5, 1998 Umeda T., et al, The American Journal of Pathology, 183:210-25, 2013 Zhang Y., et al, Neuron, 78:785-98, 2013 Tanaka A., et al, PLoS One, 8:e61540, 2013 Patterson K., et al, J. Biol. Chem., 286:23063-76, 2011 Ward S.M., et al, J. Alzheimers Dis., 37:593-602, 2014
本発明は、タウによる神経変性の伝播を阻止し得るタウオパチー予防又は治療薬をスクリーニングするための方法を提供することを目的とする。
本発明者らは、前記従来技術が抱える問題を解決するために、変異型MAPT遺伝子を有するマウス及びヒト細胞から人工多能性幹細胞を作製し、外来性neurogenin2遺伝子を発現させて神経細胞へ分化させた。当該神経細胞は、タウの過剰リン酸化ならびにオリゴマー化、及びシナプス密度の減少等の代表的なタウオパチー病態を自発的に発現して細胞死を起こす、優れたタウオパチー細胞モデルであることを明らかにした。
さらに、本発明者らは、前記タウオパチーモデル細胞では自発発火頻度及び発火頻度がいずれも亢進しており、当該細胞は神経活動に依存してタウオリゴマーを培地に分泌することを見出した。そして、前記分泌されたタウオリゴマーは、正常神経細胞の細胞膜上の脂質ラフトに特異的に結合し、正常神経細胞の興奮性を亢進してタウオパチー様の細胞死を誘導することを明らかにした。
すなわち、変異型MAPT遺伝子を有する神経細胞が分泌するタウオリゴマーがタウによる神経変性の伝播を担う主体であることを明らかにし、本発明を完成するに至った。
本発明は、以下を包含する。
[1] 下記工程(1)−(3)を含む、タウオパチーの予防又は治療薬をスクリーニングする方法;
(1)変異型MAPT遺伝子を有する神経細胞と被験物質を接触させる工程、
(2)前記神経細胞における、下記(a)−(e)からなる群より選択されるいずれか一つの指標を測定する工程;
(a)培養上清中のタウオリゴマー量、
(b)細胞内のタウオリゴマー量、
(c)脱分極の頻度、
(d)細胞内カルシウムイオン濃度、及び
(e)生細胞数、
(3)工程(1)において被験物質と接触させた場合の工程(2)で測定した(a)、(b)、(c)、又は(d)の値が、工程(1)において前記被験物質と接触させなかった場合の該値よりも低値であった場合、及び/又は、工程(1)において被験物質と接触させた場合の工程(2)で測定した(e)の値が、工程(1)において前記被験物質と接触させなかった場合の該値よりも高値であった場合、当該被験物質を、タウオパチーの予防薬又は治療薬として選択する工程。
[2] 下記工程(1)−(4)を含む、タウオパチーの予防又は治療薬をスクリーニングする方法;
(1)変異型MAPT遺伝子を有する第1の神経細胞と被験物質を接触させ培養する工程、
(2)工程(1)で得られた第1の神経細胞の培養上清を第2の神経細胞と接触させる工程、
(3)工程(2)で得られた第2の神経細胞における、下記(a)−(d)からなる群より選択されるいずれか一つの指標を測定する工程;
(a)細胞内のタウオリゴマー量、
(b)脱分極の頻度、
(c)細胞内カルシウムイオン濃度、及び
(d)生細胞数、
(4)工程(1)において第1の神経細胞と被験物質を接触させた場合の工程(3)で測定した(a)、(b)、又は(c)の値が、工程(1)において第1の神経細胞と前記被験物質を接触させなかった場合の該値よりも低値であった場合、及び/又は、工程(1)において第1の神経細胞と被験物質を接触させた場合の工程(3)で測定した(d)の値が、工程(1)において第1の神経細胞と前記被験物質を接触させなかった場合の該値よりも高値であった場合、当該被験物質を、タウオパチーの予防薬又は治療薬として選択する工程。
[3] 下記工程(1)−(4)を含む、タウオパチーの予防又は治療薬をスクリーニングする方法;
(1)変異型MAPT遺伝子を有する第1の神経細胞の培養上清を第2の神経細胞と接触させる工程
(2)前記第2の神経細胞と被験物質をさらに接触させる工程、
(3)工程(2)で得られた第2の神経細胞における、下記(a)−(d)からなる群より選択されるいずれか一つの指標を測定する工程;
(a)細胞内のタウオリゴマー量、
(b)脱分極の頻度、
(c)細胞内カルシウムイオン濃度、及び
(d)生細胞数、
(4)工程(2)において第2の神経細胞と被験物質を接触させた場合の工程(3)で測定した(a)、(b)、又は(c)の値が、工程(2)において第2の神経細胞と前記被験物質を接触させなかった場合の該値よりも低値であった場合、及び/又は、工程(2)において第2の神経細胞と被験物質を接触させた場合の工程(3)で測定した(d)の値が、工程(2)において第2の神経細胞と前記被験物質を接触させなかった場合の該値よりも高値であった場合、当該被験物質を、タウオパチーの予防薬又は治療薬として選択する工程。
[4] 前記変異型MAPT遺伝子を有する神経細胞又は第1の神経細胞が、変異型MAPT遺伝子を有する多能性幹細胞から外来性Neurogenin2の発現によって分化した神経細胞である、前記[1]−[3]のいずれかに記載の方法。
[5] 前記第2の神経細胞が、変異型MAPT遺伝子を有さない多能性幹細胞から外来性Neurogenin2の発現によって分化した神経細胞である、前記[2]−[4]のいずれかに記載の方法。
[6] 前記細胞内のタウオリゴマー量が、該細胞の脂質ラフトに結合したタウオリゴマー量である、前記[1]−[5]のいずれかに記載の方法。
[7] 前記変異型MAPT遺伝子を有する神経細胞が、神経系特異的プロモーターによって変異型MAPT遺伝子を発現する神経細胞である、前記[1]−[6]のいずれかに記載の方法。
[8] 前記変異型MAPT遺伝子を有する多能性幹細胞が、タウオパチー患者の体細胞から樹立された人工多能性幹細胞である、前記[4]−[7]のいずれかに記載の方法。
[9] 前記変異型MAPT遺伝子が、エクソン9から13、又はイントロン10に1以上の変異を有するMAPT遺伝子である、前記[1]−[8]のいずれかに記載の方法。
[10] 前記エクソン9から13の変異が、K257T、I260V、G272V、N297K、K280Δ、L284L、N296N、P301L、P301S、S305N、S305S、V337M、E342V、G389R、及びR406Wから選ばれる1以上のアミノ酸変異を有する変異型タウタンパク質を生じる変異である、前記[9]に記載の方法。
[11] 前記イントロン10の変異が、当該イントロン10の第1番目から第20番目のヌクレオチドにおける1以上の変異である、前記[9]に記載の方法。
[12] 前記工程(1)が、変異型MAPT遺伝子を有する第1の神経細胞の培養上清から単離したタウオリゴマーを第2の神経細胞と接触させる工程である、前記[3]に記載の方法。
[13] 下記工程(1)−(4)を含む、タウオパチーの予防又は治療薬をスクリーニングする方法;
(1)タウオリゴマーと神経細胞を接触させる工程
(2)前記神経細胞と被験物質をさらに接触させる工程、
(3)工程(2)で得られた神経細胞における、下記(a)−(d)からなる群より選択されるいずれか一つの指標を測定する工程;
(a)細胞内のタウオリゴマー量、
(b)脱分極の頻度、
(c)細胞内カルシウムイオン濃度、及び
(d)生細胞数、
(4)工程(2)において被験物質と接触させた場合の工程(3)で測定した(a)、(b)、又は(c)の値が、工程(2)において前記被験物質と接触させなかった場合の該値よりも低値であった場合、及び/又は、工程(2)において被験物質と接触させた場合の工程(3)で測定した(d)の値が、工程(2)において前記被験物質と接触させなかった場合の該値よりも高値であった場合、当該被験物質を、タウオパチーの予防薬又は治療薬として選択する工程。
[14] 前記神経細胞が、多能性幹細胞から外来性Neurogenin2の発現によって分化した神経細胞である、前記[13]に記載の方法。
[15] 前記タウオリゴマーが、人工タウオリゴマーである、前記[13]又は[14]に記載の方法。
[16] 変異型MAPT遺伝子を有する神経細胞の培養上清。
[17] 前記神経細胞が、変異型MAPT遺伝子を有する多能性幹細胞から外来性Neurogenin2の発現によって分化した神経細胞である、前記[16]に記載の培養上清。
[18] 前記[16]又は[17]に記載の培養上清から単離したタウオリゴマー。
[19] 変異型MAPT遺伝子を有する神経細胞の培養上清、該上清から単離したタウオリゴマー、又は人工タウオリゴマーを含む、タウオパチーの予防又は治療薬のスクリーニングキット。
本発明により、タウによる神経変性の伝播を阻止し得るタウオパチー予防又は治療薬のスクリーニング方法が提供される。
以下の説明において、文中のn数は、同じ操作を行った実験群(培養well)の数を表す。本願実施例で得られた結果は、Student’s-test又はOne-way ANOVA followed by Tukey post hoc analysisを用いて有意性検定を行い(JMP8 software)、p<0.05である場合に有意と判定し、図中にアスタリスク(*)で表した。
図1A、B:P301S変異型ヒトMAPT遺伝子が導入されたトランスジェニックマウス(タウオパチーマウス)、及び、その非トランスジェニック同腹子(正常マウス)から作製したiPSCが、未分化マーカー(Esg1、Eras、Nanog、又はSSEA1)を発現することを免疫染色法(図1A)、又はRT-PCR法(図1B)で確認した結果を示す。図1Bでは、陰性コントロールとしてタウオパチーマウスのMEF(MEF)、陽性コントロールとしてマウス胚性幹細胞(ESCs)を用いた。図1C:タウオパチーマウス由来iPSCでは、当該ヒト変異型タウ遺伝子がわずかに発現していることを示す結果である(RT-PCR法)。図1D:正常対照マウス由来−神経分化用iPSCに対し、外来性Neurogenin2の発現誘導から0−72時間後における神経細胞マーカー(βIII-tubulinとNeuN)の発現(上段)と、細胞表面に発現する神経細胞マーカー(N-CAM)と未分化マーカー(SSEA1)の発現(下段)を解析した免疫染色写真を示す。図1E:マウスタウオパチーiN及びマウス正常iNが、グルタミン酸作動性神経細胞マーカー(vGLT1)と神経細胞マーカー(βIII-tubulin)を発現することを示す免疫染色写真である。挿入図は神経突起部の拡大図を示す。図1F:マウス正常iNにおいて、カレントクランプ法で測定された活動電位を示す。図1G:マウス正常iNにCNQXとAP-5を投与すると、興奮性シナプス後電流の発生が抑制されることを示す結果である。 図2A:Day7のマウスタウオパチーiNとマウス正常iNが、神経細胞マーカー(NeuN、βIII-tubulin)、大脳皮質第2・3層の神経細胞マーカー(Satb2)、及び錐体細胞マーカー(CaMKII)を発現し、マウスタウオパチーiNではさらにヒトタウを発現することを示す免疫染色写真である。図2B:Day10のマウスタウオパチーiNとマウス正常iNに対し、タウオリゴマーならびにβIII-tubulinに対する免疫染色及びDAPIによる核染色(三重染色)を行った写真である。図2C、D:マウスタウオパチーiNとマウス正常iNに対し、シナプス前部マーカー(Synapsin1)とシナプス後部マーカー(Drebrin)に対する二重免疫染色を行ってシナプス部位を可視化し(図2C)、当該シナプス数を計測した結果(図2D)を示す。図2Dの縦軸は、神経細胞(=βIII-tubulin陽性細胞)辺りのシナプス数(=Synapsin1とDrebrinで共染されるドット数)を表す。図2E:Day8のマウスタウオパチーiNとマウス正常iNから細胞溶解液を調製してWestern blotを行った結果を示す。図2F:Day7及びDay10のマウス正常iN及びタウオパチーiNについて、生細胞数を計測した結果である(n=6)。図2G:Day7及びDay10のマウス正常iN及びタウオパチーiNの培養上清を調製し、Day10の培養上清中の乳酸脱水素酵素(LDH)活性を、Day7の培養上清中の該活性に対する相対値で表したグラフである(n=6)。図2H:Day8のマウスタウオパチーiNとマウス正常iNの培養系から培養上清と細胞抽出液を調製し、Dot blot法を用いて、タウオリゴマーの量(TOC1)、ヒトタウの量(Tau12)、及びタウ総量(Tau5)を解析した結果を示す。 図3A:マウスタウオパチーiNとマウス正常iNの共培養系(左側)と、そのコントロールとしてのマウス正常iNとマウス正常iNの共培養系(右側)の模式図を示す。図3B、C:マウスタウオパチーiN又はマウス正常iNと7日間共培養したマウス正常iNに対し、神経細胞マーカー(βIII-tubulin、NeuN)による免疫染色写真(図3B)と、当該7日間における生存神経細胞数の変化(図3C、共培養開始日の生細胞数を100%とした、n=3)を示す。図3D:マウス正常iNの培地に、マウス正常iNの培養上清(破線より上側)又はマウスタウオパチーiNの培養上清(破線より下側)を添加する培養系の模式図を示す。各培養系には、前記培養上清をマウス正常iNの培地に直接添加する系(左側)と、前記培養上清を抗タウオリゴマー抗体を用いて免疫除去した後にマウス正常iNの培地に添加する系(右側)が含まれる。図3E、F:図3Dに示した各種培養上清をDay8のマウス正常iNに添加し、Day10に該細胞を神経細胞マーカー(βIII-tubulin及びNeuN)で免疫染色した写真(図3E)、及び生存率(=(Day10の神経細胞数/Day8の神経細胞数)×100)を測定した結果(図3F、n=6)を示す。 図4A:Day8のマウスタウオパチーiN及びマウス正常iNに対し、脂質ラフト部位を表すCTB染色と抗タウオリゴマー抗体による免疫染色(二重染色)を行った結果を示す。図4B:マウスタウオパチーiN又はマウス正常iNの培養上清をDay8のマウス正常iNの培地に添加し、Day10にCTB染色/タウオリゴマー免疫染色(二重染色)を行った結果を示す。図4C−E:マウスタウオパチーiN又はマウス正常iNと5日間共培養したマウス正常iNから細胞抽出液を調製し、該抽出液中のタウオリゴマーの量、ヒトタウの量、及びタウ総量をDot blot法を用いて解析し(図4C)、当該タウオリゴマーシグナル及びヒトタウシグナルを定量化した結果(図4D、E)を示す。 Day8のマウスタウオパチーiN又はマウス正常iNに対し、MEAシステムを用いて自発発火頻度を測定した結果を示す。図5A:測定された自発発火頻度、図5B:電極ディッシュ上で培養したiNの写真、図5C:個々のユニットにソーティングされたスパイク、図5D:ソートされたスパイクの波形、図5E:前記A、Cから計算される神経細胞あたりの自発発火頻度、をそれぞれ表す。 図6A−D:Day7のマウスタウオパチーiN及びマウス正常iNに対し、全細胞パッチクランプ法を用いて解析した結果を示す。カレントインジェクション後の発火頻度(図6A、B)、静止膜電位(図6C)、膜キャパシタンス(図6D)の測定結果である。図6E、F:Day7のマウスタウオパチーiN又はマウス正常iNに対し、カルシウムイメージング法を用いて、電気刺激前後の細胞内カルシウム濃度変化を測定した結果を示す(図6E、n=6)。横軸に示した矢印は電気刺激を与えたタイムポイントを表し、縦軸(ΔF/F)は、カルシウム指示薬(Fluo-8/AM)のベースラインの蛍光強度に対する刺激後の該蛍光強度変化を表す。図6Fは、前記ΔF/Fの最大値をプロットしたグラフである。 図7A、B:Day5のマウスタウオパチーiNとマウス正常iNにAP-5(終濃度25μM)又はCNQX(終濃度25μM)を添加し、48時間後に培養上清と細胞抽出液を調製して、各々に含まれるタウ及びタウオリゴマー量をDot blot法を用いて解析した結果(図7A)と、当該シグナルを定量化した結果(図7B)を示す。図7C、D:Day7のマウスタウオパチーiNにAP-5又はCNQXを添加し、Day10での生存率(=(Day10での生存神経細胞数/Day7での生存神経細胞数)×100)を表したグラフである。 図8A:イントロン10変異型(intron10+14C>T)MAPT遺伝子を有するFTDP-17患者の線維芽細胞から作製したiPSC(右パネル)とヒト正常対照由来iPSC株(左パネル)について、位相差顕微鏡写真(上段)と、未分化細胞マーカーの発現(中段:Nanog、下段:SSEA4)を解析した免疫染色写真を示す。図8B:前記FTDP-17患者由来iPSCが、当該変異型MAPT遺伝子を保持していることを示すシークエンス結果である。図8C:Day10のヒトタウオパチーiNとヒト正常iNが、大脳皮質第2・3層の神経細胞マーカー(Satb2)、神経細胞マーカー(NeuN、βIII-tubulin)、及び錐体細胞マーカー(CaMKII)を発現することを示す免疫染色写真である。図8D:Day20の各iNの生存数を、Day8での生細胞数に対する割合として表したグラフである(n=6)。 図9A:Day14のヒトタウオパチーiNとヒト正常iNに対してRT-PCR法を用いて3リピートタウ及び4リピートタウの発現量を解析し、4リピートタウ/3リピートタウの発現比を算出した結果を表す。図9B:Day14のヒトタウオパチーiN及びヒト正常iNに対し、Western blot法を用いてタウとリン酸化タウの発現量を解析した結果を示す。図9C:ヒトタウオパチーiNとヒト正常iNに対し、4リピート−タウとβIII-tubulinによる免疫染色とDAPIによる核染色(三重染色)を行った写真である。 図10A、B:Day12のヒトタウオパチーiN又はヒト正常iNに対し、カルシウムイメージング法を用いて、電気刺激前後の細胞内カルシウム濃度変化を測定した結果を示す(図10A、n=6)。横軸に示した矢印は電気刺激を与えたタイムポイントを表し、縦軸(ΔF/F)は、カルシウム指示薬(Fluo-8/AM)のベースラインの蛍光強度に対する刺激後の該蛍光強度変化を表す。図10Bは、前記ΔF/Fの最大値をプロットしたグラフである。図10C:Day16のヒトタウオパチーiNに、AP-5又はCNQXを終濃度が25μMとなるように添加し、Day21に神経細胞マーカー(βIII-tubulin、NeuN)に対する抗体を用いて二重免疫染色した写真である。左上のパネル“pre”は、試薬添加前のDay16のヒトタウオパチーiNを表す。図10D:図10CにおいてAP-5及びCNQXの濃度を変化させた場合の、Day21における細胞生存率(=(Day21での生存神経細胞数/Day16での生存神経細胞数)×100)を解析した結果(グラフ)である。 図11A、B:Day14のヒトタウオパチーiN及びヒト正常iNから培養上清と細胞抽出液を調製し、各々に含まれるヒトタウ及びタウオリゴマー量をDot blot法を用いて解析し(図11A)、当該シグナルを定量化したグラフ(図11B)を示す。図11C:ヒト正常iN、ヒトタウオパチーiN、及びMbCD処理したヒトタウオパチーiNから調製した細胞破砕液を、スクロース密度勾配遠心法を用いて分画し、得られたフラクション(F1-F7)に含まれるタウオリゴマー(上段:western blot)及び脂質ラフト成分(中段:CTB染色)を解析した結果である。下段は、小胞体マーカーであるCalnexinのwestern blot結果である。 図12A:ヒトタウオパチーiN又はヒト正常iNの培養上清をDay8のマウス正常iNの培地に添加し、2日後に細胞生存率を測定した結果である(n=6)。図12B、C:ヒトタウオパチーiNの培養上清を、抗タウオリゴマー抗体(図12B)又はそのisotype control抗体(図12C)を用いて免疫除去した後に、Day16のヒト正常iNの培地に添加して、2日後の細胞生存率(=(Day18の神経細胞数/Day16の神経細胞数)×100)を測定した結果である(n=6)。図12D:図12Cで用いた各培養上清中のタウオリゴマー量(濃度)を、ELISA法を用いて測定した結果である。図12E:Day20のヒト正常iNに、ヒト正常iN又はヒトタウオパチーiNの培養上清を添加し、MEAシステムを用いて自発発火頻度を測定した結果である。矢印は、各培養上清を添加したタイミングを表す。図12F:図12Eで測定された添加前後のスパイク頻度の比を表すグラフである。 図12A:リコンビナントP301S変異型ヒトタウ(左レーン:タウモノマー)と、当該変異型タウをin vitroでヘパリン処理したもの(右レーン:タウオリゴマー)に対し、SDS-PAGE後に銀染色を行った結果を表す。図13B:図13Aのタウモノマー(図13B)又はタウオリゴマー(図13C)をDay16のヒト正常iNの培地に添加し、2日後の細胞生存率(=(Day18の神経細胞数/Day16の神経細胞数)×100)を測定した結果である。図13D、F:図13Aのタウモノマー又はタウオリゴマーをDay20のヒト正常iNの培地に添加し、MEAシステムを用いて自発発火頻度を測定した結果である(図13D)。矢印は、タウモノマー又はタウオリゴマーを添加したタイミングを表す。図13Eは、添加前後のスパイク頻度の比を表すグラフである。。 図14A:タウオパチー患者の変異型MAPT遺伝子から転写されたmRNAについて、当該変異(intron10+14C>T)を説明する図である。予測される二次構造を形成したmRNAにおいて、変異部位(イントロン10の第14番目のウラシル)を枠で囲んで表す。図14B:タウオパチー患者iPSCの変異型MAPT遺伝子(左図:変異修正前)と、当該変異を野生型に修正したiPSC(右図:修正修正後)のMAPT遺伝子のシークエンス結果である。図14C:正常対照由来iPSC、タウオパチー患者由来iPSC、及び変異修正iPSCに対してwstern blotを行い、タウ総量(Tau12)、及び3リピートタウ量(RD3)を解析した結果を示す。図14D:正常対照由来iPSC、タウオパチー患者由来iPSC、及び変異修正iPSCに対し、RT-PCR法を用いて4リピートタウ/3リピートタウの発現比を解析した結果を表す。 図15A、B:Day8(上段)及びDay21(下段)のヒト正常iN、ヒトタウオパチーiN、及び変異修正iNに対し、神経細胞マーカー(βIII-tubulin、NeuN)に対する抗体を用いて二重免疫染色した写真(図15A)、及び生存率(=(Day21での生存神経細胞数/Day8での生存神経細胞数)×100)を算出したグラフ(図15B)を表す。図15C:Day14のヒト正常iN、ヒトタウオパチーiN、及び変異修正iNの培養系から培養上清と細胞抽出液を調製し、Dot blot法を用いて、タウオリゴマーの量、及びタウ総量(Tau12)を解析した結果を表す。図15D:図15Cで得られたシグナルを定量化し、タウ総量に占めるタウオリゴマーの割合(=タウオリゴマーの量/タウ総量)を算出したグラフである。 :変異型MAPT遺伝子を有する神経細胞が発現するタウオパチー病態を表す図である。枠で囲んだ病態は、本発明に係るスクリーニング方法で用いる指標を表す。 :タウオパチーiNの培養上清を正常iNに添加した培養系において、正常iNの細胞死抑制効果を指標としてスクリーニングを行った結果を表す。
以下に、本発明の好適な実施形態について詳述する。
本明細書では、特定のタンパク質をコードする配列と、該タンパク質の発現に必要な制御配列(例として、プロモーター、エンハンサー、リボゾーム結合配列、ターミネーター、ポリアデニル化サイト等)を備えたDNAを“遺伝子”と呼ぶ。また、本明細書において、“NP_”、“NM_”、“NM_”とそれに続く数字は、NCBI(National Center for Biotechnology Information)データベースに標準配列(Reference Sequence)として登録されているアミノ酸配列(NP_〜)、転写物のヌクレオチド配列(NM_〜)、ゲノムDNA配列(NM_〜)のIDを各々表す。
本発明における正常神経細胞とは、MAPT遺伝子変異を有さない神経細胞のことを指す。なお、本明細書では、数値をハイフンでつないで該数値を含む数値範囲を表す場合がある(例えば、“3−5日”という記載は、“3日以上5日以下”の意である)。
<タウ>
タウ(microtubule-associated protein tau、MAPTとも呼ばれる)は、ヒトでは第17番染色体(17q21.1)に存在するMAPT遺伝子(Official full name:microtubule-associated protein tau、Official symbol;MAPT、NG_007398.1)にコードされるタンパク質で、選択的スプライシングによって生じる6つのアイソフォームが同定されている。各アイソフォームは、N末端側の特徴的な29アミノ酸配列(N)の数(0−2個)と、C末端側の微小管結合に関与する反復配列(R)の数(3又は4個)が異なるため、これらの配列の数によって、0N3R型(352アミノ酸、NP_058525.1、NM_016841.4)、1N3R型(381アミノ酸、NP_001190180.1、NM_001203251.1)、2N3R型(410アミノ酸、NP_001190181.1、NM_001203252.1)、0N4R型(383アミノ酸、NP_058518.1、NM_016834.4)、1N4R型(412アミノ酸、NP_001116539.1、NM_001123067.3)、2N4R型(441アミノ酸、NP_005901.2、NM_005910.5)に分類されている(カッコ内に、ヒトの各アイソフォームのアミノ酸残基数、標準アミノ酸配列のID、転写物の標準ヌクレオチド配列のIDを示す)。ヒト成人脳では上記6種類すべてが発現し、正常人では、4R型(4リピートタウ)と3R型(3リピートタウ)の発現比(=4リピートタウ/3リピートタウ)は同程度である(非特許文献1、6、8)。本発明では、特に定めがない限り、タウとは、3リピートタウ及び4リピートタウを区別するものではない。
<変異型MAPT遺伝子>
本発明には、FTDP-17の家系より同定された変異型MAPT遺伝子を好適に用いることができる。当該変異には、(i)タウタンパク質のアミノ酸配列を変化させる変異と、(ii)4リピートタウ/3リピートタウの発現比を上昇させる変異が知られており、本発明にはいずれの変異も好適に用いることができる。前記(i)は、変異型タウタンパク質を生じる遺伝子変異であり、前記(ii)は、変異型タウタンパク質を生じない遺伝子変異である。
前記(i)のタイプの変異は、通常、最も長いアイソフォームである2N4R型(441アミノ酸、NP_005901.2(配列番号1)、NM_005910.5(配列番号2))のアミノ酸配列をベースとして、タウタンパク質に生じるアミノ酸変異で表される。例えば、“P301S”という記載は、NM_005910.5のアミノ酸配列の第301位のプロリン残基(P)がセリン残基(S)に置換したタウタンパク質を生じる遺伝子変異であることを意味し、“K280Δ”は、前記配列の第280位のリジン残基が欠失したタウタンパク質を生じる遺伝子変異(すなわち、該変異型タウタンパク質をコードしている)を意味する。これまで、FTDP-17の家系より同定された(i)のタイプの変異部位はエクソン9−13に集中していることから、本発明には、エクソン9−13に変異を有するMAPT遺伝子を特に好適に用いることができる。エクソン9−13の変異としては、例えば、K257T、I260V、G272V、N297K、K280Δ、L284L、N296N、P301L、P301S、S305N、S305S、V337M、E342V、G389R、及びR406Wから選ばれる1以上の変異が挙げられ、特に、G272V、N297K、P301L、P301S、V337M、及びR406Wから選ばれる1以上の変異であることが好ましい。G272V、N297K、P301L、P301S、V337M、及びR406Wから選ばれる1以上の変異型MAPT遺伝子を導入したタウオパチーモデルマウスが作製されているからである。
前記(ii)のタイプの変異としては、FTDP-17の家系よりイントロン10内の変異が多数同定されており、それらの変異型MAPT遺伝子を好適に用いることができる。野生型MAPT遺伝子のイントロン10の塩基配列としては、NG_007398.1の第120983−124833番目の塩基からなる塩基配列が例示される(配列番号3)。このうち、スプライシング時に形成されるステムループ及びその近傍、すなわち、イントロン10(配列番号3)の第1−20番目のヌクレオチドに1以上の変異を有するMAPT遺伝子が好ましく、そのような例として、第3、11、12、13、14、16、又は19番目の塩基が置換されたMAPT遺伝子が挙げられる(非特許文献6)。このうち、第3、11、13、14、又は16番目の塩基置換は、エクソン10のスプライシングを阻害して4リピートタウ/3リピートタウの発現比を上昇させることがエクソントラッピング法によって確認されており(非特許文献7)、本発明に最も好適に用いることができる。前記塩基置換の例としては、intron10+3G>A、intron10+11T>C、intron10+13A>G、intron10+14C>T、又はintron10+16C>T等が挙げられる。なお、“intron10+3G>A”は、イントロン10の第3番目の塩基であるグアニン(G)がアデニン(A)に置換した変異を表す。
本発明における4リピートタウ/3リピートタウの発現比を上昇させる変異とは、該発現比(mRNA量比、タンパク量比のいずれでもよいが、好ましくはmRNA量比である)が1.3以上、好ましくは1.5以上となる変異を指す。正常人では前記mRNA量比が通常1.3未満であるのに対し、約1.6であるFTDP-17患者が報告されているからである(非特許文献8)。なお、当該発現比の解析は、当該変異型MAPT遺伝子を適切な培養細胞内で発現させ、該細胞に対し、real-time PCR法、RT-PCR法、もしくはnorthern hybrydization法等を行って各アイソフォームのmRNA量を定量、又はwestern blot法等を行って各アイソフォームのタンパク質量を定量して行ってもよい。また、非特許文献7に例示されるエクソントラッピング法を用いて解析してもよい。
本発明には、変異型MAPT遺伝子を有する神経細胞として、前記(i)タウタンパク質のアミノ酸配列を変化させる変異、及び/又は(ii)4リピートタウ/3リピートタウの発現比を上昇させる変異を有するMAPT遺伝子を有する神経細胞を好適に用いることができる。当該神経細胞は、前記変異型MAPT遺伝子を有する多能性幹細胞から分化誘導した神経細胞であってもよい。前記変異型MAPT遺伝子を有する多能性幹細胞としては、前記変異型MAPT遺伝子を内在性に保有する動物の体細胞から作製された多能性幹細胞、前記変異型MAPT遺伝子を外来性に導入された動物細胞から作製された多能性幹細胞、及び、前記変異型MAPT遺伝子を外来性に導入された多能性幹細胞等が挙げられる。
前記変異型MAPT遺伝子を内在性に保有する動物の体細胞から作製された多能性幹細胞としては、例として、FTDP-17患者又は前記ヒト変異型MAPT遺伝子を導入されたトランスジェニックマウスの体細胞から作製された多能性幹細胞等が挙げられる。このうち、特に好ましくは、FTDP-17患者の体細胞から作製された多能性幹細胞である。
なお、前記変異型MAPT遺伝子を外来性に導入するとは、該遺伝子がコードするタンパク質が発現可能なように、プロモーター、エンハンサー、リボゾーム結合配列、ターミネーター、ポリアデニル化サイト等の制御配列を含む状態で細胞に導入することを意味する。さらに、必要に応じて、薬剤耐性遺伝子(例えばカナマイシン耐性遺伝子、アンピシリン耐性遺伝子、ピューロマイシン耐性遺伝子など)、チミジンキナーゼ遺伝子、ジフテリアトキシン遺伝子などの選択マーカー配列、緑色蛍光タンパク質(GFP)、βグルクロニダーゼ(GUS)、FLAGなどのレポーター遺伝子配列等を含む状態で導入しても良い。
本発明では、変異型MAPT遺伝子は神経細胞に分化する過程で発現が促進又は誘導されることが好ましいため、前記MAPT遺伝子を外来性に発現させるプロモーターとしては、神経系特異的プロモーターが好適である。当該神経系特異的プロモーターとしては、prionプロモーター(Neuroimage, 54:2603-11, 2011)、nestinプロモーター(Curr. Biol.,
6:1307-16, 1996)、CaM kinaseIIプロモーター(Neuroimage, 54:2603-11, 2011)、PDGF-βプロモーター(Gene Thera., 11:52-60, 2004)、napsin1又はneurofilament-H(NF-H)プロモーター(Nat. Cell Biol., 7:474-82, 2005)、MAPTプロモーター(特開2008−61557)等が挙げられる。
<神経細胞分化>
本発明では、神経細胞として、多能性幹細胞から分化させた神経細胞を好適に用いることができる。
多能性幹細胞から神経細胞を分化誘導する方法としては、特に限定されないが、例えば、(1)無血清培地中で培養して胚様体(神経前駆細胞を含む細胞塊)を形成させて分化させる方法(SFEB法:Watanabe K., et al, Nat.Neurosci., 8:288-296, 2005; SFEBq法:Wataya T., et al, Proc. Natl. Acad. Sci. USA., 105:11796-11801, 2008)、(2)ストローマ細胞上で培養して分化させる方法(SDIA法:Kawasaki H.,
et al, Neuron, 28:31-40, 2000)、(3)薬剤を添加したマトリゲル上で培養して分化させる方法(Chambers S.M., et al, Nat.Biotechnol., 27:275-280, 2009)、(4)サイトカインの代替物として低分子化合物を含む培地中で培養して分化する方法(米国特許第5,843,780号)、(5)多能性幹細胞に神経誘導因子(neurogenin2等)を導入し発現させることで分化させる方法(特許文献7、非特許文献10)、及びこれらの方法(改良法を含む)の組み合わせ等が挙げられる。
このうち、(5)多能性幹細胞にneurogenin2を導入して発現させる方法は、短期間且つ高効率で成熟した神経細胞が得られることから、本発明に特に好適に用いることができる。なお、本明細書では、neurogenin2は遺伝子を指し、Neurogenin2は該遺伝子にコードされるタンパク質を指す。
Neurogenin2タンパク質は発生期において神経細胞への分化を促進することが知られる転写因子であり、そのアミノ酸配列はヒトではNP_076924(配列番号4)、マウスではNP_033848で例示される。本発明におけるneurogenin2遺伝子(Official full name:neurogenin2、Official symbol:NEUROG2、Ngn2遺伝子とも呼ばれる)はNeurogenin2タンパク質をコードするDNAのことであり、例えば、標準配列として登録されているNM_009718(マウス)もしくはNM_024019(ヒト)、又はそれらの転写派生体(transcript variant)のヌクレオチド配列を有するDNAが挙げられる。また、前記標準配列及び転写派生体の配列を有する核酸に、ストリンジェントな条件でハイブリダイズすることができる程度の相補性を有するDNAであってもよい。
前記ストリンジェントな条件とは、Berger and Kimmel(1987, Guide to Molecular Cloning Techniques Methods in Enzymology, Vol.152, Academic Press, San Diego CA)に教示されるように、複合体又はプローブを結合する核酸の融解温度(Tm)に基づいて決定することができる。例えばハイブリダイズ後の洗浄条件として、通常「1×SSC、0.1%SDS、37℃」程度の条件を挙げることができる。相補鎖はかかる条件で洗浄しても対象とする正鎖とハイブリダイズ状態を維持するものであることが好ましい。特に制限されないが、より厳しいハイブリダイズ条件として「0.5×SSC、0.1%SDS、42℃」程度の洗浄条件、さらに厳しくは「0.1×SSC、0.1%SDS、65℃」程度の洗浄条件で洗浄しても正鎖と相補鎖とがハイブリダイズ状態を維持する条件を挙げることができる。具体的には、このような相補鎖として、対象の正鎖の塩基配列と完全に相補的な関係にある塩基配列からなる鎖、及び該鎖と少なくとも90%、好ましくは95%以上、より好ましくは97%以上、いっそう好ましくは98%以上、特に好ましくは99%以上の同一性を有する塩基配列からなる鎖を例示することができる。
本発明において、多能性幹細胞におけるNeurogenin2の発現は、Neurogenin2をコードする核酸(DNA又はRNA)又はNeurogenin2(タンパク質)を、多能性幹細胞に導入することによって実施し得る。
本発明において、Neurogenin2をコードする核酸をDNAの形態で導入する場合、例えば、ウィルス、プラスミド、人工染色体等のベクターをリポフェクション、リポソーム、マイクロインジェクション等の手法を用いて多能性幹細胞内に導入することができる。ウィルスベクターとしては、レトロウィルスベクター、レンチウィルスベクター、アデノウィルスベクター、アデノ随伴ウィルスベクター、センダイウィルスベクター等が例示される。また、人工染色体ベクターとしては、例えばヒト人工染色体(HAC)、酵母人工染色体(YAC)、細菌人工染色体(BAC、PAC)等が含まれる。プラスミドとしては、哺乳動物用プラスミドを使用し得る。ベクターには、当該Neurogenin2タンパク質を発現させるための制御配列(プロモーター、エンハンサー、リボゾーム結合配列、ターミネーター、ポリアデニル化サイト等)を含むことができ、さらに、必要に応じて薬剤耐性遺伝子(例えばカナマイシン耐性遺伝子、アンピシリン耐性遺伝子、ピューロマイシン耐性遺伝子など)、チミジンキナーゼ遺伝子、ジフテリアトキシン遺伝子などの選択マーカー配列、緑色蛍光タンパク質(GFP)、βグルクロニダーゼ(GUS)、FLAGなどのレポーター遺伝子配列等を含んでもよい。特に、所望の時期にNeurogenin2タンパク質の発現を迅速に誘導できるように、該タンパク質のアミノ酸配列をコードするヌクレオチド配列が誘導可能なプロモーター配列に機能的に接合していることが好ましい。
前記誘導可能なプロモーターとしては、薬剤応答性プロモーターを挙げることができ、その好適な例として、テトラサイクリン応答性プロモーター(tetO配列が7回連続したテトラサイクリン応答配列(TRE)を有するCMV最小プロモーター)が挙げられる。例えば、Tet-On/Off Advanced発現誘導システムが例示されるが、テトラサイクリンの存在下において対応する遺伝子を発現させられることが望ましいことから、Tet-Onシステムが好ましい。すなわち、reverse tetR(rtetR)及びVP16ADとの融合タンパク質(rtTA)を同時に発現させるシステムである。なお、当該システムは、Clontech社から入手して用いることができる。また、cumate応答性プロモーター(Q-mateシステム、Krackeler Scientific社、National Research Council(NRC)社等)、エストロゲン応答性プロモーター(WO2006/129735、及びGenoStat誘導性発現システム、Upstate cell signaling solutions社)、RSL1応答性プロモーター(RheoSwitch哺乳類誘導性発現システム、New England Biolabs社)等も好適に用いることができる。このうち、発現誘導物質の特異性の高さと毒性の低さから、テトラサイクリン応答性プロモーターとcumate応答性プロモーターが特に好ましく、最も好ましくはテトラサイクリン応答性プロモーターである。
前記cumate応答性プロモーターを用いる場合には、CymRリプレッサーを多能性幹細胞内で発現する様式を合わせ持つことが好適である。
また、前記制御配列及び前記プロモーターの調節因子(rtTA及び/又はCymRリプレッサー等)は、前記neurogenin2遺伝子を導入したベクターによって供給されてもよい。
前記テトラサイクリン応答性プロモーターを用いた場合には、テトラサイクリン又はその誘導体であるドキシサイクリン(doxycycline、本願では以降、DOXと略記)を培地に所望の期間添加し続けることでNeurogenin2の発現を維持することができる。また、前記cumate応答性プロモーターを用いた場合には、培地にcumateを所望の期間添加し続けることで、当該Neurogenin2の発現を維持することができる。
前記いずれの薬剤応答性プロモーターを用いた場合にも、培地から対応する薬剤を除去する(例えば、該薬剤を含まない培地に置換する)ことで、前記Neurogenin2の発現を停止することができる。
本発明において、Neurogenin2をコードする核酸をRNAの形態で導入する場合、例えばエレクトロポーレーション、リポフェクション、マイクロインジェクション等の手法によって多能性幹細胞内に導入してもよい。細胞内でのNeurogenin2の発現を維持するため、複数回、例えば、2回、3回、4回、又は5回等、導入を行っても良い。
本発明において、Neurogenin2タンパク質の形態で導入する場合、例えばリポフェクション、細胞膜透過性ペプチド(例えば、HIV由来のTAT及びポリアルギニン)との融合、マイクロインジェクション等の手法によって多能性幹細胞内に導入してもよい。細胞内でのNeurogenin2の発現を維持するため、複数回、例えば、2回、3回、4回、又は5回等、導入を行っても良い。
本発明において、神経細胞誘導のためにNeurogenin2を多能性幹細胞で発現させる期間は、Neurogenin2が発現し続けても特に不利益を生じることはないことから、特に上限は設けないが、前記多能性幹細胞がマウス多能性幹細胞の場合には3日間以上、好ましくは4日間以上、さらに好ましくは5日間以上であり、ヒト多能性幹細胞の場合には、6日間以上、好ましくは7日間以上、さらに好ましくは8日間以上である。
前記Neurogenin2の発現誘導以降は、当該多能性幹細胞を、神経細胞への分化誘導に適した培地(本書では以降、神経分化用培地と呼ぶ)中で培養することが好ましい。
そのような培地としては、基本培地のみ、又は、神経栄養因子を添加した基本培地を用いることができる。本発明における神経栄養因子とは、神経細胞の生存と機能維持に重要な役割を果たしている膜受容体のリガンドであり、例えば、Nerve Growth Factor(NGF)、Brain-derived Neurotrophic Factor(BDNF)、Neurotrophin 3(NT-3)、Neurotrophin 4/5(NT-4/5)、Neurotrophin 6(NT-6)、basic FGF、acidic FGF、FGF-5、Epidermal Growth Factor(EGF)、Hepatocyte Growth Factor(HGF)、Insulin、Insulin Like Growth Factor 1(IGF 1)、Insulin Like Growth Factor 2(IGF 2)、Glia cell line-derived Neurotrophic Factor(GDNF)、TGF-b2、TGF-b3、Interleukin 6(IL-6)、Ciliary Neurotrophic Factor(CNTF)及びLIF等が挙げられる。このうち、本発明において好ましい神経栄養因子は、GDNF、BDNF、及び/又はNT-3である。前記基本培地としては、例えば、Glasgow's Minimal Essential Medium(GMEM)培地、IMDM培地、Medium 199培地、Eagle's Minimum Essential Medium(EMEM)培地、αMEM培地、Dulbecco's modified Eagle's Medium(DMEM)培地、Ham's F12(F12)培地、Dulbecco's Modified Eagle Medium:Nutrient Mixture F-12(DMEM/F-12)培地、RPMI 1640培地、Fischer's培地、Neurobasal Medium培地(Lifetechnologies社)、及びこれらの混合培地などが包含される。基本培地には血清が含有されていてもよいし、無血清でもよい。必要に応じて、培地は、例えば、Knockout Serum Replacement(KSR)(ES細胞培養時のFBSの血清代替物)、N2 supplement(Invitrogen)、B27 supplement(Invitrogen)、アルブミン、トランスフェリン、アポトランスフェリン、脂肪酸、インスリン、コラーゲン前駆体、微量元素、2-メルカプトエタノール、3'-チオールグリセロールなどの1つ以上の血清代替物を含んでもよく、また、脂質、アミノ酸、L-グルタミン、Glutamax(Invitrogen)、非必須アミノ酸、ビタミン、増殖因子、低分子化合物、抗生物質、抗酸化剤、ピルビン酸、緩衝剤、無機塩類、セレン酸、プロゲステロン及びプトレシンなどの1つ以上の物質も含有してもよい。
本発明では、神経分化用培地として、N2 supplement、B27 supplement、BDNF、GDNF、NT3が添加された、DMEM/F12培地とNeurobasal Medium培地の混合培地(混合体積比は1:1)を好適に用いることができる。
本発明において神経細胞の分化誘導を行う際の培養温度は、特に限定されないが、約30〜40℃、好ましくは約37℃であり、CO2含有空気の雰囲気下で培養が行われ、CO2濃度は、好ましくは約2〜5%である。
本発明における神経細胞とは、β-III tubulin、NeuN、N-CAM(neural cell adhesion molecule)、MAP2(microtubule-associated protein 2)から成る神経細胞に特異的なマーカー遺伝子を少なくとも1以上発現し、且つ、β-III tubulin陽性の突起(以降、神経突起と呼ぶ)を有する細胞である。
本発明においてより好ましい神経細胞は、形態的に成熟した神経細胞であり、さらに好ましくはグルタミン酸作動性神経細胞である。ここで、形態的に成熟した神経細胞とは、細胞体が肥厚し、且つ、神経突起が十分に伸展(目安として、神経突起長が当該細胞体の直径の約5倍以上)した神経細胞を意味する。本願実施例で示しているように、例えば、外来性Neurogenin2の発現誘導によってマウス多能性幹細胞から神経細胞を分化誘導する場合には、該発現誘導から約3日後には、形態的に成熟したグルタミン酸作動性神経細胞を得ることができる。また、前記多能性幹細胞がヒト多能性幹細胞の場合には、前記Neurogenin2の発現誘導から約10日後には、形態的に成熟したグルタミン酸作動性神経細胞を得ることができる。
<多能性幹細胞>
本発明において、多能性幹細胞とは、生体に存在するすべての細胞に分化可能である多能性を有し、かつ、増殖能をも併せもつ幹細胞のことである。例として、以下に限定するものではないが、胚性幹細胞(ES細胞)、核移植により得られるクローン胚由来の胚性幹細胞(ntES細胞)、精子幹細胞(GS細胞)、胚性生殖細胞(EG細胞)、人工多能性幹細胞(induced Pluripotent Stem Cell;本願明細書ではiPSCと略記する場合がある)、培養線維芽細胞や骨髄幹細胞由来の多能性細胞(Muse細胞)などが含まれる。これらのうち、本発明に用いるのに好ましい多能性幹細胞は、ES細胞、ntES細胞、及びiPS細胞である。以下、各幹細胞について説明する。
(A)胚性幹細胞(ES細胞)
ES細胞は、ヒトやマウスなどの哺乳動物の初期胚(例えば胚盤胞)の内部細胞塊から樹立された、多能性と自己複製による増殖能を有する幹細胞である。
ES細胞は、受精卵の8細胞期、桑実胚後の胚である胚盤胞の内部細胞塊に由来する胚由来の幹細胞であり、成体を構成するあらゆる細胞に分化する能力、いわゆる分化多能性と、自己複製による増殖能とを有している。ES細胞は、マウスで1981年に発見され(M.J. Evans and M.H. Kaufman(1981), Nature 292:154-156)、その後、ヒト、サルなどの霊長類でもES細胞株が樹立された(J.A. Thomson et al.(1998), Science 282:1145-1147; J.A. Thomson et al.(1995), Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 92:7844-7848;J.A. Thomson et al.(1996), Biol. Reprod., 55:254-259; J.A. Thomson and V.S. Marshall(1998), Curr. Top. Dev. Biol., 38:133-165)。
ES細胞は、対象動物の受精卵の胚盤胞から内部細胞塊を取出し、内部細胞塊を線維芽細胞のフィーダー上で培養することによって樹立することができる。また、継代培養による細胞の維持は、白血病抑制因子(leukemia inhibitory factor(LIF))、塩基性線維芽細胞成長因子(basic fibroblast growth factor(bFGF))などの物質を添加した培養液を用いて行うことができる。ヒト及びサルのES細胞の樹立と維持の方法については、例えばUSP5,843,780; Thomson JA, et al.(1995), Proc Natl. Acad. Sci. U S A.
92:7844-7848; Thomson JA, et al.(1998), Science. 282:1145-1147; H. Suemori et al.(2006),Biochem. Biophys. Res. Commun., 345:926-932; M. Ueno et al.(2006), Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 103:9554-9559; H. Suemori et al.(2001), Dev. Dyn., 222:273-279; H. Kawasaki et al.(2002), Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 99:1580-1585;Klimanskaya I, et al.(2006),
Nature. 444:481-485などに記載されている。
ES細胞作製のための培養液として、例えば0.1mM 2-メルカプトエタノール、0.1mM 非必須アミノ酸、2mM L-グルタミン酸、20% KSR及び4ng/ml bFGFを補充したDMEM/F-12培養液を使用し、37℃、2% CO2/98% 空気の湿潤雰囲気下でヒトES細胞を維持することができる(O. Fumitaka et al.(2008), Nat. Biotechnol., 26:215-224)。また、ES細胞は、3〜4日おきに継代する必要があり、このとき、継代は、例えば1mM CaCl2及び20% KSRを含有するPBS中の0.25% トリプシン及び0.1mg/mlコラゲナーゼIVを用いて行うことができる。
ES細胞の選択は、一般に、アルカリホスファターゼ、Oct-3/4、Nanogなどの遺伝子マーカーの発現を指標にしてReal-Time PCR法で行うことができる。特に、ヒトES細胞の選択では、OCT-3/4、NANOG、ECADなどの未分化細胞に特異的な遺伝子マーカーの発現を指標とすることができる(E. Kroon et al.(2008), Nat. Biotechnol., 26:443-452)。
ヒトES細胞株は、例えばWA01(H1)及びWA09(H9)は、WiCell Reserch Instituteから、KhES-1、KhES-2及びKhES-3は、京都大学再生医科学研究所(京都、日本)から入手可能である。
(B)精子幹細胞(GS細胞)
精子幹細胞は、精巣由来の多能性幹細胞であり、精子形成のための起源となる細胞である。この細胞は、ES細胞と同様に、種々の系列の細胞に分化誘導可能であり、例えばマウス胚盤胞に移植するとキメラマウスを作出できるなどの性質をもつ(M. Kanatsu-Shinohara et al.(2003) Biol. Reprod., 69:612-616; K. Shinohara et al.(2004), Cell, 119:1001-1012)。神経膠細胞系由来神経栄養因子(glial cell line-derived neurotrophic factor(GDNF))を含む培養液で自己複製可能であるし、またES細胞と同様の培養条件下で継代を繰り返すことによって、精子幹細胞を得ることができる(竹林正則ら(2008),実験医学,26巻,5号(増刊),41〜46頁,羊土社(東京、日本))。
(C)胚性生殖細胞(EG細胞)
胚性生殖細胞は、胎生期の始原生殖細胞から樹立される、ES細胞と同様な多能性をもつ細胞であり、LIF、bFGF、幹細胞因子(stem cell factor)などの物質の存在下で始原生殖細胞を培養することによって樹立しうる(Y. Matsui et al.(1992), Cell, 70:841-847; J.L. Resnick et al.(1992), Nature, 359:550-551)。
(D)人工多能性幹細胞(iPS細胞)
人工多能性幹(iPS)細胞は、特定の初期化因子を、DNA又はタンパク質の形態で体細胞に導入することによって作製することができる、ES細胞とほぼ同等の特性、例えば分化多能性と自己複製による増殖能、を有する体細胞由来の人工の幹細胞である(K. Takahashi
and S. Yamanaka(2006) Cell, 126:663-676; K. Takahashi et al.(2007),
Cell, 131:861-872; J. Yu et al.(2007), Science, 318:1917-1920; Nakagawa, M.ら,Nat. Biotechnol. 26:101-106(2008);WO 2007/069666)。初期化因子は、ES細胞に特異的に発現している遺伝子、その遺伝子産物もしくはnon-cording RNA又はES細胞の未分化維持に重要な役割を果たす遺伝子、その遺伝子産物もしくはnon-cording
RNA、又は低分子化合物によって構成されてもよい。初期化因子に含まれる遺伝子として、例えば、Oct3/4、Sox2、Sox1、Sox3、Sox15、Sox17、Klf4、Klf2、c-Myc、N-Myc、L-Myc、Nanog、Lin28、Fbx15、ERas、ECAT15-2、Tcl1、beta-catenin、Lin28b、Sall1、Sall4、Esrrb、Nr5a2、Tbx3又はGlis1等が例示され、これらの初期化因子は、単独で用いても良く、組み合わせて用いても良い。初期化因子の組み合わせとしては、WO2007/069666、WO2008/118820、WO2009/007852、WO2009/032194、WO2009/058413、WO2009/057831、WO2009/075119、WO2009/079007、WO2009/091659、WO2009/101084、WO2009/101407、WO2009/102983、WO2009/114949、WO2009/117439、WO2009/126250、WO2009/126251、WO2009/126655、WO2009/157593、WO2010/009015、WO2010/033906、WO2010/033920、WO2010/042800、WO2010/050626、WO 2010/056831、WO2010/068955、WO2010/098419、WO2010/102267、WO 2010/111409、WO 2010/111422、WO2010/115050、WO2010/124290、WO2010/147395、WO2010/147612、Huangfu D, et al.(2008), Nat. Biotechnol., 26: 795-797、Shi Y,
et al.(2008), Cell Stem Cell, 2: 525-528、Eminli S, et al.(2008), Stem Cells. 26:2467-2474、Huangfu D, et al.(2008), Nat Biotechnol. 26:1269-1275、Shi Y, et al.(2008), Cell Stem Cell, 3, 568-574、Zhao Y, et
al.(2008), Cell Stem Cell, 3:475-479、Marson A,(2008), Cell Stem Cell, 3, 132-135、Feng B, et al.(2009), Nat Cell Biol. 11:197-203、R.L. Judson et al.,(2009), Nat. Biotech., 27:459-461、Lyssiotis CA, et al.(2009), Proc Natl Acad Sci U S A. 106:8912-8917、Kim JB, et al.(2009), Nature. 461:649-643、Ichida JK, et al.(2009), Cell Stem Cell. 5:491-503、Heng JC, et al.(2010), Cell Stem Cell. 6:167-74、Han J, et al.(2010), Nature. 463:1096-100、Mali P, et al.(2010), Stem Cells. 28:713-720、Maekawa M, et al.(2011), Nature. 474:225-9.に記載の組み合わせが例示される。
上記初期化因子には、ヒストンデアセチラーゼ(HDAC)阻害剤(例えば、バルプロ酸(VPA)、トリコスタチンA、酪酸ナトリウム、MC 1293、M344等の低分子阻害剤、HDACに対するsiRNA及びshRNA(例、HDAC1 siRNA Smartpool(商標)(Millipore)、HuSH 29mer
shRNA Constructs against HDAC1(OriGene)等)等の核酸性発現阻害剤など)、MEK阻害剤(例えば、PD184352、PD98059、U0126、SL327及びPD0325901)、Glycogen synthase kinase-3阻害剤(例えば、Bio及びCHIR99021)、DNAメチルトランスフェラーゼ阻害剤(例えば、5-azacytidine)、ヒストンメチルトランスフェラーゼ阻害剤(例えば、BIX-01294等の低分子阻害剤、Suv39hl、Suv39h2、SetDBl及びG9aに対するsiRNA及びshRNA等の核酸性発現阻害剤など)、L-channel calcium agonist(例えばBayk8644)、酪酸、TGFβ阻害剤又はALK5阻害剤(例えば、LY364947、SB431542、616453及びA-83-01)、p53阻害剤(例えばp53に対するsiRNA及びshRNA)、ARID3A阻害剤(例えば、ARID3Aに対するsiRNA及びshRNA)、miR-291-3p、miR-294、miR-295及びmir-302などのmiRNA、Wnt Signaling(例えばsoluble Wnt3a)、神経ペプチドY、プロスタグランジン類(例えば、プロスタグランジンE2及びプロスタグランジンJ2)、hTERT、SV40LT、UTF1、IRX6、GLISl、PITX2、DMRTBl等の樹立効率を高めることを目的として用いられる因子も含まれており、本明細書においては、これらの樹立効率の改善目的にて用いられた因子についても初期化因子と別段の区別をしないものとする。
初期化因子は、タンパク質の形態の場合、例えばリポフェクション、細胞膜透過性ペプチド(例えば、HIV由来のTAT及びポリアルギニン)との融合、マイクロインジェクションなどの手法によって体細胞内に導入してもよい。
一方、DNAの形態の場合、例えば、ウイルス、プラスミド、人工染色体などのベクター、リポフェクション、リポソーム、マイクロインジェクションなどの手法によって体細胞内に導入することができる。ウイルスベクターとしては、レトロウイルスベクター、レンチウイルスベクター(以上、Cell, 126:663-676, 2006; Cell, 131:861-872, 2007;
Science, 318:1917-1920, 2007)、アデノウイルスベクター(Science, 322:945-949, 2008)、アデノ随伴ウイルスベクター、センダイウイルスベクター(WO 2010/008054)などが例示される。また、人工染色体ベクターとしては、例えばヒト人工染色体(HAC)、酵母人工染色体(YAC)、細菌人工染色体(BAC、PAC)などが含まれる。プラスミドとしては、哺乳動物細胞用プラスミドを使用しうる(Science, 322:949-953, 2008)。ベクターには、核初期化物質が発現可能なように、プロモーター、エンハンサー、リボゾーム結合配列、ターミネーター、ポリアデニル化サイトなどの制御配列を含むことができるし、さらに、必要に応じて、薬剤耐性遺伝子(例えばカナマイシン耐性遺伝子、アンピシリン耐性遺伝子、ピューロマイシン耐性遺伝子など)、チミジンキナーゼ遺伝子、ジフテリアトキシン遺伝子などの選択マーカー配列、緑色蛍光タンパク質(GFP)、βグルクロニダーゼ(GUS)、FLAGなどのレポーター遺伝子配列などを含むことができる。また、上記ベクターには、体細胞への導入後、初期化因子をコードする遺伝子又はプロモーターとそれに結合する初期化因子をコードする遺伝子を共に切除するために、それらの前後にLoxP配列を有してもよい。
また、RNAの形態の場合、例えばリポフェクション、マイクロインジェクションなどの手法によって体細胞内に導入しても良く、分解を抑制するため、5-メチルシチジン及びpseudouridine(TriLink Biotechnologies)を取り込ませたRNAを用いても良い(Warren L, Cell Stem Cell, 7:618-630, 2010)。
iPSC誘導のための培養液としては、例えば、10〜15%FBSを含有するDMEM、DMEM/F12又はDME培養液(これらの培養液にはさらに、LIF、penicillin/streptomycin、puromycin、L-グルタミン、非必須アミノ酸類、β-メルカプトエタノールなどを適宜含むことができる。)又は市販の培養液(例えば、マウスES細胞培養用培養液(TX-WES培養液、トロンボX社)、霊長類ES細胞培養用培養液(霊長類ES/iPSC用培養液、リプロセル社)、無血清培地(mTESR、Stemcell Technology社))などが含まれる。
培養法の例としては、たとえば、37℃、5%CO2存在下にて、10%FBS含有DMEM又はDMEM/F12培養液上で体細胞と初期化因子とを接触させ約4〜7日間培養し、その後、細胞をフィーダー細胞(たとえば、マイトマイシンC処理STO細胞、SNL細胞等)上にまきなおし、体細胞と初期化因子の接触から約10日後からbFGF含有霊長類ES細胞培養用培養液で培養し、該接触から約30〜約45日又はそれ以上ののちにiPS様コロニーを生じさせることができる。
あるいは、37℃、5% CO2存在下にて、フィーダー細胞(たとえば、マイトマイシンC処理STO細胞、SNL細胞等)上で10%FBS含有DMEM培養液(これにはさらに、LIF、ペニシリン/ストレプトマイシン、ピューロマイシン、L-グルタミン、非必須アミノ酸類、β-メルカプトエタノールなどを適宜含むことができる。)で培養し、約25〜約30日又はそれ以上ののちにES様コロニーを生じさせることができる。望ましくは、フィーダー細胞の代わりに、初期化される体細胞そのものを用いる(Takahashi K, et al.(2009), PLoS One.
4:e8067又はWO2010/137746)、又は細胞外基質(例えば、Laminin-5(WO2009/123349)及びマトリゲル(BD社))を用いる方法が例示される。
この他にも、血清を含有しない培地を用いて培養する方法も例示される(Sun N, et
al.(2009), Proc Natl Acad Sci U S A. 106:15720-15725)。さらに、樹立効率を上げるため、低酸素条件(0.1%以上、15%以下の酸素濃度)によりiPSCを樹立しても良い(Yoshida Y, et al.(2009), Cell Stem Cell. 5:237-241又はWO2010/013845)。
上記培養の間には、培養開始2日目以降から毎日1回新鮮な培養液と培養液交換を行う。また、核初期化に使用する体細胞の細胞数は、限定されないが、培養ディッシュ100cm2あたり約5×103〜約5×106細胞の範囲である。
iPSCは、形成したコロニーの形状により選択することが可能である。一方、体細胞が初期化された場合に発現する遺伝子(例えば、Oct3/4、Nanog)と連動して発現する薬剤耐性遺伝子をマーカー遺伝子として導入した場合は、対応する薬剤を含む培養液(選択培養液)で培養を行うことにより樹立したiPSCを選択することができる。また、マーカー遺伝子が蛍光タンパク質遺伝子の場合は蛍光顕微鏡で観察することによって、発光酵素遺伝子の場合は発光基質を加えることによって、また発色酵素遺伝子の場合は発色基質を加えることによって、iPSCを選択することができる。
(E)核移植により得られたクローン胚由来のES細胞(ntES細胞)
ntES細胞は、核移植技術によって作製されたクローン胚由来のES細胞であり、受精卵由来のES細胞とほぼ同じ特性を有している(T. Wakayama et al.(2001), Science, 292:740-743; S. Wakayama et al.(2005), Biol. Reprod., 72:932-936; J. Byrne et al.(2007), Nature, 450:497-502)。すなわち、未受精卵の核を体細胞の核と置換することによって得られたクローン胚由来の胚盤胞の内部細胞塊から樹立されたES細胞がnt ES(nuclear transfer ES)細胞である。nt ES細胞の作製のためには、核移植技術(J.B. Cibelli et al.(1998), Nature Biotechnol., 16:642-646)とES細胞作製技術(上記)との組み合わせが利用される(若山清香ら(2008),実験医学,26巻,5号(増刊), 47〜52頁)。核移植においては、哺乳動物の除核した未受精卵に、体細胞の核を注入し、数時間培養することで初期化することができる。
(F)Multilineage-differentiating Stress Enduring cells(Muse細胞)
Muse細胞は、WO2011/007900に記載された方法にて製造された多能性幹細胞であり、詳細には、線維芽細胞又は骨髄間質細胞を長時間トリプシン処理、好ましくは8時間又は16時間トリプシン処理した後、浮遊培養することで得られる多能性を有した細胞であり、SSEA-3及びCD105が陽性である。
なお、本明細書中で使用する“体細胞”なる用語は、卵子、卵母細胞、ES細胞などの生殖系列細胞又は分化全能性細胞を除くあらゆる動物細胞をいう。また、当該動物は、好ましくはヒトを含む哺乳動物、更に好ましくはヒト及びマウスである。体細胞には、非限定的に、胎児(仔)の体細胞、新生児(仔)の体細胞、及び成熟した健全なもしくは疾患性の体細胞のいずれも包含される。具体的には、体細胞は、例えば(1)神経幹細胞、造血幹細胞、間葉系幹細胞、歯髄幹細胞等の組織幹細胞(体性幹細胞)、(2)組織前駆細胞、(3)リンパ球、上皮細胞、内皮細胞、筋肉細胞、線維芽細胞(皮膚細胞等)、毛細胞、肝細胞、胃粘膜細胞、腸細胞、脾細胞、膵細胞(膵外分泌細胞等)、脳細胞、肺細胞、腎細胞及び脂肪細胞等の分化した細胞などが例示される。
<タウオパチー予防又は治療薬のスクリーニング方法>
本発明により、下記工程(1)−(3)を含む、タウオパチーの予防又は治療薬をスクリーニングする方法(以下、方法Iと称す)が提供される;
(1)変異型MAPT遺伝子を有する神経細胞と被験物質を接触させる工程、
(2)前記神経細胞における、下記(a)−(e)からなる群より選択されるいずれか一つの指標を測定する工程;
(a)培養上清中のタウオリゴマー量、
(b)細胞内のタウオリゴマー量、
(c)脱分極の頻度、
(d)細胞内カルシウムイオン濃度、及び
(e)生細胞数、
(3)工程(1)において被験物質と接触させた場合の工程(2)で測定した(a)、(b)、(c)、又は(d)の値が、工程(1)において前記被験物質と接触させなかった場合の該値よりも低値であった場合、及び/又は、工程(1)において被験物質と接触させた場合の工程(2)で測定した(e)の値が、工程(1)において前記被験物質と接触させなかった場合の該値よりも高値であった場合、当該被験物質を、タウオパチーの予防薬又は治療薬として選択する工程。
また、本発明により、下記工程(1)−(4)を含む、タウオパチーの予防又は治療薬をスクリーニングする方法(以下、方法IIと称す)が提供される;
(1)変異型MAPT遺伝子を有する第1の神経細胞と被験物質を接触させ培養する工程、
(2)工程(1)で得られた第1の神経細胞の培養上清を第2の神経細胞と接触させる工程、
(3)工程(2)で得られた第2の神経細胞における、下記(a)−(d)からなる群より選択されるいずれか一つの指標を測定する工程;
(a)細胞内のタウオリゴマー量、
(b)脱分極の頻度、
(c)細胞内カルシウムイオン濃度、及び
(d)生細胞数、
(4)工程(1)において第1の神経細胞と被験物質を接触させた場合の工程(3)で測定した(a)、(b)、又は(c)の値が、工程(1)において第1の神経細胞と前記被験物質を接触させなかった場合の該値よりも低値であった場合、及び/又は、工程(1)において第1の神経細胞と被験物質を接触させた場合の工程(3)で測定した(d)の値が、工程(1)において第1の神経細胞と前記被験物質を接触させなかった場合の該値よりも高値であった場合、当該被験物質を、タウオパチーの予防薬又は治療薬として選択する工程。
さらに、本発明により、下記工程(1)−(4)を含む、タウオパチーの予防又は治療薬をスクリーニングする方法(以下、方法IIIと称す)が提供される;
(1)変異型MAPT遺伝子を有する第1の神経細胞の培養上清を第2の神経細胞と接触させる工程
(2)前記第2の神経細胞と被験物質をさらに接触させる工程、
(3)工程(2)で得られた第2の神経細胞における、下記(a)−(d)からなる群より選択されるいずれか一つの指標を測定する工程;
(a)細胞内のタウオリゴマー量、
(b)脱分極の頻度、
(c)細胞内カルシウムイオン濃度、及び
(d)生細胞数、
(4)工程(2)において第2の神経細胞と被験物質を接触させた場合の工程(3)で測定した(a)、(b)、又は(c)の値が、工程(2)において第2の神経細胞と前記被験物質を接触させなかった場合の該値よりも低値であった場合、及び/又は、工程(2)において第2の神経細胞と被験物質を接触させた場合の工程(3)で測定した(d)の値が、工程(2)において第2の神経細胞と前記被験物質を接触させなかった場合の該値よりも高値であった場合、当該被験物質を、タウオパチーの予防薬又は治療薬として選択する工程。
そして、本発明により、下記工程(1)−(4)を含む、タウオパチーの予防又は治療薬をスクリーニングする方法(以下、方法IVと称す)が提供される;
(1)タウオリゴマーと神経細胞を接触させる工程
(2)前記神経細胞と被験物質をさらに接触させる工程、
(3)工程(2)で得られた神経細胞における、下記(a)−(d)からなる群より選択されるいずれか一つの指標を測定する工程;
(a)細胞内のタウオリゴマー量、
(b)脱分極の頻度、
(c)細胞内カルシウムイオン濃度、及び
(d)生細胞数、
(4)工程(2)において第2の神経細胞と被験物質を接触させた場合の工程(3)で測定した(a)、(b)、又は(c)の値が、工程(2)において第2の神経細胞と前記被験物質を接触させなかった場合の該値よりも低値であった場合、及び/又は、工程(2)において第2の神経細胞と被験物質を接触させた場合の工程(3)で測定した(d)の値が、工程(2)において第2の神経細胞と前記被験物質を接触させなかった場合の該値よりも高値であった場合、当該被験物質を、タウオパチーの予防薬又は治療薬として選択する工程。
前記方法Iは、前記変異型MAPT遺伝子を有する神経細胞が自発的に発現するタウオパチー病態、すなわち、(c)脱分極の頻度の上昇、(d)細胞内カルシウムイオン濃度の上昇、(a)培地へのタウオリゴマーの分泌、(b)該オリゴマーの脂質ラフトへの結合、及び(e)生細胞数の低下のうち、少なくとも1つ以上の病態を抑制し得る被験物質をスクリーニングする方法である。これらの指標の間には、神経興奮性の亢進(すなわち、c、d)が抑制されると、培地へのタウオリゴマーの分泌(a)と該オリゴマーの脂質ラフトへの結合(b)が抑制されて細胞死も抑制されるという因果関係があることから、前記(a)−(d)のいずれかを減少、又は前記(e)を増加させる化合物は、タウによる神経変性の伝播を阻止し得ると考えられるからである。
前記方法IIは、前記変異型MAPT遺伝子を有する神経細胞からの(a)タウオリゴマーの分泌を抑制、又は分泌されたタウオリゴマーの神経変性伝播能を抑制し得る被験物質をスクリーニングする方法である。
前記方法III又はIVは、タウオリゴマーに晒された正常神経細胞に対し、該細胞内で引き起こされる神経変性を抑制し得る薬剤をスクリーニングする方法である。前記方法IIIにおける“第2の神経細胞”(すなわち、変異型MAPT遺伝子を有する神経細胞の培養上清を添加された正常神経細胞)は、神経変性伝播が進行している初期から中期のタウオパチー患者の脳神経細胞のモデルとみなすことができる。
・対象疾患
本発明にかかるスクリーニング方法は、タウオパチーの予防又は治療薬と成り得る化合物又は先導化合物(lead compound又はseed compound)の探索において有用である。代表的なタウオパチーとしては、アルツハイマー型認知症(Alzheimer’s disease;AD)、第17染色体遺伝子に連鎖しパーキンソニズムを伴う前頭側頭型認知症(frontotemporal dementia with Parkinsonism linked to chromosome 17;FTDP-17)、前頭側頭型認知症(Frontotemporal dementia;FTD)、ピック病(Pick’s disease)、進行性核上性麻痺(progressive supranuclear palsy;PSP)、大脳皮質変性症(corticobasal degeneration;CBD)、嗜銀顆粒性認知症(嗜銀性顆粒病)、神経原線維変化型認知症、石灰沈着を伴うび慢性神経原線維変化病(DNTC)等が挙げられる。このうち、AD、FTDP-17、及びFTDはMAPT遺伝子に変異を有する患者が多数報告されており、本発明にかかるスクリーニング方法の対象疾患として特に好適である。
・被験物質
本発明のスクリーニング方法に供される被験物質としては、例えば、タンパク質、ペプチド、抗体、非ペプチド性化合物、合成化合物、合成低分子化合物、天然化合物、細胞抽出物、植物抽出物、動物組織抽出物、血漿、海洋生物由来の抽出物、細胞培養上清、及び微生物発酵産物等が挙げられる。これらの物質は新規なもの、公知なもののいずれでもよい。
また、前記被験物質は、(1)生物学的ライブラリー法、(2)デコンヴォルーションを用いる合成ライブラリー法、(3)1ビーズ1化合物(one-bead one-compound)ライブラリー法、及び(4)アフィニティクロマトグラフィー選別を使用する合成ライブラリー法を含む当技術分野で公知のコンビナトリアルライブラリー法における多くのアプローチのいずれかを使用して得ることができる。アフィニティクロマトグラフィー選別を使用する生物学的ライブラリー法はペプチドライブラリーに限定されるが、その他のアプローチはペプチド、非ペプチドオリゴマー、又は化合物の低分子化合物ライブラリーに適用できる(Lam(1997) Anticancer Drug Des. 12: 145-67)。分子ライブラリーの合成方法の例は、当技術分野において見出され得る(DeWitt et al.(1993) Proc. Natl. Acad. Sci. USA 90: 6909-13; Erb et al.(1994) Proc. Natl. Acad. Sci.
USA 91: 11422-6;Zuckermann et al.(1994) J. Med. Chem. 37: 2678-85;
Cho et al.(1993) Science 261: 1303-5; Carell et al.(1994) Angew.
Chem. Int. Ed. Engl. 33: 2059; Carell et.al.(1994) Angew. Chem. Int. Ed. Engl. 33: 2061; Gallop et al.(1994) J. Med. Chem. 37: 1233-51)。化合物ライブラリーは、溶液(Houghten(1992) Bio/Techniques 13: 412-21を参照のこと)又はビーズ(Lam(1991) Nature 354: 82-4)、チップ(Fodor(1993) Nature 364: 555-6)、細菌(米国特許第5,223,409号)、胞子(米国特許第5,571,698号、同第5,403,484号、及び同第5,223,409号)、プラスミド(Cull et al.(1992)
Proc. Natl. Acad. Sci. USA 89: 1865-9)若しくはファージ(Scott and Smith(1990) Science 249: 386-90; Devlin(1990) Science 249: 404-6; Cwirla et al.(1990) Proc. Natl. Acad. Sci. USA 87: 6378-82; Felici(1991) J. Mol. Biol. 222: 301-10; 米国特許出願公開第2002/0103360号)として作製され得る。
本発明において、被験物質と神経細胞を接触させるとは、神経細胞の培養液へ被験物質を添加することで行っても良い。当該接触は、前記指標の変化が確認できる時間であれば、特に限定されないが、例えば、1日以上、2日以上、3日以上、4日以上、5日以上、6日以上、7日以上が例示される。より好ましくは、2日である。添加される被験物質の濃度は化合物の種類(溶解性、毒性等)によって適宜調節可能である。
本発明において、被験物質と神経細胞を接触させる際に用いる、神経細胞の培養液は、当該神経細胞を培養できる培地であれば、特に限定されないが、例えば、上述した神経分化用培地が挙げられる。
本発明において被験物質と神経細胞を接触させる際の培養温度は、特に限定されないが、約30〜40℃、好ましくは約37℃であり、CO2含有空気の雰囲気下で培養が行われ、CO2濃度は、好ましくは約2〜5%である。
・神経細胞の培養上清
本発明における神経細胞の培養上清とは、神経細胞を培養した培地に対し、細胞残屑(cellular debris)の除去を目的とした低速遠心(例えば、1,000xg程度の遠心力による遠心)を行うことで得られる上清を指す。
本発明に係る変異型MAPT遺伝子を有する神経細胞の培養上清は、正常神経細胞に対してタウオパチーに伴う種々の病的変化を誘導する活性を有しており、神経変性誘導剤として用いることができる。
前記神経細胞から培養上清を調製する時期は特に限定されないが、例えば、前記神経細胞がマウスの神経細胞である場合には、Day3−Day10、さらに好ましくはDay4−Day9、最も好ましくはDay5-Day8の当該神経細胞に対して培地交換を行い、その後1日から3日間、より好ましくは、2日から3日間、最も好ましくは2日間培養した培地から調整してもよい。また、前記神経細胞がヒト神経細胞の場合には、Day8−Day21、さらに好ましくはDay10−Day16、最も好ましくはDay12−Day15の当該神経細胞に対して培地交換を行い、その後1日から3日間、より好ましくは、2日から3日間、最も好ましくは2日間培養した培地から調整してもよい。なお、上記Dayは、変異型MAPT遺伝子を有する多能性幹細胞に対してNeurogenin2の発現誘導を行った日(=Day0)からの日数を表すものである。
本発明において、神経細胞と接触させる際の培養上清の濃度は、当該神経細胞に神経変性を伝播することが可能な濃度であれば特に限定されないが、例えば、当該神経細胞の培地に対し、終濃度が40-80%(v/v)、好ましくは50-70%(v/v)、最も好ましくは約50%(v/v)となるように添加することが好ましい。
本発明において、前記培養上清の製造に用いた神経細胞と該培養上清を接触させる神経細胞は同一の動物種の神経細胞である必要はなく、例えば、マウス神経細胞の培養上清をヒト神経細胞に接触させても良く、ヒト神経細胞の培養上清をマウス神経細胞に接触させても良い。
なお、本発明において提供される前記培養上清は凍結保存して用いても良い。
・タウオリゴマー
本発明における“タウオリゴマー”とは、タウ(モノマー)が3−50個会合した会合体を意味し、可溶性タウオリゴマーであっても不溶性タウオリゴマーであっても良い。可溶性タウオリゴマーとは、例えば、1% Polyoxyethylene(10) Octylphenyl Ether(Triton X-100, CAS No. 9002-93-1)に溶解後、10,000xg程度の遠心操作によって上清に回収されるオリゴマーであってよく、また、不溶性タウオリゴマーとは、該遠心操作後に沈殿として回収されるオリゴマーであってよい。なお、本発明のタウオリゴマーには、不溶性タウオリゴマーが互いに結合した線維状構造物であるタウ線維(例えば、PHF等)は、含まれない。
本発明におけるタウオリゴマーは、リン酸化を含めて、種々の化学的修飾を受けていても良い。また、他のタンパク質及び/又は核酸(DNA,RNA)と複合体を形成していてもよい。
・神経細胞の培養上清から単離したタウオリゴマー
本発明では、前記変異型MAPT遺伝子を有する神経細胞の培養上清から単離したタウオリゴマーを、当該培養上清と同様に神経変性剤として用いることができる。
前記培養上清からのタウオリゴマーの単離は、当業者に周知の方法を用いて行うことができ、例えば、後述する抗タウオリゴマー抗体を用いた免疫沈降法や、生化学的分画法を用いて単離してもよい(例として、非特許文献5参照)。
本発明において、神経細胞と接触させる際の前記タウオリゴマーの濃度は、当該神経細胞に神経変性を伝播することが可能な濃度であれば特に限定されないが、例えば、当該神経細胞の培地に対し、終濃度が0.05-10.0ng/ml、好ましくは0.1-5.0ng/ml、より好ましくは0.2-2.5ng/ml、最も好ましくは0.5-1.0ng/mlとなるように添加することが好ましい。
なお、本発明に係るタウオパチーiNの培養上清中に含まれるタウオリゴマー量は、培養期間、細胞密度、及び分化してからの日数等によっても大きく異なるが、目安として、マウスタウオパチーiNの3日間の培養上清で約5-10ng/ml、ヒトタウオパチーiNの5日間の培養上清で約1-5ng/mlである。当該値は、ELISA法を用いてリコンビナントタウモノマーで検量して定量した結果である。
・人口タウオリゴマー
本発明に係るスクリーニング方法では、タウによる神経変性の誘導剤として、人工タウオリゴマーを用いてもよい。本発明において人工タウオリゴマーとは、タウモノマーをin
vitroで人工的にオリゴマー化させることで得られるタウオリゴマーのことである。当該タウモノマーは、DNA組み換え技術を用いて製造したリコンビナントタウでもよく、細胞又は組織から単離精製したタウでもよい。これらのタウモノマーは、当業者に周知の方法を用いてin vitroでオリゴマー化させることができ、例えば、ヘパリン存在下でインキュベーションする方法(Sahara N. and Takashima A, EMBO J., 26:5143-52, 2007)、Aβオリゴマーを核としてオリゴマー化させる方法(Cristian A., et al, FASEB J., 26:1946-59, 2012)等が挙げられる。
本発明において、神経細胞と接触させる際の人工タウオリゴマーの濃度は、当該神経細胞に神経変性を伝播することが可能な濃度であれば特に限定されないが、例えば、リコンビナントのタウモノマーから製造した場合には、当該神経細胞の培地に対し、終濃度が0.05-10.0μg/ml、好ましくは0.1-5.0μg/ml、より好ましくは0.2-2.5μg/ml、最も好ましくは0.5-1.0μg/mlとなるように添加することが好ましい。
・指標
本発明のスクリーニング方法に用いることができる各指標について詳述する。
<培養上清中のタウオリゴマー量>
本発明では、変異型MAPT遺伝子を有する神経細胞の培地(より好ましくは培養上清)中のタウオリゴマー量を、タウオパチーの予防又は治療薬をスクリーニングするための指標とすることができる。前記変異型MAPT遺伝子を有する神経細胞が分泌するタウオリゴマーには周囲の神経細胞に細胞死を誘導する活性があり、自身(=変異型MAPT遺伝子を有する神経細胞)の細胞死も当該培地中のタウオリゴマー量と相関するからである。
本発明において培養上清中のタウオリゴマー量を測定する方法は、当業者に汎用されている方法を用いて行うことができ、特に限定されないが、例えば、ELISA(Enzyme-linked
immunosorbent assay)法を用いて測定してもよい。そのような例として、固相化する抗体として、Tau oligometriccomplex1抗体(epitope:ヒトタウアミノ酸209-224th、以降、TOC1抗体と呼ぶ、非特許文献12、13)、検出抗体としてTau13(epitope:ヒトタウアミノ酸20-35th、Abcam社)、Tau12(epitope:ヒトタウアミノ酸9-13th、Millipore社)、human tau(DAKO社)等を用いたサンドイッチELISA法等が挙げられる。また、Dot blot法を行い、抗タウオリゴマー抗体(例として、TOC1抗体、WO2011/026031に記載の抗体等)によって得られるシグナルを定量化することで測定してもよい。さらに、汎用のタウ抗体を用いてwestern blot法を行い、3−50量体程度の分子種のシグナルを定量化することで行ってもよい。前記TOC1抗体は、例えば、非特許文献12に記載の方法に従って当業者が作製することも可能である。
本発明における培養上清中のタウオリゴマー量は、前記変異型MAPT遺伝子を有する神経細胞を被験物質と接触させ培養を行い、該被験物質と接触させてからの培養期間中に培地(培養上清)中に分泌されたタウオリゴマー量として測定されることが好ましい。
本発明において、培養上清中のタウオリゴマー量が低値とは、該被験物質と接触させなかった神経細胞の培養上清中のタウオリゴマー量(対照値)に対して、80%、70%、60%、50%、又は40%以下の値であることをいう。
<細胞内のタウオリゴマー量>
本発明では、変異型MAPT遺伝子を有する神経細胞(前記方法I)、変異型MAPT遺伝子を有する第1の神経細胞の培養上清と接触した第2の神経細胞(前記方法II又は方法III)、前記培養上清から単離したタウオリゴマーと接触した第2の神経細胞(方法III)、又はタウオリゴマーと接触した神経細胞(前記方法IV)の細胞内タウオリゴマー量を、タウオパチーの予防又は治療薬をスクリーニングするための指標とすることができる。当該“細胞内のタウオリゴマー量”は、好ましくは前記細胞の細胞膜上の脂質ラフトに結合したタウオリゴマー量である。変異型MAPT遺伝子を有する神経細胞から分泌されたタウオリゴマーは、自身又は周囲の神経細胞の脂質ラフトに特異的に結合することが本発明者らにより見出されたからである。
脂質ラフト(lipid raft)とは、ステロールとスフィンゴ脂質に富んだ細胞膜上のドメインであり(Simons K., et al, Nature, 387: 569-72, 1997)、前記脂質ラフトに結合したタウオリゴマー量としては、細胞外部から脂質ラフトに結合したタウオリゴマー量、細胞内部から脂質ラフトに結合したタウオリゴマー量、又はそれらの和であってもよい。特に好ましくは、細胞外部から脂質ラフトに結合したタウオリゴマー量である。
細胞内のタウオリゴマー量の測定は、当業者に周知の方法によって細胞を溶解し、当該溶解液におけるタウオリゴマー量を前述した抗タウオリゴマー抗体を用いて行い得る。測定方法は、公知のタンパク質の測定方法に従って行うことができる。例えば、ウェスタンブロッティング法、ドットブロット法や、免疫沈降法、酵素免疫測定法 (EIA;enzyme-immuno assay, ELISA;enzyme-linked immunosorbent assay)、放射線免疫測定法(RIA;radio-immuno assay)、蛍光抗体法(FIA;fluorescent immuno assay)、免疫細胞染色等の免疫学的測定法が挙げられる。
脂質ラフトに結合したタウオリゴマー量は、例えば、当業者に周知の方法を用いて細胞から脂質ラフトを生化学的に単離し(Gil C., et al, Biochem. Biophys. Commun., 348:1334-42, 2006; Song K., et al, J. Biol. Chem., 271:9690-97, 1996; Iwabuchi K., et al, J. Biol. Chem., 273:33766-73, 1998)、前述したタウオリゴマー量の測定方法を用いて定量化することができる。また、特に細胞外部から脂質ラフトに結合したタウオリゴマー量を定量する方法としては、例えば、細胞に対し、レポータータンパク質と共有結合させたCTB(Cholera toxin B、コレラ毒素のベータサブユニット)処理と抗タウオリゴマー抗体を用いた免疫染色とを行い、前記レポータータンパク質から得られるシグナルと前記免疫染色のシグナルが共局在する部位の数として定量化する方法等が例示される。CTBは、脂質ラフトのマーカー分子であるガングリオシドGM1に特異的に結合するため、脂質ラフトを可視化する手段として、種々のレポータータンパク質(例えば、GFPやFITCといった蛍光色素、HRP等の酵素、又はFLAG等のTag等)と共有結合させたCTB及び検出キット(例えば、Vybrant Lipid Raft Labeling Kit、Molecular probes社)が利用可能である。前記共局在シグナル数の測定は、目視によって行うこともできるが、細胞画像解析装置(例えば、IN Cell Analyzer、GE Healthcare社、等)を用いて自動的に計測してもよい。
本発明において、細胞内のタウオリゴマー量が低値とは、該被験物質と接触させなかった神経細胞内のタウオリゴマー量(対照値)に対して、80%、70%、60%、50%、又は40%以下の値であることをいう。
<脱分極の頻度・細胞内カルシウムイオン濃度>
本発明では、変異型MAPT遺伝子を有する神経細胞(前記方法I)、変異型MAPT遺伝子を有する第1の神経細胞の培養上清と接触した第2の神経細胞(前記方法II又は方法III)、前記培養上清から単離したタウオリゴマーと接触した第2の神経細胞(方法III)、又はタウオリゴマーと接触した神経細胞(前記方法IV)の脱分極の頻度及び/又は細胞内カルシウム濃度を、タウオパチーの予防又は治療薬をスクリーニングするための指標とすることができる。前記変異型MAPT遺伝子を有する神経細胞では興奮性が亢進しており、当該興奮性を抑制すると、該細胞の細胞死と当該培養上清による神経変性の伝播がともに抑制されるからである。
本発明における脱分極の頻度は、例えば、外部から人工的な刺激を与えられていない条件下で生じる発火(自発発火;spontaneous firing)の頻度、又は外部から人工的な刺激を与えられたことで生じる発火(firing)の頻度及び/又は膜電位変化(活動電位)の大きさとして測定することができる。当該発火頻度及び/又は膜電位変化の大きさは、当業者に汎用されている方法を用いて測定することができ、例えば、マルチ電極アレーシステム(Multielectrode array system、微小電極アレーシステム(Microelectrode array system)ともいう。本書では、以降、MEAと略記)、パッチクランプ法(好適には全細胞記録パッチクランプ法)等を用いて測定してもよい。
本発明における細胞内カルシウム濃度は、例えば、刺激後の神経細胞の細胞内カルシウム濃度として好適に測定することができる。当該カルシウム濃度は当業者に汎用されている方法を用いて測定することができ、例えば、細胞内カルシウムイメージング法を用いて簡便且つ高感度で測定してもよい。
本発明において、脱分極の頻度又は細胞内カルシウムイオン濃度が低値とは、該被験物質と接触させなかった神経細胞の脱分極の頻度又は細胞内カルシウムイオン濃度(対照値)に対して、80%、70%、60%、50%、又は40%以下の値であることをいう。
<生細胞数>
本発明では、変異型MAPT遺伝子を有する神経細胞(前記方法I)、変異型MAPT遺伝子を有する第1の神経細胞の培養上清と接触した第2の神経細胞(前記方法II又は方法III)、前記培養上清から単離したタウオリゴマーと接触した第2の神経細胞(方法III)、又はタウオリゴマーと接触した神経細胞(前記方法IV)の生細胞数(生存神経細胞数と呼ぶ場合もある)を、タウオパチーの予防又は治療薬をスクリーニングするための指標とすることができる。
生細胞数を測定する方法は、当業者に汎用されている方法を用いて行うことができ、特に限定されないが、例えば、β-III tubulin、NeuN、N-CAM、MAP2等の神経細胞マーカータンパクに対する抗体を用いて免疫染色を行い、当該陽性細胞数を、目視又は細胞画像解析装置(例えば、IN Cell Analyzer、GE Healthcare社、等)を用いて計測してもよい。また、生細胞数は、死細胞の数の逆数として算出してもよい。死細胞の数の測定は、例えば、培地中の乳酸脱水素酵素(Lactate Dehydrogenase;LDH)の活性を測定する方法、MTT(3-(4,5-di-methylthiazol-2-yl)-2,5-diphenyltetrazolium bromide, yellow tetrazole)法、WST(Water soluble Tetrazolium salts)-1法、WST-8法を用いて吸光度を測定する方法、又は、TO(thiazole orange)、PI( propidium iodide)、7AAD、カルセインAM、又はエチジウムホモダイマー1(EthD-1)を用いて染色し、フローサイトメーターを用いて陽性細胞数を計数する方法等によって行ってもよい。
本発明において、生細胞数が高値とは、該被験物質と接触させなかった神経細胞の生細胞数(対照値)に対して、1.4、1.6、1.8、2、又は2.5倍以上であることをいう。
・スクリーニングキット
本発明により、タウオパチーの予防又は治療薬のスクリーニングキットが提供される。当該キットは、前記変異型MAPT遺伝子を有する神経細胞の培養上清、該上清から単離したタウオリゴマー、又は人工タウオリゴマーを神経変性誘導剤として含み、さらに細胞、試薬、及び培養液を含むことができる。本キットには、さらにスクリーニングの手順を記載した書面や説明書が含まれていてもよい。
以下に実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明がこれらに限定されないことは言うまでもない。
下記実施例では、マウスprionプロモーターに制御されるP301S変異型ヒトMAPT遺伝子が導入されたPS19トランスジェニックマウス(Yoshiyama, et al, Neuron, 53:337-351, 2007、The Jackson Laboratory社よりStrain name;B6;C3-Tg(Prnp-MAPT*P301S)PS19Vle/Jとして入手可能、参照;http://jaxmice.jax.org/strain/008169.html)を“タウオパチーマウス”と称する。このマウスは、約3ヶ月齢で神経機能障害を呈し、約6-12ヶ月齢にかけて海馬から大脳新皮質へとNFT形成・神経変性が伝播する代表的なタウオパチーモデルマウスである。
本書では以降、前記タウオパチーマウス、当該非トランスジェニック同腹子から作製したiPSCを各々、“タウオパチーマウス由来iPSC”、“正常対照マウス由来iPSC”と呼ぶ。そして、これらのiPSCの染色体に外来性neurogenin2遺伝子が導入された細胞を“タウオパチーマウス由来−神経分化用iPSC”、“正常対照マウス由来−神経分化用iPSC”と呼び、各神経分化用iPSCから前記外来性neurogenin2遺伝子の発現を誘導することで得られる神経細胞を“マウスタウオパチーiN”、“マウス正常iN”とそれぞれ呼ぶ。なお、iNはinduced neuronの略記である。実施例で示すように、外来性neurogenin2遺伝子の発現誘導後、マウス及びヒト由来−神経分化用iPSCが形態的及び機能的に成熟した神経細胞に分化するまでには数日を要するが、本願明細書では、外来性neurogenin2遺伝子の発現誘導後の神経分化用iPSCをiNと呼ぶことにする。
下記実施例では、イントロン10の第14位のシトシンがチミンに置換した変異型MAPT遺伝子(intron10+14C>T)を有する家族性FTDP-17患者を“FTDP-17患者”又は“タウオパチー患者”と称し、該患者の体細胞から樹立したiPSC株を“タウオパチー患者由来iPSC”と称する。また、ヒト正常対象由来iPSCとして汎用されている201B7株(参照:Takahashi K,
et al, Cell, 131:861-72, 2007)を“ヒト正常対象由来iPSC”と称する。そして、これらのiPSCの染色体に外来性neurogenin2遺伝子が導入された細胞を“タウオパチー患者由来−神経分化用iPSC”、“ヒト正常対照由来−神経分化用iPSC”と呼び、各神経分化用iPSCから前記外来性neurogenin2遺伝子の発現を誘導することで得られる神経細胞を“ヒトタウオパチーiN”、“ヒト正常iN”とそれぞれ呼ぶ。
なお、本願実施例における“Day”は、神経分化用iPSCに対し、Neurogenin2の発現誘導を行った日(=Day0)からの日数を表す。
最初に、本願実施例で用いた基本的な実験手法について詳述する。
<実験手法>
[手法1]iPSCからの神経分化用iPSCの作製
iPSCに導入する外来性neurogenin2遺伝子の作製には、PB-TAC-ERNベクター(非特許文献11参照)を用いた。当該ベクターは、テトラサイクリン応答性プロモーターの制御下に目的遺伝子(本発明ではneurogenin2遺伝子)とレポーター遺伝子(mCherry)をポリシストロニックに発現する発現カセット(テトラサイクリン誘導性カセット)と、EF1αプロモーターの制御下にrtTAとneomycin耐性遺伝子をポリシストロニックに発現する発現カセットを有し、さらに、前記2つの発現カセットの前後にpiggybacトランスポゾンの逆向き反復配列を有するベクターである。よって、当該ベクターを、piggybac transposaseを発現し得るベクターとともに細胞に導入することで、該細胞の染色体に前記2つの発現カセットが一続きのDNAとして挿入された細胞を得ることが可能である(非特許文献11)。
マウスのNeurogenin2(NP_033848)又はヒトのNeurogenin2(配列番号4)をコードするポリヌクレオチドを前記PB-TAC-ERNベクターのテトラサイクリン誘導性発現カセットに挿入して、テトラサイクリン誘導性のマウスneurogenin2遺伝子、ヒトneurogenin2遺伝子を各々作製した。前記マウスneurogenin2遺伝子をマウスiPSCに、前記ヒトneurogenin2遺伝子をヒトiPSCに、piggybac transposaseをコードするpCyl43発現ベクターとともにlipofectamin LTX(Invitrogen社)を用いてトランスフェクションした。その後、前記iPSCをneomycin(G418)含有培地で培養して、前記2つの発現カセットが染色体に挿入された細胞(すなわち、神経分化用iPSC)を選別し、株化した。以下の実施例には、株化した神経分化用iPSCを用いた。
[手法2]神経分化用iPSCからのiNの作製
マウス由来−神経分化用iPSCに対しては、0.25% trypsin処理によって単一細胞に解離させた後、gelatin-coated dish上で1時間培養を行い、当該上清(マウス由来−神経分化用iPSCを含む)をmatrigel-coatedプラスチックプレート又はカバーガラス上に播種することで、フィーダー細胞を除去した。翌日(=Day0)、当該培地を1μg/ml DOX(Clontech社)を添加した神経分化用培地(1% N2 supplement(Invitrogen社)、2% B27 supplement(Invitrogen社)、10ng/ml BDNF(R&D Systems社)、10ng/ml GDNF(R&D Systems社)、及び10ng/ml NT3(R&D Systems社)が添加された、DMEM/F12培地とNeurobasal Medium培地の混合培地(混合体積比は1:1、いずれもLife Technologies社)に置換することで、当該外来性neurogenin2遺伝子の発現を誘導した。
ヒト由来−神経分化用iPSCに対しては、Accutase(Innovative Cell Technologies社)処理によって単一細胞に解離させた後、matrigel-coatedプラスチックプレート又はカバーガラス上に播種した。翌日(=Day0)、当該培地を1μg/ml DOX(Clontech社)を添加した前記神経分化用培地(マウス由来−神経分化用iPSCに用いたものと同じ)に置換することで、当該外来性neurogenin2遺伝子の発現を誘導した。
[手法3]Dot blot法を用いたタウオリゴマー量の測定
iNの培養系から細胞を回収し、protease阻害剤及びphosphatase阻害剤含有TBS(Tris buffered saline)中に懸濁後、超音波処理を行って細胞破砕した。当該細胞破砕液を遠心し(13,000xg、15分間)、上清を細胞抽出液として回収した。各細胞抽出液を、1.2μg
protein/spotとなるようにニトロセルロース膜(穴径0.45μm、GE Healthcare社)上にブロットした。
また、前記細胞培養系から培地を回収し、低速遠心(1,000rpm、3分間)を行って細胞残屑を沈殿させ、得られた上清を培養上清として回収した。各培養上清500μl分を限外ろ過フィルター付きチューブ(Vivaspin、分画分子量:10kD、GE Healthcare社)に移し、50μlになるまで濃縮を行った。各濃縮サンプル2μlを、前記ニトロセルロース膜上にブロットした。
上記方法で得られたニトロセルロース膜に対し、定法に従って各種タウ抗体処理、検出(Western Lightning Plus-ECL、PerkinElmer社)、及びシグナルの定量化(ImageQuant LAS4000、GE Healthcare社)を行った。ヒトのタウ特異的抗体、ヒト及びマウスのタウを認識する抗体、及びタウオリゴマー特異的抗体として、各々、Tau12、Tau5、及びTOC1抗体を用いた。本願実施例では、Department of Translational Science and Molecular Medicine, College of Human Medicine, Michigan State University(USA)のNicholas Kanaan博士より分与されたTOC1抗体(非特許文献13)を用いた。
[手法4]タウによる神経変性の伝播の解析
・共培養系を用いた解析
正常対照マウス由来−神経分化用iPSCを、2×105cells/wellとなるように24-well plateに播種した。一方で、正常対照マウス由来−神経分化用iPSC、又は、タウオパチーマウス由来−神経分化用iPSCを、底面が孔径1μmの膜からなる共培養用well(Cell Culture
Insert、BD Bioscience社)に1×105cells/wellとなるように播種した。前記正常対照マウス由来−神経分化用iPSCを播種した24-well plateの培地中に、前記共培養用wellを設置した。この状態では、前記24-well plate上の細胞と前記共培養用well上の細胞が直接接触することはなく、両細胞は培地のみを共有することになる。設置後、前記[手法2]に従って両細胞を分化誘導し、7日後に前記共培養用wellを除去し、前記24-well plate上の細胞に対して免疫染色(βIII-tubulinとNeuN)を行い、IN Cell Analyzer(GE Healthcare社)を用いて生存神経細胞数を計測した。
・培養上清を用いた解析
神経分化用iPSCを2×106cells/wellとなるように6-well plateに播種し、前記[手法2]に従って分化誘導した。マウス由来神経分化用iPSCに対してはDay5に、ヒト由来神経分化用iPSCに対してはDay12又はDay14に当該培地を全量交換し、2日後(48時間後)に該培地を回収して培養上清を調製した。得られた上清を等量の前記神経分化用培地と混合し、Day8のマウス正常iN、又はDay16のヒト正常iNの培地と半量置換した。2日後、これらの正常iNについて、免疫染色による生存神経細胞数の計測、及びdot blot法によるタウオリゴマー量の解析を行った。
タウオリゴマーを免疫除去した培養上清は、以下の方法で調製した。前記Day5のマウスタウオパチーiNから回収・調整した培養上清に、TOC1抗体を結合させたDynabeads(VERITAS社)を添加して4℃で一晩インキュベートした。その後、該beadsを除去することで、タウオリゴマーが免疫除去された培養上清を得た。当該タウオリゴマーを免疫除去した培養上清は、前記タウオリゴマーを免疫除去していない培養上清と同じ方法で正常iNに添加した。
[手法5]脂質ラフトに結合したタウオリゴマー量の測定
Vybrant Lipid Raft Labeling Kit(Molecular probes社)を使用して、神経細胞の脂質ラフトに外部から結合したタウオリゴマーを測定した。iNの培地にalexa488と結合させたcholera toxin subunit B(CTB)を添加してインキュベート(4℃で15分間)した後、PBSで洗浄し、抗CTB抗体を添加してクロスリンクさせた(4℃で15分間処理)。該細胞をPBSで洗浄し、4% paraformaldehyde中で固定(室温、30分間)した後、PBSで再度洗浄した。その後、Block Ace(雪印メグミルク社)を用いてブロッキング(30分)した後、TOC1抗体処理を行い(1:1,000、4℃でovernight)、PBSで洗浄後に2次抗体処理を行った(室温で1時間)。Delta Vision(Applied Precision社)を用いてシグナルの検出と解析を行った。
[手法6]MEAシステムを用いた自発発火頻度の測定
神経分化用iPSCを、poly-L-lysineとmatrigelでコートしたMEA専用culture dishに播種し、前記[手法2]に従って神経細胞へ分化誘導した。Day8(マウスiN)又はDay12(ヒトiN)に、マルチ電極アレーシステム(MEA60、Multichannel systems社)を用いて細胞外記録(extracellular electrical recordings)を測定した。データは、MC_Rack software(extracellular electrical recordings)を用いて取得した。スパイクの解析は、Offline Sorter ver.3(Plexon社)を用いて前記スパイクをソートした後、Neuroexplorer software(Nex Technologies社)を用いて解析した。
[手法7]カルシウムイメージング法による細胞内カルシウム濃度の測定
神経分化用iPSCを単一細胞に解離させた後、matrigel-coated 96-well plateに5×10 4cells/wellとなるように播種し、前記[手法2]に従って神経細胞へ分化誘導した。マウス由来−神経分化用iPSCに対してはDay7に、ヒト由来−神経分化用iPSCに対してはDay12に、培地に5μM Fluo-8AM(AAT Bioquest社)及び0.01% Pluronic F-127(SIGMA社)を添加して30分間37℃で保温した後、該細胞をPBSでリンスし、フェノールレッド不含Neurobasal medium(Gibco社)を加えた。各well辺り、50Hzの電気刺激を1ミリ秒間、計50回与えて、FDSS/μCELL(Functional Drug Screening System、浜松ホトニクス社)を用いて前記Fluo-8AMの蛍光強度変化を測定した(excitation:340nm/emission:510nm)。
[実施例1]タウオパチーマウス由来iPSCの作製と、該細胞からのiNの作製
タウオパチーマウス及びその非トランスジェニック同腹子からMEF(mouse embryonic
fibroblast)を採取し、レトロウイルスベクターを用いてOct3/4、Sox2、c-Myc、及びKlf4を導入した後、フィーダー細胞(SNL細胞)上でマウスES細胞用培地(15%FBS、LIF、β-mercaptoethanol、L-glutamine、nonessential amino acids及びpenicillin/streptomycinを添加したknockout DMEM培地(Life Technologies社))を用いて培養し、iPSC株を樹立した。いずれのマウスから作製したiPSCも未分化マーカーの発現を維持しており(図1A、B)、タウオパチーマウス由来iPSCでは前記ヒト変異型タウタンパク質の発現が確認された(図1C)。
上記2種類のiPSCに前記テトラサイクリン誘導性neurogenin2遺伝子を導入して神経分化用iPSCを作製した([手法1])。当該神経分化用iPSCに対し前記Neurogenin2の発現を誘導すると([手法2])、12時間後にはβIII-tubulinとNeuNを発現する細胞が現れ、36時間後には神経突起を伸展する細胞が現れ、3日後には90%以上の細胞が成熟した神経細胞の形態(βIII-tubulin・NeuN二重陽性、細胞体の肥厚、及び当該細胞体の直径の5倍以上に伸展した神経突起を有する形態)を呈していた(図1D、上段)。細胞表面の神経細胞マーカー(N-CAM)の発現が始まるのはさらに早く、DOX添加から12時間後にはN-CAM陽性細胞が観察された。これに対し、未分化マーカー(SSEA1)の発現はDOX添加後に速やかに減少し、48時間後にはすべての細胞がSSEA1陰性となった(図1D、下段)。さらに、これらのiNの神経突起内にはvGLT1(vesicular glutamate transporter 1)陽性顆粒が多数認められるようになり(図1E)、Day7には典型的な活動電位が測定されて、神経細胞として機能的に成熟したことが確認された(図1F)。
前記2種類のiNは、NMDA型グルタミン酸受容体のアンタゴニストであるAP-5(D-(-)-2-amino-5-phosphononpentanoic acid)及び非NMDA型グルタミン酸受容体のアンタゴニストであるCNOX(6-Cyano-7-nitroquinoxaline-2,3-dione)の存在下では活動電位を生じなかった(図1G)。よって、これらのiNはグルタミン酸作動性神経細胞であることが確認された。なお、前記2種類のiN間で、Day3で形態的に成熟した神経細胞数、及びDay7で活動電位を生じる神経細胞数に有意差はみられなかった。
以上より、変異型MAPT遺伝子を有するマウス細胞から作製したiPSCにneurogenin2遺伝子を導入してその発現を誘導すると、正常マウス細胞から作製したiPSCと同様に、約3日で形態的に成熟した神経細胞となり、約7日でグルタミン酸作動性神経細胞として機能的にも成熟することが明らかとなった。
[実施例2]マウスタウオパチーiNが呈するタウオパチー病態
多能性幹細胞から外来性neurogenin2遺伝子の発現によって分化誘導された神経細胞は、錐体細胞のマーカーであるCaMKII(Ca2+/calmodulin-dependent protein kinase II)及び大脳皮質第2及び3層の神経細胞マーカーであるSatb2(Special AT-rich sequence-binding protein 2)を発現し、大脳皮質の錐体細胞であることが報告されている(特許文献7、非特許文献10)。免疫染色の結果、マウスタウオパチーiNもマウス正常iNと同様にCaMKII及びSatb2を発現しており(図2A)、大脳皮質の錐体細胞に分化したことが明らかとなった。錐体細胞は、ADやFTDP-17で主に障害される神経細胞である。
次に、タウの過剰リン酸化、タウオリゴマーの有無、シナプス数、及び細胞死について解析した。Day8のタウオパチーiNの細胞抽出液中には、マウス正常iNではほとんど検出されない過剰リン酸化タウが検出さた(図2E)。そして、Day10のタウオパチーiNの細胞体と神経突起内には、免疫染色法で検出できるほど多量のタウオリゴマーが蓄積していた(図2B、右パネル)。これに対し、マウス正常iNではタウオリゴマーは検出されなかった(図2B、左パネル)。
続いて、前記iNをシナプス前細胞(SynapsinI)及びシナプス後細胞(Drebrin)のマーカータンパクに対する抗体で二重免疫染色し、シナプス部位(=Synapsin・Drebrinで二重染色される部位)を可視化した(図2C)。当該シナプス部位の数(=シナプス数)を計測すると、マウスタウオパチーiN辺りのシナプス数は、マウス正常iN辺りのシナプス数よりも有意に少なかった(図2D)。そして、Day7とDay10における生細胞数を計測すると、マウス正常iNではDay7とDay10の生細胞数に有意差がないのに対し、マウスタウオパチーiNのDay10における生細胞数は、Day7における生細胞数の約30-40%にまで減少していた(図2F)。なお、マウスタウオパチーiNの生細胞数は、Day9以降に急激に減少する傾向が認められた。また、マウス正常iNではDay7とDay10における培地中の乳酸脱水素酵素(LDH)値に有意差がないのに対し、マウスタウオパチーiNではDay10のLDH値はDay7のLDH値の約160%であった(図2F)。
よって、本発明に係るマウスタウオパチーiNでは、タウの過剰リン酸化とオリゴマー化が自発的に起こり、タウオリゴマーの細胞体及び神経突起内蓄積、及びシナプス数の減少といったタウオパチーに特徴的な病的変化が自動的に進行して細胞死に至ることが明らかとなった。
さらに、本発明者らは、マウスタウオパチーiNではタウオリゴマーが細胞外に分泌されることを見出した。
Day8のiNの培養系より培養上清と細胞抽出液を調製し、各々に含まれるタウオリゴマー量、ヒトタウ量、タウ総量をDot blot法を用いて解析した。正常マウスiNの培養系では、細胞抽出液及び培養上清中にタウオリゴマーは実質的に検出されなかった(図2H、正常iNで認められるシグナルは、抗体による非特異的シグナルである)。これに対し、マウスタウオパチーiNの培養系では、細胞抽出液中だけでなく、培地の培養上清中にもタウオリゴマーが含まれていた(図2H)。これまで、神経細胞からモノマーのタウが分泌されることは知られているが、オリゴマー化したタウが分泌されるという報告はなく、本発明者らによって初めて見出された現象である。
そこで、次に、マウスタウオパチーiNによって分泌されるタウオリゴマーの機能を解析した。
[実施例3]細胞外タウオリゴマーによる神経細胞死の誘導
マウスタウオパチーiNとマウス正常iNを、両細胞が直接接触することがない状態で共培養し、該正常iNに生じる変化を解析した。底面が孔径1μmの膜からなる共培養用well上でマウスタウオパチーiNを培養し、該wellをマウス正常iN培養系の培地中に設置した(図3A、右図)。コントロールとして、マウス正常iNを培養した共培養用wellを、マウス正常iN培養系の培地中に設置した(図3A、左図)。
両細胞を7日間(Day0-Day7)共培養した後、前記正常iNをβ-III tubulin及びNeuNで二重免疫染色し(図3B)、生細胞数を測定した(図3C)。図3Cに示されるように、マウスタウオパチーiNと共培養した正常iNの生細胞数は、マウス正常iNと共培養したコントロールの生細胞数の約80%であった。よって、マウスタウオパチーiNと共培養した正常iNでは、約20%の細胞が細胞死を起こしたことがわかった。
次に、マウスタウオパチーiNの培養上清のみをマウス正常iNの培養系に添加して、該正常iNに生じる変化を解析した。図3Dに示すように、Day5-Day7のマウスタウオパチーiN又は正常iNの培養上清を、Day8のマウス正常iNの培地に終濃度50%(v/v)となるように添加し、その後2日間培養してDay10における生細胞数を計測した。その結果、マウスタウオパチーiNの培養上清を添加された正常iNでは、マウス正常iNの培養上清を添加されたコントロールと比べて約50−60%の生細胞数しか確認できなかった(図3Eの左パネル、及びFの左グラフ)。これに対し、前記マウスタウオパチーiNの培養上清からタウオリゴマーを免疫除去してから添加した場合には、コントロールと比べて80%以上の細胞が生存していた(図3Eの右パネル、及びFの右グラフ)。
これらの結果より、本発明に係るマウスタウオパチーiNが細胞外に分泌するタウオリゴマーには、正常神経細胞に対して細胞死を誘導する活性があることが明らかとなった。
[実施例4]タウオリゴマーの脂質ラフトへの結合と神経変性の伝播
培地中に分泌されたタウオリゴマーが正常神経細胞に細胞死を誘導する機構について解析した。
まず、マウスタウオパチーiNの培養系において、細胞外に分泌されたタウオリゴマーの挙動を解析した。図4Aに、正常又はタウオパチーiNに対し、脂質ラフトに特異的に結合するCTB(Cholera toxin B)と抗タウオリゴマー抗体を用いた二重(免疫)染色を行った結果を示す。マウスタウオパチーiNでは、CTBのシグナルと共局在するタウオリゴマーが多数確認されたが(図4A、右パネル)、マウス正常iNの培養系ではタウオリゴマーのシグナルは検出されなかった(図4A、左パネル)。
次に、マウス正常iNの培地にマウスタウオパチーiNの培養上清を添加し、2日後にCTB/抗タウオリゴマー抗体による二重染色を行った。すると、正常iNの脂質ラフトと共局在するタウオリゴマーが多数検出された(図4B、右パネル)。当該マウスタウオパチーiNの培養上清を添加した正常iNから細胞抽出液を調製し、Dot blot法で解析すると、マウス正常iNの培養上清を添加した正常iNと比べてヒトタウタンパク質のシグナルが約1.4倍に増加し(図4C、中パネル、及び図4E)、さらにタウオリゴマーのシグナルが約2.7倍に増加していた(図4C上パネル、図4E)。
よって、マウスタウオパチーiNが分泌するタウオリゴマーは、マウス正常iNの細胞膜上の脂質ラフトに結合することがわかった。さらに、前記タウオリゴマーが結合した正常iN内では、新たなタウオリゴマーが形成される可能性が示唆された。すなわち、マウスタウオパチーiNが分泌するタウオリゴマーによって誘導されるマウス正常iNの細胞死は、マウスタウオパチーiNの細胞死と同様に、タウのオリゴマー化を伴う細胞死であることが示唆された。
さらに、実施例3の結果と合わせると、マウスタウオパチーiNの培養上清又は該培養上清から単離したタウオリゴマーは、タウによる神経変性の誘導剤として使用できることが明らかとなった。
[実施例5]マウスタウオパチーiNの電気生理学的特性
マウスタウオパチーiNに特有の性質をさらに探索した。その結果、以下に説明するように、マウスタウオパチーiNは、神経細胞に分化した時点で既に神経興奮性が有意に亢進していることが明らかとなった。
タウオパチーマウス由来−神経分化用iPSC、及び、正常対照マウス由来−神経分化用iPSCを電極を備えたディッシュ上に播種し、神経細胞への分化を誘導した(図5B)。Day8の各iNに対し、MEAシステムを用いて自発発火頻度の測定を行った結果([手法6])、マウスタウオパチーiNの自発発火頻度はマウス正常iNの自発発火頻度よりも非常に高く(図5A、C)、細胞辺りに換算するとスパイクの発生頻度が約2倍であった(図5D)。
次に、前記Day8の各iNに対し、全細胞パッチクランプ法を用いて電気刺激後の発火頻度を測定した。すると、マウスタウオパチーiNは、正常iNよりも発火頻度が有意に高いことが明らかとなった(図6A、B)。なお、静止膜電位(図6C)、及び膜キャパシタンス(図6D)については、両iN間で有意差は見られなかった。
さらに、カルシウムイメージング法を用いて、電気刺激に伴う細胞内カルシウム濃度変化を解析した。その結果、マウスタウオパチーiNでは、脱分極刺激によって正常iNよりも多くのカルシウムが細胞内に流入することが確認された(図6E、F)。
以上の結果より、本発明に係るマウスタウオパチーiNは、自発発火頻度と刺激後の発火頻度がともに高く、非常に脱分極し易い神経細胞であることが明らかとなった。
[実施例6]マウスタウオパチーiNの神経興奮性とタウ毒性
マウスタウオパチーiNにおいて神経興奮性が亢進していることと、タウのオリゴマー化や細胞死を起こすこととの関係を解析した。
Day5のマウスタウオパチーiNの培養系にAP-5又はCNQXを添加し、48時間後に培養上清と細胞抽出液を調製し、タウオリゴマー量、ヒトタウ量、及びタウ総量をDot blot法を用いて解析した(図7A、B)。また、Day7のマウスタウオパチーiNの培養系にAP-5又はCNQXを添加し、3日後の細胞生存率を算出した(図7C、D)。AP-5、CNQXのいずれを投与した場合も、前記培養上清に含まれるタウオリゴマー量が大幅に減少して(陰性コントロールの約50%、図7B)、細胞生存率が大幅に上昇した(陰性コントロールの約2倍、図7C)。これに対し、前記細胞抽出液中に含まれるタウオリゴマー量は、CNQXを投与した場合には有意に減少したが(陰性コントロールの約70%、図7B)、AP-5を投与した場合には有意な変化は認められなかった(図7B)。
上記結果は、タウオパチーiNの発火を薬理的に抑制すると、培地中に存在するタウオリゴマー量(=細胞外に分泌されたタウオリゴマー量)は有意に減少するが、細胞内に存在するタウオリゴマー量(=タウオリゴマーの形成量)は必ずしも減少しないことを示している。このことより、タウオパチーiNの発火を薬理的に抑制すると、タウオパチーiNからのタウオリゴマーの分泌が抑制され、且つ、神経細胞死が抑制されることが明らかとなった。
よって、タウオパチーiNの興奮性を低下させる活性は、タウオパチーの予防薬又は治療薬をスクリーニングするための重要な指標となることが明らかとなった。また、当該興奮性は、自発発火頻度、電気刺激後の発火頻度、又は電気刺激後の細胞内カルシウム濃度変化として評価できることもわかった。
[実施例7]タウオパチー患者由来iPSCの作製と、該細胞からのiNの作製
続いて、ヒトiNについて解析した。前記タウオパチーマウスとは異なるタイプのMAPT遺伝子変異(すなわち、4リピートタウ/3リピートタウの発現比を上昇させる変異)を有するFTDP-17患者の体細胞からiPSCを作製して、iNを作製した。
詳細には、MAPT遺伝子にintron10+14C>T変異を有する家族性FTDP-17患者から同意を得て採取した皮膚由来の線維芽細胞に、Okita K, et al, Nat Methods. 2011, 8:409-12に記載された方法に従い、エピソーマルベクターを用いてOCT4、SOX2、KLF4、L-MYC、LIN28及びp53に対するsmall haipin RNAを導入し(Kondo T, et al, Cell Stem
Cell, 2013, 12:487-96参照)、タウオパチー患者由来iPSC株を樹立した。前記タウオパチー患者由来iPSCは、正常対象由来iPSCと同様に、胚性幹細胞様の形態を呈し、未分化マーカーの発現を維持していた(図8A)。また、前記変異型MAPT遺伝子を保持していることも確認された(図8B)。
前記タウオパチー患者由来iPSC及び正常対象由来iPSCから、前記[手法1]に従って、テトラサイクリン誘導性ヒトneurogenin2遺伝子が染色体に挿入された神経分化用iPSC株を作製した。当該2種類の神経分化用iPSCに対し、前記[手法2]に従って外来性Neurogenin2の発現を誘導すると、Day4にはβIII-tubulin陽性で神経突起を伸展させた細胞が現れ、Day7-10にかけて大多数の細胞において神経突起の伸展と細胞体の肥厚化が進み、Day10には約80%以上の細胞が成熟した神経細胞の形態を呈していた(図8C、上パネル)。これらの細胞(すなわち、ヒトタウオパチーiN及びヒト正常iN)はいずれもvGLT1、Satb2、及びCaMKIIを発現しており(図8C、下パネル)、グルタミン酸作動性の大脳皮質錐体細胞であることが確認された。
前記ヒトタウオパチーiNは、前記ヒト正常iNと比べて突起が短い傾向が見られたが、Day10で形態的に成熟した神経細胞数に有意差は認められなかった(図8C、上パネル)。Day10に全細胞パッチクランプを行うと、ヒトタウオパチーiN、ヒト正常iNともに弱いながらも活動電位が測定され、Day20のヒト正常iNでは測定した全細胞で成熟した発火パターンが得られた。このことから、ヒトiNは、Day10くらいから神経活動を開始し、Day20までには機能的な分化が終了すると考えられる。
なお、ヒト正常iNでは、Day8とDay20における生細胞数に有意差は認められなかった(図8D)。これに対し、ヒトタウオパチーiNでは、Day20における生細胞数はDay8における生細胞数の約70-80%であり(図8D)、Day20までに(主にDay17以降に)約20−30%の細胞が細胞死を起こすことが明らかとなった。
よって、変異型MAPT遺伝子を有するタウオパチー患者由来iPSCに外来性neurogenin2遺伝子を導入してその発現を誘導すると、ヒト正常対照由来iPSCと同様に、約10日後には大脳皮質錐体細胞として形態的に成熟して神経活動を開始するが、その後細胞死を起こすことが明らかとなった。
[実施例8]ヒトタウオパチーiNが呈するタウオパチー病態
前記ヒトタウオパチーiNが示す性質について解析した。
Day10のヒトタウオパチーiNでは、ヒト正常iNと比べて4リピートタウ/3リピートタウmRNA比が2倍以上に上昇していた(図9A)。ヒトタウオパチーiN及びヒト正常iNが発現するタウタンパク質の総量はほぼ同じなので、この結果は、ヒトタウオパチーiNでは、当該変異を有するヒトタウオパチー患者と同様に、エクソン10の選択的スプライシングが阻害されることを示している。
また、Day14のヒトタウオパチーiNでは、タウの過剰リン酸化が亢進してた(図9B、中パネル)。さらに、4リピートタウ特異的抗体を用いた免疫染色では、ヒトタウオパチーiNの細胞体及び神経突起内に強染色される構造物が多数観察され(図9C、右パネル)、ヒトタウオパチーiN内では4リピートタウが密に集合した構造物(恐らくは凝集体)が産生されることが示された。これに対し、ヒト正常iNでは、前記4リピートタウ特異的抗体で強染色される構造物は検出されなかった(図9C、左パネル)、
よって、ヒトタウオパチーiNでは、当該変異型遺伝子を有する患者の神経細胞と同様に、4リピートタウ/3リピートタウの発現量比が大幅に上昇し、タウの過剰リン酸化が促進され、4リピートタウが凝集化し、その後細胞死が起こることが明らかとなった。
[実施例9]ヒトタウオパチーiNにおける神経興奮性の亢進、タウオリゴマーの分泌、及び神経変性の伝播
ヒトタウオパチーiNに対し、前記マウスタウオパチーiNで見出された特徴的な性質について解析した。
・神経興奮性の亢進
Day12のヒトタウオパチーiN及びヒト正常iNに対し、カルシウムイメージング法を用いて電気刺激に伴う細胞内カルシウム濃度変化を解析した([手法7])。その結果、ヒトタウオパチーiNでは、脱分極刺激によってヒト正常iNよりも多量のカルシウムが細胞内に流入すること、すなわち、神経興奮性が顕著に亢進していることが明らかとなった(図10A、B)。
次に、Day16のヒトタウオパチーiNの培養系にAP-5又はCNQXを添加し、Day21における細胞生存率を算出した。いずれの薬剤で処理した場合にも細胞生存率の上昇傾向が認められ、特に12.5μM又は25μMのAP-5、又は25μMのCNQXで処理した場合には、細胞生存率が有意に上昇した(図10C、D)。すなわち、グルタミン酸受容体を介した自発発火を抑制すると、ヒトタウオパチーiNの細胞死が軽減できることが示された。
よって、ヒトタウオパチーiNも、マウスタウオパチーiNと同様に、興奮性が非常に亢進しており、そのことに起因して細胞死を起こし易くなっていることがわかった。
・タウオリゴマーの分泌
Day14のヒトタウオパチーiN及びヒト正常iNの培養系から培養上清と細胞抽出液を調製し、各々に含まれるタウオリゴマー量とヒトタウ量をDot blot法を用いて解析した(図11A、B)。まず、細胞抽出液について比較すると、両iN間でヒトタウ量に有意差はなかったが、正常iNではタウオリゴマーが微量しか検出されないのに対し、ヒトタウオパチーiNでは多量のタウオリゴマーが検出された。次に、培養上清について比べると、両iN間でヒトタウ量に有意差はなかったが、正常iNではタウオリゴマーが実質的に検出されないのに対し、ヒトタウオパチーiNでは有意な量のタウオリゴマーが検出された。
よって、ヒト正常iNも細胞内にタウオリゴマーを僅かに生じるが、該オリゴマーは細胞外には分泌されないことが明らかとなった。これに対し、ヒトタウオパチーiNは、正常iNよりも多量のタウオリゴマーを細胞内に生じ、その一部が細胞外に分泌されることが示された。
次に、タウオリゴマーの局在について解析した。
ヒトタウオパチーiN及びヒト正常iNに対し、CTB及び抗タウオリゴマー抗体による二重染色を行った。その結果、ヒトタウオパチーiNでのみ、CTBと抗タウオリゴマー抗体の共局在シグナルが細胞膜上に認められた。よって、ヒトタウオパチーiNにおいても、マウスタウオパチーiNと同様に、タウオリゴマーは神経細胞の細胞膜上の脂質ラフトに結合することがわかった。
さらに、ヒトタウオパチーiN及びヒト正常iNから脂質ラフトを生化学的に単離して、タウオリゴマーとの共局在について解析した。詳細には、iNを1% Lubrol及びprotease inhibitor含有buffer中で29ゲージ針を用いて破砕し、該細胞破砕液をスクロース濃度が40%となるように調整した後、0.7ml分をスクロース密度勾配遠心法によって分画した。使用したスクロース密度勾配は、30%(1.4ml)、27.5%(0.7ml)、24%(1.4ml)、3%(1ml)のステップ(5ml用チューブ)、遠心条件は、Optima-MAX XP1(Beckman社)を用いて50,000rpm、4℃、16時間である。遠心後、上部から0.7mlずつ回収してF1-F7の7分画を得た。
前記7分画に対し、western blot法を用いて脂質ラフト及びタウオリゴマーの局在を解析した結果を図11Cに示す。脂質ラフト(GM1 ganglioside)は、ヒト正常iNではF2及びF3中に回収されるが、ヒトタウオパチーiNではF2及びF3に加えてF4中にも少量含まれていた。そして、タウオパチーiNにおけるタウオリゴマーは、F3を中心としてF2とF4中にも含まれており、前記脂質ラフトの局在と一致していた(図11上パネル中の矢頭)。
methyl-β-cyclodextrin(MbCDと略記)は、細胞膜上のコレステロールに作用して脂質ラフト構造を壊す作用を有する化合物である。タウオパチーiNをMbCDで処理してから前記解析を行った場合には、タウオリゴマーはF2-F4には回収されなかった(図11C、下パネル)。
これらの結果より、ヒトタウオパチーiNから細胞外に分泌されたタウオリゴマーは、神経細胞の細胞膜上の脂質ラフトに特異的に結合することが示された。
・神経変性の伝播
Day14-Day16のヒトタウオパチーiN又はヒト正常iNの培養上清を前記[手法4]に従って調製し、Day8のマウス正常iNの培地に終濃度50%(v/v)となるように添加して、2日後に細胞生存率を解析した。その結果、ヒトタウオパチーiNの培養上清を添加されたマウス正常iNでは、ヒト正常iNの培養上清を添加されたマウス正常iNと比べて約80%の生細胞数しか観察されなかった(図12A)。
さらに、前記ヒトタウオパチーiNの培養上清を抗タウオリゴマー抗体で処理(免疫除去)した後に、ヒト正常iNの培地に添加し、2日後の細胞生存率を解析した([手法4])。当該抗体処理によって前記培養上清中のタウオリゴマー量は約27%に減少し(図12D)、ヒト正常iNの生存率は約130%に増加した(図12B)。これに対し、前記抗タウオリゴマー抗体の代わりに当該isotype control抗体で免疫除去した培養上清を添加した場合には、免疫除去しなかった培養上清を添加した場合と比べて、生存細胞数は有意には変化しなかった(図12C)。
よって、ヒトタウオパチーiNから分泌されたタウオリゴマーにも、正常神経細胞に対して神経変性を誘導する活性があることが示された。すなわち、ヒトタウオパチーiNの培養上清、又は該上清から単離されたタウオリゴマーは、神経変性の誘導剤として使用できることが明らかとなった。
さらに、ヒトタウオパチーiNの培養上清を添加すると、神経細胞の興奮性が大幅に亢進することが明らかとなった。Day12-Day14のヒトタウオパチーiN又はヒト正常iNの培養上清をDay20のヒト正常iNに添加し、前記[手法6]のMEAシステムを用いて自発発火頻度を測定した。すると、ヒトタウオパチーiNの培養上清を添加したヒト正常iNでは、添加から約2分後には自発発火頻度が顕著に増加し(添加前の50倍以上)、以降も亢進した状態が持続した(図12E、F)。一方、ヒト正常iNの培養上清を添加したヒト正常iNでは、自発発火頻度の増加は実質的に起こらなかった(図12E、F)。
よって、ヒトタウオパチーiNの培養上清には、正常神経細胞を自身と同様の興奮し易い神経細胞に速やかに変化させる活性があることが明らかとなった。この活性は、これまで知られているタウの細胞毒性からはおよそ想到し得ない、新たなタウ毒性である。
以上の結果より、ヒト、マウスのいずれに由来する場合も、変異型MAPT遺伝子を有する神経細胞は、正常神経細胞よりも興奮し易く、タウオリゴマーを細胞外に分泌し、正常神経細胞の興奮性を亢進して神経変性を伝播することが示された。さらに、当該MAPT遺伝子変異が変異型タウタンパク質を生じる変異、又は4リピートタウ/3リピートタウの発現比を上昇させる変異のいずれであっても、当該変異型遺伝子を有する神経細胞は上記性質を獲得することがわかった。
[実施例10]人工タウオリゴマーによる細胞死誘導
神経細胞に対し、in vitroで人工的にオリゴマー化したタウが細胞外から毒性を発揮し得るかどうかについて、検討した。
リコンビナントタンパクとして製造したP301S変異型ヒトタウを、ヘパリン共存下でインキュベートしてオリゴマー化した。詳細には、0.5mg/mlのタウタンパク質を、10μM heparin(Sigma社)、100mM NaClを含有する10mM HEPES buffer(pH7.4)中で、37℃で16時間インキュベートした(Sahara N. and Takashima A, EMBO J., 26:5143-52,
2007)。その後、当該溶液を70℃で15分間処理した後、SDS-PAGEと銀染色を行って得られたイメージを図13Aに示す。前記ヘパリン共存下でインキュベーションする前のタウは主にモノマーとダイマーだが、インキュベーション後のタウには3量体以上の会合体(すなわち、タウオリゴマー)が多数含まれていることがわかる。以降、前記ヘパリン共存下でインキュベーションする前のタウを“P301Sタウモノマー”、インキュベーション後のタウを“P301Sタウオリゴマー”と呼ぶ。
前記P301Sタウモノマー又はP301Sタウオリゴマーをヒト正常iNの培養系に添加し、2日後の細胞生存率を解析した。P301Sタウオリゴマーを0.1μg/ml、1μg/ml添加した場合には生存率が有意に低下したが(図13B)、P301Sタウモノマーを1μg/ml添加しても生存率は変化しなかった(図13C)。
よって、in vitroで人工的に製造したタウオリゴマーにも、正常神経細胞に対し、外部から作用して細胞死を誘導する活性があることが示された。これに対し、タウオパチーを引き起こす変異を有していても、モノマー又はダイマーのタウには、当該細胞死誘導活性が実質的にないことも明らかとなった。
さらに、in vitroで人工的に製造したタウオリゴマーにも、正常神経細胞の神経興奮性を亢進する活性があることが明らかとなった。
前記P301Sタウモノマー又はP301Sタウオリゴマーを終濃度1μg/mlとなるようにヒト正常iNの培養系に添加し、MEAシステムを用いて自発発火頻度を測定した([手法6])。その結果、P301Sタウオリゴマーを添加したヒト正常iNでは、添加後すぐに自発発火頻度が大幅に増加し(添加前の約290%)、その状態が以降も続いた(図13D、E)。これに対し、P301Sタウモノマーを添加したヒト正常iNでは、自発発火頻度の増加はわずか(添加前の約120%)であった(図13D、E)。
上記結果より、in vitroで人工的に製造したタウオリゴマーにも、タウオパチーiNが細胞外に分泌するタウオリゴマーと同様に、正常神経細胞に外部から作用して該細胞の興奮性を速やかに亢進し、細胞死を誘導する活性があることが明らかとなった。そして、タウオパチーを引き起こす変異型タウであっても、モノマー又はダイマーの状態では、前記興奮性を速やかに亢進する活性、及び細胞死を誘導する活性を実質的に有さないことがわかった。
図13Bが示すように、in vitroで人工的に製造したタウオリゴマーは、100ng/mlでは細胞死を誘導する傾向は見られたが有意ではなかった。これに対し、ヒトタウオパチーiNの培養上清に含まれるタウオリゴマーは微量であることから(目安として、約5日間の培養上清で約1-5ng/ml)、タウオパチーiNが分泌するタウオリゴマーは人工タウオリゴマーよりも神経興奮性を亢進する活性及び細胞死誘導活性が非常に高いことがわかる。この理由としては、前記人工タウオリゴマーがリン酸化等の化学修飾を一切受けていないことや、タウ以外の成分を含んでいないこと等が挙げられる。よって、ヒトタウオパチーiNが分泌するタウオリゴマーの生化学的な解析が進むことで、より活性の高い、リコンビナントのタウ由来のタウオリゴマーの製造が可能になると考えられる。
[実施例11]MAPT遺伝子変異とタウオリゴマー分泌能の関係
変異型MAPT遺伝子を有する神経細胞が有する前記性質がMAPT遺伝子の変異に起因することを確認するために、当該遺伝子変異を修正したヒトiNを作製した。具体的には、前記タウオパチー患者由来iPSCにおいて、当該MAPT遺伝子のイントロン10の第14位のチミンをシトシンに置換してMAPT遺伝子変異が野生型に修正されたiPSC(以降、“変異修正iPSC”と呼ぶ)株を作製した(図14A)。当該塩基置換は、配列番号5で表されるRNAをguideRNAとして、CRISPR-Cas9システムを用いて行った(CRISPR-Cas9システムについては、Gaj T., et al, Trends Biotechnol., 31:397-405, 2013; Doudna J.A., et al, Science, 346, no.6213, 2014を参照のこと)。得られた変異修正iPSCについて、MAPT遺伝子の塩基配列を解析した結果を図14Bに示す。変異修正iPSCでは、当該MAPT遺伝子のイントロン10の第14位がシトシンであること(すなわち、野生型に戻ったこと)がわかる。
前記変異修正iPSCでは、タウ総量はヒト正常対照由来iPSC及びタウオパチー患者由来iPSCとほぼ同じだが、3リピートタウのmRNA量がタウオパチー患者由来iPSCと比べて有意に少なく(図14C)、4リピートタウ/3リピートタウのmRNA比が約1.0(すなわち、正常値)であった(図14D)。
前記変異修正iPSCから前記[手法1]に従って神経分化用iPSC株を作製し、当該神経分化用iPSCから前記[手法2]に従ってiN(以降、変異修正iNと呼ぶ)を作製した。 変異修正iNは、ヒト正常iNとほぼ同じタイムコースで、グルタミン酸作動性の大脳皮質錐体細胞に分化した。図15Aに、Day8及びDay21のヒト正常iN、ヒトタウオパチーiN、及び変異修正iNについて、神経細胞マーカーに対する免疫染色を行った結果を示す。Day8における生細胞数は前記3種類のiN間でほぼ同じだが、Day21のタウオパチーiNでは生細胞数の減少と神経突起の退縮が見られ、約40%のiNが自発的に細胞死を起こした(図15B)。これに対し、変異修正iNでは、Day21においても生細胞数の減少及び神経突起の退縮はほとんど認められず(図15A、B)、実質的に細胞死を起こさないことが明らかとなった。
さらに、Day14の前記各iNから培養上清と細胞抽出液を調製して、タウオリゴマーの含有量を解析した(図15C、D)。その結果、変異修正iNでは、ヒトタウオパチーiNと比べて細胞抽出液中のタウオリゴマー量が大幅に少なく、培養上清中のタウオリゴマー量はヒト正常iNに近い値であった(図15D)。
上記結果より、タウオパチーiNにおいて当該MAPT遺伝子の変異を修正すると、タウオリゴマーの産生量が減り、細胞外に分泌されるタウオリゴマー量が正常神経細胞とほぼ同レベルとなって、自発的な細胞死を起こさなくなることが示された。よって、変異型MAPT遺伝子を有する神経細胞におけるタウオリゴマーの細胞外分泌と興奮性に依存した細胞死は、MAPT遺伝子の変異に起因することが確認された。
実施例1−11の結果より、変異型MAPT遺伝子を有する神経細胞は興奮性が亢進しており、神経活動に依存してタウオリゴマーを細胞外に分泌し、他の細胞に興奮性の亢進と神経変性を伝播することが明らかとなった(図16)。よって、この一連の工程のいずれかを抑制する化合物は、タウオパチーにおける神経変性の伝播を抑制し、該疾患の予防又は治療薬となることが期待される化合物である。そして、そのような化合物は、変異型MAPT遺伝子を有する神経細胞の培養系又は該細胞の培養上清を添加した正常神経細胞の培養系において、(a)培養上清中のタウオリゴマー量、(b)細胞内のタウオリゴマー量、(c)脱分極の頻度、もしくは(d)細胞内カルシウムイオン濃度を低下させる活性、又は、(e)生細胞数を増加させる活性を指標としてスクリーニングできることが示唆された。
[実施例12]タウによる神経変性伝播を阻止し得る化合物のスクリーニング
本発明に係るタウオパチーiNの培養上清を正常iNに添加する系を用いて、該正常iNの細胞死を抑制し得る化合物のスクリーニングを行った。詳細には、Day8のマウス正常iNの培地に、Day5-Day7のマウスタウオパチーiNの培養上清を終濃度50%(v/v)となるように添加すると同時に、各被験物質を終濃度0.1μM又は1μMとなるように添加した。その後2日間培養し、Day10における生細胞数を計測した。その結果、3種類の被験物質(化合物A-C)を添加したwellにおいて、溶媒のみを添加したコントロールwellよりも多くの生細胞が計測された(図17)。このうち、化合物A又は化合物Cを0.1μM添加したwellでは、コントロールwellとの差が有意であった。
当該化合物A-Cはいずれもkinase inhibitorとして知られるものであり、これらの化合物が標的とするkinaseを抑制することで、タウによる神経変性の伝播が阻止できる可能性が示唆された。
これまでのタウオパチーに係る創薬では、タウが細胞内で発揮する毒性の抑制が主たる課題であった。タウ(モノマー)が細胞外に分泌されることは知られていたが、当該細胞外のタウモノマーには毒性が見出されなかったからである。
これに対し、本発明者らは、MAPT遺伝子変異を有する神経細胞はタウオリゴマーを細胞外に分泌し、該タウオリゴマーがタウによる神経変性伝播を担う実体であることを明らかにした。よって、当該タウオリゴマー又は該オリゴマーを含む培養上清は、タウによる神経変性の誘導剤として用いることができるものである。そして、該誘導剤を正常神経細胞の培養系に添加した系は、タウによる神経変性の伝播を(検出可能な形で)初めて再現した細胞培養系であり、当該伝播を阻止し得る化合物を感度良くスクリーニングできる系である。さらに、当該スクリーニング系は正常神経細胞の培養系であるため、多能性幹細胞の作製技術を持たない施設でも容易に実施可能である。
このように、本明細書において開示された細胞培養系ならびに神経変性誘導剤、及びそれらを用いたスクリーニング方法の普及により、タウによる神経変性伝播の抑制を作用機序とするタウオパチー予防又は治療薬が近い将来に得られることが期待される。

Claims (19)

  1. 下記工程(1)−(3)を含む、タウオパチーの予防又は治療薬をスクリーニングする方法;
    (1)変異型MAPT遺伝子を有する神経細胞と被験物質を接触させる工程、
    (2)前記神経細胞における、下記(a)−(e)からなる群より選択されるいずれか一つの指標を測定する工程;
    (a)培養上清中のタウオリゴマー量、
    (b)細胞内のタウオリゴマー量、
    (c)脱分極の頻度、
    (d)細胞内カルシウムイオン濃度、及び
    (e)生細胞数、
    (3)工程(1)において被験物質と接触させた場合の工程(2)で測定した(a)、(b)、(c)、又は(d)の値が、工程(1)において前記被験物質と接触させなかった場合の該値よりも低値であった場合、及び/又は、工程(1)において被験物質と接触させた場合の工程(2)で測定した(e)の値が、工程(1)において前記被験物質と接触させなかった場合の該値よりも高値であった場合、当該被験物質を、タウオパチーの予防薬又は治療薬として選択する工程。
  2. 下記工程(1)−(4)を含む、タウオパチーの予防又は治療薬をスクリーニングする方法;
    (1)変異型MAPT遺伝子を有する第1の神経細胞と被験物質を接触させ培養する工程、
    (2)工程(1)で得られた第1の神経細胞の培養上清を第2の神経細胞と接触させる工程、
    (3)工程(2)で得られた第2の神経細胞における、下記(a)−(d)からなる群より選択されるいずれか一つの指標を測定する工程;
    (a)細胞内のタウオリゴマー量、
    (b)脱分極の頻度、
    (c)細胞内カルシウムイオン濃度、及び
    (d)生細胞数、
    (4)工程(1)において第1の神経細胞と被験物質を接触させた場合の工程(3)で測定した(a)、(b)、又は(c)の値が、工程(1)において第1の神経細胞と前記被験物質を接触させなかった場合の該値よりも低値であった場合、及び/又は、工程(1)において第1の神経細胞と被験物質を接触させた場合の工程(3)で測定した(d)の値が、工程(1)において第1の神経細胞と前記被験物質を接触させなかった場合の該値よりも高値であった場合、当該被験物質を、タウオパチーの予防薬又は治療薬として選択する工程。
  3. 下記工程(1)−(4)を含む、タウオパチーの予防又は治療薬をスクリーニングする方法;
    (1)変異型MAPT遺伝子を有する第1の神経細胞の培養上清を第2の神経細胞と接触させる工程
    (2)前記第2の神経細胞と被験物質をさらに接触させる工程、
    (3)工程(2)で得られた第2の神経細胞における、下記(a)−(d)からなる群より選択されるいずれか一つの指標を測定する工程;
    (a)細胞内のタウオリゴマー量、
    (b)脱分極の頻度、
    (c)細胞内カルシウムイオン濃度、及び
    (d)生細胞数、
    (4)工程(2)において第2の神経細胞と被験物質を接触させた場合の工程(3)で測定した(a)、(b)、又は(c)の値が、工程(2)において第2の神経細胞と前記被験物質を接触させなかった場合の該値よりも低値であった場合、及び/又は、工程(2)において第2の神経細胞と被験物質を接触させた場合の工程(3)で測定した(d)の値が、工程(2)において第2の神経細胞と前記被験物質を接触させなかった場合の該値よりも高値であった場合、当該被験物質を、タウオパチーの予防薬又は治療薬として選択する工程。
  4. 前記変異型MAPT遺伝子を有する神経細胞又は第1の神経細胞が、変異型MAPT遺伝子を有する多能性幹細胞から外来性Neurogenin2の発現によって分化した神経細胞である、請求項1−3のいずれかに記載の方法。
  5. 前記第2の神経細胞が、変異型MAPT遺伝子を有さない多能性幹細胞から外来性Neurogenin2の発現によって分化した神経細胞である、請求項2−4のいずれかに記載の方法。
  6. 前記細胞内のタウオリゴマー量が、該細胞の脂質ラフトに結合したタウオリゴマー量である、請求項1から5のいずれかに記載の方法。
  7. 前記変異型MAPT遺伝子を有する神経細胞が、神経系特異的プロモーターによって変異型MAPT遺伝子を発現する神経細胞である、請求項1−6のいずれかに記載の方法。
  8. 前記変異型MAPT遺伝子を有する多能性幹細胞が、タウオパチー患者の体細胞から樹立された人工多能性幹細胞である、請求項4−7のいずれかに記載の方法。
  9. 前記変異型MAPT遺伝子が、エクソン9から13、又はイントロン10に1以上の変異を有するMAPT遺伝子である、請求項1−8のいずれかに記載の方法。
  10. 前記エクソン9から13の変異が、K257T、I260V、G272V、N297K、K280Δ、L284L、N296N、P301L、P301S、S305N、S305S、V337M、E342V、G389R、及びR406Wから選ばれる1以上のアミノ酸変異を有する変異型タウタンパク質を生じる変異である、請求項9に記載の方法。
  11. 前記イントロン10の変異が、当該イントロン10の第1番目から第20番目のヌクレオチドにおける1以上の変異である、請求項9に記載の方法。
  12. 前記工程(1)が、変異型MAPT遺伝子を有する第1の神経細胞の培養上清から単離したタウオリゴマーを第2の神経細胞と接触させる工程である、請求項3に記載の方法。
  13. 下記工程(1)−(4)を含む、タウオパチーの予防又は治療薬をスクリーニングする方法;
    (1)タウオリゴマーと神経細胞を接触させる工程
    (2)前記神経細胞と被験物質をさらに接触させる工程、
    (3)工程(2)で得られた神経細胞における、下記(a)−(d)からなる群より選択されるいずれか一つの指標を測定する工程;
    (a)細胞内のタウオリゴマー量、
    (b)脱分極の頻度、
    (c)細胞内カルシウムイオン濃度、及び
    (d)生細胞数、
    (4)工程(2)において被験物質と接触させた場合の工程(3)で測定した(a)、(b)、又は(c)の値が、工程(2)において前記被験物質と接触させなかった場合の該値よりも低値であった場合、及び/又は、工程(2)において被験物質と接触させた場合の工程(3)で測定した(d)の値が、工程(2)において前記被験物質と接触させなかった場合の該値よりも高値であった場合、当該被験物質を、タウオパチーの予防薬又は治療薬として選択する工程。
  14. 前記神経細胞が、多能性幹細胞から外来性Neurogenin2の発現によって分化した神経細胞である、請求項13に記載の方法。
  15. 前記タウオリゴマーが、人工タウオリゴマーである、請求項13又は14に記載の方法。
  16. 変異型MAPT遺伝子を有する神経細胞の培養上清。
  17. 前記神経細胞が、変異型MAPT遺伝子を有する多能性幹細胞から外来性Neurogenin2の発現によって分化した神経細胞である、請求項16に記載の培養上清。
  18. 請求項16又は17に記載の培養上清から単離したタウオリゴマー。
  19. 変異型MAPT遺伝子を有する神経細胞の培養上清、該上清から単離したタウオリゴマー、又は人工合成したタウオリゴマーを含む、タウオパチーの予防又は治療薬のスクリーニングキット。
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