JPWO2010101129A1 - マンナン加水分解酵素群又はセルロース加水分解酵素群転写制御因子及び該転写制御因子遺伝子 - Google Patents
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Abstract
Description
1)以下の(a)、(b)又は(c)の蛋白質:
(a)配列番号2で表されるアミノ酸配列を含む蛋白質;
(b)配列番号2で表されるアミノ酸配列において1又は数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列を含み、かつ、マンナン加水分解酵素群又はセルロース加水分解酵素群の遺伝子の転写制御能を有する蛋白質;又は
(c)配列番号2で表されるアミノ酸配列と70%以上の配列同一性を示すアミノ酸配列を含む蛋白質又はその部分断片であり、かつ、マンナン加水分解酵素群又はセルロース加水分解酵素群の遺伝子の転写制御能を有する蛋白質。
2)(a)、(b)又は(c)の蛋白質をコードする遺伝子:
(a)配列番号2で表されるアミノ酸配列を含む蛋白質;
(b)配列番号2で表されるアミノ酸配列において1又は数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列を含み、かつ、マンナン加水分解酵素群又はセルロース加水分解酵素群の遺伝子の転写制御能を有する蛋白質;又は
(c)配列番号2で表されるアミノ酸配列と70%以上の配列同一性を示すアミノ酸配列を含む蛋白質又はその部分断片であり、かつ、マンナン加水分解酵素群又はセルロース加水分解酵素群の遺伝子の転写制御能を有する蛋白質。
3)以下の(a)、(b)、(c)又は(d)のDNAから成る遺伝子:
(a)配列番号1で表される塩基配列を含むDNA;
(b)配列番号1で表される塩基配列又はその相補鎖を含む核酸とストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ、マンナン加水分解酵素群又はセルロース加水分解酵素群の遺伝子の転写制御能を有する蛋白質をコードするDNA;
(c)配列番号2で表されるアミノ酸配列をコードする核酸又はその相補鎖を含む核酸とストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ、マンナン加水分解酵素群又はセルロース加水分解酵素群の遺伝子の転写制御能を有する蛋白質をコードするDNA;又は
(d)配列番号1で表される塩基配列のDNAと70%以上の配列同一性を示し、かつ、マンナン加水分解酵素群又はセルロース加水分解酵素群の遺伝子の転写制御能を有する蛋白質をコードするDNA。
4)前記遺伝子を含有する組換えベクター。
5)前記組換えベクターを含む形質転換体。
6)前記形質転換体を培養し、得られる培養物から転写制御因子を回収することを特徴とする、転写制御因子の製造方法。
7)前記形質転換体を培養し、得られる培養物からマンナン加水分解酵素群又はセルロース加水分解酵素群を回収することを特徴とするマンナン加水分解酵素群又はセルロース加水分解酵素群の製造方法。
8)前記形質転換体を培養し、該形質転換体によるマンナン加水分解酵素群又はセルロース加水分解酵素群の産生を増強させる方法。
RT−PCRは、市販のキット、例えば、PrimeScript RT−PCR Kit(タカラバイオ社製)を用いて常法により行うことができる。
得られた本発明のマンナナーゼ遺伝子を含むDNAは、例えば、常法によりプラスミドに組み込むことができる。
このようにして得られたDNAの塩基配列は、サンガー法により、市販の試薬及びDNAシークエンサーを用いて決定することができる。得られる本発明の転写制御因子遺伝子を含むDNA及びそれによりコードされる転写制御因子の例をそれぞれ配列番号1及び2に例示する。
続いて、プローブとして用いる核酸を検出法に応じた方法で標識する。プローブとして用いる核酸は、十分な特異性を得られる長さであればよく、例えば、配列番号1に記載の配列の少なくとも100塩基以上、好ましくは200塩基以上、最も好ましくは450塩基以上の部分又は全体を含むものが挙げられる。
ストリンジェントな条件とは、特異的なハイブリッドのシグナルが非特異的なハイブリッドのシグナルと明確に識別される条件であり、使用するハイブリダイゼーションの系と、プローブの種類、配列及び長さによって異なる。条件は、ハイブリダイゼーションの温度を変えること、洗浄の温度及び塩濃度を変えることにより決定可能である。例えば、非特異的なハイブリッドのシグナルまで強く検出されてしまう場合には、ハイブリダイゼーション及び洗浄の温度を上げるとともに、必要に応じて洗浄の塩濃度を下げることにより特異性を上げることができる。
また、特異的なハイブリッドのシグナルも検出されない場合には、ハイブリダイゼーション及び洗浄の温度を下げるとともに、必要に応じて洗浄の塩濃度を上げることにより、ハイブリッドを安定化させることができる。このような最適化は、本技術分野の研究者が容易に行いうるものである。
マーカー遺伝子としては、例えば、ura3、nIaDのような、宿主の栄養要求性を相補する遺伝子や、アンピシリンやカナマイシン、オリゴマイシンなどの薬剤に対する抵抗遺伝子などが挙げられる。
また、組換えベクターは、宿主細胞中で本発明の遺伝子を発現することのできるプロモーター又はその他の制御配列、例えば、エンハンサー配列、ターミネーター配列、ポリアデニル化配列等を含むことが望ましい。
プロモーターとしては、例えば、GAL1プロモーター、TEF1プロモーター、lacプロモーター等が挙げられる。また、精製のためのタグをつけることもできる。具体的には、転写制御因子遺伝子の下流に適宜リンカー配列を接続し、ヒスチジンをコードする塩基配列を6コドン以上接続することにより、ニッケルカラムを用いた精製を可能にすることができる。
形質転換は、宿主に応じて公知の方法で行うことができる。宿主に酵母を用いる場合は、例えば、酢酸リチウムを用いるMethods Mol.Cell.Biol.,5,255−269(1995)に記載の方法が利用できる。糸状菌を用いる場合は、例えば、プロトプラスト化した後ポリエチレングリコール及び塩化カルシウムを用いるMol.Gen.Genet.,218:99−104,1989に記載の方法が利用できる。細菌を用いる場合は、例えば、エレクトロポレーションによるMethods Enzymol.,194:182−187,1990に記載の方法が利用できる。
宿主は、転写制御因子により、その生物種の有しているマンナン加水分解酵素群の遺伝子の発現が制御されるものであれば特に限定されないが、具体的にはアスペルギルス・オリゼ、アスペルギルス・ニガーなどが挙げられる。培地及び培養方法は、宿主の種類と組換えベクター中の発現制御配列によって適当なものを選ぶことができる。
例えば、宿主がアスペルギルス・オリゼであり、発現制御配列がTEF1プロモーターである場合、該転写制御因子を高発現させた形質転換体を、小麦フスマ等を用いた固体培養い、マンナン加水分解酵素群又はセルロース加水分解酵素群を効率的に生産させることが可能である。
転写制御因子の強制発現によりマンナン加水分解酵素群又はセルロース加水分解酵素群が菌体内又は菌体表面に生産された場合は、菌体を培地から分離し、その菌体を適当に処理することによりマンナン加水分解酵素群を得ることができる。
例えば、アスペルギルス・オリゼ菌体表面に生産された場合、菌体そのものを酵素剤として用いることもできるが、破砕した後、Triton X−100、Tween−20、あるいはNonidet P−40等の非イオン性の界面活性剤を低濃度で作用させ、遠心分離した上清よりマンナン加水分解酵素群又はセルロース加水分解酵素群を回収することができる。
培養液中にマンナン加水分解酵素群又はセルロース加水分解酵素群が生産された場合は、遠心分離・ろ過等により菌体を除去することによりマンナン加水分解酵素群又はセルロース加水分解酵素群を得ることができる。何れの場合も、硫安分画、各種クロマトグラフィー、アルコール沈殿、限外ろ過等を用いた常法により、得られたマンナン加水分解酵素群をさらに純度の高いものとして得ることもできる。
なお、培養日数及び培養温度については検体にあわせ適宜調整を行う必要がある。培養終了後、プレート中に約8mlの0.25%コンゴーレッドを加え15分間染色後、約8mlの1.0M NaCl溶液にて30分間、3回洗浄する。洗浄が完了したらプレートに約3〜5mlの5.0%酢酸を添加し室温で10分間程度放置し、コンゴーレッドを青く発色させ、菌体外マンナナーゼ活性により形成されるハロを検出する。
又、菌体外セルラーゼ活性は以下の方法で検定できる。
2.0%カルボキシメチルセルロース(シグマ-アルドリッチ社製)を唯一の炭素原として含むCzapek−Dox最少培地(0.05% KCl,0.2% NaNO3,0.1% KH2PO4,0.05% MgSO4,0.001%FeSO4,2.0% agar)のプレートに試験する検体を接種し、30℃にて3〜4日間程度培養する。なお、培養日数及び培養温度については検体にあわせ適宜調整を行う必要がある。培養終了後、上記の菌体外マンナナーゼ活性の検定法と同様に、コンゴーレッドによる染色を実施しハロを検出することで、菌体外セルラーゼ活性を検定することができる。
麹菌アスペルギルス・オリゼRIB40株のゲノム配列は、2005年に決定されており(Nature,438:1157,2005)、その情報はDOGANのデータベースから入手可能である(http://www.bio.nite.go.jp/dogan/MicroTop?GENOME_ID=ao)。以前、本発者らは、このゲノム情報をもとにマニュアルで転写制御因子遺伝子のアノテーションを実施し、その遺伝子を網羅的に破壊した転写制御因子遺伝子破壊株ライブラリーを作製している(5th International Aspergillus Meeting,No.16,2008,Edinburgh,UK)。
本明細書では、アスペルギルス・オリゼRkuptrP2−1 5−FOA−resistant strain no.2株をRkuptrP2−1ΔAF株または宿主株と標記する。RkuN16ptr1株では、遺伝子ターゲッティング効率の向上のために、非相同組換えに関与する遺伝子であるKu70を破壊してあり(Mol.Genet.Genomics,275:460,2006)、栄養要求性による選抜を可能とするためpyrG遺伝子が破壊され、ウリジン要求性株となっている。さらに、RkuptrP2−1ΔAF株では、RkuN16ptr1株のアフラトキシン生合成クラスターが除去され、予期せぬアフラトキシンの生産が起こらないようになっている(Appl.Environ.Microbiol.,74:7684,2008)。上記の変異部位以外については、いずれの2株も野生株であるアスペルギルス・オリゼRIB40と同じ配列を有している。なお、後述の麹菌マンナンナーゼ転写制御因子破壊株(=TF150破壊株、=manR破壊株)はRkuptrP2−1ΔAF株を宿主とし作製したものである。以後、アスペルギルス・オリゼRIB40株を野生株と標記する。我々は、本破壊株ライブラリーより転写制御因子を見出すことを目的とし、破壊株ライブラリーのマンナナーゼ活性のハロアッセイによるによるスクリーニングを実施した。
増幅産物の一部を0.8%アガロースゲルにて電気泳動を行い、約4.1kbのDNAフラグメントが増幅されていることを確認した。PCR反応による増幅の確認後、残っている反応液全量を0.8%アガロースゲルにより電気泳動し、ゲル抽出によりDNAフラグメントを精製した後、アルコール沈殿によりDNAフラグメントを濃縮した。これをpyrG復元用ベクターとした。
本ベクターを、前述の宿主株に常法であるプロトプラスト−PEG法(Gene,61:385,1987)を用いて導入した。
形質転換体の選抜は、ウリジンを含まず1.2Mソルビトールを含むCzapek−Dox最少培地を利用したpyrGポジティブセレクションを実施し形質転換体を得た。
形質転換体のpyrG遺伝子復元の確認実験を実施するために、各検体からのゲノムDNAの調製を行った。形質転換体、宿主株及び野生株を、150ml容の三角フラスコに入った40mlのデキストリン−ペプトン培地に植え、30℃、150rpmで3日間培養した。
宿主株を培養する場合には、培地中に終濃度が15mMになるよう、ろ過滅菌したウリジンを添加した。培養終了後、ろ過により菌体を回収し、ペーパータオルで挟み、水分を除いた後、液体窒素を用いて急速に凍結させた。
次に、液体窒素を注いであらかじめ冷却してある乳鉢に凍結した菌体を入れ、あらかじめ液体窒素で冷却してある乳棒を用いて念入りに粉砕した。粉砕された菌体から、Genomic DNA extraction Kit(プロメガ社製)を用いて全DNAを抽出したのち、DNase free のRNase I(ニッポンジーン社製)にて検体を処理し、混入していたRNAを分解し以降の実験に用いた。
前記方法により調製した形質転換体のゲノムDNA約150ngを鋳型とし、配列番号3及び4のオリゴヌクレオチドプライマーを用いPCRを行い、形質転換体中のpyrG遺伝子が復元されているかを調べた。コントロールには、宿主株及び野生株由来のゲノムDNAを鋳型とした反応系を用いた。PCR用の酵素にはExTaq(タカラバイオ社製)を用い、反応系の終濃度が5.0%となるようにジメチルスルフォキシド(シグマ・アルドリッチジャパン社製)を添加した。それ以外の反応条件については、酵素添付のマニュアルにしたがい、反応液量は全量20μlで実施した。PCR反応は、94℃2分の後、94℃10秒、68℃5分のシャトルサイクルを30サイクル行った。その結果を図1に示す。
形質転換体、宿主株および野生株ともにシングルバンドが検出された。また、宿主株ではバンドが約2.8kbに観測されたが形質転換体および野生株では約4.1kbに観測された。このことから、形質転換体中のpyrG遺伝子は野生株と同じ状態に復元されており、さらに核も純化されていることが示唆された。
形質転換体のサザンハイブリダイゼーションによる確認を実施した。形質転換体、宿主株及び野生株のゲノムDNA約5.0μgを制限酵素BglIIにより37℃で一晩消化を行った後、0.8%アガロースゲルにより電気泳動を行った。泳動した核酸を、ポジティブ電荷を持つナイロン膜であるハイボンドN+(GEヘルスケアバイオサイエンス社製)にブロットした後、ジコキシゲニン(DIG)−ラベルを行ったプローブを用い42℃で一晩ハイブリダイゼーションを行った。DIG−ラベルプローブの作製には、DIG PCR Labeling Kit(ロシュダイアグノスティクス社製)を使用し、PCR用の酵素にはExTaq(タカラバイオ社製)を、鋳型には150ngの野生株のゲノムDNAを用いた。PCR用プライマーは配列番号5及び6に示すオリゴヌクレオチドプライマーを使用し、反応系は全量25μlで実施した。
宿主株ではpyrG遺伝子が欠失しているためバンドが確認されないが、形質転換体では約3kbにシングルバンドが確認され、そのサイズは野生株で検出されたバンドのサイズと一致していた。これらのことから、取得した形質転換体中のpyrG遺伝子は野生株と同じ状態に復元されていると判断した。PCRによる確認では、本形質転換体の核は純化されていることが確認され、さらに、取得した形質転換体はいずれも明確にpyrG+株の表現型を示した。以上の結果より、得られた形質転換体は核純化された宿主株のpyrG復元株であると判断した。そしてこの株をRkuptrP2−1ΔAF/P株と名づけ、以降の実施例にて使用した。また、本明細書では以降、RkuptrP2−1ΔAF/P株をコントロール株と標記した。
該転写制御因子のスクリーニング方法は次の通りである。1.0%グルコマンナン(Megazyme社製)を含むCzapek−Dox最少培地(0.05% KCl,0.2% NaNO3,0.1% KH2PO4,0.05% MgSO4,0.001%FeSO4,2.0% agar)のプレートに試験する検体を接種し、30℃にて3日間培養した。培養終了後、プレート中に約8mlの0.25%コンゴーレッドを加え15分間染色後、約8mlの1.0M NaCl溶液にて30分間、3回洗浄した。洗浄後、プレートに約3〜5mlの5.0%酢酸を添加し室温で10分間程度放置しコンゴーレッドを青く発色させ、菌体外マンナナーゼ活性により形成されるハロを検出した。本実験では、コントロール株をポジティブコントロールとして使用した。約180株の転写制御因子遺伝子破壊株をスクリーニング試験に供したところ、6株においてハロの著しい減少がみられた(図3)。
その6株のなかで、機能未知でカビ由来の転写制御因子にてよく見出される、Zn2Cys6タイプのジンクフィンガーモチーフを有する転写制御因子を一つ見出した(表3、TF150)。本転写制御因子を麹菌におけるマンナン加水分解酵素群転写制御因子とし、manRと名づけた。
転写制御因子破壊株ライブラリー中のmanR破壊株(=TF150破壊株)は、下記に記した方法にて作製したものである。本発者は、マニュアルアノテーションにより、1つのZn2Cys6タイプのジンクフィンガーモチーフを有する転写制御因子遺伝子が、アスペルギルス・オリゼRIB40の第8染色体SC010内の545601から543115の間に存在していると予想した。
ライブラリー作製時には、本領域に存在すると考えられる遺伝子をターゲットとし遺伝子破壊用ベクターの設計を実施し、配列番号7から12までのオリゴヌクレオチドプライマーの設計を行った。
PCRには、正確性の高いKOD plus(東洋紡績社製)を使用した。反応液中のMgSO4の終濃度は、フラグメントL及びRの増幅では1.2mM、Pフラグメントの増幅時は2.0mMにし、必要に応じて終濃度が5.0から7.0%となるよう、ジメチルスルフォキシド(シグマ・アルドリッチジャパン社製)を添加した。
PCR用のプライマーは、フラグメントLの増幅では配列番号7と8、フラグメントRの増幅では配列番号11と12を、そしてフラグメントPの増幅では配列番号9及び10をセットとして使用した。
PCR反応の鋳型には150ngの野生株のゲノムDNAを使用し、反応系は全量50μlで実施した。
PCR反応は、94℃、2分の後、94℃10秒、55℃15秒、68℃2分30秒を30サイクル行った。増幅産物の一部を0.8%アガロースゲルで電気泳動し、フラグメントL及びRでは約1.6kbと約1.5kbのDNAフラグメントが増幅されており、フラグメントPでは2.2kbのDNAフラグメントが増幅されていることを確認した。
切り出したバンドよりGel Extraction Kit (QIAGEN社製)を用いてDNAフラグメントを精製したのち、Lフラグメント1.8μl、Rフラグメント1.8μl及びPのフラグメント5.4μlを混合しフュージョンPCR用の鋳型とした。
増幅産物の一部を、0.8%アガロースゲルにより電気泳動し、約5−kbのDNAフラグメントが増幅されていることを確認した。PCR反応による増幅の確認後、残っている反応液全量を0.8%アガロースゲルにより電気泳動し、サーバーグリーンI(タカラバイオ社製)により染色したのち、DNAが損傷することを防ぐため、可視光照射下でDNAのバンドを切り出した。切り出したバンドより、Gel Extraction Kit (QIAGEN社製)を用いてDNAフラグメントを精製し、アルコール沈殿により濃縮後、沈殿を10μlのTE緩衝液に溶解させた。これを麹菌のmanR破壊用ベクターとした。
本ベクターを、前述の宿主株に常法であるプロトプラスト−PEG法(Gene,61:385,1987)を用いて導入した。
形質転換体の選抜は、ウリジンを含まず1.2Mソルビトールを含むCzapek−Dox最少培地を利用したpyrGポジティブセレクションにより実施した。得られた形質転換体中のmanR遺伝子の破壊は、PCR法及びサザンハイブリダイゼーション法により確認した。
manR破壊の概要については、図4に記すとおりである。
作製したmanR破壊株において、対象とする遺伝子領域が正しく破壊されているかを、PCR法により確認した。manR破壊株及び宿主株を、150ml容の三角フラスコに入った40mlのデキストリン−ペプトン培地に植え、30℃、150rpmで3日間培養した。宿主株を培養する場合には、培地中に終濃度が15mMになるよう、ろ過滅菌したウリジンを添加した。培養終了後、ろ過により菌体を回収したのち、実施例1に記したゲノムDNAの調製方法と同じ方法を用い、ゲノムDNAを抽出・精製した。
前記の方法に従って調製したmanR破壊株のゲノムDNA約150ngを鋳型とし、配列番号13及び14のオリゴヌクレオチドプライマーを用いPCRを行った。コントロールには、宿主株由来のDNAを鋳型とした反応系を用いた。PCR用の酵素にはExTaq(タカラバイオ社製)を用い、反応系の終濃度が5.0%となるようにジメチルスルフォキシド(シグマ・アルドリッチジャパン社製)を添加した。それ以外の反応条件については、酵素添付のマニュアルにしたがい、反応液量は全量20μlで実施した。PCR反応は、94℃2分の後、94℃10秒、68℃8分のシャトルサイクルを30サイクル行った。
形質転換体のサザンハイブリダイゼーションによる確認を実施した。manR破壊株及び宿主株のゲノムDNA約5.0μgを制限酵素EcoRI及びBglIIにより37℃で一晩消化を行った後、0.8%アガロースゲルにより電気泳動を行った。泳動した核酸を、ポジティブ電荷を持つナイロン膜であるハイボンドN+(GEヘルスケアバイオサイエンス社製)にブロットした後、ジコキシゲニン(DIG)−ラベルを行ったプローブを用い、42℃で一晩ハイブリダイゼーションを行った。DIG−ラベルプローブの作製には、DIG PCR Labeling Kit(ロシュダイアグノスティクス社製)を使用し、PCR用の酵素にはExTaq(タカラバイオ社製)を、鋳型には100ngのアスペルギルス・オリゼRIB40のゲノムDNAを用いた。PCR用プライマーは配列番号15及び16に示すオリゴヌクレオチドプライマーを使用し、反応系は全量25μlで実施した。
麹菌アスペルギルス・オリゼよりマンナナーゼが生産された場合には、培地に存在する多糖であるグルコマンナンが分解されることにより、単糖やオリゴ糖などの還元糖が生成する。この還元糖の量の測定により、manR破壊により麹菌のマンナナーゼ生産量に影響が及ぼされるかを調べた。実験の条件は以下のとおりである。
manR破壊株及びコントロール株の分生子約10,000,000個を150ml容の三角フラスコに入った40mlのCzapek−Dox最少培地(3.0% glucose,0.05% KCl,0.2 % NaNO3,0.1% KH2PO4,0.05% MgSO4,0.001% FeSO4,pH 6.0)にて、20時間培養し分生子を発芽させた。培養終了後、菌体を滅菌済みのミラクロス(カルビオケム社製)により回収したのち、集めた菌体を1.0%グルコマンナン(メガザイム社製)を炭素源としたCzapek−Dox最少培地中で30℃、20時間、150rpmにて培養し、滅菌済みのミラクロスを用いてろ過することにより菌体を除去した。
得られた培養液1.0mlを1.5ml容のプラスチック製マイクロチューブに移し、100℃で10分間加熱することにより培地中に存在する酵素類を失活させた後、室温で30分以上放置し冷却した。冷却後、反応液中に生成している還元糖をソモギー・ネルソン法(J.Biol.Chem.;195,19,1952)により測定した。
検体量線の作成には、マンノースを標準として用いた。なお、還元糖の定量時には測定の有効範囲に入るよう適宜超純水を用いて希釈を行った。実験は培養から破壊株及びコントロール株ともに培養から独立した4連で実施した。本測定結果を図7に示す。
生成されていた還元糖量平均値は、manR破壊株では10.0μmol/mlであったのに対しコントロール株では45.1μmol/mlと約4.5倍の差が見られた。この差は、菌体外に分泌されるマンナナーゼの発現量がmanRの破壊により少なくなることから、グルコマンナンから遊離される還元糖の量に差が出たためであると考えられる。manR破壊株では、グルコマンナンプレートを用いたハロアッセイにおいても、その菌体外のマンナナーゼ活性が低下することが確認されている。
以上のことから、麹菌アスペルギルス・オリゼのmanRは、菌体外のマンナン加水分解酵素群の発現を正に制御する因子であることが強く示唆された。
manRの制御下に有るマンナン加水分解酵素遺伝子を特定するため、manR破壊株のDNAマイクロアレイ解析を実施した。
まず、サンプルのTotal RNAの抽出を実施した。manR破壊株及びコントロール株の分生子約10,000,000個を150ml容の三角フラスコに入った40mlのCzapek−Dox最少培地にて、20時間培養し分生子を発芽させた。
培養終了後、菌体を滅菌済みのミラクロス(カルビオケム社製)により回収したのち、集めた菌体を1.0%グルコマンナン(メガザイム社製)を炭素源としたCzapek−Dox最少培地にて30℃、20時間、150rpmにて培養した。滅菌済みのミラクロスを用いて菌体をろ過により回収し、ペーパータオルにより挟み水分を除いた後、液体窒素を用いて急速に凍結させた。
次に、液体窒素を注いであらかじめ冷却してある乳鉢に凍結した菌体を入れ、液体窒素であらかじめ冷却してある乳棒を用いて念入りに粉砕した。粉砕された菌体から、ISOGEN Kit(ニッポンジーン社製)を使用してTotal RNAを抽出した後、RNase FreeのDNaseI(タカラバイオ社製)により混入しているDNAを分解し、さらにRNeasy Mini Column(QIAGEN社製)を用いて精製を行った。
精製後、RNA濃度及び純度は分光光度計GeneSpecIII(日立社製)を用いて測定し、RNAの品質はバイオアナライザー2100(アジレント社製)を用いたキャピラリー電気泳動法により確認した。電気泳動のチップにはRNA6000 LabChipを使用した。
品質チェックの結果、RNA Integrity Number(RIN)が5.8以上のサンプルをDNAマイクロアレイ解析に使用した。
破壊株及びコントロール株ともに、培養から独立した4連で実験を行った。また、色素バイアスを避けるため、4枚アレイの中で2枚はコントロール株をCy−3側に、破壊株をCy−5側においた実験を行い、残りの2枚はカラースワップをした実験を行った。500ngのTotal RNAをLow RNA Input Liner Amplification Kit(アジレント社製)を用いてCy−3もしくはCy−5により標識した。標識方法は本キット付属の取扱説明書に従った。次に標識したRNAを、RNeasy mini column(QIAGEN社製)を用いて精製後、得られたRNAの量及び品質を分光光度計GeneSpecIII(日立社製)及びキャピラリー電気泳動装置バイオアナライザー2100(アジレント社製)を用いて確認した。
得られた標識済みRNAをそれぞれ850ngずつ混合後、麹菌の全遺伝子を搭載したDNAマイクロアレイ(アジレント4X44 K フォーマットカスタムアレイ;野田産業科学研究所製)にハイブリダイズさせた。
アレイのハイブリダイゼーション及び洗浄、スキャン方法はアジレント社の取扱説明書にしたがって実施した。アレイスライドはG2505Bマクロアレイスキャナー(アジレント社製)を用いてスキャンし、スキャン後のデータはFeature Extraction version9.5.1(アジレント社製)を用いて数値化及び色素バイアスの除去を行った。
補正後のデータ解析では、4アレイのRatioの平均値と標準偏差を主に使用した。また、必要に応じて市販の統計解析ソフトであるアジレントGeneSpring version 7.3.1やフリーの統計解析ソフトのパッケージであるR2.4.1.(http://www.r−project.org/)を使用した。
本アレイの解析において、4枚のアレイ実験すべてにおいて有意に発現していた遺伝子数は、9,688個で全体の74.7%であった。一方、発現が確認されない又は擬陽性の遺伝子数は、3,285個で、全体の25.3%であった。
また、有意に発現していることが確認された遺伝子の中で、manR破壊株とコントロール株を比較して5倍以上発現が増加した遺伝子は159個(1.6%)、5倍以上発現が減少した遺伝子は133個(1.4%)、変化が見られない遺伝子は9,396個(97.0%)であった。図9は、manR破壊により発現が低下した遺伝子の中から上位25位までを示したものである。
図9に記載されている遺伝子の発現量の減少量は最も少ないものでも13.6倍(25位)、最も大きいものでは44.1倍(1位)であった。図9に示される遺伝子の中には、糖質加水分解酵素の遺伝子が7個含まれており、そのうちの2つは糖質加水分解酵素ファミリー5(GH5)に分類されるマンナナーゼをコードすると予想される遺伝子であった(AO090010000122及びAO090038000444)。
また、マンノオリゴ糖を分解する、糖質加水分解酵素ファミリー2(GH2)に分類されるマンノシダーゼをコードする遺伝子も2つ含まれていた(AO090005000740及びAO090010000208)。
さらに、ガラクトマンナンの側鎖に結合しているガラクトースを加水分解する、糖質加水分解酵素ファミリー27(GH27)に分類されるα−ガラクトシダーゼをコードする遺伝子も1つ含まれていた(AO090003001305)。以上の結果から、manRはマンナン類の加水分解に関与する酵素群を包括的に制御する転写制御因子であることが示唆された。
DNAマイクロアレイ解析によってmanRの制御下にあることが示唆された5つのマンナン加水分解酵素群遺伝子について、酵母サッカロミセス・セレビシエ においてポリヒスチジンタグ融合蛋白質として発現させ、実際にマンナン加水分解酵素群として機能するものであるかを調べた。使用したオリゴヌクレオチドプライマーは表7に記す通りである。
このTotal RNA100ngを鋳型とし、PrimeScript Reverse Transcriptase(タカラバイオ社製)を用いて逆転写反応を行った。反応液の組成は本酵素付属の取扱説明書に従い、逆転写時のオリゴヌクレオチドプライマーは、キット付属のオリゴdTプライマーを使用し、全量20μlにて反応を実施した。逆転写反応は、50℃にて30分実施し、70℃で10分間加熱することにより逆転写酵素を失活させたのち、次のPCRを実施するまで4℃で保管した。PCR用酵素には正確性の高いKOD plus DNA polymerase (東洋紡績社製)を使用した。反応系に終濃度が5.0%となるように分子生物学用のジメチルスルフォキシド(シグマ・アルドリッチジャパン社製)を添加した。それ以外の反応条件については酵素添付のマニュアルに従い、前述のcDNAを鋳型DNAとして1.0 μl添加し、オリゴヌクレオチドプライマーはそれぞれ終濃度が1.0μMになるように加え、全量50μlで反応を行った。
オリゴヌクレオチドプライマーの組み合せは、AO090038000444の増幅時には配列番号17と18を、AO090010000122の増幅時には配列番号19番と20番を、AO090010000208の増幅時には配列番号21と22を、AO090005000740の増幅時には配列番号23と24を、そしてAO090003001305の増幅時には配列番号25と26を使用した。PCR反応は、94℃2分の後、94℃10秒、58℃15秒、72℃4分00秒を30サイクル行った。
切り出したバンドよりGene CleanII Kit (QBiogene社製)を用いてDNAフラグメントを精製したのち、TaKaRa Mighty Cloning Kit (Blunt end; タカラバイオ社製)を用いて精製DNAフラグメントを平滑末端化及びリン酸化後、pUC118のHincIIサイトにライゲーションした。
ライゲーション反応後、反応により得られたプラスミドを大腸菌JM109株に導入し形質転換体を得た。本形質転換体よりQIAprep Spin Mini Prep Kit(QIAGEN社製)を用いてプラスミドを抽出・精製した。
得られたプラスミド50ngをBamHIにて消化し0.8%アガロースゲルにより電気泳動を行い、目的とするDNA断片が連結されているプラスミドを選別した。インサートが挿入されていたプラスミドについては、対象配列の増幅時に使用したオリゴヌクレオチドプライマーを用い、サンガー法による塩基配列の解析を実施し、得られた遺伝子に変異が導入されていないことを確認した。
得られたプラスミドはそれぞれ、AO090038000444をサブクローニングしたプラスミドはpUC−AomanAと、AO090010000122をサブクローニングしたプラスミドはpUC−AomanBと、AO090010000208をサブクローニングしたプラスミドはpUC−AomndAと、AO090005000740をサブクローニングしたプラスミドはpUC−AomndBと、そしてAO090003001305をサブクローニングしたプラスミドをpUC−AoagaAと名づけた。
精製した各フラグメントを、BamHI及びXhoIにより消化・脱リン酸化後、精製を行ってある酵母/大腸菌シャトルベクターpYES2/CT(インビトロジェン社製)にライゲーションし、本実施例8のpUC118への対象遺伝子の挿入にて記したプラスミドの確認方法に従い、プラスミドの選抜及び確認を行った。なお、pYES2/CTには、選択マーカー用のURA3、GAL1プロモーター、CYC1ターミネーターそしてポリヒスチジンタグをコードしている領域が存在する。この、ポリヒスチジンタグ部分と目的遺伝子が融合蛋白質となるように組み込んだ。作製したプラスミドはそれぞれ、AO090038000444発現用ベクターはpYES−AO−manAH6、AO090010000122発現用ベクターはpYES−AO−manBH6、AO090010000208発現用ベクターはpYES−AO−mndAH6、AO090005000740発現用ベクターはpYES−AO−mndBH6、そしてAO090003001305発現用ベクターはpYES−AO−agaAH6と名づけた。酵母発現用ベクターの例として、pYES−AO−manAH6の構造を図10に記した。その他の4種類のベクターに関しても基本的な構造はpYES−AO−manAH6と同じであり、発現させるORFの部分のみが異なっている。
サッカロミセス・セレビシエINVSc1株は、ウラシル要求性ura3−52変異を持つ株であり、ura3を有するpYES2/CTベクターによる形質転換が可能である。本菌株のコンピテントセルはS.c.Easy酵母コンピテントセル作製キット(インビトロジェン社製)を用いて作製した。本コンピテントセルに実施例8に記したマンナン加水分解酵素群の発現用ベクター5種をそれぞれ導入し、ウラシルを含まないSC最少培地上で選択することにより、それぞれの形質転換体を得た。菌株名はそれぞれ、AO090038000444発現株はINV−AO−manA株、AO090010000122発現株はINV−AO−manB株、AO090010000208発現株はINV−AO−mndA株、AO090005000740発現株はINV−AO−mndB株、そしてAO090003001305発現株はINV−AO−agaA株と名づけた。
また、酵母発現実験のコントロールとして、INVSc1株にpYES2/CT/lacZ(ベクターにlacZ遺伝子が組込まれたプラスミド)を導入したINVSc1/pYES2lacZ株も作製した。
実施例9にて作製した5種類の融合タンパク質発現株およびコントロールであるINVSc1/pYES2lacZ株を培養し、ポリヒスチジンタグ融合蛋白質を得た。その手順は以下の通りである。
まずそれぞれの株を、2%グルコースを含みかつウラシルを含まないSC最少寒天培地に白金耳を用いて塗布し、30℃にて4日間培養しコロニーを得た。そのコロニーを、2%ラフィノースを含みかつウラシルを含まない20mlのSC最少培地に接種し、30℃、180rpmにて48時間振盪培養した。培養終了後、それぞれの600nmにおける吸光度を測定し、50mlの誘導培地に接種したときに吸光度が0.4になる量の培養液を滅菌遠沈管にとり、遠心分離により上清を除いた。得られたそれぞれの菌体を、2%ガラクトースを含み、かつ、ウラシルを含まない50mlのSC培地(誘導培地)に懸濁し、30℃、180rpmにて24時間振盪培養した。培養終了後、培養液全量を遠心分離し菌体を回収したのち、沈殿を10mlの冷水により洗浄した後、菌体を回収し−80℃で保存した。
まず、検体のマンナナーゼ活性は次の方法を用いて測定した。50mM酢酸ナトリウム緩衝液(pH5.0)に2%(W/V)のAzo−Carob−Galactomannan(メガザイム社製)を溶解させた基質溶液50μlに、50μlの濃縮・脱塩済みの検体を加えボルテックスミキサーにより5秒間撹拌したのち、37℃にて1時間反応させた。本反応液に、250μlの99.5%エタノールを添加して反応を停止し、室温にて10分間静置した。さらにこの溶液を500×gで10分間遠心分離し未反応の高分子物質を沈殿させたのち、上清中の加水分解によって遊離したアゾ色素の吸収極大である590nmにおける吸光度を測定することにより、マンナナーゼ活性を定量した。また、酵素溶液をあらかじめ100℃で10分間処理し失活させたものを用いて検体と同様に反応を行い、その測定値を各サンプルのブランク値として用いた。
また、検体のマンノシダーゼ活性は次の方法により測定した。30μlの濃縮・脱塩済みの検体に、30μlの50mMリン酸ナトリウム緩衝液(pH7.0)と40μlの2.5mM p−ニトロフェニル−β−D−マンノピラノシド(シグマ・アルドリッチ社製)を加え、37℃にて12時間反応させた。反応液に100μlの500mM炭酸ナトリウム溶液を加え反応を停止させ、加水分解により遊離したp−ニトロフェノールの吸収極大である405nmの吸光度を測定することにより、マンノシダーゼ活性を定量した。またブランクでは、検体の代わりに50mMリン酸ナトリウム緩衝液(pH7.0)を用いて反応を行い、基質の自己分解量の測定を行った。
また、検体のα―ガラクトシダーゼ活性は次の方法により測定した。始めに、各サンプルを50mM酢酸ナトリウム緩衝液(pH5.0)を用いて20倍希釈した。20μlの希釈済みの検体に40μlの50mM酢酸ナトリウム緩衝液(pH5.0)と40μlの2.5mM p−ニトロフェニルーαーD−ガラクトピラノシド(和光純薬工業社製)を加え、37℃にて30分間反応させた。反応液に100μlの500mM炭酸ナトリウム溶液を加え反応を停止させ、加水分解により遊離したp−ニトロフェノールの吸収極大である405nmの吸光度を測定することにより、α―ガラクトシダーゼ活性を定量した。またブランクとして、検体の代わりに50mM酢酸ナトリウム緩衝液(pH5.0)を用いて反応を行い、基質の自己分解量の測定を行った。測定後、希釈倍率である20を検体の測定値からブランク値を差し引いた値(ΔOD405nm)にかけ、検体原液中の酵素活性を算出した。
本実施例にて活性を有することが確認できた4つの遺伝子の働きを併せると、側鎖を有するガラクトマンナンを単糖であるマンノースとガラクトースにまで分解することが可能である。このことからmanRは、麹菌が天然界に広く存在しているガラクトマンナンを分解するのに必要な糖質加水分解酵素群の発現を、包括的に制御している転写制御因子であることがわかった。
manR遺伝子のスプライシング済みの(イントロンが除去済み)転写産物の配列を調べるためRT−PCRを行い、得られたcDNAフラグメントの塩基配列の解析を行った。まず、実施例6に示した方法にて、1.0%グルコマンナンを炭素源としたCzapek−Dox培地にてコントロール株を培養し、その菌体よりTotal RNAを回収し濃度及び品質の確認を行った。
このTotal RNA100ngを鋳型とし、PrimeScript Reverse Transcrptase(タカラバイオ社製)を用いて逆転写反応を行い、スプライシング済み(イントロン除去済み)mRNA由来のcDNAを得た。反応液の組成は本酵素付属の取扱説明書に従い、逆転写時のオリゴヌクレオチドプライマーは、キット付属のオリゴdTプライマーを使用し、全量20μlにて反応を実施した。逆転写反応は、50℃にて30分実施し、70℃で10分間加熱することにより逆転写酵素を失活させたのち、次のPCRを実施するまで4℃で保管した。
それ以外の反応条件については、酵素添付のマニュアルに従い、鋳型であるcDNAは1.0μl添加し、反応液量は全量50μlで実施した。
PCR反応は、94℃2分の後、94℃10秒、55℃15秒、68℃2分を30サイクル行った。RT−PCRにて増幅した4本のフラグメント(フラグメントA、B、C及びD)の概略を図12に示す。
オリゴヌクレオチドプライマーは、Aフラグメントの増幅時には配列番号27と28を、Bフラグメントの増幅時には配列番号29と30を、Cフラグメントの増幅時には配列番号31と32を、フラグメントDの増幅では配列番号33と34のプライマーを用いた。
増幅を確認後、フラグメントA、B、C及びDの全ての検体において残っていたPCR産物全量を1.5%アガロースゲルにより電気泳動し、ゲル抽出によりDNAフラグメントを精製したのち、得られたフラグメントをサンガー法によるDNAシーケンス解析に用いた。各DNAフラグメントの塩基配列の解析は、各フラグメントを増幅したプライマーをそれぞれ用い、対象配列の両側より塩基配列の決定を行った。なお、本塩基配列の決定の操作は、バイオマトリックス研究所に委託し実施した。
さらに、これら4本のフラグメントの配列をフラグメント同士でオーバーラップしている部分を元に1つの配列に統合し解析を進めた。その結果、統合して得られたスプライシング済み(イントロン除去済み)の配列中には、2,316bpのオープンリーディングフレーム(ORF)が含まれていた。本ORFを、公開されているアスペルギルス・オリゼRIB40のゲノムの塩基配列に照らし合わせたところ、本ORFの開始コドンの位置はmanRのマニュアルアノテーション結果と同じ第8染色体SC010内の545601に相当し、終止コドンの位置も予測manRの領域と一致していた(SC010−543115)。本解析により得られたスプライシング済み(イントロン除去済み)のmanR転写産物に由来したcDNAの塩基配列を、配列番号1に記載する。
配列番号1の塩基配列をGENETYX version 9(ジェネティクス社製)を用いて解析したところ、このDNAは、771アミノ酸からなる、推定分子質量86.5kDaの蛋白質をコードしていることが予想された。このアミノ酸配列を配列番号2に記載する。
配列番号1に示される、スプライシング済みmanR転写産物の全長を得るために、RT−PCRを行った。上記に示した解析により得られた塩基配列の情報をもとに、配列番号35及び36に示すオリゴヌクレオチドプライマーを設計した。
PCR反応は、94℃1分の後、94℃10秒、58℃15秒、72℃4分を38サイクル行った。反応終了後、反応液の一部を0.8%アガロースゲルにより電気泳動し、約2.5kbのDNAフラグメントが増幅されていることを確認した。
確認終了後、残りの反応液全量を0.8%アガロースゲルにより電気泳動し、ゲル抽出によりDNAフラグメントを精製したのち、TaKaRa Mighty Cloning Kit(Blunt end;タカラバイオ社製)を用いて精製DNAフラグメントを平滑末端化及びリン酸化後、pUC118のHincIIサイトにライゲーションした。
ライゲーション反応後、反応により得られたプラスミドを大腸菌JM109株に導入し形質転換体を得た。本形質転換体よりQIAprep Spin Mini Prep Kit(QIAGEN社製)を用いてプラスミドを抽出精製した。次に得られたプラスミド50ngを、制限酵素EcoRI(ニッポンジーン社製)により消化し、0.8%アガロースゲルにより電気泳動を行い、約6.0kbのバンドが確認されたものを、インサートを有するプラスミドとして選抜した。
選抜したプラスミドのうちの1つについて、配列番号27〜36に示したオリゴヌクレオチドプライマーをそれぞれ使用し、サンガー法による塩基配列の解析を行ったところ、得られたプラスミドに挿入されているDNAフラグメントは、スプライシング済み(イントロン除去済み)のmanR転写産物全長に由来したcDNAであり、さらにPCRによる変異の導入が生じていないことを確認した。このスプライシング済みmanR遺伝子全長が挿入されているpUC118をpAOmanR−c2.5と名づけた。なお、本実施例ではコントロール株よりTotal RNAを得たが、コントロール株は野生株の誘導体であり、manRの領域については野生株と完全に一致した配列を有する株である。したがって、本実施例のコントロール株を野生株に変更して実施しても、配列番号1に記した配列と完全に一致した塩基配列を有する、スプライシング済みのmanR転写産物を得ることが可能である。
その結果、ManRには二つの有意なモチーフが存在していることがわかった。一つ目の有意なモチーフは、Pfam00172のZn_Clus、Fungal Zn(2)−Cys(6)binuclear cluster domainであり、ManRの35残基目から72残基目にかけて存在していた(35−TLRACTSCRHRKIKCDGEKPCEACRWYKKADQCHYADPRP―72、Zn2Cys6ジンクフィンガーモチーフに典型的な6つのシステイン残基を下線で表示した)。E−valueは4e−05であった。二つ目の有意なモチーフはPfam04082のFungal_trans,Fungal specific transcription factor domainであり、ManRの341残基目から439残基目に存在していた。(341−HIETIQTLGLLGGQYLHYVSQPNLAYSLMGAALRMAAALGLHKEFSDNQEGSCKQNIYSTDLKRRVWWSLFCLDTWGCMTLGRPSMGRFGPTITVKLPQ−439)。そのE−valueは2e−06であった。本解析の結果、ManRはZn2Cys6ジンクフィンガーモチーフのDNA結合部位を有する、カビに特徴的な転写制御因子であることが示唆された。
配列番号2に示したmanR遺伝子産物(ManR)の推定アミノ酸配列を用い、Nakaiらの開発したPSORTII(http://psort. ims.u−tokyo.ac.jp/)を用いて本蛋白質の細胞内局在を予想した。
その結果、核に局在する確立は34.8%、細胞質膜に局在する確立は21.7%、そして液胞に存在する確立は17.4%であった。一方、ManRが、小胞体、ミトコンドリア、ゴルジ体及び細胞外への分泌小胞に局在する確立はいずれも10.0%以下であった。
以上のように本予測結果では、ManRは核に局在する確立が最も高いと予想された。上記に示したpfam検索の結果においてもManRはカビに特徴的なZn2Cys6ジンクフィンガーモチーフを有する転写制御因子であると予測されていることから、ManRが核内に局在する可能性が高いという予測結果は合理的な結果であると考えられる。
配列番号2に記載したManRのアミノ酸配列を公知のアミノ酸配列データベースに対して配列同一性の高い配列を検索した。検索には、NCBI blastp(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/BLAST/)を用い、データベースとしては、nrを指定した。
その結果、一致する配列は無く、最も高い同一性が見られたのはアスペルギルス・クラバタスNRRL 1のPutative C6 transcription factor(GenBank:EAW10989)であり、71%の同一性を示した。
また、ネオサルトリヤ・フィスチェリNRRL181のPutative C6 transcription factor putative(GenBank:EAW20871)及びアスペルギルス・テレウス NIH2624のconserved hypothetical protein(GenBank:EAU30817)は、いずれも71%とアスペルギルス・クラバタス由来のPutative C6 transcription factorと同程度の高い同一性を示した。
これらの同一性が高いという結果が得られた蛋白質は、転写制御因子であるということが予想されているものもあるが、その作用対象が明らかになっているものは存在しなかった。また、これら3つの蛋白質以外に70%以上の高い同一性を示した蛋白質は見出されなかった。さらに、E−valueが1.0e−15以下であった蛋白質についてその機能について検索を行ったが、解明されているものは存在しなかった。
配列番号1の塩基配列について配列同一性の高い配列を検索した。検索には、NCBI blastn(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/BLAST/)を用い、データベースとしては、nrを指定した。
その結果、manR遺伝子のソースであるアスペルギルス・オリゼRIB40の第8染色体、SC010に存在する配列と完全に一致しており、クエリー配列の100%をカバーしていた。
また、次に高い同一性を示したのはネオサルトリヤ・フィスチェリNRRL181のPutative C6 transcription factor (GenBank:EAW20871)で、クエリー配列の87%をカバーしており最も高い部分で76%の相同性を示した。その次に高い同一性を示したのはアスペルギルス・クラバタスNRRL 1のPutative C6 transcription factor(GenBank:EAW10989)で、クエリー配列の87%をカバーしており最も高い部分で75%の同一性を示した。
蛋白質の同一性検索において上記の2株とともに高い同一性を示したアスペルギルス・テレウスNIH2624のconserved hypothetical protein(GenBank:EAU30817)については、クエリー配列の81%をカバーしており、最も高い部分で69%の同一性を示し、塩基配列についても有る程度高い同一性が見られているが、その値は蛋白質での比較結果と比べ若干低くなる傾向が見られた。
塩基配列の同一性をもとに検索した場合においても、E−valueが1.0e−15以下であった遺伝子の中でその機能が解明されているものは存在しなかった。
以上の結果から、本発明の配列番号1で示されるmanR遺伝子及び配列番号2で示されるManR蛋白質は、これら類似の遺伝子群の中で初めて機能が解明されたものであることが確認できた。
ゲノム上のmanR遺伝子と、その前後に位置する遺伝子の概略について調べた結果を図13に示す。manR遺伝子は、マンノシダーゼ遺伝子であるAO090010000208と、マンノシルトランスフェラーゼではないかと予想される遺伝子であるAO090010000207との間に存在していた。
また、manRの3’末端部分に近い領域はAO090010000207と重なっていることが示された。しかし、AO090010000207の遺伝子領域についてBlastXやtBlastN等のプログラムにより近縁種の予測遺伝子情報と比較し、予測をマニュアルアノテーションにより予測しなおすと、開始コドンの位置はAO090010000207よりも下流側に存在する可能性が高いと考えられ、manRと下流側に隣接している遺伝子のORFが重なっている可能性は低いことが予想された。
以上の予測結果を踏まえて考えると、manRはマンノシダーゼ遺伝子と、マンノシルトランスフェラーゼ遺伝子にはさまれるように存在しており、マンノース代謝系としてクラスターを形成している可能性も考えられ、manRがマンナン代謝系の一環を担っている遺伝子であることが示唆された。
麹菌のマンナン加水分解酵素群の発現増強を目的とし、manRを強制発現させた麹菌を作製した。強制発現系の概要を図14に示した。manRのプロモーター部分とmanRの構造遺伝子の間にマーカー遺伝子であるpyrGとTEF1プロモーターを挿入し、manRがTEF1プロモーターの支配下となり、構成的に発現するようにした。強制発現株の作製方法は下記の通りである。始めに、フュージョンPCRを用いたベクターの作製を行った。本PCRにて使用したオリゴヌクレオチドプライマーの配列を表10に記した。
PCRには、正確性の高いKOD plus(東洋紡績社製)を使用した。反応液中のMgSO4の終濃度は、フラグメントL、RおよびTEF1プロモーターの増幅では1.2mM、Pフラグメントの増幅時は2.0mMにし、必要に応じて終濃度が5.0−7.0%となるよう、ジメチルスルフォキシド(シグマ・アルドリッチジャパン社製)を添加した。
PCR用のプライマーは、フラグメントLの増幅では配列番号37と38、フラグメントRの増幅では配列番号43と44を、TEF1プロモーターの増幅では配列番号41と42を、そしてフラグメントPの増幅では配列番号39及び40をセットとして使用した。PCR反応の鋳型には150ngの野生株のゲノムDNAを使用し、反応系は全量50μlで実施した。PCR反応は、94℃2分の後、94℃10秒、55℃15秒、68℃2分30秒を30サイクル行った。増幅産物の一部を0.8%アガロースゲルで電気泳動し確認したところ、フラグメントLとRでは2.1kbと2.8kbのDNAフラグメントが増幅されており、TEF1プロモーターでは0.9kbのDNAフラグメントが増幅されていることを確認した。また、フラグメントPでは2.2kbのDNAフラグメントが増幅されていた。
増幅産物の一部を0.7%アガロースゲルにより電気泳動し、約7.9kbのDNAフラグメントが増幅されていることを確認した。PCR反応による増幅の確認後、残っている反応液全量を0.7%アガロースゲルにより電気泳動し、ゲル抽出によりDNAフラグメントを精製した後、アルコール沈殿によりDNAフラグメントを濃縮した。これを麹菌のmanR強制発現用ベクターとした。
本ベクターを、前述の宿主株に常法であるプロトプラスト−PEG法(Gene,61,385,1987)を用いて導入した。
形質転換体の選抜は、ウリジンを含まず1.2Mソルビトールを含むCzapek−Dox最少培地を利用したpyrGポジティブセレクションを実施した。得られた形質転換体中へのベクターの導入は、サザンハイブリダイゼーション法及びPCR法により確認した。
形質転換に用いた宿主株では約5.6kbのシングルバンドが確認されたのに対して、強制発現株では約7.9kbにシングルバンドが確認された。このことから、得られた形質転換体にはベクターが正しく導入され、核も純化されていることが示唆された。
manR強制発現株及び宿主株ともにシングルバンドで検出されていた。また、宿主株ではバンドが約6.1kbに観測されたが破壊株では約8.1kbに観測され、両者では明確な違いがあることがわかった。また、このバンドサイズは、理論値と合致するものであった。上記の結果より、manR強制発現のベクターは正しく導入されており、その株の核は純化されていると判断した。また、本manR強制発現株(アスペルギルス・オリゼ PTEF1manR,2−1−2)は、特許手続上微生物の寄託等の「国際的承認に関するブタペスト条約下で、茨城県つくば市東1丁目1番地1中央第6に所在の独立行政法人産業技術総合研究所の特許生物寄託センターに平成21年(2009年)3月3日付で寄託されている(受託番号FERM BP−11104)。
manRの強制発現によるマンナン加水分解酵素群への影響を調べるために、グルコマンナンプレートを用いたハロアッセイを実施した。1.0%グルコマンナン(Megazyme社製)を含むCzapek−Dox最少培地に、manR破壊株、manR強制発現株およびコントロール株の分生子をそれぞれ1点に250,000個ずつ接種し、30℃にて2日間培養した。培養終了後、実施例2に記したマンナナーゼのハロアッセイ法にて記した方法に従い、菌体外マンナナーゼ活性により形成されるハロを検出した。本ハロアッセイの結果を図17に記す。
図17Aに示したとおり、これら3株のコロニーの形状には大きな変化は見られなかったが、manR強制発現株の生育が若干悪くなる傾向が見られた。また図17Bに示したハロアッセイの結果を見ると、manR強制発現株ではコントロール株と比較しハロのサイズが顕著に大きくなり、manR強制発現によるマンナン加水分解酵素群の生産増強が確認された。一方、manR破壊株ではマンナナーゼのハロは見られなくなった。試験に供した3株の生育速度には極端な違いがなかったことから考えると、このハロの大きさの差は各株の生育の差に起因するものでなく、マンナナーゼ生産量の違いに起因すると考えられる。以上のことから、麹菌のマンナナーゼ生産量はmanRの発現量に応じて変化することがわかった。また、本実施例のデータからも、manRが麹菌のマンナン加水分解酵素群の発現を正に制御しているということを裏付けることができた。
実施例19に記した寒天培地を用いたハロアッセイでは、manRの強制発現が麹菌マンナン加水分解酵素群の発現量を増強させることを確認することができた。しかし、麹菌のグルコアミラーゼなどの糖質加水分解酵素生産量は、寒天培地にて培養したときよりも固体培養を行ったときのほうが多くなることが知られている。そこで小麦フスマを用いた固体培養時に、麹菌のmanRの強制発現がマンナン加水分解酵素群の生産量の増強に効果を示すかを検討した。その方法は以下の通りである。150ml容の三角フラスコに80%散水の小麦フスマを5g入れ綿栓により栓をし、121℃で30分間オートクレーブにより滅菌した。これに、manR強制発現株およびコントロール株の分生子をそれぞれ10,000,000個ずつ接種し30℃にて培養した。培養開始から21時間後、検体をほぐしつつ攪拌(手入れ)したのち、さらに43時間30℃にて培養をおこなった。培養終了後、それぞれの検体に20mlの50mM酢酸ナトリウム緩衝液(pH5.0)を加えよく懸濁したのち、ろ紙(No.2、ADVANTEC社製)にて懸濁液をろ過した。得られたろ液を1ml分取後、1.5ml容のプラスチック製マイクロチューブに入れ、10,000×gで15分間、4℃にて遠心分離を行い固形物を除去した。本サンプルを以降の酵素活性測定に用いた。
manR強制発現株由来抽出物は、コントロール株由来抽出物と比較して約9.4倍高いマンナナーゼ活性を有していた。このことから、麹菌のmanRの強制発現は、小麦フスマを用いた固体培養においても非常に効果的にマンナナーゼの生産増強を促すことが明らかとなった。
manR強制発現株由来抽出物は、コントロール株由来抽出物と比較して約2.8倍高いα―ガラクトシダーゼ活性を有していた。このことから、麹菌のmanRの強制発現は小麦フスマを用いた固体培養において、マンナナーゼだけでなくガラクトマンの側鎖の分解に必要なα―ガラクトシダーゼの生産量の増強も促すことができることが明らかとなった。
実施例20において示した結果は、麹菌の転写制御因子「manR」の強制発現が、工業用酵素の生産において汎用される固体培養条件において、マンナン加水分解酵素群の発現を効率的に増強できることを実証するものである。
該転写制御因子がマンナン加水分解酵素群とともにセルロース加水分解酵素群の遺伝子発現を正に制御するのであれば、該転写制御因子を強制発現させることにより、両加水分解酵素を過剰生産する麹菌が育種できることが期待される。そこでmanRの強制発現及び破壊を下記に記すセルラーゼハロアッセイに供し、manRの発現量の変化が麹菌のセルラーゼ生産量に影響を及ぼすかを調べた。2.0%カルボキシメチルセルロース(シグマアルドリッチ社製)を唯一の炭素源とするCzapek−Dox最少培地(0.05% KCl,0.2% NaNO3,0.1% KH2PO4,0.05% MgSO4,0.001%FeSO4,2.0% agar)のプレートに試験する検体を接種し、30℃にて3日間培養した。培養終了後、プレート中に約8mlの0.25%コンゴーレッドを加え15分間染色後、約8mlの1.0M NaCl溶液にて30分間、3回洗浄した。洗浄後、プレートに約3〜5mlの5.0%酢酸(V/V)を添加し室温で10分間程度放置しコンゴーレッドを青く発色させ、菌体外セルラーゼ活性により形成されるハロを検出した。本実験では、コントロール株をポジティブコントロールとして使用した。その結果を図20に記す。
manR強制発現株ではコントロール株と比較して有意にセルラーゼ活性が増加していた。一方、破壊株ではコントロール株と比較して顕著にハロのサイズが減少していた。このことから、manRは麹菌において菌体外マンナナーゼの生産とともに菌体外セルラーゼ生産の制御も行っており、manRの強制発現により麹菌の菌体外セルラーゼ生産能を増強することが可能であることが明らかとなった。
manRの制御下に有るセルロース加水分解酵素遺伝子を特定するため、manR破壊株のDNAマイクロアレイ解析を実施した。その方法は以下の通りである。manR強制発現株、破壊株及びコントロール株の分生子約10,000,000個を150ml容の三角フラスコに入った40mlのCzapek−Dox最少培地にて、18時間培養し分生子を発芽させた。培養終了後、菌体を滅菌済みのミラクロス(カルビオケム社製)により回収したのち、集めた菌体を2.0%アビセル(微結晶セルロース,シグマアルドリッチ社製)を唯一の炭素源としたCzapek−Dox最少培地にて30℃、6時間、150rpmにて培養した。滅菌済みのミラクロスを用い菌体をろ過により回収し、ペーパータオルにより挟み水分を除いた後、液体窒素を用いて急速に凍結させた。この菌体より実施例7に記した方法によりTotal RNAを抽出したのち、得られたTotal RNAの量および品質の検定を実施した。各検体より500ngのTotal RNAを用い、実施例7に記した方法に従いDNAマイクロアレイ解析を実施した。DNAマイクロアレイ実験の結果より、破壊株における発現量が1/10以下に低下した遺伝子を抽出し図21に記す。
抽出された遺伝子群のなかには、セロビオハイドロラーゼ D(GH family 7,AO090012000941)、セロビオハイドロラーゼ A(GH famiy6,AO090038000439)およびセロビオハイドロラーゼ C(GH family 7,AO090001000348)等のセロビオハイドロラーゼ類やエンドグルカナーゼ(GH family 5,AO090005001553)やエンド−1,3(4)−β−グルカナーゼ(GH family 16,AO090113000105)等のβ‐グルカナーゼ類、さらにセロビオハイドロラーゼやグルカナーゼの作用により生じるオリゴ糖類を分解するβ‐グルコシダーゼ(bgl3,AO090003000497,GH family 1)等、複数のセルロース加水分解酵素群が確認された。さらに、上記6種のセルロース加水分解酵素群の遺伝子はmanRの強制発現により、コントロールと比較して約8.7倍〜約33倍と顕著に発現が増大していた。また、実施例7で示したコンニャクマンナンを炭素源としたときのDNAマイクロアレイ解析の際に顕著変化が見られたマンナン加水分解酵素群(エンド−β−マンナナーゼ、α−ガラクトシダーゼ及びβ−マンノシダーゼなど)に関しても、manRの破壊株でその発現が顕著に減少し、逆に強制発現株ではその発現があきらかに増大していた。以上のことから、manRはマンナン加水分解酵素群の遺伝子と同時にセルロース加水分解酵素群につても制御を行うことができることが示唆された。また、本実験では炭素源にはマンナン類が含まれていないにもかかわらず、manRにより制御される遺伝子を特定することに成功した。このことから、セルロースの加水分解産物であるセロビオース等のセロオリゴ糖もmanR機能する際に必要な誘導物質となりうる事が示唆された。
抽出された遺伝子群のなかには、アビセルを唯一の炭素源とした実験(実施例22)でmanR依存的発現が見られたセロビオハイドロラーゼ D(GH family 7,AO090012000941)、及びセロビオハイドロラーゼ C(GH family 7,AO090001000348)、及びエンドグルカナーゼ(GH family 5,AO090005001553)が含まれていた。一方アビセルを唯一の炭素源とした実験においてmanR依存的発現が確認された、セロビオハイドロラーゼ A(GH famiy6,AO090038000439)、エンド−1,3(4)−β−グルカナーゼ(GH family16,AO090113000105)、そしてβ−グルコシダーゼ(bgl3,AO090003000497,GH family 1)等の遺伝子については見出されなくなったが、その代わりにエンド−1,4−β−グルカナーゼ,CelB(GH family 7,AO090010000314)、エンドグルカナーゼ(GH Family 12,AO090003000905)、エンドグルカナーゼ(GH Family 61,AO090023000787)、エンドグルカナーゼ(GH Famiy 6,AO090038000439)等別のセルロース加水分解酵素群が確認されるようなった。また、本実験により抽出されたセルロース加水分解酵素群では、エンドグルカナーゼ(GH Family 61,AO090023000787)だけはmanRの強制発現の影響を受けなかったが、それ以外のセルロース加水分解酵素群の発現はmanR強制発現株において、コントロールと比較して増加していることが確認された。また、実施例22と同様にエンド−β−マンナナーゼ、α−ガラクトシダーゼ及びβ−マンノシダーゼ等の多くのマンナン加水分解酵素群に関しても、manRの破壊株でその発現が顕著に減少し、逆に強制発現株ではその発現が増大する傾向がみられた。以上の結果から、小麦フスマを炭素源とした場合には、影響を及ぼすセルロース加水分解酵素群の種類がセルロースを唯一の炭素源としたときと異なる部分もあるが、manRの強制発現がマンナン加水分解酵素群及びセルロース加水分解酵素群の発現の増強に寄与することが明らかとなった。培養条件によりmanRの強制発現により影響を受けるセルロース加水分解酵素群の種類が変化する原因としては、セルロース加水分解酵素群のなかにはmanRだけでなく他の転写制御因子による制御も同時に受けているものがあるためであると考えられる。
これまで、カビ由来の転写制御因子介した多糖類分解酵素の誘導には、転写制御因子とともに何らかの誘導物質が必要である事が報告されている。例えば、アミラーゼの転写制御因子であるAmyRではイソマルトースがその誘導物質であることが報告されている(Curr Genet,42:43‐50,2002)。また、キシラン加水分解酵素群及びセルロース加水分解酵素群の転写制御因子であるXlnRではD−キシロースならびにD−セロビオースがその誘導物質であることが報告されている(J. Gen. Appl. Microbiol. 47, 1−19,2001)。上記のように、カビ類の多糖分解酵素の転写制御因子では、それら転写制御因子によって分解が制御される酵素の産物が誘導物質として働く例が見受けられる。そこでManRを介したエンド−β−マンナナーゼの誘導に関しても同様の誘導物質が存在するかどうか検討した。本実験には、グルコマンナン及びガラクトマンナンの分解によって生じると考えられる、D−マンノース、D−グルコース、D−セロビオース、D−ガラクトース(和光純薬工業社製)又は1,4−β−D−マンノビオース(メガザイム社製)を使用した。これら糖類の構造を図23に記す。
マンナナーゼの発現はβ−1,4−D−マンノビオースを用いたときに非添加時と比較して16倍以上増加していた。このことら、β−1,4−D−マンノビオースはマンナナーゼの強力な誘導物質であることがわかった。また、マンノース、グルコース及びセロビオースを用いた場合においても、2倍以下と弱いながらも本遺伝子の発現が誘導され、これらの物質もマンナナーゼの弱い誘導物質であることが示唆された。D−グルコースやD−セロビオースが誘導物質の一つであることは、実施例22及び23の結果から考えても合理的であると考えられる。一方D−ガラクトースは、添加した場合でもネガティブコントロールと比較して変化がみられなかったことから、エマンナナーゼの誘導には寄与しないことが示唆された。
次にコントロールと同様の条件でmanR破壊株を用いた試験を実施し、誘導物質を介したマンナナーゼの誘導にはManRが必要であるかどうかを調べた。その結果、manRを破壊した場合には、β−1,4−D−マンノビオースを始め、その他の糖類を添加しても、ネガティブコントロールと同じ発現パターンになり、本酵素の誘導が見られなくなった(図24)。以上のことから麹菌マンナナーゼの誘導物資を介した発現誘導には、ManRの存在が必須である事がわかった。
本発明の転写制御因子(ManR)が麹菌のセルロース加水分解酵素群及びヘミセルロース加水分解酵素群の遺伝子発現制御系において、どの部分にて機能するかを図25に記す。
キシランはβ−マンナン類とともにヘミセルロースの主要な成分のひとつである。このキシランを加水分解するキシラナーゼ群はXlnRという転写制御において制御されていることが知られている(Fungal Genet Biol 35: 157−169,2002)。さらに、このXlnRはセロビオハイドロラーゼ類やエンドグルカナーゼ類などのセルロース加水分解酵素群の発現についても制御することが知られている(FEBS Lett,528:279−282,2002)。本発明のManRは、キシラナーゼ遺伝子群の発現制御能を有していない代わりに、マンナン加水分解酵素群の制御能を有していた。また、ManRはXlnRと同様にセルロース加水分解酵素群の発現制御能を有していた。言い換えれば、麹菌のセルロース加水分解酵素群はXlnRとManRの少なくとも2種以上の転写制御因子によりその発現がコントロールされていると考えられた。植物細胞壁中に含まれるヘミセルロースの種類と含量は針葉樹と広葉樹ではことなっていることが知られている(Appl Microbiol Biotechnol 79,165−178,2008)。麹菌は、バリエーションのあるヘミセルロースの組成に対し対応できるようにキシラン分解系はXlnRで、β‐マンナン分解系はManRでというように両転写制御因子を使い分けていることが推測された。
Claims (8)
- 以下の(a)、(b)又は(c)の蛋白質:
(a)配列番号2で表されるアミノ酸配列を含む蛋白質;
(b)配列番号2で表されるアミノ酸配列において1又は数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列を含み、かつ、マンナン加水分解酵素群又はセルロース加水分解酵素群の遺伝子の転写制御能を有する蛋白質;又は
(c)配列番号2で表されるアミノ酸配列と70%以上の配列同一性を示すアミノ酸配列を含む蛋白質又はその部分断片であり、かつ、マンナン加水分解酵素群又はセルロース加水分解酵素群の遺伝子の転写制御能を有する蛋白質。 - (a)、(b)又は(c)の蛋白質をコードする遺伝子:
(a)配列番号2で表されるアミノ酸配列を含む蛋白質;
(b)配列番号2で表されるアミノ酸配列において1又は数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列を含み、かつ、マンナン加水分解酵素群又はセルロース加水分解酵素群の遺伝子の転写制御能を有する蛋白質;又は
(c)配列番号2で表されるアミノ酸配列と70%以上の配列同一性を示すアミノ酸配列を含む蛋白質又はその部分断片であり、かつ、マンナン加水分解酵素群又はセルロース加水分解酵素群の遺伝子の転写制御能を有する蛋白質。 - 以下の(a)、(b)、(c)又は(d)のDNAから成る遺伝子:
(a)配列番号1で表される塩基配列を含むDNA;
(b)配列番号1で表される塩基配列又はその相補鎖を含む核酸とストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ、マンナン加水分解酵素群又はセルロース加水分解酵素群の遺伝子の転写制御能を有する蛋白質をコードするDNA;
(c)配列番号2で表されるアミノ酸配列をコードする核酸又はその相補鎖を含む核酸とストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ、マンナン加水分解酵素群又はセルロース加水分解酵素群の遺伝子の転写制御能を有する蛋白質をコードするDNA;又は
(d)配列番号1で表される塩基配列のDNAと70%以上の配列同一性を示し、かつ、マンナン加水分解酵素群又はセルロース加水分解酵素群の遺伝子の転写制御能を有する蛋白質をコードするDNA。 - 請求項2又は3に記載の遺伝子を含有する組換えベクター。
- 請求項4記載の組換えベクターを含む形質転換体。
- 請求項5記載の形質転換体を培養し、得られる培養物からマンナン加水分解酵素遺伝子群転写制御因子を回収することを特徴とする該転写制御因子の製造方法。
- 請求項5記載の形質転換体を培養し、得られる培養物からマンナン加水分解酵素群又はセルロース加水分解酵素群を回収することを特徴とするマンナン加水分解酵素群又はセルロース加水分解酵素群の製造方法。
- 請求項5記載の形質転換体を培養し、該形質転換体によるマンナン加水分解酵素群又はセルロース加水分解酵素群の産生を増強させる方法。
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