JP7325799B2 - 神経新生の低下抑制剤 - Google Patents

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Description

本発明は、神経新生の低下抑制剤に関する。より詳細には、本発明は、ストレス誘発性因子の活性又は発現を阻害する物質を有効成分として含有する、神経新生の低下抑制剤に関する。
脳の海馬は、人間の記憶、学習、認知などを司る領域で、アルツハイマー病やうつ病患者では萎縮するなどの変化が認められる。脳の海馬、特に歯状回には神経幹細胞及び神経前駆細胞が存在し、新しい神経細胞の産生(神経新生)が行われることが近年明らかとなった。この海馬における神経新生能は、老化、ストレス、疾患などによって低下すると考えられており、神経新生に滞りが生じた場合は、物忘れや認知症などの異常が現れる。
現在までに、睡眠の質の低下やリズムの変化は様々な組織の異常を引き起こすことが報告されており、記憶・学習においても睡眠の重要性が指摘されている(非特許文献1)。睡眠の質の低下やリズムの変化が、記憶や学習の異常をもたらす原因については、数々の議論が進められているが、その一つに、睡眠と海馬における神経新生との関係がある。例えば、睡眠剥奪が、海馬歯状回に存在する神経幹細胞の増殖能を抑制すること、また、その抑制はプロスタグランジンD2とアデノシンによってもたらされている可能性が報告されている(非特許文献2)。また、海馬における神経新生に負の影響を及ぼす因子として炎症性サイトカインのインターロイキン-1β(IL-1β)が知られており、このIL-1βの神経新生に対する有害作用を回避するために、IL-1βに関連する神経炎症シグナリング経路を阻害するグルココルチコイド受容体などの特定の核内受容体を標的にすることが提案されている(非特許文献3)。
しかしながら、断眠時などのストレス環境下において、どの種類の炎症性サイトカインやその他のストレス誘発性因子が発現変動し、神経幹細胞にどのような影響を与えるかは不明である。
神経新生の促進については、これまでコラーゲンまたはゼラチンのコラゲナーゼ処理した分解物を含有する神経新生促進剤を配合した飲食品(特許文献1)、ホスファチジルセリンを有効成分とする海馬神経又は再生促進剤(特許文献2)、メトキシヒドロキノンまたは3-メトキシ-4-ヒドロキシフェニル基を有する化合物(バニリン、バニリン酸)を有効成分とする神経新生剤(特許文献3)、カフェオイルキナ酸又はその誘導体を有効成分とする神経新生促進剤(特許文献4)等が報告されている。しかしながら、断眠などのストレスにより誘発される脳内の因子を制御するものではない。
特開2010-104364号公報 特開2014-189549号公報 特開2015-67601号公報 特開2017-145215号公報
日経サイエンス2016年1月号,37-39 KAKEN 2006年実験報告書、海馬歯状回・神経新生の睡眠による調節メカニズムの神経科学的解明、研究課題/領域番号17700312 Brain Behav Immun. 2017 Nov;66:394-412, Nuclear deterrents: Intrinsic regulators of IL-1β-induced effects on hippocampal neurogenesis.
以上のことから記憶、学習、認知能力の改善には、神経幹細胞からの神経新生が重要であるといえる。また、断眠時などのストレス環境下において脳内で発現変動するストレス誘発性因子の神経新生への影響を解析し、これらによる神経新生の低下を制御することができれば、より効果的な記憶、学習、認知能力の改善効果を発揮することができると考えられる。
従って、本発明は、上述した実情に鑑み、断眠時などのストレス環境下、脳内で発現変動し、神経新生に影響を与える因子を明らかにし、当該因子を標的として、神経新生の低下に関連する疾患又は症状の治療及び/又は予防に有効な製剤を提供することを目的とする。
本発明者らは、上記課題を解決するため鋭意検討を行った結果、断眠時において脳内に特定の因子の発現量が増加すること、また当該因子を阻害することにより、幹細胞からの神経新生の低下を抑制できることを見出し、本発明を完成させるに至った。
すなわち、本発明は以下の発明を包含する。
(1)脳内におけるストレス誘発性因子の活性又は発現を阻害する物質を有効成分として含有する、神経新生の低下抑制剤。
(2)前記ストレス誘発性因子が、CX3CL1、IL-1α、IL-1β、IL-6、IL-8、TNF-α、CD30L、IL-17、及びCD95Lから成る群より選択される1種又は2種以上である、(1)に記載の神経新生の低下抑制剤。
(3)前記ストレス誘発性因子の活性を阻害する物質が、ストレス誘発性因子に対する中和抗体又はその断片である、(1)又は(2)に記載の神経新生の低下抑制剤。
(4)前記ストレス誘発性因子の発現を阻害する物質が、ストレス誘発性因子に対するRNAi誘導性核酸、アンチセンス核酸、又はリボザイムである、(1)又は(2)に記載の神経新生の低下抑制剤。
(5)CX3CL1、IL-1α、IL-1β、IL-6、IL-8、TNF-α、CD30L、IL-17、及びCD95Lから成る群より選択される1種又は2種以上のストレス誘発性因子の活性又は発現の阻害を指標とする、神経新生の低下抑制剤のスクリーニング方法。
本発明によれば、脳内におけるストレス誘発性因子の活性又は発現の阻害に基づく神経新生の低下抑制剤が提供される。脳の海馬領域における神経新生の低下は、記憶、学習、認知機能に様々な障害をもたらす。本発明の神経新生の低下抑制剤は、ストレスによる海馬に存在する神経幹細胞の神経細胞への分化能の低下、すなわち神経新生の低下を抑制することができるので、認知症、物忘れなどの神経新生の低下に関連する疾患の発症の予防と症状の緩和に有効である。
以下に、本発明について詳細に述べる。
1.神経新生の低下抑制剤
本発明の神経新生の低下抑制剤は、脳内におけるストレス誘発性因子の活性又は発現を阻害する物質を有効成分として含有する。本発明において「神経新生」とは、未分化の神経幹細胞が、神経細胞に分化することをいう。よって、本発明の神経新生の低下抑制剤は、神経幹細胞の分化能低下の抑制剤ということができる。また神経新生には、損傷した神経の再生や神経修復をも包含する意である。本剤は、神経幹細胞から神経細胞(ニューロン)への分化制御機構について同等の特性を持っていれば、全ての哺乳動物に応用が可能であり、例えば、ヒト、サル、マウス、ラット、モルモット、ハムスター、ウサギ、ネコ、イヌ、ウマ、ウシ、ヒツジ、ヤギ、ブタ等の哺乳動物の神経幹細胞に対して効果を発揮することができる。
本発明において、「ストレス誘発性因子」とは、ストレスに暴露された状況下で脳内、特には、海馬、扁桃体、視床下部において発現亢進が認められる因子をいい、ストレス誘発性因子の活性又は発現の阻害は、ストレス誘発性因子の低減、抑制、無効化を意味する。ここで、「ストレス」とは、1種または複数のストレス要因(ストレッサー)により、引き起こされる生物学的な緊張状態で、身体的、精神的な疾患や症状を伴うものをいう。本発明におけるストレッサーの種類は特に限定はされず、物理的ストレッサー(気温、湿度、騒音、振動、光、異臭など)、化学的ストレッサー(酸素欠乏、排気ガス、栄養不足、薬物など)、生物(生理)学的ストレッサー(細菌やウイルスの感染、睡眠不足(断眠)、過労など)、社会的ストレッサー(家庭環境、職場環境など)、心理的ストレッサー(不安、怒りなど)が包含される。
本発明において、ストレス誘発性因子には、CX3CL1、IL-1α、IL-1β、IL-6、IL-8、TNF-α、CD30L、IL-17、及びCD95Lから成る群より選択される1種又は2種以上が包含される。CX3CL1、IL-1α、IL-1β、IL-6、IL-8、TNF-α、CD30L、IL-17、及びCD95Lは、ストレスによって脳内において発現が増加する因子であり、本発明では、これらの活性又は発現を阻害することにより、神経幹細胞からの神経新生の低下を抑制することが可能となる。
上記のストレス誘発性因子のうち、CX3CL1(Fractalkine)は、細胞遊走活性と細胞接着活性の2つの機能を併せもつケモカインである。IL-1α(interleukin 1 alpha)、IL-1β(interleukin 1 beta)、IL-6(interleukin 6)、IL-8(C-X-C motif chemokine ligand 8, interleukin 8)、TNF-α(tumor necrosis factor alpha)は、代表的な炎症性サイトカインとして知られており、主に生体内の様々な炎症反応、炎症の病態形成に関与する。CD30L(CD30 ligand,CD153)は腫瘍壊死因子(TNF)ファミリーの一員で、T細胞及びB細胞、単球/マクロファージ、好中球、巨核球、赤血球前駆細胞、好酸球に発現するII型の膜貫通タンパク質である。CD95Lは、Fasリガンドとも呼ばれており、腫瘍壊死因子(TNF)ファミリーの一員で、II型の膜貫通タンパク質である。CD95Lは、アポトーシスを誘導する受容体に結合し、Fasリガンド・受容体相互作用は、免疫系の制御や悪性腫瘍の進行において重要な役割を果たすことが知られている。IL-17(interleukin 17)は、炎症性サイトカインの一つであり、主に好中球の遊走と活性化を誘導し、関節リウマチ、乾癬及び多発性硬化症などの慢性炎症性疾患と関連することが知られている。
上記のストレス誘発性因子の遺伝子及びタンパク質の配列情報は、例えばヒトの場合は、CX3CL1(GenBank number: Nucleotide NM_002996.5; Protein NP_002987)、IL-1α(GenBank number: Nucleotide NM_000575; Protein NP_000566)、IL-1β(GenBank number: Nucleotide NM_000576; Protein NP_000567)、IL-6(GenBank number: Nucleotide NM_000600; Protein NP_000591)、IL-8(GenBank number:Nucleotide NM_000584; Protein NP_000575)、TNF-α(GenBank number: Nucleotide NM_000594; Protein NP_000585)、CD30L(GenBank number: Nucleotide NM_001244; Protein NP_001235)、IL-17(GenBank number: Nucleotide NM_002190; Protein NP_002181)、CD95L (GenBank number: Nucleotide NM_001302746; Protein NP_001289675)として登録されている。ヒトのCX3CL1、IL-1α、IL-1β、IL-6、IL-8、TNF-α、CD30L、IL-17、及びCD95Lのアミノ酸配列は、配列表の配列番号2、4、6、8、10、12、14、16、18にそれぞれ示される。本発明において阻害対象となるこれらのストレス誘発性因子は、これらと同等な機能及び活性を有する限り、配列番号2、4、6、8、10、12、14、16、18の各アミノ酸配列に対して80%以上、好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列からなるタンパク質であってもよく、そのようなホモログタンパク質も、本発明にいうCX3CL1、IL-1α、IL-1β、IL-6、IL-8、TNF-α、CD30L、IL-17、及びCD95Lに包含されるものとする。また、ヒトのCX3CL1、IL-1α、IL-1β、IL-6、IL-8、TNF-α、CD30L、IL-17、及びCD95Lをコードする遺伝子の塩基配列は、配列番号1、3、5、7、9、11、13、15、及び17にそれぞれ示される。これらのストレス誘発性因子遺伝子もまた、これらと同等な機能及び活性を有する限り、配列番号1、3、5、7、9、11、13、15、及び17の各塩基配列に対して80%以上、好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上の配列同一性を有する塩基配列からなる遺伝子であってもよく、そのようなホモログ遺伝子も、本発明にいうストレス誘発性因子遺伝子に包含されるものとする。
本発明において、上記ストレス誘発性因子(CX3CL1、IL-1α、IL-1β、IL-6、IL-8、TNF-α、CD30L、IL-17、及びCD95Lから成る群より選択される1種又は2種以上)の活性阻害が可能な物質としては、ストレス誘発性因子に対する中和抗体又はその断片、ストレス誘発性因子に特異的に結合するアプタマー、ストレス誘発性因子の活性を阻害する化合物等が挙げられる。
前記「ストレス誘発性因子に対する中和抗体」とは、ストレス誘発性因子に特異的に結合するための相補性決定領域(CDR)を少なくとも有し、ストレス誘発性因子の活性を阻害する抗体(アンタゴニスト抗体)をいう。
本発明において使用する抗体は、モノクローナル抗体又はポリクローナル抗体のいずれであってもよいが、モノクローナル抗体が好ましい。また、これらの抗体のアイソタイプについては、特に制限されず、IgG、IgM、IgA、IgD又はIgE等のいずれのアイソタイプであってもよいが、精製の容易性等を考慮するとIgGが好ましい。
ストレス誘発性因子に対する中和抗体(抗ストレス誘発性因子抗体)は、上記の各ストレス誘発性因子又はその部分ポリペプチドを抗原として用い、当業者であれば、公知の方法に従って作製することができる。抗原に用いるストレス誘発性因子又はその部分ポリペプチドは、例えばCX3CL1であれば配列番号1に示す塩基配列又はその部分配列からなるポリヌクレオチドを発現ベクターに組込み、これを適当な宿主細胞に導入して、形質転換細胞を作製し、該形質転換細胞を培養して組み換えタンパク質を発現させ、発現させた組み換えタンパク質を培養細胞又は培養上清から精製することにより得ることができる。あるいは、配列番号2に示すアミノ酸配列又はその部分配列からなるポリペプチドを化学的に合成し、免疫原として用いることもできる。
モノクローナル抗体は、上記抗原を必要に応じてフロイントアジュバント(Freund's Adjuvant) とともに投与し、感作した哺乳動物(マウス、ラット、ハムスター等)から抗体産生細胞(脾臓細胞、リンパ節細胞など)を採取して骨髄腫細胞と細胞融合させ、得られたハイブリドーマをクローニングして、その培養物から回収することによって調製できる。また、ポリクローナル抗体は、上記と同様にして抗原を感作した哺乳動物(例えば、ウサギ、ヤギ、ラット、マウス等)から血液を採取し、この血液から公知の方法により血清を分離することにより調製できる。
また、本発明において使用する抗ストレス誘発性因子抗体(抗CX3CL1抗体、抗IL-1α抗体、抗IL-1β抗体、抗IL-6抗体、抗IL-8抗体、抗TNF-α抗体、抗CD30L抗体、抗IL-17抗体、及び抗CD95L抗体)はいずれもR&D system社等の市販品を用いることができる。
また、本発明において使用する抗ストレス誘発性因子抗体は、ストレス誘発性因子に特異的に結合し、ストレス誘発性因子の活性を阻害する限り、その活性断片であってもよい。抗体の活性断片としては、例えば、F(ab')2、Fab、Fab'、cFv(single-chain variable fragment)、disulfide stabilized Fv(dsFv)、dAb (single domain antibody) 等が挙げられる。
また、本剤を治療目的でヒトに投与する場合には、前記抗体は、ヒト体内での抗原性が低減されている抗体、具体的には、完全ヒト抗体、ヒト化抗体、マウス-ヒトキメラ抗体等が好ましい。
前記「ストレス誘発性因子に特異的に結合するアプタマー」としては、ペプチドアプタマー、ペプチド核酸アプタマー、核酸アプタマー(DNA、RNA、DNA/RNAハイブリッド)等が挙げられる。標的物質に特異的結合能を有する核酸アプタマーは、例えば、SELEX(systematic evolution of ligand by exponential enrichment)法等により選別することができる。また、標的物質に特異的結合能を有するペプチドアプタマーは、例えば酵母を用いたツーハイブリッド法等により選別することができる。
本発明において、上記ストレス誘発性因子(CX3CL1、IL-1α、IL-1β、IL-6、IL-8、TNF-α、CD30L、IL-17、及びCD95Lから成る群より選択される1種又は2種以上)の発現阻害が可能な物質としては、ストレス誘発性因子をコードする遺伝子(ストレス誘発性因子遺伝子)の転写、転写後調節、翻訳、翻訳後修飾等のいずれの段階でストレス誘発性因子の発現に対する阻害作用を発揮するものであってもよい。例えば、本発明におけるストレス誘発性因子の発現を阻害する物質には、ストレス誘発性因子遺伝子のmRNAに対してRNA干渉作用を有するRNAi誘導性核酸、ストレス誘発性因子遺伝子のmRNAの翻訳を抑制する核酸、ストレス誘発性因子遣伝子の転写を抑制する核酸が包含される。ストレス誘発性因子遺伝子のmRNAに対してRNA干渉作用を有するRNAi誘導性核酸としては、siRNA、shRNA、dsRNA等が挙げられ、ストレス誘発性因子遺伝子のmRNAの翻訳を抑制する核酸としては、アンチセンス核酸、miRNA、リボザイム核酸等が挙げられ、ストレス誘発性因子遺伝子の転写を抑制する核酸としてはデコイ核酸等が挙げられる。また、これらの核酸は、前駆体であってもよい。
前記「RNAi誘導性核酸」とは、細胞内に導入されることにより、RNA干渉を誘導し得る2本鎖構造のRNA分子をいう。RNA干渉とは、mRNAと同一の塩基配列(又はその部分配列)を含む2本鎖構造のRNAが、当該mRNAの発現を抑制する効果をいう。RNAi誘導性核酸としては、siRNA、その一部にステムループ構造を有するshRNA (small hairpin RNA)等が挙げられるが、転写活性抑制の強さからsiRNAが好ましい。
ストレス誘発性因子に対するsiRNAは、具体的には、配列番号1、3、5、7、9、11、13、15、及び17の塩基配列に対応するmRNAにおける連続する塩基配列を含むセンス鎖と、その相補配列を含むアンチセンス鎖からなるものである。siRNAの長さは、RNA干渉を誘導できる限り特に限定はされないが、通常18~25個程度である。ストレス誘発性因子に対するsiRNAは、センス鎖、アンチセンス鎖の一方又は双方の5'末端又は3'末端において1~5個程度の付加的塩基を有していてもよい。
ストレス誘発性因子に対するshRNAは、具体的には、配列番号1、3、5、7、9、11、13、15、及び17の塩基配列における標的領域の配列、ステムループとなるスペーサー配列、前記標的領域の配列に対する相補配列から構成される。
siRNAの設計方法は、当業者に公知であり、siRNAの様々な設計ソフトウエア又はアルゴリズムを用いて、上記塩基配列から適切なsiRNA の塩基配列を選択することができる。siRNAの設計ソフトウエアとしては、例えばBIONEER Turbo SiDesigner等が挙げられる。
前記「アンチセンス核酸」とは、標的遺伝子の転写産物(mRNA)の塩基配列と相補的又は実質的に相補的な塩基配列又はその一部を含む核酸であって、標的mRNAと特異的かつ安定した二重鎖を形成して結合することにより、タンパク質合成を抑制する機能を有するものである。アンチセンス核酸は、DNA、RNA、DNA/RNA キメラのいずれであってもよい。ここで「実質的に相補的である」とは、塩基配列間で約70%以上、好ましくは約80%以上、より好ましくは約90%以上、さらに好ましくは約95%以上、最も好ましくは98%以上の相補性を有することをいう。
ストレス誘発性因子に対するアンチセンス核酸は、具体的には配列番号1、3、5、7、9、11、13、15、及び17の塩基配列と相補的又は実質的に相補的な塩基配列又はその一部を含み、上記の機構によってストレス誘発性因子への翻訳を阻害するものであれば長さは特に制限されず、配列番号1、3、5、7、9、11、13、15、及び17の塩基配列の全配列を標的するものでなくても、部分配列を標的とするものでもよい。ストレス誘発性因子の種類によるが、合成の容易さの観点から、長さは約10塩基~約50塩基が好ましく、約15塩基~約30塩基がより好ましい。このようなアンチセンス核酸の設計は、当技術分野で公知であり、当業者であればストレス誘発性因子遺伝子の塩基配列情報に基づいて適宜設計することができる。
前記「miRNA」とは、ストレス誘発性因子遺伝子の3'非翻訳領域(UTR) に結合し、標的mRNAを不安定化して遺伝子の翻訳を抑制する作用を有する1本鎖RNAをいう。miRNAは、pri-miRNA(primary miRNA)、pre-miRNA(precursor miRNA)、成熟miRNAのいずれでもよいが、成熟miRNAが好ましい。
前記「リボザイム核酸」とは核酸を切断する酵素活性を有するRNAをいい、ストレス誘発性因子の転写産物(mRNA) を、コード領域の内部で特異的に切断する。リボザイムとして最も汎用性の高いものとしては、ウイロイドやウイルソイド等の感染性RNAに見られるセルフスプライシングRNAがあり、ハンマーヘッド型やヘアピン型等が知られている。
また、上記の核酸(siRNA、shRNA、miRNA、アンチセンス核酸、リボザイム核酸)は、標的細胞又は組織において発現可能なベクターに挿入したものであってもよい。当該発現ベクターには、発現対象となる核酸と、当該核酸の種類によって適宜選択されたプロモーターを含む。また、当該発現ベクターには、選択マーカー遺伝子を含んでもよい。本発明に使用する発現ベクターとしては、ヒト等の哺乳動物において前記ストレス誘発性因子の発現を阻害する物質を産生できるものであれば特に制限はされないが、ウイルスベクターが好ましく、例えば、アデノウイルス、アデノ随伴ウイルス、ヘルペスウイルス、レトロウイルス、レンチウイルス、センダイウイルス等のウイルスベクターが挙げられる。
また、ストレス誘発性因子の活性又は発現を阻害する物質は、当該ストレス誘発性因子に作用してその活性又は発現を阻害する機能を有する限り、低分子化合物、アミノ酸、ペプチド、オリゴペプチド、ポリペプチド、タンパク質(酵素等)、脂質、炭水化物(糖等)、ステロイド、動・植物組織抽出物、微生物培養物等であってもよい。
上記のストレス誘発性因子の活性又は発現を阻害する物質(以下、「ストレス誘発性因子阻害物質」という)は、神経新生低下、特には、記憶、学習、認知の各機能を司る海馬における神経新生低下を抑制することができる。よって、本発明の神経新生の低下抑制剤は、神経新生低下に関連する疾患や症状の治療、改善、予防、進行の遅延に有効である。本剤の対象となる神経新生低下に関連する疾患や症状は、神経の変性又は損傷を伴う神経系疾患であれば特に限定はされず、神経新生低下が加齢、内的要因(ストレス、不安、緊張等)、外的要因(外傷等)のいずれによるものであってもよい。例えば、物忘れ、認知症、アルツハイマー病、脊髄損傷、脊髄小脳変性症、ハンチントン病(HD)、筋萎縮性側索硬化症(ALS)、多発ニューロパチー、脊髄性筋萎縮症、パーキンソン病、多発性硬化症(MS)、脳血管障害(脳梗塞、脳卒中、脳動脈瘤)、脳血管障害による運動障害、てんかん、脳外傷のほか、うつ病、不眠症、学習障害、不安障害(パニック障害、強迫性障害等)、統合失調症、発達障害、注意欠陥多動性障害などが挙げられる。
ストレス誘発性因子阻害物質は、そのまま使用することも可能であるが、本発明の効果を損なわない範囲で適当な添加物とともに、上記の神経新生低下に関連する疾患又は症状の治療若しくは改善、又は予防を目的とした、神経新生低下抑制用の医薬品や飲食品等の各種組成物に配合して提供することができる。なお、本発明の医薬品には、動物に用いる薬剤、即ち獣医薬も包含されるものとする。
ストレス誘発性因子阻害物質を医薬品に配合する場合は、薬理学的及び製剤学的に許容しうる添加物と混合し、患部に適用するのに適した製剤形態の各種製剤に製剤化することができる。薬理学的及び製剤学的に許容しうる添加物としては、その剤形、用途に応じて、適宜選択した製剤用基材や担体、賦形剤、希釈剤、結合剤、滑沢剤、コーティング剤、崩壊剤又は崩壊補助剤、安定化剤、保存剤、防腐剤、増量剤、分散剤、湿潤化剤、緩衝剤、溶解剤又は溶解補助剤、等張化剤、pH調節剤、噴射剤、着色剤、甘味料剤、矯味剤、香料等を適宜添加し、公知の種々の方法にて経口又は非経口的に全身又は局所投与することができる各種製剤形態に調製すればよい。本発明の医薬品を上記の各形態で提供する場合、通常当業者に用いられる製法、たとえば日本薬局方の製剤総則[2]製剤各条に示された製法等により製造することができる。
経口投与用製剤には、例えば、デンプン、ブドウ糖、ショ糖、果糖、乳糖、ソルビトール、マンニトール、結晶セルロース、炭酸マグネシウム、酸化マグネシウム、リン酸カルシウム、又はデキストリン等の賦形剤;カルボキシメチルセルロース、カルボキシメチルセルロースカルシウム、デンプン、又はヒドロキシプロピルセルロース等の崩壊剤又は崩壊補助剤;ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ポリビニルピロリドン、アラビアゴム、又はゼラチン等の結合剤;ステアリン酸マグネシウム、ステアリン酸カルシウム、又はタルク等の滑沢剤;ヒドロキシプロピルメチルセルロース、白糖、ポリエチレングリコール、又は酸化チタン等のコーティング剤;ワセリン、流動パラフィン、ゼラチン、カオリン、グリセリン、精製水、又はハードファット等の基剤などを用いることができるが、これらに限定はされない。
非経口投与用製剤には、蒸留水、生理食塩水、エタノール、グリセリン、プロピレングリコール、マクロゴール、ミョウバン水、植物油等の溶剤;ブドウ糖、塩化ナトリウム、D-マンニトール等の等張化剤;無機酸、有機酸、無機塩基又は有機塩基等のpH調節剤
などを用いることができるが、これらに限定はされない。
また、上記の製剤において、有効成分が核酸分子である場合は、当該核酸分子が標的細胞又は組織に移行され易いように、核酸導入補助剤と共に製剤化されていることが望ましい。核酸導入補助剤としては、具体的には、リポフェクタミン、オリゴフェクタミン、RNAiフェクト、リポソーム、ポリアミン、DEAEデキストラン、リン酸カルシウム、デンドリマー等が挙げられる。
本発明の医薬品の形態としては、特に制限されるものではないが、例えば錠剤、糖衣錠剤、カプセル剤、トローチ剤、顆粒剤、散剤、液剤、丸剤、乳剤、シロップ剤、懸濁剤、エリキシル剤などの経口剤、注射剤(例えば、皮下注射剤、静脈内注射剤、筋肉内注射剤、腹腔内注射剤)、点滴剤、座剤、軟膏剤、ローション剤、点眼剤、噴霧剤、経皮吸収剤、経粘膜吸収剤、貼付剤などの非経口剤などが挙げられる。また、使用する際に再溶解させる乾燥生成物にしてもよく、注射用製剤の場合は単位投与量アンプル又は多投与量容器の状態で提供される。また、医薬品等とした場合の投与量は、ストレス誘発性因子阻害物質の種類、疾患の種類、投与対象の年齢、性別、体重、症状の程度などに応じて、ストレス誘発性因子の活性又は発現の阻害が可能な範囲で適宜設定することができる。
また、ストレス誘発性因子阻害物質は、飲食品にも配合できる。本発明において、飲食品とは、一般的な飲食品のほか、医薬品以外で健康の維持や増進を目的として摂取できる食品、例えば、認知症予防、脳年齢の若返り、学習機能向上、抗不安等を目的とした健康食品、機能性食品、保健機能食品、又は特別用途食品を含む意味で用いられる。健康食品には、栄養補助食品、健康補助食品、サプリメント等の名称で提供される食品を含む。保健機能食品は食品衛生法又は健康増進法により定義され、特定の保健の効果や栄養成分の機能、疾病リスクの低減などを表示できる、特定保健用食品及び栄養機能食品、ならびに科学的根拠に基づいた機能性について消費者庁長官に届け出た内容を表示できる機能性表示食品が含まれる。また特別用途食品には、特定の対象者や特定の疾患を有する患者に適する旨を表示する病者用食品、高齢者用食品、乳児用食品、妊産婦用食品等が含まれる。ここで、飲食品に付される特定の保健の効果や栄養成分の機能等の表示は、製品の容器、包装、説明書、添付文書などの表示物、製品のチラシやパンフレット、新聞や雑誌等の製品の広告などにすることができる。
飲食品の形態は、食用に適した形態、例えば、固形状、液状、顆粒状、粒状、粉末状、カプセル状、クリーム状、ペースト状のいずれであってもよい。特に、上記の健康食品等の場合の形状としては、例えば、タブレット状、丸状、カプセル状、粉末状、顆粒状、細粒状、トローチ状、液状(シロップ状、乳状、懸濁状を含む)等が好ましい。
飲食品の種類としては、パン類、麺類、菓子類、乳製品、水産・畜産加工食品、油脂及び油脂加工食品、調味料、各種飲料(清涼飲料、炭酸飲料、美容ドリンク、栄養飲料、果実飲料、乳飲料など)及び該飲料の濃縮原液及び調整用粉末等が挙げられるが、これらに限定はされない。
本発明の飲食品は、その種類に応じて通常使用される添加物を適宜配合してもよい。添加物としては、食品衛生法上許容されうる添加物であればいずれも使用できるが、例えば、プドウ糖、ショ糖、果糖、異性化液糖、アスパルテーム、ステビア等の甘味料;クエン酸、リンゴ酸、酒石酸等の酸味料;デキストリン、デンプン等の賦形剤;結合剤、希釈剤、香料、着色料、緩衝剤、増粘剤、ゲル化剤、安定剤、保存剤、乳化剤、分散剤、懸濁化剤、防腐剤などが挙げられる。
本発明の飲食品が一般的な飲食品の場合は、その飲食品の通常の製造工程においてストレス誘発性因子阻害物質を添加する工程を含めることによって製造することができる。また健康食品の場合は、前記の医薬品の製造方法に準じればよく、例えば、タブレット状のサプリメントでは、ストレス誘発性因子阻害物質に、賦形剤等の添加物を添加、混合し、打錠機等で圧力をかけて成形することにより製造することができる。また、必要に応じてその他の材料(例えば、ビタミンC、ビタミンB、ビタミンB等のビタミン類、カルシウムなどのミネラル類、食物繊維等)を添加することもできる。
本発明の飲食品におけるストレス誘発性因子阻害物質の配合量は、ストレス誘発性因子の活性又は発現の阻害効果を発揮できる量であればよいが、対象飲食品の一般的な摂取量、飲食品の形態、効能・効果、呈味性、嗜好性及びコストなどを考慮して適宜設定すればよい。
2.神経新生の低下抑制剤のスクリーニング方法
本発明によれば、CX3CL1、IL-1α、IL-1β、IL-6、IL-8、TNF-α、CD30L、IL-17、及びCD95Lから成る群より選択される1種又は2種以上のストレス誘発性因子の活性又は発現の阻害を指標とする、神経新生の低下抑制剤のスクリーニング方法が提供される。
本発明のスクリーニング方法は、ストレス誘発性因子の活性又は発現の評価に適切な細胞を用いる方法であれば、特に限定はされないが、典型的には、細胞におけるストレス誘発性因子遺伝子の発現量やストレス誘発性因子(タンパク質)の発現量を測定する方法が挙げられる。より具体的には、本発明のスクリーニング方法は、被験物質の存在下で上記ストレス誘発性因子を発現する細胞を培養し、同細胞におけるストレス誘発性因子の発現量を測定する工程、被験物質の非存在下(対照)における同細胞におけるストレス誘発性因子の発現量を測定する工程、被験物質の存在下で測定した発現量が、被験物質の非存在下で測定した発現量に比べて有意に減少した場合に、当該被験物質を神経新生の低下抑制剤の候補物質として選択する工程を行うことにより行うことができる。
本発明において、被験試料及び対照試料におけるストレス誘発性因子遺伝子の発現量は、当業者に公知の任意の方法により測定することができ、また、測定は、各方法の常法に従って実施すればよい。遺伝子の発現量とは、遺伝子の転写産物であるmRNA量をいう。mRNA量の測定は、所望のmRNA量を測定できる方法であれば特に限定されず、公知の方法から適宜選択して用いることができる。例えば、ストレス誘発性因子遺伝子にハイブリダイズするオリゴヌクレオチドをプライマーとした遺伝子増幅法、又は、ストレス誘発性因子遺伝子にハイブリダイズするオリゴ(ポリ)ヌクレオチドをプローブとしたハイブリダイゼーション法を利用することができる。具体的には、RT-PCR法、リアルタイムRT-PCR法、マイクロアレイ法、ノーザンプロット法、ドットブロット法、RNアーゼプロテクションアッセイ法などが挙げられる。上記の方法に用いるプライマーやプローブは、標識し、当該標識のシグナル強度を調べることによりmRNA量を測定することができる。なかでも、リアルタイムRT-PCR法はRNAを直接サンプルに使用でき、遺伝子増幅過程を光学的に測定することで増幅に必要な温度サイクルの回数から遺伝子定量が可能である上で好ましい。なお、上記の方法に用いるプライマー及びプローブは前記の各ストレス誘発性因子遺伝子の塩基配列(配列番号1、3、5、7、9、11、13、15、及び17)に基づいて当業者であれば適宜設計し、調製することができる。各方法について様々なプロトコルが報告されており、当業者であれば公知のプロトコルに従い、又は公知のプロトコルを適宜修正や変更を行い実施することができる。
タンパク質の発現量の測定は、例えば、各ストレス誘発性因子に対する抗体又は抗体断片を用いて免疫学的に測定する方法を用いることができる。具体的には、ブロッティング法、ドットブロット法、プロテインアレイ、免疫沈降法、酵素免疫測定法(ELISA) 、放射線免疫測定法(RIA)、蛍光抗体法、免疫細胞染色等を挙げることができる。これらの方法についても、常法のプロトコル、又は常法のプロトコルを適宜修正・変更したプロトコルによって実施することができる。
また、本発明のスクリーニング方法の別の態様として、ストレス誘発性因子を発現する細胞として、レポーター遺伝子をストレス誘発性因子の転写調節領域に作動可能に連結したプラスミドを導入した細胞を用い、レポーター遺伝子の発現量を測定してもよい。レポーター遺伝子としては、例えばGFP遺伝子、GUS遺伝子、LUS遺伝子等が挙げられる。
また、本発明のスクリーニング方法のさらなる別の態様として、ストレス誘発性因子の生理活性を測定してもよい。ストレス誘発性因子の生理活性の測定は、ストレス誘発性因子の種類により異なるが、各ストレス誘発性因子で知られた生理活性(細胞増殖活性、細胞の分化誘導活性、物質分泌活性等)の変化を測定することにより行うことができる。
本発明のスクリーニング方法を、前記の細胞におけるストレス誘発性因子遺伝子の発現量やストレス誘発性因子(タンパク質)の発現量を測定することにより行う場合、発現の阻害は、mRNA量又はタンパク質量が、対照と比較して統計学的に有意に減少した場合に、ストレス誘発性因子の発現が阻害されたと判断することができ、例えば、対照に対して80%以下、好ましくは50%以下、より好ましくは30%以下に減少することをいう。
本発明の方法に用いる上記各ストレス誘発性因子の発現量を測定するための試薬を予め組み合わせてキット化することもできる。例えば、キットには、PCRに用いるプライマーセット、プローブとして用いるポリ(オリゴ)ヌクレオチド、又は抗体のいずれかを少なくとも含んでいればよい。また、該キットには、必要に応じて、RNA抽出用試薬、PCR用緩衝液やDNAポリメラーゼ等のPCR用試薬、染色剤や電気泳動用ゲル等の検出用試薬、固定化担体、標識物質、標識の検出に用いられる基質化合物、陽性や陰性の標準試料、キットの使用方法を記載した指示書等を含めることもできる。なお、キット中の試薬は溶液でも凍結乾燥物でもよい。
スクリーニングに用いる被験物質は、主に医薬品及び/又は飲食品に利用できる成分を対象とし、例えば、動・植物組織の抽出物もしくは微生物培養物等の複数の化合物を含む混合物、またそれらから精製された標品;天然に生じる分子(例えば、アミノ酸、ペプチド、オリゴペプチド、ポリペプチド、タンパク質、核酸、脂質、ステロイド、糖タンパク質、プロテオグリカンなど);あるいは天然に生じる分子の合成アナログ又は誘導体(例えば、ペプチド擬態物など);及び天然に生じない分子(例えば、コンビナトリアルケミストリー技術等を用いて作製した低分子有機化合物);ならびにそれらの混合物などを挙げることができる。また、被験物質としては単一の被験物質を独立に試験しても、いくつかの候補となる被験物質の混合物(ライブラリーなどを含む)について試験をしてもよい。複数の被験物質を含むライブラリーとしては、合成化合物ライブラリー、ペプチドライブラリーなどが挙げられる。
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明する。但し、本発明はこれらに限定されるものではない。
(実施例1)断眠により変動する脳内のストレス誘発性因子の解明
断眠により変動する脳内のストレス誘発性因子を明らかにするために、10週齢のHR-1マウスをモデルとして用いて以下の実験を行った。
断眠はマウスの睡眠期である日中の時間帯(9時から19時)に1時間毎に10回、飼育ケージを交換することで、睡眠を妨げた。断眠を開始して、4週間後のマウスの脳を解剖により摘出し、乳鉢を用いて磨り潰した。磨り潰した脳をCytokine array kit(Abcam社製)に付属のCell Lysis buffer及びプロテアーゼを用いて可溶化した。その後、遠心分離処理を行い、その上清を同キットに添付の下記の被験物質が搭載されたアレイ上に5ml添加し、続いて同キットに添付の抗サイトカイン抗体を、ビオチンで標識した二次抗体とHRP標識ストレプトアビジンとともに添加し、HRPの450nmにおける吸光度をプレートリーダーで測定した。
(被験物質)
BLC, CD30L, Eotaxin, Eotaxin-2, Fas Ligand(CD95L), Fractalkine(CX3CL1), GCSF, GM-CSF, IFN-gamma, IL-1α, IL-1β, IL-2, IL-3, IL-4, IL-6, IL-8, IL-9, IL-10, IL-12 p40/p70, IL-12 p70, IL-13, IL-17, I-TAC, KC/CXCL1, Leptin/OB, LIX, Lymphotactin, MCP-1, MCSF, MIG, MIP-1α, MIP-1 γ, RANTES, SDF-1, TCA-3, TECK, TIMP-1, TIMP-2, TNF-α, sTNF RI, sTNF-RII
断眠による脳内の上記被験物質の発現量の変化は、対照(非断眠)マウスの脳より調製した試料について測定した吸光度を1とし、断眠マウスの脳より調製した試料について測定した相対吸光度の比を算出することで、評価した。その結果、上記被験物質のうち、CX3CL1、IL-1α、IL-1β、IL-6、IL-8、TNF-α、CD30L、IL-17、及びCD95Lは、下記表1に示すように、その発現量が断眠時に増加することが明らかとなった。
Figure 0007325799000001
上記の結果から、断眠により脳内において発現が増加するCX3CL1、IL-1α、IL-1β、IL-6、IL-8、TNF-α、CD30L、IL-17、及びCD95Lを、ストレス誘発性因子と判断した。
(実施例2)
1.実験方法
<実験1> ストレス誘発性因子が神経新生に与える影響の解析
マウス神経幹細胞(JCRB細胞バンク)を継代培養し、一定のスフェア(細胞塊)の大きさになるまで維持培養した後、iMatrix(nippi社製)をコートしたディッシュ上に播種して神経新生の誘導を行った。
継代培養と維持培養には、Dulbecco's Modified Eagle's Medium-high glucose(SIGMA-ALDRICH社製)に1nM Biotin(SIGMA-ALDRICH社製)、10ng/mL Human EGF(PEPRO TECH社製)を添加した培地を使用した。神経新生誘導には、継代・維持培養で使用した培地からHuman EGFを除いた培地を使用した。
この神経新生誘導培地にて培養を3日間行った後、CX3CL1、IL-1α、IL-1β、IL-6、IL-8、TNF-α、CD30L、IL-17、及びCD95L(Peprotec社製)を終濃度が10ng/mLになるように同培地に添加し、24時間刺激した。また、各因子の併用の影響を見るために、IL-1βとCX3CL1、IL-1βとIL-1α、IL-1βとIL-6、IL-1βとIL-8、IL-1βとTNF-α、CD30LとIL-17、CD30LとCD95L、IL-17とCD95Lをそれぞれ混合し、混合した終濃度がlOng/mL(各因子の濃度は5ng/mL)になるように同培地へ添加した系についても同様にして神経幹細胞の刺激を行った。
培養後、細胞を回収し、PBS(-)にて2回洗浄し、Trizol Reagent(Invitrogen)によって細胞からRNAを抽出した。2-STEPリアルタイムPCRキット(Applied Biosystems社製)を用いて、抽出したRNAをcDNAに逆転写した後、ABI7300(Applied Biosystems)により、下記のプライマーセットを用いてリアルタイムPCR(95℃:15秒間、60℃:30秒間、40cycles)を実施し、TUJ1(未熟神経マーカー)遺伝子及びMAP2(成熟神経マーカー)遺伝子の発現を確認し、神経新生の状態を評価した。その他の操作は定められた方法に従って実施した。
[TUJ1(未熟神経マーカー)用プライマーセット]
フォワードプライマー:5'- CTCAAAATGTCATCCACCTT-3' (配列番号19)
リバースプライマー:5'- GTGAACTCCATCTCATCCAT-3' (配列番号20)
[MAP2(成熟神経マーカー)用プライマーセット]
フォワードプライマー:5'- ACTCAGCAACGTCTCATCTT-3' (配列番号21)
リバースプライマー:5'- GTATTCACAAGCCCTGCTTA-3' (配列番号22)
[GAPDH(内部標準)用のプライマーセット]
フォワードプライマー:5'- TGCACCACCAACTGCTTAGC-3' (配列番号23)
リバースプライマー:5'- TCTTCTGGGTGGCAGTGATG-3' (配列番号24)
<実験2>抗ストレス誘発性因子抗体による神経新生への影響の解析
ストレス誘発性因子(CX3CL1、IL-1α、IL-1β、IL-6、IL-8、TNF-α、CD30L、IL-17、及びCD95L)の培地への添加と同時に、各ストレス誘発性因子に対する抗体(抗CX3CL1抗体、抗IL-1α抗体、抗IL-1β抗体、抗IL-6抗体、抗IL-8抗体、抗TNF-α抗体、抗CD30L抗体、抗IL-17抗体、及び抗CD95L抗体)(いずれもR&D systems社製)を終濃度がlOOng/mLになるように添加し、実験1と同様にしてTUJ1遺伝子及びMAP2遺伝子の発現を確認し、神経新生の状態を評価した。
2.結果
上記実験1及び実験2の評価結果を表2に示す。結果は、ストレス誘発性因子未添加(コントロール)におけるTUJ1 mRNA及びMAP2 mRNAの発現量を内部標準であるGAPDH mRNAの発現量に対する割合としてそれぞれ算出したTUJ1遺伝子相対発現量(TUJ1遺伝子発現量/GAPDH遺伝子発現量)、MAP2遺伝子相対発現量(MAP2遺伝子発現量/GAPDH遺伝子発現量)の値を1とし、これに対し、ストレス誘発性因子添加における同遺伝子相対発現量を算出した値を示す。
Figure 0007325799000002
表2に示すように、ストレス誘発性因子の添加によりTUJ1(未熟神経マーカー)及びMAP2(成熟神経マーカー)の遺伝子発現量が減少し、神経新生が低下した。またストレス誘発性因子を混合した場合、神経新生がより低下する傾向が認められ、特に、IL-1βとCX3CL1、IL-1βとIL-1α、CD30LとIL-17、CD30LとCD95L、IL-17とCD95Lの混合系において神経新生の低下が著しかった(表2、「抗ストレス誘発性因子抗体なし」の欄)。
これに対し、抗ストレス誘発性因子抗体をストレス誘発性因子と同時に添加することにより神経新生の低下が回復した(表2、「抗ストレス誘発性因子抗体あり」の欄)。
本発明は、神経新生低下に関連する疾患又は症状の治療又は予防を目的とした医薬品、飲食品の製造分野において利用できる。

Claims (2)

  1. 脳内におけるストレス誘発性因子に対する中和抗体を有効成分として含有する、神経新生の低下抑制剤であって、該中和抗体が、下記の(A)又は(B)のいずれかより選ばれる、上記神経新生の低下抑制剤
    (A) CX3CL1、CD30L、及びCD95Lから成る群より選択される1種に対する中和抗体
    (B) CX3CL1、IL-1α、IL-1β、IL-6、IL-8、TNF-α、CD30L、IL-17、及びCD95Lから成る群より選択される2種に対する中和抗体の組み合わせ
  2. 下記の(C)又は(D)のいずれかより選ばれるストレス誘発性因子の活性又は発現の阻害を指標とする、神経新生の低下抑制剤のスクリーニング方法。
    (C) CX3CL1、CD30L、及びCD95Lから成る群より選択される1種
    (D) CX3CL1、IL-1α、IL-1β、IL-6、IL-8、TNF-α、CD30L、IL-17、及びCD95Lから成る群より選択される2種の組み合わせ
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