以下、本発明の構成を図面に示す実施の形態の一例に基づいて詳細に説明する。
図1に、本発明に係る溶出方法および溶出量測定方法の実施形態の一例を示す。
本発明に係る溶出量測定方法は、大きくは、分析対象試料から重金属類を溶出させる溶出操作(尚、本発明に係る溶出方法に相当する)を行う第一段階の処理と、当該溶出操作によって得られる溶出液を用いて分析対象物質としての重金属類の濃度の測定を行う第二段階の処理とを有する。
本実施形態の溶出方法は、容器内へと、分析対象試料と水若しくは溶出用溶液とを投入すると共に、粉砕用ビーズを添加し、その上で前記容器を300~1800 rpm の回転数で往復振とうさせることによって前記容器内の内容物を振とう攪拌し、分析対象試料に含まれていた重金属類が溶出している溶出液を得るようにしている。
また、本実施形態の溶出量測定方法は、上述の溶出方法によって得られる溶出液にキレート剤を添加して溶出液に含まれる6価クロム,4価セレン,及び3価ヒ素を不溶化する工程と、不溶化された6価クロム,4価セレン,及び3価ヒ素を第一フィルタでろ過して捕集するろ過工程と、第一フィルタによって捕集された6価クロム,4価セレン,及び3価ヒ素を蛍光X線元素分析法によって定量する工程と、前記ろ過工程で第一フィルタを通過したろ液に対して還元処理を施して6価セレン及び5価ヒ素を4価セレン及び3価ヒ素に還元する工程と、還元処理後のろ液にキレート剤を添加してろ液中の4価セレン及び3価ヒ素を不溶化する工程と、不溶化された4価セレン及び3価ヒ素を第二フィルタでろ過して捕集する工程と、第二フィルタによって捕集された4価セレン及び3価ヒ素を蛍光X線元素分析法によって等価6価セレン及び等価5価ヒ素として定量する工程とを有し、同一検液におけるクロム,セレン,及びヒ素の三種の重金属を6価クロム,4価セレン,3価ヒ素,5価ヒ素,及び6価セレンの価数別に定量するようにしている。
分析対象試料としては、例えば燃え殻,ばいじん,及び鉱さいのうちの少なくとも一つが挙げられ、具体的には例えば石炭灰,焼却灰,スラグ類,並びに石炭灰及び焼却灰のセメント固化物などが挙げられる。
石炭灰には、少なくとも、フライアッシュ及びクリンカアッシュが含まれる。
焼却灰には、少なくとも、一般ゴミ焼却灰,下水汚泥焼却灰,ペーパースラッジ焼却灰,鉄鋼ダストが含まれる(但し、上述の石炭灰に該当するものは除く)。
スラグ類には、少なくとも、一般廃棄物溶融固化物(即ち、一般廃棄物を直接に高温条件下で、または一般廃棄物の焼却残渣等を高温条件化で、無機物を溶融した後に冷却して生成される固化物),下水汚泥溶融スラグ,特に製鉄に関連する高炉スラグや製鋼スラグ,非鉄スラグ(具体的には、フェロニッケルスラグ,銅スラグ,亜鉛スラグ),電気炉スラグ,及び特に発電に関連する石炭ガス化スラグが含まれる。
分析対象試料は、公定法において指定されている粒径であるように、攪拌処理のための容器内へと投入される前に調整される。
振とう攪拌して得られる溶出液に溶出している重金属類(即ち、分析対象試料にもとより含まれていた重金属類)としては、 ヒ素(As),セレン(Se),6価クロム(Cr(VI)),フッ素(F),ホウ素(B),カドミウム(Cd),シアン((CN)2),水銀(Hg),及び鉛(Pb)などが挙げられる。
(1)溶出操作法
本発明に係る溶出量測定方法において第一段階の処理として用いられる、分析対象試料から重金属類を短時間で溶出させることができる溶出操作法(尚、本発明に係る溶出方法の実施形態の一例に相当する)について説明する。
攪拌処理のための容器(「振とう容器」と呼ぶ)としては、例えば中空円筒形態をベースとする容器が用いられ、具体的には例えば遠沈管,試験管,又はコニカルチューブなどが用いられ得る。
振とう容器内へと投入される分析対象試料と水(具体的には、純水,超純水)若しくは溶出用溶液(水や溶出用溶液をまとめて「純水等」と表記する)との量は、振とう容器内へと同時に投入される分析対象試料と純水等との固液比が考慮されて相互に調整される。
分析対象試料と純水等との固液比は、特定の値に限定されるものではないものの、例えば5~50 L/kg 程度の範囲のうちのいずれかの値に設定されることが考えられる。
固液比は、環境庁告示第46号や環境庁告示第13号において定められている溶出試験法と同じ条件とすることが考慮されて10 L/kg に設定されるようにしても良い。なお、公的な基準となる溶出試験法の固液比が10 L/kg 以外の値へと変更された場合には、変更後の固液比と同じ条件に設定されるようにしても良い。
溶出用溶液としては、具体的には例えば、塩酸,硫酸,硝酸,酢酸,酢酸ナトリウム,塩化カルシウム,又は水酸化カルシウムを含む液が用いられ得る。純水等としては、分析対象試料の種別などに応じて適切なものが選択される。
振とう容器内へと投入される分析対象試料の量は、特定の嵩に限定されるものではないものの、例えば1~10 g 程度の範囲のうちのいずれかの値に設定されることが考えられる。
振とう容器内へと投入される純水等の量は、特定の嵩に限定されるものではないものの、例えば5~250 mL 程度の範囲のうちのいずれかの値に設定されることが考えられる。
振とう容器内へと投入される分析対象試料及び純水等の量は、具体的には例えば、固液比が10 L/kg に設定され、45~50 mL の振とう容器に対して、分析対象試料が3.5 g であると共に純水等が35 mL であることが好ましい。
振とう容器内の分析対象試料の粉砕と重金属類の溶出とを同時に行って溶出所要時間を短縮するために小径の粉砕用メディアが振とう容器内へと添加(別言すると、投入)されて分析対象試料と一緒に振とう攪拌される。
振とう容器内へと添加/投入される粉砕用メディアとしては、例えば、球体や円柱体の形態に形成された粒状のビーズ(「粉砕用ビーズ」と呼ぶ)が用いられる。
粉砕用ビーズの粒径は、特定の寸法に限定されるものではないものの、0.2~5 mm 程度の範囲のうちのいずれかの値に設定されることが好ましく、0.6~2.0 mm 程度の範囲のうちのいずれかの値に設定されることが一層好ましく、1.2 mm 程度に設定されることが最も好ましい。なお、粉砕用ビーズとして、粒径が異なる複数種類のメディア/ビーズが用いられるようにしても良い。
粉砕用ビーズの材質としては、具体的には例えばガラス,プラスチック,金属,及びセラミックが挙げられ、ガラスやプラスチックが好ましい。
粉砕用ビーズの投入量は、特定の分量に限定されるものではないものの、純水等の液量[mL]に対する粉砕用ビーズの実体積(即ち、重量/比重)[cm3]が、0.03~0.5 cm3/mL 程度の範囲のうちのいずれかの分量に設定されることが好ましく、0.10~0.22 cm3/mL 程度の範囲のうちのいずれかの分量に設定されることが一層好ましく、0.14~0.16 cm3/mL 程度の範囲のうちのいずれかの分量に設定されることが最も好ましい。
分析対象試料,純水等,及び粉砕用ビーズが、振とう容器内に投入/収容されて攪拌される。
攪拌は、分析対象試料,純水等,及び粉砕用ビーズが投入/収容された上で密封された振とう容器が往復振とうされることによって行われる。振とう容器の往復振とうは、具体的には例えば振とう機によって行われる。
振とう容器の往復振とうは、水平往復振とうでも良く、或いは、垂直(別言すると、鉛直)往復振とうでも良い。
往復振とうの振とう数/回転数は、300~1800 rpm 程度の範囲のうちのいずれかの値に設定されることが好ましく、500~1200 rpm 程度の範囲のうちのいずれかの値に設定されることが一層好ましく、600 rpm 程度に設定されることが最も好ましい。
往復振とうの振とう幅は、1~3 cm 程度の範囲のうちのいずれかの値に設定されることが好ましく、1.5~2.5 cm 程度の範囲のうちのいずれかの値に設定されることが一層好ましく、2 cm 程度に設定されることが最も好ましい。
振とう容器が往復振とうされる時間は、25~120分程度の範囲のうちのいずれかの値に設定されることが好ましく、90分程度に設定されることが最も好ましい。
往復振とうが行われる際の振とう容器内の温度は、室温程度(具体的には、25 ℃ 前後)であることが好ましい。
振とう攪拌後の振とう容器内の溶出液が用いられて、 分析対象試料にもとより含まれていた重金属類の定量として、ヒ素(As),セレン(Se),6価クロム(Cr(VI)),フッ素(F),ホウ素(B),カドミウム(Cd),シアン((CN)2),水銀(Hg),及び鉛(Pb)のうちの少なくとも一つの物質について溶出量の測定/分析が行われる。
以上のように構成された、溶出量測定方法の第一段階の処理としての溶出操作法(尚、本発明に係る溶出方法の実施形態の一例に相当する)によれば、分析対象試料に含まれている重金属類の溶出操作を従来よりも短時間で行うことができる。このため、分析対象試料に含まれている重金属類の分析を短時間で効率的に行うことが可能になる。
(2)溶液分析法
本発明に係る溶出量測定方法において第二段階の処理として用いられ得る、同一検液で6価クロム(Cr(VI)),6価セレン(Se(VI))及び4価セレン(Se(IV)),並びに5価ヒ素(As(V))及び3価ヒ素(As(III))の三種の重金属類を価数別に定量することができる溶液分析法について説明する。以下に説明する、本実施形態の溶液分析法のことを「二段階キレート剤捕集+XRF測定法」と呼ぶ。
本実施形態では、上述の溶出操作法によって得られる溶出液が、重金属類を溶出させた検液として用いられて上記三種の重金属類の濃度の測定が行われる。
分析対象試料(例えば、燃え殻,ばいじん,鉱さい)から溶出する重金属類のうちクロム,ヒ素,及びセレンの三種の重金属類は、クロムは3価クロム+6価クロム,ヒ素は3価ヒ素+5価ヒ素,セレンは4価セレン+6価セレンの形態でそれぞれ含有される。このため、キレート剤で不溶化して捕集できる条件がクロム,ヒ素,及びセレンのそれぞれで価数毎に異なり、同一の検液で一連の操作によって定量することができない。
このため、汎用の分析装置を用いて多元素同時分析を可能とするキレート剤捕集+XRF測定法によっても、同一検液から6価クロム,全ヒ素(即ち、3価ヒ素+5価ヒ素),及び全セレン(即ち、4価セレン+6価セレン)の三種の重金属類の分析を行うことはできない。
ここで、6価クロムやヒ素などの重金属の簡易的な定量法であって、重金属をキレート剤で不溶化・回収し、風乾してから蛍光X線(「XRF」と表記する)で分析する定量法のことを「キレート剤捕集+XRF測定法」と呼ぶ。
環境庁告示第46号「土壌環境基準」などにおいて規制されるのは、クロムについては6価クロムであり、ヒ素については3価ヒ素と5価ヒ素との双方であり、さらに、セレンについては4価セレンと6価セレンとの双方である。
これら三種の重金属類を含む検液をキレート剤捕集+XRF測定法によって分析する場合、6価クロム,4価セレン,及び3価ヒ素は所定の条件下ではキレート剤で不溶化して捕集できることを本発明者は見出した(図4(A),(B),及び(C)参照)。つまり、一定の条件下でキレート剤処理を行うと、6価クロム,4価セレン,及び3価ヒ素は捕集できる一方で、3価クロム,6価セレン,及び5価ヒ素はキレート剤処理で不溶化できないので捕集できない。
3価クロムは分析の対象外である一方で、検液の全セレン濃度と全ヒ素濃度とを決定するには6価セレンと5価ヒ素とを測定する必要がある。キレート剤捕集+XRF測定法によって6価セレンと5価ヒ素とを定量するには、6価セレンと5価ヒ素とをそれぞれ4価セレンと3価ヒ素とに還元する必要がある。
しかし、6価セレンの還元処理に関しては、公定法の場合、多量の塩酸を添加することで6価セレンを4価セレンに還元することは知られているが、塩酸還元では5価ヒ素を還元することはできない。しかも、液量がどうしても増えてしまうので、試薬(具体的には、塩酸,中和に必要な水酸化ナトリウム,及びキレート剤など)の使用量の増加と、液量の増加に伴う金属イオン濃度の低下によるろ過時の目詰まりや回収率の低下という問題が生じる。
他方、5価ヒ素はチオ硫酸ナトリウムやL-システインを添加することで3価ヒ素に還元することが知られているが、前記物質の添加では6価セレンを還元することはできない。
つまり、同一検液から6価セレンと5価ヒ素とを同時に還元させる方法は従来確立されておらず、検液の量を減らすことができないという問題を有している。このことから、6価セレンと5価ヒ素とを同時に4価セレンと3価ヒ素とのそれぞれに還元させる還元処理法の確立が、同一検液から6価クロム,ヒ素,及びセレンの三種の重金属類を簡易測定する定量法の実現を図る上で望まれる。
本発明者は、6価セレン及び5価ヒ素を含む液体に対し、チオ尿素を用いて還元反応させることにより、5価ヒ素と6価セレンとを同時に還元することが可能であることを見出した(図7参照)。
本実施形態の溶液分析法は、上記の知見に基づくものであり、6価セレン及び5価ヒ素を含む検液に対し、還元剤としてチオ尿素を添加し、塩酸酸性下で還元反応させ、5価ヒ素と6価セレンとを同時に還元させるようにしている。
チオ尿素の添加量について、本発明者の知見によると、添加量を0.2~1 g/30mL(即ち、30 mL の液量に対して0.2~1 g を添加)の範囲で変化させたときのX線強度の変動に関する検討の結果、5価ヒ素については添加量の変化によるX線強度への影響は殆ど見られなかった一方で、6価セレンについては添加量が少なくなるほどにX線強度が低くなる影響が見られた。
例えば、チオ尿素の添加量が多い(具体的には、0.75~1 g/30mL:即ち、30 mL の液量に対して0.75~1 g を添加)場合には6価セレンのX線強度は高い傾向が見られる一方で、添加量が少なくなるほど(具体的には、0.5 g/30mL や0.2 g/30mL)6価セレンのX線強度が僅かではあるものの低くなった(図8(C)参照)。
このことから、チオ尿素の添加量は、特定の量に限定されるものではないものの、検液30 mL に対し、0.2 g 程度以上に設定されることが考えられ、0.5 g 程度以上に設定されることが好ましく、0.75 g 程度以上に設定されることが一層好ましく、1 g 程度に設定されることが最も好ましい。
チオ尿素の添加量は、1 g/30mL より多くても特に問題はないが、検液30 mL に対して1 g という量が少ないとは言えないので、1 g/30mL より多くする特段の意味はない。
検液のpHは、塩酸酸性(塩酸1/10 vol.添加)とすることが好ましく、具体的にはpH1以下とすることが好ましい。例えば、検液30 mL に対して塩酸3 mL 程度が加えられ、洗浄水などの混入により液量が増加したろ液50 mL に対しては5 mL 程度が加えられる。pH1を超えると効率が極端に落ち、pH2では殆どなくなり、塩酸酸性でのみ高いX線強度が得られる(図8(A)参照)。
反応温度とX線強度との関係は、6価セレンと5価ヒ素とでは異なる。5価ヒ素は、反応温度が30~90 ℃ の範囲ではX線強度は大きくは変化しないが、反応温度が50~70 ℃ の範囲では高いX線強度が得られる。
6価セレンは、反応温度が70 ℃ で最も高いX線強度を示し、70 ℃ よりも低くなっても高くなってもX線強度は低下する。これは、70 ℃ 未満だと反応時間が長くなり、70 ℃ よりも高くなると6価セレンから還元されて4価セレンとなったものの一部がさらに還元されて2価あるいは0価となり、回収率が低下することによると考えられる(図8(B)参照)。
したがって、反応温度は、70~75 ℃ 程度の範囲とすることが考えられ、70 ℃ 程度にすることが好ましい。
還元反応時間は、5価ヒ素についてはほとんど影響しないが、6価セレンについては、10~20分でX線強度が高く、それ以上でも以下でも低下する傾向が見られた(図8(D)参照)。10分よりも短いと反応不足となり、20分よりも長いと更に還元されて回収率が低下することによると考えられる。
したがって、反応時間は、10~20分程度の範囲とすることが考えられ、10分程度にすることが好ましい。
以上のことから、同一検液に含まれる6価セレンと5価ヒ素との同時還元は、チオ尿素を1 g/30mL (即ち30 mL の液量に対して1 g)で添加し、pH1以下の塩酸酸性下において反応温度70 ℃ で10分間還元反応させることによって行われることが好ましい。
上述のチオ尿素による還元処理法によれば、検液中に含まれる6価セレンと5価ヒ素とが同時に還元されて4価セレンと3価ヒ素とにそれぞれ還元させられるので、この還元法とキレート剤捕集+XRF測定法とを利用して6価クロム、ヒ素(具体的には、3価ヒ素+5価ヒ素)、セレン(具体的には、4価セレン+6価セレン)の三種の重金属類の溶出量の定量を同一検液から実施可能な定量法を実現することができる。
図1に、同一検液から6価クロム、全ヒ素(即ち、3価ヒ素+5価ヒ素)、全セレン(即ち、4価セレン+6価セレン)の三種の重金属類を分析する定量法の手順の一例を示す。
本発明者は、一定の条件下では、キレート剤処理することで、6価クロム,4価セレン,及び3価ヒ素は不溶化して捕集できるが、6価セレンと5価ヒ素とはキレート剤処理で不溶化できずに捕集できないことを見出した。また、チオ尿素による還元処理は、3価ヒ素には影響しないが、4価セレンの濃度の高い検液では4価セレンの一部が還元されることを見出した。
つまり、溶出試験のセレンの測定の精度を維持するためには、4価セレンをキレート剤処理によって除去した後に還元処理を行うことが望ましい。また、チオ尿素による還元処理では6価クロムも還元され、6価クロムとしてはキレート剤処理で不溶化して捕集することができないことが確認された。
したがって、同一の検液から、6価クロム,全セレン,及び全ヒ素の分析を行うためには、まず検液中の6価クロム(Cr(VI)),4価セレン(Se(IV)),及び3価ヒ素(As(III))をキレート剤処理で不溶化してフィルタで捕集してからXRF測定に供する一方、フィルタを通過したろ液をチオ尿素で還元処理して6価セレン(Se(VI))を4価セレンに還元すると共に5価ヒ素(As(V))を3価ヒ素に還元してからキレート剤処理で不溶化してフィルタで捕集してXRF測定に供し、フィルタに捕集された3価ヒ素及び4価セレンの量から等価的に5価ヒ素と6価セレンとの各々を分析(別言すると、定量)する手順が望ましい。
具体的には、本実施形態の溶液分析法は、下記の〈手順1〉乃至〈手順7〉を含む。
〈手順1〉測定対象試料から作成された検液中に含まれる6価クロム,4価セレン,及び3価ヒ素を不溶化するキレート剤処理(〈手順1〉のキレート剤処理のことを「第一のキレート剤処理」と呼ぶ)する工程
〈手順2〉不溶化された6価クロム,4価セレン,及び3価ヒ素をフィルタでろ過して捕集する工程
〈手順3〉フィルタを乾燥させ、捕集された6価クロム,4価セレン,及び3価ヒ素を蛍光X線元素分析法によってXRF測定して定量する工程
〈手順4〉上記〈手順2〉でフィルタを通過したろ液に対して還元処理を施してろ液中に残存する6価セレンを4価セレンに還元すると共に5価ヒ素を3価ヒ素に還元する工程
〈手順5〉還元処理後のろ液に対してキレート剤を添加してろ液中の4価セレン及び3価ヒ素を不溶化するキレート剤処理(〈手順2〉のキレート剤処理のことを「第二のキレート剤処理」と呼ぶ)する工程
〈手順6〉不溶化された4価セレン及び3価ヒ素をフィルタでろ過して捕集する工程
〈手順7〉フィルタで捕集された4価セレン及び3価ヒ素をXRF測定して等価6価セレン及び等価5価ヒ素として定量する工程
上述の〈手順1〉乃至〈手順7〉の結果として、同一検液からのクロム,セレン,及びヒ素の三種の重金属が6価クロム,4価セレン,3価ヒ素,5価ヒ素,及び6価セレンの価数別に定量される。なお、全ヒ素は3価ヒ素と5価ヒ素との和として算出され、また、全セレンは4価セレンと6価セレンとの和として算出される。
キレート剤としては、XRF測定においてはジベンジルジチオカルバミン酸(「DBDTC」と表記する)の使用が好ましい。例えば1w/v%のDBDTC溶液(単に「DBDTC溶液」と呼ぶ)を、検液30 mL に対して1 mL 程度の割合で、ろ液50 mL に対しては2 mL 程度の割合で添加することが好ましい。
キレート剤としてDBDTCを使用する場合には、6価クロム及び3価ヒ素はpH2~4で不溶化され、また、4価セレンはpH2~5で不溶化されて、フィルタに補集されることを本発明者は見出した(図4(A),(B),及び(C)参照)。
そして、6価クロムはpH4をピークにpH5以上ではX線強度が低下する傾向が見られること、また、pH6では3価クロムも不溶化して6価クロムだけを測ることが難しくなると共に5価ヒ素も不溶化して3価ヒ素だけを測ることが難しくなることが見出された。
そこで、第一のキレート剤処理では、キレート剤としてDBDTC溶液を用い、pH2~4で、好ましくはpH4で処理することにより、検液中の6価クロム,4価セレン,及び3価ヒ素を効率良く不溶化してフィルタに捕集させることができる。
なお、キレート剤処理は、例えば、検液を所定のpHに調整し、必要に応じて内部標準物質としてのコバルト液を必要量添加してから、適温に昇温させた後、撹拌しながらDBDTC溶液を添加し、適切な時間適温で放置することによって、検液に含まれる6価クロム,4価セレン,及び3価ヒ素を不溶化する。
第一のキレート剤処理によって不溶化された6価クロム,4価セレン,及び3価ヒ素はフィルタで捕集される。
他方、フィルタを通過したろ液には第一のキレート剤処理の条件では不溶化されない5価ヒ素及び6価セレンがフィルタで捕集されることなく残留している。これら5価ヒ素と6価セレンとは、そのままでは同時に不溶化させることはできない。
そこで、5価ヒ素及び6価セレンをDBDTCで不溶化させるため、前処理として前述のpH1以下の塩酸酸性下でのチオ尿素による還元反応をろ液に対して施し、5価ヒ素と6価セレンとを3価ヒ素と4価セレンとのそれぞれに同時還元させる。なお、還元処理は約70 ℃ の比較的高温で行われるので、還元処理後のろ液は、第二のキレート剤処理を実施するため、室温まで急冷されるようにしても良く、或いは、放置されて室温まで自然冷却されるようにしても良い。
還元処理後のろ液は、再びキレート剤処理、即ち第二のキレート剤処理が施され、3価ヒ素と4価セレンとの不溶化が実施される。
第二のキレート剤処理は、ろ液に中和剤(具体的には例えば、水酸化ナトリウム)を添加して、第一のキレート剤処理と同じくpH4にしてから実施しても良いが、pH2にしてから実施することが好ましい。
第二のキレート剤処理では、pH4に調整すると臭気が発生する一方で、pH2に調整すると臭気の発生が抑えられる。ただし、pH4であっても、ドラフト設備が備えられている環境や臭気が問題にならない環境であれば特に問題は無く、不溶化も可能である。
第一のキレート剤処理と第二のキレート剤処理とによって不溶化されてフィルタで捕集された6価クロム,4価セレン,及び3価ヒ素は、蛍光X線元素分析法によって元素毎に定量される。
ここで、第二のキレート剤処理で捕集される4価セレンと3価ヒ素とは、それぞれ、チオ尿素による還元処理で6価セレンと5価ヒ素とを還元したものであることから、等価6価セレンと等価5価ヒ素として定量することができる。
そして、第一のキレート剤処理及び第二のキレート剤処理によってそれぞれ捕集される4価セレンと3価ヒ素とを合算したものが、全セレン(即ち、4価セレン+6価セレン)及び全ヒ素(即ち、3価ヒ素+5価ヒ素)になる。
なお、本実施形態の溶液分析法(「検液定量法」とも言い得る)では、内部標準法を適用し、内部標準物質としてコバルトを添加するようにしている。内部標準物質を添加しなくても測定は可能であるが、検量線の作成,定量下限の向上,及び精度向上のため、内部標準物質としてコバルトが添加されることが好ましい。
本実施形態の場合、検液に含まれる三種の重金属類の測定では、検量線作成以外の測定時にも、三種の重金属の蛍光X線強度とコバルトの蛍光X線強度との比を用いて各元素の定量分析を行うようにしているので、コバルトが添加されることが好ましい。
特に、第二のキレート剤処理に際しては、第一のキレート剤処理の際に検液に内部標準物質として添加したよりも多い量のコバルトをろ液に対して添加することが好ましい。ろ液のキレート剤処理(即ち、第二のキレート剤処理)では、不溶化物が少なく、不溶化物の粒子が小さくなるために目詰まりを起こし易い傾向がある。そこで、コバルトの添加量を増加することにより、内部標準物質としてだけでなく、フィルタの目詰まり防止の役目も果たさせることが好ましい。なお、第一のキレート剤処理と第二のキレート剤処理とにおけるコバルトの添加量が相互に異なるため、コバルト添加量を変更した検量線を作成することが好ましい。
以上のように構成された、本実施形態の溶出量測定方法の第二段階の処理としての溶液分析法(別言すると、検液定量法)によれば、二段階のキレート剤処理によって不溶化されて捕集された6価クロム,全ヒ素(即ち、3価ヒ素+5価ヒ素),及び全セレン(即ち、4価セレン+6価セレン)の三種の重金属類を価数別にXRF測定による多元素同時分析で迅速に定量分析することができる。このため、分析対象試料に含まれている重金属類の溶出操作を公定法よりも短時間で行うことができると共に、前記重金属類が溶出している溶出液/検液についての複数の元素の溶出量の測定を公定法よりも短時間で行うことができるので、分析対象試料に含まれている複数の重金属類の分析を短時間で効率的に行うことが可能になる。
本実施形態の溶液分析法(検液定量法)によれば、しかも、検液中の6価クロム,全ヒ素(即ち、3価ヒ素+5価ヒ素),及び全セレン(即ち、4価セレン+6価セレン)の三種の重金属類を同一検液から定量分析することができる。このため、少ない検液量でも分析を行うことが可能になる。このことは、上述の第一段階の処理としての溶出操作法を検液作成法として組み合わせて用いることを可能とし、分析対象試料に含まれている重金属類の溶出操作を従来よりも短時間で行うことを可能にすると共に前記重金属類が溶出している溶出液/検液についての複数の元素の溶出量の測定を従来よりも短時間で行うことを可能にし、重金属類の溶出量の測定方法全体としての所要時間をさらに大幅に短縮することが可能になり、延いては分析対象試料に含まれている重金属類の分析を短時間で効率的に行うことが可能になる。
そして、以上のように構成された溶出量測定方法によれば、公定法(即ち、環境庁告示第46号や環境庁告示第13号において定められている溶出試験法)と比べて短時間でありながらも公定法における溶出操作と同等の攪拌作用を短時間で得る(言い換えると、前記溶出操作による、分析対象試料からの重金属類の溶出を短時間で再現する)ことが可能であり、延いては公定法による溶出量値を良好な精度で再現することが可能である。このため、公定法による溶出量値を公定法よりも短時間で得て分析対象試料に含まれている重金属類の分析を効率的に行うことが可能になる。
なお、上述の実施形態は本発明を実施する際の好適な形態の一例ではあるものの本発明の実施の形態が上述のものに限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲において本発明は種々変形実施可能である。
例えば、上述の実施形態では第二段階の処理として二段階キレート剤捕集+XRF測定法が用いられて重金属類元素の溶出量の定量が行われるようにしているが、本発明において用いられ得る重金属類元素の溶出量の定量手法は二段階キレート剤捕集+XRF測定法に限定されるものではなく、他の溶出量の定量手法が用いられるようにしても良い。具体的には例えば、重金属類元素の溶出量の定量手法として環境庁告示第46号において定められている手法やJIS K 0102に準拠した手法が用いられるようにしても良い。
《検証例1》
本発明に係る溶出量測定方法を、環境庁告示第46号において定められている溶出試験法(即ち、公定法)によって得られる溶出量値を予測/推定/再現する方法として用いた場合の妥当性の検証例を図2及び図3を用いて説明する。本検証例では特に、本発明に係る溶出量測定方法において第一段階の処理として用いられる、分析対象試料から重金属類を短時間で溶出させることができる溶出操作法(尚、本発明に係る溶出方法の実施形態の一例に相当する)について、公定法における溶出操作による攪拌作用との類似性が検証された。
本検証例では、分析対象試料としてフライアッシュが用いられた。
まず、公定法の振とう操作(即ち、往復振とうの回転数200 rpm で6時間の振とう攪拌)が行われ、三種類のフライアッシュ試料について、振とう操作の前後それぞれにおけるフライアッシュの粒径分布が計測された。
また、本発明に係る溶出方法の一例として下記の〈手順1〉及び〈手順2〉が行われ、二種類のフライアッシュ試料について、振とう操作の前後それぞれにおけるフライアッシュの粒径分布が計測された。
〈手順1〉50 mL コニカルチューブに、フライアッシュ3.5 g,粉砕用ビーズ13.0 g,及び純水35 mL を投入する。
〈手順2〉振とう機(具体的には、Retsch社製 MM400型ミキサーミル;尚、水平往復振とう機である)に専用50 mL 用アダプタを取り付けて内部にコニカルチューブをセットし、回転数900 rpm で45分間の振とう攪拌を行う。
本検証例では、粉砕用ビーズとしてソーダガラス製の直径1.2 mm の球体ガラスビーズが用いられた。
公定法の振とう操作の前後でのフライアッシュの粒径分布の比較として三種類の試料別に図2(a)乃至(c)に示す結果が得られ、また、〈手順1〉及び〈手順2〉による振とう操作の前後でのフライアッシュの粒径分布の比較として二種類の試料別に図3(a)及び(b)に示す結果が得られた。
図2(a)乃至(c)に示す結果から、公定法の振とう操作によってフライアッシュ粒子に対して粉砕作用が及ぼされることが確認された。特に、振とう操作前後での粒径分布の変化を分析し、フライアッシュについては20 μm 以上の粒径の粒子において粉砕の影響を受けることが確認された。
図2(a)乃至(c)に示す結果と図3(a)及び(b)に示す結果とから、図2(a)乃至(c)に示す結果から確認された上記の現象を短時間で模擬(別言すると、再現)するためには往復振とうを一層高速で行うことにより、同様に水中での運動量の大きい20 μm 以上の粗粒なフライアッシュ粒子について、粒子の衝突による粉砕を選択的に且つ効率的に作用させることで、結果として振とう操作後の粒径分布が公定法の振とう操作後の粒径分布に類似した分布が得られることが確認された。また、粉砕用ビーズの投入は、フライアッシュ粒子との衝突頻度を増加させることで、粉砕に必要とされる時間を短縮する効果を発揮し得ることが確認された。
以上の結果から、溶出試験の振とう操作において分析対象試料が受ける粉砕作用の程度は重金属等の溶出量に影響を与えるところ、同程度の粉砕作用を受けていれば、溶出に寄与する粒子表面の状態が相互に類似するものになると考えられる。このため、上述の溶出操作法によれば、結果として、全ての重金属等の公定法による溶出量を、統一した溶出操作条件により(言い換えると、同一の検液が用いられて)、高い精度で再現することが可能であることが確認された。
《検証例2》
本発明に係る溶出量測定方法を、環境庁告示第46号において定められている溶出試験法(即ち、公定法)によって得られる溶出量値を予測/推定/再現する方法として用いた場合の妥当性の他の検証例を図4乃至図13を用いて説明する。本検証例では特に、本発明に係る溶出量測定方法において第二段階の処理として用いられ得る、同一検液で6価クロム,6価セレン及び4価セレン,並びに5価ヒ素及び3価ヒ素の三種の重金属類を定量することができる溶液分析法(即ち、二段階キレート剤捕集+XRF測定法)について、公定法における定量手法による溶出量値との相関性が検証された。
本検証例では、分析対象試料としてフライアッシュが用いられた。
第1 分析条件の検討
(試薬および溶液調製)
a)標準試料
3価クロム,6価クロム,亜セレン酸(4価セレン),亜ヒ酸(3価ヒ素),ヒ酸(5価ヒ素),及びコバルトの標準試料として、1000 mg/L の濃度調整済みの市販試薬(5価ヒ素:メルクミリポア,それ以外:和光純薬工業)が用いられ、適宜、超純水で希釈されて使用された。セレン酸(6価セレン)の標準試料として、セレン酸ナトリウム(和光純薬工業)が用いられて濃度が1000 mg/L に調製され、他の標準試料と同様に希釈されて使用された。
b)DBDTC溶液(即ち、1w/v%のDBDTC溶液)
ジベンジルジチオカルバミン酸ナトリウム(東京化成)がメタノールで溶解され、孔径0.2 μm のメンブレンフィルタでろ過された上で使用された。
c)緩衝液
0.5mol/L 酢酸/酢酸ナトリウム緩衝液(pH4.0及びpH5.0)は、酢酸及び酢酸ナトリウムが用いられて、0.5mol/L 酢酸溶液及び0.5mol/L 酢酸ナトリウム溶液が調製され、適量混合されてpH4.0とpH5.0とに調整された。0.5mol/L リン酸緩衝液(pH2.0及びpH3.0)は、0.5mol/L リン酸溶液と0.5mol/L リン酸水素-ナトリウム溶液とが適量混合されてpH2.0とpH3.0とに調整された。0.5mol/L MOPS緩衝液(pH7.0)はMOPS溶液が水酸化ナトリウムでpH7.0に調整されて終濃度が0.5 mol/L に調整され、0.5mol/L MES緩衝液(pH6.0)はMES溶液が水酸化ナトリウムでpH6.0に調整されて終濃度が0.5 mol/L に調整された。
d)その他試薬
0.1% メチルオレンジ溶液(pH指示薬),1mol/L 塩酸,及び25% 水酸化ナトリウム溶液は、濃度調整済みの市販試薬(和光純薬工業)が用いられた。塩酸,チオ尿素,L-システイン塩酸塩-水和物,及び臭化カリウムは、和光純薬工業より入手された。
(標準試料の測定操作)
本検証例では、検液量が30 mL とされた。
DBDTCによる不溶化処理(「キレート剤処理」と呼ぶ)の基本的な操作手順は下記の通りである。
〈手順1〉0~0.05 mg/L の標準試料30 mL に対して、緩衝液2 mL と10mg/L コバルト標準液1 mL とを添加する。標準試料は、検量線の作成に必要とされる、濃度が異なる複数種類の標準液を調製する。本検証例では、具体的には、0,0.005,0.01,0.02,0.03,0.04,及び0.05 mg/L の7種類の標準試料を調製する。この7種類の標準試料から、キレート剤処理の条件検討と共に図6に示す検量線を作成する。
〈手順2〉恒温水槽中で30 ℃ に昇温した後、撹拌しながら、DBDTC溶液を1 mL 添加する。
〈手順3〉所定時間(具体的には例えば、20分間)、30 ℃ で放置して不溶化する。
〈手順4〉生成した不溶化物をメンブレンフィルタ(孔径0.2 μm,直径25 mm;ADVANTEC A020A025A;単に「フィルタ」と呼ぶ)で回収し、超純水で洗浄する。
〈手順5〉洗浄したフィルタは、予めXRF試料容器に取り付けて注射針で数箇所穴を開けたプロレンフィルム上に置き、10~15分間風乾する。
〈手順6〉新しいプロレンフィルムでフィルタを挟みこむように張り、XRF測定によって分析する。
キレート剤処理における検液のpHは、pH2からpH7の緩衝液が用いられて、各重金属についてキレート剤処理が行われ、X線強度から決定された。同様に、反応時間は、決定されたpH条件で5~40分間の範囲でキレート剤処理が行われて決定された。
(XRFと測定条件)
XRFは、ブルカー・エイエックスエス社製のEDXRF-S2 RANGER LEが使用されて行われた。測定条件を下掲の表1に示す。
X線管のターゲットはPdであり、管電圧50 kV,管電流1000 μAとされ、一次フィルタにCu(膜厚100 μm)が用いられた。蛍光X線の測定時間は20分間とされた。Cr,As,及びSeの測定X線はCr(Kα),As(Kα),及びSe(Kα)とされた。また、内部標準補正のために、Co(Kα)が測定された。
(検量線,検出限界,及び定量下限)
XRFで測定したCr(Kα),As(Kα),及びSe(Kα)とCo(Kα)との相対強度(IX/Co)が用いられ、検液の6価クロム,3価ヒ素,及び4価セレンの濃度(WX)に対する検量線(下記の数式1)が作成された。
[数1] IX/Co = aWX+b (a:係数/傾き,b:定数)
検出限界(LOD)及び定量下限(LOQ)は、検量線の傾き(a)と検量線の残差の標準偏差(σ)とが用いられて下記の数式2及び数式3から求められた。
[数2] LOD = 3σ/a
[数3] LOQ = 10σ/a
(6価セレン及び5価ヒ素の還元処理の条件検討)
石炭灰の溶出液中のセレンとヒ素との形態別分析に関する既往の知見によると、ヒ素とセレンとは主に5価ヒ素と4価セレンとの形態で検出されるが、3価ヒ素及び6価セレンとしての存在も報告されている。このため、溶出試験の検液のセレン(別言すると、全セレン)及びヒ素(別言すると、全ヒ素)の濃度は、それぞれ、4価セレンと6価セレンとの合計となり、また、5価ヒ素と3価ヒ素との合計となる。
5価ヒ素と6価セレンとは、前述の(標準試料の測定操作)の項目で決定した条件ではDBDTCによる不溶化を起こさないため、4価セレンと3価ヒ素とに還元する必要がある。
5価ヒ素の還元処理として、L-システイン,チオ硫酸ナトリウム,及びヨウ素カリウムなどの薬剤を用いる方法が検討された。一方、6価セレンの還元処理については、塩酸,チオ尿素,L-システインなどの還元剤を用いる方法が検討された。
本検証例では、同一の検液における5価ヒ素と6価セレンとの同時還元処理も可能であるようにするため、条件を満たす還元剤及びその処理条件が検討された。
還元剤としてチオ尿素,L-システイン,及びヨウ素カリウムが用いられ、塩酸酸性条件下(具体的には、塩酸1/10 vol.添加)で6価セレンと5価ヒ素との標準液の還元処理が行われた後、上述のDBDTCによる不溶化処理(即ち、キレート剤処理)の基本的な操作手順に従って蛍光X線強度が測定され、還元剤が選定された。
選定された還元剤について、pH,反応温度,添加量,及び処理時間の条件検討が行われ、6価セレンと5価ヒ素とのいずれについても最も高い蛍光X線強度が得られる最適条件が決定された。
(6価セレン及び5価ヒ素の測定操作)
下記は、チオ尿素の還元処理による6価セレンや5価ヒ素などの回収率を検討するために実施された手順である。
上述の(6価セレン及び5価ヒ素の還元処理の条件検討)の項目での検討を踏まえた6価セレン及び5価ヒ素の還元処理の条件を下掲の表2に示す。
還元処理を含む測定手順は下記の通りである。
〈手順1〉6価セレン及び5価ヒ素を含む標準試料30 mL に対して、1% メチルオレンジ溶液0.1 mL,塩酸3 mL を添加する。塩酸添加量は、液量に対して1/10程度である。
〈手順2〉70 ℃ の恒温水槽中で10分間放置後、撹拌しながら、チオ尿素を1 g 添加する。
〈手順3〉70 ℃ の恒温水槽中で10分間放置後、氷水中で室温まで急冷する。
〈手順4〉25% 水酸化ナトリウム溶液を9乃至9.5 mL 添加する。
〈手順5〉1mol/L 塩酸または1mol/L 水酸化ナトリウム溶液で検液を橙色に調整する。
〈手順6〉酢酸/酢酸ナトリウム酸緩衝液(pH4)2 mL 及び10mg/L コバルト標準液1 mL を添加する。
〈手順7〉恒温水槽中で30 ℃ に昇温した後、撹拌しながら、DBDTC溶液を1 mL 添加する。
〈手順8〉所定時間(具体的には例えば、20分間)、30 ℃ で放置して不溶化する。
〈手順9〉生成した不溶化物をメンブレンフィルタ(孔径0.2 μm,直径25 mm;「フィルタ」と呼ぶ)で回収し、超純水で洗浄する。
〈手順10〉洗浄したフィルタは、予めXRF試料容器に取り付けて注射針で数箇所穴を開けたプロレンフィルム上に置き、10~15分間風乾する。
〈手順11〉新しいプロレンフィルムでフィルタを挟みこむように張り、XRF測定によって分析する。
(キレート剤処理における検液pH、反応時間の影響)
キレート剤処理におけるX線強度に対する検液pHの影響を図4に示す。6価クロムではpH3~4の範囲で,3価ヒ素及び4価セレンではpH2~6の範囲で高いX線強度が得られた。3価クロムと5価ヒ素とはpH2~4の範囲でX線強度は小さく、pH6以上で大きくなった。6価セレンは、実施した範囲のpH(具体的には、pH2~7)ではX線強度は小さく、DBDTCによってほとんど不溶化しないことが確認された。
石炭灰の溶出試験では、クロムの測定対象は6価クロムであるため、3価クロムが不溶化しないpH3~4が適当であると考えられた。また、この範囲では、4価セレンと3価ヒ素とも同時に不溶化が可能である。一方、6価セレンと5価ヒ素とはこの条件では不溶化しないため、還元処理によって4価セレンや3価ヒ素にする必要がある。
6価クロム,4価セレン,及び3価ヒ素の標準試料について、キレート剤処理の処理時間によるX線強度の影響を図5に示す。実施した範囲の処理時間(具体的には、5分~40分)では、Cr(Kα),Se(Kα),及びAs(Kα)のXRF強度は、ほとんど変わらなかった。
以上の結果から、6価クロム,4価セレン,及び3価ヒ素に対するキレート剤処理は表1に示す条件で行うことが好ましいと判断された。また、6価セレンと5価ヒ素とは、表1の条件では不溶化しないため、別途、4価セレン及び3価ヒ素への還元処理が必要であると考えられた(条件検討について、後述の(6価セレン及び5価ヒ素の還元処理の検討)の項目を参照)。
(検量線と検出下限及び定量限界)
6価クロム,4価セレン,及び3価ヒ素の標準液による検量線を図6に示す。検量線は、検液の6価クロム,4価セレン,及び3価ヒ素の濃度に対する蛍光X線の相対強度で表された。相関の決定係数(r2)はすべて0.99以上となっており、良好な直線関係が得られた。
検量線の残差標準偏差から検出限界及び定量下限が算出されると共に、6価クロム,4価セレン,及び3価ヒ素について検液濃度がそれぞれ200 μg/L,30 μg/L,及び30 μg/L において5回繰り返して測定された際の変動係数が求められた。検出限界及び定量下限並びに変動係数ついて下掲の表3に示す結果が得られた。
検出限界はそれぞれ8 μg/L,3 μg/L,1 μg/Lであり、定量下限はそれぞれ27 μg/L,8 μg/L,4 μg/Lであった。変動係数はそれぞれ1.5%,1.5%,3.3%であり、十分な精度が確保された。
(6価セレン及び5価ヒ素の還元処理の検討)
図7に、6価セレンと5価ヒ素とに対して三種の還元剤による還元処理を実施した後の、キレート剤処理によるX線強度の結果を示す。
5価ヒ素に対しては、L-システイン及びチオ尿素を添加した場合に高いX線強度が得られた。一方、6価セレンに対しては、チオ尿素のみX線強度が得られた。このため、以降はチオ尿素による還元処理の条件検討が行われた。
図8に、チオ尿素の還元処理における検液pH,反応温度,添加量,及び反応時間を検討した結果を示す。
還元処理における検液pHは塩酸酸性(具体的には、塩酸1/10 vol.添加)からpH4までの範囲で調整され、6価セレンと5価ヒ素とのいずれも塩酸酸性でのみ高いX線強度が得られた。
反応温度は30~90 ℃ の範囲で調整され、6価セレンは70 ℃ で、5価ヒ素は50~70 ℃ で、それぞれ高いX線強度が得られた。
添加量は0.2~1 g/30mL の範囲で調整され、5価ヒ素についてはほとんど影響しなかった一方で、6価セレンでは添加量が大きいほどX線強度が高い傾向が見られた。
反応時間は5~30分の範囲で調整され、5価ヒ素についてはほとんど影響しなかった一方で、6価セレンでは10分~20分でX線強度は高く、それ以上では逆に低下する傾向が見られた。
以上の条件検討を踏まえて、6価セレンと5価ヒ素とを同時に還元処理する条件として、還元剤としてチオ尿素を使用し、塩酸酸性条件下で、還元剤添加量1 g/30mL,温度70 ℃,且つ反応時間10分間が好ましいと考えられた(表2)。これらの条件の場合の収率は97.1~101.3%と高く、処理時間としては十分であることが分かった。
6価セレン及び5価ヒ素の標準液に対し、決定した条件で還元処理,キレート剤処理が実施され、前述の(検量線と検出下限及び定量限界)の項目の検量線が用いられて測定が行われた(図9)。
検量線が用いられての測定の結果、6価セレンでは、標準試料濃度と測定値との間に傾き0.922,相関の決定係数r2=0.999の高い直線性が得られた。5価ヒ素についても、傾き0.938,r2=0.998の高い直線性が得られた。それぞれの収率は、検液濃度が高いほど収率が低下する傾向が見られたものの、平均で94%,101%が確保された。
4価セレンと3価ヒ素との標準液に対しても同様に還元処理が行われた場合、3価ヒ素では、傾き1.015,r2=0.999と高い相関が維持されており、還元処理が測定値に影響しないことが分かった。一方、4価セレンでは、傾きが0.895となり、特に濃度の高い検液(具体的には、40~50 μg/L)で90%程度まで収率の低下が見られた。これは、チオ尿素による還元処理により、4価セレンの一部が還元されたことを示している。
なお、(具体的な結果はここでは示さないが)6価クロムは、チオ尿素による還元剤処理後、キレート剤で不溶化しないことが確認された。
したがって、溶出試験のセレンの測定の精度を維持するためには、4価セレンをキレート剤処理して除去した後に還元処理を行うことが望ましいと考えられた。
以上より、同一の検液から6価クロム,全セレン,及び全ヒ素の分析をするため、検液中の6価クロム,4価セレン,及び3価ヒ素をキレート剤で不溶化し、そのろ液を還元処理して6価セレン及び5価ヒ素を分析する手順が望ましいと考えられた。
(石炭灰(フライアッシュ)溶出液の分析手順の確立)
本検証例では、同一の検液における6価クロム,セレン,及びヒ素の同時測定(言い換えると、一連の操作による測定)も可能にする手順が検討された。
6価セレンと5価ヒ素との還元処理によって6価クロムも還元されるため、6価クロム,4価セレン,及び3価ヒ素をキレート剤処理し、そのろ液を還元処理してからキレート剤処理する手順が検討された。
検液のpHはフライアッシュによって中性付近からpH12以上までの範囲で異なり、酢酸/酢酸ナトリウム緩衝液のみでは検液のpH調整が困難であった。そこで、簡便にpHを調整するために、メチルオレンジの変色を指標に大まかにpHが調整され、その後、緩衝液が添加されることが検討された。
ここで、6価セレンと5価ヒ素との還元処理後のキレート剤処理においてpH4に調整される場合に不快な臭いが発生する場合があることが明らかになった。pHが低い条件では臭いの発生が小さいため、本検証例では、ドラフトを使用できない測定環境が想定され、還元処理後の検液はリン酸緩衝液(pH2)が用いられてpH2の条件でキレート剤処理が行われることとされた。
標準試料では、4価セレン,3価ヒ素,及び内部標準であるコバルトは、pH1~4の範囲でキレート剤処理が行われてもX線強度にほとんど差がないことが確認されており(図10)、pHが変更されても問題がないと考えられた。また、還元処理後の検液がキレート剤処理される場合、フィルタによる回収時に目詰まりが起こり、ろ過できないことがわかった。そこで、還元処理後のキレート剤処理では、コバルトの添加量を増加させて目詰まりを防ぐ対策が必要とされた。
以上の検討を踏まえて、フライアッシュの溶出液/検液の6価クロム,セレン,及びヒ素の測定では下記の(分析手順)の項目に整理する手順及び図11の測定手順が採用された。
第2 石炭灰(フライアッシュ)溶出試験検液の分析
(供試検液)
国内の石炭火力発電所で発生した43種類のフライアッシュを供試し(種類毎の試料数n=2で実施)、環境庁告示第46号において定められている溶出試験法による検液が得られた。得られた検液について、二段階キレート剤捕集+XRF測定法によって6価クロム,全セレン,及び全ヒ素の濃度が測定され、また、公定法としてJIS K 0102に準拠したジフェニルカルバジド吸光光度法によって6価クロムの濃度が測定されると共に水素化物発生ICP発光分光分析法によって全セレン及び全ヒ素の濃度が測定された。
(分析手順)
フライアッシュの溶出試験の同一の検液(尚、30 mL である)に対して、6価クロム,全セレン,及び全ヒ素を測定する手順を図11に示す。具体的な操作手順は下記の通りである。
〈手順1〉検液30 mL に、0.1% メチルオレンジ溶液(和光純薬工業)を0.1 mL 添加し、橙色(即ち、pH3~4)になるまで1mol/L 塩酸を添加する。なお、メチルオレンジの添加は、その色の変化を見ながら水酸化ナトリウム溶液の添加するための指標とするためのものである。
〈手順2〉0.5mol/L 酢酸/酢酸ナトリウム緩衝液(pH4)を2 mL 添加する。
〈手順3〉10mg/L コバルト標準液を1 mL 添加する。
〈手順4〉恒温水槽中で30 ℃ に昇温した後、撹拌しながら、1w/v% DBDTC溶液を1 mL 添加する。
〈手順5〉20分間、30 ℃ で放置して不溶化する。DBDTCによって6価クロム,4価セレン,及び3価ヒ素が不溶化される。
〈手順6〉生成した不溶化物をフィルタで回収し、少量の超純水で洗浄する。
〈手順7〉ろ液及び洗浄液を回収する。
〈手順8〉上記の〈手順6〉で洗浄したフィルタは、予めXRF試料容器に取り付けて注射針で数箇所穴を開けたプロレンフィルム上に置き、10~15分間風乾する。
〈手順9〉新しいプロレンフィルムでフィルタを挟みこむように張り、XRF測定によって分析する。DBDTCによって不溶化されたCr(VI),Se(IV),As(III)が定量される。
〈手順10〉上記の〈手順7〉で回収したろ液(約50 mL)に1/10程度の塩酸を添加(例えば、5 mL 程度)する。
ろ過後にフィルタや器具(具体的には、ビーカーなど)を洗浄し、その洗浄液も回収して分析に供試することにより、検液量が50 mL 程度に増加する。なお、ろ液に対してはメチルオレンジの追加の添加はされていない。検液30 mL に添加した1% メチルオレンジがろ液中に残留しているため、また、臭い発生の抑制のため、ろ液でのpH調整は、pH2付近に変更されていることから、メチルオレンジの色の変化には着目していない。
〈手順11〉約70 ℃ に昇温後、スターラーで撹拌しながら、チオ尿素を2 g 添加する。チオ尿素は1 g/30mL(即ち、30 mL の液量に対して1 g)以上の割合で添加することが好ましいので、約50 mL のろ液に対しては2 g を添加する。
〈手順12〉70~75 ℃ 恒温水槽に10分間静置する。
〈手順13〉氷水中で室温まで急冷する。
〈手順14〉25% 水酸化ナトリウム溶液を9 mL 添加する。
〈手順15〉0.5mol/L りん酸緩衝液(pH2.0)を2 mL 添加する。
〈手順16〉10mg/LのCo標準液を3 mL 添加する。
〈手順17〉30 ℃ に昇温後、1w/v% DBDTC溶液を2 mL 添加する。
〈手順18〉20分間、30 ℃ で放置して不溶化する。
〈手順19〉生成した不溶化物をフィルタで回収し、少量の超純水で洗浄する。
〈手順20〉洗浄したフィルタは、予めXRFの試料容器に取り付けて注射針で数箇所穴を開けたプロレンフィルム上に置き、10~15分間風乾する。
〈手順21〉新しいプロレンフィルムでフィルタを挟みこむように張り、XRF測定によって分析する。6価セレン及び5価ヒ素を定量する。6価セレン及び5価ヒ素の定量は、上記の〈手順4〉及び〈手順5〉のDBDTCでは不溶化されずにろ液中に残った6価セレンと5価ヒ素とを、チオ尿素の添加による還元処理で4価セレンと3価ヒ素とにしてからDBDTCで不溶化することによって行われる。すなわち、還元処理で4価セレンと3価ヒ素とにして不溶化されてフィルタに捕集された値を等価6価セレン及び等価5価ヒ素として定量する。
(濃度計算)
a)6価クロム
本検証例の条件では、3価クロムはDBDTCによって不溶化されないため、XRFで検出されるクロムは6価クロムとして扱われた。検量線は、6価クロム標準液のCr(Kα)とCo(Kα)との相対強度が用いられて作成された(上述の数式1)。
また、フライアッシュの溶出液/検液には、バナジウムが検出され、Cr(Kα)とV(Kβ)との蛍光X線が重なるため、重なり補正が行われ、溶出液/検液の6価クロムが算出された。重なり補正は、下記の手順によって行われた。
〈手順1〉バナジウム標準液(和光純薬工業)を用いてV(Kα)の相対強度(IV/Co)から上述の数式1によってバナジウムの検量線を作成する。この検量線から、バナジウム濃度WVが求まる。
〈手順2〉バナジウム標準液のCr(Kα)の相対強度(ICr/Co)から6価クロムの検量線を用いて見かけ上のCr濃度(WVCr)を計算し、下記の数式4から重なり補正係数(lV)を求める。
[数4] WVCr = lVWV+c (c:定数)
〈手順3〉溶出液/検液のCr(Kα)とV(Kβ)との蛍光X強度ICr/Co,IV/Coから各検量線を用いて見かけ上の6価クロム濃度XCr’とバナジウム濃度XVとを求め、下記の数式5から溶出液/検液の6価クロム濃度XCrを算出する。
[数5] XCr = XCr’+lVWV
b)セレン,ヒ素
全セレンの濃度及び全ヒ素の濃度は、それぞれ、溶出液/検液中の6価セレンの濃度と4価セレンの濃度との和、及び、3価ヒ素の濃度と5価ヒ素の濃度との和として求められた。
4価セレン,3価ヒ素標準液のSe(Kα),As(Kα)とCo(Kα)との相対強度から検量線が作成され、溶出液/検液中のセレン濃度,ヒ素濃度が算出された。還元処理を行う6価セレンと5価ヒ素との測定では、キレート剤処理におけるコバルトの添加量が異なるため、別途、コバルト添加量を変更した検量線が作成され、濃度が算出された。
供試した石炭灰のうちの1試料について、溶出液/検液中に低濃度の鉛が検出された。鉛のPb(Lα)はAs(Kα)と蛍光X線が重なるため、当該試料のみ下記の重なり補正が行われた。
〈手順1〉前述と同様に鉛標準液(和光純薬工業)を用いて、Pb(Lβ)による鉛の検量線を作成する。
〈手順2〉鉛濃度(WPb)と見かけ上のヒ素濃度(WPbAs)とから下記の数式6を用いて重なり補正係数(lpb)を求める。
[数6] WPbAs = lpbWPb+c (c:定数)
〈手順3〉Pb(Lβ)はSe(Kβ)の蛍光X線と近いため、Se(Kα)の検量線から算出したセレン濃度(WSe)と見かけ上の鉛濃度(WSePb)とから下記の数式7を用いて重なり補正係数(lSe)を求める。
[数7] WSePb = lSeWSe+c (c:定数)
〈手順4〉ヒ素濃度(XAs)は、二種の重なり補正係数と見かけ上のヒ素濃度(X'As)とを用いて下記の数式8より計算する。
[数8] XAs = X'As-lPb(X'Pb-lSeWSe)
(溶出液の測定結果)
43種類のフライアッシュからの溶出液/検液、86検体について、二段階キレート剤捕集+XRF測定法による測定値と公定法による測定値との比較として両測定値の相関の様相を表す散布図が作成され、図12に示す結果が得られた。
双方の測定値には、6価クロムで傾き0.957,相関の決定係数r2=0.993の直線が得られ、高い相関が確認された。また、セレン及びヒ素についても、それぞれ、傾き1.032,相関の決定係数r2=0.989、並びに、傾き1.025,相関の決定係数r2=0.997の高い相関が確認された。
図13に、溶出液/検液中の全セレンに対する6価セレンの割合([Se(VI)]/[Se])(同図(A)),全ヒ素に対する5価ヒ素の割合([As(V)]/[As])(同図(B))のヒストグラムを示す。
溶出液/検液の[Se(VI)]/[Se]は低く、[As(V)]/[As]は高い傾向があり、溶出液/検液中には主に4価セレン,5価ヒ素が含まれていることが確認された。セレンについては、6価セレンは或る程度(具体的には、~3割程度)含まれる場合があることが分かった。一方、全ヒ素中の5価ヒ素の割合については、検液中のヒ素のほとんどが5価ヒ素であった。
したがって、溶出液/検液中の全セレンと全ヒ素とを精度良く測定するためには、還元処理を伴う6価セレンと5価ヒ素との測定も必須であると考えられた。
溶出液/検液のヒ素の測定において、フライアッシュ1試料について、検液に低濃度の鉛が検出され、Pb(Lα)に対する重なり補正が必要であった。この検体では、3価ヒ素の測定値が異常に高い特徴があったことから、3価ヒ素の測定値が高い場合には、鉛の影響を考慮することが望ましいと考えられた。
以上の結果から、上述の溶液分析法(即ち、二段階キレート剤捕集+XRF測定法)によれば、環境庁告示第46号において定められている溶出試験法よりも極めて迅速かつ簡易でありながら相関性の高い分析、即ちフライアッシュに含まれている重金属類の定量を行うことが可能であることが確認された。
《検証例3》
本発明に係る溶出量測定方法を、環境庁告示第46号において定められている溶出試験法(即ち、公定法)によって得られる溶出量値を予測/推定/再現する方法として用いた場合の妥当性の更に他の検証例を図14を用いて説明する。
本検証例では、品質工学のパラメータ設計手法(田口ほか「ベーシック オフライン品質工学」,日本規格協会,2007年)が用いられて、ヒ素(As),セレン(Se),6価クロム(Cr(VI)),及びフッ素(F)を対象として好適な溶出操作条件に関する分析が行われた。すなわち、複数の溶出操作条件(別言すると、制御因子)についてパラメータ設計による分析が行われた。
分析対象試料としてフライアッシュが用いられ、パラメータ設計においては11検体の試料を対象としてそれぞれ直交表に基づく試験が実施され、好適な溶出操作条件に関する分析が行われた。
往復振とう処理は、Retsch社製 MM400型ミキサーミル(尚、水平往復振とう機である)が用いられて行われた。
パラメータ設計における直交表として下掲の表4に示すL18(具体的には、61×36)直交表が使用された。
直交表のa,b,f,g列にそれぞれ制御因子として「ビーズ素材・粒径」,「振とう周期」,「振とう時間」,「ビーズ投入量」が割り付けられ(下掲の表5)、残りの列は誤差項とされた。
本検証例では、制御因子のそれぞれについて複数の仕様/条件が設定された。
1)粉砕用ビーズの素材:ソーダガラス(比重2.5 g/cm3),
ナイロン6(比重1.15 g/cm3)
2)粉砕用ビーズの形態及び粒径/長さ:
球体・直径2.0 mm,球体・直径1.2 mm,球体・直径0.6 mm,
円柱体・直径1.0 mm/長さ1.0 mm,
円柱体・直径0.8 mm/長さ0.8 mm,
円柱体・直径0.6 mm/長さ0.6 mm
※上記1と2との組み合わせに関して「ビーズ素材・粒径」として6水準が設定された。
3)往復振とうの周期:10 Hz(即ち、回転数600 rpm),
15 Hz(即ち、回転数900 rpm),
20 Hz(即ち、回転数1200 rpm)
4)往復振とうの時間:25分,45分,90分
5)粉砕用ビーズの投入量:ナイロンについて3.9 g,5.9 g,8.8 g
ガラスについて8.6 g,13.0 g,19.5 g
18種の直交表試験の評価基準となるSN比(動特性)については、濃度レベルの異なるヒ素,セレン,及び6価クロムの試験結果について結果の良否を相互に比較する必要があることから、エネルギー比型SN比(鶴田明三「エネルギー比型SN比」,日科技連出版社,2016年)における、動特性-ゼロ点比例式によるSN比が用いられた。このSN比の計算においては、まず、公定法溶出量値と本発明による溶出量値との関係における回帰直線を求め、次に回帰直線から得られる予測値と本発明の実測値との間の差の2乗和(SN)を求め、その次に予測値の2乗和(Sβ)を求める。SN比とはSβのSNに対する比の対数値を10倍することで求められる値である。SN比の単位はdb(デシベル)である。
分析対象物質はヒ素(As),セレン(Se),6価クロム(Cr(VI)),及びフッ素(F)とされ、各物質の溶出量の定量は、ヒ素,セレン,及び6価クロムについては二段階キレート剤捕集+XRF測定法によって行われ、フッ素についてはJIS K 0102において定められているイオンクロマトグラフ法によって行われた。
また、環境庁告示第46号において定められている溶出試験法(即ち、公定法)が用いられて、分析対象試料であるフライアッシュの分析対象物質毎の溶出量が定量された。公定法の溶出試験における各物質の溶出量の定量は、JIS K 0102において定められている手法が用いられて行われ、具体的には、ヒ素及びセレンについてはICP発光分光分析法によって行われ、6価クロムについては吸光光度法によって行われ、フッ素についてはイオンクロマトグラフ法によって行われた。
パラメータ設計の溶出試験の結果としての直交表条件18種類それぞれの、公定法による溶出量の予測性能の評価として、エネルギー比型SN比が計算された。直交表条件18種類それぞれについて分析対象物質別のエネルギー比型SN比が算出され、図14に示す結果が得られた。
図14に示す結果から、ヒ素,セレン,6価クロム,及びフッ素のいずれについても実験No.13がSN比が大きく良好な予測性能(言い換えると、再現性)を示すことが確認された。
直交表において、各制御因子の水準毎に値を集計することにより、SN比の要因効果図が作成され、図15に示すSN比の要因効果図が得られた。要因効果図の縦軸は、公定法の溶出量の再現性(SN比)を向上するために好適な制御因子の水準を明らかにするものである。
図15に示す結果から、粉砕用ビーズに関しては、セレンとフッ素の溶出量の再現についてはガラスビーズ大(直径2.0 mm)が最も好適であり、ヒ素と六価クロムの再現についてはガラスビーズ中(直径1.0 mm)が最も好適であることが確認された。
振とう速度に関しては、ヒ素とフッ素と六価クロムについては10 Hz が最も好適であり、セレンについては20 Hz が最も好適であることが確認された。
攪拌時間はセレンとフッ素については90分が最も好適であることが確認された。
図15に示す結果から、ヒ素,セレン,及び六価クロムの全てに対して共通に利用可能な制御因子の組み合わせを選択する場合、ヒ素と六価クロムに関しては振とう時間を長くすることによるSN比の改善はほとんど期待できないことから、SN比を高く維持するためにはガラスビーズ中(直径1.2 mm)と振とう速度10 Hz とを選択する必要があることが確認された。一方、セレンに関しては、ガラスビース中(1.2 mm)は2番目にSN比への寄与が高い条件である。また、振とう時間を90分とすれば、SN比の向上が期待できる。
以上の理由により、ガラスビーズ(直径1.2 mm),振とう速度10 Hz,及び振とう時間90分、すなわち前記の実験No.13に相当する条件がヒ素,セレン,及び六価クロムの共通の溶出条件として好適であると判断された。
同様に感度(公定法との回帰式の勾配の2乗値を求め、この対数値を10倍した値)に関する要因効果図が作成され、図16に示す結果が得られた。
図16に示す結果から、重金属が溶出しやすい攪拌条件下では感度は大きくなることが確認された。ビーズの素材の違いがヒ素と六価クロムの感度に影響し、ヒ素については、ガラスビーズ使用時の感度が高く、対して六価クロムはナイロンビーズ使用時の感度が高い結果を示した。ガラスビーズ用いた場合には、六価クロムの感度が低下することから、六価クロムの感度を高く維持する観点からも、振とう時間は90分を選択することが好適と判断された。
《検証例4》
本発明に係る溶出量測定方法を、環境庁告示第46号において定められている溶出試験法(即ち、公定法)によって得られる溶出量値を予測/推定/再現する方法として用いた場合の妥当性のまた更に他の検証例を図17乃至図20を用いて説明する。
本検証例では、分析対象試料としてフライアッシュが用いられ、下記の〈手順1〉乃至〈手順4〉が行われて分析対象物質としてヒ素(As),セレン(Se),6価クロム(Cr(VI)),及びフッ素(F)の溶出量が定量された。
〈手順1〉50 mL コニカルチューブに、フライアッシュ3.5 g,粉砕用ビーズ,及び純水35 mL を投入する。
〈手順2〉振とう機(具体的には、Retsch社製 MM400型ミキサーミル;尚、水平往復振とう機である)に専用50 mL 用アダプタを取り付けて内部にコニカルチューブをセットし、90分間の振とう攪拌を行う。
〈手順3〉コニカルチューブを直ちに取り出し、0.45 μm のメンブレンフィルタで濾過する。
〈手順4〉メンブレンフィルタ及びろ液を用いて、分析対象物質としてのヒ素,セレン,6価クロム,及びフッ素の溶出量を定量する。
上記の〈手順4〉における各物質の溶出量の定量は、ヒ素,セレン,及び6価クロムについては二段階キレート剤捕集+XRF測定法によって行われ、フッ素についてはJIS K 0102において定められているイオンクロマトグラフ法によって行われた。
本検証例では、下記の項目のそれぞれについて複数の仕様/条件が設定された。
1)粉砕用ビーズの材質:ソーダガラス,ナイロン6(PA6)
2)粉砕用ビーズの形態及び粒径/長さ:
球体・直径1.2 mm,円柱体・直径0.6 mm/長さ0.6 mm
3)粉砕用ビーズの投入量:13.0 g,3.9 g
4)往復振とうの振動数:10 Hz(即ち、回転数600 rpm),
20 Hz(即ち、回転数1200 rpm)
そして、上記項目毎の仕様/条件が組み合わされて下掲の表6に示す三つの検証ケースA乃至Cが設定された。
また、基準ケースとして、公定法(即ち、環境庁告示第46号や環境庁告示第13号において定められている溶出試験法)が用いられて、分析対象試料であるフライアッシュの分析対象物質毎の溶出量が定量された。
基準ケースにおける各物質の溶出量の定量は、JIS K 0102において定められている手法が用いられて行われ、具体的には、ヒ素及びセレンについてはICP発光分光分析法によって行われ、6価クロムについては吸光光度法によって行われ、フッ素についてはイオンクロマトグラフ法によって行われた。
20種類のフライアッシュ試料のそれぞれについて、検証ケースA乃至Cの各々の仕様/条件が適用されて〈手順1〉乃至〈手順4〉が行われて分析対象物質毎の溶出量が定量され、また、公定法(JIS K 0102に規定の分析法を含む)が行われて分析対象物質毎の溶出量が定量された。
検証ケースA乃至Cそれぞれの、公定法による溶出量の予測性能の評価として、エネルギー比型SN比(鶴田明三「エネルギー比型SN比」,日科技連出版社,2016年)が計算された。検証ケースA乃至Cそれぞれについて分析対象物質別のエネルギー比型SN比が算出され、下掲の表7に示す結果が得られた。
検証ケースA乃至Cそれぞれの、公定法による溶出量の予測性能の評価として、さらに、公定法による溶出量との相関の決定係数が計算された。検証ケースA乃至Cそれぞれについて分析対象物質別の相関の決定係数が算出され、下掲の表8に示す結果が得られた。
表7や表8に示す結果から、ヒ素,セレン,及び6価クロムについて検証ケースBがSN比が大きく良好な予測性能(言い換えると、再現性)を示し、フッ素についてもSN比は検証ケースAと比べて僅かに小さいものの検証ケースBが良好な予測性能(再現性)を示すことが確認された。
さらに、公定法による分析対象物質毎の溶出量と検証ケースBによる分析対象物質毎の溶出量との相関の様相を表す散布図が作成され、図17乃至図20に示す結果が得られた。なお、図17乃至図20の図中の表示の意味は下記の通りである。
公定法:公定法の溶出量
開発法:検証ケースBの溶出量
yの式:公定法の溶出量xと検証ケースBの溶出量yとの間の相関関係を表す回帰式
r2:相関の決定係数
n:試料数
網掛け:二段階キレート剤捕集+XRF測定法の定量下限以下の範囲
図17乃至図20に示す結果から、検証ケースBは、ヒ素,セレン,及び6価クロムについて特に良好な相関(別言すると、予測性能,再現性)を示し、フッ素についても良好な相関を示すことが確認された。ここで、検証ケースBの仕様/条件は上述の《検証例3》における実験No.13の仕様/条件と同じであり、このことも合わせて、検証ケースBの仕様/条件が用いられることにより、ヒ素,セレン,6価クロム,及びフッ素について、公定法による溶出量を良好な精度で予測/再現可能であることが確認された。
以上の結果から、本発明に係る溶出量測定方法によれば、溶出操作法に纏わる仕様/条件が適切な範囲に設定されることにより、ヒ素,セレン,6価クロム,及びフッ素について、公定法による溶出量を良好な精度で予測/再現可能であることが確認された。加えて、ヒ素,セレン,及び6価クロムについては、一回の(別言すると、同一の)溶出操作によって得られる同一の検液に対する一連の操作である二段階キレート剤捕集+XRF測定法によって溶出量の定量が実施可能であり、つまり同時定量可能であることが確認された。