JP7270938B2 - Pid制御装置の自動調整方法 - Google Patents

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Description

本発明は、PID制御装置のPID設定値を自動で調整する方法に関する。
例えばビル等の空調システムにおける空調プロセスの制御を含めて、一般にプロセス量の制御としてはPID制御を用いることが多い。一般の空調システムにおいて、PID制御の適正な設定値は、用途や規模、システムの構成などによって異なるため、それに適したPID設定値(比例ゲインKp、積分時間Ti、微分時間Td)を設定しないと、ハンチング現象を起こしたり、目標値に近づくまでの時間が非常に長くなったりするなど、制御上の不具合が発生する。これを防ぐため、例えばセントラル空調システムの場合、専門の調整員がシステムに合わせて試運転段階で試行錯誤して適正な設定値を決めていたが、これには多大な労力と時間を要していた。
適正なPID設定値を計算から推定・決定する手法として、例えばバルブ開度などのシステムの入力uに強制的にステップ応答を加え、例えば室温などのシステムの出力yの変化量を見て、システムの時間遅れ特性を把握し、すなわちシステム同定を行い、導出する手法がある。これはステップ応答法又はオートチューニング機能と呼ばれ、様々なPID制御機構で実用化されている。このステップ応答法は、入力uと出力yの関係をはっきりと読み取ることができ、比較的正確なシステム同定が可能となるが、システムに意図的に外乱を加えることになり、連続運転が必要なシステムでの使用は好ましくない。また、一般的にシステムの時間遅れ特性は、各種運転パラメータ(負荷率や設定値など)によって変化するので、それぞれの運転条件に合わせたPID設定値を算出するには、その条件を再現して複数回ステップ応答試験を行うことが必要となり、手間と時間がかかる欠点がある。
一方、入力uに意図的な外乱を加えず、立ち上がり運転時や、通常のPID制御を行う中で、入力u及び出力yに生じた自励的振動からシステム同定を行い、PID設定値を調整する手法が提案されており、これはセルフチューニングなどと呼ばれる。一連のシステム同定・最適化動作を自動化することで、連続運転中に人の手を介することなく実施することが可能となり、前述のステップ応答法の欠点を補うことができる一方で、ステップ応答法に比べて入力uと出力yの関係をはっきりと読み取ることが困難な場合が多く、一般にシステム同定の精度に関しては、ステップ応答法に劣る場合が多いとされている。
PID設定値を決定する作業を軽減するため、これまでも種々の提案がなされている。例えば下記非特許文献1では、システム伝達関数を一次遅れ+むだ時間モデルと仮定し、実測データからARXモデルを用いてシステム同定を行い、適正なPID設定値を検討する手法が開示されている。他の手法として、下記特許文献1では、目標値と制御対象からフィードバックされた現在の制御量との偏差を基に制御対象に操作量を出力制御する際、前記制御ゲインを前記制御対象の特性を同定して得るようにしたセルフチューニング制御装置において、前記目標値を中心とした所定範囲に同定再開整定帯域幅を設定する手段と、前記同定再開整定帯域幅の外側の所定範囲にゲイン変更許可整定帯域幅を設定する手段と、前記制御量が前記同定再開整定帯域幅内に一旦入ったときは同定を中止させるとともに、この同定再開整定帯域幅から逸脱したときは同定を再開させ、前記制御量が前記ゲイン変更許可整定帯域幅を逸脱し、かつ前記再開された同定が収束したときに前記制御ゲインをその収束された同定結果に基づいて変更させる制御手段とを具備するセルフチューニング制御装置が開示されている。また、下記特許文献2では、プロセスパラメータ算出部が、制御系に対してステップ状の入力が印加されたときに、制御系の応答波形を観測することによって、プロセスの伝達関数を同定する伝達関数同定部と、各種の環境変数とプロセスパラメータの関係を記述するゲインスケジューリング部からなり、両者の出力するプロセスパラメータのうちいずれか一方を選択し、このいずれか一方の出力に基づいてPID設定値を算出する方法が開示されている。
昆潤一郎他、伝達関数を用いたARXモデルによるモデル同定法の実プロセスへの適用、第54回自動制御連合講演会、2011年、1620-1624頁
特開平2-153402号公報 特開平5-73104号公報
適正なPID設定値を自動で設定するには、常時連続して測定された時系列データの中から、システムの時間遅れ特性を同定するのに用いる時系列データを抽出する(切り出す)際、機械学習に適した部分を抽出することが重要であるが、上記非特許文献1及び特許文献1、2に開示された方法では、この点が全く考慮されていない。すなわち、抽出した時系列データには、システムの時間遅れ特性が同定できるように、入力u及び出力yの適度な時間変動が含まれており、さらに両者の時間遅れ関係が収まっている必要がある。このような時間遅れ関係が収められた部分の時系列データを抽出することによって、正確なシステムの同定が行えるようになるのである。このとき、抽出した時系列データの時間長さは、長時間であるほど外乱の影響が相対的に小さくなり、推定精度が向上すると考えられるが、実フィールドにおいて同じ運転状態(空調負荷)が続く時間には限りがあるので、必要かつ十分な時間長さで、学習データを分割・抽出する技術が求められる。
そこで本発明の主たる課題は、PID設定値を自動で調整できるようにすることで、労力の軽減を図るとともに、測定された時系列データのなかから、学習用に抽出する時系列データの抽出時間長さを自動で設定することにより、PID設定値の調整の手間を軽減し、制御精度の向上を図ることにある。
上記課題を解決するために請求項1に係る本発明として、空調負荷が成り行きで推移する実フィールドの空調システムにおいて、PID制御の対象となるシステムの入力u、出力y及びその他システムの時間遅れ特性に影響を与える負荷熱量及び風量を含む運転状態パラメータQの各連続時系列データを測定する第0工程と、
前記連続時系列データから、システム同定に必要な所定の抽出時間長さXのデータを抽出して抽出時系列データとし、その適/不適を判断する第1工程と、
適正と判断された前記抽出時系列データについて、対象システムをARXモデルに基づきシステム同定を行い、時定数T及びむだ時間Lを含むパラメータを得るとともに、その結果をデータベースに記録する第2工程と、
前記第2工程で求めた同定結果を基に、PID制御システムの動的シミュレーションを行い、PID設定値(比例ゲインKp、積分時間Ti、微分時間Td)を探索するとともに、その結果をデータベースに記録する第3工程と、
実機運転時に、現在の運転状態パラメータQに合った運転状態ごとに最適なPID設定値を、前記データベースから読み出し、実機の運転に反映する第4工程と、を順に繰り返すPID制御装置の自動調整方法であって、
前記第1工程において、前記抽出時系列データがシステム同定用のデータとして適正と判断するための条件として、直近のシステム同定で得た時定数Tとむだ時間Lをもとに、今回のシステム同定計算で用いる前記抽出時系列データの前記抽出時間長さXがX≧1.5(T+L)の範囲であることを含むことを特徴とするPID制御装置の自動調整方法が提供される。
上記請求項1記載の発明では、まず、第0工程において運転データの取得を行う。具体的には、空調負荷が成り行きで推移する実フィールドの空調システムにおいて、PID制御の対象となるシステムの入力u、出力y及びその他システムの時間遅れ特性に影響を与えるパラメータ、例えば空調負荷熱量や風量などの運転状態パラメータQの各連続時系列データを、常時連続的に測定する。次いで、第1工程において同定対象データの取捨選択を行う。具体的には、前記第0工程で測定された連続時系列データから、正確なシステム同定に必要な時間長さを有することなどを条件として所定の抽出時間長さXのデータを抽出して抽出時系列データとし、その適/不適を判断する。適正と判断された抽出時系列データについては、第2工程でシステム同定を行う。システム同定では、前記抽出時系列データについて、対象システムをARXモデルに基づきシステム同定を行い、時定数T及びむだ時間Lを含むパラメータを得るとともに、その結果をデータベースに記録する。そして、第3工程として最適PID設定値の算出を行う。具体的には、前記第2工程で求めた同定結果を基に、PID制御システムの動的シミュレーションを行い、PID設定値を探索するとともに、その結果をデータベースに記録する。その後、第4工程として計算結果を実機に反映する。実機運転時に、現在の運転状態パラメータQに合った運転状態ごとに最適なPID設定値を、データベースから読み出し、実機の運転に反映する。これらの工程を順に繰り返し行うことにより、PID設定値をそのときの運転状態に合わせて自動で調整可能なチューニング手法が得られる。
本発明では特に、前記第1工程において、前記抽出時系列データがシステム同定用のデータとして適正と判断するための条件として、直近のシステム同定で得た時定数Tとむだ時間Lをもとに、今回のシステム同定計算で用いる前記抽出時系列データの前記抽出時間長さXがX≧1.5(T+L)の範囲であることが含まれている。システム同定において、一次遅れパラメータ、特に時定数Tとむだ時間Lを正確に推定するには、入力uと出力yの時間遅れ関係が抽出時系列データ内に記録されている必要がある。言い換えると、両者の時間遅れ関係が反映された正確なシステム同定に必要な抽出時間長さXの抽出時系列データを用いることが重要である。この必要な抽出時間長さXを対象システムの時間遅れ特性に合わせて自動で調整するため、直近のシステム同定計算で得たパラメータ(時定数T及びむだ時間L)をもとに、今回のシステム同定計算で用いる抽出時系列データの抽出時間長さXを、X=A(T+L)(ここで、係数Aは正の実数)という導出式で算出する手法を用いる。前記係数Aについては、後述の実験で適正値を検討した結果、A≧1.5以上で良好な制御性能が得られたため、抽出時間長さXを時定数Tとむだ時間Lの合計値の1.5倍以上とした条件の下で、この抽出時系列データがシステム同定用のデータとして適正と判断する。
請求項2に係る本発明として、前記第1工程において、前記抽出時系列データがシステム同定用のデータとして適正と判断するための条件として、上記請求項1記載の条件に加え、直近のシステム同定で得た時定数Tとむだ時間Lをもとに、前記抽出時間長さXがX≦8.0(T+L)の範囲であることを含む請求項1記載のPID制御装置の自動調整方法が提供される。
上記請求項2記載の発明では、前述の抽出時間長さX=A(T+L)という導出式の係数Aを大きな値にするほど、抽出時間長さXが長くなって、システム同定時の外乱の影響が相対的に小さくなり、推定精度が向上すると考えられるが、負荷が成り行きで変化する実機において、同じ運転状態が続く時間には限りがある。対象システムとして業務用空調システムを想定した場合、昼休みは空調機の設定や空調負荷傾向が変更される可能性が高い時間帯として除外すると、午前・午後の空調機のスケジュール運転時間はともに、4~5時間程度が標準的である。また、標準的な業務用空調システムの時間遅れ特性(時定数T及びむだ時間L)について調査した結果、T+Lの値は900~1800秒が多いことが分かった。そこで、代表値として、空調機の連続運転時間(=抽出時間長さX)を4時間、T+Lを1800秒とすると、係数Aは抽出時間長さX/(T+L)=8となる。この結果から、抽出時系列データの抽出時間長さXが、時定数Tとむだ時間Lの合計値の8倍以下であるという条件の下で、抽出時系列データをシステム同定用のデータとして適正と判断する。
請求項3に係る本発明として、前記第1工程において、前記抽出時系列データがシステム同定用のデータとして適正と判断するための条件として、上記請求項1及び2記載の条件に加え、以下の(A)~(C)の全てを満たすことを含む請求項2記載のPID制御装置の自動調整方法が提供される。
(A)出力yの抽出時系列データに関し、指定した設定値rからの整定幅aを跨ぐ時間変動が1か所以上含まれていること、及び、入力uの抽出時系列データに関し、最小値uminと最大値umaxとの差Δuが、指定した値Δusetよりも大きいこと。
(B)出力yの抽出時系列データに関し、指定した設定値rからの整定幅bの中に全計測値が収まっていること。
(C)運転状態パラメータQの変動が、指定した下限値Qmin及び上限値Qmaxの間に収まっていること。
上記請求項3記載の発明では、前記第1工程において、前記抽出時系列データがシステム同定用のデータとして適正と判断するための条件として、上記請求項1及び2記載の条件に加え、上記(A)~(C)の3つの条件を規定している。
上記(A)は、入力u及び出力yに関し、両者の関係性を識別可能な時間変動が含まれていることを条件とするものである。ARXモデルを用いたシステム同定は、モデル予測値と実測値を比較し、両者の差が小さくなるように、モデル式の係数を調整(フィッティング)することで、対象システムの時間遅れ特性(時定数T及びむだ時間Lを含む)を推定する手法である。正確なフィッティングを行うには、入力u及び出力yの時系列データに、ノイズではない有意な時間変動(凹凸や極値)が含まれている必要がある。具体的には、出力yの抽出時系列データに関し、指定した設定値rからの整定幅aを跨ぐ時間変動が1か所以上含まれていること、及び、入力uの抽出時系列データに関し、時系列内の最小値uminと最大値umaxとの差Δuが、指定した値Δusetよりも大きいことを条件としている。
上記(B)は、出力yに関し、時系列内の時間変動が所定範囲内に収まっていることを条件とするものである。実用運転においては、立ち上がり運転の目標値へ到達する速さ(速応性)と、その後の定常運転でハンチングしないこと(安定性)が求められるが、本発明に係る方法では、特に出力yと設定値rとの差が小さい定常運転の場合を対象としている。具体的には、出力yの抽出時系列データに関し、指定した設定値rからの整定幅bの中に全計測値が収まっていることを条件としている。
上記(C)は、外乱の小さいことを条件とするものである。運転中の外乱の影響を少なくするため、本発明に係る方法では、抽出時系列データで外乱となり得る運転状態パラメータQ(例えば、負荷熱量や風量など)の変動が、指定した下限値Qmin及び上限値Qmaxの間に収まっていることを条件としている。
請求項4に係る本発明として、前記第3工程において、前記PID設定値を探索する際、CHR法を基に探索範囲を絞る請求項1~3いずれかに記載のPID制御装置の自動調整方法が提供される。
上記請求項4記載の発明では、PID設定値をベイズ推定のように乱数要素を含む手法でパラメータ探索するとき、探索する範囲内に複数の極値があると、本来の目的値とは異なる範囲を探索してしまうことがあるため、推定された一次遅れパラメータからCHR法に基づき大体の見当をつけて、その周囲を探索するようにする。
以上詳説のとおり本発明によれば、PID設定値が自動で調整でき、労力の軽減が図れるとともに、測定された時系列データのなかから、学習用に抽出する時系列データの時間長さが自動で設定でき、PID設定値の調整の手間が軽減され、制御精度が向上できるようになる。
本発明に係るPID制御装置の自動調整方法を実施する制御システムのブロック線図である。 本発明に係るPID制御装置の自動調整方法のフロー図である。 システム同定のブロック線図である。 条件を満たした時系列データの模式図である。 第1システムの模式図である。 第2システムの模式図である。 第1システムの時定数T及びむだ時間Lの同定結果を示すグラフである。 第2システムの時定数T及びむだ時間Lの同定結果を示すグラフである。 むだ時間Lの同定結果を示すグラフである。 実機運転時の係数Aに対する出力y(室温)の平均二乗誤差を示すグラフである。
以下、本発明の実施の形態について図面を参照しながら詳述する。
本発明に係るPID制御装置の自動調整方法を実施するための制御システムは、図1に示されるように、コンピュータ上で、空調システム1を一時遅れ+むだ時間モデルで表現し、シミュレーションによりPID設定値(比例ゲインKp、積分時間Ti、微分時間Td、以下、PIDゲインともいう。)を自動的に書き換えるものである。システムパラメータの機械学習(システム同定)には、ARX(Auto-Regressive with eXogenous)モデルを採用している。なお、以下、空調システム1のモデルとして、一時遅れ+むだ時間モデルを用いた場合について説明するが、特にこれに限定するものではなく、公知のより高度なモデリングを行ったものを用いてもよい。
上記制御システムは、空調負荷が成り行きで推移する実フィールドの空調システムにおいて、人の手を介さずに動作するように、学習データの自動抽出機能を備える。すなわち、過去の運転データを、各種運転パラメータの組み合わせごとに分類し、それぞれの条件でシステム同定とPIDゲインの最適化計算を行い、その結果がデータベースに保存される。以降は、運転状態ごとにデータベースより最適PIDゲインを読み出し運転する。
本発明に係るPID制御装置の自動調整方法は、学習に用いる時系列データについて、システムの時間遅れ特性を同定するのに必要な時間長さの学習データが抽出できるようにしたもので、運用しながら最適なPID設定値を自動設定することによって、システム同定の精度を高め、制御不具合の解消やゲイン設定の省力化を図ることを目的とするものである。
最適なPID設定値を得るための一連の作業フローは、図2に示されるように、第0工程~第4工程で構成されており、これらを順に自動で繰り返し動作させる。なお、図2における括弧内の数字は、第0工程~第4工程の工程番号である。以下、各工程について、順に説明する。
(第0工程)
第0工程は、PID制御の対象となるシステムの入力u、出力y及びその他システムの時間遅れ特性に影響を与える運転状態パラメータQ(例えば、負荷熱量や風量など)の各連続時系列データを測定する、運転データの取得工程である。これらの連続時系列データは、常時連続的に自動で測定されている。PID制御の対象となるシステムを空調機とした場合、前記入力uは、空調機に備えられた冷水コイルの冷水の流量を調整する冷水弁の開度の操作量であり、前記出力yは、空調対象室に設置した温度計によって計測された室温である。
(第1工程)
第1工程は、前記連続時系列データから所定の時間長さX(以下、これを「抽出時間長さX」という。)のデータを抽出して抽出時系列データとし、その適/不適を判断する、同定対象データの取捨選択工程である。前記第0工程で測定した連続時系列データから、入力u及び出力yにシステム同定が可能なだけの時間変動が含まれており、かつ運転状態が同一であると判断し得る程度に運転状態パラメータQの時間変化量が少ないなどの条件を満たした抽出時間長さXのデータを抽出し、この抽出した時系列データを抽出時系列データとする。
前記抽出時系列データの適/不適の判断は、下記の(A)~(E)の条件を全て満たした場合、システム同定解析用のデータとして適正なものと判定し、次の工程に移行する。それ以外のものは不適なものと判定し、そのデータはシステム同定用のデータとしては不採用とする。図3は対象となるシステムのブロック線図であり、図4は(A)~(E)の全ての条件を満たした時系列データの模式図である。
(A)入力u及び出力yに関し、両者の関係性を識別可能な時間変動が含まれていること
後述の第2工程で説明するようにARXモデルを用いたシステム同定は、モデル予測値と実測値を比較し、両者の差が小さくなるように、モデル式の係数(一次遅れパラメータ)を調整(フィッティング)することで、対象システムの時間遅れ特性(一次遅れパラメータ)を推定する手法である。正確なフィッティングを行うためには、入力u及び出力yの時系列データに、ノイズではない有意な時間変動(凹凸や極値)が含まれている必要がある。
具体的には、図4の上段に示される出力yの抽出時系列データにおいて、ユーザーが指定した設定値rを中心とした所定幅の整定幅aを設定し、この整定幅aを跨ぐ時間変動が、1か所以上含まれていることを第1の条件とする。更に、同図4の中段に示される入力uの抽出時系列データにおいて、抽出時間長さXの範囲内での最小値uminと最大値umaxとの差Δuが、ユーザーの指定した値Δusetよりも大きいことを第2の条件とする。
すなわち、上述の前者の条件は、図4の上段に示される出力yの抽出時系列データにおいて、y>r+aとなる計測データ(図中のyo)若しくはy<r-aとなる計測データ(図中のyu)が1か所以上含まれることであり、後者の条件は、図4の中段に示される入力uの抽出時系列データにおいて、入力uの変動幅ΔuがΔu≧uset(Δu=|umax-umin|)となることである。
(B)出力yに関し、抽出時系列データ内の時間変動が所定の範囲内に収まっていること
一般に、PID設定値の調整において、速応性と安定性はトレードオフの関係にある。実用運転においては、立ち上がり運転の目標値へ到達する速さ(速応性)と、その後の定常運転でハンチングしないこと(安定性)を両立するため、出力yと設定値rとの差が大きい場合(立ち上がり運転)と、出力yと設定値rとの差が小さい場合(定常運転)とに分けて、PID設定値の最適化処理が行われている。本発明に係る方法では、特に、出力yと設定値rとの差が小さい場合(定常運転)を対象としており、具体的には、図4の上段に示される出力yの抽出時系列データにおいて、ユーザーが指定した設定値rを中心とし、前記整定幅aの外側に位置する所定幅の整定幅bを設定し、この整定幅bの中に、全計測値が収まっていることを条件としている。
すなわち、この(B)の条件は、出力yの抽出時系列データの全ての値が、y<r+b、かつ、y>r-bの範囲内にあることを条件とするものである。
(C)外乱の小さいこと
1入力1出力型のARXモデルを用いてシステム同定を行う本発明に係る方法において、運転中に外乱が生じ、その外乱が出力yに変動を与える場合、その外乱が大きいほど、入力uと出力yの関係性(システム伝達関数)を同定する精度が低下する。この影響を少なくするため、本発明に係る方法では、図4の下段に示されるように、抽出時系列データで外乱となり得る、例えば、負荷熱量や風量などの運転状態パラメータQの変動が、指定した下限値Qmin及び上限値Qmaxの間に収まっていることを条件とする。
すなわち、この(C)の条件は、運転状態パラメータQの抽出時系列データの全ての値が、Q≧Qmin、かつ、Q<Qmaxの範囲内にあることを条件とするものである。
なお、前記運転状態パラメータQは、システムによって計測可能な数だけ存在し、1種類でもよいし、複数種類でもよい。また、1つの計測項目Qに対し、上限値Qmax及び下限値Qminの組み合わせは、フルスケールに対して1つでもよいし、複数でもよい。つまり、例えば計測項目が負荷熱量の場合、計測時間帯によって負荷熱量の上限値及び下限値が異なるようにしてもよい。
(D)抽出時系列データの時間長さXが入力u及び出力yの時間遅れ関係を判別するのに必要な長さであること
システム同定において、対象システムの一次遅れパラメータ、特に時定数Tとむだ時間Lを正確に推定するには、上記(A)~(C)の条件に加えて、入力uと出力yの時間遅れ関係がシステム同定に用いる時系列データ内に記録されている必要がある。言い換えると、入力uと出力yの時間遅れ関係に基づいた正確なシステム同定に必要な時間長さXの時系列データを、前記連続時系列データから抽出することが重要となる。この必要な抽出時間長さXを、対象システムの時間遅れ特性に合わせて自動で調整するため、直近のシステム同定計算で得た一次遅れパラメータ(時定数T及びむだ時間L)をもとに、今回のシステム同定計算で用いる抽出時系列データの抽出時間長さXを、X=A(T+L)(ここで、係数Aは正の実数)という導出式を用いて算出する。前記係数Aについては、後述の実験で適正値を検討した結果、A≧1.5以上としたときに良好な制御性能が得られたため、抽出時系列データがシステム同定用のデータとして適正と判断するための条件として、直近のシステム同定で得た時定数Tとむだ時間Lをもとに、抽出時間長さXがX≧1.5(T+L)の範囲であることを含む。
(E)抽出時系列データの時間長さXが入力u及び出力yの時間遅れ関係を判別するのに十分な長さであり、必要以上に長くないこと
上記(D)で示した係数Aは、大きな値に設定するほど、抽出時系列データの抽出時間長さXが長くなって、システム同定時の外乱の影響が相対的に小さくなり、推定精度が向上すると考えられるが、負荷が成り行きで変化する実機において、同じ運転状態が続く時間には限りがあるので、連続して得られる時系列データの中から、必要かつ十分な時間長さで学習データ(時系列データ)を抽出する必要がある。つまり、前記係数Aの値を大きく設定しすぎると、上記(A)~(D)の条件を全て満たす時系列データを得るのが難しくなるので、実用上、係数Aの設定範囲にも上限を設ける必要がある。
対象システムをオフィスなどで使用される業務用空調システムとした場合、昼休みは空調機の設定や空調負荷傾向が変更される可能性があるとして除外すると、午前及び午後の空調機運転時間は、例えば午前が8時~12時、午後が1時~5時というように、それぞれ4~5時間程度が標準的と想定される。また、本発明者が標準的な業務用空調システムの時間遅れ特性(時定数T及びむだ時間L)について調査した結果、T+Lの値は900~1800秒が多いことが分かった。代表値として、空調機の連続運転時間(=抽出時間長さX)を4時間、T+Lを1800秒とすると、係数Aは抽出時間長さX/(T+L)=8となる。この結果から、抽出時系列データがシステム同定用のデータとして適正と判断するための条件として、直近のシステム同定で得た時定数Tとむだ時間Lをもとに、抽出時間長さXがX≦8.0(T+L)の範囲であることを含む。
また、上記(D)の条件及びこの(E)の条件を合わせて、抽出時間長さXを1.5(T+L)≦X≦8.0(T+L)の範囲とすることを条件としてもよい。抽出時間長さXを上式の範囲とすることにより、システム同定に必要かつ十分な長さの学習データを得ることができる。
(第2工程)
第2工程は、システム同定を行う工程である。前記第1工程で抽出された抽出時系列データについて、対象システムを一次遅れ+むだ時間系と仮定し、ARXモデルに基づきシステム同定を行い、一次遅れパラメータ(システムゲインK、時定数T、むだ時間L)を得て、その結果をデータベースに記録する。
一次遅れ+むだ時間モデルは、空調などのプロセス制御の時間遅れ特性を表現する用途で、実績の多いモデルである。モデルのパラメータはシステムゲインK[℃]、時定数T[sec]、むだ時間L[sec]の3つで、制御対象の伝達関数G(s)は次式(1)で表現される。
Figure 0007270938000001
前述の3つのパラメータ(K、T、L)は一次遅れパラメータと呼ばれ、従来、これを得るには、通常運転とは別に、入力uにステップ状の変化を強制的に与えて、出力yに現れる影響から推定するステップ応答試験を行うことが多かった。このとき、システムの動的特性に影響を与えるパラメータ(例えば、負荷熱量、風量)によって、前述の一次遅れパラメータも変化するため、変更後の環境下で再度ステップ応答試験を行う必要があった。このため、従来のステップ応答試験のように、刻々と変化する運転状態毎に、ステップ応答試験を実施するのでは、運用の大きな妨げになっていた。
一方、通常の閉ループ運転(フィードバック制御)を行う中で、システムのパラメータを機械学習する方法が提案されており、その1つがARXモデルである。このARXモデルによるシステム同定法の詳細については、上記非特許文献1に記載されており、以下にその概要を説明すると、1入力1出力システムのARXモデル式は式(2)に示す通りである。
Figure 0007270938000002
ここで、iは現在の計算ステップ数、ym はモデル出力、αは自己回帰係数、bi は外生入力係数である。ARXモデルは離散モデルであるが、近似式を使用せずに一時遅れ+むだ時間系の伝達関数系(連続モデル)へ、容易に変換できる特徴がある。その際のARXモデルのパラメータと、一次遅れパラメータの変換式を式(3)~(5)に示す。ここで、Δtはサンプリング時間[sec]、SはL/Δtの整数部分、RはL/Δtの余り部分である。
Figure 0007270938000003
Figure 0007270938000004
Figure 0007270938000005
ARXモデルに基づき、入力uと出力yの過去の実測データから、最小二乗法を用いて一次遅れパラメータの推定を行う。すなわち、一次遅れパラメータを変数とする次式(6)で、実測した室温(出力y)とモデル出力ym の誤差が最小となるベクトルθ=[K,T,D]T を求める。ここで、nd は、時系列データのサンプリング数である。
Figure 0007270938000006
(第3工程)
第3工程は、最適PID設定値を算出する工程である。上記第2工程で求めた同定結果を基に、PID制御システムの動的シミュレーションを行い、PID設定値(比例ゲインKp、積分時間Ti、微分時間Td)を探索し、その結果をデータベースに記録する。PID設定値の最適値を探索する方法としては、ベイズ推定の一種であるTPE(Tree-structured Parzen Estimator)を用いるのがよい。前記TPEは、観測点から確率的により最適な組み合わせを探索する手法であり、パラメータ同士の相関を考慮しない探索を枝刈状に行うことが特徴で、効率の良いパラメータ探索アルゴリズムである。
PID設定値をベイズ推定(TPE)のように乱数要素を含む手法でパラメータ探索するとき、探索する範囲内に複数の極値があると、本来の目的値とは異なる範囲を探索してしまうことがあるため、推定された一次遅れパラメータからCHR法に基づき大体の見当をつけて、その周囲を探索するのが好ましい。
CHR法の値を基準とするなどして、ある程度指向性を持たせることで、計算結果が安定化するとともに、解が安定化すれば、補間が可能になるほか、実機の結果を基に、最適化探索しやすくなるなどの利点がある。
(第4工程)
第4工程は、計算結果を実機に反映させる工程である。実機運手時に、現在の運転状態パラメータQに合ったPID設定値を、前記データベースから読み出し、実機の運転に反映させる。
以上の第0工程~第4工程を順に繰り返すことにより、システムの運転条件に合ったPID設定値が常に最適な状態に自動で設定される。
(抽出時系列データの必要な抽出時間長さXを得るための実験)
上記第1工程において、連続時系列データから所定の抽出時間長さXの抽出時系列データを抽出する際、必要な抽出時間長さXの範囲を求めるための実験を行った。その概要について以下に説明する。
異なる時間遅れ特性を有する2つのプロセス系制御システム(第1システム及び第2システム)について実験を行った。各システムの実験装置の概要を図5及び図6に示す。
前記第1システムは、図5に示されるように、対象室内に模擬負荷熱源として電気ヒーターを設置し、空調機として業務用の定風量型2管式AHUを用い、対象室内に設置した温度計の計測値が設定値rに近づくよう、空調機の冷水弁の開度をPID制御する。
前記第2システムは、図6に示されるように、小型の循環配管系内に、電気ヒーターによる模擬負荷熱源、冷却用の熱交換器(ラジエーター)、流量調整用の二方弁及びポンプを備えており、電気ヒーターの出口に設置した温度計の計測温度が設定値rに近づくよう、前記二方弁の開度をPID制御する。
どちらのシステムでも、PID制御を含めたシステム制御を行うPLC(Programmable Logic Controller)を内蔵した通常の制御盤に加えて、同制御盤内に小型のBOX型コンピュータを設置して空調機のPLCとLAN接続し、該コンピュータとPLCとの間の通信により、学習データのサンプリングとPID設定値の自動設定を行う。
実験では、最初に、PLC付属のオートチューニング機能にて決定したPID設定値で3時間運転を行い、学習用のデータを得ておき、次いで、この学習データに対し、抽出時系列データの抽出時間長さXを手動で設定してシステム同定計算を行い、それぞれの抽出時間長さXにおける一次遅れパラメータを同定する。なお、システム同定を行う際のパラメータ最適化(探索)手法には、ベイズ最適化を使用しており、各パラメータの探索範囲は下記に示す通りである。
17≦K≦50
1[sec]≦T≦3000[sec]
1(sec)≦L≦600[sec]
一次遅れパラメータのうち、時定数Tとむだ時間Lの同定結果を図7及び図8に示す。前記第1システムについて、図7に基づいて考察すると、抽出時間長さXが短い範囲において、むだ時間Lは探索範囲の上限値600[sec]に近い値で推移し(Xが約600~1800[sec]の範囲)、時定数Tは時間長さXが長くなるほど増加する傾向が見られる。一方、抽出時間長さXが2700[sec]以上の範囲では、時定数T及びむだ時間Lの値がそれぞれ約450(sec)に漸近する。このときの時定数T及びむだ時間Lの値を上述の「X=A(T+L)」という式に当てはめ、係数Aの最適な範囲を推定すると、概ねA≧3という範囲で安定して一次遅れパラメータの推定が可能なことが推察される。
また、前記第2システムについて、図8に基づいて考察すると、前記第1システムと同様に、抽出時間長さXが短い範囲において、むだ時間Lが探索範囲の上限値600[sec]に近い値で推移し(Xが約650~900[sec]の範囲)、時定数Tは抽出時間Xが長くなるほど増加する傾向がみられる。一方、抽出時間長さXが1200[sec]以上の範囲では、時定数T及びむだ時間Lの値が、それぞれ約200[sec]に漸近する。このときの時定数T及びむだ時間Lの値を上述の「X=A(T+L)」という式に当てはめ、係数Aの最適な範囲を推定すると、概ねA≧3という範囲で安定して一次遅れパラメータの推定が可能なことが推察される。
横軸を係数Aとして、上記第1システム及び第2システムのむだ時間Lに関する結果をまとめたものを図9に示す。この図9から、両システムとも、A≧3の範囲で、安定してむだ時間Lの推定が可能なことが読み取れる。
更に、各抽出時間長さXにおける同定結果をもとに、PID設定値の最適化を行い、実機を運転した結果得られた出力y(室温又は電気ヒーター出口温度)の平均二乗誤差RMSEを図10に示す。図10に示されるように、第2システムの場合、係数Aが1.5付近で最も出力yのRMSEが小さくなり、2.5を超えると概ね0.4℃程度と比較的小さな値に漸近している。また、第1システムも同様に、係数Aが1.5付近で接線の傾きが緩やかとなり、2.5を超えると概ね0.6℃程度と比較的小さな値に漸近している。
以上の結果から、出力yの平均二乗誤差が小さくなり、安定した出力yの制御が可能な抽出時間長さXの範囲は、X≧1.5(T+L)の範囲であり、より好ましくはX≧3.0(T+L)の範囲である。したがって、抽出時系列データがシステム同定用のデータとして適正と判断するための条件の一つとして、直近のシステム同定で得た時定数Tとむだ時間Lをもとに、抽出時系列データの抽出時間長さXが、X≧1.5(T+L)の範囲であることが必要である。
1…空調システム

Claims (4)

  1. 空調負荷が成り行きで推移する実フィールドの空調システムにおいて、PID制御の対象となるシステムの入力u、出力y及びその他システムの時間遅れ特性に影響を与える負荷熱量及び風量を含む運転状態パラメータQの各連続時系列データを測定する第0工程と、
    前記連続時系列データから、システム同定に必要な所定の抽出時間長さXのデータを抽出して抽出時系列データとし、その適/不適を判断する第1工程と、
    適正と判断された前記抽出時系列データについて、対象システムをARXモデルに基づきシステム同定を行い、時定数T及びむだ時間Lを含むパラメータを得るとともに、その結果をデータベースに記録する第2工程と、
    前記第2工程で求めた同定結果を基に、PID制御システムの動的シミュレーションを行い、PID設定値(比例ゲインKp、積分時間Ti、微分時間Td)を探索するとともに、その結果をデータベースに記録する第3工程と、
    実機運転時に、現在の運転状態パラメータQに合った運転状態ごとに最適なPID設定値を、前記データベースから読み出し、実機の運転に反映する第4工程と、を順に繰り返すPID制御装置の自動調整方法であって、
    前記第1工程において、前記抽出時系列データがシステム同定用のデータとして適正と判断するための条件として、直近のシステム同定で得た時定数Tとむだ時間Lをもとに、今回のシステム同定計算で用いる前記抽出時系列データの前記抽出時間長さXがX≧1.5(T+L)の範囲であることを含むことを特徴とするPID制御装置の自動調整方法。
  2. 前記第1工程において、前記抽出時系列データがシステム同定用のデータとして適正と判断するための条件として、上記請求項1記載の条件に加え、直近のシステム同定で得た時定数Tとむだ時間Lをもとに、前記抽出時間長さXがX≦8.0(T+L)の範囲であることを含む請求項1記載のPID制御装置の自動調整方法。
  3. 前記第1工程において、前記抽出時系列データがシステム同定用のデータとして適正と判断するための条件として、上記請求項1及び2記載の条件に加え、以下の(A)~(C)の全てを満たすことを含む請求項2記載のPID制御装置の自動調整方法。
    (A)出力yの抽出時系列データに関し、指定した設定値rからの整定幅aを跨ぐ時間変動が1か所以上含まれていること、及び、入力uの抽出時系列データに関し、最小値uminと最大値umaxとの差Δuが、指定した値Δusetよりも大きいこと。
    (B)出力yの抽出時系列データに関し、指定した設定値rからの整定幅bの中に全計測値が収まっていること。
    (C)運転状態パラメータQの変動が、指定した下限値Qmin及び上限値Qmaxの間に収まっていること。
  4. 前記第3工程において、前記PID設定値を探索する際、CHR法を基に探索範囲を絞る請求項1~3いずれかに記載のPID制御装置の自動調整方法。
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