本発明の一実施形態を図1~図13Cを参照して以下に説明する。
(基礎的事項の説明)
まず、本発明に関する基礎的な技術事項について図1~図3を参照して説明しておく。図1は、車体2と、車体2の前後方向に間隔を存して配置された前輪3f及び後輪3rとを備える移動体の代表例としての二輪車1を側面視で模式的に示している。なお、図1においては、側面視の二輪車1の図の左側及び右側のそれぞれに、二輪車1の後方側から見た後輪3rと二輪車1の前方側から見た前輪3fとを併せて図示している。
前輪3fは、車体2の前部に設けられた前輪支持機構4に回転自在に軸支されている。前輪支持機構4は、例えばフロントフォーク等により構成され得る。そして、前輪3fは、後傾した操舵軸線Csfのまわりに操舵可能(回転可能)な操舵輪となっている。
なお、操舵軸線Csfが後傾しているというのは、該操舵軸線Csfの下方側よりも上方側の方が相対的に車体2の前後方向における後方側になるように、該操舵軸線Csfが傾いて延在していることを意味する。
後輪3rは、車体2の後部に設けられた後輪支持機構5に回転自在に軸支されている。後輪支持機構5は、例えばスイングアーム等により構成され得る。この後輪3rは非操舵輪である。
上記の如き構造の二輪車1において、前輪3にハンドル(図1では図示省略)から操舵力が付与されていない状態で、前輪3fの操舵(操舵軸線Csf周りの回転)に応じて操舵軸線Csf周りに発生するモーメントMstr(以降、操舵モーメントMstrという)に関して以下に説明する。該操舵モーメントMstrは、所謂、二輪車のセルフステア特性により発生するモーメントに相当するものである。
なお、以降の説明では、二輪車1が、図1に示す如く、水平な接地面110(路面)上に直進走行姿勢(前輪3fの車軸中心線が後輪3rの車軸中心線と平行になる姿勢)で起立した状態を二輪車1の基準姿勢状態という。また、図1及び図2に示す如く、基準姿勢状態の二輪車1の車体2の前後方向、左右方向(車幅方向)及び高さ方向(上下方向)のそれぞれを、XYZ座標系のX軸方向、Y軸方向、Z軸方向とする。
本願発明者の検討によれば、上記操舵モーメントMstrは、二輪車1の前輪側部分(詳しくは、前輪3fを含み、操舵軸線Csf周りに該前輪3fと共に回転し得る部分)に作用する重力と、二輪車1の全体に作用する重力に抗して前輪3f及び後輪3rに作用する路面反力のうちの前輪3fに作用する路面反力(接地荷重)とに対する依存性が高いと考えられる。
なお、図1における“G”は二輪車1の全体重心、“Gf”は前輪側部分の重心(以下、前輪側重心という)を例示的に示している。
この場合、前輪3fの操舵角δf(操舵軸線Csf周りの回転角)と、操舵モーメントMstrとの間の関係を表す動力学モデルは、本願発明者の検討によれば、近似的に、次式(1)により表現し得る。なお、本明細書では、“*”は乗算記号を意味する。
ここで、図1及び図2を参照して、式(1)におけるmは、二輪車1の全体質量(全体重心Gの質点質量)、gは重力加速度定数、Lfは、基準姿勢状態の二輪車1の全体重心Gと前輪3fの接地点との間のX軸方向の距離、Lrは、基準姿勢状態の二輪車1の全体重心Gと後輪3rの接地点との間のX軸方向の距離、mfは、二輪車1の前輪側部分の質量(前輪側重心Gfの質点質量)、aは、基準姿勢状態の二輪車1の前輪3fの接地点と車軸中心点とを通る直線(Z軸方向の直線)と、操舵軸線Csfの交点Efの接地面110からの高さ(交点Efと前輪3fの接地点の間の距離)である。
なお、上記交点Efは、図1に示すように接地面110の上側に位置する場合に限らず、操舵軸線Csfと前輪3fとの位置関係によっては、接地面110上に位置する場合、あるいは、接地面110の下側に位置する場合もある。
そして、本実施形態の説明では、上記交点Efの高さaに関しては、交点Efが接地面110の上側に位置する場合(換言すれば、操舵軸線Csfと接地面110との交点が、図1に示すように前輪3fの接地点の前方側に位置する場合)における高さaの極性を正極性(a>0)、交点Efが接地面110の下側に位置する場合(換言すれば、操舵軸線Csfと接地面110との交点が、前輪3fの接地点の後方側に位置する場合)における高さaの極性を負極性(a<0)とする。
また、式(1)におけるRfは、基準姿勢状態における前輪3fの接地点の位置での該前輪3fの横断面形状の曲率半径、hgfは、基準姿勢状態の二輪車1の前輪側重心Gfの接地面110からの高さ、hは、基準姿勢状態の二輪車1の全体重心Gの接地面110からの高さ、Iは、全体重心Gを通る前後方向(X軸方向)の軸Crolの周りにおける二輪車1の全体の慣性モーメント(以降、全体イナーシャIという)、θcfは、操舵軸線Csfの傾斜角(Z軸方向に対する傾斜角)としてのキャスタ角である。
また、式(1)では、二輪車1の基準姿勢状態での前輪3fの操舵角δf(以降、単に、前輪操舵角δfということがある)をゼロ、該前輪操舵角δfの正方向及び操舵モーメントMstrの正方向を、基準姿勢状態の二輪車1を上方から見た場合に、前輪3fが操舵軸線Csf周りで反時計周りに回転する方向としている。
上記式(1)は、以下に示す関係式(2-1)~(2-8)から導出される式である。
ここで、図2を参照して、式(2-1)~(2-8)におけるφfは、前輪3fのロール方向(X軸周り方向)の傾斜角、efは、前輪3fのロール方向の傾斜(基準姿勢状態からの傾斜)に伴う前記交点Efの横方向(Y軸方向)の移動量、pfは、前輪3fのロール方向の傾斜(基準姿勢状態からの傾斜)に伴う該前輪3fの接地点の横方向(Y軸方向)の移動量、pgfは前輪3fのロール方向の傾斜(基準姿勢状態からの傾斜)に伴う前記前輪側重心Gfの横方向(Y軸方向)の移動量、Ffは、二輪車1の全体に作用する重力に抗して前輪3f及び後輪3rに作用する路面反力のうちの前輪3fに作用する路面反力(接地荷重)、Mefは、前輪側重心Gfに作用する重力(=mf*g)と、前輪3fに作用する路面反力Ffとによって、前記交点Efでロール方向に発生するモーメントである。また、図示は省略しているが、φbは、前輪3fの操舵に応じて生じる車体2のロール方向の傾斜角である。
この場合、二輪車1の基準姿勢状態での上記傾斜角φf、φbはゼロであり、該傾斜角φf、φb及び上記モーメントMefの正方向は、二輪車1を背面側から見て、時計周り方向である。また、上記移動量ef,pf,pgfの正方向は、二輪車1を背面側から見て、左向きの方向である。
なお、式(2-1)、(2-2)、(2-3)は、それぞれ、前記特許文献1,2に記載された式(8)、(11)、(16)と同じ式である。
前記式(1)は、以下の式(3a),(3b)により定義される変数kstr,astrを導入すると、式(3)に書き換えられる。
さらに、二輪車1の基準姿勢状態での操舵軸線Csfと接地面110の交点の、前輪3fの接地点からの距離であるトレール長t(図1を参照)と、前記交点Efの高さaとの間には、次式(4)の関係が成立する。
t=a*tan(θcf) ……(4)
従って、式(3)は、トレール長tを用いて、次式(5)に書き換えることもできる。
Mstr=(kstr/tan(θcf))*(t-astr*tan(θcf))*δf ……(5)
なお、本実施形態の説明では、トレール長tの極性は、前記交点Efの高さaの極性と同じであり、基準姿勢状態の二輪車1の操舵軸線Csfと接地面110との交点が、図1に示す如く前輪3fの接地点の前方側に位置する場合のトレール長tが正極性(t>0)、該操舵軸線Csfと接地面110との交点が前輪3fの接地点の後方側に位置する場合のトレール長tが負極性(t<0)である。
上記式(5)から判るように、操舵モーメントMstrは、トレール長tを一定とした場合(高さaを一定とした場合)、前輪操舵角δfに比例する。また、前輪操舵角δfを一定とした場合、操舵モーメントMstrの大きさ及び極性(向き)が、トレール長tに応じて変化する。
より詳しくは、前記変数kstrの値は、一般に正の値となるので、操舵モーメントMstrと前輪操舵角δfとの比Mstr/δfに着目した場合(ただしδf≠0)、該比Mstr/δfの値は、トレール長tの変化に対して、例えば図3のグラフで示す如く変化する。
この場合、式(5)から判るように、トレール長tがt>astr*tan(θcf))である場合(a>astrである場合)には、操舵モーメントMstrの極性(向き)は、前輪操舵角δfの極性(向き)に一致する(Mstr/δf>0となる)。これは、通常の二輪車におけるセルフステア特性に相当するものである。この場合、二輪車1のトレール長tを、例えば通常の二輪車と同程度の大きさの正のトレール長に設定すれば、通常の二輪車と同様のセルフステア特性を実現することが可能である。
一方、トレール長tがt<astr*tan(θcf))である場合(換言すれば、a<astrである場合)には、操舵モーメントMstrの極性(向き)は、前輪操舵角δfの極性(向き)と逆になる(Mstr/δ<0となる)。このため、トレール長tを、astr*tan(θcf))よりも小さい負のトレール長に設定すると、前輪3fの操舵に応じて発生する操舵モーメントMstrの極性(向き)が、正のトレール長を有する通常の二輪車と逆向きになる。
また、トレール長tがastr*tan(θcf))よりも大きくても、該トレール長tが負の値であると、該トレール長tがastr*tan(θcf))に近い値になるため、前輪3fの操舵に応じて発生する操舵モーメントMstrは微小なもの(ゼロに近いもの)となる。
他方、前記特許文献1,2で説明されているように、二輪車1の走行速度が比較的小さい状態(停車状態を含む)で、前輪3fの操舵制御によって、車体2のロール方向の姿勢(ロール方向の傾斜角)を制御する上では、トレール長tを、例えば負の値に設定することが好ましい。
そして、このように、車体2のロール方向の姿勢を制御するために、トレール長tを負の値に設定すると、上記した如く、操舵軸線Csf周りに、前輪3fの操舵に応じた操舵モーメントMstrがほとんど発生しないか、もしくは、前輪操舵角δfの極性(向き)と逆極性(逆向き)の操舵モーメントMstrが発生する。ひいては、前輪3fを運転者が操舵するためのハンドル等の操舵操作部に、前輪3f側から作用するトルクも、当該操舵モーメントMstrと同様のものとなる。
そこで、本実施形態では、トレール長tを負の値に設定した状態でも、トレール長tを正の値に設定した場合と同様に、前輪操舵角δfと同極性の(同じ向きの)操舵モーメントMstrを操舵軸線Csf周りに発生させるように(ひいては該操舵モーメントMstrと同様のトルクが、ハンドル等の操舵操作部に付与されるように)、前輪3fの操舵制御を実行する。
(実施形態の説明)
以上説明した事項を踏まえて、本発明の一実施形態を詳細に説明する。なお、本実施形態の説明においては、図1に示した二輪車1と同一機能の構成要素については、便宜上、図1と同一の参照符号を使用する。
図4を参照して、本実施形態の移動体1Aは、車体2と、車体2の前後方向に間隔を存して配置された前輪3f及び後輪3rとを備える二輪車である。以降、移動体1Aを二輪車1Aという。
車体2の上面部には、運転者が跨るように着座するシート6が装着されている。車体2の前部には、前輪3fを軸支する前輪支持機構4と、シート6に着座した運転者が把持可能な操縦ハンドル7と、前輪3fを操舵する駆動力を発生するアクチュエータ8(以降、操舵用アクチュエータ8ということがある)とが組み付けられている。
前輪支持機構4は、前輪3fのトレール長tを変更可能とするための機構であるトレール長可変機構9と、ダンパー等のサスペンション機構を含むフロントフォーク10とを備える。前輪3fは、その車軸中心線のまわりに回転し得るように、フロントフォーク10の下端部にベアリング等を介して軸支されている。
トレール長可変機構9は、例えば図5及び図6に示す如く構成されている。具体的には、トレール長可変機構9は、車体2の前端部に備えられたヘッドパイプ11に回転自在に支持された枠体状の操舵回転部12と、操舵回転部12にヒンジ機構13を介して揺動自在に組付けられた枠体状の揺動部14と、揺動部14を揺動させるための駆動力を発生するアクチュエータ15(以降、トレール長変更用アクチュエータ15ということがある)と、該アクチュエータ15の駆動力によって揺動部14を操舵回転部12に対して揺動させるクランク機構16とを備える。
ヘッドパイプ11はその軸心が前輪3fの操舵軸線Csfとなっており、該操舵軸線Csfが後傾するように車体2の前端部に固定されている。そして、操舵回転部12は、その上端部と下端部との間にヘッドパイプ11を挟み込むようにして配置されると共に、ヘッドパイプ11に対して操舵軸線Csfのまわりに回転し得るようにヘッドパイプ11に嵌合されている。
揺動部14は、操舵回転部12の前方側に配置され、その上端部がヒンジ機構13により操舵回転部12の上端部に連結されている。そして、前記フロントフォーク10は、揺動部14の下端部から下方に延設されている。
これにより、揺動部14は、フロントフォーク10及び前輪3fと共に、操舵軸線Csfの周りに操舵回転部12と一体に回転可能となっていると共に、操舵回転部12に対して、ヒンジ機構13の回転軸心の周りに揺動可能となっている。この場合、ヒンジ機構13の回転軸心(揺動部14の揺動の中心軸)は、車体2の左右方向(車幅方向)に延在している。従って、揺動部14は、二輪車1Aの基準姿勢状態で、操舵回転部12に対してピッチ方向に揺動するようになっている。
なお、二輪車1Aの基準姿勢状態は、図1の二輪車1の基準姿勢状態と同様に、水平な接地面110上に直進走行姿勢(前輪3fの車軸中心線が後輪3rの車軸中心線と平行になる姿勢)で起立した状態である。
トレール長変更用アクチュエータ15は、揺動部14に搭載された電動モータにより構成され、回転駆動力を減速機17を介して出力する。より詳しくは、本実施形態の例では、揺動部14の内部の上部側の箇所と下部側の箇所とに、それぞれ、トレール長変更用アクチュエータ15、減速機17が配置され、それぞれのハウジングが揺動部14に固定されている。なお、減速機17は、例えばハーモニックドライブ(登録商標)、あるいは複数のギヤにより構成されたものなど、任意の構造のものでよい。
そして、トレール長変更用アクチュエータ15の出力軸が、減速機17の入力軸にプーリ/ベルト機構等により構成される動力伝達機構18を介して接続されている。これにより、トレール長変更用アクチュエータ15が発生する回転駆動力は、該アクチュエータ15の出力軸から動力伝達機構18を介して減速機17に入力され、さらに該減速機17から出力されるようになっている。
また、本実施形態では、トレール長変更用アクチュエータ15は、その出力軸を回転不能状態に保持する電動式のロック機構15aを内蔵している。該ロック機構15aは、摩擦式のブレーキ機構等により構成され得る。
なお、動力伝達機構18に減速機としての機能を持たせて、減速機17を省略してもよい。あるいは、トレール長変更用アクチュエータ15の出力軸と減速機17の入力軸とを同軸心に連結することで、トレール長変更用アクチュエータ15の回転駆動力を減速機17に直接的に入力するようにしてもよい。また、トレール長変更用アクチュエータ15は、油圧式のアクチュエータにより構成されていてもよい。
クランク機構16は、減速機17の出力軸と一体に回転するように設けられた一対のクランクアーム19a,19bと、該クランクアーム19a,19bを操舵回転部12に連結する連結ロッド20とを備える。
一対のクランクアーム19a,19bは、減速機17の出力軸の軸心方向に間隔を存して互いに対向するようにして揺動部14の内部に配置されている。そして、一方のクランクアーム19aは、その一端寄りの部分が減速機17の出力軸に固定され、該出力軸と一体に回転可能とされている。
また、他方のクランクアーム19bは、その一端寄りの部分に減速機17の出力軸と同軸心に固定された支軸21を備えている。そして、クランクアーム19bは、この支軸21を介して、揺動部14に固定された軸受部22に回転自在に軸支されている。
これらのクランクアーム19a,19bは、それぞれの他端部が減速機17の出力軸の軸心(=クランクアーム19a,19bの回転軸心)と偏心した偏心軸23を介して連結されている。そして、連結ロッド20の一端部が、クランクアーム19a,19bの間で上記偏心軸23に回転可能に軸支されている。また、連結ロッド20の他端部は、操舵回転部12の内部で該操舵回転部12に固定して設けられた支軸24に回転可能に軸支されている。該支軸24の軸心方向は、偏心軸23の軸心と平行である。
トレール長可変機構9は、以上のように構成されている。このため、トレール長可変機構9の操舵回転部12及び揺動部14を操舵軸線Csfのまわりに回転させることで、前輪3fが操舵軸線Csfのまわりに操舵される。
また、トレール長変更用アクチュエータ15の回転駆動力によりクランクアーム19a,19bを減速機17の出力軸の軸心まわりに回転させることで、揺動部14が、操舵回転部12に対して、ヒンジ機構13の回転軸心まわりに所定の角度範囲内で揺動する。この揺動部14の揺動に伴い、前輪3fもヒンジ機構13の回転軸心まわりに揺動する。このため、前輪3fが車体2に対して前後方向に変位することとなる。ひいては、前輪3fの接地点が、操舵軸線Csfと接地面110との交点に対して所定の範囲内で前後方向に変位する。これによりトレール長tが所定の範囲内で変化する。
この場合、前輪3fは、揺動部14の揺動に伴い、例えば図4の実線で示す状態と、二点鎖線で示す状態との間で前後方向に変位させることが可能である。図4の実線で示す前輪3fの変位状態は、トレール長tが負の値tnとなる状態であり、二点鎖線で示す前輪3fの変位状態は、トレール長tが正の値tpとなる状態である。従って、トレール長tは、下限値tn(<0)と上限値tp(>0)との間の範囲内で変更可能である。以降、上記下限値tnを下限トレール長tn、上記上限値tpを上限トレール長tpという。
また、本実施形態では、前記ロック機構15aにより、トレール長変更用アクチュエータ15の出力軸を機械的に回転不能に保持することにより、揺動部14が操舵回転部12に対して揺動不能状態に保持される。これにより、トレール長変更用アクチュエータ15の駆動力を制御せずとも、トレール長tを機械的に固定保持(ロック)することが可能となっている。
なお、本実施形態では、トレール長変更用アクチュエータ15にロック機構15aを備えるようにしたが、該ロック機構15aの代わりに、例えば減速機17の出力軸又はクランクアーム19a,19bを回転不能に保持するロック機構を減速機17の出力側に備えるようにしてもよい。
前記操舵用アクチュエータ8は、前輪3fの操舵を行うための駆動力として、操舵軸線Csfのまわりに前輪3fを回転させる回転駆動力を発生するものである。この操舵用アクチュエータ8は、本実施形態では、電動モータにより構成される。そして、操舵用アクチュエータ8は、そのハウジングが車体2に固定されている。また、操舵用アクチュエータ8の出力軸は、プーリ/ベルト機構等により構成される動力伝達機構25を介して操舵回転部12の下端部に接続されている。これにより、操舵用アクチュエータ8から動力伝達機構25を介して操舵回転部12に操舵軸線Csfまわりの回転駆動力が付与されるようになっている。なお、動力伝達機構25は、減速機能を兼ね備えている。
操舵用アクチュエータ8から操舵回転部12に回転駆動力を付与することで、トレール長可変機構9及びフロントフォーク10を含む前輪支持機構4が操舵軸線Csfの周りに前輪3fと共に回転駆動される。これにより、前輪3fが、操舵用アクチュエータ8の回転駆動力によって操舵される。また、操舵用アクチュエータ8の回転駆動力を調整することで、操舵軸線Csfの周りに発生するトルクを調整することも可能である。
また、本実施形態では、上記動力伝達機構25には、操舵用アクチュエータ8と操舵回転部12との間の動力伝達を適宜遮断するためのクラッチ機構である操舵クラッチ8aが内蔵されている。この操舵クラッチ8aは、例えば電磁クラッチ等により構成される。なお、操舵用アクチュエータ8は、電動モータに限らず、例えば油圧式のアクチュエータにより構成されていてもよい。
操縦ハンドル7は、運転者が前輪3fの操舵操作を行うための操舵操作部としての機能を有するものであり、トレール長可変機構9の操舵回転部12に組付けられている。具体的には、操縦ハンドル7は、操舵回転部12と一体に操舵軸線Csfまわりに回転するように、該操舵回転部12の上端部に支柱部26を介して固定されている。これにより、運転者が操縦ハンドル7の回転操作を行うことで、前輪3fの操舵操作を行うことが可能となっている。また、詳細な図示は省略するが、この操縦ハンドル7には、通常の自動二輪車のハンドルと同様に、アクセルグリップ及びブレーキレバー、方向指示器スイッチ等が組み付けられている。
前輪3fの車軸には、該前輪3fをその車軸中心線Cfのまわりに回転駆動するアクチュエータ27が装着されている。このアクチュエータ27は、二輪車1Aの推進力を発生する原動機としての機能を有するものである。このアクチュエータ27(以降、走行用アクチュエータ27ということがある)は、本実施形態では、電動モータ(減速機付きの電動モータ)により構成される。
なお、走行用アクチュエータ27は、電動モータの代わりに、例えば油圧式のアクチュエータにより構成されていてもよい。あるいは、走行用アクチュエータ27は内燃機関により構成されていてもよい。また、走行用アクチュエータ27を前輪3fの車軸から離れた位置で車体2に搭載し、走行用アクチュエータ27と前輪3fの車軸とを適宜の動力伝達装置で接続するようにしてもよい。また、走行用アクチュエータ27の代わりに、あるいは、走行用アクチュエータ27に加えて、後輪3rを回転駆動するアクチュエータを備えるようにしてもよい。
車体2の後部には、後輪3rを回転自在に軸支する後輪支持機構5が組み付けられている。後輪支持機構5は、スイングアーム28と、コイルスプリング及びダンパー等により構成されるサスペンション機構29とを備えている。これらの機構的な構造は、例えば通常の自動二輪車の後輪支持機構と同様の構造を採用し得る。
そして、スイングアーム28の端部(車体2の後方側の端部)に、後輪3rが、その車軸中心線の周りに回転し得るようにベアリング等を介して軸支されている。なお、後輪3rは非操舵輪である。
二輪車1Aは、以上の機構的構成の他、図7に示すように、前記操舵用アクチュエータ8、操舵クラッチ8a、トレール長変更用アクチュエータ15、ロック機構15a及び走行用アクチュエータ27の動作制御のための制御処理を実行する制御装置50を備えている。
さらに、二輪車1Aは、制御装置50の制御処理に必要な各種状態量を検出するためのセンサとして、車体2のロール方向の傾斜角φbを検出する車体傾斜検出器51と、前輪操舵角δfを検出する前輪操舵角検出器52と、トレール長を検出するトレール長検出器53と、前輪3fの回転速度(角速度)を検出する前輪回転速度検出器54と、後輪3rの回転速度(角速度)を検出する後輪回転速度検出器55と、操縦ハンドル7のアクセルグリップの操作量(回転量)であるアクセル操作量を検出するアクセル操作検出器56とを備えている。
車体傾斜検出器51は、例えば加速度センサ及びジャイロセンサ(角速度センサ)を含む慣性センサにより構成されており、車体2に組み付けられている。この場合、制御装置50は、慣性センサの出力に基づいて、車体2のロール方向の傾斜角φb(より詳しくは、鉛直方向(重力方向)に対するロール方向の傾斜角)を計測する。その計測手法としては、例えばストラップダウン方式の計測手法等を採用し得る。なお、車体2のロール方向の傾斜角φbの計測処理を実行する処理部(プロセッサ等)を、車体傾斜検出器51に備えてもよい。
前輪操舵角検出器52は、例えば、操舵用アクチュエータ8(電動モータ)、動力伝達機構25、もしくは操舵回転部12に組付けられるロータリエンコーダ、レゾルバ等の検出器により構成され、操舵用アクチュエータ8の出力軸又は操舵回転部12の回転角度に応じた検出信号を出力する。
トレール長検出器53は、例えば、トレール長変更用アクチュエータ15(電動モータ)又は減速機17に組付けられるロータリーエンコーダ、レゾルバ等の検出器により構成され、トレール長変更用アクチュエータ15又は減速機17の出力軸の回転角度に応じた検出信号を出力する。
ここで、本実施形態では、トレール長tは、トレール長可変機構9の操舵回転部12に対する揺動部14の揺動量(ヒンジ機構13の回転軸心まわりの回転角度)に応じて規定される。また、揺動部14の揺動量は、クランクアーム19a,19bの回転角度に応じて規定される。さらに、クランクアーム19a,19bの回転角度は、トレール長変更用アクチュエータ15の出力軸の回転角度に応じて規定される。
従って、トレール長検出器53の出力(トレール長変更用アクチュエータ15又は減速機17の出力軸の回転角度に応じた検出信号)から、トレール長tを検出できる。なお、トレール長検出器53は、例えば、揺動部14の揺動量を検出し得るように備えられていてもよい。
前輪回転速度検出器54は、例えば、前輪3fの車軸に組付けられるロータリエンコーダ、レゾルバ等の検出器により構成され、前輪3fの回転角度又は回転角速度に応じた検出信号を出力する。
後輪回転速度検出器55は、例えば、後輪3rの車軸に組付けられるロータリエンコーダ等の検出器により構成され、後輪3rの回転角度又は回転角速度に応じた検出信号を出力する。
アクセル操作検出器56は、例えば、操縦ハンドル7に内蔵されたロータリエンコーダ、ポテンショメータ等の検出器により構成され、アクセルグリップの回転角度又は回転角速度に応じた検出信号を出力する。
制御装置50は、マイクロコンピュータ、メモリ、インターフェース回路等を含む一つ以上の電子回路ユニットにより構成され、車体2に組み付けられている。そして、この制御装置50に、上記の各検出器51~56の出力(検出信号)が入力されるようになっている。
この制御装置50の機能について、図8及び図9を参照してさらに説明する。なお、以降の説明におけるXYZ座標系は、図1の二輪車1の場合と同様に、基準姿勢状態の二輪車1Aの車体2の前後方向、左右方向(車幅方向)及び高さ方向(上下方向)のそれぞれを、X軸方向、Y軸方向、Z軸方向とする座標系である(図3を参照)。
また、以降の説明では、状態量の参照符号に付する添え字“_act”は、実際の値、又はその観測値(検出値もしくは推定値)を示す符号として使用する。なお、目標値には、添え字“_cmd”を付する。
ここで、前記特許文献1,2に説明されている如く、車体2のロール方向の姿勢の動力学的な挙動は、図8に示すように、二輪車1Aの接地面110の上方で、車体2のロール方向の傾斜角φbの変化に応じて横方向(Y軸方向)に移動可能な倒立振子質点123と、前輪3fの操舵に応じて(前輪操舵角δfの変化に応じて)接地面110上を横方向(Y軸方向に)に移動可能な接地面上質点124とから構成される2質点系の動力学モデルにより近似的に表現し得る。
この場合、倒立振子質点123の質量m1、接地面上質点124の質量m2、倒立振子質点123の高さh’、二輪車1Aの全体質量m、二輪車1Aの全体重心Gの高さh、及び、二輪車1Aの全体イナーシャI(全体重心Gを通るX軸方向の軸周りにおける慣性モーメント)の間の関係は、次式(6a)~(6d)により表される。
m1+m2=m ……(6a)
m1*c=m2*h ……(6b)
m1*c2+m2*h2=I ……(6c)
c=h’-h ……(6d)
なお、倒立振子質点123と接地面上質点124とを結ぶ直線の傾きは、車体2のロール方向の傾斜角φbに一致する。
そして、本実施形態における制御装置50は、基本的には、前記特許文献1,2に説明されているものと同様に、上記の2質点系の動力学モデルに基づく制御処理(倒立振子質点123の運動状態を考慮した制御処理)により、前輪3fの操舵制御を行う。ただし、本実施形態では、制御装置50は、所要の操舵モーメントMstrを発生させ得るように操舵制御を行う。
かかる制御装置50は、実装されたハードウェア構成及びプログラム(ソフトウェア構成)により実現される主要な機能として、図7に示すように、前記動力学モデルの倒立振子質点123のY軸方向(車体2の左右方向)の移動量である倒立振子質点横移動量Pb_diff_yの実際の値Pb_diff_y_actの推定値(以降、倒立振子質点横移動量推定値Pb_diff_y_actという)を算出する倒立振子質点横移動量推定値算出部31と、倒立振子質点123のY軸方向(車体2の左右方向)の並進速度である倒立振子質点横速度Vbyの実際の値Vby_actの推定値(以降、倒立振子質点横速度推定値Vby_actという)を算出する倒立振子質点横速度推定値算出部32と、二輪車1Aの車速Vox(走行速度)の実際の値Vox_actの推定値(以降、車速推定値Vox_actという)を算出する車速推定値算出部33と、倒立振子質点横移動量Pb_diff_yの目標値Pb_diff_y_cmd(以降、目標倒立振子質点横移動量Pb_diff_y_cmdという)と倒立振子質点横速度Vbyの目標値Vby_cmd(以降、目標倒立振子質点横速度Vby_cmdという)を決定する目標姿勢状態決定部34と、車体2の姿勢制御のための複数のゲインK1,K2,K3,K4,K5の値を決定する制御ゲイン決定部35と、二輪車1Aの車速Voxの目標値Vox_cmd(以降、目標車速Vox_cmdという)を決定する目標車速決定部36と、トレール長tの目標値t_cmd(以降、目標トレール長t_cmdという)を決定する目標トレール長決定部37と、前記操舵モーメントMstrの標準値Mstr_nml(以降、標準操舵モーメントMstr_nmlという)を決定する標準操舵モーメント決定部38とを備える。
さらに、制御装置50は、車体2の姿勢制御のための演算処理を実行することによって、前輪操舵角δfの目標値δf_cmd(以降、目標前輪操舵角δf_cmdという)、該前輪操舵角δfの時間的変化率である前輪操舵角速度δf_dotの目標値δf_dot_cmd(以降、目標前輪操舵角速度δf_dot_cmdという)及び該前輪操舵角速度δf_dotの時間的変化率である前輪操舵角加速度δf_dot2の目標値δf_dot2_cmd(以降、目標前輪操舵角加速度δf_dot2_cmdという)を決定する姿勢制御演算部39を備える。
また、本実施形態では、二輪車1Aに備えらえた所定のモード設定スイッチ(図示省略)を操作することで、操舵用アクチュエータ8を介した前輪3fの操舵制御(ひいては、車体2のロール方向の姿勢制御)を実行するか否かを、運転者が選択的に制御装置50に対して設定することが可能となっている。
そして、制御装置50は、前輪3fの操舵制御を行うモードが選択されている状態での二輪車1Aの停車時及び走行時において、図7に示した各機能部の処理を所定の制御処理周期で逐次実行する。
そして、制御装置50は、姿勢制御演算部39により決定した目標前輪操舵角δf_cmd、目標前輪操舵角速度δf_dot_cmd及び目標前輪操舵角加速度δf_dot2_cmdに応じて操舵用アクチュエータ8を制御する。
また、制御装置50は、目標トレール長決定部37により決定した目標トレール長t_cmdに応じてトレール長変更用アクチュエータ15を制御する。また、制御装置50は、目標車速決定部36より決定した目標車速Vox_cmdに応じて走行用アクチュエータ27を制御する。
以下に、かかる制御装置50の制御処理(前輪3fの操舵制御を行うモードが選択されている状態での制御処理)の詳細を説明する。なお、この制御処理では、前記した2質点系の動力学モデルに関するパラメータh’の値と、二輪車1の仕様に関するパラメータθcf,Lf,Lrの値とが使用される。これらのパラメータh’,θcf,Lf,Lrの値は、あらかじめ定められた設定値(固定値)であり、制御装置50のメモリに記憶保持されている。
また、制御装置50の制御処理のうち、標準操舵モーメント決定部38、制御ゲイン決定部35、及び姿勢制御演算部39以外の各機能部の処理は、本実施形態では、前記特許文献1,2に記載されたものと同じである。このため、制御装置50の標準操舵モーメント決定部38、制御ゲイン決定部35、及び姿勢制御演算部39以外の各機能部の処理の説明は、簡略的な説明に留める。
制御装置60は、各制御処理周期において、目標車速決定部36、標準操舵モーメント決定部38、車速推定値算出部33、目標姿勢状態決定部34及び倒立振子質点横移動量推定値算出部31の処理を以下に説明する如く実行する。
目標車速決定部36には、アクセル操作検出器56の出力により示されるアクセル操作量の検出値が入力される。そして、目標車速決定部36は、アクセル操作量の検出値から、あらかじめ作成されたマップ又は演算式等により目標車速Vox_cmdを決定する。この場合、目標車速Vox_cmdは、既定の最大値以下の範囲で、アクセル操作量が大きいほど、大きくなるように決定される。
なお、二輪車1Aのブレーキ操作がなされている場合には、目標車速Vox_cmdは、ブレーキ操作量の検出値に応じて、あるいは、ブレーキ操作量の検出値とアクセル操作量の検出値との両方に応じてマップもしくは演算式等により決定するようにしてもよい。
車速推定値算出部33には、前輪操舵角検出器52の出力により示される前輪操舵角δf_actの検出値と、前輪回転速度検出器54の出力により示される前輪3fの回転角速度の検出値から特定される前輪3fの回転移動速度Vf_actの推定値(詳しくは、前輪3fの回転角速度の検出値に前輪3fの既定の有効回転半径を乗じることで算出される移動速度)とが入力される。
そして、車速推定値算出部33は、入力された前輪操舵角δf_actの検出値と、前輪3fの回転移動速度Vf_actの推定値とから、例えば次式(7)により、車速推定値Vox_actを算出する。
Vox_act=Vf_act*cos(δf_act*cos(θcf)) ……(7)
このように算出される車速推定値Vox_actは、前輪3fの回転移動速度Vf_actの推定値のX軸方向成分に相当する。なお、後輪回転速度検出器55の出力により示される後輪3rの回転角速度の検出値から特定される後輪3rの回転移動速度の推定値(詳しくは、後輪3rの回転角速度の検出値に後輪3rの既定の有効回転半径を乗じてなる移動速度)を、車速推定値Vox_actとして得るようにしてもよい。
標準操舵モーメント決定部38には、前輪操舵角δf_actの検出値が入力される。そして、標準操舵モーメント決定部38は、入力された前輪操舵角δf_actの検出値から、あらかじめ作成されたマップ又は演算式等の相関データにより標準操舵モーメントMstr_nmlを決定する。該相関データは、前輪操舵角δfと標準操舵モーメントMstr_nmlとの関係を表す相関データであり、制御装置50にあらかじめ記憶保持されている。
この場合、該相関データに基づいて決定される標準操舵モーメントMstr_nmlは、二輪車1Aのトレール長t_actを、あらかじめ定めた標準的な正のトレール長(例えば、図3に示すトレール長t_nml。以降、標準トレール長tnmlという)に維持した状態で、操舵用アクチュエータ8を作動させずに前輪3fの操舵を行った場合に、前輪操舵角δfに応じて発生する操舵モーメントMstrに一致もしくはほぼ一致するように決定される。
例えば、前記式(5)におけるトレール長tを標準トレール長tnmlに一致させた場合に、該式(5)により規定される前輪操舵角δfと、操舵モーメントMstrとの間の関係を上記相関データとして用い、該相関データに基づいて、前輪操舵角δfに応じた標準操舵モーメントMstr_nmlが決定される。
なお、上記標準トレール長tnmlとしては、例えば、通常の二輪車と同程度のトレール長を採用し得る。また、本実施形態では、前記上限トレール長tpが、標準トレール長tnmlである。
補足すると、トレール長t_actを標準トレール長tnmlに維持した状態の二輪車1Aの実車において、前輪3fの操舵に応じて発生する操舵モーメントMstrと、前輪操舵角δfとの関係を実測しておき、その実測データに基づいて、標準操舵モーメントMstr_nmlを決定するための上記相関データを作成してもよい。また、外乱によって発生する車体2のロール方向の傾斜角φbの影響を加味して標準操舵モーメントMstr_nmlを決定することがより望ましい。例えば、上記相関データに基づいて求められる標準操舵モーメントMstr_nmの値(基準値)を、後述する如く算出される倒立振子質点横移動量推定値Pb_diff_y_actに応じて(又は車体2のロール方向の傾斜角φb_actの検出値に応じて)補正することで、標準操舵モーメントMstr_nmを決定することが、より望ましい。
目標姿勢状態決定部34は、倒立振子質点横移動量Pb_diff_yの目標値である目標倒立振子質点横移動量Pb_diff_y_cmdと、倒立振子質点横速度Vbyの目標値である目標倒立振子質点横速度Vby_cmdとを決定する。本実施形態では、目標姿勢状態決定部34は、一例として、Pb_diff_y_cmdとVby_cmdとを共にゼロに設定する。
倒立振子質点横移動量推定値算出部31には、車体傾斜検出器51の出力により示される車体2のロール方向の傾斜角φbの検出値と、前輪操舵角検出器52の出力により示される前輪操舵角δf_actの検出値とが入力される。そして、倒立振子質点横移動量推定値算出部31は、入力された傾斜角φbの検出値と前輪操舵角δf_actの検出値とを用いて、次式(8)により、倒立振子質点横移動量推定値Pb_diff_y_actを算出する。
Pb_diff_y_act=φb_act*(-h’)+Plfy(δf_act) ……(8)
ここで、式(8)の右辺のPlfy(δf_act)は、前輪操舵角δfの関数Plfy(δf)の、前輪操舵角δf_actの検出値に対応する関数値である。該関数Plfy(δf)は、前輪操舵角δfの増加(負側の値から正側への値の増加)に伴い、関数値が減少していく特性を有する非線形関数である。
制御装置50は、各制御処理周期おいて、さらに、倒立振子質点横速度推定値算出部32、制御ゲイン決定部35及び目標トレール長決定部37の処理を以下に説明する如く実行する。
倒立振子質点横速度推定値算出部32には、倒立振子質点横移動量推定値算出部31で算出された倒立振子質点横移動量推定値Pb_diff_y_actと、前輪操舵角δf_actの検出値と、前輪3fの回転移動速度Vf_actの推定値とが入力される。そして、倒立振子質点横速度推定値算出部32は、入力された倒立振子質点横移動量推定値Pb_diff_y_act、前輪操舵角δf_actの検出値及び回転移動速度Vf_actの推定値を用いて、次式(9)により、倒立振子質点横速度推定値Vby_actを算出する。
Vby_act
=Pb_diff_y_dot_act+Vf_act*sin(δf_act*cos(θcf))*(Lr/L)
……(9)
なお、式(9)の右辺第1項のPb_diff_y_dot_actは、倒立振子質点横移動量推定値Pb_diff_y_actの時間的変化率(単位時間当たりの変化量)である。
制御ゲイン決定部35には、車速推定値算出部33により算出された車速推定値Vox_actと、トレール長検出器53の出力により示されるトレール長t_actの検出値とが入力されると共に、前回の制御処理周期で姿勢制御演算部39により算出された目標前輪操舵角δf_cmdである前回目標前輪操舵角δf_cmd_pが遅延要素40を介して入力される。
なお、前回目標前輪操舵角δf_cmd_pは、現在時刻での前輪3fの実際の操舵角δf_actの擬似的な推定値としての意味を持つものである。従って、δf_cmd_pの代わりに、前輪操舵角検出器52の出力により示される現在時刻での前輪操舵角δf_actの検出値を制御ゲイン決定部35に入力するようにしてもよい。
そして、制御ゲイン決定部35は、姿勢制御演算部39の処理における後述のゲインK1,K2,K3,K4,K5を、入力された車速推定値Vox_act、トレール長t_actの検出値、及び前回目標前輪操舵角δf_cmd_p(又は前輪操舵角δf_actの検出値)に応じて決定する。なお、ゲインK1,K2,K3,K4,K5の具体的な決定処理は後述する。
目標トレール長決定部37には、車速推定値算出部33で算出された車速推定値Vox_actが入力される。そして、目標トレール長決定部37は、入力された車速推定値Vox_actに応じて目標トレール長t_cmdを決定する。この場合、本実施形態では、目標トレール長t_cmdは、車速推定値Vox_actに応じて、例えば図10に示す如き態様で、前記上限トレール長tp及び下限トレール長tnのいずれか一方に決定される。
具体的には、車速推定値Vox_actがゼロである場合には、目標トレール長t_cmdは下限トレール長tn(<0)に決定される。そして、t_cmd=tnとなっている状態では、車速推定値Vox_actがあらかじめ定めた第1の所定値Vox1を超える値に増加するまでは、目標トレール長t_cmdは下限トレール長tnに維持される。
車速推定値Vox_actが第1の所定値Vox1を超えると、目標トレール長t_cmdは下限トレール長tnから上限トレール長tp(>0)に切替えられる。該上限トレール長tpは、本実施形態では、前記標準トレール長t_nmlである。
その後、t_cmd=tpとなっている状態では、車速推定値Vox_actがあらかじめ定めた第2の所定値Vox2を下まわる値に低下するまでは、目標トレール長t_cmdは上限トレール長tp(>0)に維持される。この場合、第2の所定値Vox2は、第1の所定値Vox1よりも小さい速度とされている。そして、車速推定値Vox_actが第2の所定値Vox2を下まわると、目標トレール長t_cmdは上限トレール長tpから下限トレール長tnに戻される。
以上のように、目標トレール長t_cmdは、基本的には、実際の車速Vox_actが低速域の車速である場合(停車時も含む)には、下限トレール長tn(<0)に設定され、実際の車速Vox_actが高速側の車速である場合に、上限トレール長tp(>0)に設定される。この場合、t_cmdは、Vox_actの変化に対してヒステリシス特性を有するように決定される。
補足すると、目標トレール長t_cmdを車速Vox_actに対して連続的に変化させるように決定してもよい。例えば、図11に示すような態様で、車速Vox_actに応じて目標トレール長t_cmdを決定してもよい。この例では、所定車速Vox3以下の低速側車速域では、t_cmdは、下限トレール長tnで一定に維持され、Vox3よりも大きい所定車速Vox4以上の高速側車速域では、t_cmdは、上限トレール長tpで一定に維持される。そして、Vox3とVox4との間の車速域でVox_actの増加に伴い、t_cmdが単調に増加される。
制御装置50は、各制御処理周期において、さらに、姿勢制御演算部39の処理を以下に説明する如く実行する。姿勢制御演算部39には、目標姿勢状態決定部34で決定された目標倒立振子質点横移動量Pb_diff_y_cmd及び目標倒立振子質点横速度Vby_cmdと、倒立振子質点横移動量推定値算出部31で算出された倒立振子質点横移動量推定値Pb_diff_y_actと、倒立振子質点横速度推定値算出部32で算出された倒立振子質点横速度推定値Vby_actと、制御ゲイン決定部35で決定されたゲインK1,K2,K3,K4,K5と、標準操舵モーメント決定部38で決定された標準操舵モーメントMstrとが入力される。
そして、姿勢制御演算部39は、上記の入力値を用いて、図12のブロック線図に示す処理を実行することによって、目標前輪操舵角δf_cmdと、目標前輪操舵角速度δf_dot_cmdと、目標前輪操舵角加速度δf_dot2_cmdとを決定する。
図12において、処理部39-1は、入力されたPb_diff_y_cmdとPb_diff_y_actとの偏差を求める処理部、処理部39-2は、処理部39-1の出力にゲインK1を乗じる処理部、処理部39-3は、入力されたVby_cmdとVby_actとの偏差を求める処理部、処理部39-4は、処理部39-3の出力にゲインK2の乗じる処理部、処理部39-5は、前回の制御処理周期での目標前輪操舵角δf_cmdの値である前回目標前輪操舵角δf_cmd_pにゲインK3を乗じる処理部、処理部39-6は、前回の制御処理周期での目標前輪操舵角速度δf_dot_cmdの値である前回目標前輪操舵角速度δf_dot_cmd_pにゲインK4を乗じる処理部、処理部39-7は、入力された標準操舵モーメントMstrにゲインK5を乗じる処理部、処理部39-8は、処理部39-2,39-4,39-7のそれぞれの出力と、処理部39-5,39-6のそれぞれの出力の(-1)倍の値とを加え合わせることによって、目標前輪操舵角加速度δf_dot2_cmdを算出する処理部を表している。
また、処理部39-9は、処理部39-8の出力を積分することにより目標前輪操舵角速度δf_dot_cmdを求める処理部、処理部39-10は、前回の制御処理周期での処理部39-9の出力(すなわち、前回目標前輪操舵角速度δf_dot_cmd_p)を処理部39-6に出力する遅延要素、処理部39-11は、処理部39-9の出力を積分することにより目標前輪操舵角δf_cmdを求める処理部、処理部39-12は、前回の制御処理周期での処理部39-11の出力(すなわち、前回目標前輪操舵角δf_cmd_p)を処理部39-5に出力する遅延要素を表している。
従って、本実施形態では、姿勢制御演算部39は、次式(10)により、目標前輪操舵角加速度δf_dot2_cmdを算出する。
δf_dot2_cmd=K1*(Pb_diff_y_cmd-Pb_diff_y_act)
+K2*(Vby_cmd-Vby_act)
-K3*δf_cmd_p-K4*δf_dot_cmd_p)+K5*Mstr_nml
……(10)
この式(10)において、K1*(Pb_diff_y_cmd-Pb_diff_y_act)は、偏差(Pb_diff_y_cmd-Pb_diff_y_act)を“0”に近づける機能を有するフィードバック操作量、K2*(Vby_cmd-Vby_act)は、偏差(Vby_cmd-Vby_act)を“0”に近づける機能を有するフィードバック操作量、-K3*δf_cmd_pは、δf_cmdを“0”に近づける機能を有するフィードバック操作量、-K4*δf_dot_cmd_pは、δf_dot_cmdを“0”に近づける機能を有するフィードバック操作量、K5*Mstr_nmlは、δf_dot2_cmd,δf_dot_cmd,δf_cmdに応じた前輪3fの操舵制御によって発生する操舵モーメントMstr_actを、標準操舵モーメントMstr_nmlに近づける機能を有するフィードフォワード操作量である。
そして、姿勢制御演算部39は、上記式(10)により決定したδf_dot2_cmdを積分することにより、目標前輪操舵角速度δf_dot_cmdを決定する。さらに、姿勢制御演算部39は、このδf_dot_cmdを積分することにより、目標前輪操舵角δf_cmdを決定する。
なお、式(10)の演算で用いるδf_cmd_p、δf_dot_cmd_pは、それぞれ、現在時刻での前輪3fの実際の操舵角、操舵角速度の擬似的な推定値としての意味を持つものである。従って、δf_cmd_pの代わりに、現在時刻での前輪操舵角δf_actの検出値を使用してもよい。また、δf_dot_cmd_pの代わりに、現在時刻での前輪操舵角速度δf_dot_actの検出値を使用してもよい。
かかる姿勢制御演算部39の処理で使用される前記ゲインK1~K5が、前記制御ゲイン決定部35により決定される。この場合、制御ゲイン決定部35は、ゲインK1~K5のそれぞれの目標値を、車速推定値Vox_actと、前回目標前輪操舵角δf_cmd_p(又は前輪操舵角δf_actの現在時刻での検出値)と、トレール長t_actの検出値とに応じて、図13A~図13Cのグラフで示す如き傾向で変化させるように決定する。
この場合、ゲインK1~K5のそれぞれの目標値は、車速Vox(車速推定値Vox_act)が大きくなるに伴い、小さくなる(ゼロに近づく)ような傾向で決定される。特に、高速域の車速Vox(図13Aの所定車速Vox5よりも大きい車速)では、ゲインK1~K5のそれぞれの目標値はゼロに一致もしくはほぼ一致するように決定される。
また、ゲインK1~K5のうちのゲインK1~K4のそれぞれの目標値は、例えば図13Bのグラフで示すように、前輪操舵角δf(前回前輪操舵角δf_cmd_p又は前輪操舵角δf_actの検出値)の大きさ(絶対値)が大きくなるに伴い、ゼロまで小さくなるような傾向で決定される。
また、ゲインK1~K5のうちのゲインK1~K4のそれぞれの目標値は、例えば図13Cのグラフで示すように、トレール長t(トレール長t_actの検出値)が、負側の値から正側の値に増加するに伴い、大きくなっていくような傾向で決定される。なお、ゲインK1~K5のそれぞれの目標値を上記の如く決定する処理は、例えば、あらかじめ作成されたマップ又は演算式等に基づいて行われる。
そして、制御ゲイン決定部35は、前記式(10)の演算処理で使用するゲインK1~K5のそれぞれの値を、上記の如く決定した目標値に徐々に収束する(例えば、一次遅れの応答特性で収束する)ように決定する。姿勢制御演算部39は、このように決定されたゲインK1~K5の値を用いて前記式(10)の演算処理を実行することで、目標前輪操舵角加速度δf_dot2_cmd、目標前輪操舵角速度δf_dot_cmd及び目標前輪操舵角δf_cmdを算出する。なお、標準操舵モーメントMstrに乗じるゲインK5は、車体2の姿勢制御のための処理に用いる他のゲインK1~K5よりも、遅い応答速度で目標値に追従させるように決定することが好ましい。
次に、制御装置50による前記操舵用アクチュエータ8、トレール長変更用アクチュエータ15、及び走行用アクチュエータ27の作動制御を説明する。制御装置50は、目標車速決定部36で決定された目標車速Vox_cmdと、車速推定値算出部33で算出された車速推定値Vox_actとに応じて走行用アクチュエータ27の作動制御を行う。例えば、制御装置50は、目標車速Vox_cmdに車速推定値Vox_actを追従させるように、フィードバック制御則により走行用アクチュエータ27を制御する。
なお、例えば、車速推定値Vox_actを使用せずに、目標車速Vox_cmdから走行用アクチュエータ27の目標回転速度を決定し、該目標回転速度に応じて走行用アクチュエータ27を制御してもよい。
また、例えば、アクセル操作量の検出値に応じて、走行用アクチュエータ27から出力させる目標駆動力を決定し、該目標駆動力に応じて走行用アクチュエータ27を制御することも可能である。この場合には、目標車速決定部36を省略できる。
また、制御装置50は、目標トレール長決定部37で決定した目標トレール長t_cmdに応じてトレール長変更用アクチュエータ15の作動制御を行う。具体的には、目標トレール長t_cmdが下限トレール長tnから上限トレール長tp(標準トレール長t_nml)に切替わった場合には、制御装置50は、ロック機構15aをオフ状態に作動させた状態(ロック機構15aによるトレール長tのロックが解除される状態)で、例えば図10の下段側の図の破線のグラフで例示するように、トレール長t_actが所定の時間幅Tacc内でtnからtpまで単調変化するようにトレール長変更用アクチュエータ15を制御する。この場合、tnからtpまでのトレール長t_actの変化パターンは、直線的なパターンに限らず、種々のパターンを採用し得る。
そして、本実施形態では、目標トレール長t_cmdが上限トレール長tpに設定されている状態で、トレール長t_actの検出値が上限トレール長tp(=t_cmd)に一致する状態に達すると(t_cmd=t_act=tpになると)、制御装置50は、前記ロック機構15aをオン状態に作動させることで、トレール長t_actを上限トレール長tpにロックすると共に、トレール長変更用アクチュエータ15をオフ状態(通電遮断状態)にする。
また、目標トレール長t_cmdが上限トレール長tpから下限トレール長に切替わった場合には、制御装置50は、ロック機構15aをオフ状態に作動させた状態で、図10の下段側の図の破線のグラフで例示するように、トレール長t_actが所定の時間幅Tdec内でtpからtnまで単調変化するようにトレール長変更用アクチュエータ15を制御する。この場合、tpからtnまでのトレール長t_actの変化パターンは、直線的なパターンに限らず、種々のパターンを採用し得る。
なお、上記時間幅Tacc,Tdecは、互いに同じ時間幅、あるいは、互いに異なる時間幅のいずれであってもよい。また、下限トレール長tn及び上限トレール長tpの一方から他方へのトレール長t_actの変化時において、トレール長変更用アクチュエータ15を一定の駆動力で作動させてもよい。
補足すると、目標トレール長t_cmdが上限トレール長tpに設定されている状態で、トレール長t_actの検出値が上限トレール長tp(=t_cmd)に一致する状態に達した場合に限らず、目標トレール長t_cmdが下限トレール長tnに設定されている状態で、トレール長t_actの検出値が下限トレール長tn(=t_cmd)に一致する状態に達した場合にも、前記ロック機構15aをオン状態に作動させると共に、トレール長変更用アクチュエータ15をオフ状態(通電遮断状態)にしてもよい。
また、制御装置50は、姿勢制御演算部39で決定した目標前輪操舵角加速度δf_dot2_cmd、目標前輪操舵角速度δf_dot_cmd及び目標前輪操舵角δf_cmdに応じて、操舵用アクチュエータ8の作動制御を行う。
例えば、制御装置50は、δf_dot2_cmd、δf_dot_cmd及びδf_cmdと、前輪操舵角δf_actの検出値と、該前輪操舵角δf_actの時間的変化率としての前輪操舵角速度δf_dot_actの検出値とから、次式(11)により、操舵用アクチュエータ8の通電電流の目標値である電流指令値I_δf_cmdを決定する。なお、ここでは、操舵用アクチュエータ8は電動モータである。
I_δf_cmd=Kδf_p*(δf_cmd-δf_act)
+Kδf_v*(δf_dot_cmd-δf_dot_act)
+Kδf_a*δf_dot2_cmd ……(11)
ここで、式(11)のおけるδf_act,δf_dot_actは、それぞれ前輪操舵角検出器52の出力により示される検出値、Kδf_p,Kδf_v,Kδf_aはそれぞれ、所定値のゲインである。
そして、制御装置50は、モータドライバ等により構成される電流制御部(図示省略)により、操舵用アクチュエータ8の実際の通電電流を電流指令値I_δf_cmdに一致する電流に制御する。これにより、前輪3fの実際の操舵角δf_actが、目標前輪操舵角δf_cmdに追従するように制御される。なお、操舵用アクチュエータ8の作動制御の手法は、前輪3fの操舵角δf_actを目標操舵角δf_cmdに制御し得る手法であれば、上記と異なる手法であってもよい。
本実施形態では、前輪3fの操舵制御を行うモードが選択されている状態では、二輪車1Aの停車時及び走行時に、上記の如く制御装置50の制御処理が実行される。
なお、前輪3fの操舵制御を行うモードが選択されている状態では、制御装置50は、操舵クラッチ8aをオフ状態(操舵用アクチュエータ8から操舵回転部12への動力伝達を遮断する状態)に作動させると共に、操舵用アクチュエータ8をオフ状態(通電遮断状態)にする。また、制御装置50は、トレール長t_actをロック機構15aにより上限トレール長tp(=標準トレール長t_nml)にロックする。
以上説明した実施形態によれば、姿勢制御演算部39による目標前輪操舵角加速度δf_dot2_cmdを決定する演算処理(式(10))で、標準操舵モーメントMstr_nmlに応じた成分(Mstr_nmlにゲインK5を乗じてなる成分)が付加される。そして、該目標前輪操舵角加速度δf_dot2_cmdと、それを積分して得られる目標前輪操舵角速度δf_dot_cmd及び目標前輪操舵角δf_cmdに応じて操舵用アクチュエータ8が制御される。
このため、操舵用アクチュエータ8は、車体2のロール方向の姿勢を安定化するように作動しつつ、操縦ハンドル7に対して操舵軸線Csf周りに標準操舵モーメントMstr_nmlと同方向の操舵トルクを、トレール長t_actによらずに付与するように作動する。また、この場合、標準操舵モーメントMstr_nmlは、前輪舵角δf_actの検出値に応じて決定されるので、操縦ハンドル7に対して付与される操舵トルクも、実際の前輪舵角δf_actに応じたものとなる。
従って、二輪車1Aの運転者は、トレール長t_actが負のトレール長となっている状態(本実施形態では、車速推定値Vox_actが低速側の車速である場合)でも、トレール長t_actが正のトレール長となっている状態と同様の方向の反力を操縦ハンドル7から受けながら、該操縦ハンドル7を操作することができる。
また、前記式(10)の演算処理で標準操舵モーメントトレール長t_actが負のトレール長に設定される低速側の車速Voxに乗じるゲインK5の目標値は、車速推定値Vox_actの増加に伴い、小さくなるので、トレール長t_actが負のトレール長に設定される低速側の車速Voxでは、トレール長t_actが正のトレール長に設定される高速側の車速Voxよりも、目標前輪操舵角加速度δf_dot2_cmdに含まれる標準操舵モーメントMstr_nmlに応じた成分(=K5*Mstr_nml)が大きくなる。ひいては、操縦ハンドル7に対して付与されるトルクがトレール長t_actに応じて変動するのを抑制することができる。
なお、以上説明した実施形態では、トレール長可変機構は、図5及び図6に例示した構造のものと異なる構造のものであってもよい。前輪3fのトレール長を変更可能とするためのトレール長可変機構は、アクチュエータにより前輪3fのトレール長を変更し得る機構であれば、どのような構造のものであってもよい。
例えば、トレール長可変機構は、ボールネジ機構等を用いて、前輪3fを前記操舵回転部12に対して、前後方向に直線状に動かすように構成されていてもよい。また、トレール長可変機構は、例えば特開2014-184934号公報、あるいは、米国特許第9302730号明細書に提案されている構造のものであってもよい。
また、前記実施形態では、本発明の移動体として、二輪車1Aを例示した。ただし、本発明の移動体は、車体を運転者の体重移動に応じてロール方向に傾斜させ得る構造のものであれば、例えば前輪又は後輪が、車幅方向に並列する複数の車輪により構成されていてもよい。さらに、本発明の移動体は、例えば、後輪に対して、車体及び前輪をロール方向に傾斜させることが可能となっている構造のものであってもよい。
また、前記実施形態では、車体2の傾斜状態を示す状態量として、倒立振子質点123の横移動量Pb_diff_y及び横速度Vbyを用いて、該状態量の目標値に収束させるように車体2のロール方向の姿勢制御を行うものを示した。ただし、例えば、倒立振子質点123の横移動量Pb_diff_yだけを制御対象の状態量として用いて、車体2のロール方向の姿勢制御を行うことも可能である。あるいは、車体2のロール方向の傾斜角を制御対象の状態量として用いて、あるいは、車体2のロール方向の傾斜角と、その時間的変化率である傾斜角速度とを制御対象の状態量として用いて、車体2のロール方向の姿勢制御を行うことも可能である。