以下、本発明の一実施形態を図面に基づいて説明する。図1は、本実施形態の熱処理方法を用いて浸炭焼入れ処理する鋼材部品1を示す斜視図である。この図に示すように、鋼材部品1は、傘歯車であり、傘歯部11と軸部12とを備える。傘歯部11は、歯が形成された円錐面である歯面111と、歯面111の裏面を構成する裏面112とを備える。軸部12は、傘歯部11の中心に設けられており、傘歯部11の裏面112から歯面111の反対側に突出している。また、軸部12の中心には、貫通孔121が形成されている。
図2は、本実施形態の鋼材部品1の熱処理方法で使用する治具2を示す斜視図である。図3は、治具2の上に鋼材部品1を配置した状態を示す斜視図である。これらの図に示すように、治具2は、複数の凹部21が縦横に並べて設けられた板材である。この治具2のそれぞれの凹部21に鋼材部品1が配置される。
治具2は、多孔板であり、直径が1mm〜10mm程度の孔23(図2においては省略、図5参照)が、直径の1.1〜2.0倍程度の間隔で縦横に形成されている。なお、本実施形態では、孔23の直径は8mmであり、孔23の間隔(中心点間の距離)は9mmである。ここで、凹部21に多数の孔23が形成されていることにより、この多数の孔23を通して浸炭ガスを傘歯部11の歯面111に当てることができる。
凹部21の中心には円柱形状の凸部22が形成されており、この凸部22が、軸部12の貫通孔121に嵌り込む。一方、凹部21は、傘歯部11の歯面111の凹凸形状及びテーパ形状に倣った形状に形成されており、傘歯部11と凹部21とが相互に噛み合った状態で嵌り合う。これにより、凹部21の凹凸形状の表面と傘歯部11の歯面111とが相互に面で接触した状態で、傘歯部11の荷重が治具2に保持される。
図4は、1個の鋼材部品1及びそれに対応する治具2の一部を拡大して示す平面図であり、図5は、図4の5−5断面図である。図5に示すように、凹部21の歯面111との接触面(以下、上面という)には、歯面111の凸凹に倣った凸凹が形成されているのに対して、凹部21の上面の裏側の面(以下、下面という)には、凸凹が形成されていない。ここで、傘歯部11の歯先111Aには、凹部21の上面の谷部21Aが対応し、傘歯部11の歯底111Bには、凹部21の上面の山部21Bが対応する。このため、凹部21の厚さは、歯底111Bに対応する部位において最大となり、歯底111Bから歯先111Aに近づくほど小さくなり、歯先111Aに対応する部位において最小となっている。
以上のような構成の治具2は、鋼材部品1と比較して熱容量が小さい材料により構成されている。具体的には、治具2は、熱容量が一般的な耐熱鋼(例えば、SCH24:熱容量=4.67[J/(cm3・K)])の1/2以下である材料により構成されている。このような材料としては、C/Cコンポジット(例えば、CFCデザイン社製のFS240、熱容量=1.275[J/(cm3・K)])やシリコンカーバイト(SiC)(例えば、SiC3N、熱容量=1.813[J/(cm3・K)])等を例示できる。ここで、炭素鋼(0.5C以下)の熱容量は、3.6[J/(cm3・K)])程度であるため、治具2を構成する材料の熱容量は、鋼材部品1の熱容量の2/3以下であることが好ましく、1/2以下であることがより好ましい。なお、C/Cコンポジットの熱容量は、炭素鋼の熱容量の1/3程度、シリコンカーバイトの熱容量は、炭素鋼の熱容量の1/2程度となる。
治具2を構成する材料の融点は、浸炭温度の2倍以上に設定されている。ここで、C/Cコンポジットやシリコンカーバイトは、融点が2500℃以上であるため、浸炭温度(後述するように本実施形態では1250℃)の2倍以上という条件を満足する。
以下、本実施形態の浸炭焼入れ処理の方法について説明する。本実施形態では、図3に示すように、鋼材部品1を治具2の凹部21に載置した状態で、鋼材部品1の浸炭処理及び焼入れ処理を実施する。
浸炭処理では、図3に示すように治具2上に載置された複数の鋼材部品1を、治具2と共に浸炭ガスの雰囲気中に投入して所定温度(本実施形態では1250℃)まで加熱し、所定時間だけ当該所定温度に保持した後に徐冷する。本実施形態では、浸炭処理の時間を15分とした。
ここで、凹部21に複数の孔23が所定間隔で縦横に形成されていることにより、歯面111には、複数の孔23を通して浸炭ガスが当たる位置が均等な間隔で点在することになる(図5参照)。このため、歯面111において、均等な間隔で点在する浸炭ガスの供給点の相互間で浸炭の拡散が生じることにより、一様に浸炭層が形成される。
図6は、比較例に係る鋼材部品1の浸炭処理を説明するための図である。この図に示すように、本比較例の浸炭処理では、歯面111が上向きになるように、平板である治具102の上に鋼材部品1を載置する。そのため、傘歯部11の軸部12から張り出した部位は、治具102から浮いた状態となり、荷重を支持されない。
ところで、鋼材の浸炭処理の処理速度を表す指標としての拡散定数Dは、下記(1)式で表される。また、鋼材の熱処理時のクリープ変形量Pは、下記(2)式で表される。
但し、D
0は振動数因子であり、Qは活性化エネルギであり、Rはボルツマン定数であり、Tは処理温度であり、Cは残量定数であり、t
rは処理時間である。
上記(1)式によれば、拡散定数Dは、処理温度Tが高くなるほど大きくなるので、高温での浸炭処理が効率化に繋がる。しかしながら、上記(2)式によれば、高温での熱処理では鋼材のクリープ耐力が低下する。ここで、本比較例では、傘歯部11の軸部12から張り出した部位の荷重が、治具102により支持されていないので、高温での浸炭処理を実施した場合には、クリープ耐力の低下により、傘歯部11の軸部12から張り出した部位に自重による変形が生じ、浸炭処理後の傘歯部11に重力方向への熱処理変形が生じる可能性がある。このため、本比較例の浸炭処理では、本実施形態の浸炭処理と比較して、処理温度Tを低くせざるを得ず、処理時間trが長くなる。具体的には、下記表1に示すように、本実施形態の浸炭処理では処理温度Tを1250℃、処理時間trを15分にできるのに対して、比較例の浸炭処理では、処理温度Tを930℃までしか上げることができず、処理時間trは237分と長くなる。さらに、本実施形態の浸炭処理では傘歯部11の変形量(下垂量)を0.002mmまで抑えることができるのに対して、比較例の浸炭処理では、傘歯部11の変形量(下垂量)が0.015mmと相対的に大きくなる。
ここで、クリープ耐力は、材料の温度が高くなる程速く低下し、材料の融点の4〜5割程度で顕著に低下する。それに対して、本実施形態の浸炭処理では、治具2を構成する材料の融点が浸炭温度の2倍以上であることから、浸炭処理時に治具2にクリープ耐力が顕著に低下することを防止でき、治具2が鋼材部品1の荷重で変形することを効果的に抑制できる。従って、治具2の変形に起因する傘歯部11の変形(下垂)を効果的に抑制できる。
浸炭処理後は、図3に示すように治具2上に載置された複数の鋼材部品1を、炉内に投入して所定温度(本実施形態では900℃)まで加熱し、その後、ガス冷却による焼入れ処理を実施する。
図7は、本実施形態の焼入れ処理を説明するための断面図(図4の5−5断面図に相当)である。この図に示すように、焼入れ処理では、治具2の下側から治具2に冷却ガスGを噴射して治具2及びその上の傘歯部11を冷却する。冷却ガスGとしては、加圧した窒素やヘリウム等を例示できる。
即ち、本実施形態の焼入れ処理では、治具2を冷却ガスGにより冷却し、治具2からの伝熱により傘歯部11を冷却する。ここで、上述したように、治具2の熱容量は、鋼材部品1より小さく、さらにSCH24等の一般の耐熱鋼の熱容量の1/2以下(本実施形態では、1/4〜1/3)と小さいので、冷却ガスGと傘歯部11との間に治具2が介在することによる冷却速度の低下を抑制でき、臨界冷却速度以上の冷却速度を確保することが可能になる。なお、治具2の孔23を通して冷却ガスGが歯面111に当るところ、歯面111に直接当る冷却ガスGも、傘歯部11の冷却に寄与する。
図8は、治具2の厚みと浸炭焼入れの対象の鋼材の厚みとの設定条件を示すグラフである。治具2の厚みは、冷却ガスGが当たる面(下面)から鋼材との接触面(上面)までの距離に相当し、板材である治具2の場合には板厚に相当する。一方、鋼材の厚みは、治具2の板面の法線方向についての鋼材の下端(治具2との接触点)から上端までの距離に相当する。
図8のグラフでは、治具2の厚みを横軸にとり、鋼材の厚みを縦軸にとり、十分な焼入れ効果を得るための治具2の厚みと鋼材の厚みとの設定条件を示している。このグラフに示すように、治具2の厚みと鋼材の厚みとの関係を表す1次関数(直線L)より下側の領域が、治具2の厚みと鋼材の厚みとの設定条件を満足する領域である。
直線Lは、下記表2に示すA,B,C,D,Eの5点を通る。
ここで、鋼材の厚みが鋼材の表面積に対して相対的に大きくなるほど鋼材の冷却速度が低くなり、鋼材の焼入れ性が低下する。それに加えて、治具2の下面から上面までの距離が長くなるほど(即ち、鋼材の厚みが大きくなるほど)、治具2の下面から上面までの熱伝導が遅くなり、鋼材の冷却速度が低くなる。そこで、本実施形態では、鋼材の厚みが大きくなるほど、治具2の厚みの上限値を小さく設定する。例えば、鋼材の厚みが6mmの場合には、治具2の厚みの上限値を7mm以下にするのに対して、鋼材の厚みが14mmの場合には、治具2の厚みの上限値を3mm以下にする。
本実施形態の焼入れ処理では、治具2から傘歯部11への熱伝達率を、加圧窒素ガスや焼入れ油等の冷媒で傘歯部11を直接冷却する場合における冷媒から傘歯部11への焼入れ時の熱伝達率と同程度に設定する。ここで、加圧窒素ガス及び焼入れ油による歯車の焼入れ時における加圧窒素ガス及び焼入れ油から歯車への熱伝達率は、2[kw/m2・k]程度であるため(例えば、特開2010−8312号公報、特開2010−174289号公報参照)、焼入れ時の治具2から傘歯部11への熱伝達率を2[kw/m2・k]程度に設定する。なお、異種材料間の熱伝達率は、公知の方法(例えば、「「異材界面における接触熱抵抗の評価」,福岡俊道・野村昌孝・山田章博 著,日本機械学会論文集.A編,76(763):344−350頁,発行日:2010年3月25日」参照)により算出することができる。
治具2から傘歯部11への熱伝達率と、冷媒で傘歯部11を直接冷却する場合における冷媒から傘歯部11への焼入れ時の熱伝達率とが同程度であることにより、焼入れ時に、傘歯部11と治具2との間と、治具2と冷媒との間とで熱流束が同等になる。従って、本実施形態の焼入れ処理によれば、治具2を介さずに冷媒で傘歯部11を直接冷却する場合と同等の冷却速度で焼入れを実施できる。
ここで、上記表1に示すように、比較例の焼入れ処理では、傘歯部11の歯先111Aの有効硬化層深さが1.07mmとなったのに対して、上記実施例の焼入れ処理では、傘歯部11の歯先111Aの有効硬化層深さが1.1mmとなった。この結果から、本実施形態の焼入れ処理によれば、治具2を介さずに冷却ガスGで傘歯部11の歯面111を直接冷却する場合と同等の焼入れ効果を得られることが確認された。
ところで、歯車部品の歯先111A、及び歯先111Aと歯底111Bとの間(以下、歯先等という)については、高速で摺動することから高い表面硬度が要求される。そのため、歯車部品の歯先等については、高度の焼入れ強烈度が要求される。それに対して、歯車部品の歯底111Bについては、焼入れ強烈度が高度になるとマルテンサイト化による靱性低下が顕著になるため、相対的に低い焼入れ強烈度が要求される。
そこで、本実施形態の焼入れ処理では、治具2の凹部21の厚みを、歯底111Bに対応する部位において最大となり、歯底111Bから歯先111Aに近づくほど小さくなり、歯先111Aに対応する部位において最小となるように設定することにより、歯底111Bの冷却速度を、歯先111Aの冷却速度と比較して低くし、歯底111Bの焼入れ強烈度を、歯先111Aの焼入れ強烈度と比較して低くしている。
ここで、上記表1に示すように、比較例の焼入れ処理では、傘歯部11の歯先111Aの有効硬化層深さが1.07mmであるに対して、歯底111Bの有効硬化層深さが1.0mmであり、両者の差は小さい。それに対して、上記実施例の焼入れ処理では、傘歯部11の歯先111Aの有効硬化層深さが1.1mmであるのに対して、歯底111Bの有効硬化層深さが0.6mmであり、両者の差が相対的に大きい。この結果から、本実施形態の焼入れ処理によれば、傘歯部11の歯面については相対的に高い表面硬度にすることができ、傘歯部11の歯底部111Bについては相対的に高靱性にすることができることが確認された。
図9は、表1に示す実施例と比較例との冷却速度を示すグラフである。このグラフに示すように、比較例では、30秒の冷却時間で鋼材が900℃の焼入れ温度から280℃まで冷却されるのに対して、本実施例では、30秒の冷却時間で鋼材が900℃の焼入れ温度から160℃まで冷却されることが確認された。
以上説明したように、本実施形態の鋼材部品1の熱処理方法では、鋼材部品1の傘歯部11の歯面111に面で接触して傘歯部11の荷重を支持する凹部21を有する治具2を準備し、この治具2を用いて焼入れ処理を含む表面硬化処理を実施する。これにより、焼入れ処理又はその他の表面硬化処理の際に、加熱した傘歯部11の荷重を、歯面111に面で接触した凹部21で支持することができるので、傘歯部11の軸部12から張り出した部位に自重が加担したクリープ変形が生じることを抑制できる。
焼入れ処理では、傘歯部11の荷重を歯面111に面で接触した凹部21により支持した状態で、凹部21を冷却して凹部21から傘歯部11への伝熱により傘歯部11を冷却する。これにより、鋼材部品1を、歯面111を下向きにして治具2の凹部21に載置した状態で焼入れ温度まで加熱した後、鋼材部品1の保持状態を変えることなく、歯面111を冷却できる。従って、本実施形態の鋼材部品1の熱処理方法によれば、鋼材部品1の自重が加担したクリープ変形を抑制できると共に、焼入れできない箇所が生じない、適用できる部品が制限されない焼入れ処理を実現できる。
また、上述の特許文献1に記載の熱処理方法では、第1及び第2載置片がリングギヤの歯部の荷重を受けてクリープ変形することにより、歯部の平面度品質が低下することを抑制する必要がある。そのため、熱処理用の治具を所定回数使用する毎に上下反転させたり、治具に所定の歪み量が生じる毎に上下反転させたりする等の管理が必要となるので、工程が複雑化したり、工数が増加したりするという問題がある。それに対して、本実施形態の鋼材部品1の熱処理方法では、傘歯部11の歯面111の全体に凹部21の上面を面で接触させた状態で、傘歯部11を治具2で保持することにより、傘歯部11の自重を受けて治具2がクリープ変形することを抑制している。従って、治具の管理を不要にできるので、工程の複雑化や工数の増加を招くことなく、鋼材部品1の自重が加担したクリープ変形を抑制できる。
また、本実施形態の鋼材部品1の熱処理方法では、治具2を多孔板としたことにより、この治具2の孔23を通して浸炭ガスを歯面111に供給することができ、傘歯部11の歯面111を浸炭することができる。
また、本実施形態の鋼材部品1の熱処理方法では、治具2を構成する材料の融点を、浸炭処理での浸炭温度の2倍以上としていることにより、浸炭処理での治具2の顕著なクリープ耐力の低下を防止でき、治具2が傘歯部11の荷重を受けてクリープ変形することを効果的に抑制できる。
また、本実施形態の焼入れ処理では、冷却ガスGを治具2に噴射することにより治具2を冷却して傘歯部11の歯面111を冷却する。特に、治具2の下面に対して鉛直に冷却ガスGを衝突させる。即ち、インピンジメント冷却により、治具2の下面の温度境界層を破壊する。これにより、治具2の冷却速度を高めることができ、傘歯部11の冷却速度を高めることができる。ここで、治具2を介さずに傘歯部11を直接冷却する場合には、傘歯部11の歯面111の全域に冷却ガスを垂直に衝突させることができないことからインピンジメント効果が十分に得られない。それに対して、本実施形態の焼入れ処理では、冷却ガスGと傘歯部11との間に板状の治具2を介在させ、治具2の平坦な下面に冷却ガスGを衝突させることにより、インピンジメント効果を高めることができる。
また、本実施形態の焼入れ処理では、凹部21の厚さを、傘歯部11の歯底111Bに対応する部位において最大となり、傘歯部11の歯先111Aに近づくほど小さくなることにより、冷却ガスGから歯底111Bまでの距離を、冷却ガスGから歯先111Aや歯の側面までの距離と比較して大きくしている。これにより、歯底111Bの冷却速度が、歯先111Aや歯の側面の冷却速度と比較して低くなることによって、歯底111Bの焼入れ強烈度が、歯先111Aや歯の側面の焼入れ強烈度と比較して低くなる。従って、傘歯部11の歯先111Aや歯の側面については相対的に高硬度とし、傘歯部11の歯底部111Bについては相対的に高靱性とすることができる。
図10は、他の実施形態の熱処理方法を用いて浸炭焼入れ処理するリンク形状の鋼材部品3を示す斜視図である。この図に示すリンク形状の鋼材部品3は、可変圧縮比エンジンのマルチリンクを構成する部品である。このマルチリンクは、一対の鋼材部品3が相互に対称に組み合わされてネジで結合された構成であり、クランクシャフトを回転軸として圧縮比を変更する分だけ回転する。
鋼材部品3は、半円形状の軸受部31と、一対のピン圧入部32と、ネジ部33とを備える。一対のピン圧入部32とネジ部33との間に軸受部31が設けられている。軸受部31は、クランクシャフトの軸受を構成する。一対のピン圧入部32は、アッパーリンク又はコントロールリンクを連結するためのピンを圧入する孔を有する。ネジ部33は、ネジを螺合させるネジ孔33Aを有する。図示は省略するが、一対のピン圧入部32の間にはネジが挿通されるネジ孔が形成されており、このネジ孔に挿通されたネジが、他方の鋼材部品3のネジ孔33Aに螺合する。
鋼材部品3では、軸受部31の外周面の幅方向(周方向に対して直交する方向)の両端から一対の板部34が張り出しており、それぞれの板部34の先端にピン圧入部32が設けられている。一対の板部34は、スリット部35を介して相互に平行に設けられている。また、一対の板部34の内面34Aは、平面で構成されている。
図11は、本実施形態の熱処理方法で使用する治具4と、上述の鋼材部品3とを示す斜視図である。また、図12は、治具4と鋼材部品3との概略の断面図である。これらの図に示すように、治具4は、複数の鋼材部品3を保持する保持板41と、鋼材部品3のスリット部35に嵌め込まれる嵌込み部材42とを備えている。保持板41は、多孔板であり、直径が1〜数mm程度の孔がメッシュ状に形成されている。なお、本実施形態では、孔の直径は2mmであり、孔の方向は無配向である。以上のような構成の保持板41上に、鋼材部品3が一対の板部34が上下に対向する状態で載置される。
一方、嵌込み部材42は、保持板41と同様の多孔質材料で構成されたブロック体であり、一対の板部34の間に嵌合するように構成されている。ここで、嵌込み部材42の上下面と板部34の内面34Aとは同様の外形に形成されており、嵌込み部材42の上面又は下面の全体と一方の板部34の内面34Aの全体とが相互に面で接触する。これにより、保持板41の上面と接触する一方の板部34の荷重は保持板41に支持され、他方の板部34の荷重は嵌込み部材42に支持される。
ここで、一方の板部34の外面34Bは保持板41の上面と面で接触しているが、保持板41が多孔質材料で構成されていることにより、浸炭ガスを一方の板部34の外面34Bに保持板41の孔を通して当てることができる。また、上下の板部34の内面34Aは、嵌込み部材42の上面又は下面に面で接触し、軸受部31の外周面、及び不図示のネジ部に接触又は近接しているが、嵌込み部材42が多孔質材料で構成されていることにより、浸炭ガスを上下の板部34の内面34A、軸受部31の外周面、及び不図示のネジ部に嵌込み部材42の孔を通して当てることができる。
以上のような構成の治具4は、上述の実施形態と同様に、鋼材部品3と比較して熱容量が小さく、且つ、熱容量が一般的な耐熱鋼(例えば、SCH24:熱容量=4.67[J/(cm3・K)])の1/2以下である材料により構成されている。このような材料としては、C/Cコンポジット(例えば、CFCデザイン社製のFS240、熱容量=1.275[J/(cm3・K)])やシリコンカーバイト(SiC)(例えば、SiC3N、熱容量=1.813[J/(cm3・K)])等を例示できる。
治具4を構成する材料の融点は、浸炭温度の2倍以上に設定されている。ここで、C/Cコンポジットやシリコンカーバイトは、融点が2500℃以上であるため、浸炭温度(後述するように本実施形態では1180℃)の2倍以上という条件を満足する。
以下、本実施形態の浸炭焼入れ処理の方法について説明する。本実施形態では、図11に示すように、鋼材部品3を保持板41の上に載置し、嵌込み部材42を一対の板部34の間に嵌合させた状態で、鋼材部品3の浸炭処理及び焼入れ処理を実施する。
浸炭処理では、図11に示す状態の複数の鋼材部品3を、治具4と共に浸炭ガスの雰囲気中に投入して所定温度(本実施形態では1180℃)まで加熱し、所定時間だけ当該所定温度に保持した後に徐冷する。本実施形態では、浸炭処理の時間を7分とした。
比較例に係る鋼材部品3の浸炭処理を説明する。本比較例の浸炭処理では、一対の板部34が相互に上下に対向するように鋼材部品1を不図示の治具で保持する。ここで、一対の板部34の間に治具は配置しない。そのため、軸受部31から張り出した板部34の荷重が、治具により支持されない。これにより、高温での浸炭処理を実施した場合には、クリープ耐力の低下により、軸受部31から張り出した板部34に自重が加担したクリープ変形が生じ、浸炭処理後の板部34に重力方向への熱処理変形が生じる可能性がある。このため、本比較例の浸炭処理では、本実施形態の浸炭処理と比較して、処理温度Tを低くせざるを得ず、処理時間trが長くなる。具体的には、下記表3に示すように、本実施形態の浸炭処理では処理温度Tを1180℃、処理時間trを7分にできるのに対して、比較例の浸炭処理では、処理温度Tを930℃までしか上げることができず、処理時間trは127分と長くなる。さらに、本実施形態の浸炭処理では板部34の変形量(下垂量)を0.002mmまで抑えることができるのに対して、比較例の浸炭処理では、板部34の変形量(下垂量)が0.015mmと相対的に大きくなった。
ここで、クリープ耐力は、材料の温度が高くなる程速く低下し、材料の融点の4〜5割程度で顕著に低下する。それに対して、本実施形態の浸炭処理では、治具4を構成する材料の融点が浸炭温度の2倍以上であることから、浸炭処理時に治具4にクリープ耐力が顕著に低下することを防止でき、治具4が鋼材部品3の荷重で変形することを効果的に抑制できる。従って、治具4の変形に起因する板部34の変形(下垂)を効果的に抑制できる。
浸炭処理後は、保持板41上に載置されると共にスリット部35に嵌込み部材42が嵌め込まれた複数の鋼材部品1を、炉内に投入して所定温度(本実施形態では900℃)まで加熱し、その後、ガス冷却による焼入れ処理を実施する。
本実施形態の焼入れ処理では、保持板41の下側から保持板41に冷却ガスを噴射して保持板41及びその上の板部34や軸受部31等を冷却する。また、嵌込み部材42に冷却ガスを噴射して嵌込み部材42及びその周囲の板部34や軸受部31やネジ部33等を冷却する。冷却ガスとしては、加圧した窒素やヘリウム等を例示できる。
即ち、本実施形態の焼入れ処理では、治具4を冷却ガスGにより冷却し、治具4からの伝熱により鋼材部品3の各部を冷却する。ここで、上述したように、治具4の熱容量は、鋼材部品3より小さく、さらにSCH24等の一般の耐熱鋼の熱容量の1/2以下(本実施形態では、1/4〜1/3)と小さいので、冷却ガスと鋼材部品3の各部との間に治具4が介在することによる冷却速度の低下を抑制でき、臨界冷却速度以上の冷却速度を確保することが可能になる。なお、治具4の孔を通して冷却ガスが鋼材部品3の各部に当るところ、鋼材部品3の各部に直接当る冷却ガスも、鋼材部品3の各部の冷却に寄与する。
ここで、上記表3に示すように、比較例の焼入れ処理では、板部34の内面34Aの有効硬化層深さが0.52mmとなったのに対して、上記実施例の焼入れ処理では、板部34の内面34Aの有効硬化層深さが0.4mmとなった。この結果から、本実施形態の焼入れ処理によれば、治具4を介さずに冷却ガスで直接鋼材部品3を直接冷却する場合と比較しても遜色のない焼入れ効果を得られることが確認された。
図13は、上述の治具4の変形例に係る治具5及び鋼材部品3の概略の断面図である。この図に示すように、本実施例の治具5は、保持板51と嵌込み部材52とを備える。上述の保持板41と嵌込み部材42とは、表面が平滑であり、鋼材部品3に対して面で接触するのに対して、本実施例の保持板51と嵌込み部材52とは、表面に凸凹加工が施されており、鋼材部品3に対して多点で接触する。また、本実施例の保持板51と嵌込み部材52とは、多孔質材料ではなく孔の無い材料で構成されている。
即ち、保持板51の上面と板部34の外面34Bとの間に隙間が生じた状態で、一方の板部34は、保持板51上に載置される。また、嵌込み部材52の上下面と板部34の内面34Aとの間に隙間が生じた状態で、嵌込み部材52が上下の板部34の間に嵌め込まれる。これにより、本実施例の治具5を用いた浸炭処理では、浸炭ガスが、保持板51の上面と板部34の外面34Bとの隙間を通して、板部34の外面34Bに供給される。また、浸炭ガスが、嵌込み部材52の上下面と板部34の内面34Aとの隙間を通して、板部34の内面34Aに供給される。
なお、以上に説明した実施形態は、本発明の理解を容易にするために記載されたものであって、本発明を限定するために記載されたものではない。従って、上述の実施形態に開示された各要素は、本発明の技術的範囲に属する全ての設計変更や均等物をも含む趣旨である。
例えば、上述の実施形態では、鋼材部品としてリンクギヤやマルチリンクを例に挙げたが、焼入れする部位に面又は多点で接触して保持した状態で焼入れ処理を実施する必要のある他の形状の鋼材部品にも本発明を適用できる。また、表面硬化処理として浸炭焼入れ処理を例に挙げたが、浸炭処理を実施することは必須ではなく、浸炭処理を省略したり、窒化焼入れを実施したりしてもよい。また、焼入れ処理の冷却方法としてガス冷却処理を例に挙げたが、冷却液に浸漬させたり、冷却液を噴射したりする等の他の冷却方法を用いてもよい。さらに、治具に孔や表面の凹凸を形成することは必須ではなく、孔や表面の凹凸の無い治具を焼入れする部位に接触させてもよい。