図1は特許文献1に開示されたバッチ重合プロセスの計装図である。バッチ重合プロセスにおいては、完全混合槽型の反応器100に、バルブ105〜107を介して原料モノマーと溶媒と助剤とを定量仕込み、反応温度まで加温する。反応器100は、冷却のためのコイル101と、同じく冷却のためのジャケット102と、反応物質の反応温度を測定する温度センサ103と、反応物質を攪拌する攪拌機104とを備えている。
原料モノマーの加温後に、バルブ108を介して反応器100に重合開始剤(触媒)を定量加えると、数分以内の誘導時間(induction period)だけ遅れて急激にラジカル重合反応が始まる。反応温度を一定に保つ主反応は約2時間で、その後さらに反応温度を昇温して反応を加速し、開始剤の添加から8時間程度で反応終点となる。生成されたポリマーは、反応器100からバルブ109を介して抜き出される。加温開始から生成ポリマーの抜き出しを完了するまでのバッチ時間は概ね12時間である。
重合反応による発熱量は、反応器100に設けられたコイル101とジャケット102とを一定流量で循環する冷媒(冷水)により除熱される。冷媒は、入口側配管110からコイル101とジャケット102に供給され、出口側配管111に排出される。出口側配管111に排出された冷媒は、一部が冷却塔113によって冷却され、残りが入口側配管110に戻されるようになっている。入口側配管110には、冷媒入口温度を測定する温度センサ112が設けられている。また、入口側配管110には、バルブ114,115を介して蒸気と冷却塔113によって冷却された冷水とが供給される。
制御装置116は、冷媒入口温度が冷媒入口温度目標値の時間パターンと一致し、かつ反応温度が反応温度目標値の時間パターンと一致するように、冷媒入口温度制御と反応温度制御のカスケード制御を行なう。また、制御装置116は、バッチ経過時間に対応して冷媒入口温度の目標値を変更する、フィードフォワード制御(Feed-Forward Control)の機能を有している。
図2は特許文献1に開示された従来の制御装置116の構成を示すブロック図、図3は制御装置116の動作を説明するフローチャートである。制御装置116は、重合プロセスのダイナミクスモデルである重合プロセスモデルをあらかじめ記憶するモデル記憶部1と、バッチ重合プロセスの実験データから重合の反応速度定数を推定する反応速度定数推定部2と、反応温度を反応温度目標値の時間パターン{t,Tr set}に一致させる冷媒入口温度目標値の時間パターン{t,Tci set}をシミュレーションにより定める冷媒入口温度時間パターン設定部3と、フィードフォワード制御を実行するフィードフォワード制御実行部4と、カスケード制御のための制御パラメータを調整する制御パラメータ調整部5と、カスケード制御を実行するカスケード制御実行部6と、重合プロセスモデルを適応的に調整するモデル調整部7とを備えている。
バッチ運転を開始する前に、モデル調整部7は、バッチ運転実績データを用いて重合プロセスモデルのモデルパラメータを調整し(図3ステップS1)、制御パラメータ調整部5は、重合プロセスモデルを線形近似した伝達関数モデルを用いて制御パラメータ(PIDパラメータ)を調整する(ステップS2)。上記のようなバッチ重合プロセスを制御対象とするバッチ運転が開始されると、フィードフォワード制御実行部4は、冷媒入口温度目標値の時間パターン{t,Tci set}に応じて冷媒入口温度目標値Tci setを出力するフィードフォワード制御を実行し(ステップS3)、カスケード制御実行部6は、冷媒入口温度Tciが冷媒入口温度目標値と一致し且つ反応温度Trが反応温度目標値と一致するようにカスケード制御(PID制御)を実行する(ステップS4)。以上のようなステップS3,S4の処理を、バッチ重合プロセスが終了するまで(ステップS5においてYES)、一定間隔のバッチ経過時間t毎に実行する。
重合プロセスモデルは、ラジカル重合の重合反応モデル10と、熱収支モデル11とからなる。重合反応モデル10は、開始剤の重量濃度(残存量の仕込量に対する分率)xiの時間変化および原料モノマーの重量濃度xmの時間変化を表すものである。ここで、開始剤の反応速度定数kiおよび原料モノマーの反応速度定数kmは共に0より大である。そして、反応温度Trと冷媒温度Tcとに関する熱収支モデル11では、反応物質の熱容量をCr、冷媒の熱容量をCc、重合反応熱(−ΔHr)>0による発熱量をQr、反応物質と冷媒との熱交換による除熱量をQc1、循環冷媒による除熱量をQc2とする。このとき、バッチ経過時間tにおける重合プロセスモデルは式(1)〜式(4)のようになる。
式(1)、式(2)が重合反応モデル10を表し、式(3)、式(4)が熱収支モデル11を表している。開始剤の反応速度定数は一定とし、原料モノマーの反応速度定数だけに温度依存性があるとする。この原料モノマーの反応速度定数をアレニウス式(Arrhenius rate expression)で表す。
ここで、Tr0は反応温度Trの基準状態値、km0は反応速度定数kmの基準状態値、bmは温度依存定数である。重合レートRmは、原料モノマー濃度の変化速度の絶対値にモノマー仕込量Wmを乗じた式(6)で与えられる。
熱収支モデル11の発熱量と除熱量は次のようになる。コイル101とジャケット102を循環する冷媒の入口温度Tciと冷媒の出口温度Tcoとの差が小さいので、冷媒温度TcはTciとTcoの算術平均(Tci+Tco)/2とした。重合反応熱(−ΔHr)>0による発熱量Qr(t)、反応物質と冷媒との熱交換による除熱量Qc1(t)、循環冷媒による除熱量Qc2(t)は、式(7)、式(8)、式(9)のようになる。
ここで、ccは冷媒の比熱、fcは冷媒の循環流量である。また、Atは全伝熱面積であり、コイル101の伝熱面積をAc、ジャケット102の伝熱面積をAjとすると、At=Ac+Ajとなる。また、コイル101の総括伝熱係数をUc、ジャケット102の総括伝熱係数をUjとすると、総括伝熱係数Uc,Ujをコイル101とジャケット102のそれぞれの伝熱面積Ac,Ajで加重平均した総括伝熱係数U(t)は、U(t)=(Uc(t)Ac+Uj(t)Aj)/Atとなる。総括伝熱係数Uc,Ujは、モノマー濃度などから推算することができる。
反応速度定数推定部2は、原料モノマーの重量濃度(残存量の仕込量に対する分率)xmの実験データから、開始剤の反応速度定数kiおよび原料モノマーの反応速度定数kmを推定する。この反応速度定数ki,kmの推定方法は、文献「小河 守正,“バッチ重合プロセスのモデルベースB2B制御”,計測自動制御学会論文集,Vol.46,No.3,p.139−148,2010」に開示されているので、詳細な説明は省略する。反応速度定数推定部2の処理は、事前に1回だけ行っておけばよい。
冷媒入口温度時間パターン設定部3は、シミュレーション実行部30と、時系列テーブル記憶部31とを有する。シミュレーション実行部30は、重合プロセスモデルを用いたシミュレーションにより、反応温度Trが所望の反応温度目標値の時間パターン{t,Tr set}と一致するように冷媒入口温度目標値の時間パターン{t,Tci set}を定める。時系列テーブル記憶部31は、シミュレーション実行部30が定めた冷媒入口温度目標値の時間パターン{t,Tci set}を記憶する。冷媒入口温度時間パターン設定部3の処理は、事前に1回だけ行っておけばよい。
制御パラメータ調整部5は、プロセス動特性モデル作成部50と、ゲインスケジューリング部51とを有する。特許文献1では、冷媒入口温度制御と反応温度制御のカスケード制御のアルゴリズムとしてPIDを用いるが、PIDによる制御を設計するには、操作量(冷媒入口温度)と制御量(反応温度)との関係を表わす、線形のプロセス動特性モデルが必要になる。
プロセス動特性モデル作成部50は、このような線形のプロセス動特性モデルを作成するものである。具体的には、プロセス動特性モデル作成部50は、モデル記憶部1に記憶されている重合プロセスモデルを逐次線形化して状態方程式モデルを作成し、さらに状態方程式モデルを伝達関数モデルに変換する。ゲインスケジューリング部51は、プロセス動特性モデル作成部50が作成した伝達関数モデルを用いて、制御パラメータ(PIDパラメータ)を調整する。
以下、プロセス動特性モデル作成部50の動作について説明する。バッチプロセスの状態変数は常に変化し、連続プロセスでは一般的な定常状態(すべての状態変数が一定の状態)が存在しない。そこで、バッチ経過時間tに対応して与えられる反応温度目標値軌道{t,Tr set}に、反応温度Trを完全に追従制御できると仮定する。そのときの重合レートは式(1)〜式(4)の重合反応モデルと式(5)、式(6)から定まり、さらに総括伝熱係数も決まる。
そして、反応温度目標値軌道{t,Tr set}に沿った重合レートのもとで、式(1)〜式(4)における熱収支モデルの左辺=0となる状態、すなわち反応温度Trが目標値軌道{t,Tr set}に常に一致するように冷媒入口温度Tciが調節されている状態を、仮想的な平衡状態と呼ぶことにする。この平衡状態のまわりで熱収支モデルだけを逐次線形化することにより、反応温度のプロセス動特性モデルを得る。
例えば、バッチ経過時間tの平衡状態における重合レートを*Rmのように表わす。このとき、反応温度の微小変化ΔTr(t)による重合レート変化量ΔRm(t)は式(10)で表わされる。
ここで、*Trはバッチ経過時間tの平衡状態における反応温度、Δkmは原料モノマーの反応速度定数kmの変化量である。バッチ経過時間tの平衡状態における重合反応熱(−ΔHr)>0による発熱量を*Qrとすると、発熱量の変化量ΔQr(t)は、*Qr=*Rm(−ΔHr)より、式(11)のようになる。
逐次線形化したうえで、平衡状態からの変化量をΔTr(t)→Tr(t)のように書き換えると、状態方程式モデルは式(12)、式(13)のように表わされる。
状態量x(t)、操作量u(t)、制御量y(t)は、それぞれ式(14)、式(15)、式(16)のようになる。
さらに、式(12)、式(13)の係数A,b,cは式(17)のようになる。ここで、*Uはバッチ経過時間tの平衡状態における総括伝熱係数である。
次に、伝達関数モデルの作成方法について説明する。状態方程式モデルから、伝達関数モデルP(s)は式(18)のようになる。なお、sはラプラス演算子である。
式(18)の係数n0,d2,d1は式(19)のようになる。
式(18)の分母多項式の根の逆数である時定数Tp1,Tp2は式(20)のようになる。
ゲインKpは式(21)で表される。
時定数Tp1,Tp2のうち動特性を支配する時定数をTp1(|Tp1|>Tp2>0)とする。時定数Tp1が負のとき不安定プロセスとなり、不安定プロセスとなる条件は式(22)のように表される。
不安定プロセスとなるときは式(21)で表わされるゲインKpも負になる。重合反応の進行に伴い、不安定から安定なシステムに移行していくプロセスを、伝達関数モデルで見通しよく表現するために、ゲインと時定数は絶対値を取り常に正の値にする。すなわち、|Kp|→Kp、|Tp1|→Tp1とする。そして、プロセスむだ時間TLを付加した伝達関数モデルは式(23)のようになる。
制御システムを構成する温度センサ、操作部さらにカスケード制御2次ループの遅れなどが重なったものを、プロセスむだ時間TLとして付加することができる。式(23)の分母第1項の±符号が、正のとき安定プロセス、負になると不安定プロセスである。ゲインKpおよび時定数Tp1の計算値が負になる場合に、このゲインKpおよび時定数Tp1を絶対値に置き換え、±符号を負にする。
不安定条件を物理的に解釈するために状態方程式モデルに戻ると、a11<0のとき不安定プロセスになる。すなわち、式(24)が成立する。
バッチ経過時間tの平衡状態における反応物質と冷媒との熱交換による除熱量を*Qc1、平衡状態における冷媒温度をTcとすると、平衡状態*Qr=*Qc1=*UAt(*Tr−*Tc)から*UAt=*Qr/(*Tr−*Tc)なので、不安定条件は次の簡単な関係式で与えられる。
このように、反応速度定数に温度催存性があり、反応温度Trと冷媒温度Tcの温度差が式(25)の条件を満たすとき、重合プロセスは不安定になる。この不安定さは、重合レートが高く発熱量が大きい反応初期において、ポリマーの生成により総括伝熱係数Uが急激に低下するため、冷媒温度Tcを下げ反応温度Trとの温度差を大きくとり除熱量を確保している状態を意味する。
以上で、プロセス動特性モデル作成部50による伝達関数モデルの作成処理が終了する。
次に、フィードフォワード制御実行部4とカスケード制御実行部6の動作について説明する。図4は特許文献1に開示された従来の制御系のブロック線図である。図4におけるFはフィードフォワード制御実行部4が実現するフィードフォワードコントローラである。フィードフォワード制御実行部4は、冷媒入口温度時間パターン設定部3の時系列テーブル記憶部31に予め記憶されている冷媒入口温度目標値の時間パターン{t,Tci set}を参照し、現在のバッチ経過時間tに対応する冷媒入口温度目標値Tci setを出力する。図5に冷媒入口温度目標値の時間パターン{t,Tci set}の1例を示す。このように冷媒入口温度目標値の時間パターンは、バッチ経過時間tと冷媒入口温度目標値Tci setとの組からなる時系列データである。
また、図4におけるC1はカスケード制御実行部6が実現する反応温度コントローラ(I−PDコントローラまたはII2−PDコントローラ)、C2は同じくカスケード制御実行部6が実現する冷媒入口温度コントローラ(PI−Dコントローラ)、P1は重合プロセス、P2は冷却プロセス、d1,d2は外乱である。
反応温度コントローラC1には、反応温度目標値Tr setが与えられる。図6に反応温度目標値の時間パターン{t,Tr set}の1例を示す。このように反応温度目標値の時間パターンは、バッチ経過時間tと反応温度目標値Tr setとの組からなる時系列データである。反応温度コントローラC1は、反応温度Trと反応温度目標値Tr setとが一致するように操作量u1を演算する。操作量u1と冷媒入口温度目標値Tci setとは加算され、この加算結果が冷媒入口温度目標値r2として冷媒入口温度コントローラC2に与えられる。冷媒入口温度コントローラC2は、冷媒入口温度Tciと冷媒入口温度目標値r2とが一致するように操作量u2を演算する。この操作量u2に応じて、図1に示したバルブ114,115の開度が決定される。
次に、カスケード制御実行部6が実現する反応温度コントローラC1について説明する。まず、反応温度コントローラC1としてI−PDコントローラを用いる場合について説明する。カスケード制御2次ループの冷媒入口温度制御は、混合プロセスが制御対象なので、非常に速い応答特性を持つ。さらに、式(23)の伝達関数モデルにおける、冷媒の熱容量による遅れに対応する時定数とむだ時間はそれぞれ0.2min程度なので、時定数Tp2およびプロセスむだ時間TLは(Tp1/10)に対して十分に小さい。そこで、時定数Tp2およびプロセスむだ時間TLを無視して、プロセス動特牲を式(26)に示すように1次遅れ特性と見なす。
I−PDコントローラは、PIDパラメータを{Kc,Ti,Td}、微分ゲインを1/γ、目標値をr(s)、制御量をy(s)、制御量偏差をe(s)=r(s)−y(s)、操作量をu(s)とすると、式(27)で表される。
Kcは比例ゲイン、Tiは積分時間、Tdは微分時間である。また、目標値r(s)は図4の反応温度目標値Tr setに相当し、制御量y(s)は図4の反応温度Trに相当し、操作量u(s)は図4の操作量u1に相当する。I−PDコントローラの目標値応答特性Wc(s)=y(s)/r(s)は式(28)のようになる。
望ましい目標値応答特性Wd(s)を2次臨界制動とし、応答の速さを規定するチューニングパラメータTFを用いる。
目標値応答特性Wc(s),Wd(s)の分母多項式の係数相等条件から、微分時間Tdがゼロとなる条件を付加して、比例ゲインKcと積分時間Tiが求まる。そして、微分時間Tdは、経験的に積分時間Tiの1/8に設定する。このようにして得られるPID設定則を表1に示す。ここで、q≡TF/Tp1<1である。
表1に示すPIDパラメータ{Kc,Ti,Td}および微分ゲイン1/γがカスケード制御実行部6に予め設定されており、カスケード制御実行部6は反応温度コントローラC1(I−PDコントローラ)の動作を実現することができる。
次に、反応温度コントローラC1としてII2−PDコントローラを用いる場合について説明する。I−PDコントローラは良い制御性能を示すが、反応温度目標値Tr setと反応温度Trとの間に微小な定常偏差が生じることがある。この定常偏差は、バッチ経過時間を通して、ランプ状外乱が作用していることによる。プロセスの伝達関数が原点に極をもたない場合、フィードバック制御システムがランプ状外乱にオフセットフリーとなるには、内部モデル原理から、コントローラは自身の極にランプ状外乱の原点の2位極を含まなければならない。すなわち、2重積分動作が必要になる。
II2−PDコントローラでプロセスP(s)をフィードバック制御する制御系のブロック線図を図7に示す。図7において、Kcは比例ゲイン、Ti1は積分時間、Ti2は2重積分時間、Tdは微分時間、1/γは微分ゲイン、dは外乱である。図7に示すS(s)はカスケード制御実行部6が実現する目標値補償器であり、式(30)のように表される。
2重積分動作による目標値応答の行き過ぎを抑えるため、目標値r(s)を目標値補償器S(s)に通し、目標値補償器S(s)の出力rs(s)をコントローラに与える。外乱d(s)は操作量u(s)に加法的に作用するプロセス入力等価外乱とする。II2−PDコントローラは、積分動作と2重積分動作が制御偏差e(s)=rs(s)−y(s)に作用し、比例動作と微分動作(微分ゲイン1/γ)は制御量y(s)だけに働く。これにより、1組のPII2Dパラメータ{Kc,Ti1,Ti2,Td}で、目標値追従性と外乱抑制性を同時に満たす2自由度制御システムを構成する。
プロセス伝達関数モデルとして式(23)を用い、一般性のあるPII2D設定則を与える。ランプ状外乱は、持続時間trの間に操作量等価な外乱量drだけ、定速度a≡dr/trで変化する。
この外乱に対する制御量y(s)の望ましい応答特性Wd(s)を一般化臨界制御応答とする。制御システムの因果律を保つため、プロセス動特性モデルの相対次数jに対して一般化臨界制動の次数n=j+2とし、制御量応答をプロセスむだ時間だけ遅らせる。ここには、制御性能を調整する2つのパラメータがある。整定時間を決めるパラメータTFと、制御量の減衰比を規定するパラメータαKpである。
ランプ状外乱に対する望ましい制御量応答を実現するPII2D設定則を導く。II2−PD制御に内在する目標値補償器S(s)を図7のように目標値入力側に設けると、コントローラを次式のPII2DコントローラC1(s)としてPII2D設定則を設計できる。
外乱応答が望ましい制御量応答に一致する条件から、このPII2Dコントローラは式(34)のように定まる。
式(34)に、次数n=4とした式(32)のWd(s)と式(23)のP(s)とを代入し、むだ時間をマクローリン(Maclaurin)展開近似すると、分数多項式表現は次のようになる。αは無次元で、ランプ状外乱速度aが時間の逆数の次元h−1を持つので、分数多項式の係数の次元はいずれも一致する。
式(33)のPII2Dアルゴリズムの不完全微分項を無視したものと式(35)を分数多項式で表し、係数相等条件から表2のPII2D設定則を得る。
表2に示すPIDパラメータ{Kc,Ti1,Ti2,Td}および微分ゲイン1/γがカスケード制御実行部6に予め設定されており、カスケード制御実行部6は反応温度コントローラC1(II2−PDコントローラ)の動作を実現することができる。
冷媒入口温度コントローラC2については一般的なPI−Dコントローラなので、説明は省略する。
次に、モデル調整部7の動作について説明する。B2B制御は、バッチ運転の実績データを用いて重合プロセスモデルを適応的に調整し、その結果をモデルベース制御に反映するものである。同品種の実績データを使うので、重合反応モデル10を固定し、熱収支モデル11を適応させる。熱収支モデル11の主な変動要因は、反応物質粘度とコイル・ジャケット総括伝熱係数Uの推算誤差、および伝熱面の汚れによる総括伝熱係数Uの変化である。
図8はモデル調整部7の構成を示すブロック図である。モデル調整部7は、実績データ記憶部70と、平滑化部71と、2乗誤差算出部72と、非線形最適化部73と、モデルパラメータ調整部74とを有する。特許文献1で用いるバッチ運転実績データは、反応器100で生成しようとするポリマーと同種のポリマーを過去に生産したときの実績データ(前回の実績データ)であり、バッチ経過時間t、冷媒入口温度Tci、反応温度Trの時系列データ{t(k),Tci(k),Tr(k)}である。ここで、kはサンプリング周期τ(τは例えば10sec)の離散時間tkの時点である。実績データ記憶部70は、このバッチ運転実績データを予め記憶している。つまり、実績データ記憶部70は、前回のバッチ運転における開始から終了までのnサンプルの時系列データを記憶している。
入力手段となる平滑化部71は、冷媒入口温度Tci(k)を平滑化した冷媒入口温度Tciav(k)を、重合反応モデル10と熱収支モデル11とからなる重合プロセスモデルの入力として与える。これにより、重合プロセスモデルからは、出力である反応温度Trav(k)が得られる。平滑化部71は、nサンプルの冷媒入口温度Tciav(k)を重合プロセスモデルに順次入力するので、重合プロセスモデルからは、nサンプルの反応温度Trav(k)が順次得られることになる。冷媒入口温度Tci(k)を平滑化する理由は、冷媒入口温度Tci(k)の変動が大きいからである。平滑化の手法としては、例えばローパスフィルタがある。
2乗誤差算出部72は、nサンプルの反応温度Trav(k)とnサンプルの反応温度の実績値Tr(k)との2乗誤差Eを式(36)のように計算する。
非線形最適化部73は、2乗誤差Eを最小とする非線形最適化問題を数値的に解き、重合プロセスモデルの伝熱特性適応パラメータλ∈{λ1,λ2,λ3}を得る。伝熱特性適応パラメータλ∈{λ1,λ2,λ3}は、次の意味を持つ。まず、総括伝熱係数Uは反応物質粘度μや攪拌機回転数Nなどにより変化する。伝熱特性適応パラメータλ1は、この総括伝熱係数Uを調整するためのものである。すなわち、総括伝熱係数Uは、伝熱特性適応パラメータλ1により式(37)のように調整される。
g()は関数である。具体的には、コイル101の総括伝熱係数Uc、ジャケット102の総括伝熱係数Ujは、それぞれ式(38)、式(39)のように調整される。
反応物質粘度μは原料モノマー濃度xmにより変わる。伝熱特性適応パラメータλ2,λ3は、この反応物質粘度μを調整するためのものである。すなわち、反応物質粘度μは、伝熱特性適応パラメータλ2,λ3により式(40)のように調整される。
f()は関数である。具体的には、初期粘度μ0とモノマー濃度依存定数μ1と上記の次数nとパラメータλ2,λ3とを用いて、反応物質粘度μは式(41)のように調整される。
コイル101の総括伝熱係数Ucと総括伝熱係数Ucの境膜伝熱係数hcとは、式(42)のような関係にある。
ジャケット102の総括伝熱係数Ujと総括伝熱係数Ujの境膜伝熱係数hjとは、式(43)のような関係にある。
そして、境膜伝熱係数hcは、反応物質粘度μと攪拌機回転数Nを用いて式(44)のように表される。
μwは境膜面におけるモノマー粘度である。境膜伝熱係数hjは、式(45)のように表される。
なお、式(42)〜式(45)は実験的に求めた1例の式であって、これに限るものではない。
モデルパラメータ調整部74は、非線形最適化部73が求めた伝熱特性適応パラメータλ1を用いて、モデルパラメータである総括伝熱係数Uを式(37)、式(38)、式(39)のように調整すると共に、非線形最適化部73が求めた伝熱特性適応パラメータλ2,λ3を用いて、モデルパラメータである反応物質粘度μを式(40)、式(41)のように調整する。こうして、重合プロセスモデルが適応的に調整され、モデル調整部7の動作が終了する。
次に、制御パラメータ調整部5のゲインスケジューリング部51の動作について説明する。前述のとおり、制御パラメータ調整部5のプロセス動特性モデル作成部50は、モデル記憶部1に記憶されている重合プロセスモデルを線形近似して伝達関数モデルを作成する。
ゲインスケジューリング部51は、プロセス動特性モデル作成部50が作成した伝達関数モデルを用いて、制御パラメータ(PIDパラメータ)を調整する。反応温度コントローラC1としてI−PDコントローラを用いる場合、ゲインスケジューリング部51は、PIDパラメータ{Kc,Ti,Td}を調整する。また、反応温度コントローラC1としてII2−PDコントローラを用いる場合、ゲインスケジューリング部51は、PIDパラメータ{Kc,Ti1,Ti2,Td}を調整する。ゲインスケジューリングについては、例えば文献「D.E.Seborg et al.,“Process Dynamics and Control”,Second Edition,John Wiley & Sons,Inc.,pp.428-430,2003」に開示されているので、詳細な説明は省略する。以上の構成は特許文献1に開示されている。
[実施例]
次に、本実施例の特徴的な構成について説明する。本実施例では、これまで述べてきた反応温度精密制御を活用して生産性を向上させる。すなわち、昇温反応過程のあるバッチ重合プロセスにおいて、製品品質を保ちつつバッチサイクル時間の短縮を図る。このために、制御装置に2つの機能を増強する。
本実施例においてもバッチ重合プロセスの計装図は従来と同様であるので、図1の符号を用いて説明する。図9は本実施例の制御装置116aの構成を示すブロック図であり、図2と同一の構成には同一の符号を付してある。
本実施例の制御装置116aは、重合プロセスのダイナミクスモデルである重合プロセスモデルをあらかじめ記憶するモデル記憶部1aと、バッチ重合プロセスの実験データから重合の反応速度定数を推定する反応速度定数推定部2aと、反応温度を反応温度目標値の時間パターン{t,Tr set}に一致させる冷媒入口温度目標値の時間パターン{t,Tci set}をシミュレーションにより定める冷媒入口温度時間パターン設定部3と、フィードフォワード制御を実行するフィードフォワード制御実行部4と、カスケード制御のための制御パラメータを調整する制御パラメータ調整部5と、カスケード制御を実行するカスケード制御実行部6と、重合プロセスモデルを適応的に調整するモデル調整部7と、反応温度目標値の時間パターン{t,Tr set}を決定する反応温度目標値軌道決定部8とを備えている。
図10は本実施例の制御装置116aの動作を説明するフローチャートである。バッチ運転を開始する前に、反応速度定数推定部2aは、バッチ運転実績データに基づいて開始剤の反応速度定数kiと原料モノマーの反応速度定数kmの基準状態値km0と反応速度定数kmの温度依存係数bmとを推定する(図10ステップS10)。
モデル調整部7は、バッチ運転実績データを用いて重合プロセスモデル(熱収支モデル11a)のモデルパラメータを調整する(図10ステップS11)。
反応温度目標値軌道決定部8は、所望の終了時点における原料モノマー濃度の推定値が所望のモノマー濃度と一致するように、反応温度目標値の時間パターン{t,Tr set}を決定する(図10ステップS12)。
冷媒入口温度時間パターン設定部3は、重合プロセスモデルと反応温度目標値軌道決定部8が決定した反応温度目標値の時間パターン{t,Tr set}とを用いて冷媒入口温度目標値の時間パターン{t,Tci set}を決定して記憶する(図10ステップS13)。
制御パラメータ調整部5は、重合プロセスモデルを線形近似した伝達関数モデルを用いてコントローラ(フィードフォワード制御実行部4およびカスケード制御実行部6)の制御パラメータ(PIDパラメータ)を調整する(図10ステップS14)。
バッチ重合プロセスを制御対象とするバッチ運転が開始されると、フィードフォワード制御実行部4は、冷媒入口温度目標値の時間パターン{t,Tci set}に応じて冷媒入口温度目標値Tci setを出力するフィードフォワード制御を実行し(図10ステップS15)、カスケード制御実行部6は、冷媒入口温度Tciが冷媒入口温度目標値と一致し且つ反応温度Trが反応温度目標値と一致するようにカスケード制御(PID制御)を実行する(図10ステップS16)。以上のようなステップS15,S16の処理を、バッチ重合プロセスが終了するまで(図10ステップS17においてYES)、一定間隔のバッチ経過時間t毎に実行する。
本実施例の増強機能の第一は、バッチ運転実績データに基づく反応速度定数の推定である。反応機構は明確でも実験データが不備なために、反応速度定数とその温度依存係数のパラメータを推定できないことがある。この場合に,バッチ運転実績データから反応発熱量を推算して、その数値積分値からポリマー(生成物質)の濃度を求める。このポリマー濃度から未反応で残留する原料モノマー濃度が決まるので、以下の方法でパラメータ推定できる。
[反応速度定数推定の原理]
以下、重合反応モデルの反応速度定数をパラメータ推定する原理を数値例と共に示す。ポリマーの製造処方を開発する実験により、反応時間(バッチ経過時間)t(n)のときの原料モノマー濃度xm(n)の実測値が与えられる。そのnmax組のデータ{t(n),xm(n)|n=1,2,・・・・,nmax}から開始剤の反応速度定数kiおよび原料モノマーの反応速度定数kmを推定する。
重合反応モデルは式(1)〜式(4)に示した。その反応速度定数(パラメータ)推定問題を定式化するために、重合反応モデルの状態変数とパラメータの表記法を次の式(46)に示すように変える。重合反応モデルの状態変数の初期値は、x1(0)=1、x2(0)=1である。
重合反応モデルは次の式(47)のようになる。
ここで、x,θ,f(x,θ),g(x,θ),hは次のとおりである。
パラメータ推定問題を一般化して定式化するために、状態変数と出力変数などを以下の式(49)のように拡張する。ここでは、複数kmaxの出力変数の実験データであるチルダyが与えられるものとしている。なお、以降では数式の頭に付した「〜」をチルダと呼ぶ。
重合反応モデル解y=hとの残差e=チルダy−hを対角行列Wで重み付けした2次形式の目的関数Φを式(50)のように定義する。
この目的関数のn組目を式(51)のように展開する。
パラメータ推定問題は、後述するように非線形最適化問題として定式化できる。それをソルバーで数値的に解く際に、目的関数の勾配(gradient)∇Φを与え、効率的に解を得るようにする。n組目の目的関数の勾配は、重み行列が対角行列なので、次の式(52)のようになる。
∂h(n)/∂θは直接求められないので、状態変数をパラメータで1次微分したモデル感度行列(model sensitibity matrix)S(n)≡(∂x(n)/∂θ)Tを導入して次の式(53)のように表す。
このとき目的関数の勾配∇Φは次式のようになる。
目的関数の勾配∇Φはnmax組の実験データのそれぞれの勾配の総和なので次の式(55)のようになる。
次に、モデル感度行列は次の式(56)のように定義され、ベクトル微分∂x(n)/∂θの転置であることに注意する。
このモデル感度行列は解析的に求まらないので、式(57)のように、時間に関する微分方程式で表現する。
fi(x,θ)に関してx,θは共に独立変数である。しかし、重合反応モデルの制約を受け、θが変化すると、重合反応モデルでは従属変数であるxが変わる。このため、∂fi/∂θjはθjそのものの変化と、それによるxの変化の両方を考慮しなければならない。そこで、次式のように連鎖律(chain rule)を適用する。
式(58)の右辺第1項がθjの変化によるxの変化分によるもの、右辺第2項がθjそのものの変化分によるものである。ここで、偏微分の右添字はそれらの変数が一定であることを表している。たとえばθ≠jは、θj以外のθ1,θ2,・・・・,θj-1,θj+1,・・・・,θjmaxが一定であることを表している。
そして、fx=∂f/∂x,fθ=∂f/∂θとおくと、次式のように書くことができる。
さらに次の式(60)、式(61)のように行列を定義する。
これにより、式(62)のようなモデル感度行列の微分方程式を得る。
このモデル感度行列の微分方程式を重合反応モデルと共に制約に加えると、パラメータ推定問題は次の式(63)のように、非線形最適化問題として定式化される。さらに、非線形最適化問題のソルバーには、式(55)で表される目的関数の勾配∇Φを与える。
本実施例では、実際の重合反応モデルの反応速度定数を、実験データに基づきパラメータ推定する。重合反応モデルは、すでに式(47)に示したとおりである。2次形式の目的関数Φを次の式(64)のように定義する。出力変数が一つなので、重み行列はスカラーでW=1である。
目的関数Φは、実験データであるチルダy(n)=チルダx2(n)と推定パラメータに基づく重合反応モデル解y(n)=h(n)=x2(n)の残差e(n)=チルダy(n)−y(n)の2乗和である。ここで、残差ベクトルe=[e1 e2 enmax]Tである。
推定パラメータの単位変化に対する目的関数の変化を表す勾配は、式(55)から次の式(65)のようになる。
ここで、モデル感度行列Sの微分方程式は次の式(66)のようになる。
fx,fθは式(67)のようになる。
また、∂h/∂xは次のとおりである。
モデル感度行列Sの微分方程式はMATLAB(登録商標) optimization toolboxの非線形最適化ソルバーfminconなどにより数値的に解ける。数値計算を効率化するため目的関数の勾配を与える。以上が、反応速度定数推定の原理である。次に、より実際的な推定処理について説明する。
[バッチ運転実績データに基づく反応速度定数の推定]
バッチ運転実績データから、反応発熱量とポリマー濃度を推算する。その推算結果から原料モノマー濃度も定まるので、バッチ時間とモノマー濃度推定値の時系列データから、開始剤の反応速度定数kiと原料モノマーの反応速度定数kmの基準状態値km0と反応速度定数kmの温度依存係数bmとを推定する。
[重合プロセスモデル]
従来と同様に、重合プロセスモデルは、ラジカル重合の重合反応モデル10と、熱収支モデル11aとからなり、バッチ反応開始からの経過時間tを用いて式(69)〜式(73)で表せる。
重合反応モデル10は、開始剤の重量濃度(残存量の仕込量に対する分率)xiの時間変化および原料モノマーの重量濃度xmの時間変化を表すものである。開始剤の反応速度定数kiおよび原料モノマーの反応速度定数kmは共に0より大である。一方、本実施例の熱収支モデル11aは、式(3)、式(4)に、反応器100のコイル101とジャケット102の伝熱壁の熱容量に関する式を追加したものである。
ここで、Trは反応温度、TMは伝熱壁温度、Tcは冷媒温度である。また、反応物質(反応液)の熱容量をCr、伝熱壁の熱容量をCM、冷媒の熱容量をCc、重合反応熱(−ΔHr)>0による発熱量をQr、反応物質と伝熱壁との熱交換による除熱量をQc1、伝熱壁と循環冷媒との熱交換による除熱量をQc2、循環冷媒による除熱量をQc3としている。式(69)、式(70)が重合反応モデル10を表し、式(71)〜式(73)が熱収支モデル11aを表している。
開始剤の反応速度定数kiは一定とし、原料モノマーの反応速度定数kmだけに温度依存性があるとする。この原料モノマーの反応速度定数kmをアレニウス式で表すと、式(5)のようになる。Tr0は反応温度Trの基準状態値、km0は反応速度定数kmの基準状態値、bmは温度依存定数である。重合レートRmは、原料モノマー濃度の変化速度の絶対値にモノマー仕込量Wmを乗じた式(6)で与えられる。
熱収支モデル11aの発熱量と除熱量は次のようになる。コイル101とジャケット102を循環する冷媒の入口温度Tciと冷媒の出口温度Tcoとの差が数℃と小さいので、冷媒温度TcはTciとTcoの算術平均で近似する。重合反応熱(−ΔHr)>0による発熱量Qr(t)、反応物質と伝熱壁との熱交換による除熱量Qc1(t)、伝熱壁と循環冷媒との熱交換による除熱量Qc2(t)、循環冷媒による除熱量Qc3(t)は、それぞれ式(74)、式(75)、式(76)、式(77)のようになる。
ここで、ccは冷媒の比熱、fcは冷媒の循環流量である。コイル101の反応物質側の伝熱面積Abrとジャケット102の反応物質側の伝熱面積Ajrとを合わせた反応物質側の伝熱面積Ar、コイル101の冷媒側の伝熱面積Abcとジャケット102の冷媒側の伝熱面積Ajcとを合わせた冷媒側の伝熱面積Ac、コイル101の反応物質側の伝熱係数Ubr(t)とジャケット102の反応物質側の伝熱係数Ujr(t)とを伝熱面積Abr,Ajrで加重平均した反応物質側の伝熱係数Ur(t)、コイル101の冷媒側の伝熱係数Ubcとジャケット102の冷媒側の伝熱係数Ujcとを伝熱面積Abc,Ajcで加重平均した冷媒側の伝熱係数Uc(t)は次の式(78)のとおりである。原料モノマー濃度の影響を受けて、時変な伝熱係数Ubr(t),Ujr(t)は運転条件から推算することが可能である。
[ポリマー濃度とモノマー濃度の推算]
本実施例で用いるバッチ運転実績データは、反応器100で生成しようとするポリマーと同種のポリマーを過去に生産したときの実績データ(前回の実績データ)であり、バッチ経過時間t、反応温度Tr、冷媒入口温度Tci、冷媒出口温度Tco、冷媒循環流量fcの時系列データ{t(k),Tr(k),Tci(k),Tco(k),fc(k)}である。ここで、kはサンプリング周期Δtの離散時間tkの時点である。このバッチ運転実績データは、モデル調整部7の実績データ記憶部70に記憶され、反応速度定数推定部2aに与えられるようになっている。
反応発熱量Qrは式(79)のように2次ルンゲクッタ(Runge-kutta)近似して再帰的に求まる。
バッチ反応の開始時間0から終了時間tbまでの反応発熱量Qrの時間積分が生成ポリマー全量に対応することから、バッチ経過時間tにおけるポリマー濃度であるハットxpを次式から推定できる。なお、数式の頭に付した「∧」をハットと呼ぶ。ハットが付与された値は推定値であることを示している。
そして、未反応の原料モノマーの濃度であるハットxmは次の式(81)のようになる。
[反応速度定数と温度依存係数の推定法]
バッチ経過時間tと反応温度Trと未反応の原料モノマー濃度の推定値ハットxmの時系列{t(k),Tr(k),ハットxm(k)}を用いて、開始剤の反応速度定数kiと原料モノマーの反応速度定数kmの基準状態値km0と反応速度定数kmの温度依存係数bmとを推定する。この推定は、任意のモデルパラメータによるモノマー濃度計算値であるハットxm(k)の誤差e(k)≡チルダxm(k)−ハットxm(k)の2次形式を最小化する最適化問題として、次の式(82)のように定式化できる。
ここで、状態変数x(t)≡[xi(t) xm(t)]T、最適化変数θ≡[ki km0 bm]Tである。
以上のようにして、反応速度定数推定部2aは、開始剤の反応速度定数kiと原料モノマーの反応速度定数kmの基準状態値km0と反応速度定数kmの温度依存係数bmとを推定することができる。図11は反応速度定数推定部2aの処理の流れを説明するフローチャートである。図9に示すように、反応速度定数推定部2aは、反応発熱量推定部20と、ポリマー濃度推定部21(生成物質濃度推定部)と、モノマー濃度推定部22(原料濃度推定部)と、反応速度定数・温度依存係数推定部23とから構成される。
反応速度定数推定部2aの反応発熱量推定部20は、バッチ運転実績データ{t(k),Tr(k),Tci(k),Tco(k),fc(k)}から反応発熱量Qr(k)を推定する(図11ステップS100)。反応速度定数推定部2aのポリマー濃度推定部21は、反応発熱量Qr(k)の推定値ハットQr(k)の時間積分値からバッチ経過時間tにおけるポリマー濃度xp(t)を推定する(図11ステップS101)。反応速度定数推定部2aのモノマー濃度推定部22は、ポリマー濃度xp(t)の推定値ハットxp(t)から未反応で残留する原料モノマーの濃度xm(t)を推定する(図11ステップS102)。
そして、反応速度定数推定部2aの反応速度定数・温度依存係数推定部23は、バッチ運転実績データ{t(k),Tr(k),Tci(k),Tco(k),fc(k)}に含まれる反応温度Trの時系列Tr(k)と未反応の原料モノマーの濃度の推定値ハットxm(k)と、原料モノマーの濃度xmの実験データとから、開始剤の反応速度定数kiと原料モノマーの反応速度定数kmの基準状態値km0と反応速度定数kmの温度依存係数bmとを推定する(図11ステップS103)。以上で、反応速度定数推定部2aの動作が終了する。従来と同様に、反応速度定数推定部2aの処理は、事前に1回だけ行っておけばよい。
[数値例]
バッチ運転実績データ{t(k),Tr(k),Tci(k),Tco(k),fc(k)}の1例を図12(A)、図12(B)に示す。図12(A)、図12(B)の横軸はバッチ経過時間t[h]、図12(A)の縦軸は温度[℃]、図12(B)の縦軸は流量[kg/h]である。このバッチ運転実績データは、以下に示す高機能性ポリマーの運転条件に基づき、式(69)〜式(73)の重合プロセスモデルを用いて、制御シミュレーションにより作成したものである。
本実施例の数値例で用いる高機能性ポリマーの運転条件を表3に示す。
そして,重合反応モデルのパラメータを真値ki=0.0592、km0=0.382、bm=6900(Tr0=70℃)として、表3の運転条件で制御シミュレーションを行なった。その結果得られた、反応温度、冷媒入口温度、冷媒出口温度、冷媒循環流量の時系列{t(k),Tr(k),Tci(k),Tco(k),fc(k)}をバッチ運転実績データとした。
また、シミュレーション時に計算した伝熱係数を図13(A)、図13(B)に示す。図13(A)はコイル101の反応物質側の伝熱係数Ubrとコイル101の冷媒側の伝熱係数Ubcを示し、図13(B)はジャケット102の反応物質側の伝熱係数Ujrとジャケット102の冷媒側の伝熱係数Ujcを示している。図13(A)、図13(B)の横軸はバッチ経過時間t[h]、縦軸は伝熱係数[kacl/m2hK]である。
図12(A)、図12(B)の例では、バッチ経過時間t=2時間までは反応温度Tr=70℃の等温過程である。そして1時間でTr=80℃まで昇温反応する。その後1時間はTr=80℃を保持し、さらに1時間かけてTr=90℃まで昇温反応し、等温での熟成反応に移る。このバッチ運転実績データを用いて、反応発熱量Qrとポリマー濃度xpと未反応の原料モノマーの濃度xmとを推定した結果を図14(A)、図14(B)に示す。図14(A)、図14(B)の横軸はバッチ経過時間t[h]、図14(A)の縦軸は熱量[kcal/h]、図14(B)の縦軸は濃度[wt.%]である。
そして、反応温度Trの時系列と未反応の原料モノマーの濃度の推定値ハットxmの時系列とを用いることにより、開始剤の反応速度定数ki=0.06617、原料モノマーの反応速度定数kmの基準状態値km0=0.3847、反応速度定数kmの温度依存係数bm=7341という推定結果を得た。なお、反応温度Trの基準状態値Tr0=70℃である。
これらの真値は、上記のようにki=0.0592、km0=0.382、bm=6900である。推定値と真値によるモノマー濃度を比較し図15(A)、図15(B)に示した。図15(A)は未反応の原料モノマーの濃度の真値xmと推定値ハットxmとを示し、図15(B)は真値xmと推定値ハットxmとの誤差を示している。
真値xmと推定値ハットxmとの最大誤差は−0.47wt.%で、許容誤差±2wt.%以内である。このように,重合反応の実験データが不備であっても、バッチ運転実績データから重合反応モデルのパラメータを推定することができる。重合反応モデルが不明確な対象の反応温度精密制御を設計する上で、反応速度定数推定部2aの機能は有用である。
[反応温度目標値軌道の決定]
次に、本実施例の増強機能の第二は、反応速度定数の温度依存性を利用して、バッチサイクル時間を短縮する反応温度目標値軌道の決定である。その目標値軌道で運転した場合の製品仕上がり品質を予測し、品質規格を満たすことを確認する。品質不良が予測される場合は、望ましいバッチサイクル時間を変更して目標値軌道の決定操作を繰り返す。そして、得られた目標値軌道に従って反応温度を精密制御する。
多段階の昇温反応過程を持つバッチ重合プロセスにおいて、バッチ処方で規定された平均的な反応温度目標値の軌道{t,Tr set}を変更することによってバッチサイクル時間を短縮する。すなわち、昇温速度を速めることによって反応を加速し、原料モノマーの濃度を速く終点濃度に到達させる。本実施例では、反応温度目標値の軌道{t,Tr set}を、図16(B)に示すような直線を多段につないだ折れ線とする。
図16(A)は未反応の原料モノマーの濃度xmを示している。図16(A)、図16(B)の横軸はバッチ経過時間t、図16(A)の縦軸は濃度、図16(B)の縦軸は温度である。図16(B)では従来の平均的な反応温度目標値の軌道を点線150で示し、本実施例の反応温度目標値の軌道を実線151で示している。図16(A)の160は反応温度目標値が点線150の軌道を辿るときの原料モノマーの濃度xmを示し、161は反応温度目標値が実線151の軌道を辿るときの原料モノマーの濃度xmを示している。実線151の折れ点の座標を決めることにより、反応温度目標値の軌道を規定できる。
[反応温度目標値軌道の決定法]
重合レートRpとポリマー生産量PPは、原料モノマーの仕込量をWmとしたとき、重合反応モデル10により計算される原料モノマー濃度の推定値であるチルダxmを用いて、次の式(84)、式(85)のように表すことができる。
まず、バッチ終点近傍の時点tbにおける生産量を規定するモノマー濃度xmeを与える。そして、そのtb時点の原料モノマー濃度の推定値チルダxm(tb)が所望のモノマー濃度xmeにできるだけ一致するように、反応温度目標値の時間パターン{t(i),Tr set(i)}を求める。上記のように反応速度定数推定部2aにより開始剤の反応速度定数kiと原料モノマーの反応速度定数kmの基準状態値km0と反応速度定数kmの温度依存係数bmとを推定することができれば、重合反応モデル10によりtb時点の未反応の原料モノマー濃度xm(tb)を推定することが可能である。
反応温度目標値の時間パターン{t(i),Tr set(i)}を求める方法は、次式の最適化問題として定式化できる。ここで、e(tb)≡チルダxm(tb)−xme、最適化変数φ≡[t(i) Tr set(i)]Tとし、制約条件として昇温速度の上限vrと目標値軌道座標の上限φuと目標値軌道座標の下限φlとを設定した。
以上のようにして、反応温度目標値軌道決定部8は、反応温度目標値の時間パターン{t,Tr set}を決定することができる(図10ステップS11)。
[数値例]
表3の運転条件で説明した高機能性ポリマーについて、ポリマーの生産が完了するまでのバッチサイクル時間を短縮する反応温度目標値軌道を求めた。tb=5.0h、xme=5.0wt.%のときの結果を図17(A)、図17(B)、図17(C)、図17(D)に示す。図17(A)は原料モノマーの濃度xmを示し、図17(B)は反応温度目標値Tr setを示し、図17(C)は生成されるポリマーの濃度xpを示し、図17(D)はバッチサイクル時間の短縮時間を示している。図17(A)〜図17(C)の横軸はバッチ経過時間t[h]、図17(A)、図17(C)の縦軸は濃度[wt.%]、図17(B)の縦軸は温度[℃]である。また、図17(D)の横軸はポリマーの生産量[%]、図17(D)の縦軸は時間[h]である。
図17(B)では従来の平均的な反応温度目標値の軌道を点線170で示し、本実施例の反応温度目標値の軌道を実線171で示している。図16(A)の180は反応温度目標値が点線170の軌道を辿るときの原料モノマーの濃度xmを示し、181は反応温度目標値が実線171の軌道を辿るときの原料モノマーの濃度xmを示している。図16(C)の190は反応温度目標値が点線170の軌道を辿るときのポリマーの濃度xpを示し、191は反応温度目標値が実線171の軌道を辿るときのポリマーの濃度xpを示している。
図17(D)によれば、従来のバッチサイクル時間8.0hに対して、ポリマーの生産量が95%に達したときの短縮時間は0.52hである。これは、図17(B)の実線171で示した反応温度目標値の軌道を完全に実現できれば、0.52/8.0×100=6.5%の生産性向上が期待できることを意味している。
冷媒入口温度時間パターン設定部3とフィードフォワード制御実行部4と制御パラメータ調整部5とカスケード制御実行部6とモデル調整部7の動作は従来と同様である。ただし、本実施例では、モデル調整部7の調整対象が熱収支モデル11でなく、熱収支モデル11aとなる。
本実施例で説明した制御装置116aは、CPU(Central Processing Unit)、記憶装置及びインタフェースを備えたコンピュータと、これらのハードウェア資源を制御するプログラムによって実現することができる。本発明の制御方法を実現させるためのプログラムは、フレキシブルディスク、CD−ROM、DVD−ROM、メモリカードなどの記録媒体に記録された状態で提供され、記憶装置に格納される。CPUは、記憶装置に格納されたプログラムに従って本実施例で説明した処理を実行する。