以下、開示する技術の実施形態を図面に基づいて詳細に説明する。ただし、以下の説明は、本質的に例示に過ぎず、本発明、その適用物あるいはその用途を制限するものではない。
<エンジンの構成>
図1に、本実施形態で開示するエンジン1を示す。このエンジン1は、燃焼サイクルとして、吸気行程、圧縮行程、膨張行程、及び排気行程の4つの行程を繰り返す4ストロークエンジンである。エンジン1は、動力源として自動車に搭載されており、自動車は、エンジン1が運転することによって走行する。
エンジン1は、ガソリンを含有する燃料で運転する。エンジン1の燃料は、純正のガソリンでも、バイオエタノール等を含むガソリンでもよい。すなわち、このエンジン1の燃料は、少なくともガソリンを含む液体燃料であれば、どのような燃料であってもよい。
このエンジン1は、一部の運転領域において、所定形態の燃焼、すなわちSI(Spark Ignition)燃焼とCI(Compression Ignition)燃焼とを組み合わせた形態の燃焼(Spark Controlled Compression Ignition、SPCCI燃焼ともいう)を行うように構成されている。
SI燃焼は、混合気を強制的に点火することで開始する燃焼である。CI燃焼は、圧縮によって高温高圧になった混合気が自着火することで開始する燃焼である。SPCCI燃焼では、点火によって燃焼が開始される。その後、点火された混合気が火炎伝播によって燃焼し、その燃焼の発熱と圧力上昇とにより、燃焼の過程で混合気の残部(未燃混合気)が自着火によって燃焼する。
SI燃焼の発熱量を調整することで、圧縮開始前の温度のバラツキが吸収できる。従って、圧縮開始前の温度に応じてSI燃焼の開始タイミングを制御すれば、CI燃焼を制御できる。SPCCI燃焼は、燃焼条件の制御により、CI燃焼にSI燃焼が有機的に組み合わされた燃焼形態である。
エンジン1は、シリンダブロック12と、その上に載置されるシリンダヘッド13とで構成されたエンジン本体10を備える。シリンダブロック12の内部には、複数のシリンダ11(気筒)が形成されている(図1では、1つのシリンダ11のみを示す)。エンジン本体10は、更に、ピストン3、インジェクタ(燃料噴射弁)6、点火プラグ25、吸気弁21、排気弁22なども備える。
各シリンダ11内には、ピストン3が一定の範囲(下死点と上死点の間)を往復するように、摺動可能な状態で嵌入されている。ピストン3は、コネクティングロッド14を介してクランクシャフト15に連結されている。ピストン3は、シリンダブロック12及びシリンダヘッド13と共に、容積が変化する燃焼室17をシリンダ11の内部に区画している。なお、「燃焼室17」は、ピストン3の位置に関わらず、エンジン本体10の内部に形成される燃焼空間を意味する。
図2に示すように、燃焼室17の天井面は、2つの傾斜面、傾斜面を有するいわゆるペントルーフ形状である。燃焼室17の床面、つまりピストン3の上面にはキャビティ31(凹部)が形成されている。キャビティ31は、ピストン3が圧縮上死点付近に位置するときに、インジェクタ6に向かい合う。燃焼室17の形状は、エンジン1の仕様に応じて変更できる。例えばキャビティ31の形状、ピストン3の上面の形状、及び、燃焼室17の天井面の形状等は、適宜変更することが可能である。
エンジン1の幾何学的圧縮比(ピストン3が下死点にあるときの燃焼室17の容積に対するピストン3が上死点にあるときの燃焼室17の容積の比率)は、10以上30以下、好ましくは14以上18以下に設定されている。SPCCI燃焼は、SI燃焼による発熱と圧力上昇とを利用して、CI燃焼を制御する。従って、このエンジン1では、混合気を自着火させるために、ピストン3が圧縮上死点に至った時の燃焼室17の温度(圧縮端温度)を高くする必要はない。
つまり、このエンジン1の幾何学的圧縮比は、SI燃焼のみを行う通常の火花点火式エンジンより高く、CI燃焼のみを行う場合よりも低くなっている。幾何学的圧縮比が高いことは、熱効率の増加に有利であり、幾何学的圧縮比が低いことは、冷却損失及び機械損失の低減に有利である。エンジン1の幾何学的圧縮比は、燃料の仕様に応じて設定してもよい。例えば、レギュラー仕様(燃料のオクタン価が91程度)の場合、14以上17以下としてもよく、ハイオク仕様(燃料のオクタン価が96程度)の場合、15以上18以下としてもよい。
シリンダヘッド13には、シリンダ11毎に、燃焼室17に連通する2つの吸気ポート18が形成されている。吸気弁21は、各吸気ポート18に設置されていて、燃焼室17と吸気ポート18との間を開閉する。吸気弁21は可変動弁機構(例えば、吸気電動S−VT23、図3参照)によって開閉され、その開閉時期及び/又は開閉量は変更可能となっている。
シリンダヘッド13にはまた、シリンダ11毎に、燃焼室17に連通する2つの排気ポート19が形成されている。排気弁22は、各排気ポート19に設置されていて、燃焼室17と排気ポート19との間を開閉する。排気弁22は可変動弁機構(例えば、排気電動S−VT24、図3参照)によって開閉され、その開閉時期及び/又は開閉量は変更可能となっている。
インジェクタ6は、シリンダ11毎に、シリンダヘッド13に設置されている。インジェクタ6は、燃焼室17の天井面の略中央部から燃焼室17の中に燃料を直接噴射するよう構成されている。インジェクタ6の噴射中心X2は、シリンダ11の中心X1からずれた位置で、キャビティ31と対向している。インジェクタ6は、周方向に等間隔で配置された複数の噴孔を有しており、これら噴孔から噴射される燃料の噴霧は、図2に二点鎖線で示すように、燃焼室17の上部から斜め下方に向かって放射状に拡散する。インジェクタ6は、ソレノイドやピエゾ素子の駆動によって開閉するノズルを有している。それにより、ノズルの開閉は制御信号に高速で応答し、例えば1ms以下の高速噴射が可能に構成されている。
インジェクタ6は、燃料供給装置61に接続されている。燃料供給装置61は、インジェクタ6を含めて、燃料タンク63、燃料供給路62、燃料ポンプ65、コモンレール64などで構成されている。燃料ポンプ65により、燃料タンク63に収容されている燃料が、燃料供給路62を通じてコモンレール64に圧送される。燃料は、30MPa以上の高圧でコモンレール64に蓄えられる。コモンレール64は燃料供給路62を通じてインジェクタ6と接続されており、インジェクタ6が開弁することで、30MPa以上の高圧、例えば50MPa以上70MPa以下で燃料が燃焼室17の中に噴射される。このエンジン1では、60MPaに燃料の噴射圧を設定してもよい。
点火プラグ25は、シリンダ11毎に、シリンダヘッド13に設置されている。点火プラグ25は、燃焼室17に形成される混合気を強制的に点火する。点火プラグ25は、その先端に電極を有し、その電極が2つの吸気ポート18,18の間から燃焼室17の上部に臨むように配置されている。
エンジン本体10の一側面には、各シリンダ11の吸気ポート18に連通する吸気通路40が接続されている。吸気通路40には、エアクリーナー41、サージタンク42、スロットル弁43、過給機44、電磁クラッチ45、インタークーラー46などが設置されている。吸気通路40を通じて燃焼室17にガス(新気及び/又はEGRガス)が導入される。
スロットル弁43は、燃焼室17の中へ導入する新気の量を変更する。過給機44は、エンジン1によって駆動され、燃焼室17に導入するガスを過給する。過給機44は、電磁クラッチ45の連結と遮断とにより、ガスを過給する状態(オン)と、ガスを過給しない状態(オフ)とに切り替え制御される。インタークーラー46は、過給機44で圧縮されたガスを冷却する。
吸気通路40には、過給機44及びインタークーラー46をバイパスするバイパス通路47が接続されている。バイパス通路47には、ガスの流量を変更するエアバイパス弁48が配設されている。電磁クラッチ45を遮断することによって過給機44をオフにし、エアバイパス弁48を全開にすることで、ガスは、バイパス通路47を通じて燃焼室17に導入される。その場合、エンジン1は非過給(自然吸気)の状態で運転する。エンジン1を過給状態で運転する場合は、電磁クラッチ45を連結することによって過給機44をオンにして、エアバイパス弁48の開度を変更する。そうすることで、過給圧を変更しながら燃焼室17に過給したガスを導入することができる。
吸気ポート18の一方には、燃焼室17の中にスワール流(図2の白抜き矢印参照)を形成し、その強さを変更するスワール弁56が設置されている。その開度が小さいとスワール流が強くなり、その開度が大きいとスワール流が弱くなる。このエンジン1では、特に、安定したSPCCI燃焼を実現するために、スワール比は1.5〜3(スワール弁56の開度であれば、25%〜40%)となる範囲で調整される。
エンジン本体10の他側面には、各シリンダ11の排気ポート19に連通する排気通路50が接続されている。排気通路50には、2つの触媒コンバーター57,58が設置されている。上流の触媒コンバーター57は、エンジンルーム内に配置され、三元触媒とGPFとを有している。下流の触媒コンバーター58は、エンジンルーム外に配置され、三元触媒を有している。なお、触媒コンバーター57,58の構成は、エンジン1の仕様に応じて適宜変更できる。
吸気通路40と排気通路50との間には、既燃ガスの一部を吸気通路40に還流させるEGR通路52が接続されている。EGR通路52には、EGRクーラー53及びEGR弁54が設置されている。EGR弁54は、EGR通路52を流れる既燃ガスの流量を変更し、EGRクーラー53は、EGR通路52を流れる既燃ガスを冷却する(外部EGRシステム)。外部EGRシステムにより、冷却された既燃ガス(外部EGRガス)が燃焼室17に供給される。
このエンジン1の制御装置は、複数のセンサSW1〜SW17を備えている。これらセンサSW1〜SW17は、エンジン1に設置されている。具体的には、エアフローセンサSW1、第1吸気温度センサSW2、圧力センサSW3、第2吸気温度センサSW4、圧力センサSW5、筒内圧センサSW6、排気温度センサSW7、リニアO2センサSW8、ラムダO2センサSW9、水温センサSW10、クランク角センサSW11、アクセル開度センサSW12、吸気カム角センサSW13、排気カム角センサSW14、EGR差圧センサSW15、燃圧センサSW16、第3吸気温度センサSW17などが、エンジン1の各所に設置されている。
例えば、クランク角センサSW11は、エンジン本体10に取り付けられていて、クランクシャフト15の回転角を検知する。筒内圧センサSW6は、シリンダ11毎にシリンダヘッド13に取り付けられていて、各燃焼室17の中の圧力(筒内圧ともいう)を検知する。筒内圧センサSW6の場合、その検出信号は、例えば、エンジン1の最高回転数でクランクシャフト15が1度回転する時間と同等かそれ以下の間隔で出力可能である。
このエンジン1の制御装置はまた、ECU8(コントローラの一例)を備えている。図1に示すように、ECU8は、プロセッサ8a、メモリ8b、インターフェース8c等を含むハードウエアと、後述する運転領域マップ70などの各種データや制御プログラム等を含むソフトウエアなどで構成されている。ECU8は、例えば、32又は64ビットの、動作周波数が100MHz以上の高性能なプロセッサ8aを有しており、高速かつ高度な演算処理が可能である。
図3に示すように、ECU8には、インジェクタ6を作動させて、燃焼室17の内部に混合気を形成する燃料噴射制御部80、点火プラグ25を作動させて、燃焼室17の内部の混合気に点火する点火制御部81などが実装されている。詳細は後述するが、ECU8にはまた、強ノック予測部82及び強ノック抑制部83が実装されており、所定の強さ以上のノック(強ノック)の発生を予測し、その予測に基づいてその強ノックを抑制する制御も行う。
センサSW1〜SW17は、ECU8と電気的に接続されていて、エンジン1の運転中は、常時、検知した信号をECU8に出力する。ECU8は、各センサSW1〜SW17から入力される出力信号と、運転領域マップ70等のデータとに基づいて、エンジン1を適正に運転するために、エンジン1を構成している各装置を制御する。
具体的には、図3に示すように、ECU8は、また、インジェクタ6、点火プラグ25、吸気電動S−VT23、排気電動S−VT24、燃料供給システム61、スロットル弁43、EGR弁54、電磁クラッチ45、エアバイパス弁48、スワール弁56などの各装置と電気的に接続されていて、これら装置に制御信号を出力し、これら装置を制御する。
<運転領域マップ>
図4に、エンジン1の運転制御に用いられる運転領域マップ70の一例を示す。この運転領域マップ70は、温間時の運転に用いられるものであり、互いに区画された次の3つの領域を含む。
A1:アイドル運転を含みかつ、低回転及び中回転の低負荷の領域に広がる「低負荷領域」
A2:全開負荷を含みかつ、低負荷領域A1よりも負荷が高い、低回転及び中回転の領域に広がる「高負荷領域」
A3:低負荷領域A1及び高負荷領域A2よりも回転数が高く、かつ、低負荷から高負荷まで負荷領域の全域にわたる「高回転領域」
ここでいう「低回転」、「中回転」、及び、「高回転」の各領域は、例えば、エンジン1の全運転領域を回転方向に略三等分にした場合の、低回転側から順に並ぶ各分割領域である。1200rpm程度未満の回転数N1を「低回転」、4000rpm程度以上の回転数N2を「高回転」、回転数N1以上N2未満を「中回転」としてもよい。
「低負荷」及び「高負荷」は、低負荷側から高負荷側まで負荷領域の全域を略2等分した場合の低負荷側の分割領域及び高負荷側の分割領域としてもよい。
また、以降の説明で用いる、燃焼サイクルでの行程における「前期」、「中期」、及び「後期」は、各行程を3等分した場合での前からの各分割期間を意味する。また同様に、「前半」及び「後半」は、各行程を2等分した場合での前からの各分割期間を意味する。
エンジン1は、運転領域マップ70の全域でSPCCI燃焼を行ってもよいが、本実施形態では、低負荷領域A1、及び高負荷領域A2において、SPCCI燃焼を行う。高回転領域A3において、エンジン1は、火花点火によるSI燃焼を行う。なお、冷間時や始動時など、エンジン1が十分に暖まっていない時には、全領域においてSI燃焼を行ってもよい。
過給機44は、低負荷領域A1及び高負荷領域A2における、低負荷かつ低回転の領域(図4に符号Tで示す原点側の領域:非過給領域)でオフされる。エンジン1は、この領域では、自然吸気の状態で運転する。過給機44は、非過給領域以外の領域(過給領域)においてオンされる。エンジン1は、過給領域では、過給機44の下流側が、大気圧より動的に高圧になる状態で運転する。
(低負荷領域A1)
エンジン1は、燃費の向上及び排出ガス性能の向上を主目的として、低負荷領域A1において、SPCCI燃焼を行う。
具体的には、エンジン1が低負荷領域A1で運転している時、点火プラグ25は、先行点火と主点火とからなる複数の点火を実行する。先行点火は、圧縮行程の前期または中期のいずれかに実行される。主点火は、圧縮行程の後期から膨張行程の初期までの期間に実行される。
例えば、図4に示す運転ポイントP1では、図5の(a)に示すように、点火プラグ25は、圧縮行程の前期に先行点火を実行し、圧縮行程の後期に主点火を実行する。運転ポイントP1よりも高負荷の運転ポイントP2では、点火プラグ25は、図5の(b)に示すように、運転ポイントP1より早期に先行点火を実行し、圧縮行程の後期に主点火を実行する。
先行点火では、混合気は燃焼しない。先行点火は、火花(アーク)の周囲の混合気を850K以上1140K未満という狙いの温度にまで上昇させることにより、燃料成分(炭化水素)を開裂させてOHラジカルを含む中間生成物を生成することを目的として行われる。また、燃焼を防止するため、先行点火のエネルギーは、主点火のエネルギーよりも小さくされる。それにより、先行点火が行われても燃焼は開始しない。
主点火により、混合気が燃焼する。すなわち、主点火により、火炎伝播が生じ、SI燃焼が開始する。SI燃焼が開始されると、それに引き続いてCI燃焼が開始する。すなわち、主点火により、圧縮上死点の直前でSPCCI燃焼が開始し、膨張行程の初期にSPCCI燃焼が終了する。
(SPCCI燃焼)
図6に、SPCCI燃焼による燃焼波形(熱発生率の波形)を示す。SPCCI燃焼の熱発生率は、通常、SI燃焼時よりもCI燃焼時の方が急峻になる。容積が最小になる上死点の近傍でSI燃焼が生じると、燃焼室の温度および圧力が急激に上昇する。それにより、未燃混合気が自着火し、CI燃焼が開始される。CI燃焼は、SI燃焼よりも急峻なので、燃焼波形の傾きが急増する。すなわち、SPCCI燃焼の燃焼波形は、CI燃焼が開始するタイミングで変曲点Xを有している。
CI燃焼の開始後は、SI燃焼とCI燃焼とが並行して行われる。従って、CI燃焼での熱発生率は相対的に大きくなる。ただし、SPCCI燃焼では、CI燃焼は、ピストンが下降する圧縮上死点の後に行われるように制御されるため、CI燃焼時のdp/dθ(燃焼騒音の指標)は抑制される。
CI燃焼はSI燃焼に比べて燃焼速度が速いので、相対的に燃焼期間を短縮できる。すなわち、SPCCI燃焼では、燃焼期間を圧縮上死点の近傍に集約できるので、燃費が向上する。従って、SPCCI燃焼では、適切なタイミングで最適な燃焼波形が得られるように、SI燃焼とCI燃焼との比率を、エンジン1の運転条件に応じて制御することが重要である。
そのため、SPCCI燃焼では、SI燃焼とCI燃焼とが適切な組み合わせ状態で発生するよう、SPCCI燃焼におけるSI燃焼の割合(SI率、熱量比率)が、制御に用いられている。SI率は、例えば、SPCCI燃焼の全熱量(QSI+QCI)に対するSI燃焼での熱量(QSI)の割合としてもよい。また、圧縮上死点前の適切なタイミングでSI燃焼が開始するよう、SPCCI燃焼では、SI燃焼からCI燃焼に切り替わるときの変曲点Xのクランク角(θci)も、制御に用いられている。
SPCCI燃焼では、これらSI率及びθciが、エンジン1の運転状態に応じて、適切な値となるように、点火時期、燃料の噴射時期、燃料の噴射量、空気量、EGRガス量、スワール弁56の開度等が制御される。
例えば、エンジン1が低負荷領域A1で運転している時、インジェクタ6は、先行点火よりも早いタイミングで、エンジン1の負荷に応じた燃料を複数回に分けて噴射する。例えば、運転ポイントP1及び運転ポイントP2では、吸気行程の期間で2回の噴射が行われ、インジェクタ6は、吸気行程の前半に第1噴射を行い、吸気行程の後半に第2噴射を行う。第1噴射と第2噴射の各噴射量は、高負荷側ほど第1噴射の噴射量が少なくなるように設定される。
エンジン1が低負荷領域A1で運転している時、燃焼室17に導入される空気(新気)と、燃焼室17に噴射される燃料との重量比である空燃比(A/F)は、理論空燃比(14.7)よりも大きく設定される。具体的には、A/Fは、20以上35以下の範囲に設定される。
エンジン1が低負荷領域A1で運転している時、安定したSPCCI燃焼を実現するために、必要に応じて、排気上死点を挟んで吸気弁21及び排気弁22の双方が開かれるように制御される。いわゆるオーバーラップ期間の設定により、燃焼室17に高温の既燃ガス(内部EGRガス)が導入される。また、必要に応じて、EGR弁54が開くように制御され、燃焼室17に、いったん外部に排出されて冷却される排気ガス(外部EGRガス)が導入される。
エンジン1が低負荷領域A1で運転している時、燃焼開始時点での混合気の成層化を促進するため、燃焼室17に強いスワール流が形成される。すなわち、スワール弁56は、50%よりも低い低開度に設定されるように制御される。
(高負荷領域A2)
エンジン1は、燃費の向上及び排出ガス性能の向上を主目的として、高負荷領域A2において、SPCCI燃焼を行う。
具体的には、エンジン1が高負荷領域A2で運転している時、点火プラグ25は、1回の点火、すなわち、主点火のみを行う。
例えば、図4に示す運転ポイントP3では、図5の(c)に示すように、圧縮行程の後期に1回の点火を実行する。この点火により、圧縮上死点の直前にSPCCI燃焼が開始し、膨張行程の初期にSPCCI燃焼が終了する。
エンジン1が高負荷領域A2で運転している時、インジェクタ6は、エンジン1の負荷に応じた燃料を、吸気行程の期間中に1回で噴射する。必要に応じて、複数回に分けて噴射してもよい。
エンジン1が高負荷領域A2で運転している時、A/Fは、理論空燃比に略一致するように設定される。高負荷側では、必要に応じてA/Fを理論空燃よりもリッチ、つまり空気過剰率を1以下(λ≦1)に設定してもよい。また、エンジン1が高負荷領域A2で運転している時、必要に応じて外部EGRガスが燃焼室17に導入される。対して、内部EGRガスの燃焼室17への導入は実質的に停止される。
エンジン1が高負荷領域A2で運転している時、燃焼開始時点での混合気の成層化を促進するため、燃焼室17に強いスワール流が形成される。すなわち、スワール弁56は、低負荷領域A1と同等かそれ以下の開度に設定されるように制御される。
(高回転領域A3)
エンジン1は、安定した運転を実現するため、高回転領域A3において、SI燃焼を行う。
すなわち、エンジン1が高回転領域A3で運転している時、インジェクタ6は、吸気行程を含む所定の期間で燃料を噴射する。例えば、運転ポイントP4では、図5の(d)に示すように、インジェクタ6は、吸気行程から圧縮行程にわたる期間にわたって燃料を噴射する。
そして、点火プラグ25は、圧縮行程の後期から膨張行程の初期までの期間(運転ポイントP4では、圧縮行程の後期)に1回の点火を行う。この点火によってSI燃焼が圧縮上死点の直前に開始し、混合気の全てが火炎伝播により燃焼して、膨張行程の初期にSI燃焼が終了する。
エンジン1が高回転領域A3で運転している時、A/Fは、略理論空燃比か、それよりもリッチ(λ≦1)となるように設定される。また、エンジン1の充填効率を高めるため、スワール弁56は全開とされる。
<強ノックの予測及び抑制>
ノックは、一般に、SI燃焼が行われる火花点火式エンジンにおいて問題視されている現象である。詳しくは、点火プラグによる着火で混合気の燃焼が開始すると、火炎伝播によって燃焼が拡大していく。その間、未燃混合気(エンドガス)の温度及び圧力が局所的に高まって、自着火による燃焼が発生する場合がある。自着火による燃焼は火炎伝播による燃焼よりも急峻なため、その圧力振動が騒音や衝撃を形成し、ノックを発生させる。
通常のノックは、エンジンが高負荷の運転領域において低回転で運転しているときに発生し、回転数が高まって火炎伝播速度が早まることで解消されていく。しかし、ノックは、エンジンが高回転で運転しているときにも発生する。高回転で運転しているときに発生するノックは、低回転で運転しているときに発生するノックよりも強い傾向がある。そして、突発的に、通常のノックとは明らかに強度が異なる、強いノック(強ノック)が発生する場合がある。
SPCCI燃焼が行われるこのエンジン1では、燃焼時における燃焼室17の中の圧力は、一般的な火花点火式エンジンよりも高くなる。そのため、このエンジン1は、一般的な火花点火式エンジンと比べると、強ノックが発生し易い傾向がある。
強ノックは、頻度は少なくても、エンジン1にダメージを与える可能性が高い。そのため、強ノックは、エンジン1の信頼性を低下させる原因となる。一般的なノック抑制方法として、点火時期のリタード制御、すなわち膨張行程の初期に点火時期を遅角させることが行われている。この方法によっても強ノックを抑制することはできるが、燃焼効率が低下するし、出力の減少によって必要なトルクが得られないおそれもある。
それに対し、本発明者らは、燃焼状態から強ノックの発生が予測可能であることを見出した。その知見に基づき、このエンジン1の制御装置には、強ノックの発生が精度高く予測でき、その予測に基づいて、強ノックの選択的な抑制を可能にする技術が組み込まれている。
具体的には、図3に示すように、ECU8に、強ノック予測部82及び強ノック抑制部83が実装されている。強ノック予測部82は、燃焼初期の所定のタイミングで、強ノックの発生を予測する処理を実行する。強ノック抑制部83は、その予測に基づいて、そのタイミング以降の燃焼過程で、強ノックの発生を抑制する処理を実行する。次に、これら処理について、詳しく説明する。
(強ノックの予測)
本発明者らは、様々な実験を行った結果、燃焼初期の燃焼状態に基づいて、ノック強度が精度高く検知できることを見出した。具体的には、燃焼初期に相当する、50%よりも小さい所定の質量燃焼割合となる時期、好ましくは、質量燃焼割合が10%となる時期(mfb10%時期)により、ノック強度が精度高く検知できることを見出した。
ここでいうノック強度は、ノックの強さを表す指標であり、ノックに起因する筒内圧パルスの振幅値である。ノック強度は、筒内圧を演算処理することによって取得される。
ノック強度を、図7を参照して具体的に説明する。図7の上側に示す波形は、ある燃焼サイクルにおける筒内圧変化を示している。燃焼後期に見られるパルス状の波形は、ノックを示している。このような筒内圧の圧力波形を、ハイパスフィルター(HPF)などで処理することで、圧力波形から圧縮圧などのエンジン固有の圧力変動成分が除去される。それにより、図7の下側に示すように、ノックに起因する圧力パルスのみからなる圧力波形が抽出される。一般的には、その圧力波形の圧力パルスのうち、最大となる振幅値が、その燃焼サイクルにおけるノック強度とされる(単位:bar)。
質量燃焼割合(MFB又はMBFともいう)は、この技術分野で一般に用いられている、燃焼状態を示す指標である。質量燃焼割合は、概略、全燃料質量に対する燃焼した燃料質量の割合(%)に相当する。質量燃焼割合はまた、燃焼室17に供給された1つの燃焼サイクルあたりの燃料の質量Aのうち、燃焼した燃料の質量Bの比(B/A、単位%)としてもよい。質量燃焼割合はまた、燃焼室17に供給された燃料の全てが燃焼したときに発生する総発熱量Cに対する、対象とする時点までに発生した発熱量Dの割合(D/C、単位%)としてもよい。
従って、mfb10%時期は、例えば、全燃料質量に対して燃焼した燃料質量の割合が10%となる時期(単位:deg、「°」)とすることができる。mfb10%時期は、燃焼状態に関連した燃焼状態指標値に相当するものであり、燃焼が10%進んだ時のクランク角度ともいえる。
(mfb10%時期の算出)
mfb10%時期は、筒内圧に基づき、ECU8によって算出される。そのmfb10%時期の算出手順を、図8のフローチャートを用いて説明する。
ECU8は、メモリ8bに記憶されている筒内圧センサSW6の信号(圧縮行程の後半から吸気行程の前半の信号)を抽出する(ステップS1)。その後、ECU8は、抽出した筒内圧センサSW6の信号を、ノックの周波数帯の信号が除去可能なIIRフィルタ(不図示)に通す。それにより、筒内圧センサSW6の信号からノックの信号が除去される(ステップS2)。
そして、ECU8は、IIRフィルタから出力された筒内圧センサSW6の信号であって50kHzでサンプリングされた信号を、メモリ8bに記憶されているクランク角センサSW11の信号を用いて、所定のクランク角度毎の信号に変換する(ステップS3)。そうして、ECU8は、筒内圧センサSW6の信号を筒内圧(絶対圧)に変換する(ステップS4)。
続いて、ECU8は、各クランク角度θにおける熱発生率△Q(θ)を、得られた筒内圧を用いて算出する。そして、ECU8は、クランク角度毎に熱発生率△Q(θ)を積算することにより、各クランク角度θにおける熱発生量Q(θ)を算出する(ステップS5)。
次に、ECU8は、熱発生量Q(θ)の最小値(最小熱発生値Qmin)、及び、最小熱発生値Qminとなるときのクランク角度(mfb0%時期)を算出する(ステップS6)。そして、ECU8は、最小熱発生値Qminが、0(ゼロ)となるように、熱発生量Q(θ)を補正する(ステップS7)。
その後、ECU8は、熱発生量Q(θ)の最大値(最大熱発生値Qmax)を算出する(ステップS8)。ECU8は、その最大熱発生値Qmaxの10%に相当する熱発生値Q10を算出する(ステップS9)。そうして、ECU8は、熱発生値Q10となるときのクランク角度を算出し、このクランク角度を、mfb10%時期として決定する(ステップS10)。
(mfb10%時期とノック強度との関係)
mfb10%時期は、点火時期が略同一であっても、燃焼条件が異なれば、進角したり遅角したりする。燃焼条件が同じでも、燃焼の開始タイミング等のバラツキにより、進角したり遅角したりする。すなわち、点火時期が略同一でも、mfb10%時期のデータは、バラツキを持った一定の分布を形成する。
図9に、mfb10%時期とノック強度との関係を表したグラフの一例を示す。このグラフは、強ノックが発生し易い所定の条件下で燃焼試験を行い、各燃焼データから得られたmfb10%時期とノック強度との関係をプロットしたものである。点火時期は、略同一(圧縮上死点の直前)である。このグラフに認められるように、mfb10%時期が進角するとノック強度が増加してノックが発生する。
そして、これらノックの中には、通常のノックとは明らかに異なる強ノック(例えば、ノック強度が40barを超え、更には100barを超えるようなノック)が含まれている。強ノックは、ピストン3等、燃焼室17を構成している構造に物理的な障害を与えるおそれがあるノックであり、例えば、ノック強度が40bar以上のノックと定義できる。また、強ノックはノック強度が45bar以上のノックと定義してもよい。
これら強ノックは、mfb10%時期が所定値以上に進角することで発生する(逆に所定角度未満では発生しない)傾向が認められる。すなわち、SI燃焼が開始した後、SI燃焼が早く進むほど、ノック強度は高くなる。そして、強ノックは、SI燃焼が著しく早く進み、mfb10%時期が所定値以上に進角した時に発生する。
このような条件下で得られるmfb10%時期は、確率分布(正規分布)に従って分布する。図10の(a)に、そのようなmfb10%時期の分布情報を例示する。
上述したように、強ノックは、mfb10%時期が所定角度以上に進角した時に発生する。従って、mfb10%時期の分布情報から、所望する強ノックの発生確率に応じた所定のmfb10%時期(それより進角すると強ノックが所定の確率で発生する可能性があると判定できる値、強ノック判定角度θs)を設定することができる。
更に、本発明者らは、mfb10%時期と、燃焼初期の筒内圧との間には、一次的な相関関係があることも見出した。図10の(b)に、その一例を示す。図10の(b)の縦軸に示す燃焼初期の筒内圧(燃焼初期筒内圧Pi)は、燃焼初期のタイミングに相当する、圧縮上死点(0°CA)から圧縮上死点後9°CAまでのタイミングにおいて、筒内圧センサSW6で検出される筒内圧の平均値を示している。
後述するように、このエンジン1の制御装置では、この燃焼初期筒内圧Piに基づいて強ノックの発生が予測される。なお、この燃焼初期筒内圧Piは一例であり、燃焼初期の所定のタイミングで得られる筒内圧センサSW6の検出値であれば、1つの検出値であってもよいし、不連続なクランク角度での2つ以上の検出値の平均値であってもよい。
この相関関係により、クランク角度に対して相対的な値である、mfb10%時期から、クランク角度に対して絶対的な値である、燃焼初期筒内圧Piへの変換が可能になる。従って、図10の(b)に示すように、mfb10%時期と燃焼初期筒内圧Piとの相関関係から、強ノック判定角度θsに対応した燃焼初期筒内圧Piの値(強ノック判定閾値Ps、閾値に相当)が設定できる。
それにより、燃焼初期筒内圧Piが強ノック判定閾値Ps以下であれば、強ノック発生の可能性は無いと、高精度で判定でき、燃焼初期筒内圧Piが強ノック判定閾値Ps超であれば、強ノック発生の可能性が有ると、高精度で判定できる。
この予測方法によれば、燃焼初期筒内圧Piに基づいて強ノックの発生を予測するので、燃焼後期はCI燃焼が行われるSPCCI燃焼でも、燃焼初期には、点火によるSI燃焼が行われるので、SPCCI燃焼にも適用可能である。すなわち、運転領域に、SI燃焼が行われる領域と、SPCCI燃焼が行われる領域とが混在している場合であっても、この予測方法であれば、制約を受けることなく適用できる。
従って、このエンジン1では、SI燃焼が行われる高回転領域A3だけでなく、SPCCI燃焼が行われる高負荷領域A2においても、強ノックの発生の予測及び抑制の各処理が行われる。各領域の間で、処理に差異を設ける必要もない。必要があれば、これら処理を低負荷領域A1で行うことも可能である。
このような強ノックの発生を予測する処理は、ECU8によって実行される。すなわち、強ノック予測部82が、燃焼初期筒内圧Piを強ノック判定閾値Psと比較する。そうすることにより、強ノックが発生する可能性の有無を判定する。強ノック予測部82は、事前に強ノック判定閾値Psを取得し、燃焼初期に筒内圧センサSW6で検知される燃焼初期筒内圧Piと、その強ノック判定閾値Psとを比較することにより、強ノックが発生する可能性の有無を判定する。
(強ノックの抑制)
強ノックは、頻度が低いうえに突発的に発生する。更に、強ノックは、単発でもエンジン1の信頼性に与える影響は大きい。従って、予測が行われた燃焼サイクル以降の燃焼サイクルにおいて、ノックを抑制する処理を行っても、予測した強ノックは抑制できないし、強ノックが続いて発生するとは限らないので、適切でない。
従って、強ノックの発生が予測されたのと同一の燃焼サイクルで、強ノックを抑制する処理を行う必要がある。具体的には、同じ燃焼サイクルでの燃焼過程において、強ノックが予測された後、かつ、強ノックが発生する前まで期間に、強ノックを抑制する処理を行う必要がある。
しかし、そのような期間は僅かしかない。特に、エンジン1の回転数が高い領域では、燃焼期間が短くなるので、条件は更に厳しくなる。そこで、このエンジン1の制御装置では、そのような制約された条件の下でも強ノックの抑制が可能になるように、燃焼室17の内部に燃料を追加噴射する。
具体的には、強ノック予測部82で強ノックが発生すると予測された場合、つまり燃焼初期筒内圧Piが強ノック判定閾値Psを超えていた場合、ECU8(強ノック抑制部83)は、燃焼室17の内部に、本来的な要求量以上の燃料を追加して噴射する。
このエンジン1には、燃焼室17の内部に燃料を噴射するインジェクタ6が設置されている。インジェクタ6は、高圧で瞬時に燃料を噴射することができる。従って、このエンジン1では、強ノックが発生すると予測されると、強ノック抑制部83は、インジェクタ6が燃料を追加噴射するように制御する。
燃焼室17の内部に、高圧で燃料が噴射されると、燃焼が進行している混合気が撹拌される。前述したように、ノックは、未燃混合気の温度及び圧力が局所的に高まることによって発生する。そのため、燃焼の過程で混合気が撹拌されると、混合気全体の温度が均質化されるので、未燃混合気の局所的な温度の上昇が抑制される。その結果、強ノックが抑制される。燃料であれば、既設のインジェクタ6を利用して噴射できる。燃料の気化による冷却作用が得られる利点もある。
(強ノックの予測制御及び抑制制御)
図11、図12に、このエンジン1で行われる強ノックの予測制御及び抑制制御の一例を示す。図11は、強ノックの予測制御及び抑制制御のフローチャートであり、図12は、これら制御に関連する主な状態量の変化を、クランク角度に沿って例示した状態図である。
図11に示すように、ECU8は、エンジン1の運転が開始されると、各センサSW1〜SW17から出力される信号を読み込む(ステップS11)。それにより、ECU8は、これら入力値と、メモリ8bに記憶されている、運転領域マップ70等の制御データとに基づいて、エンジン1の運転状態を判断する。
ECU8は、強ノックの発生を予測するため、強ノック判定閾値Psを取得する(ステップS12)。その際、このエンジン1の制御装置では、その予測精度を向上させるために、燃焼バラツキの推定等の処理が行われるが、これについては後述する。
ECU8はまた、筒内圧センサSW6から入力される検出信号に基づいて、各燃焼サイクルでの燃焼初期筒内圧Piを取得する(ステップS13)。具体的には、図12に示すように、強ノック予測部82が、圧縮上死点(0°CA)から圧縮上死点後9°CAまでの期間に検出される筒内圧の検出値からその平均値を算出し、これを燃焼初期筒内圧Piとする。
その燃焼サイクルにおいて、更にクランク角度が数度進む間に、強ノック予測部82は、取得した燃焼初期筒内圧Piと強ノック判定閾値Psとを比較する(ステップS14)。その結果、燃焼初期筒内圧Piが強ノック判定閾値Psを超えた場合には、強ノック予測部82は、強ノックが発生すると予測し、燃料を追加噴射するようにインジェクタ6に制御信号を出力する(ステップS15,S16)。
図12に示すように、インジェクタ6への制御信号が出力された後、実際に燃料が噴射されるまでにはタイムラグ(この例では10°CA程度)が発生する。強ノック予測部82は、このタイムラグを考慮して制御信号を出力する。それにより、ノックが発生する直前に燃料が追加噴射される。
強ノックが発生する直前に燃料が噴射されることで、本来であれば、図12において仮想線で示すようなノック強度の大きなノックが発生するところが、実線で示すような、ノック強度の小さいノックが発生する。すなわち、強ノックの発生が抑制される。
一方、強ノック予測部82が、燃焼初期筒内圧Piと強ノック判定閾値Psとを比較した結果、燃焼初期筒内圧Piが強ノック判定閾値Ps以下であった場合には、強ノック予測部82は、強ノックは発生しないと予測し、燃料の追加噴射を指示することなく、処理を終了する(ステップS17)。ECU8は、このような一連の処理を、燃焼サイクルごとに実行する。
なお、ノック抑制の観点からすれば、強ノックの発生が予測される特定の燃焼サイクルだけでなく、強ノックの発生がある程度推測される不特定多数の燃焼サイクルで燃料を追加噴射して強ノックを抑制することも可能である。しかし、追加噴射に用いられる燃料は、エンジン1の運転に必要な燃料とは別であることから、多数の燃焼サイクルで燃料を追加噴射すると、燃費が悪化する。また、このような燃料の追加噴射は、煤の増加を招く。
このエンジン1では、強ノックが予測された特定の燃焼サイクルだけが選択されて燃料が追加噴射されるので、燃料を追加噴射する頻度を最小限に抑制でき、強ノックを効率的かつ効果的に抑制できる。
また、強ノックを安定して抑制する観点からは、追加噴射する燃料の量は多い方が有効である。しかし、燃料の追加噴射量が多くなれば、その分だけ煤も増加する。同じ燃焼サイクルで予測から追加噴射まで行うため、燃料が噴射できる時間が短いという制約もある。従って、これらの点を考慮すると、追加噴射する燃料の量(質量)は、燃料が追加噴射される燃焼サイクルにおいて噴射される燃料の全量(噴射燃料総質量)の5%以上10%以下に設定するのが好ましい。
追加噴射する燃料の量は、燃焼初期筒内圧Piと強ノック判定閾値Psとの差が大きくなるほど、多くなるように設定してもよい。そうすれば、強ノックの安定した抑制と、煤の抑制とを効率よく実現できる。
<燃焼バラツキへの対応>
上述したように、燃焼状態に関連したmfb10%時期の分布情報を用いることで、所望する強ノックの発生確率に基づいた強ノック判定閾値Psを取得することができる。この強ノック判定閾値Psが、強ノック予測部82に設定され、強ノック予測部82が強ノック判定閾値Psに基づいて強ノックの発生を予測することで、強ノックの発生の有無が精度高く行える。
しかし、燃焼条件によって燃焼状態は変化するし、同じ燃焼条件であっても、時間の経過によって燃焼状態が変化する可能性もある。また、エンジン1では、複数の気筒で燃焼が行われるが、これら各気筒での燃焼状態は、程度差はあるものの、それぞれ異なっているのが普通である。また更に、実機を量産する観点からは、加工のバラツキ等により、各エンジン1間や各気筒間において、燃焼状態に差が生じるため、これらを考慮する必要もある。燃焼状態が変化すれば、それに伴ってmfb10%時期の分布情報も変化する。
このような燃焼状態の差異(燃焼バラツキ)は、強ノック判定閾値Psの設定精度に大きく影響する。本来、強ノックを予測してから強ノックを抑制するまでに、時間的余裕があれば、この程度の差異は問題にはならない。しかし、このエンジン1の制御装置では、同じ燃焼サイクルにおいて、強ノックの予測と抑制とを行うため、このような差異を無視できるほどの時間的余裕は無い。
そこで、このエンジン1の制御装置には、このような燃焼バラツキの影響を最小限に抑制できるように、強ノック予測部82が工夫されている。具体的には、図13に簡略化して示すように、ECU8の強ノック予測部82に、分布推定部82a及びベース情報記憶部82bが実装されている。そして、これら分布推定部82a及びベース情報記憶部82bが、所定の演算等の処理を実行することにより、燃焼状態に合わせて、強ノック判定閾値Psが、随時更新されていくように構成されている。次に、これら処理について詳しく説明する。
(燃焼バラツキの推定)
ベース情報記憶部82bは、所定の燃焼サイクルにおける燃焼に関連した燃焼データ(mfb10%時期を含む)を、所定量(例えば、300データ分)、記憶できるように構成されている。当初のベース情報記憶部82bには、既存情報に基づいて設定された所定量の燃焼データが、初期値として記憶されている。なお、ここでの処理の主体はmfb10%時期であるため、便宜上、燃焼データをmfb10%時期として説明する。
ベース情報記憶部82bは、新たなmfb10%時期を1つ導入する度に、最も古いmfb10%時期を廃棄するように構成されている。それにより、ベース情報記憶部82bに記憶されているmfb10%時期の集まりからなる情報(ベース情報)は、その都度、更新されていく。
分布推定部82aは、mfb10%時期が新たに導入される度に、そのmfb10%時期とベース情報とに基づき、ベイズ推定を用いた演算処理を行い、より確率の高いベース情報を推定する。
図14、図15を用いて、そのような燃焼バラツキの推定から、強ノック判定閾値Psを更新するまでの処理の流れについて具体的に説明する。図14は、これら一連の処理の流れをイメージ的に表した模式図である。図15は、図11に示した「強ノック判定閾値Psの取得」における処理の内容を示すフローチャート(サブルーチン)である。燃焼バラツキの推定等の処理は、この処理において実行される。
図15に示すように、ECU8(分布推定部82a)は、ベイス推定処理、つまりは燃焼バラツキの推定処理を行う条件が成立したか否かを判断する(ステップS21)。強ノックが発生する可能性の低い運転領域の燃焼においてmfb10%時期を取得し、そのmfb10%時期をベース情報に導入すると、強ノックの発生確率が低下し、適切なベース情報が得られない。
そのため、分布推定部82aは、予め実験等によって設定される、強ノックが発生する可能性の高い特定の運転領域(強ノック高発生領域)、例えば、高負荷の中回転以上の運転領域や高回転の運転領域等に限って、mfb10%時期を取得し、そのmfb10%時期をベース情報に導入するように設定されている。従って、分布推定部82aは、エンジン1が強ノック高発生領域で運転している場合は、ベイス推定処理を行う条件が成立したと判断し、エンジン1が強ノック高発生領域で運転していない場合は、ベイス推定処理を行う条件が成立しないと判断する。
そして、分布推定部82aがベイス推定処理を行う条件が成立したと判断した場合には(ステップS21でYes)、分布推定部82aは、mfb10%時期を算出する処理を実行する(ステップS22)。mfb10%時期を算出する処理の具体的内容は、上述した通りである(図8参照)。なお、mfb10%時期を算出する処理は、ステップS21の後に行うことは必須ではなく、その前に行ってもよい。要は、ベイズ推定処理の前に、新たにベース情報に導入するmfb10%時期が取得できればよい。
次に、分布推定部82aは、新たなmfb10%時期を用いて、ベイズ推定に基づいた演算処理を行う(ステップS23)。図14に示すように、ベース情報を構成しているmfb10%時期の頻度は、確率分布(正規分布)に従って分布している(図10の(a)も参照)。分布推定部82aは、このような分布情報から、その分布の状態を特定する平均値μ及び標準偏差値σを算出する。
そして、分布推定部82aは、これら平均値μ及び標準偏差値σと、新たなmfb10%時期とを用いて、ベイズ推定により、燃焼バラツキを推定する。ベイズ推定は、ベイズの定理に基づく統計学的な推定方法の1つである。ベイズ推定の内容は公知であるため、その具体的な説明は省略する。ベイズ推定を行うことで、既存のベース情報から、より信頼性が高いベース情報を推定することができる。
例えば、ベイズ推定を行うことにより、図14に破線で示す推定前のベース情報から、図14に実線で示す、信頼性の高まったベース情報が推定される。そうして、分布推定部82aは、推定されたベース情報に基づき、その分布の状態を特定する平均値(推定平均値μ_est)及び標準偏差値(推定標準偏差値σ_est)を算出する。
一方、分布推定部82aがベイス推定処理を行う条件が成立しないと判断した場合には(ステップS21でNo)、ベース情報は更新されないので、分布推定部82aは、既存のベース情報に基づいて、その分布の状態を特定する平均値μ及び標準偏差値σを算出する(ステップS24)。
次に、分布推定部82aは、得られた推定平均値μ_est及び推定標準偏差値σ_est、又は、平均値μ及び標準偏差値σを用いて、強ノック発生の判断基準となるmfb10%時期を算出する(ステップS25)。
具体的には、分布推定部82aには、所望する強ノックの発生確率に応じた定数が予め設定されている。分布推定部82aは、この定数と推定標準偏差値σ_est(又は標準偏差値σ)を掛け合わせることにより、推定平均値μ_est(又は平均値μ)からの偏り度合を求める。そして、その偏り度合から推定平均値μ_est(又は平均値μ)を減算することで、進角側に位置している、強ノック発生の判定基準となるmfb10%時期、すなわち強ノック判定角度θsを算出する(図10参照)。
続いて、分布推定部82aは、強ノック判定角度θsを、強ノック判定閾値Psに変換する処理を行う(ステップS26)。
具体的には、分布推定部82aには、図14に符号Tで示すような、mfb10%時期と燃焼初期筒内圧Piとの相関関係を表したテーブルが予め設定されている(図10参照)。分布推定部82aは、このテーブルTを用いることにより、強ノック判定角度θsを強ノック判定閾値Psに変換する。それにより、分布推定部82aは、強ノック判定閾値Psを取得する。
このように、開示する技術にかかるエンジンの制御装置によれば、強ノックの予測と抑制とが、同一の燃焼サイクルにおいて行われる。従って、ノック全般を大まかに抑制するのではなく、強ノックを選択的に抑制できるので、効率的であり、燃費の低下を招くことなく、エンジンの信頼性を向上させることができる。
また、このエンジンの制御装置によれば、統計的な分布情報から得られる強ノックの発生確率に基づいて、強ノックの発生予測の基準となる閾値が取得される。従って、頻度が少ないうえに突発的に発生する強ノックであっても、高精度な予測が行える。更に、その閾値の信頼性は、燃焼バラツキによって低下するおそれがあるが、このエンジンの制御装置では、燃焼状態に合わせて閾値が更新されるので、燃焼バラツキの影響を低減でき、高精度な予測が安定して行える。
強ノックを高精度かつ効果的に抑制できるので、このエンジンの制御装置は、特に高圧縮比のエンジンに有効である。
開示する技術にかかるエンジンの制御装置は、上述した実施形態に限定されず、それ以外の種々の構成をも包含する。例えば、実施形態では、SPCCI燃焼を行うエンジン1を例示したが、開示する技術にかかるエンジンの制御装置は、通常の火花点火式エンジンにも適用できる。また、エンジン1の具体的構造や具体的制御は、一例であり、仕様に応じて適宜変更可能である。