JP6733624B2 - 厚肉電縫鋼管およびその製造方法 - Google Patents

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Description

本発明は、コンダクターケーシング用電縫鋼管などに好適な、とくにAPI X52〜X80級の高強度を有し、溶接部の強度が母材部の強度と同等である厚肉電縫鋼管およびその製造方法に関する。
近年、深海の油田、ガス田の開発に伴い、油井管を外圧から保護する井戸のコンダクターケーシング用として、高強度厚肉鋼管が強く望まれている。コンダクターケーシングには、井戸に埋設する際に、湾曲変形が繰り返し付加される。さらに、深い井戸に埋設する場合には、自重による応力負荷も加わる。そのため、コンダクターケーシングには、自重に耐えるだけの強度を保持していることが要求される。一方、材料の高強度化にともない、靱性悪化の問題が発生する。特に電縫鋼管の溶接部(電縫部)は、溶接時の急速加熱、急速冷却により、通常、母材部に比べて強度(硬さ)が高くなり靭性が低下する。このような溶接部での問題に対し、最近では、溶接(電縫溶接)後に、インラインで溶接部に、加熱・冷却を施して、溶接部の組織を改善し、溶接部の強度と靭性を母材並みに回復(向上)させる技術が提案されている。
特許文献1には、C:0.10%以下、Si:0.5%以下、Mn:0.4〜1.6%、Nb:0.01〜0.08%、Ti:0.01〜0.07%、V:0.005〜0.07%を含有し、残部Feおよび不可避的不純物からなる成分を有する電縫鋼管の溶接部を850〜1050℃に加熱し、冷却速度5〜20℃/secで冷却し、あるいはさらに550℃以下に加熱して冷却する焼戻を施す、高靭性電縫鋼管の製造方法が記載されている。これにより、溶接部が、母材と同等レベルの高強度と高靭性とを兼備することができるとしている。
特許文献2には、電縫溶接部を水冷直前温度が内外面共にAc変態点以上かつ放冷後の内外面温度差が20℃以下となる温度〜1020℃に加熱し、引続き内外面共にAc変態点以上で、内外面温度差が20℃以下になるまで放冷したのち、水冷することを特徴としている厚肉高靱性電縫鋼管の製造方法が記載されている。これにより組織の粗大化を抑制し、溶接部の強度、靱性が優れた電縫鋼管が得られるとしている。
特開平06−158177号公報 特開平9−227945号公報
しかしながら、特許文献1に記載された技術では、加熱のために更なる設備の増強なしに、インライン処理で、肉厚20mmを超える厚肉電縫鋼管の溶接部を、高強度でかつ高靭性を有する溶接部とすることができないという問題がある。また経済的に不利となるという問題もあった。また、肉厚が20mmを超える厚肉電縫鋼管を、特許文献1に記載された5〜20℃/secの冷却速度で冷却すると、溶接部にフェライト+パーライト組織が生成しやすく、溶接部の強度が低下しやすいという問題がある。
また、特許文献2に記載された技術は、内外面温度差が20℃以下となる温度〜1020℃に加熱し、引続き内外面共にAc変態点以上で、内外面温度差が20℃以下になるまで放冷する方法であるため、厚肉電縫鋼管では内外面温度差が大きくなり、20℃以下の温度差になるには長時間を要する。そのため、電縫溶接鋼管のライン速度では冷却時間が間に合わなくなる。
本発明は、かかる事情に鑑みてなされたものであり、コンダクターケーシング用電縫鋼管などに好適な、API X52〜X80級の高強度を有し、かつ溶接部の靱性を悪化させることなく、溶接部の強度が母材部と同等の強度を有する厚肉電縫鋼管およびその製造方法を提供することを目的とする。
本発明者らは、上記した目的を達成するために、肉厚20mmを超える厚肉電縫鋼管の溶接部の強度に影響を及ぼす各種要因について、鋭意研究を行った。その結果、次のことが分かった。電縫溶接後に施す、インラインでの溶接部の管外表面片側からの加熱・冷却において、管外表面側では強冷却条件にあるのに対して、管内表面側では緩冷却条件である。そのため、溶接部の管外表面近傍では強度と靱性に優れたベイニティックフェライト相および/またはベイナイト相からなる組織が得られるのに対して、溶接部の管内表面近傍では強度の低い粗大なフェライト、パーライト相が混入した組織となることを見出した。
そこで、溶接部の管内表面側に対して、パーライト相の生成が抑制される冷却条件を設定し、さらに溶接部の肉厚方向全域にわたって、ベイニティックフェライト相および/またはベイナイト相が生成する制御冷却を行う必要があることに想到した。
また、上記のような制御冷却を行うことにより、溶接部の熱処理(加熱と冷却)の加熱域において、鋼材の焼入れ性を向上させるために、加熱温度を高温にする必要がなくなる。その結果、溶接部の熱処理後における溶接部の組織が粗大になることを防ぎ、かつ、焼入れ性が向上する。そのため、得られる厚肉電縫鋼管は、溶接部の強度と母材部の強度とを同等にできる。また、溶接部の強度と靱性を両立することもできる。
本発明は上記知見に基づくものであり、その特徴は以下の通りである。
[1]成分組成が、質量%で、C:0.02〜0.10%、Si:0.05〜0.30%、Mn:0.80〜2.00%、P:0.030%以下、S:0.0050%以下、Nb:0.010〜0.100%、Ti:0.001〜0.025%、Al:0.01〜0.08%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、降伏強さが360MPa以上、−40℃でのシャルピー衝撃試験吸収エネルギーvE−40が27J以上である厚肉電縫鋼管であって、溶接部の組織がベイニティックフェライト相および/またはベイナイト相を主体とし、かつ、前記溶接部における管全厚の引張強度が、前記溶接部から180°対向位置における母材部の管全厚の引張強度以上であることを特徴とする厚肉電縫鋼管。
[2]前記成分組成に加えて、質量%で、Cu:0.50%以下、Ni:0.50%以下、Cr:0.50%以下、Mo:0.50%以下、V:0.10%以下、Ca:0.0050%以下のうちから選ばれた1種または2種以上を含有することを特徴とする[1]に記載の厚肉電縫鋼管。
[3]前記溶接部の管全厚における外表面から肉厚方向に1mm位置における硬度と内表面から肉厚方向に1mm位置における硬度との差分:ΔHVが、(1)式を満たすことを特徴とする[1]または[2]に記載の厚肉電縫鋼管。
ΔHV≦16 ・・・(1)
[4]前記溶接部の管全厚における硬度分布の平均:HVseamが、前記溶接部から180°対向位置の母材部の管全厚における硬度分布の平均:HVに対して、(2)式を満たすことを特徴とする[1]〜[3]のいずれかに記載の厚肉電縫鋼管。
HVseam≧HV+20 ・・・(2)
[5]鋼素板を成形加工し、電縫溶接後、インラインで溶接部に溶接部熱処理を行う厚肉電縫鋼管の製造方法であって、[1]または[2]に記載の成分組成を有する鋼素板を成形加工して電縫溶接し、次いで、溶接部の管外表面温度:1150℃以下かつ溶接部の管内表面温度:830℃以上となるように、厚肉電縫鋼管の外面側を加熱する溶接部加熱処理を行い、次いで、前記溶接部に対して、平均冷却速度:25〜70℃/sec、冷却停止温度:管内表面温度で450℃以下として、前記厚肉電縫鋼管の外面側および内面側を冷却する溶接部冷却処理を行うことを特徴とする厚肉電縫鋼管の製造方法。
[6]前記溶接部冷却処理の前記厚肉電縫鋼管の内面側の冷却に際し、管内表面温度で800〜450℃の温度域における平均熱伝達係数が(3)式を満たすように調整することを特徴とする[5]に記載の厚肉電縫鋼管の製造方法。
352.8×t−4939.6≦α≦916.6×t−5951.6・・・(3)
ここで、t:管肉厚(mm)、α:平均熱伝達係数(W/m hr ℃)とする。
なお、本発明において、「高強度」とは、API X52〜X80級、すなわち降伏強さYSが360MPa以上705MPa以下の強度を有するものをいう。また、本発明において、「高靭性」とは、試験温度:−40℃でのシャルピー衝撃試験吸収エネルギーvE−40が27J以上であるものをいう。また、本発明において、「厚肉」とは、肉厚:20mm以上である場合をいう。また、本発明において、「主体」とは、面積率で90%以上含まれていることを意味する。
本発明によれば、API X52〜X80級(降伏強さYS:360MPa以上705MPa以下)の高強度を有し、かつ溶接部の強度が母材部と同等の強度を有する厚肉電縫鋼管を得られる。これにより、鋼管周方向の強度の偏差を小さくできる。また溶接部の靱性を悪化させることがない。そして、本発明により製造した厚肉電縫鋼管をコンダクターケーシング用厚肉電縫鋼管などに適用することにより、安価に製造することができ、産業上格段の効果を奏する。
図1は、本発明における、溶接部に溶接部熱処理を施す際に、管内表面からの冷却速度を増加させたときの溶接部の管全厚における硬度分布の変化を示すグラフである。 図2は、本発明における、溶接部の内外表面からそれぞれ肉厚方向に1mmの位置におけるビッカース硬さの差分(△HV)と、溶接部における管全厚の引張強度との関係を示すグラフである。 図3は、本発明における、溶接部および母材部の肉厚方向における平均ビッカース硬さと引張強度との関係を示すグラフである。 図4は、本発明における、管内表面の平均冷却速度が溶接部の引張強度にあたえる影響を示すグラフである。 図5は、本発明における、溶接部の引張強度が母材部の引張強度以上であり、かつ、溶接部の靱性の悪化を抑制するときの管内表面の平均熱伝達係数と各肉厚との関係を示すグラフである。 図6は、本発明における、溶接部に熱処理を施すために使用する、各装置配列の一例を説明する概略構成図である。
本発明の厚肉電縫鋼管は、厚肉熱延鋼板を素材とし、例えば複数のロールで連続ロール成形し、略円筒形状に成形したのち、電縫溶接する造管工程により電縫鋼管とされた、母材部と溶接部とからなる厚肉電縫鋼管である。なお、本発明では、「溶接部」とは、後述する造管工程においてオープン管の相対する端面が圧接された箇所をいう。また、「母材部」とは、上記溶接部以外の箇所をいう。
素材である厚肉熱延鋼板は、成分組成が、質量%で、C:0.02〜0.10%、Si:0.05〜0.30%、Mn:0.80〜2.00%、P:0.030%以下、S:0.0050%以下、Nb:0.010〜0.100%、Ti:0.001〜0.025%、Al:0.01〜0.08%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる。
まず、成分組成の限定理由について、説明する。以下、特に断わらない限り、質量%は単に%で記す。
C:0.02〜0.10%
Cは、鋼管の強度増加に大きく寄与する元素である。このような効果を得るためには、0.02%以上のCの含有を必要とする。一方、Cが0.10%を超える含有は、パーライト、マルテンサイト等の硬質第二相の生成を促進するため、靭性の低下を招く。また、Cは0.10%を超えて多量に含有すると、ベイナイト相の強度(硬さ)を過剰に上昇させ、靭性を低下させる。したがって、C含有量は0.02〜0.10%とする。なお、好ましくは0.03%以上とする。好ましくは0.08%以下とする。より好ましくは0.04%以上とする。より好ましくは0.07%以下とする。
Si:0.05〜0.30%
Siは、鋼中に固溶して鋼管の強度上昇に寄与するとともに、熱間圧延時のスケールオフ量の低下に寄与する元素である。このような効果を確保するためには、0.05%以上のSiの含有を必要とする。なお、Siは、Mn酸化物とともに粘度の高い共晶酸化物を形成する。しかし、Si含有量が0.05%未満では、共晶酸化物中のMn濃度が相対的に高くなる。これにより共晶酸化物の融点が溶鋼温度を超え、酸化物が溶接部に残存しやすくなり、溶接部の靭性を低下させる。一方、Siは0.30%を超えて含有すると、赤スケールの形成が著しくなり鋼管(鋼板)の外観性状を悪化させるとともに、熱間圧延時の冷却ムラを生じさせ、鋼管(鋼板)材質の均一性を低下させる。また、Siは0.30%を超えて含有すると、共晶酸化物中のSi濃度が相対的に高くなる。これにより共晶酸化物の融点が溶鋼温度を超えるとともに、酸化物量が増加し、酸化物が溶接部に残存しやすくなり、溶接部の靭性を低下させる。したがって、Si含有量は0.05〜0.30%とする。なお、好ましくは0.10%以上とする。好ましくは0.25%以下とする。より好ましくは0.12%以上とする。より好ましくは0.24%以下とする。
Mn:0.80〜2.00%
Mnは、鋼中に固溶し固溶強化により鋼管の強度増加に寄与する。これとともに、焼入れ性向上を介して変態強化により鋼管の強度増加、さらには靭性向上に寄与する元素である。このような効果を得るためには、0.80%以上のMnの含有を必要とする。Mnは、Si酸化物とともに粘度の高い共晶酸化物を形成する。しかし、Mn含有量が0.80%未満では、共晶酸化物中のSi濃度が相対的に高くなる。これにより、酸化物の融点が溶鋼温度を超えるため酸化物が溶接部に残存しやすくなり、溶接部の靭性低下を招く。一方、Mnが2.00%を超えて多量に含有されると、共晶酸化物中のMn濃度が相対的に高くなり共晶酸化物の融点が溶鋼温度を超える。これとともに、酸化物量が増加し、酸化物が溶接部に残存しやすくなり、溶接部の靭性を低下させる。また、Mnが2.00%を超えて多量に含有されると、過度に焼入れ性が向上し、マルテンサイト相が形成されやすくなり、靭性が低下する。したがって、Mn含有量は0.80〜2.00%とする。なお、好ましくは0.90%以上とする。好ましくは1.80%以下とする。より好ましくは0.92%以上とする。より好ましくは1.78%以下とする。
P:0.030%以下
Pは、粒界に偏析する傾向が強く、これにより靭性を低下させる。このため、できるだけ低減することが好ましいが、0.030%までは許容できる。したがって、P含有量は0.030%以下とする。好ましくは0.025%以下とする。なお、Pの過剰な低減は精錬時間の長時間化を招き、製造コストの上昇を招くため、0.002%以上とすることが好ましい。
S:0.0050%以下
Sは、鋼中ではMnSを形成し、靭性を低下させる。このため、Sはできるだけ低減することが好ましいが、0.0050%までは許容できる。したがって、S含有量は0.0050%以下とする。好ましくは0.0040%以下とする。なお、Sの過剰な低減は精錬時間の長時間化を招き、製造コストの上昇を招くため、0.002%以上とすることが望ましい。
Nb:0.010〜0.100%
Nbは、鋼板製造時の熱間圧延中にNb炭窒化物として微細に析出し、鋼管素材である鋼板の強度増加に寄与する元素である。また、電縫鋼管の溶接部の熱処理時にオーステナイト粒の粒成長を抑制し、溶接部の組織微細化に寄与する。このような効果を確保するためには、0.010%以上のNbの含有を必要とする。一方、Nbは0.100%を超えて多量に含有すると、Nb炭窒化物の析出量が増大し、鋼板靭性、鋼管の母材部靭性、および鋼管の溶接部靭性を低下させる。したがって、Nb含有量は0.010〜0.100%とする。なお、好ましくは0.020%以上とする。好ましくは0.080%以下とする。より好ましくは0.022%以上とする。より好ましくは0.078%以下とする。
Ti:0.001〜0.025%
Tiは、Nと結合しTiNを形成して、Nの悪影響を防止する作用を有する元素である。このような効果を得るためには、0.001%以上のTiの含有を必要とする。一方、Tiが0.025%を超える多量の含有は、鉄の劈開面に沿って析出するTi炭窒化物量が増加し、鋼板靭性、鋼管の母材部靭性、および鋼管の溶接部靭性を低下させる。したがって、Ti含有量は0.001〜0.025%とする。なお、好ましくは0.005%以上とする。好ましくは0.015%以下とする。より好ましくは0.007%以上とする。より好ましくは0.012%以下とする。
Al:0.01〜0.08%
Alは、脱酸剤として作用する元素である。このような効果を確保するためには、0.01%以上のAlの含有を必要とする。一方、Alが0.08%を超える含有は、Al酸化物の生成が著しくなる。特に溶接部でAl酸化物が残存しやすく、溶接部靭性を低下させる。したがって、Al含有量は0.01〜0.08%とする。なお、より好ましくは0.02%以上とする。より好ましくは0.07%以下とする。
残部はFeおよび不可避的不純物である。不可避的不純物としては、O(酸素):0.0030%以下、N:0.0050%以下が許容できる。
以上の成分が基本の成分であり、基本成分で本発明の厚肉電縫鋼管は目的とする特性が得られる。本発明では、上記の基本成分に加えて、必要に応じて下記の選択元素を含有することができる。
Cu:0.50%以下、Ni:0.50%以下、Cr:0.50%以下、Mo:0.50%以下、V:0.10%以下、Ca:0.0050%以下のうちから選ばれた1種または2種以上
Cu、Ni、Cr、Moはいずれも、焼入れ性を向上させる作用を有する元素であり、必要に応じて1種または2種以上を選択して含有できる。
Cuは、焼入れ性向上を介して、強度を増加させ、靭性を向上させる作用を有する元素である。このような効果を得るためには、0.05%以上のCuを含有することが望ましい。一方、Cuは0.50%を超えて含有しても、効果が飽和し、含有量に見合う効果が期待できなくなり、経済的に不利となる。したがって、含有する場合には、Cu含有量は0.50%以下にすることが好ましい。なお、より好ましくは0.35%以下とする。より好ましくは0.10%以上とする。
Niは、Cuと同様に、焼入れ性向上を介して、強度を増加させ、靭性を向上させる作用を有する元素である。このような効果を得るためには、0.05%以上のNiを含有することが望ましい。一方、Niは0.50%を超えて含有すると、鋳片(スラブ)加熱時にFeの粒界酸化が激しくなり、表面欠陥の発生を助長する。したがって、含有する場合には、Ni含有量は0.50%以下にすることが好ましい。なお、より好ましくは0.35%以下である。より好ましくは0.08%以上とする。
Crは、Cu、Niと同様に、焼入れ性向上を介して、強度を増加させ、靭性を向上させる作用を有する元素である。このような効果を得るためには、0.05%以上のCrを含有することが望ましい。一方、Crは0.50%を超えて含有すると、溶接部でCr酸化物を形成し、溶接部靭性を著しく低下させる。したがって、含有する場合には、Cr含有量は0.50%以下にすることが好ましい。なお、より好ましくは0.30%以下である。より好ましくは0.10%以上とする。
Moは、Cu、Ni、Crと同様に、焼入れ性向上を介して、強度、靭性を著しく向上させる作用を有する元素である。このような効果を得るためには、0.05%以上のMoを含有することが望ましい。一方、Moは0.50%を超えて含有すると、溶接部の熱処理時に溶接部に硬質第二相が生成されやすくなり、溶接部靭性を低下させる。したがって、含有する場合には、Mo含有量は0.50%以下にすることが好ましい。なお、より好ましくは0.25%以下である。より好ましくは0.10%以上とする。
V:0.10%以下
Vは、鋼中に固溶し固溶強化により、また炭化物として析出し析出強化により、鋼板の強度増加に寄与する元素である。このような効果を確保するためには、0.005%以上のVを含有することが望ましい。一方、Vは0.10%を超えて含有しても、効果が飽和し、経済的に不利となる。したがって、含有する場合には、V含有量は0.10%以下にすることが好ましい。なお、より好ましくは0.010〜0.085%とする。
Ca:0.0050%以下
Caは、MnS等の硫化物の形態制御に有効に寄与する元素である。一方、Caは0.0050%を超えて含有しても、効果が飽和し、含有量に見合う効果が期待できなくなり経済的に不利となる。これとともに、Ca酸化物量が多くなり、特に溶接部靭性を低下させる。したがって、Ca含有量は0.0050%以下とする。なお、好ましくは0.0035%以下とする。より好ましくは0.0030%以下とする。より好ましくは0.0010%以上とする。
次に、厚肉電縫鋼管の機械的特性、溶接部の機械的特性および組織などについて説明する。なお、以下の面積率は、鋼板組織全体に対する面積率とする。
本発明では、コンダクターケーシング用電縫鋼管などに用いるため、高強度を必要とする。また、脆性破壊発生を抑制するため、靭性を有することも好ましい。そのため、本発明の厚肉電縫鋼管は、API X52〜X80級、すなわち降伏強さYSが360MPa以上705MPa以下の強度を有する。また、シャルピー衝撃試験の試験温度:−40℃でのシャルピー衝撃試験吸収エネルギーvE−40が27J以上とし、高強度と高靱性を両立する。なお、上記した機械的特性は、後述する厚肉熱延鋼板の製造過程における鋼素材の熱間圧延工程の仕上圧延条件、冷却工程の冷却条件を制御することにより得られる。
鋼板の組織として、例えば、ベイニティックフェライト相および/またはベイナイト相を面積率の合計で90%以上とすることが好ましい。これにより、本発明の目標とする機械的特性に近づけることができる。なお、鋼板組織の面積率は、後述する実施例に記載の方法にて測定することができる。
なお、本発明において、鋼板はベイニティックフェライト相および/またはベイナイト相以外の組織として、本発明の効果を損なわない範囲において、マルテンサイト、パーライトなどの硬質相を面積率の合計で10%以下有していてもよい。
続いて、本発明の重要な要件である溶接部について説明する。溶接部の組織は、ベイニティックフェライト相および/またはベイナイト相を主体とする。また、溶接部における管全厚の引張強度は、溶接部から180°対向位置における母材部の管全厚の引張強度以上とする。さらに、溶接部の管全厚における硬度分布は、後述する溶接部熱処理により最も高温になるために焼入れ性が高い外表面から肉厚方向に1mm位置における硬度(HV)と、最も低温になるために焼入れ性が低い内表面から肉厚方向に1mm位置における硬度(HV)との差分:ΔHVに対して、後述する(1)式を満たすことが好ましい。さらに、溶接部の管全厚における硬度分布の平均:HVseamは、溶接部から180°対向位置の母材部の管全厚における硬度分布の平均:HVに対して、後述する(2)式を満たすことが好ましい。
溶接部の組織:ベイニティックフェライト相および/またはベイナイト相の面積率の合計で90%以上
後述の理由により、溶接部における管全厚の引張強度を溶接部から180°対向位置における母材部の管全厚の引張強度以上とする場合において、所望の靱性を得るためには、溶接部における管全厚の組織全体に対する面積率で、ベイニティックフェライト相および/またはベイナイト相を面積率の合計で90%以上とする必要がある上記した組織の面積率の合計が90%に満たない場合、マルテンサイト、パーライトなどの硬質相の面積率が増加し、所望の靱性が得られなくなる。したがって、ベイニティックフェライト相および/またはベイナイト相は、面積率の合計で90%以上とする。好ましくは、95%以上とする。ここでは、管全厚の組織全体に対する面積率で90%以上の場合を主体という。なお、溶接部のベイニティックフェライト相、ベイナイト相の面積率は、後述する実施例に記載の方法にて測定することができる。上記した溶接部の組織は、後述する鋼管の製造過程における電縫部熱処理工程の加熱、冷却条件を制御することにより得られる。
溶接部における管全厚の引張強度:溶接部から180°対向位置における母材部の管全厚の引張強度以上
コンダクターケーシング用電縫鋼管において、埋設時の負荷による応力集中を抑制するためには、管周方向の強度分布の偏差を抑制する必要がある。溶接部は電縫溶接後にインラインで加熱・冷却する熱処理を行っているため、成形ひずみによる加工硬化の影響が無い。一方、それ以外の母材部は、成形による加工硬化が発生している。特に母材部において管周方向で最も加工硬化が進展している位置は、溶接部から180°対向する位置である。すなわち、最も強度偏差が大きくなるのは、溶接部と該溶接部から180°対向する位置である。よって、管周方向の強度分布の偏差を抑制するためには、溶接部における管全厚の引張強度を、熱処理により、溶接部から180°対向位置における母材部の管全厚の引張強度以上とする必要がある。なお、溶接部における管全厚の引張強度、溶接部から180°対向位置における母材部の管全厚の引張強度は、後述する実施例に記載の方法にて測定することができる。
溶接部の管全厚における硬度分布:溶接部熱処理にて最も高温になる外表面から肉厚方向に1mm位置における硬度HVと、最も低温になる内表面から肉厚方向に1mm位置における硬度HVとの差分(ΔHV)が(1)式を満たす硬度(好適条件)
ΔHV≦16 ・・・(1)
材料の引張強度は硬度に対して比例関係を有する。本発明では、後述する溶接部熱処理において、冷却を適用することにより、焼入れが発生し、硬度が増加する。そこで、管の外面側および内面側からの冷却による焼入れの程度について、鋭意検討した結果を、図1を用いて説明する。図1は、溶接部に溶接部熱処理を施す際に、管内表面からの冷却速度を増加させたときの溶接部の管全厚における硬度分布の変化を示すグラフである。管の外表面および内表面の硬度は、それぞれ例えばビッカース硬さで管理することが可能である。図1に示すように、管内表面からの冷却適用による溶接部の管全厚における硬度分布の変化について、内表面から板厚比0.125までの領域において硬度増加がみられる。そのため、上記した溶接部における管全厚の引張強度を溶接部から180°対向位置における母材部の管全厚の引張強度以上にするためには、溶接部の管全厚における硬度分布で、管の外表面の硬度HVと内表面の硬度HVとの差分(ΔHV)が上記した(1)式を満たすことが好ましい。(1)式を満たさない場合、溶接部、特に管の内面側の焼入れが不十分であるため、所望の溶接部の管全厚の強度が得られない。好ましくはΔHVが12HV以下とする。なお、本発明では、コンダクターケーシング用電縫鋼管における引張強度の評価方法として、円周方向が引張方向となるように、ASTM A370に準拠した引張試験を実施している。このとき、引張強度は測定位置における管全厚部から評価している。
ここで、図2を用いて、上記(1)式について説明する。図2は、後述する製造方法における、インラインでの溶接部熱処理工程を経て得られた電縫鋼管の溶接部のビッカース硬さについて、溶接部の管の内外表面からそれぞれ1mmの位置で測定し、その差分(△HV)を算出した結果を示すグラフである。図2に示すように、溶接部の引張強度は、管の外表面の硬度から管の内表面の硬度を引いた硬度HVの差分(ΔHV)に対して、比例的な相関がみられる。この溶接部の外表面と内表面との硬度HVの差分(ΔHV)を参考にして、母材部強度以上の溶接部強度を得るためには、少なくとも溶接部の硬度差分を16HV以下にする必要がある。よって、(1)式は、ΔHV≦16とする。
溶接部における管全厚の硬度分布の平均(HVseam):溶接部から180°対向位置の母材部の管全厚における硬度分布の平均(HV)に対して、(2)式を満たす硬度(好適条件)
HVseam≧HV+20 ・・・(2)
上述の通り、材料の引張強度は硬度に対して比例関係を有する。よって、管全厚部の引張強度と、硬度、例えばビッカース硬さとの相関を比較する場合、管全厚部の硬さ分布の平均値を用いて評価する必要がある。ここで、鋭意検討した結果、溶接部における管全厚の引張強度を溶接部から180°対向位置における母材部の管全厚の引張強度以上にするためには、溶接部における管全厚の硬度分布の平均(HVseam)は、溶接部から180°対向位置の母材部の管全厚における硬度分布の平均(HV)に対して、上記した(2)式を満たすことが好ましいことが分かった。(2)式を満足しない場合、溶接部の引張強度は溶接部から180°対向位置の母材部の引張強度よりも低値となる。より好ましくは、HVseamは(HV+25)以上とする。マルテンサイトの生成による過度な硬化を抑制する観点より、好ましくは、HVseamは(HV+100)以下とする。なお、上記した溶接部の硬度は、後述する鋼管の製造過程における溶接部熱処理工程の冷却条件を制御することにより得られる。
ここで、図3を用いて、上記(2)式について説明する。図3は、後述する製造方法における、インラインでの溶接部熱処理工程を経て得られた電縫鋼管の溶接部および母材部のビッカース硬さの肉厚方向分布について、厚さ全域でのビッカース硬さ平均値と引張強度で整理した結果を示している。なお、ビッカース硬さは、溶接部の管の内表面から肉厚方向に1mmの位置、および肉厚方向に8分割した位置において、それぞれ測定しているが、硬度測定位置はこの限りではない。図3では、それらの平均値を求めて、「平均ビッカース硬さ(HV10)」として示す。図3に示すように、溶接部の引張強度は、平均ビッカース硬さ(HV10)(ビッカース硬さの平均値:HVseam)に対して、比例的な相関がみられる。この溶接部のビッカース硬さの平均値:HVseamを参考にして、母材部強度以上の溶接部強度を得るためには、少なくとも母材部のビッカース硬さ平均値:HVよりも20ポイント以上増加させる必要がある。よって、(2)式は、HVseam≧HV+20とする。なお、ここでは、母材部のビッカース硬さの平均値:HVを、224HV、母材部引張強度を685MPaとする。溶接部における管全厚の硬度分布、溶接部から180°対向位置における母材部の管全厚の硬度分布は、後述する実施例に記載の方法にて測定することができる。
次に、本発明の厚肉電縫鋼管の製造方法について説明する。
本発明では、上記した成分組成を有する厚肉熱延鋼板を素材(素板)として、造管工程を施して母材部と溶接部とからなる厚肉電縫鋼管とする。
本発明では、厚肉熱延鋼板の製造方法については、特に限定する必要はなく、通常公知の製造方法を適用できる。例えば、上記した成分組成を有する鋼素材を1100〜1280℃に加熱する加熱工程と、粗圧延と930℃での累積圧下率:20%以上の仕上圧延とからなる熱間圧延工程と、平均冷却速度:10〜100℃/sec、冷却停止温度:650℃まで冷却し、コイル状に巻き取る冷却工程とを施して厚肉熱延鋼板とすることが好ましい。
上記した鋼素材の製造方法については、特に限定されないが、上記した成分組成を有する溶鋼を、転炉等に常用の溶製方法で溶製し、連続鋳造法、造塊−分塊圧延法等の常用の鋳造方法により、所定寸法形状のスラブ等の鋳片に鋳造することが好ましい。
また、造管工程としては、上記した熱延鋼板を、冷間で複数のロールにより略円形断面のオープン管に連続成形し、次いで該オープン管の相対する端面を高周波誘導加熱または高周波抵抗加熱で融点以上に加熱してスクイズロールで圧接する、電縫鋼管製造設備を用いる常用の造管工程を適用することが好ましい。なお、本発明では、この造管工程に限定されない。
本発明では、上記した母材部と溶接部からなる高強度厚肉電縫鋼管を素管として、該溶接部に、インラインで電縫部熱処理工程を施し、母材部相当の強度を有する溶接部を有する厚肉電縫鋼管とする。
上記した成分組成範囲の熱延鋼板を電縫溶接すると、溶接部は、電縫溶接時に急速加熱、急速冷却されて、靭性に劣る上部ベイナイト相を主体とする組織となる。このため、靭性に富む溶接部を得るためには、靭性に劣る上部ベイナイト相を消失させて、靭性に富むベイニティックフェライト相および/またはベイナイト相からなる組織とする必要がある。そこで、本発明では、本発明の目的とする組織と強度を得るため、溶接部に以下の溶接部熱処理工程を施すことが重要である。なお、溶接部熱処理工程は、溶接部加熱処理と溶接部冷却処理とからなる。
本発明では、鋼素板を成形加工し、電縫溶接後、インラインで溶接部に溶接部熱処理を行う厚肉電縫鋼管の製造方法であって、上記した成分組成を有する鋼素板を成形加工して電縫溶接し、次いで、溶接部の管外表面温度:1150℃以下かつ溶接部の管内表面温度:830℃以上となるように、厚肉電縫鋼管の外面側を加熱する溶接部加熱処理を行い、次いで、溶接部に対して、平均冷却速度:25〜70℃/sec、冷却停止温度:450℃以下で、厚肉電縫鋼管の外面側および内面側を冷却する溶接部冷却処理を行う。また、溶接部冷却処理で厚肉電縫鋼管の内面側を冷却するに際し、800〜450℃の温度域における平均熱伝達係数が後述する(3)式を満たすように調整することができる。
まず、溶接部加熱処理を行う。溶接部加熱処理は、溶接部の肉厚方向における各位置の温度が、管外表面温度で管内表面温度以上1150℃以下、管内表面温度で830℃以上管外表面温度以下となるように、厚肉電縫鋼管の外面側を誘導加熱装置により加熱する処理である。ここでは、誘導加熱装置として高周波誘導加熱装置を用いる。高周波誘導加熱は、管外面側の溶接部に対応する位置に、誘導加熱コイルを複数台設置して行うことが好ましい。なお、溶接部を所望の加熱温度まで、搬送速度に応じて所定の距離内で加熱可能となるように、加熱コイルの構造、設置台数を適宜調整する。
溶接部の加熱温度:管外表面温度で1150℃以下、管内表面温度で830℃以上
溶接部の肉厚方向における各位置の加熱温度が、830℃未満では、上部ベイナイト相を消失させることができず、溶接部が所望の高靭性を保持することができない。一方、1150℃を超えて高温とすると、オーステナイト粒が粗大化し、焼入れ性が増加してマルテンサイト相を形成しやすくなり、溶接部の靭性が低下する。このため、溶接部加熱処理工程の加熱温度は、830〜1150℃とする。なお、溶接部の加熱処理を、管外面側に設置した加熱コイルで行う場合には、溶接部の管外表面が最も高い温度に、管内表面側が最も低い温度となる温度分布を呈するため、管外面と管内面がともに上記した管外表面温度で1150℃以下、管内表面温度で830℃以上となるように、投入電力等を調整する必要がある。例えば、管外表面温度:管内表面温度以上1150℃以下、管内表面温度:830℃以上管外表面温度以下となるように、投入電力等を調整する。
加熱温度における平均昇温速度については、特に限定されないが、インライン熱処理の製造効率の観点から、10〜200℃/secが好ましい。より好ましくは50℃/sec以上とする。より好ましくは150℃/sec以下とする。
加熱された溶接部は、次いで、溶接部冷却処理を施される。溶接部冷却処理は、溶接部の管内外表面での平均冷却速度が25〜70℃/secの範囲となるように、管内表面温度で450℃以下の冷却停止温度まで冷却する処理である。なお、図6に示すように、鋼管の外面側および内面側に冷却装置を配設する。例えば、管外面側および管内面側に水冷装置を配設し、冷却水を用いて冷却することが好ましい。
溶接部の平均冷却速度:25〜70℃/sec
溶接部の平均冷却速度が70℃/secを超えて大きくなると、マルテンサイト相が生成され、溶接部の硬さ(強度)が過度に上昇し、靭性が低下する。そのため、冷却水により冷却する場合には、鋼管の外面側および鋼管の内面側の両側について、それぞれ平均冷却速度が70℃/sec以下となるように調整する。しかし、鋼管の内表面側は、上述の通り、溶接部の加熱温度が鋼管の外表面側と比べて低温になる傾向がある。そのため、鋼管の内面側は、溶接部冷却処理の冷却速度が不足していると、十分な焼入れ硬化を得られない傾向が高くなる。そこで、図4を用いて、鋼管の内表面側の平均冷却速度が溶接部の引張強度にあたえる影響について検討する。
図4は、鋼管の外表面側の平均冷却速度を60℃/secに設定し、鋼管の内表面側の平均冷却速度を適宜調整した場合における、溶接部の引張強度(成形方向と直角方向の引張強度)を測定した結果と母材部の引張強度(成形方向と直角方向の引張強度)とを比較した結果を示したグラフである。ここでは母材部引張強度を685MPaとする。図4に示すように、鋼管の内表面側の平均冷却速度が25℃/sec未満では、溶接部強度が母材部強度未満となるのに対し、25℃/sec以上では、溶接部強度が母材部強度以上となることが分かる。このことから、鋼管の内面側でも十分な焼入れ硬化を得るためには、鋼管の内表面側の平均冷却速度は25℃/sec以上に設定する必要がある。したがって、溶接部の管内外表面での平均冷却速度は25〜70℃/secとする。なお、管内外面からの冷却による溶接部内の熱伝導のバランスの観点から、好ましくは、45℃/sec以上である。好ましくは60℃/sec以下である。ここで、溶接部の平均冷却速度とは、それぞれ管外表面温度、管内表面温度で800〜450℃の温度域における冷却速度の平均値をいう。
冷却停止温度:管内表面温度で450℃以下
冷却停止温度は、管内表面温度で450℃超えでは、フェライト変態が完了せず、冷却停止後の放冷中に粗大なパーライト組織が生成するため、靭性の低下、あるいは強度の低下が懸念される。したがって、管内表面の冷却停止温度は、450℃以下とする。好ましくは、400℃以下とする。なお、鋼管の外表面の冷却停止温度は、特に限定されないが、ベイニティックフェライト相および/またはベイナイト相の変態が完了する温度の観点から、好ましくは300℃以下とする。
800〜450℃の温度域における厚肉電縫鋼管の内表面の冷却の平均熱伝達係数(好適条件)
管内表面温度800〜450℃の温度域における管内表面の冷却の平均熱伝達係数は、次の(3)式を満たすように調整(制御)することが好ましい。
352.8×t−4939.6≦α≦916.6×t−5951.6・・・(3)
ここで、t:管肉厚(mm)、α:平均熱伝達係数(W/m hr℃)とする。
上記した溶接部冷却処理を施される溶接部の管内表面に対する冷却処理について、管内表面温度:800〜450℃の温度域における管内表面側の平均冷却速度を25〜70℃/secに調整するためには、適切な熱伝達係数を設定することが望ましい。管内面における熱収支は、冷却水などによる熱伝達と、管内部からの熱伝導によって定まる。よって、厚肉材であるほど管内部からの入熱量が増大するため、厚肉材ほど、管内表面と管外表面で同一の冷却速度を得るためには、高い冷却能力、すなわち、高い熱伝達係数を設定することが望ましい。
ここで、図5を用いて、鋼管の内表面の平均冷却速度と熱伝達係数との関係について検討する。図5は、溶接部の強度が母材部の強度以上であり、かつ、溶接部の靱性の悪化を抑制する平均熱伝達係数と各肉厚との関係を示すグラフである。図5には、各肉厚の条件に対して、管内表面温度が800〜450℃までの温度域における管の内表面の冷却速度が、70℃/secおよび25℃/secとなる平均熱伝達係数を示している。図5において、冷却速度が70℃/secの場合を実線で示し、冷却速度が40℃/secの場合を点線で示す。なおここでは、平均熱伝達係数は、実際に800〜450℃までの管内表面の温度を測温し、実測温度を定常伝熱差分方程式に導入し、方程式を解くことによって算出しているが、熱伝達係数を算出する方法はこの限りではない。図5から、各冷却速度条件における平均熱伝達係数は、肉厚に対して比例関係にあることがわかる。そのため、重回帰式による1次関数を近似することによって、上記肉厚を関数とする平均熱伝達係数の関係式を得られる。本発明では、厚肉電縫鋼管の内面側の冷却に際し、管内表面温度で800〜450℃の温度域における平均熱伝達係数が(3)式を満たすように冷却制御することで、上記した溶接部の組織、機械的特性をより得られやすくなる。
以上より、本発明によれば、とくに、焼戻を行うことなく1段の溶接部熱処理で、溶接部を高靭性化することができる。
表1に示す成分組成を有する熱延鋼板から、冷間で複数のロールにより略円形断面のオープン管に連続成形し、次いで該オープン管の相対する端面を高周波誘導加熱または高周波抵抗加熱で融点以上に加熱し、スクイズロールで圧接する、電縫鋼管製造設備を用いる常用の造管工程を適用して、表2に示す寸法の厚肉電縫鋼管とした。
得られた厚肉電縫鋼管の溶接部に対して、電縫鋼管製造設備の出側のインラインに溶接部熱処理用として管外面側に複数台の誘導加熱装置を配設した誘導加熱手段と、該誘導加熱手段の出側で管外面側および管内面側に複数台の水冷装置(冷却ノズル)を配設した冷却手段(水冷部)とを用いて、表2に示す溶接部加熱処理と溶接部冷却処理からなる溶接部熱処理を施した。
そして、得られた厚肉電縫鋼管の母材部、溶接部からそれぞれ試験片を採取し、(1)組織観察、(2)引張試験、(3)ビッカース硬さ試験、(4)シャルピー衝撃試験、を実施した。試験方法は次の通りとした。
(1)組織観察
得られた厚肉電縫鋼管から、管軸方向断面が観察面となるように組織観察用試験片を採取した。
ベイニティックフェライト相、ベイナイト相の面積率は、観察面を走査型電子顕微鏡で観察することにより求めた。上述の組織観察用試験片をナイタール腐食液(硝酸3mL、エタノール97mL)で腐食して走査型電子顕微鏡(1000倍)で組織を撮像し、画像解析装置を用いて、ベイニティックフェライト相、ベイナイト相の面積率の平均値をそれぞれ算出し、これを各組織の面積率(%)とした。なお、求めたベイニティックフェライト相とベイナイト相の面積率の合計を、ベイニティックフェライト相および/またはベイナイト相の面積率として、表2に示す。また、同様に、走査型電子顕微鏡でベイニティックフェライト相とベイナイト相以外の箇所の観察を行い、マルテンサイト、パーライト、その他の組織(セメンタイトなど)の面積率の平均値をそれぞれ算出して面積率(%)を求めた。表2にはその他の面積率として示す。
(2)引張試験
得られた厚肉電縫鋼管の180°位置(溶接部を12時の位置とした場合の6時の位置)から、円周方向が引張方向となるように、ASTM A370に準拠して引張試験を実施し、母材部の引張特性(降伏強さYS、引張強さTS)を測定した。なお、ここでは、180°位置が引張試験片の中央部に位置するように採取した。また、得られた厚肉電縫鋼管の溶接部から、同様にASTM A370に準拠して引張試験片を採取し、溶接部の引張特性(引張強さTS)を求めた。
(3)ビッカース硬さ試験
得られた厚肉電縫鋼管から、溶接部を採取し、溶接部の内表面から肉厚方向に1mmの位置、および肉厚方向に8分割した位置の肉厚方向の各位置に対して、JIS Z 2244;2009の規定に準拠してビッカース硬さ試験を実施し、ビッカース硬さHV10を測定した。それらの平均値を求めて、溶接部の管全厚における硬度分布の平均:HVseamとした。なお、この値は、溶接部のビッカース硬さ(HVseam)として表2に示す。また、得られた電縫鋼管の180°位置から母材部を採取し、同様に、母材部の内表面から肉厚方向に1mmの位置、および肉厚方向に8分割した位置の肉厚方向の各位置に対してビッカース硬さ試験を実施し、ビッカース硬さHV10を測定した。それらの平均値を求めて、溶接部から180°対向位置の母材部の管全厚における硬度分布の平均:HVとした。なお、この値は、母材部のビッカース硬さ(HV)として表2に示す。
また、得られた厚肉電縫鋼管から、溶接部を採取し、溶接部の管外表面から肉厚方向に1mmの位置、および溶接部の管内表面から肉厚方向に1mmの位置に対して、JIS Z 2244;2009の規定に準拠してビッカース硬さ試験を実施し、ビッカース硬さHV10を測定し、平均値を求めた。各平均値を、それぞれ、溶接部の管全厚における外表面から肉厚方向に1mm位置における硬度HV、溶接部の管全厚における内表面から肉厚方向に1mm位置における硬度HVとし、これらのビッカース硬さの差分(△HV)を求めた。なお、この値は、溶接部のビッカース硬さ差分(△HV)として表2に示す。
(4)シャルピー衝撃試験
得られた厚肉電縫鋼管の溶接部および溶接部に対して180°位置の母材部から、円周方向が試験片長手方向となるように、肉厚1/2位置からVノッチ試験片を採取し、ASTM A370の規定に準拠してシャルピー衝撃試験を実施し、破面遷移温度vTrs(℃)を求めた。試験温度:−40℃でのシャルピー衝撃試験吸収エネルギーvE−40が27J以上である場合を記号○(優れる)、27J未満である場合を記号×(悪い)として評価した。ここでは、記号○を合格とした。
これら試験から得られた試験結果を合わせて表2に示す。
本発明によれば、溶接部熱処理工程における溶接部冷却処理について、管外面側および管内面側から冷却を施し、かつ、管内面側における冷却能力を適切に設定することによって、溶接部の機械的特性に優れたコンダクターケーシング用厚肉電縫鋼管を得ることができる。
1 電縫溶接鋼管
2 誘導加熱装置
3 管外表面冷却装置
4 管内表面冷却装置

Claims (5)

  1. 成分組成が、質量%で、
    C:0.02〜0.10%、
    Si:0.05〜0.30%、
    Mn:0.80〜2.00%、
    P:0.030%以下、
    S:0.0050%以下、
    Nb:0.010〜0.100%、
    Ti:0.001〜0.025%、
    Al:0.01〜0.08%
    を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、
    降伏強さが360MPa以上、−40℃でのシャルピー衝撃試験吸収エネルギーvE−40が27J以上である厚肉電縫鋼管であって、
    溶接部の組織がベイニティックフェライト相および/またはベイナイト相を主体とし、
    前記溶接部の管全厚における外表面から肉厚方向に1mm位置における硬度と内表面から肉厚方向に1mm位置における硬度との差分:ΔHVが、(1)式を満たし、
    かつ、前記溶接部における管全厚の引張強度が、前記溶接部から180°対向位置における母材部の管全厚の引張強度以上であることを特徴とする厚肉電縫鋼管。
    ΔHV≦16 ・・・(1)
  2. 前記成分組成に加えて、質量%で、
    Cu:0.50%以下、
    Ni:0.50%以下、
    Cr:0.50%以下、
    Mo:0.50%以下、
    V:0.10%以下、
    Ca:0.0050%以下
    のうちから選ばれた1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項1に記載の厚肉電縫鋼管。
  3. 前記溶接部の管全厚における硬度分布の平均:HVseamが、前記溶接部から180°対向位置の母材部の管全厚における硬度分布の平均:HVに対して、(2)式を満たすことを特徴とする請求項1または2に記載の厚肉電縫鋼管。
    HVseam≧HV+20 ・・・(2)
  4. 請求項1〜3のいずれか1項に記載の厚肉電縫鋼管の製造方法であって、
    鋼素板を成形加工し、電縫溶接後、インラインで、誘導加熱装置と該誘導加熱装置の出側で管外面側および管内面側に配設した冷却装置とを用いて溶接部に溶接部熱処理を行うに際し、
    前記成分組成を有する鋼素板を成形加工して電縫溶接し、
    次いで、溶接部の管外表面温度:1150℃以下かつ溶接部の管内表面温度:830℃以上となるように、厚肉電縫鋼管の外面側を加熱する溶接部加熱処理を行い、
    次いで、厚肉電縫鋼管の溶接部と管外面側および管内面側に配設した冷却装置とが対向するように配設された冷却装置を用いて、厚肉電縫鋼管を搬送しながら、管内面側の冷却装置を厚肉電縫鋼管の開口部から挿入して鋼管内部に保持し、前記溶接部に対して、平均冷却速度:25〜70℃/sec、冷却停止温度:管内表面温度で450℃以下として、前記厚肉電縫鋼管の外面側および内面側を冷却する溶接部冷却処理を行うことを特徴とする厚肉電縫鋼管の製造方法。
  5. 前記溶接部冷却処理の前記厚肉電縫鋼管の内面側の冷却に際し、管内表面温度で800〜450℃の温度域における平均熱伝達係数が(3)式を満たすように調整することを特徴とする請求項4に記載の厚肉電縫鋼管の製造方法。
    352.8×t−4939.6≦α≦916.6×t−5951.6・・・(3)
    ここで、t:管肉厚(mm)、α:平均熱伝達係数(W/m hr℃)とする。
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