以下、図面とともに本発明による量子カスケード検出器の実施形態について詳細に説明する。なお、図面の説明においては同一要素には同一符号を付し、重複する説明を省略する。また、図面の寸法比率は、説明のものと必ずしも一致していない。
図1は、量子カスケード検出器の一実施形態の構成を示す正面断面図である。また、図2は、図1に示した量子カスケード検出器の構成を示す側面図である。本実施形態による量子カスケード検出器1Aは、半導体量子井戸構造におけるサブバンド間の電子励起による光吸収を利用して光を検出する光検出器である。この量子カスケード検出器1Aは、半導体基板10と、基板10上に形成された活性層15とを備えて構成されている。
活性層15は、光の吸収、検出に用いられる吸収領域(光吸収層)と、キャリアである電子の輸送に用いられる輸送領域(電子輸送層)とが交互かつ多段に積層されたカスケード構造を有する。具体的には、活性層15では、nを3以上の整数として、吸収井戸層として機能する第1井戸層を含むn個の量子井戸層、及びn個の量子障壁層からなる半導体積層構造を1周期分の単位積層体16(図1参照)とし、この単位積層体16が多段に積層されることで、第1井戸層を含みサブバンド間吸収によって被検出光を検出する吸収領域と、サブバンド間吸収によって励起された電子を輸送する輸送領域とが交互に積層されたカスケード構造が形成されている。なお、活性層15に含まれる単位積層体16の構成については、具体的には後述する。
活性層15に対し、活性層15の下方で活性層15と半導体基板10との間には、活性層15よりも低い屈折率を有して活性層15に隣接して形成された下部クラッド層21が設けられている。また、下部クラッド層21の下方には、下部コンタクト層22が設けられている。また、下部クラッド層21及び下部コンタクト層22と半導体基板10との間には、下部金属層23が設けられている。
また、活性層15に対し、活性層15の上方で半導体基板10とは反対側には、活性層15よりも低い屈折率を有して活性層15に隣接して形成された上部クラッド層26が設けられている。また、上部クラッド層26の上方には、上部コンタクト層27が設けられている。また、上部クラッド層26及び上部コンタクト層27に対して活性層15とは反対側には、上部金属層28が設けられている。
以上により、半導体基板10上には、下部金属層23、下部コンタクト層22、下部クラッド層21、活性層15、上部クラッド層26、上部コンタクト層27、及び上部金属層28による積層構造が形成されている。また、活性層15、下部クラッド層21、及び上部クラッド層26による光の導波路構造における導波方向にある第1端面20a、及び第2端面20b(図2参照)のうちで、第1端面20aが、本検出器1Aでの検出対象となる被検出光が入射する入射面となっている。これらの第1端面20a、第2端面20bとしては、好ましくはへき開面が用いられる。また、半導体基板10の活性層15とは反対側の裏面上には、金属層からなる下部電極層12が形成されている。
本実施形態では、量子カスケード検出器1Aは、半導体基板10を含む基体部30と、活性層15を含んで基体部30上に設けられ、上記の導波路構造における導波方向にストライプ状に延びるメサ部20とを有するメサ構造に構成されている。図1に示した構成例では、半導体基板10、及び下部金属層23が基体部30を構成し、下部コンタクト層22、下部クラッド層21、活性層15、上部クラッド層26、及び上部コンタクト層27がメサ部20を構成している。
また、この基体部30及びメサ部20上には、メサ部20の両側面、上面、及び基板10上で露出した下部金属層23の上面を覆うように、絶縁層11が形成されている。上部金属層28は、この絶縁層11上に形成されている。また、絶縁層11には、メサ部20の上面上において、開口(コンタクトホール)11aが形成されており、上部金属層28は、この開口11aを介して上部コンタクト層27と接触している。このような構成において、上部金属層28は、上部電極層として機能している。
また、図2に示した構成例では、活性層15及び下部、上部クラッド層21、26による導波路構造に対し、導波路構造での入射面となる第1端面20aに、被検出光の波長の光に対する反射率を低減するように構成された反射防止膜(低反射膜)31が形成されている。また、導波路構造での第1端面20aとは反対側の第2端面20bに、被検出光の波長の光に対する反射率を増大するように構成された反射膜(高反射膜)32が形成されており、この第2端面20bは、被検出光を反射する反射面となっている。
本実施形態による量子カスケード検出器1Aの効果について説明する。
図1、図2に示した量子カスケード検出器1Aでは、被検出光の検出に用いられる活性層15に対し、活性層15の下方で基板10との間にある下部クラッド層21と、活性層15の上方の上部クラッド層26とを設けるとともに、活性層15及び下部、上部クラッド層21、26による導波路構造での一方の第1端面20aを、被検出光の入射面としている。このような構成によれば、第1端面20aから入射した被検出光を、クラッド層21、26を用いた導波路構造で活性層15に沿って導波させて、活性層15において被検出光を効率的に吸収、検出することができる。
さらに、このような構成において、上記の導波路構造に対し、下部クラッド層21の下方で基板10との間にある下部金属層23と、上部クラッド層26の上方の上部金属層28とを設けている。このように、活性層15及び下部、上部クラッド層21、26による導波路構造を、下部金属層23及び上部金属層28によって挟み込む構成とすることにより、入射面20aにおける検出器1Aの受光部の面積を金属層23、28によって限定して、比検出能を向上することができる。以上より、上記構成の量子カスケード検出器1Aによれば、被検出光を高効率で好適に検出することが可能となる。なお、このような構成の量子カスケード検出器1Aは、例えば波長4〜10μmの中赤外領域の光の検出に好適に適用することができる。
また、上記実施形態では、量子カスケード検出器1Aは、半導体基板10を含む基体部30と、活性層15を含んで基体部30上に設けられ、導波路構造における導波方向にストライプ状に延びるメサ部20とを有するメサ構造に構成されている。このような構成によれば、活性層15及びクラッド層21、26による導波路構造を、メサ部20が延びる方向に沿って好適に構成することができる。
また、上記実施形態では、導波路構造における被検出光の入射面である第1端面20aにおいて、被検出光に対する反射率(例えば、検出器1Aの検出感度が最大となる波長の光に対する反射率)を低減する反射防止膜31が形成されている。このような構成によれば、入射面20aから量子カスケード検出器1Aの内部への被検出光の入射効率を向上することで、検出器1Aにおける光の検出効率を向上することができる。また、反射防止膜31については、被検出光の波長の光に対する反射率が28%以下となるように構成することが好ましい。
また、上記実施形態では、導波路構造における被検出光の反射面である第2端面20bにおいて、被検出光に対する反射率を増大する反射膜32が形成されている。このような構成によれば、入射面から導波路構造を導波して反射面20bに到達した被検出光を再び量子カスケード検出器1Aの内部に戻すことで、検出器1Aにおける光の検出効率を向上することができる。また、反射膜32については、被検出光の波長の光に対する反射率が95%以上となるように構成することが好ましい。
ここで、量子カスケード検出器1Aを構成する各半導体層の層厚については、下部クラッド層21及び上部クラッド層26のそれぞれは、2μm以上10μm以下の層厚を有することが好ましい。また、活性層15は、1μm以上の層厚を有することが好ましい。これらの構成によれば、活性層15及びクラッド層21、26による被検出光に対する導波路構造、及び導波路での光の閉じ込め構造等を好適に実現することができる。
また、下部クラッド層21及び上部クラッド層26のそれぞれにおいて、不純物(n型不純物)のドーピング密度が5×1016cm−3以上2×1017cm−3以下であることが好ましい。このような構成によれば、クラッド層21、26でのドーピング密度の設定により、検出器1Aでの直列抵抗を低減するとともに、クラッド層21、26における光の損失を抑制することができる。
また、活性層15において、不純物(n型不純物)のドーピング密度が1×1017cm−3以上9×1017cm−3以下であることが好ましい。このような構成によれば、活性層15及びクラッド層21、26による導波路構造、導波路での光の閉じ込め構造、及び活性層15における光の検出構造を好適に実現することができる。なお、これらの各半導体層の層厚、不純物のドーピング密度等の量子カスケード検出器1Aの構成条件については、具体的には後述する。
上記実施形態による量子カスケード検出器1Aの構成について、活性層15での量子井戸構造を含む素子構造の具体例とともに説明する。図3は、量子カスケード検出器1Aにおける半導体積層構造の一例を示す図表である。また、図4は、量子カスケード検出器1Aにおける活性層15を構成する単位積層体16の構成の一例を示す図である。
本構成例における活性層15の量子井戸構造では、光検出の感度スペクトルのピークを与える検出下準位と検出上準位とのエネルギー間隔を290meVとし、中赤外領域に含まれる波長λ=4.5μmの光に検出感度を有するように設計された例を示している。ただし、上記実施形態の量子カスケード検出器1Aにおける検出波長については、4.5μmに限られるものではなく、必要に応じて任意に設定して良い。例えば、検出波長は、中赤外領域での4〜10μmの波長域において設定することができる。
図4においては、活性層15での吸収領域17及び輸送領域18を含む単位積層体16の多段の繰返し構造のうちの一部について、その量子井戸構造及びサブバンド準位構造を示している。量子カスケード検出器1Aにおける半導体積層構造による素子構造は、例えば、分子線エピタキシー(MBE:Molecular Beam Epitaxy)法、または有機金属気相成長(MOCVD:MetalOrganic Chemical Vapor Deposition)法などによる結晶成長で形成することができる。
本構成例による量子カスケード検出器1Aの半導体積層構造では、図1、図2に示した構成において、半導体基板10として、n型InP基板を用いている。そして、このInP基板10上に、図1及び図3に示すように、厚さ250nmのInGaAs層及び厚さ0.2nmのInAlAs層から構成される下部コンタクト層22、厚さ3000nmのInP下部クラッド層21、吸収領域17及び輸送領域18を含む単位積層体16が45周期で積層された活性層15、厚さ3000nmのInP上部クラッド層26、及び厚さ250nmのInGaAs上部コンタクト層27が順次積層されることで、量子カスケード検出器1Aの素子構造が形成されている。
本構成例における活性層15は、吸収領域17及び輸送領域18を含む単位積層体16が複数周期で繰り返し積層されて構成されている。活性層15における単位積層体16の積層周期数は、例えば、10〜50周期に設定することができ、本構成例では、上記したように45周期に設定されている。また、1周期分の単位積層体16は、図3、図4に示すように、7個の量子井戸層161〜167、及び7個の量子障壁層171〜177が交互に積層された量子井戸構造として構成されている。
これらの単位積層体16の各半導体層のうち、量子井戸層161〜167は、それぞれInGaAs層によって構成されている。また、量子障壁層171〜177は、それぞれInAlAs層によって構成されている。これにより、本構成例における活性層15は、InGaAs/InAlAs量子井戸構造によって構成されている。なお、活性層15を構成する各井戸層、障壁層の層厚等については、図3に示す通りである。
このような単位積層体16において、第1障壁層171、及び第1井戸層161は、サブバンド間吸収によって光を検出する吸収領域17を構成している。また、第2〜第7障壁層172〜177、及び第2〜第7井戸層162〜167は、サブバンド間吸収によって励起された電子を次周期の吸収領域17bへと輸送する輸送領域18を構成している。また、被検出光を吸収する吸収井戸層として機能する第1井戸層161には、キャリアである電子を供給するために、n型不純物であるSiがドーピング密度5×1017cm−3でドープされている。
また、本構成例では、図3に示すように、下部クラッド層21、及び上部クラッド層26には、同じくn型不純物であるSiがドーピング密度1×1017cm−3でそれぞれドープされている。また、下部コンタクト層22のInGaAs層、及び上部コンタクト層27には、n型不純物であるSiがドーピング密度3×1018cm−3でそれぞれドープされている。
このような構成において、単位積層体16は、その図4に示すサブバンド準位構造において、光検出に用いられる伝導帯サブバンド準位として、吸収領域17での光吸収に寄与する検出下準位(detection lower level)L1、検出上準位(detectionupper level)L2、及び輸送領域18での電子輸送に寄与する複数の輸送準位(transportlevels)L3〜L7を有している。
このような単位積層体16を有する活性層15に波長λの光が入射すると、検出下準位L1に存在する電子は、サブバンド間吸収によって検出上準位L2へと励起される。上準位L2に励起された電子は、輸送領域18での複数の輸送準位からなる輸送準位構造を介して、後段の吸収領域17bの検出下準位L1へと輸送、抽出される。このような光吸収による電子励起、励起された電子の緩和、輸送、及び次周期の単位積層体への電子の抽出を、活性層15を構成する複数の単位積層体16で繰り返すことにより、活性層15においてカスケード的な光吸収が起こる。そして、これによって発生する電流を信号として取り出し、その電流量を計測することで、入射光が検出される。
上記実施形態による量子カスケード検出器1Aの製造方法の一例について説明する。上記したように、活性層15に対してクラッド層21、26、及び金属層23、28が設けられた積層構造を有する量子カスケード検出器1Aは、例えば、基板貼り合わせによって作製することが可能である。
量子カスケード検出器1Aにおける積層構造及び活性層構造は、MBE法、またはMOCVD法などを用いて各層を順次、エピタキシャル成長することによって形成される。まず、InP基板(第1基板)上に、SiドープInGaAsコンタクト層、SiドープInPクラッド層、InGaAs/InAlAs量子井戸構造を有する活性層、SiドープInPクラッド層、SiドープInGaAsコンタクト層を成長し、さらにその上に、厚さ0.5μm〜1.0μmのAu(金)からなる第1金属層を蒸着する。
次に、半導体支持基板10となるn型InP基板(第2基板)上に、厚さ0.5μm〜1.0μmのAuからなる第2金属層を蒸着するとともに、第1基板上の第1金属層と、第2基板上の第2金属層とを接触させ、適度な荷重をかけて加熱処理することにより、2つの基板を貼り合わせる。接合された第1、第2金属層は、基板10上の下部金属層23となる。ここで、下部、上部金属層に用いられる金属材料は、上記したAuに限られるものではなく、例えば蒸着可能なCu(銅)、Al(アルミニウム)など、他の金属材料を用いても良い。
その後、半導体積層構造の成長に用いた第1基板を選択的化学エッチングによって除去し、さらに、ウェットエッチングまたはドライエッチングによって、例えば幅50μmのストライプ状のメサ構造(図1参照)を形成する。このエッチングは、基板貼り合わせの接合部となる下部金属層23に到達するまでか、もしくは下部コンタクト層22内で止まるような条件で行う。さらに、SiNなどの絶縁材料からなる絶縁層11を形成するとともに開口11aを形成し、Auなどからなり上部電極層となる上部金属層28を蒸着及びメッキ法によって形成する。
続いて、InP基板10の裏面を、基板10の厚さが例えば150μmとなるように研磨し、基板裏面上に、電流の取り出しのための下部電極層12を形成する。この下部電極層12は、例えば、Ti、及びAu/Ge/Auを蒸着、合金を行うことによって形成する。最後に、素子長が例えば500μmとなるようにへき開を行うことで、量子カスケード検出器1Aを作製する。このときのへき開面が、活性層15及びクラッド層21、26による導波路構造における導波方向にある第1端面(入射面)20a、及び第2端面(反射面)20bとなる(図2参照)。
導波路構造の第2端面20b上には、被検出光の波長の光に対する反射率が95%以上となる反射膜(高反射コート)32を形成する。これにより、第1端面20aから活性層15へと入射されて内部を伝搬した被検出光が反射膜32で反射されることとなり、検出器1Aの内部での光の伝搬距離を素子長の2倍とすることができる。
一方、第1端面20a上には、へき開面での反射を抑制するように、被検出光の波長の光に対する反射率が28%以下となる反射防止膜(反射防止コート)31を形成する。ここで、半導体材料の屈折率をn1、空気の屈折率をn0とすると、へき開面における光の反射率は(n1−n0)2/(n1+n0)2によって求めることができる。上記した構成例では、InGaAs/InAlAsの屈折率をn1=3.3、空気の屈折率をn0=1とすると、へき開面での反射率は28.6%となる。したがって、上記した反射率が28%以下となる反射防止膜31を形成することにより、このようなへき開面での光の反射を抑制することができる。
第2端面20b上の反射膜32については、例えば、絶縁のAl2O3、SiO2、またはCeO2等の材料と、Auとを端面20b上に蒸着する構成を用いることができる。また、反射膜32として、Al2O3、SiO2、CeO2、ZnSなどの低屈折率材料と、Geなどの高屈折率材料とを交互に積層した誘電体多層膜を用いることができる。第1端面20a上の反射防止膜31については、例えば、Al2O3を厚さ0.78μmとなるように蒸着する構成を用いることができる。上記の厚さは、波長4.5μmの1/4を、さらにAl2O3の屈折率1.44で割った値である。また、反射防止膜31として、他の誘電体材料による単層膜、あるいは反射膜32と同様の材料による誘電体多層膜を用いることができる。
量子カスケード検出器の構成について、さらに説明する。図5は、量子カスケード検出器の他の実施形態の構成を示す正面断面図である。本実施形態による量子カスケード検出器1Bは、図1、図2に示した量子カスケード検出器1Aと同様の構成を有しているが、絶縁層11において開口11aに加えて、下部金属層23上に開口11bが設けられている点、及び基板10の裏面上の下部電極層12に代えて、絶縁層11上に下部電極層13が設けられている点で相違している。
図5に示した構成例では、絶縁層11には、下部金属層23の上面上において開口(コンタクトホール)11bが形成されている。また、絶縁層11上に形成された上部金属層28の一部が、金属材料を部分的に除去することで金属層28と電気的に絶縁され、この絶縁された金属層部分が、開口11bを介して下部金属層23と接触して、下部電極層13となっている。なお、このような構成におけるコンタクトホールの形成、Au等からなる金属層の一部除去等については、例えば、フォトリソグラフィによってレジストのパターニングを行い、SiN、Au等の蒸着を行った後にレジストの剥離を行う方法を用いることができる。
上記実施形態による量子カスケード検出器の具体的な構成条件等について、さらに説明する。まず、活性層15における単位積層体16の積層周期数、検出器1Aでのノイズ、及び活性層15への光の閉じ込め等の関係について説明する。量子カスケード検出器1Aでのノイズ電流i
Nでは、下記の式(1)に示すような、素子抵抗のみに依存する熱雑音が支配的である。
ここで、上記式において、k
Bはボルツマン定数、Tは素子温度、Δfは帯域幅(ここではΔf=1としてよい)、Rは素子抵抗である。この式(1)より、ノイズ電流を抑えてS/N特性を向上するためには、素子抵抗を高める必要があることがわかる。
検出器1Aにおける素子抵抗は、活性層15におけるカスケード構造の積層周期数とほぼ比例関係にある。このため、活性層15での単位積層体16の周期数を増やすことで、素子を高抵抗化することが可能である。また、このように活性層15での積層周期数を増加させることは、活性層15を含む導波路構造での第1端面20aにおける受光面積の増加、検出器1A内部で被検出光を導波させる際の光の閉じ込め特性の向上、光の損失の低減等にも寄与する。
活性層15への光の閉じ込めについて、さらに詳述する。上記構成の量子カスケード検出器1Aにおける活性層15への光の閉じ込めは、活性層15及びクラッド層21、26のそれぞれの屈折率、クラッド層21、26の層厚、活性層15の層厚などの構成条件に依存する。これらの条件のうち、活性層15の屈折率については、クラッド層21、26の屈折率よりも高い値であることが、導波路構造の形成において不可欠である。各半導体層の屈折率は、それぞれにおける不純物のドーピング量に依存し、ドルーデモデルに基づいて算出される複素誘電率から求めることができる。
図6は、活性層(InGaAs/InAlAs層)、及びクラッド層(InP層)の屈折率のドーピング密度への依存性を示すグラフである。図6のグラフにおいて、横軸は各層における不純物のドーピング密度(cm−3)を示し、縦軸は屈折率を示している。また、図6において、プロット点A1は、活性層15の屈折率のドーピング密度との関係を示し、プロット点A2は、クラッド層21、26の屈折率のドーピング密度との関係を示している。
活性層15、及びクラッド層21、26による導波路構造では、導波路での光の損失を低減するため、クラッド層21、26における不純物のドーピング密度は、2×1017cm−3以下とすることが好ましい。一方、外部電圧を印加しない量子カスケード検出器1Aでは、起電力が小さいため、電極から光電流を取り出すためには、光電変換部である活性層15以外での直列抵抗は低く抑える必要がある。このような直列抵抗条件を考慮すると、クラッド層21、26における不純物のドーピング密度を5×1016cm−3以上とすることが好ましい。以上より、クラッド層21、26のそれぞれにおける不純物のドーピング密度については、上述したように5×1016cm−3以上2×1017cm−3以下とすることが好ましい。
図6のグラフより、上記のドーピング密度の条件でクラッド層21、26の屈折率が最も高い値となるのは、図6中に直線によって示す、ドーピング密度が5×1016cm−3の場合の屈折率値3.091である。したがって、活性層15における不純物のドーピング密度の上限については、活性層15の屈折率が上記のクラッド層の屈折率を上回る条件によって決まる。図6に示すプロット点A1より、活性層15でのドーピング密度の上限は、9×1017cm−3とすることが好ましい。このドーピング密度での活性層15の屈折率値は、3.095である。
一方、活性層15でのドーピング密度の下限については、導波路形成の観点からは制限はないが、光電流に寄与する自由電子が少なくなることは、光検出によって生成、出力される検出信号強度の低下の原因となる。このような信号強度条件を考慮すると、活性層15でのドーピング密度の下限を1×1017cm−3とすることが好ましい。この下限値よりも低いドーピング密度では、屈折率の変化も小さく、光の閉じ込め特性の大幅な向上も見込めないため、上記した下限値の設定は妥当である。以上より、活性層15における不純物のドーピング密度については、1×1017cm−3以上9×1017cm−3以下とすることが好ましい。
次に、クラッド層21、26の層厚について説明する。上記構成におけるクラッド層21、26の機能は、第1端面20aから入射される被検出光を活性層15及びクラッド層21、26による導波路構造の内部に閉じ込め、金属層23、28、及びキャリア密度が高いコンタクト層22、27での光の吸収損失を低減させることである。
上記したように、クラッド層21、26でのドーピング密度を5×1016cm−3、活性層15でのドーピング密度を9×1017cm−3としたときに、活性層15とクラッド層21、26との屈折率差が最小となる。また、このとき、導波路構造において、活性層15への光の閉じ込めが最も困難な構成条件となって、クラッド層21、26への光の染み出しが最大となる。したがって、クラッド層21、26の層厚については、このような構成条件において、コンタクト層22、27及び金属層23、28への光の到達を防ぎ、導波路構造の内部に光を閉じ込めることが可能な条件を求めれば良い。また、層厚の設定において、被検出光の波長については、中赤外領域での4〜10μmの波長域を想定した場合、光の閉じ込めが最も困難な波長10μmの場合を考えれば良い。
図7は、コンタクト層(InGaAs層)に対するクラッド層(InP層)への光の閉じ込め係数のクラッド層の厚さへの依存性を示すグラフである。図7のグラフにおいて、横軸はクラッド層の厚さ(μm)を示し、縦軸は光の閉じ込め係数を示している。また、図7において、光の閉じ込め係数とは、導波路構造における1次元の導波モードを求めた場合における、全電場強度の積分値に対するInPクラッド層内の電場強度の積分値の割合によって定義される。
図8は、光の閉じ込めの例として、InGaAsコンタクト層22、27に対し、InPクラッド層21、26の全厚さを4μmとしたときの光の導波モードのシミュレーション結果について示すグラフである。また、図9は、同様に、クラッド層21、26の全厚さを20μmとしたときの光の導波モードのシミュレーション結果について示すグラフである。図8、図9のグラフにおいて、横軸は位置(μm)を示し、縦軸は導波される光の規格化強度、または各層の屈折率を示している。また、ここでは、計算のため、InGaAsコンタクト層の厚さは3μmとし、コンタクト層でのドーピング密度は3×1018cm−3とし、また、屈折率は2.5とした。また、クラッド層21、26の間にある活性層15については、ここでは考慮していない。
図7のグラフによれば、InPクラッド層21、26の全厚さが4μm以上であれば、クラッド層への光の閉じ込め係数は90%以上となる。したがって、クラッド層21、26のそれぞれの層厚については、2μm以上とすることが好ましい。実際には、クラッド層21、26の間に、クラッド層よりも屈折率が高い活性層15があるため、導波路構造への光の閉じ込めはさらに強くなり、コンタクト層22、27及び金属層23、28での光の吸収損失を充分に抑制することができる。
クラッド層21、26の厚さの上限については、特に制限はないが、図7のグラフにおいてクラッド層の厚さが11μm以上では、閉じ込め係数が99%に到達してあまり変化しなくなっている。このような点を考慮すると、クラッド層21、26のそれぞれの層厚については、10μm以下とすることが好ましい。以上より、クラッド層21、26のそれぞれの層厚については、2μm以上10μm以下とすることが好ましい。
次に、活性層15の層厚について説明する。上記した構成条件において、クラッド層21、26の層厚を最も薄くした構成では、下部クラッド層21及び上部クラッド層26を合わせた層厚は4μmである。一方、回折限界によって、光のスポットサイズは、半波長程度までしか絞ることができない。したがって、被検出光の波長が10μmの場合、第1端面20aでの受光面となる活性層15及びクラッド層21、26の層厚の合計が5μm以上となっていることが好ましい。このような光の入射条件を考慮すると、活性層15の層厚については、1μm以上とすることが好ましい。なお、被検出光の波長が10μmよりも短い場合については、光の入射条件、及び導波路構造での光の閉じ込め条件のいずれも緩和されるため、波長10μmの光に対する上記の条件を適用すれば良い。
活性層15の層厚は、活性層15における単位積層体16の積層周期数に依存しているため、活性層15の層厚が1μm以上となるように単位積層体16の周期数を設定すれば良い。検出対象となる光の波長や具体的な設計等によって異なるが、量子カスケード検出器1Aの活性層15における1周期分の単位積層体16の平均的な厚さは50nm程度であり、この場合、活性層15の層厚を1μm以上とするための周期数は、20周期以上となる。このような構成条件は、式(1)に関して上述したように、活性層15での抵抗を高くして、熱雑音を抑制する上でも好適である。
活性層15の層厚の上限については特に制限はないため、層厚については、1μm以上で適宜に設定すれば良い。上記の構成例では、例えば、活性層15での単位積層体16の周期数を45周期とすることで、層厚を1.65μmに設定している。また、クラッド層21、26の層厚については、図3に示したように、それぞれ3μmとしている。また、クラッド層21、26での不純物のドーピング密度を1×1017cm−3、活性層15でのドーピング密度を5×1017cm−3に設定している。
図10は、上記の構成例での、活性層15及びクラッド層21、26による導波路構造における光の導波モードについて示すグラフである。この構成例では、全電場強度の積分値に対する活性層内の電場強度の積分値の割合に相当する、活性層15への光の閉じ込め係数は、0.75となっている。
ここで、図1、図2に示した構成の量子カスケード検出器1Aでは、検出器1Aの内部の導波路構造への被検出光の入射は、例えば、反射防止膜31が形成されたへき開面である第1端面20aにレンズで光を集光して行うことができる。活性層15、クラッド層21、26、及び金属層23、28を含む上記の素子構造を用いることで、第1端面20aから入射した光を効率良く電流に変換することができる。
すなわち、活性層15を上下から挟むクラッド層21、26によって、光電変換部である活性層15と、不純物が高密度でドープされたコンタクト層22、27との間の空間的な距離を大きくすることができる。これにより、導波路構造の内部に入射された光がコンタクト層22、27の自由キャリアによって吸収されることを防ぎ、また、クラッド層21、26に挟まれた活性層15内部で被検出光を導波させることで、光電変換に寄与する光量を増加させることができる。
また、活性層15内部を導波して第2端面20bに到達した光は、反射膜32によって反射され、さらに活性層15内部を導波しながら光電流を生成する。このことは、検出信号強度を維持したまま、検出器1Aの素子長を1/2に短縮できることを意味している。また、このような素子長の短縮は、素子サイズの縮小による素子抵抗の増加にも寄与するため、式(1)で示したノイズ電流の低減においても効果的である。
また、上記した構成例では、活性層15での単位積層体16の周期数を45周期に設定することで、活性層15の層厚が1.65μmとなっている。これにより、活性層15に入射した光に対する閉じ込め係数を高めるとともに、検出器1Aでの素子抵抗の増加によって、熱雑音を抑制することができる。
また、基板貼り合わせ等によって形成することが可能な、金属層23、28を有する上記構成によれば、第1端面20aにおける受光部が、活性層15、及びそれを挟むクラッド層21、26のみに限定される。これにより、検出器1Aでの受光面積を充分に小さくして、比検出能D*を高めることができる。
量子カスケード検出器1Aにおける受光面積と、比検出能D
*との関係について説明する。検出器1Aの比検出能D
*は、以下の式(2)で表すことができる。
ここで、上記式において、v
sは出力信号電圧、v
nはノイズ電圧(量子カスケード検出器においては、式(1)で示したノイズ電流と素子抵抗との積)、Pは単位面積当たりの入射光のエネルギー、Aは受光面積、Δfはノイズの帯域幅(ここではΔf=1としてよい)である。
上記の式(2)より、電圧vs、vn、及び入射光のエネルギーPを一定とすると、比検出能D*は受光面積Aに依存し、受光面積Aが小さいほど比検出能D*が高くなることがわかる。
上記した量子カスケード検出器1Aの素子構造では、光電変換部は活性層15であり、光の入射部は、そもそも第1端面20aにおける活性層15の断面、及びその周辺に限られている。したがって、活性層15及びクラッド層21、26を金属層23、28によって挟み込んで受光面積を限定すること自体は、式(2)における出力信号電圧vsの著しい低下にはつながらない。
そのため、金属層23、28によって基板10等からの影響を排除し、受光面積を第1端面20aにおける活性層15及びクラッド層21、26の断面のみに限定することは、比検出能D*の向上に寄与する。また、このように、被検出光に対する受光面積を例えば数10μm2の大きさに限定しても充分な信号強度が得られるのは、上述したように、クラッド層21、26を用いた導波路構造によって、被検出光を活性層15内部を伝搬させながら高効率に光検出に利用することができるためである。
図11は、量子カスケード検出器1Aでの感度スペクトル、及び量子カスケードレーザでの発振スペクトルを示すグラフである。図11のグラフにおいて、横軸は波長(μm)を示し、縦軸は規格化強度を示している。また、図11において、グラフB1は、量子カスケード検出器(QCD)での感度スペクトルを示し、グラフB2は、量子カスケードレーザ(QCL)での発振スペクトルを示している。
図11に示すように、量子カスケード検出器の感度スペクトルでは、感度のピークとなる波長4.5μmを中心として、感度波長範囲は±0.5μm程度となっている。また、図11では、発振波長4.6μmの分布帰還型量子カスケードレーザ(DFB−QCL)の発振スペクトルを合わせて示している。
上記構成の量子カスケード検出器を用いた光学系の構成等について説明する。量子カスケード検出器は、量子カスケードレーザと組み合わせて用いることが特に好ましい。この場合、検出器の感度波長については、対象となるレーザの発振波長に合わせて設計すれば良い。また、量子カスケード検出器は、サブバンド間遷移のエネルギー揺らぎによって決まる波長範囲にしか検出感度を有しないため、フィルタ等を用いることなく、不要な背景光の影響をカットすることができる。
また、量子カスケードレーザ等のレーザ光源から供給されるレーザ光は、レンズによって容易に、数10μm程度のスポットサイズに集光することができる。したがって、上記のように活性層15及びクラッド層21、26に限定された受光部に対しても、レンズを用いた集光によって、被検出光のうちの大部分の光を検出器1Aの内部に導入することができる。
図12は、量子カスケードレーザ及び量子カスケード検出器を含む光学系の構成の一例を示す図である。図12に示す構成例では、量子カスケードレーザ2Aから出射された光をレンズ36によってコリメートし、そのコリメートされた光をレンズ37によって量子カスケード検出器1Aの受光面へと集光している。この場合、レンズ36、37の焦点距離は、互いに同じでも良く、異なっていても良い。
また、上記の構成例において、レンズ36、37には、それぞれ、波長4〜10μmの光に対して反射率が5%以下となるような反射防止膜が形成されていることが好ましい。また、レンズの材料については、例えばZnSe、CaF2、Geなど、中赤外光に対して透過性を有する任意の材料を用いて良い。また、レンズの径や焦点距離等には特に制限はないが、量子カスケードレーザ2Aからの放射光の片側広がりが50°程度あるため、レンズの開口数は、0.5以上であることが好ましい。
図13は、量子カスケードレーザから出射された光のレンズによる集光状態について示すグラフである。図13のグラフにおいて、横軸は位置(μm)を示し、縦軸は集光強度(a.u.)を示している。また、図13において、プロット点は計測値、実線はガウス関数によるフィッティング曲線を示している。
図13では、焦点距離50.8mm、開口数0.5のZnSe製非球面レンズを、2つのレンズ36、37として用い、波長4.6μmのDFB−QCLからの放射光を集光した際の集光径を示している。測定にはナイフエッジ法を用い、量子カスケード検出器での受光面の位置で測定を行っている。ガウス関数によるフィッティング結果によれば、半値全幅は10μm程度となっている。
上記した構成例の量子カスケード検出器1Aでは、金属層23、28によって挟まれた活性層15及びクラッド層21、26の層厚の合計が7.65μmである。したがって、活性層15の厚さ方向については、集光された被検出光の半値全幅に対して受光可能な範囲は7割以上となっている。また、厚さ方向と垂直な方向については、メサ部20のリッジ幅を50μmとしているため、この方向については、集光された被検出光を全て検出器1Aの内部へと導入することが可能である。
また、量子カスケードレーザ2Aからの放射光は、結晶成長面に垂直な方向に電場が振動する直線偏光を有する。このため、量子カスケード検出器1Aへの被検出光の入射の際に、同様に検出器1Aの結晶成長面に垂直な電場振動となるように、偏光方向を合わせることにより、量子カスケード検出器1Aでの偏光依存性が問題とならず、量子カスケードレーザ2Aからの光を効率良く検出することができる。
ただし、上記構成の量子カスケード検出器1Aと組み合わせて用いられる光源については、量子カスケードレーザに限られるものではなく、例えば、炭酸ガスレーザなどのガスレーザ、自由電子レーザ、赤外用半導体LED光源、黒体光源など、中赤外光を放射し、かつ量子カスケード検出器1Aが応答する偏光成分を有する放射光を生成するものであれば、任意の光源を用いて良い。
上記構成の量子カスケード検出器1Aを用いた測定の一例として、一酸化炭素(CO)の分光測定について説明する。図14は、量子カスケードレーザ及び量子カスケード検出器を含む光学系の構成の他の例を示す図であり、COの分光測定を行うための測定系の構成例を示している。
図14に示す分光測定系は、量子カスケードレーザ2A、レーザの電源52、及びレンズ51を含む光源部50と、マルチパスセル56を含む吸収部55と、量子カスケード検出器1A、レンズ61、及び電流アンプ62を含む検出部60と、計測器66、及び制御装置(PC)67を含む信号処理部65とを備えている。また、マルチパスセル56と、レンズ61との間には、ミラー57、58が設けられている。
本構成例では、分布帰還型の量子カスケードレーザ2Aから出射された波長4.6μmの光をコリメートレンズ51によって平行光として、ガスセルであるマルチパスセル56に入射させる。そして、ガスセルを通過してミラー57、58で反射された光をレンズ61によって集光して、被検出光として量子カスケード検出器1Aに入射させ、検出器1Aから出力される検出信号を取得する。
検出器1Aにおいて取得される検出信号は、電流アンプ62を介して、オシロスコープなどの計測器66によって測定され、検出信号強度の減衰によって、測定対象のCOでの光の吸収の有無が観測される。なお、本構成例では、測定用のガスセルとして、光路長が例えば100mとなるマルチパスセル56を用いているが、このような構成に限られるものではなく、測定対象となるガス種またはその濃度等の条件に応じて、シングルパスのガスセル、あるいは高反射ミラーを対向配置した共振器型の構成(例えばCRDS:Cavity Ring Down Spectroscopy、ICOS:IntegratedCavity Output Spectroscopy)等を用いても良い。
図15は、一酸化炭素(CO)の吸収線について示すグラフである。図15のグラフにおいて、横軸は波数(cm−1)を示し、縦軸は吸収線強度を示している。また、ここでは、HITRANデータベースで与えられている吸収線を示している。図15に示すデータより、波数2186.639cm−1(波長4.573μm)に吸収を有する12C16Oを、光吸収の観測対象とした。また、本実施例では、体積0.35m3のガスセルを真空引きし、圧力が0.3Torrとなるように、COをガスセル内部に封入した。ここで、量子カスケードレーザ2Aについては、温度制御機能によって温度が一定に保たれていることが好ましい。また、量子カスケードレーザ2Aは、単一モード発振のDFB−QCLとし、本実施例では発振波長4.6μmのものを用いた。
図16は、量子カスケードレーザの温度、及び注入電流に対する光の波数の変化について示すグラフである。図16のグラフにおいて、横軸は電流(mA)を示し、縦軸は光の波数(cm−1)を示している。また、図16において、プロット点C1は、温度20℃での波数の電流依存性を示し、プロット点C2は、温度25℃での波数の電流依存性を示し、プロット点C3は、温度30℃での波数の電流依存性を示している。
また、図16中の直線は、上記した観測対象のCOの吸収線を示している。図16のグラフより、例えば、量子カスケードレーザの駆動温度を20℃とし、注入電流を830〜840mAの範囲で変化させて波長を連続的にスキャンすることで、上記したCOの吸収を観測することができる。
図17は、図14に示した光学系を用いた分光測定法について示すグラフである。この図17に示すように、量子カスケードレーザに対し、閾値Itよりもわずかに低い値で直流電流I0を注入しておき、さらに、外部からファンクションジェネレータを用いて例えば時間幅ΔT=5msで変調を行うことで、上記した波長スキャンを行うことができる。図17において、電流の変化範囲ΔIを、量子カスケードレーザでの発振波長が観測対象となっているCOの吸収線を通過するように設定する。そして、レーザの発振と、オシロスコープとを同期させることにより、オシロスコープで測定されるパルス信号において、COの吸収による減衰の谷を観測することができる。
図18は、図14に示した光学系を用いたCOの分光測定の結果を示すグラフである。図18のグラフにおいて、横軸は時間(ms)を示し、縦軸は規格化信号強度を示している。また、ここでは、室温の量子カスケード検出器を測定に用いるとともに、上記のオシロスコープを用いた分光測定において、100回の測定結果の積算を行ったものを示している。この図18に示すように、上記構成を有する量子カスケード検出器1Aを用いることにより、室温駆動であっても、COの吸収線を観測することが可能な充分な信号強度が得られていることがわかる。
上記構成を有する量子カスケード検出器は、例えば、複数の量子カスケード検出器を所定の配列方向に沿って1次元アレイ状に配列することで、検出器アレイを構成することも可能である。
図19は、量子カスケード検出器を用いた検出器アレイの構成の一例を示す正面断面図である。図19に示す構成例では、量子カスケード検出器として、図5に示した構成の量子カスケード検出器1Bを用いている。そして、検出器1Bでの導波路構造における導波方向に直交する方向を配列方向とし、半導体基板10上において複数(図中では3個)の量子カスケード検出器1Bを配列方向に沿って1次元アレイ状に配列して、検出器アレイ1Cを構成している。このような検出器アレイ1Cは、例えばラインセンサとして用いることができる。
上記構成例による量子カスケード検出器1Bを用いた検出器アレイ1Cの製造方法の一例について簡単に説明する。まず、上述した量子カスケード検出器1Aの製造方法と同様に、InP基板(第1基板)上に、コンタクト層、クラッド層、活性層、クラッド層、コンタクト層を成長し、さらにその上に、Auからなる第1金属層を蒸着する。次に、半導体基板10となる半絶縁InP基板(第2基板)上に、Auからなる第2金属層を蒸着するとともに、第1基板上の第1金属層と、第2基板上の第2金属層とを接触させ、適度な荷重をかけて加熱処理することによって、2つの基板を貼り合わせる。接合された第1、第2金属層は、基板10上の下部金属層23となる。
その後、半導体積層構造の成長に用いた第1基板を選択的化学エッチングによって除去し、さらに、ウェットエッチングまたはドライエッチングによって、ストライプ状のメサ構造を形成する。また、SiNなどの絶縁材料からなる絶縁層11を形成するとともに、開口11a、11b(図5参照)を形成し、Auなどからなり上部電極層となる上部金属層28、及びAuなどからなる下部電極層13を形成する。
続いて、図19に示すように、半導体基板10上に配列される複数の量子カスケード検出器1Bのそれぞれを電気的に分離させるように、隣接する検出器1Bの間の所定位置において基板10まで、金属層等をエッチングによって除去する。最後に、所定の素子長となるようにへき開を行い、複数の検出器1Bがアレイ状に配列された状態のままで素子を切り分けることで、ラインセンサとして機能する検出器アレイ1Cを作製する。
また、検出器アレイ1Cを構成する各量子カスケード検出器1Bでの導波路構造の第2端面(反射面)上には、例えば、被検出光の波長の光に対する反射率が95%以上となる反射膜(高反射コート)を形成する。一方、第1端面(入射面)上には、へき開面での反射を抑制するように、例えば、被検出光の波長の光に対する反射率が28%以下となる反射防止膜(反射防止コート)を形成する。
なお、検出器アレイ1Cにおける各検出器1Bのストライプ幅、ストライプ間隔等は、フォトリソグラフィでのマスクパターンに依存している。これらの検出器アレイ1Cの構成条件は、例えば、ラインセンサとして必要な空間分解能に応じて適宜設定すれば良い。半導体基板10上に配列された量子カスケード検出器1Bのそれぞれに対して必要な配線を行い、読み出し回路と接続することで、検出器アレイ1Cをラインセンサとして機能させることができる。
上記構成例によるラインセンサは、例えば、分光器用の光検出器として用いることができる。この場合、回折格子やプリズムなどの分光素子によってスペクトル分解された光に対して、上記構成のラインセンサを用いて波長毎に光成分を検出することで、簡易に分光スペクトルを得ることが可能となる。
ラインセンサの分光器への応用において、連続的なスペクトル情報を得るためには、光検出器であるラインセンサに高い空間分解能が求められる。上記構成の検出器アレイ1Cでは、各検出器1Bのストライプ幅、ストライプ間隔等を、上記したようにフォトリソグラフィでのマスクパターンによって制御可能であり、したがって、ストライプ幅及び間隔を縮小することで、光検出の空間分解能を容易に高めることができる。
また、量子カスケード検出器1Bにおいて、ストライプ幅を狭めて空間分解能を高めることは受光面積の縮小に対応しており、分離された各検出器1Bにおける信号強度の低下につながる。これに対して、被検出光を検出器1B内の導波路構造で導波させて、活性層15に吸収させる上記構成によれば、微弱な入射光量の被検出光に対しても、効率良く光電流を得ることが可能である。
本発明による量子カスケード検出器は、上記した実施形態及び構成例に限られるものではなく、様々な変形が可能である。例えば、上記した構成例では、半導体基板としてInP基板を用い、活性層をInGaAs/InAlAsによって構成した例を示したが、活性層の構造については、具体的には様々な構成を用いて良い。このような半導体材料系については、上記したInGaAs/InAlAs以外にも、例えば、AlGaAs/GaAs、InGaN/GaNなど、様々な材料系を用いることが可能である。また、クラッド層を構成する半導体材料についても、活性層の半導体材料系等に合わせて、適切な材料を用いれば良い。
また、上記した構成例では、量子カスケード検出器を、半導体基板を含む基体部と、活性層を含むメサ部とを有するメサ構造に構成しているが、このような構成に限らず、メサ構造以外の構造としても良い。また、導波路構造における第1端面上の反射防止膜、及び第2端面上の反射膜については、不要であれば設けない構成としても良く、あるいは一方のみを設ける構成としても良い。
また、上記構成の量子カスケード検出器では、活性層に対して、下部クラッド層、及び上部クラッド層を設けるとともに、活性層及び下部、上部クラッド層による導波路構造における被検出光の入射面となる第1端面とは反対側にある第2端面に、被検出光に対する反射率を増大する反射膜を形成している。このような構成は、下部、上部金属層を設けない構成においても有効である。また、この場合、第1端面に、被検出光に対する反射率を低減する反射防止膜を形成することが、さらに好ましい。