以下、図面等を参照して、本発明の実施形態について説明する。なお、先ず、以下で説明する第1〜第5実施形態に共通するシステム構成について初めに説明する。
(システム構成)
図1は、本実施形態による燃料電池システム100の概略構成図である。
図1に示すように、燃料電池システム100は、アノードガスとしての燃料ガス(水素ガス)及びカソードガスとしての空気の供給を受けて発電する固体酸化物型の燃料電池スタック10を備える固体酸化物型燃料電池システムであり、車両等に搭載される。
燃料電池スタック10は、複数の固体酸化物型燃料電池(SOFC:Solid Oxide Fuel Cell)を積層した積層電池である。積層電池を構成する各固体酸化物型燃料電池(燃料電池セル)は、セラミック等の固体酸化物で形成された電解質層を、水素及び炭化水素等を含む燃料ガスが供給されるアノード電極と、空気が供給されるカソード電極により挟み込むことにより構成されている。
また、燃料電池スタック10のアノード電極内には、アノード入口10aから供給される燃料ガスが通過し、使用後のアノード排ガスをアノード出口10cから排出するアノード流路(アノード極通路)が形成されている。また、燃料電池スタック10のカソード電極内には、カソード入口10bから供給される空気が通過し、使用後のカソードオフガスをカソード出口10dから排出するカソード流路(カソード極通路)が形成されている。
また、燃料電池スタック10には、その温度(以下、「スタック温度Ts」とも記載する)を検出するスタック温度センサ12が設けられている。スタック温度センサ12は、検出したスタック温度Tsの信号をコントローラ80に送信する。
さらに、燃料電池システム100は、燃料電池スタック10に燃料ガスを供給する燃料供給機構20と、燃料ガスと空気を燃焼させる起動燃焼機構30と、燃料電池スタック10に空気を供給する空気供給機構40と、燃料電池スタック10から排出されたアノード排ガス及びカソード排ガスを排気する排気機構50と、燃料電池スタック10との間で電力の入出力を行う電力機構60と、燃料電池システム100全体の動作を統括的に制御するコントローラ80を備えている。
燃料供給機構20は、燃料供給通路21と、燃料タンク22と、フィルタ23と、ポンプ24と、インジェクタ25と、蒸発器26と、熱交換器27と、改質器28と、調圧弁29と、を備えている。
燃料供給通路21は、燃料タンク22と、燃料電池スタック10のアノード入口10aとを接続する通路である。
燃料タンク22は、例えばエタノールと水を混合させた改質用の液体燃料を蓄える容器である。
フィルタ23は、燃料タンク22とポンプ24との間の燃料供給通路21に配置される。フィルタ23は、ポンプ24に吸引される前の改質用燃料に含まれる異物等を除去する。
ポンプ24は、燃料タンク22よりも下流側の燃料供給通路21に設けられる。ポンプ24は、燃料タンク22内に蓄えられた改質用燃料を吸引し、当該燃料をインジェクタ25等に供給する。なお、ポンプ24の出力制御をコントローラ80により実行することもできる。
インジェクタ25は、ポンプ24と蒸発器26との間の燃料供給通路21に配置される。インジェクタ25は、ポンプ24から供給された燃料を蒸発器26内に噴射供給する。
蒸発器26は、インジェクタ25よりも下流側の燃料供給通路21に設けられる。蒸発器26は、インジェクタ25から供給された燃料を気化させ、熱交換器27に供給する。蒸発器26は、後述する排気燃焼器53から排出される排気の熱を利用して燃料を気化させる。
熱交換器27は、蒸発器26よりも下流側の燃料供給通路21に設けられ、排気燃焼器53に隣接するように配置される。熱交換器27は、排気燃焼器53から伝達してくる熱を利用し、蒸発器26において気化した燃料をさらに加熱する。
調圧弁29は、蒸発器26と熱交換器27との間の燃料供給通路21に設けられる。調圧弁29は、熱交換器27に供給される気化燃料の圧力を調整する。調圧弁29の開度はコントローラ80によって制御される。
改質器28は、熱交換器27と燃料電池スタック10との間の燃料供給通路21に設けられる。改質器28は、当該改質器28内に設けられた触媒を用いて熱交換器27からの燃料を改質する。熱交換器27からの燃料は、改質器28での触媒反応により、水素や炭化水素、一酸化炭素等を含む燃料ガスに改質される。このように改質された燃料ガスは、高温状態のまま燃料電池スタック10のアノード入口10aを介してアノード極通路内に供給される。
なお、燃料供給通路21は、当該燃料供給通路21から分岐する分岐路71,72を備える。分岐路71は、ポンプ24とインジェクタ25との間の燃料供給通路21から分岐し、拡散燃焼器31に燃料を供給するインジェクタ71Aに接続する。分岐路71には、当該分岐路71を開閉する開閉弁71Bが設けられている。また、インジェクタ71Aには、液体燃料を気化させるための加熱装置として電気ヒータ71Cが設置されている。
分岐路72は、ポンプ24とインジェクタ25との燃料供給通路21から分岐し、触媒燃焼器32に燃料を供給するインジェクタ72Aに接続する。分岐路72には、当該分岐路72を開閉する開閉弁72Bが設けられている。
上述した開閉弁71B,72Bは、例えば燃料電池システム100の起動時や停止時において、コントローラ80によって開閉制御される。
次に、空気供給機構40及び起動燃焼機構30について説明する。
空気供給機構40は、空気供給通路41と、フィルタ42と、空気ブロア43と、熱交換器44と、スロットル45と、を備えている。また、起動燃焼機構30は、拡散燃焼器31及び触媒燃焼器32と、を備えている。
空気供給通路41は、空気ブロア43と、燃料電池スタック10のカソード入口10bとを接続する通路である。
空気ブロア43は、フィルタ42を通じて外気(空気)を取り入れ、取り入れた空気をカソードガスとして燃料電池スタック10に供給する。なお、空気ブロア43の出力をコントローラ80により制御することも可能である。なお、フィルタ42は、空気ブロア43に取り込まれる前の空気に含まれる異物を除去する。
熱交換器44は、空気ブロア43よりも下流側の空気供給通路41に設けられる。熱交換器44は、排気燃焼器53から排出された排気の熱を利用して、空気を加熱する装置である。熱交換器44で加熱された空気は、拡散燃焼器31に供給される。
スロットル45は、空気ブロア43と熱交換器44との間の空気供給通路41に設けられている。スロットル45の開度は、例えば燃料電池スタック10で要求される空気流量などに応じて、コントローラ80によって調節される。
拡散燃焼器31は、空気供給通路41において熱交換器44よりも下流側に配置される。拡散燃焼器31には、例えば燃料電池システム100の起動時の暖機運転時に気化した燃料ガス及び空気ブロア43からの空気が供給される。具体的に、分岐路71のインジェクタ71Aを介して噴射された燃料が、電気ヒータ71Cにより加熱されて気化して燃料ガスとなり、この燃料ガスが拡散燃焼器31に供給される。一方、空気ブロア43からの空気は、熱交換器44で加熱された状態で拡散燃焼器31に供給される。そして、拡散燃焼器31では、供給された燃料ガス及び空気の混合ガスを、図示しない着火装置で着火して燃焼させる。すなわち、拡散燃焼器31は、触媒燃焼器32に高温の燃焼ガス(予熱用燃焼ガス)を供給する予熱バーナとして機能する。
なお、燃料電池システム100の起動時以外の通常運転時等においては、燃料の供給及び着火装置の作動が停止され、空気ブロア43から供給された空気は拡散燃焼器31を通過して触媒燃焼器32に供給される。
触媒燃焼器32は、拡散燃焼器31と燃料電池スタック10との間の空気供給通路41に設けられる。触媒燃焼器32は内部に触媒を備えており、当該触媒を用いて高温の燃焼ガスを生成する装置である。
触媒燃焼器32には、例えば燃料電池スタック10の起動時において、空気供給通路41からのガス(空気及び予熱用燃焼ガス)と、分岐路72のインジェクタ72Aを介して噴射された燃料が供給される。触媒燃焼器32の触媒は予熱用燃焼ガスにより加熱され、加熱された触媒上で空気と燃料が燃焼して燃焼ガスが生成される。
燃焼ガスは、酸素をほとんど含まない高温の不活性ガスであって、燃料電池スタック10に供給され、当該燃料電池スタック10等を加熱する。これにより、燃料電池スタック10の温度を所望の運転温度まで上昇させることができる。なお、暖機運転以外の通常運転においては、触媒燃焼器32への燃料供給は停止される。したがって、この場合、空気ブロア43から供給された空気は触媒燃焼器32を通過して燃料電池スタック10に供給される。
次に、排気機構50について説明する。排気機構50は、アノード排ガス排出通路51と、カソード排ガス排出通路52と、排気燃焼器53と、合流排気通路54等を備えている。
アノード排ガス排出通路51は、燃料電池スタック10内のアノード出口10cと排気燃焼器53のアノード側入口部とを接続する。アノード排ガス排出通路51は、燃料電池スタック10の燃料流路から排出される燃料ガスを含むアノード排ガスを流す通路である。
カソード排ガス排出通路52は、燃料電池スタック10内のカソード出口10dと排気燃焼器53のカソード側入口部とを接続する。カソード排ガス排出通路52は、燃料電池スタック10内のカソード流路から排出されるカソード排ガスを流す通路である。
排気燃焼器53では、アノード排ガス排出通路51からのアノード排ガス及びカソード排ガス排出通路52からのカソード排ガスを合流させ、これらを触媒燃焼させ、二酸化炭素や水を主成分とする排気を生成する。
排気燃焼器53は熱交換器27と隣接して配置されているため、排気燃焼器53の触媒燃焼による熱は熱交換器27に伝達される。このように熱交換器27に伝達された熱は、改質器28へ供給される燃料を加熱するために使用される。
排気燃焼器53のガス出口部(下流端)には、合流排気通路54が接続されている。排気燃焼器53から排出された排気は、合流排気通路54を通じて、燃料電池システム100の外部に排出される。合流排気通路54は蒸発器26及び熱交換器44を通過するように構成されており、蒸発器26及び熱交換器44は合流排気通路54を通過する排気により加熱される。
次に、電力機構60について説明する。電力機構60は、保護電流印加装置として機能するDCDCコンバータ61と、バッテリ62と、駆動モータ63と、インピーダンス計測装置64と、電流センサ65と、電圧センサ66と、を備えている。
DCDCコンバータ61は、燃料電池スタック10に電気的に接続され、燃料電池スタック10の出力電圧を昇圧してバッテリ62や駆動モータ63に電力を供給する。バッテリ62は、DCDCコンバータ61から供給された電力を充電したり、駆動モータ63に電力を供給したりするよう構成されている。
また、本実施形態では、DCDCコンバータ61は、コントローラ80からの指令に基づいて、燃料電池スタック10の運転(発電)を停止させる際などのアノード極が酸化雰囲気になり得るシーンにおいて、バッテリ62から燃料電池スタック10に対して、発電で得られる電流と逆向きの電流である所望の大きさの逆電流(EAP電流)を印加する。
この保護電流を印加する処理は、アノード極の酸化劣化を抑制する目的で実行されるアノード極保護処理(以下、「EAP処理」とも記載する)である。すなわち、DCDCコンバータ61は、保護電流印加装置として機能する。なお、本実施形態において、DCDCコンバータ61は、コントローラ80により制御される。
駆動モータ63は、三相交流モータであって、車両の動力源として機能する。駆動モータ63は、図示しないインバータを介してバッテリ62及びDCDCコンバータ61に接続されている。また、この駆動モータ63は、車両の制動時には回生電力を発生させ、この回生電力は例えばバッテリ62の充電に利用される。
インピーダンス計測装置64は、燃料電池スタック10の出力電圧及び出力電流に基づいて燃料電池スタック10の内部インピーダンスZを計測する装置である。具体的に、インピーダンス計測装置64は、燃料電池スタック10に所定周波数の交流信号を印加し、燃料電池スタック10の出力に含まれる交流信号(交流電圧及び交流電流)に基づいて内部インピーダンスZを算出する。そして、インピーダンス計測装置64は、計測した内部インピーダンスZをコントローラ80に出力する。
電流センサ65は、燃料電池スタック10の出力電流を検出する。電圧センサ66は、燃料電池スタック10の出力電圧、つまりアノード電極側端子とカソード電極側端子の間の端子間電圧を検出する。
そして、システム全体の動作を統括的に制御するコントローラ80は、中央演算装置(CPU)、読み出し専用メモリ(ROM)、ランダムアクセスメモリ(RAM)及び入出力インタフェース(I/Oインタフェース)を備えたマイクロコンピュータで構成される。コントローラ80は、特定のプログラムを実行することにより燃料電池システム100を制御するための処理を実行する。
コントローラ80には、スタック温度センサ12、インピーダンス計測装置64、電流センサ65、及び電圧センサ66等の各種計測装置及びセンサからの信号の他、外気温度を検出する外気温度センサ90、EVキーの操作信号を検出するEVキースイッチ操作信号検出センサ91、及びアクセルペダルの踏み込み量を検出するアクセルストロークセンサ92等の車両状態を検出する外部センサからの信号が入力される。そして、コントローラ80はこれら信号に基づいて各種弁やインジェクタの開度制御やDCDCコンバータ61等の各アクチュエータの制御を行う。
そして、コントローラ80は、各種計測装置及びセンサからの検出値及び燃料電池スタック10の運転状態に基づいて、燃料電池スタック10の発電電力目標値を算出し、当該発電電力目標値を実現できるように燃料電池スタック10への燃料ガス及び空気の供給量を調節すべく各種弁やインジェクタ等のアクチュエータを制御する。
特に、本実施形態では、コントローラ80は、燃料電池スタック10のアノード極反応抵抗を検知し得るアノード感応周波数における内部インピーダンスZをインピーダンス計測装置64から取得する。
そして、コントローラ80は、取得した内部インピーダンスZに基づいて、アノード極の触媒の酸化を抑制するアノード極保護処理を実行するか否かを判断するアノード極保護実施判断処理を行う。このアノード極保護実施判断処理については後に詳細に説明する。
ここで、本実施形態の燃料電池システム100の制御方法に至る前提技術について説明する。
燃料電池10において、スタック温度Tsが所定の酸化劣化点(例えば400℃〜500℃の間の所定温度)を越えた状態で、アノード極内の酸素濃度が高くなると、アノード極に含まれる触媒を構成するニッケルが酸化して酸化ニッケルを生成する反応(以下では、「アノード触媒酸化反応」とも記載する)が生じる。
アノード触媒酸化反応が進行すると、アノード極の触媒微粒子構造が変化して劣化する不可逆劣化が起こり、燃料電池スタック10の出力性能に影響を及ぼす。また、酸化ニッケルの生成によってアノード極の触媒体積が膨張するので、膨張した触媒が電解質膜にクラックを発生させ、電解質の絶縁低下やクロスリークといった不可逆劣化により燃料電池スタック10の出力が低下する恐れがある。
アノード触媒酸化反応は、燃料電池スタック10の発電を開始する起動時や発電を停止する運転停止時等に特に懸念される。例えば、燃料電池スタック10の運転停止時に行われる運転停止処理においては、スタック温度Tsが発電に適する運転温度(例えば700℃〜900℃)に近く、上記酸化劣化点を越えている状態が想定される。
一方で、運転停止処理中は、燃料電池スタック10のアノード極への燃料ガスの供給が停止されるか、少なくとも供給流量が減少する。これにより、アノード極内の圧力が低下して外気(空気)が合流排気通路54からアノード排ガス排出通路51を介してアノード極に逆流し、アノード極内の酸素濃度が増加してアノード触媒酸化反応が助長される。
また、運転停止処理中には、アノード極への燃料ガスの供給流量が減少しつつも、冷却などの目的でカソード極への空気供給が継続されることがある。この場合、アノード極内の圧力が低下しているにもかかわらず、カソード極内の圧力は大きく低下していないという状況となる。したがって、アノード極とカソード極との間の差圧が大きくなり、カソード極内からアノード極内へ空気が拡散するいわゆる逆拡散が発生しやすくなる。この逆拡散によっても、アノード極内の酸素濃度が増加してアノード触媒酸化反応が助長される。
したがって、従来では、運転停止時にEAP処理を行い、アノード触媒酸化反応を抑制するようにしている。しかしながら、EAP処理は電力を消費するため、可能な限り実行しないか、実行する場合であってもEAP電流を低くすることが望まれる。
ここで、例えばJP2014−523081Aに開示された従来の燃料電池システムでは、燃料電池スタックの直流信号に高周波の交流信号を重畳することで得られたスタックの抵抗情報(内部インピーダンス)に基づいて、スタック温度Tsを推定し、推定したスタック温度Tsに応じてEAP電流を調節していた。
一方で、燃料電池スタック10の内部インピーダンスZには、計測に用いる交流信号の周波数(以下、「計測周波数」とも記載する)に応じて、アノード極反応抵抗及びアノード極の拡散抵抗、カソード極反応抵抗及びカソード極の拡散抵抗、及び固体電解質の情報などの種々の要素(以下では、「内部インピーダンス構成要素」とも記載する)が含まれる。
そして、各内部インピーダンス構成要素は、計測周波数ごとに異なる応答性(感度)を示す。すなわち、内部インピーダンス構成要素に応じて、内部インピーダンスの値に影響を強く影響を与える周波数が異なる。より詳細には、内部インピーダンス構成要素の種類に応じて、高周波数に対する感度が高いものや、低周波数に対する感度が高いものが様々存在する。
例えば、数十kHz以上の高周波数帯の内部インピーダンスには、アノード極やカソード極の基板の状態、及びアノード極やカソード極と電解質の間の接触抵抗等の内部インピーダンス構成要素の影響が強くなる。一方で、スタック温度Tsは、この高周波数帯の周波数に対して感度が高い内部インピーダンス構成要素と必ずしも厳密に対応しているわけではない。
したがって、高周波数の内部インピーダンスで推定したスタック温度TsによってEAP電流を調節しても、EAP電流が不足して適切にアノード触媒酸化反応を抑制できない恐れがある。また、逆に、EAP電流がアノード触媒酸化反応を抑制するために適切な実際の要求よりも高く設定され、電力消費が過剰となることが考えられる。
これに対して、本実施形態では、アノード極反応抵抗を検知し得る周波数であるアノード感応周波数を特定し、このアノード感応周波数の内部インピーダンスに基づいて、EAP処理を実行するか否かを判断するアノード極保護実施判断処理を行うことで上記問題を解決する。以下では、その詳細に説明する。
図2は、アノード感応周波数を含む周辺の周波数帯における燃料電池スタック10のDRT(Distribution of Relaxation Time)スペクトルを模式的に示した図である。特に、図2においては、アノード極内の酸化雰囲気の程度(アノード極の触媒酸化進行度)ごとの各DRTスペクトル曲線を示す。具体的に、アノード酸化度が最も小さい場合のスペクトル曲線C1を破線で示し、アノード酸化度が次に小さい場合のスペクトル曲線C2を点線で示し、アノード酸化度が最も大きい場合のスペクトル曲線C3を実線で示す。
なお、以下では、説明の簡略化のため、「周波数」と「角周波数」を同一視して、厳密には「角周波数」を意味する場合であってもこれを「周波数」と称する。
燃料電池スタック10のDRTスペクトルは、燃料電池スタック10に対してDRT解析(緩和時間分布法)を実行することで得られる緩和時間(周波数の逆数)に応じた内部インピーダンスZのスペクトルである。
DRT解析の詳細については、例えば『SOFC Moderlling and Parameter Identification』(Andre Leonide,Yannick Apel,Ellen Ivers-Tiffee共著 The Electrochemical Society 2009年5月1日)等に開示されている。なお、以下では、当該文献を単に「非特許文献1」と称する。
DRT解析においては、所定周波数域(例えば、10kHz〜0.1Hz)における複数の周波数における内部インピーダンス計測値から緩和時間の分布(周波数の分布)を演算し、当該演算値を適切な等価回路を用いて複素非線形最小二乗法(Complex non-linear least squares法)によりフィッティングする。これにより、DRTg(f)を演算することができ、図2に示す燃料電池スタック10のDRTスペクトルが得られる。
DRT解析により得られるDRTスペクトルでは、種々の内部インピーダンス構成要素の情報が、それぞれの緩和時間の違いに応じて、すなわち感応周波数の違いに応じて表示されることとなる。特に図2に示すDRTスペクトルでは、10Hz〜10kHzの周波数範囲の間に、主な内部インピーダンス構成要素としてのアノード極反応抵抗及びカソード極反応抵抗が含まれている。
より具体的に、図2のDRTスペクトルは、カソード極反応抵抗に相関するピーク(以下、「カソード極反応抵抗ピークP2c」とも記載する)、アノード極反応抵抗に相関する第1のピーク(以下、「低周波側アノード極反応抵抗ピークP2Aとも記載する」)、及びアノード極反応抵抗に相関する第2のピーク(以下、「高周波側アノード極反応抵抗ピークP3Aとも記載する」)を有する。
また、図の例では、カソード極反応抵抗ピークP2cの周波数ωP2cが10Hz付近に位置し、低周波側アノード極反応抵抗ピークP2AのωP2Aが100Hz〜1kHzの間に位置し、高周波側アノード極反応抵抗ピークP3Aに対応するωP3Aが10kHz付近に位置する。
さらに、図2においては、アノード極の触媒酸化の進行に応じて、低周波側アノード極反応抵抗ピークP2A及び高周波側アノード極反応抵抗ピークP3Aが変化している。ここで、図2におけるアノード極の触媒酸化の進行は、例えば、燃料電池スタック10の仕様に応じた所定量の空気をアノード極内に供給した際の酸素濃度などによって規定される。すなわち、このアノード極内への空気供給により、アノード極内の水素が排出され、アノード極内の水素濃度が減少するとともに酸素濃度が増加するため、よりアノード触媒酸化反応が進行する状態となる。
したがって、低周波側アノード極反応抵抗ピークP2A及び高周波側アノード極反応抵抗ピークP3Aは、アノード極の触媒酸化の進行が大きくなりアノード触媒酸化反応が進行するほど高くなる。すなわち、アノード極の触媒酸化の進行に応じて、低周波側アノード極反応抵抗ピークP2A及び高周波側アノード極反応抵抗ピークP3Aが高くなる。これに対して、カソード極反応抵抗ピークP2cは、アノード極の触媒酸化の進行とは実質的に相関しない。すなわち、アノード極の触媒酸化が進行したとしても、これ以外の誤差等による変化量δP2cを除けば、理論上のカソード極反応抵抗ピークP2cの変化はゼロである。
この現象に着目し、本発明者らは、低周波側アノード極反応抵抗ピークP2Aの周波数ωP2A及び高周波側アノード極反応抵抗ピークP3Aの周波数ωP3Aの少なくともいずれか、又は周波数ωP2Aの周辺周波数、及び周波数ωP3Aの周辺周波数の少なくともいずれかにおける内部インピーダンスの大きさを参照することに着目した。そして、本発明者らは、この内部インピーダンスの大きさに基づいてアノード極の触媒酸化の進行具合を診断して、燃料電池システム100におけるEAP処理の実施判断を行うという着想に至った。
なお、本実施形態において、周波数ωP2Aの周辺周波数とは、上述のアノード極の触媒酸化の影響をDRTスペクトルから検出可能な周波数範囲の任意の周波数を意味する。すなわち、低周波側アノード極反応抵抗ピークP2Aの広がり幅に応じた周波数ωP2Aの近傍の周波数であって、一点の周波数ωP2Aにおける内部インピーダンスZ(ωP2A)よりもアノード極の触媒酸化の変化に応じた変化量は低いものの、検出は可能である程度に内部インピーダンスZが変化し得る周波数である。また、周波数ωP3Aの周辺周波数の定義も周波数ωP2Aの周辺周波数と同様である。
以下では、記載の簡略化のため、周波数ωP2A及びその周辺周波数をまとめて「周波数ωP2A」とし、周波数ωP3A及びその周辺周波数をまとめて「周波数ωP3A」として説明を行う。すなわち、以下の説明において「周波数ωP2A」及び「周波数ωP3A」は、それぞれ、当該周波数一点のみに限定するものではなく、それぞれの周辺周波数を含みうる概念であるものとする。すなわち、本実施形態のアノード極感応周波数とは、周波数ωP2A及びその周辺周波数、又は周波数ωP3A及びその周辺周波数の一方、又はこれら双方を意味する。
そして、周波数ωP2AのDRTg(fP2A)(≒内部インピーダンスZ(ωP2A))は、アノード極の触媒酸化に起因するアノード極反応抵抗の変化にともない変化量δP2Aだけ増加する。また、周波数ωP3AのDRTg(fP3A)(≒内部インピーダンスZ(ωP3A))は、アノード極の触媒酸化に起因するアノード極反応抵抗の変化にともない変化量δP3Aだけ増加する。
さらに、内部インピーダンスZ(ωP2A)及び内部インピーダンスZ(ωP3A)は、上述のカソード極反応抵抗等のアノード極反応抵抗以外の内部インピーダンス構成要素の変動に対してはほぼ相関が無い。すなわち、アノード極反応抵抗の変化による内部インピーダンスZ(ωP2A)のδP2A及び内部インピーダンスZ(ωP3A)のδP3Aは、アノード極反応抵抗以外の内部インピーダンス構成要素と比べて非常に大きくなる。
したがって、内部インピーダンスZ(ωP2A)又は内部インピーダンスZ(ωP3A)の大きさを参照することで、アノード触媒酸化反応の進行具合を的確に診断することができ、燃料電池システム100におけるEAP処理の実施判断を適切に行うことができる。
一方で、燃料電池スタック10は、要求負荷等において内部のガス圧力やスタック温度Ts等の運転状態が種々変化する。また、燃料電池スタック10の個体差による電気化学的特性の違いも生じる。このような要因によって、上述のDRTスペクトルが種々変化することが想定される。
そして、このような変化の例として、低周波側アノード極反応抵抗ピークP2Aが低周波数側にシフトしたり、カソード極反応抵抗ピークP2cの幅が広がったりする場合がある。この結果、低周波側アノード極反応抵抗ピークP2Aは、カソード極反応抵抗ピークP2cと混ざり合うこととなる。この場合、周波数ωP2Aの内部インピーダンスZ(ωP2A)は、アノード極の酸化反応の進行情報だけでなく、アノード極の酸化反応と相関が低いカソード極反応抵抗の情報も含まれることとなる。
このような事情を考慮して、本実施形態では、カソード極反応抵抗ピークP2cからより遠い高周波側アノード極反応抵抗ピークP3Aを用いる。すなわち、周波数ωP3Aの内部インピーダンスZ(ωP3A)に基づいて、EAP処理の実施判断を行う。以下では、周波数ωP3Aの内部インピーダンスZ(ωP3A)に基づいたEAP実施判断処理の流れについて説明する。
図3は、本実施形態によるEAP実施判断処理の流れを示すフローチャートである。
ここで、本実施形態のEAP実施判断処理は、例えば、EVキーオフ信号の受信(燃料電池スタック10の運転の停止指令)をトリガとして実行される。すなわち、燃料電池スタック10の運転停止時に実行される冷却処理の前などであって、スタック温度Tsが酸化劣化点以上であるにもかかわらず、アノード極内が酸化雰囲気となる可能性のあるシーンで実行される。なお、以下のルーチンは、コントローラ80によって所定周期で繰り返し実行される。
ステップS110において、DRT解析により高周波側アノード極反応抵抗ピークP3Aに対応する周波数ωP3Aをアノード感応周波数として特定する。
図4は、アノード感応周波数である周波数ωP3Aを特定する流れを示すフローチャートである。
ステップS111において、コントローラ80は、インピーダンス計測装置64によって計測された内部インピーダンスZの計測値の内、所定周波数帯(例えば0.1Hz〜100kHz)に属する複数の周波数における内部インピーダンス計測値(以下、「内部インピーダンス計測値群」とも記載する)をメモリ等から抽出する。
ステップS112において、コントローラ80は、取得した内部インピーダンス計測値群から緩和時間の分布を演算し、当該演算値を適切な等価回路を用いて複素非線形最小二乗法によりフィッティングする。これにより、DRTg(f)を求める。すなわち、DRTg(f)が表すDRTスペクトルは、上記等価回路をモデルとする内部インピーダンス計測値群の回帰曲線に相当する。
ステップS113において、コントローラ80は、予め設定された周波数抽出プログラムに従い、得られたDRTスペクトルから周波数ωP3Aを抽出する。具体的に、コントローラ80は、先ず、高周波側アノード極反応抵抗ピークP3Aが現れる可能性が高い周波数帯100Hz〜数十kHzの範囲におけるDRTg(f)の微分値を演算する。そして、コントローラ80は、DRTg(f)の微分値がゼロ又はゼロに近い所定値以下となる周波数ωpを記録する。
さらに、コントローラ80は、記録した周波数ωpが一つのみである場合には、これを周波数ωP3Aとして抽出する。一方、コントローラ80は、記録した周波数ωpが複数ある場合には、各周波数ωpの内、2番目に小さい周波数ωpを周波数ωP3Aとして抽出する。なお、このように2番目に小さい周波数ωpを周波数ωP3Aとする理由は、周波数ωpが複数記録される場合には、最も小さい周波数ωpが低周波側アノード極反応抵抗ピークP2Aに対応する周波数ωP2Aである可能性が高く、一方で、3番目以降の周波数ωpは他の高周波数応答の内部インピーダンス構成要素である可能性が高いためである。
以上、説明したプロセスによって、高周波側アノード極反応抵抗ピークP3Aに対応する周波数ωP3Aを特定することができる。
図3に戻り、ステップS120において、コントローラ80は、アノード極反応抵抗Ra(ωP3A)を演算する。具体的に、コントローラ80は、ステップS110で抽出した周波数ωP3Aに対応する内部インピーダンスZ(ωP3A)を、上記内部インピーダンス計測値群から取得する。そして、コントローラ80は、内部インピーダンスZ(ωP3A)の絶対値を演算して、アノード極反応抵抗Raを取得する。
ステップS130において、コントローラ80は、取得したアノード極反応抵抗Raが予めメモリ等に記録された所定の閾値Rathを超えるか否かを判定する。ここで、閾値Rathは、アノード極の触媒酸化がEAP処理の実行を必要とする程度に進行しているか否かという観点から定められる。
例えば、既に説明したように、アノード極内の酸素濃度の増加(水素濃度の低下)によってアノード極反応抵抗Raは増加する。しかしながら、酸素濃度がそれほど大幅に増加しない場合には、EAP処理を実行せずとも、触媒の不可逆劣化をもたらすほど酸化反応が進行しない場合が想定される。
したがって、このようなEAP処理を実行せずとも良い場合を考慮して、予め実験等によってアノード極の触媒に悪影響を与え得る酸素濃度の増加量、及び当該酸素濃度の増加量に相当するアノード極反応抵抗Raの増加量の関係を定めておき、このアノード極反応抵抗Raの増加量に基づいて閾値Rathを定める。
そして、コントローラ80は、アノード極反応抵抗Raが閾値Rathを超えていると判断すると、ステップS140に進む。そして、ステップS140において、コントローラ80は、アノード極の触媒酸化を抑制すべく、所定のEAP電流を設定してEAP処理を実行する。
一方で、コントローラ80は、アノード極反応抵抗Raが閾値Rath以下であると判断すると、ステップS150に進む。ステップS150では、コントローラ80は、EAP処理を実行しないか、又はすでに実行されている状態である場合にはEAP処理を停止する。
すなわち、アノード極反応抵抗Raが閾値Rath以下である場合には、EAP処理を実行せずとも触媒の不可逆劣化をもたらすほど触媒酸化が進行しないと考えられるので、この場合にはEAP処理を実行しないようにして電力消費を抑制することができる。
以上説明した本実施形態の燃料電池システム100の制御方法は、以下の作用効果を奏する。
本実施形態では、アノードガス(燃料ガス)及びカソードガス(空気)の供給を受けて発電する固体酸化物型の燃料電池としての燃料電池スタック10を有する燃料電池システム100の制御方法が提供される。
この制御方法は、燃料電池スタック10のアノード極の触媒酸化を抑制すべく燃料電池スタック10に所定の保護電流を印加するアノード極保護処理としてのEAP処理の実施判断を行うアノード極保護実施判断処理としてのEAP実施判断処理を含む。
EAP実施判断処理では、燃料電池スタック10のアノード極反応抵抗Raを検知し得るアノード感応周波数としての周波数ωP3Aにおける燃料電池スタック10の内部インピーダンスZ(ωP3A)を取得し(図3のステップS120)、取得した内部インピーダンスZ(ωP3A)に基づいて、EAP処理を実行するか否かを判断する(図3のステップS130)。
すなわち、アノード感応周波数としての周波数ωP3Aにおける内部インピーダンスZ(ωP3A)は、アノード極触媒の不可逆劣化をもたらし得るアノード極内の触媒酸化の進行状態に応じて変動することとなる。したがって、この内部インピーダンスZ(ωP3A)により、EAP処理の実行タイミングを判断することで、EAP処理を必要なタイミングで的確に実行することができ、無用なEAP処理の実行による電力消費の増大を抑制することができる。その一方で、必要な場面では適切にEAP処理を実行できるので、アノード極触媒の酸化劣化を抑制することができる。
なお、本実施形態の燃料電池システム100の制御方法において、アノード感応周波数は、アノード極反応抵抗Raの変化による内部インピーダンスZ(ωP3A)の変化量δP3A(DRTg(f)の変化量δP3A)が、所定値以上となる周波数ωP3Aである。
これにより、内部インピーダンスZ(ωP3A)は、アノード極内の触媒酸化の進行状態とより強く相関することとなる。したがって、内部インピーダンスZ(ωP3A)に基づくEAP処理の実施判断の精度をより向上させることができる。
なお、この「所定値」としては、燃料電池スタック10の構成(燃料電池セルの積層数、電極材料、及び個体差)に応じて様々な値が想定される。特に、「所定値」は、アノード極内の触媒酸化が一定以上進行してアノード極触媒の不可逆劣化が始まる前の段階で内部インピーダンスZ(ωP3A)の変化量を検出し得るように定められることが好ましい。
特に、周波数ωP3Aは、アノード極反応抵抗Raの変化による内部インピーダンスZ(ωP3A)の変化量δP3Aが、該アノード極反応抵抗Ra以外の内部インピーダンス構成要素(カソード極反応抵抗等)の変化による内部インピーダンスZ(ωP3A)の変化量と比べて大きくなる周波数である。
これにより、内部インピーダンスZ(ωP3A)には、アノード極内の触媒酸化の進行状態による影響が、これ以外の内部インピーダンス構成要素の変化による影響よりも強く反映されることとなる。したがって、内部インピーダンスZ(ωP3A)に基づくEAP処理の実施判断の精度をさらに向上させることができる。
さらに、本実施形態の内部インピーダンス構成要素は、燃料電池スタック10のカソード極反応抵抗であるカソード極反応抵抗を含む。
そして、アノード感応周波数は、内部インピーダンスZ(ω)を表すスペクトルデータとしてのDRTg(f)において、アノード極反応抵抗Raに相関する2つのピークである高周波側アノード極反応抵抗ピークP3A及び低周波側アノード極反応抵抗ピークP2Aの内の一方である高周波側アノード極反応抵抗ピークP3Aに対応する周波数ωP3Aを含む。なお、上述のように、本実施形態においてこの「周波数ωP3A」という語には、厳密に高周波側アノード極反応抵抗ピークP3Aに一致するただ一定の周波数ωP3Aだけでなく、その周辺の周波数も含まれる。
これにより、カソード極反応抵抗に対応するカソード極反応抵抗ピークP2cからより遠い側の高周波側アノード極反応抵抗ピークP3Aに対応する周波数ωP3Aの内部インピーダンスZ(ωP3A)に基づいて、EAP実施判断処理が行われることとなる。すなわち、EAP実施判断処理にあたり、カソード極反応抵抗ピークP2cの影響が含まれにくく、よりアノード極内の触媒酸化の進行が支配的となる内部インピーダンスZ(ωP3A)を用いることができる。したがって、燃料電池スタック10の運転状態や個体差等の要因でカソード極反応抵抗ピークP2cが広がった場合でも、高精度にアノード極の触媒酸化を検出することができるので、EAP実施判断処理の精度をより向上させることができる。
また、本実施形態の燃料電池システム100の制御方法では、周波数ωP3Aを特定するアノード感応周波数特定処理(図3のステップS110参照)を実行する。より具体的には、コントローラ80が、アノード感応周波数を特定する処理を行うようにプログラムされている。すなわち、車両に搭載された燃料電池システム100においても、EAP実施判断処理を行うための適切な内部インピーダンスZ(ω)の周波数ωP3Aをリアルタイムで取得することができる。
また、本実施形態では、アノード極反応抵抗Raが所定の閾値Rathよりも高い場合に、EAP実施判断処理を実行する。特に、閾値Rathを燃料電池スタック10の個体差等による電気化学特性の違いなどに応じて適切に設定することで、EAP実施判断処理をより適切に行うことができる。
さらに、本実施形態では、EAP実施判断処理を、燃料電池スタック10の運転の停止時に実行する。より具体的には、コントローラ80は、燃料電池の運転の停止指令であるEVキーオフ信号を受信したときに、EAP実施判断処理を行うようにプログラムされている。
これにより、特にアノード極触媒の酸化劣化が起こり得る可能性の高い燃料電池スタック10の運転停止時のシーンにおいてEAP実施判断処理を行うことができるので、アノード極触媒の不可逆的な酸化劣化の発生をより確実に防止することができる。
そして、本実施形態の燃料電池システム100は、水素ガス及び空気の供給を受けて発電する固体酸化物型の燃料電池としての燃料電池スタック10と、燃料電池スタック10のアノード極の触媒酸化を抑制するための保護電流を燃料電池スタック10に印加する保護電流印加装置としてのDCDCコンバータ61と、燃料電池スタック10の内部インピーダンスZ(ω)を計測するインピーダンス計測装置64と、インピーダンス計測装置64により計測された内部インピーダンスZ(ω)に基づいてDCDCコンバータ61を制御して上記保護電流を印加させるEAP処理を実行するコントローラ80と、を有する。
そして、コントローラ80は、アノード極反応抵抗Raを検知し得るアノード感応周波数としての周波数ωP3Aにおける燃料電池スタック10の内部インピーダンスZ(ωP3A)を取得し(図3のステップS120)、周波数ωP3Aの内部インピーダンスZ(ωP3A)に基づいて、EAP処理を実行するか否かを判断するEAP実施判断処理(図3のステップS130)を実行するようにプログラムされている。
これにより、EAP処理を必要なタイミングで的確に実行することができるので、無用なEAP処理の実行による電力消費の増大を抑制することができるとともに、必要な場面では適切にEAP処理を実行してアノード極触媒の酸化劣化を抑制することができる。
(第2実施形態)
以下、第2実施形態について説明する。なお、第1実施形態と同様の要素には同一の符号を付し、その説明を省略する。本実施形態では、特に、低周波側アノード極反応抵抗ピークP2Aに対応する周波数ωP2Aの内部インピーダンスZ(ωP2A)に基づいて、EAP実施判断処理を行う例について説明する。
図5は、一般的な構成の燃料電池スタック10のDRTスペクトルの一例を示している。なお、図5に示すDRTスペクトルは、以下の流れで取得されたものである。
(i)スタック温度Tsを750℃、及び燃料電池スタック10開回路状態(OCV)に設定する。
(ii)燃料電池スタック10のアノード極内の水素濃度を不活性ガス(窒素ガス)でバランスさせつつ変化させながら、100kHz〜0.1Hzの計測周波数範囲で内部インピーダンスZを計測する。すなわち、アノード極内の水素及び窒素以外の空気等の含有量は固定される。なお、この内部インピーダンスZの計測は、水素濃度が65%、30%、20%、15%、及び10%のときに行う。
(iii)水素濃度ごとに、複数点(例えば120点以上)の計測周波数の内部インピーダンスZからコールコールプロットを作成する。
(iv)得られた水素濃度ごとの内部インピーダンスZのデータから緩和時間の分布を計算して、複素非線形最小二乗法でフィッティングし、図5に示すDRTスペクトルを得る。
図5においては、水素濃度65%のスペクトルS1、30%のスペクトルS2、20%のスペクトルS3、15%のスペクトルS4、及び10%のスペクトルS5を、それぞれ、実線、破線、点線、一点鎖線、及び2点鎖線で示す。すなわち、各スペクトルS1〜S5は、アノード極内の水素濃度がこの順で低くなっている。したがって、アノード極内の水素濃度が、スペクトルS1〜S5の順で低くなるにしたがい、アノード極内の水素ガスに対する酸素の割合が増加することとなり、アノード極の反応抵抗が大きくなる。すなわち、図5のスペクトルS1〜S5は、おおよそ、アノード極の触媒酸化が発生する可能性がこの順で高くなるものとみなすことができる。
図5に示すDRTスペクトルにおいて、スペクトルS1の低周波側アノード極反応抵抗ピークP2Aが100Hz付近に現れており、スペクトルS2〜S5の低周波側アノード極反応抵抗ピークP2Aは10Hz〜100Hzの間に現れる。一方、スペクトルS1〜S5の高周波側アノード極反応抵抗ピークP3Aは全て、100Hz〜1kHzの間に現れる。
そして、このDRTスペクトルにおいて、低周波側アノード極反応抵抗ピークP2A及び高周波側アノード極反応抵抗ピークP3Aは、双方とも、スペクトルS1からスペクトルS5に移行するにしたがって、すなわちアノード極の触媒酸化が進行するにつれて、高くなる傾向を示している。
一方、図5に示す全てのスペクトルS1〜S5の低周波側アノード極反応抵抗ピークP2Aは、カソード極反応抵抗ピークP2cとオーバーラップしている。これにより、第1実施形態でも説明したように、低周波側アノード極反応抵抗ピークP2Aには、アノード極の触媒酸化の進行情報だけではなく、カソード極反応抵抗の情報も含まれる。したがって、カソード極内の酸素分圧が要求より不足することでカソード極内の酸化反応が阻害されるような場合、アノード極の触媒酸化の進行していなくとも、低周波側アノード極反応抵抗ピークP2Aの対応する周波数ωP2Aにおける内部インピーダンスZ(ωP2A)の値が上昇してしまうことが想定される。
このような状況を想定して第1実施形態では、高周波側アノード極反応抵抗ピークP3Aに対応する周波数ωP3Aの内部インピーダンスZ(ωP3A)に基づいて、EAP処理の実施判断を行う例を説明した。
しかしながら、図5に示されているように、高周波側アノード極反応抵抗ピークP3Aは、カソード極反応抵抗の影響がより排除されている一方で、アノード極の触媒酸化の進行に対する変化量が低周波側アノード極反応抵抗ピークP2Aに比べて少ない。
したがって、燃料電池スタック10の運転状態等に応じた所定の電気化学特性によっては、アノード極の触媒酸化が進行しても、その影響が高周波側アノード極反応抵抗ピークP3Aに基づく内部インピーダンスZ(ωP3A)の変化に必ずしも明確に現れるとはいえない。
このような状況に対して本発明者らは、燃料電池スタック10の運転の停止時や起動時等のアノード極の触媒酸化が懸念される場面においては、カソード極内の酸素分圧がカソード極反応抵抗ピークP2cの高さを大きく変動させるほど低下する可能性が低いことに着目し、敢えて、カソード極反応抵抗ピークP2cに近い低周波側アノード極反応抵抗ピークP2Aに基づく内部インピーダンスZ(ωP2A)でEAP実施判断処理を行うことに想到した。
より詳細には、非特許文献1の45ページの図24(b)等の従来技術から得られる知見に基づくと、カソード極反応抵抗ピークP2cは、カソード極内の酸素分圧が0.21atmから0.02atmの範囲でその高さが大きくは変化しない傾向にある。特に、0.21atmから0.05atmの範囲では、カソード極反応抵抗ピークP2cの高さはほぼ同程度となる傾向にある。
一方で、燃料電池スタック10の運転の停止時や起動時等のアノード極の触媒酸化が懸念されるシーン(EAP実施判断処理を行うべきシーン)では、既に説明したようにアノード排ガス排出通路51からのアノード極内へのガスの逆流や、カソード極内の空気がアノード極内へ逆拡散が発生している状況である。すなわち、むしろカソード極内の空気が豊富である状況であるため、酸素分圧が0.05atmを下回るという状況が起こり難い。
したがって、EAP実施判断処理を行うべきシーンにおいて、低周波側アノード極反応抵抗ピークP2Aに基づく内部インピーダンスZ(ωP2A)は、実質的にカソード極反応抵抗に影響されず、アノード極の触媒酸化の進行のみに応じて変化することとなる。特に図5からも明らかなように、この低周波側アノード極反応抵抗ピークP2Aは、アノード極触媒の酸化の進行にともなう変化量が、高周波側アノード極反応抵抗ピークP3Aの変化量と比べて大きい。したがって、本実施形態では、内部インピーダンスZ(ωP2A)を用いることで、内部インピーダンスZ(ωP3A)を用いる場合に比べてアノード極の触媒酸化の進行状態をより高精度に検出することができるので、EAP実施判断処理の精度をより向上させることができる。
図6は、本実施形態によるEAP実施判断処理の流れを示すフローチャートである。また、図7は、本実施形態のアノード感応周波数である周波数ωP2Aを特定する流れを示すフローチャートである。なお、本実施形態では、基本的に第1実施形態の図3及び図4で説明した流れと同様の流れでEAP実施判断処理を行うので、第1実施形態と同様の工程のステップには同一のステップ番号を付している。
先ず、ステップS110´において、DRT解析により低周波側アノード極反応抵抗ピークP2Aに対応する周波数ωP2Aをアノード感応周波数として特定する。
具体的に図7に示すように、第1実施形態と同様にステップS111の内部インピーダンス計測値群の抽出、及びステップS112のDRTg(f)の算出を行う。
そして、本実施形態では、ステップS113´において、予め設定された周波数抽出プログラムにしたがって、得られたDRTスペクトルから周波数ωP2Aを抽出する。
より詳細には、コントローラ80は、先ず、低周波側アノード極反応抵抗ピークP2Aが現れる可能性が高い10Hz〜1kHzの周波数帯におけるDRTg(f)の微分値を演算する。そして、コントローラ80は、DRTg(f)の微分値がゼロ又はゼロに近い所定値以下となる周波数ωpを記録する。さらに、コントローラ80は、記録した周波数ωpが一つのみである場合には、これを周波数ωP2Aとして抽出する。一方、記録した周波数ωpが複数ある場合には、各周波数ωpの内、一番小さい周波数ωpを周波数ωP2Aとして抽出する。
なお、図5に示す例では、低周波側アノード極反応抵抗ピークP2Aは、アノード極の触媒酸化が進行するにつれて低周波数側にシフトしている(図5の白抜き点線矢印で示す)。このような低周波側アノード極反応抵抗ピークP2Aのシフト現象が生じる明確な理由は不明であるものの、このようなシフト現象が生じても低周波側アノード極反応抵抗ピークP2Aに対応する周波数ωP2Aは、ほぼ10Hz以上となる。
したがって、上述のように、10Hz〜1kHzの周波数帯のDRTg(f)の微分値がゼロ又はゼロに近い所定値以下となる周波数ωpの内、一番小さいものを周波数ωP2Aとして抽出していれば、アノード極の触媒酸化の進行状態にかかわらず(図5のスペクトルS1〜S5のいずれの状態であっても)、低周波側アノード極反応抵抗ピークP2Aの周波数ωP2Aを高精度に特定することができる。
そして、低周波側アノード極反応抵抗ピークP2Aに対応する周波数ωP2Aを特定した後は、図6のステップS120以降の処理を第1実施形態と同様に実行する。なお、既に述べた理由により、カソード極反応抵抗が変化しても内部インピーダンスZ(ωP2A)の値は実質的に変化しないとみなすことができる。その一方で、内部インピーダンスZ(ωP2A)にはカソード極内の酸素濃度が不足していない定常状態のときのカソード極反応抵抗の値は含まれるので、その分、内部インピーダンスZ(ωP2A)に基づいて算出されるアノード極反応抵抗Raは理論的な値と比べて大きくなると考えられる。したがって、アノード極反応抵抗Raにこの定常状態におけるカソード極反応抵抗が含まれることを考慮して、閾値Rathを当該定常状態におけるカソード極反応抵抗の分高く設定しておくことで、EAP実施判断処理の精度をより向上させることができる。
以上説明した本実施形態の燃料電池システム100の制御方法は、以下の作用効果を奏する。
本実施形態の内部インピーダンス構成要素は、燃料電池スタック10のカソード極反応抵抗であるカソード極反応抵抗を含む。
そして、アノード感応周波数は、内部インピーダンスZ(ω)を表すスペクトルデータとしてのDRTg(f)において、アノード極反応抵抗Raに相関する2つのピークである高周波側アノード極反応抵抗ピークP3A及び低周波側アノード極反応抵抗ピークP2Aの内、カソード極反応抵抗に相関するピークであるカソード極反応抵抗ピークP2cに近い低周波側アノード極反応抵抗ピークP2Aに対応する周波数ωP2Aを含む。
これによれば、カソード極内の酸素分圧が大きく低下しないと考えられるアノード極の触媒酸化が懸念されるシーンにおいて、実質的にカソード極反応抵抗の変化の影響が排除された周波数ωP2Aの内部インピーダンスZ(ωP2A)に基づいてEAP実施判断処理を行うことができる。さらに、低周波側アノード極反応抵抗ピークP2Aは高周波側アノード極反応抵抗ピークP3Aと比べて、アノード極の触媒酸化の進行に対する相関(感度)がより高い。
したがって、低周波側アノード極反応抵抗ピークP2Aに対応する周波数ωP2Aをアノード感応周波数とした内部インピーダンスZ(ω P2A )を用いることで、EAP実施判断処理をより高精度に実行することができる。
(第3実施形態)
以下、第3実施形態について説明する。なお、第1実施形態又は第2実施形態と同様の要素には同一の符号を付し、その説明を省略する。特に、本実施形態では、EAP処理を実行するか否かの判断を、アノード極反応抵抗Raの定常状態における値(所定の基準値)に対する現在のアノード極反応抵抗Raの増加倍率ΔRa(ΔRa={Ra/Ra0})と所定の閾値ΔRathとの大小比較に基づいて行う。なお、以下では、アノード極反応抵抗Raの定常状態における値を、単に「基準アノード極反応抵抗Ra0」とも記載する。
なお、本実施形態の態様は、アノード感応周波数として、低周波側アノード極反応抵抗ピークP2Aに対応する周波数ωP2A及び高周波側アノード極反応抵抗ピークP3Aに対応する周波数ωP3Aのいずれの内部インピーダンスZ(ωP2A)、Z(ωP3A)に基づくEAP実施判断に対しても成立する。
そこで、記載の簡略化の観点から、図8及び以下の説明においては、周波数ωP2Aの内部インピーダンスZ(ωP2A)に基づくEAP実施判断(第2実施形態)をベースとした態様のみに絞って説明する。しかしながら、本実施形態は周波数ωP3Aの内部インピーダンスZ(ωP3A)に基づくEAP実施判断(第1実施形態)の態様を排除するものではない。
図8は、本実施形態によるEAP実施判断処理の流れを示すフローチャートである。図示のように、第2実施形態と同様にステップS110´及びステップS120の処理を実行する。
そして、ステップS125において、コントローラ80は、上述の増加倍率ΔRaを演算する。具体的には、コントローラ80は、メモリ等に予め記録された上記基準アノード極反応抵抗Ra0を読み出し、ステップS120で演算したアノード極反応抵抗Raをこの基準アノード極反応抵抗Ra0で除して増加倍率ΔRaを算出する。すなわち、ΔRa=Ra/Ra0である。
ここで、基準アノード極反応抵抗Ra0は、例えば燃料電池スタック10の定常状態におけるアノード極反応抵抗Raの値であり、燃料電池スタック10の仕様等に応じて予め実験的に定められる。
さらに、「燃料電池スタック10の定常状態におけるアノード極反応抵抗Ra」とは、アノード極内が十分に還元雰囲気に保たれていてアノード極の触媒酸化が生じておらず、スタック温度Tsが燃料電池スタック10の適正作動温度(例えば700℃〜900℃)である場合における燃料電池スタック10の開回路状態の内部インピーダンスである。
ステップS130において、コントローラ80は、ステップS125で求めた増加倍率ΔRaが予めメモリ等に記録された所定の閾値ΔRathを超えるか否かを判定する。
ここで、閾値ΔRathは、燃料電池スタック10の定常状態と比べて、EAP処理の実行を必要とする程度にアノード極の触媒酸化が進行しているか否かという観点から定められる。
例えば、閾値ΔRathは、燃料電池スタック10の積層数や構成材料等の仕様、及び個体差などに応じて個別に、アノード極の触媒酸化が不可逆劣化に至らないように安全マージンをとりつつも、できるだけ大きい増加倍率ΔRaが許容されるように定められる。
そして、コントローラ80は、増加倍率ΔRaが閾値ΔRathを超えていると判断すると、ステップS140に進み、EAP処理を実行する。一方で、コントローラ80は、増加倍率ΔRaが閾値ΔRath以下であると判断すると、ステップS150に進み、EAP処理を実行しないか、又は既に実行されている状態である場合にはEAP処理を停止する。
なお、第2実施形態で説明したように、内部インピーダンスZ(ωP2A)に基づいて算出されるアノード極反応抵抗Raは定常状態のときのカソード極反応抵抗の値は含まれているので、理論的な値と比べて大きくなると考えられる。しかし、定常状態のときのカソード極反応抵抗はアノード極反応抵抗Raと比べて小さい。また、第2実施形態で説明した理由によりカソード極反応抵抗は実質的に変化しないので、増加倍率ΔRaは、実質的にアノード極反応抵抗Raの変化のみに依存することとなる。したがって、定常状態のときのカソード極反応抵抗の影響を考慮することなく、閾値ΔRathを設定しても、EAP実施判断処理の精度を高精度に維持することができる。
以上説明した本実施形態の燃料電池システム100の制御方法は、以下の作用効果を奏する。
本実施形態の燃料電池システム100の制御方法は、アノード極保護実施判断処理では、アノード感応周波数の内部インピーダンスZ(ωP2A)に基づいて、アノード極反応抵抗Raを推定し、推定したアノード極反応抵抗Raの所定の基準値である基準アノード極反応抵抗Ra0に対する増加倍率ΔRaを演算する。そして、増加倍率ΔRaが閾値ΔRathよりも高い場合に、EAP処理を実行すると判断する。
これにより、燃料電池スタック10の積層数や構成材料等の仕様、及び個体差などに応じて個別に、定常状態(アノード極の触媒酸化が進行していない状態)における基準アノード極反応抵抗Ra0を設定し、これに基づいてEAP処理を実行することができる。したがって、燃料電池スタック10の積層数や構成材料等の仕様、及び個体差などに応じた基準アノード極反応抵抗Ra0のバラツキを考慮しつつ、EAP処理の実施判断を行うことができるので、より適切なタイミングでEAP処理を実行することができる。
(第4実施形態)
以下、第4実施形態について説明する。なお、第1〜第3実施形態と同様の要素には同一の符号を付し、その説明を省略する。特に、本実施形態では、EAP処理を実行すると判断された後(図3及び図6のステップS130)、ステップS140においてEAP処理を実行する際のEAP処理における印加電圧(EAP電流)をアノード極反応抵抗Raに基づいて調節する。
なお、本実施形態では、第2実施形態における周波数ωP2Aの内部インピーダンスZ(ωP2A)に基づくEAP実施判断においてEAP処理を実行すると判断された以降のEAP処理について説明する。しかしながら、本実施形態は、第1実施形態における周波数ωP3Aの内部インピーダンスZ(ωP3A)に基づくEAP実施判断においてEAP処理を実行すると判断された以降のEAP処理に適用することもできる。
図9は、本実施形態のEAP処理の流れを示すフローチャートである。
図示のように、本実施形態のステップS140におけるEAP処理では、コントローラ80は、ステップS141においてEAP電流を算出する。具体的には、図6のステップS120で算出されたアノード極反応抵抗Raと所定の閾値R´athの差に基づいて、EAP電流を定める。
ここで、閾値R´athは、例えば、アノード極の触媒酸化が触媒の不可逆劣化をもたらすほど進行しないようにアノード極内の還元雰囲気を保つという観点から、適切なEAP設定電流として定めることができる。すなわち、閾値R´athは、アノード極反応抵抗Raが当該閾値R´athを超えていない場合にはアノード極内が好適に還元雰囲気に維持されていると判断できるに足る指標として適切に定められる。閾値R´athは、コントローラ80のメモリ等に記録される。
なお、閾値R´athは、EAP処理実施判断における図6のステップS130で用いた閾値Rathと同じ値であっても良いし、異なる値でも良い。特に、異なる値である場合には、閾値R´athを閾値Rathよりも低く設定することで、EAP電流が相対的に高く設定されることとなり、アノード極内をより確実に還元雰囲気に保つことができる。
ステップS142において、コントローラ80はEAP処理を開始する。具体的には、コントローラ80は、燃料電池スタック10に供給されるように、DCDCコンバータ61を制御して燃料電池スタック10への供給電流を、ステップS141で設定されたEAP電流に調節する。これにより、燃料電池スタック10には、設定されたEAP電流に応じた逆電圧が印加されることとなる。
ステップS143において、コントローラ80は、アノード極反応抵抗Raが閾値R´athを超えるか否かを判定する。そして、コントローラ80は、アノード極反応抵抗Raが閾値R´athを超えていないと判定すると、ステップS144に進み、EAP処理を停止する。一方で、コントローラ80は、アノード極反応抵抗Raが閾値R´athを超えていると判定すると、ステップS141以降の処理を繰り返す。
以上説明した本実施形態の燃料電池システム100の制御方法は、以下の作用効果を奏する。
本実施形態の燃料電池システム100は、EAP実施判断処理においてEAP処理を実行すると判断された場合(図6のステップS130のYes)に、燃料電池スタック10に印加する保護電流を調節する保護電流調節処理としてのEAP電流算出処理(図9のステップS141)を含む。
そして、EAP電流算出処理では、アノード感応周波数の内部インピーダンスZ(ωP2A)に基づいて推定されたアノード極反応抵抗Raと所定の閾値R´athとの差に基づいて保護電流の大きさ(EAP電流)を決定する。
これにより、EAP処理を実行する場面において、アノード極内の触媒酸化の進行状態に応じて触媒の酸化劣化を抑制する機能を果たしつつ、過剰な電力消費を抑制観点からEAP電流を適切に設定することができる。
なお、本実施形態では、上述のように、アノード感応周波数の内部インピーダンスZ(ωP2A)に基づいて推定されたアノード極反応抵抗Raと所定の閾値R´athとの差に基づいてEAP電流を設定している。一方で、これに代えて、第3実施形態で説明した増加倍率ΔRaと所定の閾値ΔR´athとの差に基づいてEAP電流を設定しても良い。
(第5実施形態)
以下、第5実施形態について説明する。なお、第1〜第4実施形態と同様の要素には同一の符号を付し、その説明を省略する。特に、本実施形態では、スタック温度Tsに基づいてアノード感応周波数を補正する例について説明する。
図10は、燃料電池スタック10のDRTスペクトルにおける低周波側アノード極反応抵抗ピークP2A及び高周波側アノード極反応抵抗ピークP3Aの位置の温度依存性を説明する図である。
図示のように、低周波側アノード極反応抵抗ピークP2A及び高周波側アノード極反応抵抗ピークP3Aの位置は、スタック温度Tsが高くなるほど高周波数側にシフトする。すなわち、低周波側アノード極反応抵抗ピークP2A及び高周波側アノード極反応抵抗ピークP3Aにそれぞれ対応する周波数ωP2A及び周波数ωP3Aは、スタック温度Tsが高くなるにつれて大きくなる。この現象を考慮して、本実施形態では、EAP実施判断に用いる内部インピーダンスZの周波数を補正する。
なお、以下では、説明の簡略化のため、周波数ωP2A及び周波数ωP3Aをまとめて周波数ωPAと記載する。
本実施形態で、図4のステップS110及び図7のステップS110´における周波数の特定に際して、スタック温度Tsを考慮して補正された補正周波数ω´PAを抽出する。以下、より詳細に説明する。
図11は、本実施形態において内部インピーダンスZを取得する周波数を特定する処理の流れを示すフローチャートである。
図示のように、本実施形態でも第1実施形態と同様にステップS111及びステップS112を経てDRTg(f)を求める。
ステップS113´´において、コントローラ80は、得られたDRTスペクトルから第1実施形態又は第2実施形態と同様の方法で周波数ωPAを抽出する。
ステップS114において、コントローラ80は、抽出された周波数ωPAに、スタック温度Tsに応じた補正係数K(Tst)を乗じて補正周波数ω´PAを算出する。補正係数K(Tst)は、スタック温度Tsが高くなるにつれて高い値となるように定められる。
なお、補正係数K(Tst)は、例えば、スタック温度Tsと低周波側アノード極反応抵抗ピークP2A又は高周波側アノード極反応抵抗ピークP3Aのシフト量(シフトする周波数の値)の関係を示すマップを予め実験等により定め、当該マップに基づいてスタック温度Tsの検出値から算出できる。
そして、コントローラ80は、得られた補正周波数ω´PAに基づいて、図3、図6、又は図8で説明したステップS120以降の処理を実行する。すなわち、コントローラ80は、内部インピーダンスZ(ω´PA)に基づいてEAP処理の実施判断を行う。
以上説明した本実施形態の燃料電池システム100の制御方法は、以下の作用効果を奏する。
本実施形態では、EAP実施判断処理では、アノード感応周波数の内部インピーダンスZ(ωPA)に加えてスタック温度Tsを考慮して、EAP処理を実行するか否かを判断する。特に、本実施形態では、スタック温度Tsの変化に応じて補正された補正周波数ω´PAの内部インピーダンスZ(ω´PA)に基づいて、EAP処理を実行するか否かを判断する。
これにより、スタック温度Tsの変化に応じて低周波側アノード極反応抵抗ピークP2A及び高周波側アノード極反応抵抗ピークP3Aがシフトする場合でも、これに併せて調節された補正周波数ω´PAの内部インピーダンスZ(ω´PA)に基づいて、EAP処理の実施判断が行われるので、当該実施判断の精度をより向上させることができる。
なお、図10を参照すると理解されるように、スタック温度Tsが変化すると低周波側アノード極反応抵抗ピークP2A及び高周波側アノード極反応抵抗ピークP3Aがシフトするだけでなく、これらの高さも変化する。特に、スタック温度Tsが高くなるほどピークの高さが低くなる傾向にある。したがって、スタック温度Tsの変化に応じてアノード極反応抵抗Ra又は増加倍率ΔRaと比較する閾値Rath又は閾値ΔRathを変化させるようにしても良い。より詳細には、スタック温度Tsが高くなるほど閾値Rath又は閾値ΔRathを低く設定するようにしても良い。
さらに、本実施形態のEAP実施判断処理において、コントローラ80は、スタック温度Tsが酸化劣化点を下回ったら、理論上アノード極触媒の酸化反応が生じないことを加味し、内部インピーダンスZの値にかかわらず、EAP処理を停止するようにしても良い。
以上、本発明の実施形態について説明したが、上記実施形態は本発明の適用例の一部を示したに過ぎず、本発明の技術的範囲を上記実施形態の具体的構成に限定する趣旨ではない。
例えば、EAP実施判断に用いる内部インピーダンスZの周波数ωP2A又は周波数ωP3Aを特定する処理(図4又は図7等参照)を予め行い、特定された周波数ωP2A又は周波数ωP3Aをコントローラ80のメモリ等に記憶させておいても良い。これにより、EAP実施判断処理においてDRT解析を行うことなく、EAP処理の実施判断を行うことも可能である。
また、図3のステップS120におけるアノード極反応抵抗Raは、内部インピーダンスZの絶対値をとる方法以外にも、当該内部インピーダンスZから他の種々の方法で求めるようにしても良い。
例えば、上記各実施形態では、燃料電池スタック10の内部インピーダンスZ(ω)を用いてEAP実施判断処理を実行しているが、燃料電池スタック10を構成する一つの燃料電池セルの内部インピーダンス、又は複数の燃料電池セルの内部インピーダンスの代表値若しくは平均値等を用いてEAP実施判断処理を実行するようにしても良い。
また、上記各実施形態における図4等に示す周波数ωP2A又は周波数ωP3Aの特定において、内部インピーダンス計測値群を取得する所定周波数帯は、目的とする低周波側アノード極反応抵抗ピークP2Aに対応する周波数ω P2A 、及び高周波側アノード極反応抵抗ピークP3A対応する周波数ωP3Aが存在すると考えられる周波数に応じて適宜変更しても良い。例えば、これらピークが0.1Hz〜10Hzの間のような極低周波数帯や10kHz以上の高周波数帯には存在しない可能性が高いと考えられる場合、内部インピーダンス計測値群を取得する周波数帯を10Hz〜1kHzに設定しても良い。
これにより、計測に時間のかかる極低周波数帯の内部インピーダンスを加味しなくて済むので、コントローラ80が図3等に示すEAP実施判断処理を行う演算周期を短縮することができ、EAP実施判断のさらなる精度の向上につながることとなる。また、接触抵抗等のアノード極反応抵抗以外の内部インピーダンス構成要素の影響を含む高周波数帯の内部インピーダンスを加味しなくて済むので、周波数ωP2A又は周波数ωP3Aの特定が容易になる。
さらに、上記各実施形態では、図3等に示すEAP実施判断処理を燃料電池スタック10の運転の停止時に行う例を中心に説明した。しかしながら、例えば、燃料電池スタック10の起動時(運転開始時)やEAP処理に係る逆電流の印加を阻害しない程度の低負荷運転時等のアノード極の触媒酸化が進行しやすい任意の場面で上記EAP実施判断処理を行っても良い。
例えば、燃料電池システム100の運転状態(EVキーがオン状態)であるが、燃料電池スタック10からバッテリ62及び駆動モータ63への供給電力が実質的に無いか、バッテリ62及び駆動モータ63からの要求電力に対して低い場合(アイドルストップ状態である場合)に、スタック温度Tsが酸化劣化点よりも高いにもかかわらず、燃料電池スタック10への燃料ガスの供給量が低下することで逆拡散や逆流が発生しやすくなり、アノード極内が酸化雰囲気となることが考えられる。
また、EVキーのオフ信号の受信(燃料電池スタック10の起動指令)をトリガとして実行される燃料電池スタック10の起動処理シーケンスにおいて、スタック温度Tsを速やかに動作温度に到達させるべく起動燃焼機構30等により燃料電池スタック10を加熱させる場合において、スタック温度Tsが酸化劣化点を超えるにもかかわらず、改質器28が十分に高温になっておらず、アノード極への燃料ガスの供給量が不足してアノード極内が酸化雰囲気になることが想定される。
したがって、これらのアイドルストップ時や起動時等のアノード極内が比較的酸化雰囲気となりやすいシーンで上記各実施形態のEAP実施判断処理を行えば、無用なEAP処理の実行による電力消費の増大を抑制しつつ適切にEAP処理を実行することができる。
また、上記各実施形態では、低周波側アノード極反応抵抗ピークP2Aに対応する周波数ω P2A 、及び高周波側アノード極反応抵抗ピークP3Aに対応する周波数ωP3Aの一方の内部インピーダンスZに基づいて、EAP実施判断処理を行う例について説明した。しかしながら、周波数ω P2A の内部インピーダンスZ(ωP2A)及び周波数ωP3Aの内部インピーダンスZ(ω P3A )の双方に基づいて、EAP実施判断処理を行っても良い。
具体的には、例えば、内部インピーダンスZ(ωP2A)から演算されるアノード極反応抵抗Ra(ωP2A)が閾値Rath(ωP2A)を越え、且つ内部インピーダンスZ(ωP3A)から演算されるアノード極反応抵抗Ra(ωP3A)が閾値Rath(ωP3A)を越えた場合にEAP処理を実行し、そうでないときにEAP処理を実行しない若しくは停止するようにしても良い。これにより、例えば計測系の誤差などのアノード極の触媒酸化の以外の要因によって、内部インピーダンスZ(ωP2A)及び内部インピーダンスZ(ωP3A)のいずれかが値が変動した場合であっても、EAP実施判断においてもう一方の値も参照されるので、EAP実施判断の精度をより向上させることができる。
さらに、この場合、閾値Rath(ωP2A)と閾値Rath(ωP3A)を同一の値に設定しても良いし、相互に異なる値を設定しても良い。例えば、第2実施形態で説明したように、高周波側アノード極反応抵抗ピークP3Aは、低周波側アノード極反応抵抗ピークP2Aと比べてアノード極の触媒酸化の進行に対する感度が高いので、これを考慮し、閾値Rath(ωP3A)を閾値Rath(ωP2A)と比べて小さく設定するようにしても良い。
また、内部インピーダンスZ(ωP2A)から演算されるアノード極反応抵抗Ra(ωP2A)の増加倍率ΔRa(ωP2A)が閾値ΔRath(ωP2A)を越え、且つ内部インピーダンスZ(ωP3A)から演算されるアノード極反応抵抗Ra(ωP3A)の増加倍率ΔRa(ωP3A)が閾値ΔRath(ωP3A)を越えた場合にEAP処理を実行し、そうでないときにEAP処理を実行しない若しくは停止するようにしても良い。
さらに、上記各実施形態の閾値Rath、閾値ΔRath、及び基準アノード極反応抵抗Ra0については、予め定められた値を用いる例を中心に説明した。しかしながら、これら値が、燃料電池システム100や燃料電池スタック10の運転過程において所定の学習制御などに基づいて適宜調節されるようにしても良い。
また、上記各実施形態は、任意に組み合わせが可能である。