[リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の検出方法]
1実施形態において、本発明は、細胞中の、CDK4、MEK、ERK、Cdadc1homolog、C87436及びAbhd2からなる群より選択される少なくとも1つの因子の活性化状態を検出する工程を有する、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の検出方法を提供する。
後述するように、発明者らは、アポトーシス、ネクローシス、オートファジー性細胞死、ネクトローシスとは明確に異なる新規の経路による細胞死(リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死)を見出した。更に、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の実行因子に、CDK4、MEK、ERK、Cdadc1homolog、C87436及びAbhd2が含まれることを明らかにした。
したがって、これらの因子の活性化状態を検出することにより、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死を検出することができる。本実施形態の方法により、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が進行中であるか否かを検出することもできるし、細胞死が生じた後に当該細胞死がリン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死経路を介していたか否かを判断することもできる。
上記因子の活性化状態の検出は、例えば、上記因子の細胞内の局在状態を測定すること、上記因子のmRNAレベルでの発現量を測定すること、上記因子のタンパク質レベルでの発現量を測定すること、上記因子のリン酸化率を測定すること及び上記因子の発現抑制による細胞死の抑制を測定することからなる群より選択される少なくとも1つにより行うことができる。
細胞内の局在状態は、例えば、対象の細胞を固定し、上記因子に対する蛍光標識抗体で染色し、蛍光顕微鏡で観察することにより、測定することができる。あるいは、対象細胞内で、上記因子と蛍光タンパク質との融合タンパクを発現させ、融合タンパク質の蛍光を蛍光顕微鏡で観察することにより、上記因子の細胞内の局在状態を測定することができる。ここで、蛍光タンパク質としては、緑色蛍光タンパク質(GFP)、青色蛍光タンパク質(BFP)、黄色蛍光タンパク質(YFP)、シアン蛍光タンパク質(CFP)、赤色蛍光タンパク質(RFP)等が挙げられる。
上記因子の細胞内の局在状態の測定の結果、例えば、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が進行中でない正常細胞と比較して、上記因子の局在状態に変化が認められた場合に、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死を検出することができる。
上記因子のmRNAレベルでの発現量は、例えば、リアルタイムPCR、ノーザンブロッティング等により測定することができる。例えば、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が進行中でない正常細胞と比較して、上記因子のmRNAレベルでの発現量に変化が認められた場合に、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死を検出することができる。
上記因子のタンパク質レベルでの発現量は、例えば、上記因子に対する抗体を用いたウエスタンブロッティング等により測定することができる。例えば、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が進行中でない正常細胞と比較して、上記因子のタンパク質レベルでの発現量に変化が認められた場合に、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死を検出することができる。
上記因子のリン酸化率は、例えば、リン酸化した上記因子に特異的な抗体を用いたウエスタンブロッティング等により測定することができる。例えば、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が進行中でない正常細胞と比較して、上記因子のリン酸化率に変化が認められた場合に、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死を検出することができる。
また、上記因子の発現を抑制することにより、細胞死を抑制することができた場合、当該細胞死には、上記因子が関与すると判断することができる。したがって、このような場合には、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死を検出することができる。
上記因子の発現の抑制は、例えば、上記因子に対するsiRNA、shRNA、リボザイム、アンチセンス核酸等を細胞に導入することにより行うことができる。また、細胞死の抑制の測定は、例えば、上記因子の発現抑制を行った場合と行わなかった場合における細胞の生存率を測定することにより行うことができる。細胞の生存率の測定は、例えば、MTTアッセイや顕微鏡撮影による生細胞数の変化の計算により行うことができる。
siRNA(small interfering RNA)は、RNA干渉による遺伝子サイレンシングのために用いられる21〜23塩基対の低分子2本鎖RNAである。細胞内に導入されたsiRNAは、RNA誘導サイレンシング複合体(RISC)と結合する。この複合体はsiRNAと相補的な配列を持つmRNAに結合し切断する。これにより、配列特異的に遺伝子の発現を抑制する。
siRNAは、センス鎖及びアンチセンス鎖オリゴヌクレオチドをDNA/RNA自動合成機でそれぞれ合成し、例えば、適当なアニーリング緩衝液中、約90〜約95℃で約1分程度変性させた後、約30〜70℃で約1〜8時間アニーリングさせることにより調製することができる。
shRNA(short hairpin RNA)は、RNA干渉による遺伝子サイレンシングのために用いられるヘアピン型のRNA配列である。shRNAは、ベクターによって細胞に導入し、U6プロモーター又はH1プロモーターで発現させてもよいし、shRNA配列を有するオリゴヌクレオチドをDNA/RNA自動合成機で合成し、siRNAと同様の方法によりセルフアニーリングさせることによって調製してもよい。細胞内に導入されたshRNAのヘアピン構造は、siRNAへと切断され、RNA誘導サイレンシング複合体(RISC)と結合する。この複合体はsiRNAと相補的な配列を持つmRNAに結合し切断する。これにより、配列特異的に遺伝子の発現を抑制する。
リボザイムは、触媒活性を有するRNAである。リボザイムには種々の活性を有するものがあるが、RNAを切断する酵素としてのリボザイムの研究により、RNAの部位特異的な切断を目的とするリボザイムの設計が可能となっている。リボザイムは、グループIイントロン型、RNasePに含まれるM1RNA等の400ヌクレオチド以上の大きさのものであってもよく、ハンマーヘッド型、ヘアピン型等と呼ばれる40ヌクレオチド程度のものであってもよい。
アンチセンス核酸は、標的配列に相補的な核酸である。アンチセンス核酸は、三重鎖形成による転写開始阻害、RNAポリメラーゼによって局部的に開状ループ構造が形成された部位とのハイブリッド形成による転写抑制、合成の進みつつあるRNAとのハイブリッド形成による転写阻害、イントロンとエクソンとの接合点でのハイブリッド形成によるスプライシング抑制、スプライソソーム形成部位とのハイブリッド形成によるスプライシング抑制、mRNAとのハイブリッド形成による核から細胞質への移行抑制、キャッピング部位やポリ(A)付加部位とのハイブリッド形成によるスプライシング抑制、翻訳開始因子結合部位とのハイブリッド形成による翻訳開始抑制、開始コドン近傍のリボソーム結合部位とのハイブリッド形成による翻訳抑制、mRNAの翻訳領域やポリソーム結合部位とのハイブリッド形成によるペプチド鎖の伸長阻止、核酸とタンパク質との相互作用部位とのハイブリッド形成による遺伝子発現抑制等により、標的遺伝子の発現を抑制することができる。
本実施形態において、siRNA、shRNA、リボザイム及びアンチセンス核酸は、安定性や活性を向上させるために、種々の化学修飾を含んでいてもよい。例えば、ヌクレアーゼ等の加水分解酵素による分解を防ぐために、リン酸残基を、例えば、ホスホロチオエート(PS)、メチルホスホネート、ホスホロジチオネート等の化学修飾リン酸残基に置換してもよい。また、少なくとも一部がペプチド核酸(PNA)等の核酸類似体により構成されていてもよい。
[リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の検出用キット]
1実施形態において、本発明は、リン酸化した又はリン酸化していない、CDK4、MEK、ERK、Cdadc1homolog、C87436又はAbhd2に対する抗体;CDK4、MEK、ERK、Cdadc1homolog、C87436又はAbhd2のmRNA増幅用プライマー;あるいは、CDK4、MEK、ERK、Cdadc1homolog、C87436又はAbhd2に対する、siRNA、shRNA、リボザイム又はアンチセンス核酸;を含む、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の検出用キットを提供する。
リン酸化した又はリン酸化していない上記因子に対する抗体は、上記因子の細胞内の局在状態の測定、上記因子のタンパク質レベルでの発現量の測定、上記因子のリン酸化率の測定等に好適である。
上記因子のmRNA増幅用プライマーは、上記因子のmRNAレベルでの発現量の測定等に好適である。
上記因子に対する、siRNA、shRNA、リボザイム又はアンチセンス核酸は、上記因子の発現の抑制に好適である。
本実施形態のキットを用いることにより、対象とする細胞におけるリン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死を簡便に検出することができる。
[Cdadc1homolog]
1実施形態において、本発明は、配列番号1のアミノ酸配列からなるタンパク質、又は配列番号1のアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、発現量を低下させるとリン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が抑制されるタンパク質を提供する。ここで、1若しくは数個とは、例えば、1〜20個、1〜10個、1〜5個を意味する。
配列番号1は、Cdadc1homologのアミノ酸配列を示す。後述するように、発明者らは、Cdadc1homologが、新規遺伝子によりコードされた新規タンパク質であることを明らかにした。また、後述するように、発明者らは、Cdadc1homologが、新規の細胞死である、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の実行因子であることを見出した。
したがって、細胞中のCdadc1homologタンパク質の活性を抑制又は促進することにより、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死を制御することができる。Cdadc1homologタンパク質の活性の抑制又は促進は、例えば、Cdadc1homologタンパク質の発現量を低下又は上昇させること、Cdadc1homologタンパク質のアミノ酸配列を改変すること等により行うことができる。
Cdadc1homologタンパク質の発現量の低下は、例えば、細胞中のCdadc1homolog遺伝子を欠失させることにより行うことができる。あるいは、細胞内に、Cdadc1homolog遺伝子を標的とした、siRNA、shRNA、リボザイム又はアンチセンス核酸を導入すること等により行うことができる。また、Cdadc1homologタンパク質の発現量の上昇は、細胞内に、Cdadc1homologタンパク質の発現ベクターを導入すること等により行うことができる。
別の実施形態において、本発明は、配列番号2の塩基配列からなる核酸、又は配列番号2の塩基配列と80%以上の相同性を有し、かつ、発現量を低下させるとリン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が抑制されるタンパク質をコードする核酸を提供する。
配列番号2は、Cdadc1homologをコードする塩基配列を示す。本実施形態の核酸は、配列番号2の塩基配列を有していてもよい。また、本実施形態の核酸は、発現量を低下させるとリン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が抑制されるタンパク質をコードする限り、配列番号2の塩基配列とは異なる塩基配列を有していてもよい。この場合、配列番号2の塩基配列と80%以上の相同性を有することが好ましく、85%以上の相同性を有することがより好ましく、90%以上の相同性を有することが更に好ましく、95%以上の相同性を有することが特に好ましい。
本実施形態の核酸は、人工的に組み換えられたものであってもよい。例えば、発現ベクターに組み込まれた形態であってもよい。
[C87436]
1実施形態において、本発明は、配列番号3のアミノ酸配列からなるタンパク質、又は配列番号3のアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、発現量を低下させるとリン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が抑制されるタンパク質を提供する。ここで、1若しくは数個とは、例えば、1〜20個、1〜10個、1〜5個を意味する。
配列番号3は、C87436のアミノ酸配列を示す。後述するように、発明者らは、C87436が、新規の細胞死である、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の実行因子であることを見出した。
したがって、細胞中のC87436タンパク質の活性を抑制又は促進することにより、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死を制御することができる。C87436タンパク質の活性の抑制又は促進は、例えば、C87436タンパク質の発現量を低下又は上昇させること、C87436タンパク質のアミノ酸配列を改変すること等により行うことができる。
C87436タンパク質の発現量の低下は、例えば、細胞中のC87436遺伝子を欠失させることにより行うことができる。あるいは、細胞内に、C87436遺伝子を標的とした、siRNA、shRNA、リボザイム又はアンチセンス核酸を導入すること等により行うことができる。また、C87436タンパク質の発現量の上昇は、細胞内に、C87436タンパク質の発現ベクターを導入すること等により行うことができる。
別の実施形態において、本発明は、配列番号4の塩基配列からなる核酸、又は配列番号4の塩基配列と80%以上の相同性を有し、かつ、発現量を低下させるとリン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が抑制されるタンパク質をコードする核酸を提供する。
配列番号4は、C87436をコードする塩基配列を示す。本実施形態の核酸は、配列番号4の塩基配列を有していてもよい。また、本実施形態の核酸は、発現量を低下させるとリン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が抑制されるタンパク質をコードする限り、配列番号4の塩基配列とは異なる塩基配列を有していてもよい。この場合、配列番号4の塩基配列と80%以上の相同性を有することが好ましく、85%以上の相同性を有することがより好ましく、90%以上の相同性を有することが更に好ましく、95%以上の相同性を有することが特に好ましい。
本実施形態の核酸は、人工的に組み換えられたものであってもよい。例えば、発現ベクターに組み込まれた形態であってもよい。
[Abhd2]
1実施形態において、本発明は、配列番号5のアミノ酸配列からなるタンパク質、又は配列番号5のアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、発現量を低下させるとリン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が抑制されるタンパク質を提供する。ここで、1若しくは数個とは、例えば、1〜20個、1〜10個、1〜5個を意味する。
配列番号5は、Abhd2のアミノ酸配列を示す。後述するように、発明者らは、Abhd2が、新規の細胞死である、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の実行因子であることを見出した。
したがって、細胞中のAbhd2タンパク質の活性を抑制又は促進することにより、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死を制御することができる。Abhd2タンパク質の活性の抑制又は促進は、例えば、Abhd2タンパク質の発現量を低下又は上昇させること、Abhd2タンパク質のアミノ酸配列を改変すること等により行うことができる。
Abhd2タンパク質の発現量の低下は、例えば、細胞中のAbhd2遺伝子を欠失させることにより行うことができる。あるいは、細胞内に、Abhd2遺伝子を標的とした、siRNA、shRNA、リボザイム又はアンチセンス核酸を導入すること等により行うことができる。また、Abhd2タンパク質の発現量の上昇は、細胞内に、Abhd2タンパク質の発現ベクターを導入すること等により行うことができる。
別の実施形態において、本発明は、配列番号6の塩基配列からなる核酸、又は配列番号6の塩基配列と80%以上の相同性を有し、かつ、発現量を低下させるとリン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が抑制されるタンパク質をコードする核酸を提供する。
配列番号6は、Abhd2をコードする塩基配列を示す。本実施形態の核酸は、配列番号6の塩基配列を有していてもよい。また、本実施形態の核酸は、発現量を低下させるとリン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が抑制されるタンパク質をコードする限り、配列番号6の塩基配列とは異なる塩基配列を有していてもよい。この場合、配列番号6の塩基配列と80%以上の相同性を有することが好ましく、85%以上の相同性を有することがより好ましく、90%以上の相同性を有することが更に好ましく、95%以上の相同性を有することが特に好ましい。
本実施形態の核酸は、人工的に組み換えられたものであってもよい。例えば、発現ベクターに組み込まれた形態であってもよい。
[リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の抑制剤]
(ビタミンE又はその誘導体)
1実施形態において、本発明は、ビタミンE又はその誘導体を有効成分とする、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の抑制剤を提供する。
後述するように、発明者らは、ビタミンE又はその誘導体をインビトロで又はインビボで投与することにより、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死を抑制することができることを見出した。したがって、ビタミンE又はその誘導体は、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の抑制剤として使用することができる。
ビタミンEの誘導体としては、トロロックス(2,5,7,8−テトラメチル−6−ヒドロキシクロマン−2−カルボン酸)、トログリタゾン(5−[[4−[(3,4−ジヒドロ−6−ヒドロキシ−2,5,7,8−テトラメチル−2H−1−ベンゾピラン−2−イル)メトキシ]−フェニル]メチル]−2,4−チアゾリジンジオン)等が挙げられる。
ビタミンE又はその誘導体の投与量は、培養細胞の培地に添加する場合には、例えば、50〜1000μMが好ましく、例えば、150〜400μMが好ましい。また、動物に投与する場合には、例えば1日あたり50〜260mg/kg体重を数回に分けて投与することが好ましい。
ビタミンE又はその誘導体は、それ自体を投与してもよいし、適宜の薬理学的に許容される添加剤と混合した医薬組成物として製剤化したものを投与してもよい。
(医薬組成物)
医薬組成物における製剤化の例としては、必要に応じて糖衣を施した錠剤、カプセル剤、エリキシル剤、マイクロカプセル剤として経口的に使用されるものが挙げられる。また、水若しくは水以外の薬学的に許容される液体との無菌性溶液、又は懸濁液剤の注射剤の形で非経口的に使用されるものが挙げられる。更には、薬理学上許容される担体若しくは媒体、具体的には、滅菌水、生理食塩水、植物油、乳化剤、懸濁剤、界面活性剤、安定剤、香味剤、賦形剤、ベヒクル、防腐剤、結合剤等と適宜組み合わせて、一般に認められた製薬実施に要求される単位用量形態で混和することによって製剤化されたものが挙げられる。
錠剤、カプセル剤に混和することができる添加剤としては、例えば、ゼラチン、コーンスターチ、トラガントガム、アラビアゴムのような結合剤、結晶性セルロースのような賦形剤、コーンスターチ、ゼラチン、アルギン酸のような膨化剤、ステアリン酸マグネシウムのような潤滑剤、ショ糖、乳糖又はサッカリンのような甘味剤、ペパーミント、アカモノ油又はチェリーのような香味剤が挙げられる。調剤単位形態がカプセルである場合には、上記の材料に更に油脂のような液状担体を含有することができる。注射のための無菌組成物は注射用蒸留水のようなベヒクルを用いて通常の製剤実施に従って処方することができる。
注射用の水溶液としては、例えば生理食塩水、ブドウ糖、その他の補助薬、例えばD−ソルビトール、D−マンノース、D−マンニトール、塩化ナトリウムを含む等張液が挙げられ、適当な溶解補助剤、例えばアルコール、具体的にはエタノール、ポリアルコール、例えばプロピレングリコール、ポリエチレングリコール、非イオン性界面活性剤、例えばポリソルベート80(商標)、HCO−50と併用してもよい。
油性液としてはゴマ油、大豆油が挙げられ、溶解補助剤として安息香酸ベンジル、ベンジルアルコールと併用してもよい。また、緩衝剤、例えばリン酸塩緩衝液、酢酸ナトリウム緩衝液、無痛化剤、例えば、塩酸プロカイン、安定剤、例えばベンジルアルコール、フェノール、酸化防止剤と配合してもよい。調製された注射液は通常、適当なアンプルに充填させる。
患者への投与は、例えば、動脈内注射、静脈内注射、皮下注射等のほか、鼻腔内的、経気管支的、筋内的、経皮的、または経口的に当業者に公知の方法により行いうる。投与量は、患者の体重や年齢、投与方法等により変動するが、当業者であれば適当な投与量を適宜選択することが可能である。また、当該化合物がDNAによりコードされうるものであれば、当該DNAを遺伝子治療用ベクターに組込み、遺伝子治療を行うことも考えられる。投与量、投与方法は、患者の体重や年齢、症状等により変動するが、当業者であれば適宜選択することが可能である。
化合物の投与量は、症状により差異はあるが、経口投与の場合、一般的に成人(体重60kgとして)においては、1日あたり約0.1〜100mg、約1.0〜50mg、約1.0〜20mgであると考えられる。
非経口的に投与する場合は、その1回の投与量は投与対象、対象臓器、症状、投与方法によっても異なるが、例えば注射剤の形では通常成人(体重60kgとして)においては、通常、1日当り約0.01〜30mg、約0.1〜20mg、約0.1〜10mgを静脈注射により投与するのが好適であると考えられる。
本実施形態の抑制剤による治療効果が期待される好適な例として、心不全、不整脈性突然死等が挙げられる。
(CDK4阻害剤又はCDK4発現抑制剤)
1実施形態において、本発明は、CDK4阻害剤又はCDK4に対する、siRNA、shRNA、リボザイム若しくはアンチセンス核酸を有効成分とする、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の抑制剤を提供する。
後述するように、発明者らは、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の実行因子に、CDK4が含まれることを明らかにした。したがって、CDK4阻害剤又はCDK4に対する、siRNA、shRNA、リボザイム若しくはアンチセンス核酸は、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の抑制剤として使用することができる。
CDK4阻害剤としては、例えば、3−ATA(3−アミノ−9−チオ[10H]−アクリドン)、NSC−625987(1,4−ジメトキシ−9−チオ[10H]−アクリドン)等が挙げられる。CDK4に対する、siRNA、shRNA、リボザイム若しくはアンチセンス核酸は、CDK4の発現を抑制することができるものであれば特に制限されない。
CDK4阻害剤の投与量は、培養細胞の培地に添加する場合には、例えば、5〜20μMが好ましい。また、動物に投与する場合には、例えば1回あたり2〜10mg/kg体重を1日1回投与することが好ましい。
例えば、3−ATAは、1回あたり1〜50mg/kg体重、より好ましくは、2〜10mg/kg体重を、1日1回投与するとよい。
CDK4に対する、siRNA、shRNA、リボザイム若しくはアンチセンス核酸の投与量は、培養細胞の培地に添加する場合には、例えば、50nM〜10μMが好ましく、例えば、50〜200nMが好ましい。また、動物に投与する場合には、例えば1回あたり50〜500mg/kg体重を1日1回投与することが好ましい。
CDK4阻害剤又はCDK4に対する、siRNA、shRNA、リボザイム若しくはアンチセンス核酸は、それ自体を投与してもよいし、適宜の薬理学的に許容される添加剤と混合した医薬組成物として製剤化したものを投与してもよい。医薬組成物の好ましい形態は、上述したものと同様である。
(MEK阻害剤又はMEK発現抑制剤)
1実施形態において、本発明は、MEK阻害剤又はMEKに対する、siRNA、shRNA、リボザイム若しくはアンチセンス核酸を有効成分とする、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の抑制剤を提供する。
後述するように、発明者らは、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の実行因子に、MEKが含まれることを明らかにした。したがって、MEK阻害剤又はMEKに対する、siRNA、shRNA、リボザイム若しくはアンチセンス核酸は、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の抑制剤として使用することができる。
MEK阻害剤としては、例えば、MEK inhibitor I((2Z)−3−アミノ−3−[(2−アミノフェニル)スルファニル]−2−{3−[ヒドロキシ(ピリジン−4−イル)メチル]フェニル}プロパ−2−エンニトリル)、U−0126(1,4−ジアミノ−2,3−ジシアノ−1,4−ビス[2−アミノ−フェニルチオ]ブタジエン)等が挙げられる。MEKに対する、siRNA、shRNA、リボザイム若しくはアンチセンス核酸は、MEKの発現を抑制することができるものであれば特に制限されない。
MEK阻害剤の投与量は、培養細胞の培地に添加する場合には、例えば、1〜100μMが好ましく、例えば、5〜20μMが好ましい。また、動物に投与する場合には、例えば1回あたり2〜10mg/kg体重を1日1回投与することが好ましい。
MEKに対する、siRNA、shRNA、リボザイム若しくはアンチセンス核酸の投与量は、培養細胞の培地に添加する場合には、例えば、50nM〜10μMが好ましく、例えば、50〜200nMが好ましい。また、動物に投与する場合には、例えば1回あたり50〜500mg/kg体重を1日1回投与することが好ましい。
MEK阻害剤又はMEKに対する、siRNA、shRNA、リボザイム若しくはアンチセンス核酸は、それ自体を投与してもよいし、適宜の薬理学的に許容される添加剤と混合した医薬組成物として製剤化したものを投与してもよい。医薬組成物の好ましい形態は、上述したものと同様である。
(ERK阻害剤又はERK発現抑制剤)
1実施形態において、本発明は、ERK阻害剤又はERKに対する、siRNA、shRNA、リボザイム若しくはアンチセンス核酸を有効成分とする、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の抑制剤を提供する。本実施形態において、ERKは、ERK1であってもERK2であってもよい。
後述するように、発明者らは、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の実行因子に、ERKが含まれることを明らかにした。したがって、ERK阻害剤又はERKに対する、siRNA、shRNA、リボザイム若しくはアンチセンス核酸は、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の抑制剤として使用することができる。
ERK阻害剤としては、例えば、ERK Inhibitor({3−(2−アミノエチル)−5−[(4−エトキシフェニル)メチレン]−2,4−チアゾリジンジオン,HCl})、ERK Inhibitor II({5−(2−フェニル−ピラゾロ[1,5−a]ピリジン−3−イル)−1H−ピラゾロ[3,4−c]ピリダジン−3−イルアミン})等が挙げられる。ERKに対する、siRNA、shRNA、リボザイム若しくはアンチセンス核酸は、ERKの発現を抑制することができるものであれば特に制限されない。
ERK阻害剤の投与量は、培養細胞の培地に添加する場合には、例えば、1〜100μMが好ましく、例えば、5〜20μMが好ましい。また、動物に投与する場合には、例えば1回あたり2〜10mg/kg体重を1日1回投与することが好ましい。
ERKに対する、siRNA、shRNA、リボザイム若しくはアンチセンス核酸の投与量は、培養細胞の培地に添加する場合には、例えば、50nM〜10μMが好ましく、例えば、50〜200nMが好ましい。また、動物に投与する場合には、例えば1回あたり50〜500mg/kg体重を1日1回投与することが好ましい。
ERK阻害剤又はERKに対する、siRNA、shRNA、リボザイム若しくはアンチセンス核酸は、それ自体を投与してもよいし、適宜の薬理学的に許容される添加剤と混合した医薬組成物として製剤化したものを投与してもよい。医薬組成物の好ましい形態は、上述したものと同様である。
(Cdadc1homolog、C87436又はAbhd2の発現抑制剤)
1実施形態において、本発明は、Cdadc1homolog、C87436又はAbhd2に対する、siRNA、shRNA、リボザイム若しくはアンチセンス核酸を有効成分とする、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の抑制剤を提供する。
後述するように、発明者らは、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の実行因子に、Cdadc1homolog、C87436、Abhd2が含まれることを明らかにした。したがって、Cdadc1homolog、C87436又はAbhd2に対する、siRNA、shRNA、リボザイム若しくはアンチセンス核酸は、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の抑制剤として使用することができる。
Cdadc1homolog、C87436又はAbhd2に対する、siRNA、shRNA、リボザイム若しくはアンチセンス核酸は、Cdadc1homolog、C87436又はAbhd2の発現を抑制することができるものであれば特に制限されない。
Cdadc1homolog、C87436又はAbhd2に対する、siRNA、shRNA、リボザイム若しくはアンチセンス核酸の投与量は、培養細胞の培地に添加する場合には、例えば、50nM〜10μMが好ましく、例えば、50〜200nMが好ましい。また、動物に投与する場合には、例えば1回あたり50〜500mg/kg体重を1日1回投与することが好ましい。
Cdadc1homolog、C87436又はAbhd2に対する、siRNA、shRNA、リボザイム若しくはアンチセンス核酸は、それ自体を投与してもよいし、適宜の薬理学的に許容される添加剤と混合した医薬組成物として製剤化したものを投与してもよい。医薬組成物の好ましい形態は、上述したものと同様である。
[リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が関連する疾患の予防又は治療剤]
(ビタミンE又はその誘導体)
1実施形態において、本発明は、ビタミンE又はその誘導体を有効成分とする、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が関連する疾患の予防又は治療剤を提供する。
別の実施形態において、本発明は、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が関連する疾患の予防又は治療のためのビタミンE又はその誘導体を提供する。
別の実施形態において、本発明は、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が関連する疾患の予防又は治療剤の製造のためのビタミンE又はその誘導体の使用を提供する。
別の実施形態において、本発明は、ビタミンE又はその誘導体の有効量を、治療を必要とする患者に投与することを含む、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が関連する疾患の予防又は治療方法を提供する。
後述するように、発明者らは、ビタミンE又はその誘導体をインビトロで又はインビボで投与することにより、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死を抑制することができることを見出した。したがって、ビタミンE又はその誘導体は、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が関連する疾患の予防又は治療剤として使用することができる。
ビタミンEの誘導体としては、トロロックス(2,5,7,8−テトラメチル−6−ヒドロキシクロマン−2−カルボン酸)、トログリタゾン(5−[[4−[(3,4−ジヒドロ−6−ヒドロキシ−2,5,7,8−テトラメチル−2H−1−ベンゾピラン−2−イル)メトキシ]−フェニル]メチル]−2,4−チアゾリジンジオン)等が挙げられる。
ビタミンE又はその誘導体を投与する場合には、例えば1日あたり50〜260mg/kg体重を数回に分けて投与することが好ましい。
ビタミンE又はその誘導体は、それ自体を投与してもよいし、適宜の薬理学的に許容される添加剤と混合した医薬組成物として製剤化したものを投与してもよい。医薬組成物の好ましい形態は、上述したものと同様である。
(CDK4阻害剤又はCDK4発現抑制剤)
1実施形態において、本発明は、CDK4阻害剤又はCDK4に対する、siRNA、shRNA、リボザイム若しくはアンチセンス核酸を有効成分とする、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が関連する疾患の予防又は治療剤を提供する。
別の実施形態において、本発明は、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が関連する疾患の予防又は治療のためのCDK4阻害剤又はCDK4に対する、siRNA、shRNA、リボザイム若しくはアンチセンス核酸を提供する。
別の実施形態において、本発明は、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が関連する疾患の予防又は治療剤の製造のためのCDK4阻害剤又はCDK4に対する、siRNA、shRNA、リボザイム若しくはアンチセンス核酸の使用を提供する。
別の実施形態において、本発明は、CDK4阻害剤又はCDK4に対する、siRNA、shRNA、リボザイム若しくはアンチセンス核酸の有効量を、治療を必要とする患者に投与することを含む、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が関連する疾患の予防又は治療方法を提供する。
後述するように、発明者らは、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の実行因子に、CDK4が含まれることを明らかにした。したがって、CDK4阻害剤又はCDK4に対する、siRNA、shRNA、リボザイム若しくはアンチセンス核酸は、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が関連する疾患の予防又は治療剤として使用することができる。
CDK4阻害剤としては、例えば、3−ATA(3−アミノ−9−チオ[10H]−アクリドン)、NSC−625987(1,4−ジメトキシ−9−チオ[10H]−アクリドン)等が挙げられる。CDK4に対する、siRNA、shRNA、リボザイム若しくはアンチセンス核酸は、CDK4の発現を抑制することができるものであれば特に制限されない。
CDK4阻害剤を投与する場合には、例えば1回あたり1〜50mg/kg体重、より好ましくは、2〜10mg/kg体重を、1日1回投与することが好ましい。例えば、3−ATAは、1回あたり0.5〜10mg/kg体重、より好ましくは、1〜2mg/kg体重を、1日1回投与するとよい。
CDK4に対する、siRNA、shRNA、リボザイム若しくはアンチセンス核酸の投与量は、例えば1回あたり50〜500mg/kg体重を1日1回投与することが好ましい。
CDK4阻害剤又はCDK4に対する、siRNA、shRNA、リボザイム若しくはアンチセンス核酸は、それ自体を投与してもよいし、適宜の薬理学的に許容される添加剤と混合した医薬組成物として製剤化したものを投与してもよい。医薬組成物の好ましい形態は、上述したものと同様である。
(MEK阻害剤又はMEK発現抑制剤)
1実施形態において、本発明は、MEK阻害剤又はMEKに対する、siRNA、shRNA、リボザイム若しくはアンチセンス核酸を有効成分とする、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が関連する疾患の予防又は治療剤を提供する。
別の実施形態において、本発明は、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が関連する疾患の予防又は治療のためのMEK阻害剤又はMEKに対する、siRNA、shRNA、リボザイム若しくはアンチセンス核酸を提供する。
別の実施形態において、本発明は、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が関連する疾患の予防又は治療剤の製造のためのMEK阻害剤又はMEKに対する、siRNA、shRNA、リボザイム若しくはアンチセンス核酸の使用を提供する。
別の実施形態において、本発明は、MEK阻害剤又はMEKに対する、siRNA、shRNA、リボザイム若しくはアンチセンス核酸の有効量を、治療を必要とする患者に投与することを含む、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が関連する疾患の予防又は治療方法を提供する。
後述するように、発明者らは、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の実行因子に、MEKが含まれることを明らかにした。したがって、MEK阻害剤又はMEKに対する、siRNA、shRNA、リボザイム若しくはアンチセンス核酸は、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が関連する疾患の予防又は治療剤として使用することができる。
MEK阻害剤としては、例えば、MEK inhibitor I((2Z)−3−アミノ−3−[(2−アミノフェニル)スルファニル]−2−{3−[ヒドロキシ(ピリジン−4−イル)メチル]フェニル}プロパ−2−エンニトリル)、U−0126(1,4−ジアミノ−2,3−ジシアノ−1,4−ビス[2−アミノ−フェニルチオ]ブタジエン)等が挙げられる。MEKに対する、siRNA、shRNA、リボザイム若しくはアンチセンス核酸は、MEKの発現を抑制することができるものであれば特に制限されない。
MEK阻害剤を投与する場合には、例えば1回あたり2〜10mg/kg体重を1日1回投与することが好ましい。
MEKに対する、siRNA、shRNA、リボザイム若しくはアンチセンス核酸を投与する場合には、例えば1回あたり50〜500mg/kg体重を1日1回投与することが好ましい。
MEK阻害剤又はMEKに対する、siRNA、shRNA、リボザイム若しくはアンチセンス核酸は、それ自体を投与してもよいし、適宜の薬理学的に許容される添加剤と混合した医薬組成物として製剤化したものを投与してもよい。医薬組成物の好ましい形態は、上述したものと同様である。
(ERK阻害剤又はERK発現抑制剤)
1実施形態において、本発明は、ERK阻害剤又はERKに対する、siRNA、shRNA、リボザイム若しくはアンチセンス核酸を有効成分とする、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が関連する疾患の予防又は治療剤を提供する。
別の実施形態において、本発明は、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が関連する疾患の予防又は治療のためのERK阻害剤又はERKに対する、siRNA、shRNA、リボザイム若しくはアンチセンス核酸を提供する。
別の実施形態において、本発明は、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が関連する疾患の予防又は治療剤の製造のためのERK阻害剤又はERKに対する、siRNA、shRNA、リボザイム若しくはアンチセンス核酸の使用を提供する。
別の実施形態において、本発明は、ERK阻害剤又はERKに対する、siRNA、shRNA、リボザイム若しくはアンチセンス核酸の有効量を、治療を必要とする患者に投与することを含む、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が関連する疾患の予防又は治療方法を提供する。
後述するように、発明者らは、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の実行因子に、ERKが含まれることを明らかにした。したがって、ERK阻害剤又はERKに対する、siRNA、shRNA、リボザイム若しくはアンチセンス核酸は、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が関連する疾患の予防又は治療剤として使用することができる。
ERK阻害剤としては、例えば、ERK Inhibitor({3−(2−アミノエチル)−5−[(4−エトキシフェニル)メチレン]−2,4−チアゾリジンジオン,HCl})、ERK Inhibitor II({5−(2−フェニル−ピラゾロ[1,5−a]ピリジン−3−イル)−1H−ピラゾロ[3,4−c]ピリダジン−3−イルアミン})等が挙げられる。ERKに対する、siRNA、shRNA、リボザイム若しくはアンチセンス核酸は、ERKの発現を抑制することができるものであれば特に制限されない。
ERK阻害剤を投与する場合には、例えば1回あたり2〜10mg/kg体重を1日1回投与することが好ましい。
ERKに対する、siRNA、shRNA、リボザイム若しくはアンチセンス核酸を投与する場合には、例えば1回あたり50〜500mg/kg体重を1日1回投与することが好ましい。
ERK阻害剤又はERKに対する、siRNA、shRNA、リボザイム若しくはアンチセンス核酸は、それ自体を投与してもよいし、適宜の薬理学的に許容される添加剤と混合した医薬組成物として製剤化したものを投与してもよい。医薬組成物の好ましい形態は、上述したものと同様である。
(Cdadc1homolog、C87436又はAbhd2の発現抑制剤)
1実施形態において、本発明は、Cdadc1homolog、C87436又はAbhd2に対する、siRNA、shRNA、リボザイム若しくはアンチセンス核酸を有効成分とする、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が関連する疾患の予防又は治療剤を提供する。
別の実施形態において、本発明は、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が関連する疾患の予防又は治療のための、Cdadc1homolog、C87436又はAbhd2に対する、siRNA、shRNA、リボザイム若しくはアンチセンス核酸を提供する。
別の実施形態において、本発明は、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が関連する疾患の予防又は治療剤の製造のための、Cdadc1homolog、C87436又はAbhd2に対する、siRNA、shRNA、リボザイム若しくはアンチセンス核酸の使用を提供する。
別の実施形態において、本発明は、Cdadc1homolog、C87436又はAbhd2に対する、siRNA、shRNA、リボザイム若しくはアンチセンス核酸の有効量を、治療を必要とする患者に投与することを含む、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が関連する疾患の予防又は治療方法を提供する。
後述するように、発明者らは、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の実行因子に、Cdadc1homolog、C87436、Abhd2が含まれることを明らかにした。したがって、Cdadc1homolog、C87436又はAbhd2に対する、siRNA、shRNA、リボザイム若しくはアンチセンス核酸は、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が関連する疾患の予防又は治療剤として使用することができる。
Cdadc1homolog、C87436又はAbhd2に対する、siRNA、shRNA、リボザイム若しくはアンチセンス核酸は、Cdadc1homolog、C87436又はAbhd2の発現を抑制することができるものであれば特に制限されない。
Cdadc1homolog、C87436又はAbhd2に対する、siRNA、shRNA、リボザイム若しくはアンチセンス核酸を投与する場合には、例えば1回あたり50〜500mg/kg体重を1日1回投与することが好ましい。
Cdadc1homolog、C87436又はAbhd2に対する、siRNA、shRNA、リボザイム若しくはアンチセンス核酸は、それ自体を投与してもよいし、適宜の薬理学的に許容される添加剤と混合した医薬組成物として製剤化したものを投与してもよい。医薬組成物の好ましい形態は、上述したものと同様である。
上述した、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が関連する疾患としては、例えば心不全、不整脈性突然死等が挙げられる。後述するように、発明者らは、マウスを用いたインビボの実験において、上記の予防又は治療剤が、心不全(不整脈性突然死)を予防できることを明らかにした。
次に実施例を示して本発明を更に詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
[実験例1]
(タモキシフェン誘導型PHGPx欠損MEF細胞株の樹立)
PHGPx欠損細胞死のメカニズムを明らかにするために、タモキシフェン誘導型PHGPx欠損MEF細胞株を樹立した。この細胞は、タモキシフェンを培地に加えると24時間以内にCre−loxPシステムによりPHGPxゲノム遺伝子が欠失する。
具体的には、PHGPx遺伝子ノックアウトマウス(PHGPx−/−)に、loxP配列に挟まれたPHGPx遺伝子(loxP−PHGPx)を遺伝子導入(Tg)した、Tg(loxP−PHGPx):PHGPx−/−マウスと、PHGPx+/−マウスを交配させた。続いて、遺伝子型がTg(loxP−PHGPx):PHGPx−/−である13.5日胚から、マウス胎仔線維芽細胞(MEF)を調製した。続いて、得られた細胞にSV40ウイルスのT抗原遺伝子を遺伝子導入することにより不死化した。続いて、得られた細胞にタモキシフェン誘導型CreERT2遺伝子を導入した。これにより、タモキシフェン誘導型PHGPx欠損MEF細胞株が得られた。
なお、CreERT2とは、エストロゲン受容体と融合タンパク質にしたCre(CreER)を、エストロゲンに反応せず、タモキシフェンに反応するように変異させたものである。タモキシフェン誘導型PHGPx欠損MEF細胞株の培地にタモキシフェンを添加すると、CreER2のエストロゲン受容体部分にタモキシフェンが結合し、エストロゲン受容体の核移行シグナルが露出する。その結果、CreER2が核内へ移行し、loxPで挟まれたPHGPxゲノム遺伝子が破壊される。添加するタモキシフェンの濃度は終濃度1μM程度でよい。
[実験例2]
(タモキシフェン誘導型PHGPx欠損MEF細胞株へのタモキシフェンの投与)
タモキシフェン誘導型PHGPx欠損MEF細胞株の培地に終濃度1μMのタモキシフェンを添加した。続いて、タモキシフェン添加から0、24及び48時間後の細胞を回収し、抗PHGPx抗体を用いたウエスタンブロッティングにより、各細胞サンプル中のPHGPxタンパク質の量を測定した。
図2は、PHGPxタンパク質を検出するウエスタンブロッティングの結果を示す写真である。その結果、タモキシフェン投与から24時間以内にPHGPxタンパク質の発現量が減少することが確認された。
[実験例3]
(PHGPx欠損細胞におけるリン脂質ヒドロペルオキシドの検出)
タモキシフェン誘導型PHGPx欠損MEF細胞株の培地に終濃度1μMのタモキシフェンを添加し、生成されるリン脂質ヒドロペルオキシドを検出した。検出には、液体クロマトグラフィー(LC)−エレクトロスプレーイオン化質量分析(ESI−MS)/質量分析(MS)を用いた。
液体クロマトグラフィーには、ACQUITY UPLC装置(ウォーターズ社)を用い、質量分析には、四重極リニアイオントラップ質量分析システム(商品名4000 Q−TRAP、エービー・サイエックス社)を用いた。液体クロマトグラフィーのカラムには、ACQUITY UPLC(商標)BEH C18カラム(0.17μm、150mm×1.0mm)を使用した。
タモキシフェン添加から、0、12、24、36及び48時間後の各細胞から抽出した全リン脂質画分のサンプルをオートサンプラーに供し、移動相A(アセトニトリル/メタノール/水=2:2:1(v/v)、0.1%ほう酸、0.028%アンモニア):移動相B(イソプロパノール、0.1%ほう酸、0.028%アンモニア)の100:0(0〜5分)、50:50(5〜25分)、50:50(25〜49分)、100:0(59〜60分)及び100:0(60〜75分)のステップグラジエント、流量70μL/分、カラム温度30℃の条件で分離した。
MS/MS解析は、MRM(Multi Reaction Monitoring)の手法を用いてネガティブイオンモードで実施した。イオンスプレー電圧は、−4500Vに設定した。窒素ガスを障壁ガス及びコリジョンガスとして使用した。酸化リン脂質の検出において、コリジョンエネルギーは20−65eVに設定した。装置のスキャンレンジは、m/z 50〜950、スキャンスピード1000Th/秒に設定した。Q0トラッピングをオンにし、リニアイオントラップフィルタイムを10ミリ秒に設定した。デクラスタリングポテンシャルを−105Vに設定した。Q1の解像度を「ユニット」に設定した。ホスファチジルコリンヒドロペルオキシド(18:0:20:4由来)の特徴的なフラグメンテーションパターンは、ドウェル タイム50ミリ秒、デクラスタリングポテンシャルを−80Vに設定した。Q1及びO3の解像度はユニットに設定し、Q1は886m/z、O3は283m/z(コリジョンエネルギー−60eV)及び335m/z(コリジョンエネルギー−45eV)に設定した。
図3は、タモキシフェン誘導型PHGPx欠損MEF細胞株の培地に終濃度1μMのタモキシフェンを添加後、0、12、24、36及び48時間後の細胞内で、18:0(ステアリン酸)、20:4(アラキドン酸)をもつホスファチジルコリン(PC)から酸化により生成した酸化一次生成物であるリン脂質ヒドロペルオキシド(PCOOH)の生成量を経時的に示したグラフである。タモキシフェンの添加から24時間後をピークに、アラキドン酸を含むリン脂質の酸化一次生成物であるリン脂質ヒドロペルオキシドが生成された。DHAを含むリン脂質の酸化一次生成物であるリン脂質ヒドロペルオキシドも同様な結果が得られている(図なし)。
[実験例4]
(PHGPx欠損細胞のMTTアッセイ)
タモキシフェン誘導型PHGPx欠損MEF細胞株の培地に終濃度1μMのタモキシフェンを添加し、MTTアッセイにより、細胞の生存率を測定した。また、タモキシフェンと同時に終濃度200μMのビタミンE添加群についても同様の検討を行った。
より具体的には、タモキシフェンの添加から24、48及び72時間後の細胞の培地にMTT(3−[4,5−dimethylthiazol−2−yl]−2,5−diphenyl tetrazolium bromid)を添加し、4時間後に各細胞をジメチルスルホキシド(DMSO)に溶解し、540nmにおける吸光度を測定した。
図4は、MTTアッセイの結果を示すグラフである。タモキシフェン添加から48時間後から72時間の間に細胞死が起こることが明らかとなった。また、ビタミンEの添加により細胞死が完全に抑制されることが明らかとなった。
[実験例5]
(リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死とアポトーシスとの比較)
リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死(PHGPx欠損による細胞死)が、アポトーシスによる細胞死経路を介しているのか否かについて詳細に検討した。
タモキシフェン誘導型PHGPx欠損MEF細胞株の培地に、カスパーゼ阻害剤であるZ−VAD−FMKを終濃度50μM、ミトコンドリアタンパク質であるアポトーシス誘導因子(AIF)の放出阻害剤であるDHIQを終濃度300μM、ビタミンE誘導体であるトロロックスを終濃度400μM添加したもの、及び、対照として何も添加していない細胞を用意した。各細胞に終濃度1μMのタモキシフェンを同時に添加した。タモキシフェン、阻害剤添加3日後にKeyence社のオールインワン顕微鏡にて、ランダムに20枚の写真を撮り、付着している生細胞の数をカウントした。対物レンズにPlan Flour ELWD20x0.45(Nicon)を用いて10倍で観察した(一視野 877.5μm×661.2μm)。細胞生存率(%)は、タモキシフェンを添加せずに、3日培養した時の細胞数を100%として表した。
結果を図5(a)に示す。カスパーゼ阻害剤、AIF系の阻害剤では、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死を抑制することができなかった。一方ビタミンE誘導体であるトロロックスは細胞死を抑制することができた。
次に、タモキシフェン誘導型PHGPx欠損MEF細胞株の培地にアポトーシス誘導試薬であるスタウロスポリンを終濃度0.5μMで添加したものと、タモキシフェンを終濃度1μMで添加したものを用意した。5時間後、24時間後、48時間後に、各細胞を、蛍光免疫染色し、シトクロムC及び活性化カスパーゼ3を染色した。また、TUNEL(TdT−mediated dUTP nick end labeling)法によりアポトーシスの特徴であるDNAの断片化を検出した。
結果を図5(b)に示す。スタウロスポリン処理では、5時間後にシトクロムCの放出が観察され、カスパーゼ3が活性化し、24時間後にはTUNEL陽性の細胞死(アポトーシス)が観察された。一方、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死では、シトクロムCの放出やカスパーゼ3の活性化は観察されなかった(図では48時間後を示したが、60時間後でも観察されなかった)。TUNEL染色のみ、核内にドット状の染色が観察されたが、DNAラダーは検出されなかった。
以上のことから、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死は、典型的なアポトーシスとは異なることが明らかとなった。
[実験例6]
(リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死とネクローシスとの比較)
リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が、ネクローシスによるものか否かについて詳細に検討した。
タモキシフェン誘導型PHGPx欠損MEF細胞株の培地にタモキシフェンを終濃度1μMで添加し、細胞死の瞬間をタイムラプス解析で検討した。しかしながら、細胞死の瞬間にネクローシスの特徴である細胞の膨潤は観察されなかった。細胞死の直前に細胞が形を変形し、最後はシャーレよりはがれて突然致死となった(図示せず。)。
続いて、タモキシフェン誘導型PHGPx欠損MEF細胞株の培地に、ネクローシス誘導剤であるtert−ブチルヒドロペルオキシドを終濃度300mMで添加したものと、タモキシフェンを終濃度1μMで添加したものを用意した。30分後(tert−ブチルヒドロペルオキシド添加群)及び48時間後(タモキシフェン添加群)に、各細胞を、蛍光免疫染色し、ネクローシスの特徴であるHMGB1(High Mobility Group Box1)タンパク質の細胞質への放出を観察した。
図6(a)は、tert−ブチルヒドロペルオキシド添加30分後の結果を示す写真であり、図6(b)は、タモキシフェン添加48時間後の結果を示す写真である。なお、図6(a)及び(b)において、HMGB1の分布を赤で、核をHoechst(青)で染色した。
その結果、tert−ブチルヒドロペルオキシド添加による細胞死では、ネクローシスの指標であるHMGB1の核から細胞質への放出が観察されたのに対し、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死では、HMGB1は核にとどまっており細胞質への放出が認められなかった。
以上のことから、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死は、ネクローシスとは異なることが明らかとなった。
[実験例7]
(リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死とオートファジー性細胞死との比較)
リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が、オートファジー性細胞死によるものか否かについて詳細に検討した。オートファジー性細胞死を起こすためにはATG5遺伝子が必須であることが知られている。
タモキシフェン誘導型PHGPx欠損MEF細胞株に、ATG5特異的shRNA(short hairpin RNA)を導入し、ATG5の発現をノックダウンした細胞を用意した。ATG5特異的shRNAとしては、ATG5 shRNA−3(配列番号7)及びATG5 shRNA−4(配列番号8)の2種類のshRNAを使用した。また、対照として、shRNA発現ベクターのみを導入した細胞を用意した。これらの細胞の培地に、タモキシフェンを終濃度1μMで添加し、24、36、48、60及び72時間後の細胞を、Keyence社のオールインワン顕微鏡にて、ランダムに20枚の写真を撮り、付着している生細胞の数をカウントした。細胞生存率(%)は、タモキシフェンを添加後24時間後の細胞数を100(%)とし、それぞれの時間の生細胞数の割合の変化を細胞生存率(%)として表した。
結果を図7(a)及び図7(b)に示す。ATG5の発現をノックダウンしても、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死を抑制することはできなかった。また、図7(b)に示すように、RT−PCRの結果から、shRNAの導入により、ATG5遺伝子の発現がノックダウンされたことが確認された。
以上のことから、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死は、オートファジー性細胞死とは異なることが明らかとなった。
[実験例8]
(リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死とネクトローシスとの比較)
リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が、ネクトローシスによるものか否かについて詳細に検討した。ネクトローシスは、プログラムされたネクローシスとして知られる細胞死の1形態である。また、receptor−interacting protein kinase 1(Rip1)のノックダウンにより、ネクトローシスが顕著に抑制されることが知られている。
タモキシフェン誘導型PHGPx欠損MEF細胞株に、Rip1特異的shRNA(small hairpin RNA)を導入し、Rip1の発現をノックダウンした細胞を用意した。Rip1特異的shRNAとしては、Rip1 shRNA−4(配列番号9)を使用した。また、対照として、shRNA発現ベクターのみを導入した細胞、及び培地中に終濃度400μMでトロロックスを添加した細胞を用意した。これらの細胞の培地に、タモキシフェンを終濃度1μMで添加し、24時間後、72時間後の生細胞をKeyence社のオールインワン顕微鏡にて、ランダムに20枚の写真を撮り、付着している生細胞の数をカウントした。細胞生存率(%)は、タモキシフェンを添加後24時間後の細胞数を100(%)とし、72時間後の付着している生細胞数の割合を細胞生存率(%)として表した。
結果を図8(a)及び図8(b)に示す。Rip1の発現をノックダウンしても、PHGPx欠損による細胞死を抑制することはできなかった。また、図8(b)に示すように、ウエスタンブロッティングの結果から、shRNAの導入により、Rip1タンパク質の発現がノックダウンされたことが確認された。
以上のことから、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死は、ネクトローシスとは異なることが明らかとなった。すなわち、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死は、アポトーシス、ネクローシス、オートファジー性細胞死、ネクトローシスとは異なる新規の細胞死であることが明らかとなった。
[実験例9]
(リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死を抑制可能な化合物のスクリーニング)
約300種類の既知の酵素に対する阻害剤ライブラリー(文科省科研費・新学術領域・がん支援・化学療法基盤支援活動班・標準阻害剤キット)を用い、タモキシフェン誘導型PHGPx欠損MEF細胞株に、タモキシフェンを終濃度1μMで添加した場合の、72時間後の細胞死を抑制できる化合物をスクリーニングした。その結果、cyclin−dependent kinase 4(CDK4)の阻害剤である、3−ATA及びNSC625987、並びにmitogen−activated protein kinase kinase(MEK1/2)の阻害剤である、U−0126及びMEK inhibitorIの4種類の化合物が、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死を抑制できることを見出した。一方、p38及びJNKの阻害剤では、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死を抑制することができなかった。
[実験例10]
(CDK4、MEK1/2の阻害剤を使用した、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の抑制)
図9(a)は、CDK4の阻害剤である3−ATAを使用した、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の抑制の結果を示すグラフである。図9(b)は、MEK1/2の阻害剤であるU−0126を使用した、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の抑制の結果を示すグラフである。
タモキシフェン誘導型PHGPx欠損MEF細胞株の培地に、各濃度の3−ATA又はU−0126及び終濃度1μMのタモキシフェンを添加し、24時間後、72時間後の生細胞をKeyence社のオールインワン顕微鏡にて、ランダムに20枚の写真を撮り、付着している生細胞の数をカウントした。細胞生存率(%)は、タモキシフェンを添加後24時間後の細胞数を100(%)とし、72時間後の付着している生細胞数の割合を細胞生存率(%)として表した。
その結果、3−ATA及びU−0126のいずれも、濃度依存的にリン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死を抑制することが明らかとなった。
図9(c)は、3−ATA、U−0126及びビタミンEの、インビトロにおけるリン脂質自動酸化抑制能を検討した結果を示すグラフである。ジリノレオイルフォスファチジルコリンのエタノール溶液中に、各濃度の3−ATA、U−0126及びビタミンEを添加し、イムロン1プレート(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)にそれぞれの量で50μl加え、37度で乾固させ、更に一晩放置し自動酸化を行った。自動酸化により生成したリン脂質ヒドロペルオキシドの測定には、リン脂質ヒドロペルオキシドと反応して蛍光を発するプローブであるジヒドロローダミン123(DHR)(モレキュラープローブ社)を1μg/mlで30分反応させ、蛍光プレートリーダーにて蛍光量を測定した(励起波長:485nm、蛍光波長:530nm)。
ビタミンEは、インビトロでリン脂質の自動酸化を抑制するが、3−ATA及びU−0126は、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死を抑制できる濃度において、インビトロでのリン脂質の自動酸化を抑制しないことが明らかとなった。このことから、3−ATA及びU−0126は、抗酸化能をもたず、CDK4及びMEK1/2活性を阻害することにより、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死を抑制していると考えられた。
[実験例11]
(CDK4のキナーゼ活性がリン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死に必要である)
レトロウイルス感染系でshRNAをタモキシフェン誘導型PHGPx欠損MEF細胞に発現させることにより、CDK4のノックダウン細胞を作成し、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死を抑制できるか否かを検討した。
図10(a)は、検討結果を示すグラフである。まず、タモキシフェン誘導型PHGPx欠損MEF細胞株に、CDK4特異的shRNA(配列番号10)を導入し、CDK4をノックダウンした細胞を用意した(Cdk4 KD)。対照として、ベクターのみを導入した細胞を用意した(Control)。更に、CDK4をノックダウンした細胞株にヒトCDK4発現ベクター(hCdk4)、キナーゼ活性が破壊されたヒトCDK4発現ベクター(hCdk4D158N)及び対照としてベクターのみ(mock)をそれぞれ導入した。続いて、各細胞に終濃度1μMのタモキシフェンを添加した。タモキシフェンの添加から24時間後、72時間後の生細胞をKeyence社のオールインワン顕微鏡にて、ランダムに20枚の写真を撮り、付着している生細胞の数をカウントした。細胞生存率(%)は、タモキシフェンを添加後24時間後の細胞数を100(%)とし、72時間後の付着している生細胞数の割合を細胞生存率(%)として表した。
なお、ここで導入したヒトCDK4遺伝子(配列番号16)は、上述のマウスCDK4特異的shRNAに耐性であった。すなわち、ヒトCDK4遺伝子は、上述のマウスCDK4特異的shRNAによって、ノックダウンされないものであった。
その結果、CDK4のノックダウン細胞(Cdk4 KD/mock)では、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が抑制された。また、CDK4をノックダウンしたうえで、ヒトCDK4遺伝子を再導入した細胞(Cdk4 KD/hCdk4)では、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が回復した。一方、CDK4をノックダウンしたうえで、キナーゼ活性が破壊されたヒトCDK4遺伝子を導入した細胞(Cdk4 KD/hCdk4D158N)では、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が回復しなかった。なお、図中の星印は、5%未満の危険率で有意差があることを示す。
図10(b)に、ウエスタンブロッティングにより、CDK4タンパク質の発現を確認した結果を示す。
以上の結果から、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死には、CDK4のキナーゼ活性が必要であることが明らかとなった。
(CDK4をノックダウンした細胞の作製)
上記実験例において、CDK4をノックダウンしたタモキシフェン誘導型PHGPx欠損MEF細胞は、次のようにして作製した。
まず、図33(a)に示す、shRNAベクター(piMG−drU6)のU6プロモーターの下流にCDK4特異的shRNA(配列番号10)をコードするDNA断片を組み込んだ。続いて、レトロウイルス感染系を利用して上記shRNAの発現カセットを対象細胞のゲノムに組み込み、CDK4特異的shRNAを発現させ、CDK4をノックダウンした細胞を得た。
図33(b)は、発現したshRNAからsiRNAが形成され、標的RNAが破壊される過程を示すモデル図である。shRNAベクターは、東京大学医学部 廣瀬謙三先生、名古屋大学医学部 菅生厚太郎先生より頂いた。後述するCDK4以外の遺伝子をノックダウンした細胞、並びに実験例7、8で使用したATG5及びRip1のノックダウン細胞も同様の方法により作製した。
(CDK4の再発現)
再発現実験に用いたレトロウイルス感染系の高発現ベクターとしては、図34に示すpMXs−IRベクターを用いた。pMXs−IRベクターは、東京大学医科学研究所 北村俊雄先生に頂いた。後述する、CDK4以外の遺伝子の発現も同様の方法により行った。
(PlatE細胞への遺伝子導入)
shRNAベクター及びpMXs−IRベクターからのレトロウイルスの調製には、PlatE細胞を使用した。PlatE細胞とは、ヒト胎児由来腎臓上皮細胞である293T細胞に、gag−pol遺伝子及びenv遺伝子が組み込まれた細胞である。
PlatE細胞は、10%FCS、2mMグルタミン(GIBCO)、100units/mlペニシリン(GIBCO)、100μg/mlストレプトマイシン(GIBCO)を含むダルベッコ変法イーグル培地(DMEM、日水製薬)を用いて、37℃にてCO2インキュベーターで培養した。
PlatE細胞を5×105cells/シャーレで6cmシャーレ(CORNING)にまき、1日培養した。1.5mLチューブにDMEM FCS(−)を200μL、生成したプラスミドDNA(目的遺伝子を組み込んだshRNAベクター又はpMXs−IRベクター)を2μg/2μL、Plus Reagent(invitrogen、製品番号11514−015)8μLを加え、15分間室温放置した。次に、DMEM FCS(−)50μLとLipofectamine Reagent(invitrogen、製品番号18324−020)12μLをあらかじめ混ぜておいたものを上記の反応液に加え、15分室温放置した。リン酸緩衝液(PBS)で細胞を洗浄し、DMEM FCS(−)を1.728mL加えた。続いて、上記の反応液を細胞に添加し、37℃にて3時間CO2インキュベーター中に放置し、遺伝子導入を行った。その後、DMEM 10%FCS 6mLで反応液を置き換えて、37℃にて約48時間培養した。
(ウイルス液の調製)
続いて、培養上清を15mLチューブ(CORNING)に移し、3,000rpm、5分、4℃の条件で遠心した。上清を新しいチューブに移し、ウイルス液とした。
(ウイルスの感染)
ウイルス感染させる前日にタモキシフェン誘導型PHGPx欠損細胞を6cm シャーレ(CORNING)に1×105cells/シャーレでまき、1日培養した。最終濃度が8μg/mLになるようにPolybrene(商標)(Hexadimethrine bromide、SIGMA、カタログ番号H9268)を加えたウイルス液5mLを、細胞の培地を置き換えることにより感染させ、24時間培養後に培地を交換した。なお、Polybrene(商標)は、クリーンベンチ内において、滅菌水で10mg/mLとなるように溶解してフィルター滅菌し、使用時に希釈して用いた。
[実験例12]
(MEK1のキナーゼ活性がリン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死に必要である)
レトロウイルスでshRNAを発現させることにより、MEK1のノックダウン細胞を作成し、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死を抑制できるか否かを検討した。
図11(a)は、検討結果を示すグラフである。まず、タモキシフェン誘導型PHGPx欠損MEF細胞株に、MEK1特異的shRNA(配列番号11)を導入し、MEK1をノックダウンした細胞を用意した(MEK1 KD)。対照として、ベクターのみを導入した細胞を用意した(Control)。更に、MEK1をノックダウンした細胞にヒトMEK1発現ベクター(hMek1)、キナーゼ活性が破壊されたヒトMEK1発現ベクター(hMek1S222A)及び対照としてベクターのみ(mock)をそれぞれ導入した。続いて、各細胞に終濃度1μMのタモキシフェンを添加した。タモキシフェンの添加から24時間後、72時間後の生細胞をKeyence社のオールインワン顕微鏡にて、ランダムに20枚の写真を撮り、付着している生細胞の数をカウントした。細胞生存率(%)は、タモキシフェンを添加後24時間後の細胞数を100(%)とし、72時間後の付着している生細胞数の割合を細胞生存率(%)として表した。
なお、ここで導入したヒトMEK1遺伝子(配列番号17)は、上述のマウスMEK1特異的shRNAに耐性であった。すなわち、ヒトMEK1遺伝子は、上述のマウスMEK1特異的shRNAによって、ノックダウンされないものであった。
その結果、MEK1のノックダウン細胞(MEK1 KD/mock)では、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が抑制された。また、MEK1をノックダウンしたうえで、ヒトMEK1遺伝子を導入した細胞(MEK1 KD/hMek1)では、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が回復した。一方、MEK1をノックダウンしたうえで、キナーゼ活性が破壊されたヒトMEK1遺伝子を導入した細胞(MEK1 KD/hMek1S222A)では、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が回復しなかった。なお、図中の星印は、5%未満の危険率で有意差があることを示す。
図11(b)に、ウエスタンブロッティングにより、MEK1タンパク質の発現を確認した結果を示す。
以上の結果から、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死には、MEK1のキナーゼ活性が必要であることが明らかとなった。
[実験例13]
(MEK1/2及びERKのリン酸化は、タモキシフェン添加後36時間以降で亢進する)
リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の過程で、いつMEKのリン酸化及びその基質であるERKのリン酸化が起きるのかについて検討した。
タモキシフェン誘導型PHGPx欠損MEF細胞株の培地に、終濃度1μMでタモキシフェンを添加した。続いて、タモキシフェンの添加から、24、27、30、33、36、39、42、45及び48時間後の細胞サンプルを用いて、抗MEK抗体、抗リン酸化MEK抗体、抗ERK抗体及び抗リン酸化ERK抗体を用いたウエスタンブロッティングを行った。
図12(a)及び図12(b)は、ウエスタンブロッティングの結果を示す写真である。その結果、タモキシフェンの添加後36〜45時間でMEK1/2のリン酸化が亢進し、タモキシフェンの添加後36〜48時間でERK2のリン酸化が亢進していることが明らかになった。ERK1のリン酸化の亢進は見られなかった。タモキシフェンを添加しない場合は、この時間におけるMEK及びERK2のリン酸化は見られなかった(図なし)。
[実験例14]
(ERK2のノックダウンはリン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死を抑制する)
レトロウイルスでshRNAを発現させることにより、ERK2のノックダウン細胞を作成し、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死を抑制できるか否かを検討した。
図13(a)は、検討結果を示すグラフである。まず、タモキシフェン誘導型PHGPx欠損MEF細胞株に、ERK2特異的shRNA(配列番号12)を導入し、ERK2をノックダウンした細胞を用意した(Erk2 shRNA−2)。対照として、ベクターのみを導入した細胞を用意した(mock)。続いて、各細胞に終濃度1μMのタモキシフェンを添加した。タモキシフェンの添加から24時間後、72時間後の生細胞をKeyence社のオールインワン顕微鏡にて、ランダムに20枚の写真を撮り、付着している生細胞の数をカウントした。細胞生存率(%)は、タモキシフェンを添加後24時間後の細胞数を100(%)とし、72時間後の付着している生細胞数の割合を細胞生存率(%)として表した。
その結果、ERK2のノックダウン細胞(Erk2 shRNA−2)では、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の抑制が認められ、ERK2をノックダウンするとリン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が抑制されることが明らかとなった。
図13(b)に、ウエスタンブロッティングにより、ERK1及びERK2タンパク質の発現を確認した結果を示す。
以上の結果から、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死には、MEKの下流で、ERK2が関与していると考えられた。
[実験例15]
(リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死経路において、リン脂質ヒドロペルオキシドの生成及びCDK4は、MEK1/2の上流で機能している)
タモキシフェンの添加から39時間後に生じるMEK及びERKのリン酸化が、タモキシフェンの添加から24時間後に生じるリン脂質ヒドロペルオキシドの生成やCDK4の活性化の下流で機能しているか否かを検討した。具体的には、タモキシフェン誘導型PHGPx欠損MEF細胞株の培地に、脂質酸化抑制剤である、ビタミンE誘導体のトロロックス(終濃度400μM)、及びCDK4阻害剤である3−ATA(終濃度10μM)を、終濃度1μMのタモキシフェンと同時に添加し、タモキシフェンの添加から39時間後に生じるMEKとERK2のリン酸化を、ウエスタンブロッティングにより検討した。
図14(a)は、ウエスタンブロッティングの結果を示す写真である。その結果、トロロックス、3−ATA添加によりMEKとERK2のリン酸化の亢進が抑制されたことから、脂質酸化、CDK4の活性化の下流にMEK−ERK2経路が位置することが明らかになった。
図14(b)は、以上の結果から明らかになったリン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死経路の一部を示すモデル図である。
[実験例16]
(リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死経路において、CDK4は、リン脂質ヒドロペルオキシドの生成の下流で機能している)
CDK4及びMEK1の活性化が、リン脂質ヒドロペルオキシドの生成の下流で機能しているか否かをフローサイトメトリーにより検討した。
図15は、フローサイトメトリーの結果を示すグラフである。タモキシフェン誘導型PHGPx欠損MEF細胞にCDK4特異的shRNA(配列番号10)を導入した細胞(Cdk4 KD)、及びMEK1特異的shRNA(配列番号11)を導入した細胞(Mek1 KD)を用意した。また、対照として、ベクターのみを導入した細胞(Control)を用意した。各細胞を、終濃度1μMのタモキシフェンの存在下又は非存在下で24時間インキュベート後、リン脂質ヒドロペルオキシドの生成を検出できる蛍光色素であるH2DCFDAで染色し、フローサイトメトリーで測定した。
その結果、CDK4又はMEK1をノックダウンした細胞においても、タモキシフェンの添加により、リン脂質ヒドロペルオキシドが増加することが確認された。この結果から、CDK4及びMEK1の活性化が、リン脂質ヒドロペルオキシドの生成の下流で機能していることが明らかとなった。
図16に、以上の結果から明らかとなった、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死経路のモデル図を示す。PHGPxが欠損すると、リン脂質の酸化一次生成物であるリン脂質ヒドロペルオキシドが、24時間後をピークとして上昇する。その下流でCDK4が活性化し、36時間後以降にMAPキナーゼ経路のMEK、ERKがリン酸化され、48時間後から72時間の間で細胞死を引き起こす。
[実験例17]
(レンチウイルスshRNAライブラリーを用いた、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の実行因子の同定)
リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の実行因子を同定するために、レンチウイルス網羅的shRNAライブラリー(SBI社)を用いたスクリーニングを行った。このシステムでは、shRNAの配列が、Genechip(商品名、アフィメトリクス社)に結合するように作成されているため、shRNAの配列の同定にGenechipを利用することができる。
まず、網羅的shRNAを発現することができるプール型のレンチウイルスを、タモキシフェン誘導型PHGPx欠損MEF細胞に感染させ、shRNA発現細胞を作製した。このshRNA発現細胞の培地に終濃度1μMのタモキシフェンを添加し、通常であれば完全に細胞死が起きる96時間後に生き残っていた細胞を回収した。回収した細胞からRNAを抽出し、細胞に導入されていたshRNA配列を含むcDNAを数回増幅し、Genechipのプローブを作成し、マイクロアレイ解析を行った。
図17は、shRNAライブラリーのスクリーニング手順の概要を示す図である。2回の実験により、2つに分けたレンチウイルス感染細胞をタモキシフェン添加後96時間後にも生存していた細胞と、タモキシフェン未添加状態で96時間後に生存している全ての細胞に含まれるshRNA配列を増幅したプローブを用いてGenechipを行い、タモキシフェン添加細胞で未添加細胞よりも濃縮されたプローブを検出した。2回の実験で濃縮された共通の細胞死実行因子の同定を試みた結果、細胞死実行因子の候補として151個の遺伝子を得た。
[実験例18]
(レトロウイルス感染系を用いた単独shRNAの発現による、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の実行因子の候補遺伝子の確定)
同定されたリン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の実行因子の候補遺伝子151遺伝子それぞれをノックダウンし、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の抑制効果を検討した。
タモキシフェン誘導型PHGPx欠損MEF細胞に、候補遺伝子のshRNA発現ベクターを、レトロウイルス感染系を用いて1種類ずつ導入し、各候補遺伝子をノックダウンした細胞を作製した。各細胞の培地に終濃度1μMのタモキシフェンを添加し、96時間後の細胞死の抑制効果を測定した。具体的には、タモキシフェンの添加から24時間後、96時間後の生細胞をKeyence社のオールインワン顕微鏡にて、ランダムに20枚の写真を撮り、付着している生細胞の数をカウントした。細胞生存率(%)は、タモキシフェンを添加後96時間後の細胞数を100(%)とし、96時間後の付着している生細胞数の割合を細胞生存率(%)として計算した。
図18は、151個の候補遺伝子について、タモキシフェンの添加から24時間後の細胞数に対する、タモキシフェンの添加から96時間後の細胞数の割合(細胞生存率(%))が高い順に並べた結果を示すグラフである。
リアルタイムPCRにより目的遺伝子の発現抑制を確認でき、かつCDK4のノックダウン細胞よりもリン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死を強く抑制できる遺伝子を17個見出した。また、リアルタイムPCRにより目的遺伝子の発現抑制を確認でき、かつリン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死を抑制する効果が、MEK1のノックダウン細胞よりも高く、CDK4のノックダウン細胞よりも低い遺伝子を20個見出した。
これらの37個の遺伝子には、アポトーシス等の既知の細胞死に関与する遺伝子は全く含まれていなかった。この結果は、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が新規の細胞死であることを更に支持するものである。
[実験例19]
(Cdadc1homologは、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の実行因子である)
上述した候補遺伝子の中から、Cdadc1homolog遺伝子(配列番号2)を見出した。本遺伝子は、新規遺伝子であった。ホモロジー検索の結果から、Cdadc1homologは、Cdcadc1の新しいバリアントであることが予想された。しかしながら、Cdadc1も機能未知の遺伝子であった。Cdadc1は、シチジンdCMPデアミナーゼドメインを2つ有すると推定されたが、Cdadc1homologは、シチジンdCMPデアミナーゼドメインを1つのみ有していると推定された。また、Cdadc1homologは、C末端の5つのアミノ酸以外はCdadc1と同一のアミノ酸配列を有していた。Cdadc1homologのアミノ酸配列を配列番号1に示す。図19(a)は、Cdadc1homolog遺伝子及びCdadc1 variant−2(Cdadc1 tv2)遺伝子の構造を示す図である。
レトロウイルス感染系でshRNAを発現させることにより、Cdadc1homologのノックダウン細胞を作成し、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死を抑制できるか否かを検討した。
図19(b)は、検討結果を示すグラフである。まず、タモキシフェン誘導型PHGPx欠損MEF細胞株に、Cdadc1homolog特異的shRNA(配列番号13)を導入し、Cdadc1homologをノックダウンした細胞を用意した(Cdadc1h KD)。対照として、ベクターのみを導入した細胞を用意した(Control)。更に、これらの細胞にCdadc1homolog発現ベクター(Cdadc1h)、Cdadc1 variant−2の発現ベクター(Cdadc1tv2)、及び対照としてベクターのみ(mock)をそれぞれ導入した。
続いて、各細胞に終濃度1μMのタモキシフェンを添加した。タモキシフェンの添加から24時間後、96時間後の生細胞をKeyence社のオールインワン顕微鏡にて、ランダムに20枚の写真を撮り、付着している生細胞の数をカウントした。細胞生存率(%)は、タモキシフェンを添加後96時間後の細胞数を100(%)とし、96時間後の付着している生細胞数の割合を細胞生存率(%)として計算した。
その結果、Cdadc1homologのノックダウン細胞(Cdadc1h KD/mock)では、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が抑制された。また、Cdadc1homologをノックダウンしたうえで、Cdadc1homolog遺伝子を導入した細胞(Cdadc1h KD/Cdadc1h)では、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が回復した。一方、Cdadc1homologをノックダウンしたうえで、Cdadc1 variant−2遺伝子を導入した細胞(Cdadc1h KD/Cdadc1tv2)では、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が回復しなかった。
以上の結果から、Cdadc1homologは、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の実行因子であることが明らかとなった。また、Cdadc1homologは、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死においてバリアント選択的な機能を有することが明らかとなった。
[実験例20]
(C87436は、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の実行因子である)
上述した候補遺伝子の中から、C87436遺伝子(配列番号4)を見出した。C87436遺伝子は、cDNAが報告されているのみの機能未知の遺伝子であった。
レトロウイルスでshRNAを発現させることにより、C87436のノックダウン細胞を作成し、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死を抑制できるか否かを検討した。
図20は、検討結果を示すグラフである。まず、タモキシフェン誘導型PHGPx欠損MEF細胞株に、C87436特異的shRNA(配列番号14)を導入し、C87436をノックダウンした細胞を用意した(C87436 KD)。対照として、ベクターのみを導入した細胞を用意した(Control)。更に、これらの細胞にC87436発現ベクター(C87436)及び対照としてベクターのみ(mock)をそれぞれ導入した。なお、C87436発現ベクターに組み込んだC87436のcDNAは、C87436特異的shRNAによりノックダウンされないようサイレント変異を導入したものを用いた。
続いて、各細胞に終濃度1μMのタモキシフェンを添加した。タモキシフェンの添加から24時間後、96時間後の生細胞をKeyence社のオールインワン顕微鏡にて、ランダムに20枚の写真を撮り、付着している生細胞の数をカウントした。細胞生存率(%)は、タモキシフェンを添加後96時間後の細胞数を100(%)とし、96時間後の付着している生細胞数の割合を細胞生存率(%)として計算した。
その結果、C87436のノックダウン細胞(C87436 KD/mock)では、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が抑制された。また、C87436をノックダウンしたうえで、C87436遺伝子を導入した細胞(C87436 KD/C87436)では、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が回復した。
以上の結果から、C87436は、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の実行因子であることが明らかとなった。
[実験例21]
(Abhd2は、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の実行因子である)
上述した候補遺伝子の中から、Abhd2遺伝子を見出した。Abhd2遺伝子はalpha/beta hydrolaseドメイン構造を有する加水分解酵素であると考えられているが、その基質は明らかにされていない。
レトロウイルス感染系でshRNAを発現させることにより、Abhd2のノックダウン細胞を作成し、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死を抑制できるか否かを検討した。
図21は、検討結果を示すグラフである。まず、タモキシフェン誘導型PHGPx欠損MEF細胞株に、Abhd2特異的shRNA(配列番号15)を導入し、Abhd2をノックダウンした細胞を用意した(Abhd2 KD)。対照として、ベクターのみを導入した細胞を用意した(Control)。更に、これらの細胞にAbhd2発現ベクター(Abhd2)及び対照としてベクターのみ(mock)をそれぞれ導入した。なお、Abhd2発現ベクターに組み込んだAbhd2のcDNAは、Abhd2特異的shRNAによりノックダウンされないようサイレント変異を導入したものを用いた。
続いて、各細胞に終濃度1μMのタモキシフェンを添加した。タモキシフェンの添加から24時間後、96時間後の生細胞をKeyence社のオールインワン顕微鏡にて、ランダムに20枚の写真を撮り、付着している生細胞の数をカウントした。細胞生存率(%)は、タモキシフェンを添加後96時間後の細胞数を100(%)とし、96時間後の付着している生細胞数の割合を細胞生存率(%)として計算した。
その結果、Abhd2のノックダウン細胞(Abhd2 KD/mock)では、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が抑制された。また、Abhd2をノックダウンしたうえで、Abhd2遺伝子を導入した細胞(Abhd2 KD/Abhd2)では、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が回復した。
以上の結果から、Abhd2は、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の実行因子であることが明らかとなった。
[実験例22]
(Cdadc1homolog、C87436及びAbhd2は、アポトーシス、ネクローシスには関与しない)
リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が抑制されたCdadc1homologのノックダウン細胞、C87436のノックダウン細胞及びAbhd2のノックダウン細胞が、アポトーシス又はネクローシスを抑制できるか否かについて検討した。
図22(a)は、アポトーシスについて検討した結果を示すグラフである。Cdadc1homologのノックダウン細胞(Cdadc1h KD)、C87436のノックダウン細胞(C87436 KD)、Abhd2のノックダウン細胞(Abhd2 KD)、及び対照細胞(Control)を用意した。各細胞の培地に、アポトーシス誘導試薬であるスタウロスポリンを、終濃度0.01〜1.50μMとなるように添加した。続いて、24時間インキュベートした後、各細胞の細胞生存率(%)をMTTアッセイにより測定した。
その結果、Cdadc1homolog、C87436及びAbhd2は、スタウロスポリン添加によるアポトーシスに対して、全く抑制効果を示さないことが明らかとなった。
図22(b)は、ネクローシスについて検討した結果を示すグラフである。Cdadc1homologのノックダウン細胞(Cdadc1h KD)、C87436のノックダウン細胞(C87436 KD)、Abhd2のノックダウン細胞(Abhd2 KD)、及び対照細胞(Control)を用意した。各細胞の培地に、ネクローシス誘導試薬であるtert−ブチルヒドロペルオキシドを、終濃度2.3〜300.0mMとなるように添加した。終濃度300mMがネクローシスを誘導する条件である。続いて、30分間インキュベートした後、各細胞の細胞生存率(%)をMTTアッセイにより測定した。
その結果、Cdadc1homolog、C87436及びAbhd2は、300mMのtert−ブチルヒドロペルオキシド添加によるネクローシスに対して、抑制効果を示さないことが明らかとなった。
しかしながら、低濃度領域のtert−ブチルヒドロペルオキシド添加では、C87436及びAbhd2遺伝子のノックダウン細胞において、弱いながらネクローシスの抑制効果が確認された。tert−ブチルヒドロペルオキシド添加により脂質酸化が誘導されることから、tert−ブチルヒドロペルオキシドを低濃度添加した条件下においては、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死経路が同時に機能していることが示唆された。
[実験例23]
(Cdadc1homolog及びC87436は、ERKリン酸化の上流で機能し、Abhd2は、ERKリン酸化の下流で機能する)
タモキシフェン誘導型PHGPx欠損MEF細胞株に、終濃度1μMのタモキシフェンを添加し、抗リン酸化ERK抗体で蛍光染色すると、タモキシフェンの添加から36時間後以降では、ERKのリン酸化が亢進した細胞を検出することができる。
そこで、タモキシフェン誘導型PHGPx欠損MEF細胞株のCdadc1homolog、C87436又はAbhd2をノックダウンし、培地に終濃度1μMのタモキシフェンを添加した場合のERKのリン酸化の亢進を検討した。
Cdadc1homologをノックダウンしたタモキシフェン誘導型PHGPx欠損MEF細胞(Cdadc1h KD)、C87436をノックダウンしたタモキシフェン誘導型PHGPx欠損MEF細胞(C87436 KD)、Abhd2をノックダウンしたタモキシフェン誘導型PHGPx欠損MEF細胞(Abhd2 KD)、及び対照としてのタモキシフェン誘導型PHGPx欠損MEF細胞(Control)を用意した。
続いて、各細胞の培地に、終濃度1μMのタモキシフェンを添加、未添加細胞を準備し、36時間後に抗リン酸化ERK抗体で蛍光染色した。続いて、蛍光顕微鏡観察により、ERKがリン酸化された細胞数を数えた。
図23(a)は、ERKのリン酸化が亢進した細胞の割合(%)を測定した結果を示すグラフである。グラフは、タモキシフェン未添加細胞におけるERKリン酸化が見られる細胞数100としたときの、タモキシフェン処理した際にリン酸化ERKを有する細胞数の増加率を計算し、ERKのリン酸化が亢進した細胞の割合(%)として表記したものである。
その結果、Abhd2遺伝子のノックダウン細胞のみにおいて、ERKのリン酸化の亢進が確認された。この結果から、Cdadc1homolog及びC87436は、ERKリン酸化の上流で機能し、Abhd2は、ERKリン酸化の下流で機能していると考えられた。図23(b)は、以上の結果から明らかになったリン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死経路の一部を示すモデル図である。
[実験例24]
(Cdadc1homologは、PHGPx欠損によるリン脂質ヒドロペルオキシドの生成に関与する)
タモキシフェン誘導型PHGPx欠損MEF細胞株のCdadc1homolog、C87436又はAbhd2をノックダウンし、培地に終濃度1μMのタモキシフェンを添加した場合のPHGPx欠損によるリン脂質ヒドロペルオキシドの生成について検討した。
図24(a)は、フローサイトメトリーにより、リン脂質ヒドロペルオキシドの生成を検出した結果を示すグラフである。具体的には、まず、Cdadc1homologをノックダウンしたタモキシフェン誘導型PHGPx欠損MEF細胞(Cdadc1h KD)、C87436をノックダウンしたタモキシフェン誘導型PHGPx欠損MEF細胞(C87436 KD)、Abhd2をノックダウンしたタモキシフェン誘導型PHGPx欠損MEF細胞(Abhd2 KD)、及び対照としてのタモキシフェン誘導型PHGPx欠損MEF細胞(Control)を用意した。
続いて、これらの細胞の培地に終濃度1μMのタモキシフェンを添加し、26時間インキュベート後、リン脂質ヒドロペルオキシドの生成を検出できる蛍光色素であるH2DCFDAで染色し、フローサイトメトリーで測定した。
その結果、Cdadc1homologのノックダウン細胞において、PHGPx欠損によるリン脂質ヒドロペルオキシドの生成が強く抑制されていることが明らかとなった。
このことから、Cdadc1homologは、PHGPx欠損によるリン脂質ヒドロペルオキシドの生成に関与すると考えられた。図24(b)は、以上の結果から明らかになったリン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死経路の一部を示すモデル図である。
[実験例25]
(PHGPx欠損によるリン脂質ヒドロペルオキシドの生成は鉄を介さない)
従来、リン脂質の酸化反応は鉄を介したフェントン反応により生じたヒドロキシラジカルを介しておきると考えられてきた。そこで、鉄のキレーターであるデフェロキサミンを用いてPHGPx欠損によるリン脂質ヒドロペルオキシドの生成が抑制できるか否かについて検討した。
検討には、リン脂質ヒドロペルオキシドの生成を検出できる蛍光色素であるH2DCFDA及びフローサイトメトリーを使用した。タモキシフェン誘導型PHGPx欠損MEF細胞株の培地に、終濃度100μMのデフェロキサミン(DFO)又は終濃度200μMのビタミンEを添加したものを用意した。これらの各細胞に、更に終濃度1μMのタモキシフェンを添加した。対照として、タモキシフェンの存在下(1μM)又は非存在下でインキュベートしたタモキシフェン誘導型PHGPx欠損MEF細胞を用いた。タモキシフェンの添加から26時間後に、各細胞をH2DCFDAで染色し、フローサイトメトリーで解析した。
図25(a)及び図25(b)は、フローサイトメトリーの結果を示すグラフである。PHGPx欠損によるリン脂質ヒドロペルオキシドの生成は、鉄のキレーターであるデフェロキサミンでは抑制できなかったが、ビタミンEでは抑制することができた。この結果から、PHGPx欠損によるリン脂質ヒドロペルオキシドの生成は鉄を介さないことが示された。
[実験例26]
(フェントン反応の抑制がリン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死に及ぼす影響)
フェントン反応を抑制すると考えられる、Manganese(III)tetrakis(4−carboxyphenyl)porphyrin(Mn−TBAP)、N−アセチルシステイン(NAC)、デフェロキサミン(DFO)をタモキシフェン誘導型PHGPx欠損MEF細胞株の培地に添加することにより、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死を抑制することができるか否かについて検討した。
Mn−TBAPは、スーパーオキサイドを消去する作用を有し、NACは過酸化水素を消去する作用を有し、デフェロキサミンは鉄をキレートする作用を有する。図26(a)は、リン脂質ヒドロペルオキシドの生成における、Mn−TBAP、NAC、デフェロキサミン、ビタミンEの作用点を示すモデル図である。
タモキシフェン誘導型PHGPx欠損MEF細胞株の培地に、Mn−TBAP(終濃度100μM)、NAC(終濃度5mM)、デフェロキサミン(終濃度100μM)又はビタミンE(終濃度200μM)を添加したものを用意した。対照として、培地に何も添加していないタモキシフェン誘導型PHGPx欠損MEF細胞を用意した。
各細胞の培地に、終濃度1μMのタモキシフェンを添加した。タモキシフェンの添加から24時間後、72時間後の生細胞をKeyence社のオールインワン顕微鏡にて、ランダムに20枚の写真を撮り、付着している生細胞の数をカウントした。細胞生存率(%)は、タモキシフェンを添加後24時間後の細胞数を100(%)とし、72時間後の付着している生細胞数の割合を細胞生存率(%)として表した。
図26(b)は、各細胞の生存率を測定した結果を示すグラフである。その結果、Mn−TBAP、NAC、デフェロキサミン(DFO)の添加では、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死を抑制することができなかった。これらの結果から、PHGPx欠損によるリン脂質ヒドロペルオキシドの生成は、フェントン反応を介さず、Cdadc1homologが関与する系で行われる可能性が考えられた。
図27に、以上の結果から明らかとなった、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死経路のモデル図を示す。
リン脂質からリン脂質ヒドロペルオキシド(PCOOH)が生成される過程にCdadc1homologが関与する。生成されたリン脂質ヒドロペルオキシドは、正常時ではPHGPxによりリン脂質ヒドロキシ体(PCOH)に還元される。
PHGPxが欠損すると、リン脂質ヒドロペルオキシドが、24時間後をピークとして上昇する。その下流でCDK4及びC87436が機能している。36時間後以降にMAPキナーゼ経路のMEK、ERKがリン酸化される。ERKリン酸化の下流ではAbhd2が機能し、48時間後から72時間後の間に細胞死を引き起こす。PHGPxが欠損する場合としては、PHGPx遺伝子が障害を受けた場合、細胞内のグルタチンが枯渇した場合、ビタミンEが不足した場合、PHGPxを標的とする薬物等による酵素の失活等が挙げられる。
[実験例27]
(心筋特異的PHGPx欠損マウスは発生過程の17.5日で心筋細胞死により致死となる)
PHGPx欠損マウスは、発生過程の7.5日で致死になることが知られている。ここでは、心臓特異的にPHGPxを欠損させたマウスを作製し、その影響を解析した。まず、PHGPx+/−マウスと、心臓特異的プロモーターである筋肉クレアチンキナーゼプロモーター(Muscle creatine kinase)の下流にCre遺伝子を有するマウス(Cre+/+)との交配を繰り返し、Cre+/+PHGPx+/−マウスを得た。
続いて、Cre+/+PHGPx+/−マウスと、上述したTg(loxP−PHGPx)+/+:PHGPx−/−マウスとを交配することにより、Cre+/−Tg(loxP−PHGPx)+/−:PHGPx−/−マウスを得た。このマウスは、心臓特異的にPHGPxを欠損する。
このようにして得られた心臓特異的PHGPx欠損マウスを観察したところ、発生過程の16.5日までは正常に生育したが、17.5日に心筋細胞が突然死を起こし、18.5日には浮腫を引き起こして致死となった。図28(a)は、発生過程の17.5日(17.5dpc)及び18.5日(18.5dpc)における、野生型マウス(Control)及び心臓特異的PHGPx欠損マウス(KO)の写真である。
また、図28(b)は、発生過程17.5日目のマウスの心臓の組織切片を、DAPI染色及びTUNEL染色(TUNEL)した結果を示す写真である。心臓特異的PHGPx欠損マウス(KO)の心臓組織では、TUNEL染色陽性の細胞(細胞死)が多数認められた。母親にビタミンE添加食(50mgビタミンE/100g餌)を毎日与えた時、発生過程17.5日目の心臓特異的PHGPx欠損マウス(KO)の心臓組織の細胞死は完全に抑制され、正常に心臟特異的PHGPx欠損マウスが産まれた。通常食で母親マウスを飼育していたときに17.5日の心臓特異的PHGPx欠損マウス胎児で起きる心筋細胞死においても、カスパーゼ3の活性化やDNAのラダーは観察されず、またリン脂質の酸化体の蓄積が観察された(図なし)。このことからこの心筋細胞死も脂質酸化を介した新規細胞死が誘導されていると考えられた。
また、図28(c)は、発生過程17.5日目のマウスの心臓におけるPHGPxタンパク質の発現をウエスタンブロッティングにより検出した結果を示す写真である。心臓特異的PHGPx欠損マウス(KO)では、PHGPxタンパク質が欠損していることが確認された。
[実験例28]
(CDK4阻害剤3−ATAの母親マウス腹腔への投与は、心臟特異的PHGPx欠損マウス18.5日胎仔の致死を抑制する)
CDK4阻害剤3−ATAを母親マウス腹腔に投与することにより、心臟特異的PHGPx欠損マウスの致死を抑制することができるか否かについて検討した。
心臟特異的PHGPx欠損マウス胎仔の発生過程14.5日、15.5日、16.5日、17.5日に、母親マウスの腹腔に1.5mg/kg体重の3−ATAを投与し、発生過程18.5日目の胎仔を観察した。
その結果、10匹の心臟特異的PHGPx欠損マウスのうち、8匹で浮腫が抑制されていた。残りの2匹には浮腫が観察された。また、浮腫が抑制されていた8匹のうち、2匹は生存していた。残りの6匹は死亡していた。
図29(a)〜(c)は、発生過程18.5日のマウス胎仔の写真である。図29(a)は、野生型マウスの写真であり、図29(b)は、3−ATAを投与しなかった心臟特異的PHGPx欠損マウスの写真であり(心臓PHGPx KO 3−ATA(−))、図29(c)は、3−ATAを投与した心臟特異的PHGPx欠損マウスの写真である(心臓PHGPx KO 3−ATA(+))。
[実験例29]
(心臓特異的PHGPx欠損マウスはビタミンE添加食により正常に育つが、通常食に変えると10日前後で突然死を引きおこす)
心臟特異的PHGPx欠損マウスの胎仔期において、母親にビタミンE添加食を与えると、致死が完全に抑制された。また、誕生した心臟特異的PHGPx欠損マウスにビタミンE添加食(50mgビタミンE/100g餌)を毎日与え続けると、正常に生育することが明らかとなった。
ここで、ビタミンE添加食は、一日量当たり130mg/kg体重のビタミンEを含んでいた。また、通常食は、一日量当たり13mg/kg体重のビタミンEを含んでいた。
図30(a)は、ビタミンE添加食を与えることにより、正常に生育した心臟特異的PHGPx欠損マウスの食餌を、通常食に変えてからの生存率を示すグラフである。正常に生育した心臟特異的PHGPx欠損マウスの食事を通常食に変えると、10日前後で突然死を引き起こすことが明らかとなった。
図30(b)は、ビタミンE添加食を与えた心臟特異的PHGPx欠損マウス(ビタミンE添加食)、食餌を通常食に変えることにより死亡した心臟特異的PHGPx欠損マウス(通常食KO(死亡))、及び通常食を与えた野生型マウス(通常食wild)の心臓中のビタミンEの量を測定した結果を示すグラフである。ビタミンE添加食を与えた心臟特異的PHGPx欠損マウスの心臓中には、心臓1g当たり約24nmolのビタミンEが含まれていた。通常食では心臓1g当たり約4nmolのビタミンEが含まれていた。このマウス致死モデルでは、心臟のビタミンE量の低下により、脂質酸化が起因となる心筋細胞死が誘導される(図なし)。
図30(c)は、ビタミンE添加食を与えた心臟特異的PHGPx欠損マウス(ビタミンE添加食心臓KO)、及び食餌を通常食に変えて10日目の心臟特異的PHGPx欠損マウス(通常食心臓KO)の死直前の心電図を示すグラフである。食餌を通常食に変えた心臟特異的PHGPx欠損マウスの心電図には不整脈が見られ、不整脈性の突然死(心不全)が認められた。
[実験例30]
(CDK4阻害剤3−ATAは、ビタミンE添加食から通常食に変えて起きる心臟特異的PHGPx欠損マウスの心不全による突然死を延命することができる)
ビタミンE添加食を与えた心臟特異的PHGPx欠損マウスの食餌を通常食に変えた後、CDK4阻害剤3−ATAを投与した場合の影響を検討した。
図31は、心臟特異的PHGPx欠損マウスの食餌を通常食に変えたマウス(Vit.E−)、心臟特異的PHGPx欠損マウスの食餌を通常食に変え、更に食餌を通常食に変えてから4日目から1日1回、2mg/kg体重の3−ATAを腹腔内投与したマウス(Vit.E−,3−ATA+)、及び心臟特異的PHGPx欠損マウスにビタミンE添加食を与え、更に実験開始後4日目から1日1回、2mg/kg体重の3−ATAを腹腔内投与したマウス(Vit.E+,3−ATA+)の生存率を示すグラフである。
心臟特異的PHGPx欠損マウスの食餌を通常食に変えたマウス(Vit.E−)(n=23)の実験開始からの生存期間の中央値は10日であった。また、心臟特異的PHGPx欠損マウスの食餌を通常食に変え、更に食餌を通常食に変えてから4日目から1日1回、2mg/kg体重の3−ATAを腹腔内投与したマウス(Vit.E−,3−ATA+)(n=6)の実験開始からの生存期間の中央値は18日であった。これらの結果には、1%未満の危険率で有意差が認められた。
以上の結果から、CDK4阻害剤3−ATAは、ビタミンE添加食から通常食に変えて起きる心臟特異的PHGPx欠損マウスの心不全による突然死を延命することができることが示された。
[実験例31]
(MEK阻害剤U−0126は、ビタミンE添加食から通常食に変えて起きる心臟特異的PHGPx欠損マウスの心不全による突然死を延命することができる)
ビタミンE添加食を与えた心臟特異的PHGPx欠損マウスの食餌を通常食に変えた後、MEK阻害剤U−0126を投与した場合の影響を検討した。
図32は、心臟特異的PHGPx欠損マウスの食餌を通常食に変えたマウス(Vit.E−)、心臟特異的PHGPx欠損マウスの食餌を通常食に変え、更に食餌を通常食に変えてから4日目から1日1回、3mg/kg体重のU−0126を腹腔内投与したマウス(Vit.E−,U−0126+)、及び心臟特異的PHGPx欠損マウスにビタミンE添加食を与え、更に実験開始後4日目から1日1回、3mg/kg体重のU−0126を腹腔内投与したマウス(Vit.E+,U−0126+)の生存率を示すグラフである。
心臟特異的PHGPx欠損マウスの食餌を通常食に変えたマウス(Vit.E−)(n=23)の実験開始からの生存期間の中央値は10日であった。また、心臟特異的PHGPx欠損マウスの食餌を通常食に変え、更に食餌を通常食に変えてから4日目から1日1回、3mg/kg体重のU−0126を腹腔内投与したマウス(Vit.E−,U−0126+)(n=7)の実験開始からの生存期間の中央値は20日であった。これらの結果には、1%未満の危険率で有意差が認められた。
以上の結果から、MEK阻害剤U−0126は、ビタミンE添加食から通常食に変えて起きる心臟特異的PHGPx欠損マウスの心不全による突然死を延命することができることが示された。