以下に、本発明の実施形態について説明をする。ただし、本発明は、以下の実施形態に限定されることなく、その要旨を逸脱しない範囲内で種々の変形が可能である。
(本発明の実施形態に係るMeOHを酸化する方法)
本発明の実施形態に係るMeOHを酸化する方法は、MeOHを、ADH、ALDH、及びFDHを用いて3段階の反応で酸化することを含んで構成される。第1段階目は、MeOHのADHによる酸化反応であり、Falが生成する。第2段階目は、第1段階目で生成したFalのALDHによる酸化反応であり、FAが生成する。第3段階目は、第2段階目で生成したFAのFDHによる酸化反応であり、CO2まで最終分解される。
本実施形態に係るADHは、アルコールを酸化してFalを生成する反応を触媒する酵素である。好ましくは、MeOHを基質とし、好ましくは、NAD
+またはニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸(以下、「NADP
+」と称する場合がある)依存性のADHである。したがって、ADHは反応式(1)に示す通り、MeOHを酸化しFalを生成すると共に、NAD
+またはNADP
+を還元してNADHまたはNADPHを生成する反応を触媒することが好ましい。
本実施形態に係るALDHは、アルデヒドを酸化しカルボン酸を生成する反応を触媒する酵素である限り、特に制限なく使用することができる。好ましくは、Falを基質とし、好ましくは、NAD
+またはNADP
+依存性のALDHである。したがって、ALDHは反応式(2)で示す通り、Falを酸化しFAを生成する共に、NAD
+またはNADP
+を還元してNADHまたはNADPHを生成する反応を触媒することが好ましい。
本実施形態に係るFDHは、FAを酸化しCO
2を生成する反応を触媒する酵素である限り、特に制限なく使用することができる。好ましくは、NAD
+またはNADP
+依存性のFDHである。したがって、FDHは反応式(3)で示す通り、FAを酸化しCO
2を生成する共に、NAD
+またはNADP
+を還元してNADHまたはNADPHを生成する反応を触媒することが好ましい。
本実施形態に係るADH、ALDH、及びFDHは、上記性質を有する限り、その由来は特に制限されない。したがって、天然に存在する生物体から適当なタンパク質の単離精製技術により精製された天然由来のものであってよく、また遺伝子工学的手法により組み換え体として製造されたものあるいは化学的に合成されたものあってもよい。さらには、市販品を利用することもできる。
ADHは、例えば、EC.1.1.1.1、EC.1.1.1.2、EC.1.1.1.71、EC.1.1.1.244に属するものが挙げられ、Pichia属、特にはPichia angusta 由来のADH Class Iを利用することができる。ALDHは、例えば、EC.1.2.1.3、EC.1.2.1.4、 EC.1.2.1.5、及びEC.1.2.1.46に属するものが挙げられ、Pseudomonas属、特にはPseudomonas putida由来のALDHを利用することができる。FDHは、例えば、EC.1.2.1.2、EC.1.2.1.43に属するものが挙げられCandida属、特には Candida boidinii由来のFDHを利用することができる。
遺伝子工学的手法により製造する場合には当該技術分野で公知の方法を利用することができる。具体的には、所望の酵素遺伝子の塩基配列を基にして作成したDNAをプローブとして用いるハイブリダイゼーション法により、生物体由来のゲノムDNA、全RNAから逆転写反応によって合成したcDNA等から所望の酵素をコードする核酸分子を調製することができる。ここで用いられるプローブは、所望の酵素と相補的な配列を含むオリゴヌクレオチドであり、常法に基づいて調製することができる。例えば、化学合成法の他、既に標的となる核酸が取得されている場合にはその制限酵素断片等が利用可能である。
また、所望の酵素遺伝子の塩基配列を基にして作成したプライマーとして用いるPCRによっても同様に、生物体由来のゲノムDNA、cDNAを鋳型として所望の酵素をコードする核酸分子を調製することができる。PCRを利用する場合に用いられるプライマーは、所望の酵素をコードする核酸配列と相補的な配列を含むオリゴヌクレオチドであり、上記プローブと同様にして常法に基づいて調製することができる。化学合成法に基づきプローブまたはプライマーを調製する場合には、合成に先立って標的核酸の配列情報に基づいてプローブまたはプライマーの設計を行う。
ここで、相補的とは、プローブまたはプライマーと標的核酸分子とが塩基対合則にしたがって特異的に結合し安定な二重鎖構造を形成できることを意味する。ここで、完全な相補性のみならず、プローブまたはプライマーと標的核酸分子が互いに安定な二重鎖構造を形成し得るのに十分である限り、いくつかの核酸塩基のみが塩基対合則に沿って適合する部分的な相補性であっても許容される。プローブまたはプライマーの長さはGC含量等の標的核酸の配列情報、並びに、反応温度、反応液中の塩濃度等のハイブリダイゼーション反応条件等の多くの因子に依存して決定される。
さらに、常法のホスホルアミダイト法等のDNA合成法を利用して、所望の酵素をコードする核酸分子を化学的に合成することができる。得られた核酸分子を用いて、当該技術分野で公知の遺伝子組換え技術により所望の酵素を製造することができる。
具体的には、所望の酵素をコードする核酸分子を適当な発現ベクター中に挿入し、これを宿主に導入することによって形質転換体を作製する。ここで、利用可能なベクターとしては、外来DNAを組み込め、かつ宿主細胞中で自律的に複製可能なものであれば特に制限はない。そして、ベクターは、外来遺伝子がその機能を発現できるように組み込まれ、機能発現に必要な他の既知の塩基配列が含まれていてもよい。例えば、プロモータ配列、リーダー配列、シグナル配列、並びにリボソーム結合配列等が挙げられる。さらに、宿主において表現型選択を付与することが可能なマーキング配列等をも含ませることができる。
ベクターへの外来遺伝子の挿入は、例えば、適当な制限酵素で所望の酵素をコードする核酸分子を切断し、適当なベクターの制限酵素部位、またはマルチクローニング部位に挿入して連結する方法等を用いることができるが、これに限定されない。
形質転換体の作製に際して宿主となる細胞としては、外来遺伝子を効率的に発現できる宿主細胞であれば、特に制限はない。原核生物細胞を好適に利用でき、特には大腸菌を利用することができる。その他、枯草菌、バシラス属細菌、シュードモナス属細菌等をも利用できる。さらに、原核生物に限定されず真核生物細胞を利用することが可能である。形質転換法としては、塩化カルシウム法、エレクトロポレーション法、リポソームフェクション法、マイクロインジェクション法等を既知の方法を利用することができる。
続いて、得られた形質転換体を、導入された核酸分子の発現を可能にする条件下で適切な栄養培地中で培養し、所望の酵素を製造する。培養は、常法に準じて行うことができ、宿主細胞の栄養生理学的性質を勘案して、培養条件を選択すればよい。利用される培地としては、宿主細胞が資化し得る栄養素を含み、形質転換体におけるタンパク質の発現を効率的に行えるものであれば特に制限はない。また、培養形態についても特に制限はないが、大量培養の観点から液体培地が好適に利用できる。
所望の組換えベクターを保持する宿主細胞の選別は、例えば、マーキング配列の発現の有無により行なうことができる。例えば、マーキング配列として薬剤耐性遺伝子を利用する場合には、薬剤耐性遺伝子に対応する薬剤含有培地で培養することによって行うことができる。
形質転換体の培養物から、所望の酵素を単離精製するには、通常のタンパク質の単離、精製法を用いることができる。精製は、上記形質転換体の培養物から、所望の酵素の存在する画分に応じて、一般的なタンパク質の単離精製方法に準じた手法を適用すればよい。具体的には、所望の酵素が宿主細胞外に生産される場合には、培養液をそのまま利用するか、遠心分離、濾過等の手段により宿主細胞を除去して培養上清を得る。続いて、培養上清に、当該技術分野で公知のタンパク質精製方法を適宜選択することにより、単離精製することができる。
所望の酵素が宿主細胞内で産生される場合には、培養物を遠心分離、濾過等の手段により宿主細胞を回収する。続いて、酵素的破砕方法、または超音波処理、凍結融解、浸透圧ショック等の物理的破砕方法等により、宿主細胞を破砕する。破砕後、遠心分離、濾過等の手段により可溶化画分を収集する。得られた可溶化画分を、前述の細胞外に生産できる場合と同様に処理することにより単離精製することができる。
アミノ酸配列が当該技術分野で公知である酵素については、化学的合成技術によっても製造することができる。例えば、所望の酵素のアミノ酸配列の全部、または一部を、ペプチド合成機を用いて合成し、得られるポリペプチドを適当な条件の下で、再構築することにより調製することもできる。アミノ酸配列が公知である酵素のアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換、付加の改変が加えられたアミノ酸配列を有するもの等、少なくとも80%、90%、95%の配列同一性を有する改変体についても、所望の活性を有する限り利用することができる。
さらに、酸素の還元反応を触媒できる限り、微生物、細胞小器官及び細胞等の生物体自体であってもよい。また、これらの生物体からの粗精製物であってもよい。
本実施形態に係るADH、ALDH、及びFDHは、上述の通り、好ましくはNAD+またはNADP+を補酵素とするものである。酸化型であるNAD+及びNADP+は電子及び水素を受け取りやすく、還元型であるNADH及びNADPHでは電子及び水素を放出しやすいことから、NAD+及びNADP+は電子及び水素の伝達体として働く。
本実施形態に係るMeOHを酸化する方法において、ALDH濃度は以下の数式(A)で表される濃度に定義する。かかるALDH濃度は、ADH及びALDHのK
m値、ADH及びALDHのk
cat値、反応系中に存在するADH濃度、MeOH濃度、及びメトキシメタノール生成を抑制可能なホルムアルデヒド濃度に基づいて規定される。ADH濃度及びMeOH濃度は当該反応系における初期濃度である。ALDH濃度をこのように定義することで、ADH及びALDHが共存する反応系を適切に制御することができる。
(数式、[ALDH]はALDH濃度(M)を示し、[ADH]はADH濃度(M)を示し、[MeOH]はMeOH濃度(M)を示し、[Fal]’ は、メトキシメタノール生成を抑制可能なFal濃度(M)を示し、K
m,ADHはADHのK
m値(M)を示し、K
m,ALDHはALDHのK
m値(M)を示し、k
cat,ADHはADHのk
cat値(s
-1)を示し、k
cat,ALDHはALDHのk
cat値(s
-1)を示す。)
Km及びkcatは、酵素の反応速度と基質濃度の関係を示す酵素反応速度論、特にはミカエリス・メンテン式(Michaelis-Menten kinetics)に基づいて定義された各酵素に固有のものである。Km及びkcatは、酵素の反応機構の解明、並びに酵素の触媒能や基質濃度の解析などを行う上で重要な意義を有する。
Kmは、ミカエリス定数(Michaelis constant)とも称される。各酵素Eに固有の定数で、酵素基質複合体ESの解離平衡定数にほぼ等しくなり、各酵素Eの基質Sに対する親和性を示す尺度である。モル濃度で表され、本明細書ではMで表す。Km値は、最大反応速度Vmaxの50%の反応速度を与える基質濃度[S]に等しい。したがって、Km値は、ある基質Eとの親和性の大きい酵素αと親和性の小さい酵素βの最大反応速度Vmaxが双方とも同一であっても、Km値は酵素αより酵素βの方が大きくなる。最大反応速度Vmaxは、酵素Eの基質結合部位に対して基質Sが飽和したときの反応速度であり、これ以上、基質濃度[S]を増やしても反応速度vは増加しない酵素の触媒限界を表す値である。単位時間当たりの生成物量で表され、本明細書ではM s-1で表す。なお、Vmaxは定数ではなく、全酵素濃度[E]0に依存するパラメーター的なものであるといえる。ここで、全酵素濃度[E]0は、基質と結合していない酵素 E と、基質 S と結合した酵素 ES の 2 種類の酵素Eの濃度の和となる。
Km値は、当該技術分野で公知の方法により算出することができる。例えば、他のすべての条件を一定にして基質濃度〔S〕を増加させながら反応速度vを測定し、X軸に基質濃度[S]、Y軸に反応速度vをプロットすることによりKm及び最大反応速度Vmaxを求めることができる。また、X軸に基質濃度の逆数1/[S]、Y軸に反応速度の逆数1/vをプロットしたラインウィーバー−バーク(Lineweaver-Burke)プロットから算出することができ、X切片が-1/Km、Y切片が1/VmaxであることからKm、Vmaxを求めることができる。さらに、ヘインズ-ウルフ(Hanes-Woolf)プロット、Eadie-Hofstee(イーディー‐ホフステー)プロット、Cornish-Bowden(コーニッシュボーデン)プロット等を利用して求めることができる。また、解析用ソフトウエアを利用することもできる。
kcatは、反応回転数(turnover number)とも称される。Kmと同様に各酵素に固有の定数で、酵素の触媒効率の尺度である。kcat値は、各酵素が基質と最大反応速度Vmaxで反応するとき、1分子の酵素が単位時間あたりに生成物に変換できる基質分子数を示し、本明細書ではs-1で表す。kcat値は、Vmax値から求めることができ、詳細にはkcat = Vmax/[E]0で表すことができる。したがって、kcat値はもう一つのVmaxの表し方であるといえるが、kcat値は全酵素濃度[E]0に依存するものではない。
本実施形態に係るALDH濃度[ALDH]は上記の数式(A)によって規定されるものであるが、かかる数式(A)は以下の手順により求められたものである。
本実施形態に係るMeOHを酸化する方法で用いるADH、ALDH、FDHの反応速度は下記の数式で表すことができ、具体的にはADHの反応速度v
ADHは下記の数式(1)で、ALDHの反応速度v
ALDHは下記数式(2)で、FDHの反応速度v
FDHは下記の数式(3)で表すことができる。かかる数式は、ミカエリス・メンテン式におけるV
maxをk
cat・[E]
0で置き換えることによって求めたものである。なお、以下において[]は[]内に記載の物質の濃度(M)を示し、K
m,xは酵素xのK
m値(M)、k
cat,xは酵素xのk
cat値(s
-1)、v
xは酵素xの反応速度(Ms
-1)を示すものとする。
反応系が定常状態に達し、3段階反応による反応速度が最大となる時、各酵素の反応速度vは等しくなる。したがって、このときのv
ADH、v
ALDH及びv
FDHの関係は下記の数式(4)で表される。
この時、反応系内のホルムアルデヒド濃度[Fal]は、以下の数式(5)で表される。かかる数式(5)は、上記の数式(2)において、上記の数式(4)で示すv
ADH=v
ALDHより、v
ALDHをv
ADHに置き換えることで導くことができる。
続いて、ギ酸メチル生成を抑制できるホルムアルデヒド濃度を[Fal]’とすると、反応系内のホルムアルデヒド濃度が[Fal]’以下になるよう[ALDH]濃度を設定する必要がある。したがって、上記の数式(5)から、下記の数式(6)が導かれる。
上記の数式(6)を、左辺にALDH濃度[ALDH]がくるように変形すると、下記の数式(7)が導かれる。
ここで得られた数式(7)を、上記の数式(1)に代入することで、上記の数式(A)となり、反応系においてギ酸メチル生成を抑制できるALDH濃度が得られる。
本実施形態に係るMeOHを酸化する方法は、通常の条件下で行うことができ、ADH、ALDH及びFDHがその触媒活性を発揮し得る条件であれば特に制限はない。酵素を構成するタンパク質は、熱、pH、塩濃度などの条件によって立体構造が不可逆的に変わり失活することあることから、常温、常圧、中性付近のpH、適度なイオン強度などの温和な条件に設定する。好ましくは、各酵素の至適温度及び至適pH付近に調整した水性環境内で行う。一般的に酵素は、その由来する生物体の温度、またはそれより少し高い温度を至適温度とし、30〜40℃付近を至適温度とする酵素が多く、pH5.0〜9.0の間に至適活性をもつ酵素が多い。pHの調整は、適当な緩衝成分を含む緩衝液によって行うことができる。緩衝成分としては、特に制限はなく、水性環境下において酸または塩基と反応する無機及び有機化合物であってよい。例えば、炭酸塩、リン酸塩、ホウ酸塩、酒石酸塩、クエン酸塩、トリス(ヒドロキシメチル)アミノメタン(TRIS)、4−(2−ヒドロキシエチル)−ピペラジン−1−エタン スルホン酸(HEPES)、3−モルフォリノプロパン スルホン酸(MOPS)等を例示することができる。これらは単独で用いてもよいが、2種以上を組み合わせて使用することができる。
本実施形態に係るMeOHを酸化する方法において、ALDH濃度は、酸化反応速度が最大になるように当該酵素及び上流側酵素であるADHのKm値及びkcat値、ADH濃度、並びに基質濃度に基づいて定義した。このように定義したことから、第1段階目のADHによる酸化反応により生成したFalは、順次、第2段階目のALDHによる酸化反応に移行して効率的に酸化される。このようにFalが速やかに酸化されることから、Falが反応系中に蓄積することを抑制できる。背景技術の項で説明した通り、MeOHとFalが共存するとメトキシメタノールが生成し、さらにADHによりメトキシメタノールからギ酸メチルが生成される副反応の存在が報告されている(先行技術文献の非特許文献3及び非特許文献4を参照のこと)。かかるギ酸メチルはADH、ALDH及びFDHの何れによっても酸化できないことから、副反応の存在により、MeOHがもつエネルギーを他の形態に変換する際の変換効率及び変換速度が低下することが従来において問題であった。一方、本実施形態に係るMeOHを酸化する方法においては、Falが速やかに酸化されることから、メトキシメタノールの生成を抑制することができ、さらにはギ酸メチルの生成を抑制することができる。これにより、MeOHの3段階の反応系によるCO2の酸化反応は効率的に進行する。したがって、当該反応系の酸化反応速度を向上させることができ、高い変換効率及び変換速度でMeOHのもつ化学エネルギーを電気エネルギーに変換するなど、MeOHのもつエネルギーを効率的に変換することが実現できる。
本実施形態に係るMeOHを酸化する方法は、ALDH濃度を当該酵素及び上流側酵素であるADHのKm値及びkcat値をもって定義したことから、特にギ酸メチルの生成の要因と成るFalの蓄積を抑制でき、MeOHの高いエネルギー変換効率及び変換速度を実現することができる。Km値、及びkcat値は酵素の反応速度論に基づく値であるが、酵素の反応速度は、酵素濃度と基質濃度によって規定される。本実施形態の係るMeOHを酸化する方法は多段階反応として構成されるが、多段階反応における2段目以降の酵素の基質は、上流酵素の反応物であり、反応中間体であるといえる。かかる反応中間体濃度は、反応系構築において重要な要素であり、特に反応中間体による副反応が存在する場合、反応中間体濃度の制御は必須となる。中間体濃度は、上記の数式(5)のように上流側酵素の反応速度、並びに当該中間体の酸化に係る酵素の濃度、Km値及びkcat値によって決定することができ、これにより効果的に反応系を制御することが可能となる。
一方、必要な酵素量を、酵素活性の単位である(ユニット(unit:U))をもって規定することが従来において一般的に行われていた。ここで、ユニットは、至適条件下で、1分間に1μmolの基質の反応に関与する酵素力価を1Uと規定されている。しかしながら、ユニットだけでは、上流酵素の反応速度の設定は可能であるが反応中間体濃度の制御には情報不足であるという問題点があった。特に、酵素の親和性を表すKm値が無いために反応中間体濃度のコントロールには情報不足である。したがって、多段階反応における最適条件設定には、Km値及びkcat値に基づいて定義する必要があると考えられる。
ここで、ADH、ALDH、及びFDHにより3段階でMeOHを酸化していく過程で、1分子のメタノールに対して各段階でNAD+またはNADP+から1分子のNADHまたはNADPHを生成する。かかるNADHまたはNADPHは、各酵素の基質から引き抜いた電子を各2分子ずつ有している。したがって、1分子のMeOHから3分子のNADHまたはNADPHを生成すると共に、6分子の電子を生成することができる。このように、本実施形態に係るMeOHを酸化する方法は、MeOHから電子や水素を製造するために利用でき、また、電極反応と共役させ生成した電子を適当な電極基材に受け渡すように構成することによりバイオ燃料電池に利用することができる。特に、本実施形態に係るMeOHを酸化する方法は、ALDH濃度を定義することでMeOHのもつエネルギーの変換効率及び変換速度が向上されていることから、電子及び水素の製造効率を向上できると共に、高性能なバイオ燃料電池を提供することが可能となる。
本発明の実施形態に係るMeOHを酸化する方法において、好ましくは、FDH濃度は以下の数式(B)で表される濃度に定義する。かかるFDH濃度は、ADH及びFDHのK
m値、ADH及びFDHのk
cat値、反応系中に存在するADH濃度、MeOH濃度、FA濃度に基づいて定義される。このようにFDH濃度を定義することにより、ADH、ALDH、及びFDHが共存する反応系を適切に制御することができる。
(数式中、[FDH]はFDH濃度(M)を示し、[ADH]はADH濃度(M)を示し、[MeOH]はMeOH濃度(M)を示し、[FA] はFA濃度(M)を示し、K
m,ADHはADHのK
m値(M)を示し、K
m,FDHはFDHのK
m値(M)を示し、k
cat,ADHはADHのk
cat値(s
-1)を示し、k
cat,FDHはFDHのk
cat値(s
-1)を示す。)
本別実施形態に係るFDH濃度[FDH]は、上記の数式(B)によって規定されるものであるが、かかる数式(B)は以下の手順により求められたものである。
反応中間体を蓄積せず、ADH、ALDH、及びFDHの反応を効率的に進めるためのADHの反応速度v
ADH及びFDHの反応速度v
FDHの関係は下記の数式(8)で表される。
上記の数式(8)に、上記の数式(1)及び数式(3)を代入すると、下記の数式(9)が導かれる。
続いて、上記の数式(9)を左辺にFDH濃度[FDH]がくるように変形すると、上記の数式(B)が導かれる。反応液中のギ酸濃度[FA]に応じて、必要なFDH濃度[FDH]が与えられる。
このようにALDH濃度に加え、酸化反応速度を最大になるようにFDH濃度をも定義することにより、第1段階目のADHによる酸化反応で生成したFalは、順次、第2段階目の反応に移行して効率的にALDHにより酸化され、続いて、第2段階目のALDHによる酸化反応で生成したFAは、順次、第3段階目の反応に移行して効率的にFDHにより酸化される。このようにFalが効率的に酸化され、さらにFalのALDHによる酸化産物であるFAについても速やかに酸化されることからFalが反応系中に蓄積することをさらに抑制できる。これにより、FalとMeOHとの反応によるメトキシメタノールの生成することをさら効果的に抑制することができ、ギ酸メチルの生成を抑制することができる。そして、MeOHの3段階の反応によるCO2までの酸化が特に効率的に進行することから、当該反応系の酸化反応速度を向上できると共に、MeOHがもつエネルギーを他の形態に変換する際の変換効率及び変換速度をさらに向上することができる。
(本実施形態に係る酵素混合物)
本実施形態に係る酵素混合物は、ADH、ALDH及びFDHを含んで構成され、MeOHを各酵素により3段階で酸化するための酵素混合物である。上述した通り、第1段階目は、MeOHのADHによる酸化反応であり、Falが生成する。第2段階目は、第1段階目で生成したFalのALDHによる酸化反応であり、FAが生成する。第3段階目は、第2段階目で生成したFAのFDHによる酸化反応であり、CO2まで最終分解することができる。
本実施形態に係る酵素混合物に含まれるALDH濃度[ALDH]は以下の数式(A)で表される濃度に設定する。かかるALDH濃度[ALDH]は、上述した通り、ADH及びALDHのK
m値、ADH及びALDHのk
cat値、反応系中に存在するADH濃度、MeOH濃度、メトキシメタノール生成を抑制可能なホルムアルデヒド濃度(M)に基づいて規定される。
(数式中、[ALDH]はALDH濃度(M)を示し、[ADH]はADH濃度(M)を示し、[MeOH]はMeOH濃度(M)を示し、[Fal]’ は、メトキシメタノール生成を抑制可能なFal濃度(M)を示し、K
m,ADHはADHのK
m値(M)を示し、K
m,ALDHはALDHのK
m値(M)を示し、k
cat,ADHはADHのk
cat値(s
-1)を示し、k
cat,ALDHはALDHのk
cat値(s
-1)を示す。)
本実施形態に係る酵素混合物は、さらに追加の成分を含んで構成されていてもよい。追加の成分としては、例えば、ADH、ALDH及びFDHの補酵素であるNAD+やNADPが挙げられる。さらに、ジアホラーゼ等のNADHまたはNADPHを酸化できるNADHまたはNADPH酸化酵素等や、適当な電子受容体を含んで構成してもよい。
電子受容体としては、一重結合と二重結合が交互に並んだπ共役系化合物であることが好ましい。例えば、電子メディエーターは、特に限定されるものではないが、例えば、5-メチルフェナジニウムメチルスルファート(フェナジンメトスルファート:PMS)、5-エチルフェナジニウムメチルスルファート(フェナジンエトスルファート:PES)等、のフェナジン系化合物、フェノチアジン系化合物、フェリシアン化カリウム等のフェリシアン化物、フェロセンやジメチルフェロセン、フェロセンカルボン酸等のフェロセン系化合物、ナフトキノン、アントラキノン、ハイロドキノン、ピロロキノリンキノン等のキノン系化合物、シトクロム系化合物、ベンジルビオロゲンやメチルビオロゲン等のビオロゲン系化合物、ジクロロフェノールインドフェノール等のインドフェノール系化合物等が挙げられる。フェナジン系化合物の1-メトキシ-5-メチルフェナジニウムメチルスルファート(以下、「mPMS」と称する場合がある)が特に好ましく例示できる。
さらに、適当な緩衝成分を含んで構成してもよく、緩衝成分により酵素が機能しやすいpH付近に制御することができる。緩衝成分については上述した。
本実施形態に係る酵素混合物の形態に制限はなく、例えば、溶液、凍結乾燥物、また電極基材等の適当な担体に固定したものであってもよい。また、各酵素を独立して調製し、使用に際して混合するようにしてもよい。
本実施形態に係る酵素混合物は、好ましくは、FDH濃度[FDH]は以下の数式(B)で表される濃度に設定して含まれる。かかるFDH[FDH]濃度は、ADH及びFDHのK
m値、ADH及びFDHのk
cat値、反応系中に存在するADH濃度、MeOH濃度、FA濃度に基づいて定義される。
(数式中、[FDH]はFDH濃度(M)を示し、[ADH]はADH濃度(M)を示し、[MeOH]はMeOH濃度(M)を示し、[FA] はFA濃度(M)を示し、K
m,ADHはADHのK
m値(M)を示し、K
m,FDHはFDHのK
m値(M)を示し、k
cat,ADHはADHのk
cat値(s
-1)を示し、k
cat,FDHはFDHのk
cat値(s
-1)を示す。)
本実施形態に係る酵素混合物によれば、MeOHをADH、ALDH、及びFDHを利用して3段階でCO2まで効率的に酸化することができる。含まれるALDH濃度を、酸化反応速度が最大になるよう当該反応系を構成する酵素のKm値及びkcat値、酵素濃度、並びに基質濃度により定義したことから、第1段階目のADHによる酸化反応により生成したFalは、順次、第2段階目のALDHによる酸化反応に移行して効率的に酸化される。このようにしてFalは速やかに酸化され、Falが反応系中に蓄積することを抑制できる。かかる酵素混合物を利用することで、メタノールの効率的な酸化を妨げるメトキシメタノール及びギ酸メチルが生成する副反応を抑制することができる。これにより、MeOHの3段階の反応系によるCO2の酸化反応は効率的に進行し、当該反応系の酸化反応速度を向上させることができ、高い変換効率及び変換速度でMeOHのもつエネルギーを他の形態に変換することが実現できる。
さらに、含まれるALDH濃度に加え、酸化反応速度が最大になるようFDHの濃度を定義したことにより、MeOHをADH、ALDH、及びFDHを利用して3段階でCO2までさらに効率的に分解できる酵素混合物を提供することができる。このようにALDH濃度に加えFDH濃度をも定義することにより、第1段階目のADHによる酸化反応で生成したFalは、順次、第2段階目の反応に移行して効率的にALDHにより酸化され、続いて、第2段階目のALDHによる酸化反応で生成したFAは、順次、第3段階目の反応に移行して効率的にFDHにより酸化される。Falが効率的に酸化され、さらにFalのALDHによる酸化産物であるFAについても速やかに酸化されることからFalが反応系中に蓄積することをさらに抑制できる。これにより、メタノールの効率的な酸化を妨げるメトキシメタノール及びギ酸メチルの生成をさらに効果的に抑制することができ、MeOHの3段階の反応によるCO2までの酸化反応が特に効率的に進行する。したがって、当該反応系の酸化反応速度をさらに向上させることができ、さらに高い変換効率及び変換速度でMeOHのもつエネルギーを他の形態に変換することが実現できる。
本実施形態に係る酵素混合物は、MeOHを効率的に酸化するために必要な酵素を、最適濃度に調製した形態で提供することができ、取り扱い性の向上を図ることができる。
本実施形態に係る酵素混合物は、MeOHから電子や水素を製造するために利用でき、また、電極反応と共役させ生成した電子を適当な電極基材に受け渡すように構成することによりバイオ燃料電池の電極触媒として利用することができる。特に、MeOHのもつエネルギーの変換効率及び変換速度が向上されていることから、電子及び水素の製造効率を向上できると共に、高性能なバイオ燃料電池を提供することが可能となる。
(本発明の実施形態に係るバイオ燃料電池)
本発明の実施形態に係るバイオ燃料電池は、アノード側電極、カソード側電極、及び電解質層を1組含んで構成されるバイオ燃料電池用セルを少なくとも1つ含んで構成され、かかるバイオ燃料電池用セルを積層することによりセルスタックを形成することができる。
アノード側電極は、本実施形態に係る酵素混合物を電極触媒として含んで構成される。したがって、アノード側電極の電極触媒は、ADH、ALDH、及びFDHで構成され、ALDH濃度[ALDH]は下記の数式(A)で表され、好ましくはFDH濃度[FDH]は下記の数式(B)で表される。
(数式中、[ALDH]はALDH濃度(M)を示し、[ADH]はADH濃度(M)を示し、[MeOH]はMeOH濃度(M)を示し、[Fal]’ は、メトキシメタノール生成を抑制可能なFal濃度(M)を示し、K
m,ADHはADHのK
m値(M)を示し、K
m,ALDHはALDHのK
m値(M)を示し、k
cat,ADHはADHのk
cat値(s
-1)を示し、k
cat,ALDHはALDHのk
cat値(s
-1)を示す。)
(数式中、[FDH]はFDH濃度(M)を示し、[ADH]はADH濃度(M)を示し、[MeOH]はMeOH濃度(M)を示し、[FA] はFA濃度(M)を示し、K
m,ADHはADHのK
m値(M)を示し、K
m,FDHはFDHのK
m値(M)を示し、k
cat,ADHはADHのk
cat値(s
-1)を示し、k
cat,FDHはFDHのk
cat値(s
-1)を示す。)
本実施形態に係るバイオ燃料電池は、アノード側電極とカソード側電極とが、電解質層を挟んで対向するように配置され、アノード側電極とカソード側電極は外部回路によって接続されている。アノード側は、アノード側電極に燃料を供給できるように燃料タンクが取り付けられ、カソード側は、例えば、空気極として構成する場合には大気中の酸素を取り入れられるように空気取り込み口等が形成されている。好ましくは、バイオ燃料電池用セルは、セパレーター、燃料タンク、アノード、電解質層、カソード、セパレーターの順で積層して構成される。
燃料をアノード側電極側に供給することにより、燃料は、ADH、ALDH、及びFDHにより順次酸化されていく。各段階の反応において各酵素によって各電子が取り出され、その際にプロトンが発生する。そして、この電子は、直接、または酵素反応と電極間の電子伝達を仲介するための電子メディエーターを通してアノード側電極に受け渡たされる。そして、アノード側電極から外部回路を通ってカソード側電極に電子が受け渡されることによって電流が発生する。一方、アノード側電極側で発生したプロトンが電解質層を通って、カソード側電極側に移動し、外部回路を通してアノード側から移動してきた電子と反応し水を生成する。カソード側電極側は、酸素や過酸化水素等の酸化剤を還元して電子を伝達することのできる触媒を固定して構成されることが好ましく、アノード側電極側で発生したプロトンが酸素と反応することによって水を生成するように構成される。また、カソード側電極としては、例えば、ピルビン酸オキシダーゼ、ラッカーゼ等のマルチ銅酵素等の酵素が固定された電極を使用することもできる。
本実施形態に係るアノード側電極は、本実施形態に係る酵素混合物を構成するADH、ALDH、及びFDHを電極触媒として適当な電極基材に固定したものである。電極基材としては、導電性基材を用いる。例えば、カーボンクロス、カーボンフェルト、カーボンペーパー、グラファイト、グラッシーカーボン等のカーボン電極基材、アルミニウム、銅、金、白金、銀、ニッケル、パラジウム等の金属または合金、SnO2、In2O3、WO3、TiO2等の導電性酸化物等、従来公知の材質の導電性の物質を使用することができる。特には、広い電位窓を有し安定した電極性能を発揮し得るカーボン電極基材が好ましい。また、カーボン電極基材は多孔性材料でもあることから電極表面積も広く、これを有効に利用することにより高効率の酵素電極を構築できる。そして、これらの基材を単層または2種以上の積層構造をもって構成してもよい。さらに大きさ及び形状等は特に限定されるものではなく、使用目的に応じて適宜調整することができる。
電極基材上への酵素の固定は、公知の方法によって行うことができる。例えば、物理的吸着、イオン結合,共有結合を介して固定する担体結合法を利用することができる。また、グルタルアルデヒドなどの二価性官能基をもつ架橋試薬で架橋固定する架橋法をも利用できる。さらには、アルギン酸、カラギーナン等の多糖類、導電性ポリマー、酸化還元ポリマー、光架橋性ポリマー等の網目構造をもつポリマー、透析膜等の半透性膜内に封入して固定する包括法等をも利用することができる。また、これらを組み合わせて用いてもよい。また、電極基材上に形成した親水性ポリマー樹脂層に、酵素溶液、任意には電子メディエーターや補酵素等の電極触媒として機能を発現するために必要な物質を染み込ませる等の手段により固定するように構成してもよい。
酵素の固定に際して、好ましくは、ADH、ALDH、及びFDHを予め混合して固定してもよいが、何れかの酵素を先に固定した後、順次他の酵素を固定してもよい。好ましくは、酵素は、局在することなく電極基材に均一に分散して固定することが好ましい。
さらに、酵素の電極触媒としての機能発現のために必要な物質を酵素と共に固定してもよく、酵素の固定前、若しくは後に固定してもよい。酵素の電極触媒としての機能発現のために必要な物質としては、例えば、補酵素であるNAD+またはNADP+が挙げられる。さらに、ADH、ALDH、及びFDHによって還元されたNADHまたはNADPHを酸化体であるNAD+またはNADP+に酸化することができると共に、電子メディエーターを介して電極基材に電子を渡すことができるジアホラーゼ等のNADHまたはNADPH酸化酵素、及び、酵素反応と電極反応を共役させることができる適当な電子メディエーターなどを共に固定化してもよい。また、これらの酵素の電極触媒としての機能発現のために必要な物質は、別の層として、または、使用に際して適当な緩衝液に溶解させた形態で供給してよい。
このように、アノード側電極としてADH、ALDH、FDH、NAD+またはNADP+、ジアホラーゼを備えることにより、燃料の酸化反応により生じた電子を電極基材に円滑に移動することができ、バイオ燃料電池の高容量及び高出力の発電を図ることができる。
電子メディエーターは、酵素の触媒作用に応じて酸化または還元される低分子の酸化還元物質であり、酵素と電極基材間の電子移動を媒介する。したがって、電子メディエーターは、酵素と電子を授受することができる共に、電極基材とも電子を授受することができる物質である限り何れも使用することができる。適当な電子メディエーターについては上述したものを好ましく利用することができる。
燃料タンクには、燃料が充填されている。燃料としては、ADH、ALDH、及びFDHにより多段階酸化される限り、特に制限はない。好ましくはMeOHである。MeOHは、ADH、ALDH、及びFDHにより3段階の酸化反応により高いエネルギー変換効率及び変換速度で電気エネルギーに変換することができる。また、MeOHは安価かつ簡便に製造することができ、硫黄や窒素成分などを含まないクリーン燃料であることから、コスト面及び環境面で優れた燃料である。
燃料は、好ましくは液体として供給され、適当な緩衝液中に溶解させた形態で供給することもできる。また、酵素の電極触媒としての機能発現のために必要な物質は、別の層として、または、使用に際して適当な緩衝液に溶解させた形態で供給した場合には、燃料溶液と共に供給してもよい。供給形態は特に制限はなく、酵素がその触媒機能の発現し得るように適宜供給される。
電解質層としては、プロトン等を透過できるイオン伝導性を有すると共に、プロトン等のイオン以外のアノード側構成成分、カソード側構成成分、及び電子を透過させないという性質を有する限り、その素材及び形状等に制限はない。例えば、固体電解質膜を利用して隔膜として構成することができる。固体電解質膜としては、スルホン基、リン酸基、ホスホン基、及びホスフィン基等の強酸基、カルボキシル基等の弱酸基、及び極性基を有する有機高分子等のイオン交換機能を有する固体膜等が例示されるが、これらに限定するものではない。具体的にはセルロース膜、及びテトラフルオロエチレンとパーフルオロ〔2−(フルオロスルフォニルエトキシ)プロピルビニルエーテル〕:tetrafluoroethyleneとperfluoro[2-(fluorosulfonylethoxy)propylvinyl ether]の共重合体であるナフィオン(登録商標)等のパーフルオロカーボンスルホン酸(PFS)系の樹脂膜を利用することができる。
本発明の実施形態のバイオ燃料電池によれば、MeOHから高いエネルギー変換効率及び変換速度で電気エネルギーを取り出せる。したがって、高容量及び高出力の発電を効率的に行うことができ、高性能なバイオ燃料電池を提供することができる。また、従来型のバイオ燃料電池の構造を利用しつつ、発電効率の向上を図れることから、バイオ燃料電池の小型化を図れる等、その利用価値は高い。
以下に、本発明の実施形態を実施例により詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
実施例1(ADH-ALDH反応の検討)
下記の反応式(4)に示すMeOHをCO
2にまで酸化する3段階の酸化反応を検討するにあたり、まず、下記の反応式(5)及び反応式(6)に示す反応を検討した。
(手順)
ADH濃度を一定条件下に設定し、ALDH濃度を変化させて酸化反応速度の測定を行った。500 mM リン酸緩衝液(pH 8.0)中、5 mM NAD(ロッシュ:10127965001)、20 μM mPMS(同仁化学:345-04001)、20 mM フェリシアン化カリウム(和光純薬:152559)、2 M MeOH、5μM ADH、0〜10μM ALDHを含む反応溶液を100μLで調製し、405 nmの吸光度をプレートリーダー(BioRad:Model 680)内で継時的に測定した(n=3)。酸化反応が進行するとフェリシアン化物イオンがフェロシアン化物イオンに還元されて、405 nmの吸光度が減少するため、反応系内の酸化反応をモニターすることができる。ここでは、単位時間当たりの405 nmの吸光度の減少を酸化反応速度とした。
なお、ADHは、大腸菌を用いて作製したPichia angusta Alcohol Dehydrogenase 1を使用した。ADH遺伝子はN末端にHisタグが付加するよう人工合成にて作製し、大腸菌発現用ベクターpET-23b(+)(Novagen)のNde I-EcoR Iサイトに挿入した。Nde IサイトからEcoR Iサイトまでの塩基配列を配列表の配列番号1に示す。なお、配列番号1の5´末端の「CATATG」及び3´末端の「GAATTC」は、Nde I及びEcoR Iサイトである。発現宿主には大腸菌BL21(DE3)を使用した。培養はLB培地を用いて37 ℃で行い、O.D.600nmが0.4〜0.6のときに終濃度1 mM IPTGを添加して発現誘導を行った。発現誘導後は、20 ℃にて一晩培養を行った。培養終了後、BugBuster(ミリポア:71456-3)により菌体を溶解し、溶解上清液からTALONレジン(クロンテック:635504)を用いて精製酵素を取得した。
ALDHは、大腸菌を用いて作製したPseudomonas putida Aldehyde Dehydrogenaseを使用した。ALDH遺伝子はゲノムDNAから調製し、大腸菌発現用ベクターpET-22b(+)(Novagen)のNde I-Hind IIIサイトに、C末端にHisタグが付加するよう挿入した。Nde IサイトからHind IIIサイトまでの塩基配列を配列表の配列番号2に示す。なお、配列番号1の5´末端の「CATATG」及び3´末端の「AAGCTT」は、Nde I及びHind IIIサイトである。発現宿主には大腸菌BL21(DE3)を使用した。培養はLB培地を用いて37 ℃で行い、O.D.600nmが0.4〜0.6のときに終濃度1 mM IPTGを添加して発現誘導を行った。発現誘導後は、20 ℃にて一晩培養を行った。培養終了後、BugBuster(ミリポア:71456-3)により菌体を溶解し、溶解上清液からTALONレジン(クロンテック:635504)を用いて精製酵素を取得した。
(結果)
結果を図1に示す。図中、縦軸は酸化反応速度(-dA/分)、横軸はALDH濃度(μM)を示す。その結果、ALDH濃度を上げても、酸化反応速度は、ほとんど変化しないことがわかった(図1)。このことは、ADH単独もしくはALDH低濃度条件では上記の反応式(5)の酸化反応ではなく、下記の反応式(7)の酸化反応(先行技術文献の項で説明した非特許文献4を参照のこと)が主に進行し、一方、ALDH高濃度条件下では上記の反応式(6)の酸化反応が主に進行していると考えられる。上記の反応式(6)及び反応式(7)の酸化反応が何れもが2段階の酸化反応であるため、酸化反応速度に変化が認められないと考えられる。
実施例2(ALDH-FDH反応の検討)
実施例1に続き、上記の反応式(4)に示すMeOHをCO
2にまで酸化する3段階の酸化反応を検討するにあたり、下記の反応式(8)及び反応式(9)に示す反応を検討した。
(手順)
具体的には、ALDH濃度を一定条件下に設定し、FDH濃度を変化させて酸化反応速度の測定を行った。500 mM リン酸緩衝液(pH 8.0)中、5 mM NAD、20 μM mPMS、10 mM フェリシアン化カリウム、5 mM Fal、0.25μM ALDH、0〜80μM FDHを含む反応溶液を100μLで調製し、405 nmの吸光度をプレートリーダー内で継時的に測定した(n=3)。なお、ALDHは実施例1の通り調製したものを用い、FDHはCandida boidinii Formate Dehydrogenase(Sigma:F8649)を用いた。
(結果)
結果を図2に示す。図中、縦軸は酸化反応速度(-dA/分)、横軸はFDH濃度(μM)を示す。FDH濃度の上昇に伴い酸化反応速度が増大し、ALDH単独若しくはFDH低濃度条件に比べ、約2倍の酸化反応速度に到達して飽和した。このことは、FDH添加による上記の反応式(9)の2段階の酸化反応を示していると考えられる。
実施例3(ADH-ALDH-FDH反応の検討−1)
実施例1及び2の結果をうけ、上記の反応式(4)に示すMeOHをCO2にまで酸化する3段階の酸化反応を検討した。
(手順)
具体的には、ADH及びFDH濃度を一定条件下に設定し、ALDH濃度を変化させて酸化反応速度の測定を行った。500 mM リン酸緩衝液(pH 8.0)中、5 mM NAD、20 μM mPMS、20 mM フェリシアン化カリウム、2 M MeOH、5μM ADH、0〜10μM ALDH、40μM FDHを含む反応溶液を100μLで調製し、405 nmの吸光度をプレートリーダー内で継時的に測定した(n=3)。なお、各酵素については実施例1及び2で記載したものを使用した。
(結果)
結果を図3に示す。図中、縦軸は酸化反応速度(-dA/分)、横軸はALDH濃度(μM)を示す。ALDH濃度の上昇に伴い酸化反応速度が増大し、ALDH低濃度条件に比べ、約1.5倍の酸化反応速度に到達して飽和した。このことは、ALDHが低濃度ではギ酸メチルが生成する2段階反応が起こり、ALDH高濃度ではCO
2が生成する3段階の酸化反応が起こったため、酸化反応速度が1.5倍になったと考えられる。つまり、ADH、ALDH及びFDHを利用してメタノールを段階的に酸化する反応を行う場合には、下記の反応式(10)に示すような反応が生じていることが考えられ、下段のメトキシメタノール及びギ酸メチルが生成する反応を抑え、上段の反応のみが進行することが好ましい。
かかる結果から、ギ酸メチルの生成を抑えMeOHをCO2にまで効率的に酸化するためにはFal濃度の制御が重要要素であり、このことはFalを酸化するALDHの濃度の制御が重要であることを意味すると考えられる。
実施例4(ADH-ALDH-FDH反応の検討−2)
実施例3に続き、上記の反応式(4)に示すMeOHをCO2にまで酸化する3段階の酸化反応を検討した。
(手順)
具体的には、ADH及びALDH濃度を一定条件下に設定し、FDH濃度を変化させて酸化反応速度の測定を行った。500 mM リン酸緩衝液(pH 8.0)中、5 mM NAD(ロッシュ:10127965001)、20 μM mPMS(同仁化学:345-04001)、20 mM フェリシアン化カリウム(和光純薬:152559)、2 M MeOH、5μM ADH、10μM ALDH、0〜40μM FDHを含む反応溶液を100μLで調製し、405 nmの吸光度をプレートリーダー(BioRad:Model 680)内で継時的に測定した(n=3)。なお、各酵素については実施例1及び2で記載したものを使用した。
(結果)
結果を図4に示す。図中、縦軸は酸化反応速度(-dA/分)、横軸はFDH濃度(μM)を示す。FDH濃度の上昇に伴い酸化反応速度が増大し、FDH低濃度条件に比べ、約1.5倍の反応速度に到達して飽和した。このことは、FDHが低濃度ではギ酸が生成する2段階反応が起こり、FDH高濃度ではCO2が生成する3段階反応が起こったため、酸化反応速度が1.5倍になったと考えられる。したがって、ギ酸メチルの生成を抑えMeOHをCO2にまで効率的に酸化するためには、ALDH濃度の制御に加えFDH濃度の制御も重要な役割を担うとことが理解できる。
実施例5(ADH-ALDH-FDH反応の解析)
実施例1〜4の結果に基づき、上記の反応式(4)に示すMeOHをCO2にまで効率的に酸化するための条件を解析した。
実施例1〜4の結果より、MeOHを効率良く酸化し電子を取り出すためには、ギ酸メチルの生成を抑えることが重要であると判断できる。そのためには、ギ酸メチル生成の原因であるメトキシメタノール生成を抑えなければならない。上記反応式(10)で示す通りメトキシメタノールは、MeOHとFalが共存した時に可逆的に生成する化合物である。
かかるメトキシメタノールは、MeOH濃度、Fal濃度に主に依存して生成する(先行技術文献の項で説明した非特許文献3を参照のこと)。温度やpH条件にも依存してしまうため、一概に生成抑制条件を定義することは困難であるが、一連のMeOH酸化反応過程においてはFal濃度が制御可能な重要要素であることは間違いない。
今回実施した条件では実施例3の結果を示す図3より、ALDH濃度が5μM以上であれば、ギ酸メチル生成を十分抑制できると判断される。このときの反応液中のホルムアルデヒド濃度は、下記の数式(5)で表される。
また、ADHの反応速度v
ADHは、下記の数式(1)で表される。かかる数式は、ミカエリス・メンテン式におけるV
maxをk
cat・[E]
Oで置き換えることによって求めたものである。
今回の反応条件において、MeOH濃度はK
m,ADHに比べ十分に大きく、そのためv
ADHは反応中変化しないと考えることができる。これに基づいて計算すると、ALDH濃度が5μMのとき反応液中のFal濃度は約0.4μMとなる。つまり、今回の条件ではFal濃度を0.4μM以下にすることで、ギ酸メチル生成につながるメトキシメタノール生成を抑制できることが理解できる。ALDH濃度とFal濃度の関係は数式(5)より以下の通りであることから、
これに基づいて計算すると、ALDHが5μM以上のとき、つまり、今回の条件でのメトキシメタノール生成を抑制できるFal濃度[Fal]’は、
となり、0.4μM以下であると理解できる。なお、今回用いた各酵素のK
m値及びk
cat値は、下記表1に要約した。
実施例6(最大反応速度を実現する酵素混合条件)
実施例1〜5の結果をうけ、上記の反応式(4)に示すMeOHをCO2にまで酸化するための酸化反応において、最大反応速度を実現できる酵素混合条件を検討した。
ADH、ALDH、及びFDHの3種の酵素による連続的なMeOH酸化は、各酵素の酸化反応速度が等しくなって定常状態に達する。したがって、v
ADH、v
ALDH及びv
FDHの関係は下記の数式(4)で表される。
このときの全体の酸化反応速度vは、一段階目の酵素の酸化反応速度(つまり、ADHの酸化反応速度vADH)で定義され、vADHの3倍の速度がMeOHをCO2に酸化する上で到達可能な最大酸化速度であるといえる。最大酸化速度の実現には、上述の通りメトキシメタノール生成を抑制するALDH濃度に加え、vADHに十分到達できるFDH濃度が必要となる。
ここで、ALDH濃度に関しては、上記の数式(5)より下記の数式(A)と表される。
(数式中、[ALDH]はALDH濃度(M)を示し、[ADH]はADH濃度(M)を示し、[MeOH]はMeOH濃度(M)を示し、[Fal]’ は、メトキシメタノール生成を抑制可能なFal濃度(M)を示し、K
m,ADHはADHのK
m値(M)を示し、K
m,ALDHはALDHのK
m値(M)を示し、k
cat,ADHはADHのk
cat値(s
-1)を示し、k
cat,ALDHはALDHのk
cat値(s
-1)を示す。)
説明を加えると、ギ酸メチル生成を抑制できるホルムアルデヒド濃度を[Fal]’とすると、反応系内のホルムアルデヒド濃度が[Fal]’以下になるよう[ALDH]濃度を設定する必要がある。したがって、上記の数式(5)から、下記の数式(6)が導かれる。
上記の数式(6)を、左辺にALDH濃度[ALDH]がくるように変形すると、下記の数式(7)が導かれる。
ここで得られた数式(7)を、上記の数式(1)に代入することで、上記の数式(A)となる。
続いて、FDH濃度は、ADHの酸化反応速度v
ADHとFDHの酸化反応速度v
FDHを示す下記の数式(8)の関係より下記の数式(B)で表すことができる。
(数式中、[FDH]はFDH濃度(M)を示し、[ADH]はADH濃度(M)を示し、[MeOH]はMeOH濃度(M)を示し、[FA] はFA濃度(M)を示し、K
m,ADHはADHのK
m値(M)を示し、K
m,FDHはFDHのK
m値(M)を示し、k
cat,ADHはADHのk
cat値(s
-1)を示し、k
cat,FDHはFDHのk
cat値(s
-1)を示す。)
説明を加えると、上記の数式(8)に、上記の数式(1)及び数式(3)を代入すると、下記の数式(9)が導かれる。続いて、下記の数式(9)を左辺にFDH濃度[FDH]がくるように変形すると、上記の数式(B)が導かれる。反応液中のギ酸濃度[FA]に応じて、必要なFDH濃度が与えられる。
このようにALDH濃度及びFDH濃度を設定することにより、MeOHを最大反応速度で効率よくCO2まで酸化することが可能となる。
実施例7(ギ酸メチル生成の確認)
実施例1〜4にて上記の反応式(4)に示すMeOHをCO2にまで酸化する際に酸化反応速度低下の要因であると考えられたギ酸メチルの生成について検討した。
(手順)
500mM リン酸緩衝液(pH 8.0)中、5mM NAD、20μM mPMS、200mM フェリシアン化カリウム、2M MeOH、5μM ADH、0または5μM ALDHを含む反応溶液を100μLで調製した。それぞれ常温下で酵素反応を行い、フェリシアン化カリウムの黄色がなくなったところで氷冷して、測定サンプルとした。かかる測定サンプルをガスクロマトグラフ質量分析計(GC/MS)で解析した。なお、解析条件は、以下の表2に要約した。
(結果)
結果を図5〜7に示す。図5はADH(+)-ALDH(-)の測定サンプルのクロマトグラムを示し、図6はADH(+)-ALDH(+)の測定サンプルのクロマトグラムを示し、図7はMSスペクトルを示す。ALDHを含まないADHのみの測定サンプルからはギ酸メチルが確認された(図5)。一方、ALDHを含む測定サンプルからはギ酸メチルが検出されなかった(図6)。このことは、ALDHによるメトキシメタノール生成抑制を示していると考えられる。また、ギ酸メチルを確認したMSスペクトルを図7に示す。したがって、ALDH濃度を制御することにより、メトキシメタノールの生成を介したギ酸メチルの生成を抑制することができることが導かれ、上記実施例1〜6の結果と合致した。