JP6441413B2 - 加熱工程を含むβヘマチン結晶の製造方法 - Google Patents

加熱工程を含むβヘマチン結晶の製造方法 Download PDF

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本発明は、加熱工程を含むβヘマチンの製造方法に関する。
ヘモゾイン(Hemozoin)は、Plasmodium原虫の食胞に存在するヘム分子の解毒産物である疎水性ヘムポリマーであり、Plasmodium原虫が宿主ヘモグロビンを消化することによりできる。CpG DNAと共にToll-like receptor 9のリガンドとして作用する。Toll-like receptor 9は、Plasmodiumを含む種々の病原体に対する自然免疫応答に関与していることが報告されている。すなわち、Toll-like receptor 9がリガンドを認識すると、MyD88依存的に免疫系が活性化される。
塩化ヘミンから合成されたヘモゾインはβヘマチンと呼ばれる(非特許文献1を参照)。
ヘモゾインが in vitroでマウスの脾臓細胞や樹状細胞を活性化することが報告されている(特許文献1を参照)。また、ヘモゾインがマウスにおいてリボヌクレアーゼAの抗体産生に対するアジュバント効果を有することが報告されている(特許文献2を参照)。
さらに、βヘマチンがDNAワクチンのアジュバントとしての効果を有することが報告され(非特許文献2を参照)、また、βヘマチンがTLR9のDNA分子(いわゆるCpGモチーフと呼ばれる非メチル化DNA鎖)以外のリガンドとして機能することが報告されている(非特許文献3を参照)。
さらにまた、βヘマチンを含むアレルゲンワクチン等と併用するワクチンアジュバントについて報告され(特許文献3を参照)、塩化ヘミンを水酸化ナトリウム溶液に溶解し、塩酸を少量添加後、60℃でpH4.8付近になるまで酢酸を添加し、室温下一晩静置した。次に、遠心分離により沈殿を得て、その沈殿にドデシル硫酸ナトリウム(SDS)を2%含むpH9程度の弱塩基性重炭酸溶液を添加し洗浄し、水で置換した後、遠心分離で分画し、得られた平均粒子径が50〜200nmのサイズを有する画分が強力なアジュバント効果を有することが報告されている(特許文献4を参照)。
国際公開第WO2006/061965号パンフレット 米国特許第5849307号公報 国際公開第WO2009/057763号パンフレット 国際公開第WO2011/074711号パンフレット
Slater et al., Proc.Natl.Acad,Sci.U.S.A.88:325-329,1991 Infect Immun. 2002 Jul;70(7):3939-43 J Exp Med. 2005 Jan 3;201(1):19-25
本発明はβヘマチン結晶を加熱工程を経て調製する調製法、該調製法により得られたβヘマチン結晶、及び該βヘマチン結晶を含むワクチンアジュバント組成物の提供を目的とする。
本発明者は、先にβヘマチン結晶を含むワクチンアジュバント組成物を開発した(国際公開第WO2009/057763号パンフレット及び国際公開第WO2011/074711号パンフレット)。
本発明者は、よりアジュバント効果の高いβヘマチン結晶を調製する方法であって、収率のより高い方法について鋭意検討を行った。その結果、原料である塩化ヘミンから、90℃以上で30分以上、80〜90℃で1時間以上加熱する工程を含む方法で製造することにより、上記の従来の方法よりもアジュバント効果が大きい結晶性の高いβヘマチン結晶が得られ、さらに、製造時の収率も高くなることを見出し、本発明を完成させるに至った。
すなわち、本発明は以下のとおりである。
[1] 針状形態を有し、平均粒子径が0.6〜1.2μmであり、Cu-Kα線による粉末X線回折で得られるX線回折において7.4°、12.2°、21.6°及び24.1°に回折角2θの特徴的な主ピーク(いずれのピークもその±0.2°の回折角を含む)を有するβヘマチン結晶。
[2] OH−又はOH2が第6配位座に配位した構造を有する、[1]のβヘマチン結晶。
[3] さらに、以下の(i)〜(v)の構造的特徴の少なくとも1つを有するβヘマチン結晶:
(i) 固体1H-NMR分析で6.8及び-1.4ppmに主ピークを有する;
(ii) 室温ESR(電子スピン共鳴)分析で0-200 mT付近( g = 6.122)と200-400 mT付近(g = 2.005)に二つの明確なシグナルが認められ、-50℃のESR分析で0-100 mT付近のシグナルが200-300 mT付近のシグナルに対して大きくなり、-150℃のESR分析で0-100 mT付近のシグナルが200-300 mT付近のシグナルに対して2倍以上になる;
(iii) 近赤外分光法分析で4440cm-1、5780cm-1及び5960cm-1のピークが確認されない;
(iv) 紫外可視分光法分析で493nm及び670nmにピークを有する;並びに
(v) 熱重量示差熱分析において、空気中では250℃付近で発熱し400℃までに一気に酸化分解し、窒素中では360℃及び440℃付近で吸熱をともなう熱分解、700℃付近で発熱をともなう熱分解が起こる。
[4] [1]〜[3]のいずれかのβヘマチン結晶を含むワクチンアジュバント組成物。
[5] 塩化ヘミンをNaOH水溶液に溶解して得られた溶液に、HCl水溶液を添加し、さらに、酢酸を滴下し、pHを4〜6に調整し、得られた混合液を80℃以上で加熱することを含む、βヘマチンの作製方法。
[6] 加熱を30分間以上行う、[5]のβヘマチンの作製方法。
[7] 薄層クロマトグラフ法により、式[原料のモル量]/[βヘマチンモル量×2]×100で算出した収率が90%以上である、[5]又は[6]のβヘマチンの作製方法。
[8] [5]〜[7]のいずれかの方法で作製された、βヘマチン結晶。
[9] 塩化ヘミンをNaOH水溶液に溶解して得られた溶液に、少量の塩酸を添加し、60℃にて酢酸を滴下し、pHを4〜6に調整し、混合液を加熱することなく室温で1晩静置後、遠心分離を行い、SDSを含むpH9程度の弱塩基性溶液で洗浄して得られた第2のβヘマチン結晶と比較した場合に、Cu-Kα線による粉末X線回折で得られるX線回折において7.4°、12.2°、21.6°及び24.1°に有する回折角2θの特徴的な主ピーク強度が高く、該第2のβヘマチン結晶よりも結晶性が高い、[8]のβヘマチン結晶。
[10] OH−又はOH2が第6配位座に配位した構造を有する、[8]又は[9]のβヘマチン結晶。
[11] さらに、以下の(i)〜(v)の構造的特徴の少なくとも1つを有する、[8]〜[10]のいずれかのβヘマチン結晶:
(i) 固体1H-NMR分析で6.8及び-1.4ppmに主ピークを有する;
(ii) 室温ESR(電子スピン共鳴)分析で0-200 mT付近( g = 6.122)と200-400 mT付近(g = 2.005)に二つの明確なシグナルが認められ、-50℃のESR分析で0-100 mT付近のシグナルが200-300 mT付近のシグナルに対して大きくなり、-150℃のESR分析で0-100 mT付近のシグナルが200-300 mT付近のシグナルに対して2倍以上になり、200-400 mT付近に表れているシグナルの積分値を、塩化ヘミンをNaOH水溶液に溶解して得られた溶液に、少量の塩酸を添加し、60℃にて酢酸を滴下し、pHを4〜6に調整し、混合液を加熱することなく室温で1晩静置後、遠心分離を行い、SDSを含むpH9程度の弱塩基性溶液で洗浄して得られた第2のβヘマチン結晶と比較した場合に、該積分値が1/10以下である;
(iii) 近赤外分光法分析で4440cm-1、5780cm-1及び5960cm-1のピークが確認されない;
(iv) 紫外可視分光法分析で493nm及び670nmにピークを有する。
(v) 熱重量示差熱分析において、空気中では250℃付近で発熱し400℃までに一気に酸化分解し、窒素中では360℃及び440℃付近で吸熱をともなう熱分解、700℃付近で発熱をともなう熱分解が起こる;並びに
(vi) ラマン分光法分析で、塩化ヘミンをNaOH水溶液に溶解して得られた溶液に、少量の塩酸を添加し、60℃にて酢酸を滴下し、pHを4〜6に調整し、混合液を加熱することなく室温で1晩静置後、遠心分離を行い、SDSを含むpH9程度の弱塩基性溶液で洗浄して得られた第2のβヘマチン結晶と比較した場合に、励起波長514.4nmのスペクトルにおいて第2のβヘマチン結晶では1568cm-1のピークに対する1375cm-1のピークの強度比は0.75〜0.85であるのと比較し、1567cm-1及び1370cm-1のピーク強度はほぼ同等であり、また励起波長1064 nmのスペクトルにおいて第2のβヘマチン結晶では1625cm-1のピークに対する370cm-1のピークの強度比は0.45〜0.55であるのと比較し1625cm-1に対する370cm-1のピークの強度はほぼ同等である。
[12] さらに、塩化ヘミンをNaOH水溶液に溶解して得られた溶液に、少量の塩酸を添加し、60℃にて酢酸を滴下し、pHを4〜6に調整し、混合液を加熱することなく室温で1晩静置後、遠心分離を行い、SDSを含むpH9程度の弱塩基性溶液で洗浄して得られた第2のβヘマチン結晶と比較した場合に、以下の(a)〜(d)の特徴を有する、[8]〜[11]のいずれかのβヘマチン結晶:
(a) 第2のβヘマチン結晶の懸濁液の色が赤茶色から黒色であるのに対し、灰茶色から黒色を呈する;
(b) IR(赤外分光法)分析を行った場合に、第2のβヘマチン結晶と比較して、結晶密度が高く、単結晶の割合が高い;
(c) X線回折分析を行った場合に、第2のβヘマチン結晶と比較して、結晶子サイズが大きい;並びに
(d) 熱重量示差熱分析を行った場合に、不純物又は結晶形の違う(あるいはアモルファスな)粒子の割合が第2のβヘマチン結晶と比較して低い。
[13] [8]〜[12]のいずれかのβヘマチン結晶を含むワクチンアジュバント組成物。
本発明のβヘマチン結晶は、塩化ヘミンを原料に加熱工程を含む方法で製造することができ、従来のβヘマチン合成法に比べ、短時間で合成可能であり、収率も高い。さらに、本発明のβヘマチン結晶を含むワクチンアジュバント組成物は、従来の方法で得られたβヘマチン結晶に比べ、アジュバント効果も高い。本発明の方法で調製されたβヘマチン結晶を含むワクチンアジュバント組成物をアレルゲンワクチンや細菌、ウイルス、リケッチア、寄生虫等の病原体の感染症のワクチンと併用することにより、in vivoにおいて、病原体に対する抗体価がアジュバントを併用しない場合に比べ上昇し、効果的にアレルギー疾患や感染症を予防又は治療することができる。
塩化ヘミンの構造を示す図である。 βヘマチンの構造を示す図である。 本発明のβヘマチン合成法であるHeat法のプロトコールを示す図である。 従来のβヘマチン合成法であるUsual法のプロトコールを示す図である。 Heat法及びUsual法における原料の反応率、遠心分離による回収率、塩化ヘミンの残存率、得られたβヘマチンの色、βヘマチンの1次粒子の最長の径及び粒度分布を示す図である。 Heat法及びUsual法で合成したβヘマチンの顕微鏡像を示す図である。 Heat法及びUsual法で合成したβヘマチンの走査型電子顕微鏡像を示す図である。 Heat法及びUsual法で合成したβヘマチンの色の差を示す図である。 Heat法及びUsual法で合成したβヘマチンの臭化カリウム錠剤法(KBr法)での赤外分光測定におけるスペクトルの差を示す図である。 Heat法及びUsual法で合成したβヘマチンのATR法での赤外分光測定におけるスペクトルの差を示す図である。 Heat法及びUsual法で合成したβヘマチンの粉末X線回折測定におけるスペクトルの差を示す図である。 Heat法及びUsual法で合成したβヘマチンの固体H-NMR測定におけるスペクトルの差を示す図である。 Heat法及びUsual法で合成したβヘマチンの励起波長514.4nmでのラマン分光測定におけるスペクトルの差を示す図である。 Heat法及びUsual法で合成したβヘマチンの励起波長1064nmでのラマン分光測定におけるスペクトルの差を示す図である。 Heat法及びUsual法で合成したβヘマチンの室温でのESR測定におけるスペクトルの差を示す図である。 Heat法及びUsual法で合成したβヘマチンの−50℃並びに−150℃でのESR測定におけるスペクトルの差を示す図である。 Heat法及びUsual法で合成したβヘマチンの近赤外分光測定におけるスペクトルの差を示す図である。 Heat法及びUsual法で合成したβヘマチンの紫外可視分光測定におけるスペクトルの差を示す図である。 Heat法及びUsual法で合成したβヘマチンの熱重量示差熱測定における加熱下での重量低下及び示差熱の変動の差を示す図である。 各反応温度による反応率及び反応終了までの時間の差(反応進行度)を示す図である。 Heat法及びUsual法で合成したβヘマチンのアジュバント効果の差を示す図である。 Heat法及びUsual法で合成したβヘマチンの抗体産生持続性の差を示す図である。
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明のワクチンアジュバント組成物の構成成分であるβヘマチン(βHT)は、合成ヘモゾインであり、塩化ヘミンより以下の方法で合成することができるヘミンダイマーの結晶である。塩化ヘミンは、例えば、ブタの血液から精製された市販品を用いることができる。塩化ヘミンの構造を図1に、βヘマチンの構造を図2に示す。
塩化ヘミン100mgを1NのNaOH水溶液10mLに溶解し、1NのHCl水溶液1mLを添加する。さらに、酢酸を滴下し、pHを4〜6、好ましくは4.5〜4.8に調整する。次いで、塩化ヘミンを含む混合液を90℃以上で30分以上、80〜90℃で1時間以上加熱する。加熱後pH7.5〜9.5、好ましくはpH9.0のリン酸2Na水溶液で1回遠心洗浄し、さらに精製水で3〜4回遠心洗浄及び置換する。このようにして、βヘマチンを結晶として得ることができる。得られたβヘマチンはオートクレーブ(121℃、20分間)を用いて滅菌することも可能である。
上記の本発明のβヘマチンの作製法をHeat法という。Heat法のプロトコールを図3に示す。
従来の方法(Usual法とする)では、以下の方法でβヘマチンを作製していた。
塩化ヘミン45mgを1N NaOH水溶液4.5mLに溶解し1N HCl水溶液を0.45mL添加する。得られた溶液に、室温〜70℃好ましくは40〜60℃下にて酢酸を滴下し、pHを4〜6、好ましくは4.5〜5、さらに好ましくは4.8に調整する。混合液を室温で1晩又は室温〜40℃で1〜5時間静置後、遠心分離を行い、2%SDSを含むpH9程度の弱塩基性溶液、例えば0.1M重炭酸ナトリウムバッファー(pH9.1)で3回遠心洗浄し、さらに精製水で6〜8回遠心洗浄し置換する。精製水で遠心した上清及び沈殿の両方にβヘマチンが含まれる。
Usual法のプロトコールを図4に示す。Usual法においては、図4に示すように、精製水で遠心洗浄したときの上清(Usual-supと呼ぶ)及び沈殿(Usual(pellet)と呼ぶ)、並びに該沈殿をオートクレーブ(121℃、20分間)を用いて滅菌して得られたもの(Usual-ACと呼ぶ)を製品として得て特性を検定した。
合成したβヘマチンは、2% SDSを含む0.1M塩化ナトリウムに溶解させ2時間室温にて静置した後、400nmの吸光度を測定することにより定量することができる。定量は、例えば、Proc.Natl.Acad.Sci.U.S.A.93:11865-11870,1996に記載の方法に従って行うことができる。
本発明のHeat法で作製したβヘマチンは、以下の特徴を有する。
図5にHeat法及びUsual法における原料の反応率、遠心分離による回収率、塩化ヘミンの残存率、得られたβヘマチンの色、βヘマチンの1次粒子の最長の径及び粒度分布を示す。
従来のUsual法での原料の反応率が50〜60%であるのに対して、本発明のHeat法による反応率は95%を超え、沈殿物の収率はUsual法(Usual(Pellet))が10〜30%であるのに対して、Heat法による収率は90%を超える。ここで、反応率は、薄層クロマトグラフ法でβヘマチンを分離し、クロマトグラフのスポットの大きさ、濃さを基準に算出することができる。また、収率(%)は、式[原料のモル量]/[βHTモル量×2]×100により算出することができる。
本発明のβヘマチンは針状形態を有する結晶構造をとり、1次粒子の最長の径は、0.5〜5μmである。ここで、1次粒子とは凝集等をしていない、これ以上分散できない単位粒子をいう。粒度分布測定における粒度範囲は0.5〜5μmであり、メジアン径(平均粒子径)は0.6〜1.2μmである。粒度分布の測定は、例えば湿式レーザー回折散乱式粒度分布測定装置を用いて行うことができる。
図5に示すように、従来のUsual法で作製したβヘマチンよりもHeat法で作製したβヘマチンの方が1次粒子の最長径は若干大きい。ここで、一次粒子の最長径はSEMで見た場合の針状又は棒状の粒子の長さに相当する。
得られたβヘマチンの懸濁液の色は、灰茶色から黒色であった。一方、Usual法で得られたものは赤茶色から黒色であった。この色の違いはHeat法で得られたβヘマチンとUsual法で得られたβヘマチンの結晶性の違いを反映しているものと思われる。
Heat法で作製された本発明のβヘマチンの、IR(赤外分光法)分析、X線回折分析、固体1H-NMR分析、ラマン分光法分析、室温ESR(電子スピン共鳴)分析、近赤外分光法(NIR)分析、紫外可視分光法(UV-vis)分析及び熱重量示差熱分析(TG-DTA)による構造分析を行った場合の特徴は以下のとおりであり、Usual法で作製されたβヘマチンとの比較も示す。
IR(赤外分光法)分析による特徴
Heat法で作製したβヘマチンは、1710cm-1、1662cm-1、1297cm-1、1280cm-1、1209cm-1、939cm-1及び714cm-1に特徴的な主ピーク(いずれのピークもその±2cm-1の波数を含む)を有する。Usual法で作製したβヘマチンも同様のピークを示し、一次構造はほぼ同等であるが、Heat法で作製したβヘマチンのほうが主吸収帯のピーク幅がシャープに認められ、結晶密度や単結晶の割合が多いことなどによる、いわゆる結晶性が高い状態であると言える。
またUsual法で作製したβヘマチンには1600〜1500cm-1付近、1420〜1350cm-1付近にブロードに検出されており、Fe-COO結合以外のカルボン酸又はカルボン酸塩が多く存在していることが分かる。Heat法で作製したβヘマチンには、1600〜1500cm-1付近、1420〜1350cm-1付近にブロードなピークは認められない。すなわち、Heat法で作製したβヘマチン結晶のFe-COO結合以外のカルボン酸又はカルボン酸塩の存在量は、Usual法で作製したβヘマチン結晶より少ない。
X線回折分析による特徴
Heat法で作製したβヘマチン結晶は、Cu-Kα線による粉末X線回折で得られるX線回折において7.4°、12.2°、21.6°及び24.1°に回折角2θの特徴的な主ピーク(いずれのピークもその±0.2°の回折角を含む)を有する。Usual法で作製したβヘマチン結晶も同様のピークを示すが、ピーク強度はHeat法で作製したβヘマチン結晶の方が大きい。
X線回折の結果より、Heat法で作製したβヘマチンはUsual法で作製したβヘマチンよりも結晶子サイズが大きく、結晶形はほぼ同等ではあるが結晶性が高い状態であることを示す。
固体1H-NMR分析による特徴
Heat法により作製したβヘマチン結晶は6.8及び-1.4ppmに、Usual法で作製したβヘマチン結晶は6.5及び-4.0ppmに主なピークを有す。鉄の磁性のためスペクトルの分離帰属が難しいものの、スペクトル形状は違いを示す。この結果より、IR分析には現れない、例えば鉄原子への第六座配位などの構造差があることが言える。
ラマン分光法分析による特徴
Heat法及びUsual法で作製したβヘマチン結晶は、励起波長514.4nm及び1064nmにおけるラマンスペクトルにおいて、ほぼ同様のピーク位置を有する。ピーク強度に関してはHeat法とUsual法とでピーク同士の強度比に違いがある。すなわち励起波長514.4nmのスペクトルにおいてUsual法では1568cm-1のピークに対する1375 cm-1のピークの強度比は0.75〜0.85であるが、Heat法の1567cm-1及び1370cm-1のピーク強度はほぼ同等である。また励起波長1064 nmのスペクトルにおいてUsual法で作製したβヘマチンでは1625 cm-1のピークに対する370 cm-1のピークの強度比は0.45〜0.55であるがHeat法で作製したβヘマチンでは1625 cm-1に対する370 cm-1のピークの強度はほぼ同等である。これは鉄原子への配位状態や結晶状態が異なっていることを示す。
室温ESR(電子スピン共鳴)分析による特徴
室温におけるESR分析において、Heat法で作製したβヘマチン結晶は、0-200 mT付近( g = 6.122)と200-400 mT付近(g = 2.005)に二つの明確なシグナルがみられる。ここで、室温は1〜30℃、好ましくは20〜30℃をいう。Usual法にて作製したβヘマチンでは低磁場側の0-200 mT付近のシグナルがほとんど見られない。またシグナル強度の絶対値にも差があり、200-400 mT付近に幅広く表れているシグナルの積分値は、Usual法で作製したβヘマチンではHeat法で作製したβヘマチンの約13倍である。すなわち、Heat法で作製したβヘマチン結晶の200-400 mT付近に幅広く表れているシグナルの積分値は、Usual法で作製したβヘマチン結晶の1/10以下、好ましくは約1/13である。
また室温から−50℃及び−150℃に測定温度を変化させた場合、−50℃での測定ではUsual法で作製したβヘマチンの低磁場側(0-100 mT付近)の変化がわずかなのに対しHeat法で作製したβヘマチンは高磁場側(200-300 mT付近)のシグナルに対して大きく増大した。すなわち、-50℃のESR分析で0-100 mT付近のシグナルが200-300 mT付近のシグナルに対して大きくなった。-150℃ではその差が顕著になり、Usual法で作製したβヘマチンでは高磁場側(200-300 mT付近)で変化無く低磁場側(0-100 mT付近)が増大したのに対し、Heat法で作製したβヘマチンでは低磁場側(0-100 mT付近)の増大に対し高磁場側(200-300 mT付近)のシグナルは低下した。すなわち、-150℃のESR分析で0-100 mT付近のシグナルが200-300 mT付近のシグナルに対して2倍以上になった。
この結果より、常磁性種の種類と濃度が大きく異なっていることが言える。Usual法で作製したβヘマチンでは3価の鉄の低スピン状態を観測し、Heat法で作製したβヘマチンはUsual法で作製したβヘマチンよりもシグナル強度が低く低スピンと高スピンの混合と思われる複雑なスペクトルであることより、鉄原子への配位の状態や鉄原子同士の相互作用が異なるためと考えられる。
近赤外分光法分析による特徴
Heat法で作製した作製したβヘマチン結晶より得られた近赤外分光スペクトルは、Usual法で作製したβヘマチンのスペクトルより波数領域全体の反射率の低下が観測され、Usual法で作製したβヘマチンで見られた4440cm-1、5780cm-1及び5960cm-1のピークがHeat法で作製したβヘマチンではほぼ確認されない。これはOH及びCHの変化を反映していると考えられる。またスペクトル形状が全体的に違うことより、結晶構造や粒子径などの状態が違うことを示している。
紫外可視分光法分析による特徴
Heat法で作製したβヘマチン結晶は、粒子を水に分散させて行う紫外可視分光分析において、493nm及び670nmにピークを有し200nmから1000nmまで吸光度に起伏の少ないスペクトルが得られる。Usual法で作製したβヘマチン結晶は368nm、436nm及び645nmにピークを有し300nmから500nmにかけて強い吸収のあるスペクトルが得られる。
この結果より、色味が互いに違うことが示され、分子構造や結晶構造に差があることが言える。
熱重量示差熱分析による特徴
Heat法で作製したβヘマチン結晶は、空気中での熱重量示差熱分析において250℃付近で発熱し400℃までに一気に酸化分解する。窒素中では360℃及び440℃付近で吸熱をともなう熱分解、700℃付近で発熱をともなう熱分解が起こる。Usual法で作製したβヘマチン結晶のTG-DTA分析の挙動はHeat法で作製したβヘマチンとほぼ同等だが、空気中では2段階で500℃付近まで酸化分解を続ける。窒素中ではHeat法で作製したβヘマチンより早く1段階目の熱分解は300℃付近で起こるが2段階目以降の分解に対する重量低下はHeat法で作製したβヘマチンよりも少ない。
この結果より、Usual法で作製したβヘマチンには不純物又は結晶形の違う(あるいはアモルファスな)粒子の割合がHeat法で作製したβヘマチンより多いことがわかる。
以上の分析結果をまとめると本発明のHeat法で作製したβヘマチン結晶は針状形態を有し、平均粒子径が0.6〜1.2μmであり、Cu-Kα線による粉末X線回折で得られるX線回折において7.4°、12.2°、21.6°及び24.1°に回折角2θの特徴的な主ピーク(いずれのピークもその±0.2°の回折角を含む)を有するという特徴を有し、さらに以下の(i)〜(v)の少なくとも1つの特性を有する。
(i) 固体1H-NMR分析で6.8及び-1.4ppmに主ピークを有する;
(ii) 室温ESR(電子スピン共鳴)分析で0-200 mT付近( g = 6.122)と200-400 mT付近(g = 2.005)に二つの明確なシグナルが認められ、-50℃のESR分析で0-100 mT付近のシグナルが200-300 mT付近のシグナルに対して大きくなり、-150℃のESR分析で0-100 mT付近のシグナルが200-300 mT付近のシグナルに対して2倍以上になる;
(iii) 近赤外分光法分析で4440cm-1、5780cm-1及び5960cm-1のピークが確認されない;
(iv) 紫外可視分光法分析で493nm及び670nmにピークを有する;並びに
(v) 熱重量示差熱分析において、空気中では250℃付近で発熱し400℃までに一気に酸化分解し、窒素中では360℃及び440℃付近で吸熱をともなう熱分解、700℃付近で発熱をともなう熱分解が起こる。
本発明は、上記のβヘマチンの免疫応答を刺激するのに有効な量を含むワクチンアジュバント組成物である。ワクチンアジュバントとは、ワクチンと併用した場合に、ワクチンの効果を高め、生体においてワクチンとして用いる免疫原に対する抗体の生産を上昇させる物質をいう。また、本発明は、該ワクチンアジュバント組成物並びに免疫応答を刺激するのに有効な量のアレルゲンを含むアレルゲンワクチン、又は細菌、ウイルス、リケッチア若しくは寄生虫等の病原体の抗原を含む感染症ワクチンを含むワクチン組成物である。
ワクチンアジュバント組成物及びワクチン組成物中のβヘマチンの量はβヘマチンと抗原を結び付けるような物質(例えば水酸化アルミニウムやプルランなど)を処方に含める場合5μM〜3mM、好ましくは7.5μM〜2mM、さらに好ましくは10μM〜2mM、さらに好ましくは10μM〜1000μM、さらに好ましくは50μM〜500μMである。
βヘマチンをアジュバントとして単独で用いる場合、50μM〜30mM、好ましくは100μM〜20mM、さらに好ましくは500μM〜10mM、さらに好ましくは1mM〜8mM、さらに好ましくは3mM〜5mMである。
本発明のワクチンアジュバント組成物には、βヘマチンの他にフロイントの完全アジュバント、結核菌体などの微生物死菌体、アラムアジュバント等の他の免疫賦活物質を添加してもよい。
本発明のアジュバントは、アレルゲンワクチン、感染症用のワクチンのアジュバントとして用いることができる。
アレルゲンワクチンとは、生体にアレルゲンを投与することにより、アレルゲンに対するIgG抗体を生産させてアレルギーの原因となるIgEの作用をブロックし、あるいは生体内でアレルゲンに特異的な1型ヘルパーT細胞(Th1細胞)を増加させ、アレルギー症状に関与する2型ヘルパーT細胞(Th2細胞)を減少させるためのワクチンをいい、減感作によりアレルギー症状を抑制し得る。アレルゲンワクチンは、種々のアレルギーの原因となるアレルゲンからなる。本発明のワクチンアジュバント組成物と併用するアレルゲンとしては、限定されないが食物アレルゲン、ハウスダストアレルゲン、スギ花粉等の花粉アレルゲン、動物の体毛等のアレルゲンなどが挙げられる。具体的には、花粉アレルゲンとして、スギ花粉アレルゲン(Cry j 1、Cry j 2)、ブタクサアレルゲン(Amba1、Amba2、Amba5、Ambt5、Ambp5)、カモガヤアレルゲン(Dacg2)等が挙げられ、食物アレルゲンとして、カゼイン、ラクトアルブミン、ラクトグロブリン、オボムコイド、オボアルブミン、コンアルブミン等が挙げられ、ハウスダストアレルゲンとして、ダニ類アレルゲン(Derf1、Derf2、Zen1、Derp1、Derp2)等が挙げられる。この中でも、Cry j 1などのスギ花粉アレルゲンやZen1、Derf1、Derf2等のダニアレルゲンが望ましい。
感染症用のワクチンとしては、不活性化された完全ワクチン、サブユニットワクチン、トキソイド等が挙げられる。これらのワクチンは、細菌、ウイルス、リケッチア、寄生虫等の病原体に対して動物に免疫を生じさせる。
本発明のHeat法により作製したβヘマチンをアジュバントとして用い、ワクチンとしての免疫原を動物に投与した場合、抗体価の上昇が速やかに起こり、ワクチン投与後1〜3週間で十分な抗体価が得られ、さらに8〜10週間で最大の抗体価が得られる。また、高い抗体価が持続し、ワクチン投与後10週間で認められた抗体価が15週間以上、好ましくは20週間以上、さらに好ましくは30週間以上、さらに好ましくは40週間以上、特に好ましくは50週間以上持続する。最大の抗体価、最大の抗体価が認められるまでの期間、高い抗体価が持続する期間すべて、Heat法で作製したβヘマチンを用いた場合にUsual法で作製したβヘマチンを用いた場合よりも優れている。
感染症用ワクチンとしては、ヒトを対象とする場合、例えば、A型、A/H1N1型、B型インフルエンザ等のインフルエンザ、ポリオウイルス、日本脳炎、結核菌、ヒトパピローマウイルス、マラリア原虫、SARS、ヒトに感染し得るトリインフルエンザ、腸チフス、パラチフス、ペスト、百日咳、発疹チフス等の感染症用ワクチンが挙げられる。また、非ヒト動物を対象とする場合、例えば、ウマインフルエンザウイルス、ウマヘルペスウイルス、ウマ脳髄膜炎ウイルス、口蹄疫ウイルス、狂犬病、ネコ汎白血球減少症、ネコ鼻気管炎、感染性ウシ鼻気管炎、3型パラインフルエンザ、ウシのウイルス性下痢、ウシアデノウイルス、ブタパルボウイルス、イヌアデノウイルス、イヌジステンパーウイルス、イヌパルボウイルス、イヌパラインフルエンザ、トリインフルエンザ、ブルセラ症、ビブリオ症、レプトスピラ症、クロストリジウム感染症、サルモネラ症等の感染症用ワクチンが挙げられる。この中でも、大腸菌(牛乳房炎)、黄色ブドウ球菌(牛乳房炎)、マイコプラズマ(豚肺炎)、PRRSウイルス(豚肺炎)、犬狂犬病ウイルス等の感染症用ワクチンが望ましい。
本発明においては、βヘマチンを含むワクチンアジュバント組成物を単独で用いてもよい。この場合、ワクチンアジュバント組成物と上記ワクチンを別々に動物に投与すればよい。また、ワクチンアジュバント組成物とワクチンを混合して用いてもよく、この場合、βヘマチンを含むワクチン組成物として用いることができる。
本発明のワクチンアジュバント組成物及びワクチン組成物の投与対象となる動物は限定されず、免疫系を有するあらゆる動物が挙げられ、ほ乳類、鳥類等を含む。ほ乳類としては、ヒト、サル、ウシ、ウマ、ブタ、ヒツジ、ヤギ、イヌ、ネコ、モルモット、ラット、マウス等が挙げられる。鳥類としてはニワトリ、アヒル、ガチョウ等が挙げられる。特に本発明のワクチンアジュバント組成物及びワクチン組成物は、ヒトのアレルギーワクチン及び感染症ワクチン、イヌ、ネコ等のペット動物のアレルギーワクチン及び感染症ワクチン、並びにウシ、ブタ、ニワトリ等の産業動物の感染症ワクチンとして有用である。
ワクチン組成物中の抗原量は、対象とする感染症の種類、投与する動物種等により変えることができるが、1回数十ng〜数mgである。
本発明のワクチンアジュバント組成物及びワクチン組成物は、無菌の水性又は非水性の溶液、懸濁液、あるいはエマルションの形態であってもよい。さらに、塩、緩衝剤等の医薬的に許容できる希釈剤、助剤、担体等を含んでいてもよい。ワクチン組成物は、経口、経鼻、経粘膜、筋肉内、経皮、皮下、皮内、鼻腔内、気管内等の各経路によって接種できる。また、ワクチン組成物は点眼、穿刺、噴霧、塗察等により投与することができる。また、本発明のワクチンアジュバント組成物又はワクチン組成物は飲料水や餌に含ませた状態で動物に摂取させてもよい。本発明は、本発明のワクチンアジュバント組成物又はワクチン組成物を含む飲料水及び餌も包含する。
本発明のワクチンアジュバント組成物及びワクチン組成物は、単回投与でもよいし、2日から8週間間隔で数回にわたって投与してもよい。
本発明のワクチンアジュバント組成物をワクチンとともに動物に投与し、あるいは本発明のワクチン組成物を動物に投与することにより、Th1細胞が増加し、アレルギー特異抗体であるIgEの産生が低下し、感染症において防御抗体として作用するIgG2抗体又はIgG2a抗体の産生が上昇する。この結果、動物においてアレルギー症状を抑え、さらにアレルギー症を治療することができる。また、感染症を予防又は治療することができる。
本発明を以下の実施例によって具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例によって限定されるものではない。
[比較例] 従来法(Usual法)による塩化ヘミンの合成
塩化ヘミンはSigma社より入手した(カタログ番号:51280、HPLCで測定した純度は98%以上)。
45mgの塩化ヘミンを4.5mLのNaOH溶液に溶解し、1N 塩酸を0.45mL添加した。その後、60℃で攪拌しながら酢酸をpHが4.8になるまで添加した。混合物を室温で一晩静置し、βヘマチン結晶を形成させた。次に遠心分離により沈殿を得、これを2%SDSを含む0.1M 重炭酸ナトリウム緩衝液(pH9.1)で3回遠心洗浄し、さらに精製水で6〜8回遠心洗浄し、精製水で置換した。
Usual法のプロトコールを図4に示す。Usual法においては、図4に示すように、精製水で遠心洗浄したときの上清(Usual-supと呼ぶ)及び沈殿(Usual(pellet)と呼ぶ)、並びに該沈殿をオートクレーブ(121℃、20分間)を用いて滅菌して得られたもの(Usual-ACと呼ぶ)を製品として得て特性を検定した。
[実施例1] 本発明のHeat法によるβヘマチンの合成
塩化ヘミンは東京化成工業(TCI)社より入手した(カタログ番号:H 0 0 0 8 、キレート法で測定した純度は95%以上)。また、sigma社より入手した塩化ヘミン(HPLCで測定した純度:>98%)も使用し、東京化成工業社より入手したものと同等のβヘマチンを製造できることを確認した。以下、東京化成工業社より入手したものを用いた検討について記載する。
塩化ヘミン100mgを1NのNaOH水溶液10mLに溶解し、1NのHCl水溶液1mLを添加した。さらに、酢酸を滴下し、pHを4.5〜4.8に調整した。次いで、塩化ヘミンを含む混合液を80℃以上で、1〜3時間加熱した。加熱はウォーターバスを用いて行った。加熱後、pH9.0のリン酸2Na水溶液で1回遠心洗浄し、さらに精製水で3〜4回遠心洗浄及び置換した。このようにして、βヘマチンを結晶として得た。得られたβヘマチンをHeat-TCIと呼ぶ。オートクレーブ(121℃、20分間)を用いて滅菌してもよい。
Heat法のプロトコールを図3に示す。
[実施例2] 本発明のHeat法と従来のUsual法の比較
本発明のHeat法及び従来のUsual法によるβヘマチン合成における、原料の反応率、遠心分離による回収率、原料として用いた塩化ヘミンの残存率を算出した。それぞれの値の算出法は以下のとおりであった。
原料の反応率:
薄層クロマトグラフ法でサンプル中のβヘマチンと塩化ヘミンを分離し、別にスポットした塩化ヘミンとの比較で確認した。
遠心分離による回収率:
沈殿物を上記2%SDS+0.1M-NaOHを用いて溶解、塩化ヘミンを標準品として吸光度法で定量し算出した。
塩化ヘミンの残存率:
薄層クロマトグラフ法でβヘマチンと塩化ヘミンを分離し、別にスポットした塩化ヘミンとの比較で算出した。
さらに、Heat法とUsual法で得られたβヘマチン懸濁液の色を目視で確認し、合成したβヘマチン結晶の1次粒子の形状及び径(最長の径)をSEMにより測定し、粒度分布をレーザー回折散乱方式粒度分布計により測定した。粒子の径はポリ-L-リジンでコートしたスライドガラスにβヘマチンを吸着させ、ultra-high resolution FESEM(電界放射型走査電子顕微鏡)(S-4800、日立製作所)を用いて画像を撮影した。βヘマチン懸濁液の粒度分布は、湿式レーザー回折散乱式粒度分布測定装置(LA-950V2、堀場製作所)を用いて測定した。
図5にHeat法及びUsual法における原料の反応率、遠心分離による回収率、塩化ヘミンの残存率、得られたβヘマチンの色、βヘマチンの1次粒子の最長の径及び粒度分布を示す。
従来のUsual法における原料の反応率が50〜60%であるのに対して、本発明のHeat法では95%を超えていた。また、遠心回収率はUsual法で得られたUsual(pellet)及びUsual-supではそれぞれ10〜30%及び10〜20%であるのに対して、本発明のHeat法では90〜98%であった。さらに、Usual法で得られたUsual(pellet)、Usual-sup及びUsual-AC中の塩化ヘミンの残存率がそれぞれ、20〜30%、10%前後及び10%前後であるのに対して、本発明のHeat法では2%未満であった。
この結果が示すように、Heat法ではβヘマチンを高収率で合成することができ、純度も高かった。
一次粒子最長の径は、Usual法で得られたUsual(pellet)が0.2〜0.8μm、Usual-supが0.1〜0.5μm、Usual-ACが0.3〜2μmであるのに対し、本発明のHeat法で得られたβヘマチンは0.5〜5μmと若干大きかった。粒度分布における粒度範囲はUsual法で得られたUsual(pellet)が1〜50μm、Usual-supが0.05〜2μm、Usual-ACが0.1〜1μmであるのに対し、本発明のHeat法で得られたβヘマチンは0.2〜5μmであった。また、メジアン径(平均粒子径)は、Usual法で得られたUsual(pellet)が5〜15μm、Usual-supが0.1〜0.6μm、Usual-ACが0.1〜0.5μmであるのに対し、本発明のHeat法で得られたβヘマチンは0.6〜1.2μmであった。Heat法で得られたβヘマチンはUsual法で得られたβヘマチンよりも分散状態がよく、均一の粒度分布で安定し凝集が起こり難かった。
Heat法で得られたβヘマチン、Usual法で得られたβヘマチンであるUsual(pellet)、Usual-sup及びUsual-ACの顕微鏡(倍率200倍)写真を図6に示す。図6中、A及びBはUsual法で作製したβヘマチンを示し、E及びFはHeat法で作製したβヘマチンを示す。また、CはUsual-ACを、DはUsual-supを示す。走査型電子顕微鏡による結晶の写真を図7に示す。図7中、A及びBはHeat法で作製したβヘマチンを示し、C及びDはUsual法で作製したβヘマチンを示す。また、E及びFはUsual-supを示し、G及びHはUsual-ACを示す。図7中には、スケールバーでサイズを示してある。図7A及びB中のスケールバーは500μm、図7Cのスケールバーは200nm、図7Dのスケールバーは250nm、図7Eのスケールバーは300nm、図7Fのスケールバーは200nm、図7Gのスケールバーは1μm、図7Hのスケールバーは300nmである。
さらに、図8にHeat法及びUsual法で作製したβヘマチンの懸濁液の色の差を示す。図8Aと図8Bは粒子の濃度が異なっている得られたβヘマチンの懸濁液の色は、Heat法で作製したものが灰茶色から黒色であったのに対して、Usual法で作製したものは赤茶色から黒色であった。この色の違いはHeat法で作製したβヘマチンとUsual法で作製したβヘマチンの構造の違い、つまり鉄原子への配位状態や結晶性の違いを反映しているものと思われる。
[実施例3] 本発明のHeat法で作製したβヘマチン(Usual(pellet)の、赤外分光法(IR)、粉末X線回折、固体核磁気共鳴(1H-NMR)分光法、ラマン分光法、電子スピン共鳴(ESR)、近赤外分光法(NIR)及び紫外可視分光法(UV-Vis)による構造解析、熱重量示差熱分析(TG-DTA)による特性解析
赤外分光法による構造解析
乾燥させた試料を臭化カリウムと混合して、圧縮成型後、ペレット状としてフーリエ変換赤外分光法により透過スペクトルの測定を実施した(KBr錠剤法)。また粉末のまま、Geプリズム及び入射角45°条件下におけるATR法(減衰全反射法)によりスペクトルを測定した。測定には窒素雰囲気下Varian-7000(Varian 社製、特殊セラミックス光源、DTGS(重水素化硫酸三グリシン)検出器)を用いた。結果は図9(KBr錠剤法)及び図10(ATR法)に示した。
Heat法及びUsual法により作製されたβヘマチンは、1710cm-1、1662cm-1、1297cm-1、1280cm-1、1209cm-1、939cm-1及び714cm-1付近に特徴的な主ピークが検出され一次構造はほぼ同等であった。しかしHeat法のほうが主吸収帯のピーク幅がシャープに認められ、結晶密度や単結晶の割合が多い、結晶性が高い状態であると考えられた。またUsual法で作製したβヘマチンには1600〜1500cm-1付近、1420〜1350cm-1付近にブロードに検出されており、Fe-COO結合以外のカルボン酸又はカルボン酸が多く存在していた。なおUsual法で作製したβヘマチンは、試料の色により、スペクトルのベースラインが右下がりとなり、Heat法で作製したβヘマチンと比較して、主ピークがいずれも約2 cm-1程度低波数側に認められるなど分散が悪く、スペクトルに歪みが見られた。
粉末X線回折による結晶構造解析
乾燥させた試料をSi無反射板に乗せ、広角X線回折法で測定を行った。測定にはD8 ADVANCE(封入管型、Bruker AXS 社製、CuK線(Ni フィルター使用)X線原、LynxEye検出器)を用い、出力40kV/40mA、スリット系 Div. Slit: 0.3°の条件で実施した。結果は図11に示した。
Heat法により作製したβヘマチン結晶は7.4°、12.2°、21.6°及び24.1°付近に回折角2θの特徴的な主ピークが観測され、Usual法により作製したβヘマチン結晶も同様のピークを示し、2本の強い2θのピークは文献上のhemozoinの文献上の値と一致した。しかしピーク強度はHeat法により作製したβヘマチン結晶の方が大きく、バンド幅もシャープであった。Heat法で合成したβヘマチンはUsual法で合成したβヘマチンよりも結晶子サイズが大きく、結晶形はほぼ同等ではあるが結晶性が高い状態であることが示された。
固体NMR分光法による構造解析
3.2φ(回転数20K)のセルに乾燥させた試料を入れ高速固体1H−NMRによる測定を行った。測定にはVarian NMRJ600MHzを用いた。結果は図12に示した。
Heat法により作製したβヘマチン結晶は6.8及び-1.4ppmに、Usual法で作製したβヘマチン結晶は6.5及び-4.0ppmに主なピークが観測された。鉄の磁性のため分離度の高いスペクトルは得られず、帰属が難しいものの、両者のスペクトル形状は違いを示した。
IRによる構造差はほとんど現れなかった事を考慮し、Heat法で作製したβヘマチンは、鉄原子の第六座に水酸基等の配位結合などの構造差があると考えられた。
ラマン分光法による構造解析
乾燥させた試料をレーザーラマン分光法による測定を行った。測定にはPDP-320(フォトンデザイン製)を用い、励起波長514.4nm(光源Ar+、ビーム径1μm、レーザーパワー8〜12mW/NDF・35mW/20% + NDF、CCD検出器)及び1064nm(光源YAG、ビーム径1μm、レーザーパワー200 mW/80°、InGaAs検出器)の条件で実施した。結果は図13(514.4nm)及び図14(1064nm)に示した。
Heat法及びUsual法で作製したβヘマチン結晶は、励起波長514.4nm(図13)及び1064nm(図14)におけるラマン分光スペクトルにおいて、ほぼ同様のピーク位置が観測された。ピーク強度に関してはHeat法で作製したβヘマチンとUsual法で作製したβヘマチンとでピーク同士の強度比に違いがあった。これは分子間相互作用や鉄原子への配位状態や結晶状態が異なっていることに伴う電子状態の変化を反映したものと考えられた。
ESRによるスピン状態の解析
外径5 mmの円筒型石英セルに乾燥させた試料を入れ、ESR測定を実施した。測定にはJES RE-2X ESR分光計(日本電子製)を用いた。測定は室温、-50℃及び-150℃で行った。室温測定の結果は図15に示し、室温、-50℃及び-150℃の結果を並べて図16に示した。
Heat法により作製したβヘマチン結晶は、0-200 mT付近( g = 6.122)と200-400 mT付近(g = 2.005)に二つの明確なシグナルがみられた。Usual法により作製したβヘマチンでは低磁場側の0-200 mT付近のシグナルがほとんど見られなかった。またシグナル強度の絶対値にも差があり、200-400 mT付近に幅広く表れているシグナルの積分値は、Usual法で作製したβヘマチンはHeat法で作製したβヘマチンよりも約13倍大きかった。また−50℃での測定ではUsual法で作製したβヘマチンの低磁場側(0-100 mT付近)の変化がわずかなのに対しHeat法で作製したβヘマチンは高磁場側(200-300 mT付近)のシグナルに対して大きく増大した。すなわち、-50℃のESR分析で0-100 mT付近のシグナルが200-300 mT付近のシグナルに対して大きくなった。-150℃ではその差が顕著になり、Usual法で作製したβヘマチンでは高磁場側(200-300 mT付近)で変化無く低磁場側(0-100 mT付近)が増大したのに対し、Heat法で作製したβヘマチンでは低磁場側(0-100 mT付近)の増大に対し高磁場側(200-300 mT付近)のシグナルは低下した。すなわち、-150℃のESR分析で0-100 mT付近のシグナルが200-300 mT付近のシグナルに対して2倍以上になった。この結果より、常磁性種の種類と濃度が大きく異なっていることが示された。Usual法で作製したβヘマチンでは3価の鉄の低スピン状態を観測し、Heat法で作製したβヘマチンはUsual法で作製したβヘマチンよりもシグナル強度が低く低スピンと高スピンの混合と思われる複雑なスペクトルが示された。これは鉄原子への配位の状態やFe(III)-Fe(III)相互作用が異なるためと考えられた。
NIR(近赤外分光法)測定による解析
試料の近赤外分光スペクトルを測定した。測定にはフーリエ変換型近赤外分析計NIRFlex N-500(ビュッヒ製)を用いた。結果は図17に示した。
Heat法で作製したβヘマチン結晶より得られた近赤外分光スペクトルは、Usual法で作製したβヘマチンのスペクトルより波数領域全体の反射率が低かった。また4440cm-1、5780cm-1及び5960cm-1のピークはUsual法で作製したβヘマチンで観測されたがHeat法で作製したβヘマチンではほぼ観測されなかった。これはOH及びCHの変化を反映していると考えられ、スペクトル形状が全体的に違うことから結晶構造や粒子径などの状態が違うことが示された。
紫外可視分光光度計による解析(UV-vis)
試料の紫外可視分光スペクトルを測定した。測定には紫外可視分光光度計V-630DS(日本分光製)を用いた。結果は図18に示した。
Heat法で作製したβヘマチン結晶からは、493nm及び670nmにピークが観測され、200nmから1000nmまで吸光度に起伏の少ないスペクトルが得られた。Usual法で作製したβヘマチン結晶からは368nm、436nm及び645nmにピークが観測され、300nmから500nmにかけて強い吸収のあるスペクトルが得られた。この結果より、粒子又は懸濁液の色が違うことが示され、構造に差があることが考えられた。
TG-DTA(熱重量示差熱分析)による解析
乾燥した試料の熱重量分析及び示差熱分析を実施した。測定にはThermo plus EvoII TG-DTA(リガク製)を用いた。結果は図19に示した。図19A、B、C及びDは、それぞれ、空気中の熱質量測定(TG)の比較の結果(TG(Air))、窒素中の熱質量測定(TG)の比較の結果(TG(N2))、空気中の熱重量DTAの比較の結果(DTA(Air))及び窒素中の熱重量DTAの比較の結果(DTA(N2))を示す。
Heat法で作製したβヘマチン結晶は、空気中での熱重量示差熱分析においては250℃付近で発熱し400℃までに一気に酸化分解した。窒素中では360℃及び440℃付近で吸熱をともなう熱分解、700℃付近で発熱をともなう熱分解が起こった。
Usual法で作製したβヘマチン結晶の挙動はHeat法とほぼ同等であったが、空気中では2段階の分解で、かつ500℃付近まで酸化分解が続いた。窒素中では1段階目の熱分解は300℃付近でHeat法で作製したβヘマチンより速く起こるが2段階目以降の分解に対する重量低下はHeat法で作製したβヘマチンよりも少なかった。この結果より、Usual法で作製したβヘマチンには不純物又は結晶形の違う(あるいはアモルファスな)粒子の割合がHeat法で作製したβヘマチンより多いことが考えられた。
図9〜19中の「Heat」はHeat法で作製したβヘマチンの分析結果を示し、「Usual」はUsual法で作製したβヘマチン(Usual(pellet))の分析結果を示す。
[実施例4] Heat法における合成温度の差による反応率及び反応速度の違いの確認
βヘマチンのHeat法において、反応温度を室温から100℃まで設定し、原料である塩化ヘミンの反応率(減少率)及び反応の速度の違いを確認した。結果は図20に示した。90℃以上に関しては反応開始後30分で、80度に関しては反応開始後1時間で原料がほぼ消失した。また原料とβヘマチンのスポット以外に他のスポットは観測されず、80℃以上の反応温度に関しては、ほぼすべての原料がβヘマチンに変換されたと考えられた。75℃以下では反応がほとんど進行しなかった。
[実施例5] 本発明のHeat法で合成したβヘマチンのアジュバント効果の検定
マウスを3匹以上準備した。Heat法で作製したβヘマチン及びUsual法で作製したβヘマチン(Usual(pellet)及びUsual-sup)をPBSで1〜4mMに希釈したサンプル200μLに抗原としての卵白アルブミン(OVA)を加え、10日間隔で2回投与した。投与後1週間及び3週間目で採血を行い、得られた血清中の抗OVA IgG抗体産生量をELISA法にて測定した。
図21に結果を示す。図に示すように、Heat法で作製したβヘマチンをアジュバントとして用いたときの抗体価の上昇は、1週間目及び3週間目のいずれの時点でもUsual法で作製したβヘマチンをアジュバントとして用いたときの抗体価の上昇より高く、特に3週間目では顕著に高かった。
また、その後、最長50週目まで血中抗体価を測定した。図22に結果を示す。図22AはHeat法で作製したβヘマチンを用いた場合の結果を示し、図22BはUsual法で作製したβヘマチンを用いた場合の結果を示す。図22Aには、東京化成工業(TCI)社の塩化へミンを原料として作製したβヘマチンを用いた場合の結果及びsigma社の塩化へミンを原料として作製したβヘマチンを用いた場合の結果を示す。また、図22Bには、Usual法でβヘマチンを作製した場合に得られる上清(Usual-sup)及び沈殿(Usual(pellet))をアジュバントとして用いた場合とβヘマチンを用いずOVAのみを投与した場合の結果を示す。図22に示すように、Usual法で作製したβヘマチンを用いた場合、Usual-supで抗体価の上昇が認められたが、投与後3週間で抗体価はピークを示し、以降は低下した。一方、Heat法で作製したβヘマチンを用いた場合、少なくとも投与後50週まで高い抗体価を維持した。
この結果は、本発明のHeat法で作製したβヘマチンをアジュバントとして用いた場合、高い抗体価が持続することを示している。
本発明のβヘマチン結晶及び該βヘマチン結晶を含むワクチンアジュバント組成物は、医学、獣医学の分野でヒトを含む動物のアレルギー疾患及び感染症の予防、治療に用いることができる。

Claims (3)

  1. 塩化ヘミンをNaOH水溶液に溶解して得られた溶液に、HCl水溶液を添加し、さらに、酢酸を滴下し、pHを4〜6に調整し、得られた混合液を80℃以上で加熱することを含む、βヘマチンの作製方法。
  2. 加熱を30分間以上行う、請求項1記載のβヘマチンの作製方法。
  3. 薄層クロマトグラフ法により、式[原料のモル量]/[βヘマチンモル量×2]×100で算出した収率が90%以上である、請求項1又は2に記載のβヘマチンの作製方法。
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