JP6362979B2 - X線源及びこれを用いるx線照射装置並びにx線光電子分光装置 - Google Patents

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Description

本発明は、従来に比べて高いX線強度を得ることができるX線源及びこれを使用するX線照射装置並びにX線光電子分光装置に関するものである。
Kai Siegbahn(1981年ノーベル賞受賞)らによって創始されたX線光電子分光法(短縮してXPSと呼ばれる)では、単色X線を真空中に置かれた物質試料に照射して、この照射により放出される光電子の運動エネルギ分布を、電子エネルギ分析器によって測定する。これによって物質の内部に束縛されている電子のエネルギ状態を分析することが可能となる。よって、XPSは、物質・材料研究や分析手段として広く利用されている。実験室で用いられるXPSでは、従来からAl、Mgなどのタ−ゲットを10数kVから数10kVに加速した電子ビ−ムで照射して発生させたKαまたはLα特性X線を光電子の励起に利用する。
最近では結晶分光器によってAl Kα線を単色化して分解能の高い分析を行うことができる装置が一般化しつつある。このタイプの装置では、結晶分光器によって1eV程度の自然幅を持つ特性X線のバンド幅を有限の回折効率をもつ結晶分光器によって0.3eV程度まで小さくするため、X線強度は減少する。そこでターゲットの励起には10−100μmの収束電子ビ−ムを利用し、発生したX線の分光には湾曲結晶を用いたロ−ランド型の分光器を用い、これにより単色化して試料上に収束照射する。これによって輝度の高いX線励起が可能となり、電子エネルギ分析装置への光電子の取り込み効率を高くする工夫がなされている。
また、X線強度をできるだけ大きくするために、タ−ゲットを水冷することにより、電子ビ−ム照射によって発生した熱を除去し、タ−ゲットの損傷を防いでいる。従って、水冷タ−ゲットの損傷による電子ビ−ム励起の上限が、このタイプのXPS装置から得られる信号強度の最も主要な制限要因になっている。
今日では、上記の単色化収束X線によるXPS装置は標準的な分析装置として市販され広く利用されている。一方で、上記XPS装置は、いくつかの本質的な問題点を持っていることは一般的に強く認識されている。すなわち、上記XPS装置は、AlのKα線のエネルギが1.49keVと低く、従って光電子の運動エネルギも高々1keV前後と低いために、固体試料においては、試料内部で発生した光電子は、表面にたどり着いたときには強い散乱によって発生したときの記憶を失ってしまう。このために、ごく表面近傍で発生した光電子のみが有用な情報を持つことになり、従ってこのAl Kα線励起によるXPSは極めて表面敏感な手法である。
通常、物質試料の表面は、水の吸着や酸化、あるいはその他の汚染物によって覆われており、多くの場合、そのままでは物質内部からの光電子は表面に達せず、汚染層からの信号のみが観測されることになってしまう。表面汚染層の除去法として、試料の劈開、破断、イオン衝撃、などがよく用いられるが、各々欠点がある。劈開は限られた結晶にのみ適用可能で、破断も均一な破断面が得られる試料には限りがある。イオン衝撃は表面付近のかなりの厚さの層に欠陥が残るのでアニ−リングが必要となる。また一般的に選択スパッタリングが起こるので表面組成が変化してしまう。アニ−リングも表面の組成や状態を変えてしまうので、何を測っているのかわからなくなる虞がある。
よって、物質本来の電子状態や化学結合状態を調べる手段、また組成や状態分析手段としてはこれらの問題点に十分な注意を払いながら使わねばならない。
本来、光電子分光法は物質の内部に束縛された電子のエネルギ状態を見る唯一の方法であり、また、組成のみならず化学状態の分析にも優れた方法である。にもかかわらず、この表面敏感姓がそのより広い適用を強く制限していた。
光電子の物質内部での非弾性散乱は、光電子と物質に束縛されている電子との散乱が主であるので、光電子の運動エネルギが大きくなるに従い、非弾性散乱は減少する。従って、励起X線のフォトンエネルギを高くして光電子の運動エネルギを大きくすることにより、光電子がエネルギを失わずに試料表面にたどり着く確率が増加する。すなわち、光電子スペクトルにおいて試料内部で発生した光電子からの寄与が増大する。
この考えに立って、物質のバルクの電子状態や化学状態を見る方法として、アンジュレーター放射光を使った硬X線光電子分光法(HXPESもしくはHAXPES)が開発され、成功を納めている。この方法においては、よりエネルギの高いX線(4〜10keV)を励起に使うことで、光電子の運動エネルギを大きくし、より深い内部から放出される光電子の分析を可能にする。この手法はすでにSPring−8をはじめとする世界の放射光施設で利用に供され、広い分野のユ−ザ利用が多くの成果を輩出している。
放射光によるバルク敏感なHAXPESは、固体物理、物質・材料科学、分析科学、さらにはデバイス開発において非常に強力な手段であることが認識されるとともに、その需要は増加の一途をたどっている。しかるに放射光のビームタイムリソースは有限であり、すべての利用希望に応えることは不可能である。また、放射光施設での実験には半年前に課題申請を行い、競争率の高い課題評価を経て得られたビ−ムタイムは固定されていて、実験環境の管理も厳しく、多様な実験に応えきれない、などの問題点もある。
この問題を解決するために、発明者らはすでにCrのKα線(5.4keV)をGe(422)反射によって単色化するX線源を開発し、これを、広角対物電子レンズを備えた光電子エネルギ分析器と組み合わせて、一定の実用性を持つ実験室HXPES装置を開発して、様々な応用を行ってきた。
この装置は、表面が平滑な試料に対しては、十分に実用に耐えるスル−プットと角度およびエネルギ分解能を有しているが、凹凸の多い表面を持った試料や、軽元素の浅い内殻レベルあるいは価電子帯の光電子スペクトルの取得には数時間から半日を要することもある。
このようなCrをターゲットとするX線照射装置としては、例えば、特許文献1に、ターゲットとしてAlとCrを併用するX線照射装置が開示されている。このようなCrをターゲットとするX線照射装置において、実験室硬X線光電子分光法をより利用しやすくするためには、X線の集光サイズを変えずにX線強度をさらに数倍から10倍程度高くすることが求められる。
既存の集光型単色化Cr Kα線源を用いたXPSは、マイクロ収束型の電子銃で水冷Crタ−ゲットを励起することにより発生するX線を、Ge単結晶を用いたロ−ランド型の湾曲結晶分光器によって単色化して、試料表面上に典型的には100μm程度以下に集光して照射する。光電子のエネルギ分析器は、通常5〜25倍程度の拡大率を持つ電子レンズを備え、その後ろに可変幅のスリットを通して半球型エネルギ分析器が配置される。従って、もし7倍の拡大率の電子レンズを使った場合、100μmφのX線照射領域から放出された光電子は、スリットのところでは700μmに拡大されるので、700〜800μm幅のスリットを使えば、ほぼ無駄なく電子エネルギ分析器に取り込むことができる。スリット幅は得られるスペクトルの幅を決めるので、これ以上の大きな幅のスリットを使うことはスペクトルの質の低下を招く。
以上のことから、タ−ゲット上でのX線励起用の電子ビ−ムは100μmφ以下であることが望ましい。ローランド型分光器では光源を倍率1で試料上に収束させるので、タ-ゲット上の電子線のスポットサイズがそのまま試料上でのX線スポットサイズの最小値となる。
このとき発生するX線の出力は、Crタ−ゲットに照射する電子線の加速電圧とビ−ム電流によって決まる。従来のタ−ゲットは、水冷基板上にCrの蒸着膜を設けた構造で熱伝導によって電子線励起による熱を逃がす構造となっている。従って、電子線によって励起される部分の温度上昇は、電子線のビ−ム電流密度、加速電圧および、タ−ゲット材(Cr)および基板(Ag)の熱伝導率によって決まる。この部分の温度がCrの昇華が無視できない温度に達すれば、それ以上、電子線出力を増加することはできない。
電子線照射のシミュレ−ションから、電子線照射によって発生する2次電子雲の分布の深さは電子ビ−ムの加速電圧に従って増加する。この2次電子雲がCrタ−ゲット層の中に収まるようにCr層の厚さを決めると、その厚さは図6に示すように電子線の加速電圧とともに増加する。
一方で、Crは基板のAgに比べて熱伝導率が小さく、従ってCr層で発生した熱はCr層の厚さが大きくなるに従って、逃げにくくなる。X線強度を増加させるために電子線の加速電圧を増加させると、Cr層の必要な厚さが増加し、Cr層内に熱が蓄積し、その結果Cr層の温度上昇がより大きくなってしまう。Crの昇華が無視できる温度として760℃をCr層の温度の上限としてシミュレ−ションを行うと、ビ−ム径が100μmの場合には、X線の強度は加速電圧が30kV程度以上に増加させても意味はなく、そのときの電子ビ−ムの出力は高々35〜40W程度であることがわかる。すなわち、照射領域のCrの温度上昇によって昇華が始まってしまうため、X線強度は電子線出力を上げても増加しない。
このシミュレ−ションによる解析の結果はまた、この制限は基板金属およびCrの熱伝導率と熱容量、照射された電子のCr層内での飛程、Crの蒸気圧曲線などの物質パラメ−タ−で決まっており、単純な構造のCrタ−ゲットでは改善の余地がないことを明瞭に示している。なお上記のシミュレ−ションにおいてはAg基板の水冷は理想的で、水温は30℃に固定されていて、基板底部の温度上昇も無視できる範囲であることを示しており、実験結果とも一致している。すなわちタ−ゲットの水冷構造にはほとんど改善の余地はないことがわかった。
また、より強い強度のX線をターゲットに照射するためのX線照射装置として、回転対陰極X線発生装置が知られている。
この回転対陰極X線発生装置とは、内部に冷却媒体を流通させた円柱状の対陰極(ターゲット)を高速で回転させながら、その外周表面に電子線を照射してX線を発生させるものである。対陰極を回転させることによって、ターゲット上の電子線の照射位置が変化し、これにより冷却効率を高めることが可能となる。従って、ターゲットに大電流の電子線を照射することができ、高強度なX線を発生させることができる。この時、対陰極の回転数を高く、また回転ターゲットの径を大きくするほど、ターゲットの温度上昇は抑えられるが、一方で真空中におかれた水冷対陰極を真空外の駆動装置により回転させるためには、回転軸および冷却媒体のシールが必要で、このために回転数には技術的な制限がある。X線回折用の回転対陰極では3000RPM前後の回転数のものが通常に市販されている。この回転対陰極においても、ターゲット材の蒸発、昇華を抑えることにより、技術的に可能な範囲の回転数で、より小さい径の回転対陰極によってより高い出力の電子線励起が可能となる。
特許文献2には、通常の回転対陰極とは異なる構造の回転対陰極について記載されており、コの字型構造の回転対陰極のコの字の内側を電子ビームで集光励起して溶融状態のターゲット材が飛散しないように遠心力でコの字の壁に押し付ける構造の回転対陰極(ターゲット)が提案されている。対陰極(ターゲット)を融点以上に加熱した場合におけるターゲットの消耗の抑制を目的として、CuやCo等の構成材料からなるターゲットの表面に、黒鉛、ダイヤモンド、アルミナ、酸化カルシウム、酸化マグネシウム、酸化チタン、炭化チタン、シリコン、ホウ素又は窒化ホウ素からなる被膜を形成することが開示されている。
また、特許文献3には、ターゲット表面のひび割れを防止することを目的として、Cuからなる基体上にAlN厚膜を具備するターゲットを用いることが開示されている。
しかしながら、特許文献2及び3に記載の技術は、ターゲットの構成材料がCuやCoであるものしか開示しておらず、ターゲットがCrであるもの及びそれに好適な被膜については開示されていない。また、特許文献3記載の技術は、上記したようにターゲット表面のひび割れを防止することを目的とするものであって、高強度のX線を得ることを目的とするものではない。
WO2011/122020号公報 特許第5022124号公報 特許第3905050号公報
本発明は、上述したような問題点を解決すべくなされたものであって、Cr等のターゲット表面を耐熱性の高い薄膜で覆うことによってターゲットの昇華を抑え、より高い温度による電子ビーム照射を実現し、これによりスポットサイズを100μmあるいはそれ以下に保ったままで2倍から10倍の高いX線強度を得ることができるX線源及びこれを使用するX線照射装置並びにX線光電子分光装置を提供するものである。
請求項1に係る発明は、基板上に形成されたターゲット層と、該ターゲット層を被覆するコーティング層とを備えるX線源であって、前記ターゲット層は、Cr、Al、Ag、Mg及びTiよりなる群から選択される少なくとも一種を含み、前記コーティング層は、高融点化合物を含む薄膜であり、前記高融点化合物は、高融点遷移金属、該高融点遷移金属の酸化物、ホウ化物、炭化物、窒化物、窒酸化物、けい化物及びカルコゲン化物、並びに、前記高融点遷移金属の金属ダイシリサイド及び金属アルミナイド、さらにはSi基セラミックスよりなる群から選択される少なくとも一種を含むことを特徴とするX線源に関する。
請求項2に係る発明は、前記高融点遷移金属が、W、Ta、Mo、Nb、V、La、Cr、Zr又はTiであることを特徴とする請求項1記載のX線源に関する。
請求項3に係る発明は、前記ターゲット層が、Crからなることを特徴とする請求項1又は2記載のX線源に関する。
請求項4に係る発明は、前記コーティング層が、クロム系窒化物及び該クロム系窒化物に由来するクロム系窒酸化物の少なくとも一方を含む薄膜であることを特徴とする請求項3記載のX線源に関する。
請求項5に係る発明は、電子ビームを発射する電子銃と該電子銃から発射された電子ビームによりX線を発生するX線源とを有するX線発生機構と、該X線発生機構から発せられたX線を所定の焦点位置に集光する集光機構とを備え、前記X線源が、請求項1乃至4いずれかに記載のX線源であることを特徴とするX線照射装置に関する。
請求項6に係る発明は、前記集光機構は、X線を単色化する分光機能をさらに備えたものであることを特徴とする請求項5記載のX線照射装置に関する。
請求項7に係る発明は、電子ビームを発射する電子銃と該電子銃から発射された電子ビームによりX線を発生するX線源とを有するX線発生機構と、該X線発生機構から発せられたX線を所定の焦点位置に集光する集光機構と、前記焦点位置に対応する位置に試料を載置するためのステージと、前記集光されたX線が前記試料に照射されることにより該試料から放出された光電子の運動エネルギ分布を分析するための分析器と、を備え、前記X線源が、請求項1乃至4いずれかに記載のX線源であることを特徴とするX線光電子分光装置に関する。
請求項1に係る発明によれば、ターゲット層が高温になった場合でも、ターゲット層の表面を被覆するコーティング層の働きによりターゲット層の昇華を抑えることができるので、X線源に照射する電子ビームをターゲット層の昇華が起こる温度以上の出力とすることができ、これによりスポットサイズを一定値以下に保ったままで、コーティング層が無いX線源に比べてより強いX線(Kα線またはLα線(タ-ゲットがAg、Zrの場合)などの特性X線)強度を得ることができる。
請求項2に係る発明によれば、これらコーティング層は、高温でターゲット層と安定な界面を保持する、熱膨張係数がターゲット層と大きく変わらない、融点が高く蒸気圧が低い、電子線照射に対して安定である、強い帯電を起こさない、等の条件を満足するため、ターゲット層の昇華あるいは蒸発を抑えるという点において優れた薄膜とすることができる。
請求項3に係る発明によれば、電子線照射により他の金属より高いエネルギー(5.4keV)のKα線を放出するCrターゲットにコーティング層を設けて上記効果を機能させ、放出される光電子の運動エネルギをより高くすることにより、バルク敏感性の強い光電子分光をより高いスループットで実現するための強いX線(Kα線)強度を得ることができる。
請求項4に係る発明によれば、電子線照射により他の金属より高いエネルギー(5.4keV)のKα線を放出するCrターゲットにクロム系窒化物、及び該クロム系窒化物に由来するクロム系窒酸化物の少なくとも一方を含むコーティング層を設けて上記効果を機能させ、放出される光電子の運動エネルギをより高くすることにより、バルク敏感性の強い光電子分光をより高いスループットで実現するためのより強いX線(Kα線)強度を得ることができる。
請求項5及び6に係る発明によれば、より強いX線(Kα線もしくはLα線(ターゲットがAg、Zrの場合)などの特性X線)強度および輝度(面積当たりの強度)を得ることができるX線照射装置とすることができる。
請求項7に係る発明によれば、より強いX線(Kα線もしくはLα線(ターゲットがAg、Zrの場合)などの特性X線)強度および輝度を得ることができ、これにより、物質の内部に束縛されている電子のエネルギ状態を高精度に分析することが可能なX線光電子分光装置とすることができる。
本発明に係るX線光電子分光装置(XPS装置)の概略構成図である。 アノード(X線源)の構成を説明するための断面図である。 参考例1の結果を示すグラフである。 水冷基板の電子線照射部の温度が融点を超えない条件(基板が破損しない条件)での実施例1におけるX線強度の上限と電子線加速電圧との関係を表すグラフである。 比較例1におけるCrの昇華によるX線強度の上限と電子線加速電圧との関係を表すグラフである。 電子線の加速電圧とターゲットとして必要なCr層の厚みの関係を示すグラフである。 コーティング層にアニール処理を施した場合と施していない場合の窒素及び酸素の含有量の対比を示す、バルク敏感光電子分光によるグラフである。 コーティング層を形成する窒化クロム、酸窒化クロム、酸化クロムにおける酸素量と結晶子サイズとの関係を示すグラフである。 電子線照射部にコーティング層の状態の異なる3つの領域を設けた水冷基板を簡略化した正面図である。 図9の水冷基板でコーティング層を設けていない領域の電子線照射部の光学顕微鏡写真である。 図9の水冷基板でタングステンを含むコーティング層を設けた領域の電子線照射部の光学顕微鏡写真である。 図9の水冷基板で窒化クロムを含むコーティング層を設けた領域の電子線照射部の光学顕微鏡写真である。
以下、本発明に係るX線源及びこれを用いるX線照射装置並びにX線光電子分光装置について図面を参照しながら説明する。
図1は、本発明に係るX線光電子分光装置(XPS装置)の概略構成図である。
XPS装置(1)は、チャンバ(10)と、X線照射装置(101)と、ステージ(14)と、分析器(15)と、コントローラ(20)とを有する。
チャンバ(10)は、真空バルブ(V)を介して真空ポンプ(P)に接続されており、内部が所定の圧力(例えば、10−7Pa台)に排気及び維持されることが可能である。
X線照射装置(101)は、電子銃(11)と、アノード(12)と、集光体(13)とを有する。
電子銃(11)は、チャンバ(10)の内部に設置され、アノード(12)に電子ビーム(e)を照射する。電子銃(11)は、電子を発生する電子源と、発生した電子を集束し所定のビーム径に調整可能な電子レンズとを有する。電子源は、熱陰極でもよいし冷陰極でもよい。電子レンズは電界式でもよいし磁界式でもよい。また、電子銃(11)は、電子ビームを偏向可能な偏向器を有する。電子銃(11)による電子ビームの生成、集束及び偏向の各動作は、コントローラ(20)によって制御される。
図2は、アノード(X線源)の構成を説明するための断面図である。
アノード(12)は、アノード体(12a)と、アノード体(12a)を支持する基板(12b)とを有する。アノード体(12a)は、電子ビームの照射を受けることで固有の波長を有するX線(特性X線)を発生するX線源として機能する。基板(12b)は、銀(Ag)や銅(Cu)などの熱伝導性に優れた金属材料で構成されており、内部には冷却水が循環する冷却水路(12e)が形成されている。
本発明において、アノード体(12a)は、基板(12b)上に形成されたターゲット層(12c)と、ターゲット層(12c)の表面を被覆するコーティング層(12d)とからなる。
本発明において、ターゲット層(12c)は、Cr、Al、Ag、Mg及びTiから選択された一つからなり、特にCrが好適に用いられる。ターゲット層(12c)の材料としてCrを用いることにより、電子銃(11)(図1)から電子ビームの照射を受けたアノード体(12a)は、X線(x1)(図1)としてCrKα線(波長:2.29Å、エネルギ:5.41keV)を発生する。
ターゲット層(12c)が電子銃(11)(図1)から電子ビームの照射を受けると、ターゲット層(12c)の温度は上昇する。より高エネルギのKα線を得るためには、電子銃(11)(図1)から発射される電子ビームの出力を大きくする必要があるが、そうするとターゲット層(12c)の温度はさらに高い温度となる。電子線の出力を上げるためには、一定の加速エネルギまではビーム電流量を増加させるよりは電子線の加速エネルギを増加させる方が効率的であることはよく知られている。しかし、加速エネルギを大きくするとターゲット層(12c)はより深いところまで電子線によって励起される。例えば、ターゲット層(12c)がCrからなる場合、電子線によって励起される深さと電子線エネルギの関係は図6に示すようになり、ターゲットとして必要なCr層の厚さは急激に増加する。Crの熱伝導率はAg基板のそれに比べると小さいので、Cr層内の温度上昇は電子線エネルギの増加とともに上昇する。Crの昇華が無視できる上限温度は約760℃であるので、コーティング層(12d)が設けられていない場合は、電子ビームの出力はCrの昇華が起こらない値として35〜40W程度が上限となる。したがって、電子ビームの出力をこの上限値以上とした場合、加速エネルギを上げることによっては、CrのKα線の強度は増やせない。
よって、ターゲット層(12c)の昇華を抑制するため、本発明において、ターゲット層(12c)の表面にはコーティング層(12d)が形成される。このコーティング層(12d)により、ターゲット層(12c)の昇華を抑えることができるため、電子銃(11)(図1)から発射する電子ビームの出力を、ターゲット層(12c)の昇華が起こる出力以上の値とすることができる。これにより、ターゲット層(12c)からのKα線のX線強度を上げることができる。
コーティング層(12d)としては、高温でターゲット層(12c)と安定な界面を保持する、熱膨張係数がターゲット層(12c)と大きく変わらない、融点が高く蒸気圧が低い、電子線照射に対して安定である、強い帯電を起こさない、等の条件を満足することが必要である。これら条件を満たすものとして、具体的には、コーティング層は、高融点化合物を含む薄膜である。その高融点化合物は、高融点遷移金属、該高融点遷移金属の酸化物、ホウ化物、炭化物、窒化物、窒酸化物(オキシナイトライド)、けい化物及びカルコゲン化物、並びに、上記の高融点遷移金属の金属ダイシリサイド及び金属アルミナイド、さらにはSi基セラミックスよりなる群から選択される少なくとも一種を含む。但し、酸化物は電子線によって還元される傾向が強いため、この点に留意が必要である。高融点遷移金属としては、W、Ta、Mo、Nb、V、La、Cr、Zr、Tiを挙げることができる。
中でも、コーティング層(12d)としては、TiN、CrN、CrN、CrNとCrNとの混合物、AlCrN等の窒化物、およびWを好適に用いることができる。
特に、ターゲット層(12c)としてCrを用いる場合、コーティング層(12d)としてはクロム系窒化物(CrN、CrN、CrNとCrNとの混合物)およびWを好適に用いることができ、この組み合わせにより特に高強度のKα線を得ることができる。
さらには、コーティング層(12d)としては、上記の窒化物に由来する窒酸化物を好適に用いることができる。そのような窒酸化物は、例えば適量の酸素を含む雰囲気中で上記の窒化物により形成したコーティング層(12d)をアニール処理することで容易に得ることができる。アニール処理は、クロム系窒化物やWによるコーティング層(12d)においては、コーティング層(12d)を、例えば大気中あるいは酸素雰囲気中において900℃まで加熱し、その温度を10分間維持することにより行われる。
図7に、クロム窒化物からなる、アニール処理していない、コーティング層(12d)のバルク敏感光電子分光によるスペクトルL1、L3と、そのコーティング層(12d)をアニール処理したときのスペクトルL2、L4とを示す。スペクトルL1では窒素に対応する結合エネルギー(395〜397eV)のピーク強度が高いのに対して、スペクトルL2では窒素に対応する結合エネルギのピーク強度は著しく小さくなっている。スペクトルL3では酸素に対応する結合エネルギ(530〜532eV)のピーク強度が小さいのに対して、スペクトルL4では酸素に対応する結合エネルギのピーク強度が高くなっている。この解析結果によれば、上記のアニール処理により、コーティング層(12d)の内部の酸素含有量が大きくなり、相対的に窒素の含有量が小さくなっていることがわかる。
クロム系窒化物の1つであるCrNは、従来から機械部品の耐酸化性・耐磨耗・耐蝕性向上、焼付防止、摺動性向上などのための表面処理技術に用いられており、CrN自身の耐熱性も非常に高い安定な物質として知られている。
本発明においては、これらの従来から実用化されている機能を利用するのではなく、真空中に置かれたCrタ−ゲットの電子線照射による温度上昇に伴うCrの昇華を防ぐために、Crタ−ゲットの表面にクロム系窒化物コ−ティング層やWコーティング層を設ける。クロム系窒化物の1つであるCrNの融点は1770℃と十分に高く、その熱膨張係数が7.5x10−6で金属Crの6.2〜6.8x10−6に近く、高温での膜中の熱ひずみは大きくない。
Wはターゲット層のCrと化合物や合金を形成することがなく安定な層を形成することが可能であると共に、熱伝導率が比較的高いためにターゲット層の温度上昇を抑制することが可能である。
また、遷移金属クロム(Cr)は、窒化物としては、CrN(立方晶系:岩塩型構造)及びCr2N(六方晶系、不定比化合物であり、CrN0.38からCrN0.5まで変化する)がある。一方で絶縁性酸化物としての代表例は Cr23(三方晶系)が挙げられる。後者は熱的には非常に安定(融点:2435℃)であり、酸化防止膜として、表面に塗布される。Cr23/CrN1-xx/CrN なる三層傾斜構造薄膜に関する研究報告(P. Hones, C. Zakri, P. E. Schmid, F. Levy, and O. R. Shojaei, Applied Physics Letters, vol.76, (2000) pp.3194-3196.)などがある。
Cr の窒酸化物(CrN1-xx)の特長は、機械的に硬いこと(硬度20GPa 以上、C. Gautier, J. Machet, Surface and Coatings Technology, vol.94-95, (1997) pp.422-427.)、熱的に安定(900℃まで安定、L. Castaldi, D. Kurapov, A. Reiter, V. Shklover, P. Schwaller, J. Patscheider, Surface and Coatings Technology, vol.203, (2008) pp.545-549.)であること、酸化防止(バリア)膜として使用できることなどが挙げられる。
以下ではCrN型の窒化クロムに焦点を絞るが、Cr2N型の窒化クロムを含んでもよいが、主たる窒化クロムがCrN型であることを意味する。
スパッタリング法あるいはイオンプレーティング法などで、CrN型の窒化クロムを成膜すると、多結晶構造(「結晶子」と、結晶子と結晶子との界面を構成する「粒界」とから構成される構造)を有する薄膜となる。Cr23(三方晶系)においても同様である。数10nmから50nm前後の膜厚の薄膜では、結晶子サイズが大きい場合には、粒界では原子密度が低く、空隙が伴い、引張応力が働いている。本発明の目的は、X線源Cr膜の昇華を抑えることであり、X線源Cr膜上に成膜される膜は、粒界での原子密度が高く、粒界近傍での空隙(Cr原子の膜中からの拡散蒸発経路)がないことが望ましく、かつ圧縮応力が働いて緻密な膜であることが望ましい。
CrN型の窒化クロムが酸化され、窒酸化クロム(CrN1-xx)として酸化が進む(xが増大する)に伴い、結晶子は再結晶化され、粒界は移動する。粒界に偏析した溶質原子である酸素は、粒界が移動する際に粒界と共に移動(拡散)するために,自由エネルギを消費し,その結果、溶質がないCrN型の窒化クロム膜の場合と比較すると、粒界移動(粒成長)を遅延させる。それゆえにCrN1-xx(x<70%で立方晶、x>95% で三方晶)において、結晶子サイズをCrN 及び Cr23と比較すると、CrN1-xx < CrN < Cr23 となる。
この酸窒化クロム(CrN1-xx)膜の特長は、粒界での原子密度が高く、粒界近傍での空隙(Cr原子の膜中からの蒸発経路)がない、かつ圧縮応力が働いて緻密な膜となっていることにある。本発明により、X線源Cr膜上に、窒酸化クロム(CrN1-xx)膜を成長させる、あるいは酸素雰囲気中でCrN型の窒化クロム膜をアニールして窒酸化クロム(CrN1-xx)膜を形成させると、熱によって、X線源Cr膜が昇華され、一部Cr原子ガスとなっても、上部に窒酸化クロム(CrN1-xx)膜があれば、該拡散経路はもはやなく、結果として、熱的に安定なX線源Cr膜が得られる。組成としては、立方晶であることが望ましく、x<95%が望ましいが、粒界サイズを考慮するとx<70%がより望ましい。
図8に窒化クロム、窒酸化クロム、酸化クロムにおける酸素の窒素及び酸素の合計量に対する原子組成百分率(O/(N+O) [at.%])と結晶子サイズ(粒径(Grain size))との関係を示す。同図に示すように、上記百分率が小さすぎると(例えば10%以下)結晶子サイズは大きくなり、粒界に空隙が生じ、引張応力(Tensile stress)が働いて、粒界近傍でのCr原子の拡散経路が生じる。結晶子サイズが大きすぎる場合(例えば95%以上)も同様である。上記原子組成百分率が、10%を超え、且つ95%未満であれば、結晶子サイズは小さくなり、粒界に空隙が生じず、圧縮応力(Compressive stress)が働いて、粒界近傍でのCr原子の拡散経路も存在しなくなる(図8下部中央図)。
また、Wによるコーティング層においても酸素分圧化のアニール処理によりコーティング層に含まれる酸素量が増大することが上記と同様のバルク敏感光電子分光の解析により確かめられる。したがって、Wによるコーティング層においてもアニール処理により酸化タングステンがコーティング層の内部に形成されることが分かる。
コーティング層(12d)の成膜方法としては、特に限定されるものではなく、真空蒸着、イオンプレーティング、スパッタリングなどの方法を用いることができる。スパッタリングとしては、コーティング組成原料をそのままターゲットに用いる方法や、金属ターゲットを使用し反応性ガス(例:酸素ガスなど)中で行う反応性スパッタリングを用いることができる。また、コーティング層(12d)の成膜方法として、ターゲット材表面をガスにより酸化、窒化、あるいは炭化処理して、表層に酸化膜、窒化膜、あるいは炭化膜を形成する方法を用いることができる。
また、例えばWによりコーティング層を形成した場合にも、そのコーティング層は純粋にWだけから形成されているものであるとは限らず、例えばターゲット層がCrから形成されている場合には、少なくとも界面にはWとCrとの金属間化合物ないしは合金が形成される。したがって、この場合には、コーティング層にはWとCrとの金属間化合物ないしは合金が含まれることになる。つまり、コーティング層が、コーティング層の組成物とターゲット層の組成物との間の化合物を含んでいる場合にも、そのコーティング層は本発明の射程範囲内にある。
再び図1を参照する。
本発明において、電子銃(11)及びアノード(12)が、本発明に係る「X線発生機構」を構成する。
集光体(13)は、本発明に係る「集光機構」を構成し、チャンバ(10)の内部に配置されている。集光体(13)は、アノード体(12a)で発生したX線(例えばCrKα線)をステージ(14)上の試料(S)の表面に集光させるためのものである。
集光体(13)は、X線(例えばCrKα線)が入射する鏡面(131)を有する。この鏡面(131)は、アノード体(12a)から放出されたX線を試料(S)に向けて反射することで試料(S)の表面上の微小領域にX線を集光する凹面反射鏡を形成する。これにより、試料(S)の微細領域の表面分析が可能となる。なお、試料(S)上におけるX線のスポット径は、電子銃(11)から出射される電子ビームのビーム径や集光体を構成する分光結晶の精度等に依存し、例えば直径5μm〜200μmとされる。
また、集光体(13)は、入射されたX線を単色化する分光結晶(モノクロメータ)で構成されている。分光結晶は、ブラッグの反射条件を満たす所定波長のX線のみを選択的に反射する機能、すなわちX線を単色化する分光機能を有する。集光体(13)は、入射X線から連続スペクトル部分を除去し、所望の特性X線(例えばCrKα線)のみを選択的に反射する。これにより、分析器(15)において、エネルギ分解能の高い高精度な表面分析を実現することが可能となる。
集光体(13)を構成する分光結晶としては、対象とするX線波長に対応する格子定数を有する材料が用いられ、例えば、Si、水晶、Ge(ゲルマニウム)結晶が用いられる。
ステージ(14)は、試料(S)をその表面を上向きにして支持する支持台として構成されている。ステージ(14)は、試料(S)をチャンバ(10)の内部と外部との間で搬送するための搬送機構、試料(S)をアース電位に維持する接地機構等を備えていてもよい。この例によらず、試料(S)は、ゴニオメーターにより支持することができる。これにより、試料(S)のX線入射面にX線を全反射角に近い角度で斜め方向から入射させることができ、光電子信号強度を最大化することができる。
分析器(15)は、X線(例えばCrKα線)の照射を受けることで、ステージ(14)上の試料(S)の表面から放出された光電子(p)を分光する。分析器(15)は、光電子の運動エネルギを分光する分析器本体(151)と、分析器本体(151)へ光電子を導くインプットレンズ(152)と、分析器本体(151)に分光された光電子を検出する検出器(153)とを有する。このとき、分析器(15)は、試料(S)へのX線の入射方向と、インプットレンズ(152)及び分析器本体(151)との角度関係を最適化するための機構を有することが好ましい。
分析器本体(151)は、静電的に光電子を集めて分光するための複数の電極を有し、これら電極間に印加される電圧はコントローラ(20)によって制御される。インプットレンズ(152)は多段の電極ユニットを有し、これら電極に対する印加電圧もまたコントローラ(20)によって制御される。検出器(153)は例えば電子増倍管を含み、その出力がコントローラ(20)へ供給される。
コントローラ(20)は、例えばコンピュータで構成されており、電子銃(11)及び分析器(15)の動作を制御する。コントローラ(20)は、試料(S)の表面分析を所定のアルゴリズムに基づいて実行し、その分析結果を図示しないディスプレイに表示し、あるいは、所定の記憶部に記憶する。
なお、XPS装置(1)は、試料(S)の表面を除電するための電子照射源(17)を有することが好ましい。試料(S)の表面が絶縁材料で構成されている場合、光電子の放出により当該表面が正にチャージアップする場合がある。これを防止するため、電子照射源(17)は、試料(S)に低速の電子を照射する。電子照射源(17)の動作は、コントローラ(20)によって制御される。
以下の実施例に基づいてさらに詳細に説明するが、本発明に係るX線源及びこれを用いるX線照射装置並びにX線光電子分光装置は、これらに限定されるものではない。
参考例1
100μm×1mmの開口を持つアモルファスシリコン(a−Si)薄膜の窓を挟む2つの真空タイトな部屋の片方を真空に保ち、もう一方に気体を導入して当該窓材の耐えうる差圧を実験的に測定した。結果を図3に示す。
図3に示す如く、10nm厚のアモルファス膜で1気圧の耐圧があることがわかる。したがって融点が高く高温で安定な材料からなる10nm程度以上の薄膜をCrターゲット層上に形成してCrの昇華を抑えることが可能である。
実施例1
図2に示す如く、Ag製の水冷基板上に厚さ5μmのCr層を蒸着によって形成し、その上にイオンプレーティング法により50nmのクロム系窒化物層を形成した。
このタ−ゲットアセンブリに3 l/minの流速で冷却水を流しながらビーム径が100μmの収束電子線を照射して、Ag基板の温度がAgの融点(961.93℃)を超えないように電子ビーム電流と加速電圧を変えながら、X線強度を測定した。
実施例2
基板を無酸素銅製とし、基板の温度が無酸素銅の融点(1085℃)を超えないように電子ビーム電流と加速電圧を変えながら、その他の条件は実施例1と同じ条件でX線強度を測定した。
実施例3
Ag製の水冷基板上に厚さ5μmのCr層を蒸着によって形成し、その上にスパッタリング法によって20nmのW膜を形成し、昇華防止膜とした。実施例1と同じ条件でX線強度を測定した。
比較例1
Agの水冷基板上に厚さ5μmのCr層を蒸着によって形成した。
このタ−ゲットアセンブリに5 l/minの流速で冷却水を流しながらビーム径が100μmの収束電子線を照射して、Ag基板の温度がAgの融点(961.93℃)を超えないように電子ビーム電流と加速電圧を変えながら、X線強度を測定した。
図4は、水冷基板の電子線照射部の温度が融点を超えない条件(基板が破損しない条件)での実施例1におけるX線強度の上限と電子線加速電圧との関係を表すグラフであり、図5は、比較例1におけるCrの昇華によるX線強度の上限と電子線加速電圧との関係を表すグラフである。図4および図5のX線強度は同じSiフォトダイオ−ド検出器を使って同じ配置で測定して、その信号強度をプロットしている。したがって強度の相対的比較は可能である。
実施例1はターゲットを損傷しない範囲で比較例1に比べて約2倍程度のX線強度が得られた。比較例1は、加速電圧を増加させても約30kVを境にX線強度は頭打ちとなった。これに対し、実施例1は、加速電圧の増加に伴い、X線強度も緩やかに増加した。この結果は、実施例1におけるクロム系窒化物層がCr層の昇華を抑え、より強い電子線照射を行うことが出来たためである。
また、実施例2においては、比較例1に比べて約3.5倍程度のX線強度が得られた。
実施例4
図9に簡略化して示す通り、Ag製の水冷基板112上に3つの領域A1〜A3を設定し、その3つの領域の全てに厚さ3μmのCr層(ターゲット層)をスパッタリングにより形成した。そして、領域A1のターゲット層は窒化クロムからなる20nmのコーティング層により覆い、領域A3のターゲット層はタングステンからなる20nmのコーティング層により覆い、領域A2のターゲット層はコーティング層により覆うことなくむき出しのままとした。以上のようにして実施例4のターゲットアセンブリを作成した。
実施例4のタ−ゲットアセンブリに流路112eを通して5 l/minの流速で冷却水を流しながら、加速電圧:30 kV、電流:4mA、ビーム径:100 μm、電流密度:3×105 Am-2の電子ビ−ムを、上記の領域A1〜A3のそれぞれに10分間ずつ照射した。そして、領域A1〜A3で電子ビ−ムを照射した部位の近傍の表面を光学顕微鏡を用いて観察した。その結果を図10〜図12に示す。
図10は、コーティング層のない領域A2と対応している。同図において丸により囲って示す領域が示す通り、中心部に直径150μm程度の円形の痕跡が認められた。また、その周りには200μm×200μm程度の大きさの変形した角形のピットが認められた。この角形のピットはターゲット層が電子銃の照射によりダメ−ジを受けて欠損している部分であると考えられる。
図11は、ターゲット層がタングステンからなる20nmのコーティング層により覆われた領域A3と対応している。同図において丸により囲って示す領域では直径150 μm程度の大きさの円形の痕跡がある。この痕跡は、電子銃による照射の痕跡である。しかし、図10とは異なり、痕跡の周囲でターゲット層が電子銃の照射によりダメ−ジを受けて欠損している様子は観察されない。
図12は、ターゲット層が窒化クロムからなる20nmのコーティング層により覆われた領域A1と対応している。同図において丸により囲って示す領域では直径150 μm程度の大きさの円形の痕跡がある。この痕跡は、電子銃による照射の痕跡である。しかし、図11と同様に、痕跡の周囲でターゲット層が電子銃の照射によりダメ−ジを受けて欠損している様子は観察されない。
また、電子線照射によるガス成分の脱離により、窒化クロムの組成変化が無いかを確認するため、加速電圧:20 kV、電流:10 nA、ビーム径:15 nm、電流密度:3×107 Am-2の電子ビームで、オージェ電子分光分析を1000分行ったが、組成の変化は観察されなかった。
以上の結果から、Crのターゲット層を窒化クロム及びタングステンのコ−ティング層により覆うことで高密度電子線照射が誘発する、昇華によるタ−ゲット層の損傷防止に対し、抑制する効果があることが確認された。なお、実施例4のターゲットアセンブリで、領域A1及びA3への電子銃の照射により所望のX線が得られることは、実施例1と同じ方法により確かめることができた。
実施例5
実施例4のターゲットアセンブリにアニール処理を施し、領域A1のコーティング層のほとんどを窒酸化クロムから形成し、領域A3のコーティング層のほとんどを酸化タングステンから形成した。窒化クロムのほとんどが窒酸化クロムに変わり、タングステンのほとんどが酸化タングステンに変わったことは、上述のバルク敏感光電子分光により確かめることができた。以上のようにして実施例5のターゲットアセンブリを作成した
実施例5のタ−ゲットアセンブリに3 l/minの流速で冷却水を流しながら加速電圧:30 kV、電流:4mAで電子ビ−ムを、上記の領域A1〜A3のそれぞれに10分間ずつ照射した。そして、領域A1〜A3で電子ビ−ムを照射した部位の近傍の表面を光学顕微鏡を用いて観察した。
その結果、実施例4と同様に、コーティング層のない領域A2においては、ターゲット層が電子銃の照射によりダメ−ジを受けて欠損している様子が観察された。一方、ターゲット層が酸化タングステンを含むコーティング層により覆われた領域A3と、ターゲット層が酸窒化クロムを含むコーティング層により覆われた領域A1では、ターゲット層が電子銃の照射によりダメ−ジを受けて欠損している様子は観察されなかった。なお、実施例5のターゲットアセンブリで、領域A1及びA3への電子銃の照射により所望のX線が得られることは、実施例1と同じ方法により確かめることができた。
以上の結果から、Crのターゲット層を窒酸化クロム、及び酸化タングステンのコ−ティング層により覆うことにより、高密度電子線照射が誘発する、昇華によるタ−ゲット層の損傷防止に対し、抑制する効果があることが確認された。
本発明は、X線源及びこれを用いるX線照射装置並びにX線光電子分光装置に好適に利用されるものである。
1 XPS装置
10 チャンバ
11 電子銃
12 アノード
12a アノード体(X線源)
12b 基板
12c ターゲット層
12d コーティング層
13 集光体
14 ステージ
15 分析器
17 電子照射源
20 コントローラ
101 X線照射装置
131 鏡面
S 試料
e 電子ビーム
p 光電子
x1 X線

Claims (4)

  1. 基板上に形成されたターゲット層と、該ターゲット層を被覆するコーティング層とを備えるX線源であって、
    前記ターゲット層は、Crからなり、
    前記コーティング層は、高融点化合物を含む薄膜であり、
    前記高融点化合物は、クロム系窒化物、及び該クロム系窒化物に由来するクロム系酸窒化物の少なくとも一方を含む薄膜であることを特徴とするX線源。
  2. 電子ビームを発射する電子銃と該電子銃から発射された電子ビームによりX線を発生するX線源とを有するX線発生機構と、
    該X線発生機構から発せられたX線を所定の焦点位置に集光する集光機構とを備え、
    前記X線源が、請求項1に記載のX線源であることを特徴とするX線照射装置。
  3. 前記集光機構は、X線を単色化する分光機能をさらに備えたものであることを特徴とする請求項2記載のX線照射装置。
  4. 電子ビームを発射する電子銃と該電子銃から発射された電子ビームによりX線を発生するX線源とを有するX線発生機構と、
    該X線発生機構から発せられたX線を所定の焦点位置に集光する集光機構と、
    前記焦点位置に対応する位置に試料を載置するためのステージと、
    前記集光されたX線が前記試料に照射されることにより該試料から放出された光電子運動エネルギー分布を分析するための分析器と、を備え、
    前記X線源が、請求項1に記載のX線源であることを特徴とするX線光電子分光装置。
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