JP6282820B2 - ダイヤモンドマイクロ電極を用いた生体内pH測定装置及び方法 - Google Patents

ダイヤモンドマイクロ電極を用いた生体内pH測定装置及び方法 Download PDF

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本発明は、ダイヤモンドマイクロ電極を用いたpH測定に関する。より詳細には、本発明は不純物を微量ドープしたダイヤモンド微小電極を用いて生体内pHを測定する装置及び方法に関する。
pHの変化は生体内の種々の生理学的状態及び病理学的症状に影響を及ぼす。特にヒト腫瘍におけるpH無調節は、腫瘍の進行及び悪性度に関連すると考えられている(非特許文献1)。癌細胞では多くの場合、Na+−H+エクスチェンジャー-1(NHE1)、H+-ATPアーゼ及びモノカルボキシレートトランスポーター(MCT)といった複数の酸排出因子の発現が顕著となり、それにより酸性腫瘍微環境を作り出す。腫瘍微環境の酸性化は細胞性運動性を高め、細胞外マトリクスの分解に与る種々のプロテアーゼの活性を増強する。これは癌細胞侵襲及び転移をもたらす(非特許文献1、3)。さらに、低い細胞外pHと高い細胞内pHに起因する腫瘍における細胞性pH勾配は、薬剤の電化に影響を及ぼし抗癌剤の輸送と作用を損なうことが示された(非特許文献4)。最近、プロトンポンプ阻害剤は腫瘍微環境における無調節化されたpHを正常化し、それにより癌細胞を抗癌剤に敏感にすることが示された(非特許文献5、6)。こうした知見は、腫瘍組織における非侵襲的な生体内pHモニタリングの使用が、抗癌剤とプロトンポンプ阻害剤(PPI)の併用療法の効力改善に関する情報を提供することを示唆している。
通常、pHモニタリングは指示薬、pH試験紙、金属電極(水素電極、キンヒドロン電極又はアンチモン電極)又はガラス電極を用いて行われる(非特許文献7)。高い選択性、信頼性、及び利用できるpH範囲から、pH測定に最も頻繁に使用されるのは金属電極である(非特許文献7−10)。しかしながら、ガラス電極は小型化に向いておらず、ガラスの脆弱性は生体内測定において問題となり得る。近年、胃内部におけるpHのin vivoモニタリングに多くの改良がなされてきた。初期の手法ではカテーテルが使用され、これはプラスチックチューブに搭載されたpH感受性の電極を口腔から胃へと挿入するというものであった。この手法は患者にとってかなり侵襲性が高い。今日では、胃pHモニタリングの標準はBravo(登録商標)pHモニタリングシステムであり、これはカプセルに基づいた、患者に負担の少ないシステムである。同システムでは小型pHカプセルを食道に結合させ、このカプセルがpHデータを肩掛けストラップまたはウェストバンドで装着する小型のレコーダーに無線送信する(非特許文献13、14)。しかしながら、同システムを胃酸逆流の診断に使用するには食道に取り付ける必要があり、同システムがいかなる生物学的環境におけるpH測定にも使用可能であるかは不透明である。したがって生体内pHモニタリングのための代替的な非侵襲的手法の開発が望まれている。
ホウ素ドープダイヤモンド(BDD)電極は、ガラス性炭素や白金電極などの他の従来型の電極材料と比較して特定が優れており、近年、注目を集めている。熱伝導性が高いことや硬度が極めて高いというダイヤモンドの周知の特性の他に、ホウ素ドープダイヤモンド電極は、水安定性のための広い電位窓、低いバックグランド電流、及び吸着に抵抗性が強く、化学的に不活性であるといった魅力的な特性を有する。また、BDD電極は物理的、化学的に安定で耐久性に優れる。
本発明者らは最近、BDD電極を使用し、クロノポテンシオメトリー測定を行うことにより正確な検量線が得られることを示した(非特許文献17)。しかしながら、同報告では、BDD電極の生体内pHモニタリングにおける使用は評価されていない。また、本発明者らはホウ素ドープダイヤモンド電極を用いたpHの測定方法及び装置を報告した(特許文献1)。
特開2011−174822号公報
R.A. Cardoneら、Nat. Rev. Cancer, 2005, 10, 786 B.A. Webbら、Nat. Rev. Cancer, 2011, 11, 671 C. Stockら、Pflugers Arch., 2009, 5, 981 L.E. Gerweck, Semin. Radiat. Oncol., 1998, 8, 176 F. Lucianiら、J. Natly. Cancer Inst., 2004, 22, 1702 A. De Militoら、Int. J. Cancer, 2010, 127, 207 R.G. bates, Determination of pH, 2nd ed., Wiley-Interscience, New York, 1973 K.J. Vetter, Electrochemical Kinetics, Academic, New York, 1967 M. Dole, The Glass Electrode, Wiley, New York, 1941 G. Eisenman, Glass Electrodes for Hydrogen and Other Cations, Marcel Dekker, New York, 1967 A.J. Salkindら, Med. Instrum., 1981, 15, 126 C.J.E. Niemegeersら、Experientia, 1979, 35, 1538 W.M. Wongら、Aliment Pharmacol. Ther., 2005, 21, 155 I. Hironoら、Am. J. Gastroenterol., 2007, 102, 668 T. Yanoら、J. Electrochem. Soc., 1998, 145, 1870 A. Fujishima, Y. Einaga, T.N. Rao, D.A. Tryk(Eds.), Diamond Electrochemistry, Elsevier-BKC, Tokyo, 2005 S. Ferro, N. Mitani, C. Comninellis, Y. Einaga, Phys, Chem. Chem. Phys., 2011, 13, 16795
従来の生体内pHモニタリングには上記のような問題点があった。ガラス電極は小型化に向いておらず、その脆弱性は生体内測定で問題となり得る。またカテーテルに取り付けたガラス電極等を使用した従来のpH電極の使用は患者にとって侵襲性が高い。そのため、簡便、迅速、かつ高感度で、低侵襲性のin vivoのpHモニタリング装置及び方法が必要とされている。本発明はこうした問題点を解決するin vivoでのpHモニタリング装置及び方法を提供する。
本発明者らは上記の問題を解決するために、ホウ素ドープダイヤモンド(BDD)微小電極を使用し、クロノポテンシオメトリー測定を行うことにより、生体内pHのモニタリングを行う装置及び方法の開発について鋭意検討を行った。一般的な参照電極はAg/AgCl電極をKCl液に浸した構造となっているため、小型化できなかった。そこで本発明者らは、導電性ダイヤモンド電極を備えた装置を使用するクロノポテンシオメトリー測定において、参照電極として微小銀電極(Ag/AgCl電極)のみを使用する構成を試みたが、この構成であっても精度よく生体内pHを測定することができることを見出し、本発明を完成させるに至った。
すなわち本発明は、以下のとおりである。
[1] 作用電極として、ホウ素(B)、硫黄(S)、窒素(N)、酸素(O)、及びケイ素(Si)からなる群より選択される不純物がドープされた導電性ダイヤモンドが蒸着した微小電極を有し、
参照電極として、塩化物イオン(Cl-)存在下で酸処理され電極表面にAg/AgClの層を有する銀電極を有し、
対電極を有し、
該作用電極は対電極との間に一定の電流を印加することができるものである、
in vitro又はin vivoでのpH測定のための電気化学的測定用センサー。
[2] [1]に記載のセンサーを有し、一定の電流を印加してクロノポテンシオメトリー測定を行う手段を備えた、in vitro又はin vivoでのpH測定のための電気化学的測定装置。
[3] 不純物がホウ素(B)である、[1]に記載のセンサー又は[2]に記載の装置。
[4] ダイヤモンド微小電極が印加する電流が-10〜-100nAである、[1]若しくは[3]に記載のセンサー又は[2]若しくは[3]に記載の装置。
[5] 一定の電流を印加してクロノポテンシオメトリー測定を行う電気化学的測定方法であって、
作用電極として、ホウ素(B)、硫黄(S)、窒素(N)、酸素(O)、及びケイ素(Si)からなる群より選択される不純物がドープされた導電性ダイヤモンドが蒸着した微小電極を用い、
参照電極として、塩化物イオン(Cl-)存在下で酸処理され電極表面にAg/AgClの層を有する銀電極を用い、
前記作用電極、前記参照電極、及び対電極を被測定対象に接触させ、
該作用電極と対電極との間に一定の電流を印加し、
所定時間経過後の前記作用電極と前記参照電極間の電位値を測定し、得られた電位値から前記測定対象のpHを算出することを含む、
in vitro又はin vivoでpHを測定する前記方法。
[6] in vivoで行う、[5]に記載の方法。
[7] 不純物がホウ素(B)である、[5]又は[6]に記載の方法。
[8] ダイヤモンド微小電極が印加する電流が-10〜-100nAである、[5]〜[7]のいずれかに記載の方法。
本発明の装置のセンサー部は、参照電極としてKCl溶液を使用せずAg/AgCl電極のみを有するため、作用電極、対電極、及び参照電極という3つの電極の簡素な構造となり、従来の電極よりも格段に小型化が可能である。この構成によりpH測定用のセンサーが直接生体内に使用可能となった。
したがって本発明の有利な効果として、生体内pHを低侵襲性の方法でモニタリングすることができる。本発明の装置又は方法を用いると、生体内pHを迅速に測定でき、胃内部のpHを直接、リアルタイムで測定することもできる。その結果、胃癌、胃酸過多や逆流性食道炎等の胃酸に関連する症状を有する患者の診断に役立てることができる。
この新規な、カテーテルに依存しない、患者に優しい手法及び装置は、どのような生物学的環境におけるpHモニタリングにも使用され得る。また、本発明の装置及び方法をワイヤレスのデータ取得システムと組み合わせることも想定される。このような低侵襲性の生体内pHモニタリングは従来型の電極では実現できなかったものである。
in vitroでのpHキャリブレーションのためのクロノポテンシオメトリー測定の結果を示す。クロノポテンシオメトリー測定はFIXANAL(登録商標)バッファー(pH1〜6)中で、-50nAの電流ステップにより記録した。作用電極はBDD微小電極(0.1% B/C)であり、参照電極は1分間、1M HCl中でアノード処理(2V vs 銀/塩化銀 sat.)した銀の針であり、対電極は未処理の別の銀の針であった。電位を安定させるために5秒間0 Aを印可し、その後-50nAを印可した。図1A中、最も上のポテンシオメトリー曲線がpH1の溶液の測定結果であり(1)、最も下のポテンシオメトリー曲線がpH6の溶液の測定結果である(6)。測定は37℃で行った。 pH測定のためのキャリブレーション曲線を示す。図1Aの電位(縦軸)をpH(横軸)に対してプロットした。 健常なマウスの胃内での本発明のBDD電極pHセンサーの応答を示す。クロノポテンシオメトリー測定条件は次のとおりであった。開回路電位(0 A)を10秒間記録し、その後-50nAのステップ電流を215秒間印可した。作用電極はBDD微小電極(0.1% B/C)であり、参照電極は1分間、1M HCl中でアノード処理(2V vs 銀/塩化銀 sat.)した銀の針であり、対電極は未処理の別の銀の針であった。実験の間の、約100秒時点において、少量の0.1M PBS(pH 7.45)を胃の内部に小型シリンジで注入した。測定は37℃で行った。 胃のpHに対するパントプラゾールの影響の評価を示す。パントプラゾールで5日間処置したマウスとコントロールマウスのpHの差異を示す。図3中の上の曲線がコントロールマウスの電位であり(1)、下の曲線がパントプラゾール処置マウスの電位である(2)。開回路電位(0 A)を10秒間記録し、その後-50nAのステップ電流を200秒間印可した。作用電極はBDD微小電極(0.1% B/C)であり、参照電極は1分間、1M HCl中でアノード処理(2V vs 銀/塩化銀 sat.)した銀の針であり、対電極は未処理の別の銀の針であった。測定は37℃で行った。 BDD微小電極のSEMイメージを示す。針状のBDD微小電極の先端である。
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明は、in vitro又はin vivoでpHを測定又はモニタリングする、作用電極、参照電極及び対電極を備えた電気化学的分析・測定装置及び該装置を用いる測定方法を提供する。ここで、pHの測定とは、測定対象の水素イオン濃度指数を決定することをいい、pHについてモニタリングするとは、pHの経時変化を測定することをいう。
本発明の装置
本発明の電気化学的分析・測定装置は、作用電極、参照電極(基準電極ともいう)及び対電極を備えたセンサー部を有する。また本発明の装置は、該センサー部並びに電流印加部、電位測定部、及び任意に記録手段(レコーダー)、電流を一定に制御する手段(ガルバノスタット、アンペロスタットともいう)を備えている。作用電極、参照電極、及び対電極はそれぞれ電極部を有する。電極部は電極のうち、実際に電気化学的反応がその表面(界面)で進行しうる部分をいう。
本発明のセンサー部の作用電極は微量の不純物がドープされた導電性ダイヤモンド電極を備えている。すなわち本発明の作用電極には導電性ダイヤモンド電極を用いる。この導電性ダイヤモンド電極には微量の不純物をドープすることが好ましい。不純物をドープすることにより、電極として望ましい性質が得られる。不純物としては、ホウ素(B)、硫黄(S)、窒素(N)、酸素(O)、ケイ素(Si)等が挙げられる。例えば炭素源を含む原料ガスに、ホウ素を得るためにはジボラン、トリメトキシボラン、酸化ホウ素、ホウ素トリメトキシドを、硫黄を得るためには酸化硫黄、硫化水素を、酸素を得るためには酸素若しくは二酸化炭素を、窒素を得るためにはアンモニア若しくは窒素を、ケイ素を得るためにはシラン等を加えることができる。特に高濃度でホウ素をドープした導電性ダイヤモンド電極は広い電位窓と、他の電極材料と比較してバックグランド電流が小さいといった有利な性質を有することから好ましい。そこで本発明では以下にホウ素ドープ導電性ダイヤモンド電極について例示的に記載する。もちろん測定に必要な感度が得られるのであれば、他の不純物をドープした導電性ダイヤモンド電極を用いてもよい。本明細書では、特に断らない限り、電位と電圧は同義に用い相互に置き換え可能とする。また本明細書ではホウ素ドープ導電性ダイヤモンド電極をBDD電極と記載することがある。
本発明の作用電極の電極部は、高強度金属針の表面に0.01〜8%w/wホウ素原料混入ダイヤモンドが蒸着してなり、直径0.01〜0.3mm、長さ0.02〜2.0mm、好ましくは0.3〜0.7mmの微小針状である。ここで高強度金属としては、タングステン、モリブデン等が用いられるが、タングステンが強度、安全性、ダイヤモンド成長の基板となる等の点で好ましい。当該高強度金属針の長さは着脱により調節可能で、特に10〜20cm程度に延長可能とすることが電極マニピュレーター操作性の点で好ましい。
本発明の導電性ダイヤモンド電極の電極部の大きさは、測定対象により適宜設計できるが好ましくは微小電極である。微小電極は例えば直径0.01〜0.3mm、長さ0.02〜2.0mm、好ましくは0.3〜0.7mmの微小針とすることができる。微小電極を用いると、組織に対する侵襲性が抑えられ、電極部を組織、細胞又は体液等に接触、浸漬又は刺入でき、in vivoでも低侵襲で測定が可能となる。良好な測定感度を得るには、ある程度電極部の長さが必要である反面、電極部が長いとノイズ電流が発生する。当業者であれば、測定対象に応じて電極部の長さを適宜決定することができる(特開2011−152324参照)。なお、本発明のセンサーにおいて、電極部以外の部分は、操作性、測定感度等の観点から、樹脂等により絶縁されているのが好ましい。絶縁に用いられる樹脂としては、特に限定されないが、カシュー塗料、パリレン樹脂、エポキシ樹脂等が挙げられる。
本発明の電極を円筒形若しくは円錐形とする場合の先端部の直径は、測定対象の生体、組織又は生検サンプルとの接触操作、刺入性、測定物質との反応性の点から、例えば10μm〜0.3mm、好ましくは10μm〜50μmとすることができ、特に好ましくは20μmである。上記電極部の大きさは、金属針を円筒形とすると、in vivo測定に用いる電極部の面積が1.0×10-5cm2〜1.0×10-2cm2、好ましくは1.0×10-4cm2〜1.0×10-3cm2、好ましくは約6.3・10-4cm2となるようにすることができる。
本発明の作用電極の電極部は、高強度金属針の先端部長さ0.02〜2.0mm部分が高ホウ素原料混入(原料仕込みとして0.01〜8%w/wホウ素原料)ダイヤモンドで蒸着されている。好ましいホウ素原料混入率は0.05〜5%w/wであり、特に好ましくは0.1% w/w程度である。
高強度金属針の先端部へのホウ素原料混入ダイヤモンドの蒸着処理は、700〜900℃で2〜12時間行えばよい。
導電性ダイヤモンド薄膜は通常のマイクロ波プラズマ化学気相成長法(MPCVD)で作製される。すなわち、シリコン単結晶(100)等の基板を成膜装置内にセットし、高純度水素ガスを担体ガスとした成膜用ガスを流す。成膜用ガスには、炭素、ホウ素が含まれている。炭素、ホウ素を含む高純度水素ガスを流している成膜装置内にマイクロ波を与えてプラズマ放電を起こさせると、成膜用ガス中の炭素源から炭素ラジカルが生成し、基板にSi単結晶上にsp3構造を保ったまま、かつホウ素を混入しながら堆積してダイヤモンドの薄膜が形成される。
ダイヤモンド薄膜の膜厚は成膜時間の調整により制御することができる。ダイヤモンド薄膜を電気化学的試験・分析用の電極として使用する際には、膜厚は10μm以上であればよい。
金属針へのホウ素ドープダイヤモンドの蒸着処理の条件は基材を構成する材料に応じて決定すればよい。一例としてプラズマ出力は500〜5000W、例えば1kW〜3kWとすることができ、好ましくは2.5kWとしうる。プラズマ出力がこの範囲であれば、合成が効率よく進行し、副生成物の少ない、品質の高い導電性ダイヤモンド薄膜が形成される。
上記の電極は、特開2006−98281、又は特開2011−152324号公報等に開示されており、これらの公報の記載に従って作製することができる。
本発明の装置においては、上記に例示したような方法で製造した導電性ダイヤモンド電極、例えばホウ素ドープ型導電性ダイヤモンド電極を、電気化学的分析・測定装置の作用電極として用いる。ホウ素ドープ型導電性ダイヤモンド電極は熱伝導率が高く、硬度が高く、化学的に不活性であり、液体及び固体中では電位窓が広く、電気容量が低く、バックグラウンドノイズが低く、電気化学的安定性及び生体適合性に優れている。さらにホウ素ドープ型導電性ダイヤモンド電極は、負の電流を流したときのH2の発生量と溶液中濃度(pH)が相関することから、pH測定に利用できる。
本発明の装置はin vivo又はin vitroでの電気化学的分析・測定に用いることができる。本発明の装置では作用電極と対電極の間に一定の電流を流す。電位は作用電極と参照電極との間の差を測定する。参照電極側の抵抗は高く設定されており(例えば100GΩ以上)、作用電極と参照電極との間では電流は流れないようなっている。これにより、作用電極と参照電極との間の電位を安定して測定することができる。微小電極を用いる場合、任意に電極マニピュレーターを用いて微小電極を操作してもよい。これらの部分を含む装置は、一定の電流を印加してクロノポテンシオメトリー測定を行う装置である。対電極は特に限定されないが、例えば銀線や白金線を使用しうる。参照電極は特に限定されないが、安定性や再現性、そして下記に説明する小型化の観点から銀−塩化銀電極(Ag/AgCl)が好ましい。本明細書では特に断らない限り、測定された電圧は、銀−塩化銀電極を基準にして測定されたものとする(0.2V vs 標準水素電極 (SHE))。作用電極、対電極及び参照電極のセンサーにおける大きさ及び位置関係は、適宜設計することができるが、作用電極、対電極及び参照電極はいずれも測定対象と同時に接触可能であるように設計、配置される。
参照電極について
従来、参照電極として使用されてきた銀−塩化銀電極は、塩化物イオン(Cl-)を含む水溶液中にAgClコーティングされた銀線(Ag/AgCl)を浸した構成を有する。すなわち従来型のAg/AgCl参照電極は必須の構成としてKCl液を有する。KCl液が電極の一部を構成するため、このように従来のAg/AgCl参照電極は小型化することができず、生体内での電極電位測定には不向きである。市販されている参照電極は、例示すれば長さ90mm×直径6mmの電極、長さ51mm×直径10mmの電極、長さ50mm×4.5mmの電極、長さ80mm×直径6mmの電極等である。これに対し本発明の参照電極は、表面に塩化銀(AgCl)の層を有する銀線(Ag)のみで足り、KCl液を電極の構成として有しない。そして本発明の参照電極は、KCl液を電極の一部として必要としないため、小型化、微少化することができる。本発明のAg/AgCl参照電極は、作用電極(BDD電極)より表面積が大きければ、特に限定されるものではない。銀線は例えば直径0.01〜0.7mmとすることができる。また、長さ等を合わせた寸法としては、例えばBDD微小電極の作業領域(面積)を約6.3・10-4cm2とする場合、参照電極の表面積はこれと同等又はこれ以上、例えば6.3・10-4cm2以上であればよい。
特定の原理に拘束されることを望むものではないが、本発明の参照電極が機能するのは、次のようなメカニズムによるものと考えられる。すなわち、本発明のAg/AgCl参照電極はKCl液をその構成の一部としないが、これは生体内の体液等に含まれる塩化物イオン(Cl-)がKCl液の代わりとなり、結果として生体内で参照電極として作用するからである、と考えられる。またこの構成に関連して、本発明の装置を用いる場合、測定は塩化物イオンの存在下で行うのが好ましいと考えられる。
本発明の参照電極は表面処理されたものであり得る。表面処理は、例えば塩化物イオン(Cl-)を含む水溶液中で銀線を電解酸化し、表面に塩化銀(AgCl)の層を形成させることにより行うことができる。塩化物イオン(Cl-)を含む水溶液は、酸溶液、例えば塩酸溶液であり得る。このような表面処理のことを本明細書においてアノード処理と呼ぶことがある。当業者であればアノード処理の時間、酸の濃度、印加電圧等の条件を適宜設定することができる。
電極の形状について
本発明の装置のセンサー部の形状は、作用電極、対電極、参照電極がいずれも測定対象と同時に接触可能に配置されていれば特に限定されないが、例示すると、3つの電極の間を絶縁体で隔てた形状が挙げられる。また、好ましくは参照電極の表面積(参照電極の電極部の面積)は、作用電極のそれと同等であるかこれよりも大きい。本発明の装置のセンサー部の形状としては、例えば測定対象に接触する側の面、側面、及び装置側の面を有する形状が挙げられる。測定対象接触面、側面、及び装置側の面は任意に、円形、楕円形、多角形等であり得る。例えば測定対象接触面と装置側面が共に円形であり、側面が連続した一連の長方形を湾曲させた形状であればこれは円柱となる。測定対象接触面と装置側面の円の大きさが異なる場合、これは円錐の頂点を切断したような形状となる。測定対象接触面と装置側面を共に多角形とすればこれは多角柱となる。多角柱は直角柱、斜角柱、正角柱を含む。他にも反角柱、星形の柱、球体又は球をを任意に切断した形状などが想定される。また、上記形状の一部を空洞や中空にしたような形状も想定される。例えば円柱の内側を中空にした円筒や中空型多角形、リング状などである。またこうした形状を任意に切断したものも想定され、例えば円柱を長手方向に切断したかまぼこ型の半円柱が挙げられる。またこれらの形状において円は正円、楕円又は卵形等の任意にゆがんだ円形であってもよく、多角形はn角形(n=3,4,5,...)であってもよく、例えば多角形に含まれる四角形は正方形、長方形、台形、平行四辺形、等任意の四角形でありうる。他の多角形についても同様である。しかしながら本発明のセンサー部の形状は、必ずしも上記のような測定対象接触面、側面、及び装置側の面を有していなければならないわけではなく、これらはあくまで説明のための便宜的なものに過ぎない。例えば測定対象接触面、側面、及び装置側が任意に連続になった形状、例えばチューブ状やカテーテル状、針状といった形状も想定される。さらに、双角錐など、いずれの面が装置側の面でいずれの面が側面か規定しがたい形状もあり得る。本発明のセンサー部の形状は上記の任意の組合せであってもよい。
このような種々の形状のセンサー部において、各電極は、測定対象と同時に接触可能であればどのように配置されていてもよい。例えば作用電極、対電極及び参照電極の電極部は、上記形状の任意の面の全部又は一部を占めるものであってもよく、また任意の面から突出していてもよい。さらに、電極は、センサー部の形状中の複数の面にまたがるものや、複数の面から形成される角部を占めるものであり得る。また複数の電極が同一面に配置されてもよく、あるいは各電極が個別の面に配置されてもよい。例えば作用電極、対電極、及び参照電極の電極部が針の形状をしており、当該3本の針がそれらを収容している上記形状のセンサー部から突出していてもよい。また別の例として作用電極、対電極、参照電極の電極部が一定の面積を有する平面又は球面であり、各電極は上記の形状をしたセンサー部に埋め込まれ、各電極の電極部が、測定対象と同時に接触可能であるようにセンサー部の表面に配置されている設計でもよい。
例えば本発明のセンサー部は円柱状であってもよく、この円柱が長手方向に絶縁体で3つの区画に仕切られ、各区画がそれぞれ、作用電極、対電極、参照電極を収容し得る。作用電極、対電極、及び参照電極の電極部は、センサーが測定対象と接触する面の一部又は全部であり得る。別の例として、本発明のセンサー部は、四角柱形状であってもよく、この四角柱が長手方向に絶縁体で3つの区画に仕切られ、各区画がそれぞれ、作用電極、対電極、参照電極を収容し得る。
一例として、本発明の装置においては、上記のセンサー部をカテーテル状とすることができ、又はカテーテルの一部とするか、あるいはカテーテルに取り付けることができる。カテーテルには、医療用カテーテル、医療用内視鏡等が含まれる。医療用カテーテルには心臓カテーテル、血管カテーテル、腎臓カテーテル、神経用カテーテル等が含まれる。これらのカテーテルにはバルーン、レーザーや種々の治療用装置が含まれていても良い。例えば胃内部に挿入するカテーテル等の細管の先端部に本発明の微小電極を取り付け、カテーテルを動物の体内に挿入し、胃液又は胃壁組織に該カテーテルの電極を接触させ、胃内のpHをモニタリングすることができる。
別の例として、本発明のセンサー部を聴診器、胃瘻、その他適当な医療器具に取り付けることもできる。胃瘻に取り付ける場合、患者の胃内pHをリアルタイム測定することにより、流動食等を摂取する前後や薬物(胃腸薬を含む)投与前後での胃のpH変化を測定することができる。本発明の装置をカプセル形状とし、これを患者が嚥下し、pH測定を行った結果(データ)を遠隔の受信機に送信することもできる。この場合、本発明の装置はpH測定結果を送信する手段をさらに有する。
用途について
本発明の装置及び方法を用いて、生体内pHモニタリングを行うことにより胃酸に関連する症状の診断、評価を行うことができる。ここでいう胃酸に関連する症状は、胃酸が原因となって引き起こされる症状、及び何らかの要因によって胃酸分泌が異常となる症状を含む。胃酸に関連する症状としては、胃癌、逆流性食道炎、胃酸過多、ヘリコバクターピロリ菌感染症等が挙げられるがこれに限られない。例えば胃のpHは健常者では約1.5前後であるが、胃癌患者ではpHが4〜5に上昇することがある。そのため患者の胃のpHを直接測定することにより胃癌の診断に役立てることができる。他の症状についても同様である。また本発明の装置及び方法を用いて、胃酸抑制剤や胃酸分泌促進剤の薬効を評価したり、特定の条件下で患者の胃内部pHが実際にどのようになっているか測定することができる。また同一患者の胃内部でも、部位による局所的なpH変化の測定も可能である。例えば、胃内の食道付近、噴門付近、胃体部、前庭部、幽門付近でのpHを測定することが想定される。場合によっては食道や十二指腸の測定も可能である。このように、本発明の装置及びこれを用いた測定方法は診断、評価又はそれらの補助を目的とすることができる。
pH測定について
本発明の装置を用いた測定では、一般に、作用電極と対電極及び参照電極を被検試料(溶液を含む)に接触又は浸漬させ、前記作用電極(導電性ダイヤモンド電極)と対電極との間に電流を流す。このとき参照電極は抵抗を高く設定しているため、作用電極と参照電極との間には電流は流れない。導電性ダイヤモンド電極に電流を印加すると、測定対象物質(水素イオンH+)が電極表面で電気化学的に酸化され(このときH2が発生する)、対電極との間に電流が流れる。このとき、作用電極と参照電極との間の電位が被験試料に含まれる測定対象物質(水素イオン)の濃度に比例するため、電気化学的酸化反応を起こさせる電流値を一定にして、その印加電流値での電位値と測定対象物質(H+)の濃度との関係を予め求めておけば、その関係から、得られた電流値に対応する被検溶液中の測定対象物質(H+)の濃度、すなわちpHを知ることができる。
一例として、pHは、クロノポテンシオメトリーを用い、次の手順で決定する。予め各種異なったpH溶液を調製しておき、各溶液に一定電流を印加してポテンシオメトリー測定を行う。検出された電位値を各溶液の既知pHに対してプロットすることによりキャリブレーション曲線を作成する。次に測定試料溶液から得られた電位値を当該キャリブレーション曲線と対比することにより、被試料溶液のpHを知ることができる。本発明の導電性ダイヤモンド電極はバックグラウンド電流が小さく、かつ電流値のノイズが小さいため、pHを精度良く測定することができる。
クロノポテンシオメトリー(chronopotentiometry)は、作用電極の電流を印加し、その際の電位の時間の変化を測定する方法である。本発明では、クロノポテンシオメトリー測定は、例えば-50、-60、-70、-75、-80、-90、-100nA以上の電流で行うことができ、また-1、-2、-5、-10、-20、-30、-40、-50nA以下の電流で行うことができる。本発明では、クロノポテンシオメトリー測定は、例えば-100〜-1nA、好ましくは-90〜-2nA、-80〜-5nA、より好ましくは-75〜-10nA、-70〜-20nA、-60〜-30nA、最も好ましくは-50nAの範囲に含まれる一定電流のステップ電流を印加して行うことができる。
胃内部のpHは健常者で約1.5程度である。したがって生体内のpHをモニタリングする場合、クロノポテンシオメトリーを行うときに-50nAの電流の印加開始から50秒後において、測定電位が-0.8〜-2 V程度であれば十分pHモニタリングが可能であり、胃内部のpH評価や診断目的での測定精度としては十分であると考えられる。pHをモニタリングするには、電流の印加開始から所定時間経過後、例えば1、3、5、10、20、30、40、50、60、90、120、180、210、240、300秒後の電位を測定することができる。測定は1点又は複数の点でありうる。電流を印加する前に、適当な時間0 Aを印可することもできる。
本発明の装置を用いたin vivoでのpHモニタリングは、例えば、本発明のセンサーを生体の一部と接触させ、又は生体組織に刺入し、作用電極、参照電極及び対電極を用いたクロノポテンシオメトリー測定により行うことができる。水素イオン(H+)からの酸化電位を正確かつ迅速に測定できる電流を設定し、その電流で印加すればよい。
当業者であれば、目的に応じてパルスボルタンメトリー、サイクリックボルタンメトリーといった電圧を変動させる手法を用いてpHモニタリングのための補助的な測定を行うこともできる。ここでいう補助的な測定は、pHモニタリングのための条件探索や試料の電気化学的状態を分析することを含む。
本発明の電極は、連続的又は反復的な測定により電極部に高分子や有機分子等の付着物が膜を形成しうる。そうすると電極の性能が低下しうるが、このような場合には、負の電圧を印加することによりカソードについて回復処理を行うことができる。回復処理は例えば-0.1〜-10V、例えば-3Vの電圧を3〜60分、例えば20分に渡り印加することにより行う。回復処理は、100回の測定毎、10回の測定毎、さらには1回の測定毎に行うことができる。in vivoで測定を行う場合は、再現性や測定値の信頼性の観点から、回復処理は1回の測定毎に行うことが好ましい。
本発明の方法の測定対象である被検試料は、pHが測定可能であれば特に限定されないが、例示すればあらゆる生物学的試料、例えば胃液、体液、全血、血漿、血清、リンパ液、関節液、髄液、骨髄液、胸水、腹水、涙液、眼房水、硝子体液、細胞破砕液、組織、正常組織、癌組織、癌幹細胞由来組織、癌の疑いのある組織、治療(化学療法、放射線療法、免疫学的療法等を含む)を施した組織、こうした組織に由来する溶液、生検サンプル、組織試料、細胞培養物(幹細胞、癌幹細胞等)、細胞破砕試料等を挙げることができる。測定対象又は試料の由来は特に限定されないが細胞、動物、哺乳動物、マウス、ラット、ヒト等が挙げられる。こうした試料は、生体内(in vivo)のものであっても生体外(in vitro)のものであってもよい。
本発明の装置を用いてクロノポテンシオメトリー測定を行うと、in vitro又はin vivoで、pHを高感度でモニタリングすることができる。また、本発明の装置を用いると、pHを迅速に測定することができ、溶液や細胞内のpHをin vivoでリアルタイムで測定することもできる。in vivoで測定を行う場合には、測定対象にセンサー部を接触させるだけでよく、したがって本発明の方法は侵襲性が低い。特に、本発明の装置は、従来型装置のようにガラス電極をカテーテルの先端に取り付けて患者に挿入する必要がない。in vitroで測定を行う場合、測定に用いる溶媒は、pH測定が可能であれば特に限定されない。本発明では溶媒は主として水系を用いる。測定を行う溶液には通常、支持電解質が含まれる。支持電解質はイオン性物質であり、特に限定されないが、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)、硝酸カリウム、硫酸ナトリウムなどが挙げられる。好ましくは支持電解質はPBSである。
本発明のセンサーを用いることにより、in vitroまたはin vivoでpHをモニタリングすることができる。本発明の方法が迅速に、特にリアルタイムかつ低侵襲的に、生体内pHをモニタリングできることから、胃癌等の胃酸に関連する症状を診断したり、胃酸を調節する薬剤の薬効を評価し、治療レジメに役立てたり、新薬開発に役立てることができる。このような低侵襲性のリアルタイムpHモニタリングは従来技術では実現できなかったものである。本発明の新規な、カテーテルに依存しない、患者に優しい手法は、どのような生物学的環境におけるpHモニタリングにも使用され得る。また、この手法をワイヤレスのデータ取得システムと組み合わせることも想定される。
以下の実施例は、例示のみを意図したものであり、何ら本発明の技術的範囲を限定することを意図するものではない。特に断らない限り、試薬は、市販されているか、又は当技術分野で慣用の手法、公知文献の手順に従って入手又は調製する。
材料及び化合物
FIXANAL(登録商標)バッファー(pH 1〜6)はFluka Analytical社より購入した。リン酸水素二ナトリウム12水和物、リン酸水素二ナトリウム2水和物、HCl、アセトン及び硫酸はいずれも和光社から購入した。in vivo実験はすべてCLEA Japan社より購入したC57BL/6Jマウスを用いて行った。パントプラゾールはシグマアルドリッチジャパン社から購入し、水に溶解させて用いた。化合物、化学薬品はさらに精製することなく使用した。当業者であれば、本発明の精神から逸脱することなく、記載する手順を改変することができる。
ホウ素ドープダイヤモンド(BDD)微小電極の作製
BDD微小電極は、マイクロ波プラズマ化学気相成長(MPCVD)装置(ASTeX社)を用いて作製した。炭素源としてアセトンを使用し、ホウ素源としてB(OCH3)3を使用した。ドープするB(OCH3)3の原料に占める濃度は0.1%w/wであった。表面形態と結晶構造は走査型電子顕微鏡を用いて特徴付けした。図4にBDD微小電極の走査型電子顕微鏡(SEM)イメージを示す。MPCVDチャンバー内で2.5kWにて、高純度水素を担体ガスとして使用し、ホウ素ドープダイヤモンドを、タングステン針(直径20μm)に堆積させた。ガラス毛管を用いて針の一部を分離し処理表面領域を規定した。これにより約0.5〜1mmが毛管で被われない状態のままとなった。薄膜の品質はラマン分光法により確認した。BDD微小電極は、2-プロパノール中で約10分間超音波で予備処理し、次いで高純度の水で洗浄することにより、MPCVDチャンバー内での堆積後にBDD薄膜内に残存した可能性のある有機不純物を除去した。このようにして作製したBDD微小電極を以下の実験に用いた。
電気化学的測定方法
すべての電気化学的測定は、AUTOLAB PGSTATポテンシオスタットを用いて37℃で行った。参照電極は銀製の針(鍼)(直径50μm)であり、これを1分間、1M HCl中でアノード処理し(2V vs 銀/塩化銀 sat.)、針の表面にAgClを形成させた。対電極は未処理の別の銀製の針であり、作用電極はBDD微小電極であった。タングステン針を円筒形とすると、作業する幾何学的領域(面積)は約6.3・10-4cm2であった。本明細書に記載する電圧はすべて、特に断らない限りAg/AgCl参照電極に対する電圧である(0.2V vs SHE)。
生体内(in vivo)実験
生きた臓器で本発明のBDD電極がpH変化を感知することができることを確認するために、健常なマウスの胃で予備的実験を行った。測定の間、電圧を測定しながら、シリンジを用いて胃内部に少量の0.1M リン酸緩衝生理食塩水(PBS)を注入した。生体内(in vivo)でpHを測定するために、BDD電極と2つの銀製の針(HCl処理されたものと未処理のもの)を分析する胃に2〜3mmの深さに挿入した。パントプラゾール実験については、パントプラゾールを5日間にわたりマウスに40mg/kgにて投与した。この5日間の後、マウスから胃を摘出し、BDD微小電極を用いてpHを測定した。同様の実験を5匹のコントロールマウスについても行い、パントプラゾールの効果を評価した。すべての動物実験は慶応大学倫理委員会により承認されたプロトコルに従って行った。
in vitro実験の結果
図1Aに、pH 1〜6のFIXANAL(登録商標)バッファー中でBDD微小電極を用いて記録したクロノポテンシオメトリー測定の結果を示す。これらの実験については、所望の電流ステップ(図1Aでは0から-50nA)を実施する前に、0 Aを10秒間印可した。参照電極がHCl中でアノード処理した銀製の針であるにもかかわらず、図1Aは開回路電位が市販のAg/AgCl飽和参照電極と類似していることを示す(0.15〜0.2 V)。また、これらの実験はin vivo実験の条件を模倣するために37℃で行った。図1Aは、50nAの負の電流ステップに続いて記録された電位が、pH値の増大とともに低下したことを示す。実際に、負の電流ステップは、電極表面での水からの水素ガスの発生を誘発する。この反応は次のように表される。
[化1]
2H + 2e- → H (1)
この特性を利用して、pH決定のためのキャリブレーション曲線を構築することができる。-50nAの電流ステップについてのそのようなキャリブレーション曲線を図1Bに示す。図1Bは、調べた電流ステップについて正確なpHキャリブレーション曲線(傾斜:-1.41×10-1±0.04×10-1、r2:0.996)を取得できることを示す。pHキャリブレーション曲線の線形性の精度が高いのは、他の電極材料と比較してホウ素ドープダイヤモンドが化学的に不活性であることが主な理由である。さらに、pHキャリブレーション曲線の傾斜は、非特許文献17において報告されたBDDマクロ電極を用いた結果と一致する。
しかしながら非特許文献17において報告されているように、この手法の制限となるのは、水素放出反応と同時に電極表面での望ましくない電気化学的反応を誘発しうる、電気化学的に活性な化合物の存在である。そのような化合物は生きた臓器に存在する可能性が高い。したがってこのような悪影響を回避するためには、より高い電流ステップを用いることが好ましく、これにより作用電極付近での活性化合物を枯渇させ、結果的に電位記録計は主に水素放出反応を記録する。
しかしながら、印可する電流の絶対値が高すぎると、強力なH2生成が電極表面付近に局所的なpH変化を引き起こしうる。これはpH測定の精度に悪影響を及ぼしうる。
こうした理由、及び非特許文献17に報告された結果に基づき、in vivo実験に選択した電流ステップは、-50nAとした。
生体内実験の結果
図1に示されるin vitro測定の結果は、本発明の装置及び方法が生体内でのpH測定に使用可能であることを保証するように思われる。しかしながら本発明者らは、本発明の装置及び方法を用いて、胃のような生きた臓器内で進行するpH変化を検出できるか確認することとした。そのためには、健常なマウスの胃内でクロノポテンシオメトリー測定を行った。その際、50nA電流ステップに続き電位を記録する間に、シリンジを用いて胃内に少量の0.1M PBSを注入した。図2にこの実験の結果を示す。PBS注入に続く電位変化を明確に観察することができる。100秒時点でのPBS注入の前では測定された電位はある値に向かって安定化するようであった。この値は図1のキャリブレーションに基づくと酸性pHに対応する。しかしながらPBS注入の直後にこの傾向は変化し、電位は、よりアルカリ性のpHに対応する電位値へと低下し始める。したがって、この測定はBDD電極が生きた臓器でのpH変化をも感知できることを証明するものである。このとき、i=0 Aで記録された電位はやはり0.15Vに非常に近く、このことは、HCl中でアノード処理した銀製の針が、生体内の条件下でも、Ag/AgCl参照電極と同様に効果的に機能することを意味することに注目されたい。針の表面におけるAgCl層はまた、生きた組織(臓器)に存在するCl-アニオンにより再生されている可能性がある。こうした理由から、銀製の針の参照電極及び対電極としての使用は、狭い空間での生体内電気化学的実験に適当であるといえる。さらに、信頼性の低い参照電極を用いると、正確なクロノポテンシオメトリー測定を行うことは困難である。
胃の中の胃壁細胞による胃酸分泌は、頂端膜を超えてカリウムイオンと交換的にプロトンをポンプする酵素(H+/K+-ATPアーゼ)により制御される。パントプラゾールは強力なH+/K+-ATPアーゼ阻害剤であり、したがって胃酸分泌を阻害する。胃酸分泌の阻害は胃内部でのpHの上昇(酸性側から中性側への上昇)をもたらす。胃のpHに対するパントプラゾールの影響を評価するために、5匹のマウスを5日間にわたり40mg/kgのパントプラゾールで処置した。次いで胃内のpHをクロノポテンシオメトリー測定により測定した。また、比較のために5匹の未処理コントロールマウスの胃のpHも測定した。結果の再現性を保証するために各クロノポテンシオメトリー測定は2回連続して記録した。図3はコントロールマウス及びパントプラゾール処置マウスの間の測定された電位の差の結果を示す。図3は、パントプラゾールで処置されたマウスの胃内の記録された電位が、未処置のマウスの胃内の記録された電位の絶対値よりも、絶対値としてより高かったことを示しており、これはパントプラゾールが胃のpHの上昇をもたらしたことを示す。
この実験でもやはり、実験の最初の10秒間のi=0 Aについて記録された電位が、Ag/AgCl参照電極の標準電位(約0.15V)に近いことに着目すべきである。このことは、生体内での電気化学的測定のための、処理された銀製の針の参照電極としての使用が適当であったことを証明している。
pHの上昇の数値的な推定値を得るために、コントロールマウスに対応する平均電位値を得られた結果から計算した。この計算値は-1.23±0.1V vs Ag/AgClであった。図1Bのキャリブレーション曲線に基づくと、この電位値はpH 1.8±0.3に対応し、これは健常なマウスの胃内部の予測される値とほぼ一致する。同じ手法を、パントプラゾールで5日間処置(40mg/kg)されたマウスに行い、この処置に起因する胃のpH上昇を測定した。得られた結果を表1にまとめた。
Figure 0006282820
5匹のパントプラゾール処置されたマウスの胃内部と、5匹のコントロールマウスの胃内部とを同じ条件下で電位測定し、図1Bに示すキャリブレーション曲線を用いて、測定電位をpHに変換した。
表1は、パントプラゾール処置された5匹のマウスのうち、4匹について胃のpHの顕著な上昇(酸性側から中性側への上昇)が見られたことを示す。パントプラゾールの効果に関する以前の研究からは、その効力が種々の要因に応じて検体間で異なりうることが報告されており、これは本実施例で得られた結果の差異を説明しうる。
しかしながら、表1は、ある検体について、胃のpHの上昇が観察されなかったことを示す。これは不正確な測定に起因する可能性があり、または当該特定の検体がパントプラゾールに抵抗性であることに起因する可能性がある。こうした結果は、本発明の手法を改善できることを示しており、したがって5匹のうちの1匹について胃のpHの上昇を観察できなかったことは特記すべきことである。
しかしながら、従来の研究では、パントプラゾールの効果は、検体マウスからの胃液を回収し、次いでこれをNaOHで滴定するという手法により観察されていたのであり、そのためW.A. Simonら、Biochemical Pharmacology, 1990, 39, 1799に提示されている結果は酸出力のパーセンテージとして示されている。これに対し、本実施例では、BDD微小電極と2つの銀製の針とを使用しクロノポテンシオメトリー測定を行うことにより、胃のpHを直接測定し、パントプラゾールの効果を評価できることを示した。
このように、BDD微小電極を使用し、クロノポテンシオメトリー測定を行うことで高度に正確なキャリブレーション曲線を構築することができる。次に、HCl中でアノード処理された銀の針の参照電極としての使用は、生体外及び生体内での電気化学的測定のための効果的な系であることが証明された。本発明の装置及び方法を用いることにより、生体内でのpH変化を測定でき、強力な胃プロトンポンプ阻害剤であるパントプラゾールの効果を、胃内のpHを直接測定することで、評価することができた。

Claims (11)

  1. 作用電極として、ホウ素(B)、硫黄(S)、窒素(N)、酸素(O)、及びケイ素(Si)からなる群より選択される不純物がドープされた導電性ダイヤモンドが蒸着した微小電極を有し、
    参照電極として、塩化物イオン(Cl-)存在下で酸処理され電極表面にAg/AgClの層を有する銀電極を有し、
    対電極を有し、
    該作用電極は対電極との間に一定の電流を印加することができるものであり、
    該作用電極、該参照電極、及び該対電極は、生体由来の塩化物イオン(Cl-)存在下で、生物学的試料である被測定対象に接触させて該一定の電流を印加するためのものである、in vitro又はin vivoでの生物学的試料のpH測定のための電気化学的測定用センサー。
  2. 請求項1に記載のセンサーを有し、一定の電流を印加してクロノポテンシオメトリー測定を行う手段を備えた、in vitro又はin vivoでのpH測定のための電気化学的測定装置。
  3. 不純物がホウ素(B)である、請求項1に記載のセンサー又は請求項2に記載の装置。
  4. ダイヤモンド微小電極が印加する電流が-10〜-100nAである、請求項1若しくは3に記載のセンサー又は請求項2若しくは3に記載の装置。
  5. 一定の電流を印加してクロノポテンシオメトリー測定を行う電気化学的測定方法であって、
    作用電極として、ホウ素(B)、硫黄(S)、窒素(N)、酸素(O)、及びケイ素(Si)からなる群より選択される不純物がドープされた導電性ダイヤモンドが蒸着した微小電極を用い、
    参照電極として、塩化物イオン(Cl-)存在下で酸処理され電極表面にAg/AgClの層を有する銀電極を用い、
    前記作用電極、前記参照電極、及び対電極を、生体由来の塩化物イオン(Cl-)存在下で、生物学的試料である被測定対象に接触させ、
    生体由来の塩化物イオン(Cl-)存在下で、該作用電極と対電極との間に一定の電流を印加し、このとき、参照電極の電極表面のAg/AgCl層に、前記生体由来の塩化物イオン(Cl-)が供給され、
    所定時間経過後の前記作用電極と前記参照電極間の電位値を測定し、得られた電位値から前記生物学的試料である測定対象のpHを算出することを含む、
    in vitroで生物学的試料のpHを測定する前記方法。
  6. 不純物がホウ素(B)である、請求項5に記載の方法。
  7. ダイヤモンド微小電極が印加する電流が-10〜-100nAである、請求項5は6に記載の方法。
  8. 一定の電流を印加してクロノポテンシオメトリー測定を行う電気化学的測定方法であって、
    作用電極として、ホウ素(B)、硫黄(S)、窒素(N)、酸素(O)、及びケイ素(Si)からなる群より選択される不純物がドープされた導電性ダイヤモンドが蒸着した微小電極を用い、
    参照電極として、塩化物イオン(Cl-)存在下で酸処理され電極表面にAg/AgClの層を有する銀電極を用い、
    前記作用電極、前記参照電極、及び対電極を、生体由来の塩化物イオン(Cl-)存在下で、生物学的試料である被測定対象に接触させ、
    生体由来の塩化物イオン(Cl-)存在下で、該作用電極と対電極との間に一定の電流を印加し、このとき、参照電極の電極表面のAg/AgCl層に、前記生体由来の塩化物イオン(Cl-)が供給され、
    所定時間経過後の前記作用電極と前記参照電極間の電位値を測定し、得られた電位値から前記生物学的試料である測定対象のpHを算出することを含む、
    in vitro又はin vivoで生物学的試料のpHを測定する前記方法のため装置、
    ここで該装置は、
    作用電極として、ホウ素(B)、硫黄(S)、窒素(N)、酸素(O)、及びケイ素(Si)からなる群より選択される不純物がドープされた導電性ダイヤモンドが蒸着した微小電極、
    参照電極として、塩化物イオン(Cl-)存在下で酸処理され電極表面にAg/AgClの層を有する銀電極、並びに
    対電極を有し、
    一定の電流を印加してクロノポテンシオメトリー測定を行う手段を備えてなり、
    該作用電極は対電極との間に一定の電流を印加することができるものである、前記装置。
  9. pH測定をin vivoで行うためのものである、請求項8に記載の装置。
  10. 不純物がホウ素(B)である、請求項8又は9に記載の装置。
  11. ダイヤモンド微小電極が印加する電流が-10〜-100nAである、請求項8〜10のいずれか1項に記載の装置。
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