JP6210814B2 - 摺動部材 - Google Patents

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Description

本発明は、摺動部材に関し、グリス等の潤滑剤を効果的に保持して低摩擦性を持続させることが可能な摺動部材に関する。
摺動部を有する動力伝達部品として、例えば、歯車、軸受、カム、クラッチ、ワッシャー、コロ等が挙げられる。また、自動車等のスライドドアや、シートスライド等に用いられるローラやレールなどにおいて、スライド方向に摺動する摺動部が設けられ、各種の摺動部材が用いられている。例えばスライドドアは、ドア体に取り付けられた支持ローラがガイドレール上を転動することで、ドア体の開閉が円滑に行われるようになっている。
これらのような摺動部に使用される材料としては、金属、セラミック、ガラス、樹脂、木材等が用いられている。特に、樹脂に関しては、安価で成形が容易であることや、無給油で使用できるために、ポリアセタール、ポリブチレンテレフタレート、ポリアミド、ポリフェニレンサルファイド等が採用され、その特長を生かした用途に使用されている。
さて、一般的に、摺動部材においては、その摺動面にグリス等の潤滑剤を塗布して、摩擦係数を低減させて摺動性を高めるとともに、摺動部材と相手材との焼き付きを防止して、性能寿命を長くするようにしている。ところが、動力伝達部品として摺動部材は、近年、より高速化、軽量化、要求性能の高度化に伴って、その摺動部分に与える負担は増加する一方となっている。このような要請に応えるために、高性能な潤滑剤の開発等が盛んに行われている。
しかしながら、それらの高性能な潤滑剤を樹脂等からなる摺動部材の摺動面に塗布したとしても、摺動操作を繰り返す過程において、その潤滑剤が摺動面から取り除かれてしまい、長期に亘って潤滑剤の効果を持続することができないという問題がある。また、その摺動部材の使用環境においては、例えば各種の溶剤等と接触した場合に、摺動面に塗布した潤滑剤が洗い流されてしまうこともある。
ここで、特許文献1には、その基材表面、すなわち摺動面にポリマーブラシ層を形成した摺動部材が提案されている。高分子の集合体であるポリマーブラシと称される分子組織は、摺動面における潤滑剤の保持性を高めることが可能となる。しかしながら、ポリマーブラシ層自体は、高分子からなるものであるため、通常相手材の摺動面よりも柔らかい。そのことから、例えば高い面圧で摺動させた場合等では、摺動操作に伴って徐々にポリマーブラシ層が摩耗してしまい、潤滑剤を有効に保持することができなくなる。
また、その摺動面に凹部を形成して潤滑剤の保持性を高める方法も提案されている。具体的に、例えば特許文献2には、断面が略円弧状の無数の凹部を摺動部材の摺動面に形成する技術が開示されている。この文献に記載の技術は、断面円弧状の凹部を無数に形成した摺動面に潤滑油を給油することで、その潤滑油を表面張力によって凹部にて油玉とし、荷重を付加して各凹部の隣接する油玉を互いに連結させ、摺動面全域に油膜を形成させるようにするものである。しかしながら、このような摺動面であっても、摺動開始からしばらく経過すると急激に摩擦係数が増加に転じてしまうことがあり、摩擦係数が大きな変動を伴いながら高い値を推移してしまう。
また、特許文献3においては、摺動条件に応じて、摺動面全域又は一定の領域に形成された凹部の開口部の占める割合を適切に設定するという技術も開示されている。しかしながら、その凹部自体の潤滑剤保持性が十分ではなく、摺動操作を繰り返すことによって給油した潤滑剤が取り除かれてしまい、長期に亘って低摩擦性を持続することができない。
特開2011−057766号公報 特開平07−188738号公報 特開2011−021597号公報
本発明は、上述したような実情に鑑みて提案されたものであり、摺動面にグリス等の潤滑剤を効果的に保持して、その潤滑剤による低摩擦性を長期に亘って持続させることができる摺動部材を提供することを目的とする。
本発明者らは、上述した課題を解決するために鋭意検討を重ねた。その結果、無機充填剤を含有した樹脂成形品を用い、その樹脂成形品の樹脂を一部除去して無機充填剤が露出される微小溝を形成し、その微小溝を形成した面を摺動面とした摺動部材とすることで、その微小溝内にグリス等の潤滑剤が効果的に保持され、長期に亘り低摩擦性が持続することを見出し、本発明を完成するに至った。すなわち、本発明は以下のものを提供する。
(1)本発明は、無機充填剤を含有した樹脂成形品からなり、前記無機充填剤が露出した微小溝が設けられた摺動面を有する摺動部材である。
(2)また本発明は、(1)の発明において、前記微小溝に潤滑剤が充填されて用いられる摺動部材である。
(3)また本発明は、(1)又は(2)の発明において、前記無機充填剤が前記微小溝の側壁から突出して露出される摺動部材である。
(4)また本発明は、(1)乃至(3)のいずれかの発明において、前記微小溝の両側に位置する山部の間に前記無機充填剤が架かる摺動部材である。
(5)また本発明は、(1)乃至(4)のいずれかの発明において、前記摺動面に、前記微小溝が端部のない閉じた形状に設けられている摺動部材である。
(6)また本発明は、(5)の発明において、前記摺動面に、前記微小溝が円形状に設けられている摺動部材である。
(7)また本発明は、(5)の発明において、前記端部のない閉じた形状の微小溝が複数設けられ、それぞれの微小溝が略同心形状に設けられている摺動部材である。
(8)また本発明は、(1)乃至(7)のいずれかの発明において、前記無機充填剤が繊維状無機充填剤である摺動部材である。
(9)また本発明は、(1)乃至(8)のいずれかの発明において、前記微小溝がレーザ照射により形成される摺動部材である。
(10)また本発明は、無機充填剤を含有した樹脂成形品からなり、前記無機充填剤が露出した微小溝が設けられた摺動面を有し、前記微小溝に潤滑剤が充填されてなる潤滑剤付き摺動部材である。
本発明によれば、相手材と接触し摺動する摺動面に、樹脂中に含まれる無機充填剤を露出させた微小溝を設けるようにしているので、その微小溝内にグリス等の潤滑剤を効果的に保持することができる。これにより、その潤滑剤による低摩擦性を長期に亘って持続させることができ、相手材との焼き付き等も防止することができる。
摺動部材の拡大断面を模式的に示した図である。 潤滑剤付き摺動部材の拡大断面を模式的に示した図である。 実施例において評価サンプル(樹脂プレート)の表面(摺動面)に形成した微小溝の形状を模式的に示した図である。 潤滑剤保持性の評価にて行った動摩擦係数の測定結果を示すグラフである。 潤滑剤残存性の評価にて行った洗浄処理後の樹脂プレートの紫外線照射下での観察写真である。
以下、本発明の具体的な実施形態(以下、「本実施の形態」という)について、図面を参照しながら詳細に説明する。なお、本発明は、以下の実施の形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を変更しない範囲で種々の変更が可能である。
<1.摺動部材>
図1は、本実施の形態に係る摺動部材10の断面を模式的に示した図である。この摺動部材10は、無機充填剤11を含有した樹脂成形品からなるものであり、その無機充填剤11が露出した微小溝12(単に「溝」ともいう)が設けられた摺動面10aを有することを特徴としている。
この摺動部材10は、図2に示すように、摺動面10aに設けられた微小溝12にグリス等の潤滑剤20が充填(塗布)されて用いられる。摺動部材10によれば、無機充填剤11が露出した微小溝12が設けられた摺動面10aを有するため、その無機充填剤11が微小溝12に充填させたグリス等の潤滑剤20を効果的に保持することができるようになり、長期に亘って低摩擦性を持続させた摺動部材となる。また、これにより、その摺動部材と相手材との焼き付きも防止することができ、摺動部材の長寿命化にも寄与する。
なお、摺動部材10においては、当然に、その摺動面10aの全面にグリス等の潤滑剤を塗布してもよく、その場合においても、塗布した潤滑剤が微小溝12内に充填され、その微小溝12内で高い保持性でもって保持される。
さらに、無機充填剤11を含有した樹脂成形品から構成することにより、その無機充填剤11がアンカーの役割を果たし、摺動部材10の強度を高めることができる。
ここで、「摺動部材」とは、機械装置の摺動部を構成する摺動部品そのものの意味を含み、また摺動部品の相手体と接触状態にある摺動面の少なくとも一部に設けられる部材の意味も含むものである。
(樹脂)
当該摺動部材を構成する樹脂の種類としては、レーザ照射又は化学処理等の樹脂除去手段により、後述する微小溝12を形成できるものであれば特に限定されない。例えば、レーザ照射により溝を形成できるものとして、ポリフェニレンスルフィド(PPS)、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)、液晶ポリマー(LCP)、ポリブチレンテレフタレート(PBT)、ポリアセタール(POM)等を挙げることができる。
また、化学処理としては、酸又はアルカリによる分解処理や、溶剤による溶解処理等が挙げられる。非結晶性熱可塑性樹脂の場合は、様々な溶剤に溶解しやすいが、結晶性樹脂の場合は、両溶媒を選択して使用する。例えば、酸又はアルカリを加えることによって溝を形成できるものとして、ポリブチレンテレフタレート(PBT)、ポリアセタール(POM)等を挙げることができる。ここで、化学処理においては、溝を形成する部位に限定した化学処理を行い、そして化学処理による生成物を除去することが重要となる。
なお、樹脂としては、熱可塑性であってもよいし、熱硬化性であってもよい。
(無機充填剤)
無機充填剤11は、摺動部品10を構成する樹脂成形品において、その樹脂の一部を除去して微小溝12を形成することによって、その微小溝12に露出するものであれば特に限定されない。この無機充填剤11は、形成された微小溝12の側壁12aから微小溝12の空間内(溝内)に露出される。
摺動部材10においては、摺動面10aに形成した微小溝12から無機充填剤11を露出させることで、その微小溝12内にグリス等の潤滑剤を有効に保持することができ、長期に亘って低摩擦性を持続させた摺動面とすることができる。また、無機充填剤11が摺動部材10の破壊を防ぐアンカーの役割も果たすため、摺動に際して外力が加わっても、その形状を効果的に維持することができる。
無機充填剤11としては、特に限定されないが、ガラス繊維、炭素繊維、ウィスカー繊維、ガラスフレーク、マイカ等を挙げることができる。
また、無機充填剤11の長さは、その長手方向の長さが微小溝12の短手方向(図1の断面図における幅方向)の長さよりも長いことが好ましい。言い換えると、微小溝12の短手方向の長さは、無機充填剤11の長手方向の長さよりも短いことが好ましい。例えば、形状が繊維状であれば、平均繊維長が微小溝12の短手方向の長さよりも長いことが好ましく、形状が不定形、板状、粒子状であれば、長径、好ましくは平均粒子径が微小溝12の短手方向の長さよりも長いことが好ましい。
本実施の形態においては、微小溝12で露出する無機充填剤11は、上述したように、微小溝12に充填(塗布)させたグリス等の潤滑剤を保持する役割を果たすものである。したがって、その役割を果たすにあたって、例えばレーザ照射部位と非照射部位とにより樹脂の一部が除去されることで形成される凹凸の山13同士を、その微小溝12に露出した無機充填剤11によって架ける(ブリッジする)ようにすることが好ましい。そして、このように無機充填剤11によって架けることができるようにする点で、その無機充填剤11の形状は繊維状であることが好ましい。なお、樹脂に形成される凹凸において、その凹部が微小溝12であり、凸部が山13となる。
無機充填剤11の含有量は、特に限定されないが、樹脂100重量部に対して5重量部以上80重量部以下の範囲であることが好ましい。含有量が5重量部未満であると、無機充填剤11が微小溝12で露出したとしても、その微小溝12に充填させた潤滑剤を効果的に保持することができない可能性がある。一方で、含有量が80重量部を超えると、摺動部材10の強度が低下してしまう可能性がある。
(無機充填剤11を含有する樹脂材料の好適な市販品)
なお、無機充填剤11を含有する樹脂材料として、ガラス繊維入りPPS(製品名:ジュラファイドPPS 1140A7,ポリプラスチックス社製)、ガラス繊維・無機フィラー入りPPS(製品名:ジュラファイドPPS 6165A7,ポリプラスチックス社製)、ガラス繊維入りLCP(製品名:ベクトラLCP E130i、ポリプラスチックス社製)等が市販されている。
(微小溝)
微小溝12は、摺動部材10の表面、すなわち相手体と接触して摺動する摺動面10aに形成されたものであり、その側壁(側面)12aから無機充填剤11が露出されている。この微小溝12は、摺動部材10を構成する樹脂の一部を除去することによって形成され、このように樹脂の一部を除去することで、無機充填剤11をその側壁12aから突出した状態で露出させることができる。
摺動部材10においては、この摺動面10aに設けた微小溝12にグリス等の潤滑剤20を充填(塗布)させて用いることができる(図2参照)。すなわち、この微小溝12が、潤滑剤20を貯留する潤滑剤溜りの役割を果たす。そして、微小溝12においては、上述したように、その側壁12aから無機充填剤11が露出された状態となっているため、微小溝12内に充填させた潤滑剤20を無機充填剤11により効果的に保持することができ、摺動操作を繰り返しても、摺動面10aから潤滑剤が取り除かれることなく、長期に亘って低摩擦性を持続させることができる。
微小溝12の長手方向(図1の断面図における奥側に向かう方向)は、無機充填剤11の長手方向とは異なることが好ましい。溝12の長手方向と無機充填剤11の長手方向とが同じであると、例えばレーザの照射部位と非照射部位とによって樹脂の一部が除去されることで形成される凹凸の山13同士の間に無機充填剤11を好適に架けることができない可能性がある。すると、無機充填剤11自体が摺動部材10から脱落しやすくなり、微小溝12に充填させた潤滑剤を保持する役割を十分に果たすことができない可能性がある。したがって、図1の断面図に示されるように、微小溝12の長手方向が無機充填剤11の長手方向と異なるように樹脂に対してレーザ照射等を行って微小溝12を形成することが好ましい。
微小溝12としては、その摺動部材10の摺動面10a上に複数設けるようにすることが好ましい。これにより、その摺動面10aにより多量の潤滑剤を保持することができ、より一層に優れた耐摩擦性能を有する摺動部材10となる。
摺動面10aにおける微小溝12の形状としては、特に限定されるものではなく、摺動部材10の大きさや相手材との接触状態等に応じて適宜決定すればよいが、端部のない閉じた形状であることが好ましい。具体的には、例えば、環状、等高線のような形状を含めた円形状、三角形、四角形、それ以上の多角形形状、多角形において各頂点が丸みを帯びたような形状等が挙げられる。その中でも、特に円形状の微小溝12を設けることがより好ましい。ここで、例えば縞状(棒状)のような端部を有する形状の溝を設けた場合には、摺動操作を繰り返すことで、その端部を介して溝に充填させた潤滑剤が流れ出てしまう可能性が高くなる。これに対して、摺動面10aにおいて円形状等の端部のない形状の微小溝12を設けるようにすると、溝が閉じた形状となっていることから、溝外に潤滑剤が流れ出る可能性が少なくなり、より一層に潤滑剤の保持性を高めることができる。
また、微小溝12を複数設けるようにするに際しては、端部のない閉じた形状の複数の微小溝12のそれぞれを、略同心形状に設けるようにすることが好ましい。例えば、微小溝12が円形状である場合、その円形状の複数の微小溝12を互いに同心円状に設けるようにする。このように複数の微小溝12をそれぞれ略同心形状に設けるようにすることで、仮に、摺動操作によって微小溝12(説明便宜上「微小溝12(1)」とする)に充填させた潤滑剤が溝の外に流れ出てしまった場合においても、微小溝12(1)から流れ出た潤滑剤を、隣接する略同心形状に設けた微小溝12(説明便宜上「微小溝12(2)」とする)に入り込ませるようにすることができる。これにより、複数の微小溝12を設けた摺動面10a全体において、潤滑剤の保持性をより高めることができる。
微小溝12の幅W12としては、露出させた無機充填剤11によって微小溝12に充填した潤滑剤を保持することができる幅であれば特に限定されるものではないが、その無機充填剤11の脱落を防ぎ、より効果的に潤滑剤を保持するという観点から、複数の微小溝12の間に位置することになる山13の幅W13に対して、0.25倍以上1.5倍以下程度とすることが好ましい。微小溝12の幅W12が山13の幅W13に対して0.25倍未満であると、その微小溝12内に潤滑剤を十分量保持することができない可能性がある。一方で、微小溝12の幅W12がW13に対して1.5倍を超えると、無機充填剤11が脱落し易くなり、微小溝12に充填した潤滑剤を効果的に保持することができない可能性がある。
微小溝12の深さDとしては、特に限定されないが、その微小溝12の短手方向の長さ(すなわち微小溝12の幅W12)の1/2以上であることが好ましい。深さDが微小溝12の幅W12の1/2未満であると、無機充填剤11により潤滑剤を効果的に保持することができない可能性がある。
<2.摺動部材の製造方法>
摺動部材10は、無機充填剤11を含有する樹脂成形品にレーザ照射や化学処理等を行って樹脂を部分的に除去し、その樹脂成形品の表面、すなわち摺動面10aに微小溝12を形成することによって得られる。摺動部材10では、このようにして摺動面10aとなる樹脂成形品の表面を部分的に除去して微小溝12を形成することで、樹脂成形品内に含まれる無機充填剤11が微小溝12の側壁12aから露出される。
レーザの照射は、照射対象材料の種類やレーザ装置の出力等をもとに設定されるが、樹脂に適度のエネルギーを照射して微小溝12を形成しないと、無機充填剤11が十分に露出しなかったり、設定通りの幅W12や深さDの微小溝12を形成することが困難になるため、複数回に分けて行うことが好ましい。
ここで、レーザ照射により微小溝12を形成するに際して、無機充填剤11としてのガラス繊維等は、レーザのエネルギーを部分的に遮蔽する。そのため、深くまで樹脂を除去するために、レーザの照射を複数回行おうとすると、後になるほど、レーザが既に露出したガラス繊維等に当たることよって吸収されるエネルギーの分だけ高いエネルギーを与える必要がある。そのため、レーザの照射を複数回繰り返す場合、レーザの照射量を前回の照射量より高めるようにすることが好ましい。
また、レーザ光透過性の低い無機充填剤11の背面に位置する樹脂を除去するためには、レーザの照射を、樹脂成形品の表面に対して垂直以外の方向から行うことが好ましい。
一方で、化学処理による微小溝12の形成においては、樹脂の特性に応じた酸、アルカリ、有機溶剤等を選択して用いる。酸により樹脂が分解するポリアセタール樹脂成形品では、微小溝12を設ける場所を酸で分解除去することで溝を形成することができる。また、有機溶剤に溶けやすい非結晶性樹脂成形品では、予め樹脂成形品の表面に微小溝12を設ける場所以外をマスキングした後に有機溶剤で溶解除去することで溝を形成することができる。
<3.潤滑剤付き摺動部材>
図2は、上述した摺動部材10の摺動面10aに設けられた微小溝12に、グリス等の潤滑剤20を充填(塗布)させて得られた潤滑剤付き摺動部材1を模式的に示した図である。図2に示すように、この潤滑剤付き摺動部材1では、微小溝12がいわゆる潤滑剤溜りとしての機能を奏して潤滑剤20を貯留する。また、微小溝12では、その側壁12aから無機充填剤11が露出されているので、無機充填剤11が、微小溝12内の潤滑剤20を効果的に保持する役割を果たしている。
したがって、この潤滑剤付き摺動部材1によれば、グリス等の潤滑剤20を優れた保持性でもって効果的に保持することができ、その潤滑剤による低摩擦性を長期に亘って持続させることができる。また、無機充填剤11がアンカーの役割も果たすため、摺動に際して外力が加わっても、その形状を強固に維持することができる。
なお、図2に示すように、この摺動部材10の微小溝12に潤滑剤を充填して保持させることで潤滑剤付き摺動部材1とすると、その潤滑剤により無機充填剤11が見かけ上露出されていない状態となる。本明細書では、微小溝12内の潤滑剤により無機充填剤11が露出していない場合であっても、その潤滑剤を取り除いた態様において微小溝12から無機充填剤11が露出していれば、「無機充填剤11が露出した微小溝12」とする。
ここで、摺動部材10の微小溝12に充填(塗布)する潤滑剤としては、特に限定されるものではなく、潤滑油、グリス、又はこれらの混合物が挙げられる。また、これらの潤滑油やグリス等に、二硫化モリブデンやグラファイト、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)等の固体潤滑剤を添加したものを用いることもできる。
例えば、潤滑油としては、パラフィン系やナフテン系の鉱油、エステル系合成油、エーテル系合成油、炭化水素系合成油、GTL基油、フッ素油、シリコーン油等が挙げられる。これらは単独でも2種以上を併せた混合油としても使用することができる。また、潤滑油の粘度としては、特に限定されないが、粘性の高いものであることがより好ましい。
また、グリスは、基油に増ちょう剤を加えたものであり、基油としては上述した潤滑油を挙げることができる。増ちょう剤としては、例えば、リチウム石けん、リチウムコンプレックス石けん、カルシウム石けん、カルシウムコンプレックス石けん、アルミニウム石けん、アルミニウムコンプレックス石けん等の石けん類、ジウレア化合物、ポリウレア化合物等のウレア系化合物が挙げられる。
潤滑剤の充填(塗布)方法としては、少なくとも摺動面10aに形成した微小溝12内に充填させることができれば、特に限定されず、公知の方法を適用することができる。例えば、刷毛等により塗布して充填する方法や、ロールコート法、スプレー等による噴霧方法、ディップコート法(浸漬法)等が挙げられる。潤滑剤の充填後には、例えば、その摺動面10aを軽く拭き取る等することで、充填量を調整することができる。
以下、本発明についての実施例を説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
≪(1)潤滑剤保持性の評価≫
先ず、ガラス繊維入りの樹脂プレートに対してレーザーエッチングにより微小溝を形成し、その樹脂プレートの表面にグリスを塗布して、樹脂プレートの動摩擦係数測定を行うことによって、塗布したグリスの保持性について評価した。
[評価サンプルの作製]
樹脂プレートを構成する樹脂としては、以下のものを用いた。
ガラス繊維入りPEEK:VESTAKEEP 2000GF30(ダイセル・エボニック社製)
ガラス繊維入りPPS:ジュラファイド 1140A1(ポリプラスチックス社製)
これらの樹脂からなるプレート(樹脂プレート:50mm×50mm×厚み3mmt(切り出し片使用))に対して、その表面にレーザ照射により微小溝を形成した。微小溝の形状としては、図3に模式的に示すような形状を樹脂プレート表面に形成した。すなわち、複数の正円形状の微小溝をそれぞれが同心円状となるように形成した。また、その同心円状をなす複数の微小溝の集合体を10個形成し、その10個の集合体によって円を形成するように各集合体を配置した。なお、微小溝の形成においては、溝の幅が200μm、隣り合う溝の間隔が300μmとなるように、同心円形状に4回照射して行った。レーザ照射の条件としては、発振波長:1.064μm、最大定格出力:13W(平均)のレーザを用い、レーザ出力90%、周波数40kHz、走査速度1000mm/sとした。
このように樹脂プレートに対してレーザ照射により微小溝を形成することによって、樹脂内に含まれていたガラス繊維をその微小溝から露出させた。
続いて、樹脂プレートの表面に、グリス(モリコート EM−30L、東レ・ダウコーニング社製)を塗布した。グリスの塗布量としては、樹脂プレートに塗布した後に軽く拭き取ることによって少量の塗布とした。
このようにして樹脂プレートに微小溝を形成してグリスを塗布した評価サンプルを、実施例のサンプルとした。なお、樹脂としてガラス繊維入りPEEKを用いたものを実施例1のサンプル、ガラス繊維入りPPSを用いたものを実施例2のサンプルとした。
一方で、同様の樹脂プレートを用いて、レーザ照射による微小溝の形成を行わなかったサンプルを用意し、その表面に実施例のサンプルと同様にしてグリスを塗布した。そして、この評価サンプルを、比較例のサンプルとした。なお、樹脂としてガラス繊維入りPEEKを用いたものを比較例1のサンプル、ガラス繊維入りPPSを用いたものを比較例2のサンプルとした。
[グリス保持性の評価(動摩擦係数の測定)]
作製した各評価サンプルについて摩擦試験機を用いて動摩擦係数の測定を行い、樹脂プレート表面(摺動面)におけるグリスの保持性を評価した。
動摩擦係数の測定は、グリスを塗布した樹脂プレート(評価サンプル)を試験機の回転台に載置し、グリスを塗布した面に対して円筒状の炭素鋼スラスト試験片を所定の面圧で押圧しながら樹脂プレートを回転台を介して回転させることによって行い、このときの時間(h)に対する樹脂プレートの動摩擦係数(μ)の変化を測定した。なお、動摩擦係数の測定条件は、以下の通りである。
(測定条件)
評価試験機:スラスト式摩擦摩耗試験機 FEM−III−EN(オリエンテック社製)
評価雰囲気:23℃、50%RH
すべり線速度:30cm/s
面圧:0.98MPa(荷重:196N、接触面積:2cm
時間:24h(但し、グリス切れによる動摩擦係数上昇が確認された時点で終了)
測定数:N=1
摩擦力のサンプリング間隔:10sec
炭素鋼スラスト試験片:外径φ25.6mm、内径φ20mm、炭素鋼(S45C)
(接触面の表面粗さは、研磨紙#600を用いてJIS2001規格(Rz JIS)で0.5〜0.7μmの範囲に調整した。)
図4に、初期のグリス塗布の各評価サンプルについて、炭素鋼に対する動摩擦係数(μ)の測定結果(時間に対する動摩擦係数の推移)を示す。また、下記表1に、グリス切れを起こした時間(h)の結果を、使用した樹脂材料及びレーザーエッチングの有無(微小溝の有無)の条件と併せて示す。
図4に示される動摩擦係数の測定結果から明らかなように、レーザ照射により摺動面に微小溝を形成させた樹脂プレート(実施例1、実施例2)では、測定時間の24h内において動摩擦係数の変化が全くなく、低い摩擦係数(0.1μ未満)が維持された。つまり、実施例1及び実施例2のサンプルでは、摺動面に塗布したグリスが効果的に保持されてグリス切れが生じることがなく、高い耐摩擦性能(低摩擦性)を長時間に亘って持続させることができた。
これに対して、摺動面に微小溝を形成せずにグリスを塗布したのみの樹脂プレート(比較例1、比較例2)では、測定開始から短時間経過後に動摩擦係数が急激に上昇した。すなわち、比較例1及び比較例2のサンプルでは、グリス切れを起こした。なお、図4のグラフ中の動摩擦係数の上昇時点(比較例1:4.3h(図中Xで示す点付近)、比較例2:1.2h(図中Yで示す点付近))がグリス切れを起こした時点である。
≪(2)潤滑剤残存性の評価≫
次に、ガラス繊維入りの樹脂プレートとガラス繊維等の無機充填剤を含まない樹脂プレートを用意し、それらに対してレーザーエッチングにより微小溝を形成し、樹脂プレートの表面にグリスを塗布した後、その樹脂プレートを溶剤で洗浄したときのグリスの残存性について評価した。
[評価サンプルの作製]
ガラス繊維入りPPS(ジュラファイド 1140A6,ポリプラスチックス社製)からなるプレート(樹脂プレート:50mm×50mm×厚み3mmt(切り出し片使用))に対して、その表面に、図3に模式的に示すような形状の微小溝をレーザ照射により形成した。なお、微小溝の形成は、溝の幅が200μm、隣り合う溝の間隔が300μmとなるように、同心円形状に4回照射して行った。レーザ照射の条件としては、発振波長:1.064μm、最大定格出力:13W(平均)のレーザを用い、レーザ出力90%、周波数40kHz、走査速度1000mm/sとした。
このように樹脂プレートに対してレーザ照射により微小溝を形成することによって、樹脂内に含まれていたガラス繊維をその微小溝から露出させた。
続いて、樹脂プレートの表面に、グリス(モリコート EM−30L、東レ・ダウコーニング社製)を塗布した。このとき、紫外線発色インクを添加したグリスを塗布した。グリスの塗布後、微小溝の外にはみ出したグリスをティッシュペーパーにより拭き取った。
このようにして樹脂プレートに微小溝を形成してグリスを塗布した評価サンプルを、実施例3のサンプルとした。
一方で、ガラス繊維等の無機充填剤を含まないPPS(ジュラファイド 0220A9,ポリプラスチックス社製)からなるプレート樹脂プレート:50mm×50mm×厚み3mmt(切り出し片使用))に対して、図3に模式的に示すような形状の微小溝をレーザ照射により形成した。なお、微小溝の形成条件(レーザ照射条件等)は、実施例3の評価サンプルの微小溝形成条件と同様とした。
続いて、樹脂プレートの表面に、グリス(モリコート EM−30L、東レ・ダウコーニング社製)を塗布した。このとき、紫外線発色インクを添加したグリスを塗布した。グリスの塗布後、微小溝の外にはみ出したグリスをティッシュペーパーにより拭き取った。
このようにして樹脂プレートに微小溝を形成してグリスを塗布した評価サンプルを、比較例3のサンプルとした。すなわち、この比較例3のサンプルは、樹脂プレート表面に微小溝は形成されているが、その微小溝にガラス繊維が露出されていないものとなる。
[グリス残存性の評価(洗浄後のグリスの残存を観察)]
作製した各評価サンプルを溶剤により洗浄し、洗浄後の微小溝内のグリスの残存を目視観察し、グリスの残存性を評価した。
具体的には、実施例3のサンプルと比較例3のサンプルを、それぞれエタノール液中に浸漬させ、3分間に亘って超音波により振動させながら洗浄処理を行った。洗浄処理後、樹脂プレートに対して紫外線を照射し、微小溝を形成した樹脂プレート表面を観察した。
図5に、それぞれの観察写真を示す。なお、図5の観察写真は紫外線の照射下で、実施例3のサンプルと比較例3のサンプルを並べて写した写真である。向かって左側(A)が実施例3のサンプルであり、向かって右側(B)が比較例3のサンプルである。
図5の観察写真から明らかなように、ガラス繊維入りの樹脂プレートに微小溝を形成させてグリスを塗布したサンプル(実施例3のサンプル)では、微小溝内のグリスが十分に残存していることが分かり、紫外線発色インクを添加したグリスの残存により、その微小溝の形状までもが明瞭に識別できた。
これに対して、ガラス繊維等の無機充填剤を含まない樹脂プレートに微小溝を形成させてグリスを塗布したサンプル(比較例3のサンプル)では、紫外線に発色したグリスを確認することができず、ほとんど洗い流されてしまったことが分かる。
≪(3)評価結果のまとめ≫
上述したように、(1)の評価結果から、ガラス繊維等の無機充填剤を含む樹脂プレートにおいて、相手材と接触し摺動する摺動面に微小溝を設けるようにすることで、高い保持性でもってグリスを保持することができ、そのグリスによる低摩擦性を長期に亘って持続させることができることが分かった。
また、(2)の評価結果から、ガラス繊維等の無機充填剤を含む樹脂からなる成形品に対して微小溝を形成することで、溶剤による洗浄処理を行った場合でも、グリスを有効に残存させることができることが分かった。すなわち、単に樹脂に微小溝を形成させるだけではなく、無機充填剤を含む樹脂に微小溝を形成させて、その微小溝から無機充填剤を露出させるようにすることで、その露出した無機充填剤によってグリスを効果的に保持して残存させることができることが分かった。
以上のことから、無機充填剤を含有した樹脂成形品からなるものであって、その無機充填剤が露出した微小溝を摺動面に設けた摺動部材とすることによって、摺動面に塗布した潤滑剤が微小溝内に溜り、そして、塗布した潤滑剤が無機充填剤により効果的に保持されるようになることが分かった。このような摺動部材によれば、塗布した潤滑剤を効果的に保持することができるので、長期に亘って低摩擦性を持続させることができる。
1 潤滑剤付き摺動部材
10 摺動部材
10a 摺動面
11 無機充填剤
12 微小溝
12a 微小溝の側壁
13 山
20 潤滑剤

Claims (8)

  1. 無機充填剤を含有した樹脂成形品からなり、
    前記無機充填剤が露出した微小溝が設けられた摺動面を有する摺動部材であって、
    前記無機充填材は、ガラス繊維、ガラスフレークから選択されるものであり、前記微小溝の両側に位置する山部の間に架かるものである、摺動部材
  2. 前記微小溝に潤滑剤が充填されて用いられる請求項1に記載の摺動部材。
  3. 前記無機充填剤は前記微小溝の側壁から突出して露出される請求項1又は2に記載の摺動部材。
  4. 前記摺動面において、前記微小溝が端部のない閉じた形状に設けられている請求項1乃至の何れかに記載の摺動部材。
  5. 前記摺動面において、前記微小溝が円形状に設けられている請求項に記載の摺動部材。
  6. 前記摺動面において、前記端部のない閉じた形状の微小溝が複数設けられ、それぞれの微小溝が略同心形状に設けられている請求項に記載の摺動部材。
  7. 前記無機充填剤は繊維状無機充填剤である請求項1乃至の何れかに記載の摺動部材。
  8. 無機充填剤を含有した樹脂成形品からなり、
    前記無機充填剤が露出した微小溝が設けられた摺動面を有し、
    前記微小溝に潤滑剤が充填されてなる潤滑剤付き摺動部材であって、
    前記無機充填材は、ガラス繊維、ガラスフレークから選択されるものであり、前記微小溝の両側に位置する山部の間に架かるものである、摺動部材
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