ガスバリア膜としては、酸化シリコン膜、窒化シリコン膜、酸窒化シリコン膜等が知られている。しかしながら、従来のガスバリア膜のガスバリア性(酸素、水蒸気およびアウトガスの低透過性)は、充分ではない。このため、機能性薄膜の劣化を抑制できていない。
通常、ガスバリア膜は、スパッタやCVD(Chemical Vapor Deposition)等により、形成される。スパッタによる成膜方法としては、二極スパッタ法や、マグネトロンスパッタ法等がある。なかでも、DC(直流)マグネトロンスパッタ法(DCパルス方式を含む)が、成膜速度等の観点から多用されている。しかし、DCマグネトロンスパッタ法には、ターゲットに一定の高電圧を印加しないと、プラズマが安定しなかったり、プラズマが生成しないという不具合がある。このため、通常は、ターゲットに数百ボルトの高電圧を印加する。印加電圧が高いと、ターゲットから、クラスター粒子のような粒子径の非常に大きな粒子が飛び出す頻度が高くなる。粒子径が大きく、そのばらつきも大きい粒子が基材に付着すると、形成される膜の表面に大きな凹凸が生じてしまう。ガスバリア膜の凹凸が大きいと、凹部に酸素や水分等が吸着したり、凸部に電解が集中することにより、機能性薄膜を劣化させてしまう。したがって、機能性樹脂フィルムにおいて、実用に耐えられる製品寿命を達成するためには、ガスバリア膜の性能の向上および表面の凹凸の低減が、極めて重要になる。
本発明は、このような実情に鑑みてなされたものであり、ガスバリア性に優れ、表面の凹凸が小さい薄膜を形成することができるマグネトロンスパッタ成膜装置、およびマグネトロンスパッタ成膜方法を提供することを課題とする。また、ガスバリア性に優れ、表面の凹凸が小さいガスバリア膜を有するフィルム部材を提供することを課題とする。
(1)上記課題を解決するため、本発明のマグネトロンスパッタ成膜装置は、基材と、該基材に対向する対向面を有するバッキングプレート、該対向面に配置されるターゲット、および該バッキングプレートを挟んで該ターゲットと反対側に配置される磁石部材を有するマグネトロンスパッタカソードと、該基材と該ターゲットとの間にマイクロ波プラズマを照射するマイクロ波プラズマ生成装置と、を備え、該ターゲットから飛び出したスパッタ粒子を該基材の表面に付着させて薄膜を形成するマグネトロンスパッタ成膜装置であって、該マイクロ波プラズマ生成装置は、マイクロ波を伝送する矩形導波管と、該矩形導波管の一面に配置され、該マイクロ波が通過するスロットを有するスロットアンテナと、該スロットアンテナの該スロットを覆うように配置され、プラズマ生成領域側の表面は該スロットから入射する該マイクロ波の入射方向に平行である誘電体部と、を備え、該基材と該ターゲットとの間のプラズマ密度は、該基材付近よりも該ターゲット付近で大きく、該ターゲットの表面において電子サイクロトロン共鳴(ECR)が生じることを特徴とする。
本発明者は、DCマグネトロンスパッタ法による成膜について鋭意研究を重ねた結果、マグネトロンスパッタを、マイクロ波プラズマを照射しながら行えば、ターゲットから飛び出した粒子にエネルギーを与えることにより、粒子径を微細化し、かつ整えることができるため、膜の表面の凹凸を小さくできるという見地に至った。しかしながら、通常、マグネトロンスパッタは、不純物の侵入を抑制して膜質を維持するために、マグネトロンプラズマ(マグネトロン放電で生成するプラズマ)が安定な一定の低圧下で行われる。成膜時の圧力としては、0.5〜1.0Pa程度が望ましい。一方、一般的なマイクロ波プラズマ生成装置は、5Pa以上の比較的高圧下でマイクロ波プラズマを生成する(例えば、特許文献2参照)。このため、従来のマイクロ波プラズマ生成装置を用いた場合、マグネトロンスパッタを行う1Pa以下の低圧下では、マイクロ波プラズマを生成することが難しい。この理由は、次のように考えられる。
図12に、従来のマイクロ波プラズマ生成装置におけるマイクロ波プラズマ生成部の斜視図を示す。図12に示すように、マイクロ波プラズマ生成部9は、導波管90と、スロットアンテナ91と、誘電体部92と、を有している。スロットアンテナ91は、導波管90の前方開口部を塞ぐように配置されている。すなわち、スロットアンテナ91は、導波管90の前壁を形成している。スロットアンテナ91には、複数の長孔状のスロット910が形成されている。誘電体部92は、スロット910を覆うように、スロットアンテナ91の前面(チャンバー側)に配置されている。導波管90の右端から伝送されたマイクロ波は、図中前後方向の白抜き矢印Y1で示すように、スロット910を通過して、誘電体部92に入射する。誘電体部92に入射したマイクロ波は、図中左右方向の白抜き矢印Y2で示すように、誘電体部92の前面920に沿って伝播する。これにより、マイクロ波プラズマPが生成される。
ここで、スロット910から誘電体部92へ入射するマイクロ波の入射方向(矢印Y1)と、誘電体部92の前面920と、は直交する。このため、誘電体部92に入射したマイクロ波は、生成したマイクロ波プラズマPに遮られ、進行方向を90°変えて、誘電体部92の前面920を伝播する(矢印Y2)。このように、生成したマイクロ波プラズマPに対して垂直にマイクロ波が入射するため、プラズマソースであるマイクロ波がマイクロ波プラズマPに伝播しにくい。このため、低圧下でのプラズマ生成が難しいと考えられる。
そこで、本発明者は、生成するマイクロ波プラズマに対するマイクロ波の入射方向に着目し、1Pa以下の低圧下でもマイクロ波プラズマを生成することができるマイクロ波プラズマ生成装置を開発した。図4に、本発明のマイクロ波プラズマ生成装置におけるマイクロ波プラズマ生成部の斜視図を示す。図4は、マイクロ波プラズマ生成部の一実施形態を示す図である。図4は、本発明のマイクロ波プラズマ生成装置を、何ら限定するものではない。
図4に示すように、マイクロ波プラズマ生成部40は、導波管41と、スロットアンテナ42と、誘電体部43と、誘電体部固定板44と、を有している。導波管41の左端後方には、マイクロ波を伝送する管体部51が接続されている。スロットアンテナ42は、導波管41の上方開口部を塞ぐように配置されている。すなわち、スロットアンテナ42は、導波管41の上壁を形成している。スロットアンテナ42には、複数の長孔状のスロット420が形成されている。誘電体部43は、スロット420を覆うように、スロットアンテナ42の上面に配置されている。
管体部51から伝送されたマイクロ波は、図中上下方向の白抜き矢印Y1で示すように、スロット420を通過して、誘電体部43に入射する。誘電体部43に入射したマイクロ波は、図中左右方向の白抜き矢印Y2で示すように、主に誘電体部43の前面430に沿って伝播する。これにより、マイクロ波プラズマP1が生成される。ここで、スロット420から誘電体部43に入射するマイクロ波の入射方向は、誘電体部43の前面430(プラズマ生成領域側の表面)に平行である。生成するマイクロ波プラズマに沿ってマイクロ波が入射するため、プラズマソースであるマイクロ波がマイクロ波プラズマP1に伝播しやすい。このため、1Pa以下の低圧下においてもプラズマ生成が可能になると考えられる。
このように、本発明のマイクロ波プラズマ生成装置によると、生成するマイクロ波プラズマに沿ってマイクロ波を入射させることにより、1Pa以下の低圧下においても、マイクロ波プラズマを生成することができる。したがって、本発明のマイクロ波プラズマ生成装置を用いると、低圧下でマイクロ波プラズマを照射しながら、マグネトロンスパッタによる成膜を行うことが可能になる。これにより、印加電圧を下げることができるため、クラスター粒子のような粒子径の大きな粒子のターゲットからの飛び出しが、抑制される。また、低圧下でマグネトロンスパッタを行うことにより、不純物の侵入を抑制すると共に、ターゲット粒子の平均自由行程を長くすることができる。これにより、形成される薄膜の膜質が向上する。
また、本発明のマグネトロンスパッタ成膜装置によると、基材付近のプラズマ密度よりも、ターゲット付近のプラズマ密度が大きく、ターゲットの表面において電子サイクロトロン共鳴(ECR)が生じる。また、マイクロ波プラズマをターゲット上に照射することにより、ターゲット表面の電子密度が高くなる。ターゲット表面にECRを生成させることにより、ターゲット表面の電子密度が高くなると共に電子の運動エネルギーが大きくなり、スパッタエネルギーが大きくなる。これにより、ターゲットから飛び出すスパッタ粒子の数が増え、粒子径も大きくなる。その結果、成膜速度が大きくなる。そして、生成したスパッタ粒子は、基材とターゲットとの間に照射されるマイクロ波プラズマにより、微細化され、粒子径が整い、比較的平坦な膜となる。したがって、本発明のマグネトロンスパッタ成膜装置によると、緻密で凹凸が小さく、ガスバリア性が極めて高い薄膜を高速に形成することができる。また、ターゲット表面にECRが生成しない場合と比較して、スパッタエネルギーが大きくなるため、成膜速度が格段に大きくなる。また、ターゲット付近よりも基材付近のプラズマ密度を小さくすることで、プラズマによる基材の損傷を小さくして、基材の熱変形等を抑制することができる。
(2)好ましくは、上記(1)の構成において、前記マイクロ波プラズマ生成装置は、さらに、前記誘電体部の裏面に配置され該誘電体部を支持する支持板と、該支持板の裏面に配置され前記プラズマ生成領域に磁場を形成する永久磁石と、を備え、該誘電体部から該磁場中に伝播する前記マイクロ波によりECRを発生させながらマイクロ波プラズマを照射する構成とする方がよい。
本構成のマイクロ波プラズマ生成装置においては、プラズマ生成領域側の面を「表面」とし、表面に背向する面を「裏面」と称する。本構成においては、生成するマイクロ波プラズマに沿ってマイクロ波を入射させる(上記(1)の構成)と共に、ECRを発生させながらマイクロ波プラズマを照射する。以下に、本構成のマイクロ波プラズマ生成装置におけるマイクロ波プラズマ生成部の一例を説明する。
図5に、本構成のマイクロ波プラズマ生成装置におけるマイクロ波プラズマ生成部の斜視図を示す。図5中、図4と対応する部材は、同じ符号で示す。図5は、マイクロ波プラズマ生成部の一実施形態を示す図である(後述する実施形態参照)。説明の便宜上、ここでは、後述する実施形態において誘電体部の表面側に配置されるスリット板を、省略して示す。図5は、本発明のマイクロ波プラズマ生成装置を、何ら限定するものではない。
図5に示すように、マイクロ波プラズマ生成部40は、導波管41と、スロットアンテナ42と、誘電体部43と、支持板45と、永久磁石46と、を有している。誘電体部43の後方には、支持板45を介して、永久磁石46が八個配置されている。八個の永久磁石46は、いずれも前側がN極、後側がS極である。各々の永久磁石46から前方に向かって、磁力線Mが生じている。これにより、誘電体部43の前方(プラズマ生成領域)には、磁場が形成されている。
生成したマイクロ波プラズマ中の電子は、サイクロトロン角周波数ωceに従って、磁力線M方向に対して右回りの旋回運動を行う。一方、マイクロ波プラズマ中を伝播するマイクロ波は、電子サイクロトロン波と呼ばれる右回りの円偏波を励起する。電子サイクロトロン波が前方に伝播し、その角周波数ωがサイクロトロン角周波数ωceに一致すると、電子サイクロトロン波が減衰し、波動エネルギーが電子に吸収される。すなわち、ECRが生じる。例えば、マイクロ波の周波数が2.45GHzの場合、磁束密度87.5mTで、ECRが生じる。ECRによりエネルギーが増大した電子は、磁力線Mに拘束されながら、周辺の中性粒子と衝突する。これにより、中性粒子が次々に電離する。電離により生じた電子も、ECRにより加速され、さらに中性粒子を電離させる。このようにして、誘電体部43の前方に、高密度のECRプラズマP1ECRが生成される。
このように、本構成のマイクロ波プラズマ生成装置によると、生成するマイクロ波プラズマに沿ってマイクロ波を入射させると共に、ECRを利用してプラズマ密度を大きくすることにより、1Pa以下の低圧下、さらには0.01Pa以下の極低圧下においても、プラズマを生成することができる。したがって、本構成のマイクロ波プラズマ生成装置を用いると、低圧下あるいは極低圧下でECRプラズマを照射しながら、マグネトロンスパッタによる成膜を行うことが可能になる。これにより、ターゲット表面のプラズマ密度を高めることができる。また、ターゲットから飛び出したスパッタ粒子は、基材とターゲットとの間に照射される高密度のECRプラズマにより、微細化される。したがって、本構成のマグネトロンスパッタ成膜装置によると、より緻密で凹凸が小さく、ガスバリア性が極めて高い薄膜を形成することができる。
なお、上記特許文献3には、マイクロ波によりECRを発生させるマイクロ波プラズマ生成装置が開示されている。特許文献3のマイクロ波プラズマ生成装置においては、空芯コイルにより磁場を形成している。しかしながら、空芯コイルを用いると、コイル径等に規制されるため、長尺状の広範囲にプラズマを生成することができない。この点、本構成のマイクロ波プラズマ生成装置によると、長尺状の矩形導波管を用いて、長手方向にスロットを配置することにより、長尺状のECRプラズマを生成することができる。したがって、マグネトロンスパッタ成膜装置に組み込むことにより、大面積の薄膜を形成することができる。
また、上記特許文献4には、ECRを利用したマグネトロンスパッタ成膜装置が開示されている。特許文献4のマグネトロンスパッタ成膜装置においては、成膜する基材の裏側に、磁石を配置して、基材の表面近傍にECRプラズマを生成している。しかしながら、基材の裏側に磁石を配置すると、形成される薄膜の厚さにばらつきが生じやすい。加えて、薄膜が着色しやすいという問題もある。また、特許文献4のマグネトロンスパッタ成膜装置においては、ヘリカルアンテナからマイクロ波を放射している。このため、マイクロ波が、プラズマ生成領域の全体に均一に伝播しにくい。また、磁場による、アンテナからプラズマ生成領域への指向性もない。さらに、ターゲット付近のプラズマ密度を大きくすることができないため、ターゲットの表面にECRは生じない。
この点、本発明のマイクロ波プラズマ生成装置においては、誘電体部の裏面側に永久磁石を配置して、マイクロ波を誘電体部の表面に沿って伝播させる。つまり、基材の近傍には、永久磁石を配置しない。したがって、本発明のマグネトロンスパッタ成膜装置により形成される薄膜においては、厚さのばらつきや着色の問題は生じにくい。
(3)好ましくは、上記(1)または(2)の構成において、前記磁石部材は、前記ターゲットの表面に次式(I)を満たす磁場を形成する構成とする方がよい。
B≧f・2πm/e ・・・(I)
[B:磁束密度(T)、f:マイクロ波の周波数(Hz)、m:電子の質量(kg)、e:電子の電荷(C)]
本構成によると、ターゲットの表面において、確実にECRを生成することができる。
(4)好ましくは、上記(3)の構成において、前記マイクロ波の周波数が2.45GHzの場合、前記磁石部材は、前記ターゲットの表面に磁束密度が87.5mT以上の磁場を形成する構成とする方がよい。
マイクロ波の周波数が2.45GHzの場合、上記式(I)を満足する磁束密度は、87.5mT以上になる。したがって、本構成によると、ターゲットの表面において、確実にECRを生成することができる。
(5)好ましくは、上記(1)ないし(4)のいずれかの構成において、前記スロットアンテナは、前記矩形導波管のH面に配置される構成とする方がよい。
スロットアンテナには、スロットが形成される。矩形導波管のE面にスロットを設けても、マイクロ波放射エネルギーの制御が難しい。本構成によると、矩形導波管のH面の特定位置にスロットが設けられるため、マイクロ波放射エネルギーの制御がしやすく、高密度のプラズマを生成することができる。
(6)好ましくは、上記(1)ないし(5)のいずれかの構成において、前記マイクロ波プラズマ生成装置は、さらに、前記誘電体部の前記表面側に配置されスリットを有するスリット板を備え、該誘電体部の該表面で生成したマイクロ波プラズマは、該スリットを通過して照射される構成とする方がよい。
本構成によると、スリットの大きさや形成する位置を調整することにより、マイクロ波プラズマ(ECRプラズマを含む)の照射方向を調整することができる。すなわち、スリットの大きさや形成する位置を調整して、基材付近のプラズマ密度よりもターゲット付近のプラズマ密度が大きくなるように、マイクロ波プラズマを照射することができる。これにより、基材の熱変形等を抑制しつつ、ターゲットの表面に効率良くECRを生成することができる。
(7)好ましくは、上記(1)ないし(6)のいずれかの構成において、前記磁石部材は、前記バッキングプレートの中央部に配置される中央部磁石と、該中央部磁石を囲むように該バッキングプレートの周縁部に配置される周縁部磁石と、を有し、該中央部磁石のターゲット側端部の極性はN極であり、該周縁部磁石のターゲット側端部の極性はS極である構成とする方がよい。
マイクロ波プラズマ生成装置から照射されるマイクロ波プラズマは、マグネトロンスパッタカソードに配置される磁石部材のS極に引きつけられる。マグネトロンスパッタカソードにおいて、周縁部磁石は、中央部磁石を囲むように配置される。このため、周縁部磁石の方が、中央部磁石よりも、マイクロ波プラズマ生成装置に近い。ここで、マイクロ波プラズマは、ターゲット表面近傍に照射される。したがって、周縁部磁石のターゲット側端部の極性をS極にすると、マイクロ波プラズマをターゲット方向に引き寄せやすくなり、ターゲット表面におけるECRの生成を促進することができる。
(8)好ましくは、上記(1)ないし(7)のいずれかの構成において、前記磁石部材は、前記ターゲットの表面に平衡磁場を形成する構成とする方がよい。
磁石部材によりターゲット表面に形成される磁場は、平衡状態でも非平衡状態でもよい。平衡状態の場合、ターゲット表面で磁場が閉じているため、生成したプラズマは、ターゲット表面に留まりやすい。一方、非平衡状態の場合、磁力線の一部が基材の方向に延びることにより、ターゲット表面のプラズマが、磁力線に沿って基材近傍まで拡散しやすくなる。その結果、プラズマにより、基材が損傷を受けるおそれがある。この点、本構成によると、プラズマによる基材の損傷を小さくして、基材の熱変形等を抑制することができる。
(9)好ましくは、上記(1)ないし(8)のいずれかの構成において、前記基材への成膜は、0.01Pa以上5Pa以下の圧力下で行われる構成とする方がよい。
上述したように、マイクロ波プラズマ生成装置によると、1Pa以下の低圧下でも安定したプラズマを生成することができる。また、マイクロ波プラズマを照射することにより、ターゲット近傍の強磁場中においても、低圧下で安定したプラズマが生成される。後の実施例で示すように、低圧下でスパッタ成膜を行うことにより、ガスバリア性が高い薄膜を、大きな成膜速度で形成することができる。
(10)本発明のマグネトロンスパッタ成膜方法は、上記(1)ないし(9)のいずれかの構成のマグネトロンスパッタ成膜装置を用い、該マグネトロンスパッタ成膜装置のチャンバー内を所定の真空度に保持する減圧工程と、該チャンバー内にガスを導入し、所定の圧力下で、前記ターゲットの表面に生成されるECRプラズマで該ターゲットをスパッタすることにより、前記基材の表面に薄膜を形成する成膜工程と、を有することを特徴とする。
本発明のマグネトロンスパッタ成膜方法によると、ターゲット表面にECRを生成させて、ECRプラズマでターゲットをスパッタすることにより、緻密で凹凸が小さく、ガスバリア性が極めて高い薄膜を形成することができる。また、ターゲット表面にECRが生成しない場合と比較して、スパッタエネルギーが大きくなるため、ガスバリア性が高い薄膜を、大きな成膜速度で形成することができる。また、ターゲット付近よりも基材付近のプラズマ密度が小さいため、プラズマによる基材の損傷を小さくして、基材の熱変形等を抑制することができる。
(11)本発明のフィルム部材は、樹脂フィルムからなる基材と、該基材の表裏少なくとも一方側に配置されるガスバリア膜と、を有し、該ガスバリア膜は、上記(10)の構成のマグネトロンスパッタ成膜方法により形成されることを特徴とする。
本発明のフィルム部材は、ガスバリア性に優れ、表面の凹凸が小さい。したがって、本発明のフィルム部材を用いると、例えば有機ELデバイスにおいて、ホール輸送層や電子輸送性発光層への酸素、水蒸気およびアウトガスの進入を、抑制することができる。また、表面の凹凸が少ないため、電解の集中等が生じにくく、ホール輸送層や電子輸送性発光層の劣化を抑制することができる。その結果、製品寿命を延ばすことができる。
ガスバリア膜は、基材の表裏両側のうち、一方だけに配置されてもよく、両側に配置されてもよい。ガスバリア膜を基材の表裏両側に配置すると、酸素および水蒸気の低透過性を、より向上させることができる。例えば、基材の表裏両側にガスバリア膜を配置する場合には、基材の表面および裏面に対して、上記マグネトロンスパッタ成膜を各々一回ずつ行えばよい。また、基材とガスバリア膜との間には、中間層が配置されてもよい。
以下、本発明のマグネトロンスパッタ成膜装置、マグネトロンスパッタ成膜方法、およびフィルム部材の実施の形態について説明する。
<第一実施形態>
[マグネトロンスパッタ成膜装置]
まず、本実施形態のマグネトロンスパッタ成膜装置の構成について説明する。図1に、本実施形態のマグネトロンスパッタ成膜装置の左右方向断面図を示す。図2に、同マグネトロンスパッタ成膜装置の前後方向断面図を示す。図3に、マグネトロンスパッタカソードにおける磁石部材の上面図を示す。前出図5に、マイクロ波プラズマ生成装置におけるマイクロ波プラズマ生成部の斜視図を示す。説明の便宜上、各々の図面中、部材の厚さや長さを誇張して示す。また、図3においては、磁石部材にハッチングを施して示す。
図1、図2に示すように、マグネトロンスパッタ成膜装置1は、チャンバー8と、基材20と、基材支持部材21と、マグネトロンスパッタカソード3と、マイクロ波プラズマ生成装置4と、を備えている。
チャンバー8は、アルミニウム製であって、直方体箱状を呈している。チャンバー8の左壁には、キャリアガス供給孔80が穿設されている。キャリアガス供給孔80には、アルゴン(Ar)ガスをチャンバー8内に供給するためのガス供給管(図略)の下流端が接続されている。チャンバー8の右壁には、第一ガス供給孔81および第二ガス供給孔82が穿設されている。第一ガス供給孔81には、窒素(N2)ガスをチャンバー8内に供給するためのガス供給管(図略)の下流端が接続されている。同様に、第二ガス供給孔82には、酸素(O2)ガスをチャンバー8内に供給するためのガス供給管(図略)の下流端が接続されている。チャンバー8の下壁には、排気孔83が穿設されている。排気孔83には、チャンバー8の内部のガスを排出するための真空排気装置(図略)が接続されている。
基材支持部材21は、テーブル部210と一対の脚部211とを有する。テーブル部210は、ステンレス鋼製であって、中空の長方形板状を呈している。テーブル部210の内部には、冷却液が充填されている。テーブル部210は、冷却液が循環することにより、冷却されている。一対の脚部211は、テーブル部210の上面に、左右方向に離間して配置されている。一対の脚部211は、各々、ステンレス鋼製であって、円柱状を呈している。一対の脚部211の外周面は、絶縁層で被覆されている。テーブル部210は、一対の脚部211を介して、チャンバー8の上壁に取り付けられている。
基材20は、ポリエチレンナフタレート(PEN)フィルムであり、長方形状を呈している。基材20は、テーブル部210の下面に貼り付けられている。
マグネトロンスパッタカソード3は、ターゲット30と、バッキングプレート31と、磁石部材32と、ケース33と、アースシールド34と、を備えている。
ケース33は、ステンレス鋼製であって、上方に開口する直方体箱状を呈している。ケース33の左右方向長さは1000mm、前後方向長さは100mmである。ケース33は、直流パルス電源35に接続されている。
バッキングプレート31は、銅製であって、長方形板状を呈している。バッキングプレート31の厚さは、10mmである。バッキングプレート31は、ケース33の上部開口を覆うように配置されている。バッキングプレート31の上面は、基材20に対向する対向面に含まれる。バッキングプレート31の下面には、磁石部材32の上端部が収容される溝部310が形成されている。溝部310の深さは、5mmである。
ターゲット30は、アルミニウム製であり、長方形薄板状を呈している。ターゲット30の厚さは6mmである。ターゲット30は、バッキングプレート31の上面に配置されている。ターゲット30は、基材20と対向して配置されている。ターゲット30から基材20までの距離は、100mmである。
磁石部材32は、ケース33の内側に配置されている。磁石部材32は、図3に示すように、18個の中央部磁石320と、38個の周縁部磁石321と、を有している。中央部磁石320および周縁部磁石321は、いずれもネオジム磁石である。中央部磁石320は、各々、幅25mm、長さ50mm、厚さ30mmの直方体状を呈している。中央部磁石320は、ケース33の中央部において、左右方向に連なる直線状に配置されている。中央部磁石320の各々の上端部は、バッキングプレート31の下面に形成された溝部310に収容されている。中央部磁石320の上端部の極性はN極、下端部の極性はS極である。周縁部磁石321は、各々、幅15mm、長さ50mm、厚さ30mmの直方体状を呈している。周縁部磁石321は、ケース33の周縁部にリング状に配置されている。周縁部磁石321は、中央部磁石320を囲むように配置されている。周縁部磁石321の各々の上端部は、バッキングプレート31の下面に形成された溝部310に収容されている。周縁部磁石321の上端部の極性はS極、下端部の極性はN極である。
中央部磁石320および周縁部磁石321により、ターゲット30の上面に平衡磁場M1が形成されている。ターゲット30の上面における磁束密度は、中央部が320mT、周縁部が190mTである。
アースシールド34は、ケース33、ターゲット30、およびバッキングプレート31の周囲を囲うように配置されている。ケース33の下面周縁部とチャンバー8の下壁との間には、アースシールド34が介在している。
マイクロ波プラズマ生成装置4は、マイクロ波プラズマ生成部40と、マイクロ波伝送部50と、を備えている。マイクロ波伝送部50は、管体部51と、マイクロ波電源52と、マイクロ波発振器53と、アイソレータ54と、パワーモニタ55と、EH整合器56と、を有している。マイクロ波発振器53、アイソレータ54、パワーモニタ55、およびEH整合器56は、管体部51により連結されている。管体部51は、チャンバー8の後壁に穿設された導波孔を通って、マイクロ波プラズマ生成部40の導波管41の後側に接続されている。
マイクロ波プラズマ生成部40は、導波管41と、スロットアンテナ42と、誘電体部43と、支持板45と、永久磁石46と、スリット板47と、を有している。図5に示すように、導波管41は、アルミニウム製であって、上方に開口する直方体箱状を呈している。導波管41は、左右方向に延在している。導波管41は、本発明における矩形導波管に含まれる。スロットアンテナ42は、アルミニウム製であって、長方形板状を呈している。スロットアンテナ42は、導波管41の開口部を上方から塞いでいる。すなわち、スロットアンテナ42は、導波管41の上壁を形成している。スロットアンテナ42は、導波管41のH面に配置されている。スロットアンテナ42には、スロット420が四つ形成されている。スロット420は、左右方向に延びる長孔状を呈している。スロット420は、電界が強い位置に配置されている。
誘電体部43は、石英製であって、直方体状を呈している。誘電体部43は、スロットアンテナ42の上面前側に配置されている。誘電体部43は、スロット420を上方から覆っている。前述したように、誘電体部43の前面430は、スロット420から入射するマイクロ波の入射方向Y1に対して平行に配置されている。前面430は、誘電体部におけるプラズマ生成領域側の表面に含まれる。
支持板45は、ステンレス鋼製であって、平板状を呈している。支持板45は、スロットアンテナ42の上面において、誘電体部43の後面(裏面)に接するように配置されている。支持板45の内部には、冷媒通路450が形成されている。冷媒通路450は、左右方向に延在するU字状を呈している。冷媒通路450の右端は、冷却管451に接続されている。冷媒通路450は、冷却管451を介して、チャンバー8の外部において、熱交換器およびポンプ(共に図略)に接続されている。冷却液は、冷媒通路450→冷却管451→熱交換器→ポンプ→冷却管451→再び冷媒通路450という経路を循環している。冷却液の循環により、支持板45は冷却されている。
永久磁石46は、ネオジム磁石であり、直方体状を呈している。永久磁石46は、支持板45の後面(裏面)に八個配置されている。八個の永久磁石46は、左右方向に連続して直列に配置されている。八個の永久磁石46は、いずれも前側がN極、後側がS極である。各々の永久磁石46から前方に向かって、磁力線Mが生じている。これにより、誘電体部43の前方のプラズマ生成領域に、磁場が形成されている。
スリット板47は、ステンレス鋼製であって、左右方向に延在する平板状を呈している。スリット板47は、誘電体部43の前方を覆うように、配置されている。スリット板47は、導波管41の前壁および取付部材48により、支持されている。スリット板47の中央付近には、左右方向に延びるスリット470が形成されている。スリット470は、幅25mmの長孔状を呈している。
[マグネトロンスパッタ成膜方法]
次に、マグネトロンスパッタ成膜装置1による成膜方法について説明する。本実施形態においては、PENフィルム(基材)の表面に、ガスバリア膜としての酸窒化アルミ膜(AlON膜)を成膜する。本実施形態のマグネトロンスパッタ成膜方法は、減圧工程と成膜工程とを有している。減圧工程においては、真空排気装置(図略)を作動させて、チャンバー8の内部のガスを排気孔83から排出し、チャンバー8の内部を約0.008Paの減圧状態にする。
成膜工程においては、まず、キャリアガスのArガスをチャンバー8内へ供給する。続いて、原料ガスのN2ガスをチャンバー8内へ供給する。これにより、チャンバー8内の圧力を、約0.4Paにする。また、必要に応じて、原料ガスのO2ガスをチャンバー8内へ供給する。
次に、マイクロ波電源52をオンにする。マイクロ波電源52をオンにすると、マイクロ波発振器53が、周波数2.45GHzのマイクロ波を発生する。発生したマイクロ波は、管体部51内を伝播する。ここで、アイソレータ54は、マイクロ波プラズマ生成部40から反射されたマイクロ波が、マイクロ波発振器53に戻るのを抑制する。パワーモニタ55は、発生したマイクロ波の出力と、反射したマイクロ波の出力と、をモニタリングする。EH整合器56は、マイクロ波の反射量を調整する。管体部51内を通過したマイクロ波は、導波管41の内部を伝播する。導波管41の内部を伝播するマイクロ波は、スロットアンテナ42のスロット420に進入する。そして、図5中白抜き矢印Y1で示すように、スロット420を通過して、誘電体部43に入射する。誘電体部43に入射したマイクロ波は、同図中白抜き矢印Y2で示すように、主に誘電体部43の前面430に沿って伝播する。このマイクロ波の強電界により、アルゴンガスが電離して、誘電体部43の前方にマイクロ波プラズマが生成される。生成したマイクロ波プラズマは、スリット470を通過して前方およびターゲット30方向に照射される。
マイクロ波プラズマ中の電子は、サイクロトロン角周波数に従って、磁力線M方向に対して右回りの旋回運動を行う。一方、マイクロ波プラズマ中を伝播するマイクロ波は、電子サイクロトロン波を励起する。電子サイクロトロン波の角周波数は、磁束密度87.5mTで、サイクロトロン角周波数に一致する。これにより、ECRが生じる。ECRによりエネルギーが増大した電子は、磁力線Mに拘束されながら、周辺の中性粒子と衝突する。これにより、中性粒子が次々に電離する。電離により生じた電子も、ECRにより加速され、さらに中性粒子を電離させる。このようにして、ECRプラズマが生成される。
次に、直流パルス電源35をオンにして、マグネトロンスパッタカソード3に電圧を印加する。ターゲット30の上面における磁束密度は、中央部が320mT、周縁部が190mTである。これにより、ターゲット30の上面には、マグネトロン放電および照射されたマイクロ波プラズマによりECRが生じ、ECRプラズマP2が生成する。ECRプラズマP2の密度は、基材20付近よりもターゲット30付近で大きい。生成したECRプラズマP2(アルゴンイオン)によりターゲット30をスパッタして、ターゲット30からスパッタ粒子を叩き出す。ターゲット30から飛び出したスパッタ粒子は、N2ガスおよびO2ガスと反応しながら基材20に向かって飛散して、基材20の下面に付着する。基材20に向かう間においても、スパッタ粒子にECRプラズマが照射される。このようにして、基材20の下面に、AlON膜を形成する。基材20(PENフィルム)とAlON膜とからなるフィルム部材は、本発明のフィルム部材に含まれる。
[作用効果]
次に、本実施形態のマグネトロンスパッタ成膜装置、マグネトロンスパッタ成膜方法、およびフィルム部材の作用効果について説明する。
本実施形態のマイクロ波プラズマ生成装置4において、誘電体部43の前面430は、スロットアンテナ42に対して垂直に配置されている。これにより、スロット420から誘電体部43へ入射するマイクロ波の入射方向Y1が、誘電体部43の前面430に対して平行になる。この場合、マイクロ波は、生成するマイクロ波プラズマに沿うように入射される。したがって、プラズマソースであるマイクロ波がマイクロ波プラズマに伝播しやすい。
また、誘電体部43の前方には、磁場が形成されている。磁力線Mは、誘電体部43から前方に延びている。誘電体部43からマイクロ波が磁場中に伝播することにより、ECRが発生する。これにより、誘電体部43の前方に、ECRプラズマが生成される。このように、マイクロ波プラズマ生成装置4によると、生成するマイクロ波プラズマに沿ってマイクロ波を入射させると共に、ECRを利用してプラズマ密度を大きくすることにより、0.4Pa程度の低圧下においても、ECRプラズマを生成することができる。
マグネトロンスパッタ成膜装置1によると、ターゲット30の上面においてECRが生じている。このため、ターゲット30上面の電子密度が高くなると共に電子の運動エネルギーが大きくなり、スパッタエネルギーが大きくなる。これにより、粒子径が比較的大きく、かつ粒子径のばらつきが小さいスパッタ粒子が生成される。そして、生成したスパッタ粒子は、基材20とターゲット30との間に照射されるECRプラズマにより、微細化される。したがって、マグネトロンスパッタ成膜装置1によると、緻密で凹凸が小さく、ガスバリア性が極めて高いAlON膜を形成することができる。また、ターゲット30上面にECRが生成しない場合と比較して、スパッタエネルギーが大きくなるため、成膜速度を大きくすることができる。また、ターゲット30付近のプラズマ密度よりも、基材20付近のプラズマ密度の方が小さい。したがって、プラズマによる基材20の損傷が小さく、基材20の熱変形等が抑制される。
ターゲット30の上面には、中央部磁石320および周縁部磁石321により、平衡磁場M1が形成されている。この場合、ターゲット30上面に生成したECRプラズマP2は、基材20方向に拡散しにくい。したがって、プラズマによる基材20の熱変形等を抑制することができる。ターゲット30の上面の磁束密度は、中央部が320mT、周縁部が190mTである。マイクロ波プラズマ生成装置4にて使用するマイクロ波周波数は、2.45GHzである。したがって、ターゲット30の上面に、確実にECRが生成される。マイクロ波プラズマ生成装置4に近い周縁部磁石321の上端部の極性は、S極である。よって、マイクロ波プラズマ生成装置4から照射されるマイクロ波プラズマを、ターゲット30方向に引き寄せることができる。これにより、ECRの生成を促進することができる。
マイクロ波プラズマ生成部40において、誘電体部43の前方には、スリット板47が配置されている。スリット板47には、幅25mmの長孔状のスリット470が、形成されている。誘電体部43の前面430で生成したマイクロ波プラズマを、スリット470を通過させることにより、ECRプラズマを、基材20方向ではなくターゲット30方向に照射することができる。これにより、ターゲット30付近のプラズマ密度を、基材20付近のプラズマ密度よりも大きくすることができる。その結果、基材20の熱変形等を抑制しつつ、ターゲット30の上面に効率良くECRを生成させることができる。
マイクロ波プラズマ生成装置4において、導波管41は、左右方向に延びる長尺の箱状を呈している。スロット420は、左右方向に直列に配置されている。したがって、マイクロ波プラズマ生成装置4によると、長尺状のECRプラズマを生成することができる。よって、マグネトロンスパッタ成膜装置1によると、長尺状の大面積のAlON膜を形成することができる。また、八個の永久磁石46は、誘電体部43の後方に配置されている。そして、誘電体部43の前方に形成された磁場中に、マイクロ波を伝播させる。このため、マイクロ波が、プラズマ生成領域の全体に均一に伝播しやすい。また、八個の永久磁石46は、支持板45の後面に配置されている。支持板45の内部には、冷媒通路450が形成されている。冷却液が冷媒通路450を通って循環することにより、支持板45は冷却されている。このため、永久磁石46の温度が上昇しにくい。したがって、温度上昇により、永久磁石46の磁性が低下するおそれは小さい。よって、プラズマ生成時においても、安定した磁場が形成される。
本実施形態のマグネトロンスパッタ成膜方法により形成されたAlON膜は、緻密で表面の凹凸が小さく、ガスバリア性が極めて高い。したがって、製造されたフィルム部材は、有機ELデバイス等に好適である。
<第二実施形態>
本実施形態のマグネトロンスパッタ成膜装置と第一実施形態のマグネトロンスパッタ成膜装置との相違点は、中央部磁石の幅を小さくして磁力を弱めることにより、ターゲットの上面に非平衡磁場を形成した点である。したがって、ここでは相違点についてのみ説明する。
本実施形態のマグネトロンスパッタカソードにおいても、第一実施形態と同様に、磁石部材は、18個の中央部磁石と、38個の周縁部磁石と、を有している(前出図3参照)。本実施形態においては、中央部磁石として、幅15mm、長さ50mm、厚さ30mmの直方体状のネオジム磁石を用いた。これにより、ターゲットの上面に非平衡磁場が形成される。ターゲットの上面における磁束密度は、中央部が240mT、周縁部が180mTである。
本実施形態のマグネトロンスパッタ成膜装置、およびマグネトロンスパッタ成膜方法は、構成が共通する部分については、第一実施形態のマグネトロンスパッタ成膜装置、およびマグネトロンスパッタ成膜方法と同様の作用効果を有している。また、本実施形態のマグネトロンスパッタ成膜装置においては、中央部磁石と周縁部磁石との磁力バランスを崩すことにより、ターゲット上面に非平衡状態を形成した。この場合、磁力線の一部が基材の方向に延びるため、ターゲット表面に生成したプラズマが、磁力線に沿って基材近傍まで拡散する。したがって、本実施形態のマグネトロンスパッタ成膜装置、およびマグネトロンスパッタ成膜方法によると、成膜速度をより大きくすることができる。
<その他>
以上、本発明のマグネトロンスパッタ成膜装置、およびマグネトロンスパッタ成膜方法の実施形態について説明した。しかしながら、マグネトロンスパッタ成膜装置、およびマグネトロンスパッタ成膜方法の実施の形態は上記形態に限定されるものではない。当業者が行いうる種々の変形的形態、改良的形態で実施することも可能である。
例えば、上記実施形態においては、マグネトロンスパッタカソードにおける磁石部材を、中央部磁石および周縁部磁石により構成した。しかし、磁石部材は、ターゲットの表面にECRが生成される磁場を形成できればよく、磁石部材の構成、配置形態、使用する磁石の種類、数、大きさ等は、特に限定されない。例えば、磁石として、ネオジム磁石ではなく、サマリウムコバルト磁石を用いてもよい。上記実施形態においては、中央部磁石のターゲット側端部の極性をN極に、周縁部磁石のターゲット側端部の極性をS極にした。しかし、中央部磁石と周縁部磁石とを、各々、極性を反対にして配置してもよい。また、マイクロ波の周波数に応じて、ターゲット表面の磁束密度を変更してもよい。上記実施形態においては、マイクロ波プラズマの生成に、周波数2.45GHzのマイクロ波を用いた。しかし、マイクロ波の周波数は、2.45GHz帯に限定されるものではなく、300MHz〜100GHzの周波数帯であれば、いずれの周波数帯を用いてもよい。この範囲の周波数帯としては、例えば、8.35GHz、1.98GHz、915MHz等が挙げられる。
上記実施形態においては、マイクロ波プラズマ生成部の誘電体部の前方にスリット板を配置した。この場合、スリット幅は、上記実施形態に限定されない。スリット幅を調整することにより、マイクロ波プラズマ(ECRプラズマ)の照射方向を調整すればよい。また、スリット板を配置しなくてもよい。例えば、マイクロ波プラズマ生成部の角度を変えるなどして、マイクロ波プラズマを、ターゲット方向に照射してもよい。
上記実施形態においては、誘電体部の裏面側に永久磁石を配置して、ECRを発生させながらマイクロ波プラズマを照射した。しかし、前出図4に示したように、永久磁石を備えないマイクロ波プラズマ生成部を用いて、ECRを発生させずにマイクロ波プラズマを照射してもよい。
スロットアンテナの材質、スロットの数、形状、配置等は、特に限定されない。例えば、スロットアンテナの材質は、非磁性の金属であればよく、アルミニウムの他、ステンレス鋼や真鍮等でも構わない。また、スロットは、一列ではなく、二列以上に配置されていてもよい。スロットの数は、奇数個でも偶数個でもよい。また、スロットの配置角度を変えて、ジグザグ状に配置してもよい。誘電体部の材質、形状についても、特に限定されない。誘電体部の材質としては、誘電率が低く、マイクロ波を吸収しにくい材料が望ましい。例えば、石英の他、酸化アルミニウム(アルミナ)等が好適である。
誘電体部の前方(プラズマ生成領域)に磁場を形成する永久磁石は、ECRを発生させることができれば、その形状、種類、個数、配置形態等は特に限定されない。例えば、永久磁石を一つだけ配置してもよく、複数個を二列以上に配置してもよい。
永久磁石は、支持板を介して誘電体部の裏面側に配置される。このため、プラズマを生成する際、永久磁石の温度が上昇しやすい。永久磁石の温度がキュリー温度以上になると、磁性が失われてしまう。このため、上記実施形態においては、永久磁石の温度上昇を抑制するため、支持板の冷却手段として、冷媒通路および冷却液を配置した。しかし、支持板の冷却手段の構成は、特に限定されない。支持板の材質や形状も、特に限定されない。また、支持板は、冷却手段を有さなくてもよい。
上記実施形態においては、ターゲットとしてアルミニウムを用い、チャンバー内にArガス、N2ガス、およびO2ガスを導入して、AlON膜を成膜した。しかし、形成する薄膜の種類は、特に限定されない。ターゲットの材料およびガス組成についても、形成する薄膜の種類に応じて、適宜選択すればよい。例えば、ターゲットに酸化インジウム−酸化錫の複合酸化物(ITO)を用い、チャンバー内にArガスを導入すると、ITO膜を成膜することができる。上記実施形態においては、約0.4Paの圧力下で成膜を行った。しかし、成膜時の圧力は、特に限定されない。成膜は、プラズマの安定生成と、成膜速度等を考慮して、適宜最適な圧力下で行えばよい。
基材についても、用途に応じて適宜選択すればよい。上記実施形態のPENフィルムの他、例えば、ポリエチレンテレフタレート(PET)フィルム、ポリフェニレンサルファイド(PPS)フィルム、ポリアミド(PA)6フィルム、PA11フィルム、PA12フィルム、PA46フィルム、ポリアミドMXD6フィルム、PA9Tフィルム、ポリイミド(PI)フィルム、ポリカーボネート(PC)フィルム、フッ素樹脂フィルム、エチレン−ビニルアルコール共重合体(EVOH)フィルム、ポリビニルアルコール(PVA)フィルム、ポリエチレン(PE)、ポリプロピレン(PP)、シクロオレフィンポリマー等のポリオレフィンフィルム等を使用することができる。
チャンバー、基材支持部材、マグネトロンスパッタカソードにおけるバッキングプレート、ケースの材質や形状についても、特に限定されない。例えば、チャンバーは金属製であればよく、なかでも導電性の高い材料を採用することが望ましい。基材支持部材のテーブル部は、冷却されなくてもよい。バッキングプレートには、非磁性の導電性材料を用いればよい。なかでも、導電性および熱伝導性が高い銅等の金属材料が望ましい。ケースには、ステンレス鋼の他、アルミニウム等の金属を用いることができる。
次に、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明する。
<AlON膜の表面状態>
(1)実施例1
上記第一実施形態のマグネトロンスパッタ成膜装置を用いて、PENフィルムの表面にAlON膜を形成した。以下、部材の符号は、前出図1〜図3および図5に対応している。PENフィルムとしては、帝人デュポンフィルム(株)製「テイジン(登録商標)テトロン(登録商標)フィルムQ65FA(厚さ200μm)」を使用した。
まず、減圧工程において、真空排気装置(図略)を作動させて、チャンバー8の内部のガスを排気孔83から排出し、チャンバー8内を約0.008Paの減圧状態にした。次に、成膜工程において、Arガスを供給し、チャンバー8の内部圧力を0.7Paとした後、基材20の下面のクリーニング等のため、マイクロ波発振器53の出力を1.2kWにして、マイクロ波プラズマ処理を0.5分間行った。その後、一旦、マイクロ波発振器53の出力をOFFにし、N2ガスおよびO2ガスを流量調整しながら供給して、チャンバー8の内部圧力を0.42Paにした。そして、マイクロ波発振器53の出力を1.2kWとしてECRプラズマを照射すると共に、直流パルス電源35(日本MKS(株)製「RPG−100、Pulsed DC Plasma Generator」)の出力2kW、周波数100kHz、パルス幅3056nsの条件にてマグネトロンスパッタカソード3に電圧を印加して、スパッタ成膜を行った。
(2)比較例1
マグネトロンスパッタカソード3の構成を変更し、かつ、ECRプラズマを照射せずにAlON膜を成膜した。実施例1で使用したマグネトロンスパッタカソード3との相違点は、次の通りである。まず、磁石部材32として、上記実施形態よりも磁力の低い磁石を使用した。次に、バッキングプレート31の下面に溝部310を形成しないことにより、上記実施形態よりも、磁石部材32を5mm下方に配置した。こうすることにより、ターゲット30上面に、中央部の磁束密度が50mT、周縁部の磁束密度が20mTの平衡磁場を形成した。そして、成膜時の圧力を0.7Paにして、上記実施例1と同じ条件でマグネトロンスパッタカソード3に電圧を印加して、5分間、スパッタ成膜を行った。
(3)表面状態の評価
実施例1および比較例1のAlON膜の表面を、走査型プローブ顕微鏡(SPM)で観察した。図6に、比較例1のAlON膜のSPM写真を示す。図7に、実施例1のAlON膜のSPM写真を示す。
図6、図7を比較すると、実施例1のAlON膜(図7)の方が、比較例1のAlON膜(図6)よりも、膜質がきめ細やかで均一であることがわかる。具体的には、実施例1のAlON膜の粒子径は、65〜110nm程度であった。また、表面粗さを測定したところ(JIS B0601:2001)、Ra=1.8nm、Rz=15.8nmであった。一方、比較例1のAlON膜の粒子径は、100〜350nm程度とばらつきが大きかった。表面粗さについては、Ra=2.7nm、Rz=53.0nmであった。
<成膜速度>
実施例1に加えて、さらに次の方法でAlON膜を成膜し、各々の成膜速度を比較した。
(1)実施例2
非平衡磁場が形成されるマグネトロンスパッタカソードを備える上記第二実施形態のマグネトロンスパッタ成膜装置を用いた以外は、上記実施例1と同様にして、PENフィルムの表面にAlON膜を形成した。なお、成膜時間は、3分間とした。
(2)比較例2
実施例1で使用したマグネトロンスパッタ成膜装置において、マグネトロンスパッタカソード3の構成を変更し、かつ、マイクロ波プラズマ生成部40のスリット470の幅を5mmに変更して、AlON膜を成膜した。実施例1で使用したマグネトロンスパッタカソード3との相違点は、上記比較例1と同じである。本構成のマグネトロンスパッタ成膜装置においては、ターゲット30の上面に、ECRは生じない。供給するN2ガスおよびO2ガスの流量を調整し、成膜時の圧力を0.7Paにして、上記実施例1と同様に、5分間、スパッタ成膜を行った。
実施例1、2および比較例2の成膜条件等を、表1に示す。
(3)成膜速度の評価
成膜されたAlON膜の厚さと成膜時間とから、成膜速度を算出した。図8に、実施例1、2および比較例2の成膜速度をグラフで示す。図8に示すように、比較例2と比較して、実施例1、2の成膜速度は、大幅に大きくなった。これは、実施例1、2においては、ターゲット上面にECRが生成されるため、スパッタエネルギーが大きくなったためと考えられる。なお、実施例2においては、成膜速度は大きいが、基材の熱変形が若干認められた。
<ガスバリア性>
実施例1、2および比較例2の成膜方法で得られたフィルム部材(PENフィルム/AlON膜)のガス透過率を測定した。なお、実施例1、比較例2については、成膜時間を変更して、種々のAlON膜を成膜した。ガス透過率の測定は、JIS K7126−1:2006、附属書2に準じて行った。測定には、ヘリウム(He)ガスを使用し、PENフィルム側からHeガスを供給した。図9に、各々のフィルム部材における成膜時間とガス透過比率との関係を示す。ここで、「ガス透過比率」とは、PENフィルムの透過率を100%とした時の各フィルム部材の透過比率である。ガス透過比率の値が小さいほど、ガスバリア性が高いことを示す。
図9に示すように、実施例1と比較例2とにおいて、同等のガス透過比率が達成されているフィルム部材同士を比較すると、実施例1は比較例2よりも、成膜時間が約1/5に短縮されることがわかる。また、同じ成膜時間のフィルム部材同士を比較すると、実施例1は比較例2よりも、ガス透過比率が約1/4になった。つまり、実施例1の成膜方法によると、比較例2の成膜方法と比較して、AlON膜のガスバリア性が大幅に向上していることがわかる。同様に、実施例2と比較例2とを比較すると、実施例2の成膜方法において、成膜時間の短縮とガスバリア性の向上が実現されることがわかる。以上より、本発明のマグネトロンスパッタ成膜装置およびマグネトロンスパッタ成膜方法によると、ガスバリア性に優れるAlON膜を短時間で形成できることが確認された。
<成膜時の圧力の影響>
実施例1の成膜方法において、成膜時の圧力(反応圧力)を変更してAlON膜を成膜し、フィルム部材のガス透過比率および成膜速度に対する圧力の影響を調べた。結果を図10に示す。
図10に示すように、0.4Pa、0.5Pa、0.7Paの圧力において比較すると、圧力が0.7Paになると、成膜速度が低下し、ガス透過比率が大きくなる(つまりガスバリア性が低下する)ことが確認された。
<マイクロ波プラズマの出力の影響>
実施例1の成膜方法において、マイクロ波プラズマの出力を1.4kWに変更し、成膜時間を2分間にして、AlON膜を成膜し、フィルム部材のガス透過比率に対するマイクロ波プラズマの出力の影響を調べた。結果を図11に示す。
図11に示すように、マイクロ波プラズマの出力を大きくすると、ガス透過比率は小さくなった。つまり、マイクロ波プラズマの出力を大きくすると、AlON膜のガスバリア性が向上することが確認された。