本発明において、好適には、前記フィルタ処理は、ローパスフィルターを掛けることであり、そのローパスフィルターに用いられる時定数は、前記係合装置のスリップ量の変化度合、前記エンジンの運転状態、前記回転速度の時間変化率、又は運転者による車両に対する駆動要求量等に基づいて変更される。このようにすれば、種々の状況に合わせた適切なフィルタ処理を施すことができる。例えば、各回転機の回転速度の変動の影響を抑制することを優先したり、係合装置の伝達トルクの推定値の算出を応答性良くすることを優先したりすることができる。
また、好適には、前記差動機構の出力回転部材と前記駆動輪との間の動力伝達経路の一部を構成する変速機を備えても良い。この変速機は、常時噛み合う複数対の変速ギヤを2軸間に備える公知の同期噛合型平行2軸式変速機等の手動変速機、公知の遊星歯車式自動変速機、同期噛合型平行2軸式変速機ではあるがアクチュエータによりギヤ段が自動的に切換られる同期噛合型平行2軸式自動変速機、その同期噛合型平行2軸式自動変速機であるが入力軸を2系統備える公知のDCT(Dual Clutch Transmission)、或いは公知のベルト式無段変速機やトロイダル式無段変速機などにより構成される。
また、好適には、前記係合装置は、単独で設けられても良いが、前記変速機と共に設けられても良い。前記無段変速機と共に設けられる場合、前後進切換装置を構成する係合装置を、前記係合装置としても良い。また、前記遊星歯車式自動変速機を構成する係合装置を、前記係合装置とする場合、前記遊星歯車式自動変速機とは別に単独で設けられなくても良い。
また、好適には、前記係合装置は、油圧アクチュエータによって係合させられる多板式、単板式のクラッチやブレーキ、或いはベルト式のブレーキ等の油圧式摩擦係合装置が広く用いられる。この油圧式摩擦係合装置を係合作動させる為の作動油を供給するオイルポンプは、例えば前記エンジンにより回転駆動されて作動油を吐出するものでも良いが、そのエンジンとは別に配設された専用の電動モータなどで回転駆動されるものでも良い。
また、好適には、前記油圧式摩擦係合装置を含む油圧制御回路は、例えば電磁弁装置としてのソレノイドバルブの出力油圧を直接的に油圧式摩擦係合装置の油圧アクチュエータ(油圧シリンダ)にそれぞれ供給することが応答性の点で望ましいが、そのソレノイドバルブの出力油圧をパイロット油圧として用いることによりコントロールバルブ(制御弁)を制御して、そのコントロールバルブから油圧アクチュエータに作動油を供給するように構成することもできる。また、上記ソレノイドバルブは、例えば複数の油圧式摩擦係合装置の各々に対応して1つずつ設けられるが、同時に係合したり係合、解放制御したりすることがない複数の油圧式摩擦係合装置が存在する場合には、それ等に共通のソレノイドバルブを設けることもできるなど、種々の態様が可能である。
尚、本明細書で「油圧を供給する」という場合は、「油圧を作用させ」或いは「その油圧に制御された作動油を供給する」ことを意味する。また、本明細書では、「回転数」とは、「単位時間当たりの回転数」すなわち「回転速度(rpm)」を意味している。例えば、エンジンの回転数はエンジンの回転速度を、回転数時間変化率は回転速度時間変化率をそれぞれ意味している。
図1は、本発明が適用される車両10に備えられた動力伝達装置12の概略構成を説明する図であると共に、車両10における各種制御の為の制御系統の要部を説明する図である。図1において、車両10は、エンジン14と第1回転機MG1と第2回転機MG2とを備えたハイブリッド車両である。動力伝達装置12は、エンジン14と第1回転機MG1と第2回転機MG2とが複数の回転部材(回転要素)の何れかに動力伝達可能に連結された差動機構としての動力分配機構16と、動力分配機構16の出力回転部材である伝達部材18と駆動輪24との間の動力伝達経路の一部を構成する変速機20とを備えている。この動力伝達装置12は、例えばFR(フロントエンジン・リアドライブ)車両等に好適に用いられる。動力伝達装置12において、エンジン14や第2回転機MG2から出力される動力(特に区別しない場合にはトルクや力も同義)は、伝達部材18に伝達され、その伝達部材18から変速機20や差動歯車装置22を介して左右一対の後輪(駆動輪)24に伝達される。
エンジン14は、車両10の主動力源であり、例えばガソリンエンジンやディーゼルエンジン等、所定の燃料を燃焼させて動力を出力させる公知の内燃機関である。このエンジン14は、例えば後述する電子制御装置70によってスロットル開度或いは吸入空気量、燃料供給量、点火時期等の運転状態が電気的に制御されることにより、エンジン14の出力トルクであるエンジントルクTeが制御される。
第1回転機MG1及び第2回転機MG2は、駆動トルクを発生させる電動機(モータ)としての機能及び発電機(ジェネレータ)としての機能のうち少なくとも一方を備えた例えば同期電動機であって、好適には、発動機又は発電機として選択的に作動させられるモータジェネレータである。これら第1回転機MG1及び第2回転機MG2は、例えばインバータ26を介してバッテリやコンデンサ等の蓄電装置28に接続されており、後述する電子制御装置70によってインバータ26が制御されることにより、第1回転機MG1及び第2回転機MG2の各々の出力トルク(或いは回生トルク)であるMG1トルクTg及びMG2トルクTmが制御される。
動力分配機構16は、サンギヤSと、そのサンギヤSに対して同心円上に配置されたリングギヤRと、それらサンギヤS及びリングギヤRに噛み合うピニオンギヤPを自転且つ公転自在に支持するキャリアCAとを三つの回転要素(回転部材)として備える公知のシングルピニオン型の遊星歯車装置から構成されており、差動作用を生じる差動機構として機能する。動力伝達装置12において、エンジン14は、ダンパ30を介して動力分配機構16のキャリアCAに連結されている。これに対してサンギヤSには第1回転機MG1が連結され、伝達部材18が一体的に連結されたリングギヤRには第2回転機MG2が連結されている。動力分配機構16において、キャリアCAは入力要素として機能し、サンギヤSは反力要素として機能し、リングギヤRは出力要素として機能している。
動力分配機構16における各回転要素の回転速度の相対的関係は、図2の共線図により示される。この共線図において、縦軸S(g軸)、縦軸CA(e軸)、及び縦軸R(m軸)は、サンギヤSの回転速度、キャリアCAの回転速度、及びリングギヤRの回転速度をそれぞれ表す軸であり、縦軸S、縦軸CA、及び縦軸Rの相互の間隔は、縦軸Sと縦軸CAとの間隔を1としたとき、縦軸CAと縦軸Rとの間隔がρ(すなわち動力分配機構16のギヤ比(歯車比)ρ=サンギヤSの歯数Zs/リングギヤRの歯数Zr)となるように設定されたものである。動力分配機構16において、キャリアCAに入力されるエンジントルクTeに対して、第1回転機MG1による負トルクである反力トルクが正回転にてサンギヤSに入力されると、出力要素となっているリングギヤRには正回転にて正トルクとなるエンジン直達トルクTd(=Te/(1+ρ)=−(1/ρ)×Tg)が現れる。このとき、正回転にて負トルクを発生する第1回転機MG1は発電機として機能する。すなわち、エンジン14が動力伝達可能に連結された第1回転要素RE1としてのキャリアCAと第1回転機MG1が動力伝達可能に連結された第2回転要素RE2としてのサンギヤSと第2回転機MG2が動力伝達可能に連結された出力回転部材である第3回転要素RE3としてのリングギヤRとの3つの回転要素を有する動力分配機構16を備えて、第1回転機MG1の運転状態が制御されることにより動力分配機構16の差動状態が制御される電気式差動部としての電気式無段変速機17(図1参照)が構成される。つまり、エンジン14が動力伝達可能に連結された差動機構としての動力分配機構16と動力分配機構16に動力伝達可能に連結された差動用電動機としての第1回転機MG1とを有して、第1回転機MG1の運転状態が制御されることにより動力分配機構16の差動状態が制御される電気式無段変速機17が構成される。従って、電気式無段変速機17は、その変速比γ0(=e軸の回転速度であるエンジン回転速度ωe/m軸の回転速度であるMG2回転速度ωm)を連続的に変化させて電気的な無段変速機として作動させられる。そして、エンジン14の動力は、この電気式無段変速機17を介して伝達部材18に伝達される。
この電気式無段変速機17は、動力分配機構16の3つの回転要素のうちの2つの回転要素における回転速度が決まると残りの1つの回転要素における回転速度が決まるという、2自由度である。例えば、リングギヤRの回転速度が一定であるとき、MG1回転速度ωgを上昇或いは下降させることで、エンジン回転速度ωeを連続的に(無段階に)変化させることができる。図2の破線はMG1回転速度ωgを実線に示す値から下げたときにエンジン回転速度ωeが低下する状態を示している。従って、電気式無段変速機17では、第1回転機MG1を制御することで、例えば燃費が最も良いエンジン14の動作点(例えばエンジン回転速度ωeとエンジントルクTeとで定められるエンジン14の運転点;以下、エンジン動作点という)に沿ってエンジン14を作動させることができる。
図1に戻り、変速機20は、電気式無段変速機17と駆動輪24との間の動力伝達経路に直列に設けられたものであり、例えば1組乃至複数組の遊星歯車装置と複数の係合装置(係合要素)とを有し、その係合装置によって変速比(ギヤ比)γ(=変速機入力回転速度ωi/変速機出力回転速度ωo)が異なる複数の変速段(ギヤ段)が選択的に成立させられる公知の遊星歯車式自動変速機である。例えば、変速機20は、複数の係合装置の何れかの掴み替えにより(すなわち係合装置の係合と解放との切替えにより)変速が実行される、所謂クラッチツゥクラッチ変速を行う有段変速機である。
前記複数の係合装置はそれぞれ、エンジン14や第2回転機MG2からの動力を受ける変速機入力軸32と駆動輪24に動力を伝達する変速機出力軸34との間で回転とトルクとを伝達する油圧式の摩擦係合装置であって、伝達部材18と駆動輪24との間の動力伝達経路に介装された係合装置として機能する。また、係合装置は、油圧制御回路36によってそれぞれ係合と解放とが制御され、その油圧制御回路36内のソレノイドバルブ等の調圧によりそれぞれのトルク容量すなわち係合力が変化させられて、それが介挿されている両側の部材を選択的に連結する。本実施例では、便宜上、前記複数の係合装置をクラッチCと称すが、クラッチCはクラッチ以外にも公知のブレーキ等を含むものとする。
ここで、クラッチCのトルク容量(以下、クラッチトルクという)は、例えばクラッチCの摩擦材の摩擦係数や摩擦板を押圧するクラッチ油圧によって決まるものである。クラッチCを滑らすことなく(すなわちクラッチCに差回転速度を生じさせることなく)変速機入力軸32と変速機出力軸34との間でトルク(例えば変速機入力軸32に入力される変速機入力トルクTi)を伝達する為には、そのトルクに対してクラッチCの各々にて受け持つ必要があるクラッチ伝達トルク分(すなわちクラッチCの分担トルク)が得られるクラッチトルクが必要になる。但し、クラッチ伝達トルク分が得られるクラッチトルクにおいては、クラッチトルクを増加させてもクラッチ伝達トルクは増加しない。つまり、クラッチトルクは、クラッチCが伝達できる最大のトルクに相当し、クラッチ伝達トルクは、クラッチCが実際に伝達するトルクに相当する。尚、クラッチトルク(或いはクラッチ伝達トルク)とクラッチ油圧とは、例えばクラッチCのパック詰めに必要な係合油圧を供給する領域を除けば、略比例関係にある。
車両10には、例えば変速機20の変速制御などに関連する制御装置を含む電子制御装置70が備えられている。電子制御装置70は、例えばCPU、RAM、ROM、入出力インターフェース等を備えた所謂マイクロコンピュータを含んで構成されており、CPUはRAMの一時記憶機能を利用しつつ予めROMに記憶されたプログラムに従って信号処理を行うことにより車両10の各種制御を実行する。例えば、電子制御装置70は、エンジン14の出力制御、第1回転機MG1及び第2回転機MG2の回生制御を含む各出力制御、変速機20の変速制御等を実行するようになっており、必要に応じてエンジン制御用、モータジェネレータ制御用、油圧制御用(変速制御用)等に分けて構成される。また、電子制御装置70には、各種センサ(例えばエンジン回転速度センサ50、レゾルバ等の回転機回転速度センサ52,54、車速センサ56、アクセル開度センサ58、油温センサ60、バッテリセンサ62など)により検出された各種信号(例えばエンジン14の回転速度であるエンジン回転速度ωe、第1回転機MG1の回転速度であるMG1回転速度ωg、変速機入力軸32の回転速度である変速機入力回転速度ωiに対応する第2回転機MG2の回転速度であるMG2回転速度ωm、車速Vに対応する変速機出力軸34の回転速度を表す変速機出力回転速度ωo、車両10の駆動力(駆動トルク)に対する運転者の要求量を表すアクセル開度θacc、クラッチCの作動油の温度に対応するATF(Automatic Transmission Fluid)の温度であるATF温度THatf、蓄電装置28の温度(蓄電装置温度)THbatや充電電流又は放電電流(充放電電流或いは入出力電流)Icdや電圧(蓄電装置電圧)Vbatなど)が、それぞれ供給される。また、電子制御装置70からは、例えばエンジン14の出力制御の為のエンジン出力制御指令信号Se、第1回転機MG1及び第2回転機MG2を制御するインバータ26を作動させる為の回転機制御指令信号Smg、変速機20(特にはクラッチC)の油圧アクチュエータを制御する油圧制御回路36を作動させる為の油圧指令信号Spなどが、それぞれ出力される。尚、電子制御装置70により、蓄電装置温度THbat、充放電電流Icd、及び蓄電装置電圧Vbatに基づいて、蓄電装置28の充電容量(充電状態、充電レベル)SOC、充電可能電力Win、及び放電可能電力Woutが算出され、上記各種信号の1つとして各種制御に用いられる。
図3は、電子制御装置70による制御機能の要部を説明する機能ブロック線図である。図3において、ハイブリッド制御手段すなわちハイブリッド制御部72は、エンジン14の駆動を制御するエンジン駆動制御部としての機能と、インバータ26を介して第1回転機MG1及び第2回転機MG2の作動を制御する回転機作動制御部としての機能を含んでおり、それら制御機能によりエンジン14、第1回転機MG1、及び第2回転機MG2によるハイブリッド駆動制御等を実行する。例えば、ハイブリッド制御部72は、アクセル開度θaccや車速Vに基づいて運転者による車両10に対する駆動要求量(すなわちドライバ要求量)としての要求駆動トルクTdtgtを算出し、伝達損失、補機負荷、変速機20のギヤ比γ、蓄電装置28の充放電可能電力Win,Wout等を考慮して、その要求駆動トルクTdtgtが得られるように、エンジン14、第1回転機MG1、及び第2回転機MG2を制御する指令信号(エンジン出力制御指令信号Se及び回転機制御指令信号Smg)を出力する。この制御の結果として、例えば電気式無段変速機17の変速比γ0が制御される。前記駆動要求量としては、駆動輪24における要求駆動トルクTdtgt[Nm]の他に、駆動輪24における要求駆動力[N]、駆動輪24における要求駆動パワー[W]、変速機出力軸34における要求変速機出力トルクTotgt、及び変速機入力軸32における要求変速機入力トルクTitgt等を用いることもできる。また、駆動要求量として、単にアクセル開度θacc[%]やスロットル弁開度[%]や吸入空気量[g/sec]等を用いることもできる。
変速制御手段すなわち変速制御部74は、例えばハイブリッド制御部72によるエンジン14、第1回転機MG1、第2回転機MG2、及び電気式無段変速機17の変速比γ0の制御等と協調して、前記駆動要求量(例えば要求駆動トルクTdtgt)が得られるように、変速機20の変速制御を実行する。例えば、変速制御部74は、変速機20の変速を実行すべきと判断した場合には、判断したギヤ段が達成されるように、変速機20の変速に関与するクラッチCを係合及び/又は解放させる油圧指令信号Spを油圧制御回路36へ出力する。
ところで、変速機20の各ギヤ段が定常的に形成されている状態では、変速機出力軸34に伝達されるトルクすなわち変速機出力トルクToは、変速機入力トルクTiを各ギヤ比γに応じて増大させたトルクとなるが、変速機20の変速過渡状態では各クラッチトルクや回転速度変化に伴う慣性トルク等の影響を受けたトルクとなる。その為、変速中の各クラッチトルクが狙い通り発生するように、指令値を補正することが望ましい。この場合、変速に関与するクラッチCの伝達トルクが狙い通り発生するようにクラッチ伝達トルクの指令値を補正することになる。本実施例では、各クラッチ伝達トルクを変速機入力軸32上(すなわちm軸上)に換算した各換算値の合算値を用いて、すなわち変速機20が伝達する伝達トルクを変速機入力軸32上に換算したAT伝達トルクTatを用いて、指令値を補正する手法を提案する。従って、前記油圧指令信号Spとしては、例えば狙いのAT伝達トルクTatを得る為の油圧指令値となる。
具体的には、変速制御部74は、伝達トルク推定手段すなわち伝達トルク推定部76、回転速度フィルタ処理手段すなわち回転速度フィルタ処理部78、遅れ考慮指令値算出手段すなわち遅れ考慮指令値算出部80、伝達トルク補正値算出手段すなわち伝達トルク補正値算出部82、及び伝達トルク補正手段すなわち伝達トルク補正部84を備え、変速中のAT伝達トルクTatを補正する。
伝達トルク推定部76は、AT伝達トルクTatの実際値を推定した値であるAT伝達トルクTatの推定値を算出する。例えば、伝達トルク推定部76は、MG1トルクTg及びMG2トルクTmと、MG1回転速度ωgの時間変化率dωg/dt(以下、MG1時間変化率dωg/dt)及びMG2回転速度ωmの時間変化率dωm/dt(以下、MG2時間変化率dωm/dt)とを用いて、予め定められて記憶された次式(1)により、AT伝達トルクTatの推定値を算出する。次式(1)は、例えば電気式無段変速機17におけるg軸、e軸、及びm軸(図2参照)の各軸毎において成立する、慣性(イナーシャ)、時間変化率、及び軸上のトルクで示される運動方程式と、電気式無段変速機17が2自由度であることで規定される相互間の関係式とに基づいて、導き出された式である。従って、次式(1)中の2×2の各行列における各値a11、・・・、b11、・・・、c22は、各々、電気式無段変速機17を構成する回転部材の慣性や動力分配機構16の歯車比ρ等の組み合わせで構成された値となっている。尚、次式(1)においては、時間変化率すなわち時間微分をドットで示している。
伝達トルク推定部76は、MG1トルクTg及びMG2トルクTmを、各々、インバータ26への回転機制御指令信号Smg(例えば電流指令値)に基づいて、トルク換算値として算出する。また、伝達トルク推定部76は、MG1時間変化率dωg/dt及びMG2時間変化率dωm/dtを、各々、MG1回転速度ωg及びMG2回転速度ωmに基づいて、微分値として算出する。このように、AT伝達トルクTatの推定値は、回転機制御指令信号Smgより算出されるトルクと、レゾルバ等の回転機回転速度センサ52,54の各検出値であるMG1回転速度ωg及びMG2回転速度ωmとを用いて算出されるので、AT伝達トルクTatの推定を精度良く実現することができる。また、前記式(1)によりAT伝達トルクTatの推定値を算出する場合、この式(1)からも明らかなように、エンジントルクTeの推定値を算出することも可能である。従って、エンジントルクTeの推定を精度良く実現することも可能である。よって、変速過渡中の変速機入力回転速度ωiが目標通りに変化していない場合、AT伝達トルクTatのずれに因るものなのかエンジントルクTeのずれに因るものなのかを容易に判断することができる。
回転速度フィルタ処理部78は、MG1回転速度ωg及びMG2回転速度ωmと、MG1時間変化率dωg/dt及びMG2時間変化率dωm/dtとに、フィルタ処理を施す。このフィルタ処理は、ローパスフィルターを掛けることであり、MG1回転速度ωg及びMG2回転速度ωmに乗っているノイズ(センサ検出ノイズ等)、及び微分値の算出に伴って算出後のMG1時間変化率dωg/dt及びMG2時間変化率dωm/dtに乗っているノイズを抑制するものである。尚、少なくともMG1時間変化率dωg/dt及びMG2時間変化率dωm/dtが、フィルタ処理されれば良い。伝達トルク推定部76は、回転速度フィルタ処理部78によりMG1時間変化率dωg/dt及びMG2時間変化率dωm/dtにフィルタ処理が施された後に、フィルタ処理後のMG1時間変化率dωg/dt及びMG2時間変化率dωm/dtを用いて、AT伝達トルクTatの推定値を算出する。
回転速度フィルタ処理部78は、前記ローパスフィルターに用いる時定数を、変速過渡中における変速機入力回転速度ωiの変化度合、エンジン14の運転状態、MG1時間変化率dωg/dt及びMG2時間変化率dωm/dt、前記駆動要求量(すなわちドライバ要求量)、変速の種類等に基づいて変更する。上記変速機入力回転速度ωiの変化度合は、変速機20の変速進行度であり、例えば変速に伴う変速機入力回転速度ωiの全変化量に対する変速開始時からの変速機入力回転速度ωiの変化量の割合[%]で表されたり、変速に要する所定時間に対する変速開始時からの経過時間の割合[%]で表される。上記エンジン14の運転状態は、例えばエンジン14がアイドリング状態やモータリング状態(第1回転機MG1によりエンジン14を回転駆動している状態)にあるか否かである。上記変速の種類とは、例えばパワーオンアップシフト、パワーオフアップシフト、パワーオンダウンシフト、及びパワーオフダウンシフトといった各種の変速パターン(変速様式)と、1速−2速間などの各種のギヤ段間との組み合わせで表される各種の変速態様である。
クラッチCのスリップ状態が開始されたり又スリップ状態が終了(クラッチCが係合)される、変速過渡中のイナーシャ相開始付近やイナーシャ相終了(回転同期)付近では、それ以外よりもショックが発生し易い。このようなショックによりMG1回転速度ωg及び/又はMG2回転速度ωmが変動すると、AT伝達トルクTatの推定値も変動することになり、後述するAT伝達トルクTatの補正値も変動(振動)し、ショックを増大させる可能性がある。そこで、そのような変動の影響を抑制する為に、回転速度フィルタ処理部78は、イナーシャ相開始付近に対応する予め定められた変速進行度の範囲、及び/又は、イナーシャ相終了付近に対応する予め定められた変速進行度の範囲では、それ以外の範囲と比べて、前記時定数を大きく設定する。
エンジン14の運転モードがアイドリング状態やモータリング状態であるときには、エンジントルクTeは急変しない傾向が高いので、エンジントルクTeの変化に追従し易くする必要性が低いと思われる。そこで、ノイズ除去等が効果的に実行される為に、回転速度フィルタ処理部78は、エンジン14の運転モードがアイドリング状態やモータリング状態にある場合は、それ以外の場合と比べて、前記時定数を大きく設定する。
MG1時間変化率dωg/dtが高いとき、MG2時間変化率dωm/dtが高いとき、又は前記駆動要求量が大きいときには、多少のノイズが乗っていてもAT伝達トルクTatの推定を応答性良くすることで、時間変化率の変化や運転者の意図に追従させることが望ましい。また、時間変化率が高いときや前記駆動要求量が大きいときには、ノイズの影響も小さくされると思われる。そこで、時間変化率の変化や運転者の意図に追従させ易くする為に、回転速度フィルタ処理部78は、MG1時間変化率dωg/dtが高い場合、MG2時間変化率dωm/dtが高い場合、又は前記駆動要求量が大きい場合は、それ以外の場合と比べて、前記時定数を小さく設定する。
パワーオンダウンシフト時には、前記駆動要求量が大きいときと同様に、運転者の意図に追従させることが望ましい。また、パワーオフでの変速時には、アイドリング状態であるとき等と同様に、エンジントルクTeの変化に追従し易くする必要性が低いと思われる。また、どのギヤ段間での変速であるかの違いによって、追従性の重要度がことなることも考えられる。そこで、回転速度フィルタ処理部78は、変速の種類に基づいて、前記時定数を変速の種類毎に予め定められた所定時定数に設定する。
遅れ考慮指令値算出部80は、AT伝達トルクTatが指令値の出力に対して実際に発生するまでの応答遅れ時間と、AT伝達トルクTatの実際値に対して推定値が算出されるまでの推定遅れ時間とを合算した時間分だけ、その指令値の出力に対して遅らせたAT伝達トルクTatの遅れ考慮指令値を算出する。
図4は、AT伝達トルクTatの指令値と遅れ考慮指令値と実際値と推定値との相互の関係の一例を示す図である。図4において、AT伝達トルクTatの実際値は指令値に対して応答遅れ時間分だけ遅れて発生する。従って、指令値と実際値との差分ΔTatは、指令値と応答遅れ時間後の実際値との差分、すなわち指令値に応答遅れ時間を加えた値と実際値との差分となる。例えば、ある差分ΔTatは、変速開始時点(t1時点)での指令値Aと応答遅れ時間後の実際値Aとの差分aとなる。本実施例は、この差分ΔTatを、AT伝達トルクTatの実際値に対して推定遅れ時間分だけ遅れて算出される推定値を用いて算出する。そこで、AT伝達トルクTatの推定値に対して差分ΔTatだけの差異を持つ値を算出する必要がある。AT伝達トルクTatの遅れ考慮指令値は、AT伝達トルクTatが指令値に対して応答遅れ時間と推定遅れ時間とを合算した時間分だけ遅らせた値であり、AT伝達トルクTatの推定値に対して差分ΔTatだけの差異を持つ値となる。
遅れ考慮指令値算出部80は、ATF温度THatfと前記応答遅れ時間との関係が予め定められた図5に示すような関係(応答遅れ時間マップ)から、ATF温度THatfに基づいて前記応答遅れ時間を設定する。例えば、遅れ考慮指令値算出部80は、ATF温度THatfが低い場合には、高い場合よりも長い応答遅れ時間を設定する。
前記推定遅れ時間は、例えば電子制御装置70と各種センサ間の通信遅れ分、電子制御装置70内で必要に応じて分けて構成される各制御装置間の通信遅れ分、伝達トルク推定部76によるAT伝達トルクTatの推定値算出時の演算遅れ分、及び回転速度フィルタ処理部78によるフィルタ処理実行に伴うフィルタ処理遅れ分等を含んでいる。各種遅れ分のうち、通信遅れ分及び演算遅れ分は、例えば予め定められた所定の遅れ時間が用いられる。一方で、フィルタ処理遅れ分は、そのフィルタ処理に応じて設定されるものであり、例えば前記ローパスフィルターに用いる時定数が大きい程、フィルタ処理遅れ時間が長くされる。遅れ考慮指令値算出部80は、所定の遅れ時間に、前記時定数に基づいて設定したフィルタ処理遅れ時間を加算して、推定遅れ時間を設定する。
伝達トルク補正値算出部82は、遅れ考慮指令値算出部80により算出されたAT伝達トルクTatの遅れ考慮指令値と、伝達トルク推定部76により算出されたAT伝達トルクTatの推定値との差分ΔTat(=遅れ考慮指令値−推定値)を算出する。
伝達トルク補正値算出部82は、差分ΔTatに比例した比例項と差分ΔTatを積分した積分項とを加算したものを、AT伝達トルクTatの実際値を制御する為のフィードバック制御量(FB制御量)とするPI制御における、次式(2)に示すような予め定められたフィードバック制御式から、差分ΔTatに基づいて、FB制御量としての変速過渡中のAT伝達トルクTatの補正値ΔTfbを算出する。この式(2)において、Kpは所定の比例定数、Kiは所定の積分定数である。従って、右辺の左側の項が比例項であり、右辺の右側の項が積分項である。
ΔTfb=Kp×ΔTat+Ki×(∫ΔTatdt) ・・・(2)
伝達トルク補正部84は、本来の狙いのAT伝達トルクTat(すなわち変速機入力回転速度ωiの目標の変化を実現する本来の指令値)であるAT伝達トルクTatのベース値に、伝達トルク補正値算出部82により算出された補正値ΔTfbを加算して、今回のAT伝達トルクTatの補正後指令値を算出する。このように、伝達トルク補正部84は、差分ΔTatに基づいて算出された補正値ΔTfbを用いて、スリップ中のAT伝達トルクTatを補正する。
変速制御部74は、伝達トルク補正部84により算出されたAT伝達トルクTatの補正後指令値を油圧指令値に変換し、油圧指令信号Spとしてその油圧指令値を油圧制御回路36へ出力する。
図6は、電子制御装置70の制御作動の要部すなわち変速機20の変速過渡中におけるAT伝達トルクTatの補正の精度を向上する為の制御作動を説明するフローチャートであり、例えば数msec乃至数十msec程度の極めて短いサイクルタイムで繰り返し実行される。
図6において、先ず、変速制御部74に対応するステップ(以下、ステップを省略する)S10において、例えば変速機20が変速中であるか否かが判断される。ここでは、変速過渡におけるイナーシャ相中であるか否か、或いは変速に関与するクラッチCの作動中(すなわちスリップ中)であるか否かが判断されても良い。このS10の判断が否定される場合は本ルーチンが終了させられるが肯定される場合は伝達トルク推定部76に対応するS20において、例えばMG1トルクTg及びMG2トルクTmと、MG1時間変化率dωg/dt及びMG2時間変化率dωm/dtとを用いて、前記式(1)により、AT伝達トルクTatの推定値が算出される。次いで、遅れ考慮指令値算出部80に対応するS30において、例えばATF温度THatfに応じた応答遅れ時間と、フィルタ処理に応じた推定遅れ時間とが算出される。また、ここでは、その応答遅れ時間とその推定遅れ時間とを考慮したAT伝達トルクTatの遅れ考慮指令値が算出される。次いで、伝達トルク補正値算出部82に対応するS40において、例えば上記S30にて算出されたAT伝達トルクTatの遅れ考慮指令値と、上記S20にて算出されたAT伝達トルクTatの推定値との差分ΔTatが算出される。次いで、伝達トルク補正値算出部82に対応するS50において、例えば上記S40にて算出された差分ΔTatに基づいて、PI制御における変速過渡中のAT伝達トルクTatの補正値ΔTfbが算出される。尚、ここでは、補正値ΔTfbの替わりに、油圧の補正値が算出されても良い。次いで、伝達トルク補正部84に対応するS60において、AT伝達トルクTatのベース値に、上記S50にて算出された補正値ΔTfbが加算されて、AT伝達トルクTatの補正後指令値が算出される。尚、上記S50にて油圧の補正値が算出される場合には、ここでは、油圧のベース値にその補正値が加算されて、油圧の補正後指令値が算出される。次いで、変速制御部74に対応するS70において、上記60にて算出されたAT伝達トルクTatの補正後指令値が油圧指令値に変換され、油圧指令信号Spとして油圧制御回路36へ出力される。尚、上記S50にて油圧の補正値が算出される場合には、ここでは、上記60にて算出された油圧の補正後指令値がそのまま油圧指令信号Spとして油圧制御回路36へ出力される。
上述のように、本実施例によれば、AT伝達トルクTatの推定値と指令値との差分ΔTatを用いて、AT伝達トルクTatが指令値から乖離した分を補正することで、変速機20の変速中におけるAT伝達トルクTatの補正の精度を向上することができる。つまり、AT伝達トルクTatの指令値と推定値との差を直接補正するので、AT伝達トルクTatの補正が必要分できる。この際、AT伝達トルクTatの指令値には遅れ考慮指令値を用いることで、差分ΔTatを算出したときの指令値と推定値との間の時間誤差を低減することができ、AT伝達トルクTatの補正が一層精度良く行える。これにより、部品(例えばクラッチCの摩擦材)の耐久性が向上したり、ドライバビリティの悪化を抑制することができる。
また、本実施例によれば、MG1トルクTg及びMG2トルクTmと、MG1時間変化率dωg/dt及びMG2時間変化率dωm/dtとを用いて、AT伝達トルクTatの推定値を算出するので、2つの回転機MG1,MG2の状態を表している精度の高い値である、例えば回転機に対する電流指令値より算出されるトルクと、例えばレゾルバ等の回転速度センサにて検出される回転速度とを用いる為、AT伝達トルクTatの推定精度が向上する。
また、本実施例によれば、MG1時間変化率dωg/dt及びMG2時間変化率dωm/dtにフィルタ処理を施した後に、AT伝達トルクTatの推定値を算出するので、前記推定遅れ時間は、前記フィルタ処理に応じて設定される。これにより、MG1回転速度ωgやMG2回転速度ωmのノイズ、及びMG1時間変化率dωg/dtやMG2時間変化率dωm/dtを算出するときのノイズをフィルタ処理によって抑制でき、AT伝達トルクTatの推定値に与えるノイズの影響を抑制することができる。また、そのときのフィルタ処理の掛け方によってAT伝達トルクTatの推定値を算出するときの推定遅れ時間が変化したとしても、推定遅れ時間が適切に設定される。
また、本実施例によれば、フィードバック制御により差分ΔTatに基づいて変速中のAT伝達トルクTatの補正値を算出し、変速中のAT伝達トルクTatの指令値をその補正値を用いて補正するので、AT伝達トルクTatの補正が必要分でき、一層精度良く行える。
また、本実施例によれば、前記応答遅れ時間は、ATF温度THatfが低い場合には、高い場合よりも長い時間が設定されるので、ATF温度THatfに応じた応答遅れを考慮することで、時間誤差をより低減することができる。
次に、本発明の他の実施例を説明する。なお、以下の説明において実施例相互に共通する部分には同一の符号を付して説明を省略する。
前述の実施例1では、差分ΔTatの大きさに拘わらず、差分ΔTatに基づいてAT伝達トルクTatの補正値ΔTfbを算出した。ここで、AT伝達トルクTatの推定誤差の影響で、AT伝達トルクTatの補正の精度が低下する可能性がある。また、AT伝達トルクTatが過剰に補正される可能性がある。そこで、本実施例の伝達トルク補正値算出部82は、差分ΔTatが所定量を超えている場合に、変速中のAT伝達トルクTatの補正値ΔTfbを算出する。これにより、伝達トルク補正部84は、差分ΔTatが所定量を超えている場合に、変速中のAT伝達トルクTatを補正することになる。或いは、伝達トルク補正値算出部82は、差分ΔTatの大きさに拘わらず補正値ΔTfbを算出しても良いが、この場合には、伝達トルク補正部84は、補正値ΔTfbが算出されていても、差分ΔTatが所定量を超えていることを条件として、変速中のAT伝達トルクTatを補正する。上記所定量は、AT伝達トルクTatの推定誤差の影響が抑制されたり、或いはAT伝達トルクTatが過剰に補正されることが抑制されるような差分の値として予め定められた補正実行判定値である。尚、差分ΔTatと所定量との関係にはヒステリシスが設けられても良い。
前述の実施例1では、変速中の全域、例えばイナーシャ相中の全域でAT伝達トルクTatを補正した。ここで、変速進行度が第1所定変化度合未満であるようなイナーシャ相開始付近では、指令値に対して敢えて実際値がずれることを許容することで、スリップ状態への開始(イナーシャ相の開始)を促進するという考え方もある。また、変速進行度が第2所定変化度合を超えるようなイナーシャ相終了付近では、係合ショックを抑止するような値を予め設定しておき、補正を実行しないという考え方もある。そこで、本実施例の伝達トルク補正部84は、変速進行度が第1所定変化度合以上である場合に、又は変速進行度が第2所定変化度合以下である場合に、変速中のAT伝達トルクTatを補正する。上記第1所定変化度合は、例えばイナーシャ相開始を促進する領域として予め定められた変速進行度の上限値である。上記第2所定変化度合は、例えば係合ショックを抑制する領域として予め定められた変速進行度の下限値である。
図7は、電子制御装置70の制御作動の要部すなわち変速機20の変速過渡中におけるAT伝達トルクTatの補正の精度を向上する為の制御作動を説明するフローチャートであり、例えば数msec乃至数十msec程度の極めて短いサイクルタイムで繰り返し実行される。この図7は、前述した実施例1における図6に対応する別の実施例であり、以下に図6と相違する点について主に説明する。
図7において、前記S50に次いで、伝達トルク補正部84に対応するS55において、前記S40にて算出された差分ΔTatが所定量を超えているか否かが判定される。このS55の判断が肯定される場合は伝達トルク補正部84に対応するS57において、変速進行度が第1所定変化度合以上且つ第2所定変化度合以下であるか否かが判断される。このS57の判断が肯定される場合は前記S60が実行される。一方で、上記S55の判断が否定されるか或いは上記S57の判断が否定される場合は変速制御部74に対応するS65において、AT伝達トルクTatのベース値がそのままAT伝達トルクTatの指令値として算出される。上記S60或いは上記S65に次いで、変速制御部74に対応するS70において、上記60にて算出されたAT伝達トルクTatの補正後指令値或いは上記65にて算出されたAT伝達トルクTatの指令値が、油圧指令値に変換され、油圧指令信号Spとして油圧制御回路36へ出力される。
上述のように、本実施例によれば、前述の実施例1と同様の効果が得られる。加えて、差分ΔTatが所定量を超えている場合に、変速中のAT伝達トルクTatを補正するので、AT伝達トルクTatの推定誤差の影響で、AT伝達トルクTatの補正の精度が低下する可能性があることや、AT伝達トルクTatが過剰(過敏)に補正されることが抑制される。これにより、ドライバビリティの悪化を抑制することができる。
また、本実施例によれば、変速進行度が第1所定変化度合以上である場合に、又は変速進行度が第2所定変化度合以下である場合に、変速中のAT伝達トルクTatを補正するので、イナーシャ相の開始付近ではAT伝達トルクTatを補正しないことで、イナーシャ相開始を促進するような制御が可能となる。また、イナーシャ相終了付近ではAT伝達トルクTatを補正しないことで、係合ショックを抑制するような制御が可能となる。
以上、本発明の実施例を図面に基づいて詳細に説明したが、本発明は実施例相互を組み合わせて実施可能であると共にその他の態様においても適用される。
例えば、前述の実施例1,2では、伝達部材18と駆動輪24との間の動力伝達経路に介装された係合装置として機能するクラッチCを有する変速機20を備える車両10を例示したが、これに限らない。この変速機20を、単独のクラッチCに置き換えても、本発明が適用される。図8は、本発明が適用される他の車両100の概略構成を説明する図である。図8において、車両100は、実施例1,2における車両10の変速機20に替えて、伝達部材18と駆動輪24との間の動力伝達経路に介装されたクラッチC1を備えている。このクラッチC1は、電気式無段変速機17と第2回転機MG2との間の動力伝達経路に介装されているが、第2回転機MG2と駆動輪24との間の動力伝達経路に介装されても良い。このような車両100では、例えばエンジン始動時や登坂路での発進時等にクラッチC1が一時的にスリップ状態とされる。車両100においては、実施例1,2における変速過渡中(イナーシャ相中、変速に関与するクラッチCのスリップ中)やAT伝達トルクTatや変速進行度の概念を、クラッチC1のスリップ中やクラッチ伝達トルクやスリップ量の変化度合等に置き換えることで、本発明が適用される。例えば、図6,7のフローチャートにおけるS10は、クラッチC1がスリップ中であるか否かが判定される。
また、前述の実施例1,2では、差動機構を備える車両として車両10を例示したが、これに限らない。例えば、図9に示すような、差動機構としての遊星歯車装置202を備える車両200であっても本発明は適用され得る。車両200では、遊星歯車装置202等により電気式差動部(電気式無段変速機)204が構成される。車両200において、例えばモード1の成立時には、第1クラッチC21及び第2クラッチC22を解放状態とし且つブレーキBを係合状態として、エンジン14を停止させると共に第1回転機MG1を無負荷状態としながら、第2回転機MG2を力行制御して走行する。例えばモード2の成立時には、第1クラッチC21及びブレーキBを解放状態とし且つ第2クラッチC22を係合状態として、エンジン14を停止させると共に第1回転機MG1及び第2回転機MG2を力行制御して走行する。例えばモード3の成立時には、第1クラッチC21及び第2クラッチC22を係合状態とし且つブレーキBを解放状態として、エンジン14の動力に対する反力を第2回転機MG2により受け持つことで少なくともエンジン14を駆動力源として走行する。
また、前述の実施例1,2では、伝達トルク推定部76は、前記式(1)のような計算式(代数方程式)を用いて、AT伝達トルクTatの推定値を算出したが、これに限らない。例えば、同一次元オブザーバのような推定器(微分要素の影響が小さい推定器)を用いてAT伝達トルクTatの推定値を算出しても良い。
また、前述の実施例1,2では、伝達トルク補正値算出部82は、PI制御により変速過渡中のAT伝達トルクTatの補正値ΔTfbを算出したが、これに限らない。例えば、差分ΔTatと補正値ΔTfbとの予め定められた関係(マップ)を用いて、差分ΔTatに基づいて補正値ΔTfbを算出しても良い。また、PI制御でなくとも、他のFB制御により補正値ΔTfbを算出しても良い。
また、前述の実施例2における図7のフローチャートにおいて、S57では変速進行度が第1所定変化度合以上且つ第2所定変化度合以下であるか否かが判断されたが、これに限らず、例えば変速進行度が第1所定変化度合以上又は第2所定変化度合以下であるか否かが判断されても良い。また、S55、S57は、何れか一方のみが備えられていても発明は成立する。また、ステップS55がS40の次に実行されたり、S57がS10に替えて実行されても良いなど、前述の実施例1,2における図6,7のフローチャートにおいて、各ステップの実行順等は差し支えのない範囲で適宜変更することができる。
また、前述の実施例1,2におけるクラッチCのスリップ中(スリップ状態)は、クラッチCの解放中(解放状態)でも良い。つまり、クラッチCのスリップ中(スリップ状態)には、クラッチCの解放中(解放状態)を含んでいても良い。このようにしても、本発明は適用され得る。
また、車両10,100,200では、3つの回転要素を有する差動機構の構成であったが、これに限らない。例えば、複数の遊星歯車装置が相互に連結されることで4つ以上の回転要素を有する差動機構であっても本発明は適用され得る。また、回転機は、第1回転機MG1及び第2回転機MG2以外に備えられていても良い。また、エンジン14や回転機は、直接的に或いは歯車機構等を介して間接的に差動機構の各回転要素に連結される。また、動力分配機構16や遊星歯車装置202は、例えばダブルプラネタリの遊星歯車装置であっても良いし、また、ピニオンに噛み合う一対のかさ歯車を有する差動歯車装置であっても良い。
また、前述の実施例1,2では、変速機20のアップシフトを実行する場合を例示したが(図4参照)、これに限らない。例えば、変速機20のダウンシフトを実行する場合であっても良い。このような場合であっても、本発明は適用され得る。
尚、上述したのはあくまでも一実施形態であり、本発明は当業者の知識に基づいて種々の変更、改良を加えた態様で実施することができる。