JP6025141B2 - 質量分析データ処理方法及び装置 - Google Patents

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Description

本発明は、試料の2次元領域内の複数の微小領域に対しそれぞれ質量分析を実行して収集される質量分析データを解析する質量分析データ処理方法及び装置に関する。
生体組織等の試料の形態観察を行うと同時に、その試料上の所定領域に存在する分子の分布を測定する装置として、顕微質量分析装置又はイメージング質量分析装置などと呼ばれる装置が開発されている(非特許文献1、2など参照)。こうした装置によれば、試料をすり潰したり破砕したりすることなく試料の形態をほぼ維持したまま、顕微観察に基づいて指定された試料上の任意の領域に含まれる特定の質量電荷比m/zをもつイオンの分布画像(マッピング画像)を得ることが可能である。そのため、例えば生化学分野などにおいて、生体内細胞に含まれるタンパク質等の分布情報を得るなどの応用が期待されている。また、特に医療・薬学分野においては、癌細胞など特定の細胞に特異的に発現する物質を調べることによる病変分布の把握などの応用が期待されている。
イメージング質量分析装置では、試料上の光学顕微画像と任意の質量電荷比における質量分析イメージング画像とが得ることができるが、一般に、質量分析イメージング画像の空間分解能(解像度)は光学顕微画像の空間分解能に比べて遙かに低い。例えば、特許文献1の記載によれば、光学顕微画像の空間分解能は0.5μmであるのに対し質量分析イメージング画像の空間分解能は30μm程度である。このような分解能の差異のため、例えば光学顕微画像上では色や模様などによって複数の組織が明確に区別可能な場合であっても、質量分析イメージング画像上ではそれら組織の区別がつかないことがよくある。そのため、質量分析イメージング画像から得られる情報、例えば同画像データに対する統計的解析処理結果について評価や判断を行う際に、光学顕微画像による情報は有用である。
イメージング質量分析結果と光学顕微画像とを組み合わせた解析手法として、特許文献1に記載の分析方法が知られている。該文献に記載の方法では、生体組織切片等の試料上の特定の微小領域に対するマススペクトルが求まったならば、その実測のマススペクトルとデータベース中の基準マススペクトルとの差を計算して差分スペクトルを求め、その差分スペクトルを表示画面上に表示する。この差分スペクトルの表示上では、特定の微小領域にのみ存在する物質のピーク(基準マススペクトルには存在しないピーク)は実線で示され、逆に特定の微小領域には存在せず基準マススペクトルにのみ存在するピークは点線で示される。そして、この差分スペクトルの情報に対し統計的解析を行うことによって、そのスペクトルの導出元である微小領域を複数のクラス(同一組織であるとみなせるグループ)のいずれかに分類する。試料上に設定された各微小領域について同様にしてクラス分けを行うと、試料上の領域がクラスに応じて分類されることになる。ただし、上述したように質量分析イメージングを行う微小領域のサイズは必ずしも小さくないため、分析者が、空間分解能の高い光学顕微画像を用いて上記処理による微小領域のクラス分けの結果を確認することにより、信頼性の高い評価を行うことができるようにしている。
上記の従来技術では、イメージング質量分析で得られた結果と光学顕微画像による情報とを組み合わせてはいるものの、実際には両者を単に比較し、それによってイメージング質量分析で得られた結果の信頼性を評価しているだけである。そのため、両方の情報を十分に活用できているとは言い難い。光学顕微画像をより積極的に活用することにより、具体的には、光学顕微画像による情報を質量分析イメージング結果の抽出や選択に利用することにより、分析者にとって一層有益で利用価値の高い情報が得られるものと思われるが、そうした手法は現在のところ提案されていない。
一方、上記の従来技術では、光学顕微画像上で色や模様などで異なる組織を識別可能な状態でないと、即ち、光学顕微画像に明確に現れている情報でないと、質量分析イメージング結果の解釈や評価には役に立たない。そのため、光学顕微画像による情報に頼らず、質量分析イメージング結果のみから試料上の領域を適切にクラス分けして可視化するデータ処理技術も重要である。
米国特許出願公開第2009/0289184号明細書
小河潔、ほか5名、「顕微質量分析装置の開発」、島津評論、株式会社島津製作所、平成18年3月31日発行、第62巻、第3・4号、p.125−135 原田高宏、ほか8名、「顕微質量分析装置による生体組織分析」、島津評論、株式会社島津製作所、2008年4月24日発行、第64巻、第3・4号、p.139−146
本発明は上記課題を解決するためになされたものであり、その目的とするところは、イメージング質量分析により収集された膨大なデータに基づいて、試料上の異なる組織を識別したり特異的な部位を検出したりするために有意であって且つ分析者が直感的にも理解し易い情報を提示することができる質量分析データ処理方法及び装置を提供することにある。
上記課題を解決するために成された第1発明に係る質量分析データ処理方法は、試料上の2次元領域内に設定された複数の微小領域に対しそれぞれ質量分析を実行するとともに該試料上の光学顕微画像を取得可能である質量分析装置で収集された質量分析データを処理する質量分析データ処理方法であって、
a)試料上の所定領域について取得された光学顕微画像に対する視覚的判断に基づいて、同一の組成を有する又は同一の性状を示す部位であるとみなせる小領域を、異なる組成を有する又は異なる性状を示す2以上の部位についてそれぞれ指定する小領域指定ステップと、
b)前記小領域指定ステップで指定された同一の組成を有する又は同一の性状を示す部位であるとみなせる小領域毎に、その小領域に含まれる全ての微小領域に対する質量分析データを用い、それら微小領域の間で共通性の高いピーク情報をその小領域の発現情報として抽出する発現情報抽出ステップと、
c)異なる組成を有する又は異なる性状を示す部位における前記小領域毎の発現情報を比較することによって、その発現情報の中から各小領域に特異的な発現情報を抽出する特異的発現情報抽出ステップと、
を有することを特徴としている。
また上記課題を解決するために成された第2発明は第1発明に係る質量分析データ処理方法を実施するための装置であって、試料上の2次元領域内に設定された複数の微小領域に対しそれぞれ質量分析を実行するとともに該試料上の光学顕微画像を取得可能である質量分析装置で収集された質量分析データを処理する質量分析データ処理装置であって、
a)試料上の所定領域について取得された光学顕微画像に対する視覚的判断に基づいて、同一の組成を有する又は同一の性状を示す部位であるとみなせる小領域を、異なる組成を有する又は異なる性状を示す2以上の部位についてそれぞれ指定するための小領域指定手段と、
b)前記小領域指定手段により指定された同一の組成を有する又は同一の性状を示す部位であるとみなせる小領域毎に、その小領域に含まれる全ての微小領域に対する質量分析データを用い、それら微小領域の間で共通性の高いピーク情報をその小領域の発現情報として抽出する発現情報抽出手段と、
c)異なる組成を有する又は異なる性状を示す部位における前記小領域毎の発現情報を比較することによって、その発現情報の中から各小領域に特異的な発現情報を抽出する特異的発現情報抽出手段と、
を備えることを特徴としている。
試料が生体切片などの生体試料である場合、上記「同一の組成を有する又は同一の性状を示す部位」とは例えば同一の生体組織であり、「異なる組成を有する又は異なる性状を示す部位」とは例えば異なる生体組織である。ただし、同一の生体組織であっても例えば癌などの病変によって組成や性状が変化するから、同一生体組織中の正常部分と病変部分とは「異なる組成を有する又は異なる性状を示す部位」であると捉えることができる。
第1発明に係る質量分析データ処理方法において小領域指定ステップは、例えば試料上の所定領域に対する光学顕微画像を表示手段の画面上に表示し、その画像を見ながら分析者が色、模様などの情報に基づいて同一の組成を有する又は同一の性状を示す部位であるとみなせる小領域、異なる組成を有する又は異なる性状を示す部位であるとみなせる小領域、を判断し、例えば小領域の範囲をポインティングデバイスで指示することで指定するものとすることができる。即ち、この場合には、分析者は自らの視覚的判断に基づいて小領域を指定する。
また第1発明に係る質量分析データ処理方法において小領域指定ステップは、例えば光学顕微画像に対する画像認識処理を実行することにより色や模様などが相違する部位、或いは境界線が存在する部位などを識別し、その識別結果に基づいて、同一の組成を有する又は同一の性状を示す部位であるとみなせる小領域と、異なる組成を有する又は異なる性状を示す部位であるとみなせる小領域とを自動的に指定するようにしてもよい。即ち、この場合には、コンピュータなどを用いた自動的な視覚的判断に基づいて小領域は指定され、分析者は自ら判断する必要はない。
試料が生体試料である場合を例に挙げると、第1発明に係る質量分析データ処理方法において、発現情報抽出ステップでは、小領域指定ステップで指定された同一生体組織であるとみなせる小領域毎に、その小領域に含まれる全ての微小領域に対する質量分析データに基づき、その小領域内で共通性の高いピーク情報を抽出し、これをその小領域を特徴付ける発現情報とする。一般的に発現情報とされる質量電荷比と強度との組は多数存在する。
なお、共通性の高いピーク情報とは、例えば、質量電荷比が同一(厳密には分解能等を考慮して同一とみなせる範囲内で一致する)で同一生体組織内で高頻度に検出されるピークの、質量電荷比及び強度値を示す情報である。
ただし、この時点では、同一生体組織内の情報のみを見ているので、発現情報が、この生体組織を他の生体組織と識別するという観点で小領域を特徴付け得る情報であるか否かについては不確定である。そこで次に、特異的発現情報抽出ステップでは、異なる生体組織における小領域の発現情報を比較する。その結果、小領域を特徴付ける情報であっても異なる生体組織間での共通性が高く、異なる生体組織同士を識別するのに適切でない情報は除外され、真に各小領域に特異的に発現する情報のみが抽出される。
最終的に抽出される小領域特異的発現情報は、もともと試料上の光学顕微画像に基づく領域の分類の下に行われたものであるから、光学顕微観察による情報と質量分析による情報とを組み合わせたものであると言える。したがって、光学顕微画像上で、例えば異なる生体組織同士或いは同一生体組織内でも正常部と病変部とが識別可能であれば、それら部位を的確に特徴付ける発現情報を取得することができる。
第1発明に係る質量分析データ処理方法及び第2発明に係る質量分析データ処理装置によれば、イメージング質量分析により収集された膨大なデータに基づいて、試料上の特定の部位において特異的に発現する情報を的確に精度よく収集することができる。それにより、例えばヒトの生体試料に対し、癌などの病変部とそれ以外の正常部とをそれぞれ特徴付ける情報を得ることができるので、これによって病変部の拡がりの判断などに有益な情報を提供することができる。
特に、第1発明に係る質量分析データ処理方法及びこの方法を実施する装置によれば、質量分析イメージングに比べて十分に高い空間分解能である光学顕微画像による情報が共通発現情報の取得に利用されているので、例えば異なる生体組織の区別や病変部と正常部との区別が視覚的に容易である場合には、共通発現情報の正確性を大幅に向上させることができる
本発明に係る質量分析データ処理方法を実施するイメージング質量分析装置の一実施例の概略構成図。 本実施例のイメージング質量分析装置における領域特異的発現情報抽出のための処理手順を示すフローチャート。 図2に示した領域特異的発現情報抽出処理を説明するための概念図。 本実施例のイメージング質量分析装置における細胞特異的発現情報抽出のための処理手順を示すフローチャート。 図4に示した細胞特異的発現情報抽出処理を説明するための概念図。 本実施例のイメージング質量分析装置における空間特異的発現情報抽出のための処理手順を示すフローチャート。 図6に示した空間特異的発現情報抽出処理を説明するための概念図。 空間特異的発現情報抽出処理を適用した測定対象の光学顕微画像を示す図。 図8に示したサンプルに対し空間特異的発現情報抽出処理を実施した結果新たに抽出された物質の質量電荷比を平均マススペクトル上に示した図(a)、及びその各質量電荷比におけるイオンのマッピング画像(b)。
以下、本発明に係る質量分析データ処理方法を実施するためのイメージング質量分析装置の一実施例について、添付図面を参照して説明する。図1は本実施例によるイメージング質量分析装置の概略構成図である。
このイメージング質量分析装置は、試料3上の測定対象である2次元測定対象領域3a内の各測定点(微小領域)3bに対する質量分析をそれぞれ実行するイメージング質量分析部1と、試料3上の2次元測定対象領域3aの全体又はその一部の光学顕微観察像を撮影する顕微観察部2と、イメージング質量分析部1で収集されたマススペクトルデータを解析処理するデータ処理部4と、マススペクトルデータ等の各種データを記憶しておくデータ記憶部5と、顕微観察部2で撮影された画像信号を処理して光学顕微画像を構成する顕微画像処理部6と、それら各部を制御する制御部7と、制御部7に接続された操作部8及び表示部9と、を備える。
図示しないが、イメージング質量分析部1は例えば非特許文献1、2などに記載のように、MALDIイオン源、イオン輸送光学系、イオントラップ、飛行時間型質量分析器、イオン検出器などを含み、x方向、y方向にそれぞれ所定サイズの微小領域3bに対し所定質量電荷比範囲に亘る質量分析を実行する。イメージング質量分析部1は試料3が載置された図示しない試料ステージをx、yの2軸方向に高精度で移動させる駆動部を含み、試料3を所定ステップ幅で移動させる毎に質量分析を実行することにより、任意のサイズの領域に対するマススペクトルデータの収集が可能となっている。
データ処理部4は、スペクトルデータ収集部41、ピーク情報抽出部42、領域特異的ピーク情報抽出処理部43、細胞特異的ピーク情報抽出処理部44、空間特異的ピーク情報抽出処理部45、を機能ブロックとして備える。データ記憶部5は、仮想的に分離された記憶領域としてスペクトルデータ記憶部51、領域別ピーク情報記憶部52、特異的ピーク情報記憶部53を含む。なお、データ処理部4、データ記憶部5、顕微画像処理部6、制御部7などの機能の少なくとも一部は、パーソナルコンピュータに搭載された専用の処理・制御ソフトウエアを実行することにより達成される。
まず本実施例のイメージング質量分析装置において実施される特徴的なデータ処理手法の1つである領域特異的発現情報抽出の処理について、図2、図3を参照して説明する。図2は領域特異的発現情報抽出処理の手順を示すフローチャート、図3は領域特異的発現情報抽出処理を説明するための概念図である。
データ処理の前提として、制御部7の制御の下に、イメージング質量分析部1は試料3上の所定の2次元測定対象領域3aに含まれる全ての測定点3bについてそれぞれ質量分析を実行する。そして、スペクトルデータ収集部41は測定点3b毎に所定質量電荷比範囲のマススペクトルデータを収集し、これをスペクトルデータ記憶部51に格納する。
分析者が操作部8からデータ処理開始を指示すると、制御部7の制御の下に顕微観察部2は試料3上の2次元測定対象領域3aの全体又はその一部の光学顕微画像を撮影し、顕微画像処理部6はその画像信号から2次元画像を再構成して表示部9の画面上に描出する。分析者は表示された光学顕微画像を観察し、色や模様などの形態から同一生体組織である範囲を判断して、操作部(ポインティングデバイス)8により同一生体組織毎に小領域を指定する(ステップS1)。ここでは、例えば図3(a)に示すような光学顕微画像に対し図3(b)に示すように3つの小領域A、B、Cが設定されたものとする。ちなみに、この例では、例えば小領域Aは肝癌部、小領域Bは肝正常部、小領域Cは間質である。
このように観察対象(つまりは処理対象)の小領域が確定すると、ピーク情報抽出部42は、或る1つの設定された小領域に含まれる全ての測定点3bに対するマススペクトルデータをスペクトルデータ記憶部51から読み出し、このデータからピーク情報を抽出する(ステップS2)。具体的には、或るマススペクトルデータに対し、m/z方向(マススペクトルのX軸方向)において所定の微小幅のウインドウを設定し、そのウインドウ内で最も強度(マススペクトルのY軸方向)の大きな、つまり発現量の多いm/z値を取り出し、そのウインドウ内での分子イオン発現情報(ピーク)としてそのm/z値と強度値とを記録する。そして、上記ウインドウをm/z方向に移動させながら全m/z範囲に亘って分子イオン発現情報を求めることにより、即ち、1つのマススペクトルについてm/z方向にスキャンすることにより、そのマススペクトルデータに対するピーク情報を抽出する。さらに、各測定点3bのマススペクトルデータに対してそれぞれ同様にしてピーク情報を抽出する。
ただし、上記のようにして得られたピーク情報は様々な要因によるノイズ情報を含む。そこで、ノイズ情報をできるだけ排除するために、全てのマススペクトルにおけるピーク情報に対しコモンピーク法を適用し、信頼性の高い重要なピーク情報のみを抽出する(ステップS3)。具体的には、コモンピーク法では、設定された領域に属する全ての測定点(又は所定の割合以上の測定点)で強度が所定閾値以上であるピークを抽出するために、得られたm/z値毎に正規分布型のガウシアン・カーネル(Gaussian Kernel)関数を用いて発現量の総和を計算し、その分布の中で所定閾値以上の分子イオン発現情報(ピーク)をコモンピークとして抽出すればよい。こうしてノイズと予想されるピークを除き、選別された測定点3b毎のピーク情報をその領域に対する重要ピーク情報として領域別ピーク情報記憶部52に保存する。このとき、測定点3bの座標位置も併せて記憶させておく。
その後、ステップS1において指定された小領域が他にもあるか否かが判定され、もしある場合にはステップS4からS2へと戻り、ステップS2〜S4を繰り返す。以上のようにして、生体組織毎の発現情報(ピーク情報)が領域別ピーク情報記憶部52に用意されることになる。
分析者は操作部8により比較したい複数(通常2つ)の生体組織(小領域)を指定する(ステップS5)。このときには、例えば表示部9の画面に表示された光学顕微画像上で任意の点を指定することで該点が含まれる小領域を特定し、2つの任意の点の指定によって比較する2つの小領域を指定することが可能である。小領域が決まると、領域特異的ピーク情報抽出処理部43は領域別ピーク情報記憶部52に記憶されている各領域毎の発現情報のピーク集合をそれぞれ読み出す(ステップS6)。
領域特異的ピーク情報抽出処理部43は異なる小領域同士の発現情報を比較することで、それらを互いに識別し得るような領域特異的なピークを抽出する(ステップS7)。一般に領域特異的なピークは1つとは限らない。そこで、複数のピークの組み合わせにより領域特異的なピーク集合を探索するため、機械学習理論で用いられているアダブースト(AdaBoost)アルゴリズムなどの機械学習アルゴリズムを用い、統計的処理により領域特異的ピーク集合を抽出するとよい。もちろん、特殊な場合として、単一のピークのみが領域特異的であるものも、このアルゴリズムで探索可能である。そして、抽出された領域特異的ピーク集合を、特異的ピーク情報記憶部53に格納して(ステップS8)処理を終了する。なお、領域特異的なピーク集合を探索するために、アダブーストアルゴリズム以外に知られている様々な統計的判別手法を利用できることは当然である。
ステップS3で導出される領域毎の重要ピーク情報はもともと光学顕微画像に対する分析者の視覚的判断によって選択された小領域毎に求められたものであるから、質量分析データを利用して発現情報を集めたい部位、例えば肝正常部や肝癌部などが光学顕微画像上で或る程度明瞭に識別可能である場合には、この視覚的判断を活かすことにより、精度の高い領域特異的発現情報を収集することができる。
次に、本実施例のイメージング質量分析装置において実施される特徴的なデータ処理手法の1つである細胞特異的発現情報抽出処理について図4、図5を参照して説明する。図4は細胞特異的発現情報抽出処理の手順を示すフローチャート、図5は細胞特異的発現情報抽出処理を説明するための概念図である。
分析者が操作部8からデータ処理開始を指示すると、制御部7の制御の下に顕微観察部2は試料3上の2次元測定対象領域3aの全体又はその一部の光学顕微画像を撮影し、顕微画像処理部6はその画像信号から2次元画像を再構成して表示部9の画面上に描出する。分析者は表示された光学顕微画像を観察し、色や模様などの形態から同一生体組織である範囲を判断して、操作部(ポインティングデバイス)8により同一生体組織内で任意の範囲又は特定の点を指定する(ステップS11)。ここでは、例えば図5に示すように同一生体組織であると判断できる小領域Aの中で範囲A1が設定されたものとする。
次に、ピーク情報抽出部42は指定された範囲に含まれる全ての測定点の中で互いに隣接する任意の2つの測定点を選定する(ステップS12)。そして、その2つの測定点に対するマススペクトルデータをスペクトルデータ記憶部51から読み出して、上記ステップS2と同様の手法でピーク情報をそれぞれ抽出し、さらに上記ステップS3と同様の手法で共通する重要なピーク情報を抽出する(ステップS13)。なお、共通のピークの発現が全く認められない場合には、その旨を一旦記録する。
次に、始めに指定された範囲(例えばA1)に含まれる測定点の中で隣接する2つの測定点の組み合わせが他に存在するか否かが判定され(ステップS14)、存在すればステップS12へと戻り、上記と同様にステップS12〜S14の処理を実行する。したがって、ステップS12〜S14の繰り返しにより、始めに指定された範囲に含まれる全ての測定点について、隣接する2つの測定点の全ての組み合わせについて共通する重要ピーク情報が抽出される。
それから、細胞特異的ピーク情報抽出処理部44は指定範囲内の全ての隣接2測定点の共通ピーク情報を収集し、それらが共通している、即ち、指定範囲内の全ての測定点で共通のピーク発現が認められる場合には、これら測定点が同一の細胞に設定されている又は同種の細胞がそれら測定点の位置に存在するものと解釈し、共通のピーク情報を抽出してそれを信頼度の高い細胞特異的発現情報として特異的ピーク情報記憶部53に格納する(ステップS15、S16)。一方、指定範囲内の測定点で共通のピーク発現が認められない場合には、指定範囲は少なくとも2以上の異種の細胞に跨っていると解釈できるから、細胞特異的発現情報は特異的ピーク情報記憶部53に格納されない。
これにより、或る1つの細胞に特異的な発現情報、つまりm/z値及び強度値を見い出すことができる。したがって、例えば癌細胞について特異的な発現情報を抽出すれば、その癌細胞に関する有益な情報が得られることになる。
上述の細胞特異的発現情報抽出処理では、始めに光学顕微画像を参照して分析者が処理対象の範囲を指定していたが、その範囲を限定せずに共通のピーク情報が見出せる測定点を空間上で連鎖的に探索することにより、共通のピーク発現が認められる範囲を調べることができる。これが、本実施例のイメージング質量分析装置において実施される特徴的なデータ処理手法の1つである空間特異的発現情報抽出処理である。
この処理手順について図6、図7を参照して説明する。図6は空間特異的発現情報抽出処理の手順を示すフローチャート、図7は空間特異的発現情報抽出処理を説明するための概念図である。
まず、空間特異的ピーク情報抽出処理部45は任意の測定点の座標を初期的に設定する(ステップS21)。この測定点は予め決められたアルゴリズムにより自動的に決められるようにしてもよいし、或いは、分析者による操作部8からの指示に基づいて決められるようにしてもよい。次にピーク情報抽出部42は、設定された1つの測定点に空間的に隣接する別の1つの測定点を選定する(ステップS22)。そして、その2つの測定点に対するマススペクトルデータをスペクトルデータ記憶部51から読み出して、上記ステップS2と同様の手法でピーク情報をそれぞれ抽出し、さらに上記ステップS3と同様の手法で共通する重要なピーク情報を抽出する(ステップS23)。ここで共通のピーク情報が存在しない場合には、ステップS24からS25へと進み、初期設定した測定点の座標を変更してステップS22へと戻る。
2次元表面上で隣接する座標位置にある2つの測定点において共通のピーク情報が存在した場合には、前述したように、これら測定点が同一の細胞に設定されている又は同種の細胞がそれら測定点の位置に存在するものと解釈できる。そこで、空間特異的ピーク情報抽出処理部45は、ステップS21又はS25により初期設定された測定点を含み、ステップS22で選定された測定点をさらに含むように着目する領域を空間的に拡大する(ステップS26)。そして、その拡大された着目領域に含まれる全ての測定点について、該測定点とそれに空間的に隣接し着目領域外に位置する測定点との組み合わせの全てに関してステップS23、S24の処理が実行済みであるか否かを判定する(ステップS27)。もし、未処理である測定点の組み合わせが存在する場合には、上記着目領域をさらに拡大できる可能性があるから、一方が着目領域に含まれた未処理の隣接する2つの測定点を新たに選定し(ステップS28)、ステップS23へと戻る。
即ち、ステップS23、S24、S26〜S28の繰り返しにより、イメージング質量分析が実施された2次元領域上で空間的に隣接する2つの測定点に共通するピーク情報(発現情報)が連鎖的に調べられ、共通ピーク情報が抽出可能であればそれらは同一のグループであるとみなされて該グループが占める着目領域が拡大される。これを模式的に示したのが図7(a)であり、この場合には光学顕微画像上で異なる生体組織の区別ができなくても問題ない(それ故に図7(a)では異なる生体組織の境界を点線で示している)。
隣接する測定点に共通ピーク情報がある限り、着目領域は拡大されてゆき、その着目領域を囲む境界を挟んでその内側(つまり着目領域内)に位置する任意の測定点とそれに隣接する外側(つまり着目領域外)に位置する測定点との共通ピーク情報が見つからなくなると、ステップS27からS29へと進んで着目領域の拡大は終了し、その領域が確定する。そこで、制御部7を通してその領域を示すような画像を表示部9の画面に表示する。その結果、例えば図7(b)に示すように、同一の生体組織が着目領域として描画されることになる。
なお、図6に示したのは1つの着目領域を抽出する処理であるが、発現情報が共通する複数の領域を抽出する場合には、ステップS29で1つの着目領域が確定した後にステップS21へと戻り、既に確定した着目領域外に新たに初期的な測定点を定め、その測定点から周囲に向かって連鎖的に発現情報が共通する領域を探索すればよい。これを繰り返すことで、イメージング質量分析が実行された試料3上の2次元領域を形態や性状が近い複数の区画に分割することができる。これは純粋に質量分析結果に基づいた分類であるので、光学顕微画像上には現れない情報に基づいた分類を行うことができ、例えば癌部と正常部とが視覚上区別不可能な場合であっても、癌部の占める範囲を調べることが可能である。
上述した空間特異的発現情報抽出処理を適用した一実測例について説明する。図8は測定対象であるマウス網膜切片の光学顕微画像である。マウス網膜切片の質量分析イメージングは装置校正などにおいて頻繁に利用されており、どのような物質が検出されるのかについては、文献(例えば、Hayasaka et.al.,Development of imaging mass spectrometry (IMS) dataset extractor software, IMS convolution Analytical and Bioanalytical Chemistry, pp.183-193, 2011)などで、一般に知られている。
図8に示したサンプルから質量分析イメージングデータを取得し(レーザ径10μm、250×250ピクセル)、上述した空間特異的発現情報抽出処理を実施した。その結果、従来は知られていなかった18個の物質を抽出することができた。図9(a)は、本方法により新たに抽出された18個の物質の質量電荷比を、全ピクセルの平均マススペクトルの上に示した図である。図9(b)はその各質量電荷比におけるイオンのマッピング画像である。このように空間特異的発現情報抽出処理によれば、光学顕微画像上では明瞭でない物質の分布を調べることが可能となる。
なお、上記実施例は本発明の一例であり、本発明の趣旨の範囲で適宜変形、修正、追加を行っても本願特許請求の範囲に包含されることは当然である。
1…イメージング質量分析部
2…顕微観察部
3…試料
3a…2次元測定対象領域
3b…測定点(微小領域)
4…データ処理部
41…スペクトルデータ収集部
42…ピーク情報抽出部
43…領域特異的ピーク情報抽出処理部
44…細胞特異的ピーク情報抽出処理部
45…空間特異的ピーク情報抽出処理部
5…データ記憶部
51…スペクトルデータ記憶部
52…領域別ピーク情報記憶部
53…特異的ピーク情報記憶部
6…顕微画像処理部
7…制御部
8…操作部
9…表示部

Claims (2)

  1. 試料上の2次元領域内に設定された複数の微小領域に対しそれぞれ質量分析を実行するとともに該試料上の光学顕微画像を取得可能である質量分析装置で収集された質量分析データを処理する質量分析データ処理方法であって、
    a)試料上の所定領域について取得された光学顕微画像に対する視覚的判断に基づいて、同一の組成を有する又は同一の性状を示す部位であるとみなせる小領域を、異なる組成を有する又は異なる性状を示す2以上の部位についてそれぞれ指定する小領域指定ステップと、
    b)前記小領域指定ステップで指定された同一の組成を有する又は同一の性状を示す部位であるとみなせる小領域毎に、その小領域に含まれる全ての微小領域に対する質量分析データを用い、それら微小領域の間で共通性の高いピーク情報をその小領域の発現情報として抽出する発現情報抽出ステップと、
    c)異なる組成を有する又は異なる性状を示す部位における前記小領域毎の発現情報を比較することによって、その発現情報の中から各小領域に特異的な発現情報を抽出する特異的発現情報抽出ステップと、
    を有することを特徴とする質量分析データ処理方法。
  2. 試料上の2次元領域内に設定された複数の微小領域に対しそれぞれ質量分析を実行するとともに該試料上の光学顕微画像を取得可能である質量分析装置で収集された質量分析データを処理する質量分析データ処理装置であって、
    a)試料上の所定領域について取得された光学顕微画像に対する視覚的判断に基づいて、同一の組成を有する又は同一の性状を示す部位であるとみなせる小領域を、異なる組成を有する又は異なる性状を示す2以上の部位についてそれぞれ指定するための小領域指定手段と、
    b)前記小領域指定手段により指定された同一の組成を有する又は同一の性状を示す部位であるとみなせる小領域毎に、その小領域に含まれる全ての微小領域に対する質量分析データを用い、それら微小領域の間で共通性の高いピーク情報をその小領域の発現情報として抽出する発現情報抽出手段と、
    c)異なる組成を有する又は異なる性状を示す部位における前記小領域毎の発現情報を比較することによって、その発現情報の中から各小領域に特異的な発現情報を抽出する特異的発現情報抽出手段と、
    を備えることを特徴とする質量分析データ処理装置。
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