JP5933240B2 - 評価方法、スクリーニング方法、鎮痒物質及び鎮痒剤 - Google Patents

評価方法、スクリーニング方法、鎮痒物質及び鎮痒剤 Download PDF

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Description

本発明は評価方法、スクリーニング方法、鎮痒物質及び鎮痒剤に関する。更に詳しくは本発明は、HDC(L-ヒスチジン脱炭酸酵素)活性化を誘導された表皮のケラチノサイト(角化細胞)を用いて行う被験物質の鎮痒効果の評価方法と、この評価方法によって被験物質群の中から鎮痒物質を選抜するスクリーニング方法と、このスクリーニングにおいて一定の具体的指標に基づいて選抜されるものである鎮痒物質と、この鎮痒物質又はその薬学的に許容される誘導体を有効成分とする鎮痒剤に関する。
痒みは皮膚および粘膜でのみ感じる感覚であるが、非常に不愉快であり、生活の質(QOL:Quality of Life)の低下をもたらす。更に、痒みは引っ掻き反射を引き起こすため、いわゆるitch-scratchサイクルを介して皮疹の発生等の皮膚症状の悪化をもたらす。「itch-scratchサイクル」とは、痒みを感じる部分を掻いてしまい、そのために皮膚に炎症を生じ、あるいは皮膚症状が悪化して、起痒因子や痒みの増強因子により更に痒みが生じるという悪循環をいう。
このような痒みは発症頻度の高い病態であるため、従来、多くの鎮痒剤が開発されているが、鎮痒剤又は鎮痒物質の客観的かつ十分に満足すべき評価方法は未だ提供されていない。その理由として、痒みは発症原因が多様で痒みのメカニズムには不明な点が多いことが挙げられる。更に、臨床では、想像し得る最大の痒みの何%かを主訴してもらうVAS(Visual Analogue Scale)等の評価方法が採用されるが、患者自身の申告による評価は主観が入るため、評価時点での体調や気分等の影響によって左右され、異なる個人間で痒みの強弱を直接比較することも難しい。
そこで実験的に痒みを評価する方法として、例えば下記の特許文献1に記載されたような、鎮痒剤や鎮痒物質を適用した実験動物における痒みに起因する引っ掻き反射行動を指標とした掻破試験が広く知られている。この試験は動物の行動を無人環境下でビデオ撮影し、録画されたビデオテープを観察することで引っ掻き動作をカウントして評価するものであり、ヒトの主観的な評価とは違い客観的な評価である。しかし、実験動物による評価方法では用いる動物の種類や系統によって反応が異なる場合がある。又、特許文献1に記載された方法は、単に動物の引っ掻き反射を観察するだけで、後述する「痒み発生メカニズム」の分析を行っていない。
次に、細胞を用いた試験方法が知られている。例えば、下記の特許文献2に記載された試験方法の場合、PAR2(Protease-Activated Receptor-2)を発現可能な培養細胞と被験物質とを接触させ、PAR2の発現量を測定している。「PAR2」とは、トリプシンやトリプターゼ等のプロテアーゼによって活性化される、Gタンパク共役7回膜貫通型受容体に属する受容体である。しかし、このような細胞培養試験では、細胞培養液に溶解しない脂溶性成分の評価が難しい等の問題がある。又、細胞培養液は緩衝能を持つため、pH等の影響を細胞へ伝えることも難しい。更に、肥満細胞を用いた細胞培養試験では、被験物質が界面活性作用を持つ物質であると、肥満細胞の細胞膜に作用し、その界面活性作用によって肥満細胞からの脱顆粒が生じてしまうという問題もあった。
一方、例えば下記特許文献3〜特許文献6の記載のように、HDCの酵素活性阻害物質を有効成分とするL−ヒスチジン脱炭酸酵素阻害剤も提案されている。しかし、これらの特許文献においては、HDCの酵素活性阻害物質の評価に当たり、HDCとしては予めマウス胃を摘出し、胃をホモジナイズして得られた懸濁液中のHDCを用いてin vitroでの酵素活性評価をヒスタミン産生量で行っている。胃にはECL細胞(Enterochromaffin-like Cells)が存在し、ECL細胞は細胞内に活性型HDCを持ち、細胞内で生成されたヒスタミンを細胞内顆粒として貯蔵できる。この活性化HDCの酵素活性を基質であるL-ヒスチジンを添加し、酵素の働きによって生成されるヒスタミン量で評価している。皮膚組織そのものを用いた評価は行っていない。
特許第4437251号公報 特開2004−170323号公報 特開平8−217674号公報 特開平9−110857号公報 特開平10−059956号公報 特開2006−176480号公報
一般論として、ヒスタミンが痒みに関連していること、及び、ヒスタミンがHDC(L-ヒスチジン脱炭酸酵素)によってL-ヒスチジンから生成されることは周知である。従って、上記の特許文献3〜特許文献6に開示された方法に基づいて評価・選抜されるL−ヒスチジン脱炭酸酵素阻害剤の鎮痒剤としての使用は一概に否定されるものではなく、痒みに対する有効性を一応は推定できる。
しかし、HDC阻害活性の評価によって鎮痒物質を評価する方法は、活性なHDCの存在、あるいは既に痒みを起こしているヒスタミンの存在を前提とした対症療法的な評価方法である。換言すれば、「ヒトを含む動物体の如何なる組織に対する如何なる刺激により、如何なる機序で痒みが発生するか」という痒み発生メカニズムに着目していない。その理由として、痒みという感覚は皮膚および粘膜でのみ感じる感覚であり、皮膚で関与する起痒物質としてのヒスタミンは肥満細胞の脱顆粒によって遊離してくると考えられてきたことが挙げられる。又、肥満細胞の細胞内にはHDCの活性型が存在していることは周知であったが、肥満細胞からの脱顆粒によって発生する痒み機序だけでは説明が出来ない痒みの存在が判明している。従って、かかる評価方法には、以下の2点の問題が予測される。
第1の問題は、当該評価方法により選抜された鎮痒物質が、HDC活性を阻害してヒスタミン産生を抑制するとしても、HDC活性化の原因そのものには作用しない可能性があるため、結果的に鎮痒効果が不十分になる恐れがあるという問題である。
第2の問題は、上記した動物体における従来知られた痒み発生メカニズムが、痒みを伴う疾患に網羅的に効果が期待できるとは限らないという問題である。即ち、当該痒み発生メカニズムに基く評価方法により選抜された鎮痒物質が、たまたま、特定の動物体組織において機序が開始する特定の生理学的プロセスに基づく痒み発生メカニズムに対して優秀な効果を示したとしても、異なる動物体組織において機序が開始する異なる生理学的プロセスに基づく痒み発生メカニズムに対して有効であるかどうかは分からない。
上記の「動物体における痒み発生メカニズム」については、従来、例えば上記特許文献3〜特許文献6においても直接的又は間接的に示唆されているように、「皮膚の真皮に存在する肥満細胞に対する一定の刺激により、当該肥満細胞中のヒスタミンが細胞外へ放出され、このヒスタミンが知覚神経上に存在するヒスタミン受容体に結合して痒みシグナルを中枢に伝達する」とする周知の見解がある。この見解によれば、合理的かつ痒み発生メカニズムに着目した評価方法として、動物の肥満細胞に痒みの原因となる刺激を与え、併せてこの細胞に鎮痒効果評価用の被験物質を作用させて、その鎮痒効果を評価するという方法が考えられる。
しかしながら、もし、上記見解に係る痒み発生メカニズムとは異なる痒み発生メカニズムが存在しているとすれば、そのような未知の痒み発生メカニズムに基づく痒みに対して有効な鎮痒物質は、上記の肥満細胞を用いる方法では正当に評価できない可能性がある。
そこで本発明は、動物体における上記周知の痒み発生メカニズムとは異なる痒み発生メカニズムの存否を探索し、かつ、未知の痒み発生メカニズムを知り得た場合には、その痒み発生メカニズムに基づく痒みに対して有効な鎮痒物質を評価し、スクリーニングし、取得する手段を提供することを、解決すべき課題とする。
本願発明者は、上記課題の解決手段を追求する過程で、一定の刺激性物質の作用により表皮ケラチノサイト内のHDCの活性化が誘導され、その結果としてケラチノサイトでヒスタミンが産生(即ち、生成及び細胞外放出)され、これが皮膚に痒みを生じるという、今までに知られていなかった新規な知見を得た。本発明は、このような知見に基づいて完成された。
(第1発明の構成)
上記課題を解決するための第1発明の構成は、哺乳動物表皮のケラチノサイト(角化細胞)における活性化誘導されたHDC(L-ヒスチジン脱炭酸酵素)に対する活性阻害効果によって被験物質の鎮痒効果を評価する、評価方法である。
上記の第1発明において、「ケラチノサイトにおける活性化誘導されたHDC」とは、一定の刺激性物質の作用により、本願発明者の新規知見に係る痒み発生メカニズムに基づいて活性化が誘導された、ケラチノサイト内のHDCを言う。
(第2発明の構成)
上記課題を解決するための第2発明の構成は、前記第1発明に係る評価方法が、ケラチノサイトに対して下記(1)、(2)のプロセスを同時に又は相前後して行ったもとで、前記ケラチノサイトにおけるHDC活性化率及びヒスタミン産生率の少なくとも一方の値を指標として被験物質の鎮痒効果を評価する方法である、評価方法である。
(1)哺乳動物表皮のケラチノサイトを刺激してHDCの活性化を誘導する活性化誘導プロセス。
(2)哺乳動物表皮のケラチノサイトを鎮痒効果評価用の被験物質に暴露し、又は前記被験物質を前記哺乳動物に投与する活性化阻害プロセス。
上記の第2発明において「HDC活性化率」とは、要するに上記(1)及び(2)のプロセスを行った場合のHDCの酵素活性の指数a1を、実質的に上記(1)のプロセスのみを行った場合(コントロール試験)におけるHDCの酵素活性の指数a2に対する比較として表したものを言う。ここにおいて指数a1と指数a2の「比較」の態様は限定されないが、例えば、a1/a2(%)で表すことができる。酵素活性の指数a1、a2の内容も限定されないが、例えば、基質であるL-ヒスチジンに対する一定条件下での脱炭酸反応量を示すパラメーターであっても良く、ケラチノサイトにおける活性型HDCと不活性型HDC(HDC前駆体)との量比を示すパラメーターであっても良い。活性型HDCは約53kDa、不活性型HDCは約74kDaであるから、両者の量比は例えばウエスタンブロット法を利用して求めることができる。又、「実質的に上記(1)のプロセスのみを行った場合(コントロール試験)」としては、例えば、上記(1)のプロセスを行い上記(2)のプロセスは行わなかった場合が例示され、上記(1)のプロセスを行うと共に(2)のプロセスでは被験物質溶液に代えてその溶媒(例えば、水)のみを用いる場合も例示される。
又、上記の第2発明において、「ヒスタミン産生率」とは、上記(1)及び(2)のプロセスを行った場合のケラチノサイトでのヒスタミン産生量b1を、実質的に上記(1)のプロセスのみを行った場合(コントロール試験)におけるヒスタミン産生量b2に対する比較として表したものを言う。そして「ヒスタミン産生量」とは、コントロール試験の場合も含めて、活性化誘導プロセスを通じてケラチノサイトで生成されたヒスタミンの総量を言う。ヒスタミン産生量は、その測定時におけるヒスタミンの細胞(ケラチノサイト)内残留量(X)と細胞外放出量(Y)との合計値(X+Y)として求めることができる。又、ここにおいて、「比較」、「実質的に上記(1)のプロセスのみを行った場合(コントロール試験)」の意味は、「HDC活性化率」について上記したものと同様である。
(第3発明の構成)
上記課題を解決するための第3発明の構成は、前記第1発明又は第2発明に係る評価方法において、ケラチノサイトとしてヒトの表皮のケラチノサイトを用いる、評価方法である。
(第4発明の構成)
上記課題を解決するための第4発明の構成は、前記第1発明又は第2発明に係る評価方法において、ケラチノサイトとしてヒト培養表皮のケラチノサイトを用いる、評価方法である。
(第5発明の構成)
上記課題を解決するための第5発明の構成は、前記第1発明〜第4発明のいずれかに係る評価方法において、鎮痒効果を評価するための被験物質が皮膚の痒みに対する鎮痒効果を評価するための被験物質である、評価方法である。
(第6発明の構成)
上記課題を解決するための第6発明の構成は、前記第1発明〜第5発明のいずれかに係る評価方法において、HDCの活性化誘導手段が界面活性剤である、評価方法である。
(第7発明の構成)
上記課題を解決するための第7発明の構成は、第1発明〜第6発明のいずれかに記載の評価方法によって、鎮痒効果を評価するための被験物質群の中から鎮痒物質を選抜する、スクリーニング方法である。
(第8発明の構成)
上記課題を解決するための第8発明の構成は、第7発明に記載のスクリーニング方法によって、下記の(3)及び(4)の少なくとも一方を満足することを指標として選抜される、鎮痒物質である。
(3)HDC活性化率の値が75%以下である。
(4)ヒスタミン産生率の値が60%以下である。
(第8発明におけるHDC活性化率)
上記の第8発明において、指標としての「HDC活性化率」は以下(1)〜(5)の工程に従って算出される。
(1)哺乳動物表皮としてはヒト培養表皮を用い、その角質層側を上側として培養表皮を培養液表面に接触させた状態で、適宜な条件下にプレインキュベーションして安定化させた後、角質層に対して1(w/v)%ラウリン酸ナトリウム水溶液を滴下し、培養表皮を刺激してHDCの活性化を誘導する。
(2)刺激開始から1分後にラウリン酸ナトリウム水溶液を除去し、蒸留水で十分に洗浄してから、被験物質溶液を暴露し、そのまま適宜な条件下にポストインキュベーションを行う。その際、水溶性の被験物質は水溶液として用い、非水溶性の被験物質は、有機溶媒溶液、そのような有機溶媒溶液を水で希釈した液、又は適宜な界面活性剤を用いて水に可溶化・乳化させた液として用いる。暴露用の被験物質溶液における被験物質の濃度は、1×10−6M(=mol/L)とする。ポストインキュベーションの後、培養表皮を回収する。
(3)回収した培養表皮中のタンパクをタンパク抽出液で抽出し、この抽出液を遠心分離して得た上清であるタンパク溶液中のタンパク量を適宜な手段で定量後、一定量のタンパクに還元剤を加えてタンパク構造中のジスルフィド結合を切断してから、ウエスタンブロッティングに供する。そしてタンパク溶液中における不活性型HDC(約74kDa)に対する活性型HDC(約53kDa)の量比(発現量比)を求める。これが第2発明に関して述べた酵素活性の指数a1である。
(4)一方、上記の被験物質溶液に代えてその溶媒のみを用いるという条件変更のもとに、以上の(1)〜(3)の工程を同様に行い、タンパク溶液中における不活性型HDCに対する活性型HDCの量比(発現量比)を求める。これが第2発明に関して述べた酵素活性の指数a2である。
(5)上記の酵素活性の指数a1及びa2より、「(a1/a2)×100(%)」によって、HDC活性化率の値(%)が得られる。
上記のように算出されるHDC活性化率について、鎮痒物質をスクリーニングする上での基準値として「75%以下」を採用した理由は次の通りである。即ち、HDC阻害作用が知られるカテキンが、たまたま、本発明に係る鎮痒効果の評価方法おいても優れた成績を示すことが判明している。そしてカテキンを1×10−6M(=mol/L)の水溶液として用いた場合のHDC活性化率が75.1%(図10参照)であったので、これを参考にして、「75%以下」をHDC活性化率のスクリーニング上の基準値とした。
(第8発明におけるヒスタミン産生率)
上記の第8発明において、指標としての「ヒスタミン産生率」は以下のようにして算出される。即ち、上記のように(1)、(2)の工程を行い、培養表皮の回収時における培養表皮及び培養液のヒスタミン量を適宜な測定キットを用いて定量する。ここで、培養表皮のヒスタミン量は第2発明に関して述べた「ヒスタミンの細胞内残留量(X)」であり、培養液のヒスタミン量は第2発明に関して述べた「ヒスタミンの細胞外放出量(Y)」であるから、両者の合計値が第2発明で言うヒスタミン産生量b1に該当する。一方、被験物質溶液に代えてその溶媒のみを用いるという条件変更のもとに、上記と同様に(1)、(2)の工程を行い、培養表皮の回収時における培養表皮及び培養液のヒスタミン量を同上の測定キットを用いて定量する。両者の合計値が第2発明で言うヒスタミン産生量b2である。ヒスタミン産生量b1及びヒスタミン産生量b2から、「(b1/b2)×100(%)」の計算によりヒスタミン産生率の値(%)が得られる。
上記のように算出されるヒスタミン産生率について、鎮痒物質をスクリーニングする上での基準値として「60%以下」を採用した理由は次の通りである。即ちHDC阻害作用が知られるカテキンの1×10−6M(=mol/L)水溶液を用いた場合のヒスタミン産生率が59.6%(図17参照)であったので、これを参考にして「60%以下」をヒスタミン産生率のスクリーニング上の基準値とした。
(第9発明の構成)
上記課題を解決するための第9発明の構成は、第8発明に記載の鎮痒物質又はその薬学的に許容される誘導体を有効成分とし、皮膚の痒みに対して用いるものである、鎮痒剤である。
この明細書において「薬学的に許容される誘導体」として、例えば、親分子である化合物のそれぞれ薬学的に許容される塩、エステル、当該エステルの塩等が挙げられる。又、いわゆるプロドラッグ、即ち、生物体に経口摂取あるいは経皮吸収された場合において、もしくは生物体の培養組織内や培養細胞内の取り込まれた場合において、代謝により親分子を生成し得る各種の誘導体も例示される。
(第10発明の構成)
上記課題を解決するための第10発明の構成は、第8発明に記載の鎮痒物質又はその薬学的に許容される誘導体を有効成分とし、外用剤として用いるものである、鎮痒剤である。
本願発明者の研究によって、一定の刺激に基づく表皮ケラチノサイト内でのHDCの活性化誘導、及びその結果としてのケラチノサイト内でのヒスタミン産生とその遊離による皮膚の痒みの発生という、従来は知られていない痒み発生メカニズムの存在が見出された。更に、動物実験においても、一定の刺激物質の塗布により掻破行動が確認され、この掻破行動は、ケラチノサイトが産生したヒスタミンを介する反応であることが見出された。従って、第1発明によれば、この痒み発生メカニズムに基づく痒みに対して有効な鎮痒物質を正確に評価し、スクリーニングし、取得することができる。
第1発明の評価方法は、特に、一定の刺激に基づき肥満細胞中のヒスタミンが細胞外へ放出されて痒みを発生するという旧知の痒み発生メカニズムに立脚する鎮痒効果の評価方法に比較して、次の第1、第2の利点がある。
第1に、痒みは皮膚表層に起こる感覚である。そのため痒みを検討する実験では皮膚表層に刺激を加えることが望ましい。皮膚への刺激を与える因子として、例えば皮膚に付着して経皮吸収される各種の化学物質、皮膚に作用する光線等がある。これらの刺激は、皮膚の真皮に存在する肥満細胞よりも、皮膚の表皮に存在するケラチノサイトにまず作用すること、かつ、肥満細胞に対するよりも、ケラチノサイトに対してより強く作用するであろうことが推測できる。従って、外因性の刺激に基づく痒みに対する鎮痒物質の評価方法としては、従来の肥満細胞を利用する評価方法よりも、第1発明の評価方法の方が好適である可能性がある。
第2に、皮膚の痒みに対する鎮痒物質は皮膚外用剤の形態で用いられることが多い。皮膚外用剤は、皮膚に塗布することで局所的に痒みの抑制を期待している。このように皮膚に外用した場合、皮膚の最外層の角質層から外用剤が吸収され表皮にまず作用することは容易に想像がつく。また表皮を構成する細胞の90%以上がケラチノサイトである。従って、第1発明の評価方法は、皮膚外用剤の形態で使用され得る鎮痒物質の評価方法として特に好適であると考えることができる。
次に、第2発明の評価方法においては、(1)の活性化誘導プロセスでは哺乳動物表皮のケラチノサイトのHDCを活性化させてヒスタミン産生を促す一方、(2)の活性化阻害プロセスではケラチノサイトを鎮痒効果(HDC活性阻害効果)が期待される被験物質に暴露し、又はその被験物質を哺乳動物に投与することで、ヒスタミン産生の抑制を期待する。即ち、活性化誘導プロセスと活性化阻害プロセスとの効果の大きさのバランスにより被験物質の鎮痒効果が評価される。(1)の活性化誘導プロセスと(2)の活性化阻害プロセスを同時に又は相前後して行うことは合理的であるが、特に好ましくは、(1)の活性化誘導プロセスを行った後に、とりわけ好ましくは、(1)の活性化誘導プロセスを行ってから3時間程度経過した後に、(2)の活性化阻害プロセスを行う。又、第2発明の評価方法において、ケラチノサイトにおけるHDC活性化率及びヒスタミン産生率の少なくとも一方の値を鎮痒効果の評価指標とすることも、好適かつ合理的である。
本発明の評価に用いるケラチノサイトの種類は限定されないが、第3発明のようにヒトの表皮のケラチノサイトを用いることが特に好ましい。
第4発明のように、ケラチノサイトとしてヒト培養表皮のケラチノサイトを用いることが、とりわけ好ましい。第4発明によれば、発明の評価方法を in vitro 試験に置き換えることができる。しかも、特許文献2に記載された試験方法に比較して、水溶性物質及び脂溶性物質を評価でき、「細胞培養液の緩衝能の影響」を無視できる試験方法である。ヒト培養表皮を使用することで、ヒト皮膚と同様の条件で鎮痒物質の鎮痒効果を簡便かつ高い再現性で評価できる。
本発明の評価方法においては、上記した理由から、第5発明のように、鎮痒効果を評価するための被験物質が皮膚の痒みに対する鎮痒効果を評価するためのものであることが、特に好ましい。
本発明の評価方法において、ケラチノサイトに対する「刺激」の種類は、その目的を達する限りにおいて限定されず、例えば、化学物質の付着又は塗布、表皮に対する各種の物理的刺激の負荷(例えば光線の照射)等を例示できるが、特に好適な刺激の一例として、第6発明に規定する界面活性剤(例えばラウリン酸ナトリウム)の付着又は塗布を挙げることができる。
第7発明によれば、上記した被験物質の鎮痒効果の評価方法を利用して、被験物質群の中から、本発明に係る痒み発生メカニズムに基づく痒みに対して有効な鎮痒物質を的確に選抜できるスクリーニング方法が提供される。
第8発明によれば、本発明に係る痒み発生メカニズムに基づく痒みに対して有効な鎮痒物質を的確にスクリーニングするための、従来は予測も示唆もされ得なかった有用な具体的指標が提供される。第8発明は「未だスクリーニングされていない不特定の鎮痒物質」を規定するのではなく、「HDC活性化率の値が75%以下である」又は「ヒスタミン産生率の値が60%以下である」と言う具体的指標によって特定された鎮痒物質、あるいは、実質的に当該具体的指標そのものを規定する。
第9発明、第10発明によれば、第8発明に規定する鎮痒物質又はその薬学的に許容される誘導体を有効成分とし、皮膚の痒みに対して用いる鎮痒剤と、同様に皮膚の痒みに対して外用剤として用いる鎮痒剤が提供される。
本発明に係る被験物質の鎮痒効果評価方法の一実施例を示す。 SLまたはN-LSSの単回局所塗布による掻破行動、皮膚表面pH、皮膚スコア、角質層の水和、バリア機能への影響をICRマウスを用いて検討した結果を示す。各グラフは平均値±標準誤差(n=6-8)で示す。図2(a)は掻破行動、図2(b)は皮膚表面pH、図2(c)は皮膚スコア、図2(d)は角質層の水和、図2(e)はバリア機能(水分蒸散量)の経時的変化を示す。 ICRマウスの組織学的検討結果を示す。グラフは平均値±標準誤差(n=3)で示す。皮膚切片を作成後、TB染色を行った。10-SL塗布2時間後のTB染色像より皮膚中の肥満細胞数をカウントした(皮膚1枚に対してランダムに選ばれた9セクション、1群3匹の細胞数をカウントした)。 10-SLによって誘発される掻破行動に対するTRFの影響を検討した結果を示す。グラフは平均値±標準誤差(n=8)で示す。 10-SLの単回局所塗布による掻破行動の経時的変化を肥満細胞欠損マウスおよびその野生型マウスを用いて検討した結果を示す。各グラフは平均値±標準誤差(n=7)で示す。図5(a)は掻破行動の経時的変化、図5(b)は塗布前と塗布2時間後の掻破回数の変化を示す。 10-SLの単回局所塗布2時間後の表皮中のヒスタミン含有量およびHDC発現量を検討した結果を示す。各グラフは平均値±標準誤差(n=3)で示す。図6(a)は10-SLの塗布前から塗布2時間後、24時間後の表皮中のヒスタミン含有量を示す。図6(b)は10-SLの塗布前から塗布2時間後、24時間後の表皮中のHDC発現量を検討したウエスタンブロットの結果を示す。図6(c)は図6(b)のウエスタンブロットで得られた結果からHDC発現量/β−actin発現量の値を示し、左側のグラフは74kDa のHDCについてのもの、右側のグラフは53kDaのHDCについてのものである。 10-SLの単回局所塗布2時間後の真皮中のヒスタミン含有量およびHDC発現量を検討した結果を示す。各グラフは平均値±標準誤差(n=3)で示す。図7(a)は10-SLの塗布前から塗布2時間後、24時間後の真皮中のヒスタミン含有量を示す。図7(b)は10-SLの塗布前から塗布2時間後、24時間後の真皮中のHDC発現量を検討したウエスタンブロットの結果を示す。図7(c)は図7(b)のウエスタンブロットで得られた結果からHDC発現量/β−actin発現量の値を示し、左側のグラフは74kDa のHDCについてのもの、右側のグラフは53kDaのHDCについてのものである。 SL刺激による培養表皮中のヒスタミン含有量および培養表皮からのヒスタミン産生量、培養表皮中のHDC発現量を検討した結果を示す。各グラフは平均値±標準誤差(n=4)で示す。図8(a)はウエスタンブロットの結果を示す。図8(b)は図8(a)のウエスタンブロットで得られた結果から74kDa HDC発現量/53kDa HDC発現量の比率をNT例の比率を1とした場合の各例の比率示す。図8(c)はSL刺激による培養表皮中のヒスタミン含有量および培養表皮からのヒスタミン産生量、ならびに細胞生存率を示す。 培養表皮を用いたスクリーニング試験で被験物質として(+)体カテキンを用いた際のウエスタンブロットの結果を示す。 培養表皮を用いたスクリーニング試験で被験物質として(+)体カテキンを用いた際のHDC活性化率の結果を示す。 培養表皮を用いたスクリーニング試験で被験物質として(+)体カテキンを用いた際のヒスタミン産生量および細胞生存率の結果を示す。 培養表皮を用いたスクリーニング試験で被験物質としてd−マレイン酸クロルフェニラミンを用いた際のウエスタンブロットの結果を示す。 培養表皮を用いたスクリーニング試験で被験物質としてd−マレイン酸クロルフェニラミンを用いた際のHDC活性化率の結果を示す。 培養表皮を用いたスクリーニング試験で被験物質としてd−マレイン酸クロルフェニラミンを用いた際のヒスタミン産生量および細胞生存率の結果を示す。 培養表皮を用いたスクリーニング試験で被験物質として(+)体カテキンを用いた際のウエスタンブロットの結果を示す。 培養表皮を用いたスクリーニング試験で被験物質として(+)体カテキンを用いた際のHDC活性化率の結果を示す。 培養表皮を用いたスクリーニング試験で被験物質として(+)体カテキンを用いた際のヒスタミン産生量および細胞生存率の結果を示す。
1 容器
2 培養カップ
3 メンブランフィルター
4 アッセイ培地
5 角質層
6 層状部分
7 滴下用器具
8 評価液
次に本発明の実施形態を、その最良の形態を含めて説明する。
〔被験物質の鎮痒効果評価方法〕
本発明に係る評価方法は、哺乳動物表皮のケラチノサイト(角化細胞)における活性化誘導されたHDC(L-ヒスチジン脱炭酸酵素)に対する活性阻害効果によって、被験物質の鎮痒効果を評価する方法である。
本発明に係る評価方法は、より好ましくは、ケラチノサイトに対して下記(1)、(2)のプロセスを同時に又は相前後して行ったもとで、前記ケラチノサイトにおけるHDC活性化率及びヒスタミン産生率の少なくとも一方の値を指標として被験物質の鎮痒効果を評価する方法である。
(1)哺乳動物表皮のケラチノサイトを刺激してHDCの活性化を誘導する活性化誘導プロセス。
(2)哺乳動物表皮のケラチノサイトを鎮痒効果評価用の被験物質に暴露し、又は前記被験物質を前記哺乳動物に投与する活性化阻害プロセス。
評価方法で用いる哺乳動物表皮のケラチノサイトの種類は限定されないが、例えば、ヒトから分離した表皮の、未だ細胞としての活性を失っていないケラチノサイトを用いることができる。又、ヒト表皮のケラチノサイトあるいはヒト培養表皮のケラチノサイトを用いることができる。ヒト培養表皮のケラチノサイトとしては、ヒト3次元培養表皮のケラチノサイトが特に好ましい。
「ヒト3次元培養表皮」とは、実施例において後述するように、ヒト正常表皮細胞を用いて培養し重層化した培養皮膚(培養表皮)であって、形態的にヒト表皮に類似した構造(角質層、顆粒層、有棘層、基底層)を有しているため、実験動物による皮膚刺激性試験の代替材料として有用である。
一方、非ヒト哺乳動物における、その動物体から分離していない表皮のケラチノサイト、その動物体から分離した表皮のケラチノサイト、その動物体から分離した培養皮膚の表皮のケラチノサイトも用いることができる。非ヒト哺乳動物の種類は限定されないが、例えば実験動物として常用されるサル、ネコ、マウス、ラット等を適宜に選択して用いることができる。
従って、本発明に係る評価方法は、例えば非ヒト哺乳動物を用いた動物実験として行うこともできるし、ヒトから分離した表皮、又は非ヒト哺乳動物の表皮、表皮を含む皮膚、あるいは、ヒト又は非ヒト哺乳動物の表皮あるいは表皮を含む皮膚の培養物を用いて構成された適宜なin vitro実験系を用いて行うこともできる。
〔HDCの活性化誘導手段〕
ケラチノサイトに刺激を与え、ケラチノサイト内のHDCの活性化を誘導する手段としては、一般的には、前記した本願発明者の新規知見に係る痒み発生メカニズムを発動させる刺激因子が限定なく含まれるが、好ましくは、皮膚に対して付着、塗布等されることによりケラチノサイトに刺激を与え、上記の痒み発生メカニズムを発動させる固体状又は液体状の化合物、化学物質、組成物等であるHDC活性化誘導物質を言う。
本発明の評価方法において好ましいHDC活性化誘導物質として、「皮膚に痒みを起こす」とされる各種の化合物、化学物質、組成物等が例示され、特に好ましい例示として、界面活性剤(例えば、ラウリン酸ナトリウム)等が挙げられる。
〔活性化誘導プロセス〕
本発明の評価方法における「活性化誘導プロセス」とは、ケラチノサイトを刺激してHDCの活性化を誘導するプロセスを言う。具体的な活性化誘導プロセスとしては、実験動物の皮膚に対するHDC活性化誘導物質の接触、付着、塗布、スプレー等や紫外線照射が例示される。又、ヒトから分離した表皮、又は非ヒト哺乳動物の表皮、表皮を含む皮膚、あるいは、ヒト又は非ヒト哺乳動物の表皮あるいは表皮を含む皮膚の培養物に対してHDC活性化誘導物質を接触、付着、塗布、スプレー等や紫外線照射すること、更には、培養皮膚等をHDC活性化誘導物質の溶液に浸漬させることも例示される。
〔活性化阻害プロセス〕
本発明の評価方法における「活性化阻害プロセス」とは、上記活性化誘導プロセスと同時に又は相前後して行うプロセスであって、ケラチノサイトを鎮痒効果評価用の被験物質に暴露し、又は被験物質を当該哺乳動物に投与するプロセスである。このような暴露又は投与の方法は限定されないが、「暴露」としては、活性化誘導プロセスの場合と同様のケラチノサイトを含む皮膚等に対する被験物質の接触、付着、塗布、スプレー等の他に、ケラチノサイトを含む皮膚等を被験物質の溶液に浸漬させることも例示される。従って、ケラチノサイトを含む皮膚等をHDC活性化誘導物質と被験物質の混合溶液に浸漬する実験系も考えられる。又、「投与」としては、活性化阻害プロセスを行った哺乳動物に対して外用適用、経口摂取、皮内注射、皮下注射その他の方法で被験物質を投与することが例示される。
〔スクリーニング方法〕
本発明に係るスクリーニング方法は、上記の各実施形態に係る評価方法によって、鎮痒効果を評価するための被験物質群の中から鎮痒物質を選抜する方法である。
多くの被験物質群の中から鎮痒物質を選抜するためには、具体的な選抜の指標が必要である。この選抜の指標は、鎮痒物質に対する要求性能に応じて定まるため、一律に規定することはできない。しかし、好ましい指標として、「(3)HDC活性化率の値が75%以下である」及び「(4)ヒスタミン産生率の値が60%以下である」の少なくとも一方を満足することを例示することができる。
ここにおいて、上記(3)の指標における「HDC活性化率」、及び上記(4)の指標における「ヒスタミン産生率」は、前記した「第8発明の構成」欄で説明した通りの意味である。
〔鎮痒剤〕
本発明に係る鎮痒剤の第1のカテゴリーは、上記のスクリーニング方法によって選抜された鎮痒物質、又はその薬学的に許容される誘導体を有効成分とし、皮膚の痒みに対して用いるものである鎮痒剤である。
本発明に係る鎮痒剤の第2のカテゴリーは、上記のスクリーニング方法によって選抜された鎮痒物質、又はその薬学的に許容される誘導体を有効成分とし、外用剤として用いるものである鎮痒剤である。
鎮痒剤の剤型は限定されないが、鎮痒剤が外用剤である場合には、例えば塗布用の溶液剤又は乳化液剤、スプレー用の溶液剤又は乳化液剤、軟膏剤、クリーム剤、液剤、ゲル剤、ローション剤、チック剤、パップ剤、プラスター剤、テープ剤、パッチ剤、エアゾール剤等が例示され、鎮痒剤が経口用である場合には、例えば錠剤、丸剤、散剤、顆粒剤、エリキシル剤、カプセル剤、懸濁剤、乳剤、酒精剤、シロップ剤、浸剤、煎剤、チンキ剤、トローチ剤、芳香水剤、リニメント剤、リモナーゼ剤、流エキス剤、ローション剤等が例示され、鎮痒剤が注射用である場合には、例えば注射用の溶液剤等が例示される。上記の内、特に外用剤としての軟膏剤や、液剤、ゲル剤、ローション剤、チック剤、パップ剤、プラスター剤、テープ剤、パッチ剤、エアゾール剤等が好ましい。
次に本発明の実施例を説明する。本発明の技術的範囲は以下の実施例によって限定されない。
〔HDC活性化誘導物質〕
本実施例ではHDC活性化誘導物質として界面活性剤に着目し、具体的には、特にアニオン性界面活性剤であるラウリン酸ナトリウムを用いた。界面活性剤はシャンプー、ボディソープ、ハンドソープ、洗顔用洗浄剤等の皮膚洗浄剤だけでなく、衣類用洗剤や食器用洗剤等にも使用されており、皮膚の洗浄という基本機能を持つ反面、皮膚の乾燥、肌荒れや痒み等の原因となることもある。界面活性剤の中でもアニオン性界面活性剤は優れた洗浄力のため一般的に使用され、皮膚に接触する頻度が高い。アニオン性界面活性剤の中にはヒトや動物の皮膚に対して刺激性を有するものがある。
〔実施例で用いた動物及び培養皮膚〕
(1)動物として、ICRマウス、肥満細胞欠損マウス(WBB6F1−W/WVマウス)及び肥満細胞欠損マウスの野生型マウス(WBB6F1−+/+マウス)を用いた。これらはいずれも、日本SLC社より購入した。これらは全て雄性、7〜8週齢を使用した。動物は、温度22±2℃、湿度55±10%の恒温恒湿環境下にて、自由給水下に固形飼料を摂取させ、7日以上の予備飼育を経て試験に使用した。
(2)培養表皮としてジャパン・ティッシュ・エンジニアリング社のヒト三次元培養皮膚(培養表皮)「LabCyte EPI-MODEL」を用い、後述の図1に示す装置によって、皮膚刺激性試験を行った。実施例、コントロール等の各試験において、同一のサイズ(同一の角質層表面積)のヒト三次元培養皮膚(培養表皮)を用いた。
(試薬)
後述の第1実施例群及び第2実施例群において、HDC活性化誘導物質として、アニオン性界面活性剤であるラウリン酸ナトリウム(SL)、アニオン性界面活性剤であるN-ラウロイルサルコシンナトリウム(N−LSS)を、蒸留水に溶かして用いた。これらの水溶液は、動物実験においてはマウス吻側背部に50μL塗布した。溶媒対照群には蒸留水を塗布した。塗布する際に、界面活性剤水溶液が固まっていた場合は、37℃の湯浴で温めて溶かしてから使用した。第1実施例群において抗ヒスタミン薬として用いたテルフェナジン(TRF)は0.5%カルボキシルメチルセルロースナトリウム塩(CMC-Na)に溶かし、動物実験においては界面活性剤溶液の塗布の1時間半後に経口投与した〔体重10g当り0.05mL(30mg/kg) 経口投与した〕。溶媒対照群には0.5%CMC-Naを投与した。第2実施例群において、鎮痒効果評価用の被験物質としてはカテキンとd−マレイン酸クロルフェニラミンを用いた。
〔第1実施例群:活性化誘導プロセスの実施〕
1)動物実験の実施例
動物実験の方法:
使用マウスの吻側背部を刈毛・除毛した後、少なくとも3日以上経ってから試験に用いた。吻側背部には0.1%(pH=7.6)、1%(pH=9.8)、10%(pH=10.1)SL水溶液及び10%(pH=7.7)N−LSS水溶液を塗布した。(塗布した時点を0時間とした)。皮膚の炎症度合いを4段階でスコア化した。0:変化なし、1:軽度な発赤、2:中程度な発赤、3:重度な発赤。
皮膚のスコア化、角層水分量、水分蒸散量を界面活性剤塗布前、塗布24時間後に測定した。皮膚表面のpH測定は界面活性剤塗布前、塗布2、24時間後に測定した。
行動観察:
マウスの掻破行動はKuraishiらの報告を参考に実施した。すなわち、4つに仕切ったアクセル製の箱(13×9×35cm)に4匹のマウスを入れ、少なくとも1時間は順化させ、無人環境下でビデオ撮影を行って行動を記録した。その後、ビデオ観察によって後肢による吻側背部の掻破行動を計数した。一連の掻き行動(後肢で塗布部位である吻側背部を引っ掻き、後肢を下ろすまでの行動を示す)を1カウントとして、60分間の掻破回数を目視にて計数した。
組織学的検討:
心血液循環系を利用して、灌流固定後に皮膚を採取した。24時間4%パラホルムアルデヒドリン酸緩衝液で固定を行った後、パラフィンに埋没させ3μmで切片を作成し、ヘマトキシリンエオジン(HE)染色あるいはトルイジンブルー(TB)染色を行った。またTB染色像を用いて、皮膚中の肥満細胞数をカウントした(皮膚1枚に対してランダムに選ばれた9セクション、1群3匹の細胞数をカウントした)。
マウス皮膚中のヒスタミン量:
界面活性剤塗布前、塗布2、24時間後の皮膚中のヒスタミン量を測定した。マウスは麻酔下で殺し、PBSで灌流後、皮膚を回収した(直径18mmの円状の生体パンチでくり抜いた)。回収した皮膚を60℃のPBSに30秒間浸した後、表皮と真皮に分けた。その後、表皮中・真皮中のヒスタミン量を測定キットを用いて測定した。
ウエスタンブロット:
表皮中のHDCをウエスタンブロット法により定量した。なお、後述するように、同様の実験をヒト3次元培養皮膚でも実施した。表皮タンパクはMammalian cell lysis kitを用いて抽出した。それぞれの群のマウス表皮中タンパクの一定量を電気泳動しHDC発現量を評価した。
[電気泳動条件]
使用ゲル: Nupage 4%-12% Bis-tris gels (Invitrogen Corp., Carlsbad, CA)
泳動緩衝液: 3-モルホリノプロパンスルホン酸(MOPS)緩衝液
電流・泳動時間: 200V、100分
[転写条件]
使用メンブレン: Polyvinylidene Fluoride (PVDF) membrane
泳動緩衝液: NuPAGE Transfer Buffer (Invitrogen Corp., Carlsbad, CA)
電流・泳動時間: 30V、60分
転写後、1〜2%スキムミルク水溶液でブロッキングをおこなった。ブロッキング後、1次抗体処理、2次抗体処理した後、蛍光スキャナーでバンドの検出を行った。その後、検出されたバンドを画像解析ソフトScion Image(Scion. Corp., Frederick,
MD, USA)を用いて定量した。Scion Imageは、数値化したいタンパク質のバンドを選択し、バンドの面積及び色調の濃さを読み取り、これに基づき当該タンパクの発現量に相当する数値を検出するソフトである。
2)ヒト三次元培養表皮を用いた実験の実施例
試験の方法:
試験方法を図1に基づいて説明する。上端が開口した容器1には、培養カップ2のメンブランフィルター3を含む部分が浸漬される水位まで、予め、アッセイ培地4を充填する。次に、培養カップ2を、そのメンブランフィルター3上に角質層5と、顆粒層、有棘層及び基底層からなる層状部分6とを備えるヒト三次元培養表皮をセットしてから、容器1に嵌め込む。この状態で37℃・5%CO条件下で1〜2時間プレインキュベーションを実施する。プレインキュベーション後に、前記第2発明の活性化誘導プロセスを実行する。具体的には適宜な滴下用器具7を用いてHDC活性化誘導物質の溶液を角質層5上に滴下し、培養表皮を暴露・刺激する。適宜な時間培養皮膚に刺激を加えた後にHDC活性化誘導物質の溶液を洗浄除去し、適宜な時間ポストインキュベーションを実施する。ポストインキュベーンを実施している最中に、前記滴下用器具7とは別の滴下用器具7を用いて、鎮痒効果評価用の被験物質を含む評価液8を角質層5上に滴下する。この状態において、前記第2発明の活性化阻害プロセスが実行される。HDC活性はこの培養表皮を用いて測定され、ヒスタミン量はアッセイ培地4を用いて測定される。
培養表皮中のヒスタミン量及び培養液中のヒスタミン量:
前記のヒト三次元培養表皮を用いて、培養表皮及び培養液中のヒスタミン量、即ちケラチノサイト中に残留するヒスタミン量及びケラチノサイトから培養液に放出されたヒスタミン量を測定した。0.1%(pH=7.6)、0.5%(pH=8.9)、又は1.0%(pH=9.8)のSL水溶液を培養表皮に滴下し、1分後にSL水溶液を培養表皮上から回収し、蒸留水で洗浄した後に3時間培養した。即ち、培養表皮をSLで1分間刺激した。3時間後に培養表皮及び培養液を回収し、培養表皮及び培養液中のヒスタミン量を測定キット(histamine enzyme immunoassay kit(Immunotech, Marseilles, France))を用いて測定した。又、培養表皮を用いてMTTアッセイにより細胞生存率を求めた。MTTとは、3-(4,5-dimethythiazol-2-yl)-2,5-diphenyl tetrazolium bromideである。
統計処理
データは平均±標準誤差(SEM)で示した。統計はDunnett's multiple comparisons もしくはStudent's t-testを用いた。危険率(p)が5%未満を有意差ありとした。統計解析に使用したソフトはStatLight(Yukms Co., Ltd., Tokyo, Japan)である。
〔第1実施例の結果〕
1)動物実験の結果
ICRマウスに対するSL単回処置、N−LSS単回処置によって痒み誘発が起きるかどうかを、掻破回数(Scratch bouts per hour)、皮膚表面pH、皮膚スコア、角層水分量及びTEWLへの影響によって評価した。その結果、図2(c)〜(e)に示すように、SL及びN−LSSの両界面活性剤ともに角層水分量、TEWLおよび皮膚スコアには変化が認められなかった。一方、図2(a)、(b)に示すようにSL単回処置により皮膚表面pHは塗布2時間後に塗布前よりもアルカリ側にシフトした。皮膚表面pHの変動と同様、掻破回数は塗布2時間後に塗布前よりも増加した。これらの変動は塗布24時間後には塗布前のレベルまで戻っていた。一方、N−LSS単回処置では、変化が認められなかった。
図2及び以下の各図において、「NT」は無処置例(活性化誘導プロセスも活性化阻害プロセスも行わなかった試験例)を示し、「Vehicle」は溶媒(蒸留水)のみで処理した試験例を示す。又、例えばSLについて「0.1-SL」との表記はSLの0.1(w/v)%水溶液暴露例を示す。
皮膚の組織学的検討:
皮膚表面pH変動に伴う痒みに関連する反応を特徴づけるため、組織学的な影響を調べた。図示は省略するが、HE染色の結果、10%SL水溶液塗布例と水塗布例の間に変化はなく、炎症性細胞浸潤等は認められなかった。TB染色の結果、図3に示すように、10%SL水溶液塗布例と水塗布例の両例ともに肥満細胞数に変化はなかった。又、染色度合いから肥満細胞の脱顆粒が生じた形跡は殆ど確認されなかった。
掻破行動への抗ヒスタミン薬の影響:
SL水溶液塗布によって生じる掻破行動が痒みに関連した反応かどうかを確認するため、SL水溶液塗布2時間後の掻破行動における抗ヒスタミン作用を有する抗アレルギー薬であるTRFの影響を調べた。図4に示すように、TRF(30mg/kg)の経口投与はSL水溶液塗布によって生じる掻破行動を有意に抑制した。
肥満細胞欠損マウスでの掻破行動:
肥満細胞欠損マウスおよびその対照正常マウスとしての前記野生型マウスにおいてSL水溶液塗布を行うと、図5(a)に示すように、両マウスとも塗布2時間後に掻破行動が明らかに増加した。又、図5(b)に示すように、掻破回数は肥満細胞欠損マウスおよびその対照正常マウスにおいて同程度であった。
ICRマウス皮膚中のヒスタミン量およびHDC活性:
SL処置によってマウス表皮中のヒスタミンレベルが上昇しているか否か、HDCの活性化が生じているか否かを検討した。その結果、図6(b)、(c)に示すように、HDCの活性型(53kDa)がSL水溶液塗布2時間後に有意に上昇し、塗布24時間後には塗布前のレベルにまで戻っていた。更に、図6(a)に示すように、表皮中のヒスタミンレベルも同様に塗布2時間後に増加し、塗布24時間後には塗布前のレベルに戻っていた。一方、表皮の場合と同様にして検討した真皮のヒスタミンレベルは、図7(a)〜(c)に示すように、塗布前、塗布2時間後、24時間後のどのタイミングでも変化はなかった。ヒスタミン量の測定においては、表皮、真皮ともに組織を粉砕した組織懸濁液を作成し、遠心分離をした後、上清を採取し、その上清中のヒスタミン量を測定した。なお、肥満細胞のようなヒスタミンを細胞内に貯蔵できる細胞の場合、上記の操作を行って測定したヒスタミンは細胞内由来か細胞外由来かは分からない。
2)ヒト三次元培養表皮を用いた実験の結果
培養表皮中のヒスタミン量及びHDC活性:
表皮を構成する細胞のほとんどがケラチノサイトであることから、ケラチノサイトへの反応性を検討した。即ち、ラウリン酸ナトリウムの作用点を探索する目的で培養表皮(ケラチノサイト)に対する反応性を検討した。その結果、図8(a)〜(c)に示すように、濃度依存的かつpH依存的に、細胞内HDCの活性化が確認され、細胞外ヒスタミン産生が上昇していた。又、細胞生存率をMTTアッセイによって確認したところ、検討した濃度においては細胞毒性は確認されなかった。
通常、in vitroの試験では、細胞が死んでいた場合、細胞内の物質が細胞外に放出されたり、死んだ細胞の断片が生きている細胞に何らかの刺激を加えてしまうこと等が考えられるが、本試験では、試験系に存在する細胞が生きていることを基本的に確認している。
〔第2実施例群:活性化誘導プロセス及び活性化阻害プロセスの実施〕
1)HDC活性化率を用いた被験物質の鎮痒効果評価
ヒト3次元培養皮膚(以下、培養皮膚)を用いて被験物質の鎮痒効果を評価した。即ち、まずインキュベーターを用いて培養皮膚を37℃、5%COで1〜2時間のプレインキュベーションを行い、培養皮膚を安定化させた。次に培養皮膚の角質層側に1(w/v)%SL水溶液を滴下して培養皮膚に1分間刺激を加え、HDCの活性化誘導を促した。暴露1分後に1%SL水溶液を取り除き、蒸留水で3回培養皮膚を洗浄した。被験物質の適用方法としては、(1)1%SL水溶液暴露後、角質層側に被験物質を暴露する方法、(2)培養液中に被験物質を溶解させておく方法、の2通りの方法がある。いづれかの方法により被験物質を暴露した後、一定時間インキュベータ内でポストインキュベーションを行った。又、被験物質を暴露するタイミングは1%SL水溶液暴露後でも、暴露の数時間後でも良い。ポストインキュベーション(3時間又は5時間)後、培養皮膚を回収し、タンパク抽出液であるSigma社製のMammalian cell lysis kit(MCL1)で培養皮膚タンパクを抽出した。
このタンパク抽出液を遠心分離し上清をタンパク溶液とした。このタンパク溶液中のタンパク量を、タンパク定量キットであるGEヘルスケアバイオサイエンス社製の2-D Quant Kitを用いて定量後、一定量のタンパクを還元剤である2−メルカプトエタノールを含むサンプルバッファーを加えて95℃で反応にかけることで、タンパク構造中のジスルフィド結合を切断した。これによって分子量を反映した電気泳動が可能となる。
これらの処置を施したタンパク溶液をウエスタンブロッティングに供した。即ち、電気泳動用ゲル(インビトロジェン社製のNuPAGE 4%-12% Bis-tris gels)を用いて、200V、約100分で電気泳動を行った。その結果、分子量に応じてタンパクが分離された。次に、分離したタンパクをメンブレンに転写した。このメンブレンを免疫染色することで、HDC、β-actin(ハウスキーピングプロテインの1種)を検出した。
免疫染色時に使用する1次抗体としては抗HDC抗体rabbit polyclonal antibody against HDC(Progen Biotechnik GmbH, Heiderberg, Germany)を、2次抗体としては抗ウサギIgG抗体fluorophore-labeled donkey anti-rabbit IgG (H+L) antibody(Invitrogen Corp., Carlsbad, CA, USA)をそれぞれ用いた。検出したHDCのバンドを前記画像解析ソフトScion Imageを用いて数値化し、その数値に基づいて、下記の計算式によりHDC活性化率(X)を算出した。HDCと同様にβ-actinも検出した。その際に使用した1次抗体は抗β-actin抗体(rabbit polyclonal antibody against β−actin(Abcam, Tokyo, Japan))であり、2次抗体は前記の抗ウサギIgG抗体である。又、被験物質を含まない溶媒を比較対照とした。
X(%)=〔(a1-53e/a1-74e)/(a2-53c/a2-74c)〕×100・・・(計算式)
上記の計算式において、「a1-53e」は1%SL水溶液でHDC活性化誘導を促した後に被験物質を暴露した際の活性型(53kDa)HDCのバンド数値(Scion Imageを用いたバンドの画像解析から得られた数値)であり、「a1-74e」は1%SL水溶液でHDC活性化誘導を促した後に被験物質を暴露した際の不活性型(74kDa)HDCのバンド数値であり、「a2-53c」は1%SL水溶液でHDC活性化誘導を促した後に被験物質に用いた溶媒を暴露した際の活性型(53kDa)HDCのバンド数値であり、「a2-74c」は1%SL水溶液でHDC活性化誘導を促した後に被験物質に用いた溶媒を暴露した際の不活性型(74kDa)HDCのバンド数値である。
従って上記の計算式は「第2発明の構成」欄で述べた酵素活性の指数a1、a2の比較の1態様としての「a1/a2(%)」であって、コントロール試験として「活性化誘導プロセスを行い、活性化阻害プロセスは行わなかった場合」を採用した場合におけるHDC活性化率を表現している。
2)ヒスタミン産生量を用いた被験物質の鎮痒効果評価
ヒト3次元培養皮膚(以下、「培養皮膚」という)を用いて被験物質の鎮痒効果を評価した。具体的には、上記HDC活性化率の試験方法の場合と同様にポストインキュベーションまでのプロセスを実施した段階で、ウエスタンブロッティングに供する培養皮膚の採取とは別に培養液を回収し、培養液中のヒスタミン量及び/又は培養皮膚中のヒスタミン量を測定した。測定には histamine enzyme immunoassay Kit (Immunotech, Marseilles, France)を用いた。
〔第2実施例の結果〕
以下の各試験例においては、上記の「1)HDC活性化率を用いた被験物質の鎮痒効果評価」の記載に従い(より具体的には、前記の図8(a)〜(c)に関する実施例と同様)、かつ、「2)ヒスタミン産生量を用いた被験物質の鎮痒効果評価」の記載に従って試験を行った。但し、活性化阻害プロセスにおける培養皮膚への被験物質の適用方法が、「培養皮膚への被験物質の暴露」である場合と、「培地中への被験物質の溶解」である場合とに項目分けし、かつ被験物質の種類によって項目分けした。
なお、これらの試験例においては、培養皮膚の培地として、ヒト3次元培養皮膚「LabCyte EPI-MODEL」に添付されている培地をそのまま使用した。
(試験例1:培養皮膚への被験物質の暴露−その1)
被験物質として(+)体のカテキン(右旋性)を用い、活性化阻害プロセスにおける培養皮膚への被験物質の適用方法が被験物質溶液の暴露である場合についての試験例である。被験物質溶液の濃度としては、それぞれ1×10−5M、1×10−6M、1×10−7Mであるものを用いた。
培養皮膚への被験物質の暴露方法として、培養皮膚をまず1%SL水溶液に暴露し、洗浄してから、3時間ポストインキュベーションをした後、(+)体のカテキン水溶液に暴露して、更に2時間ポストインキュベーションを実施した。
試験例1によって得られたウエスタンブロッティングの結果を図9に示す。図9において、各レーンの内容は次の通りである。
レーン1:分子量マーカー
レーン2:1%SL暴露
レーン3:1%SL暴露後、カテキン溶液(1×10−5M)暴露
レーン4:1%SL暴露後、カテキン溶液(1×10−6M)暴露
レーン5:1%SL暴露後、カテキン溶液(1×10−7M)暴露
又、試験例1によって得られたHDC活性化率(%)のグラフを図10に示すが、被験物質としてのカテキンが1×10−6M、又はそれ以上の濃度において、非常に低
更に、試験例1によって得られたヒスタミン産生量(培養液中のヒスタミン量)及び培養皮膚の細胞生存率(%)を図11に示すが、カテキンは1×10−5M及び1×10−6Mの濃度においてヒスタミン産生量を有効に抑制し、かつ、細胞生存率も優れていることが確認された。なお、「細胞生存率」を評価する理由は、HDCは細胞内で活性化誘導が促されるので、細胞生存率が低い場合には試験の正確性を確保できない、という点にある。この理由からは、細胞生存率が1%SL水溶液暴露群と比較して70%未満の場合には試験不適合と判断することができる。
(試験例2:培養皮膚への被験物質の暴露−その2)
被験物質として従来の代表的な抗ヒスタミン薬(鎮痒物質)であるd−マレイン酸クロルフェニラミンを用い、試験例1と同様の試験を行った。被験物質溶液の濃度としては、1×10−6Mであるものを用いた。培養皮膚への被験物質の暴露方法も試験例1と同様とした。
試験例2によって得られたウエスタンブロッティングの結果を図12に示す。図12において、各レーンの内容は次の通りである。
レーン1:分子量マーカー
レーン2:無処置
レーン3:1%SL暴露後、生理食塩水暴露
レーン4:1%SL暴露後、d−マレイン酸クロルフェニラミン(1×10-6M)暴露
次に、試験例2によって得られたHDC活性化率(%)のグラフを図13に示す。図13中でd−マレイン酸クロルフェニラミンは「マレクロ」と表記されている。図13によれば、被験物質としてのd−マレイン酸クロルフェニラミンは、1×10−6Mの濃度において高い値のHDC活性化率を示し、ケラチノサイトにおけるHDC活性化に関与しないことが確認された。
更に、試験例2によって得られたヒスタミン産生率及び細胞(ケラチノサイト)生存率を図14に示すが、d−マレイン酸クロルフェニラミンは、1×10−6Mの濃度においてヒスタミン産生率を十分抑制しなかった。細胞生存率は優れていることが確認された。
細胞生存率はMTPアッセイで評価している。具体的には、MTPを培地に入れると細胞がMTPを取り込む。そうすると、ミトコンドリアが酸化還元反応を起こし、生きている細胞は半透明から青紫色になる。そのような細胞をイソプロパノール中へ入れると細胞膜が破れ、青紫色の色素が出てくるので、この時の吸光度を測定し、細胞生存率を算出する。
(試験例3:培養液中への被験物質の溶解)
被験物質として(+)体のカテキンを用い、活性化阻害プロセスにおける培養皮膚への被験物質の適用方法が培養液中への被験物質の溶解である場合についての試験例である。培養液中の被験物質の濃度としては、それぞれ1×10−5M、1×10−6M、1×10−7Mであるものを用いた。
培養皮膚への被験物質の暴露方法として、培養皮膚をまず1%SL水溶液に暴露し、洗浄してから、(+)体のカテキンが配合された培養液を用いて3時間のポストインキュベーションを行った。
試験例3によって得られたウエスタンブロッティングの結果を図15に示す。図15において、各レーンの内容は次の通りである。
レーン1:分子量マーカー
レーン2:無処置
レーン3:1%SL暴露例
レーン4:1%SL暴露例(カテキン溶液(1×10−5M)を含む培地)
レーン5:1%SL暴露例(カテキン溶液(1×10−6M)を含む培地)
レーン6:1%SL暴露例(カテキン溶液(1×10−7M)を含む培地)
レーン7:No Sample
レーン8:No Sample
レーン9:分子量マーカー
又、試験例3によって得られたHDC活性化率(%)のグラフを図16に示すが、被験物質としてのカテキンが、培養液中の各濃度においてかなり低い値のHDC活性化率を示すことが確認された。
更に、試験例3によって得られたヒスタミン産生率及び細胞生存率を図17に示すが、カテキンは、培養液中の1×10−5M及び1×10−6Mの濃度においてヒスタミン産生率を有効に抑制し、細胞生存率は優れていることが確認された。
〔実施例の考察〕
(第1実施例群)
(1)第1実施例群において、HDC活性化誘導物質(刺激性物質)であるSLによって生じる急性の痒み反応に、ケラチノサイトでのヒスタミン産生の関与が示唆されたことは重要である。
(2)SL水溶液塗布2時間後に掻破行動が確認されたが、塗布24時間後には掻破行動は塗布前のレベルまで戻っていた。又、SL水溶液の単回局所塗布の結果、角層水分量、TEWLおよび皮膚スコアに変化は認められなかった。更に、SL水溶液塗布2時間後に確認された掻破行動が抗ヒスタミン剤であるテルフェナジンの経口投与によって強く抑制された。これらの結果より、SL水溶液塗布によって確認された掻破行動は急性の痒み反応と示唆され、当モデルは急性の痒みメカニズムを考える上で有意義なものであると思われる。
(3)肥満細胞欠損マウスを用いて、SL水溶液塗布によって誘発される痒み反応に対する肥満細胞の意義を調べた結果、肥満細胞欠損マウスでもSL水溶液塗布2時間後に掻破行動が確認された。掻破回数は肥満細胞欠損マウス及び対照正常マウスにおいて同程度であった。角層水分量、TEWLおよび皮膚スコアについてはICRマウスでの検討と同様に水処置群と比較して変化がなかった。これらの結果から、SL水溶液塗布によって生じる痒み反応は肥満細胞以外の関与が疑われる。
(4)SL水溶液塗布によって誘発される痒み反応はテルフェナジン(30mg/kg)の経口投与で抑制されたが、肥満細胞欠損マウスを用いた検討ではSL水溶液塗布による掻破行動が確認された。これらの点から、ICRマウスの皮膚中のヒスタミン量を測定した結果、SL水溶液塗布2時間後の皮膚中のヒスタミン量が表皮で有意に増加しているのに対し、真皮では変化は認められなかった。よって、SL水溶液塗布により生じる急性の痒み反応には表皮中のヒスタミンの関与が示唆される。
(5)そこで、SL水溶液刺激によるICRマウスの皮膚中のヒスタミン産生を測定した結果、SL塗布2時間後において表皮中のヒスタミン量が増加していた。又、HDCの活性化を検討した結果、ヒスタミン量の変化と同様の変化が確認された。
表皮を構成する細胞のほとんどがケラチノサイトであることから、SLのケラチノサイトに対する作用を検討した。その際、pHの影響を考慮でき、in vivoでの検討と同様に塗布することで検討可能な培養皮膚(ヒト三次元培養表皮モデル)を用いた。その結果、SL用量依存的、pH依存的に培養液中のヒスタミン量が増加した、又、細胞中のHDC活性化が確認された。これにより、SL水溶液塗布によって確認される急性の痒み反応にケラチノサイト中のHDCの活性化を介したヒスタミン産生の関与が示唆される。これまで、ケラチノサイトからのヒスタミン産生についての報告は皆無である。
(6)これらの結果から、SL塗布によって生じる痒み反応は肥満細胞の脱顆粒により遊離されたヒスタミンではなく、非肥満細胞によるヒスタミン産生の可能性が示唆される。ヒスタミンが皮膚中で産生されているかを確認するためICRマウスの皮膚を表皮・真皮に分けヒスタミン含有量を測定した。その結果、SL塗布2時間後の表皮中のヒスタミン含有量が有意に増加していた。また、表皮中のヒスチジン脱炭酸酵素(HDC)の活性型の発現量が上昇していた。つまり、表皮細胞中でのHDC活性の上昇が生じたことによりヒスタミン産生が亢進したと思われる。
(7)表皮細胞の構成成分の大部分を占めるケラチノサイトの関与を培養皮膚(ヒト三次元培養表皮モデル)を用いて検討した。その結果、SL刺激によって誘導されるケラチノサイトからのヒスタミン産生は用量依存的、pH依存的に増加した(培養液中)。これまでの報告によると、非肥満細胞によるヒスタミン産生の特徴は、何らかの刺激を受けるとHDCが誘導されヒスタミンが産生されること、さらにこのヒスタミンは細胞内に貯蔵されずに放出されると言われている。このような報告と今回の結果は一致していると思われる。
(第2実施例群)
(1)第1実施例群において、ケラチノサイトからのヒスタミン産生が急性の痒み反応に関与していることが明らかとなったので、第2実施例群ではSL刺激によって誘導されるHDCの活性型/不活性型比率の上昇、ケラチノサイトからのヒスタミン産生に着目して被験物質を評価した。
(2)HDC阻害物質である(+)体カテキンをSL刺激し、ポストインキュベーション後に(+)体カテキン水溶液に暴露して、更にポストインキュベーションを実施して検討した結果、(+)体カテキンはHDCの活性化率及びヒスタミン産生率を抑制した。
(3)抗ヒスタミン薬であるd−マレイン酸クロルフェニラミンについて検討した結果、HDC活性化率、ヒスタミン産生率ともに対照例(水の暴露例)と比較して変化はなかった。即ち、公知の鎮用物質では抑制できない痒み機序が存在することが判明した。その痒み機序の一つとしてケラチノサイトからのヒスタミン産生が関与していると思われる。
(4)第2実施例群の試験例1ではSL刺激後に被験物質の効果を検討しているが、試験例3ではSL刺激前に被験物質を作用させた。この試験の意図は、SL刺激によるHDC活性化誘導の抑制効果の確認、及びHDC活性化後のヒスタミン産生への作用の確認である。被験物質として(+)体カテキンを用いた。検討の結果、(+)体カテキンはSL刺激によるHDC活性化誘導を抑制し、ヒスタミン産生率も抑制した。
本発明により、動物体における周知の痒み発生メカニズムとは異なる痒み発生メカニズムに基づく痒みに対して有効な鎮痒物質を評価し、スクリーニングし、取得する手段が提供される。

Claims (5)

  1. 以下の(a)及び(b)から選ばれる表皮のケラチノサイト(角化細胞)における活性化誘導されたHDC(L-ヒスチジン脱炭酸酵素)に対する活性阻害効果によって被験物質の鎮痒効果を評価することを特徴とする評価方法。
    (a)非ヒト哺乳動物の、動物体から分離していない表皮、動物体から分離した表皮又は培養表皮。
    (b)ヒトから分離した表皮又はヒト培養表皮。
  2. 前記評価方法が、ケラチノサイトに対して下記(1)、(2)のプロセスを同時に又は相前後して行ったもとで、前記ケラチノサイトにおけるHDC活性化率及びヒスタミン産生率の少なくとも一方の値を指標として被験物質の鎮痒効果を評価する方法であることを特徴とする請求項1に記載の評価方法。
    (1)前記(a)及び(b)から選ばれる表皮のケラチノサイトを刺激してHDCの活性化を誘導する活性化誘導プロセス。
    (2)前記(a)及び(b)から選ばれる表皮のケラチノサイトを鎮痒効果評価用の被験物質に暴露し、又は前記被験物質を前記非ヒト哺乳動物に投与する活性化阻害プロセス。
  3. 前記鎮痒効果を評価するための被験物質が皮膚の痒みに対する鎮痒効果を評価するための被験物質であることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の評価方法。
  4. 前記HDCの活性化誘導手段が界面活性剤であることを特徴とする請求項1〜請求項3のいずれかに記載の評価方法。
  5. 請求項1〜請求項4のいずれかに記載の評価方法によって、鎮痒効果を評価するための被験物質群の中から鎮痒物質を選抜することを特徴とするスクリーニング方法。
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