JP5886537B2 - 高耐久性エンジンバルブ - Google Patents

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Description

本発明は、優れた耐摩耗性を有するエンジンバルブ軸端部の処理方法、及びその処理法によって高い耐摩耗性を有する軸端部を備えたエンジンバルブに関するものである。
4サイクルエンジンなどに使われるエンジンバルブの材料の1つとして、従来から耐熱鋼が一般に用いられている。エンジンバルブのフェース部、軸部外周面、および軸端部は、それぞれバルブシート、バルブステムガイド、およびバルブリフタやロッカーアームを相手に摺動や衝突を繰り返すため、表面には耐摩耗対策として硬化処理が必要である。エンジンバルブ軸部の要求仕様を満たすためにほとんどのエンジンバルブは窒化または硬質クロムメッキを行うのが一般的であり、特に国内自動車メーカーのエンジンバルブは、ほとんどにその表面処理として窒化処理を行っている。窒化処理によって形成される窒素化合物層は硬い上、油なじみもよく、非金属的な性質により焼付きを生じにくいといった良好な滑り性を有する。尚、図5は、一般的なエンジンバルブの外観図である。
近年の低燃費化の要請に対し、エンジンはますます高負荷、軽量化の流れにあり、それを構成する部品の1つであるエンジンバルブに対する要求特性もより厳しいものとなっている。高い負荷がかかるエンジン仕様では、特に軸端部については窒化処理により形成される硬い化合物層のみでは性能不十分な場合も多い。窒化処理による化合物層は1100HV以上と硬いが十数ミクロンと薄く、またその化合物層の直下はすぐに母材の芯部硬さとなり、その硬さ差が大きいため、表面から高い面圧を受けた場合に、化合物層の割れやカケを生じる場合が出てくるのである。特にエンジンが高回転となるとカムの動きに追従できなくなり、サージングと呼ばれるバウンド現象が発生し、軸端部はリフターやロッカーアームに激しく衝突する結果、単なる滑り摩耗では無く叩かれ摩耗も生じるようになることが、この化合物層の割れやカケの発生を助長する。
そこで軸端に厳しい摩耗が発生しやすい仕様のエンジンにおいては、そのエンジンバルブの軸端摩耗対策として、高周波焼入れを軸端部に施し、母材である鋼材そのものをマルテンサイト相にして硬い層を厚く形成させることが通常行われる(文献1、文献2)。この場合、軸外周面の滑り性強化のために前工程として行った窒化処理時に必然的にエンジンバルブの全面が窒化されているため、軸端部の高周波焼入れは窒化処理された表面に対してされることになる。マルテンサイト系耐熱鋼の軸端に対して高周波焼入れする際には硬さ550HV以上となる硬化層深さは、少なくとも0.60mm以上を目標とされる。この部分焼入れのための加熱温度は少なくとも1000℃以上で行われ、1000℃台での処理では加熱時間を数十秒(例えば、特許文献1において1050℃×30秒)、1100℃台の処理で10秒前後、1200℃台の処理で数秒として、加熱を行っている。生産性の点から実ラインでは数秒加熱で焼入れ可能な1100〜1250℃が、処理条件として多く用いられている。
エンジンバルブ軸端部に施される上述の高周波焼入れによる硬さは通常HRC60程度であるが、この硬さはビッカース硬さ換算で700HV程度であり、窒素化合物層による硬さよりも遙かに軟らかい。しかし高周波焼入れによる硬化層は割れやカケを生じにくく、また硬化深さが窒化処理よりも極めて深いことにより叩かれ摩耗に強く、軸端部における耐磨耗処理として、高周波焼入れは窒化処理よりも上位に位置している。
ところで、このエンジンバルブ軸端部の高周波焼入れにおいて、硬化深さを焼入れによって十分に稼ぎたいために、その加熱により加えられる熱エネルギーは大きく設定されており、この焼入れ時に前工程で行われた窒素化合物層は酸化され、表面は密着性の悪い脆い酸化層で覆われてしまう上、表面が凸凹になってしまう。この酸化層が存在したままではエンジンバルブの軸端には期待性能が得られないため、その脆い酸化層を取り除く工程が必ず軸端の高周波焼入れとセットで実施される(文献1、文献2)。この工程では十分に酸化層を取り除き、また不均一に酸化した表面を規定粗さ以下とするために、焼入れされたマルテンサイト相の加工しろも含め高周波焼入れ後の表面から0.2〜0.7mmほどを研削する。
この0.2〜0.7mmほど行う研削部位は、上記のように硬いマルテンサイト相の加工しろを含むため、極めて切削性が悪い。また研削による摩擦熱により焼戻し軟化することを防ぐために、研削速度を上げにくいという制限もあり生産効率が悪い。このように、従来のマルテンサイト系耐熱鋼を用いたエンジンバルブの軸端部に対する硬化処理の工程は、軸周り部の摺動性確保のために行う窒化処理をまず行い(軸周り部に窒素化合物層を形成させるためにバルブ全体を窒化処理するため、結果的に軸端部にも窒素化合物層が形成)、その後、軸端部は高周波焼入れを施し(これにより軸端部の窒素化合物層は酸化)、最後に酸化した軸端表面を研削する(酸化層+マルテンサイト相の加工しろを研削する)という工程がセットになっている。そのため、高周波焼入れする軸端では、研削工程が必須であり、極めてコスト的に不利であった。
さらに昨今では性能面においても、この高周波焼入れされた軸端でさえ、急激な速度で省燃費化に向かう最新のエンジン機構において、耐摩耗性は必ずしも十分とは言えない状況が生じてきている。
以上のように、古くからの技術である上記の工程によって得られるエンジンバルブの軸端には、高周波焼入れを行った際には窒素化合物層は残存していない。その理由として、エンジンバルブの設計者には、(1)窒素化合物層が高周波焼入れによって脱窒素、及び酸化をしてしまうのは避けようにない、及び、(2)厳しいサージングに対して化合物層はカケや割れを生じるので必ず取り除く必要がある、という考えが根底にあったためである。またさらに、硬化層深さを十分に得るために高周波焼入れ時のエネルギーは高めに設定されていた、という事情もある。
ところで、特許文献2と特許文献3に、窒化処理と高周波焼入れによって、窒素化合物層を残存させながら焼入れされた鋼材を得る技術が開示されている。しかしこの技術をマルテンサイト系耐熱鋼のエンジンバルブの軸端部にそのまま適用し、850℃で3秒加熱しても、550HVの硬化深さは0.05mmにも満たない。その理由はエンジンバルブに用いられる耐熱鋼は、そもそも十分にオーステナイト化するためには高い温度の焼入れ条件によって、大きな熱エネルギーを供給することが必要な鋼材種であることに加え、奥側への窒素拡散が生じにくい鋼材種であり拡散窒素による焼入れ性向上効果がほとんど期待できないことによる。
特開平10-21953号 特開2008-38220号 特開2009-280838号
三菱重工技報 VOL.45 NO.3 2008号 八重洲出版 別冊モータサイクリスト2008年4月号 P.128〜131
本発明は上記課題に鑑み、従来工程のうち、特にコストのネックとなっていた高周波焼入れ後の研削工程を省きながらも、なおかつ、厳しい摺動、叩かれ摩耗に対して従来処理以上の耐久性を有するマルテンサイト系耐熱鋼のエンジンバルブ軸端部の処理方法、及びその処理法によって高い耐摩耗性の軸端部を有するエンジンバルブを提供することを目的としている。
まず、クロムを適量含むマルテンサイト系耐熱鋼に窒化処理を施すことで、炭素鋼上の窒素化合物層と比較してより高温(900℃以上)に耐えられる窒素化合物層を耐熱鋼上に形成させる。そして、当該窒素化合物層に殆ど影響を与えない範囲として、900℃以上と高温ではあるが、従来エンジンバルブの軸端部に行っていた場合よりも低温側で、かつ短時間の焼き入れをすることで十分な硬化深さ(0.6mm以上)を達成することにより、エンジンバルブの軸端部という特に激しい摺動や叩かれ摩擦が印加される部位に対し、極めて高い耐久性を持たせることが出来たのである。つまり、マルテンサイト系耐熱鋼からなる軸端部を有するエンジンバルブの軸端部に対して、窒化処理と高周波焼入れとの複合熱処理を施す方法を用いて、窒素化合物層が分解しない高周波焼入れ加熱条件を選定し、従来では意図して排除されていた窒素化合物層を積極的に表面に残存させることによって、エンジンバルブの軸端部に高い耐摩耗性を付与するとともに、表面の酸化を抑制することによって高周波焼入れ後の研削工程を省いた。
本発明のエンジンバルブおよびその軸端部の処理方法によれば、マルテンサイト系耐熱鋼からなる軸端部を有するエンジンバルブの軸端部に対して、窒化処理と高周波焼入れとの複合熱処理を施す方法を用いて、窒素化合物層が分解しない高周波焼入れ加熱条件を選定し、従来では意図して排除されていた窒素化合物層を積極的に表面に残存させることが可能である。本発明によって得られたエンジンバルブ部材は、エンジンバルブの軸端部に高い叩かれ耐摩耗性を付与するとともに、表面の酸化を抑制することによって高周波焼入れ後の研削工程を省くことが可能となる。
実施例4の鋼材の焼入れ後の軸端部断面マクロ写真 実施例4の鋼材の焼入れ後の断面組織写真 比較例2の鋼材の焼入れ後の断面組織写真 実施例4と比較例3の断面硬さ分布 一般的なエンジンバルブの外観図
≪基材の鋼≫
本発明の適用対象となる鉄鋼材料は、エンジンバルブに適用可能なマルテンサイト系の耐熱鋼、すなわち、焼入れ可能な耐熱鋼であれば特に限定されないが、例えば、JIS-G4311に規定されるSUH1、SUH3、SUH4、SUH11、SUH600、SUH616、SUS403、SUS410、SUS410J1、SUS431等を挙げることができ、特に、SUH1、SUH3、SUH4、SUH11、SUH600、SUH616が好ましい。これらJIS-G4311に記載の耐熱鋼の他、良好な高温強度や耐酸化性を有する焼入れ可能な鋼材種を用いてもよい。鋼材の高温強度や耐酸化性を向上させることを目的に、主成分である鉄に添加元素としてCr、Ni、Al、Si等の添加が効果的であるとされるが、本発明においては、特にCrを含有する鋼材が好ましい。Crを含有する鋼材は、高温強度や耐酸化性が良好であるのみでなく、窒化処理により形成される窒素化合物層がより高温に耐えうる特性を持つためである。ここで、本発明に用いる耐熱鋼は、鋼の全重量を基準として、Crを好適には4.0〜25.0重量%含み、より好適にはCrを7.50〜13.00重量%含み、更に好適にはCrを7.50〜9.50重量%含む。
≪窒化処理法および窒素化合物層の厚さ≫
本発明におけるエンジンバルブ軸端表面の窒素化合物層は、鉄鋼材料の表面に活性窒素を拡散させ、硬質で安定な窒化物を生成する表面硬化処理によって得られる。本発明の窒素化合物層は特に限定されないが、通常は鋼材成分の窒化物の集合体として構成され、鉄窒化物を主体として、より耐熱性の高いクロム窒化物を含有することが好ましい。また、本発明の窒素化合物層は、それ以外の母材成分(Ti、Zr、Mo、W、Mn、Al、Ni、C、B及び/又はSi)を含んでいる層であってもよく、当該それ以外の母材成分は窒化物の形態として存在してもよい。ここで、窒素化合物層の構成成分は、例えば、X線回折法による結晶構造の同定によって、ε-Fe2-3N、γ’-Fe4N、CrNの存在を確認することができる。窒素化合物層の形成方法としては、タフトライド処理、イソナイト処理、パルソナイト処理等の塩浴窒化処理、ガス窒化、ガス軟窒化処理、プラズマ窒化処理等、窒素化合物層を形成できる手法であれば何れの窒化方法でも用いることができる。窒素化合物層が形成されるための窒化熱処理温度として、600℃以下であることが好ましく、さらに好ましくは590℃以下、さらに好ましくは580℃以下であることが好ましい。600℃を上回る処理温度で得られる窒素化合物層の厚さは増すが、硬さが低下する。尚、下限は特に限定されないが、例えば350℃である。
高周波焼入れ前の窒化処理により得られる窒素化合物層の厚さは特に限定されないが、通常は3〜90μmの厚さで形成されていれば良く、さらに好ましくは5〜50μmであり、さらに好ましくは8〜30μmである。
≪高周波焼入れ≫
本発明での焼入れ加熱時の到達加熱温度(T℃)は900℃〜1100℃であり、より好ましくは960〜1060℃であり、さらに好ましくは990〜1030℃である。到達温度までの加熱時間について、好ましい加熱時間(h秒)は0.3〜5秒間であり、より好ましくは0.7〜3秒間であり、さらに好ましくは1.0〜2.0秒間である。この加熱の後、急速冷却を行い焼入れする。
900℃を下回る到達加熱温度では十分にオーステナイト化できないため硬化深さが浅くなる。また、1100℃を上回る到達加熱温度では、窒素化合物層から窒素脱離が急激に生じやすく制御が困難になる。加熱時間が0.3秒を下回ると奥側を十分にオーステナイト化できないため硬化深さが浅くなる。加熱時間が5秒を上回ると窒素化合物層から多くの窒素が脱離しやすいため好ましくない。
さらにある到達加熱温度(T℃)までの加熱時間(h秒)は、下記の式を満たす必要がある。
(式1)
この式のように焼入れ時の加熱温度が高いほど加熱時間を短く設定できるが、1100℃でも1.0秒を越えることは無く、従来の高周波焼入れ後に切削工程を必須としていた焼入れ条件に比べ、極めて短時間処理である。この条件で処理した場合、表面が酸化によって粗くなることは無く、後工程で研削が不要となる。必要に応じて高周波焼入れ前に予備加熱を行ってもよく、その場合、例えば、予備加熱として700℃を越えない高周波加熱によってエンジンバルブ軸端周りを予め加温し、次いで直ぐに本発明の高周波焼入れを行っても良い。また、高周波加熱による焼入れ後は、通常の焼入れ手法と同様に適当な条件にて焼き戻し処理を行っても良い。
ところで、この900℃での加熱を窒化処理した炭素鋼に行った場合、炭素鋼上の窒素化合物層の熱分解が著しくその硬さは低下してしまうが、耐熱鋼の窒素化合物層においては炭素鋼に比べはるかに軟化しにくい。その理由は、窒化処理によりマルテンサイト系耐熱鋼に形成される窒素化合物層中には窒化クロム等合金成分の窒素化合物が多く含まれており、この合金成分の窒素化合物は鉄窒素化合物に比べ熱分解しにくいことによる。
≪酸化防止処理≫
窒素化合物層の高周波焼入れ時に生じやすい脱窒素・酸化防止を目的に、窒化処理後の表面に、以下の(1)、(2)の脱窒素・酸化防止処理を行ってもよく、もしくは、高周波焼入れを(3)の非酸化性雰囲気中で行っても良い。特に生産技術的に、大量のバルブを安定した品質で処理するためには、この脱窒素・酸化防止処理を施すことが好ましい。
(1)は窒素化合物層上に、Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、W、Mo、Zn、Mn及びAlからなる群の中から選択される少なくとも1種の金属を、該金属換算の合計で1〜2000mg/mの範囲で酸化物、水酸化物あるいはりん酸化合物として被覆する無機系酸化防止層による防止手法である。(2)は高周波焼入れ時に生じる化合物層の劣化を防止する機能を有する窒素化合物層保護膜としての緻密な酸化層を、高周波焼入れに先んじ、予め窒素化合物上に形成させる手法であり、水溶液中での酸化処理、酸化性の溶融塩浴での浸漬処理、酸化性ガス雰囲気中での酸化処理、窒素化合物層とその上に酸化物層が同時形成される酸窒化処理等によって形成されるマグネタイト及び/又はリチウム鉄酸化物を含有する0.1〜5μmの緻密酸化層による防止手法である。(3)として設備導入が可能であれば、高周波加熱時の雰囲気を、真空雰囲気、アルゴンガスや窒素ガスによる不活性雰囲気、低酸素雰囲気、炭化水素系の還元性雰囲気、アンモニアガス雰囲気等で行う防止手法を行ってもよい。
≪後工程≫
一連の熱処理終了後、本発明によるエンジンバルブ軸端部の化合物層上は高周波焼入れによって表面が酸化することが無いため、原則として研削は不要であるが、付着しているゴミ、窒化処理時に付着したスケール、酸化防止剤のカス等の除去を適宜行うことができる。その場合、必要に応じてラッピング処理、エメリー紙研磨、バフ研磨、ショットブラスト、ショットピーニング、等を適宜行うことができる。脱窒素・酸化防止を目的に化合物層上に形成された酸化防止処理部位は、窒化処理時に付着したスケールと同様に、化合物層に比べ軟らかく脆いため、これらの処理によって容易に除去される。本発明の処理方法では従来手法と異なり高周波焼入れによって表面が酸化されないために、高周波焼入れ後に鋼材表面の粗さが増大することは無く、窒化処理後の粗さがほぼ維持される。例えば、窒化処理後の粗さがRa(中心線平均粗さ)で0.20μmであれば、本発明による処理後の鋼材表面粗さはRa=0.07〜0.30μm程度に維持される。
≪最終的に得られる化合物層≫
高周波加熱後、本発明によって窒素化合物層は残存するが、窒素化合物層は高周波加熱前の化合物層状態に対し必ずしも100%残存する必要は無く、最低膜厚として3μm以上の化合物層厚さが確保されていれば良い。より好ましくは5μm以上の残存であり、さらに好ましくは10μm以上である。本発明によって従来処理に比べ圧倒的に少ないエネルギーで高周波焼入れを行う結果、高周波焼入れ時に窒素化合物層を残存させるが、酸化は生じなくても脱窒素は多少なり生じてしまう場合がある。この窒素が脱離すると、酸化は生じなくても、窒素化合物層の膜厚が減少するとともに、その表面硬さが低下してくる。本発明による窒素化合物層の非金属的特性による凝着摩耗の防止作用、及び硬さに起因する耐摩耗性を発揮するためには、化合物層厚さは最低膜厚として3μm以上、またその表面硬さは850HV以上が必要である。
≪硬さ≫
以上のような複合熱処理によって、表面に3〜90μmの厚みを有する窒素化合物層を有し、その直下から内部に向かって漸減する硬さ分布を有するマルテンサイト組織を含む硬質層を兼ね備え、窒素化合物層の表面硬さがビッカース硬さ換算で850HV以上であり、より好ましくは880HV以上であり、さらに好ましくは900HV以上であり(上限値は特に限定されないが、例えば1500HV)、マルテンサイト組織を含む硬質層の550HVを越える硬さ領域(硬化層深さ)が表面からの距離{図5における、軸端部の表面(上面)から傘部方向での距離}で0.6mm以上、好ましくは0.8mm以上、さらに好ましくは1.0mm以上存在する硬さ分布を持つ軸端部を有するエンジンバルブを得ることができる。尚、その硬化層深さの上限は特に限定されないが、例えば5.0mmである。このように、850HV以上の硬い窒素化合物層は、深い硬化深さを備える焼入れ部に支えられる結果、厳しい叩かれ摩耗を受けても座屈による応力を受けなくなり、窒化処理のみによって形成された窒素化合物層の欠点であった叩かれ摩耗性が大きく改善される。
≪化合物層直下に形成される残留オーステナイト層≫
本発明では、鋼材種や処理条件によっては、高周波焼入れ時に窒素化合物層とマルテンサイト層との間に、もう1層、残留オーステナイトを多く含む帯状の層が形成される場合がある。この残留オーステナイト含有層の硬さは550HVを下回る場合もあるが、この層の存在によってエンジンバルブ軸端部の機械特性が劣るようなことは無い。その理由は、高い面圧を受ける負荷状況においては組織変態を容易に生じ、ベイナイト組織、あるいはマルテンサイト組織へと変わることによって硬化するためである。
≪本発明の処理による鋼材部品≫
以上の本発明の処理によって得られる本発明のエンジンバルブ部品の軸端部は、窒素化合物層の非金属的特性による凝着摩耗の防止作用、及び高い硬さによる優れた耐摩耗性を有し、さらにこの窒素化合物層は窒化処理のみによって形成された窒素化合物層の欠点であった叩かれ摩耗性が改善された結果、厳しいサージングが起こる使用状況においても摩耗に耐えうる。また、従来処理の場合に行っていた高周波焼入れ後の研削工程が不要となる結果、コスト的にも極めて優位になる。
以下に本発明の実施形態について実施例を挙げて説明するが、本発明の範囲は、以下の実施例に限定されるものでは無い。各実施例の共通条件として、物性評価用と耐摩耗性評価用について、それぞれ1つずつ次の同一の条件によって各試料を準備した。物性評価用試料として、基材には軸端部を模擬した直径6.0mm、長さ50mmの真円柱形状の鋼材を用い、端部の片側面を物性評価対象部位とした。また、耐摩耗性評価として、基材には直径6.5mm、長さ40mmの真円柱形状の各鋼材を用い、外周側面を評価対象部位としファビリー式摩擦摩耗試験に供した。また、これら鋼材はすべて焼入れ焼戻し材を用いた。
<実施例1>
SUH11鋼材の表面を脱脂洗浄したのち、溶融塩浴中において570℃で30分間の塩浴軟窒化処理(イソナイトNS−2処理:日本パーカライジング(株)製)して水冷し、表面に厚さ約25μmの窒素化合物層を形成した。その後、この鋼材の評価対象部位に対し酸化防止処理を行うこと無しに、大気中で高周波焼入れ装置を使用して室温から加熱開始後1.0秒で1000℃まで到達する加熱を行い、直ちに加熱を停止し水冷する工程によって焼入れを行った。
<実施例2>
SUH11鋼材に対し、実施例1と全くの同条件で表面に厚さ約25μmの窒素化合物層を形成した。その後、この鋼材の評価対象部位に対し酸化防止処理を行うこと無しに、大気中で高周波焼入れ装置を使用して室温から4.0秒で550℃まで到達させる予熱を行った後に加熱を止め、0.5秒後にさらに再加熱を開始し1.0秒で1000℃まで到達する加熱を行い、直ちに加熱を停止し水冷する工程によって焼入れを行った。
<実施例3>
SUH11鋼材の表面を脱脂洗浄したのち、溶融塩浴中において580℃で10分間の塩浴軟窒化処理(イソナイトTF−1処理:日本パーカライジング(株)製)して水冷し、表面に厚さ約9μmの窒素化合物層を形成した。その後、この鋼材の評価対象部位に対し、濃度4%の酸化チタン中性水分散ゾル(パルチタン5603:日本パーカライジング(株)製)をディップコーティングし、余分な液を除去した後、150℃で焼成することによってTi付着量として170mg/mの化合物層保護膜の被覆処理を行った。その後、この鋼材の評価対象部位に対し、大気中で高周波焼入れ装置を使用して室温から加熱開始後2.5秒で920℃まで到達する加熱を行い、直ちに加熱を停止し水冷する工程によって焼入れを行った。後に鋼材表面をショットブラストし化合物層保護膜のみを除去した。
<実施例4>
SUH11鋼材に対し、実施例1と全くの同条件で表面に厚さ約25μmの窒素化合物層を形成した。酸化防止剤として、炭酸ジルコニウムアンモニウムによるジルコニウム溶解液をジルコニウム換算で22.2g/L(炭酸イオンとしては11g/L)、平均粒径50nmの酸化ジルコニウム粒子(結晶構造は正方晶)をジルコニウム換算で7.4g/L、オルトリン酸アンモニウムをりん酸イオンとして1g/L、及びメチルアミン11g/Lを各々含有するpH9.5の処理液を準備した。鋼材の評価対象部位に対し、この酸化防止剤をディップコーティングし、余分な液を除去した後、170℃で焼成することによってZr付着量として310mg/mの化合物層保護膜の被覆処理を行った。その後、この鋼材の評価対象部位に対し大気中で高周波焼入れ装置を使用して室温から2.0秒で600℃まで到達させる予熱を行った後に加熱を止め、0.7秒後にさらに再加熱を開始し1.7秒で1030℃まで到達する加熱を行い、直ちに加熱を停止し水冷する工程によって焼入れを行った。後に鋼材表面をショットブラストし化合物層保護膜のみを除去した。
<実施例5>
SUH1鋼材に対し、実施例1と全くの同条件で表面に厚さ約21μmの窒素化合物層を形成した。酸化防止剤として、ジルコンフッ化水素酸を酸化ジルコニウム換算で20g/L(Zrとして14.8g/L、フッ化物イオンとして18.5g/L)、エチルアミンを3g/L、及びオルトリン酸をリン酸イオンとして5g/Lを各々含有するpH4.5の処理液を準備した。鋼材の評価対象部位に対し、この酸化防止剤をディップコーティングし、余分な液を除去した後、150℃で焼成することによってZr付着量として210mg/mの化合物層保護膜の被覆処理を行った。その後、この鋼材の評価対象部位に対し大気中で高周波焼入れ装置を使用して室温から1.5秒で650℃まで到達させる予熱を行った後に加熱を止め、0.5秒後にさらに再加熱を開始し3.0秒で980℃まで到達する加熱を行い、直ちに加熱を停止し水冷する工程によって焼入れを行った。後に鋼材表面をショットブラストし化合物層保護膜のみを除去した。
<実施例6>
SUH3鋼材の表面を脱脂洗浄したのち、溶融塩浴中において580℃で25分間の塩浴軟窒化処理(イソナイトTF−1処理:日本パーカライジング(株)製)して水冷し、表面に厚さ約28μmの窒素化合物層を形成した。後に、マグネタイト層を形成させるために400℃のAB1塩浴(日本パーカライジング(株)製)で40分間の浸漬処理し、約0.1μmの緻密なマグネタイト層を窒素化合物層上に形成させた。その後、この鋼材の評価対象部位に対し大気中で高周波焼入れ装置を使用して室温から7.0秒で500℃まで到達させる予熱を行った後に加熱を止め、0.5秒後にさらに再加熱を開始し0.7秒で1100℃まで到達する加熱を行い、直ちに加熱を停止し水冷する工程によって焼入れを行った。
<実施例7>
表面を脱脂洗浄したSUH11鋼材に対し、フッ化水素ガスを用いた表面活性化処理を施したのち、アンモニアとRxガスによるガス軟窒化を570℃で30分間行い、表面に厚さ約60μmの窒素化合物層を形成した。後に、マグネタイト層を形成させるために500℃の水蒸気雰囲気中で60分間の処理を行い、約0.3μmの緻密なマグネタイト層を窒素化合物層上に形成させた。その後、この鋼材の評価対象部位に対し大気中で高周波焼入れ装置を使用して室温から3.5秒で580℃まで到達させる予熱を行った後に加熱を止め、0.5秒後にさらに再加熱を開始し1.6秒で1040℃まで到達する加熱を行い、直ちに加熱を停止し水冷する工程によって焼入れを行った。
<実施例8>
SUH11鋼材に対し、実施例7と全くの同条件で表面に厚さ約60μmの窒素化合物層を形成した。次いでアルゴンガス雰囲気中で、この鋼材の評価対象部位に対し高周波焼入れ装置を使用して室温から3秒で610℃まで到達させる予熱を行った後に加熱を止め、0.5秒後にさらに再加熱を開始し0.8秒で1080℃まで到達する加熱を行い、直ちに加熱を停止し水冷する工程によって焼入れを行った。
<比較例1>
実施例1で用いたものと同じSUH11鋼材であり、窒化処理や高周波焼入れを施さず、そのままとした。
<比較例2>
実施例1で用いたものと同じSUH11鋼材に対し、熱処理として高周波焼入れを行わず、窒化処理のみ実施した。実施例1と全くの同条件で、表面に厚さ約25μmの窒素化合物層を形成した。
<比較例3>
実施例1で用いたものと同じSUH11鋼材に対し、熱処理として窒化処理を施さず、高周波焼入れのみ実施した。鋼材の評価対象部位に対し大気中で高周波焼入れ装置を使用して室温から2.0秒で600℃まで到達させる予熱を行った後に加熱を止め、0.5秒後にさらに再加熱を開始し1.7秒で1030℃まで到達する加熱を行い、直ちに加熱を停止し水冷する工程によって焼入れを行った。
<比較例4>
SUH11鋼材に対して、実施例3の高周波熱処理の加熱温度を上げたこと以外は同条件で処理した。表面を脱脂洗浄したのち、実施例3と全く同条件の塩浴軟窒化処理によって、表面に厚さ約9μmの窒素化合物層を形成し、さらにこの鋼材の評価対象部位に対しTi付着量として170mg/mの化合物層保護膜の被覆処理を行った。その後、この鋼材の評価対象部位に対し、大気中で高周波焼入れ装置を使用して室温から加熱開始後1.5秒で1200℃まで到達する加熱を行い、直ちに加熱を停止し水冷する工程によって焼入れを行った。後に鋼材表面をショットブラストし化合物層保護膜のみを除去した。
<比較例5>
SUH11鋼材に対して、比較例4の高周波熱処理の加熱温度を下げたこと以外は同条件で処理した。すなわち、表面に厚さ約9μmの窒素化合物層を形成し、さらにこの鋼材の評価対象部位に対しTi付着量として170mg/mの化合物層保護膜の被覆処理を行った後、この鋼材の評価対象部位に対し、大気中で高周波焼入れ装置を使用して室温から加熱開始後2.0秒で850℃まで到達する加熱を行い、直ちに加熱を停止し水冷する工程によって焼入れを行った。後に鋼材表面をショットブラストし化合物層保護膜のみを除去した。
<物性評価>
物性評価用の各処理鋼材に対し、評価面中央部の表面硬さを微小ビッカース硬さ計(押し込み荷重25g)によって測定した。その後、マイクロカッターで切断し樹脂中に埋め込み、金属顕微鏡による断面観察によって評価面中央部の窒素化合物層の厚さを測定した。この埋め込みサンプルにおいて、微小ビッカース硬さ計(押し込み荷重25g)を用いて評価面中央部の断面硬さの分布測定をした。その際、硬さが550HV以上となる深さを有効硬化層深さとした。
<耐摩耗性評価>
耐摩耗性評価用の各処理鋼材に対し、ファビリー式摩擦磨耗試験によって耐焼付き性の評価を行った。ファビリー式摩擦磨耗試験は、市販のエンジンオイル(10W-30)による潤滑油の存在下、摺動相手材にはSCM415浸炭焼入れ鋼材を用い、試験条件を初期荷重200kgfから25kgf/秒のステップで負荷し、急激にトルクが上昇した時点で試験を停止し、その時の荷重を焼付き荷重とした。また、座屈発生の有無(有り=×、無し=○)を調べるとともに、試験後にマイクロカッターで切断し樹脂中に埋め込み、窒素化合物層の割れの発生状況(有り=×、無し=○)の確認を行った。
(耐焼付き性) 良否判定 (否 ×<△<○ 良)
焼付き荷重 200〜999kgf :×
1000〜1999kgf :△
2000kgf超 :○
表1に物性調査結果を示す。また、例として図1に実施例4の断面マクロ写真を、また図2、図3に実施例4、比較例2の断面組織写真をそれぞれ示す。本発明範囲外の処理による比較例1〜5のいずれとも、硬さ、有効硬化層深さ、化合物層厚さの少なくとも1つが本発明範囲外の特性となっていた。また比較例4においては、ショットブラスト後の最表面がやや酸化していた。例として図4に実施例4と比較例3の断面硬さ分布を示す。同じ条件での高周波焼入れを行った実施例4と比較例3の比較において、窒素化合物層が存在することによる表面での高い硬さが、本発明の実施例4では高周波焼入れ後にも維持されていた。
次にファビリー式摩擦摩耗試験の結果を表2に示す。本発明範囲の処理鋼材はいずれも試験機の荷重限界まで焼付くことが無く、また、化合物層の割れや母材の座屈が見られず、良好な耐摩耗特性を示した。比較例2と比較例5は焼付くことはなかったが、化合物層直下の母材硬さ不足により座屈を生じ、窒素化合物層の一部に割れを生じていた。窒素化合物層が存在しない比較例1と比較例3は、早期に焼付きを発生し、試験を中断したため、高い荷重による座屈判定ができなかった。表面硬さが本発明の範囲外まで低下し、また表層が酸化していた比較例4は、早期に焼付きついたため、窒素化合物層と座屈の判定ができなかった。

Claims (5)

  1. マルテンサイト系耐熱鋼を基材として軸端部を有するエンジンバルブ部品であって、厚さが3μm以上の層であって、その表面硬さが850HV以上である窒化処理による窒素化合物層が軸端部に形成されており、かつ、軸端部を高周波焼入れすることにより、窒素化合物層の内部側に位置する鋼材部にマルテンサイト相が形成され、窒素化合物層とマルテンサイト相によって、傘部方向を基準とした軸端部表面から550HV以上の断面硬さの領域が軸端部表面から0.6mm以上存在し、前記高周波焼入れ時の到達加熱温度が900℃以上であり、該到達加熱温度までの加熱時間が0.3〜5秒間であることを特徴とするエンジンバルブ部品。
  2. エンジンバルブ部品の軸端部に対して窒化処理と高周波焼入れ処理との組み合わせ複合熱処理を施す工程を含むエンジンバルブ部品の製造方法において、窒化処理後に行う高周波焼入れの加熱条件が、0.3〜5.0秒の加熱時間(=h秒)で、その時の最高到達温度(=T℃)が900℃〜1100℃であり、尚かつ、T℃とh秒が下記式(1)を満たすことを特徴とする請求項1記載のエンジンバルブ部品の製造方法。
    (式1)
  3. 前記窒化処理後の窒素化合物層表面に、さらに酸化防止処理を施したのちに高周波焼入れを行うことを特徴とする請求項2に記載のエンジンバルブ部品の製造方法。
  4. 前記窒化処理後に、焼入れ雰囲気がアンモニアガス雰囲気,不活性ガス雰囲気,還元性ガス雰囲気もしくはそれらの組み合わせガス雰囲気もしくは低酸化雰囲気中又は真空下で高周波焼入れを行うことを特徴とする請求項2または請求項3に記載のエンジンバルブ部品の製造方法。
  5. 請求項2〜4のいずれか一項記載のエンジンバルブ部品の製造方法により得られたエンジンバルブ部品。
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