以下、本発明の実施の形態を図面に基づいて詳細に説明する。図1は本発明の一実施の形態である車両用駆動装置10を示す概略図である。図1に示すように、車両用駆動装置10は、エンジン11、トルクコンバータ12、前後進切換機構13、常閉クラッチ(摩擦係合機構)14および無段変速機15を有している。エンジン11と無段変速機15とは、トルクコンバータ12、前後進切換機構13および常閉クラッチ14を介して連結されている。また、無段変速機15には、ギヤ列16およびデファレンシャル機構17を介して前輪(駆動輪)18fが連結されるとともに、ギヤ列16およびトランスファクラッチ19を介して後輪(駆動輪)18rが連結されている。
車両用駆動装置10はアイドリングストップ機能を有しており、所定の停止条件が成立したときにはエンジン11を自動的に停止させる一方、所定の始動条件が成立したときにはエンジン11を自動的に再始動させている。エンジン11の停止条件としては、例えば、停車状態(車速=0km/h)であり、且つブレーキペダルが踏み込まれること等が挙げられる。また、エンジン11の始動条件としては、例えば、ブレーキペダルの踏み込みが解除されることや、アクセルペダルが踏み込まれること等が挙げられる。なお、エンジン11を始動回転させるスタータモータとしては、始動時にピニオンが突出してエンジン11の図示しないリングギヤに噛み合う方式のスタータモータであっても良く、一方向クラッチを介してリングギヤに噛み合う常時噛合方式のスタータモータであっても良い。さらに、オルタネータをスタータモータとして機能させても良い。
エンジン11に連結されるトルクコンバータ12は、クランク軸20に連結されるポンプインペラ21と、このポンプインペラ21に対向するとともにタービン軸22に連結されるタービンランナ23とを備えている。なお、トルクコンバータ12には、フロントカバー24とタービンランナ23とを直結するロックアップクラッチ25が設けられている。また、無段変速機15は、プライマリ軸30とこれに平行となるセカンダリ軸31とを有している。プライマリ軸30にはプライマリプーリ32が設けられており、プライマリプーリ32の背面側にはプライマリ油室33が区画されている。また、セカンダリ軸31にはセカンダリプーリ34が設けられており、セカンダリプーリ34の背面側にはセカンダリ油室35が区画されている。さらに、プライマリプーリ32およびセカンダリプーリ34には駆動チェーン36が巻き掛けられている。プライマリ油室33およびセカンダリ油室35の油圧を調整することにより、プーリ溝幅を変化させて駆動チェーン36の巻き付け径を変化させることが可能となる。
トルクコンバータ12から無段変速機15にエンジン動力を伝達するため、トルクコンバータ12と無段変速機15との間には、前後進切換機構13および常閉クラッチ14が設けられている。前後進切換機構13は、タービン軸22に連結される前後進入力軸40と、常閉クラッチ14に連結される前後進出力軸41とを備えている。また、前後進切換機構13は、ダブルピニオン式の遊星歯車列42、前進クラッチ(前進係合機構)43および後退ブレーキ(後退係合機構)44を備えている。前後進切換機構13の遊星歯車列42は、前後進入力軸40に固定されるサンギヤ45と、これの径方向外方に配置されるリングギヤ46とを備えている。サンギヤ45とリングギヤ46との間には相互に噛み合う一対のピニオンギヤ47,48が複数設けられている。サンギヤ45とリングギヤ46とを連結するピニオンギヤ47,48はキャリア49によって回転自在に支持されており、このキャリア49は前後進出力軸41に固定されている。
前後進切換機構13に設けられる前進クラッチ43は、前後進入力軸40に固定されるクラッチドラム50と、キャリア49に固定されるクラッチハブ51とを備えている。クラッチドラム50とクラッチハブ51との間には複数枚の摩擦板50a,51aが設けられており、摩擦板50aはクラッチドラム50の内周面に支持され、摩擦板51aはクラッチハブ51の外周面に支持されている。また、クラッチドラム50内には摩擦板50a,51aを押圧するピストン52が設けられている。また、前進クラッチ43には、ピストン52を解放方向に付勢するリターンスプリング53が設けられるとともに、ピストン52を係合方向に吸引する電磁石54が設けられている。電磁石54に対して通電を実施することにより、電磁力によってピストン52を係合方向に移動させることができ、前進クラッチ43を締結状態に切り換えることが可能となる。一方。電磁石54に対する通電を遮断することにより、リターンスプリング53のバネ力によってピストン52を解放方向に移動させることができ、前進クラッチ43を解放状態に切り換えることが可能となる。前進クラッチ43を締結状態に切り換えることにより、前後進入力軸40と前後進出力軸41とが直結されるため、前後進入力軸40に入力されるエンジン動力は、回転方向を維持したまま前後進出力軸41に伝達されることになる。なお、図示する前進クラッチ43は、滑り状態に制御されることなく、締結状態と解放状態との2つの状態に切り換えられるクラッチとなっている。
また、前後進切換機構13に設けられる後退ブレーキ44は、ケース59に固定されるブレーキドラム60と、リングギヤ46に固定されるブレーキハブ61とを有している。ブレーキドラム60とブレーキハブ61との間には複数枚の摩擦板60a,61aが装着されており、摩擦板60aはブレーキドラム60の内周面に支持され、摩擦板61aはブレーキハブ61の外周面に支持されている。また、ブレーキドラム60内には摩擦板60a,61aを押圧するピストン62が設けられている。また、後退ブレーキ44には、ピストン62を解放方向に付勢するリターンスプリング63が設けられるとともに、ピストン62を係合方向に吸引する電磁石64が設けられている。電磁石64に対して通電を実施することにより、電磁力によってピストン62を係合方向に移動させることができ、後退ブレーキ44を締結状態に切り換えることが可能となる。一方、電磁石64に対する通電を遮断することにより、リターンスプリング63のバネ力によってピストン62を解放方向に移動させることができ、後退ブレーキ44を解放状態に切り換えることが可能となる。後退ブレーキ44を締結状態に切り換えることにより、図示しないケースに対してリングギヤ46が固定されるため、前後進入力軸40に入力されるエンジン動力は、逆向きの回転方向となって前後進出力軸41に伝達されることになる。なお、図示する後退ブレーキ44は、滑り状態に制御されることなく、締結状態と解放状態との2つの状態に切り換えられるブレーキとなっている。
また、常閉クラッチ14は、前後進出力軸41に固定されるクラッチドラム70と、プライマリ軸30に固定されるクラッチハブ71とを備えている。クラッチドラム70とクラッチハブ71との間には複数枚の摩擦板70a,71aが設けられており、摩擦板70aはクラッチドラム70の内周面に支持され、摩擦板71aはクラッチハブ71の外周面に支持されている。また、クラッチドラム70内には摩擦板70a,71aを押圧するピストン72が設けられている。また、ピストン72の一方面側には締結油室73が区画される一方、ピストン72の他方面側には解放油室74が区画されている。さらに、締結油室73にはスプリング(付勢部材)75が組み込まれており、スプリング75によってピストン72は係合方向に付勢されている。なお、係合方向とはピストン72が摩擦板70a,71aに近づく方向であり、後述する解放方向とはピストン72が摩擦板70a,71aから離れる方向である。
常閉クラッチ14の締結油室73に作動油を供給して解放油室74から作動油を排出することにより、ピストン72を係合方向に移動させることが可能となる。これにより、摩擦板70a,71aにピストン72を押し当てて摩擦板70a,71aを係合状態とすることができ、常閉クラッチ14を締結状態に切り換えることが可能となる。一方、常閉クラッチ14の締結油室73から作動油を排出して解放油室74に作動油を供給することにより、ピストン72を解放方向に移動させることが可能となる。これにより、摩擦板70a,71aからピストン72を離して摩擦板70a,71aの係合状態を解除することができ、常閉クラッチ14を解放状態に切り換えることが可能となる。また、締結油室73と解放油室74との双方から作動油が排出された場合であっても、ピストン72はスプリング75によって係合方向に付勢されることから、常閉クラッチ14は滑り状態または締結状態に制御される。なお、常閉クラッチ14の滑り状態とは、摩擦板70a,71a間に設定される遊びが無くなる状態であり、摩擦板70a,71a同士が完全に締結される前の所謂半クラッチ状態である。
ここで、図2は車両用駆動装置10の動力伝達径路80を示す概略図である。図2に示すように、エンジン11と駆動輪18f,18rとの間には、入力側共通径路81、前進伝達径路82、後退伝達径路83、出力側共通径路(共通伝達径路)84を備える動力伝達径路80が設けられている。図1および図2に示すように、エンジン11には、トルクコンバータ12や前後進入力軸40等によって構成される入力側共通径路81が接続されている。また、駆動輪18f,18rには、前後進出力軸41、常閉クラッチ14および無段変速機15等によって構成される出力側共通径路84が接続されている。さらに、入力側共通径路81と出力側共通径路84とは、並列となる前進伝達径路82および後退伝達径路83を介して接続されている。前進伝達径路82は前進クラッチ43等によって構成されており、後退伝達径路83は遊星歯車列42や後退ブレーキ44等によって構成されている。
車両を前進走行させる際には、前進伝達径路82に設けられる前進クラッチ43が締結状態に切り換えられ、後退伝達径路83に設けられる後退ブレーキ44が解放状態に切り換えられる。また、出力側共通径路84に設けられる常閉クラッチ14は締結状態に切り換えられる。これにより、エンジン動力は、切断された後退伝達径路83を迂回するように、入力側共通径路81、前進伝達径路82および出力側共通径路84を経て駆動輪18f,18rに伝達されることになる。一方、車両を後退走行させる際には、前進伝達径路82に設けられる前進クラッチ43が解放状態に切り換えられ、後退伝達径路83に設けられる後退ブレーキ44が締結状態に切り換えられる。また、出力側共通径路84に設けられる常閉クラッチ14は締結状態に切り換えられる。これにより、エンジン動力は、切断された前進伝達径路82を迂回するように、入力側共通径路81、後退伝達径路83および出力側共通径路84を経て駆動輪18f,18rに伝達されることになる。
ここで、図3は車両用駆動装置10の一部を制御系とともに示す概略図である。図3に示すように、車両用駆動装置10には、前進クラッチ43や後退ブレーキ44の電磁石54,64に対する通電電流を生成するため、駆動回路部90が設けられている。また、車両用駆動装置10には、常閉クラッチ14等に対して作動油を供給するため、トロコイドポンプ等のオイルポンプ91が設けられている。また、常閉クラッチ14の締結油室73および解放油室74に作動油を供給制御するため、車両用駆動装置10内には複数のソレノイドバルブを備えたバルブユニット92が設けられている。オイルポンプ91とバルブユニット92とは油路93を介して接続されており、オイルポンプ91から吐出される作動油はバルブユニット92を経て常閉クラッチ14等に供給される。オイルポンプ91には従動スプロケット94bが連結されており、トルクコンバータ12のポンプインペラ21には駆動スプロケット94aが連結されている。また、駆動スプロケット94aと従動スプロケット94bとはチェーン94cを介して連結されている。このように、エンジン11とオイルポンプ91とは連結されており、オイルポンプ91はエンジン11によって駆動されている。なお、オイルポンプ91から吐出される作動油は、バルブユニット92を経てトルクコンバータ12や無段変速機15にも供給されている。
また、エンジン11、駆動回路部90、バルブユニット92等を制御するため、車両用駆動装置10には制御ユニット95が設けられている。この制御ユニット95には、運転手によるセレクトレバー96の操作(セレクト操作)を検出するインヒビタスイッチ97、アクセルペダルの操作状況を検出するアクセルペダルセンサ98、ブレーキペダルの操作状況を検出するブレーキペダルセンサ99、車速を検出する車速センサ100、運転手に操作されるイグニッションスイッチ101等が接続されている。そして、制御ユニット95は、各種センサ等からの情報に基づき車両状態を判定し、エンジン11、駆動回路部90、バルブユニット92等に対して制御信号を出力する。また、図3に示すように、運転手に操作されるセレクトレバー96は、Pレンジ(駐車レンジ)、Nレンジ(ニュートラルレンジ,中立レンジ)、Dレンジ(前進レンジ)、Rレンジ(後退レンジ)に操作可能となっている。また、制御ユニット95は、制御信号等を演算するCPUを備えるとともに、制御プログラム、演算式、マップデータ等を格納するROMや、一時的にデータを格納するRAMを備えている。
続いて、制御ユニット95によって実行される前進クラッチ43、後退ブレーキ44および常閉クラッチ14の切換制御について説明する。図4は前進クラッチ43、後退ブレーキ44および常閉クラッチ14の切換制御の手順を示すフローチャートである。なお、図4に示すフローチャートは、PレンジまたはNレンジにセレクト操作された状態から実行されるフローチャートとなっている。また、図5(a)〜(c)は、エンジン作動時における前進クラッチ43、後退ブレーキ44および常閉クラッチ14の作動状態を示す概略図である。さらに、図6(a)〜(c)は、エンジン停止時における前進クラッチ43、後退ブレーキ44および常閉クラッチ14の作動状態を示す概略図である。
図4に示すように、ステップS1では、エンジン11が始動されているか否かが判定される。ステップS1において、エンジン11が始動されていると判定された場合には、ステップS2に進み、セレクトレバー96がDレンジに操作されているか否かが判定される。ステップS2において、Dレンジにセレクト操作が為されていると判定された場合には、ステップS3に進み、常閉クラッチ14の解放油室74に作動油が供給され、常閉クラッチ14が解放状態に切り換えられる。続くステップS4では、常閉クラッチ14の解放が完了したか否かが判定される。ステップS4において、常閉クラッチ14の解放が完了したと判定された場合には、ステップS5に進み、電磁石54に対する通電によって前進クラッチ43が締結される一方、電磁石64に対する通電遮断によって後退ブレーキ44が解放される。そして、ステップS6に進み、常閉クラッチ14の締結油室73に作動油が供給され、常閉クラッチ14が締結状態に切り換えられる。
このように、エンジン11が作動するとともに、Dレンジにセレクト操作が為されている状況では、前進クラッチ43を締結することで前進伝達径路82が接続され、後退ブレーキ44を解放することで後退伝達径路83が切断され、常閉クラッチ14を締結することで出力側共通径路84が接続される。これにより、図5(a)に示すように、エンジン動力は入力側共通径路81、前進伝達径路82および出力側共通径路84を経て駆動輪18f,18rに伝達され、エンジン動力によって駆動輪18f,18rを前進方向に回転させることが可能となる。また、常閉クラッチ14を解放した状態のもとで、前進クラッチ43や後退ブレーキ44を切り換えることにより、前進クラッチ43や後退ブレーキ44の切り換え動作に伴うショックが抑制されている。
また、ステップS2において、Dレンジにセレクト操作が為されていないと判定された場合には、ステップS7に進み、セレクトレバー96がRレンジに操作されているか否かが判定される。ステップS7において、Rレンジにセレクト操作が為されていると判定された場合には、ステップS8に進み、常閉クラッチ14の解放油室74に作動油が供給され、常閉クラッチ14が解放状態に切り換えられる。続くステップS9では、常閉クラッチ14の解放が完了したか否かが判定される。ステップS9において、常閉クラッチ14の解放が完了したと判定された場合には、ステップS10に進み、電磁石64に対する通電によって後退ブレーキ44が締結される一方、電磁石54に対する通電遮断によって前進クラッチ43が解放される。そして、ステップS11に進み、常閉クラッチ14の締結油室73に作動油が供給され、常閉クラッチ14が締結状態に切り換えられる。
このように、エンジン11が作動するとともに、Rレンジにセレクト操作が為されている状況では、前進クラッチ43を解放することで前進伝達径路82が切断され、後退ブレーキ44を締結することで後退伝達径路83が接続され、常閉クラッチ14を締結することで出力側共通径路84が接続される。これにより、図5(b)に示すように、エンジン動力は入力側共通径路81、後退伝達径路83および出力側共通径路84を経て駆動輪18f,18rに伝達され、エンジン動力によって駆動輪18f,18rを後退方向に回転させることが可能となる。また、常閉クラッチ14を解放した状態のもとで、前進クラッチ43や後退ブレーキ44を切り換えることにより、前進クラッチ43や後退ブレーキ44の切り換え動作に伴うショックが抑制されている。
また、ステップS7において、Rレンジにセレクト操作が為されていないと判定された場合、つまりNレンジまたはPレンジにセレクト操作が為されている場合には、ステップS12に進み、電磁石64に対する通電遮断によって前進クラッチ43および後退ブレーキ44が共に解放される。続くステップS13では、常閉クラッチ14の解放油室74に作動油が供給され、常閉クラッチ14が解放状態に切り換えられる。このように、エンジン11が作動するとともに、NレンジまたはPレンジにセレクト操作が為されている状況では、前進クラッチ43を解放することで前進伝達径路82が切断され、後退ブレーキ44を解放することで後退伝達径路83が切断され、常閉クラッチ14を解放することで出力側共通径路84が切断される。これにより、図5(c)に示すように、エンジン11と駆動輪18f,18rとを切り離すことができ、車両用駆動装置10をニュートラル状態に制御することが可能となる。なお、図示する場合には、前進クラッチ43および後退ブレーキ44を解放するとともに、常閉クラッチ14を解放しているが、これに限られることはなく、前進クラッチ43および後退ブレーキ44を締結して常閉クラッチ14を解放しても良く、常閉クラッチ14を締結して前進クラッチ43および後退ブレーキ44を解放しても良い。
一方、ステップS1において、エンジン11が始動されていないと判定された場合には、ステップS14に進み、セレクトレバー96がDレンジに操作されているか否かが判定される。ステップS14において、Dレンジにセレクト操作が為されていると判定された場合には、ステップS15に進み、電磁石54に対する通電によって前進クラッチ43が締結される一方、電磁石64に対する通電遮断によって後退ブレーキ44が解放される。このように、アイドリングストップ等によってエンジン11が停止するとともに、Dレンジにセレクト操作が為されている状況では、図6(a)に示すように、前進クラッチ43を締結することで前進伝達径路82が接続され、後退ブレーキ44を解放することで後退伝達径路83が切断される。また、アイドリングストップによってオイルポンプ91が停止しているが、常閉クラッチ14はバネ力によって滑り状態または締結状態に保持されている。このように、制御油圧が低下しても常閉クラッチ14が解放されることはなく、エンジン再始動時の急速な油圧上昇による常閉クラッチ14の締結ショックを抑制することが可能となる。
また、ステップS14において、Dレンジにセレクト操作が為されていないと判定された場合には、ステップS16に進み、セレクトレバー96がRレンジに操作されているか否かが判定される。ステップS16において、Rレンジにセレクト操作が為されていると判定された場合には、ステップS17に進み、電磁石64に対する通電によって後退ブレーキ44が締結される一方、電磁石54に対する通電遮断によって前進クラッチ43が解放される。このように、アイドリングストップ等によってエンジン11が停止するとともに、Rレンジにセレクト操作が為されている状況では、図6(b)に示すように、前進クラッチ43を解放することで前進伝達径路82が切断され、後退ブレーキ44を締結することで後退伝達径路83が接続される。また、アイドリングストップによってオイルポンプ91が停止しているが、常閉クラッチ14はバネ力によって滑り状態または締結状態に保持されている。このように、制御油圧が低下しても常閉クラッチ14が解放されることはなく、エンジン再始動時の急速な油圧上昇による常閉クラッチ14の締結ショックを抑制することが可能となる。
また、ステップS16において、Rレンジにセレクト操作が為されていないと判定された場合、つまりNレンジまたはPレンジにセレクト操作が為されている場合には、ステップS18に進み、電磁石54,64に対する通電遮断によって前進クラッチ43および後退ブレーキ44が共に解放される。このように、アイドリングストップ等によってエンジン11が停止するとともに、NレンジまたはPレンジにセレクト操作が為されている状況では、図6(c)に示すように、電動の前進クラッチ43を解放することで前進伝達径路82が切断され、電動の後退ブレーキ44を解放することで後退伝達径路83が接続される。これにより、常閉クラッチ14を解放するための制御油圧を得ることができないエンジン停止時においても、中立レンジであるNレンジにセレクト操作が為された場合には、エンジン11と駆動輪18f,18rとを切り離すことができ、車両用駆動装置10をニュートラル状態に制御することが可能となる。なお、エンジン11が停止する状況としては、アイドリングストップに限られることはなく、イグニッションスイッチ101がオフ操作される場合もある。このような、イグニッション操作に伴うエンジン停止時であっても、Nレンジにセレクト操作を行うことにより、前進クラッチ43および後退ブレーキ44を解放してエンジン11と駆動輪18f,18rとを切り離すことが可能となる。
これまで説明したように、前進時および後退時にエンジン動力が伝達される出力側共通径路84に常閉クラッチ14を設けるとともに、この常閉クラッチ14にスプリング75を組み込んでピストン72を係合方向に付勢している。これにより、DレンジやRレンジにセレクト操作が為された状態のもとで、アイドリングストップが実行されて制御油圧が低下した場合であっても、常閉クラッチ14が滑り状態または締結状態に保持されるため、エンジン再始動時の急速な油圧上昇による常閉クラッチ14の締結ショックを抑制することが可能となる。これにより、前進時および後退時の双方でアイドリングストップを実行する場合であっても、エンジン再始動時の締結ショックを抑制することが可能となる。
また、前進時にエンジン動力が伝達される前進伝達径路82に、通電制御によって作動する電動の前進クラッチ43を設け、前進クラッチ43をセレクト操作に連動して切り換えるようにしている。さらに、後退時にエンジン動力が伝達される後退伝達径路83に、通電制御によって作動する電動の後退ブレーキ44を設け、後退ブレーキ44をセレクト操作に連動して切り換えるようにしている。このように、電動の前進クラッチ43および後退ブレーキ44を設けることにより、エンジン停止時であってもセレクトレバー96をNレンジに操作することにより、前進クラッチ43および後退ブレーキ44を解放してエンジン11と駆動輪18f,18rとを切り離すことが可能となる。すなわち、常閉クラッチ14はバネ力によって滑り状態または締結状態に保持されることから、制御油圧を得ることのできないエンジン停止時においては、常閉クラッチ14を解放して車両用駆動装置10をニュートラル状態に制御することが不可能であった。そこで、本発明の車両用駆動装置10においては、制御油圧を得ることのできないエンジン停止時においても、セレクト操作によって解放される電動の前進クラッチ43および後退ブレーキ44を設けるようにしている。これにより、常閉クラッチ14を解放するための制御油圧を得ることができない場合であっても、前進クラッチ43および後退ブレーキ44を解放することにより、車両用駆動装置10をニュートラル状態に制御することができ、車両の牽引作業等を安全に行うことが可能となる。
また、前述の説明では、常閉クラッチ14を出力側共通径路84に設けているが、これに限られることはなく、常閉クラッチ14を入力側共通径路81に設けても良い。すなわち、常閉クラッチ14が設けられる共通伝達径路を、前進伝達径路82および後退伝達径路83のエンジン11側に接続しても良く、前進伝達径路82および後退伝達径路83の駆動輪18f,18r側に接続しても良い。また、前述の説明では、常閉クラッチ14の解放油室74に作動油を供給し、常閉クラッチ14を解放状態に切り換えているが、これに限られることはなく、常閉クラッチ14から解放油室74を削除しても良い。すなわち、解放状態に切り換えられることのない常閉クラッチ14を用いるようにしても良い。
また、前述の説明では、摩擦板を備えた摩擦クラッチや摩擦ブレーキを用いて前進クラッチ43や後退ブレーキ44を構成しているが、これに限られることはなく、ドグクラッチとも呼ばれる噛合クラッチや噛合ブレーキを用いて前進クラッチ43や後退ブレーキ44を構成しても良い。さらに、前述の説明では、前進係合機構として前進クラッチ43を用いるとともに、後退係合機構として後退ブレーキ44を用いているが、前進係合機構として前進ブレーキを用いても良く、後退係合機構として後退クラッチを用いても良い。さらに、前述の説明では、前進クラッチ43および後退ブレーキ44は、締結状態と解放状態との2つの状態に切り換えられるクラッチやブレーキであるが、これに限られることはなく、滑り状態に制御可能なクラッチおよびブレーキを採用しても良い。
また、前進クラッチ43および後退ブレーキ44は、電磁石54,64に対する通電制御によって締結状態と解放状態とに切り換えられているが、これに限られることはなく、セレクト操作に応じて作動する電動アクチュエータを用いて前進クラッチ43や後退ブレーキ44を締結状態や解放状態に切り換えても良い。さらに、前進クラッチ43および後退ブレーキ44の制御方法としては、油圧制御以外であれば如何なる制御方法であっても良い。ここで、図7は本発明の他の実施の形態である車両用駆動装置110を示す概略図である。また、図8は車両用駆動装置110の一部を制御系とともに示す概略図である。なお、図7および図8において、図1および図3に示す部材と同様の部材については、同一の符号を付してその説明を省略する。
図7に示すように、車両用駆動装置110は、エンジン11と駆動輪18f,18rとの間に、トルクコンバータ12、常閉クラッチ14、無段変速機15および前後進切換機構111を有している。また、常閉クラッチ14は、前進クラッチ(前進係合機構)112および後退ブレーキ(後退係合機構)113を備える前後進切換機構111よりもエンジン11側に設けられている。すなわち、図示する車両用駆動装置110は、前述した入力側共通径路(共通伝達径路)81に常閉クラッチ14を設けるようにした車両用駆動装置となっている。なお、前進クラッチ112は前述した前進伝達径路82に設けられており、後退ブレーキ113は前述した後退伝達径路83に設けられている。
図7および図8に示すように、前後進切換機構111に設けられる前進クラッチ112は、噛合クラッチであるシンクロメッシュ機構によって構成されている。前進クラッチ112は、キャリア49に固定されるシンクロハブ114と、これに常時噛み合うシンクロスリーブ115とを備えている。また、前進クラッチ112は、前後進入力軸116に固定されるスプライン歯117を備えている。後述するスイングアーム124によってシンクロスリーブ115を締結方向にスライドさせ、シンクロスリーブ115をスプライン歯117に噛み合わせることにより、前進クラッチ112は締結状態に切り換えられる。一方、シンクロスリーブ115を解放方向にスライドさせ、シンクロスリーブ115とスプライン歯117との噛み合いを外すことにより、前進クラッチ112は解放状態に切り換えられる。
同様に、前後進切換機構111に設けられる後退ブレーキ113は、噛合ブレーキであるシンクロメッシュ機構によって構成されている。後退ブレーキ113は、リングギヤ46に固定されるシンクロハブ118と、これに常時噛み合うシンクロスリーブ119とを備えている。また、後退ブレーキ113は、ケース59に固定されるスプライン歯120を備えている。後述するスイングアーム124によってシンクロスリーブ119を締結方向にスライドさせ、シンクロスリーブ119をスプライン歯120に噛み合わせることにより、後退ブレーキ113は締結状態に切り換えられる。一方、シンクロスリーブ119を解放方向にスライドさせ、シンクロスリーブ119とスプライン歯120との噛み合いを外すことにより、後退ブレーキ113は解放状態に切り換えられる。
図8に示すように、前進クラッチ112のシンクロスリーブ115にはフォーク部材121が取り付けられ、後退ブレーキ113のシンクロスリーブ119にはフォーク部材122が取り付けられている。これらのフォーク部材121,122にはロッド部材123が固定されており、ロッド部材123にはスイングアーム124が連結されている。また、スイングアーム124は、リンク機構125を介してセレクトレバー96に連結されている。すなわち、セレクトレバー96とシンクロスリーブ115,119とは機械的に連結されており、セレクトレバー96の操作に連動してシンクロスリーブ115,119をスライドさせることが可能となっている。このように、前進クラッチ112および後退ブレーキ113は、手動で切り換えられるクラッチおよびブレーキとなっている。図示する車両用駆動装置110においては、Pレンジに向けて矢印A方向にセレクトレバー96を操作することにより、シンクロスリーブ115,119を矢印A方向にスライドさせることが可能となる。一方、Dレンジに向けて矢印B方向にセレクトレバー96を操作することにより、シンクロスリーブ115,119を矢印B方向にスライドさせることが可能となる。なお、図8に示す状態は、セレクトレバー96がNレンジに操作された状態である。
続いて、セレクトレバー96によって手動操作される前進クラッチ112および後退ブレーキ113の作動状態について説明する。図9(a)〜(d)は前進クラッチ112および後退ブレーキ113の作動状態を示す説明図である。なお、図9に示した白抜きの矢印は回転運動の伝達径路を示している。まず、図9(a)〜(d)に示すように、DレンジからNレンジおよびRレンジを経てPレンジにセレクト操作を行うことにより、双方のシンクロスリーブ115,119は共に図9の右側に向けてスライドするようになっている。図9(a)に示すように、Dレンジにセレクト操作が行われた場合には、シンクロスリーブ115はスプライン歯117に噛み合って前進クラッチ112は締結状態となり、シンクロスリーブ119はスプライン歯120から外れて後退ブレーキ113は解放状態となる。これにより、クランク軸20の回転は、前後進入力軸116、前進クラッチ112および前後進出力軸126を経て、駆動輪18f,18rに伝達されることになる。一方、図9(c)に示すように、Rレンジにセレクト操作が行われた場合には、シンクロスリーブ115はスプライン歯117から外れて前進クラッチ112は解放状態となり、シンクロスリーブ119はスプライン歯120に噛み合って後退ブレーキ113は締結状態となる。これにより、クランク軸20の回転は、前後進入力軸116、サンギヤ45、ピニオンギヤ47,48、キャリア49および前後進出力軸126を経て、逆転されて駆動輪18f,18rに伝達されることになる。また、図9(b)および(d)に示すように、NレンジやPレンジにセレクト操作が行われた場合には、シンクロスリーブ115はスプライン歯117から外れて前進クラッチ112は解放状態となり、シンクロスリーブ119はスプライン歯120から外れて後退ブレーキ113は解放状態となる。これにより、エンジン11と駆動輪18f,18rとを切り離すことが可能となる。このように、手動操作される前進クラッチ112や後退ブレーキ113を用いた場合であっても、セレクト操作に応じて前進クラッチ112や後退ブレーキ113を解放することができるため、本発明を有効に適用することが可能となる。
また、前述の説明では、Pレンジにセレクト操作が行われた場合に、前進クラッチ112と後退ブレーキ113とを共に解放状態に制御しているが、これに限られることはなく、後退ブレーキ113を締結状態に切り換えて前後進出力軸126を固定しても良い。ここで、図10(a)〜(d)は本発明の他の実施の形態である車両用駆動装置が備える前進クラッチ(前進係合機構,噛合クラッチ機構)130および後退ブレーキ(後退係合機構,噛合ブレーキ機構)131の作動状態を示す説明図である。なお、図10において、図9に示す部材と同様の部材については、同一の符号を付してその説明を省略する。また、図10に示した白抜きの矢印は回転運動の伝達径路を示している。
図10(a)に示すように、前進クラッチ130は、キャリア49に固定されるシンクロハブ(第1回転部材)114と、これに常時噛み合うシンクロスリーブ(第1スリーブ部材)115とを備えている。また、前進クラッチ130は、前後進入力軸116に固定されるスプライン歯(第2回転部材)117を備えている。後退ブレーキ131は、リングギヤ46に固定されるシンクロハブ(第3回転部材)118と、これに常時噛み合うシンクロスリーブ(第2スリーブ部材)119とを備えている。また、後退ブレーキ131は、ケース59に固定されるスプライン歯(固定部材)120を備えている。
また、前進クラッチ130のシンクロスリーブ115には、その側部にスライド方向(移動方向)に伸びるスプライン歯(第1噛合歯)132が設けられている。また、後退ブレーキ131のシンクロハブ118には、その側部にスプライン歯132に対向するスプライン歯(第2噛合歯)133が設けられている。ここで、前述したように、セレクトレバー96に連動してシンクロスリーブ115はスライドする一方、シンクロハブ118はリングギヤ46に固定されている。このため、図10(d)に示すように、Pレンジにセレクト操作が行われた場合には、図10の右側にスライドするシンクロスリーブ115がシンクロハブ118に接近し、互いのスプライン歯132,133は噛み合うことになる。さらに、後退ブレーキ131のシンクロスリーブ119には、RレンジおよびPレンジでケース59側のスプライン歯120に噛み合うスプライン歯134が設けられている。
このように、前進クラッチ130および後退ブレーキ131が構成された場合には、図10(a)に示すように、Dレンジにセレクト操作が行われると、前進クラッチ130は締結状態となり、後退ブレーキ131は解放状態となる。これにより、クランク軸20の回転は、前後進入力軸116、前進クラッチ130および前後進出力軸126を経て、駆動輪18f,18rに伝達される。一方、図10(c)に示すように、Rレンジにセレクト操作が行われると、前進クラッチ130は解放状態となり、後退ブレーキ131は締結状態となる。これにより、クランク軸20の回転は、前後進入力軸116、サンギヤ45、ピニオンギヤ47,48、キャリア49および前後進出力軸126を経て、逆転されて駆動輪18f,18rに伝達される。さらに、図10(b)に示すように、Nレンジにセレクト操作が行われると、前進クラッチ130および後退ブレーキ131は共に解放状態となる。これにより、エンジン11と駆動輪18f,18rとを切り離すことが可能となる。そして、図10(d)に示すように、駐車レンジであるPレンジにセレクト操作が行われると、シンクロスリーブ115がスプライン歯132,133を介してシンクロハブ118に噛み合うとともに、シンクロスリーブ119がスプライン歯120,134を介してケース59に噛み合うことになる。すなわち、駆動輪18f,18rに連結されるキャリア49が、シンクロハブ114、シンクロスリーブ115、シンクロハブ118およびシンクロスリーブ119を介して、ケース59に固定されることになる。これにより、Pレンジのセレクト操作に連動して駆動輪18f,18rを固定することができ、前進クラッチ130および後退ブレーキ131を有効に利用しながら所謂パーキングロックを実現することが可能となる。
また、図9および図10に記載される前進クラッチ112,130および後退ブレーキ113,131は、セレクト操作によって手動で切り換えられているが、これに限られることはなく、前進クラッチ112,130や後退ブレーキ113,131を電動で切り換えても良い。この場合には、例えば、インヒビタスイッチ97からの信号によって駆動される電動モータ等の電動アクチュエータが設けられ、この電動アクチュエータによってスイングアーム124やロッド部材123等が駆動されることになる。また、前進クラッチ112,130および後退ブレーキ113,131はシンクロメッシュ機構であるが、これに限られることはなく、同期機能を持たない噛合クラッチや噛合ブレーキであっても良い。なお、前進クラッチ112,130に代えて前進ブレーキを用いても良く、後退ブレーキ113,131に代えて後退クラッチを用いても良い。
本発明は前記実施の形態に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲で種々変更可能であることはいうまでもない。例えば、前述の説明では、車両用駆動装置10,110にはチェーンドライブ式の無段変速機15が搭載されているが、これに限られることはなく、ベルトドライブ式やトラクションドライブ式の無段変速機を搭載しても良く、遊星歯車式や平行軸式の自動変速機を搭載しても良い。また、前述の説明では、オイルポンプ91としてトロコイドポンプを用いているが、これに限られることはなく、他の形式の内接型ギヤポンプであっても良く、外接型ギヤポンプであっても良い。また、前述の説明では、運転手に操作される手動操作部としてセレクトレバー96を挙げているが、これに限られることなく、パドルを用いてセレクト操作が行われるパドル式の手動操作部、ダイヤルを用いてセレクト操作が行われるダイヤル式の手動操作部、または押ボタンを用いてセレクト操作が行われる押ボタン式の手動操作部を採用しても良い。また、図示する車両用駆動装置10,110は、四輪駆動用の車両用駆動装置であるが、これに限られることなく、前輪駆動用や後輪駆動用の車両用駆動装置であっても良い。