JP5738027B2 - 質量分析法 - Google Patents

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Description

本発明は、タンパク、ペプチド、あるいは酵素等で断片化されたペプチド(以後、ポリペプチドと総称)の質量分析方法に関する。
ヒトゲノム配列の解読完了後、生命現象の実際の担い手であるタンパク質を解析するプロテオーム解析が注目を集めている。タンパク質の直接解析が疾患の原因究明、創薬、テーラーメード医療につながると考えられるからである。例えば、ある種の疾患細胞には、マーカータンパクと呼ばれる特異なポリペプチドが選択的に発現していることが知られており、マーカータンパクを高感度で検出することは、疾患の早期発見等に繋がる重要な技術である。
また、プロテオーム解析が注目される別の理由として、転写産物であるRNAの発現解析、すなわちトランスクリプトーム解析ではタンパク質の発現を十分予測することができないことがわかってきたことや、翻訳後修飾されたタンパク質の修飾部位や立体構造をゲノム情報から得ることが難しいこと、なども挙げられる。
質量分析は、ポリペプチドを高感度かつ高い解像度で測定することができるため、プロテオーム解析に広く用いられている。特にマトリクス支援レーザー脱離イオン化質量分析法(MALDI−MS)は高質量数のペプチドを検出することが可能であり、有効に用いられている。
一方、近年、高い空間分解能と再現性を持った質量分析法である2次イオン質量分析法(SIMS)を用いた測定が注目されている。
本発明は、システインを含むポリペプチドを、SIMSで従来よりも感度よく検出することを目的とするものである。
本願発明者らは、これまでもSIMSの測定の感度上昇を目的として鋭意研究を行っており、これまでに、SIMSでペプチドを検出する際の感度を向上させる「SIMS特異的な増感物質」を見出している(特許文献1)。特許文献1において、発明者らは、ポリペプチドの修飾により、ポリペプチドをpH6以下の酸でプロトン修飾し、SIMSのシグナル強度を向上させ、単独のポリペプチドならばm/z6000程度まで、ペプチド混合物であればm/z1600程度までのポリペプチドを検出することに成功した。また本発明者らは、酵素により断片化されたポリペプチドや微量な生体関連物質について、前記増感物質を用いてSIMSで高感度検出する方法なども提案した。
システインを含むポリペプチドをNTCB(2−ニトロ−5−チオシアノ安息香酸)により処理することは非特許文献1に記されている。非特許文献1では、ポリペプチドをNTCBおよび塩基で処理することにより断片化し、断片化されたポリペプチドをMALDI−MSとエレクトロスプレー質量分析法(ESI−MS)で分析している。しかしながら、この文献においては、NTCBおよび塩基を用いた処理は、あくまでもポリペプチドを断片化して、質量を小さくするために行われたものであり、システイン残基部位に2−イミノチアゾリジン−4−カルボキシル基等の修飾を導入することで、質量分析における感度を上昇させることを目的とするものではない。また、測定はMALDI−MSとESI−MSのみであり、SIMSの測定は行っていない。
特許文献2には、NTCBを利用したポリペプチドの製造方法が開示されている。この文献では、システイン残基を含まないポリペプチドを得ることを目的としており、システイン残基を1つ含むポリペプチドについて、NTCBなどによる処理により、システイン残基の部分で切断することを記載している。なお、特許文献2は、1つのシステイン残基を含むポリペプチドを、NTCBで断片化した後、液体クロマトグラフィー(LC)を用いて二つを分割し、システイン残基を含まない方のポリペプチドをSIMSで分析することについて記載している。しかし、特許文献2は、NTCBによる処理が、SIMSにおける感度を上昇させることについては、なんら示唆していない。したがって、非特許文献1および特許文献2は、本発明の「SIMS特異的な」ペプチドシグナル増感効果を示唆していない。
米国特許第7446309号公報 米国特許第6287806号公報
W. Speicher, et .al., Anal. Biochem 2004, 334, 48.
本発明は、システインを含むポリペプチドを、SIMSで従来よりも感度よく検出することを目的とする。
特許文献1では、検出感度が上昇するのは、m/z1600以下のペプチドであった。一方、プロテオーム解析では、質量数500〜4000程度のポリペプチドを質量分析で検出できることが望ましく、より質量数が高い領域におけるSIMS測定の感度上昇が求められた。
本発明者らは、システイン残基を含むポリペプチドをシアノ化処理剤で処理し、さらに塩基処理した。前記処理により、システイン残基部位を2−イミノチアゾリジン−4−カルボキシル基へ修飾した修飾ポリペプチドを得た。従来SIMS測定で検出できなかった領域(質量数1600以上)においても、前記修飾ポリペプチドのシグナルは検出可能であることを見出し、本発明に至った。
また、本発明者らは前記処理工程中の塩基処理工程において、システイン残基を含むポリペプチドを、塩基蒸気に暴露、塩基を含む溶液に浸漬、もしくは塩基溶液を微小液滴により付与、あるいは潮解性塩と塩基蒸気を組み合わせた処理により、金基板上のポリぺプチドの位置情報をある程度保持したまま、断片化できることを見出し、本発明に至った。
したがって、本発明の特徴は、システイン残基を含むポリペプチドの質量分析方法であって、
前記ポリペプチドをシアノ化処理剤でシアノ化する工程と、
前記シアノ化されたポリペプチドをする工程と、
前記されたポリペプチドを、荷電粒子を用いて脱離イオン化させる工程と、
前記脱離イオン化されたポリペプチドを質量分析法で分析する工程と、
を有するポリペプチドの質量分析法に関する。
本発明の処理による化学構造変化を示す反応式である 処理前後の合成ポリペプチド(CKVASLRETYGDMAD)のSIMSスペクトル 処理前後の合成ポリぺプチド(CKVASLRETYGDMAD)のMALDI測定のスペクトル (a) 本発明の方法に基づき断片化(処理)したウシ血清アルブミン断片化物のSIMSスペクトル、(b) トリプシンにより断片化ウシ血清アルブミン断片化物のSIMSスペクトル 実施例4及び実施例5の処理前後のインスリンのSIMSデータ 実施例6の処理後のインスリンのSIMSイメージ 実施例9及び実施例10の断片化(処理)後のインスリンのSIMSスペクトル
本発明の対象とする物質はシステイン残基を含むポリペプチドである。本明細書中では、該ポリペプチドを対象物と略すことがある。
本発明では、対象物をシアノ化処理剤、さらに塩基で処理を行い、修飾ポリペプチドを得る(図1)。処理されたポリペプチドはシステイン残基部位が2−イミノチアゾリジン−4−カルボキシル基へ修飾される。また、対象物がシステイン残基を末端以外に含む場合は、塩基で処理をする際に、システイン残基部位で切断される。なお、本明細書中では、対象物をシアノ化処理剤、および塩基による処理を行ったものをすべて修飾ポリペプチドといい、修飾ポリペプチドは上記の切断をされたものと、されないものの両者を含める。
修飾ポリペプチドは、処理されないものと比べ、SIMSにおいて高いシグナル強度で検出される。その結果、従来SIMS測定では検出が困難であった質量数1600以上の領域においても、修飾ポリペプチドのシグナルを検出することが可能になる。特に、修飾ポリペプチドは質量数2800程度までは十分な強度で検出できる。したがって、例えば、本発明の方法をプロテオーム解析に利用した場合、タンパクの同定の精度が大きく向上する。
このような、修飾ポリペプチドのシグナル強度の増強は、特にSIMSにおいて顕著に見られ、MALDI−MSなど他のイオン化ではこのような効果は得られない。SIMSにおいて修飾ポリペプチドのシグナル強度が増大するメカニズムは十分解明されていないが、次に示した2つが有力である。(1)従来法(特許文献1)では高質量数のポリペプチドイオンがスパッタされても、直後に周りの物質に電荷を奪われてしまう。それに対し本発明の修飾ポリペプチドは、N末端にプロトン化されやすい環状構造を有しており、スパッタ後に周りの物質に電荷を奪われにくい。(2)本発明の修飾ポリペプチドは処理前のポリペプチドと比較して、システイン残基のチオール基がなくなっている。そのため分子間の水素結合が弱くなり、スパッタ効率が良くなる。
また、本発明は、生体組織(切片)に発現しているタンパク質を、その位置情報を保持した状態で断片化することができ、この点も、SIMSに用いる上で、有効であると考えられる。この場合、本発明の方法は、酵素を用いる方法よりも有効であると予想される。
本発明は、システイン残基含むポリペプチドの質量分析方法であって、
(1)該ポリペプチドを、シアノ化処理剤で処理する工程と、
(2)塩基で処理する工程と、
(3)前記(1)と(2)の処理をされたポリペプチド(修飾ポリペプチド)を、荷電粒子を用いて脱離イオン化させる工程と、
(4)脱離イオン化した修飾ポリペプチドの質量を、質量分析法を用いて分析する工程とを含み、かつ
(1)〜(4)の順に処理をすることを特徴とする、ポリペプチドの質量分析方法を提供する。
本発明の質量分析方法においては、さらに、(5)システイン残基を還元する工程
を、(1)の前、(2)の前、(3)の前のいずれかに含むことができる。
また、前記荷電粒子は、単原子イオンまたはクラスターイオンのいずれかであることが好ましい。
さらに、本発明の一態様においては、前記のシステイン残基を含むポリペプチドが、溶液中、組織切片中、プロテインチップ上、ゲル中、膜上のいずれかに存在するものである。
また、本発明における前記シアノ化処理剤は特に限定されないが、2−ニトロ−5−チオシアノ安息香酸(NTCB)、1−シアノ−4−ジメチルアミノピリジニウムテトラフルオロボレート(CDAP)、1−シアノ−4−ジメチルアミノピリジウム塩(DMAP−CN)、CN-イオンのいずれかの物質を含む溶液であることが好ましい。
また、本発明は、2次イオン質量分析で分析するために、システイン残基を含むポリペプチドを処理する方法であって、該ポリペプチドを、シアノ化処理剤で処理し、さらに塩基で処理することを特徴とする方法を提供する。
(質量分析装置)
本発明の質量分析方法において用いる質量分析装置は、荷電粒子を1次ビームとしてサンプルに照射し脱離イオン化し、スパッタにより生成する2次イオンの質量情報を得るものである。イオン源として用いる荷電粒子としては、単原子イオンビーム、クラスターイオンビームなどが挙げられる。さらに、1次イオンビームパルス周波数は、1kHz〜50kHzの範囲であることが望ましく、また、1次イオンビームエネルギーは、12keV〜25keVの範囲であることが好ましい。さらには、1次イオンビームパルス幅は、0.5ns〜10nsの範囲であることが望ましい。また、質量の測定は、質量分析装置の分析部において行われる。分析部はなんら限定されることはなく、飛行時間型、磁場偏向型、四重極型、イオントラップ型、タンデム型などを用いることができ、上記イオン源との相性などにより適宜選択される。
(対象となるポリペプチド)
既に述べたとおり、本明細書中対象物は、システイン残基を有するポリペプチドを指す。また、処理過程中の、あるいは処理されたポリペプチドも対象物に含む場合がある。対象物に含まれるシステイン残基は1つでもあるいは複数でも良い。また、溶液中に存在する対象物の他、組織切片中、プロテインチップ上、さらにはゲル中に存在する対象物も処理が可能である。さらに、膜に転写された膜上に存在する対象物も処理が可能である。
(全体の処理手順)
本発明において塩基による処理は、シアノ化処理剤による処理の後に行う必要がある。また還元処理が必要な場合は、シアノ化処理剤による処理の前、あるいは、シアノ化処理剤による処理と塩基による処理の間、塩基による処理の後など、いずれでも可能である。それぞれの処理の詳細は以下に記述する。
(処理剤付与方法)
本発明において処理剤(還元処理剤、シアノ化処理剤、塩基処理剤)を対象物に付与する方法としては、ピペット、インクジェット、エアブラシなどを利用して微小液滴又はエレクトロスプレーにより付与する方法を挙げることができる。また、蒸着法による直接付与、又は大気圧下での該処理剤の粉末の直接付与(ふりかけること)、さらには処理剤溶液に対象物を含む物質(組織切片など)を浸漬する方法などを利用できる。また、対象物を含む物質片(組織など)を処理剤溶液に浸漬することにより処理剤を付与し、その後切片化することもできる。塩基処理工程は気相-固相反応、液相反応のどちらを用いてもよいが、ペプチド断片の流出防止の点では気相-固相反応が、反応速度の点では液相反応がそれぞれ好ましい。また塩基処理工程を液相中で行う場合、処理剤溶液にペプチドに対する貧溶媒(アルコールなど)を含ませることがペプチド成分の拡散を抑制する点でさらに好ましい。
対象物が溶液に溶解している場合には、均一系で処理するためピペットによる付与が好ましい。一方で対象物が生体組織中に含まれる場合は、溶液が浸透するのに時間がかかるため、組織切片の浸漬による付与が好ましい。対象物の位置情報を保持したまま処理したい場合は、インクジェットによる付与、エアブラシによる付与、さらには蒸気による処理剤の付与が好ましい。その理由は、付与された処理剤の拡散が抑えられるためである。また、断片化速度を高めるため、液相反応による断片化を行いたい場合、対象物を含む物質表面に潮解性塩を付与しておき、前記対象物を塩基を含む水蒸気(以下、塩基蒸気ともいう。また、同様に塩基を含む溶液を塩基溶液ともいう)中に暴露することで、微量の液中で断片化することができる。基板上に微量の溶液を保持できればどのような方法でもよい(温度差による凝結、水分供給装置をインキュベーター内部に設置など)。前記の処理剤付与方法のうち、複数の方法を組み合わせて、還元処理剤付与、シアノ化処理剤付与、塩基処理剤付与を行うことも出来る。
(還元処理)
本発明のシステイン残基を還元する工程は、対象物、あるいは修飾ポリペプチドのシステイン残基で還元状態でないものの一部または全部をフリーな状態にするための工程である。対象物中のシステイン残基がフリーである場合、還元処理は必要ない。還元処理剤は前記の処理剤付与方法により付与することができる。還元処理剤付与後は処理中の対象物を20〜60℃の温度でインキュベートする必要がある。処理時間に特に制約はないが、前記処理中の対象物の安定性を考慮すると、短時間(60分未満)であることが好ましい。前記対象物が組織切片などに含まれる場合は、処理中の前記対象物の乾燥を避ける必要があるため、保湿条件下で処理することが好ましい。処理中の対象物を含む溶液のpHに特に制約はないが、前記処理中の対象物が安定に存在できるpHである必要がある。前記処理中の対象物を含む溶液のpHは4以上10以下であることが好ましい。
(シアノ化処理剤)
本発明で用いられるシアノ化処理剤は、特に限定はないが、安全性の観点で2−ニトロ−5−チオシアノ安息香酸(NTCB)、1−シアノ−4−ジメチルアミノピリジニウムテトラフルオロボレート(CDAP)、1−シアノ−4−ジメチルアミノピリジウム塩(DMAP−CN)を用いることが好ましい。シアノ化処理剤は前記の処理剤付与方法により付与する。シアノ化処理剤付与後は反応の都合上、前記処理中の対象物を20℃以上の温度でインキュベートする必要がある。処理時間に特に制約はないが、前記処理中の対象物の安定性を考慮すると、短時間(60分未満)であることが好ましい。前記対象物が組織切片などに含まれる場合は、処理中の前記対象物の乾燥を避ける必要があるため、保湿条件下で処理することが好ましい。前記処理中の対象物を含む溶液のpHは7以上8.5以下であることが好ましい。
(塩基)
本発明で用いられる塩基に特に制約はないが、この後の質量分析に悪影響を与えないものが好ましい。アンモニアなどの揮発性塩基は、蒸気により付与が可能でありかつ処理後乾燥により除くことが出来るので、特に好ましい。塩基は前記の処理剤付与方法により付与する。塩基を付与した後は、反応の都合上、前記処理中の対象物を30〜100℃の温度でインキュベートする必要がある。処理時間に特に制約はないが、スループットの点で短時間(2時間未満)であることが好ましい。前記対象物が組織切片などに含まれる場合は、処理中の前記対象物の乾燥を避ける必要があるため、保湿条件下で処理することが好ましい。前記処理中の対象物を含む溶液のpHは8以上10以下であることが好ましい。
以下に、実施例を挙げて、本発明をより具体的に説明する。以下に示す具体例は、本発明にかかる最良の実施形態の一例ではあるが、本発明はかかる具体的形態に限定されるものではない
(実施例1)
SIGMA社より購入したポリペプチド(CKVASLRETYGDMAD)/炭酸水素アンモニウムバッファー(25mM、pH8.5)溶液(0.5mg/mL)を作製した。前記溶液200μLに対し、ジチオトレイトール(DTT)溶液(50mM)を20μL添加し、60℃で1時間インキュベートした(サンプル1)。
その後、サンプル1に2−ニトロ−5−チオシアノ安息香酸(NTCB)溶液(25mM、pH7.5)を80μL添加し、40℃で1時間インキュベートした。続いて前記溶液をアンモニア水(3%)でpH8.5に調整し、50℃で1時間インキュベートした(サンプル2)。
前記サンプル1と前記サンプル2を金基板上に0.5μL滴下し、乾燥させ、SIMS測定した。処理前のポリペプチドの質量数は1658.8、処理後のポリペプチドの質量数は1683.8とそれぞれ計算できる。
SIMSの測定条件は以下のとおり。
測定用1次イオン:Bi 、25kV 0.3pA[パルス電流値]
スキャニング:sawtoothスキャンモード、500×500μm
測定用1次イオン及びクラスターイオンのパルス周波数:3.3kHz
測定用1次イオンのパルス幅:約0.8ns
測定用1次イオンのビーム直径:約2μm
積算時間:約500秒。
測定の結果得られたスペクトルを図2に示した。サンプル1の滴下物からはポリペプチドのシグナルは検出できなかった(図2中21)が、サンプル2の滴下物からは合成ポリペプチドの修飾ポリペプチドのシグナルが検出できた(図2中22)。このことは本発明の処理により、ポリペプチドのシグナルが増大したことを示している。
(比較例1)
実施例1で作成したサンプル1とサンプル2を50mMのジヒドロキシベルガモッティン(DHB)/(0.1%トリフルオロ酢酸(TFA)、アセトニトリル)溶液と1:1で混合し、MALDI測定用基板へ滴下し、MALDIを測定したところ、サンプル1、サンプル2からそれぞれ合成ペプチド、合成ペプチド修飾物のシグナルが検出された(図3中(a),(b))。これらのシグナル強度はいずれも同程度であり、実施例1のSIMSシグナルの増強効果は見られなかった。このことから本発明の増強効果はSIMSの特異的なものであることが分かる。
(実施例2)
ウシ血清アルブミン/炭酸水素アンモニウムバッファー(25mM、pH8.5)溶液(0.5mg/mL)を作成した。得られた前記ウシ血清アルブミン溶液を実施例1と同様の方法で還元処理、シアノ化処理、さらには塩基処理を行い実施例1と同様の条件でSIMS測定した。その結果、質量数1600〜2800の領域において断片化ポリペプチド(処理、未処理)もしくは一部が切れ残ったペプチドのシグナルが複数検出された(図4中(a))。
(実施例3)
ウシ血清アルブミンの0.5mg/mLを炭酸水素アンモニウムバッファー(25mM、pH8.5)に溶解した溶液を200μL作成した。得られたウシ血清アルブミン溶液に、1mg/mLのトリプシン溶液を1μL添加し、37℃で一晩インキュベートした。前記溶液を実施例2と同様の条件でSIMS測定した。その結果、質量数〜1600の領域において断片化ポリペプチドのシグナルが検出された(図4中(b))。
実施例2では実施例3よりも高質量領域(質量数1600〜2800)のポリペプチドが検出できた。検出されたポリペプチドのアミノ酸配列が異なるため断定は出来ないが、実施例2で高質量領域のポリペプチドが検出できたのは、本発明のシステイン残基部位の処理が、SIMSのシグナルを増大させたためと考えられる。
(実施例4)
インスリン/炭酸水素アンモニウムバッファー(25mM、pH8.5)溶液(6.66x10−5M)を作成した。前記溶液を実施例1と同様の方法で還元処理、シアノ化処理まで行った。得られた溶液をクラスターテクノロジー社製PulseInjecterにより金蒸着シリコン基板へ印字し、乾燥させた。
印字条件は以下の通り。
吐出ノズル径 :15μm
ドットピッチ : 200μm
スポットあたりの液量
スポット径 : 約100μm
駆動電圧 : 7V
駆動サイクル : 200Hz
前記基板のSIMSデータを図5(a)に示した。また前記基板を28%アンモニア水/エタノール混合溶媒(アンモニア水1%、エタノール99%)とともに密閉し、75℃で16時間インキュベートすることで、塩基処理した。前記基板を実施例1と同様の条件でSIMS測定した。その結果を図5(b)に示した。塩基処理後にインスリンB鎖修飾物のシグナルが消失した(図5中 52)。またいくつかのペプチドで、シグナル強度の向上が見られた (例 m/z 1057.41 図5中 51)。これは塩基処理によりNTCB断片化が進行したためと思われる。
(実施例5)
実施例3と同一の方法で、印字済み金基板を作成した。前記金基板にpH9のアンモニア水を滴下し、塩基処理を行いSIMSを測定した。その結果、理論断片に一致するシグナルがいくつか検出されたものの、成分の流出が大きく、基板上の位置情報はほとんど保持されていなかった図5(c)。アンモニア蒸気を用いて塩基処理した図5(b)と液滴を用いて塩基処理した図5(c)を比較した場合、Au、Peptide(m/z 757)、Peptide(m/z 1057.41)のイメージから図5(b)の方が位置情報を保持していることが分かった。これはアンモニア蒸気(もしくはアンモニア蒸気と凝結により基板に付着した微量の水分)中で断片化させることにより、成分の流出を抑制できたためと思われる。
(実施例6)
実施例3で作成したインスリン溶液印字済み金蒸着シリコン基板のSIMSイメージを図6(a)に示した。それぞれ左からm/z 545のペプチド、Au、m/z 757のペプチド、m/z 1157のペプチド、m/z 1328のペプチド、Total ionのイメージである。前記基板に、蒸留水、エタノール、ブタノールをそれぞれ5μL滴下し、そのまま乾燥させた。乾燥後のSIMSイメージを図6(b)(c)(d)にそれぞれ示した。ブタノールを滴下した金蒸着シリコン基板上のインスリンは、インクジェット(IJ)のドット形状をかなり維持しているが(図6(b))、蒸留水を滴下した金蒸着シリコン基板上のインスリンは全くドット形状を維持していなかった(図6(d))。エタノールを滴下した金蒸着シリコン基板上のインスリンは中間の結果となった(図6(c))。蒸留水はインスリンを溶解させるのに対し、ブタノールはインスリンを極めて溶解させにくいため、インスリンの拡散が抑制され、このような結果となったと思われる。この結果を応用すれば、ペプチド成分の拡散を抑えた断片化へと応用できる可能性がある。
(実施例7)
実施例3と同様の方法で、サンプルを印字済みの金蒸着シリコン基板を作成した。前記基板をアンモニア/エタノール溶液(28%アンモニア水1%、エタノール99%)に浸漬し、37℃で8時間インキュベートした。その後前記基板を取り出し、乾燥させ、SIMSを測定した。その結果、基板上にはある程度ペプチド成分は残っており、SIMSでインスリン断片と一致する位置(m/z 545.3、1132.5)にシグナルが認められた。
(実施例8)
実施例3と同一の方法で、印字済み金基板を作成した。前記金基板をpH9のアンモニア水に浸漬し37℃で8時間インキュベートした。その後基板を取り出し乾燥させ、SIMSを測定した。その結果、位置情報は失われ、ペプチドのシグナルはほぼ検出できなかった。実施例7ではペプチドを溶解させにくいエタノールを大量に添加したため、基板上のペプチド成分の流れ出しが抑制され、ペプチドを検出できたと思われる。
(実施例9)
インスリン/炭酸水素アンモニウムバッファー(25mM、pH8.5)溶液(6.66x10−5M)を作成した。前記溶液を実施例1と同様の方法で還元処理、シアノ化処理まで行った後、NaClを添加し0.1%のNaCl溶液になるように調整した。前記溶液を実施例3と同様の条件で、金蒸着シリコン基板へと印字し、乾燥させた。前記金蒸着シリコン基板を1%アンモニア水と共に密閉し、37℃で8時間インキュベートした。前記基板のSIMSデータを図7(a)に示した。また得られたインスリン断片のイメージは、IJのドット形状を維持していた。
(実施例10)
実施例3で作成したのと同様の印字済み金蒸着シリコン基板を実施例9と同様の方法でインキュベートした。その結果、IJのドット形状は維持されていたものの、インスリン断片は検出できなかった(図7(b))。本実施例では、インスリン修飾物が、固相中に存在するのに対し、実施例9ではNaClを添加することで、微量の水分を基板上に維持できるため、溶液中にインスリン修飾物が存在する。よって本比較例では気相-固相反応であるのに対し、実施例9では液相反応となる。そのため実施例9では断片化が進行したと思われる。
11 対象物の化学構造
12 対象物のシアノ化処理剤による処理後の化学構造
13 対象物の修飾ポリペプチドの化学構造
21 ポリペプチド(CKVASLRETYGDMAD)のSIMSシグナル(m/z1658.8)
22 ポリペプチド(CKVASLRETYGDMAD)の修飾ポリペプチドのSIMSシグナル(m/z1683.8)
31 ポリペプチド(CKVASLRETYGDMAD)のMALDIシグナル(m/z1658.8)
32 ポリペプチド(CKVASLRETYGDMAD)ナトリウム付加物のMALDIシグナル(m/z1681.9)
33 ポリペプチド(CKVASLRETYGDMAD)修飾ポリペプチドのMALDIシグナル(m/z1683.8)
34 ポリペプチド(CKVASLRETYGDMAD)修飾ポリペプチドナトリウム付加物のMALDIシグナル(m/z1706.8)
41 ウシ血清アルブミン断片化物のSIMSシグナル(m/z1881.0)
42 ウシ血清アルブミン断片化物のSIMSシグナル(m/z2266.0)
43 ウシ血清アルブミン断片化物のSIMSシグナル(m/z2778.3)
44 ウシ血清アルブミン断片化物のSIMSシグナル(m/z1305.7)
45 ウシ血清アルブミン断片化物のSIMSシグナル(m/z1479.8)
46 ウシ血清アルブミン断片化物のSIMSシグナル(m/z1567.8)
47 夾雑物(脂質、ポリペプチドのフラグメンテーション物)のシグナルと思われる
51 インスリン断片と思われるペプチドのSIMSシグナル
(m/z 1057.41)
52 インスリンB鎖修飾物のSIMSシグナル(m/z 3450.68)
71 インスリン断片化物のSIMSシグナル(m/z 567.3)
72 インスリン断片化物のSIMSシグナル(m/z 636.3)
73 インスリン断片化物のSIMSシグナル(m/z 779.4)

Claims (9)

  1. システイン残基を含むポリペプチドの質量分析方法であって、
    前記ポリペプチドをシアノ化処理剤でシアノ化する工程と、
    前記シアノ化されたポリペプチドを塩基で処理する工程と、
    前記塩基で処理されたポリペプチドを、荷電粒子を用いて脱離イオン化させる工程と、
    前記脱離イオン化されたポリペプチドを質量分析法で分析する工程と、
    を有するポリペプチドの質量分析方法。
  2. 前記塩基で処理されたポリペプチドを、荷電粒子を用いて脱離イオン化させる工程の前に、前記ポリペプチドのシステイン残基を還元することを特徴とする、請求項1に記載の質量分析方法。
  3. 前記シアノ化されたポリペプチドを塩基で処理する工程は、前記シアノ化されたポリペプチドを塩基蒸気に暴露することにより、塩基を付与することを特徴とする、請求項1又は2に記載の質量分析方法。
  4. 前記シアノ化されたポリペプチドを塩基で処理する工程は、前記シアノ化されたポリペプチドを塩基溶液に浸漬することにより、塩基を付与することを特徴とする、請求項1又は2に記載の質量分析方法。
  5. 前記シアノ化されたポリペプチドを塩基で処理する工程は、前記シアノ化されたポリペプチドに塩基をエレクトロスプレー又は微小液滴により、付与することを特徴とする、請求項1又は2に記載の質量分析方法。
  6. 前記シアノ化されたポリペプチドを塩基で処理する工程は、前記シアノ化されたポリペプチドに潮解性塩を付与しておき、さらに塩基蒸気、水蒸気により水分と塩基を供給することを特徴とする、請求項1又は2に記載のポリペプチドの質量分析方法。
  7. 前記荷電粒子は、単原子イオンまたはクラスターイオンのいずれかであることを特徴とする、請求項1〜6のいずれか1項に記載のポリペプチドの質量分析方法。
  8. システイン残基を含むポリペプチドは、溶液中、組織切片中、プロテインチップ上、ゲル中、膜上のいずれかに存在することを特徴とする、請求項1〜7のいずれか1項に記載のポリペプチドの質量分析方法。
  9. 前記シアノ化処理剤は、2−ニトロ−5−チオシアノ安息香酸(NTCB)、1−シアノ−4−ジメチルアミノピリジニウムテトラフルオロボレート(CDAP)、1−シアノ−4−ジメチルアミノピリジウム塩(DMAP−CN)、CNイオンのいずれかの物質を含む溶液であることを特徴とする、請求項1〜8のいずれか1項に記載のポリペプチドの質量分析方法。
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