JP5732449B2 - 高病原性口腔細菌による腸炎誘発原因分子の産生とその高感度検出法 - Google Patents
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Description
その治療法としては確立されたものはなく、一般療法として安静と食事療法、薬物療法としてステロイド、免疫抑制剤が投与されるが、このほかにサラゾピリン、メサラジン、などの抗菌剤、抗生物質などが効果を示す場合がある。これらのことから、腸内細菌が関与していることが指摘されているが、いまだに特定の腸内細菌が病態発症につながっているという確たる証拠は示されていないのが現状である。
さらに本発明は、炎症性消化器疾患の悪化の危険性が高い対象のスクリーニング方法であって、対象から得られた生体試料中の口腔細菌のPAおよび/またはCBPを検出することを含み、PAが検出されないことおよび/またはCBPが検出されることにより、炎症性消化器疾患の悪化の危険性が高いと判断する、前記方法に関する。
また本発明は、対象における炎症性消化器疾患の悪化の危険性の判定方法であって、対象から得られた生体試料中の口腔細菌のPAおよび/またはCBPを検出することを含み、PAが検出されないことおよび/またはCBPが検出されることにより、前記対象において炎症性消化器疾患の悪化の危険性が高いと判断する、前記方法に関する。
さらに本発明は、炎症性消化器疾患が、炎症性腸疾患である、前記の方法に関する。
また本発明は、口腔細菌が、Streptococcus mutansである、前記の方法に関する。
さらに本発明は、Streptococcus mutansの遺伝型が、cnm(+)である、前記の方法に関する。
また本発明は、Streptococcus mutansの血清型が、f型またはk型である、前記の方法に関する。
また本発明は、PAが、配列番号1、17、19、21または23で表されるアミノ酸配列からなるポリペプチドを含む、前記の方法に関する。
また本発明は、CBPが、配列番号5または9で表されるアミノ酸配列からなるポリペプチドを含む、前記の方法に関する。
また本発明は、炎症性消化器疾患を悪化させる口腔細菌の検出のための、口腔細菌PA特異的抗体に関する。
さらに本発明は、PA検出試薬、およびCBP検出試薬を少なくとも含む、炎症性消化器疾患を悪化させる口腔細菌の検出および/または炎症性消化器疾患の悪化の危険性が高い対象のスクリーニングおよび/または対象における炎症性消化器疾患の悪化の危険性の判定のためのキットに関する。
(1)配列番号1、17、19、21または23で表されるアミノ酸配列を含むポリペプチド、
(2)(1)のポリペプチドに対して1または2以上、好ましくは1〜20個、1〜15個、1〜10個、1または数個の変異を含むが、(1)のポリペプチドと同等の機能を有するポリペプチド、
(3)配列番号2、18、20、22または24で表される核酸配列もしくはその相補配列またはその断片にストリンジェントな条件下においてハイブリダイズする核酸配列によりコードされるアミノ酸配列を含み、かつ(1)のポリペプチドと同等の機能を有するポリペプチド、または
(4)配列番号1、17、19、21または23で表されるアミノ酸配列と70%以上、好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上の相同性を有するアミノ酸配列を含み、かつ(1)のポリペプチドと同等の機能を有するポリペプチド、
として定義される。
好ましくは、PAは、配列番号1、17、19、21または23で表されるアミノ酸配列からなるポリペプチドを含む。より好ましくは、PAは、配列番号1で表されるアミノ酸配列からなるポリペプチドを含む。
(1)配列番号5または9で表されるアミノ酸配列を含むポリペプチド、
(2)(1)のポリペプチドに対して1または2以上、好ましくは1〜20個、1〜15個、1〜10個、1または数個の変異を含むが、(1)のポリペプチドと同等の機能を有するポリペプチド、
(3)配列番号6または10で表される核酸配列もしくはその相補配列またはその断片にストリンジェントな条件下においてハイブリダイズする核酸配列によりコードされるアミノ酸配列を含み、かつ(1)のポリペプチドと同等の機能を有するポリペプチド、または
(4)配列番号5または9で表されるアミノ酸配列と70%以上、好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上の相同性を有するアミノ酸配列を含み、かつ(1)のポリペプチドと同等の機能を有するポリペプチド、
として定義される。
好ましくは、CBPは、配列番号5または9で表されるアミノ酸配列からなるポリペプチドを含む。
一態様において、PA検出剤は、口腔細菌PA特異的抗体を含む。本発明者らにより開発されたPA特異的抗体を用いて、高病原性のS. mutansの存在または非存在を、迅速且つ容易に検出することができる。PA特異的抗体は、好ましくは、配列番号1のアミノ酸配列を含むポリペプチドまたはその免疫原性断片によって誘導される抗体またはそのフラグメントである。あるいは、PA特異的抗体は、配列番号1、17、19、21または23のアミノ酸配列に対し、少なくとも80%の相同性を有し、かつ配列番号1、17、19、21または23のアミノ酸配列を含むポリペプチドに対する抗体産生を誘導する免疫原性を有するポリペプチドによって誘導される抗体またはそのフラグメントであってもよい。例えば、上記ポリペプチドを含むリコンビナントPA(例えば、Nakano et al., 2006, Microbes and Infection, 8:114-121を参照)を抗原として、モノクローナルまたはポリクローナル抗体を得ることができる。
本発明において、抗体のフラグメントは、例えば限定されずに、Fab、Fab’、F(ab’)2、scFv、dsFv(ジスルフィド安定化V領域断片)、およびCDR含有断片などの種々の機能的断片を含む。
一態様において、キットは、PA検出試薬として、口腔細菌PA特異的抗体を含む。
一態様において、キットは、CBP検出試薬として、I型コラーゲンによりコートされた基材(マイクロプレート、試験管、スライドグラスなど)を含む。
別の態様において、キットは、CBP検出試薬として、CBP特異的抗体を含む。
− 唾液採取スピッツなどの唾液採取用器具(滅菌で採取および播種しやすいものであれば材質や形状は特に限定されない)。
− 唾液を10μl程度採取することができるスポイトなどの採取器具。
− S. mutans選択培地(専用培地A)。例えば、滅菌基材に、MSB寒天培地(Mitis-salivarius寒天培地(Difco Laboratoriesなど)に抗生物質(例えば、バシトラシン(SIGMA-ALDRICHなど))とスクロース(和光純薬など)とを添加したもの)をコートしたもの。基材は、ディッシュやウェルプレートであれば特に限定されないが、典型的には、24ウェル程度のプレート(例えば24 well with Lid MICROPLATE(IWAKI)など)を用いる。バシトラシンは、好ましくは約100 unit/mlで用いる。スクロースは、好ましくは約15%で用いる。
− アネロパックやCO2チャンバーなどの、嫌気条件下において培養を行うための密封および/または脱酸素装置。
− 菌のコロニーをピックアップするための、滅菌棒(つまようじやチップのようなもの)。
− ピックアップしたコロニーを培養するための液体培地(専用培地B)。例えば、ディスポーサブルの試験管に、滅菌したBrain Heart Infusion(BHI)液体培地(Difco Laboratories)を加えたもの。
− 菌液を10μl程度採取できるスポイトなどの採取器具。
− S. mutans検出のための専用培地(専用培地C)。例えば、基材に、スクロース(和光純薬)含有BHI溶液100μlを添加したもの。基材は、ウェルプレートや試験管などであれば特に限定されないが、典型的には、96ウェルプレート(例えばMULTI WELL PLATE for ELISA(スミロン)など)を用いる。スクロースは、約1%で用いる。
− 洗浄液(洗浄液A:PBS溶液または滅菌水を用いることができるが、好ましくはPBS溶液を用いる。)
− グラム陽性菌検出試薬(バッファー1:例えば、滅菌蒸留水にグラム陽性菌検出試薬として約0.5%のクリスタルバイオレット(和光純薬など)を加えた溶液)。
− 媒染試薬(バッファー2:前記菌検出試薬に応じて好適な媒染試薬を選択することができる。例えばクリスタルバイオレットに対しては、7%酢酸(和光純薬など)溶液または滅菌水を用いることができるが、好ましくは酢酸溶液を用いる。)
− PA欠失S. mutansの検出のためのプレート。滅菌のウェルプレートであれば特に限定されないが、典型的には96ウェルプレート(MICROTEST U-Bottom(BECTON DICKINSON)など)を用いる。
− 洗浄液(洗浄液B:PBS溶液または滅菌水にTriton X-100(和光純薬など)などの界面活性剤を約0.05%添加した溶液。好ましくはPBS溶液を用いる。)
− バッファー(バッファー3:pH6.8のトリス塩緩衝液、100mM ジチオスレイトール(和光純薬など)、20%グリセリン(和光純薬など)を混合したもの。)
− ブロッキング液(バッファー4:PBST溶液にスキムミルク(BECTON DICKINSONなど)を約5%加えた溶液。)
− 一次抗体(バッファー5:PBSTに抗PA抗血清を約0.1%添加した溶液)
− 二次抗体(バッファー6:PBSTに一次抗体宿主の免疫グロブリンに対する抗体(Dakopattsなど)を約0.1%添加した溶液。)
− 発色試薬(バッファー7:AP(100mM 2−アミノ−2−ヒドロキシメチル−1,3−プロパンジオール、5mM 塩化マグネシウム、100mM 塩化ナトリウム)緩衝液に、NBT溶液(和光純薬)を終濃度0.6%で、BCIP溶液(和光純薬)を終濃度0.33%で加えた溶液。)
− CBP保有S. mutansの検出のための専用培地(専用培地D:分析3で使用した専用プレートに、0.6%酢酸を添加した滅菌蒸留水とI型コラーゲン(Sigma)を9:1の割合で混合した溶液を添加したもの。)
− 洗浄液(洗浄液A:PBS溶液または滅菌水を用いることができるが、好ましくはPBS溶液を用いる。)
− バッファー(バッファー8:洗浄液Aに約5%ウシアルブミン(Sigma)を加えたもの。)
− 洗浄液(洗浄液C:PBS溶液または滅菌水に約0.01%のTween 20(和光純薬)などの界面活性剤を加えた溶液。好ましくはPBS溶液を用いる。)
− 固定液(バッファー9:例えば滅菌蒸留水に約25%のホルムアルデヒド(和光純薬)を加えたもの。)
− グラム陽性菌検出試薬(例えば上記バッファー1:滅菌蒸留水に、グラム陽性菌検出試薬として約0.5%のクリスタルバイオレット(和光純薬)を加えた溶液)
− 媒染試薬(例えば上記バッファー2:7%酢酸(和光純薬など)溶液または滅菌水を用いることができるが、好ましくは酢酸溶液を用いる。)
分析1.S. mutansの培養
分析2.S. mutansの検出
分析3.PA欠失S. mutansの検出
分析4.CBP保有S. mutansの検出
唾液採取スピッツで被験者の唾液を少量採取する。スポイトで唾液をスピッツから10μl採取し、S. mutans選択寒天培地(例えば上記の専用培地A)に播種して、37℃で48時間、好ましくは嫌気条件下において培養を行う。培養後、菌のコロニーが生えていることを肉眼で確認し、コロニーをピックアップして液体培地(例えば上記の専用培地B)に加えて、37℃で18時間培養し、以下の分析2、3、4に使用する。S. sobrinusがスムースコロニーを形成するのに対してS. mutansはラフコロニーを形成するので、好ましくはラフコロニーをピックアップする。
培地(例えば上記の専用培地C)に分析1の方法により培養した菌液を10μl加えて、37℃で3時間インキュベートする。前記培地を洗浄液(例えば上記洗浄液A)で3回洗った後、3回目の洗浄液を加えた状態で約15分静置する。洗浄液を除去し、再度前記培地を洗浄液Aで1回洗った後、グラム陽性菌染色試薬を含むバッファー(例えば上記バッファー1)を加え、1分静置する。洗浄液で3回洗浄し、媒染剤を含むバッファー(例えば上記バッファー2)を加える。培地の色が変化した場合、S. mutans陽性と判定し、培地の色に変化がない場合、S. mutans陰性と判定する。染色試薬と媒染剤が既に組み合わされた形態の試薬を用いてもよい。
(1)サンプル調整
上記分析1の方法により培養した菌液に適当なバッファー(例えば上記バッファー3)を加えて、沸騰した湯に10分間浸漬した後、保存する場合は冷凍保存する。
1)上記(1)により作製したサンプルをプレートに加え、4℃で一晩静置する。
2)プレートを洗浄液(例えば上記洗浄液B)で3回洗浄した後、スキムミルク(例えば上記バッファー4)を加え、常温で1時間静置する。
3)プレートを洗浄液で3回洗浄した後、一次抗体(例えば上記バッファー5)を加え、常温で1時間反応させる。
4)プレートを洗浄液で3回洗浄した後、標識二次抗体(例えば上記バッファー6)を加え、常温で1時間反応させる。
5)プレートを洗浄液で3回洗浄した後、発色試薬(例えば上記バッファー7)を加え、適切な時間の経過後、液の色の変化を観察する。液の色が変化した場合、PA陽性と判定し、液の色が変化しない場合、PA陰性と判定する。
(1)培地(例えば上記用培地D)を洗浄液(例えば上記洗浄液A)で3回洗浄した後、アルブミンを含むバッファー(例えば上記バッファー8)を加え、37℃で1時間静置する。
(2)界面活性剤を含む洗浄液(例えば上記洗浄液C)で3回洗浄した後、上記1の方法により培養した菌液を加え、37℃で2時間インキュベートする。
(3)洗浄液(例えば上記洗浄液A)で3回洗浄した後、固定液(例えば上記バッファー9)を加え、常温で30分静置する。
(4)洗浄液で3回洗浄した後、グラム陽性菌染色試薬(例えば上記バッファー1)を加え、1分静置する。
(5)洗浄液Aで3回洗浄した後、媒染剤(例えば上記バッファー2)を加える。
液の色が変化した場合、CBP陽性と判定し、液の色が変化しない場合、CBP陰性と判定する。
また、S. sobrinus 、S. sanguinis、S. oralis、S. gordonii、およびS. salivariusなどの培養物をコントロールとして用い、分析1ではS. mutansおよびS. sobrinus以外の菌が生育しないことを、分析3ではPA保有S. mutans以外の菌が陽性反応を示さないこと、また、分析4ではCBP保有S. mutans以外の菌が陽性反応を示さないことを、それぞれ確認することができる。
以下、本発明を実施例によりさらに具体的に説明するが、本発明はこれら実施例に制限されるものではない。
炎症性腸疾患に対するS. mutansの各株のもたらす影響およびその要因について、デキストラン硫酸ナトリウム(DSS)誘発マウス腸炎モデルを用いて検討した。
材料と方法
1.S. mutans菌株
抜歯後菌血症患者の血液より分離されたTW295株(血清型k)を用いた(東京女子医科大学より供与)。また、標準株として日本人小児口腔より分離されたMT8148株(c型)を供試菌として用いた。
BALB/c系マウス(8週齢オス、体重20〜30g)に対し、よりマイルドな炎症を起こさせるため、使用するDSS濃度を2.5%(飲料水に溶かして投与)とした。この条件下ではDSS投与後4日目から炎症症状が発症し、15日目で約40%のマウスが死亡する。この15日目の死亡率、経時的な体重変化、消化管出血(血便)を中心としたDisease Activity Index (DAI) を解析の主な指標とした。
口腔細菌は一過性の菌血症を反映させるため、1×107コロニー形成単位(Colony Forming Unit;CFU)の供試菌を頸静脈よりBolus投与した。
菌の検出は、以下のS. mutans特異的プライマー(Hoshino et al.(2004) Dian Microbiol Infect Dis 48:195-199, 2004)を用いたPCR法にて行った。
S. mutans特異的プライマー:
フォワード:5’-GGC ACC ACA ACA TTG GGA AGC TCA GTT-3’(配列番号11)
リバース:5’-GGA ATG GCC GCT AAG TCA ACA GGA T-3’(配列番号12)
DSS投与開始と同時に口腔細菌を投与した場合、口腔細菌を投与していないコントロールと比較して、TW295投与群もMT8148投与群のいずれにおいても顕著な変化は認められなかった。
炎症が起こり始めるDSS投与開始4日後に口腔細菌を投与した場合、DAIスコア(Disease Activity Index score)は、7日目からTW295投与群で高い値(すなわち腸炎の悪化)を示し、10目で有意に増加した。一方MT8148群ではコントロールと比較して有意な増加は認められなかった(図4)。
15日目での死亡率もTW295群でコントロールと比較して劇的に高い値を示したが、標準株であるMT8148はコントロールと差はなかった(図6)。
例1で用いたデキストラン硫酸ナトリウム(DSS)誘発マウス腸炎モデルに対し、高病原性株であるTW295の投与量を1×103 CFUから1×107 CFUまで変化させて死亡率に対する影響を検討した。なお、供試菌およびその投与方法等は例1に準じて行った。
その結果、1×104 CFUまではコントロールとの間に差は認められなかったが、1×105 CFUから死亡率の増加が認められ、1×106 CFUから統計学的に有意な死亡率の上昇が認められた(図7)。これらのことから、高病原性株であるTW295は1×105 CFUより多くの菌が血液中に侵入すると腸炎を増悪し、その結果死亡率を増加させる危険性があることが示唆された。
標準株であるMT8148が腸炎を悪化させず、TW295が腸炎を悪化させ死亡率を増加させるのであるかにつき、TW295のもつコラーゲン結合タンパク質に着目して検討を行った。
CBP遺伝子欠損株(CND株)の作製:
コラーゲン結合タンパク質(CBP)をコードする遺伝子をノックアウトした株であるCND株をTW295から作り出した。すなわち、TW295株のCBPをコードするcnm遺伝子全配列(配列番号4:DDBJアクセッション番号AB469913)に基づき設計した以下のプライマーにより、TW295株のcnm遺伝子断片を増幅した。
cnm増幅用プライマー:
cnm1F 5’-GAC AAA GAA ATG AAA GAT GT-3’(配列番号13)
cnm1R 5’-GCA AAG ACT CTT GTC CCT GC-3’(配列番号14)
その結果、CND株の10日目のDAIスコアはTW295に比べて有意に低く、コントロールとほぼ同じ値であった。さらに15日目の死亡率はCND株で劇的に低く、親株であるTW295だけでなく、MT8148およびコントロールと比べても有意に低い死亡率を示した(図8)。これらの結果は、高病原性株であるTW295の腸炎悪化・死亡率増加のメカニズムにコラーゲン結合タンパク質(CBP)が重要な役割を果たしていることを示しているものといえる。
高病原性株であるTW295による菌血症、すなわち血液中に侵入したTW295がどのような機序をたどって腸炎を悪化させるのか、そもそも投与された菌は腸管まで到達するのかにつき検討するため、菌の静脈内投与直後に各臓器を摘出し、PCR法を用いて菌の存在を確認した。なお、供試菌およびその投与方法等は例1に準じて行った。
その結果、大腸、小腸といった腸管には全くバンドが認められず、菌の存在は確認できなかった(図9)。一方、肝臓と肺では菌由来と思われるバンドが確認された(図9)。この結果から、投与後の菌がこれらの臓器に集積している可能性が考えられた。
TW295株に蛍光標識である緑色蛍光タンパク質(GFP)を発現するように遺伝子変化を施した株(TW295-GFP株)を常法に従って作製した。
肝臓での実質細胞への高病原性菌TW295の集積が腸炎悪化の機序であると考えられたため、菌投与後の肝臓の組織を用いて変化した遺伝子の網羅的解析を行った。DNA microarrayを用いた解析を行った。
その結果、いくつかの興味深い遺伝子の発現が増加していることが認められた。そのうちのいくつかは肝実質細胞が生成する炎症関連タンパク質で、血液中に分泌されることが知られているものをコードするものであった。その炎症関連タンパク質の典型的なものとして、オロソムコイド(Orosomucoid)が挙げられ、腸炎悪化の機序として、(1)血管内への高病原性菌の侵入、(2)該高病原性菌の肝臓への集積、(3)高病原性菌の刺激による肝細胞のオロソムコイドの産生、(4)オロソムコイドによる炎症の悪化・慢性化が示唆された(図12)。
Nakano et al. Microbes Infect. 2006 8(1):114-21に記載の方法に従い、MT8148株のPAをコードするpac遺伝子全配列(配列番号2:DDBJアクセッション番号X14490)に基づいたプライマーを用いて、上記CND株と同様の方法により、PD株を作製した。
pac増幅用プライマー
pac-F 5’-GCG CGC ATG CTT TAT TCA GAT TTG GAG GAT-3’(配列番号15)
pac-R 5’-GCG AAA GCG CAT GCT GTG ATT TAT CGC TTC-3’(配列番号16)
材料と方法
供試菌:検出系の確立には以下の菌を用いた。
S. mutans MT8148株(PA+/CBP−)/TW295株(PA−/CBP+)
S. sobrinus B13株/6715株
S. sanguinis ATCC10556株
S. oralis ATCC10557株
S. gordonii ATCC10558株
S. salivarius HHT株
(操作時間約5分、待ち時間(菌の培養など)2日)
S. mutansの培養には以下のものを用いる:
・唾液採取スピッツ(滅菌で採取および播種しやすいものなら特に限定されない)
・唾液を10μl採取することができる専用スポイト
・専用培地A(寒天培地)(24ウェルプレート(例えば、24 well with Lid MICROPLATE(IWAKI)など、24ウェル程度のプレートであれば特に限定されない)に、Mitis-salivarius寒天培地(Difco Laboratories)にバシトラシン(100 unit/ml;SIGMA-ALDRICH)と15%スクロース(和光純薬)とを添加したMSB寒天培地をコートしたもの。アネロパックを添付することが好ましい。)
・菌のコロニーをピックアップするための、滅菌したつまようじのようなもの
・専用培地B(液体培地)(滅菌したBrain Heart Infusion(BHI)液体培地(Difco Laboratories)を加えたディスポーサルの試験管)
唾液採取スピッツで被験者の唾液を少量採取する。専用スポイトで唾液をスピッツから10μl採取し、専用培地Aに播種して、37℃で48時間、好ましくは嫌気条件下において培養を行う。培養後、菌のコロニーが生えていることを肉眼で確認し、コロニー(ラフコロニーが望ましい)をピックアップして専用培地Bに加えて、37℃で18時間培養し、以下の分析2、3、4に使用する。S. sobrinus 、S. sanguinis、S. oralis、S. gordonii、およびS. salivarius培養物をコントロールとして用い、分析1において、S. mutansおよびS. sobrinus以外の菌が生育しないことを確認する。
(操作時間約15分、待ち時間(菌の培養など)約3時間)
上記分析1のミュータンスレンサ球菌培養法は、ミュータンスレンサ球菌群(S. mutans/S. sobrinus)が生育しやすい条件を整えているが、バシトラシン耐性を有するミュータンスレンサ球菌以外の菌が生えることもあるため、このステップで確認を行う。
・菌液を10μl採取できる専用スポイト
・専用培地C(96ウェルプレート(例えばMULTI WELL PLATE for ELISA(スミロン))に、1%スクロース(和光純薬)含有BHI溶液100μlを添加したもの)
・洗浄液A(PBS溶液)
・バッファー1(滅菌蒸留水に0.5%クリスタルバイオレット(和光純薬)を加えた溶液)
・バッファー2(7%酢酸(和光純薬)溶液)
専用培地Cに分析1の方法により培養した菌液を10μl加えて、37℃で3時間インキュベートする。専用培地Cを洗浄液Aで3回洗った後、3回目の洗浄液Aを加えた状態で約15分静置する。洗浄液Aを除去し、再度専用培地Cを洗浄液Aで1回洗った後、100μlのバッファー1を専用培地Cに加え、1分静置する。洗浄液Aで3回洗浄し、バッファー2を200μl加える。
培地の色が変化した場合、S. mutans陽性と判定し、培地の色に変化がない場合、S. mutans陰性と判定する。
(操作時間約30分、待ち時間(菌の培養など)約11時間30分)
PA欠失S. mutansを検出するために、以下のものを用いる:
・専用プレート(96ウェルプレート;MICROTEST U-Bottom(BECTON DICKINSON))
・洗浄液B(分析2で使用した洗浄液AにTriton X-100(和光純薬)を0.05%添加したPBST溶液)
・バッファー3(pH6.8のトリス塩緩衝液、100mM ジチオスレイトール(和光純薬)、20%グリセリン(和光純薬)を混合したもの)
・バッファー4(PBST溶液にスキムミルク(BECTON DICKINSON)を5%加えた溶液)
・バッファー5(PBSTにウサギ抗PA抗血清(当教室保有)を0.1%添加した溶液)
・バッファー6(PBSTにブタ抗ウサギ免疫グロブリン抗体(Dakopatts)を0.1%添加した溶液)
・バッファー7(AP(100mM 2−アミノ−2−ヒドロキシメチル−1,3−プロパンジオール、5mM 塩化マグネシウム、100mM 塩化ナトリウム)緩衝液に、NBT溶液(和光純薬)を終濃度0.6%で、BCIP溶液(和光純薬)を終濃度0.33%で加えた溶液)
(1)サンプル調整
上記分析1の方法により培養した菌液100μlにバッファー3を加えて、沸騰した湯に10分間浸漬した後、保存する場合は冷凍保存する。
(2)PA欠失S. mutansの検出
1)上記(1)により作製したサンプルを専用プレートに100μl加え、4℃で一晩静置する。
2)専用プレートを洗浄液Bで3回洗浄した後、バッファー4を100μl加え、常温で1時間静置する。
3)専用プレートを洗浄液Bで3回洗浄した後、バッファー5を100μl加え、常温で1時間反応させる。
4)専用プレートを洗浄液Bで3回洗浄した後、バッファー6を100μl加え、常温で1時間反応させる。
5)専用プレートを洗浄液Bで3回洗浄した後、バッファー7を100μl加え、15分後液の色の変化を観察する。液の色が変化した場合、PA陽性と判定し、液の色が変化しない場合、PA陰性と判定する。S. sobrinus 、S. sanguinis、S. oralis、S. gordonii、およびS. salivarius培養物をコントロールとして用い、分析3においてPA保有S. mutans以外の菌が陽性反応を示さないことを確認する。
(作業時間約30分、待ち時間(菌の培養など)約3時間30分)
CBP保有S. mutansの検出には、以下のものを用いる
・専用培地D(分析3で使用した専用プレートに、0.6%酢酸を添加した滅菌蒸留水とI型コラーゲン(Sigma)を 9:1の割合で混合した溶液を添加したもの)
・洗浄液A(上記分析2(S. mutansの検出方法)で使用しているものと同じもの)
・バッファー8(洗浄液Aに5%ウシアルブミン(Sigma)を加えたもの)
・洗浄液C(洗浄液Aに0.01% Tween 20(和光純薬)を加えたPBST溶液)
・バッファー9(滅菌蒸留水に25%ホルムアルデヒド(和光純薬)を加えたもの)
・バッファー1(上記分析2で使用しているものと同じもの)
・バッファー2(上記分析2で使用しているものと同じもの)
(1)専用培地Dを洗浄液Aで3回洗浄した後、バッファー8を200μl加え、37℃で1時間静置する。
(2)洗浄液Cで3回洗浄した後、上記1の方法により培養した菌液を200μl加え37℃で2時間インキュベートする。
(3)洗浄液Aで3回洗浄した後、バッファー9を200μl加え、常温で30分静置する。
(4)洗浄液Aで3回洗浄した後、バッファー1を200μlを96ウェルプレートに加え、1分静置する。
(5)洗浄液Aで3回洗浄した後、バッファー2を200μl加える。
液の色が変化した場合、CBP陽性と判定し、液の色が変化しない場合、CBP陰性と判定する。S. sobrinus 、S. sanguinis、S. oralis、S. gordonii、およびS. salivarius培養物をコントロールとして用い、分析4においてCBP保有S. mutans以外の菌が陽性反応を示さないことを確認する。
図13は、3個体の対象から採取した唾液サンプル(A、BおよびC)中のS. mutansがPAおよび/またはCBP保有株であるか否かを分析した結果の例である。分析1のステップにおいて、専用培地A(バシトラシン選択寒天培地)で唾液サンプルを培養した結果、A、BおよびCのいずれも、コロニー形成を確認した。形成されたコロニーをピックアップし、専用培地B中で37℃で18時間培養した。また、S. sobrinus 、S. sanguinis、S. oralis、S. gordonii、およびS. salivarius培養物をコントロールとして同様の培養を行い、分析1において、S. mutansおよびS. sobrinus以外の菌が生育しないことを確認した。
上記分析2〜4においてより精度の高い判定を得るためには、分析1においてできるだけ多くのS. mutansを培養し、かつできるだけS. mutans以外の菌が混入していないことが重要であると考えられる。培養のための条件として、(1)好気条件/嫌気条件での培養、(2)抗生物質(バシトラシン)濃度、(3)栄養(スクロース)濃度について検討を行った。図14は、バシトラシンを、定法のMSB培地中のバシトラシンを1当量としたときの(a)1当量および(b)5当量で、スクロースを、定法のMSB培地中のスクロースを1当量としたときの1〜4当量で、各々MSB培地に添加した場合に分離された菌全量に対するS. mutansの割合を示すグラフである。嫌気条件下において、1当量のバシトラシンおよび1当量のスクロースを用いた場合に、最も高い濃度でS. mutansが単離できることが明らかとなった。したがって、より精度の高い判定を得るためには、密封できる容器中で嫌気条件において(例えばアネロパックを添付した密封パック中で)、通常のMSB培地中に含まれているものと同じ濃度のバシトラシン(100 unit/ml程度)およびスクロース(15%程度)を培地に添加して培養することが必要であることが明らかとなった。
採取後時間が経過した唾液を用いて分析を行った場合に、例4で求めた至適条件下において、病原性S. mutansを検出するために使用可能な唾液の保存期間を検討した。
図15は、採取した当日に滅菌生理食塩水で段階希釈した唾液をMSB寒天培地に播種した場合に分離できたS. mutansの分離率を100%として、採取してから0〜6ヶ月間経過した唾液をサンプルとして分析1を行った場合のS. mutansの分離率を示すグラフである。唾液は採取後−20℃で凍結保存したものを用いた。サンプル数:N=8、ただし1〜2ヶ月前のサンプルのみN=6。結果から、サンプルとする唾液は、好ましくは3ヶ月以内、好ましくは2ヶ月以内、最も好ましくは1ヶ月以内に使用することが望ましいと考えられる。
健常人(528人)および炎症性腸疾患(IBD)患者(24人)から得た唾液サンプル中のStreptococcus mutansについて、Nomura et al., 2009, Journal of Medical Microbiology, 58: 469-475の方法に準じてコラーゲン結合型タンパク質(CBP)に関する遺伝型(genotype)を同定し、Shibata et al., 2003. Journal of Clinical Microbiology, 41, 4107-4112およびNakano et al., 2004. Journal of Clinical Microbiology, 42, 4925-4930の方法に準じて血清型(serotype)を同定した。その結果を、図16(遺伝型)および図17(血清型)に示す。
図16に示すとおり、健常人の唾液サンプル中から得られたStreptococcus mutansでは、cnm(+)のものが10%であったのに対し、IBD患者の唾液サンプル中から得られたStreptococcus mutansでは、cnm(+)のものは25%であり、有意に高いことが示された(オッズ比2.99)。
すなわち、健常人の場合、c型+e型が94.3%およびf型+k型が5.7%であったのに対し、IBD患者の場合、c型+e型が75%およびf型+k型が25%であり、特殊な型であるf型+k型が多く検出された(オッズ比5.53)。
Streptococcus mutans MT8148株(血清型c)、MT8148GD株(血清型k)およびTW295株(血清型k)の夫々について、ヒト白血球による貪食作用率(Phagocytosis rate)を調査した。なお、MT8148GD株は、MT8148株のgluA遺伝子(グルコース側鎖ドナーにおける直前の前駆体の生産を触媒する酵素をコードする)を不活性化した変異株である(国際公開第2005/063992号公報)。
各菌株をBrain Heart Infusion broth(Difco)中にて37℃で18時間培養し、培養後の菌体を洗浄した後、細胞濃度を、PBSで1.0×108CFU/mlに調整した。ヒト末梢血(500μl)を、健常なボランティアより収集し、そして細菌500μl(5.0×107CFU)とともに37℃で10分間インキュベートした。ギムザ染色(Wako Pure Chemical Industries,Osaka,Japan)を用いて染色し、光学顕微鏡(倍率、×100;Olympus Industries,Tokyo,Japan)を用いて、食作用を呈している多型核白血球(PMN)の割合を求めた。100個のPMN当たり食菌したPMNの平均値(500個のPMNを試験した)によって比率を表した。
また、IBD患者の唾液サンプル中のStreptococcus mutansのうち、血清型がf型またはk型であり、かつ、遺伝型がcnm(+)である株の割合を調査すると、健常人のサンプル中のものに比べて、劇的に高いことが判明した(図19)。このことから、血清型kまたはf型であることは、血中に長く存在するために重要であり、CBP(cnm(+))であることは、標的細胞である肝臓に侵入するために必要であると考えられ、結局、両方の特徴を併せもつ菌株ほど病態を悪化させる可能性が高いと考えられる。
Claims (10)
- 炎症性腸疾患を悪化させるStreptococcus mutansを検出する方法であって、
対象から得られた唾液またはプラーク中のStreptococcus mutansのCBPを検出することを含み、
CBPが検出されることにより、炎症性腸疾患を悪化させるStreptococcus mutansが存在するとの判断を補助する、前記方法。 - さらに、対象から得られた唾液またはプラーク中のStreptococcus mutansのPAを検出することを含み、PAが検出されないことおよびCBPが検出されることにより、炎症性腸疾患を悪化させるStreptococcus mutansが存在するとの判断を補助する、請求項1に記載の方法。
- 炎症性腸疾患の悪化の危険性が高い対象のスクリーニング方法であって、対象から得られた唾液またはプラーク中のStreptococcus mutansのCBPを検出することを含み、CBPが検出されることにより、炎症性腸疾患の悪化の危険性が高いとの判断を補助する、前記方法。
- さらに、対象から得られた唾液またはプラーク中のStreptococcus mutansのPAを検出することを含み、PAが検出されないことおよびCBPが検出されることにより、炎症性腸疾患の悪化の危険性が高いとの判断を補助する、請求項3に記載の方法。
- 対象における炎症性腸疾患の悪化の危険性の判定方法であって、対象から得られた唾液またはプラーク中のStreptococcus mutansのCBPを検出することを含み、CBPが検出されることにより、前記対象において炎症性腸疾患の悪化の危険性が高いとの判断を補助する、前記方法。
- さらに、対象から得られた唾液またはプラーク中のStreptococcus mutansのPAを検出することを含み、PAが検出されないことおよびCBPが検出されることにより、前記対象において炎症性腸疾患の悪化の危険性が高いとの判断を補助する、請求項5に記載の方法。
- Streptococcus mutansの遺伝型が、cnm(+)である、請求項1〜6のいずれか一項に記載の方法。
- Streptococcus mutansの血清型が、f型またはk型である、請求項1〜7のいずれか一項に記載の方法。
- Streptococcus mutansのPA検出剤およびCBP検出剤を含む、炎症性腸疾患を悪化させるStreptococcus mutansの検出用試薬。
- PA検出試薬、および
CBP検出試薬
を少なくとも含む、炎症性腸疾患を悪化させるStreptococcus mutansの検出および/または炎症性腸疾患の悪化の危険性が高い対象のスクリーニングおよび/または対象における炎症性腸疾患の悪化の危険性の判定のためのキット。
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