以下、図面を参照して、本発明の実施の形態を詳細に説明する。なお、同様の構成要素には同様の参照番号を付し、その説明を省略する。
本願発明者らは、上記(1)式において、m=2およびA=SO4 2−に着目し、実験・研究を進め、既存の層状希土類水酸化物とは異なる構造および特性を有する層状希土類水酸化物の製造・開発に成功した。
(実施の形態1)
図1は、本発明の層状希土類水酸化物の模式図を示す図である。
図1(A)および(B)は、それぞれ、b軸方向およびa軸方向から見た本発明の層状希土類水酸化物の模式図である。
本発明の層状希土類水酸化物(単にLn−LREHと称する場合もある)100は、一般式
Ln2(OH)4SO4・nH2O(1<n<3)・・・・・・・・・・・(2)
で表される。ここで、Lnは、少なくとも1つの3価の希土類イオンを含み、1種に限定されない。なお、本明細書において3価の希土類イオンとは、原子番号57番のランタン(La)から原子番号71番のルテチウム(Lu)までのランタノイドと、原子番号21番のスカンジウム(Sc)と、原子番号39番のイットリウム(Y)とからなる希土類元素のイオンを意図する。
(2)式において、nは、1〜3の範囲である。nが1〜3の範囲であれば、安定な層状希土類水酸化物が得られ、nが1より小さい場合あるいは3より大きい場合、結晶構造が不安定となり、本発明の層状希土類水酸化物が得られない場合がある。
図1(A)および(B)に示されるように、本発明の層状希土類水酸化物100において、Lnのカチオン(Lnのイオン、あるいは、Ln3+と称する場合もある)110は、ヒドロキシル基、水分子および硫酸イオン120からの酸素原子と結合し、Lnヒドロキシ多面体130を形成する。より詳細には、Lnのカチオン110の配位数は9であり、1つのヒドロキシル基が3つのLnのカチオン110によって共有され、Lnヒドロキシ多面体130を互いに結合する。この結果、本発明の層状希土類水酸化物100は、a軸およびb軸に沿ってLnヒドロキシ多面体130が連鎖して形成されるホスト層140と、ホスト層140間に位置する硫酸イオン120とからなる。
さらに、本発明の層状希土類水酸化物100は、硫酸イオン120中の酸素原子が、隣接するホスト層140中のLnのカチオン110に直接結合(150)したピラー構造を有する。これにより、ホスト層140同士が積層方向160に強固に連結した構造を有する。
また、図1(A)および(B)に模式的に示すように、本発明の層状希土類水酸化物100は、単斜晶系、より詳細にはA底心単斜格子を有する。領域180に示されるように、ホスト層140が、互いに対してb軸方向に1/2周期分すべりを伴い積層した構造である。
ここで、(1)式におけるm=2の既存の層状希土類水酸化物(非特許文献1に記載のNd(OH)2NO3・H2O)と、本発明の層状希土類水酸化物100との違いを述べる。Nd(OH)2NO3・H2Oは、本発明の層状希土類水酸化物100と同様に単斜晶系であり、C2/m(No.12)を有するが、その構造は本発明の層状希土類水酸化物100と異なる。具体的には、Nd(OH)2NO3・H2Oにおける硝酸イオンは、1つのホスト層中のNdイオンと配位するのみであり、ピラー構造を有しない。したがって、積層方向の剛性を備えていない。一方、本発明の層状希土類水酸化物100では、硫酸イオン120中の酸素原子は、隣接するLnヒドロキシ多面体130からなるホスト層140中のLnカチオン110のいずれにも結合し、トランス二座配位となる。その結果、本発明の層状希土類水酸化物100は、上述のピラー構造を有し、面内方向に加えて積層方向の剛性を備える。
このような構造上の違いは、上述の(1)式において単にA(アニオン)として硫酸イオンを適用したとしても容易に想到するものではなく、硫酸イオンに固有の特性でもないことに留意されたい。
再度、(2)式を参照する。Lnは、上述したように少なくとも1つの3価の希土類イオンを含むが、好ましくは、Pr3+、Nd3+、Sm3+、Eu3+、Gd3+およびTb3+からなる群から少なくとも1つ選択される希土類イオンである。これらの希土類イオンであれば、本発明の層状希土類水酸化物100を確実に得ることができる。
また、選択する希土類イオンによって、得られる本発明の層状希土類水酸化物100の格子定数を制御できる。例えば、希土類イオンのイオン半径が大きいほど、格子定数が大きくなり、希土類イオンのイオン半径が小さいほど、格子定数は小さくなる。このような格子定数の制御は、例えば、後述する、本発明の層状希土類水酸化物100を多孔体として利用する場合、精密な微細細孔のサイズ調整に有利である。
また、Lnは、1種の3価の希土類イオンに限定されないが、Lnが2種以上の希土類イオンからなる場合(すなわちLnが複数の希土類イオンの固溶からなる場合)、希土類イオンの組み合わせによって、種々の機能(発光特性、磁性、強誘電性等)が発現するので、用途に応じた材料設計が可能である。Lnの2種以上の組み合わせは、例えば、Gd3+とTb3+との組み合わせがあるが、これに限定されない。
なお、Lnが2種以上の希土類元素からなる場合、これら2種以上の希土類元素が固溶しているか否かは、X線回折パターンに第二相が存在するか否かによって確認できる。また、X線回折パターンから求めた格子定数がVegard則にしたがっているか否かを調べれば、固溶状態およびその固溶比を知ることができる。これにより、固溶比が制御された本発明の層状希土類水酸化物100を得ることができる。
本発明による層状希土類水酸化物100は、単斜晶系を反映し、板状結晶である。板状結晶の大きさは数μmの矩形であり、その厚さは約100nmまたはそれ以下である。
本発明の層状希土類水酸化物100は、積層方向160に剛性を有し、かつ、約200℃まで耐熱性を備える。したがって、通常の使用環境下では、本発明の層状希土類水酸化物100は安定である。
次に、本発明の層状希土類水酸化物100の例示的な製造方法として均一沈殿法を詳述する。
図2は、本発明の層状希土類水酸化物を製造するステップを示すフローチャートである。
ステップS210:希土類元素Lnの硫酸塩(Lnは、図1を参照して説明したLnと同一であるため説明を省略する)と、pH調整剤とを含有する混合水溶液を調製する。水溶液に、水(例えば、超純水、Milli−Q水)単独を溶媒として用いてもよいし、水に加えてエタノール等の非水溶媒を用いてもよいが、少なくとも水を含有する。これは、希土類イオンが水と水和することにより、反応が促進されるためである。なお、水溶液中に少なくとも水を含有すればよいので、Lnの硫酸塩の水和物を用いてもよい。
pH調整剤は、分解後に混合水溶液のpHを上昇するよう機能する任意のpH調整剤であるが、より好ましくは、ヘキサメチレンテトラミン(HMT)または尿素である。これらは、分解後に混合水溶液のpHを確実に上昇できるとともに、ゆっくりとpHを上昇させるので、良質な層状希土類水酸化物の製造に有利である。より好ましくは、Lnの硫酸塩に対するpH調整剤(HMT)のモル比は、25mol%〜70mol%の範囲である。この比を外れると、Ln(OH)3等の不純物が生成する場合がある。
ステップS210において、上述の混合水溶液にアルカリ金属の硫酸塩をさらに混合してもよい。これにより、Lnの硫酸塩の濃度が低い条件においても、合成が促進される。この結果、得られる層状希土類水酸化物のモルフォロジまたは結晶性が向上し得る。
ステップS220:ステップS210で得た混合水溶液中のpH調整剤を分解し、Lnの硫酸塩を加水分解する。
pH調整剤としてHMTまたは尿素を選択した場合、これらは分解されて、アンモニアを生成する。これにより混合水溶液のpHが上昇し、アルカリ性となる。その結果、Lnの硫酸塩が加水分解され、層状希土類水酸化物の沈殿が生じる。特に、pH調整剤がHMTおよび尿素の場合、これらは制御された速度でゆっくりとアンモニアを生成するため、核生成および結晶化に偏りがなく、粒径のそろった結晶性の高い良質な層状希土類水酸化物が得られるので好ましい。
pH調整剤の分解は、例えば、ステップS210で得られた混合水溶液を室温にて長時間攪拌して行われるが、効率の観点から、少なくとも70℃以上の温度で攪拌しながら加熱することが好ましい。これにより、HMTおよび尿素の分解が促進されるため、合成が効率的に進行する。30分〜1時間の加熱により結晶の生成が目視にて確認できるが、典型的には、加熱は、6時間〜10時間の間行われる。また、加熱温度の上限は、用いる溶媒によって異なるが、100℃を超えない温度である。より好ましくは、pH調整剤の分解は、窒素雰囲気下で還流によって行われる。還流を用いれば、温度測定をすることなく、混合水溶液を一定の温度に維持しつつ分解を促進できる。
ステップS220に続いて、得られた層状希土類水酸化物を洗浄し、室温にて乾燥させてもよい。これにより取扱の簡便な粉末状の層状希土類水酸化物を得ることができる。洗浄は、水およびエタノールで数回繰返し行われる。
上述したように、本発明の例示的な方法によれば、オートクレーブ等の専用高圧装置は不要である。したがって、フラスコなどのガラス容器を用いることができるので、簡便かつ安価に良質な層状希土類水酸化物を提供できる。さらに、既存の装置を用いることができるので、容量に特段の制限はなく、本発明の層状希土類水酸化物を大量に製造することができる。
図2を参照して、本発明の層状希土類水酸化物を均一沈殿法により製造する方法を詳述したが、本発明の層状希土類水酸化物の製造方法は、均一沈殿法に制限されない。例えば、本発明の層状希土類水酸化物を水熱合成法により製造してもよいし、もっと簡便に、Lnの硫酸塩とアンモニアまたはNaOHとの混合によって製造してもよい。
(実施の形態2)
次に、実施の形態1で詳述した本発明の層状希土類水酸化物の用途について説明する。
(1)酸素吸蔵材料の原料
酸素吸蔵材料として希土類オキシ硫酸塩Ln2O2SO4(Lnは、3価の希土類イオン)が知られている。Ln2O2SO4は、H2、CO等によりLn2O2Sに還元される(すなわち、酸素放出)。一方、還元されたLn2O2Sは、O2等により可逆的に再酸化される(すなわち、酸素吸蔵)。
希土類オキシ硫酸塩の製造方法として、Ln2(SO4)・8H2O塩の加熱、ドデカシル硫酸塩がインターカレーションされた水酸化物の熱分解、または、Ln2S3の酸化等が知られている。しかしながら、いずれの方法も800℃を超える高温加熱を必要とするので、経済的に望ましくない。さらには、高温加熱による製造時にSO2が一部放出されるので、環境にも好ましくない。
このような希土類オキシ硫酸塩の原料として本発明の層状希土類水酸化物を用いることができる。本発明の層状希土類水酸化物を用いれば、少なくとも350℃を超える温度で加熱するだけで、脱水され、希土類オキシ硫酸塩を容易に得ることができる。
より具体的には、本発明の層状希土類水酸化物を少なくとも350℃を超える温度で加熱すると、次の2段階の脱水が生じる。
Ln2(OH)4SO4・nH2O→Ln2(OH)4SO4+nH2O・・・(3)
Ln2(OH)4SO4→Ln2O2SO4+2H2O・・・・・・・・・・(4)
(3)式に示される脱水は、約200℃〜275℃の温度範囲で生じ、水和物中の水和水の脱水である。(4)式に示される脱水は、約320℃〜350℃の温度範囲で生じ、Lnヒドロキシ多面体(図1の130)からなるホスト層(図1の140)からの脱水である。なお、加熱温度は、好ましくは450℃以上である。これにより、確実な脱水を可能にし、脱水を促進させるので、効率的に希土類オキシ硫酸塩を得ることができる。
このようにして、本発明の層状希土類水酸化物は、マイルドな温度での加熱により容易に脱水され得るので、本発明の層状希土類水酸化物を用いることにより、経済的にも環境にもやさしく希土類オキシ硫酸塩を製造することができる。
(2)蛍光体
本発明の層状希土類水酸化物を蛍光体として用いることができる。より詳細には、蛍光体は、Lnとして発光中心となる少なくとも1つの3価の希土類イオンを含む、本発明の層状希土類水酸化物からなる。
例えば、本発明の蛍光体が、Lnとして少なくともEu3+を含む層状希土類水酸化物からなる場合、本発明の蛍光体は、紫外光、可視光または電子線によって励起され、発光中心Euに基づく赤色光(例えば、発光ピーク波長617nm)を発する。本発明の蛍光体は、より好ましくは、LnとしてGd3+またはY3+とEu3+とを含む層状希土類水酸化物からなる。この場合、本発明の蛍光体は、一般式((GdまたはY),Eu)2(OH)4SO4・nH2O(1<n<3)で表され、(GdまたはY)2(OH)4SO4・nH2Oを母体結晶とし、これをEuで賦活した赤色光を発する蛍光体となる。このような、Lnが固溶した系であれば、Euの固溶量(固溶量)を制御することができるので、濃度消光による発光効率および発光強度の低下を抑制できる。
例えば、本発明の蛍光体が、Lnとして少なくともTb3+を含む層状希土類水酸化物からなる場合、本発明の蛍光体は、紫外光、可視光または電子線によって励起され、発光中心Tbに基づく緑色光(例えば、発光ピーク波長545nm)を発する。本発明の蛍光体は、より好ましくは、LnとしてGd3+またはY3+とTb3+とを含む層状希土類水酸化物からなる。この場合、本発明の蛍光体は、一般式((GdまたはY),Tb)2(OH)4SO4・nH2O(1<n<3)で表され、(GdまたはY)2(OH)4SO4・nH2Oを母体結晶とし、これをTbで賦活した緑色光を発する蛍光体となる。このような、Lnが固溶した系であれば、Tbの賦活量を制御することができるので、濃度消光による発光強度の低下を抑制できる。
例えば、本発明の蛍光体は、Lnとして、Gd3+またはY3+と、Tb3+と、Eu3+とからなる層状希土類水酸化物であってもよい。この場合、本発明の蛍光体は、((GdまたはY),Eu,Tb)2(OH)4SO4・nH2O(1<n<3)で表され、(GdまたはY)2(OH)4SO4・nH2Oを母体結晶とし、これをEuおよびTbで賦活した蛍光体となる。EuおよびTbのいずれかが共賦活剤として機能し、それらの賦活量に応じて、発光色および/または発光スペクトルが変化し得る。例えば、Euの固溶量がTbのそれよりも多い場合、赤色成分が増大するので、幅の広い発光スペクトルを得ることができる。
なお、これらの具体的な組み合わせは、例示に過ぎず、所望の発光色を得るための組み合わせは、これらに限定されない。
発光中心の賦活量(固溶量)は、特に制限されないが、20mol%以下が好ましい。20mol%を超えると、濃度消光により発光効率が低減する。また、賦活量は0でなければよいが、1mol%以上が好ましい。1mol%を下回ると、十分な発光が得られない場合がある。賦活量は、より好ましくは、10mol%以下である。この範囲であれば、より高い発光強度を得ることができる。
図3は、本発明の蛍光体を用いた発光ダイオード素子の模式図である。
発光ダイオード素子300は、電極端子であるリードワイヤ310および320と、リードワイヤ310に導電性ペーストを介して載置された半導体発光素子330と、半導体発光素子330とリードワイヤ320とを接続するボンディングワイヤ340と、蛍光体として本発明の層状希土類水酸化物からなる蛍光体350と、本発明の蛍光体350が分散された樹脂360と、発光ダイオード素子300全体を封止する樹脂370とを含む。
発光ダイオード素子300の動作を説明する。ここで、半導体発光素子330が紫外線を発する半導体発光素子(主波長380nm)であり、かつ、本発明の蛍光体350が、Lnとして発光中心としてEu3+を含む層状希土類水酸化物からなり、赤色光を発するとする。
リードワイヤ310および320に導電されると、半導体発光素子330は、紫外線を発する。発せられた紫外線は、本発明の蛍光体350を照射し、本発明の蛍光体350は励起される。その結果、蛍光体350は、赤色光を発する。発せられた赤色光は、投光性の樹脂360および370を透過し、赤色の発光ダイオード素子となる。
半導体発光素子330、ならびに、本発明の蛍光体350およびその組み合わせは、発光ダイオード素子300の所望の発光色に応じて適宜変更され得る。例えば、半導体発光素子330として青色発光ダイオードを用い、本発明の蛍光体350として黄色光を発光する層状希土類水酸化物からなる蛍光体を採用した場合、発光ダイオード素子300は、青色光と黄色光とを合わせた白色の発光ダイオード素子となる。
本発明の蛍光体は、紫外線、可視光または電子線によって励起され、可視光を発光し得るので、本発明の蛍光体を樹脂等に混ぜて、図3を参照して例示した発光ダイオードに加えて、蛍光表示管、フィールドエミッションディスプレイ、プラズマディスプレイパネル、陰極線管、白色発光ダイオード等に適用できる。
(3)多孔体
本発明の層状希土類水酸化物を多孔体として用いることができる。ここで、再度図1を参照する。図1の本発明の層状希土類水酸化物100は、硫酸イオン120同士の間にある空間からなる細孔170を有する。この細孔170を利用した、本発明の層状希土類水酸化物からなる多孔体を提供できる。また、このような細孔170は、本発明の層状希土類水酸化物の結晶構造(ピラー構造)に起因するので、極めて規則的であり均一である。
図4は、細孔断面積とLnのイオン半径との関係を示す図である。
図4(A)および(B)は、細孔断面積を算出するための簡略化した層状希土類水酸化物のモデルを示す。ここで、細孔断面積とは、細孔のサイズの指標となるSO4(硫酸イオン)の酸素原子4個で規定される平行四辺形(点線410)の面積である。簡単のため、図4(A)および(B)には、空間内の原子のみを残して示す空間充填モードのモデルに、細孔の概形を実線420で示す。詳細には、図4(A)および(B)は、a軸と同じ方向に位置する硫酸イオンの簡略化した細孔を示す。細孔断面積は、図(4)Bに示す平行四辺形410を用いて算出した。例えば、Prの場合、(6.358−1.36×2)×(2.467+1.36×2)×sin115.447=17.039Å2であった。
図4(C)によれば、Lnのイオン半径が大きくなるにつれて細孔断面積が大きくなり、Lnのイオン半径が小さくなるにつれて細孔断面積は小さくなる傾向を示した。このことから、Lnの選択によって、微細な細孔断面積(すなわち、細孔サイズ・細孔容積)の制御が可能であることが示唆される。
次に具体的な実施例を用いて本発明を詳述するが、本発明がこれら実施例に限定されないことに留意されたい。
均一沈殿法を用いて層状希土類水酸化物を製造した。Lnの硫酸塩としてTb2(SO4)3・8H2O(純度99.9%)と、pH調整剤としてヘキサメチレンテトラミン(HMT)(純度99.5%以上)と、アルカリ金属の硫酸塩としてNa2SO4(純度99.5%以上)とを用いた。Tb2(SO4)3・8H2O、および、HMTおよびNa2SO4は、それぞれ、シグマアルドリッチジャパン株式会社、および、和光純薬工業株式会社から入手した。これらの試薬を、さらなる精製をすることなく合成に使用した。なお、合成には、超純水として、比抵抗が18MΩ・cmを超えるMilli−Q水を用いた。
Tb2(SO4)3・8H2O、Na2SO4およびHMTをそれぞれの濃度が5mM、25mM、1.8mMになるように所定量を水(1dm3)に溶解させ、混合溶液を調製した(図2のステップS210)。混合溶液をそれぞれ6時間窒素雰囲気下で還流した(図2のステップS220)。還流後、混合溶液中に白色析出物(生成物)が確認された。生成物を濾過により回収し、大量の水およびエタノールで順次洗浄した。洗浄した生成物を、相対湿度が約75%に制御された容器内で重量が一定になるまで乾燥させた。
得られた生成物中の希土類イオンおよび硫酸イオンの量は、精秤したサンプル(生成物)をHCl水溶液に溶解した後、それぞれ、誘導結合プラズマ(ICP)発光分光分析(Seiko SPS1700HVR)およびイオンクロマトグラフィ(Toso LC−8020)により測定した。
得られた生成物中のOH−の量を、秤量した生成物(約0.1g)を標準HCl溶液(0.1M)25cm3に溶解した後、標準NaOH溶液(0.1M)で逆滴定を行い、決定した。pHメータでモニタリングすることにより、溶液のpH値を添加されたNaOH溶液の量に対してプロットし、終点を求めた。
得られた生成物中の炭素(不純物)および水素の量を、LECO CS−412分析装置により測定した。また、得られた生成物中の水の量を、測定した全水素量からヒドロキシル基中の水素量を差し引くことにより、算出した。
これらの化学分析の結果、得られた生成物の組成は、Tb2.00(OH)4.02(SO4)0.99・2.20H2O(理論値(%):Tb;61.0、SO4;18.2、OH;13.1、H2O;7.6、実測値(%):Tb;60.4、SO4;18.1、OH;13.0、H2O;7.5)と特定された。さらに微量の炭素(0.1〜0.2%)が検出された。これは、試料に用いたHMT中の炭素に起因する。HMTを用いて製造された水酸化物において、微量の炭素不純物が検出されることが知られている。なお、この程度の不純物炭素は、実用に際し、影響がないこと、ならびに、本発明の層状希土類水酸化物の本質ではないことから無視できる。以上より、実施例1で得た生成物は、Tb2(OH)4SO4・2.2H2Oと簡略化できる。したがって、一般式Ln2(OH)4SO4・nH2O(1<n<3)においてLnがTb3+であり、nが2.2である層状希土類水酸化物が得られることが示された。
次に、実施例1で製造された層状希土類水酸化物(簡単のため、Tb−LREHと称する)について、種々の特性を測定した。
Tb−LREHの観察には、Keyence VE8800走査型電子顕微鏡(SEM)を用いた。観察結果を図5に示す。
Tb−LREHのさらなる観察には、JEOL−1010透過型電子顕微鏡(TEM)を用いた。観察条件は、加速電圧100kVであった。TEM観察用の試料には、エタノールに投じたTb−LREHを超音波処理により分散させ、これを穴の開いたカーボングリッド上に滴下したものを用いた。観察結果を図6に示す。
Tb−LREHのX線回折パターンを、Spring 8 BL15を用いた放射光X線回折、および、単色化されたCuKα線(λ=0.15405nm)を用いたRigaku Rint−2200回折計を用いた粉末X線回折により測定した。X線回折パターンを図10、12、14および22に示す。放射光X線回折パターンに基づいて、リートベルト法によるフィッティングならびにTb−LREHの構造精密化を行った。結果を図11および表2に示す。
さらに、得られた放射光X線回折による回折パターンから、格子定数(a軸、b軸、c軸およびβ角)を求めた。結果を表3、図13および図15に示す。
Tb−LREHのFT−IRスペクトルを、液体窒素冷却MCT検出器を備えたVarian 7000eフーリエ変換赤外(FT−IR)分光光度計を用い、KBrペレット法により測定した。結果を図16〜図18に示す。
Tb−LREHに、Rigaku TGA−8120装置を用いて、示差熱・熱重量同時測定(TG−DTA)を行った。温度を25℃から1000℃まで走査した。また、加熱温度を3℃/分から13℃/分まで変化させ、Kissingerのプロットを作成した。結果を図19〜図21および表4に示す。
次に、Tb−LREHの希土類オキシ硫酸塩の原料としての有効性を確認するため、Tb−LREHを、150℃、300℃、450℃および1000℃でそれぞれ大気中、1時間加熱した。
150℃、300℃、450℃および1000℃で加熱したTb−LREHそれぞれのX線回折パターンを粉末X線回折により測定した。結果を図22および図23に示す。
1000℃で加熱したTb−LREHの観察にはSEMを用いた。観察結果を図24に示す。
1000℃で加熱したTb−LREHのFT−IRスペクトルを、FT−IR分光光度計を用いて測定した。結果を図16に示す。
次に、Tb−LREHの蛍光体としての有効性を確認するため、室温における励起・発光PLスペクトルを、Hitachi F−4500蛍光分光光度計を用いて測定した。結果を図25に示す。
Lnの硫酸塩として実施例1のTb2(SO4)3・8H2O(純度99.9%)に代えて、Gd2(SO4)3・8H2O(純度99.9%)を用いた以外は、実施例1と同様であるため、説明を省略する。
実施例1と同様に、白色析出物(生成物)が生成した。実施例1と同様に生成物について化学分析を行った結果、実施例2で得た生成物は、Gd2(OH)4SO4・2.16H2Oであることが分かった。したがって、一般式Ln2(OH)4SO4・nH2O(1<n<3)においてLnがGd3+であり、nが2.16である層状希土類水酸化物が得られることが示された。
実施例1と同様に、実施例2の層状希土類水酸化物(簡単のため、Gd−LREHと称する)について、SEMによる観察、放射光X線回折、粉末X線回折、放射光X線回折および粉末X線回折による格子定数の算出、FT−IRスペクトルの測定、および、TG−DTA測定を行った。これらの結果を図7、図12〜図15、図17、図18、図21および表3に示す。
実施例1と同様に、Gd−LREHを1000℃、大気中で1時間加熱した。加熱したGd−LREHの粉末X線回折を測定した。結果を図23に示す。
Lnの硫酸塩として実施例1のTb2(SO4)3・8H2O(純度99.9%)に代えて、Eu2(SO4)3・8H2O(純度99.9%)を用いた以外は、実施例1と同様であるため、説明を省略する。
実施例1と同様に、白色析出物(生成物)が生成した。実施例1と同様に生成物について化学分析を行った結果、実施例3で得た生成物は、Eu2(OH)4SO4・2.1H2Oであることが分かった。したがって、一般式Ln2(OH)4SO4・nH2O(1<n<3)においてLnがEu3+であり、nが2.1である層状希土類水酸化物が得られることが示された。
実施例1と同様に、実施例3の層状希土類水酸化物(簡単のため、Eu−LREHと称する)について、SEMによる観察、放射光X線回折、粉末X線回折、放射光X線回折による格子定数の算出、FT−IRスペクトルの測定、TG−DTA測定、および、励起・発光PLスペクトルの測定を行った。これらの結果を図7、図12、図13、図17、図18、図21、図26および表3に示す。
実施例1と同様に、Eu−LREHを1000℃、大気中で1時間加熱した。加熱したEu−LREHの粉末X線回折を測定した。結果を図23に示す。
Lnの硫酸塩として実施例1のTb2(SO4)3・8H2O(純度99.9%)に代えて、Sm2(SO4)3・8H2O(純度99.9%)を用いた以外は、実施例1と同様であるため、説明を省略する。
混合溶液中に淡黄色析出物(生成物)が生成した。実施例1と同様に生成物について化学分析を行った結果、実施例4で得た生成物は、Sm2(OH)4SO4・2.04H2Oであることが分かった。したがって、一般式Ln2(OH)4SO4・nH2O(1<n<3)においてLnがSm3+であり、nが2.04である層状希土類水酸化物が得られることが示された。
実施例1と同様に、実施例4の層状希土類水酸化物(簡単のため、Sm−LREHと称する)について、SEMによる観察、放射光X線回折、粉末X線回折、放射光X線回折による格子定数の算出、FT−IRスペクトルの測定、および、TG−DTA測定を行った。これらの結果を図7、図12、図13、図17、図18、図21および表3に示す。
実施例1と同様に、Sm−LREHを1000℃、大気中で1時間加熱した。加熱したSm−LREHの粉末X線回折を測定した。結果を図23に示す。
Lnの硫酸塩として実施例1のTb2(SO4)3・8H2O(純度99.9%)に代えて、Nd2(SO4)3・8H2O(純度99.9%)を用いた以外は、実施例1と同様であるため、説明を省略する。
混合溶液中に淡紫色析出物(生成物)が生成した。実施例1と同様に生成物について化学分析を行った結果、実施例5で得た生成物は、Nd2(OH)4SO4・2.2H2Oであることが分かった。したがって、一般式Ln2(OH)4SO4・nH2O(1<n<3)においてLnがNd3+であり、nが2.2である層状希土類水酸化物が得られることが示された。
実施例1と同様に、実施例5の層状希土類水酸化物(簡単のため、Nd−LREHと称する)について、SEMによる観察、放射光X線回折、粉末X線回折、放射光X線回折による格子定数の算出、FT−IRスペクトルの測定、および、TG−DTA測定を行った。これらの結果を図7、図12、図13、図17、図18、図21および表3に示す。
実施例1と同様に、Nd−LREHを1000℃、大気中で1時間加熱した。加熱したNd−LREHの粉末X線回折を測定した。結果を図23に示す。
Lnの硫酸塩として実施例1のTb2(SO4)3・8H2O(純度99.9%)に代えて、Pr2(SO4)3・8H2O(純度99.9%)を用いた以外は、実施例1と同様であるため、説明を省略する。
混合溶液中に緑色析出物(生成物)が生成した。実施例1と同様に生成物について化学分析を行った結果、実施例6で得た生成物は、Pr2(OH)4SO4・2.16H2Oであることが分かった。したがって、一般式Ln2(OH)4SO4・nH2O(1<n<3)においてLnがPr3+であり、nが2.16である層状希土類水酸化物が得られることが示された。
実施例1と同様に、実施例6の層状希土類水酸化物(簡単のため、Pr−LREHと称する)について、SEMによる観察、放射光X線回折、粉末X線回折、放射光X線回折による格子定数の算出、FT−IRスペクトルの測定、および、TG−DTA測定を行った。これらの結果を図7、図12、図13、図17、図18、図21および表3に示す。
実施例1と同様に、Pr−LREHを1000℃、大気中で1時間加熱した。加熱したPr−LREHの粉末X線回折を測定した。結果を図23に示す。
Lnの硫酸塩として実施例1のTb2(SO4)3・8H2O(純度99.9%、2.5mM)に加えて、Gd2(SO4)3・8H2O(純度99.9%、2.5mM)を用いた以外は、実施例1と同様であるため、説明を省略する。
実施例1と同様に、白色析出物(生成物)が生成した。実施例1と同様に生成物について化学分析を行った結果、実施例7で得た生成物は、(Tb0.5Gd0.5)2(OH)4SO4・2H2Oであることが分かった。したがって、一般式Ln2(OH)4SO4・nH2O(1<n<3)においてLnがTb3+およびGd3+の組み合わせ(固溶)であり、nが2である層状希土類水酸化物が得られることが示された。
実施例1と同様に、実施例7の層状希土類水酸化物(簡単のため、Tb0.5Gd0.5−LREHと称する)について、SEMによる観察、粉末X線回折、および、放射光X線回折による格子定数の算出を行った。これらの結果を図8、図14および図15に示す。
Lnの硫酸塩として実施例1のTb2(SO4)3・8H2O(純度99.9%、1.25mM)に加えて、Gd2(SO4)3・8H2O(純度99.9%、3.75mM)を用いた以外は、実施例1と同様であるため、説明を省略する。
実施例1と同様に、白色析出物(生成物)が生成した。実施例1と同様に生成物について化学分析を行った結果、実施例8で得た生成物は、(Tb0.25Gd0.75)2(OH)4SO4・2H2Oであることが分かった。したがって、一般式Ln2(OH)4SO4・nH2O(1<n<3)においてLnがTb3+およびGd3+の組み合わせ(固溶)であり、nが2である層状希土類水酸化物が得られることが示された。
実施例1と同様に、実施例8の層状希土類水酸化物(簡単のため、Tb0.25Gd0.75−LREHと称する)について、SEMによる観察、粉末X線回折、および、放射光X線回折による格子定数の算出を行った。これらの結果を図9、図14および図15に示す。
表1に実施例1〜8の化学分析の結果および一般式をまとめて示す。
なお、実施例全体の層状希土類水酸化物または本発明の層状希土類水酸化物を総称して、Ln−LREHと称する場合もある。
図5は、実施例1のTb−LREHのSEM像を示す図である。
図6は、実施例1のTb−LREHのTEM像を示す図である。
図5および6によれば、Tb−LREHは、数マイクロメートルのエッジ長を有する細長の板状結晶であることが示される。また、板状結晶の厚さは数10ナノメートルであった。
図7は、実施例2〜6のLn−LREH(Ln=Gd、Eu、Sm、NdおよびPr)のSEM像を示す図である。
図7によれば、いずれのLn−LREHも、フレーク様態の板状結晶であることが示されるが、これら板状結晶が凝集している。図示しないが、Sm−LREHのTEM観察によれば、板状結晶は良好に発達したエッジを有しており、六角形状であった。
図5および図7より、TbとGdとを境にして、LnとしてTbよりも原子番号の大きな希土類イオンを選択した場合には、本発明の層状希土類水酸化物は、細長の板状結晶となり、Gdよりも原子番号の小さな希土類イオンを選択した場合には、本発明の層状希土類水酸化物は、フレーク様態の板状結晶となり得ることが示唆される。
図8は、実施例7のTb0.5Gd0.5−LREHのSEM像を示す図である。
図9は、実施例8のTb0.25Gd0.75−LREHのSEM像を示す図である。
図8によれば、Tb0.5Gd0.5−LREHは、Tb−LREH(実施例1)に類似した細長の板状結晶であった。一方、図9によれば、Tb0.25Gd0.75−LREHは、Gd−LREH(実施例2)に類似したフレーク様態の板状結晶であった。このことからLnが2種以上の組み合わせからなる場合、選択されるLnの希土類イオンに応じて、本発明の層状希土類水酸化物の結晶の形状を制御できることが分かった。
図10は、実施例1のTb−LREHの放射光X線回折パターンを示す図である。
図10によれば、シャープな回折ピークを示し、すべての回折ピークは、単斜晶系に指数付けできた。単位格子長を算出したところ、a軸長(nm)、b軸長(nm)、c軸長(nm)およびβ角(°)は、それぞれ、0.624528(2)、0.371268(1)、1.66330(1)および90.072であった。底面反射ピーク、非底面反射ピークとも非常にシャープであり、そのプロファイルにも非対称的な広がりは認められなかった。
図10より、Tb−LREHは、高い結晶性を有しており、実施例1で用いた均一沈殿法が、本発明の層状希土類水酸化物の製造に好ましいことが分かった。
さらに、図10において、hklのうちk+l=2n+1を満たす回折ピークの規則的な消失から、Tb−LREHが、A底心単斜格子を有することが分かった。このことは、Tb−LREHは、隣接するTbヒドロキシ多面体(図1の130)からなるホスト層(図1の140)が互いに対してb軸方向に1/2bだけすべりを生じていることを示し、その結果、c軸長は2倍の基底間隔となる(図1の領域180)。
さらに、Tb−LREHのa軸長(0.624528(2)nm)が、b軸長(0.371268(1)nm)の√3に匹敵することは、Tb−LREHのホスト層(図1の140)が、擬2次元六角形構造を有していることを示す。ここで、図6を参照すると、Tb−LREHの板状結晶のエッジ角が120°であり、この構造的特徴を反映した結果と考えられる。
図11は、図10の放射光X線回折パターンのリートベルト法によるフィッティングの結果を示す図である。
上段の赤点で示されるプロファイルaは実測パターンを示し、緑線で示されるプロファイルbは計算パターンを示す。下段の青線で示されるパターンcは実測パターンと計算パターンとの差を示し、中段の緑の縦棒dは本発明の層状希土類水酸化物の結晶構造により出現する回折ピーク位置を示す。
格子定数と消滅則とにより推定される対称性、さらには類似化合物であるTb2(OH)5Cl・nH2O(n≒1.6)ならびにTb(OH)3の結晶構造を参照して構造モデルを導き、これに基づいて放射光粉末X線回折パターンをリートベルト法によりフィッティングした。空間群A2/m(No.12)に基づき、信頼因子を求めた。構造精密化の結果を表2に示す。
信頼因子Rwp=5.92%、Rp=4.42%、RI=2.01%およびRF=1.23%が得られ、満足したフィッティングが可能であった。
表2に示す構造精密化の結果から、Tb−LREHのホスト層(図1の140)は、図1に模式的に示すように、基本構造単位として9配位Tbヒドロキシ多面体(図1の130)から構成されていると理解できる。Tbカチオン(図1の110)は、水分子、硫酸イオンならびにヒドロキシル基と配位しており、その結果、得られたTbヒドロキシ多面体は、互いに結合し、疑似六角形状の二次元板状結晶となると理解できる。
図12は、実施例2〜6のLn−LREH(Ln=Gd、Eu、Sm、NdおよびPr)の粉末X線回折パターンを示す図である。
図12には、実施例1のTb−LREHの粉末X線回折パターンを併せて示す。図12によれば、実施例2〜6のLn−LREHのいずれのX線回折パターンも、実施例1のそれに一致した。このことから、実施例2〜6の層状希土類水酸化物もまた、単斜晶系を有し、高い結晶性を有することが確認された。また、図12に、実施例1〜6の面間隔(d値)を示すが、実施例1と同様に、実施例2〜6の層状希土類水酸化物もまた層状構造を示すことを確認した。なお、d値は、0.830nmと0.840nmとの間でほぼ一定であった。このことは、本発明の層状希土類水酸化物が、剛性を有するピラー構造からなることを支持する。
表3は、実施例1〜6の放射光X線回折パターンから算出した格子定数の一覧を示す表である。
図13は、格子定数のLnのイオンサイズ依存性を示す図である。
図13は表3の結果を分かりやすさのために可視化したものである。なお、Lnのイオンサイズ(イオン半径)は、ShannonらによるActa Crystallogr., Sect. B,1969, 25, 925に記載の9配位のイオン半径に基づく。図13および表3より、本発明の層状希土類水酸化物は、Ln2(OH)4SO4・nH2OにおけるLnのイオンサイズが大きくなる(Lnの原子番号が小さくなる)につれて、いずれの格子定数ならびにβもほぼ線形に増大することが分かった。このことから、Lnの選択により、所望の格子定数を有する層状希土類水酸化物、さらには、微細な細孔容積を制御した層状希土類水酸化物を設計できることが示された。
図14は、実施例7のTb0.5Gd0.5−LREHおよび実施例8のTb0.25Gd0.75LREHの粉末X線回折パターンを示す図である。
図14には、参考のため、実施例1のTb−LREHおよび実施例2のGd−LREHの粉末X線回折パターンも併せて示す。実施例7のTb0.5Gd0.5−LREHおよび実施例8のTb0.25Gd0.75LREHのいずれのX線回折パターンも、第二相の生成に相当するピークを示すことなく、実施例1および2のそれに一致した。このことから、実施例7および8の層状希土類水酸化物もまた、単斜晶系を有し、高い結晶性を有することが確認された。
図15は、実施例1、2、7および8による(TbxGd1−x)2(OH)4SO4・nH2Oにおけるx値とa軸長およびb軸長との関係を示す図である。
図15から、a軸長およびb軸長は、いずれも、本発明の層状希土類水酸化物Ln−LREHのLnが、Tb単体から、TbとGdとの固溶体、Gd単体へと変化するにつれて、線形に増大することが分かった。このような格子定数の線形の変化、すなわちVegard則の成立から、Tb−LREHと、Gd−LREHとの間において、TbとGdとは完全に固溶することを示す。
以上の図14および図15から、本発明の層状希土類水酸化物(Ln2(OH)4SO4・nH2O)において、Lnは、少なくとも1種の希土類元素を含み、2種以上の組み合わせも可能であることが示された。
図16は、実施例1のTb−LREHのFT−IRスペクトルaと、Tb2(OH)5(SO4)1/2・nH2OのFT−IRスペクトルbと、Tb2O2SO4のFT−IRスペクトルcとを示す図である。
FT−IRスペクトルbは、合成したTb2(OH)5Cl・nH2O(n≒1.6)にアニオン交換を行って製造したTb2(OH)5(SO4)1/2・nH2O(n≒1.6)のFT−IRスペクトルである。FT−IRスペクトルcは、実施例1のTb−LREHを1000℃で加熱することによって製造したTb2O2SO4(図22を参照して後述する)のFT−IRスペクトルである。
FT−IRスペクトルa〜cに基づいて、Tb−LREHにおけるヒドロキシル基および硫酸イオンの結合状態について検討した。FT−IRスペクトルaにおける、3613cm−1および3477cm−1の2つのシャープなピークは、水素結合が関与しないフリーのOH基の伸縮モードに相当する。
FT−IRスペクトルaにおける、3261cm−1および3198cm−1近傍の2つに分裂したブロードなピークは、FT−IRスペクトルbの3200〜3700cm−1に見られるブロードなピークに匹敵し、水素結合が関与したOH基に起因する。また、このようなピークのブロード化は、ヒドロキシル基と、水分子/層間アニオンとの間の相互作用によって生じ、FT−IRスペクトルbのTb2(OH)5(SO4)1/2・nH2O((1)式においてm=1の層状希土類水酸化物)ならびに層状複水酸化物において共通に見られる特徴として知られている。
FT−IRスペクトルaにおける、1647cm−1、812cm−1および592cm−1近傍のピークは、金属イオンに配位した水分子の曲げモードに起因する。
FT−IRスペクトルaにおいて、硫酸イオンのすべての基本モード(ν1、ν2、ν3およびν4)が観察された。ν1およびν2モードは、理想的な形状の硫酸イオン(Td点群)では本来IR不活性のモードであり、これらの出現は構造中で硫酸イオンが歪んで、点群がC2vに低減していることを示唆している。注目すべきは、ν3モードが、3つの独立したピークに分裂されており、FT−IRスペクトルbにおける1109cm−1のブロードな単一ピーク(ν3モード)と明らかに異なる。FT−IRスペクトルcのピーク(ν3モード)では類似の3本のピークが見られる。このようなν3モードの3つのピークへの分裂は、硫酸キレートがtrans−二座配位をとっていることを示す。より重要なことは、これらの基本モードν1〜ν3、中でも、3つのピーク分裂で示される基本モードν3が、FT−IRスペクトルcにおいても観察されたことである。すなわち、Tb−LREHで観察された基本モードν3は、Tb2O2SO4のそれに相当することが分かった。
Tb2O2SO4は、TbO2 2+層と硫酸イオンとが交互に繰り返されており、硫酸イオンが直接Tb3+カチオンに配位することにより隣接するTbO2 2+層をつないだ構造を有する。このことから、Tb−LREHにおける硫酸イオンは、Tb3+カチオンに共配位していることが分かった。
以上の結果は、図1に示す本発明の層状希土類水酸化物の模式図に一致する。
図17は、実施例2〜6のLn−LREH(Ln=Gd、Eu、Sm、NdおよびPr)のFT−IRスペクトルを示す図である。
図18は、FT−IRスペクトルの基本モードのLn依存性を示す図である。
図17に示すFT−IRスペクトルTbは、図16の実施例1のTb−LREHのFT−IRスペクトルaと同一である。図17によれば、実施例2〜6のFT−IRスペクトルも、実施例1のそれと同様のスペクトルを示し、層状希土類水酸化物が得られたことを確認した。
しかしながら、図17および図18によれば、Lnのイオンサイズが大きくなる(原子番号が小さくなる)につれて、フリーのOH基の伸縮モード、ならびに、硫酸イオンの基本モードν3等の特徴的なモードは、低波数側にシフトした。このことは、本発明の層状希土類水酸化物において、Lnがイオンサイズの大きな希土類元素であるほど、ヒドロキシル基ならびに硫酸イオン内の原子間の結合が弱くなり、Lnがイオンサイズの小さな希土類元素であるほど、ヒドロキシル基ならびに硫酸イオン内での結合が強くなることを示す。
さらに、3つのピークに分裂した基本モードν3の形状に注目すれば、Lnのイオンサイズが大きくなるにつれて、基本モードν3のピークは非対称となった。このことは、本発明の層状希土類水酸化物において、Lnがイオンサイズの大きな希土類元素であるほど、硫酸イオンの歪みが大きいことを示す。したがって、要求・許容されるLn−LREHの歪みの程度に応じて、Lnを適宜選択し、材料設計すればよい。
図19は、実施例1のTb−LREHのTGプロファイルを示す図である。
図19に示されるように、Tb−LREHは、加熱に伴い2段階の重量損失を示した。第1の重量損失は、200℃〜275℃の温度範囲において、7.8%であった。この重量損失は、Tb−LREHにおける水和した水(Tb2(OH)4SO4・2.2H2O中の2.2H2Oに相当)が除去されたことを示す。なお、特許文献1〜3に代表されるm=1の層状希土類水酸化物(Ln2(OH)5A・nH2O、A=Cl、NO3、n=1.6)と比較して、Tb−LREHの水和物の脱水は、より高温で生じており、かつ、より急峻であった。このことは、Tb−LREH中の水分子は、構造により強固に結合していることを示す。
第2の重量損失は、約350℃の温度において、7.2%であった。第2の重量損失は、第1の重量損失よりさらに急峻であった。この重量損失は、Tbヒドロキシ多面体(図1の130)からなるホスト層(図1の140)からの脱水を示す。なお、重量損失7.2%は、表1に示す化学式から算出される値(6.9%)にほぼ等しかった。
以上より、Tb−LREHにおける脱水は、
Tb2(OH)4SO4・2.2H2O→Tb2(OH)4SO4+2.2H2O(200℃〜275℃)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(3’)
Tb2(OH)4SO4→Ln2O2SO4+2H2O(約350℃)・・(4’)
で表されることを確認した。このことから、本発明の層状希土類水酸化物は、少なくとも350℃を超える温度で加熱することにより脱水され、希土類オキシ硫酸塩となることが分かった。
次に、(4’)式の反応速度をKissingerアプローチにより調べた。
図20は、実施例1のTb−LREHのKissingerプロットを示す図である。
表4は、Kissingerプロットのデータ一覧を示す。
表4において、C(℃/分)は図20に示すDTA曲線の昇温速度であり、Tm(K)は吸熱ピーク温度である。Kissingerのアプローチによれば、見かけの活性化エネルギー(Ea)は、Ea/R=d[−ln(C/Tm 2)]/d(1/T)(ここで、Rは8.314(気体定数)であり、Tmは吸熱ピーク温度である)によって算出され得る。次に、1000/Tに対して−ln(C/Tm 2)をプロットし、得られた直線の勾配から活性化エネルギー(Ea)を求めた。
図20中のDTA曲線によれば、吸熱ピーク温度は、昇温速度の増大に伴って高温側にシフトした。表4および図20に示すように、得られた見かけの活性化エネルギー(Ea)は、約240±8KJ/molであり、UCl3型希土類水酸化物La(OH)3のそれ(240±10KJ/mol)にほぼ一致した。このことは、Tb−LREHにおけるヒドロキシル基が、結合および脱水反応速度のいずれにおいても、UCl3型希土類水酸化物のそれに類似することを示す。
図21は、実施例2〜6のLn−LREH(Ln=Gd、Eu、Sm、NdおよびPr)のTGプロファイルを示す図である。
図21に示すTGプロファイルTbは、図19の実施例1のTb−LREHのTGプロファイルと同一である。図21によれば、実施例2〜6のTGプロファイルも、実施例1のそれと同様のTGプロファイルを示し、加熱に伴い2段階の重量損失(水和物の脱水、および、ホスト層からの脱水)を示した。
しかしながら、図21によれば、Lnのイオンサイズが大きくなる(原子番号が小さくなる)につれて、第2の脱水が生じる温度は、低温側にシフトした。一方、第1の脱水が生じる温度は、Lnの依存性を示さなかった。このことは、第2の脱水が、ホスト層からの脱水であり、Ln3+−OH−結合の切断を必要とすることに基づけば、本発明の層状希土類水酸化物において、Lnがイオンサイズの大きな希土類元素であるほど、Lnのヒドロキシ多面体からなるホスト層(図1の140)の安定性が低く、Lnがイオンサイズの小さな希土類元素であるほど、ホスト層の安定性が高いことを示す。このような微妙な安定性が要求される場合には、Lnを適宜選択して所望の層状希土類水酸化物を設計すればよい。
以上の結果は、図16〜図18に示すFT−IRスペクトル、ならびに、表3および図13に示す格子定数の変化に一致する。
図22は、実施例1のTb−LREHの粉末X線回折パターンの加熱温度依存性を示す図である。
図22において、X線回折パターンaは、図12のX線回折パターンTb−LREHと同一である。X線回折パターンb、c、dおよびeは、それぞれ、150℃、300℃、450℃および1000℃で加熱したTb−LREHのX線回折パターンである。
X線回折パターンaおよびbを比較すると、X線回折パターンに変化はなかった。一方、X線回折パターンaとcとを比較すると、X線回折パターンに明らかな変化し、加熱後も多数のピークが観測された。このことは、図19を参照して説明した第1の重量損失(水和物の脱水)後もTb−LREHが結晶質であることを示す。
X線回折パターンaおよびdを比較すると、X線回折パターンdは、X線回折パターンaとはまったく異なった。X線回折パターンdとeとを比較すると、X線回折パターンeは、X線回折パターンdよりもよりシャープなピークを示すものの、X線回折パターンは実質的に同じであった。また、X線回折パターンeの回折ピークは、いずれも、Tb2O2SO4のX線回折パターン(JCPDS No.41−0684)に指数付けされた。以上より、450℃および1000℃で加熱されたTb−LREHは、脱水により希土類オキシ硫酸塩(実施例1ではTb2O2SO4)になることが確認された。
図23は、1000℃で加熱した後の実施例2〜6のLn−LREH(Ln=Gd、Eu、Sm、NdおよびPr)の粉末X線回折パターンを示す図である。
図23に示すX線回折パターンTbは、図21のX線回折パターンeと同一である。図23によれば、実施例2〜6のX線回折パターンも、実施例1のそれと同様のX線回折パターンを示し、実施例2〜6の層状希土類水酸化物は、1000℃の加熱により、希土類オキシ硫酸塩(Ln2O2SO4、Ln=Gd、Eu、Sm、Nd、Pr)になることを確認した。
図24は、1000℃で加熱した後の実施例1のTb−LREHのSEM像を示す図である。
図5(加熱前のTb−LREHのSEM像)を参照すると、図24に示す加熱後のTb−LREH(すなわち、Tb2O2SO4)は、加熱前のTb−LREHのモルフォロジを維持しており、細長の板状結晶であった。このことから、本発明の層状希土類水酸化物は、1000℃で加熱し、希土類オキシ硫酸塩に変化した後も、様態を保持できることが分かった。
以上、図22〜図24より、本発明の層状希土類水酸化物が、希土類オキシ硫酸塩の原料として有効であることが分かった。
図25は、実施例1のTb−LREHの励起スペクトル(A)および発光スペクトル(B)を示す図である。
励起スペクトル(A)は、励起光を走査した際の発光波長λem.(545nm、5D4−7F5線)の発光強度のプロットである。発光スペクトル(B)は、励起波長λex.(212nm)における各発光波長の発光強度のプロットである。
励起スペクトル(A)によれば、スピン許容(低スピン、LS)およびスピン禁制(高スピン、HS)のTb3+の4f−5d遷移のピークを示した。また、LS遷移のピークは、HS遷移のピークよりもはるかに強く、Tb(OH)2.5Cl0.5・nH2O、Tb(OH)2.5(NO3)0.5・nH2O等のアニオン交換可能なm=1の層状希土類水酸化物と異なる励起バンドであった。
発光スペクトル(B)によれば、212nmのUV励起により、Tb3+の545nmのシャープな緑色発光を示した。
図26は、実施例3のEu−LREHの励起スペクトル(A)および発光スペクトル(B)を示す図である。
励起スペクトル(A)は、励起光を走査した際の発光波長λem.(617nm、5D0−7F2線)の発光強度のプロットである。発光スペクトル(B)は、励起波長λex.(394nm)における各発光波長の発光強度のプロットである。
励起スペクトル(A)によれば、Eu3+のf−f遷移による一連のシャープなピークと、270nm以下の高くブロードなピークとを示した。ブロードなピークは、O2−とEu3+との間の電荷移動に起因しており、代表的には、Eu3+がドープされたYVO3および(Eu1−ZGdZ)2O3で知られている。
発光スペクトル(B)によれば、580.6nm、589.4nm、617.6nm、652.2nmおよび697.8nmに典型的な5D0−7FJ(J=0−4)ピークを示し、赤色発光した。これら5D0−7FJピークの出現は、Eu3+が反転対称のない格子点を占有していることを示唆する。
さらに、5D0−7F2の顕著なピーク(617.6nm)は、Eu(OH)2.5Cl0.5・nH2O、Eu(OH)2.5(NO3)0.5・nH2O等のアニオン交換可能なm=1の層状希土類水酸化物のそれ(いずれも620nm)と比較して、わずかにレッドシフトした。このレッドシフトは、本発明のEu−LREHにおける硫酸イオンが、Cl−およびNO3 −と異なり、Eu3+に配位していることに起因する。
以上、図25および図26より、本発明の層状希土類水酸化物は、発光中心となる少なくとも1つの3価の希土類イオンを含むことにより、蛍光体として機能することが分かった。