以下、本発明を実施するための最良の形態について、図面に基づいて詳細に説明する。
本発明のアカフジツボ検出用プライマーセットは、配列番号1記載の塩基配列からなるプライマーと、配列番号2記載の塩基配列からなるプライマーとからなるものである。即ち、配列番号1記載の塩基配列で表される21塩基からなるプライマーと、配列番号2記載の塩基配列で表される23塩基からなるプライマーとからなるものである。
このプライマーセットにより、図1に示すアカフジツボミトコンドリアDNA上の12S rRNA遺伝子解析領域のうち、56〜145番目に含まれる84bpのDNA断片が増幅される。
本発明のプライマーセットの各オリゴヌクレオチドは、例えば汎用のオリゴヌクレオチド合成装置を用いて化学的に合成することができるがこれに限定されるものではなく、当該技術分野において公知の他の方法を用いて合成してもよい。
次に、本発明のアカフジツボ幼生の検出方法は、被験試料に対し上述のプライマーセットを用いてPCRを行い、被験試料の遺伝子増幅が生じたか否かにより被験試料にアカフジツボ幼生が存在していたか否かを判定するようにしている。
被験試料としては、アカフジツボ幼生を1個体以上含有する可能性のあるあらゆる種類の試料が包含される。例えば、複数のプランクトンが混在した人工飼育サンプルや、海洋中から採集した環境サンプル等を用いることができるが、これらに限定されない。
被験試料からは塩分が含まれる海水や飼育水等をできるだけ除き、被験試料中のプランクトンをエタノールに浸漬して固定することが好ましい。この処理により、被験試料中のプランクトンに含まれる酵素等が失活してDNAが分解等を起こすことがなくなり、被験試料の長期保存が可能となると共に、PCRに悪影響を及ぼす虞のある塩分の析出を防ぐことができる。エタノール固定後は、室温(20℃程度)で保存してもよいが、15℃程度で保存することが好適であり、10℃程度で保存することがより好適であり、5℃程度で保存することがさらに好適である。低温保存することで、プランクトンに含まれる酵素の活性を確実に抑えることができ、DNAの分解を防止することができる。エタノールに固定した被験試料は、例えばエッペンドルフチューブなどのチューブに入れて乾燥させる。エタノールは揮発しやすいので、乾燥を素早く行うことができる。尚、エタノール以外の揮発性有機物、例えば、メタノール、プロパノール、ブタノール、ベンゼン、トルエン等を用いても同様の効果を発揮する。
上記方法以外の方法により塩分を除いても良い。例えば、滅菌水等で被験試料中のプランクトンを十分に洗浄したのち、風乾等を行うようにしても良いし、DNAが分解しない程度に熱をかけて乾燥を行うようにしても良い。
ここで、被験試料に対しDNA抽出処理を施すことが好ましい。この場合、複数種のプランクトンに含まれる有機物等によるPCRへの悪影響を防いで、より確実にアカフジツボ幼生の検出を行うことが可能になる。DNA抽出処理方法としては、当該技術分野において公知の方法を適宜用いることができる。
PCRは、被験試料中のDNAを鋳型として、上述のプライマーセットを用いて行われる。PCR条件としては、当該技術分野において公知の条件を適宜用いることができる。例えば、Taqポリメラーゼアドバンテージ2(クローンテック社)を用いたPCRが挙げられるが、これに限られるものではない。PCRを行うことにより、被験試料中にアカフジツボのミトコンドリアDNA上にコードされた12S rRNA遺伝子が含まれている場合には、遺伝子増幅が起こり、増幅産物が得られる。
PCRによって得られた増幅産物の検出は、例えば、PCR反応混合物をゲル電気泳動で展開し、非検出対象成分(鋳型DNA、プライマー等)と検出対象成分である増幅産物とを分離した状態で蛍光染色によって増幅産物のバンドをその分子量から判断して特定し、そのバンドの蛍光強度を測定することにより行うことができる。しかしながら、この方法に限定されるものではなく、当該技術分野において公知の他の方法を用いることもできる。増幅産物が検出された場合には、被験試料中にアカフジツボ幼生が存在していると判定することができる。
次に、本発明のアカフジツボ幼生の定量方法は、アカフジツボ幼生個体数が既知の複数の試料それぞれに対し上述のプライマーセットを用いてリアルタイムPCRを行うことによりアカフジツボ幼生個体数とCt値との関係を調べて予め作成された検量線を用い、被験試料に対し上述のプライマーセットを用いてリアルタイムPCRを行うことにより得られる被験試料のCt値から被験試料中のアカフジツボ幼生個体数の定量を行うようにしている。
即ち、アカフジツボ幼生個体数とCt値との関係を示す検量線を用いて、被験試料のCt値から、被験試料のアカフジツボ幼生個体数の定量を行うようにしている。
ここで、リアルタイムPCR法とは、PCRによるDNA断片の増幅量をリアルタイムでモニタリングして解析する手法である。この手法を用いることで、被験試料の特定の塩基配列をもつ鋳型DNAの濃度の定量分析を行うことができる。即ち、段階希釈した濃度既知の特定の塩基配列をもつ鋳型DNAを標準試料としてPCRを行い、Ct(Threshold Cycle)値を測定する。この結果に基づいて、Ct値を縦軸に、PCR開始前の特定の塩基配列をもつ鋳型DNA濃度を横軸にプロットし、検量線を作成する。つまり、この検量線が、試料の特定の塩基配列をもつ鋳型DNAの濃度とCt値との関係を表す。したがって、濃度未知の被験試料のCt値をリアルタイムPCRにより測定することで、被験試料の特定の塩基配列をもつ鋳型DNAの濃度を決定することができる。
リアルタイムPCRは、サーマルサイクラーと蛍光分光光度計とを一体化したリアルタイムPCR装置により行うことができる。また、DNA増幅量のモニタリングは、蛍光試薬を用いた蛍光モニター法により行われる。例えば、二本鎖DNAに結合することで蛍光発光する試薬(インターカレータ)をPCR反応系に添加し、PCR反応により合成される二本鎖DNA(PCR産物)にインターカレータを結合させ、励起光を照射することにより蛍光発光を生じさせて、蛍光強度を検出することによりDNA増幅量のモニタリングを行う、所謂インターカレータ法を用いることができる。尚、インターカレータ法に限定されるものではなく、TaqManプローブ法、サイクリングプローブ法などを適宜採用することができる。
また、リアルタイムPCRにおけるCt値とは、蛍光標識されたPCR産物量が指数関数的なDNA増幅期の中で一定量となるときの値、即ち、一定の蛍光強度に達するまでのPCRサイクル数を表している。PCRによるDNAの増幅は、初期には指数関数的に起こり、1次関数的な増幅を経て、最終的にはプラトーに達する。指数関数的なDNA増幅期における一定PCR産物量に達するPCRサイクル数と初期鋳型DNA量には高い相関がある。したがって、初期鋳型DNA量、つまり、試料の特定の塩基配列をもつDNAの濃度とCt値との相関を調べることで、Ct値から試料の特定の塩基配列をもつDNAの濃度を推定する為の検量線を作成することができる。また、DNAの増幅曲線を二回微分して最大値を算出し、この最大値に達するまでのサイクル数、つまり、PCR産物量の増幅がバックグラウンド値から指数関数的に変化する時点のサイクル数を検出し、これをCt値とするようにしてもよい。
本発明の定量方法に用いる検量線は、アカフジツボ幼生個体数が既知の複数の試料それぞれに対し上述のプライマーセットを用いてリアルタイムPCRを行うことによりアカフジツボ幼生個体数とCt値との関係を調べて予め作成される。
試料の処理方法に関しては、上記と同様、試料からは塩分が含まれる海水や飼育水等をできるだけ除き、試料中のアカフジツボ幼生をエタノールに浸漬して固定し、乾燥させることが好ましい。
試料のDNA抽出処理方法としては、当該技術分野において公知の方法を適宜用いることができる。例えば、DNeasy Tissue Kit(キアゲン社)によるシリカゲル膜を利用したDNA抽出方法を用いることが好適である。この場合には、試料間のDNA抽出ばらつきを抑えて、アカフジツボ幼生の定量をより正確に実施することができる。
また、特にキプリス幼生においては、クチクラの殻(甲皮)の堅さがサンプルにより異なる場合があり、これが原因で試料のDNA抽出効率が低下する場合がある。そこで、試料からDNAを抽出する前に、クチクラの殻の破砕処理を行うことが好適である。例えば、エタノールを除いて乾燥させた試料の入ったエッペンドルフチューブにジルコニアボール(直径2〜3mm)を数個(例えば、3〜5個)入れて、強く震盪することで組織を破砕した後、上記のDNA抽出処理に供することが好適である。
ここで、フジツボ幼生は、I期ノープリウス幼生として孵化後すぐにII期ノープリウスとなり、その後は、海水中の植物プランクトンを餌として取り込んで成長する。そしてVI期ノープリウス幼生を経て摂餌をしない付着期のキプリス幼生となる。成長に伴い、個体サイズ、細胞数が増加するため、標的となる12S rRNA遺伝子の1個体当たりのコピー数も増加することになる。したがって、幼生の個体数が同じであっても、リアルタイムPCRの結果示されるCt値が幼生の発生段階で異なってくる。
本願発明者の実験によると、アカフジツボのキプリス幼生の12S rRNA遺伝子コピー数は初期(I期及びII期)ノープリウス幼生の12S rRNA遺伝子コピー数の5倍であることが確認されている。この値はアカフジツボ幼生のキプリス幼生と初期ノープリウス幼生の体積差を反映している。
したがって、検量線を作成する際に使用する試料としては、幼生の各個体の12S rRNA遺伝子コピー数がほぼ一定である試料を用いることが好ましい。この場合には、12S rRNA遺伝子コピー数が試料中の幼生個体数を正確に反映するので、幼生個体数に対する正確なCt値を得ることができる。例えば、キプリス幼生のみが含まれている試料を用いれば、キプリス幼生の個体数に対応する正確なCt値を得ることができるし、初期ノープリウス幼生のみが含まれている試料を用いれば、初期ノープリウス幼生の個体数に対応する正確なCt値を得ることができる。
検量線の例を図7に示す。このように、初期ノープリウス幼生の個体数に対応する検量線と、キプリス幼生の個体数に対応する検量線とを作成することで、被験試料をリアルタイムPCRして得られるCt値から、被験試料に含まれているアカフジツボの幼生個体数を初期ノープリウス幼生個体数の総量として、あるいはキプリス幼生個体数とキプリス幼生の12S rRNA遺伝子コピー数とほぼ同数の遺伝子コピー数を有するVI期ノープリウス幼生個体数との総量として換算することができる。換言すれば、被験試料に含まれているアカフジツボ幼生の総個体数の最大値が初期ノープリウス幼生個体数の総量として換算した場合の値(β)であり、アカフジツボ幼生の総個体数の最小値がキプリス幼生個体数及びVI期ノープリウス幼生個体数の総量として換算した場合の値(α)である。つまり、この検量線を用いることで、被験試料のCt値から、被験試料に含まれているアカフジツボ幼生の総個体数Xがα≦X≦βであると推定することができる。
尚、被験試料の種類や処理方法に関しては、上記と同様である。但し、DNA抽出処理方法に関しては、検量線作成時と同様の方法を採用することが定量値のばらつきを抑える上で好ましい。また、被験試料に対して行うリアルタイムPCRは検量線作成時のリアルタイムPCR条件と同様とする。
ここで、被験試料を分画処理してからリアルタイムPCRに供することにより、精度の高い定量分析を実施することが可能となる。即ち、アカフジツボ幼生は成長段階に応じてその体積が異なるため、例えば、被験試料を篩にかけて、篩を通過した体積の小さいアカフジツボ幼生を含む分画成分をリアルタイムPCRして得られるCt値から、分画成分に含まれているアカフジツボの幼生個体数を初期ノープリウス幼生個体数の総量として換算することで、被験試料に含まれているアカフジツボの初期ノープリウス幼生の真の個体数により近い値を得ることができる。また、篩を通過しなかった体積の大きいアカフジツボ幼生を含む分画成分をリアルタイムPCRして得られるCt値から、分画成分に含まれているアカフジツボの幼生個体数をキプリス幼生個体数とVI期ノープリウス幼生個体数の総量として換算することで、被験試料に含まれているアカフジツボのキプリス幼生とVI期ノープリウス幼生の真の個体数により近い値を得ることができる。したがって、どの成長段階にあるアカフジツボ幼生が被験試料中にどの程度存在するのかをより具体的に明らかにすることが可能となる。尚、分画方法は篩によるものには限定されず、例えば遠心分離処理を用いてもよい。また、分画処理により、例えば初期(I期及びII期)ノープリウス幼生のみを被験試料から分離した成分をリアルタイムPCRして得られるCt値から、被験試料に含まれている初期(I期及びII期)ノープリウス幼生の個体数を高精度に定量することも可能であるし、VI期ノープリウス幼生及びキプリス幼生を被験試料から分離した成分をリアルタイムPCRして得られるCt値から、被験試料に含まれているVI期ノープリウス幼生及びキプリス幼生の個体数を高精度に定量することも可能である。
本発明のアカフジツボ幼生の定量方法により、実海域でのアカフジツボの付着時期を予測することが可能になる。即ち、Ct値から換算される幼生個体数の発生段階による相違は最大でも5倍である。これは、実海域での幼生出現ピーク時の個体数増加に比べれば小さい値であり、付着時期予測には大きな問題点とはならないと考えられる。これまでに実海域でアカフジツボ幼生の個体数変動と付着時期を詳細に調査した報告、例えば、志津川湾におけるフジツボ幼生および付着板の調査(電力中央研究所報告V05033)や、柳井・三隅火力発電所前面海域での付着板を用いた調査(中国電力 技研時報101、p75−83)によると、アカフジツボの付着盛期は1ヶ月以内に集中し、この期間内に急激に付着個体が増加すると報告されている。また、飼育実験からアカフジツボの幼生は、孵化後1〜2週間で付着期幼生になり、基盤に付着すると考えられる。したがって、付着期前の比較的短期間に幼生の出現ピークがあり、その際の幼生数の増加率は5倍という値に比較して圧倒的に大きな値、例えば、3日〜1週間毎に被験試料をサンプリングした場合、サンプリング量にもよるが、数十倍〜数百倍、あるいはそれ以上の増加率となることが予想される。よって、本発明の定量方法によりアカフジツボ幼生個体数の定量分析を定期的(例えば、3日〜1週間毎)に行うことで、実海域でのアカフジツボの付着時期を予測することが可能になる。
次に、本発明のアカフジツボ検出用キットについて説明する。本発明のアカフジツボ検出用キットは、配列番号1記載の塩基配列からなるプライマー及び配列番号2記載の塩基配列からなるプライマーをプローブとして含むものである。
このキットの一例として、図8に示すDNAチップが挙げられる。このDNAチップ1は、基板2と、基板2の表面に形成されたスポット3と、スポット3内に固定されたDNAプローブ4により構成される。
基板2としては、ガラス基板、シリコンウエハー、ナイロン膜、セルロース膜等を適宜用いることができるが、これらに限定されるものではない。
スポット3には、DNAプローブ4が等量ずつ固定される。DNAプローブ4は、配列番号1記載の塩基配列からなるオリゴヌクレオチドを含むプライマー及び配列番号2記載の塩基配列からなるオリゴヌクレオチドを含むプライマーのうちの少なくとも一方である。
DNAチップ1を用いて、アカフジツボ幼生の検出を行う。被験試料はDNA抽出処理後、DNAを一本鎖に調製し、蛍光剤や発色剤を添加して1本鎖DNAを蛍光標識する。そして、これをDNAチップ1のスポット3に滴下し、DNAプローブ4と結合(ハイブリダイズ)させる。未結合の一本鎖DNAは洗い流し、スポット3の蛍光強度を検出することにより、被験試料中のアカフジツボ幼生の検出、定量を行うことができる。
尚、上述の形態は本発明の好適な形態の一例ではあるがこれに限定されるものではなく本発明の要旨を逸脱しない範囲において種々変形実施可能である。
例えば、本発明者の実験によれば、本発明のプライマーセットのアカフジツボに対する特異性が確認されたことから、このプライマーセットとオオアカフジツボのミトコンドリアDNA上にコードされた12S rRNA遺伝子の解析領域の塩基配列とに基づいてオオアカフジツボを特異的に認識するプライマーを設計することも可能である。例えば、配列番号5記載の塩基配列からなるオリゴヌクレオチドを含むプライマーと、配列番号6記載の塩基配列からなるオリゴヌクレオチドを含むプライマーとからなるオオアカフジツボ検出用プライマーセットを合成して用いることができる。その他のフジツボ種に関しても同様にプライマーセットを合成して用いることができる。
また、DNAチップ1の各スポット3に別々のDNAプローブ4を固定するようにしてもよい。例えば、1のスポットにはアカフジツボを特異的に認識するDNAプローブを固定し、2のスポットにはオオアカフジツボを特異的に認識するDNAプローブを固定し、3のスポットにはタテジマフジツボを特異的に認識するDNAプローブを固定するといったように、複数種のフジツボを認識するDNAチップとしてもよい。
以下実施例を挙げて本発明を説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
(実施例1)
各種フジツボ成体の12S rRNA遺伝子の塩基配列のデータベース化を行い、このデータベースに基づいてアカフジツボに特異的な塩基配列を特定し、プライマーを設計した。データベース化に供したフジツボ種を表1に示す。アカフジツボ、タテジマフジツボ、サラサフジツボ、ケハダカイメンフジツボ、オオアカフジツボは採集後に室内でアルテミア、珪藻(Chaetoceros gracilis)などを餌として与えて飼育されたものを99.5%エタノール(和光純薬製)に浸して固定し、実験に使用するまで4℃で保存した。なお、エタノール浸漬前は、数日間餌を与えずアルテミア由来のDNAの影響を排除した。その他のフジツボは採集直後に99.5%エタノールに浸漬し4℃で保存した。
大型のフジツボ成体であるアカフジツボ、キタアメリカフジツボ、ミネフジツボ、アメリカフジツボ、タテジマフジツボ、サラサフジツボ、シロスジフジツボ、サンカクフジツボ、チシマフジツボ、クロフジツボ、カメノテ、エボシガイ、オオアカフジツボ、ヨーロッパフジツボ、ドロフジツボ、オニフジツボ、Cryptolepas rhachianechi、ミミエボシ、スジエボシは、解剖後、軟体部、可能であれば筋肉組織の小片(2〜3mm角)を清浄なメスを用いて切り出し、インビトロジェン社のEasy−DNAキットにより総DNAの抽出を行った。具体的には、上述のエタノール浸漬保存したフジツボ成体からエタノールを除いた後、これを1.5mLのエッペンドルフチューブに入れ、50μLのリシスバッファー(インビトロジェン製)を加えてプラスチックペッスルですり潰し、さらに300μLのリシスバッファーを加えて65℃で10分間処理した。次に、DNA沈澱用バッファー(インビトロジェン製、名称Precipitation Solution)150μLを加えて強く混合撹拌処理(voltex)し、さらにクロロホルム(和光純薬製)500μLを加えた後、13800gで15分間遠心分離処理してDNAの含まれる水層を別のチューブに移した。これに氷冷した99.5%エタノール1mLを加え撹拌混合して0℃に30分間静置してDNAを沈澱させ、遠心分離処理後エタノールを除き、さらに氷冷80%エタノール(和光純薬製)500μLを加えて沈澱させた。最終的に得られた沈澱(DNA)を風乾後、50μLのTEバッファー(インビトロジェン製)に溶解した。抽出用組織が小さい場合は適宜溶解バッファー量を減らした。また小型のフジツボであるイワフジツボ、ケハダカイメンフジツボ、ムツアナフジツボ、ハナフジツボ、Semibalanus balanoides、Elminius modestus、コウダカキクフジツボ、キタイワフジツボ、また、上記大型のフジツボ成体に属するタテジマフジツボの中でも小型の個体に関しては、1個体の軟体部全体をそのまま同様の方法で抽出に供した。
TEバッファーに溶解したDNAの濃度を分光光度計(GeneQuant Pro、アマシャムバイオサイエンス社)により測定した結果、ほとんどのサンプルで5μg以上のDNAが得られていることが確認されたが、イワフジツボなど非常に小型のフジツボにおいては1個体から得られるDNA量が少なかった。DNA濃度の測定結果に基づいて、20ng/μLのDNA濃度としたTEバッファー溶液を調整し、これをPCRの際に鋳型DNAとして供した。
次に、上記操作により得られた総DNAを鋳型として、12S rRNA遺伝子をPCRにより増幅した。プライマーには、フジツボミトコンドリアの12S rRNA遺伝子に対するプライマーとして文献1〜4で報告されているものを用いた。
(文献1: R.A.Begum,T.Yamaguchi and S.Watabe(2004).Molecular phylogeny of thoracican barnacles based on the mitochondrial 12S and 16S rRNA genes.Sessile organisms,21,47-54.
文献2: T.D.Kocher, W.K.Thomas, A.Meyer, S.V.Edwards, S.Paabo, F.X.Villablansca and A.C.Wilson(1989). Dynamics of mitochondrial DNA evolution in animals: amplification and sequencing with conserved primers. Proc.Natl.Acad.Sci.USA,86,6196-6200.
文献3: O.Mokady, S.Rozenblatt, D.Graur and Y.Loya(1994). Coral-host specificity of red sea Lithophaga bivalves: interspecific and intraspecific variation in 12S mitochondrial ribosomal RNA.Mol.Mar.Biol.Biotech.,3,158-164.
文献4: S.R.Palumbi(1996). Nucleic acids II: the polymerase chain reaction. In: Molecular Systematics,ed. D.M.Hillis, C.Mortiz and B.K.Mable, Sinauer Associates, Sunderland, pp.205-248.)
表2と配列番号3及び4にプライマーの配列を示す。なお、これらのプライマーは、合成(シグマジェノシス)により得られたものであり、PCRに供するまで50pmol/μLのストック溶液(シグマジェノシス製)中に−20℃で保存した。使用前にストック溶液を純水(脱塩蒸留水、無菌、DNase、RNaseフリー、和光純薬)で5倍希釈し10pmol/μLとしてPCRに供した。PCRは、上記の操作により抽出した総DNAを鋳型とし、Taqポリメラーゼとしてジーンタック(ニッポンジーン)またはアドバンテージ2(クローンテック)を用いて行った。なお、鋳型DNAは20ng/μLに調製した溶液を2μL(40ng)、各プライマー溶液1μL(10pmol)を20μLの反応液に加えた。反応にはタカラPCRサーマルサイクラーDice(TP600)を用い、反応液の調製はそれぞれのTaqポリメラーゼに添付された方法に従った。具体的には、ジーンタックに関しては、滅菌水13.20μL、10xPCRバッファー(10xGene Taq Universal Buffer)2.00μL、2.5mM dNTP混合物1.60μL、ジーンタックポリメラーゼ0.20μL、プライマーはそれぞれ0.50μL、鋳型DNAは2.0μLとした。クローンテックアドバンテージ2に関しては、滅菌水14.20μL、10xPCR SAバッファー(10xGene Taq Universal Buffer)2.00μL、50×dNTP混合物0.40μL、50×ポリメラーゼ mix0.40μL、プライマーはそれぞれ0.50μL、鋳型DNAは2.0μLとした。なお、アドバンテージ2においては、添付された2種類の反応バッファーのうち良好な結果が得られたSAバッファーを使用した。
まず、グラジエント機能を利用して最適アニーリング温度の推定を行った。グラジエントPCRでのアニーリング温度は、45.0℃〜65.0℃の12段階に設定した。96℃(ジーンタック)または95℃(アドバンテージ2)で1分間保ったあと、熱変性96℃(ジーンタック)または95℃(アドバンテージ2)30秒間、各温度でのアニーリング30秒間、伸長反応72℃(ジーンタック)または68℃(アドバンテージ2)30秒間という反応を35サイクル繰り返す条件で行った。反応産物はサイズマーカーとともに2%アガロースゲル電気泳動に供し、SYBR Safe(インビトロジェン)によるDNAバンドの可視化により特定領域の増幅の有無を確認した。
その結果、12S rRNA遺伝子のPCRにおいては、ニッポンジーンのジーンタックを用いた場合、アニーリング温度は53℃が最適であり、クローンテックのアドバンテージ2を用いた場合は54℃が最適ではあったが、45.0℃〜65.0℃のアニーリング温度範囲であれば、安定してPCRすることが可能であった。なお、増幅されたDNA断片はいずれのフジツボにおいても約350bpの長さであった。
アガロース電気泳動にて増幅を確認したPCR産物からエタノール沈澱によりDNAを回収し、その一部を塩基配列決定に供した。PCR産物に99.5%エタノール50μL、3Mの酢酸ナトリウム(和光純薬製)2μL、125mMのEDTA(和光純薬製)2μLを加え、撹拌混合して15分間室温で静置した後、13800gで20分間遠心分離処理した。沈澱はさらに70μLの70%エタノールで洗浄し、得られた沈澱を乾燥後、6μLの純水(脱塩蒸留水、無菌、DNase、RNaseフリー、和光純薬)に溶解した。回収されたPCR産物(鋳型DNA)1μLと配列番号1に記載された塩基配列からなるプライマーを用い、Big Dye Terminator Cycle Sequencing Kit(アプライドバイオシステムズ)により、サイクルシーケンス反応を行った。反応は、96℃10秒間、50℃5秒間、60℃4分間を25サイクル行い、終了後、再度エタノール沈澱を行った。得られた乾燥標品にHiDi Formamide(アプライドバイオシステムズ)20μLを加え、95℃で2分間の反応後、サンプルをDNAシーケンサーABI PRISM 310に供してシーケンシングを行った。また、塩基配列のデータはDNASIS Pro(日立ソフトウェアエンジニアリング)を用いて解析した。
各種フジツボ総DNAを鋳型とし、配列番号3及び配列番号4に記載された塩基配列からなるプライマーを用いて得られた12S rRNA遺伝子を含むDNA断片のシーケンシングの結果のうち、アカフジツボ、キタアメリカフジツボ、ミネフジツボ、アメリカフジツボ、タテジマフジツボ、サラサフジツボ、シロスジフジツボ、サンカクフジツボ、チシマフジツボ、クロフジツボ、カメノテ、イワフジツボ、ケハダカイメンフジツボ、ムツアナフジツボ、エボシガイの結果を図1に示す。また、残りのフジツボ種のシーケンシング結果を図9に示す。さらに、これらの塩基配列を配列番号7〜33に示す。なお、解析領域は、得られたDNA断片のうち、全てのサンプルで塩基配列が決定できた領域である297bp〜305bpの範囲とした。図1及び図9に示した各塩基配列はそれぞれの種において最も出現頻度の高かった塩基配列である。図1において、「:」はアカフジツボと同じ塩基であることを表し、「−」は塩基配列が欠損している部分を表している。図1に示すように、便宜上、比較するDNA断片の塩基に1から311まで番号をつけた。このなかで、種間で変異の大きい領域とほとんど変異のみられない領域があったが、特に55番付近、70番付近、130番付近、172番付近、222番付近などは変異の大きな領域であった。なお、同一の鋳型DNAから12S rRNA用プライマーを用いてジーンタック、アドバンテージ2の2種類のTaqポリメラーゼにより増幅した場合、得られた塩基配列データは全く同じであった。
次に、図1に示す各種フジツボの塩基配列に基づいて、フジツボ15種の12S rRNA遺伝子解析領域のDNA塩基配列を比較検討し、汚損性のアカフジツボに特異的な領域の特定を行ったところ、リアルタイムPCRにおいて高精度に測定できると考えられている80〜120bpのDNA断片を挿むプライマー結合部位として、56番目から81番目の塩基配列と122番目から145番目の塩基配列とを選定することができた。そこで、これらの塩基配列を基に、配列番号1記載の塩基配列からなるプライマー(以下、RTMr12S−Fと呼ぶ)と、配列番号2記載の塩基配列からなるプライマー(以下、RTMr12S−Rと呼ぶ)を合成(シグマジェノシス)した。
合成したプライマーRTMr12S−FとRTMr12S−Rについて、上記方法により得られたアカフジツボ成体並びにタテジマフジツボ成体の鋳型DNAを用いてPCRを行い、このプライマーセットの有効性とPCRの最適条件について検討した。PCRは基本的には上述の方法に従い、タカラPCRサーマルサイクラーDice(TP600)のグラジエント機能を利用して最適アニーリング温度の検討を行なった。PCR産物はアガロースゲル電気泳動(3%アガロース)後にSYBR Safe(インビトロジェン)によるDNAバンドの可視化により検出した。また、PCRにおけるサイクル数を35サイクルから25サイクルに変化させることで、定量的検出が可能かどうかを調べた。なお、タテジマフジツボは日本の沿岸に広く生息するフジツボであるとともに、実験室内での飼育法が確立していることから、アカフジツボの対照種として実験に用いた
アニーリング温度の検討を行った結果、59℃でもっとも増幅効率が高かったため、この温度でのPCRを行なうこととした。PCRの結果、アカフジツボ成体から調製したDNAを鋳型とした場合は、PCR産物をアガロース電気泳動に供した場合、100bp以下の低分子領域にシングルバンドが確認できた。これは、プライマーRTMr12S−FとRTMr12S−Rにより増幅した84bpのDNA断片であると考えられた。また、35サイクルのPCRでは鋳型DNAの量によるバンドの差は見られなかったが、図2に示すように、25サイクルの反応を行なうことでバンドの濃淡が1〜10ng/μL(反応液の最終濃度)の範囲で確認された。一方、タテジマフジツボ成体から調製したDNAを鋳型にした場合は上記の濃度範囲でバンドは確認されなかった。また、アカフジツボDNAとタテジマフジツボDNAを混合した鋳型DNAを用いた場合にも、アカフジツボDNAの量に依存したPCR産物量(バンドの濃淡)が観察された。以上の結果から、プライマーRTMr12S−FおよびRTMr12S−RはアカフジツボミトコンドリアDNA上の12S rRNA遺伝子の特定領域を特異的に認識して増幅すると考えられた。
(実施例2)
フジツボ幼生から総DNAを抽出するための条件について、アカフジツボのノープリウス幼生を用いて検討を行った。
アカフジツボノープリウス幼生のエタノールへの固定を行った。即ち、実験室内でアカフジツボ成体から孵出したノープリウス幼生をその日のうちに回収して海水をできるだけ除いた後、99.5%エタノールを十分量加えて、アカフジツボノープリウス幼生固定溶液を調製した。この溶液は4℃で保存した。
次に、以下(1)〜(3)に示すDNA抽出処理について検討した。(1)のDNA抽出処理は、アカフジツボノープリウス幼生を0、25、50、100個体を含むエッペンドルフチューブ(すべてエタノールを乾燥させたもの)をそれぞれ3個ずつ用意して行った。(2)のDNA抽出処理は、アカフジツボノープリウス幼生を0、1、10、100個体を含むエッペンドルフチューブ(すべてエタノールを乾燥させたもの)をそれぞれ4個ずつ用意して行った。(3)のDNA抽出処理は、アカフジツボノープリウス幼生を0、1、10、100個体含むエッペンドルフチューブ(すべてエタノールを乾燥させたもの)をそれぞれ5個ずつ用意して行った。
(1)インビトロジェン社のEasy−DNAキットを用い、このキットに添付されたマニュアルに従ってDNA抽出を行った。即ち、DNA抽出用試料に50μLのリシスバッファーを加えてプラスチックペッスルですり潰し、さらに300μLのリシスバッファーを加えて65℃で10分間処理した。次にDNA沈澱用バッファー150μLを加えて強く撹拌混合処理し、さらにクロロホルム500μLを加えた後、13800gで15分間遠心分離処理してDNAの含まれる水層を別のチューブに移した。これに氷冷した99.5%エタノールを1mLを加え撹拌混合処理し、0℃で30分間静置してDNAを沈澱させ、遠心分離処理した後エタノールを除き、さらに氷冷80%エタノール500μLを加えて沈澱させた。最終的に得られたDNA沈澱は、風乾させた後に50μLのTEバッファーに溶解した。
(2)乾燥させたサンプルの入った1.5mLエッペンドルフチューブに240μLのTEバッファー、15μLのリシスバッファー、7.5μLのDNA沈澱用バッファー、3.75μLのProtein Degrader(Proteinase K, 5mg/ml)を加えて60℃で一定時間(1、2または24時間)インキュベートし、その後225μLのリシスバッファー、90μLのDNA沈澱用バッファーを加えて強く撹拌混合処理をし、さらに562.5μLのクロロホルムを加えて強く撹拌混合処理をし、13800gで15分間遠心分離処理してDNAの含まれる水層を別のチューブに移した。これに氷冷した99.5%エタノールを750μL加え撹拌混合処理し、0℃で30分間静置してDNAを沈澱させ、遠心分離処理した後エタノールを除き、さらに氷冷80%エタノール500μLを加えて沈澱させた。最終的に得られたDNA沈澱は、風乾させた後に50μLのTEバッファーに溶解した。
(3)キアゲン社のDNeasy Tissue Kitによるシリカゲル膜を利用したDNA抽出を行った。基本的にはこのキットに添付されたマニュアルに従って抽出した。即ち、DNA抽出用試料に180μLの抽出用バッファー(ATL buffer)と20μLのProteinase Kとを加えて撹拌混合処理した後、55℃で一定時間(1、2または24時間)インキュベートした(Proteinase K処理)。さらに200μLのバッファー(AL)を加えて撹拌混合処理した後、70℃で10分間インキュベートした。次に、200μLの99.5%エタノールを加えて撹拌混合処理した後、2mLのCollection TubeにセットしたDNeasy Mini Spin Columnに処理サンプルを供した。このチューブを1分間遠心分離処理して素通り画分を除いた後、Spin Columnのシリカゲル膜フィルターに吸着したDNAをBuffer AW1およびAW2で洗浄し、最終的には100μLの溶出バッファー(Buffer AE)によりDNAを溶出し、回収した。
DNA抽出処理後の試料をリアルタイムPCRによる定量的解析に供して、Ct(Threshold Cycle)値を測定することにより、試料間のDNA抽出ばらつきを評価した。リアルタイムPCRによる定量的解析は、SYBR Premix Ex Taq(タカラバイオ)を用いたインターカレーター法により行った。反応液は、純水9.5μL、プライマーRTMr12S−F(10μM)、RTMr12S−R(10μM)それぞれ0.5μL(最終濃度0.2μM)、鋳型DNAを2μL、そしてSYBR Premix Ex Taq(x2)を12.5μLを混合して調製した。装置はSmart Cycler II(Cephied社)を使用して、95℃で初期変性した後、95℃を5秒、60℃を20秒のPCRを40サイクル繰り返し、最後に融解曲線確認のための反応(60℃−95℃)を実施した。そして反応後、各試料のCt(Threshold Cycle)値を測定した。
その結果、上記(3)のDNA抽出処理を行った場合に試料間のCt値ばらつきが最も少ないことが明らかとなった。また、上記(1)のDNA抽出処理を行った場合よりも上記(2)のDNA抽出処理を行った場合の方が試料間のCt値ばらつきを抑えることができた。さらに、Proteinase Kを添加した後のインキュベート時間を1、2および24時間とした場合でもCt値はほとんど同じであった。
したがって、DNeasy Tissue Kitによるシリカゲル膜を利用したDNA抽出処理を採用することが好適であることがわかった。また、Proteinase Kを添加した後のインキュベート時間を1時間として処理時間の低減を図れることがわかった。
また、アカフジツボ幼生をエッペンドルフチューブに収容し、乾燥後、ジルコニアボール(直径2mmまたは3mm)を数個(3〜5個)加えて、強く震盪することで幼生を破砕し、その後、上記(3)のDNA抽出をしたところ、試料間のCt値ばらつきをさらに抑えて、定量の再現性及び精度を向上できることが明らかとなった。この破砕処理を行うことで、クチクラの殻が硬いためにDNA抽出ばらつきが出やすいキプリス幼生についても、DNA抽出ばらつきを抑えて、定量の再現性及び精度を向上することができることが明らかとなった。
また、融解曲線を確認した結果、温度ピークがすべて単一であった。したがって、目的の増幅産物(84bpのDNA断片)のみが得られ、その定量が行われたことが明らかとなった。
尚、上記(1)及び(2)のDNA抽出処理を行った場合には、上記(3)のDNA抽出処理を行った場合と比較して試料間のCt値ばらつきが若干大きくなったものの、これらのDNA抽出方法を否定するものではなく、試料のすり潰し操作や、DNA沈殿の回収操作の試料間ばらつきを抑えることで、また、上記の破砕処理をDNA抽出処理前に実施することで、上記(3)のDNA抽出処理を行った場合と同程度のCt値ばらつきを達成することができると考えられる。
(実施例3)
アカフジツボ幼生に対する特異性と定量性について、プライマーRTMr12S−F及びRTMr12S−Rを用いたリアルタイムPCRにより評価した。
実験室内でタテジマフジツボ、アカフジツボ及びオオアカフジツボ成体から孵出したノープリウス幼生を数時間以内に回収(ほとんどがII期ノープリウス)し、海水をできるだけ除いた後、99.5%エタノールを十分量加えて、それぞれのノープリウス幼生をエタノールに固定してノープリウス幼生固定溶液を調製し、これを4℃で保存した。ノープリウス幼生固定溶液は、1.5mLのエッペンドルフチューブにアカフジツボではそれぞれ1、2、5、10、20、50および100個体の幼生を、タテジマフジツボとオオアカフジツボではそれぞれ100個体の幼生を収容した。DNA抽出処理は実施例2(3)と同様の処理とした。最終的に得られた100μLのDNA溶液から2μLを鋳型とし、実施例2に示したリアルタイムPCRに供した。
アカフジツボのノープリウス幼生のリアルタイムPCRの結果を図3に示す。図3中のCt値は異なる3バッチのアカフジツボのノープリウス幼生から得られた鋳型DNAを用いた3回の実験の平均値を示し、エラーバーは標準誤差を示している。1、2、5、10、20、50および100個体の幼生から抽出されたDNAを鋳型としたリアルタイムPCRのそれぞれの反応液には最終的には、0.02、0.04、0.1、0.2、0.4、1および2個体相当の幼生が含まれることになる。このように、非常に少ない幼生個体数であっても、幼生個体数の対数とCt値との間に高い相関性が認められることが確認された。すなわちアカフジツボのノープリウス幼生ではDNA抽出液100mL中に1個体以上存在する場合、プライマーRTMr12S−F及びRTMr12S−Rを用いたリアルタイムPCRにより、高い定量性をもって検出できることがわかった。アカフジツボのノープリウス幼生の個体数が未知のサンプルにおいても、リアルタイムPCRを実施し、そのCt値を測定することで、正確な幼生個体数の推定ができると考えられた。
次に、タテジマフジツボとアカフジツボの近縁種であるオオアカフジツボのノープリウス幼生を用いて同様の実験を行った結果を図4に示す。図4において●はアカフジツボ、■はタテジマフジツボ、▲はオオアカフジツボの結果を表している。図4に示すように、鋳型DNAを含まない対照区(アカフジツボ幼生0個体)と同様にCt値は34以上でであることが確認された。したがって、今回設計したプライマーRTMr12S−F及びRTMr12S−Rはアカフジツボに特異的なものであり、タテジマフジツボのDNAを鋳型とした場合は勿論のこと、近縁種のオオアカフジツボのDNAを鋳型にした場合でも、遺伝子増幅は起きないことが明らかとなった。
そこで、アカフジツボと、アカフジツボの近縁種であるオオアカフジツボの12S rRNA遺伝子解析領域の塩基配列について比較検討を行った。結果を図5に示す。図5において、ACTAGTはSpeI認識配列を示し、下線部はプライマーRTMr12S−F及びRTMr12S−Rと相補的な領域を、囲い文字および二重下線部はアカフジツボとオオアカフジツボとで異なる塩基配列部分を示している。オオアカフジツボの12S rRNA遺伝子解析領域の塩基配列データにおいて、プライマー認識部分でのアカフジツボとの塩基配列の相違はRTMr12S−Fで2塩基、RTMr12S−Rでは1塩基であった。つまり、この1〜2塩基の違いによってアカフジツボの近縁種であるオオアカフジツボの遺伝子を増幅させることなく、アカフジツボの遺伝子のみの増幅が可能であることが明らかとなった。このことから、RTMr12S−FとRTMr12S−Rに基づき、配列番号5記載の塩基配列からなるオリゴヌクレオチドを含むプライマーと、配列番号6記載の塩基配列からなるオリゴヌクレオチドを含むプライマーとからなるプライマーセットを合成することで、オオアカフジツボの遺伝子のみの増幅が可能であると考えられる。また、図1に示す12S rRNA遺伝子解析領域の塩基配列データから、アカフジツボ以外の種ではプライマー認識領域における変異が多いため、PCRによる増幅は起きないと推測され、さらに、図9に示す12S rRNA遺伝子解析領域の塩基配列データからもアカフジツボ以外の種ではプライマー認識領域における変異が多いため、PCRによる増幅は起きないと推測された。尚、図9における下線部は、アカフジツボのプライマー認識領域に対応する塩基配列部分である。本発明のプライマーセットを用いれば複数種のフジツボ幼生が混在した被験試料中からアカフジツボの幼生のみを特異的に検出・定量することができると考えられた。
そこで、複数のプランクトンが混在している被験試料を用いて、アカフジツボの幼生のみを特異的に検出・定量できるか確認した。
プランクトンは以下のようにして得た。即ち、2006年9月5日および10月11日に東京湾内でプランクトンネット(ノルパック、口径50cm)を用いて約8mの鉛直曳きによりプランクトンサンプルの採集を行った。これにより約1600L分の海水中のプランクトンが採集されたことになる。採集したプランクトンは実験室に持ち帰った後、100μm(13XX)と1mm(20GG)の目開きのメッシュを用いてフジツボ幼生が含まれる画分を得た。つまり、フジツボ幼生は、1mmのメッシュを素通りし、100μmのメッシュでトラップされるので、1mm以上の大型プランクトンはあらかじめ除去して解析に供した。得られたプランクトンサンプルは海水を除いた後、99.5%エタノールを加えて固定し、4℃で保存した。
尚、9月〜10月にかけては、東京湾内でアカフジツボ幼生が採集されることは無いため、採集したプランクトンサンプルにアカフジツボ幼生が含まれることは無い。
次に、得られたプランクトンサンプルを固定したエタノールを20等分してチューブに収容した。つまり、1チューブあたり80L分の海水から採集された混合プランクトンを含むことになる。そして、それぞれのチューブにアカフジツボノープリウス幼生を1、2、5、10、20、50または100個体加えたものをDNA抽出用サンプルとした。尚、1本のチューブに含まれる混合プランクトンを沈澱させた時の体積は約200μLであり、これはアカフジツボノープリウス幼生約12500個体分に相当する。すなわち、解析したサンプルにはアカフジツボノープリウス幼生の125〜12500倍の体積のプランクトンが含まれていることになる。アカフジツボノープリウス幼生のみのサンプルと同様に、それぞれの混合プランクトンを含むサンプルをDNA抽出処理し、リアルタイムPCRを行った。DNA抽出処理は実施例2(3)と同様の処理とし、最終的に得られた100μLのDNA溶液から2μLを鋳型とし、実施例2に示したリアルタイムPCRに供した。
結果を図6に示す。●はアカフジツボノープリウス幼生だけを含むサンプルの結果(図3と同じ)であり、□はアカフジツボノープリウス幼生と野外採集混合プランクトンを含むサンプルの結果である。また、図6におけるCt値は異なる3バッチのサンプルから得られた鋳型DNAを用いた3回の実験の平均値を示し、エラーバーは標準誤差を示している。野外採集プランクトンサンプル(アカフジツボ幼生は含有しない)を体積比で標的アカフジツボ幼生の102〜104倍量以上含んでいても、アカフジツボ幼生の定量性には影響を与えないことが判明した。さらに、別の時期にも海域で採集したプランクトンサンプルを用いて実験を行ったが、アカフジツボ幼生の定量には影響を及ぼさないことが確認された。
尚、野外採集プランクトンサンプルのみをDNA抽出処理し、リアルタイムPCRに供した結果、Ct値が36.9、34.03、36.47、36.6となり、図3に示したアカフジツボ幼生が0個体の試料の場合と同じ結果が得られた。つまり、野外採集プランクトンサンプルは、アカフジツボ幼生の定量には何ら影響を及ぼすことがないことがこの点からも明らかである。
(実施例4)
フジツボ幼生は、I期ノープリウス幼生として孵化後すぐにII期ノープリウスとなり、その後は、海水中の植物プランクトンを餌として取り込んで成長する。そしてVI期ノープリウス幼生を経て摂餌をしない付着期のキプリス幼生となる。成長に伴い、サイズ、細胞数が増加するため、標的となる12S rRNA遺伝子の1個体当たりのコピー数も増加することになる。したがって、幼生個体数が同じであってもリアルタイムPCRの結果示されるCt値も幼生の発生段階で異なってくる。そこで、幼生の最終段階であるアカフジツボキプリス幼生を用いて、アカフジツボノープリウス幼生と同様の実験を行なった。
実験室内でアカフジツボ成体から孵出したノープリウス幼生の一部を、珪藻Chaetoceros gracilisを餌として与え、キプリス幼生まで飼育し、ノープリウス幼生と同様に海水をできるだけ除いた後、99.5%エタノールを十分量加えて固定し、4℃で保存した。エタノールで固定した後、1.5mLのエッペンドルフチューブに1、2、5、10、20および50個体のキプリス幼生を収容し、ノープリウス幼生と同様に、DNA抽出処理し、リアルタイムPCRを行った。DNA抽出処理は実施例2(3)と同様の処理とし、最終的に得られた100μLのDNA溶液から2μLを鋳型とし、実施例2に示したリアルタイムPCRに供した。
結果を図7に示す。図7において、●は初期ノープリウス幼生の結果(図3と同じ)であり、△はキプリス幼生の結果である。また、図7におけるCt値は異なる3バッチの幼生から得られた鋳型DNAを用いた3回の実験の平均値を示し、エラーバーは標準誤差を示している。この結果から、キプリス幼生1個体に対応するCt値は、初期ノープリウス幼生約5個体分に対応することが判明した。例えば図7においてCt値が20の場合の個体数をみてみると、キプリス幼生では約4個体、初期ノープリウス幼生では約20個体に相当することが読み取れる。すなわち、キプリス幼生と初期ノープリウス幼生の標的鋳型DNAの量比は、およそ5:1であると考えられる。これらの幼生のサイズを体積換算すると、II期ノープリウス幼生からキプリス幼生で約5〜10倍になることが推定される(R. Kado and R. Hirano (1994). Larval development of two Japanese megabalanine barnacles, Megabalanus volcano (Pilsbry) and Megabalanus rosa (Pilsbry) (Cirripedia, Balanidae), reared in the lanoratory. J. Exp. Mar. Biol. Ecol. 175, 17-41.に記載された実測値から推定。)。このことから、この5:1という値はおおよそフジツボ幼生の体積を反映していると考えられる。また、それぞれの幼生のグラフでの直線の傾きはほぼ同じであることから、幼生の個体数によらず正確な定量が可能であると考えられる。
以上の結果から、実際に野外採集プランクトンサンプルに含まれるアカフジツボ幼生の個体数を、キプリス幼生に換算した値として、または初期ノープリウス幼生に換算した値として算出できることが明らかとなった。また、本実施例により、Ct値から換算される幼生個体数の発生段階による相違が最大でも5倍程度であることが明らかとなった。付着期前の比較的短期間(1ヶ月以内)に幼生の出現ピークがあることと、その際の幼生数の増加率は、5倍という値に比較して圧倒的に大きな値になることとを勘案すると、今回開発されたリアルタイムPCRによるアカフジツボ幼生の定量的検出は、実海域での付着時期予測に十分適用可能と考えられる。