図1に,実施形態による量子通信システムの概略図を示す.
送信装置1が,送信者側に置かれている.送信装置1は,送信側局所操作器2,源3,及び送信側コンピュータ4を備える.
受信装置5が,受信者側に置かれている.受信装置5は,受信側局所操作器6,確率的局所操作器7,及び受信側コンピュータ8を備える.
量子チャンネル9が,源3と確率的局所操作器7及び受信側局所操作器6を接続している.量子チャンネル9は,例えば,光ファイバや自由空間等で構成される.
公衆チャンネル10が,双方のコンピュータ4と8を接続している.公衆チャンネル10は,例えば,電話回線やインターネット回線等で構成される.
図2に,実施形態による量子通信方法のフローチャートを示す.
以下,制限的意味なく,各々の系が2準位系である場合を例に挙げて説明する.以下の説明中,|0>及び|1>は計算基底(computational basis)をディラックのブラケット記法で表したものである.
シュミット分解(Schmidt decomposition)の定理より,各々が2準位系の2体系AとBが部分的にのみ,即ち非最大限にエンタングルした純粋状態(pure state)は,一般性を失うことなく次のように書ける:
ここで,重ね合せの重み係数αとβは,α2+β2=1を満たす負でない実数であり,シュミット係数(Schmidt coefficient)と呼ばれる.式(1)は,αとβの値が異なるから,非最大エンタングル状態(non-maximally entangled state)を表す.なお,α=βの場合を最大エンタングル状態(maximally entangled state)という.
予め送受信者間で,式(1)のαとβの具体的な値を決めておく(図2の手順S0).αとβの値は送信者と受信者しか知らず,公表しないものとする.源3が,式(1)のαとβにその具体的な値を代入した状態の系ABを複数対生成する.
源3は,例えば,パラメトリック下方変換(Parametric Down Conversion)を行うセットアップで実現できる.αとβの値は,非線形光学結晶に入射させるポンプ光の偏光方向で自在に調整できる(例えば,下記文献[1]参照).その偏光方向は波長板の回転角度で自在に調整できる.
[1] Phys. Rev. Lett. 83, 3103 (1999).
源3によって生成される各量子エンタングルメントの一方の片割れ系Aは,送信装置1で保持し,他方の片割れ系Bは,量子チャンネル9を通じて,受信装置5に取得される.このようにして,送信装置1と受信装置5で,式(1)の量子エンタングルメントを複数対共有する(図2の手順S1).
なお,送信側コンピュータ4と受信側コンピュータ8は,それぞれ各量子エンタングルメントを識別できる.この点について説明する.
源3から量子エンタングルメントが出射される毎に,送信側コンピュータ4は,その片割れ系Aと対応付けられた識別情報を記憶する.受信側コンピュータ8も,受信装置5が片割れ系Bを取得する毎に,片割れ系Bと対応付けられた識別情報を記憶する.これら識別情報は,時刻又は順番を表す時間スロットの情報である.
受信装置5での識別情報は,送信装置1での識別情報と対応がとれている.即ち,各量子エンタングルメントの各片割れ系の時間スロットは,送受信装置間で同期(コインシデンス; coincidence)がとれている.従って,双方のコンピュータ4と8で,対応する識別情報によって同一の量子エンタングルメントを特定できる.識別情報は,いわば各量子エンタングルメントに割り当てたラベルである.
次に,受信装置5の確率的局所操作器7が,各量子エンタングルメントの片割れ系Bに対し,αとβに依存する成功確率で,そのエンタングル量を最大値に高めることができる確率的局所操作を行う(図2の手順S2).
本実施形態では,確率的局所操作として,間接測定を行う.間接測定とは,対象とする量子系,ここでは片割れ系Bそれ自体を量子測定するのではなく,これをアンシラ(ancilla)系と相互作用させてから,そのアンシラ系を量子測定する操作をいう.
図3に,間接測定のための量子回路を示す.便宜上,図3には,送受信装置間で共有した複数対の量子エンタングルメントのうちの1対のみを代表して示す.
制御NOT素子(controlled NOT gate)7a,及び射影測定(projective measurement)器7bが,図1の確率的局所操作器7を構成する.
制御NOT素子7aは,例えば,ビームスプリッタの組み合わせで実現できる(例えば,下記文献[2][3][4]参照).射影測定器は,例えば,波長板と光子検出器とを用いて実現できる.射影測定の基底は,波長板の回転で自在に調整できる.
[2] Phys. Rev. A 65, 012314 (2001).
[3] Phys. Rev. A 66, 024308 (2002).
[4] Phys. Rev. A 68, 032316 (2003).
初期状態|0>のアンシラ系Cが準備される.制御NOT素子7aは,系Bを制御量子ビット(control qubit)とし,アンシラ系Cを標的量子ビット(target qubit)として,系BCをユニタリ発展させる.これにより,全系ABCが次の状態に移行する.
次に,射影測定器7bが,アンシラ系Cに対し,以下の状態(3)と(4)を基底にもつ射影測定を行う.なお,αとβの値は,送信者と受信者しか知らないから,このような射影測定を盗聴者等の第三者が行うことはできない.
この射影測定で,アンシラ系Cが式(3)の状態|ψ>に射影される確率は次式(5),式(4)の状態|ψ⊥>に射影される確率は次式(6)に示す通りである.いずれもシュミット係数αとβに依存している.
また,この射影測定で,アンシラ系Cが式(3)の|ψ>に射影されたとき,系ABは,いわゆるEPR(Einstein Podolsky Rosen)状態,即ち最大エンタングル状態に移行する:
この式(7)は,間接測定の成功を示す.間接測定では,系Bを測定する訳ではないから,系ABのエンタングル状態をリソースとして利用可能に保ったまま,最大エンタングル状態に移行させることができる.
受信側コンピュータ8が,間接測定結果,即ちアンシラ系Cに対する射影測定結果を,その間接測定に供された系Bの識別情報と対応付けて記憶する.
次に,受信側コンピュータ8は,間接測定結果のヒストグラムを求め,そのヒストグラムが,理論が与える確率(5)及び(6)と整合するか否かを判定する(図2の手順S3).この判定により,量子エンタングルメントが適切に共有されたか否かが分かる.
例えば,量子チャンネル9を伝播中の系Bが,第三者によって盗聴されたとする.その盗聴行為は系Bの量子状態を必ず乱すから,式(3)の結果を得る度数と式(4)の結果を得る度数の比が,確率(5)と(6)の比から逸脱することになる.即ち,ヒストグラムが,理論が与える確率と整合しなくなる.従って,系Bに対する盗聴を検知できる.
このように,間接測定結果のヒストグラムを観察するだけで,量子エンタングルメントが適切に共有されたか否かの判定を簡便に行える.
受信側コンピュータ8は,間接測定結果のヒストグラムが確率(5)及び(6)と整合しないと判定した場合(図2の手順S3;NO),即ち系Bに対する盗聴行為があったと判定した場合,その旨を送信側コンピュータ4に伝える.この場合,送信装置1と受信装置5は,αとβの値を変更し(図2の手順S4),再び手順S1に戻る.
なお,αとβの値そのものは公表しないため,予め,図2の手順S3でNOと判定された場合に備えて,図2の手順S0で,αとβの複数の候補を送受信者間で定めておく.
一方,受信側コンピュータ8は,間接測定結果のヒストグラムが確率(5)及び(6)と整合する場合(図2の手順S3;YES),即ち量子エンタングルメントが適切に共有されたと判定した場合は,アンシラ系Cが式(3)の状態|ψ>に射影されたイベント,即ち最大エンタングル状態への移行に成功したイベントの量子エンタングルメントの識別情報を送信側コンピュータ4に通知する(図2の手順S5).
次に,送信装置1と受信装置5は,その最大エンタングル状態に移行した系ABを用いて情報共有を行う.以下,具体的に説明する.
本実施形態によれば,この時点で,量子エンタングルメントが盗聴されることなく共有されたと分かっているから,1種類の測定基底だけを用いても安全性を確保できる.具体的には,次式で定義される直交基底{|+>,|−>}を用いる.
図4に,量子エンタングルメントを用いた情報共有の様子を示す.送信側射影測定器2aが,図1の送信側局所操作器2を構成する.受信側射影測定器6aは,図1の受信側局所操作器6を構成する.
送信側射影測定器2aが,最大エンタングル状態の片割れ系Aに対し,式(8)の基底{|+>,|−>}をもつ射影測定を行う(図2の手順S6).系Aは,確率1/2で状態|+>に射影され,確率1/2で状態|−>に射影される.
受信側射影測定器6bも同様,片割れ系Bに対し,基底が{|+>,|−>}の射影測定を行う(図2の手順S7).系Bも,確率1/2で状態|+>に射影され,確率1/2で状態|−>に射影される.
最大エンタングル状態では,片割れ系Aの射影測定結果と,片割れ系Bの射影測定結果とが必ず一致する.従って,最大エンタングル状態1対につき1ビットの情報を,送信装置1と受信装置5の間で共有できたことになる(図2のend).
以上のように,盗聴行為の有無の判定に供された量子エンタングルメントのうち,最大エンタングル状態に移行したものを情報共有に再利用できる.このため,盗聴行為の有無の判定に要する量子エンタングルメントのロスを抑制できる.
ところで,一般に,量子エンタングルメントを用いた情報共有には,局所操作と古典通信(LOCC:local operations and classical communication),具体的には,送信装置1による系Aの局所操作,受信装置2による系Bの局所操作,及び送信側コンピュータ4と受信側コンピュータ8の間の古典通信の3つの処理が必要である.
これら3つの処理の順番は任意である.図2には,古典通信(図2の手順S5)の後に,系AとBの局所操作(図2の手順S6とS7)を行う例を示したが,例えば,系AとBの局所操作の少なくとも一方を古典通信より先に行っても等価である.勿論,系AとBの局所操作の順番を入れ替えても等価である.
さらに,興味深いことに,系Bの確率的局所操作,系Aの局所操作,系Bの局所操作の3者の順番も任意である.例えば,図2で,系AとBの局所操作の少なくとも一方(図2の手順S6とS7の少なくとも一方)を,系Bの確率的局所操作(図2の手順S2)より上流に移動させても等価である.
このように,処理の順序の自由度が高いことは,重要なメリットである.以下,図5及び6を参照して具体例を述べる.
図5は,他の実施形態による量子通信方法のフローチャートである.図2同様,αとβを定め(図5の手順S0),量子エンタングルメントを複数対共有する(図5の手順S1).
次に,先に送信装置1で,系Aに対し,基底が{|+>,|−>}の射影測定を行う(図5の手順S2).この射影測定で系Aが状態|+>又は|−>(以下,数式中でこれらを複合同順で|±>と表記する.)に射影されたとき,系Bは次の状態に収縮する.
受信装置5では,制御NOT素子7aが,上式(9)の系Bを状態|0>のアンシラ系Cと相互作用させ,系BCを次の状態に移行させる.
次に,受信装置5で,系Bの間接測定,即ち系Cの射影測定を行う(図5の手順S3).なお,先の系Aの射影測定が行われた時点で,系Bは式(9)の純粋状態に確定し,系AB間のエンタングル関係も解消されているようにみえるが,それは送信者(送信装置1)にとってのことであり,受信装置5ではそれを検知し得ない.
なぜなら,系Bの間接測定は,系Aの射影測定と相対論の意味で空間的(space-like)に離れているからである.両事象を同時に把握できる観測者などいない.たとえ両事象が時間的(time-like)に離れていても,系Bの間接測定前に,系Aの射影測定を終えたことを受信装置5に知らせる必要がない.
確率的局所操作器7は,系Aが送信者にとって|+>又は|−>に確定していようがいまいが,とにかく系Aの量子状態が未確定であって系AB間のエンタングル関係が維持されているとみなして,系Bに対し図2の手順S2と全く同じ間接測定を行う.
ここで“系Aの量子状態が未確定”とは,言うまでもなく,純粋状態に確定していないという意味,即ち,系Aが式(1)の部分跡(partial trace)で得られる混合状態(mixed state)のままという意味である.
間接測定で系Cが式(3)の状態|ψ>に射影される確率は次式(11),式(4)の状態|ψ⊥>に射影される確率は次式(12)に示す通りである.
式(11),(12)は,それぞれ式(5),(6)と等しい.そこで,受信側コンピュータ8は,間接測定結果のヒストグラムが,確率(11)及び(12)と整合するか否かによって,盗聴の有無を判定する(図5の手順S4).この判定でNOの場合の動作は,図2の例と同じである.
この判定でYESの場合も,図2の例と全く同じく,受信側コンピュータ8は,系Cが|ψ>に射影されたイベントを,エンタングル量の最大化に成功したイベントとみなし,そのイベントの量子エンタングルメントの識別情報を送信側コンピュータ4に通知する(図5の手順S6).
以下,系Cが|ψ>に射影されたイベントを,エンタングル量の最大化に成功したイベントとみなしてよい理由を説明する.
系Cが|ψ>に射影されたとき,系BCは次の状態に移行する.
右辺の系Bの状態は,式(9)の左辺の系Aの状態と完全に一致している.
ここでは,1つの基底{|+>,|−>}について両者が一致することをみたが,式(9)の系Aの状態を任意の状態X|0>+Y|1>に置き換えても,式(13)に表れる系Bの状態は,対応する状態X*|0>+Y*|1>となる(ここでX,Yは任意の複素数,X*,Y*はそれらの複素共役である).
即ち,式(9)の系Aの状態と,式(13)に表れる系Bの状態とには,完全な量子相関がある.完全な量子相関は,最大エンタングル状態に特有の性質である.従って,系Cが|ψ>に射影されたイベントは,エンタングル量の最大化に成功したイベントである.
このように,送信者(送信装置1)にとって,系Aが純粋状態に確定していても,受信者(受信装置5)にとっては,系AB間のエンタングル関係は保たれたままなのであり,系Cを|ψ>に射影させることで,そのエンタングル量を最大化できる.
次に,系Cが|ψ>に射影されたイベントの系Bに対し,基底が{|+>,|−>}の射影測定を行う(図5の手順S7).式(13)の系Bの状態が,式(9)の系Aの状態と一致するから,この射影測定の結果は,系Aの射影測定(図5の手順S2)の結果と一致する.従って,エンタングル量が最大化された量子エンタングルメント1対につき1ビットの情報が,送信装置1と受信装置5の間で共有されたことになる(図5のend).
ところで,源3から出射した系Bが受信装置5に到達する前に,対応する系Aの射影測定が送信装置1でなされた場合に,源3から受信装置5に向かう途中の系Bから第三者が|+>か|−>かの情報を得ることができるか否かが問題となる.
この点,本実施形態では,リソースに非最大エンタングル状態を用いるため,系Aが|+>に射影された場合の式(9)の状態の系Bは|−>に射影されうるし,系Aが|−>に射影された場合の式(9)の状態の系Bは|+>に射影されうる.従って,第三者は,系Bを基底{|+>,|−>}で射影測定しても確定的な情報を得ることができない.
なお,図5で,手順S2とS7を入れ替えてもよい.即ち,先に図5の手順S2で,系Bに対し基底{|+>,|−>}の射影測定を行い,図5の手順S3で系Cが|ψ>に射影されたイベントをエンタングル量の最大化に成功したと判断してよい.この場合も,図5の手順S7で系Aに対する基底{|+>,|−>}の射影測定を行うと,結果は必ず系Bに対する射影測定結果と一致する.
図6は,さらに他の実施形態による量子通信方法のフローチャートを示す.図2同様,αとβを定め(図6の手順S0),量子エンタングルメントを複数対共有する(図6の手順S1).
次に,送信装置1で,系Aに対し,基底が{|+>,|−>}の射影測定を行う(図6の手順S2).これにより,送信者にとって,系Bは式(9)の状態に収縮する.
受信装置5では,制御NOT素子7aが,式(9)の系Bを状態|0>のアンシラ系Cと相互作用させ,系BCを式(10)の状態に発展させる.
次に,受信装置5で,先に系Bに対し,基底が{|+>,|−>}の射影測定を行う(図6の手順S3).例えば,この射影測定で系Bが|+>に射影されたとする.その場合,系Cは次の状態に収縮する.
次に,間接測定としての系Cの射影測定を行う(図6の手順S4).この間接測定で,式(14)の系Cが状態|ψ>に射影される条件付き確率(conditional probability)は次の通りである.
式(15)中の複号±は,先の系Aの射影測定(図6の手順S2)の結果に対応している.即ち,系Aが|+>に射影され,系Bも|+>に射影されたとき,系Cが|ψ>に射影される確率p(ψ|+,+)は4α2β2である.また,系Aが|−>に射影され,系Bが|+>に射影されたとき,系Cが|ψ>に射影される確率p(ψ|+,−)はゼロである.ここで,p(…)は条件付き確率を表す.
同様にして,p(ψ|−,+)=0,及びp(ψ|−,−)=4α2β2を確かめることができる.即ち,系Cが|ψ>に射影されたイベントでは,先に行われた系Aの射影測定結果と系Bの射影測定結果が必ず一致している.
なお,系AとBの測定基底を{|+>,|−>}に限らず,どのように選ぼうとも,系Cが|ψ>に射影されたイベントでは,系AとBの測定結果が一致する.つまり,系Cの|ψ>への射影は,事後選択(post selection)によって,系AとBの完全な量子相関を選び出している.従って,系Cが|ψ>に射影されたことは,エンタングル量の最大化に成功したことと等価である.
以上のように,ひとたび制御NOT素子7aで系BとCをエンタングルさせたならば,たとえ系Bの射影測定後でも,系Cを|ψ>に射影させることで,事後的に系ABのエンタングル量を最大化できる.
なお,このことは,確率的局所操作の成功の効果が,系Aの射影測定より過去に遡及しているとも解釈できる.けだし,これは系AB間,系BC間それぞれの量子エンタングルメントが,空間的のみならず時間的にも一体のものであることの表れであろう.このように解しても光速を超える情報伝達を許す訳ではないから,相対論には抵触しない.
結局,全確率の定理(law of total probability)より,系Cが|ψ>に射影される確率p(ψ)は,次の通りである.
この結果は式(5)及び(11)と等しい.同様に,系Cが|ψ⊥>に射影される全確率p(ψ⊥)が式(6)及び(12)と等しいことも確かめられる.そこで,受信側コンピュータ8は,系Cの射影測定結果のヒストグラムが,確率(16)と整合するか否かによって,盗聴の有無を判定する(図6の手順S5).この判定でNOの場合の動作は,図2の例と同じである.
この判定でYESの場合も,図2の例と全く同じく,受信側コンピュータ8は,系Cが状態|ψ>に射影されたイベントを,エンタングル量の最大化に成功したイベントとみなし,そのイベントの量子エンタングルメントの識別情報を送信側コンピュータ4に通知する(図6の手順S7).
この通知(古典通信)によって,送信者側では,どの系Aの射影測定結果が,対応する系Bの射影測定結果と等しいのかを特定できるから,その通知された量子エンタングルメント1対につき1ビットの情報が,送信装置1と受信装置5の間で共有されたことになる(図6のend).
なお,図6で,手順S2とS3を入れ替えてもよい.即ち,先に系Bの射影測定を行い,次に系Aの射影測定を行ってもよい.この場合も,図6の手順S4で系Cが|ψ>に射影されたイベントでは,系Aの射影測定結果と系Bの射影測定結果が一致する.
なお,以上説明した図2,5,又は6の方法で,送受信者間でビット列を共有した後は,そのビット列の一部を照らし合わせて誤り率を調べるようにしてもよい.さらに,誤り訂正(error correction)や秘匿性増強(privacy amplification)を行ってもよい.
ところで,以上の各実施形態で,間接測定(図2の手順S2,図5の手順S3,図6の手順S4)で系Cが式(4)の|ψ⊥>に射影された場合は,系ABは最大エンタングル状態とはならない.但し,この場合でも,系ABのエンタングル関係は保たれ,かつ系Cは系ABから分離可能(separable)となる.
そこで,系Cを破棄し,再度,初期状態|0>に準備した別のアンシラ系Dを,系Bと制御NOTゲート7aで相互作用させる.そして,上記同様,アンシラ系Dに対して,それに射影されたら系ABが最大エンタングル状態となるような状態を基底にもつ射影測定を行えば,系ABを最大エンタングル状態に移行させうる.
このようにして,1つの系Bに対し,系ABが最大エンタングル状態(目標エンタングル状態)に移行するまでに,間接測定を繰り返し行うことができる.これにより,間接測定の成功確率を式(5)の2α2β2よりも高めうる.けだし,間接測定の繰り返し数の増大に伴い,成功確率は次に述べる局所フィルタリングの成功確率2α2に漸近する.
以上,確率的局所操作として,間接測定を用いる例を述べた.確率的局所操作として,例えば,局所フィルタリング(local filtering)を用いてもよい.
図7に,局所フィルタリングの概念図を示す.以下,系が光子の場合を例に挙げて説明する.これまで述べた計算基底|0>が水平方向直線偏光状態|H>に対応し,計算基底|1>が垂直方向直線偏光状態|V>に対応する.
偏光フィルタ7c,及び光子検出器7dが,図1の確率的局所操作器7を構成する.
式(1)の部分跡で得られる系Bの状態は,確率α2で状態|H>,確率β2で状態|V>であるような混合状態(mixed state)である.ここでα<βとする.
非最大エンタングル状態を最大エンタングル状態に移行させるには,|HH>と|VV>のコヒーレンスを保ったまま,系Bを混合状態から完全混合状態(completely mixed state)I/2に移行させてやればよい.
偏光フィルタ7cは,状態|H>の光子に対する透過率が1,状態|V>の光子に対する透過率がα2/β2であるように構成されていることにより,自己を通過した光子を完全混合状態に移行させる.これにより,非最大エンタングル状態が最大エンタングル状態に移行する.
系Bとしての光子が偏光フィルタ7cを透過する確率,即ち局所フィルタリングの成功確率は,α2+β2(α2/β2)=2α2である.
偏光フィルタ7cが状態|V>の光子を1−α2/β2の反射率で反射し,反射された光子が光子検出器7dで検出される.検出器7dで光子が検出され無かったことをもって,光子が偏光フィルタ7cを透過したことを推定できるから,量子エンタングルメントをリソースとして利用可能に保ったまま,最大エンタングル状態に移行させることができる.
光子が偏光フィルタ7cを透過するか反射するかの判定は,次のPOVM(Positive Operator Valued Measure)で記述される.
このPOVMの第1番目の要素に対応する結果を得たとき,即ち光子が偏光フィルタ7cを通過したとき,式(1)の非最大エンタングル状態が,最大エンタングル状態に移行することは,次のクラウス表現(Kraus representation)でも確かめられる:
なお,偏光フィルタ7cを透過した光子が入射する位置に,図4の受信側射影測定器6aを配置すれば,受信側射影測定器6aによる結果が得られたことと同時に最大エンタングル化に成功したことも確認できる.
以上説明した偏光フィルタ7cは,例えば,誘電体多層ミラーよりなる部分偏光ビームスプリッタで構成できる.なお,偏光フィルタ7cは,必ずしも|H>の透過率が1でなくとも,自己を通過した光子が完全混合状態となるように構成されていればよい.また,エンタングル量を最大化に達しない範囲で高めるような確率的局所操作を行う場合は,局所フィルタリングは,片割れ系を完全混合状態に近づける構成であればよい.
図8に,確率的局所操作の成功確率の,シュミット係数依存性を示す.
横軸は,シュミット係数の2乗,具体的には式(1)のαをq0.5,βを(1−q)0.5とおいた場合のqの値を示す.P1は局所フィルタリングの成功確率,P2は間接測定の成功確率を示す.
成功確率の面では,局所フィルタリングP1が間接測定P2より有利である.但し,P1もP2もE91規約による量子エンタングルメントの利用効率2/9(≒0.2)以上の成功確率を達成しうることが分かる.ここで,量子エンタングルメントの利用効率とは,選別済鍵を形成した量子エンタングルメントの数の,送受信者間で共有する量子エンタングルメントの全数に対する割合をいう.P1はp≧0.11で,P2はp≧0.13で,2/9以上の成功確率を達成する.
図9は,確率的局所操作の成功確率と失敗確率の差及びエンタングル量の,シュミット係数依存性を示す.横軸は,図8と同じく,シュミット係数の2乗,qを示す.
D1は局所フィルタリングの成功確率と失敗確率の差,D2は間接測定の成功確率と失敗確率の差を示す.成功確率と失敗確率の差は,量子エンタングルメントが適切に共有されたか否かの判定のし易さの指標の一つである.第三者による盗聴行為は,この差を減少させる作用をもつので,理論が与える差は大きい程,正確な判定が行い易い.
エンタングル量Hには,フォンノイマンエントロピー(von Neumann entropy)を用いた.Hの値は特に限定されないが,最大エンタングル状態に近すぎると,即ちHが1に近すぎると,対を成す系Aが|+>又は|−>に確定した系Bを盗聴された場合の情報漏えいが生じ易くなる.従って,エンタングル量Hは,例えば0.9以下が好ましい.
エンタングル量Hが0.9以下となるqの領域の殆どでD2がD1より大きい.例えば,エンタングル量Hが0.87以下となるq≦0.29の領域のすべてでD2がD1より大きい.従って,成功確率と失敗確率の差の面では,間接測定D2が局所フィルタリングD1より有利である.
以下,量子エンタングルメントを用いた情報共有の他の例を述べる.情報共有のための局所操作(図2の手順S6とS7,図5の手順S2とS7,図6の手順S2とS3)として,図4には射影測定を示したが,以下の局所操作を採用してもよい.
図10は,量子テレポーテーションで情報共有を行う例を示す.送信者側での局所操作として,ベル測定(Bell state measurement)器2bが,任意の始状態に準備された系Xと系Aとに対してベル測定を行う.送信側コンピュータ4が,ベル測定結果を古典通信チャンネル10を通じて受信側コンピュータ8に通知する手順が追加される.受信者側での局所操作として,射影測定器6cが,系Bに対して,系Xの始状態を要素にもつ直交基底をベル測定結果に応じてユニタリ変換して得られる直交基底での射影測定を行う.これにより,量子エンタングルメント1対につき1ビットの情報を共有できる.
図11は,超稠密符号化で情報共有を行う例を示す.送信者側での局所操作として,ユニタリ変換器2cが,トレース内積(Trace inner product)が互いにゼロであるような直交する4種類のユニタリ演算子,典型的にはパウリ演算子から任意に選ばれる1つを系Aに施す.その系Aが量子チャンネル9を通じて受信装置5に送られる手順が追加される.受信者側での局所操作として,ベル測定器6cが系AとBに対してベル測定を行う.これにより,量子エンタングルメント1対につき2ビットの情報を共有できる.
図12は,エンタングルメントスワッピング(entanglement swapping)で情報共有を行う例を示す.送信者側での局所操作として,ベル測定器2bが,或る第1の系Aと,別の第2の系Aとに対しベル測定を行う.受信者側での局所操作として,ベル測定器6dが,第1の系Aと対をなす系Bと,第2の系Aと対をなす系Bとに対しベル測定を行う.これにより,量子エンタングルメント2対につき2ビットの情報を共有できる.
以下,送受信者間でのシュミット係数αとβの共有の仕方の例について述べる.
上述した図2,5,及び6の手順S0では,公知の量子鍵配送規約,例えば,BB84,B92(Bennett 92),BBM92,E91等を用いて,αとβの値を送受信者間で共有することができる(B92規約については下記文献[5]参照).
[5] Pys. Rev. Lett. 68, 3121 (1992).
量子鍵配送で共有する鍵データを,αとβの値にどのように対応付けるか,そのルールは古典チャンネル10を通じて公表し合ってよい.量子鍵配送でαとβの値を共有することで,送信者と受信者は,互いにいかなる秘密情報も共有しないまま,図2,5,及び6の規約に着手することができる.
また,その量子鍵配送規約がエンタングル状態を用いるものであれば,その量子鍵配送の遂行にも図1の構成を使うことができる.そのために,源3は,生成するエンタングル状態のシュミット係数が,最大エンタングル状態となる場合も含めて可変な構成であることが好ましい.送信側射影測定2aと受信側射影測定器6は,測定基底が可変な構成であることが好ましい.
エンタングル状態を用いる量子鍵配送規約としては,例えばE91等のようにベル不等式を満たすか否かの判定を行うもの,又は例えばBBM92等のように選別済鍵の誤り率の判定を行うものがセキュリティの面で好ましい.
送受信者間で或る量の情報を共有するに際し,公知の量子鍵配送規約だけを用いるよりも,αとβの値を定めた後に図2,5,及び6の手順S1以降の規約に移行した方が,全体としての手続きが簡素化されることは言うまでもない.
図13は,さらに他の実施形態による量子エンタングルメント共有システムを示す.
第1の通信装置11が,第1のパーティ(アリス)側に置かれる.第1の通信装置11は,確率的局所操作器11a,コンピュータ11b,及び局所操作器11cを備える.
第2の通信装置12が,第2のパーティ(クレア)側に置かれる.第2の通信装置12は,確率的局所操作器12a,コンピュータ12b,及び局所操作器12cを備える.
第3の通信装置13が,第3のパーティ(ボブ)側に置かれる.第3の通信装置13は,源13a,コンピュータ13b,及び局所操作器13cを備える.
源13aが,次式(19)で表される3体系エンタングル状態の量子エンタングルメントABCを複数生成する:
式(19)で,重ね合せの重み係数α,β,及びγは,|α|2+|β|2+|γ|2=1を満たす複素数である.これらの具体的な値は,予めアリス,ボブ,及びクレアで定めている.本実施形態では,α,β,及びγはいずれも(1/3)0.5でないものとする.
なお,式(19)の状態は,例えば,後述するW状態(W state)に局所操作を施すことで生成できる.そこで,源13aは,W状態を生成するセットアップ(例えば,下記文献[6][7][8][9]参照.)と局所操作器とを含んで実現できる.また,下記文献[10]は,直接的に式(19)の状態を生成しうることを示している.
[6] Journal of Modern Optics Volume 50, Issue 6-7, p1131-1138 (2003).
[7] Pys. Rev. Lett. 92, 077901 (2004).
[8] Pys. Rev. Lett. 95, 150404 (2005).
[9] Pys. Rev. Lett. 102, 130502 (2009).
[10] Ya-Hong Wang et al,“Preparation of partially entangled W stae and deterministic multi-controlled teleportation”Optics Communications 281,489-493 (2008).
また,アリス,ボブ,及びクレアは,式(19)のエンタングル状態とは別に,目標エンタングル状態を定めている.ここでは,目標エンタングル状態がW状態である場合を述べる.W状態とは,式(19)の重み係数の組{α,β,γ}を{(1/3)0.5,(1/3)0.5,(1/3)0.5}に置き換えた状態である.以下,式(19)の状態を目標エンタングル状態としてのW状態に移行させる操作を述べる.
第1〜第3の通信装置11〜13が,式(19)の3体系量子エンタングルメントABCを複数共有する.部分系Aは第1の通信装置11が取得し,部分系Bは第3の通信装置13で保持し,部分系Cは第2の通信装置12が取得する.
第2の通信装置12の確率的局所操作器12aが,各量子エンタングルメントの部分系Cに対し,次のPOVMで記述される局所フィルタリングを施す(但し,|β|2+|γ|2<|α|2とする.).
このPOVMの第1番目の要素に対応する結果を得たとき,即ち局所フィルタリングに成功したとき,式(19)は次式に移行する.
このように,第1項の重み係数を(1/3)0.5に移行させることができる.即ち,式(19)の状態をW状態に近づけることができる.
なお,本明細書においては,或るエンタングル状態を目標エンタングル状態に近づけるとは,重み係数を近づけることに限定されない概念である.目標エンタングル状態と或るエンタングル状態とで,基底や体系数が異なる場合もありうる.或るエンタングル状態がK回の確率的局所操作に成功して目標エンタングル状態に一致する場合,或るエンタングル状態に対してK回以下の確率的局所操作を成功させることは,目標エンタングル状態に近づけることである.
式(20)の局所フィルタリングの成功確率は,1.5(|β|2+|γ|2),失敗確率は|α|2−0.5(|β|2+|γ|2)である.いずれも,予め定めた重み係数に依存する.そこで,コンピュータ12bは,局所フィルタリングの成否の統計分布が,この成功確率の理論値と整合するか否か判定する.これにより,量子エンタングルメントが適切に3パーティで共有できたか否かが分かる.
コンピュータ12bは,この判定結果と,局所フィルタリングに成功した量子エンタングルメントを特定する識別情報とを,コンピュータ13bに通知する.なお,コンピュータ12bは,整合しない旨の判定をした場合も,局所フィルタリングに成功した量子エンタングルメントがあれば,その識別情報をコンピュータ13bに通知する.
一方,第1の通信装置11の確率的局所操作器11aは,各量子エンタングルメントの部分系Aに対し,次のPOVMで記述される局所フィルタリングを施す.
このPOVMの第1番目の要素に対応する結果を得たとき,即ち局所フィルタリングに成功したとき,式(21)の状態は次式の状態に移行する.
このように,第2項と第3項の重み係数も(1/3)0.5に移行させることができ,式(19)の状態をW状態に一致させることができる.
この局所フィルタリングの成功確率は,(1+3|β|2)/2,失敗確率は|γ|2−(1+3|β|2)/6である.いずれも,予め定めた重み係数に依存する.そこで,コンピュータ11bは,局所フィルタリングの成否の統計分布が,この成功確率の理論値と整合するか否か判定する.これにより,量子エンタングルメントが適切に3パーティで共有できたか否かが分かる.
コンピュータ11bは,この判定結果と,局所フィルタリングに成功した量子エンタングルメントを特定する識別情報とを,コンピュータ13bに通知する.なお,コンピュータ11bは,整合しない旨の判定をした場合も,局所フィルタリングに成功した量子エンタングルメントがあれば,その識別情報をコンピュータ13bに通知する.
以上では,部分系Cの局所フィルタリングを成功させた後に,部分系Aの局所フィルタリングを成功させた例を述べたが,これらの操作は因果関係にない.即ち,式(20)の各要素と式(22)の各要素は互いに可換(commutable)である.
従って,部分系Aの局所フィルタリンと部分系Cの局所フィルタリングの順番は逆でもよい.厳密に言えば,それらの操作は相対論の意味で空間的な関係にあるから,順番を議論することにそもそも意味がない.局所フィルタリングの順番が関係無いことは次のクラウス表現からも分かる:
以上のように,統計分布が成功確率と整合するか否かの判定結果と,局所フィルタリングに成功した量子エンタングルメントの識別情報とが,コンピュータ13bに集約される.コンピュータ13bは,管理役として,まずコンピュータ11b及び12bの上記判定結果を照合し,両者の少なくとも一方が,整合する旨の判定をしたか否かを調べる.
コンピュータ11b及び12bの双方が,整合しない旨の判定をした場合は,本規約を終了する.この場合,たとえ第1及び第2の通信装置11及び12の双方で局所フィルタリングに成功した量子エンタングルメントがあったとしても,それは破棄する.
一方,コンピュータ13bは,コンピュータ11b及び12bの少なくとも一方が,整合する旨の判定をした場合,両者11b及び12bからの上記識別情報の通知を照合し,第1及び第2の通信装置11及び12の双方で局所フィルタリングに成功したW状態となった量子エンタングルメントの識別情報を特定する.
このW状態の量子エンタングルメントが,量子情報規約のリソースに採用される.なお,すべての通信装置が,整合する旨の判定をした場合に限り,W状態(目標エンタングル状態)の量子エンタングルメントを採用することとしてもよい.
次に,コンピュータ13bは,その採用したW状態の量子エンタングルメントの識別情報を,コンピュータ11b及び12bに通知する(以下,この通知を採用通知という).そして,第1〜第3の通信装置11〜13は,そのW状態をリソースに用いて,量子情報規約を遂行する.
量子情報規約としては,例えば,量子鍵配送等の量子通信や量子計算等が挙げられる.どのような量子情報規約を遂行するかは当業者の設計事項である.なお,量子情報規約は,すべての通信装置で遂行するものに限られず,少なくとも2つの通信装置間で遂行するものでもよい.
量子情報規約の遂行には,一般にLOCCが用いられる.ここでのLOCCとは,具体的には,局所操作器11c〜13cの各々による局所操作と,コンピュータ11b〜13b間の古典通信とを指す.例えば,次の文献[11][12]に,W状態を用いたLOCCを伴う量子情報規約が開示されている.
[11] Jaewoo Joo et al,“Quantum teleportation via a W state”New J. phys. 5, 136.1-136.9 (2003).
[12] Chitra Shukla et al,“Improved protocols of sequre quantum communication using W states”arXiv: 1204.4573v1 [quant-ph] (2012).
なお,図5及び6で,情報共有のためのLOCCのLO(local operation:局所操作)を,確率的局所操作に成功した量子エンタングルメントの通知より先に行ったのと同様,本実施形態で量子情報規約の遂行たるLOCCのLOは,確率的局所操作に成功した量子エンタングルメントの,コンピュータ13bへの通知より先に行ってもよい.
この場合,そのLOがそれを行った通信装置にとって部分系を純粋状態に確定させるものであっても,他の通信装置は,自己の持ち分である部分系以外の対応する残りのすべての部分系の量子状態が未確定であるとみなして,自己の持ち分である部分系に確率的局所操作を行えばよい.
また,図2,5,及び6で,確率的局所操作に成功した量子エンタングルメントの通知が,その量子エンタングルメントを用いた情報共有のためのLOCCのCC(classical communication;古典通信)を兼ねたのと同様,本実施形態で,コンピュータ13bによるW状態の採用通知は,量子情報規約の遂行たるLOCCのCCを兼ねうる.
なお,本実施形態では,第3の通信装置13が管理役を果たしたが,一般には,少なくとも1つの通信装置が,目標エンタングル状態の採否を決めればよい.また,各通信装置が上記判定結果と確率的局所操作に成功した量子エンタングルメントの識別情報とを,他のすべての通信装置に通知するようにすれば,管理役が不要となる.
また,本実施形態では,確率的局所操作として,局所フィルタリングを述べたが,間接測定を行ってもよい.また,或る通信装置で局所フィルタリングを行い,他の通信装置では間接測定を行ってもよい.
また,本実施形態や図2,5及び6の例では,予め定めた重み係数の組を均一化する確率的局所操作を用いたが,目標エンタングル状態は,特に,W状態やEPR状態に限定されない.例えば,重み係数のばらつき度が高まるような確率的局所操作を行ってもよい.
また,共有する量子エンタングルメントの体系数は特に限定されない.N体系量子エンタングルメントを,第1〜第M(但し,2≦M≦Nとする.)の通信装置で共有することができる.本実施形態では,N=M=3の場合を述べたが,M<Nでもよい.その場合は,少なくとも1つの通信装置が複数の部分系を保有することになる.例えば,3体系量子エンタングルメントを2つの通信装置で共有してもよい.また,目標エンタングル状態の体系数をLとしたとき,N≠Lであってもよい.
なお,N≧3の多体系量子エンタングルメントとして,3体系W型状態の他,例えば,α|1000>+β|0100>+γ|0010>+δ|0001>と表される4体系W型状態,α|000>+β|111>と表される3体系GHZ(Greenberger Horne Zeilinger)型状態,α|0000>+β|1111>と表される4体系GHZ型状態,α|0000>+β|0011>+γ|0111>+δ|1011>と表されるχ(chi)型状態,α|0000>+β|0011>+γ|1100>と表される状態,α|0000>+β|0011>+γ|1100>−δ|1111>等と表されるクラスター(Cluster)状態,α|0000>+β|1111>+γ|0101>+δ|0110>+ε|1001>+ζ|1010>等と表される状態が例示される(但し,α〜ζは任意の複素数とする).
以上,実施形態に沿って本発明を説明したが,本発明はこれに限られない.
例えば,図7には,情報を光子の偏光状態にのせる偏光エンコードの例を示したが,光子が第1の時間位置に存在する状態と,この第1の時間位置より後の第2の時間位置に存在する状態との重ね合せ状態を用い,それら2つの成分の位相差に情報をのせる位相エンコードを用いてもよい.即ち,リソースに用いる量子エンタングルメントは,時間位置に関するものであってもよい.
また,量子状態を担う媒体たる系としては,その振る舞いが量子論で記述されるものであれば特に限定されず,例えば,光子,電子,中性子,その他の素粒子,フラーレンC60,その他の天然若しくは人工の原子若しくは分子,又は超伝導体その他の巨視系を用いることができる.この他,種々の変更,改良,及び組み合わせ等が可能なことは当業者に自明であろう.
以下,本願明細書の記載から抽出される好ましい態様を記載する.
(態様1)
予め送受信者間で定めたシュミット係数をもつ非最大エンタングル状態の量子エンタングルメントを,送信装置との間で複数対共有する受信装置であって,前記量子エンタングルメントの片割れ系に対し,対応する送信装置側の片割れ系の量子状態が未確定であるとした場合に,そのエンタングル量を前記シュミット係数に依存する成功確率で高めることができる確率的局所操作を行う確率的局所操作器と,前記確率的局所操作の成否の統計分布が前記成功確率と整合するか否か判定し,かつ整合する旨の判定をした場合に,前記エンタングル量が高められた量子エンタングルメントを用いた情報共有を,送信装置との間で行う受信側コンピュータとを備えた受信装置.
(態様2)
予め送受信者で定めたシュミット係数をもつ非最大エンタングル状態の量子エンタングルメントを複数対生成する源と,前記源が生成した各量子エンタングルメントの一方の片割れ系に対し,局所操作を行う送信側局所操作器と,前記送信側局所操作器による局所操作の結果を,その操作対象の量子エンタングルメントと対応付けて記憶する送信側コンピュータと,前記源が生成した各量子エンタングルメントの他方の片割れ系に対し,対応する送信者側の片割れ系の量子状態が未確定であるとした場合に,そのエンタングル量を前記シュミット係数に依存する成功確率で高めることができる確率的局所操作を行う確率的局所操作器と,前記源が生成した各量子エンタングルメントの他方の片割れ系に対し,局所操作を行う受信側局所操作器と,前記受信側局所操作器による局所操作の結果を,その操作対象の量子エンタングルメントと対応付けて記憶する機能,前記確率的局所操作の成否の統計分布が前記成功確率と整合するか否か判定する機能,及び整合する旨の判定をした場合に,前記確率的局所操作でエンタングル量が高められた量子エンタングルメントがいずれであるかを前記送信側コンピュータに通知する機能を有する受信側コンピュータとを備えた量子通信システム.
(態様3)
予めパーティ間で定めた重み係数をもつN体系エンタングル状態の量子エンタングルメントを,第2〜第M(但し,2≦M≦Nとする)の通信装置との間で複数共有する第1の通信装置であって,前記各量子エンタングルメントの自己の持ち分である部分系に対し,対応する残りのすべての部分系の量子状態が未確定であるとした場合に,前記N体系エンタングル状態を,前記重み係数に依存する成功確率で,予めパーティ間で定めた別の目標エンタングル状態に近づけることができる確率的局所操作を行う確率的局所操作器と,その確率的局所操作の成否の統計分布が,前記成功確率と整合するか否か判定し,その判定結果及び前記確率的局所操作に成功した量子エンタングルメントがいずれであるかを他の通信装置に通知するコンピュータとを備えた通信装置.
(態様4)
さらに,前記手順(a)の前に,(z)エンタングル状態を用いる量子鍵配送規約であって,局所実在性が破綻するか否かの判定,又は選別済鍵の誤り率の判定を行う量子鍵配送規約によって,前記シュミット係数を送信者と受信者で定める手順を含む請求項1に記載の量子通信方法.
(態様5)
前記確率的局所操作が,前記片割れ系をアンシラ系と相互作用させ,そのアンシラ系を量子測定する間接測定である請求項1に記載の量子通信方法.
(態様6)
前記確率的局所操作が,前記部分系の量子状態を,前記目標エンタングル状態の,前記部分系に対応する縮約密度演算子(reduced density operator)が表す混合状態に近づける局所フィルタリングである請求項2に記載の量子エンタングルメントの共有方法.
(態様7)
前記手順(C)では,前記手順(i)〜(iii)を行う通信装置の半数以上によって前記整合する旨の判定がなされた場合に限り,前記目標エンタングル状態を採用する請求項3に記載の量子エンタングルメントの共有方法.
(態様8)
さらに,(D)前記手順(C)で採用した前記目標エンタングル状態を用い,複数の通信装置で量子情報規約を遂行する手順を含む請求項3に記載の量子エンタングルメントの共有方法.