量子状態を情報として用いる量子情報技術は、安全な暗号通信や、秘匿性の高い認証など、従来にない高度なセキュリティ技術を提供する。例えば量子暗号通信では、単一光子の量子状態が情報として伝送されることで、通信路上での盗聴者の存在を確実に検知することができ、安全な鍵配布を行うことが可能になる。
しかし、このような量子暗号通信では、通信路での安全性は保証されても、通信前後の情報は古典的なメモリで保存されているため、保存されている情報の安全性までは保証されない。このため、保存されている情報の安全性をより高めたり、その保存されている情報を高精度の認証などに利用したりするには、情報を量子状態のまま保持するような記憶媒体が必要になる。
また、通信路上では通信誤りが生じるため、長距離量子通信のためには、途中で通信誤りを回復させるような機能を有する量子中継器が不可欠である。量子中継器には、通信セッションの間、量子状態を一時的に保存するような機能(バッファリング)が必要になる。
いずれの場合も、高速で飛び回る光子の量子情報を保持することは難しいため、量子情報技術のより広範な応用には、光の量子情報を物質に書き込んで一時的に保存するような量子メモリが不可欠である。
量子メモリを実現するための条件としては、(1)量子状態の記憶に適した離散準位をもつ物質系をつかうこと、(2)光から物質中の離散準位へ量子情報を転写するためのメカニズムが存在すること、(3)量子情報の保持時間(より具体的には、離散準位間の位相緩和時間)が長いこと、の3点が挙げられる。
光の情報を記憶する量子メモリは、例えばセル中の原子集団を用いて実際に実現されている(非特許文献1参照)。この方式では、光のコヒーレント状態の情報が2つの原子集団に分けて記憶される。もっとも、コヒーレント状態は多くの光子からなる巨視的な状態であり、量子暗号などで用いられるような単一光子の情報を記憶するためには、この装置を利用することはできない。
単一光子の情報を記憶するための物質系としては、トラップ装置で捕獲されたイオンがその一つの候補となる。例えば、Λ型の準位を持つイオンからの発光により、光とイオンの間での量子的な相関(エンタングルメント)の生成が実現されている(非特許文献2参照)。
この方法では、2つの基底状態と1つの励起状態からなるイオン系が用意され、まず基底状態から励起状態に光励起が行われる。この励起状態は、やがて発光により緩和するが、基底状態が2つあるために、2通りのパスを通って緩和が起こる。このとき、発光後のイオンの基底状態と、イオンから放出された光子の偏光との間に、量子力学的な相関(エンタングルメント)が生じる。この光とイオンの間のエンタングルメントを利用すれば、量子テレポーテーションという手法によって、原理的には、光からイオンへと量子情報を移動させることが可能になる。
しかし、この方法の実用化を考えた場合、精巧なトラップ装置が必要になるイオンをメモリとして用いるのは運用上難しい。その点では、現在のデバイスと融和でき、集積化も可能な半導体で、量子メモリを実現することが最も好ましい。
半導体で量子メモリを実現する場合、電子や正孔を3次元的に閉じ込められる半導体量子ドットが、量子メモリとして適している。
半導体量子ドットは、電子および正孔の閉じ込めの結果、離散化された電子準位を用いて量子情報を保持することができる。光の情報を半導体量子ドット(以下、単に「量子ドット」と称する。)に書き込む手法としては、光の偏光と励起されるスピンの間の選択則を用いることができる。
量子ドットが光を吸収すると、量子ドット内には、電子と正孔の対である励起子が生成される。このとき、双極子遷移の選択則のために、入射する光子の偏光と、生成される励起子のスピンの向きの間には、非常に良い対応関係が存在する。これにより、光子の偏光情報を励起子スピンの情報に転写することが可能となる。
ただし、量子ドット中の励起子は、電子と正孔の再結合により、1ns程度の短い時間で発光して緩和してしまう。この場合、量子ドットは、量子情報を安定に保持することができないため、量子ドットはメモリとして使えない。このため、量子ドットをメモリとして使うには、電子と正孔の再結合を防ぐ方法が必須となる。
再結合を防ぐ方法としては、次の2つの方法が考えられている。
まず1つ目は、光吸収によって生成された電子と正孔を、例えば電場などによって、空間的に一旦引き離すという方法である。読み出しの際は、電子と正孔を再び重ねることによって、光の情報として取り出すことができる。
もう一つの方法は、光吸収によって生じた電子・正孔対のうち、正孔の方を量子ドットから引き抜くことで、電子スピンにのみ情報を残すというものである(非特許文献3参照)。電子スピンは、励起子スピン、あるいは正孔スピンに比べても、安定であり、量子情報の保持に適している。実際、量子ドット中の電子スピンでは、上向きスピンと下向きスピンの間でスピンが反転する時間T1に関して、外部磁場下においてmsオーダーという非常に長い時間が得られている(非特許文献4参照)。
しかし、電子スピンを量子メモリとして用いるには、上向きスピンと下向きスピンの重ね合わせ状態、およびそれらの間の位相関係(コヒーレンス)まで保持する必要がある。したがって、量子メモリの情報保持時間は、スピン反転時間T1ではなく、スピン状態の位相緩和時間T2で決まる。
しかし、量子ドット中の電子スピンは、量子ドット中に含まれる多数の核スピンが作るランダムな磁場によるスピン緩和を受けるため、実際のT2は、外部磁場中の実験で得られているT1に比べてずっと小さいと考えられている(非特許文献5参照)。
この問題を克服し、記憶の保持時間を延ばす方法として、2つ以上の電子スピンを1つの論理量子ビットとして扱う方法が考えられている。このような適切な複数の電子スピンの組み合わせで作られる論理量子ビットは、例えば位相緩和といった、ある決まったタイプの量子状態の破壊要因(デコヒーレンス)の影響を免れることができる。このような論理量子ビットによって張られる部分空間のことをDecoherence Free Subspace (DFS) (非特許文献6参照)という。
量子ドットの場合、2つの近接した量子ドットからなる結合量子ドットにおいて、このようなDFSを実現できる可能性がある。
また、結合量子ドットで1つの量子ビットを形成するシステムにおいて、量子通信で重要となるベル測定や、エンタングルメントの生成、純化を行う方法も考えられている(非特許文献7参照)。
さらに、2つのスピンを1つの論理量子ビットにすることで、磁場を印加しなくても、論理ビットの回転などを制御するための量子ゲートを施すことが可能になるため、量子演算の自由度を高めることができる(非特許文献8参照)。
例えば、横型に結合した量子ドットにおける2つの電子系では、ゲート電極の制御により、スピン1重項とスピン3重項の間のコヒーレントな操作が実現されている(非特許文献9参照)。また、縦方向に2つの量子ドットを順次自己成長させた積層型結合量子ドット(非特許文献10参照)においても、印加電圧による量子ドット間の相互作用制御が実現されている。
なお、電子スピンに書き込まれたメモリ情報については、いくつか知られている単一スピン測定によって読み出すことができる。例えば、量子ドット中のあるスピンを持った電子を、別の量子ドットへとトンネルさせることで、スピンの情報を電荷の情報に変換し、量子ポイントコンタクトなどにより電気的に読み出すことができる(非特許文献11)。
また、高感度な磁性体カンチレバーを電子スピンに近づけることで、電子スピン共鳴による単一スピン反転を検出する方法も実現されている(非特許文献12)。これらのスピン読み出し法は、ある決まった方向に沿ってスピンを測定する射影測定と考えることができる。
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以下、本発明の実施形態について図面を参照して詳細に説明する。
(第1の実施形態)
図1は、第1の実施形態である量子メモリ装置を示した模式図である。
図1において、量子メモリ装置は、下側量子ドット(半導体量子ドット)1と、上側量子ドット2と、n型ドープされた半導体層(以下「n型半導体層」と称する。)3、共振器4と、上部電極5と、下部電極6と、励起光源7と、1/4波長板8と、ベル状態測定器9と、を含む。
下側量子ドット1は、n型半導体層3の上に、自己成長により形成され、さらにその上に、上側量子ドット2が、自己成長により形成される。下側量子ドット1と上側量子ドット2とは近接して互いに結合しており、この2つの量子ドット1および2は、結合量子ドット100を形成する。ここで、2つの量子ドットが結合されている、とは、2つの量子ドット間の距離が十分小さく、それらの電子(あるいは正孔)波動関数の間に有限の重なりがあるような状況を指す。
共振器4は、2次元フォトニック結晶パターンのような微小共振器構造を有し、下側量子ドット1および上側量子ドット2の周りに形成され、下側量子ドット1の発光エネルギーに共振器4を共鳴させることで、下側量子ドット1における電磁波モードを強める。
上部電極5は、共振器4および結合量子ドット100の上に、金属蒸着などにより、作成される。下部電極6は、n型半導体層3の下に作成される。上部電極5と下部電極6とは、n型半導体層3から下側量子ドット1に2個の電子を注入するために使用され、また、下側量子ドット1内の電子のスピンと、上側量子ドット2内の電子のスピンとの、スピン交換相互作用を制御するために使用される。
励起光源7は、下側量子ドット1に1個の正孔を生成すると共に上側量子ドット2に1個の電子を生成する励起光を、結合量子ドット100に照射する。
1/4波長板8は、結合量子ドット1から放出された光子の偏光状態を変換する。
ベル状態測定器9は、1/4波長板8にて変換された光子と、結合量子ドット100に偏光状態を記憶させる光子(入力光子)と、の間のベル状態を判別する。
次に、動作を説明する。
まず、下側量子ドット1に電子2個と正孔1個、上側量子ドット2に電子1個が含まれるような状態が作られる。その後、下側量子ドット1からの発光により、その放出された光子と、その光子の放出により結合量子ドット100中の残った2つの電子のスピンと、の間に、量子的相関(エンタングルメント)が生成される。
図2は、結合量子ドット100を含む半導体層の空間的概略図(図の左側)、および、ポテンシャルを説明するためのポテンシャル図(図の右側)を示した説明図である。なお、図2において、図1に示したものと同一のものには同一符号を付してある。以下、図2を参照して、結合量子ドット100から放出された光子と、結合量子ドット100に残った電子のスピンと、の間のエンタングルメントの生成法を説明する。
最初、結合量子ドット100は、図2(a)のように、キャリアの入っていない状態に初期化されているものとする。
まず、上下の電極5および6間の印加電圧Vが適当な値に設定されることで、電子が2つ n型半導体層3から下側量子ドット1にトンネル注入される(図2(b))。ここで、伝導帯の基底閉じ込め準位は、電子を2個までしか収容できないので、下側量子ドット1に2つ電子が入ったところでトンネル過程はストップする。また、上側量子ドット2はn型半導体層3からバリア層を2つ挟んだ遠くに位置するため、n型半導体層3から上側量子ドット2に電子がトンネルする確率は無視できるほど小さい。
パウリの排他則のために、この2つの電子のスピンは、互いに逆方向を向いている。この状態は、スピン1重項といい、このような状態を
と表示することができる。矢印は、電子スピンの向きを表し、量子ドットの成長方向(以後、z方向とする)にそって、上向き電子スピンと下向き電子スピンが一つずつ入っていることを表している。なお、添え字の1は下側量子ドット1に対応する。
次に、励起光源7が、下側量子ドット1の正孔閉じ込め準位と上側量子ドット2の電子閉じ込め準位の間に共鳴する光を、結合量子ドット100に入射する(図2(c))。その結果、下側量子ドット1に正孔が、上側量子ドット2に電子が生成される。これは、励起子が、下側量子ドット1と上側量子ドット2にまたがって生成されるような状況である。
このとき、励起光源7が、励起光として直線偏光した光を使うことで、量子ドット面内(結合量子ドットの形成面、換言すると、量子ドットの成長方向と垂直の向き)に平行な方向(ここでは、x方向とする)のスピンをもつ励起子が生成される。この励起子は、
と書き表される。ここで、大きな矢印は励起子スピンを表しており、1重の矢印が電子スピン、2重の矢印は正孔スピンを表す。添え字1、2はそれぞれ下側量子ドット1、上側量子ドット2を表す。この数2の式から、2つの量子ドットにまたがるx方向の励起子は、上側量子ドット2の電子スピンと下側量子ドット1の正孔スピンの間のエンタングルメント状態に相当する。
ここまでの過程により、2つの量子ドット1および2には、以下のような状態が生成されている。
ここで、下側量子ドット1には、電子2個と正孔1個が生成されている。
下側量子ドット1に共鳴する共振器(微小共振器構造)4によるPurcell効果(自然放出速度を速める効果)のために、これらの状態からすばやく発光が生じる(図2(d))。共振器の効果としては、このPurcell効果に加え、通常ランダムな方向に放出される自然放出された光子の向きを、図1のように決まった方向(図では真上)にそろえることができる。
図3は、下側量子ドット1における発光(および吸収)の光学選択則を説明するための説明図である。
下側量子ドット1における発光は、図3が示すとおり、上向き電子スピンと下向き正孔スピン、あるいは、下向き電子スピンと上向き正孔スピンが再結合することにより起こる。上向き電子スピンと下向き正孔スピンが再結合した場合、左回り円偏光の光子
が放出される。逆に下向き電子スピンと上向き正孔スピンが再結合した場合は、右回り円偏光の光子
が放出される。その結果、発光により放出された光子の偏光と、残った2つの電子スピンの間には、エンタングルメントした状態
が形成される(図2(e))。
図4は、このエンタングルメントを生成するための一連の過程を説明するための説明図である。
ここで、2つの電子スピンからなる状態、
を論理量子ビットとして定義すると、光子と電子のエンタングルメントは
と書くことができる。このようにして、放出された1個の光子と、残った2つの電子スピンからなる論理量子ビットの間で、エンタングルメントを形成することができる。
発光により生成した光子は、1/4波長板8に通される。ここで、右回り円偏光
は、水平の直線偏光Hに、左回り円偏光
は、垂直の直線偏光Vにそれぞれ変換される。このとき、エンタングルメントした状態は、
のようになる。
この光子は、次に、ベル状態測定器9に入射する。このとき、書き込みたい入力光子も同時にベル状態測定器9に入射する。この入力光子の状態を、
とする。
ベル状態測定器9は、入力光子と、結合量子ドット100での発光により生成された光子と、の間で、一括測定を行い、その2つの光子のベル状態が、以下の4つのベル状態のいずれに属するのかを決定する。
また、この4つの測定結果に応じて、結合量子ドット100中の電子のスピンに補正が与えられる。この結果、結合量子ドット100中の電子のスピン状態は
となり、入力光子の状態が結合量子ドット100中の2つの電子のスピンに転写される。このような手法は量子テレポーテーションと呼ばれる。このようにして、単一光子の偏光情報を、結合量子ドット100、具体的には、量子ドット1および量子ドット2内の2つの電子のスピンを用いて保持することができる。
一般に量子ドット中の電子スピンは、周りの核スピンとの相互作用により作られる有効磁場のために、コヒーレンスが急速に破壊される。ここで、量子ドットの成長方向(z方向)に100mT程度の磁場が印加されれば、上下スピン間のスピンフリップを防ぐことができることが知られている(非特許文献5参照)。
しかし、この磁場が印加された場合も、上向きスピンと下向きスピンの間の位相緩和までは防ぐことができない。
この位相緩和の問題は、本実施形態のように、2つの電子スピンで1量子ビットを記憶することで解決することができる。実際、論理量子ビット
は、Decoherence free subspace(DFS)を形成している。すなわち、2つのスピンそれぞれが全く同じように位相緩和を受けるという仮定(Collective noiseの仮定)の下では、その効果が2つのスピンでキャンセルされるため、論理量子ビット
は位相緩和の影響を受けない。
実際には、下側量子ドット1と上側量子ドット2では、核スピンが作る有効磁場の向きは全く独立であるため、2つの量子ドットで位相緩和の受け方が異なり、Collective noiseの仮定は成り立たない。しかしこの場合も、一定の時間間隔で、周期的に、2つの量子ドット中の電子スピンに対しSwapという操作がほどこされることで、2つの量子ドットにおける、非対称な位相緩和の影響も取り除くことができる。
Swapとは、下側量子ドット1と上側量子ドット2の間で、
のように、スピンの交換を行う操作のことである。
図5は、Swapを説明するための説明図である。なお、図5において、図1に示したものと同一のものには同一符号を付してある。
Swap操作は、図5に示すように、結合量子ドット100に印加する電圧V、具体的には、電極5および6に印加する電圧Vを変化させて、下側量子ドット1と上側量子ドット2の間のスピン交換相互作用(換言すると、下側量子ドット1と上側量子ドット2との電子エネルギーの差を0にして数23のようなスピン交換を行う動作)を制御することにより行うことができる。
また、上で述べた書き込みと逆に、結合量子ドット100中の2つの電子スピンに書き込まれた情報を、単一光子に転写して取り出すことも可能である。
図6は、このような読み出しの手順を説明するための説明図である。なお、図6において、図1に示したものと同一のものには同一符号を付してある。
結合量子ドット100中の電子のスピンに
という情報が書き込まれているものとする(図6(a))。ここで、書き込み時と同様に、励起光源7が、下側量子ドット1の正孔閉じ込め準位と上側量子ドット2の電子閉じ込め準位の間に共鳴する光を結合量子ドット100に入射し、下側量子ドット1に正孔を、上側量子ドット2に電子を生成する(図6(b))。ここでも、励起光源7は、直線偏光の励起光を用い、x方向のスピンを持つ励起子
を生成する。このため、結合量子ドット100は、
が書き込まれた状態でこのような光を入射すると、状態は、
のように励起される。ただし、ここでパウリの排他則から、上側量子ドット2に同じスピン方向を持つ2つの電子が入ることはないため、
や、
といった状態の励起は禁止される。その結果、実際に結合量子ドット100中に励起される状態は
となる。ここまでで、下側量子ドット1中に電子と正孔(励起子)が、上側量子ドット2中に電子2個が生成される。
この状態は、下側量子ドット1における発光(光子放出)によって緩和する(図6(c))。このときの励起子発光は、図7に示すような選択則に基づいて起こる。すなわち、
は、左回り円偏光
の光子を放出し、
は、右回り円偏光
の光子を放出する。これにより、状態は次のように変化する。
添え字のpは、光子の状態であることを表している。これにより、2つのスピンに書き込まれていた情報
が、単一光子の情報
に転写される。最後に上側量子ドット2に電子が2個残るが、これらは必ずスピン一重項を形成しているため、スピンには情報は何も残らない。
図8は、これら一連の、2つのスピンから単一光子に情報を転写する過程を説明するための説明図である。
また、状態が
か
かを判別するだけでよければ、図9で示すような、円偏光した光による透過率測定を行えばよい。例えば、下側量子ドット1のエネルギーに共鳴する右回り円偏光の光を結合量子ドット100に入射するとする。このとき、図3に示す下側量子ドット1での光学選択則により、下側量子ドット1中の電子スピン状態が
、すなわち、論理量子ビットが
であれば、励起状態への励起に伴い、入射光の一部が下側量子ドット1に吸収されるため、入射した光の透過率は減少する。一方、下側量子ドット1中の電子スピン状態が
、すなわち、論理量子ビットが
であれば、励起は起こらないため、透過率は減少しない。そこで、図9のように、入射した光の透過率を観測する方法により、論理量子ビットの判別が可能となる。
なお、ここで述べた2つの方法は、論理量子ビットが
か
という、ある決まった基底に関してのみ状態を判別する方法である。このように、ある基底に関して、状態がどちらにあるかを調べるような測定は、射影測定と呼ばれる。
と
だけでなく、任意の基底に射影測定を行いたい場合は、あらかじめ量子状態を回転させた後、ここで述べた透過率測定を行えばよい。そのような量子状態の回転は、例えば図5のように、交換相互作用をある一定時間ONにするような方法で行うことができる。
(実施例1)
以下、第1の実施の形態の具体的な実施例を説明する。
図10は、下側量子ドット1と、上側量子ドット2と、n型半導体層3と、上部電極5と、下部電極6との構造(量子ドットサンプルの構造)の一例を示した説明図である。なお、図10において、図1に示したものと同一のものには、同一符号を付してある。
基板3aとしては、この部分での電圧降下を防ぐため、n型の不純物(例えばSi)をドープしたGaAsなどを用いる。このn型基板3a上にバッファ層を挟み、InAs結合量子ドット(下側量子ドット1および上側量子ドット2)をMBE成長させる。
このとき、下側量子ドット1内に電子を入れるため、下側量子ドット1から数十nm下の層にSiをハイドープした層3bが形成される。Siのドープ量としては、数十Kという低温においてキャリアが減少することを考えると、1018台程度が好ましい。
また、不純物におけるキャリアの非輻射緩和を避けるため、n型ドープ半導体層3bと下側量子ドット1の間にはノンドープのGaAs層3cが挟まれる。GaAs層3cの厚さは、n型半導体層3bから下側量子ドット1に電子がトンネルするレートを決定する重要なパラメータとなる。ここでは、このGaAs層3cの厚さを25nmとする。
上側量子ドット2の下端と下側量子ドット1の上端の間の距離dは、2つの量子ドットの間での電子スピン交換相互作用の大きさを決定するパラメータである。dが大きすぎると電子スピン相互作用を生じさせることができないし、dが小さすぎると下側量子ドット1が発光する際に上側量子ドット2中の電子スピンの影響を受けてしまう。このため、結合量子ドット100に印加する電圧によって、量子ドット1および2間の電子スピン相互作用をON、OFFできる程度の距離が好ましい。ここではd=5nmとしている。
共振器4として用いられる微小共振器の構造としては、2次元フォトニック結晶パターンを、図10に示した量子ドットサンプルをエッチングすることにより作成する。このようなフォトニック結晶バターン上に、電磁波モードを集中させるための欠陥を設け、この欠陥上に下側量子ドット1が位置するようにする。これにより、自然放出が速やかに起こる。また、図面横方向への発光は、フォトニック結晶により禁止され、光は大部分が真上(上部電極5側)に放出される。
図11は、ベル状態測定器9の一例を示した模式図である。
図11において、ベル状態測定器9は、線形光学部品であるビームスプリッタ(BS)9a、偏光ビームスプリッタ(PBS)9b〜9bと、検出器(D1〜D4)9c〜9cと、を含む。
ただし、この場合、4つのベル状態のうち、
と
は測定により区別することができるが、残りの
と
は区別することができない。
したがって、このベル測定法を用いた場合、2分の1の確率で量子状態を保存することができる。
(第2の実施形態)
次に、第2の実施形態である量子メモリを説明する。構成要素としては、図1に示した第1の実施形態である量子メモリ装置とほぼ同じで、n型ドープされた半導体層3の上に、下側量子ドット1を、さらにその上に、上側量子ドット2を、自己成長により形成させる。この2つの量子ドット1および2は結合量子ドットを形成する。
第1の実施形態との違いとしては、量子ドットの周りの共振器(微小共振器構造)4として、下側量子ドット1の電子閉じ込め準位と、上側量子ドット2の正孔閉じ込め準位に共鳴するような共振器が用いられる。
図12は、第2の実施形態の量子メモリ装置への書き込みを説明するための説明図である。なお、図12において、図1に示したものと同一のものには同一符号を付してある。
最初、結合量子ドット100は、図12(a)のように、キャリアの入っていない状態に初期化されているものとする。
まず、上下の電極5および6間の印加電圧Vが適当な値に設定されることで、電子が2つ n型半導体層3から下側量子ドット1にトンネル注入される(図12(b))。
次に、励起光源7は、第1の実施形態で用いたような直線偏光を、上側量子ドット2に共鳴するように、結合量子ドット100に入射する(図12(c))。その結果、上側量子ドット2に電子・正孔対が励起される。
ここまでの操作で、下側量子ドット1に電子2個、上側量子ドット2に電子1個と正孔1個が含まれるような状態が生成される。その後、下側量子ドット1の電子と、上側量子ドット2の正孔との発光再結合が、共振器(微小共振器構造)4の効果により起こり、光子が放出される。これにより、放出された光子と、結合量子ドット100(具体的には、下側量子ドット1と上側量子ドット2)中に残った2つの電子のスピンの間に、量子的相関(エンタングルメント)が生成される。
このエンタングルメントを用いれば、第1の実施形態と同様の量子テレポーテーションにより、記憶したい光子(入力光子)の偏光情報が、結合量子ドット100中の2つの電子のスピン情報として転写される。
(第3の実施形態)
図13は、第3の実施形態の量子メモリ装置を示した模式図である。なお、図13において、図1に示したものと同一のものには同一符号を付してある。
以下、図13を参照して、量子ピックアップを用いた量子メモリ装置について説明する。ここで、量子ピックアップとは、単一電子スピンのような微視的な量子状態を、微細なプローブを用いることで局所的、選択的に生成したり、読み出したりするものと定義する。
記憶媒体としては、p型半導体基板10の上に成長させた結合量子ドット(下側量子ドット1および上側量子ドット2)100を用いる。また、ここでも結合量子ドット100の周りにフォトニック結晶のような微小共振器構造(共振器)4が作成される。この場合、共振器4は、上側量子ドット2に共鳴するように作成される。
まず、情報を書き込みたい結合量子ドット100の上に量子ヘッド11を移動させる。
量子ヘッド11の先端には、微細な探針(量子ピックアップ)12が取り付けられており、この探針12から、結合量子ドット100へ局所的に電子を2つ注入する。
ここで、伝導帯の基底閉じ込め準位は、電子を2個までしか収容できないので、上側量子ドット2に2つ電子が入ったところでトンネル過程はストップする。また、下側量子ドット1は微細探針12から遠くに位置するため、微細探針12から下側量子ドット1に電子がトンネルする確率は無視できるほど小さい。
電子注入後は第1の実施形態と同様に、励起光源7が、直線偏光の励起光を結合量子ドット100に放射して、結合量子ドット100内に横方向スピンを持った電子・正孔対を生成することで、第1の実施形態で示した結合量子ドット100と同様な状態
を結合量子ドット100内に作ることができる。この後、上側量子ドット2からの発光、および、ベル状態測定を経て、探針12で電子が注入された結合量子ドット100に選択的に光の量子情報がその測定結果に応じて書き込まれる。
図14は、図13に示した量子メモリ装置から情報を読み取る動作を説明するための模式図である。なお、図14において、図13に示したものと同一のものには同一符号を付してある。
結合量子ドット100に書き込まれた情報(スピン)の読み出し、具体的には、局所的な単一スピン検出は、磁気共鳴力顕微鏡のような磁性体プローブを用いることで可能となる(非特許文献6参照)。
この場合、量子ヘッド11の先端に磁性体カンチレバー13が設けられる。
静磁場中でマイクロ波が照射されると、電子スピン共鳴効果による上側量子ドット2の電子スピン反転を、高感度なカンチレバー13が捉えることができる。この場合、静磁場に加えて、磁性体カンチレバー13が特定の量子ドット近傍に局所的な磁場を与えることができるので、一つ一つのメモリの選択的な読み出しが可能になる。
(実施例2)
第3の実施形態の具体的な実施例を説明する。
記憶媒体として、図15に示したような構造のInAs結合量子ドット100が用いられる。ここでは、Beをドープした基板上に結合量子ドット100を成長させている。また、量子ドット間の距離dは、実施例1と同じく5nmとしている。
電子を微細探針12から上側量子ドット2へ効率よく注入するために、キャップ層15aは、結合量子ドット100の発光効率が著しく悪化しない程度まで短くする。ここでは、キャップ層15aの厚さを10nmとしている。
(第4の実施形態)
ここでは、第4の実施形態である、量子メモリを使った量子暗号通信について説明する。
量子暗号は、盗聴を検知する能力を持ち、通信路での安全性を保証する。
ただし、量子暗号で実際に配布されるのは鍵であり、この配布された鍵による暗号化を通して、実際のメッセージが古典的に送られる。配布後の鍵は、メッセージが送られるまでの間、端末の古典メモリに保存されるわけだが、この間に鍵がハッキングされるようなことがあれば、その後のメッセージ送付の安全性はもはや保証されない。したがって、量子暗号通信の安全性をより確実なものにするには、配布後の鍵を安全に保存する技術が必要とされる。
ここでは、第1ないし第3の実施形態で示した量子メモリ装置からベル状態測定器7を除いた量子メモリ装置と、ベル状態測定器を含む情報記録装置と、を含む通信情報設定システムを用いて、鍵を量子状態のまま保持するタイプの量子暗号通信法について説明する。
まず、離れた2つの量子メモリ装置間でエンタングルメントを生成する方法を示す。例えば、第1の実施形態で生成した、光子(量子ドットから発せられた光)と電子(量子ドットに残った電子)のエンタングルメントを2組用意することで、離れた結合量子ドット100、100の間で電子(電子のスピン)と電子(電子のスピン)のエンタングルメントを生成することができる。なお、量子ドット装置としては、第1の実施形態の代わりに第2または第3の実施形態が用いられてもよい。
図16のように、AとBという離れた2つの場所に、量子メモリ装置が配置されており、それぞれ、結合量子ドット100a(下側量子ドットA21と上側量子ドットA22)、結合量子ドット100b(下側量子ドットB23と上側量子ドットB24)を用いている。
まず、2つの結合量子ドット100aおよび100bにおいて、同時に電子3個と正孔1個からなる状態を生成し、同時に発光させる。すなわち、第1の実施例で説明したように、2組の電子・光子エンタングルメントが生成される。ここで、最初は2つの量子メモリ装置の間には相関がないので、量子状態は次の直積で記述できる。
ここで、添え字A、Bは量子ドットの場所を、添え字1、2はそれぞれ下側、上側量子ドットをあらわす。例えば、
は、A側の結合量子ドットにおける下側量子ドット(下側量子ドットA21)に、上向きの電子スピンが入っていることを表している。また、添え字pは光子の偏光状態(右回り円偏光
や、左回り円偏光
)を示している。それぞれの光子がλ/4波長板25、26を通ることで、円偏光が直線偏光(水平Hもしくは垂直V)に変換され、状態は以下のようになる。
この後、2つの光子が、ファイバー29、30でそれぞれ運ばれ、図11で説明した方法(情報記録装置に含まれるベル状態測定器)で光子同士のベル状態測定が行われる。具体的には、ビームスプリッタ31にて2つの光子を干渉させ、その後さらに偏光ビームスプリッタ32、33で光路を分け、4つの検出器D1〜D4が光子検出を行う。
ここで、(D1,D2)あるいは(D3,D4)の2つの検出器で光子が検出された場合、光の状態は
であることが知られており、その場合上式より、電子スピンのエンタングルメント状態
が生成される。ここで、最後の式の添え字Lは、2つのスピンにより形成される論理量子ビットを表している。また、(D1,D4)あるいは(D2,D3)の2つの検出器で光子が検出された場合、光の状態は
であることが知られており、電子スピンエンタングルメント
が生成される。それ以外の場合はエンタングルメント生成に失敗したものとして、再び結合量子ドット100aおよび100bを初期化して、光子・電子エンタングルメント生成過程からやり直す。エンタングルメントの生成確率は2分の1となる。
このようにして、線形光学系による干渉によって、2つの離れたA、Bにある結合量子ドットが作る論理量子ビットどうしのエンタングルメントを生成することができる。
また、さらにλ/2波長板27もしくは28を挿入し、光子の偏光を回すことで、これ以外のエンタングルメント状態
や、
を生成することも可能になる。
この電子スピン間のエンタングルメント状態を、量子暗号通信に応用することができる。図17のように、通信したいAとBがそれぞれ多数の結合量子ドット(量子メモリ装置)100〜100を持っているものとする。ここで、上記の方法により、AとBの多くの量子メモリ装置間で、電子スピンによる論理量子ビットの相関対を作り出す。これらは、例えば
では、Aが0ならばBも0で、Aが1ならばBも1であるが、0になるか1になるかはランダムであるという状態になる。この状態はいわゆる共通の乱数列、すなわち共通鍵として使用することができる。
ここで、通常の量子暗号通信では、配布後、共通鍵は古典的な0、1として古典メモリに保存されるため、ハッキングの恐れがあるのに対し、本実施例の場合、鍵はスピンによる量子状態
として量子メモリに保存される。このため、鍵の秘匿性が保証される。具体的には、A、Bの量子メモリに保存されたスピン対し、Bell不等式の検証を行うことで、通信路での盗聴とメモリに保存後のハッキングを両方同時に検出することができる。
この量子暗号通信システムのもう一つの利点としては、量子メモリ装置が単一光子源の役割を兼ねている点である。これにより、弱いコヒーレント光源を使った量子暗号に比べ、盗聴に強く、また、通信速度の速いシステムを構築できる可能性がある。
通常、エンタングルメントした量子状態は、通信路における散乱や雑音、及び、メモリ内でのデコヒーレンスにより、劣化する。しかし、エンタングルメントを2つのメモリ間に生成した後は、エンタングルメント蒸留という手法により、エンタングルメントの高純度化を行うことが可能になる。これにより、図18に示すように、メモリに蓄えられた2つ以上の不完全なエンタングルメント対から、より良質な1つのエンタングルメント対を得ることが可能になる。
(第5の実施形態)
ここでは、結合量子ドットから発せられた光子と、結合量子ドットに残った電子との間のエンタングルメントを用いた量子暗号通信について述べる。
この場合は、第4の実施形態と違い、2地点で共有される量子相関のうち、片方の情報のみを量子メモリで保存することができる。ただ、この実施形態では、2地点の間にベル状態測定器を用意する必要がないという利点を持つ。
図19のように、AとBという離れた2地点間で通信を行うものとする。ここでは、Aが多数の結合量子ドット100〜100を持っているものとする。
ここで、Aの持つそれぞれの結合量子ドット100〜100から、第1の実施形態、第2の実施形態、または第3の実施形態で示した方法で光子を発生し、光子(結合量子ドットから発せられた光)と2つの電子スピン(結合量子ドットに残った2つの電子スピン)の間のエンタングルメントを生成する。
このうち、2つの電子スピンはAの情報として結合量子ドット100内に記憶しておき、光子はケーブル等の伝送部によりBへと伝送される。これにより、以下のようなエンタングルメントがAとBの間に生じる。
上式において、A1、A2はそれぞれA地点にある下側量子ドット、上側量子ドット中のスピン状態を表し、BpはB地点に送られた光子の状態を表している。
ここで、A地点の2つの電子スピンの情報を
とし、B地点の光子の情報を
とする。そうすると、上記の光子-電子エンタングルメントは
と書き直される。
このエンタングルメント状態は、Aが0ならばBも0で、Aが1ならばBも1であるが、0になるか1になるかはランダムであるという状態になる。したがって、この状態はいわゆる共通の乱数列、すなわち共通鍵として使用することができる。このようなエンタングルメント状態を用いることで、例えばE91というプロトコルにより、盗聴者を検出するような量子暗号通信が可能になる。
この場合、第4の実施例と違い、A側の情報のみが量子メモリ内に保存される。このため、A側の情報に関してのみ秘匿性が保証される。
(第6の実施形態)
図20は、第6の実施形態である、上述した量子メモリ装置を用いた量子中継を説明するための説明図である。
遠く離れた2人の通信者AとBの間に、2組以上の結合量子ドットからなる中継器200を幾つか用意する。具体的には、各中継器200は、第1ないし3の実施形態の量子メモリ装置からベル状態測定器9を除いた量子メモリ装置を複数含む。
まず、第4の実施形態と同様に、図16に示されたような干渉測定によって隣り合う2つの中継器200の間の各区間に、電子スピン同士のエンタングルメントを作り出す。
この干渉の際、2個の検出器が光子を検出し、エンタングルメントの生成に成功したときのみ、電子スピン対を中継器のメモリ(結合量子ドット)で保持しておく。これ以外の場合は、エンタングルメントの生成に失敗したものとして、もう一度やり直す。
隣り合う中継器200間でエンタングルメントを生成した後は、エンタングルメントスワッピングを用いて、長距離間でエンタングルメントを生成する。
具体的には、図16に示されたようなベル状態測定器を有する情報記録装置が、図20の各中継器200内の2つの結合量子ドットの間でベル測定を行うことで、隣り合う各中継器200間での多数のエンタングルメントを、遠く離れたAとBの間での一つのエンタングルメントへと変換できる。
最後に、この量子相関を使って量子テレポーテーションを行うことで、AからBへ量子情報を送ることができる。これにより、AとBの間で長距離の量子通信を行うことが可能となる。
この量子中継法の長所として、離れた電子同士をエンタングルメントさせる際、2つの検出器での測定によって、エンタングルメントの生成に成功したか失敗したかを知ることができる。このため、例えば通信路において光子が吸収されたり散乱されたりする過程を取り除くことができ、最終的に良質なエンタングルメントを得ることができる。
(第7の実施形態)
ここでは、第7の実施形態である、上述した量子メモリ装置を用いた量子認証について説明する。
量子ドットは、他の量子メモリの候補と比べて、集積化が容易である。このため、例えば図21のように、量子ドット1をクレジットカード180に埋め込むようなことが可能になる。
ただし、電子スピンを室温で量子メモリとして用いるのは難しいため、カードを持ち歩くような際には、電子スピンを、例えば核スピンのような、より安定な物理系に書き込みなおす必要がある。
まず、認証に用いるためには、あらかじめクレジットカード180に情報を書き込む必要がある。
2地点に多数の結合量子ドット100〜100の集合があるとする。ここでは、そのうちの片方の結合量子ドット集合はクレジットカード会社に保管されており、もう片方はクレジットカード180に埋め込まれているものとする。
第4の実施形態と同様、図21のように結合量子ドットを2地点で同時に発光させ、干渉させる。
これにより、クレジットカード会社とクレジットカードの間に、エンタングルメントした量子メモリ対を多数生成することができる。
認証の際には、クレジットカード会社は、自分たちの保管している量子メモリと、提示されたクレジットカード180の量子メモリとの間に確かな量子相関があるかどうかを、ベル不等式を調べることによって確かめればよい。
エンタングルメントのmonogamyという性質により、ある2つの系(ここでは、クレジットカード会社と正しいクレジットカード)が強くエンタングルメントしている場合、それ以外の系(例えば、偽のクレジットカード)は、それら2つと相関を持つことができない。このため、もし提示されたクレジットカードとの間に十分な量子相関があることが分かれば、それが正しいクレジットカードであると判断することができる。
量子メモリを使ったこのような認証には、以下のような利点がある。(1)認証に、安全な量子通信を用いることができる。(2)量子力学の非クローン化定理から、カードを偽造することができない。
上記各実施形態および各実施例によれば、結合量子ドット100中に1個の正孔があり、結合量子ドット100の一方の量子ドット中に2個の電子があり、結合量子ドット100の他方の量子ドット中に1個の電子がある状態が生成される。一方の量子ドット中の電子1個と正孔1個が再結合することにより光子が1個生成されると、結合量子ドット100の各量子ドットには1個ずつ電子が残る。このとき、結合量子ドット100から出てくる光子の偏光と、結合量子ドット100内に残った2個の電子のスピン方向との間には、量子力学的な相関(エンタングルメント)が存在する。
この光−電子間のエンタングルメントが存在する状況で、ベル状態測定器9が、結合量子ドット100から出てくる光子と、入力光子と、の間のベル状態を判別すると、入力光子の偏光状態を、結合量子ドット100内の2個の電子のスピン状態に転写する量子テレポーテーションを行うことが可能となる。
具体的には、ベル状態測定器9が、結合量子ドット100からの光子と、入力光子と、の間でベル状態測定を行い、その測定結果に応じた補正が、結合量子ドット100内の2つの電子のスピン(スピンの向き)に加えられることにより、入力光子の偏光状態が、結合量子ドット100の各量子ドットに残った電子スピンに転写される。このため、入力光子の偏光状態を、2個の電子のスピンによって張られるDecoherence Free Subspace(DFS)内に保存することが可能になる。
よって、半導体での光吸収に関する問題を回避しつつ、単一光子の量子情報(偏光状態)を、結合量子ドット100中の2つの電子スピンからなるDFSに転写することが可能になる。
DFS内では、論理量子ビットである電子スピンは、位相緩和の影響を免れることができるため、スピン位相緩和時間よりはるかに長いスピン反転時間の間、量子状態を保持することが可能になる。
また、量子テレポーテーションの過程では、光吸収の場合と異なり、量子ドット内に正孔が発生することはない。このため、正孔を引き抜いたりすることなく、光の偏光状態を電子のスピンへ直接書き込むことができる。
また、量子ドットに情報を記憶させるために、従来の光吸収と逆の、発光というプロセスを用いている点も上記各実施形態および各実施例の特徴である。
通常、特定の量子ドットに1個の光子を吸収させる場合、その吸収確率を100%に近づけるのは非常に難しい。それに対し、上記各実施形態の場合、欠陥が少なく、非輻射緩和のない量子ドットを用いれば、電子と正孔は高い確率で発光再結合するので、より効率的な情報の保存が可能になる。
第1ないし第3の実施形態では、注入部として、一方の量子ドットに2個の電子を注入する電子注入部と、結合量子ドット100に1個の正孔を生成すると共に他方の量子ドットに1個の電子を生成する光を発する励起光源7と、が用いられる。
この場合、電子注入部を2個の電子の供給源として使用でき、励起光源7を1個の正孔と1個の電子の供給源として使用できる。
励起光源7は、光にて生成される電子スピンと正孔スピンの和が結合量子ドット100の形成面に平行になる直線偏光の光を発する。
この場合、発生する光子の偏光と、残った電子のスピンとの間で、完全な量子相関(最大にエンタングルメントした状態)をつくることができる。光子と電子が最大にエンタングルメントした状態を使えば、入力光子の偏光状態を、忠実に電子のスピン状態に転写することが可能となる。
また、励起光源7は、2つの量子ドット1および2のそれぞれがスピン状態に情報が記憶されている電子を有する結合量子ドット100に、電子・正孔対を生成する光を発して、そのスピン状態を、その光により生成された正孔と結合量子ドット100内のいずれかの電子との結合にて発生する光子の偏光に転写する。
この場合、励起光源7を用いることによって、入力光子の偏光状態を、一旦2つの電子スピンに書き込んだ後、もう一度その情報を、光の偏光状態として取り出すことができる。
なお、第1および第2の実施形態では、電子注入部は、下側量子ドット1が積層されたn型半導体層3と、結合量子ドット100とn型半導体層3を挟むように設けられ、n型半導体層3が有する2個の電子を下側量子ドットに注入するための電圧が印加される少なくとも一対の電極5および6と、を含む。
この場合、n型半導体層3を、2個の電子の供給源として用いることが可能になる。
また、第3の実施形態では、電子注入部は、一方の量子ドットに2個の電子を注入する探針12を含む。
この場合、探針12を、2個の電子の供給源として用いることが可能になる。
第3の実施形態では、結合量子ドット100内の電子のスピン状態を読み出すための磁性体を有するカンチレバー13をさらに含む。
この場合、結合量子ドット100内の電子のスピン状態を読み出すことが可能になる。
各実施形態および各実施例では、結合量子ドット100を囲むように配置され、結合量子ドット100からの発光を制御する共振器4がさらに含まれる。
この場合、結合量子ドット100の一方の量子ドットに2個の電子が存在すると共に結合量子ドット100に1個の正孔が存在する状態から光子が発生するまでの時間である、自然放出寿命を短くすること、および、その光子の進行方向を制御することが可能になり、ベル測定を高い確率で実行することが可能になる。
また、一対の電極(制御電極)5および6には、結合量子ドット100の2つの量子ドットの電子エネルギーの差を制御するための電圧が印加される。例えば、一対の電極5および6は、2つの量子ドット1および2の中に1つずつ含まれる2個の電子に情報が書き込まれた後、2つの量子ドット1および2の電子エネルギー差を一定時間0にする電圧を周期的に受け付ける。
この場合、2つの電子のスピン状態を周期的に交換でき、外場の影響から、電子のスピン状態として書き込まれた情報を守ることが可能になる。
また、第4ないし7の実施形態の通信情報設定システムでは、光吸収ではなく発光という過程を使って、2つの量子メモリ装置に共有された量子相関を、その2つの量子メモリ装置の結合量子ドットに記録することが可能になる。このため、通信用(例えば、共通鍵)または認証用に使用されることが可能な量子相関を、半導体での非効率的な光吸収の問題を回避しつつ記録することが可能となり、その保持時間を長くすることが可能になる。
また、第5の実施形態の通信情報設定システムでは、2地点の間にベル状態測定器を用意する必要がない。
以上説明した各実施の形態および各実施例において、図示した構成は単なる一例であって、本発明はその構成に限定されるものではない。
(産業上の利用可能性)
本発明によれば、秘匿性の高い安全な通信、認証が可能になる。