以下、本発明の実施の形態について図面を参照して詳細に説明する。
(第1の実施の形態)
図1は、第1の実施の形態である量子メモリ装置を示した模式図である。
図1において、量子メモリ装置は、記憶媒体である量子ドット1と、n型ドープされた半導体層2と、共振器3と、下部電極4と、上部電極5と、1/4波長板6と、ベル状態測定器7と、励起光源8と、を含む。
量子ドット(半導体量子ドット)1は、n型半導体層2上で成長させられて形成される。
共振器3は、2次元フォトニック結晶パターンのような微小共振器構造を有し、量子ドット1の周りに形成される。共振器3は、量子ドット1において電磁波モードを強める。
下部電極4は、n型半導体層2の下部に作成され、上部電極5は、金属蒸着などにより、n型半導体層2の上部に作成される。下部電極4と上部電極5は、n型半導体層2から量子ドット1に1個の電子を注入するために使用される。
1/4波長板6は、量子ドット1から放出された光を変換する。
ベル状態測定器7は、1/4波長板6にて変換された光と、量子ドット1に記憶させる情報を有する光と、の間のベル状態を判別する。
励起光源8は、量子ドット1に励起光を照射する。
次に、動作を説明する。
上部電極5と下部電極4の間に適当な電圧が印加されると、n型半導体層2から、図面横方向の向きのスピンを持つ1個の電子が、量子ドット1へ注入される。なお、ここでは、この図面横方向の電子スピンの状態を
で表し、以後x方向のスピンと記述する。なお、図面縦方向のスピンは↑や↓で表し、以後z方向のスピンと記述する。
量子ドット1内にスピン偏極した電子をつくるには、例えば、注入後の電子を決まった偏光をもつ光によって偏極させる(光ポンピング)方法が用いられる。また、n型半導体層2の材料として、希薄磁性半導体が用いられれば、n型半導体装置2から量子ドット1へ、直接、スピン偏極電子を注入することができる。
電子が量子ドット1に注入された直後に、励起光源8は、量子ドット1に励起光を入射する。
励起光としては、直線偏光の光が用いられ、その光の吸収により、図面横方向(x方向)のスピンを持つ電子と正孔が生成される。
これにより、量子ドット1内に電子2個と正孔1個が閉じ込められている状態が生成される。このような状態はtrionと呼ばれ、量子ドット1が負に帯電した状態になる。
上記のような方法で生成されるtrionは、スピン状態で表すと、
という状態になる。以後、一重の矢印↑や↓は電子スピンを表し、二重の矢印⇒は正孔スピンを表すことにする。ここで、パウリの排他則から、2つの電子スピンは、必ず互いに逆を向く。この状態は、スピン一重項状態と呼ばれ、ここでは
という矢印記号で表している。また、正孔に関しては、図面横方向のスピンをもち、ここでは
という矢印記号で表している。
自己成長型の量子ドット1は、z方向に強く閉じ込められた扁平な形をしており、z軸周りに最も対称性が良いため、スピン固有状態は通常z方向のスピンを用いて表される。そのため、ここで作られるtrion状態は、実際には
という、2つの固有状態
の重ね合わせになっている。
図2は、負に帯電した量子ドット1における光学選択側を示す説明図である。
背景技術で述べた、非特許文献2に記載のトラップされたイオンでは、励起準位が1つしかないΛ型準位系における発光を使っていたのに対し、図2に示した負帯電量子ドット1では、上の励起準位に2つの状態が用いられる。このため、この2つの状態の間のデコヒーレンス(量子状態間の相対位相が乱される効果)があると、エンタングルメントを得ることができない。
しかし、量子ドット1の周りに設けられた共振器3は、電磁波モードを量子ドット1に集中させることにより、負に帯電した量子ドット1が光を発する自然放出過程を速めることができ、結果として、デコヒーレンスが起きる前に、量子ドット1から光(光子)を放出させることができる。これは、Percell効果として知られている。共振器3の効果としては、このPercell効果に加え、通常ランダムな方向に自然放出される光の向きを、図1のように図面真上にそろえることができる。
量子ドット1からの発光は、図2が示すとおり、上向き電子スピンと下向き正孔スピン、あるいは、下向き電子スピンと上向き正孔スピンが再結合することにより起こる。
上向き電子スピンと下向き正孔スピンが再結合した場合、左回り円偏光の光子
が放出される。逆に下向き電子スピンと上向き正孔スピンが再結合した場合は、右回り円偏光の光子
が放出される。
したがって、発光により放出された光の偏光と残った電子スピンの間には、エンタングルメントした状態
が形成される。
図3は、このエンタングルメントを生成するための一連の過程を説明するための説明図である。
なお、励起子発光の場合は、電子・正孔間のスピン交換相互作用のために、放出される光の偏光によって発光波長(エネルギー)が微妙にずれる。これは、両方の発光を同時に共振器に共鳴させることを難しくする。
また、このエネルギーの違いのために、どちらの遷移が起きたのかという情報が分かってしまい、偏光エンタングルメントが生成できない状況も考えられる。
しかし、trionの基底状態においては、2つの電子はスピン1重項を形成し、電子スピンの和は0になる。このため、電子・正孔間交換相互作用は0となり、偏光によるエネルギーのずれは生じない。したがって、両方の発光を共振器3に共鳴させることが容易に可能となる。
また、最大にエンタングルメントした電子・光子対を得るためには、例えば上記のtrionスピン状態
のように、横方向の正孔スピンを用意する必要があるが、このスピン状態以外でも、
以外の方向をもつスピン状態であれば、ある程度エンタングルメントした電子・光子対を得ることができる。
発光により生成した光子は、1/4波長板6に通される。ここで、右回り円偏光
は水平の直線偏光Hに、左回り円偏光
は垂直の直線偏光Vにそれぞれ変換される。このとき、エンタングルメントした状態は、
のようになる。
この光子は、次に、ベル状態測定器7に入射する。ベル状態測定器7には、書き込みたい入力光子(光)も同時に入射する。この入力光子の状態を、
とする。
ベル状態測定器7は、入力光子と、量子ドット1での発光により生成された光子と、の間で、一括測定を行い、その2つの光子のベル状態が、以下の4つのベル状態のいずれに属するのかを決定する。
また、この4つの測定結果に応じて、量子ドット1中の電子のスピンの向きに回転が与えられる。
この結果、量子テレポーテーションにより、量子ドット1中の電子のスピン状態は
となり、入力光子の状態が量子ドット1中の電子のスピンに転写される。
この書き込み方法の利点としては、以下の2点が考えられる。(1)trion発光後は、量子テレポーテーションによって、光から電子へ直接情報が転写されるので、デコヒーレンスの原因となる正孔が発生しない。(2)吸収という過程はなく、発光という過程を用いているので、効率的である。
また、量子ドット1に転写された情報の読み出しも、光によって行うことができる。
図4は、量子ドット1の成長方向のスピン情報の読み出しを説明するための説明図である。
量子ドット1の成長方向のスピン情報を読み出すために、図4のように、右回り円偏光σ+を持った励起光が量子ドットに1に入射されると、量子ドット1は共鳴励起される。
このとき、電子スピン状態が
であれば、励起光によって、量子ドット1はtrion状態
に励起され、すぐに偏光σ+の光子を放出して緩和する。
したがって、励起後、量子ドットから光子の放出が観測されれば、電子スピン状態は
だったことが分かり、観測されなければ、電子スピン状態は
であることが分かる。
この読み出し方法の利点は、読み出し過程を繰り返せることである。
電子スピンが
の状態にあれば、trion状態
に励起された後も、輻射緩和後再び状態
に戻る。
電子スピンが
の状態にあれば、光を入射した後も状態は
のままである。
すなわち、光による読み出し過程のあとも、スピンは同じ状態にあるため、さらに同様の読み出し操作を繰り返すことができる。
これにより、検出器の量子効率が悪く、量子ドット1から出た1光子をsingle shot検出できなかった場合でも、読み出しを繰り返すことで確実な測定が可能となる。
また、上記の方法と同様のメカニズムを利用して、別の検出法を用いることもできる。スピン右回り円偏光を持った光を量子ドットに入射されたとき、電子スピン状態が
であれば、trionの励起に伴い、入射光の一部が量子ドットに吸収されるため、入射した光の透過率は減少する。一方、電子スピン状態が
であれば、trionの励起は起こらないため、透過率は減少しない。そこで、図5のように、入射した光の透過率を観測する方法でも、スピン状態の判別が可能となる。
なお、ここで述べた2つの方法は、スピンが上向きか下向きか、という、ある決まった軸(ここではz軸)にそってのみスピン状態を調べる方法である。このように、ある軸(基底)に関してのみ量子状態を調べるような測定は、射影測定と呼ばれる。z軸だけでなく、任意の基底に関してスピン状態を調べたい場合、あらかじめスピンを回転させた後、ここで述べたz軸に対する射影測定を行えばよい。
(実施例1)
第1の実施の形態の具体的な実施例を説明する。
図6は、量子ドット1と、n型半導体層2と、下部電極4と、上部電極5との構造(量子ドットサンプルの構造)の一例を示した説明図である。なお、図6において、図1に示したものと同一のものには、同一符号を付してある。
基板2aとしては、この部分での電圧降下を防ぐため、n型の不純物(例えばSi)をドープしたGaAsなどを用いる。このn型基板2a上にバッファ層を挟み、InAs量子ドット1をMBE成長させる。
このとき、量子ドット1内に電子を入れるため、量子ドット1から数十nm下の層にSiをハイドープした層2bを用意する。Siのドープ量としては、数十Kという低温においてキャリアが減少することを考えると、1018台程度が好ましい。
また、図6において、不純物におけるtrion状態の非輻射緩和を避けるため、n型ドープ層2bと量子ドット1の間にはノンドープのGaAs層2cを挟む。さらに、n型ドープ層2bから量子ドット1への電子の注入を効率的に行うため、量子ドット1の上部にはGaAs/AlAs超格子、およびAlGaAsからなるキャリアストップ層2dを入れる。
図6で、上下の電極4および5間に印加する電圧を調整して、n型半導体層2から量子ドット1へ電子を注入する。
共振器3として用いられる微小共振器の構造としては、2次元フォトニック結晶パターンを、図6に示した量子ドットサンプルをエッチングすることにより作成する。このようなフォトニック結晶バターン上に、電磁波モードを集中させるための欠陥を設け、この欠陥上に量子ドット1が位置するようにする。これにより、自然放出が速やかに起こる。また、図面横方向への発光は、フォトニック結晶により禁止され、光は大部分が真上(上部電極5側)に放出される。
図7は、ベル状態測定器7の一例を示した模式図である。
図7において、ベル状態測定器7は、ビームスプリッタ(BS)7aと、偏光ビームスプリッタ(PBS)7b〜7bと、検出器(D1〜D4)7c〜7cと、を含む。
ただし、この場合、4つのベル状態のうち、
と
は測定により区別することができるが、残りの
と
は区別することができない。
したがって、このベル測定法を用いた場合、2分の1の確率で量子状態を保存することができる。
なお、次に述べる2つの要因が、確実な量子情報の記憶を難しくする。
まず、正孔スピン
が緩和してしまうと、理想的なエンタングルメントができなくなる。これを避けるには、正孔スピンの緩和時間
(T. Flissikowski, et al., Phys. Rev. B 68, 161309 (2003) によると、10ns程度)が、自然放出寿命
より長くなくてはならない。
次に、高次の励起状態を光励起した場合、高次の準位にあるキャリアが、基底準位(発光準位)まですばやく緩和しなければならない。この過程が遅ければ、発光のタイミングにジッタが生じてしまい、その後のベル状態測定などが難しくなる。これを避けるには、キャリアの緩和時間
(通常10ps程度)が、自然放出寿命
より短くなくてはならない。
この2つの条件を満たすために、自然放出寿命を最適化する。
trionの輻射緩和時間は通常
nsなので、微小共振器3のPercell因子として、
程度の値を選ぶ。これは、自然放出過程が10倍速くなることを意味する。このような値は、フォトニック結晶などを用いることで一般的に得ることができる。こうすることで、
psとなり、上記の2つの条件
を満たすことができる。
(第2の実施形態)
図8は、第2の実施形態の量子メモリ装置を示した模式図である。なお、図8において、図1に示したものと同一のものには同一符号を付してある。
以下、図8を参照して、量子ピックアップを用いた量子メモリ装置について説明する。ここで、量子ピックアップとは、単一電子スピンのような微視的な量子状態を、微細なプローブを用いることで局所的、選択的に生成したり、読み出したりするものと定義する。
記憶媒体としては、p型半導体基板10の上に成長させた量子ドット1を用いる。また、ここでも量子ドット1の周りにフォトニック結晶のような微小共振器構造(共振器)3を作成する。
まず、情報を書き込みたい量子ドット1の上に量子ヘッド11を移動させる。
量子ヘッド11の先端には、強磁性体からなる微細な探針(量子ピックアップ)12が取り付けられており、この探針12から、量子ドット1へ局所的にスピン
をもった電子を1個注入する。
通常、強磁性体から半導体にスピンを注入する場合、2つの層の間の伝導度のミスマッチのために、高偏極度のスピン注入ができないことが知られている。
しかし、バリアを通したトンネル過程においては、この問題を避けることができ、効率的なスピン注入が可能になることがわかっている。
電子注入後は、第1の実施形態と同様に、励起光源8から直線偏光の励起光を量子ドット1に入射して、量子ドット1内に横方向スピンを持った電子・正孔対を生成することで、trion状態
を量子ドット1内に作ることができる。この後、第1の実施形態と同様に、発光、およびベル状態測定を経て、探針12で電子が注入された量子ドット1に選択的に量子情報がその測定結果に応じて書き込まれる。
図9は、図8に示した量子メモリ装置から情報を読み取る動作を説明するための模式図である。なお、図9において、図8に示したものと同一のものには同一符号を付してある。
量子ドット1に書き込まれた情報(スピン)の読み出し、具体的には、局所的な単一スピン検出は、磁気共鳴力顕微鏡のような磁性体プローブを用いることで可能となる(非特許文献6参照)。
この場合、量子ヘッド11の先端に磁性体カンチレバー13が設けられる。
静磁場中でマイクロ波が照射されると、電子スピン共鳴効果による量子ドット1の電子スピン反転を、高感度なカンチレバー13が捉えることができる。この場合、静磁場に加えて、磁性体カンチレバー13が特定の量子ドット近傍に局所的な磁場を与えることができるので、一つ一つのメモリの選択的な読み出しが可能になる。
(実施例2)
第2の実施形態の具体的な実施例を説明する。
探針12としては、STMで使われるような針に、強磁性体を薄く蒸着させたものが有効である。図10は、探針12の一例を示した説明図である。図10において、探針12は、タングステン針12aにFeを2nm程度蒸着させて形成されたFeコート12bを有する。
このとき、探針12の先端の電子スピンは、平面方向に強く偏極するため、量子ドット1に注入される電子は、平面方向(ここでは、+x軸方向とする)
のスピン状態になる。
図11は、量子ドット1と、p型半導体基板10と、下部電極4との構造(量子ドットサンプル構造)の一例を示した説明図である。なお、図11において、図9に示したものと同一のものには同一符号を付してある。
図11において、量子ドットサンプルの構造として、BeをドープしたGaAs基板上に成長させたInAs量子ドット1などを用いる。微細探針12から量子ドット1へ電子を効率よく注入するために、キャップ層10aは、量子ドット1の発光効率が著しく悪化しない程度まで薄くする。ここでは、キャップ層10aの厚さを10nmとしている。
(第3の実施形態)
図12は、第3の実施形態の量子メモリ装置、具体的にはスピン偏極キャリア注入によるLED型量子メモリ装置を示した模式図である。なお、図12において、図1に示したものと同一のものには同一符号を付してある。
以下、図12を参照して、LED型量子メモリ装置について説明する。
第1、第2の実施形態では、最終的には光励起によってtrionを励起したが、電気的なキャリア注入のみを用いてtrionを作ることができる。これは、既に実現されている、LED型単一光子源を応用したものである。
図12のように、量子ドット1を、p型層101とn型層102で挟み、p-i-n構造とする。
ここで、上部電極5と下部電極4の間にキャリア注入用電圧Vcを印加して、p型層101から1個の正孔を、n型層102から2個の電子を量子ドット1に注入することで、量子ドット1中にtrionが生成される。
適当なキャリア注入用電圧Vcを印加することで、確率的にtrionを生成することも可能だが、Vcを制御し、ソース・ドレイン電圧を振ってやることで、電子2個と正孔1個を1つずつ確実に量子ドット1中に注入することもできる。このような電圧を変化させることによるキャリア注入制御は、turnstile動作と呼ばれる。
最大にエンタングルメントした状態を生成するには、
のスピンを持つtrion状態を作る必要がある。
電子に関しては、パウリの排他則のためにスピン一重項状態のみができると考えてよいが、
を作るには、
スピン偏極した正孔
をp型層101から注入する必要がある。
この目的のために、図12のように、p型層101に対して、p型層101の成長方向に垂直な電場を印加して量子ドット1へ注入する正孔を量子ドット1の面内(量子ドット1が形成されている面)に平行な方向にスピン偏極するためのスピン注入用電圧Vsが印加される少なくとも1対の偏極用電極14および15が設けられている。
偏極用電極14および15にスピン注入用電圧Vsが印加されると、正孔は、大きなスピン-軌道相互作用をもつために、この電場によって、横向きスピン
の上方向への流れが生じる(スピンホール効果)。これにより、量子ドット1に、スピン偏極した正孔を注入し、trion状態
を生成することができる。
trionを生成した後は、第1、第2の実施形態と同様に、量子ドット1からの発光、ベル状態測定を経て、量子ドット1に、その測定結果に応じた情報が書き込まれる。
(実施例3)
第3の実施形態の具体的な実施例を説明する。
図13は、Turnstile型キャリア注入を行うためのメモリ構造が有するポテンシャル状態を示したポテンシャル図である。
図13に示すように、Turnstile型キャリア注入を行うためのメモリ構造としては、GaAsに閉じ込められたInAs量子ドット1を用いる。
ここで、p型層101側のバリア層101aの厚さは11.2nm、n型層102側のバリア層102aの厚さは19nmである。InAs量子ドット1の高さは4nmである。
ここで、n型GaAs層102には、Siが1018cm-3だけドープされており、p型GaAs層101にはBeが1019cm-3だけドープされている。
バリア層101aおよび102aが有限の厚みを持つため、キャリアは、トンネル過程によって量子ドット1に入るものとする。この場合、電子および正孔のフェルミエネルギーEFe、EFhがそれぞれ量子ドット1の閉じ込め準位に等しくなるときに、高い確率でキャリアのトンネルが起こる。
したがって、Vcをうまく調整し、ポテンシャルを振ってやることで、電子、正孔を順々に量子ドット1の中に注入することができる。
図14の曲線は、電子(実線)、及び正孔(破線)それぞれの、量子ドット1へのトンネルレートのバイアス電圧Vc依存性を示している(O. Benson, et al., Phys. Rev. Lett. 84, 2513 (2000))。
図14において、各曲線は次のいくつかの状況を仮定したトンネルレートを表している。
実線A1は、量子ドット1に0個の電子があるときに、電子がn型層102からトンネルするレートを表し、実線A2は、量子ドット1に1個の電子があるときに、電子がn型層102からトンネルするレートを表す。
破線B1は、量子ドット1に2個の電子と0個の正孔があるときに、正孔がp型層101からトンネルするレートを表し、破線B2は、量子ドット1に2個の電子と1個の正孔があるときに、正孔がp型層101からトンネルするレートを表す。
各点線Cは、高次の電子準位へのトンネルレートを表している。
turnstile動作は、以下のようにして行われる。
まず、キャリア注入用電圧をVc=Ve(図14参照)に設定する。これにより、n型層102から量子ドット1へ、電子が立て続けに2個入る。電子が2個入った後は、次に入る電子は高次の電子準位に入る必要があるため、これ以上量子ドットに電子が入ることはない。
次に、キャリア注入用電圧をVc=Vh(図14参照)に設定する。これにより、正孔が1個だけ量子ドット1に入る。
このturnstile動作により、量子ドット1中に確実にtrion状態が生成される。
(第4の実施形態)
ここでは、第4の実施形態である、量子メモリを使った量子暗号通信について説明する。
量子暗号は、盗聴を検知する能力を持ち、通信路での安全性を保証する。
ただし、量子暗号で実際に配布されるのは鍵であり、この配布された鍵による暗号化を通して、実際のメッセージが古典的に送られる。配布後の鍵は、メッセージが送られるまでの間、端末の古典メモリに保存されるわけだが、この間に鍵がハッキングされるようなことがあれば、その後のメッセージ送付の安全性はもはや保証されない。したがって、量子暗号通信の安全性をより確実なものにするには、配布後の鍵を安全に保存する技術が必要とされる。
ここでは、第1ないし第3の実施形態で示した量子メモリ装置からベル状態測定器7を除いた量子メモリ装置と、ベル状態測定器を含む情報記録装置と、を含む通信情報設定システムを用いて、鍵を量子状態のまま保持するタイプの量子暗号通信法について説明する。
まず、離れた2つの量子メモリ装置間でエンタングルメントを生成する方法を示す。例えば、第1の実施形態で生成した、光子(量子ドットから発せられた光)と電子(量子ドットに残った電子)のエンタングルメントを2組用意することで、離れた量子ドット1、1の間で電子(電子のスピン)と電子(電子のスピン)のエンタングルメントを生成することができる。なお、量子ドットサンプルとしては、第1の実施形態の代わりに第2または第3の実施形態が用いられてもよい。
まず、図15のように、量子ドット21と、量子ドット22を離れた場所に用意する。
続いて、2つの量子ドット21および22において同時にtrionを生成し、同時に発光させる。これによって、第1の実施形態で説明したように、2組の電子・光子エンタングルメントが生成される。
ここで、最初は、2つの量子ドット21および22間には相関がないので、量子状態は次の直積で記述できる。
それぞれの光子がλ/4波長板25、26に通ることで、円偏光が直線偏光(水平Hもしくは垂直V)に変換され、量子状態は以下のようになる。
この後、2つの光子を、ファイバー29、30でそれぞれ運び、図7で説明した方法(情報記録装置に含まれるベル状態測定器)で光子同士のベル状態測定を行う。具体的には、ビームスプリッタ31にて2光子を干渉させ、その後、さらに偏光ビームスプリッタ32および33で光路を分け、4つの検出器D1〜D4で光子検出を行う。
ここで、(D1,D2)あるいは(D3,D4)の2つの検出器で光子が検出された場合、光の状態は
であることが知られており、その場合、上式より、電子スピンエンタングルメント
が生成される。
また、(D1,D4)あるいは(D2,D3)の2つの検出器で光子が検出された場合、光の状態は
であることが知られており、その場合、上式より、電子スピンエンタングルメント
が生成される。
それ以外の場合は、エンタングルメント生成に失敗したものとして、再び量子ドット21および22を初期化して、光子・電子エンタングルメント生成過程からやり直す。エンタングルメントの生成確率は2分の1となる。
また、さらにλ/2波長板27もしくは28が挿入されることで、これ以外のエンタングルメント状態を生成することも可能になる。例えば、λ/2波長板27が挿入され、量子ドット21側の光の偏光をさらに90度回転することで、
というエンタングルメント状態を作ることができる。
ここで、上向きスピンを0、下向きスピンを1と読み直せば、上記エンタングルメント状態は、
というエンタングルメント状態になる。これは、Aが0ならばBも0で、Aが1ならばBも1という相関を持った状態を意味する。
この電子スピン間のエンタングルメント状態を、量子暗号通信に応用することができる。
図16のように、通信したいAとBが、それぞれ多数の量子ドット(量子メモリ)1〜1を持っているものとする。
ここで、上記の方法により、AとBの多くの量子ドット間で、電子スピンの相関対を作り出す。これらは、Aが0ならばBも0で、Aが1ならばBも1であるが、0になるか1になるかはランダムであるという状態になる。この状態はいわゆる共通の乱数列、すなわち共通鍵として使用することができる。
ここで、通常の量子暗号通信では、配布後、共通鍵は、古典的な0、1として古典メモリに保存されるため、ハッキングの恐れがあるのに対し、本実施例の場合、鍵は、量子状態
として量子メモリに保存される。このため、鍵の秘匿性が保証される。
具体的には、A、Bの量子メモリ装置(量子ドット)に保存されたスピンに対し、Bell不等式の検証を行うことで、通信路での盗聴とメモリに保存後のハッキングを両方同時に検出することができる。
また、この量子暗号通信システムのもう一つの利点としては、量子メモリが、単一光子源の役割を兼ねている点である。これにより、弱いコヒーレント光源を使った量子暗号に比べ、盗聴に強く、また、通信速度の速いシステムを構築できる可能性がある。
さらに、通常、エンタングルメントした量子状態は、通信路における散乱や雑音、及び、メモリ内でのデコヒーレンスにより、劣化する。しかし、エンタングルメントを2つのメモリ間に生成した後は、エンタングルメント蒸留という手法により、エンタングルメントの高純度化を行うことが可能になる。これにより、図17に示すように、メモリに蓄えられた2つ以上の不完全なエンタングルメント対から、より良質な1つのエンタングルメント対を得ることが可能になる。
(実施例4)
ここでは、第4の実施形態における実施例を示す。
スピンの読み出し方法として、第1の実施形態で示した、光による読み出しを用いる。この方法は、z方向のスピンの向きが上向きか下向きかを調べる射影測定である。
このz方向の射影測定と、次に示す1/2波長板による実効的なスピン回転を組み合わせ、図18のようなBB84と同等な量子暗号システムを構築する。なお、図18において、図15に示したものと同一のものには同一符号を付してある。
第4の実施形態において、2光子干渉によって
のような状態ができるのを説明した。
ここでさらに、図18において、B側1/2波長板28で直線偏光の角度を45度回すことで、
が生成でき、A側1/2波長板27で直線偏光の角度を45度回すことで、
が生成できる。
また、波長板27、28の両方で45度回せば、
が生成できる。
これらは、量子暗号において、測定基底を選ぶ操作に相当する。
図18では、1/2波長板27および28を忠実な第三者が保持しているものとする。
そして、この第三者がA、Bの偏光を回すか回さないか、すなわち、どの基底を選ぶかをランダムに決める。
この基底の情報は、この第三者が安全に保持しておく。また、鍵自体は、実際にメッセージ送信に用いるまでの間、電子スピンとしてA、Bそれぞれの量子メモリ装置(量子ドット)の中に保存しておく。
実際にメッセージを送信する際に、第三者は、基底の情報を、AおよびBに、古典通信路によって公開する。このとき、AとBは、波長板27、28において両方とも偏光を回さずに、あるいは両方とも回して生成した量子メモリ装置対のみを鍵として使用する。
ここで、両方とも偏光を回さない場合、状態は
となり、両方とも回した場合、状態は
となっているため、z方向への射影測定を行うことで、完全に相関した共通の乱数列が生成される。この乱数列を共通鍵として、暗号通信に用いる。
ここでは、実際に量子メモリ装置を射影測定するまで、鍵はスピンという量子状態にあり、決まった値を持っていないため、鍵の安全性が高められる。
(第5の実施形態)
図19は、第5の実施形態である、上述した量子メモリ装置を用いた量子中継を説明するための説明図である。
遠く離れた2人の通信者AとBの間に、2個以上の量子ドットからなる中継器200を幾つか用意する。具体的には、各中継器200は、第1ないし3の実施形態の量子メモリ装置からベル状態測定器9を除いた量子メモリ装置を複数含む。
まず、第4の実施形態と同様に、図15に示されたような、trion発光と2光子干渉によって、隣り合う2つの中継器200の間の各区間に、電子スピン同士のエンタングルメントを作り出す。
この干渉の際、2個の検出器が光子を検出し、エンタングルメントの生成に成功したときのみ、電子スピン対を中継器のメモリ(量子ドット)で保持しておく。これ以外の場合は、エンタングルメントの生成に失敗したものとして、もう一度やり直す。
隣り合う中継器200間でエンタングルメントを生成した後は、エンタングルメントスワッピングを用いて、長距離間でエンタングルメントを生成する。
具体的には、図15に示されたようなベル状態測定器を有する情報記録装置が、図19の各中継器200内の2つの量子ドットの間でベル測定を行うことで、隣り合う各中継器200間での多数のエンタングルメントを、遠く離れたAとBの間での一つのエンタングルメントへと変換できる。
最後に、この量子相関を使って量子テレポーテーションを行うことで、AからBへ量子情報を送ることができる。これにより、AとBの間で長距離の量子通信を行うことが可能となる。
この量子中継法の長所として、離れた電子同士をエンタングルメントさせる際、2つの検出器での測定によって、エンタングルメントの生成に成功したか失敗したかを知ることができる。このため、例えば通信路において光子が吸収されたり散乱されたりする過程を取り除くことができ、最終的に良質なエンタングルメントを得ることができる。
(第6の実施形態)
ここでは、第6の実施形態である、上述した量子メモリ装置を用いた量子認証について説明する。
量子ドットは、他の量子メモリの候補と比べて、集積化が容易である。このため、例えば図20のように、量子ドット1をクレジットカード180に埋め込むようなことが可能になる。
ただし、電子スピンを室温で量子メモリとして用いるのは難しいため、カードを持ち歩くような際には、電子スピンを、例えば核スピンのような(非特許文献5)、より安定な物理系に書き込みなおす必要がある。
まず、認証に用いるためには、あらかじめクレジットカード180に情報を書き込む必要がある。
2地点に多数の量子ドット1〜1集合があるとする。ここでは、そのうちの片方の量子ドット集合はクレジットカード会社に保管されており、もう片方はクレジットカード180に埋め込まれているものとする。
第4の実施形態と同様、図20のようにtrionを2地点で同時に発光させ、干渉させる。
これにより、クレジットカード会社とクレジットカードの間に、エンタングルメントした量子メモリ対を多数生成することができる。
認証の際には、クレジットカード会社は、自分たちの保管している量子メモリと、提示されたクレジットカード180の量子メモリとの間に確かな量子相関があるかどうかを、ベル不等式を調べることによって確かめればよい。
エンタングルメントのmonogamyという性質により、ある2つの系(ここでは、クレジットカード会社と正しいクレジットカード)が強くエンタングルメントしている場合、それ以外の系(例えば、偽のクレジットカード)は、それら2つと相関を持つことができない。このため、もし提示されたクレジットカードとの間に十分な量子相関があることが分かれば、それが正しいクレジットカードであると判断することができる。
量子メモリを使ったこのような認証には、以下のような利点がある。(1)認証に、安全な量子通信を用いることができる。(2)量子力学の非クローン化定理から、カードを偽造することができない。
上記各実施形態および各実施例によれば、量子ドット1内に、電子2個と正孔1個から成るtrionという状態が生成される。trion状態は、電子1個と正孔1個が再結合することにより発光するため、発光により光子が1個生成された後、量子ドット内には電子が1個残る。このとき、量子ドットから出てくる光子の偏光と、量子ドット内に残った電子のスピン方向との間には、エンタングルメントが存在する。
この光−電子間のエンタングルメントが存在する状況で、ベル状態測定器7が、量子ドット1から出てくる光子と、偏光状態を記憶させる光子と、の間のベル状態を判別すると、記憶させる光子の偏光状態を、量子ドット1内の電子のスピン状態に転写する量子テレポーテーションを行うことが可能となる。
具体的には、ベル状態測定器7が、trionからの光子と、偏光状態を記憶させたい光子と、の間でベル状態測定を行い、その測定結果に応じて、電子のスピンの向きが回転させることで、記憶させたい光子の偏光情報が、量子ドット1に残った電子スピンに転写される。これは、光から電子への量子テレポーテーションに相当する。
このため、半導体での光吸収の問題を回避しつつ、光の状態を電子スピンとして書き込むことが可能になる。
上記実施形態では、量子ドットの面内に平行な方向にスピン偏極させた正孔が、量子ドット1に注入される。
この場合、発生する光子の偏光と、残った電子のスピンとの間で、完全な量子相関(最大にエンタングルメントした状態)をつくることができる。光子と電子が最大にエンタングルメントした状態を使えば、光子の偏光状態を、忠実に電子のスピン状態に転写することが可能となる。
また、書き込みと逆の、電子から光子へのテレポーテーションを行えば、量子状態を壊さずに、情報をそのまま光として取り出すことができる。
この場合、もう1つ別の量子ドットに、同様にtrionを生成し、発光させる。その後、この量子ドットと、情報が記憶されている量子ドット間で、電子スピン間のベル測定を行う。この測定結果を元に、光子の偏光をまわすことで、元の電子スピンの情報が、後で生成された光子に写される。
各実施の形態および各実施例の効果として、以下の2点が挙げられる。
1. 量子テレポーテーションによって、光から安定な電子スピン状態へ、量子情報を直接書き込むことができる。
2. 光吸収ではなく発光という過程を使っているため、効率的である。
また、trionの発光後は、量子ドット内には電子1個のみが残り、量子テレポーテーション後、この電子のスピンに情報が書き込まれる。このテレポーテーションの過程では、光吸収の場合と異なり、量子ドット内に正孔が発生することはない。このため、正孔を引き抜いたりすることなく、光の情報を電子スピンへ直接書き込むことができる。
電子スピンは、励起子スピンに比べて非常に安定であるため、長い時間量子情報を保持することができる。また、量子ドットに情報を記憶させるために、従来の光吸収と逆の、発光というプロセスを用いている点も各実施形態および各実施例の特徴である。
通常、特定の量子ドットに1個の光子を吸収させる場合、その吸収確率を100%に近づけるのは非常に難しい。それに対し、各実施形態および各実施例の場合、欠陥が少なく、非輻射緩和のない量子ドットを用いれば、生成されたtrionは高い確率で発光するので、より効率的な情報の保存が可能になる。
なお、第1の実施形態では、注入部は、量子ドット1が積層されたn型半導体層2と、量子ドット1とn型半導体層2を挟むように設けられ、n型半導体層2が有する1個の電子を量子ドット1に注入するための電圧が印加される少なくとも一対の電極4および5と、量子ドット1中に1個の電子および1個の正孔を生成する光を発する励起光源8と、を含む。
この場合、n型半導体層2を、1個の電子の供給源として用いることが可能になり、励起光源8を、1個の電子および1個の正孔の供給源として用いることが可能になる。
また、第2に実施形態では、注入部は、量子ドット1に1個の電子を注入する探針12と、量子ドット1中に1個の電子および1個の正孔を生成する光を発する励起光源8と、を含む。
この場合、探針12を、1個の電子の供給源として用いることが可能になり、励起光源8を、1個の電子および1個の正孔の供給源として用いることが可能になる。
また、第2の実施形態では、量子ドット1内の電子のスピン状態を読み出すための磁性体を有するカンチレバーをさらに含む。
この場合、量子ドット1内の電子のスピン状態を読み出すことが可能になる。
また、第3の実施形態では、注入部は、量子ドット1を挟むように配置されたn型半導体層102とp型半導体層101と、量子ドット1とn型半導体層102とp型半導体層101を挟むように設けられ、n型半導体層102が有する2個の電子を量子ドット1に注入し、p型半導体層101が有する1個の正孔を量子ドット1に注入するための電圧が印加される少なくとも一対の注入用電極4および5と、を含む。
この場合、n型半導体層を102、2個の電子の供給源として用いることが可能になり、p型半導体層101を1個の正孔の供給源として用いることが可能になる。
また、第3の実施形態では、注入部は、p型半導体層101に対してp型半導体層101の成長方向に垂直な電場を印加して量子ドット1へ注入する正孔をスピン偏極するために電圧が印加される少なくとも1対の偏極用電極14および15をさらに含む。
この場合、量子ドット1へ注入する正孔をスピン偏極することが可能になる。
また、各実施の形態では、量子ドット1を囲むように配置され、量子ドットから発生する光を制御する共振器3が含まれる。
この場合、trionが生成されてから光が発生するまでの時間を短くすること、および、その光の進行方向を制御することが可能になり、ベル測定を高い確率で実行することが可能になる。
また、第4ないし6の実施の形態の通信情報設定システムでは、光吸収ではなく発光という過程を使って、2つの量子メモリ装置に共有された量子相関をその2つの量子メモリ装置に記録することが可能になる。このため、通信用(例えば、共通鍵)または認証用に使用されることが可能な量子相関を、半導体での光吸収の問題を回避しつつ記録することが可能になる。
以上説明した各実施の形態および各実施例において、図示した構成は単なる一例であって、本発明はその構成に限定されるものではない。
(産業上の利用可能性)
本発明によれば、秘匿性の高い安全な通信、認証が可能になる。