JP5527232B2 - 質量分析データ処理方法及び装置 - Google Patents

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Description

本発明は、試料の2次元領域内の複数の微小領域で質量分析を実行して収集される質量分析イメージジングデータを解析する質量分析データ処理方法及び装置に関する。
生体組織等の試料の形態観察を行うと同時に、その試料上の所定領域に存在する分子の分布を測定する装置として、顕微質量分析装置或いはイメージング質量分析装置などと呼ばれる装置が開発されている(特許文献1〜3、非特許文献1、2など参照)。こうした装置によれば、試料をすり潰したり破砕したりすることなく試料の形態をほぼ維持したまま、顕微観察に基づいて指定された試料上の任意の領域に含まれる特定の質量電荷比m/zをもつイオンの分布画像(マッピング画像)を得ることが可能であり、特に、生化学分野、医療・薬学分野などにおいて、例えば生体内細胞に含まれるタンパク質等の分布情報を得るといった応用が期待されている。
試料に関する所望の情報、例えば試料を特徴付ける物質の種類やその量の分布、などを分析者が容易に把握できるようにするには、収集した質量分析イメージングデータに対して適切な解析処理を実行し、その結果を適切な態様で表示することが重要である。試料上の或る程度の面積の2次元領域に対する質量分析イメージングデータを取得した場合、このデータは多数の測定点(微小領域)のマススペクトルデータを含む。そのため、データの量は極めて膨大になる。そこで、このような膨大な量のデータに対し、有意で且つ分析者が理解し易い情報を得るための様々な手法が従来提案されている。
例えば一つの方法として、全測定点のマススペクトルを積算することで作成される積算マススペクトルを表示画面上に表示し、その積算マススペクトルに現れるピークの中から適当なピークを分析者が選択し、既存のMSイメージ表示ソフトウエア(例えばBioMapなど)を用いて選択されたピークの強度空間分布を表示するという方法がある(例えば非特許文献3参照)。図9はこの方法による、互いに相違する質量電荷比における強度空間分布の表示例、図10はこれら強度空間分布を重ね合わせた表示例である。このように複数のピークの強度空間分布を重ね合わせて表示することにより、特定の組織構造とその主要な物質の質量電荷比とを知ることができる。
別の方法として、主成分分析(PCA=Principal Component Analysis)、独立成分分析(ICA=Independent Component Analysis)、因子分析(FA=Factor Analysis)などの多変量解析を利用する方法が、非特許文献4などに記載されている。多変量解析では、類似した強度空間分布を有する複数の物質が各因子に集約される。この因子毎にスコアとローディングとを表示するのが一般的であり、非特許文献4では、スコアを2次元空間分布、ローディングを散布図として表示するようにしている。
しかしながら、上述したような従来の方法では次のような問題がある。
即ち、MSイメージ表示ソフトウエアを用いた解析手法では、分析者が積算マススペクトル上でピークを選択すると、そのピークに対応した質量電荷比の強度空間分布が表示される。このため、空間的に特異的な分布を示す物質に対応したピークが必ずしも選択され表示されるとは限らない。また、試料上の小領域毎に特異的な強度空間分布を示すピークを探し出したい場合には、分析者が試行錯誤的に複数のピークの強度空間分布を比較したり重ね合わせ表示を行ったりする必要がある。このため、通常、分析者は積算マススペクトル上の多くのピークに対するイメージ表示を行う作業を繰り返す必要があり、多大な労力と時間とを要する。
一方、多変量解析を用いた方法では、多くの場合、因子数の決定や各因子のローディング値の解釈などに専門的な知識が必要である。また、PCAの場合には主成分に対するマススペクトルを表示すると強度がマイナスとなるピークが含まれることがある等、結果の物理的意味付けを解釈するのが困難であることもある。そのため、分析にあたれる者が限定されてしまい、効率的な解析は難しく、スループットを向上させることも困難である。また、PCAでは1つの主成分を1つの空間分布として表示するが、1つの物質の情報は複数の主成分に反映されるため、PCAの結果だけを見ても物質の空間分布や含有量を特定することはできないという問題もある。
特開2007−66533号公報 特開2007−157353号公報 特開2007−257851号公報
小河潔、ほか5名、「顕微質量分析装置の開発」、島津評論、株式会社島津製作所、平成18年3月31日発行、第62巻、第3・4号、p.125−135 原田高宏、ほか8名、「顕微質量分析装置による生体組織分析」、島津評論、株式会社島津製作所、2008年4月24日発行、第64巻、第3・4号、p.139−146 「MSイメージング技術による病理組織切片上におけるバイオマーカーの探索」、[online]、株式会社島津製作所、[平成22年2月25日検索]、インターネット<URL: http://www.an.shimadzu.co.jp/bio/biomarker/297-0425_msimaging.pdf> 森永、ほか2名、「PCAによるMS Imagingデータ解析ソフトの開発」、第57回質量分析総合討論会(2009)講演要旨集、日本質量分析学会、2009年5月1日発行
本発明は上記課題を解決するためになされたものであり、その目的とするところは、イメージング質量分析により収集された膨大なデータに基づいて、生体試料の組織構造などを把握するために有意であって且つ分析者が直感的にも理解し易い情報を提示することができる質量分析データ処理方法及び装置を提供することにある。
上記課題を解決するために成された第1発明に係る質量分析データ処理方法は、試料上の2次元領域内に設定された複数の微小領域に対してそれぞれ質量分析を実行することにより収集されたデータを処理する質量分析データ処理方法であって、
a)前記微小領域毎に、その微小領域に対応したマススペクトルデータに基づいて最大強度を与える質量電荷比を抽出する第1ステップと、
b)各微小領域を第1ステップで得られた質量電荷比に応じて複数のクラスタに振り分ける第2ステップと、
c)前記複数のクラスタのうちの1又は複数の任意のクラスタについて、クラスタ毎に異なる表示色をそのクラスタに属する微小領域に与え、前記2次元領域の全体又は一部に対応したカラー2次元画像を作成して表示する第3ステップと、
を有することを特徴としている。
第1発明に係る質量分析データ処理方法は、好ましくは、
d)全ての微小領域に対応したマススペクトルデータを積算した積算マススペクトルを求める第4ステップと、
e)前記第3ステップで表示色が与えられたクラスタに対応したピークについて該表示色と同色を与えて前記積算マススペクトルを表示する第5ステップと、
をさらに有するようにするとよい。
また第2発明に係る質量分析データ処理装置は、第1発明に係る質量分析データ処理方法を実施するための装置であって、試料上の2次元領域内に設定された複数の微小領域に対してそれぞれ質量分析を実行することにより収集されたデータを処理する質量分析データ処理装置において、
a)前記微小領域毎に、その微小領域に対応したマススペクトルデータに基づいて最大強度を与える質量電荷比をそれぞれ抽出する情報抽出手段と、
b)各微小領域を前記情報抽出手段により得られた質量電荷比に応じて複数のクラスタに振り分けるクラスタリング手段と、
c)前記複数のクラスタのうちの1又は複数の任意のクラスタについて、クラスタ毎に異なる表示色をそのクラスタに属する微小領域に与え、前記2次元領域の全体又は一部に対応したカラー2次元画像を作成して表示画面上に表示する表示情報形成手段と、
を備えることを特徴としている。
第1及び第2発明に係る質量分析データ処理方法及び装置の処理対象であるデータは、各微小領域における質量電荷比と信号強度(イオン強度)との関係を示すマススペクトルデータを含む。第2発明に係る質量分析データ処理装置において情報抽出手段は、微小領域におけるマススペクトルデータ毎に、最大の信号強度を示すピークを探索し、そのピークに対応した質量電荷比を抽出する。最大強度を示すピークを探索するのは、このピークに対応した物質が各微小領域において最も多く含まれる物質である可能性が高いためである。
特に質量電荷比範囲を限定することなく(マススペクトルの測定対象となっている質量電荷比範囲全体に亘って)最大強度を探索するようにしてもよいが、例えば分析対象物質の質量電荷比範囲が予め分かっている場合には、探索する質量電荷比範囲を絞ったほうが探索時間を短縮できるだけでなく、不適切なピークが探索されてしまうことを回避できる。また、例えばMALDIイオン化に用いられるマトリクス由来の物質など、分析対象でない質量電荷比やその範囲が予め分かっている場合には、最大強度探索時にこれを除外することが望ましい。
こうしたことから、第2発明に係る質量分析データ処理装置において、前記情報抽出手段は、指定された質量電荷比範囲について、又は、指定された質量電荷比若しくは質量電荷比範囲を除いて、最大強度を与える質量電荷比を抽出する構成とするとよい。
各微小領域において最大強度を与える質量電荷比が求まったならば、クラスタリング手段がその質量電荷比に基づいて微小領域を複数のクラスタに振り分ける。具体的には、同じ質量電荷比を有する微小領域をグループ化してもよいが、実用的には所定の許容幅をもつ質量電荷比範囲内に入る微小領域をグループ化すればよい。この許容幅を適宜(数Da程度)に定めておけば、同一物質由来の同位体ピークを同じクラスタに入れることができる。クラスタの総数は試料によって(通常は含まれる物質の多さによって)異なることは言うまでもない。
表示情報形成手段は、クラスタリングにより生成された複数のクラスタのうちの任意のクラスタについて、表示上で容易に識別可能であるように各々異なる表示色を与え、2次元領域の全体又は一部に対応したカラー2次元画像を作成して表示画面上に表示する。これにより、マススペクトルの中でピーク強度が最大となる質量電荷比が同じ又はほぼ同じ微小領域が、カラー2次元画像(質量分析イメージング画像)上で同じ色で表示されることになる。
上述したように最大強度を示すピークに対応した物質は各微小領域において最も多く含まれる主要物質であると推測でき、同じクラスタに属する微小領域は同じ主要物質を含んでいると考えられる。カラー2次元画像では、同じ主要物質を多く含む微小領域が同じ色で表示されることになり、同一物質の空間分布を容易に且つ直感的に把握することができる。また、同一クラスタに属する微小領域を同一色で表示し、その色をクラスタ毎に異なるものとすることにより、複数の物質の空間分布を1枚のカラー2次元画像上に可視化することができる。
一般に、クラスタの数がかなり多くなる場合でも、生体試料の組織構造を把握する際に重要な物質の数はそれほど多くなく、或る程度、物質の数を絞って空間分布を見れば十分な情報が得られる。また、1枚のカラー2次元画像上に同時に表示される色の数が多すぎると、却って煩雑で分析者が理解しにくくなる。そこで、本発明に係る質量分析データ処理装置では、分析者がカラー表示させる1又は複数のクラスタを自由に選択できるようにしておくとよい。
大きな信号強度を示す物質ほど含有量が多いと考えられ、一般的には、そうした物質の空間分布が重要である場合が多い。そこで、分析者がクラスタを選択する際の参考に資するために、クラスタ毎に、そのクラスタに属する微小領域の中で最大強度が最も大きなものを抽出し、それをクラスタを代表する強度値として表示したり、その強度値の順にクラスタを並べ替えてその順序によりクラスタを選択可能としたりするとよい。これにより、分析者が適宜1又は複数の物質を選択し、選択した物質についての空間分布を1枚のカラー2次元画像上で確認することができる。
また第2発明に係る質量分析データ処理装置は、好ましくは、全ての微小領域に対応したマススペクトルデータを積算した積算マススペクトルを求める積算演算手段をさらに備え、前記表示情報形成手段は、カラー2次元画像作成時に表示色が与えられたクラスタに対応したピークについて該表示色と同色を与えて前記積算マススペクトルを表示画面上に表示する構成とするとよい。
この場合、同じ表示画面上に積算マススペクトルと上記のカラー2次元画像とを表示するとよい。分析者は、カラー2次元画像上で或る物質の空間分布を確認しつつ、積算マススペクトル上に表示される同じ色のピークを見ることで、その質量電荷比から物質を推測し、そのピーク強度からおおよその含有量を把握することができる。
また、表示画面上に表示する積算マススペクトル上で少なくとも色付け表示されたピークに対応する質量電荷比の値を表示する構成としておけば、質量電荷比をより正確に確認して物質の推測が容易である。
本発明に係る質量分析データ処理方法及び装置によれば、イメージング質量分析により収集された膨大なデータに基づいて、試料に含まれる物質の空間分布が容易に且つ直感的に理解できるような情報を形成し、これを分析者に提示することができる。また特に、複数の物質の空間分布を同時に1枚のカラー2次元画像上にわかり易く可視化することができる。これによって、例えば生体試料の組織構造の把握などに大いに寄与する。
また本発明に係る質量分析データ処理方法及び装置では、積算マススペクトル上での試行錯誤的なピーク選択作業の繰り返しを行う必要がなく、また多変量解析を行う際に一般に必要とされるピーク抽出処理も要しないので、処理時間を短縮してスループットを向上させることができる。さらにまた、多変量解析を利用した方法のように解析作業やその結果の解釈などに専門的な知識を有することもないので、分析者の負担が軽減されるという利点もある。
本発明に係る質量分析データ処理装置を利用したイメージング質量分析装置の一実施例の概略構成図。 本実施例のイメージング質量分析装置におけるデータ処理手順のフローチャート。 本実施例のイメージング質量分析装置におけるデータ処理の説明図。 本実施例のイメージング質量分析装置におけるデータ処理の説明図。 実験に用いた試料の光学顕微鏡画像、質量分析イメージ、及びマススペクトルを示す図。 図5に示した試料をデータ処理した結果の一例を示す図。 マウス脳を試料とした実測による光学顕微鏡画像、イメージング画像及び積算スペクトルを示す図。 生姜切片を試料とした実測による光学顕微鏡画像、イメージング画像及び積算スペクトルを示す図。 従来の手法による、互いに相違する質量電荷比における強度空間分布の表示例を示す図。 図9に示した強度空間分布を重ね合わせた表示例を示す図。
以下、本発明に係る質量分析データ処理装置を用いたイメージング質量分析装置の一実施例について、添付図面を参照して説明する。図1は本実施例によるイメージング質量分析装置の概略構成図である。
このイメージング質量分析装置は、試料8上の2次元測定対象領域8aの顕微観察を行うとともに該領域8a内のイメージング質量分析を実行するイメージング質量分析本体部1と、イメージング質量分析本体部1で収集された質量分析スペクトルデータを解析処理するデータ処理部2と、質量分析スペクトルデータを記憶しておくデータ記憶部3と、イメージング質量分析本体部1で撮影された画像信号を処理して顕微画像を構成する顕微画像処理部4と、それら各部を制御する制御部5と、制御部5に接続された操作部6及び表示部7と、を備える。
イメージング質量分析本体部1は例えば、非特許文献1、2などに記載のように、MALDIイオン源、イオン輸送光学系、イオントラップ、飛行時間型質量分析器、などを含み、所定サイズの微小領域に対する所定質量電荷比範囲に亘る質量分析を実行する。図示しないが、イメージング質量分析本体部1は試料8が載置されたステージをx、yの2軸方向に高精度で移動させる駆動部を含み、試料8を所定ステップ幅で移動させる毎に質量分析を実行することにより、任意の領域に対する質量分析スペクトルデータの収集が可能である。なお、制御部5、データ処理部2、データ記憶部3、顕微画像処理部4などの機能の少なくとも一部は、パーソナルコンピュータに搭載された専用の処理・制御ソフトウエアを実行することにより達成される。
本実施例のイメージング質量分析装置は、イメージング質量分析本体部1により収集された膨大な質量分析スペクトルデータを解析処理して表示部7の画面上に表示するデータ処理部2におけるデータ処理にその特徴を有する。この特徴的なデータ処理の一例について、図2〜図4により詳細に説明する。図2はデータ処理手順を示すフローチャート、図3、図4は図2の処理を説明するための模式図である。
イメージング質量分析本体部1では、図3中に示すように、試料8上に設定された所定の2次元測定対象領域8a内をx方向、y方向にそれぞれ細かく区分した微小領域8b毎にマススペクトルデータが得られる。このマススペクトルデータは所定の質量電荷比範囲に亘る強度信号を示すマススペクトルを構成するデータである。
通常、微小領域8bの1辺の長さは試料8が載置されたステージの移動ステップ幅により決まる。後述するデータ処理により、1個の微小領域8bで得られるマススペクトルデータに基づいてその微小領域8b毎にカラー2次元画像上での表示色が定められる。したがって、色付けなどの画像処理上ではこの微小領域が最小単位となるので、画像処理上のピクセルと微小領域とは同義であり、以下の説明では微小領域をピクセルと呼ぶ。即ち、図3中に示すように、2次元測定対象領域8a内には格子状にピクセルが配列されている。ここでは、所定の規則でそれらピクセルに番号(i=1〜N)を付与し、その番号と位置座標とが対応しているものとする。
データ処理の開始が指示されると、まずデータ処理部2はデータ記憶部3から処理対象である質量分析イメージングデータ、即ち、上述したN個のピクセル毎に得られたマススペクトルデータを全て読み込む(ステップS1)。
次に、例えばピクセル番号の順に、1つのピクセルに対応したマススペクトルデータを解析し、マススペクトルに現れる全てのピークの中のピーク信号の最大強度(MI)と、その最大強度を与える質量電荷比とを抽出し、それを記憶する(ステップS2)。ステップS3では全てのピクセルに対する上記処理が終了したか否かを判定し、終了していなければステップS2へ戻る。
図3には、ピクセル番号iがn、r、p、qである4個のピクセルに対応したマススペクトルデータを示している。ピクセル番号iに対する最大強度をMI(i)、これに対応した質量電荷比をm/z(i)と記す。例えばピクセル番号iがnであるピクセルにおいては、最大強度MI(n)=I1、これに対応した質量電荷比m/z(n)=M1である。またピクセル番号iがpであるピクセルにおいては、最大強度はMI(p)=I2、これに対応した質量電荷比m/z(p)=M1である。ステップS2、S3の繰り返しにより、全N個のピクセルに対して同様の処理が繰り返され、その結果、N個のピクセル全てについて、最大強度MI(1)、質量電荷比m/z(1)〜最大強度MI(N)、質量電荷比m/z(N)が収集され、これが記憶される。
マススペクトル上で最大強度を示すピークに対応する物質はそのピクセルに最も多く含まれる物質であると推測できる。したがって、前述したピクセル毎に最大強度を探索する作業は、そのピクセルに最も多く含まれる物質を探索することに相当する。
次に、N個のピクセルをそれぞれ質量電荷比m/z(i)に応じてクラスタリングする(ステップS4)。具体的には、質量電荷比m/z(i)が同一であるもののみから1つのクラスタを構成するのではなく、質量電荷比m/z(i)が所定の許容範囲(中心質量電荷比Mに対しM±ΔM)内に入るピクセルを同一クラスタに集め、全体で複数のクラスタを作成する。ΔMを適宜に定めることにより、測定上の誤差を吸収するのみならず、同一物質に由来する同位体ピークを同じクラスタに含めることができる。図3の例では、ピクセル番号nのピクセルとピクセル番号pのピクセルとは質量電荷比m/z(n)、m/z(p)が同一であるため、質量電荷比範囲がM1±ΔMである同じクラスタに分類される。また、ピクセル番号qのピクセルとピクセル番号rのピクセルとは質量電荷比m/z(q)、m/z(r)が同一であるため、上記クラスタとは別の質量電荷比範囲がM2±ΔMである1つのクラスタに分類される。
前述のようにマススペクトル上で最大強度を示すピークは最も含有量が多い物質を示しており、1つのピークは1つの物質に対応していると考えると、質量電荷比m/z(i)が略同一であるピクセルは含有量が最大である物質が共通したものであると捉えることができる。したがって、上記クラスタリングは、最大の含有量を示す物質が共通であるピクセルに関する情報を集約する作業に相当する。ここでは生成されたクラスタにクラスタ番号cj(j=1,2,3,…)を与える。この時点ではクラスタ番号cjは質量電荷比の小さい順に与えればよい。
全てのピクセルがクラスタリングされたならば、クラスタ毎に、1つのクラスタに含まれる複数のピクセルに対する最大強度MI(i)の最大値を抽出し、その最大値をそのクラスタを代表する代表最大強度MI(cj)として定める。そして、クラスタ毎に、質量電荷比m/z(cj)、代表最大強度MI(cj)、含まれるピクセルの番号px(cj)などを記憶する(ステップS5)。
さらに、全てのクラスタの代表最大強度MI(cj)を読み出して、その値が大きい順にクラスタを順序付け、その順序に従ってクラスタ番号cjをふり直す。これにより、代表最大強度MI(cj)が最大であるクラスタのクラスタ番号cjがc1となり、クラスタ番号cjが進むに従って代表最大強度MI(cj)が小さくなる。こうして番号を振り直したクラスタ番号cjと代表最大強度MI(cj)とを併せて表示部7に表示することにより、分析者がクラスタを選択する際の参考に資する(ステップS6)。
例えば、代表最大強度MI(cj)が他に比べて極端に小さいクラスタに含まれるピクセルは、組織構造の把握にそれほど重要でないと考えられる。そこで、分析者は表示された代表最大強度MI(cj)を参考にして、空間分布を表示したい(確認したい)クラスタを操作部6により1又は複数選択する(ステップS7)。すると、データ処理部2はこの指示を受けて、分析者により選択されたクラスタについてクラスタ毎に異なる色を割り当て、それらクラスタに含まれるピクセルを色付けした2次元のイメージング画像を作成し、表示部7の画面上に表示する(ステップS8)。
図3は、クラスタ番号cjがc1、c2、c3である3つのクラスタが選択された場合の例であり、2次元測定対象領域8aに対応したイメージング画像上では、これらクラスタに属するピクセルがクラスタ毎に異なる色(図3では濃淡で示している)で表示されている。この画像上で同一色で示されるピクセルは含有量が最も多い物質が同一であるピクセルである。したがって、同一物質が主に分布している部分が同一色で示され、組織構造などが明瞭に現れる。
さらに、データ処理部2は全ピクセルの積算マススペクトルを算出して、これを上記イメージング画像と同一画面上に表示する。この際に、先に分析者により指定されたクラスタに対応する質量電荷比(例えば図3中のM1±ΔM)のピークを、イメージング画像上の当該クラスタと同一色でもって色付けして表示する(ステップS9)。例えば、図3中のM1±ΔMの質量電荷比をもつクラスタの表示色がイメージング画像上で赤であれば、積算マススペクトルにおいてM1±ΔMの質量電荷比範囲に現れるピークが赤で表示される。これにより、特定の物質の空間分布をイメージング画像で確認するとともに、その物質の質量電荷比と強度(全体の含有量)とを積算マススペクトル上で確認することができる。さらにまた、積分マススペクトル上には、少なくとも色付け表示したピークについて、その質量電荷比を数値で且つ同色でラベル表示するとよい。
図4は複数のクラスタを色付けしたときのイメージング画像の構造を模式的に示したものである。即ち、試料8上の空間座標であるx、yと質量電荷比m/zとを3軸とする3次元空間を考えると、この3次元空間内に各ピクセルのマススペクトルデータにおける最大強度MI(i)が位置付けられる。図4ではピクセル8bの真上に描いた矩形領域(斜線等で塗りつぶした領域)が最大強度MI(i)を示している。
複数のピクセルにおいて最大強度MI(i)を与える質量電荷比m/z(i)が同一である場合、それらピクセルに対応する最大強度MI(i)はm/z軸に沿ってx−y平面に平行な平面、例えばP1、P2などの上に載る。この1枚の平面が1つのクラスタ、つまりは1つの物質に相当し、1枚の平面上の最大強度MI(i)の分布が1つのクラスタに含まれるピクセルの分布に相当する。したがって、1つのクラスタに表示色を割り当てると、そのクラスタに対応した平面上に載った最大強度MI(i)の占める領域が色付けされ、そうした色付けされた複数の平面がx−y平面に投影された像が上述したイメージング画像である。このことから、本実施例の装置において表示されるイメージング画像は、異なる物質の空間分布が異なる表示色で1枚の画像上に重ね描きされたものと捉えることができる。
前述のデータ処理の具体例を図5及び図6を参照して説明する。ここで示す例はマウス網膜を試料としたものである。この試料に対する光学顕微鏡画像を図5(a)に示す。この試料上に設定された2次元領域は101×98(=9898)個のピクセルを含み、各ピクセルにおいて、m/z500〜1000の質量電荷比範囲に亘るマススペクトルを測定した。
全ピクセルに対して得られたマススペクトルデータに基づく積算マススペクトルを図5(c)に示す。また、この積算マススペクトル中で最大強度のピークを与えるm/z761のMSイメージ(マッピング画像)を図5(b)に示す。図5(a)、(b)を見比べると、m/z761である物質はマウス網膜構造にほぼ対応して分布していることが分かる。既存のMSイメージ表示ソフトウエアを用いた従来手法では、このような積算マススペクトルを参考として、分析者が順次、質量電荷比を指定し、MSイメージを表示するようにしていた。
これに対し、上述した本実施例のデータ処理を実施した場合には次のようになる。例えばピクセル番号i=5のピクセルに対するマススペクトルは図5(d)に示すようになる。このマススペクトルではピーク信号の最大強度は6182であり、そのピークの質量電荷比は545である。したがって、m/z(5)=545、MI(5)=6182である。上記ステップS2、S3により、このような処理をi=1〜9898の全てのピクセルに対して実行し、m/z(i)、MI(i)を求め、ステップS4により、m/z(i)の値に応じてクラスタリングを行う。
クラスタリングに際しての質量電荷比の許容範囲ΔMは±3.5とした。このような条件の下では、例えば、m/z545で最大強度MIをもつピクセルは、m/z(13)=546、m/z(22)=543、など全部で2410点存在し、これらピクセルが1つのクラスタに含まれる。こうして複数個のクラスタが生成され、各クラスタのm/z(cj)、代表最大強度m/z(cj)、含まれるピクセルの番号px(cj)などが記憶される。さらに、代表最大強度MI(cj)が大きい順にクラスタ番号がふり直され、分析者にこれら情報が提示される。
例えば代表最大強度MI(cj)が大きな6個のクラスタを表示するように分析者が指定した場合、指定されたcj=c1〜c6のクラスタに含まれる各ピクセルに対し、クラスタ毎に異なる表示色を割り当てて、図6(a)に示すようなカラーのイメージング画像を作成し、これを表示部7の画面上に表示する。ここでは、クラスタ番号がc1〜c6である6個のクラスタにそれぞれ含まれる、px(c1)、px(c2)、…、px(c6)のピクセルを、それぞれ赤、青、緑、紫、水色、及び黄色で表示させるようにし、クラスタ番号がc7よりも大きなクラスタにそれぞれ含まれるピクセルpx(c7)、px(c8)、…は全て黒色で表示させるようにした。
図6(b)は全ピクセルの積算マススペクトルについて、分析者が指定したクラスタに対応するm/zのピークを色付けして表示した例である。赤、青、緑、紫、水色、及び黄色で示されるピークの色は、図6(a)に示したイメージング画像上の各ピクセルの色に対応する。例えば、イメージング画像においてクラスタ番号cj=c1のクラスタは赤色で表示されており、これに対応するm/z(c1)(=m/z545)のピークも赤色で表示される。
[変形例]
上記実施例で説明したデータ処理方法は、例えば以下のように変形することができる。
上記実施例では、得られたマススペクトルデータの全質量電荷比範囲について最大強度MI(i)を示すピークを見つけるようにしていたが、最大強度MI(i)を示すピークを見つける質量電荷比範囲を限定するようにしてもよい。このためには、図2に示したフローチャート中のステップS2において、対象とする質量電荷比範囲のみで最大強度を見つけるようにすればよい。このような処理は、予め対象物質の質量電荷比範囲が分かっている場合に有効である。これにより、無駄な処理が省けるので、処理時間の短縮化、処理のためのハードウエア(コンピュータ)の負荷軽減、などが図れる。
また、マススペクトルに現れる多数のピークの中で、解析対象ではないピーク(例えば、マトリクス由来のピーク)に対応する質量電荷比を除外することも同様に有効である。
また、最大強度が大きな順に表示するクラスタを指定するのではなく、最大強度が大きな一部のクラスタを意図的に除外して表示させるように分析者が指示を行うことも可能である。例えば、ピクセルpx(c1)が表示領域全体にほぼ満遍なく分布し、それに覆われて試料自体の構造が見えにくい場合には、ピクセルpx(c1)を除いて、px(c2)、px(c3)、…、px(7)のピクセルを色付けして表示すれば、構造情報が見え易くなる。このためには、図2に示したフローチャート中のステップS2において、分析者によって除外が指示されたクラスタに対応する質量電荷比を除外し、最大強度MI(i)とその質量電荷比m/z(i)とを抽出するようにすればよい。
こうした処理が有効である実測例を図7及び図8に示す。
図7はマウス脳を試料とした実測例であり、(a)は光学顕微鏡画像、(b)及び(c)が上記実施例によるデータ処理方法により作成したイメージング画像及び積算スペクトルである。試料上の測定点つまりピクセルの間隔は10μmピッチで、試料上に設定された測定対象である2次元領域内のピクセル数は250×250であり、各ピクセルにおいてm/z700〜855の質量電荷比範囲に亘るマススペクトルデータを収集した。
図7(b)に示したイメージング画像は、代表最大強度MI(cj)が大きな6個のクラスタ、cj=c1〜c6にそれぞれ含まれるピクセルpx(c1)、px(c2)、…、px(c6)に対し、クラスタ毎に異なる表示色を割り当てて作成したものである。このイメージング画像では、m/z799である1番目のクラスタc1(赤色で表示)が脳全体に分布しているために脳構造が不明瞭である。図7(c)に示したイメージング画像は、代表最大強度MI(cj)が最大である2個のクラスタcj=cj1、cj2を除外し、その次に代表最大強度MI(cj)が大きな6個のクラスタcj=c3〜c8にそれぞれ含まれるピクセルpx(c3)、px(c4)、…、px(c8)に対し、クラスタ毎に異なる表示色を割り当てて作成したものである。このイメージング画像によれば、脳全体ではなく局所的又は特異的に分布する物質の存在が明瞭になるため、脳構造が明らかになっている。
図8は生姜切片を試料とした実測例であり、(a)は光学顕微鏡画像、(b)及び(c)が上記実施例によるデータ処理方法により作成したイメージング画像及び積算スペクトルである。試料上の測定点つまりピクセルの間隔は10μmピッチで、試料上に設定された測定対象である2次元領域内のピクセル数は61×61であり、各ピクセルにおいてm/z50〜800の質量電荷比範囲に亘るマススペクトルデータを収集した。
図8(b)に示したイメージング画像は、代表最大強度MI(cj)が大きな6個のクラスタ、cj=c1〜c6にそれぞれ含まれるピクセルpx(c1)、px(c2)、…、px(c6)に対し、クラスタ毎に異なる表示色を割り当てて作成したものである。このイメージング画像では、m/z193である物質が粒状(ピクセルよりも大きな集合体)に分布していることが分かる。ただし、そのほかの物質についての粒状分布の把握はできない。図8(c)に示したイメージング画像は、代表最大強度MI(cj)が最大である2個のクラスタcj=cj1、cj2を除外し、その次に代表最大強度MI(cj)が大きな6個のクラスタcj=c3〜c8にそれぞれ含まれるピクセルpx(c3)、px(c4)、…、px(c8)に対し、クラスタ毎に異なる表示色を割り当てて作成したものである。このイメージング画像によれば、図8(b)に示したイメージング画像では分からなかった、m/z187である物質も粒状に分布していることが把握できる。
また上記実施例の変形例として、図2に示したフローチャート中のステップS9において、全ピクセルの積算マススペクトルを用いる代わりに全ピクセルの平均マススペクトルを利用してもよい。或いは、質量電荷比m/z(i)と最大強度MI(i)とを組としたマススペクトルを表示してもよい。
また、それ以外の点についても、本発明の趣旨の範囲で適宜変形、修正、追加を行っても本願特許請求の範囲に包含されることは当然である。
1…イメージング質量分析本体部
2…データ処理部
3…データ記憶部
4…顕微画像処理部
5…制御部
6…操作部
7…表示部
8…試料
8a…2次元測定対象領域
8b…微小領域(ピクセル)

Claims (6)

  1. 試料上の2次元領域内に設定された複数の微小領域に対してそれぞれ質量分析を実行することにより収集されたデータを処理する質量分析データ処理方法であって、
    a)前記微小領域毎に、その微小領域に対応したマススペクトルデータに基づいて最大強度を与える質量電荷比をそれぞれ抽出する第1ステップと、
    b)各微小領域を第1ステップで得られた質量電荷比に応じて複数のクラスタに振り分ける第2ステップと、
    c)前記複数のクラスタのうちの1又は複数の任意のクラスタについて、クラスタ毎に異なる表示色をそのクラスタに属する微小領域に与え、前記2次元領域の全体又は一部に対応したカラー2次元画像を作成して表示する第3ステップと、
    を有することを特徴とする質量分析データ処理方法。
  2. 請求項1に記載の質量分析データ処理方法であって、
    d)全ての微小領域に対応したマススペクトルデータを積算した積算マススペクトルを求める第4ステップと、
    e)前記第3ステップで表示色が与えられたクラスタに対応したピークについて該表示色と同色を与えて前記積算マススペクトルを表示する第5ステップと、
    をさらに有することを特徴とする質量分析データ処理方法。
  3. 試料上の2次元領域内に設定された複数の微小領域に対してそれぞれ質量分析を実行することにより収集されたデータを処理する質量分析データ処理装置であって、
    a)前記微小領域毎に、その微小領域に対応したマススペクトルデータに基づいて最大強度を与える質量電荷比をそれぞれ抽出する情報抽出手段と、
    b)各微小領域を前記情報抽出手段により得られた質量電荷比に応じて複数のクラスタに振り分けるクラスタリング手段と、
    c)前記複数のクラスタのうちの1又は複数の任意のクラスタについて、クラスタ毎に異なる表示色をそのクラスタに属する微小領域に与え、前記2次元領域の全体又は一部に対応したカラー2次元画像を作成して表示画面上に表示する表示情報形成手段と、
    を備えることを特徴とする質量分析データ処理装置。
  4. 請求項3に記載の質量分析データ処理装置であって、
    全ての微小領域に対応したマススペクトルデータを積算した積算マススペクトルを求める積算演算手段をさらに備え、前記表示情報形成手段は、カラー2次元画像作成時に表示色が与えられたクラスタに対応したピークについて該表示色と同色を与えて前記積算マススペクトルを表示画面上に表示することを特徴とする質量分析データ処理装置。
  5. 請求項3に記載の質量分析データ処理装置であって、
    前記情報抽出手段は、指定された質量電荷比範囲について、又は、指定された質量電荷比若しくは質量電荷比範囲を除いて、最大強度を与える質量電荷比を抽出することを特徴とする質量分析データ処理装置。
  6. 請求項4に記載の質量分析データ処理装置であって、
    前記表示情報形成手段は、表示画面上に表示する積算マススペクトル上で少なくとも色付け表示されたピークに対応する質量電荷比の値を表示することを特徴とする質量分析データ処理装置。
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