JP5347824B2 - 母材の高温強度及び溶接熱影響部の高温延性に優れた耐火鋼材とその製造方法 - Google Patents
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一方、近年では、高温でも強度が低下しにくい特性、いわゆる耐火性能を持たせた鋼材が開発され、環境問題や美観の観点から、耐火被覆を使用せずに耐火鋼を用いて鋼構造物を構成する例が登場している。
この耐火性能を備える鋼材について近年盛んに研究開発が行われ、例えば特許文献1〜22に示す様な発明が開示されている。
これらMoの添加を前提とした成分系は、火災時の加熱により鋼材中のMoの析出を促し、析出強化による高温強度上昇を狙ったものであり、鋼材の耐火性能を確保する目的において多くの研究者により採用されてきた手法である。
また、鋼材を加速冷却を用いて製造する場合においては、Moの添加により焼入れ性が向上し、母材の室温引張り強度を上昇させる効果もある。
溶接構造物が火災に曝された時、母材及び溶接熱影響部(以下、HAZと記載)の高温降伏強度や高温引張り強度がいずれも充分に確保されている場合においても、HAZに関しては高温での延性(変形能)が著しく低下する場合が存在する。
従って、HAZの高温での延性が確保されている鋼材を開発しなければ、耐火鋼材を利用する溶接構造物の設計が困難となる。
HAZの再熱脆化現象に関しては、従来より一部の高強度鋼や耐熱鋼の分野で知られており、旧γ粒界における炭化物や窒化物の析出、または不純物の偏析に原因を求める研究報告が多いが、各種鋼材で統一的に現象を説明可能とする解釈は存在していない。
その為、本発明者らはまず、本耐火鋼開発において、HAZの再熱脆化に及ぼす各種合金元素の影響を、実験と解析により詳細に検討した。
また、近年のMoの価格上昇に伴い、これら文献に記載の成分系では合金コストが著しく高くなり、耐火鋼材の市況価格に見合わないという問題も同時に存在する。
特許文献7、11及び13ではC添加量を0.05%以上に規定している為、これらの成分系では、HAZのベイナイト組織の旧γ粒界に各種合金元素の炭化物が多量に生成し、HAZの再熱脆化が著しくなる事を本発明者らは実験により確認した。
特許文献12及び18では、それぞれCu添加量を0.6%以上、0.5%以上に規定しており、これらの成分系では、HAZのベイナイト組織の旧γ粒界にCu析出物の生成が起こる事や微細なオーステナイト組織の生成が起こる事で、HAZの再熱脆化が著しくなる事を、本発明者らは実験により確認した。
これらの様な合金元素の添加に頼らずに高温降伏強度を確保する方法として、鋼材製造過程で加速冷却を用いる事により、転位密度の高いベイナイト組織を得る技術が、特許文献3、4、7、9、10、12、14、16、19及び20に開示されている。
多くの場合、耐火鋼材には、室温における引張り強度が一定の下限値及び上限値の範囲に収まる事、及び、高温における降伏強度が一定値以上である事、を特徴とする機械的特性が要求される。
従って、高温降伏強度を追及する際に、加速冷却を使ってやみくもに転位密度の高い鋼材組織を得ようとすると、室温引張り強度が鋼材に要求される上限値を逸脱するか、または逸脱しないまでも上限値に近くなり、実機製造上の材質変動に対する裕度が無くなる、という問題が生じる。
その為、溶接入熱が高い場合でも充分な耐震性を獲得する為に、溶接部の低温靱性も充分に高く取る必要がある。本発明はこうした課題にも同時に対応し、5kJ/mm以上の入熱が加わった場合の溶接HAZの低温靱性も獲得すべく、合金元素添加量を最適化する事を前提としている。
更に、建築等の用途に使う鋼材として充分な母材靭性を確保する事も重要である為、本発明では母材靭性の獲得も前提としている。
本発明の最も重要な課題は、建築用途に使う鋼材として、建築設計における要求確保および火災における十分な安全裕度を得るために、室温引張り強度450〜650MPaの鋼材において、600℃における降伏強度が217MPa以上であり、且つ、溶接継手のHAZが火災時の想定温度600℃に再熱される際に充分な変形能を持つ、具体的には特に鋼材の溶接HAZの600℃破断絞り値が25%以上である、という特徴を備える耐火鋼材を提供する事である。
ここでいう本発明の目標とは、600℃における降伏強度が217MPa以上、室温引張り強さが450MPa以上、650MPa以下、溶接熱影響部を600℃以上に加熱した上で行う引張試験の破断絞り値が25%以上である事、である。
ベイナイト組織において室温引張り強度を下げる為には、まずC量を減らす事が最も重要であると分かった。これは、鋼材中の固溶C量や微細析出するセメンタイト量を減らす事が可能となる為と判明している。
また、Crを積極的に添加する事で、鋼材中の固溶CとCrが結合する事で焼入れ性を低減する効果がある事と、Cr炭化物の析出により高温降伏強度の上昇に寄与する事を新たに知見した。
これは、本発明の低C−高Cr成分系においてはVの添加が殆ど焼入れ性の向上に寄与せず、且つ加速冷却において炭化物または窒化物として析出もしない為、室温引張り強度の向上効果を示さない事と、火災想定の600℃加熱時には著しく析出し、高温降伏強度の向上に寄与する事が原因であると判明している。
また、Mn、W、Cu等、自身は炭化物または窒化物を形成せず焼入れ性の向上に寄与する元素も、HAZの旧γ粒界に微細なオーステナイト組織を生成させ、粒界滑りを促進させる事でHAZの再熱脆化を助長する事を知見した。
Crに関しては、Cr炭化物を形成する事で他元素の炭化物析出を抑制する効果がある事、及び、Cr炭化物のサイズが数〜数十nmのクラスター程度に留まる為、HAZの再熱脆化に寄与しにくい事が原因と判明した。
Tiに関しては、Tiの炭化物及び窒化物が粒界・粒内に関わらず析出する為、結果としてHAZの旧γ粒界に析出する他元素の炭化物・窒化物の総量を低減する効果が現れる為であると判明した。
尚、本発明の合金成分範囲で各種合金元素を適宜選択する事で、入熱5kJ/mm以上の大入熱溶接の際のHAZの低温靱性を確保する事も可能である。
以上の知見に基づき成された本発明の要旨は以下の通りである。
C:0.005%以上、0.050%以下、
Si:0.01%以上、0.50%以下、
Mn:0.50%以上、2.00%以下、
Cr:0.50%以上、2.00%以下、
V:0.10%以上、0.50%以下、
Ti:0.005%以上、0.030%以下、
Al:0.005%以上、0.10%以下、
N:0.001%以上、0.006%以下、
を含有し、
Mo:0.01%未満、
Nb:0.01%以下、
B:0.0003%以下、
P:0.020%未満、
S:0.010%未満、
O:0.010%未満
に制限した、残部Feおよび不可避的不純物からなる鋼材であって、光学顕微鏡組織が、面積分率で80%以上がベイナイト相またはマルテンサイト相であり、残部がフェライト相もしくはMA(マルテンサイト−オーステナイト混合組織)相及び不可避的相からなる、室温引張強さが450MPa以上、650MPa以下であり、本鋼材の母材の600℃降伏応力が217MPa以上であり、本鋼材の溶接熱影響部の600℃高温引張の破断絞り値が25%以上である事を特徴とする、母材の高温強度及び溶接熱影響部の高温延性に優れた耐火鋼材。
Ni:0.01%以上、1.00%以下、
Cu:0.01%以上、0.50%以下、
W:0.01%以上、0.50%以下、
の内の1種または2種以上を含有する事を特徴とする、(1)に記載の母材の高温強度及び溶接熱影響部の高温延性に優れた耐火鋼材。
(3)(1)または(2)に加えて、質量%で、
Zr:0.001%以上、0.050%以下、
Mg:0.0005%以上、0.0050%以下、
Ca:0.0005%以上、0.0050%以下、
Y:0.001%以上、0.050%以下、
La:0.001%以上、0.050%以下、
Ce:0.001%以上、0.050%以下、
の内の1種または2種以上を含有する事を特徴とする、(1)または(2)に記載の母材の高温強度及び溶接熱影響部の高温延性に優れた耐火鋼材。
(5)(4)に記載の製造方法を適用した後、鋼材を400℃以上650℃未満の温度範囲で5分以上、360分以下の焼戻し熱処理を行う事を特徴とする、母材の高温強度及び溶接熱影響部の高温延性に優れた耐火鋼材の製造方法。
Cは、焼入性向上に有効な元素であり0.005%以上の添加を行うが、0.050%を超えて添加すると、大入熱溶接の際のHAZにおいてマルテンサイト−オーステナイト混合組織(以下、MA相と記載)の生成を助長しHAZの低温靭性を著しく劣化させる場合がある事、火災時にHAZの粒界に析出する炭化物の量を増大させHAZの再熱脆化を招く事、及び、室温引張り強度の過剰な上昇を招く事、の為に、その添加範囲を0.005%以上、0.050%以下とする。
Mnは、焼入性向上に有効であり、本発明が目的とする450MPa以上の室温引張り強度を確保する為に0.50%以上の添加を必要とするが、2.00%を超えて添加すると、HAZの再熱脆化を助長する事、及び、室温引張り強度の過度な上昇を招く事から、添加量の上限を2.00%以下に制限する。
Tiは、HAZの再熱脆化を著しく抑制する為に、0.005%以上の添加を行う。しかし、0.030%を超えて添加すると母材の低温靭性が著しく低下する為、上限を0.030%以下に制限する。
Nは、各種合金元素と窒化物を形成し高温降伏強度の向上に寄与する為、0.001%以上を添加する。しかし、多量の添加を行うと火災時にHAZの粒界に析出する窒化物が粗大化し再熱脆化が顕著になる為、上限を0.006%以下に制限する。
Sは、不純物として母材の低温靭性を著しく低下させ、且つ火災時のHAZの再熱脆化も顕著にする為、添加量を0.010%未満に制限する。
Oは、不純物として母材の低温靭性を著しく低下させ、且つ火災時のHAZの再熱脆化も顕著にする為、添加量を0.010%未満に制限する。
Mgは、鋼材中の硫化物の形態を制御し、硫化物による母材靭性の低下を低減する効果がある。この効果を得る為には0.0005%以上の添加が必要であるが、0.0050%を超える添加で効果が飽和する事から、添加する場合はその範囲を0.0005%以上、0.0050%以下に制限する。
Yは、鋼材中の硫化物の形態を制御し、硫化物による母材靭性の低下を低減する効果がある。この効果を得る為には0.001%以上の添加が必要であるが、0.050%を超える添加を行うと粗大な酸化物クラスターとして析出し低温靭性を低下させる為、添加する場合はその範囲を0.001%以上、0.050%以下に制限する。
Ceは、鋼材中の硫化物の形態を制御し、硫化物による母材靭性の低下を低減する効果がある。この効果を得る為には0.001%以上の添加が必要であるが、0.050%を超える添加を行うと粗大な酸化物クラスターとして析出し低温靭性を低下させる為、添加する場合はその範囲を0.001%以上、0.050%以下に制限する。
本発明では、建築用途に使う鋼材として、建築設計における要求確保および火災における十分な安全裕度を得るために、室温引張り強度が450MPa以上、650MPa以下となり、600℃における降伏強度が217MPa以上であり、鋼材の溶接HAZの600℃破断絞り値が25%以上であって、HAZの再熱脆化が防止され、入熱5kJ/mmの溶接によるHAZでも低温靭性を確保し、且つ母材靭性を確保する為の必要条件となる成分系を提案しており、該成分を有する鋼片に、温度および圧下量を規定した熱間圧延と加速冷却を適用する事により、これらの特性を全て満たす鋼材を製造する事が可能となる。
この為、高い高温降伏強度を確保する為には、鋼材が火災に曝される前の時点、即ち室温において、充分に余裕のある量の転位を持つ事、もしくは、転位の運動の障害となる組織、具体的には析出物や結晶粒界を多数含む事が効果的である。尚、析出物については火災に曝される段階で初めて生成するものであっても構わない。
これは、火災時の加熱もしくは製造時の焼戻しによる合金元素の転位上析出を促進する事で、高い高温降伏強度が得られる為である。
圧下比50%以上の熱間圧延または熱間加工を行う事により、本発明の範囲内において安定的に母材靭性を確保する事が可能となる。
この焼戻しは400℃以上、650℃未満の間で適宜選択して温度を決定する事が可能であり、必要とする材料強度と析出させる合金元素の種類によって決定する事で、本発明の効果を高める。
これは、1100℃以上の温度に加熱する事により、各種の合金元素の炭化物もしくは窒化物、例えば、VC、TiC、ZrC、Cr23C6等を完全にもしくは可能な限り多く固溶させておく事により、熱間圧延後の焼入れ性を調整し実機製造上の安定性を高める事を目的としている。
但し、該加熱温度を1300℃超とすると鋼材表面の酸化スケールの増加が著しくなる為、加熱温度の上限を1300℃に制限する。
HAZの600℃高温引張の破断絞り値は、鋼片に入熱2kJ/mmの溶接を想定した熱履歴を付与し、その後室温から600℃まで10分間で昇温し、600℃で10分保持した後に歪速度0.10%/秒にて引張試験を実施し、試験片破断部の絞り値を測定したものであり、HAZの再熱脆化の指標としたものである。本指標の目標は25%以上とする。
HAZのシャルピー試験は、各鋼材に対して入熱5kJ/mmの溶接を想定した熱サイクルを付与した上でJISZ2202に準拠の2mmVノッチ衝撃試験片を採取し、JISZ2242に準拠の衝撃試験方法により行った。吸収エネルギーの目標は建築構造物の耐震性を考慮して27Jとした。
同時に、本発明1〜本発明26では、本発明の重要な特徴である溶接HAZの600℃引張試験の破断絞り値も25%以上が確保され、HAZの高温延性が確保されている事が分かる。
Claims (5)
- 化学組成が質量%で、
C:0.005%以上、0.050%以下、
Si:0.01%以上、0.50%以下、
Mn:0.50%以上、2.00%以下、
Cr:0.50%以上、2.00%以下、
V:0.10%以上、0.50%以下、
Ti:0.005%以上、0.030%以下、
Al:0.005%以上、0.10%以下、
N:0.001%以上、0.006%以下、
を含有し、
Mo:0.01%未満、
Nb:0.01%以下、
B:0.0003%以下、
P:0.020%未満、
S:0.010%未満、
O:0.010%未満
に制限した、残部Feおよび不可避的不純物からなる鋼材であって、
光学顕微鏡組織が、面積分率で80%以上がベイナイト相及びマルテンサイト相であり、残部がフェライト相もしくはMA(マルテンサイト−オーステナイト混合組織)相及び不可避的相からなり、
室温引張強さが450MPa以上、650MPa以下であり、
本鋼材の母材の600℃降伏応力が217MPa以上であり、
本鋼材の溶接熱影響部の600℃高温引張の破断絞り値が25%以上である事を特徴とする、母材の高温強度及び溶接熱影響部の高温延性に優れた耐火鋼材。 - 請求項1に加えて、質量%で、
Ni:0.01%以上、1.00%以下、
Cu:0.01%以上、0.50%以下、
W:0.01%以上、0.50%以下、
の内の1種または2種以上を含有する事を特徴とする、請求項1に記載の母材の高温強度及び溶接熱影響部の高温延性に優れた耐火鋼材。 - 請求項1または2に加えて、質量%で、
Zr:0.001%以上、0.050%以下、
Mg:0.0005%以上、0.0050%以下、
Ca:0.0005%以上、0.0050%以下、
Y:0.001%以上、0.050%以下、
La:0.001%以上、0.050%以下、
Ce:0.001%以上、0.050%以下、
の内の1種または2種以上を含有する事を特徴とする、請求項1または2に記載の母材の高温強度及び溶接熱影響部の高温延性に優れた耐火鋼材。 - 請求項1〜3の何れか1項に記載の耐火鋼材の製造方法であって、請求項1〜3の何れか1項に記載の鋼成分を有する鋼片を、1100℃以上、1300℃以下に加熱した後、熱間圧延または熱間加工を施すにあたり、800℃以上1000℃以下において圧下比50%以上の熱間圧延または熱間加工を行い、800℃以上で熱間圧延または熱間加工を終了し、その後Ar3点以上の温度域から450℃以下の温度範囲まで2℃/秒以上の冷速で加速冷却する事を特徴とする、母材の高温強度及び溶接熱影響部の高温延性に優れた耐火鋼材の製造方法。
- 請求項4に記載の製造方法を適用した後、鋼材を400℃以上650℃未満の温度範囲で5分以上、360分以下の焼戻し熱処理を行う事を特徴とする、母材の高温強度及び溶接熱影響部の高温延性に優れた耐火鋼材の製造方法。
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